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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-26
(45)【発行日】2024-05-09
(54)【発明の名称】熱伝導率に優れる熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240430BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20240430BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240430BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240430BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240430BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/24
C22C38/46
C21D6/00 L
C21D9/00 M
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018203256
(22)【出願日】2018-10-29
(65)【公開番号】P2020070457
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-08-02
【審判番号】
【審判請求日】2023-06-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】武藤 康政
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】佐藤 陽一
【審判官】土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-155306号公報
【文献】特開2018-131654号公報
【文献】特開2018-165400号公報
【文献】特開2004-307963号公報
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00- 9/44, 9/50
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、N:0.001~0.040%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項4】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、N:0.001~0.040%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項5】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Al:0.001~0.080%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項6】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、Al:0.001~0.080%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項7】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、N:0.001~0.040%、Al:0.001~0.080%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【請求項8】
質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、N:0.001~0.040%、Al:0.001~0.080%、
さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、
残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼が焼入焼戻しされた状態であって、
該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金型用鋼に関して、特にダイカストやホットスタンピングなどの、高温環境下で使用される金型用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ダイカスト分野において、自動車の軽量化を目的としたアルミ部品の高強度化や、生産性向上を目的とした部品成形加工ピッチの短縮化から、ダイカスト用金型への機械的および熱的負荷が増大している。その結果、金型には摩耗、大割れ、ヒートチェックといった問題が生じやすくなっている。これらの問題に対応するため、金型材料には、硬度や靭性に優れる材料が求められている。また、ホットスタンピングでは、被加工材である鋼板の表面に発生したスケールによる金型の摩耗が問題となっており、金型材料には、高硬度が求められている。
【0003】
さらに、ダイカスト用金型やホットスタンピング用金型は内部に冷却回路が配されており、冷却回路を流れる冷却水による冷却効率が生産サイクルスピードに大きく影響する。冷却効率を高める方法としては、金型の高熱伝導率化がある。そのため、前述した生産性向上を目的とした、生産サイクルスピードの向上に対する要求に応えるためには、材料の特性として高い熱伝導率が要請されている。
【0004】
こうした背景から、従来技術として、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.10~0.50%、Mn:0.10~1.00%、Cr:4.00~6.00%、Mo:1.40~2.60%、V:0.20~0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0120%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは0.33×[%Cr]-0.37<[Mo%]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
もっとも、この熱間金型用鋼は、44~46HRCまでに調質した状態からの高温での軟化抵抗性が考慮されているものの、焼入焼戻し後に存在する炭化物のサイズについての言及はなく、室温での熱伝導率25.0W/m・K以上の高熱伝導率を有する鋼を得るには不十分である。
また、この提案の熱間金型用鋼は、46.0HRCを超える高硬度を有しておらず、ホットスタンピングの金型用素材として使われた際には金型に摩耗が発生してしまい、十分な金型寿命を得られないものであった。
【0005】
他の従来技術として、金型の熱伝導率を高くし得て、金型の急速冷却を可能とし、製品製造のハイサイクル化を実現可能とし、ハイサイクル化の下でも製品品質を高め、不良率を低減することができ、さらに金型の熱応力を低減し得て金型寿命を延長でき、しかも稀少の添加量を少なく抑えつつ金型として必要な強度、靭性、高温特性を得ることのできる金型鋼を志向して、質量%で、0.35<C≦0.50、0.01≦Si<0.19、1.50<Mn<1.78、2.00<Cr<3.05、0.51<Mo<1.25、0.30<V<0.80、0.004≦N≦0.040、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、この金型鋼は、Mn量が高いことから、Mnの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすくなる。またCrが少なく靱性が得られにくくなる。
【0006】
また、被削性、熱伝導率、硬さともに良好な特性を志向する金型用鋼として、質量割合で、C:0.45超~0.60%、Si:0.05~0.20%、Mn:0.3~0.7%、Ni:0.2~0.5%、Cr:0.2~0.5%、V:0.03~0.1%、Al:0.01~0.03%、S;0.010%未満、O:0.0030%以下、N:0.02%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、かつ不可避不純物中でP:0.015%以下、Cu:0.30%以下、Mo:0.20%以下に規制した組成を有する金型用鋼を、900~1050℃で加熱、空冷の焼ならしによってフェライト・パーライトの二相組織とし、500~650℃で加熱、炉冷の焼戻しにより硬さ180~220HVとした、熱伝導性に優れたプラスチック成形金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。しかし、この金型用鋼は、Vの含有量が少ないことから、焼入焼戻し硬さが不足する。
【0007】
また、質量%で、0.35<C<0.55mass%、0.003≦Si<0.300mass%、0.30<Mn<1.50mass%、2.00≦Cr<3.50mass%、0.003≦Cu<1.200mass%、0.003≦Ni<1.380mass%、0.50<Mo<3.29mass%、0.55<V<1.13mass%、0.0002≦N<0.1200mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、0.55<Cu+Ni+Mo<3.29mass%を満たす鋼で、硬さが33HRC超~57HRCであり、焼入れ時の旧オーステナイト結晶粒度番号が5以上であり、レーザーフラッシュ法を用いて測定した25℃における熱伝導率λが27.0[W/m・K]超である金型鋼が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。しかし、この金型鋼は、Crの含有量が十分ではないことから、靭性が不足する。
【0008】
また、質量%で、0.15<C<0.43、0.20<Si<0.52、5.32<Cr<5.72、-0.05814×[Cr]+0.4326<Mn<-0.2907×[Cr]+2.4628・・式(1)、(但し式(1)中[Cr]はCrの含有量%を表す)、0.72<Mo<1.60、0.20<V<0.61、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有する金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献5参照。)。しかし、この金型用鋼では、Crが過剰に添加されていることから、これにより熱伝導率が低下しやすいものであった。また、この文献の実施例はC量やMoの量が少ない場合が多く、焼入焼戻し硬さに不足している。
【0009】
さらに、質量%で、0.15<C<0.43、0.20<Si<0.52、4.00<Cr<5.72、-0.05814×[Cr]+0.4326<Mn<-0.2907×[Cr]+2.4628・・式(1)、(但し式(1)中[Cr]はCrの含有量%を表す)、0.72<Mo<1.60、0.20<V<0.61、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有する金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献6参照。)。しかし、この金型用鋼の実施例は、C量が少なく、焼入焼戻し硬さが不足している。
【0010】
また、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.10~0.50%、Mn:0.10~1.0%、Cr:4.5~5.4%、Mo:1.4~2.4%、W:1.0%以下、かつMo+W/2:1.7~2.4%、V:0.30~0.70%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、焼入焼戻し後に観察される残留炭化物の種類や割合がM266、M6C、M2C、MCからなる全炭化物中に占めるM6C、M2C、MCからなる炭化物の割合が5.0以上、さらに全炭化物面積率が断面積0.01mm2辺り2%以下、シャルピー衝撃値が30J/cm2以上、軟化量(ΔHRC)が13HRC以下である、優れた高温強度および靭性を有する熱間金型用鋼が提案されている(例えば、特許文献7参照。)。
しかし、この熱間金型用鋼は、44~45HRCに調質した後の軟化抵抗性についての検討はされているものの、焼入焼戻し後に存在する炭化物のサイズについては言及されておらず、また、室温での熱伝導率25.0W/m・K以上の高熱伝導率および焼入焼戻し後の硬さが46.0HRCを超える高硬度を有する鋼を得るためには不十分であり、ホットスタンピングの金型用素材として使われた際には金型に摩耗が発生してしまい、十分な金型寿命を得られないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2013-87322号公報
【文献】特開2011-94168号公報
【文献】特開2010-13716号公報
【文献】特開2017-53023号公報
【文献】特開2015-221933号公報
【文献】特開2015-224363号公報
【文献】特開2017-155306号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
金型用鋼では、焼入焼戻しにより、M236、M6C、M2C、MCなどの炭化物を析出する。発明者は、これらの炭化物の状態が熱伝導率へ及ぼす影響について詳細に検討し、焼入焼戻し後の熱伝導率を高めるには析出する炭化物のサイズを大きくすることが有効であるという知見を得た。
一方、炭化物は硬さに大きく影響する因子でもあり、炭化物のサイズの大きさの増加は、かえって硬さの低下を招くという知見も得た。
そこで、発明者は、これらの相反する知見に基づき、熱間工具鋼の化学成分の範囲およびこの熱間工具鋼の焼入焼戻し後の炭化物の大きさの範囲を規定することにより、高熱伝導率、高硬度および高靭性を兼ね備えた熱間工具鋼が得られることを見出した。
【0013】
そこで、本願の発明が解決しようとする課題は、高熱伝導率、高硬度および高靭性を兼ね備えた、ダイカストやホットスタンピングなどに適用可能な金型用鋼である熱間工具鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するための本発明の第1の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0015】
その第2の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0016】
その第3の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、N:0.001~0.040%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0017】
その第4の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、N:0.001~0.040%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0018】
その第5の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Al:0.001~0.080%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0019】
その第6の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、Al:0.001~0.080%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0020】
その第7の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、N:0.001~0.040%、Al:0.001~0.080%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【0021】
その第8の手段は、質量%で、C:0.34~0.55%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~1.50%、Cr:3.50~5.32%、V:0.10超~1.00%、Ni:0.01~2.00%、N:0.001~0.040%、Al:0.001~0.080%、さらに、Mo:4.00%以下もしくはW:8.00%以下のうち1種または2種含有し、(Mo+W):1.80%以上でかつ(Mo+W/2):4.00%以下を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間工具鋼であって、該鋼の焼入焼戻し後に存在する該鋼中の炭化物の平均円相当径が150~400nmであることを特徴とする高熱伝導率、高硬度および高靭性を具備した熱間工具鋼である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の上記の手段による熱間工具鋼は、焼入焼戻し後の炭化物の大きさが平均円相当径が150~400mmであって、焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上と高熱伝導率であり、焼入焼戻し後の硬度が46.0HRC超の高硬度であり、さらに焼入焼戻し後のシャルピー衝撃値が30J/cm2以上の高靭性であるなど、高熱伝導率、高硬度および高靭性の熱間工具鋼である。高硬度、高靱性、高熱伝導率を兼ね備えるものであるから、ダイカストやホットスタンピングなどの、高温環境下で使用される金型用鋼として優れた特性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施の形態の説明に先立って、本願発明における化学成分等の限定理由を説明する。なお、説明における記載中の%は、質量%である。
【0024】
C:0.34~0.55%
Cは、鋼中に固溶することで、マトリックスを強化し、また炭化物を形成することで析出強化を促す元素である。Cは0.34%より少ないと十分な焼入焼戻し硬さが得られない。一方、Cは0.55%より多いと偏析を助長し、靭性を低下する。そこで、Cは0.34~0.55%とし、好ましくは、0.35~0.50%とする。
【0025】
Si:0.01~0.50%
Siは、製鋼時の脱酸剤として必要な元素である。Siはマトリックスに固溶することで硬さを向上する元素であるが、Siは0.01%より少ないと十分に脱酸されない。一方、Siは0.50%より多いと、Si炭化物を形成することなく、マトリックスに固溶して熱伝導率を大きく低下する。そこで、Siは0.01~0.50%とし、好ましくは、0.05~0.40%とする。
【0026】
Mn:0.01~1.50%
Mnは、製鋼時の脱酸剤として必要な元素である。Mnは0.01%より少ないと十分に脱酸されない。一方、Mnは、1.50%より多すぎると、マトリックスに固溶して鋼の熱伝導率を低下させる。そこで、Mnは0.01~1.50%とし、好ましくは、0.10~1.20%とする。
【0027】
Cr:3.50~5.32%
Crは、鋼の焼入性を向上させ、ベイナイト形成による靭性の低下を抑制するために必要な元素である。Crが3.50%より少ないと十分な靭性が得られない。一方、Crは5.32%より多いと、マトリックスに固溶して鋼の熱伝導率を低下させる。そこで、Crは3.50~5.32%とし、好ましくは、4.00~5.25%とする。
【0028】
V:0.10超~1.00%
Vは、鋼の焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。Vは0.10以下であると十分な焼入焼戻し硬さが得られない。一方、Vは1.00%より多すぎるとマトリックスに残存するVが増加し、熱伝導率を低下させる。そこで、Vは0.10超~1.00%とし、好ましくは0.25~0.85%とする。
【0029】
(選択的必須成分について)
Mo及びW:1種または2種を含有し、Mo:4.00%以下、W:8.00%以下、(Mo+W):1.80%以上、(Mo+W/2):4.00%以下
MoとWは、鋼の焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。そこで、本発明では、MoとWは選択的な必須成分とし、Mo:4.00%以下、W:8.00%以下のいずれか1種もしくは双方を含有するものであって、さらに両元素の合計含有量は(Mo+W):1.80%以上であり、さらに(Mo+W/2)は4.00%以下を満足する。
(Mo+W)が1.80%より少ないと十分な焼入焼戻し硬さが得られない。そこで、(Mo+W)は1.80%以上とし、好ましくは、1.90%以上とする。一方、Mo:4.00%以下、W:8.00%以下であって、これ以上にMoやWが多すぎると、マトリックスに残存するMoやWが増加し、熱伝導率を低下させる。また、いずれの元素も過剰に添加すると、マトリックスに残存するMoやWが増加して熱伝導性を低下させるので、両元素全体として、(Mo+W/2)は4.00%以下、好ましくは3.50%以下とする。
【0030】
(付加的成分について)
Ni:0.01~2.00%
Niは、必ずしも添加する必要はないが、Cと同様に、鋼の焼入焼戻し硬さを大きくするのに有効な元素であり、必要に応じて、添加する元素である。一方、Niは2.00%より多くの過剰添加は精錬の時間およびコストの上昇を招く。そこで、Niは0.01~2.00%とし、好ましくは、0.01~1.50%とする。
【0031】
N:0.001~0.040%
Nは、必ずしも添加する必要はないが、Cと同様に、鋼の焼入焼戻し硬さを大きくするのに有効な元素であり、必要に応じて、添加する元素である。一方、Nは、0.040%より多くの過剰添加は精錬の時間およびコストの上昇を招く。そこで、Nは0.001~0.040%とし、好ましくは、0.001~0.030%とする。
【0032】
Al:0.001~0.080%
Alは、必ずしも添加する必要はないが、Al窒化物を形成して焼入れにおける結晶粒の粗大化を抑制する元素であり、必要に応じて添加することができる。一方、過剰のAl窒化物の形成により、靭性が低下する。そこで、Alは0.001~0.080%とし、好ましくは、0.005~0.060%とする。
【0033】
(炭化物の大きさについて)
鋼の焼入焼戻し後に存在する炭化物の平均円相当径:150~400nm
金型用鋼では、焼入焼戻しにより炭化物が析出し、析出した炭化物のサイズが大きくなるほど熱伝導率が高くなる。そのため、熱伝導率を十分に得るためには、炭化物の平均円相当径は150nm以上であることが必要である。
また、炭化物は析出強化量に寄与する因子でもあり、炭化物の析出量が多いほど析出粒子が障害物となって転位の移動は困難になるが、炭化物が粗大化してしまうと硬さの低下を招いてしまう。そこで、焼入焼戻し後に存在する炭化物の平均円相当径は150~400nmとし、好ましくは、160~390mmとする。
【0034】
次に、発明の実施の形態について、以下に記載する。
表1の本願の発明鋼のNo.1~31および表2の比較鋼のNo.32~47の各化学成分と残部Feおよび不可避不純物からなる鋼を真空溶解炉で溶製し、それぞれ100kgの鋼塊を得た。これらの各鋼塊から、幅65mm、高さ30mmのブロックに熱間鍛伸した。次いで、この鍛伸材を870℃で2時間保持した後、徐冷して焼なまし、その後、表面と中心の中間位置から試料を採取した。これらの各試料を1030℃で焼入れした後、油冷し、550~680℃で2回焼戻しを行なった後、空冷した。これら各試料の鍛伸材の鋼中の炭化物の平均円相当径を測定し、その結果を、表1の発明鋼のNo.1~31に示し、表2の比較鋼のNo.32~47に示した。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
さらに、これら試料の鍛伸材の鋼の特性である熱伝導率、焼入焼戻し硬さおよびシャルピー衝撃値を測定し、その結果を、表3の発明鋼のNo.1~31に示し、表4の比較鋼のNo.32~47に示した。
【0038】
【表3】
【0039】
【表4】
【実施例1】
【0040】
上記の炭化物の平均円相当径の測定における鋼中の炭化物を観察するための試験片は、焼入焼戻し後の試料の鍛伸方向に平行な面を研磨し、抽出レプリカ法により作成した。この試験片を透過型電子顕微鏡の明視野像を用いて、総面積100μm2の領域を観察し、画像解析により、各炭化物の面積に相当する真円の直径を換算し、その平均値を表1および表2の炭化物の円相当径として記載した。
【0041】
上記の鍛伸材の鋼の特性である熱伝導率の測定には、レーザーフラッシュ法を用いた。焼入焼戻し後の試料を直径10mm×1mmの円柱形状に仕上げ加工して試験に供し、パルス・レーザーを円板の片面に照射して厚さ方向の熱拡散率を得て、定圧比熱と密度を乗じて焼入焼戻し後の室温での熱伝導率を得て、表3および表4の熱伝導率とした。この焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上を高熱伝導率という。
【0042】
上記の鍛伸材の鋼の特性である焼入焼戻し硬さはロックウエル硬さ試験機で測定した。この場合、焼入焼戻し状態の試料の鍛伸方向に垂直な面を測定してロックウエル硬さを得て、表3および表4の焼入焼戻し硬さとした。この焼入焼戻し後の硬さが46.0HRC超を高硬度であると評価する。
【0043】
上記の鍛伸材の鋼の特性である靭性は、シャルピー衝撃試験により評価を実施した、この場合、焼入焼戻し後の試料から作成した。試験片形状は2mmUノッチシャルピー試験片であり、ノッチ方向は鍛伸方向に対して垂直な方向として測定して、表3および表4のシャルピー衝撃値とした。この焼入焼戻し後のシャルピー衝撃値が30J/cm2以上を高靭性であると評価する。
【0044】
表2の比較鋼のNo.32はCの含有量が0.33%と発明の範囲より低く、したがって、表4の焼入焼戻し硬さが42.2HRCと本発明で得られる46.0HRC超よりも硬さが低い。
【0045】
表2の比較鋼のNo.33はCの含有量が0.56%と発明の範囲より高く、したがって、表4のシャルピー衝撃値が20.1J/cm2と本発明で得られる30J/cm2以上よりも靱性が低い。
【0046】
表2の比較鋼のNo.34はSiの含有量が0.51%と発明の範囲より低く、したがって、表4の熱伝導率が23.8W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0047】
表2の比較鋼のNo.35はMnの含有量が1.51%と発明の範囲より高く、したがって、表4の熱伝導率が22.3W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0048】
表2の比較鋼のNo.36はCrの含有量が3.49%と発明の範囲より低く、したがって、表4のシャルピー衝撃値が28.9J/cm2と本発明で得られる30J/cm2以上よりも靱性が低い。
【0049】
表2の比較鋼のNo.37はCrの含有量が5.33%と発明の範囲より高く、したがって、表4の熱伝導率が24.8W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0050】
表2の比較鋼のNo.38はMoの含有量が4.01%と発明の範囲より高く、(Mo+W/2)も4.01%と高い。したがって、表4の熱伝導率が24.4W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0051】
表2の比較鋼のNo.39はWの含有量が8.02%と発明の範囲より高く、(Mo+W/2)も4.01%と高い。したがって、表4の熱伝導率が23.7W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0052】
表2の比較鋼のNo.40はMo+Wの値が1.79%と発明の範囲より低く、したがって、表4の焼入焼戻し硬さが43.3HRCと本発明で得られる46.0HRC超よりも硬さが低い。
【0053】
表2の比較鋼のNo.41はMo+W/2の値が4.02%と発明の範囲より高く、したがって、表4の熱伝導率が22.9W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0054】
表2の比較鋼のNo.42はVの含有量が0.10%と発明の範囲より低く、したがって、表4の焼入焼戻し硬さが43.1HRCと本発明で得られる46.0HRC超よりも硬さが低い。
【0055】
表2の比較鋼のNo.43はVの含有量が1.02%と発明の範囲より高く、したがって、表4の熱伝導率が23.2W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0056】
表2の比較鋼のNo.44はNiの含有量が2.02%と発明の範囲より高く、したがって、表4の熱伝導率が24.3W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0057】
表2の比較鋼のNo.45はAlの含有量が0.094%と発明の範囲より高く、したがって、表4のシャルピー衝撃値が16.2J/cm2と本発明で得られる30J/cm2より靱性が低い。
【0058】
表2の比較鋼のNo.46は炭化物円相当径が123nmと発明の範囲より低く、したがって、表4の熱伝導率が24.6W/m・Kと本発明で得られる25.0W/m・Kよりも熱伝導率が低い。
【0059】
表2の比較鋼のNo.47は炭化物円相当径が430nmと発明の範囲より高く、したがって、表4の焼入焼戻し硬さが45.4HRCと本発明で得られる46.0HRC超よりも硬さが低い。