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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】飼料用組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20240501BHJP
   A23K 10/16 20160101ALI20240501BHJP
   A23K 20/158 20160101ALI20240501BHJP
   A23K 50/80 20160101ALI20240501BHJP
   C12N 15/90 20060101ALN20240501BHJP
【FI】
C12N1/19
A23K10/16
A23K20/158
A23K50/80
C12N15/90 102Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021502330
(86)(22)【出願日】2020-02-26
(86)【国際出願番号】 JP2020007801
(87)【国際公開番号】W WO2020175568
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2019035860
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 太志
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/030644(WO,A1)
【文献】特開2000-106867(JP,A)
【文献】Aquaculture, 2012, Vol.342-343, pp.112-116
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、
前記単細胞微生物が、pvg1遺伝子が欠失されたシゾサッカロミセス属酵母あり、
前記組成物の光学顕微鏡画像における前記単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上であることを特徴とする、飼料用組成物。
【請求項2】
単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、
前記単細胞微生物が、gsf2遺伝子のプロモーターがnmt41プロモーターに置換されたシゾサッカロミセス属酵母あり、
前記組成物の光学顕微鏡画像における前記単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上であることを特徴とする、飼料用組成物。
【請求項3】
単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、
前記単細胞微生物が、FLO1遺伝子のプロモーターがTEFプロモーターに置換されたサッカロミセス属酵母であり、
前記組成物の光学顕微鏡画像における前記単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上であることを特徴とする、飼料用組成物。
【請求項4】
単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、
前記単細胞微生物が、FLO11遺伝子のプロモーターがPYK1プロモーターに置換されたサッカロミセス属酵母であり、
前記組成物の光学顕微鏡画像における前記単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上であることを特徴とする、飼料用組成物。
【請求項5】
前記単細胞微生物が、シゾサッカロミセス・ポンベある、請求項1又は2に記載の飼料用組成物。
【請求項6】
前記単細胞微生物がサッカロミセス・セレビシエである、請求項3又は4に記載の飼料用組成物。
【請求項7】
ドコサヘキサエン酸又はエイコサペンタエン酸を、組成物の乾燥重量当たり0.1質量%以上含む、請求項1~のいずれか一項に記載の飼料用組成物。
【請求項8】
魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体に、請求項1~のいずれか一項に記載の飼料用組成物を餌として与えて飼育する、魚類又は甲殻類の飼育方法。
【請求項9】
単細胞微生物の凝集塊と凝集していない前記単細胞微生物とを含む微生物集合体であって、
前記単細胞微生物が、pvg1遺伝子が欠失されたシゾサッカロミセス属酵母、gsf2遺伝子のプロモーターがnmt41プロモーターに置換されたシゾサッカロミセス属酵母、FLO1遺伝子のプロモーターがTEFプロモーターに置換されたサッカロミセス属酵母、又はFLO11遺伝子のプロモーターがPYK1プロモーターに置換されたサッカロミセス属酵母であり、
前記微生物集合体の光学顕微鏡画像における単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上である、前記微生物集合体の、飼料への使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単細胞微生物を原料とし、魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体のための飼料となる飼料用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類や甲殻類の養殖において最も困難なのは、飼育初期の仔稚魚の飼育である。仔稚魚は、成魚用の配合飼料の摂取は困難であり、しばしば摂餌不良による生残率の低下が問題となる。魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体のための飼料、いわゆる初期飼料は、サイズが適切であることが重要である。サイズが小さ過ぎる初期飼料は、餌として認識されず、摂餌されない。逆にサイズが大きすぎる初期飼料は、速く沈降して摂餌されにくく、また、仔稚魚の口に入らず、摂餌されない。このように、サイズが大きすぎる飼料と小さすぎる飼料はいずれも、初期飼料として不適である。
【0003】
一般に初期飼料としては、主にシオミズツボワムシ(以下、ワムシと記す)とアルテミアが使用されている。ワムシは、一般的に背甲長100~340μmの大きさのものが、アルテミアは400~1000μmの大きさのものが、それぞれ初期飼料として汎用されている。摂餌を開始する仔魚のサイズが小さいため、ワムシが初期飼料に適さない魚種は、養殖すること自体が困難である。また、ワムシは用時調製する必要があるうえに大量生産が比較的困難であり、アルテミアも用時調製する必要があるうえに製造コストが比較的高いという問題もある。このため、従来のワムシやアルテミアが適さない魚種のための初期飼料の開発が求められている。また、従来の初期飼料よりも製造しやすくかつ用時調製する必要がない初期飼料の開発が求められている。
【0004】
酵母等の単細胞微生物は様々な凝集体を形成することが知られており、凝集のメカニズムも徐々に解明されてきている。例えば、出芽酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)やカンジダ属菌において凝集に関与する遺伝子として、Flocculation Protein Family(FLO)、Epithelial Adhesin Family(EPA)、Agglutinin-like Sequence Protein Family(ALS)が知られている(非特許文献1~3)。また、分裂酵母シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)(以下、S.ポンベという)では、外来のgsf2(Galactose-specific cell agglutination protein)遺伝子を組み込むことや、内在性のピルビン酸転移酵素pvg1(Pyruvyl transferase 1)遺伝子を欠失させたり、Pvg1の酵素活性が低下又は失活させる変異を導入したりして、非性的凝集が促進されることが知られている(非特許文献4~5、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5954315号公報
【文献】国際公開第2014/030644号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Willaert, Journal of Fungi, 2018, vol.4(4), 119, doi:10.3390/jof4040119
【文献】Verstrepen et al.,Applied Microbiology and Biotechnology, 2003, vol.61, p.197-205.
【文献】Hoyer and Cota, Frontiers in Microbiology, 2016, vol.7, Article 280.
【文献】Matsuzawa et al.,FEMS Yeast Research, 2013, vol.13(2013), p.259-266.
【文献】Yoritsune et al.,FEBS Letters, 2013, vol.587, p.917-921.
【文献】Mulvihill et al., Molecular Biology of the Cell, 1999, vol.10, p. 2771-2785.
【文献】Partow et al., Yeast, 2010, vol.27, p.955-964.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
酵母等の単細胞微生物は、大量培養が比較的容易であり、生物飼料として好ましい。しかし、個々の細胞は小さすぎて、魚類又は甲殻類の初期飼料としては不適である。また大量培養が比較的容易な単細胞微生物であったとしても、インドールやケトンなどのいわゆる腐敗アミンを生じさせる腐敗微生物や、感染症を引き起こす病原性微生物、有害な化合物である毒素を生産し食中毒の原因となる微生物なども、初期飼料として不適である。
【0008】
本発明に係る目的は、単細胞微生物を原料とした、魚類や甲殻類の初期飼料として好適な飼料用組成物、及び前記飼料用組成物を用いた魚類又は甲殻類の飼育方法等の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、単細胞微生物の凝集に関連する遺伝子のプロモーターを置換したり、前記遺伝子に変異を導入したりして、前記単細胞微生物の凝集能を調節し、魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体が摂取可能な大きさの凝集塊に調節できること、及び、得られた凝集塊は魚類又は甲殻類の初期飼料として好適であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下[1]~[15]を提供する。
[1] 酵母、乳酸菌、及び微細藻類から選ばれる単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、
前記組成物の光学顕微鏡画像における前記単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~1200μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、25%以上であることを特徴とする、飼料用組成物。
[2] 前記直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、30%以上である、[1]の飼料用組成物。
[3] 前記単細胞微生物が酵母である、[1]又は[2]の飼料用組成物。
[4] 前記単細胞微生物が、凝集に関与する遺伝子が改変された形質転換体である、[1]~[3]のいずれかの飼料用組成物。
[5] 前記凝集に関与する遺伝子が凝集促進に関与する遺伝子であり、当該遺伝子の改変が、内在性の当該遺伝子が有するプロモーターよりも転写強度が強いプロモーターへの置換である、[4]の飼料用組成物。
[6] 前記形質転換体が酵母の形質転換体である、[4]又は[5]の飼料用組成物。
[7] 前記形質転換体がシゾサッカロミセス・ポンベの形質転換体であり、前記内在性の凝集促進に関与する遺伝子がgsf2遺伝子である、[5]の飼料用組成物。
[8] 前記形質転換体がサッカロミセス・セレビジエの形質転換体であり、前記内在性の凝集促進に関与する遺伝子がFLO遺伝子である、[5]の飼料用組成物。
[9] 前記凝集に関与する遺伝子が凝集抑制に関与する遺伝子であり、当該遺伝子の改変が、内在性の当該遺伝子の欠失である、又は、内在性の当該遺伝子が有するプロモーターよりも転写強度が弱いプロモーターへの置換である、[4]の飼料用組成物。
[10] 前記形質転換体がシゾサッカロミセス・ポンベの形質転換体であり、前記内在性の凝集抑制に関与する遺伝子がpvg1遺伝子である、[9]の飼料用組成物。
[11] ドコサヘキサエン酸又はエイコサペンタエン酸を、組成物の乾燥重量当たり0.1質量%以上含む、[1]~[10]のいずれかの飼料用組成物。
[12] 魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体に、[1]~[11]のいずれかの飼料用組成物を餌として与えて飼育する、魚類又は甲殻類の飼育方法。
[13] 酵母、乳酸菌及び微細藻類から選ばれる単細胞微生物の凝集塊と凝集していない前記単細胞微生物とを含む微生物集合体であって、
前記微生物集合体の光学顕微鏡画像における単細胞微生物の総面積に対する、直径が20~1200μmの範囲内にある凝集塊の総面積の割合が、25%以上である、前記微生物集合体の、飼料への使用。
[14] 単細胞微生物の凝集に関与する遺伝子を、内在性の前記遺伝子が有するプロモーターとは転写強度が異なるプロモーターへ置換する、前記遺伝子を欠失させる、又は外来の前記遺伝子をゲノムに組込むことにより、単細胞微生物の凝集塊の大きさを所望の範囲内に調整する、単細胞微生物の凝集塊の調製方法。
[15] 魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体に、[14]の単細胞微生物の凝集塊の調製方法により調製された凝集塊を餌として与えて飼育する、魚類又は甲殻類の飼育方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る飼料用組成物は、直径が20~1200μmの範囲内にある大きさの単細胞微生物の凝集塊を比較的多く含む。このため、前記飼料用組成物は、魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体(仔稚魚等)のための飼料として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る飼料用組成物は、酵母、乳酸菌、及び微細藻類から選ばれる単細胞微生物の凝集塊と、凝集していない前記単細胞微生物と、を含む組成物であって、直径が20~1200μmの範囲内にある凝集塊を、組成物中の単細胞微生物全量に対して充分な割合で含む。魚類の仔稚魚及び甲殻類の幼体は、凝集していない単細胞微生物は小さすぎて仔魚に餌として認識されないなどの理由で摂取できない。また、直径が大きすぎる凝集塊は、仔魚の口の大きさを超えていたり、沈降速度が速かったりするために、仔稚魚等は摂取し難い。本発明に係る飼料用組成物は、単細胞微生物を、魚類の仔稚魚及び甲殻類の幼体が効率よく摂取可能な大きさの凝集塊として含んでおり、このため、魚類又は甲殻類の初期飼料として好適である。
【0013】
本発明及び本願明細書において、単細胞微生物の直径は、光学顕微鏡画像から画像解析により得られた各凝集塊の円面積相当径、すなわち、凝集塊の面積から同等の面積の円の直径に換算した値を意味する。光学顕微鏡画像からの各凝集塊の面積及び円面積相当径の計測は、ImageJなどの画像解析ソフトウェアを用いた一般的な画像解析により行うことができる。
【0014】
本発明及び本願明細書において、「飼料用組成物中の単細胞微生物全量に対する、直径がX~Xμmの範囲内(X及びXは、X<Xを満たす自然数)にある凝集塊の割合(%)」とは、凝集塊の直径を計測した光学顕微鏡画像中に含まれている単細胞微生物の総面積(凝集塊と凝集していない単細胞微生物の総面積)に対する、直径が目的の数値範囲内にある凝集塊の総面積の割合(%)を意味する。以下、「飼料用組成物中の単細胞微生物全量に対する、直径がX~Xμmの範囲内にある凝集塊の割合」は、「Rd(X-X)」と表すことがある。また、「単細胞微生物の粒子数」とは、凝集塊の個数と凝集していない単細胞微生物の個数の総数を意味する。より信頼性の高い結果を得るために、前記割合の計測は、単細胞微生物の粒子数が1000個以上に対して行うことが好ましく、2000個以上に対して行うことがより好ましい。また、2以上の異なる視野に対して撮像された光学顕微鏡画像から計測することも好ましい。
【0015】
本発明に係る飼料用組成物の直径が20~1200μmの範囲内にある凝集塊の割合[Rd(20-1200)]は、25%以上が好ましく、30%以上がより好ましく、35%以上がさらに好ましく、45%以上がよりさらに好ましく、50%以上が特に好ましい。魚類の仔稚魚及び甲殻類の幼体の口の大きさに合っており、かつ沈降速度が適切である試料を得る観点から、凝集塊の割合は適宜調整することが好ましい。具体的には、[Rd(20-100)]と[Rd(20-1200)]の比を調整することが好ましい。例えば、飼料用組成物が与えられる対象の魚類の仔稚魚及び甲殻類の幼体の口の大きさが小さい場合などのように仔稚魚等が比較的大きな凝集塊を摂取し難い場合、[Rd(20-100)]を[Rd(20-1200)]に対して高めに調整することが考えられる。一方で、魚類の仔稚魚及び甲殻類の幼体の口の大きさが比較的大きく、仔稚魚等に餌としてより小さな凝集塊が認識され難い場合、[Rd(20-100)]を[Rd(20-1200)]に対して低めに調整することが考えられる。魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体による摂取効率が良好であることと沈降速度とを考慮した一例として、例えば、本発明に係る飼料用組成物の直径が20~100μmの範囲内にある凝集塊の割合[Rd(20-100)]は、30%以上が好ましく、40%以上がより好ましく、50%以上がさらに好ましい。
【0016】
本発明に係る飼料用組成物に含まれる単細胞微生物は、酵母、乳酸菌、及び微細藻類のいずれであってもよく、2種類以上の単細胞微生物を含んでいてもよい。前記酵母としては、例えば、S.ポンべ、シゾサッカロミセス・オクトスポラス(Schizosaccharomyces octosporus)、シゾサッカロミセス・ジャポニクス(Schizosaccharomyces japonicns)のシゾサッカロミセス属酵母(分裂酵母):サッカロミセス・セレビシエ、サッカロミセス・エリポイデス(Saccharomyces ellipoides)、サッカロミセス・ルーキシ(Saccharomyces rouxii)、サッカロミセス・サケ(Saccharomyces sake)、サッカロミセス・ウバラム(Saccharomyces uvarum)のサッカロミセス属酵母(出芽酵母):カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、カンジダ・グラブラタ(Candida glabrata)、カンジダ・ユティリス(Candida utilis)、カンジダ・シュードトロピカリス(Candida pseudotropicalis)のカンジダ属酵母:ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、ピキア・クルイベリ(Pichia kluyveri)のピキア属酵母:ブレタノミセス・ブルクセレンシス(Brettanomyces bruxellensis)、ブレタノミセス・ナーデネンシス(Brettanomvces naardenensis)のブレタノミセス属酵母:トルロプシス・ウティリス(Torulopsis utilis)、トルロプシス・カンジダ(Torulopsis candida)のトルロプシス属酵母:ミコトルラ・ジャポニカ(Mycotorula japonica)、ミコトルラ・リポリチカ(Mycotorula lipolytica)のミコトルラ属:トルラスポラ・デルブルッキ(Torulaspora delbrueckii)のトルラスポラ属:ロードトルラ・ルブラ(Rhodotorula rubra)のロードトルラ属が挙げられる。前記乳酸菌としては、例えば、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)、ビフィドバクテリウム・アニマリス(Bifidobacterium animalis)、ビフィドバクテリウム・ビフィドム(Bifidobacterium bifidum)、ビフィドバクテリウム・ラクティス(Bifidobacterium lactis)のビフィドバクテリウム属菌:ラクトバチルス・アシドフィリス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバチルス・アミロヴォラス(Lactobacillus amylovorus)、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・デルブルッキ(Lactobacillus delbrueckii)、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバチルス・ペントーサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス・ルーモサス(Lactobacillus rhnmosus)のラクトバチルス属菌:エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)のエンテロコッカス属菌:ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトコッカス・ラフィノラクティス(Lactococcus raffinolactis)、ラクトコッカス・プランタラム(Lactococcus plantarum)のラクトコッカス属菌が挙げられる。前記微細藻類としては、例えば、ミドリムシ(Euglena gracilis)、クロレラ(Chlorella)、スピルリナ(Arthrospira属)、イカダモ(Acutodesmus dimorphus)、クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)、シアノバクテリア(Synechococcus elongatus)が挙げられる。なかでも、遺伝子改変技術及び大量培養技術が確立されており、所望の大きさの凝集塊の調製が比較的容易であることから、酵母が好ましい。さらに発酵食品としての歴史的な背景があり飼料としての安全性が担保されている事から、分裂酵母及び出芽酵母がより好ましい。
【0017】
本発明に係る飼料用組成物に含まれる単細胞微生物の種類は、前記飼料用組成物が与えられる対象の魚類又は甲殻類の生物種及びそれらの成長の度合いに応じて選択できる。例えば、仔稚魚又は幼体の成長の度合いに合わせて、幅広く適切なサイズの飼料用組成物を調整するには、凝集促進に関与する遺伝子の知見がある酵母が好ましく、特に知見が多いS.セレビジエが好ましい。さらに、前記に加えて、凝集抑制に関与する遺伝子の知見があるS.ポンベが特に好ましい。
【0018】
本発明に係る飼料用組成物に含まれる単細胞微生物の凝集塊は、性的凝集により形成されたものであってもよく、非性的凝集によって形成されたものであってもよい。また、乳酸菌の場合、細胞外高分子物質及び菌体などから構成されるフロックも凝集塊に含まれる。
【0019】
単細胞微生物の凝集塊の大きさは、例えば、凝集に関与する遺伝子の発現量や活性の強度を調節して、好ましい大きさに調整できる。凝集に関与する遺伝子の発現量や活性強度の調節は、前記遺伝子のプロモーターの改変、前記遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸変異を導入する改変、前記遺伝子のコピー数を増大させる改変などにより行うことができる。具体的には、凝集促進に関与する遺伝子のプロモーターを、内在性の前記遺伝子が有するプロモーターよりも転写強度が強いプロモーターに置換する、又は外来の前記遺伝子をゲノムへ組み込む。こうして得られた形質転換体は、凝集が促進され、好ましい大きさの凝集塊の割合が増大する。また、凝集抑制に関与する遺伝子を欠失させる、又は、前記遺伝子のプロモーターを、内在性の前記遺伝子が有するプロモーターよりも転写強度が弱いプロモーターに置換することでも、凝集が促進し、好ましい大きさの凝集塊の割合が増大した形質転換体が得られる。また、単細胞微生物の凝集塊の大きさは、これらの組み合わせで調整してもよい。
【0020】
凝集促進に関与する遺伝子としては、例えば、FLO1遺伝子、FLO10遺伝子、FLO11遺伝子(いずれもサッカロミセス・セレビシエ由来)、ALS1遺伝子(カンジダ・アルビカンス由来)、EPA1遺伝子(カンジダ・グラブラタ由来)、gsf2遺伝子(S.ポンベ由来)、及びこれらのホモログ遺伝子が挙げられる。凝集抑制に関与する遺伝子としては、例えば、pvg1遺伝子(S.ポンベ由来)、及びこれらのホモログ遺伝子が挙げられる。
【0021】
凝集に関与する遺伝子のプロモーターを改変する場合、内在性の前記遺伝子が有するプロモーターを、同種の生物種が本来有している他の遺伝子のプロモーターに置換してもよく、他の生物種に由来するプロモーターに置換してもよい。
【0022】
例えば、単細胞微生物がS.ポンベの場合、各プロモーターの転写強度の強さは、gsf2遺伝子等の凝集促進に関与する遺伝子の内在性のプロモーター<nmt41遺伝子のプロモーター<ihc1遺伝子のプロモーター<hsp9遺伝子のプロモーター、の順である(非特許文献6、特許文献2)。このため、凝集促進に関与する遺伝子の内在性のプロモーターを、nmt41遺伝子のプロモーター、ihc1遺伝子のプロモーター、ihc2遺伝子のプロモーター、又はhsp9遺伝子のプロモーターに置換した形質転換体では、それぞれ増強の程度は異なるものの凝集促進に関与する遺伝子の発現効率が高められ、S.ポンベの凝集が促進され、大きい凝集塊の割合が増大する。すなわち、凝集促進に関与する遺伝子のプロモーターを適当な転写強度のプロモーターに置換して、単細胞微生物の凝集能の強さを調節でき、所望の大きさの凝集塊の割合を大きくできる。
【0023】
単細胞微生物がサッカロミセス・セレビシエの場合、各プロモーターの転写強度の強さは、凝集促進に関与する遺伝子の内在性のプロモーター<PYK1遺伝子のプロモーター<PGK1遺伝子のプロモーター又はTEF1遺伝子のプロモーター、の順である(非特許文献7)。このため、凝集促進に関与する遺伝子の内在性のプロモーターを、PYK1遺伝子のプロモーター、PGK1遺伝子のプロモーター又はTEF1遺伝子のプロモーターに置換した形質転換体では、それぞれ増強の程度は異なるものの凝集促進に関与する遺伝子の発現効率が高められ、サッカロミセス・セレビシエの凝集が促進され、大きい凝集塊の割合が増大する。すなわち、サッカロミセス・セレビシエにおいても、凝集促進に関与する遺伝子のプロモーターを適当な転写強度のプロモーターに置換して、単細胞微生物の凝集能の強さを調節でき、所望の大きさの凝集塊の割合を大きくできる。
【0024】
単細胞微生物の凝集塊の割合を調整するには、凝集に関与する外来遺伝子をゲノムに導入してもよい。例えばS.セレビジエに由来するFLO1遺伝子をS.ポンベに導入してもよく、S.ポンベに由来するgsf2遺伝子をS.セレビジエに導入してもよい。
【0025】
凝集に関与する遺伝子の改変は、プロモーターの置換、変異の導入、前記遺伝子の欠失、及び外来遺伝子の挿入などである。これらは、単独で又は組み合わせて行うことができ、遺伝子工学的方法により行うことができる。外来遺伝子の挿入は、染色体外遺伝子として導入してもよく、染色体に導入してもよい。前記遺伝子工学的方法としては、例えば、特開平5-15380号公報、国際公開第95/09914号、特開平10-234375号公報、特開2000-262284号公報、特開2005-198612号公報、国際公開第2010/087344号に記載の方法を使用できる。
【0026】
本発明に係る飼料用組成物に含まれる単細胞微生物の凝集能を向上させるために改変する遺伝子は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。例えば、2種類以上の凝集促進に関与する遺伝子に対して改変してもよく、凝集促進に関与する遺伝子と凝集抑制に関与する遺伝子の両方に対して改変してもよい。
【0027】
本発明に係る飼料用組成物に含まれる単細胞微生物の凝集塊と凝集していない前記単細胞微生物とからなる微生物集合体は、前記単細胞微生物を培養して得られる。前記単細胞微生物は、天然の同種の微生物と同様に培養できる。前記単細胞微生物を培養すると、その一部が凝集し凝集塊を形成し、残りは凝集せずに単細胞のまま存在する。培養により得られた凝集塊と単細胞からなる微生物集合体は、飼料の原料として用いられる。
【0028】
凝集能を改変した単細胞微生物の培養は、培養する対象の単細胞微生物が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含む培養培地で行う。前記培養培地としては、微生物の培養に使用される公知の培養培地及びその改変培地を適宜使用できる。また、前記培養培地としては、天然培地を用いてもよく、合成培地を用いてもよい。オキアミ抽出液のようなエキスを培養培地に添加して用いてもよい。
【0029】
炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトース、スクロースの糖が挙げられる。
窒素源としては、例えば、アンモニア、硫化アンモニウム、酢酸アンモニウムの無機酸又は無機酸のアンモニウム塩、ペプトン、カザミノ酸が挙げられる。
無機塩類としては、例えば、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウムが挙げられる。
具体的には、YPD培地等の栄養培地(M.D.Rose et al., "Methods In Yeast Genetics", Cold Spring Harbor LabolatoryPress (1990))又はMB培地等の最少培地(K.Okazaki et al., Nucleic AcidsRes., vol.18, p.6485-6489 (1990))を使用できる。
【0030】
培養には公知の酵母培養方法を用いることができ、例えば、振とう培養、攪拌培養ができる。
また、培養温度は、23~37℃が好ましい。また、培養時間は適宜決定できる。
また、培養は、回分培養であってもよく、連続培養であってもよい。
【0031】
本発明に係る飼料用組成物は、前記単細胞微生物の微生物集合体のみからなるものであってもよく、その他の成分を含んでいてもよい。前記その他の成分としては、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類、脂質、脂肪酸、ビタミン、ミネラルが挙げられる。DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)等が成長に必要な生物用の飼料組成物の場合、本発明に係る飼料用組成物におけるDHA又はEPAは、組成物の乾燥重量当たり、好ましくは0.1質量%以上含む。
【0032】
本発明に係る飼料用組成物は、他の飼料と同様にして、魚類又は甲殻類の養殖場の生け簀に投入する。特に、本発明に係る飼料用組成物は、魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体でも摂取しやすいため、これらを飼育する養殖場に、餌として与えて飼育することが好ましい。
【実施例
【0033】
以下、実施例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
【0034】
[実施例1]
S.ポンベの凝集に関与する遺伝子を改変し、凝集能の異なる菌株を作製した。
【0035】
<pvg1遺伝子の削除>
S.ポンベの染色体からpvg1遺伝子を削除するために、遺伝子削除用のラトゥールフラグメントを遺伝子合成にて作製した。ラトゥールフラグメントは、組換え対象のゲノムに相同な領域と、FOA処理が可能な栄養要求性マーカーのura4遺伝子配列からなる断片とした。なお、前記断片を用いて対象のゲノムから目的の遺伝子領域を削除すると、外来のDNA配列の痕跡がゲノムに残らない。
【0036】
得られたpvg1遺伝子削除用のラトゥールフラグメントによってS.ポンベのARC032株(特許文献1)を形質転換した後に、FOA処理をしてpvg1遺伝子を削除した。得られたpvg1削除株をIGF786株と名付け、YES培地(5mL)の入った試験管へ植菌し、30℃で3日間、振とう培養をした。得られた培養液を50%グリセロール溶液と1対1の割合で混ぜ、グリセロールストックとして-80℃で凍結保存した。
【0037】
<gsf2プロモーターの置換>
ガラクトース特異的細胞凝集タンパク質gsf2遺伝子のプロモーターを置換するために、置換用のラトゥールフラグメントを遺伝子合成にて作製した。置換用ラトゥールフラグメントは、組換え対象のゲノムに相同な領域と置換して組込みたい配列と、FOA処理が可能な栄養要求性マーカーのura4遺伝子配列からなる。得られたgsf2遺伝子プロモーター置換用のラトゥールフラグメントでS.ポンベARC032株及びIGF786株をそれぞれ形質転換した後にFOA処理をして、gsf2プロモーターを置換した。
【0038】
ARC032株を宿主としてgsf2プロモーターをnmt41プロモーターに置換した株をARC138株とした。IGF786株を宿主としてgsf2プロモーターをnmt41プロモーターに置換した株をARC139株とした。IGF786株を宿主として同様にして、ihc1プロモーターに置換した株をIGF799株とし、ihc2プロモーターに置換した株をIGF800株とし、hsp9プロモーターに置換した株をIGF798株と、それぞれ名付けた。各株のgsf2遺伝子のプロモーターとpvg1遺伝子の欠失の有無を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
これらのプロモーター置換株を、それぞれYES培地(5mL)の入った試験管へ植菌し、30℃で3日間、振とう培養をした。得られた培養液をそれぞれ50%グリセロール溶液と1対1(容量比)の割合で混ぜ、グリセロールストックとして-80℃で凍結保存した。
【0041】
<菌体の培養>
各菌株のグリセロールストック(1μL)を、それぞれYES培地(5mL)の入った試験管へ植菌した。振とう培養には高崎科学機械社製の振とう培養器TXY-16R-3Fを用いた。試験管を30℃で3日間振とう培養し、得られた培養液3mLを、それぞれオキアミ抽出液を添加したYPD培地150mLの入った坂口フラスコへ植継いだ。
【0042】
坂口フラスコを30℃で3日間振とう培養し、得られた培養液(各150mL)を、遠心機7780II(KUBOTA社製)にて4800×g、10分間の条件で遠心分離した。遠心分離後、上清を捨てて菌体を回収した。
【0043】
<乾燥体の作製>
遠心分離により回収した菌体を-80℃で凍結させ、凍結乾燥機LABCONCO(朝日ライフサイエンス社製)を用いて凍結乾燥させた。装置の内部圧力が0.133mbarを下回るように維持し、一晩乾燥させた。得られた乾燥体は、乾燥重量当たり0.2~0.5質量パーセントのDHAを含んでいた。
【0044】
<顕微鏡観察>
得られた酵母乾燥体各0.1gにRO(Reverse Osmosis)水(1mL)を添加して懸濁したものを、サンプルとした。それらのサンプルを、光学顕微鏡CKC-TR2(オリンパス社製)を用いて40倍で観察し、デジタルカメラU-CMAD3(オリンパス社製)を用いて撮影し、画像ファイルを得た。
【0045】
<画像解析>
得られた顕微鏡写真の画像ファイルを、National Institutes of Health(NIH)が頒布する画像解析ソフトウェアImageJにて解析した。具体的には、まず、画像ファイルをMake binary処理で二値化した。次に、Set-scale処理によって目盛りを設定し、最後にAnalyze particles処理によって個々の粒子(凝集塊と凝集していない単細胞微生物の両方を含む。)それぞれの面積値データを得た。各株の画像解析結果を表2に示す。表中、「粒子」は、画像中で1個の領域として識別された粒子であり、凝集塊と凝集していない単細胞微生物のどちらも含む。すなわち、「総粒子数」は、凝集塊の個数と凝集していない単細胞微生物の個数の総和である。また、「総面積値」は、全粒子の面積値の総和であり、「1200≧d≧20」は、[直径(円面積相当径)が20μm以上1200μm以下である粒子の総面積値]/[全粒子の総面積値](%)、「100≧d≧20」は、[直径(円面積相当径)が20μm以上100μm以下である粒子の総面積値]/[全粒子の総面積値](%)、「20>d」は、[直径(円面積相当径)が20μm未満である粒子の総面積値]/[全粒子の総面積値](%)を示す。また、独立した2回の試行を行い、各株の上段が1回目の試行の結果を、下段が2回目の試行の結果を示す。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示すように、ARC032株と比較して、pvg1遺伝子を削除したARC138株と、さらにgsf2遺伝子のプロモーターを転写強度が強いプロモーターに置換したIGF786株、ARC139株、IGF799株、IGF800株、及びIGF798株では、直径が20μm未満の小さな粒子の割合が顕著に減少していた。これは、凝集能が向上して凝集が促進され、凝集していない酵母が減少したためと推察される。特に、IGF786株、ARC139株、IGF799株、IGF800株、及びIGF798株を比較すると、gsf2遺伝子のプロモーターの転写強度が強い株ほど、直径100μm超の粒子の割合が多くなっており、凝集に関与する遺伝子のプロモーターの転写強度を調節して凝集塊の大きさを調節できた。なかでも、ARC138株、IGF786株、及びARC139株は、魚類の仔稚魚又は甲殻類の幼体が摂取しやすい大きさ(直径20~100μm)の凝集塊の割合が多く、初期飼料として特に好適であった。一方で、IGF799株、IGF800株、及びIGF798株は、ワムシやアルテミアと同程度の大きさである直径100~1200μmの凝集塊が多く、ワムシやアルテミアの代替飼料として好適であった。
【0048】
[実施例2]
S.セレビジエの凝集に関与する遺伝子を改変し、凝集能の異なる菌株を作製した。
【0049】
<FLO1プロモーターの置換>
凝集タンパク質FLO1遺伝子のプロモーターを置換するために、置換用のラトゥールフラグメントを遺伝子合成にて作製した。置換用ラトゥールフラグメントは、組換え対象のゲノムに相同な領域と置換して組込みたい配列と、FOA処理が可能な栄養要求性マーカーのURA3遺伝子配列とからなる。得られたFLO1遺伝子プロモーター置換用のラトゥールフラグメントでS.セレビジエARC192株を形質転換して、FLO1プロモーターを置換した。
【0050】
<FLO10プロモーターの置換>
凝集タンパク質FLO10遺伝子のプロモーターを置換するために、置換用のラトゥールフラグメントを遺伝子合成にて作製した。置換用ラトゥールフラグメントは、組換え対象のゲノムに相同な領域と置換して組込みたい配列と、URA3遺伝子配列とからなる。得られたFLO10遺伝子プロモーター置換用のラトゥールフラグメントでS.セレビジエARC192株を形質転換して、FLO10プロモーターを置換した。
【0051】
<FLO11プロモーターの置換>
凝集タンパク質FLO11遺伝子のプロモーターを置換するために、置換用のラトゥールフラグメントを遺伝子合成にて作製した。置換用ラトゥールフラグメントは、組換え対象のゲノムに相同な領域と置換して組込みたい配列と、URA3遺伝子配列とからなる。得られたFLO11遺伝子プロモーター置換用のラトゥールフラグメントでS.セレビジエARC192株を形質転換して、FLO11プロモーターを置換した。
【0052】
ARC192株を宿主としてFLO1プロモーターをピルビン酸キナーゼPYK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF887株とした。ARC192株を宿主としてFLO1プロモーターをホスホグリセリン酸キナーゼPGK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF890株とした。ARC192株を宿主としてFLO1プロモーターを伸長因子TEF1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF893株とした。ARC192株を宿主としてFLO10プロモーターをPYK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF891株とした。ARC192株を宿主としてFLO10プロモーターをPGK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF888株とした。ARC192株を宿主としてFLO10プロモーターをTEF1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF894株とした。ARC192株を宿主としてFLO11プロモーターをPYK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF889株とした。ARC192株を宿主としてFLO11プロモーターをPGK1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF892株とした。ARC192株を宿主としてFLO11プロモーターをTEF1遺伝子のプロモーターに置換した株をIGF895株とした。各株のFLO遺伝子のプロモーターを表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
これらのプロモーター置換株を、それぞれYES培地(5mL)の入った試験管へ植菌し、30℃で3日間、振とう培養をした。得られた培養液をそれぞれ50%グリセロール溶液と1対1(容量比)の割合で混ぜ、グリセロールストックとして-80℃で凍結保存した。
【0055】
<菌体の培養>
各菌株のグリセロールストック(1μL)を、それぞれYES培地(5mL)の入った試験管へ植菌した。実施例1と同様にして、該試験管を30℃で3日間振とう培養し、得られた培養液3mLを、それぞれオキアミ抽出液を添加したYPD培地150mLの入った坂口フラスコへ植継いだ。坂口フラスコを30℃で3日間振とう培養し、得られた培養液(各150mL)を、実施例1と同様にして遠心分離した後、上清を捨てて菌体を回収した。
【0056】
<乾燥体の作製>
遠心分離により回収した菌体を-80℃で凍結させ、実施例1と同様にして凍結乾燥させ、乾燥体を得た。得られた乾燥体は、乾燥重量当たり0.2~0.5質量パーセントのDHAを含んでいた。
【0057】
<顕微鏡観察>
得られた酵母乾燥体各0.1gにRO水(1mL)を添加して懸濁したものを、サンプルとした。それらのサンプルを、光学顕微鏡CKC-TR2(オリンパス社製)を用いて40倍で観察し、デジタルカメラU-CMAD3(オリンパス社製)を用いて撮影し、画像ファイルを得た。
【0058】
<画像解析>
得られた顕微鏡写真の画像ファイルを、画像解析ソフトウェアImageJにて、実施例1と同様にして解析し、個々の粒子(凝集塊と凝集していない単細胞微生物の両方を含む。)それぞれの面積値データを得た。各株の画像解析結果を表4に示す。表中、「粒子」、「総粒子数」、「総面積値」、「1200≧d≧20」、「100≧d≧20」、及び「20>d」は、表2と同じものを意味する。また、独立した2回の試行を行い、各株の上段が1回目の試行の結果を、下段が2回目の試行の結果を示す。
【0059】
【表4】
【0060】
表4に示すように、ARC192株と比較して、FLO1遺伝子、FLO10遺伝子又はFLO11遺伝子のプロモーターを転写強度が強いプロモーターに置換したIGF888株、IGF889株、IGF893株、及びIGF891株では、直径が20μm以上の大きな粒子の割合が顕著に増加していた。これは、凝集能が向上して凝集が促進され、凝集していない酵母が減少したためと推察される。特に、IGF889株やIGF891株では、直径100μm超の粒子の割合が多くなっており、凝集に関与する遺伝子のプロモーターの転写強度を調節して凝集塊の大きさを調節できることが確認された。
なお、2019年02月28日に出願された日本特許出願2019-035860号の明細書、特許請求の範囲及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。