(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】食塩電解用酸素還元電極とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/065 20210101AFI20240501BHJP
C25B 1/46 20060101ALI20240501BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240501BHJP
C25B 11/032 20210101ALI20240501BHJP
C25B 11/051 20210101ALI20240501BHJP
C25B 11/081 20210101ALI20240501BHJP
【FI】
C25B11/065
C25B1/46
C25B9/00 E
C25B11/032
C25B11/051
C25B11/081
(21)【出願番号】P 2023186386
(22)【出願日】2023-10-31
【審査請求日】2024-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2022176495
(32)【優先日】2022-11-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】藤本 航太朗
(72)【発明者】
【氏名】坂本 健二
【審査官】関口 貴夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-163527(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0369412(US,A1)
【文献】特開2010-280974(JP,A)
【文献】国際公開第2011/102331(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 11/00-11/097
C25B 1/00- 1/55
C25B 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性導電性基材と該多孔性導電性基材上に白金と導電性カーボンを含有する触媒層を有し、該白金と該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金質量が21wt%以上であり、かつ、該触媒層表面の白金(Pt)と炭素(C)の質量比Pt/Cが0.18以上1.0以下である食塩電解用酸素還元電極。
【請求項2】
前記白金の担持量が、電極の幾何面積当たり0.1mg/cm
2以上10mg/cm
2以下である請求項1に記載の食塩電解用酸素還元電極。
【請求項3】
前記白金の結晶子径が2nm以上20nm以下である請求項1又は請求項2に記載の食塩電解用酸素還元電極。
【請求項4】
サイクリックボルタンメトリー法を用いて測定した電極の幾何面積当たりの水素脱着電気量が10mC/cm
2以上200mC/cm
2以下である請求項1又は請求項2に記載の食塩電解用酸素還元電極。
【請求項5】
前記触媒層がフッ素樹脂を含有し、該フッ素樹脂と前記導電性カーボンの質量比が1:0.1~10である請求項1又は請求項2に記載の食塩電解用酸素還元電極。
【請求項6】
前記多孔性導電性基材がカーボン繊維である請求項1又は請求項2に記載の食塩電解用酸素還元電極。
【請求項7】
少なくとも前記白金と前記導電性カーボンを含み、該白金と該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金質量が21wt%以上である触媒インクを前記多孔性導電性基材上に塗布する塗布工程、60℃以上120℃以下での乾燥工程、及び250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下での焼成工程、を含む請求項1又は請求項2に記載の食塩電解用酸素還元電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
食塩電解工業では一般に、陽極に塩素発生電極、陰極に水素発生電極を用い、陽極と陰極との間をフッ素系陽イオン交換膜で区画した、所謂、イオン交換膜法食塩電解が主流である。一方で、陰極を酸素還元電極に置き換えることで、既存の水素発生型イオン交換膜法食塩電解に対して、理論的な電解電圧を1V以上下げることが可能とされており、省エネルギー化の手段として注目されている。しかし、実際には酸素還元反応の高い過電圧に起因して、電圧削減効果は0.7V程度に留まり、エネルギー源として再利用が可能な水素が副生されない問題と相まって、大規模な実用化には至っていない。
【0002】
過電圧を低減する食塩電解用酸素還元電極としては、これまでに触媒として銀を用いたものが広く研究されてきた。
【0003】
例えば、炭素粉末と銀、白金、パラジウムのうち少なくとも一種類の貴金属類を含有してなる親水性触媒を含む食塩電解用酸素還元電極が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
昨今、カーボンニュートラル推進に向けてより低電圧で動作する食塩電解プロセスが望まれている。特許文献1では、食塩電解の稼働電流密度(4.0~8.0kA/m2)に適用した際、高い過電圧が生じ、食塩電解プロセスの省エネルギー化を妨げていた。
【0006】
本開示は、上記課題に鑑みてなされ、従来公知の食塩電解用酸素還元電極に比べて低過電圧を示し、食塩電解プロセスの省エネルギー化に寄与する効果を奏する食塩電解用酸素還元電極の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した。その結果、電極表面に特定の質量比で白金と炭素を含有する食塩電解用酸素還元電極を用いることで、上記の課題を解決し得ることを見出した。すなわち、本開示は特許請求の範囲に記載のとおりであり、また、本開示の要旨は以下のとおりである。
[1]多孔性導電性基材と該多孔性導電性基材上に白金と導電性カーボンを含有する触媒層を有し、該白金と該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金質量が21wt%以上であり、かつ、該触媒層表面の白金(Pt)と炭素(C)の質量比Pt/Cが0.18以上1.0以下である食塩電解用酸素還元電極。
[2]前記白金の担持量が、電極の幾何面積当たり0.1mg/cm2以上10mg/cm2以下である前記[1]に記載の食塩電解用酸素還元電極。
[3]前記白金の結晶子径が2nm以上20nm以下である前記[1]又は[2]に記載の食塩電解用酸素還元電極。
[4]サイクリックボルタンメトリー法を用いて測定した電極の幾何面積当たりの水素脱着電気量が10mC/cm2以上200mC/cm2以下である前記[1]乃至[3]のいずれかひとつに記載の食塩電解用酸素還元電極。
[5]前記触媒層がフッ素樹脂を含有し、該フッ素樹脂と前記導電性カーボンの質量比が1:0.1~10である前記[1]乃至[4]のいずれかひとつに記載の食塩電解用酸素還元電極。
[6]前記多孔性導電性基材がカーボン繊維である前記[1]乃至[5]のいずれかひとつに記載の食塩電解用酸素還元電極。
[7]少なくとも前記白金と前記導電性カーボンを含み、該白金と該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金質量が21wt%以上である触媒インクを前記多孔性導電性基材上に塗布する塗布工程、60℃以上120℃以下での乾燥工程、及び250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下での焼成工程、を含む前記[1]~[6]のいずれかひとつに記載の食塩電解用酸素還元電極の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、従来公知の食塩電解用酸素還元電極に比べて低過電圧を示し、食塩電解プロセスの省エネルギー化に寄与する食塩電解用酸素還元電極を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示について、その実施形態の一例を示して説明する。なお、本開示には、本明細書に開示した構成及び数値の任意の組合せ、並びに、本明細書で開示した数値の上限及び下限の任意の組合せによる範囲、を含むものとする。
【0010】
本実施形態の食塩電解用酸素還元電極(以下、「本電極」ともいう。)は、多孔性導電性基材と該多孔性導電性基材上に白金(白金材料)と導電性カーボンを含有する触媒層を有する。すなわち、本電極は、多孔性導電性基材、並びに、白金(白金材料)及び導電性カーボンを含有する触媒層を含み、なおかつ、該多孔性導電性基材の少なくとも表面に該触媒層が存在する構造を有する酸素還元電極である。
【0011】
上記多孔性導電性基材は、酸素還元電極の強度を補強し、集電と電子伝導を行い、かつ酸素還元反応における反応物質である酸素(O2)ガスを触媒成分まで速やかに供給する目的で用いられる。よって、多孔性導電性基材は上記機能を有する材料であれば特に限定するものではなく、例えば、多孔性導電性基材を構成する材料は、導電性カーボン及び金属材料の少なくともいずれかが挙げられ、また、多孔性導電性基材は導電性カーボン及び金属材料の少なくともいずれかからなる基材であることが好ましく、導電性カーボンからなる基材であることが好ましい。
導電性カーボンとして、カーボン繊維、カーボンブラック、グラファイト、活性炭及びカーボンナノチューブの群から選ばれる1種以上が例示できる。また、カーボン繊維としてカーボンペーパー及びカーボンクロスの少なくともいずれかが例示でき、また、カーボンブラックとして、アセチレンブラック、ファーネスブラック及びケッチェンブラック(登録商標)の群から選ばれる1種以上が例示できる。金属材料としてエキスパンドメタル及びメッシュの少なくともいずれかが挙げられ、さらに、エキスパンドメタル等はニッケル、銀、銅、鉄、チタン及びステンレス合金鋼の群から選ばれる1種以上からなることが好ましい。中でも、耐腐食性に優れ、かつ加工が容易な点で、多孔性導電性基材はカーボン繊維であることが好ましい。また長期的なガス透過性を担保する観点から、表面に撥水剤が塗布されていること(すなわち、多孔性導電性基材が、撥水加工が施されたカーボン繊維及び表面に撥水剤を有するカーボン繊維の少なくともいずれかであること)がより好ましい。
【0012】
上記白金は白金材料を意味し、これは触媒の主成分である。より具体的に、白金(白金材料)は、気液固の三相界面が形成され酸素還元反応が進行する反応場に位置する触媒の主成分である。白金(白金材料)は、酸素還元反応に対して活性を持つ触媒であって、例えば、白金単一金属(金属白金;金属元素としてのPt)及び白金合金の群から選ばれる1種以上が挙げられる。白金合金は、白金(Pt)と異種金属元素からなる合金である。異種金属元素としては、特に限定するものではなく、例えば、Ag、Au、Co、Cu、Fe、Ir、Mn、Ni、Pd、Ru、Ti及びZrの群から選ばれる1種以上の金属元素が挙げられる。また、本実施形態において、白金合金の意義を広義に解釈でき、単一相からなる白金合金の他、多層構造(コアシェル構造)を有していてもよい。多層構造を有する白金(白金材料)として、例えば、コアが金属白金(Pt)及び白金合金の少なくともいずれかであり、なおかつ、シェルがAg、Au、Co、Cu、Fe、Ir、Mn、Ni、Pd、Ru、Ti及びZrの群から選ばれる1種以上の金属元素で構成される白金材料が挙げられる。これらの白金(白金材料)は、市販品をそのまま用いることもできるし、公知の方法に従って合成したものを用いることもできる。当該合成方法としては、特に限定するものではなく、例えば、白金化合物溶液(ジニトロジアンミン白金硝酸溶液など)に還元剤(アルコールなど)を加えて白金(Pt)粒子を析出させる方法(湿式法)や、蒸着やスパッタ等の方法(乾式法)が挙げられる。
【0013】
上記導電性カーボンは、電極(酸素還元電極)に導電性を付与する他、電極の三相界面の増加に重要な役割をもつ。すなわち、導電性カーボンは表面官能基によって親水性又は疎水性いずれかの特性も発現する(それぞれ、「親水性カーボン」、「疎水性カーボン」ともいう。)。そのため、親水性カーボン及び疎水性カーボンを適宜組み合わせることにより電極中の三相界面を最適化することが可能である。導電性カーボンは、高温高濃度アルカリ中で比較的安定なものであれば、特に限定するものではなく、例えば、カーボンブラック、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、グラファイト、活性炭及びカーボンナノチューブの群から選ばれる1種以上が挙げられ、カーボンブラック及びファーネスブラックが好ましい。導電性カーボンは、単独、またはこれらの混合物であってもよい。
【0014】
上記白金(白金材料)及び上記導電性カーボンについては、電極を製造する際に混合してもよいし、電極を製造する前に導電性カーボン上に白金(白金材料)が担持された状態であってもよい。白金(白金材料)が担持された導電性カーボン(白金担持導電性カーボン)は、市販品をそのまま用いてもよく、公知の方法に従って合成したものを用いてもよい。当該合成方法は、特に限定されるものではなく、例えば、白金化合物溶液に担体となる導電性カーボン粉末を添加及び混合した後、還元剤を加えることで、導電性カーボン上に直接白金粒子を析出させる方法が挙げられる。
【0015】
上記触媒層は、気液固の三相界面が形成され、酸素還元反応が進行する反応場であって、金属触媒である白金(Pt)と導電性カーボン等を含有する。三相界面を形成する目的で親水性カーボンなどの親水性材料と、疎水性カーボンやフッ素樹脂などの疎水性材料を高度に分散させた構造が好ましい。また、触媒層の厚みに特に制限はないが、厚すぎる場合はガスやイオンの拡散が滞り、かつ導電経路が長くなり、逆に薄すぎる場合は反応表面積が減少する。
【0016】
本電極は、上記白金(白金材料)及び上記導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、白金(白金材料)質量が21wt%以上である。白金(白金材料)質量が21wt%未満であると、触媒層に十分量の白金(Pt)が導入されず、白金(Pt)上での触媒反応を促進することができない。白金(白金材料)質量は、23wt%以上であることが好ましく、25wt%以上であることがより好ましい。また、白金(白金材料)質量は85wt%以下であることが好ましく、80wt%以下であることがより好ましい。したがって白金(白金材料)質量は21wt%以上85wt%以下であり、23wt%以上80wt%以下であることが好ましく、25wt%以上80wt%以下であることがより好ましい。なお、白金(白金材料)質量(wt%)は、電極製造に使用した白金(白金材料)質量(g)と導電性カーボンの質量(g)を用いて、以下の式で求められる。
【0017】
白金(白金材料)質量(wt%)=(白金(白金材料)質量(g)/(白金(白金材料)質量(g)+導電性カーボン質量(g)))×100
本電極は、上記触媒層表面の白金(Pt)と炭素(C)の質量比Pt/C(以下、単に「Pt/C」ともいう。)が0.18以上1.0以下である。ここで、Pt/CにおけるPtは、金属白金としての白金を意味する。Pt/Cは、0.20以上1.0以下であることが好ましく、0.22以上1.0以下であることがより好ましい。Pt/Cが0.18より小さい場合、高電流密度で電極を使用した際に、触媒である白金上だけではなく、カーボン(すなわち、触媒層中の導電性カーボン及び多孔性導電基材中のカーボン)上でも反応が進行し、過電圧が増大する場合がある。また、カーボン上での酸素還元反応は、水酸化物イオン(OH-)を生成する4電子反応ではなく、過酸化水素(H2O2)を生成する2電子反応が優先的に進行する。カーボン上での酸素還元反応の進行は、電極の劣化や苛性ソーダ(NaOH)の生産効率(電流効率)の低下に繋がる。Pt/Cが1.0より大きい場合は触媒層中での白金の分散度が低くなり、シンタリングが生じる場合がある。なお、触媒層表面の白金(Pt)と炭素(C)のPt/Cは、エネルギー分散型X線分析装置(JSM-IT500、日本電子製)を使用し、100倍の倍率で触媒層の塗布面に垂直な方向で任意の3領域について面分析を行い、ZAF法により定量補正後、各視野で得られた白金(Pt)と炭素(C)、それぞれの元素としての質量比Pt/Cを平均化することで算出することができる。
【0018】
高電流密度においても有意な過電圧低減効果を得ることができるため、上記白金(Pt)の担持量は、電極の幾何面積当たり0.1mg/cm2以上10mg/cm2以下であることが好ましく、0.2mg/cm2以上10mg/cm2以下であることがより好ましい。ここで、幾何面積とは、電極の投影面積に相当するものであり、電極の厚みは考慮しないものである。
【0019】
上記白金(白金材料)の結晶子径は、電極として使用した際に高い触媒比表面積を得ることができるため、2nm以上20nm以下であることが好ましく、2nm以上15nm以下であることがより好ましい。なお、白金(白金材料)の結晶子径は、X線回折装置(例えば、Ultima4、リガク社製)を使用し、線源にCuKα線を用いた測定により得られるXRDパターンの内、白金のメインピーク(111)である2θ=39.5°±1.0°付近の回折線の半値幅を下記のScherrer式に当てはめることで算出することができる。ここで、K:Scherrer定数(=0.94)λ:用いたX線の波長(例えばCuKα線の場合、0.154nm)、B:ピーク半値幅(°)、θ:入射角(°)である。
【0020】
白金結晶子径(nm)=K×λ/(B×cosθ)
本電極は、高電流密度においても有意な過電圧低減効果を得ることができるため、サイクリックボルタンメトリー法を用いて測定した電極の幾何面積当たりの水素脱着電気量が10mC/cm2以上200mC/cm2以下であることが好ましく、20mC/cm2以上200mC/cm2以下であることがより好ましく、30mC/cm2以上200mC/cm2以下であることが更に好ましい。ここで、サイクリックボルタンメトリー法に基づく水素脱着反応は白金(Pt)表面上でのみ進行するため、水素脱着電気量は実質的に、電解液がアクセス可能な(電気化学的に活性な)白金(Pt)の全表面積を表す。なお水素脱着電気量は、三電極式セルを用いてサイクリックボルタンメトリーを行った際に、50~450mV(vs.RHE)に観測される酸化電流波の電気量から二重層容量を差し引くことで算出することができる。
【0021】
上記触媒層は、親疎水性の最適化及び電極強度を増強する目的で、フッ素樹脂を含有し、該フッ素樹脂と上記導電性カーボンの質量比が1:0.1~10であること(すなわち、フッ素樹脂に対する導電性カーボンの質量割合[wt%]が10wt%以上1000wt%以下であること)が好ましく、1:0.1~5(10wt%以上500wt%以下)であることがより好ましい。フッ素樹脂としては、高温高濃度アルカリ中で比較的安定であれば、特に限定するものではなく、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の少なくともいずれか、等が挙げられる。これらのフッ素樹脂については、市販品の粉末又は水溶液中に分散された懸濁液を用いることができる。燃料電池用途の場合、上記触媒層にプロトン伝導性を有するアイオノマー(例えば、ナフィオン)を含有することがあるが、本電極における上記触媒層はプロトン伝導性を有するアイオノマーを含有しなくても良い。
【0022】
次に、本電極の製造方法について説明する。
【0023】
本電極の製造方法は、均質な触媒層を得ることができるという点で、少なくとも上記白金(白金材料)と上記導電性カーボンを含み、該白金と該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金質量が21wt%以上である触媒インクを上記多孔性導電性基材上に塗布する塗布工程、60℃以上120℃以下での乾燥工程(すなわち、60℃以上120℃以下で触媒インクを有する多孔性導電性基材を乾燥する工程)、及び250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下での焼成工程(すなわち、乾燥後の触媒層の前駆体を有する多孔性導電性基材を250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下で焼成する工程)、を含むものである。
【0024】
上記触媒インクとは、触媒層の構成材料を溶媒に均一に分散することで製造されるスラリー、すなわち触媒層の構成材料及び溶媒からなる組成物である。溶媒は、特に限定するものではなく、例えば、水、アルコール及びナフサの群から選ばれる1種以上等が挙げられ、単独、または混合したものでもよい。また、触媒インクは触媒層の構成材料を溶媒に分散させる目的で、界面活性剤を含有してもよい。界面活性剤は、特に限定するものではなく、例えば、オクチルフェノールエトキシレート等の非イオン性界面活性剤を挙げることができる。
【0025】
上記触媒インクは、少なくとも上記白金(白金材料)及び上記導電性カーボンを含むものであり、さらに、該白金(白金材料)及び該導電性カーボンの総質量を100wt%としたときに、該白金(白金材料)質量が21wt%以上である。白金(白金材料)質量が21wt%未満であると、触媒層に十分量の白金が導入されない。23wt%以上であることが好ましく、25wt%以上であることがより好ましい。また、白金(白金材料)質量は85wt%以下であることが好ましく、80wt%以下であることがより好ましい。したがって白金(白金材料)質量は21wt%以上85wt%以下であり、23wt%以上80wt%以下であることが好ましく、25wt%以上80wt%以下であることがより好ましい。
【0026】
上記塗布工程の塗布方法としては、多孔性導電性基材上に触媒インクを均一に塗布できる方法であれば、特に限定するものではなく、手動塗工及び機械塗工の少なくともいずれかであればよい。例えば、手動塗工の場合は刷毛、ヘラ及びローラの群から選ばれる1種以上等で塗布する方法を挙げることができ、機械塗工の場合はスクリーン印刷、スプレー噴霧、ダイコーター塗布及びブレード塗布の群から選ばれる1種以上、等の方法を挙げることができる。
【0027】
本電極の製造方法は、60℃以上120℃以下での乾燥工程、すなわち、60℃以上120℃以下で触媒インクを有する多孔性導電性基材を乾燥する乾燥工程、を含む。乾燥工程では上記塗布工程で塗布された触媒インクの溶媒を乾燥除去する。乾燥温度が60℃より低い場合は溶媒の除去に長時間を要して、製造効率が低下し、120℃より高い場合は白金(Pt)によるカーボンの燃焼が生じる危険がある。乾燥温度は好ましくは70℃以上120℃以下であり、より好ましくは80℃以上120℃以下である。また、乾燥時間としては、溶媒が除去されればよく、多孔性導電性基材の大きさや乾燥機の特徴などにより適宜変更すればよいが、例えば、10分以上12時間以下を挙げることができる。上記乾燥工程の雰囲気は、溶媒の除去を阻害しなければ特に限定するものではなく、例えば、空気、酸素、窒素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、アルゴン、クリプトン及びキセノンの群から選ばれる1以上の雰囲気が挙げられ、空気が好ましい。
【0028】
目的の触媒層質量に達するまで、すなわち上述の白金(Pt)担持量となるまで、複数回(例えば、2回以上10回以下)、上記塗布工程及び上記乾燥工程を繰り返してもよい。
【0029】
本電極の製造方法は、250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下での焼成工程、すなわち、乾燥後の触媒層の前駆体を有する多孔性導電性基材を250℃以上400℃以下の不活性ガス雰囲気下で焼成する焼成工程を含む。焼成工程は、触媒層に残存する界面活性剤を除去する目的及びフッ素樹脂を一度溶解して結着させる目的で、上記乾燥工程で目的の触媒層質量に達した後に行う。焼成温度が250℃より低い場合はフッ素樹脂の溶解が十分に進行せず、400℃より高い場合はフッ素樹脂が揮発又は熱分解して消失する。焼成の温度は好ましくは260℃以上390℃以下であり、より好ましくは270℃以上380℃以下である。また、焼成時間は、多孔性導電性基材の大きさや焼成炉の特徴などにより適宜変更すればよいが、例えば、1分以上24時間以下が挙げられる。不活性ガスとしては、白金(Pt)によるカーボンの燃焼を回避できれば、特に限定するものではなく、例えば、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン及び窒素の群から選ばれる1種以上、等が挙げられ、これらの単独、または混合したものでもよく、窒素が特に好ましい。
【0030】
本電極の製造方法は、本電極の電極密度の向上に伴う導電性向上のため、焼成工程の後に、プレス工程を含んでいてもよい。プレス方法としては、例えば、一軸加圧プレス及びロールプレスが挙げられ、電極の表面積減少による白金溶出抑制の点から、ロールプレスが好ましい。プレス圧力としては、特に限定するものではなく、例えば、1kgf/cm2以上500kgf/cm2以下が挙げられる。
【実施例】
【0031】
以下に、本開示の実施例を挙げてより詳細に説明するが、本開示はこれらの実施例によりなんら限定されて解釈されるものではない。
【0032】
<表面の質量比Pt/Cの測定>
エネルギー分散型X線分析装置(装置名:JSM―IT500、日本電子製)を使用し、得られた食塩電解用酸素還元電極の表面分析を行った。加速電圧を15.00kVとし、倍率100倍で面分析を行った。スキャン時間は100秒で3回とした。測定は任意の3領域で行い、最終的な値はそれぞれの視野で得られた白金(Pt)と炭素(C)の質量比Pt/Cを平均化することで算出した。
【0033】
<結晶子径の測定>
X線回折装置(装置名:Ultima4、リガク社製)を使用し、得られた食塩電解用酸素還元電極の粉末X線回折の測定を行った。線源にはCuKα線(λ=1.5405Å)を用い、測定モードはステップスキャン、スキャン条件はサンプリング幅2θ=0.04°、計測時間は4秒、測定範囲は2θとして10°から80°の範囲で測定した。2θ=39.5°±1.0°付近の回折線の半値幅(半価全幅:FWHM)は、X線回折装置に付属の解析ソフトウェアPDXL-2を用いてピークフィッティングすることにより求めた。
【0034】
<水素脱着電気量の測定>
得られた食塩電解用酸素還元電極を作用極とし、対極にNiコイル、参照電極に酸化水銀電極を用いて、液温88℃の32wt%水酸化ナトリウム中、作用極の背面から0.5L/分の速度で純窒素ガスを供給しながら、走査電位を50~1200mV(vs.RHE)、走査速度を30、50、100mV/sの3条件で3サイクルずつ、サイクリックボルタンメトリーを行った。3サイクル目の波形の内、450~550mV(vs.RHE)に観測される二重層容量に起因する電流値をベースラインとして、50~450mV(vs.RHE)に観測される酸化電流波(水素脱着)の電気量を算出した。電気量は解析ソフトウェアHZ-5000-ANAを使用して算出した。最後に各走査速度で得られた電気量を平均化することで、電極の水素脱着電気量を算出した。
【0035】
<陰極過電圧の測定>
得られた食塩電解用酸素還元電極を作用極とし、対極にNiコイル、参照電極に酸化水銀電極を用いて、液温88℃の32wt%水酸化ナトリウム中、作用極の背面から0.5L/分の速度で純酸素ガスを供給しながら、8kA/m2の条件で電解を行った。電解時に測定される作用極の電位は平衡電位を差し引いた上で、カレントインタラプター法により過電圧成分と抵抗成分に分離した。
【0036】
実施例1
白金(白金材料)を45wt%担持したカーボンブラック(商品名:TEC10E50E、田中貴金属工業製)60mgと60%PTFE懸濁液(商品名:31―JR、三井・ケマーズフロロプロダクツ製)24μLと界面活性剤(商品名:トライトン(登録商標)X―100、ユニオン・カーバイド製)50μLと純水250μLを自転公転ミキサー(商品名:AR-100、シンキー製)で混合して触媒インクを作製した。得られた触媒インクにおける白金(白金材料)質量は45wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0037】
得られた触媒インクを事前に撥水処理を施したカーボンクロス(ElectroChem社製)に塗布し、空気中、100℃で20分乾燥した。得られた電極を窒素雰囲気下、305℃で15分間焼成し、食塩電解用酸素還元電極を得た。
【0038】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.68、白金担持量が1.14mg/cm2、白金(白金材料)の結晶子径が2.7nm、水素脱着電気量が108mC/cm2であった。
【0039】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.36Vの過電圧が観測された。
【0040】
実施例2
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を51mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を26μLとし、触媒インク作製時にファーネスブラック(商品名:Valcan XC-72、Cabot社製)7mgを添加したこと以外は実施例1と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は40wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0041】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.54、白金担持量が1.24mg/cm2、白金の結晶子径が3.5nm、水素脱着電気量が94mC/cm2であった。
【0042】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.37Vの過電圧が観測された。
【0043】
実施例3
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を44mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を27μLとし、ファーネスブラックの質量を13mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は35wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0044】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.41、白金担持量が0.95mg/cm2、白金の結晶子径が3.9nm、水素脱着電気量が55mC/cm2であった。
【0045】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.38Vの過電圧が観測された。
【0046】
実施例4
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を37mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を29μLとし、ファーネスブラックの質量を19mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は30wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0047】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.34、白金担持量が0.78mg/cm2、白金の結晶子径が3.6nm、水素脱着電気量が53mC/cm2であった。
【0048】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.40Vの過電圧が観測された。
【0049】
実施例5
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を30mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を30μLとし、ファーネスブラックの質量を25mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は25wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0050】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.25、白金担持量が1.29mg/cm2、白金の結晶子径が3.2nm、水素脱着電気量が45mC/cm2であった。
【0051】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.43Vの過電圧が観測された。
【0052】
比較例1
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を23mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を31μLとし、ファーネスブラックの質量を30mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は20wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0053】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.17、白金担持量が0.78mg/cm2、白金の結晶子径が2.8nm、水素脱着電気量が23mC/cm2であった。
【0054】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.50Vの過電圧が観測された。
【0055】
比較例2
白金を45wt%担持した導電性カーボンの質量を17mgとし、60%PTFE懸濁液の体積を32μLとし、ファーネスブラックの質量を35mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。このときの白金質量は15wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0056】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面の質量比Pt/Cが0.12、白金担持量が0.62mg/cm2、白金の結晶子径が2.8nm、水素脱着電気量が16mC/cm2であった。
【0057】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.54Vの過電圧が観測された。
【0058】
比較例3
白金を45wt%担持した導電性カーボンの代わりに銀粒子粉末(商品名:AgC―153、福田金属箔粉工業製)20mgを使用し、60%PTFE懸濁液の体積を27μLとし、ファーネスブラックの質量を37mgとしたこと以外は実施例2と同様に行い、食塩電解用酸素還元電極を作製した。銀と導電性カーボンの総質量を100wt%としたときの銀質量は35wt%、フッ素樹脂と導電性カーボンの質量比は1:1.5(フッ素樹脂の質量に対する導電性カーボンの質量割合として150wt%)であった。
【0059】
得られた食塩電解用酸素還元電極は、表面にPtが検出されず、銀担持量が0.90mg/cm2、銀の結晶子径が37.5nm、水素脱着は観測されなかった。
【0060】
得られた食塩電解用酸素還元電極を用いて過電圧を測定したところ、8kA/m2において平衡電位に対して0.55Vの過電圧が観測された。
【0061】
実施例1乃至5、及び比較例1乃至3の食塩電解用酸素還元電極の電極物性と電極性能を表1に示す。
【0062】
【0063】
実施例1乃至5、及び比較例1乃至3より、表面の質量比Pt/Cが0.18以上1.0以下である食塩電解用酸素還元電極は、本条件を満たさない食塩電解用酸素還元電極と比較して、より低い酸素還元過電圧を示すことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本電極は、例えば、食塩電解用陰極として用いることができ、本電極を用いることによって、省電力で、工業的に優れた食塩電解プロセスを提供することが可能となる。
【要約】
【課題】 従来公知の食塩電解用酸素還元電極に比べて低過電圧を示すため、食塩電解プロセスの省エネルギー化に寄与する効果を奏する。
【解決手段】 多孔性導電性基材と該多孔性導電性基材上に白金と導電性カーボンを含有する触媒層を有し、該白金と該導電性カーボンの総重量を100wt%としたときに、該白金重量が21wt%以上であり、かつ、該触媒層表面の白金(Pt)と炭素(C)の重量比Pt/Cが0.18以上1.0以下である食塩電解用酸素還元電極とその製造方法。
【選択図】 なし