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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】Fe基合金粉末及び造形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240501BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240501BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20240501BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240501BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20240501BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20240501BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240501BHJP
【FI】
C22C38/00 304
C22C38/00 301Z
C22C38/46
B22F10/28
B22F1/00 U
B33Y70/00
B33Y10/00
C21D9/00 M
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022144664
(22)【出願日】2022-09-12
(65)【公開番号】P2024039924
(43)【公開日】2024-03-25
【審査請求日】2023-12-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】萩谷 透
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
(72)【発明者】
【氏名】辻井 佑夏
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/124359(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/220917(WO,A1)
【文献】特開2019-085633(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
B22F10/00-12/90
B33Y10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、V及びAlのそれぞれを下記質量%で含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(I)を満足することを特徴とするFe基合金粉末。
0.30≦C≦0.50
0.00≦Si≦0.40
0.00≦Mn≦0.40
0.85≦Cr≦1.75
0.00≦Ni≦0.40
0.70≦Mo≦1.20
0.00≦V≦0.60
0.00≦Al≦0.10
Ceq≦0.95 ・・・(I)
上記式(I)におけるCeqは、前記Fe基合金粉末に含まれる元素のうち、炭素以外の元素の影響力を炭素量に換算した炭素当量[質量%]であって、下記式(Ia)で表され、
【数1】
上記式(Ia)において、C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、W及びVは、前記Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]である。
【請求項2】
下記式(II)を満足することを特徴とする請求項1に記載のFe基合金粉末。
340≦Ms≦385 ・・・(II)
上記式(II)におけるMsはMs点[℃]である。
【請求項3】
0.40質量%以下のWを更に含有することを特徴とする請求項1に記載のFe基合金粉末。
【請求項4】
下記式(III)で表される指標K1が17.00[質量%]以上であり、
下記式(IV)で表される指標K2が44.00[質量%]以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載のFe基合金粉末。
【数2】
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1つに記載のFe基合金粉末にエネルギビームを照射して溶融及び凝固させることにより造形体を製造することを特徴とする造形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造形体の製造に用いられるFe基合金粉末と、このFe基合金粉末を用いた造形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載のFe基合金粉末は、平均粒子径D50が200μm以下であり、質量%で、0.40<C<0.70、Si<0.60、Mn<0.90、Cr<4.00、Ni<2.00、0.90<Mo<1.20、W<2.00、V<0.60、0.01≦Al<0.10を含有しており、残部がFe及び不可避的不純物からなる。また、焼入れ焼戻し硬さに関する指標K1を21.7よりも大きくするとともに、熱伝導率に関する指標K2を29.0よりも大きくしている。このFe基合金粉末を用いて造形体を製造することにより、造形体の熱伝導率及び硬さを高くしている。
【0003】
特許文献2では、Fe基合金粉末から製造された造形体について、熱伝導率に関する指標T1を32.0よりも大きくし、軟化抵抗に関する指標T2を50.0よりも大きくし、造形体に含まれる炭化物の平均サイズPCを3.0[μm]よりも小さくしている。これにより、造形体の高熱伝導率及び高硬度を両立させている。
【0004】
特許文献3に記載の金属粉末は、質量%で、0.1≦C≦0.4、0.005≦Si≦1.5、0.3≦Mn≦8.0、2.0≦Cr≦15.0、2.0≦Ni≦10.0、0.1≦Mo≦3.0、0.1≦V≦2.0、0.010≦N≦0.200、及び、0.01≦Al≦4.0を含有しており、残部がFe及び不可避的不純物からなる。また、Ms点と相関がある変数A(A=15C+Mn+0.5Cr+Ni)について、「10<A<20」に示す関係を満足している。これにより、金属粉末から積層造形体を製造するときにおいて、割れや反りが少なく、かつ、適度な硬さや高い熱伝導率を有する積層造形体を得るようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第7108014号公報
【文献】特開2022-092524号公報
【文献】特開2021-181591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2では、造形体の熱伝導率及び硬さを高くするようにしているが、造形体の割れについては、何ら着目していない。一方、特許文献3では、「10<A<20」を満たすようにすることで、割れ及び歪みの少ない積層造形体を得るようにしている。しかし、特許文献3に記載の比較例5では、「10<A<20」を満たしていないにもかかわらず割れが発生していないため、変数Aは、造形体の割れを評価するパラメータとして適切ではない。
【0007】
本発明者らは、所定の化学成分を有するFe基合金粉末において、後述する炭素当量Ceq及びMs点に着目したところ、これらのパラメータが所定の条件を満たすFe基合金粉末を用いることにより、造形体の割れを抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願第1の発明であるFe基合金粉末は、C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、V及びAlのそれぞれを下記質量%で含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0009】
0.30≦C≦0.50
0.00≦Si≦0.40
0.00≦Mn≦0.40
0.85≦Cr≦1.75
0.00≦Ni≦0.40
0.70≦Mo≦1.20
0.00≦V≦0.60
0.00≦Al≦0.10
【0010】
また、Fe基合金粉末は、下記式(I)を満足する。
Ceq≦0.95 ・・・(I)
上記式(I)におけるCeqは、Fe基合金粉末に含まれる元素のうち、炭素以外の元素の影響力を炭素量に換算した炭素当量[質量%]であり、下記式(Ia)で表される。
【数1】
上記式(Ia)において、C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、W及びVは、Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]である。
【0011】
Fe基合金粉末は、下記式(II)を満足することが好ましい。
340≦Ms≦385 ・・・(II)
上記式(II)におけるMsはMs点[℃]である。
Fe基合金粉末には、0.40質量%以下のWを更に含有させることができる。
【0012】
下記式(III)で表される指標K1を17.00[質量%]以上とし、下記式(IV)で表される指標K2を44.00[質量%]以上とすることができる。
【0013】
【数1】
【0014】
本願第2の発明である造形体の製造方法では、本願第1の発明であるFe基合金粉末にエネルギビームを照射して溶融及び凝固させることにより造形体を製造する。
【発明の効果】
【0015】
本発明であるFe基合金粉末を用いれば、造形体の割れを抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(造形体の製造方法)
本実施形態であるFe基合金粉末は、造形体の製造に用いられる。造形体の製造においては、Fe基合金粉末を用意した後、Fe基合金粉末を溶融して凝固させることにより、未熱処理の造形体が得られる。Fe基合金粉末を溶融・凝固させる処理としては、急速溶融急冷凝固プロセスが挙げられる。このプロセスの具体例としては、三次元積層造形法、溶射法、レーザーコーティング法、肉盛法が挙げられる。特に、パウダーベッド方式の三次元積層造形法を好適に用いることができる。
【0017】
パウダーベッド方式の三次元積層造形法では、3Dプリンタが使用され、敷き詰められたFe基合金粉末に対して、レーザビーム又は電子ビームといったエネルギビームを照射することにより、Fe基合金粉末が急速に加熱されて溶融する。その後、Fe基合金粉末は急速に凝固する。この溶融及び凝固により、Fe基合金粉末同士が結合する。エネルギビームの照射は、Fe基合金粉末の一部に対して選択的に行われる。なお、Fe基合金粉末のうち、エネルギビームが照射されなかった部分は溶融せず、エネルギビームが照射された部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0018】
この結合層の上にFe基合金粉末を敷き詰めて、エネルギビームを照射することにより、上述した溶融及び凝固を発生させて新たな結合層が形成される。このような処理を繰り返すことにより、結合層の集合体を徐々に成長させて、所望の三次元形状を有する造形体を製造することができる。三次元積層造形法を利用することにより、複雑な形状の造形体を容易に製造することができる。
【0019】
(Fe基合金粉末)
Fe基合金粉末は、C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、V及びAlを含有しており、残部がFe及び不可避的不純物からなる。ここで、C、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、V、Alのそれぞれの含有率[質量%]は、下記式(1)~(8)に示す条件を満たす。なお、下記式(2),(3),(5),(7),(8)について、各元素はFe基合金粉末に含まれることになるため、下限値を特定していない。
【0020】
0.30≦C≦0.50 ・・・(1)
Si≦0.40 ・・・(2)
Mn≦0.40 ・・・(3)
0.85≦Cr≦1.75 ・・・(4)
Ni≦0.40 ・・・(5)
0.70≦Mo≦1.20 ・・・(6)
V≦0.60 ・・・(7)
Al≦0.10 ・・・(8)
【0021】
Fe基合金粉末は、Wを含有していてもよい。ここで、Wの含有率は0.40[質量%]以下とすることができる。
【0022】
Fe基合金粉末において、炭素当量Ceqは下記式(9)に示す条件を満たす。また、Ms点は下記式(10)に示す条件を満たすことが好ましい。
Ceq≦0.95 ・・・(9)
340≦Ms≦385 ・・・(10)
【0023】
炭素当量Ceqは、Fe基合金粉末に含まれる元素のうち、炭素以外の元素の影響力を炭素量に換算した値[質量%]であり、下記式(11)で表される。また、Ms点は、焼入れ冷却中にマルテンサイトが生成し始める温度(すなわち、鋼が硬化し始める温度)[℃]であり、下記式(12)で表される。Ms点はフォーマスター試験により実験的に決定することもできるが、本実施形態におけるMs点は、実験で得られる値ではなく、下記式(12)に各元素の含有率を代入して得られる値を使用する。
【0024】
【数2】
【0025】
上記式(11)において、C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,W,Vは、Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]である。上記式(12)において、C,Mn,V,Ni,Cr,Mo,W,Co,Alは、Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]である。なお、本発明であるFe基合金粉末にはCoが含有されていないため、上記式(12)におけるCoの含有率は0[質量%]となる。
【0026】
上記式(9)に示すように、炭素当量Ceqを0.95[質量%]以下とすることにより、造形直後における造形体の硬さが高くなりすぎないようにし、造形時における造形体の靭性を確保することができる。造形体の硬さが高すぎると、造形時において、造形体の割れが発生してしまうため、造形体の靭性を確保することにより、造形体の割れが発生することを抑制できる。
【0027】
上記式(10)に示すように、Ms点を340[℃]以上とすることにより、造形体に含まれる残留オーステナイトの量を低減することができる。Ms点が340[℃]よりも低い場合には、残留オーステナイトが発生しやすくなり、残留オーステナイトがマルテンサイトに徐々に変態して内部応力が増大することに伴う割れ(すなわち、置割れ)が発生しやすくなる。
【0028】
また、上記式(10)に示すように、Ms点を385[℃]以下とすることにより、適度な量の残留オーステナイトを確保しながら、造形時の熱応力を緩和して造形体の割れを抑制することができる。上述したように、残留オーステナイトが過剰に存在すると、置割れが発生しやすくなるが、残留オーステナイトを適度な量で存在させることにより、高延性の残留オーステナイトが造形時の熱応力を緩和して、造形体の割れを抑制することができる。
【0029】
(Cの含有率)
Cは、固溶することでマトリックスを強化し、さらに、炭化物を形成し、析出効果を促進する元素である。従来の鍛造法による金型鋼の場合には、炭素量を増やすことでミクロ偏析を助長するという問題があるが、造形処理では急冷により微細な炭化物が得られるため、鍛造材に比べて炭素をより多く含有させて造形体の硬さを向上させることができる。
【0030】
Cの含有率を0.30[質量%]以上とすることにより、十分な焼入焼戻し硬さを得ることができる。一方、Cの含有率が0.50[質量%]よりも高い場合には、ミクロ偏析を助長して靱性を低下させてしまったり、固溶炭素量が増加して造形体の熱伝導率を低下させてしまったりする。このため、Cの含有率は、0.30[質量%]以上、0.50[質量%]以下とする。Cの含有率は0.45[質量%]以下であることが望ましい。
【0031】
(Siの含有率)
Siは、マトリックスに固溶することで、硬さを向上させる元素である。また、Siは、軟化抵抗を向上させる効果がある。Siの含有率が0.40[質量%]よりも高い場合には、Siが炭化物を形成することなくマトリックスに溶け込むため、造形体の熱伝導率を大きく低下させてしまう。このため、Siの含有率は0.40[質量%]以下とする。Siの含有率は、0.35[質量%]以下であることが好ましい。
【0032】
(Mnの含有率)
Mnは、焼入性を向上させ、ベイナイトの形成による靱性の低下を抑制する元素である。また、Mnは、軟化抵抗を向上させる効果がある。Mnの含有率が0.40[質量%]よりも高い場合には、Mnがマトリックスに固溶して造形体の熱伝導率を低下させてしまう。このため、Mnの含有率は0.40[質量%]以下とする。
【0033】
(Crの含有率)
Crは、焼入性を向上させて、ベイナイトの形成による靱性の低下を抑制する元素である。また、Crは、軟化抵抗を向上させる効果がある。Crの含有率が0.85[質量%]未満である場合には、Ms点が高くなりすぎてしまい、Crの含有率が1.75[質量%]よりも高い場合には、Ms点が低くなりすぎてしまう。このため、Ms点を適正の温度範囲内とするために、Crの含有率は、0.85[質量%]以上、1.75[質量%]以下とする。Crの含有率は、1.50[質量%]以下であることが好ましい。Crの含有率は1.30[質量%]以下であることがさらに好ましい。
【0034】
(Niの含有率)
Niは、焼入性を向上させ、ベイナイトの形成による靱性の低下を抑制する元素である。また、Niは、炭化物を形成することなくマトリックスに溶け込むため、造形体の熱伝導率を低下させてしまう。Niの含有率が0.40[質量%]よりも高い場合には、造形体の熱伝導率が大きく低下してしまう。このため、Niの含有率は0.40[質量%]以下とする。Niの含有率は、0.30[質量%]以下であることが好ましい。
【0035】
(Moの含有率)
Moは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。また、Moを添加しても、造形体の熱伝導率の低下に対する寄与が少なく、造形体の硬さを向上させる効果が大きい。このため、Moの含有率は0.70[質量%]以上とする。一方、Moの含有率が1.20[質量%]よりも高い場合には、マトリックスに残存するMoの量が増加して、造形体の熱伝導率を低下させやすくなる。このため、Moの含有率は1.20[質量%]以下とする。すなわち、Moの含有率は0.70[質量%]以上、1.20[質量%]以下とする。
【0036】
(Vの含有率)
Vは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。ただし、Vの含有率が0.60[質量%]よりも高い場合には、マトリックスに残存するVの量が増加して、造形体の熱伝導率を低下させてしまう。このため、Vの含有率は0.60[質量%]以下とする。
【0037】
(Alの含有率)
Alは、窒化物を形成し、焼入れにおける結晶粒の粗大化を抑制する元素である。ただし、Alの含有率が0.10[質量%]よりも高い場合には、Al窒化物が過剰に形成されやすくなり、造形体の靱性を低下させてしまう。このため、Alの含有率は0.10[質量%]以下とする。
【0038】
(Wの含有率)
Wは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。ただし、Wの含有率が0.40[質量%]よりも高い場合には、マトリックスに残存するWの量が増加して、造形体の熱伝導率が低下しやすくなる。そこで、Wの含有率は0.40[質量%]以下とすることができる。
【0039】
(指標K1)
指標K1は、焼入れ焼戻し硬さを評価する指標[質量%]であり、下記式(13)で表される。
【数3】
【0040】
上記式(13)に示すC,Si,Mo,Wは、Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]を示す。各元素の含有率を測定することにより、指標K1を求めることができる。指標K1が大きいほど、焼戻し硬さが大きくなる。指標K1を向上させるためには、C、Si、Mo、Wといった元素の添加が効果的であり、とりわけC、Moの添加が効果的である。指標K1が17.00[質量%]以上となるように、C、Si、Mo及びWの各含有率を調整することにより、このFe基合金粉末を用いて製造した造形体について、焼入れ焼戻し硬さを42.0[HRC]以上とすることができる。後述するように、造形体の寿命を確保する上では、焼入れ焼戻し硬さが42.0[HRC]以上であることが好ましい。
【0041】
(指標K2)
指標K2は、熱伝導率を評価する指標[質量%]であり、下記式(14)で表される。
【数4】
【0042】
上記式(14)に示すC,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,W,V,Alは、Fe基合金粉末における各元素の含有率[質量%]を示す。各元素の含有率を測定することにより、指標K2を求めることができる。指標K2が44.00[質量%]よりも小さい場合には、マトリックスに残存する合金元素の量が増加し、熱伝導率が低下しやすくなる。このため、指標K2は44.00[質量%]以上であることが好ましい。
【0043】
(平均粒子径D50
造形体を製造するときにおいて、Fe基合金粉末を敷き詰めやすくするためには、Fe基合金粉末の流動性が求められる。この点を考慮すると、Fe基合金粉末の平均粒子径D50は45[μm]以下であることが好ましい。一方、Fe基合金粉末の粒子径が小さすぎると、Fe基合金粉末を取り扱いにくくなるため、Fe基合金粉末の平均粒子径D50は20[μm]以上であることが好ましい。
【0044】
平均粒子径D50は、Fe基合金粉末の全体積を100%とした累積分布において、累積体積が50%であるときの粒子径(メジアン径ともいう)である。Fe基合金粉末の粒子径は、レーザ回折散乱法などを用いて測定することができ、平均粒子径D50の測定に適した装置としては、日機装株式会社のレーザ回折・散乱式粒度分布測定装置「マイクロトラックMT3000」が挙げられる。この測定装置のセル内にFe基合金粉末及び純水を流し込み、Fe基合金粉末の光散乱情報に基づいて、Fe基合金粉末の粒子径を測定することができる。
【0045】
(造形体の熱伝導率)
Fe基合金粉末から製造された造形体をホットスタンピングやダイカスト用の熱間金型として用いる場合には、造形体の冷却効率を向上させるために、焼戻しを行った後の造形体の熱伝導率(室温)が40.0[W/m・K]以上であることが好ましい。また、熱伝導率(室温)が42.0[W/m・K]以上であることがさらに好ましい。
【0046】
(造形体の硬さ)
Fe基合金粉末から製造された造形体をホットスタンピングやダイカスト用の熱間金型として用いる場合には、十分な寿命を得るために、焼入れ焼戻しを行った後の造形体の硬さが42.0[HRC]以上であることが好ましい。この硬さは、JIS Z2245で規定されているロックウェル硬さ試験に従って測定することができる。
【実施例
【0047】
実施例1~12及び比較例1~7として、下記表1に示す化学成分を有する原料を用いた。ガスアトマイズ法を用いて、各原料からFe基合金粉末を製造した。下記表1には、化学成分の他に、指標K1,K2、炭素当量Ceq、Ms点、平均粒子径D50も示す。下記表1において、上記式(1)~(10)に示す条件を満たさない値については、下線を付けている。
【0048】
【表1】
【0049】
Fe基合金粉末の製造では、具体的には、真空中において、アルミナ製の坩堝内で各原料を加熱(高周波誘導加熱)して溶融合金とした後、坩堝の底に設けられた直径5mmのノズルから溶融合金を落下させた。この溶湯に高圧のアルゴンガスを噴射することによって、溶融合金を微細化しかつ急冷して、多数の微細粉末を得た。得られた粉末に対して篩い分けを行い、粒子径が63[μm]以下であるFe基合金粉末を得た。
【0050】
三次元積層造形装置(EOS-M280;EOS(Electro Optical Systems)株式会社)を用いることにより、実施例1~12及び比較例1~7であるFe基合金粉末から、縦15mm×横100mm×高さ15mmの直方体である造形体(試験片)を製造した。造形時のレーザー照射条件には、装置の標準パラメータ(MS1、積層厚み40μm)を使用した。
【0051】
(焼戻し)
各造形体に対して焼戻しを行った。具体的には、各造形体を600℃で60分間保持した後に空冷する処理を2回繰り返した。なお、三次元積層造形法では、造形時の急冷によって焼入れが行われるため、焼入れを行わずに、焼戻しだけを行った。
【0052】
(焼戻し硬さの測定)
ロックウェル硬さ試験機を用いて、上述した焼戻しを行った造形体において、積層方向に垂直な面の硬さ[HRC]を測定した。この測定結果を下記表2に示す。下記表2において、焼戻し硬さが42.0[HRC]よりも低い値については、下線を付けている。
【0053】
(熱伝導率の測定)
焼戻しを行った造形体を直径10mmで厚さ1mmの円板形状に仕上げ加工した後、レーザーフラッシュ法を用いることにより、各造形体の熱伝導率を測定した。この測定結果を下記表2に示す。下記表2において、熱伝導率が40.0[W/m・K]よりも低い値については、下線を付けている。
【0054】
(割れ判定)
各造形体(縦15mm×横100mm×高さ15mmの直方体)を目視で確認することにより、割れの有無を判定した。具体的には、造形体(直方体)の少なくとも1つの面に亀裂が発生しているときには、割れがあると判定し、造形体(直方体)のいずれの面にも亀裂が発生していないときには、割れが無いと判定した。この判定結果を下記表2に示す。下記表2に示す割れ判定において、「○」は割れが無いことを意味し、「×」は割れがあることを意味する。
【0055】
【表2】
【0056】
実施例1~12については、Fe基合金粉末に含まれる各元素の含有率が上記式(1)~(8)に示す数値範囲に含まれており、Wを含有するFe基合金粉末(実施例1,3~12)では、Wの含有率が0.40[質量%]以下となっている。また、実施例1~12では、炭素当量Ceqが上記式(9)に示す条件を満たしている。これにより、実施例1~12のFe基合金粉末から製造された造形体について、割れの発生を抑制することができた。なお、実施例1~12では、Ms点も上記式(10)に示す条件を満たしている。
【0057】
また、造形体の焼戻し硬さについて、42.0[HRC]以上の焼戻し硬さを確保することができたとともに、造形体の熱伝導率について、40.0[W/m・K]以上の熱伝導率を確保することができた。造形体の焼戻し硬さを42.0[HRC]以上とすることにより、造形体の寿命を向上させやすくなる。また、造形体の熱伝導率を40.0[W/m・K]以上とすることにより、造形体の冷却効率を向上させやすくなる。
【0058】
比較例2,4,6については、炭素当量Ceqが上記式(9)に示す条件を満たしていなく、比較例1,3,5,6については、Ms点が上記式(10)に示す条件を満たしていなかった。また、比較例7については、Crの含有率が上記式(4)に示す条件を満たしていなかった。そして、各比較例1~7であるFe基合金粉末から製造された造形体では、割れが発生した。一方、比較例3,5については、造形体の焼戻し硬さが42.0[HRC]よりも低くなり、十分な硬さを確保できなかった。比較例6については、造形体の熱伝導率が40.0[W/m・K]よりも低くなり、十分な熱伝導率を確保できなかった。