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特許7482316窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法
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  • 特許-窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法 図1
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  • 特許-窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-01
(45)【発行日】2024-05-13
(54)【発明の名称】窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/587 20060101AFI20240502BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20240502BHJP
【FI】
C04B35/587
F16C33/32
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2023511262
(86)(22)【出願日】2022-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2022015017
(87)【国際公開番号】W WO2022210539
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2021057053
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004026
【氏名又は名称】弁理士法人iX
(72)【発明者】
【氏名】佐野 翔哉
(72)【発明者】
【氏名】青木 克之
(72)【発明者】
【氏名】船木 開
(72)【発明者】
【氏名】大久保 和也
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/102298(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/121752(WO,A1)
【文献】特開平02-124771(JP,A)
【文献】特開2012-121802(JP,A)
【文献】国際公開第2018/194052(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/032427(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/104112(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/587
F16C 33/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素結晶粒子及び粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
希土類化合物と、アルミニウム化合物と、チタン化合物、鉄化合物およびタングステン化合物から選ばれる1種を含有し、
前記窒化珪素焼結体の任意の断面において20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に7つ以上のピークが検出され、
前記7つ以上のピークの少なくとも1つは、440cm -1 以上460cm -1 以下の範囲内にあり、
515cm -1 以上525cm -1 以下にピークが存在しないことを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項2】
窒化珪素結晶粒子及び粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
前記窒化珪素焼結体の任意の断面において20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、400cm -1 以上1200cm -1 以下の範囲内に7つ以上のピークが検出され、前記7つ以上のピークの最強ピークは515cm -1 以上525cm -1 以下の範囲になく、
20μm×20μmの前記領域において、前記窒化珪素結晶粒子の平均粒径が2μm以下であることを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項3】
窒化珪素結晶粒子及び粒界相を備えた窒化珪素焼結体であって、
前記窒化珪素焼結体の任意の断面において20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、400cm -1 以上1200cm -1 以下の範囲内に7つ以上のピークが検出され、前記7つ以上のピークの最強ピークは515cm -1 以上525cm -1 以下の範囲になく、
20μm×20μmの前記領域において、アスペクト比2以上の前記窒化珪素結晶粒子の面積比は、20%以上70%以下の範囲内であることを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項4】
前記7つ以上のピークの少なくとも3つは、530cm-1以上830cm-1以下の範囲内にあることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つに記載の窒化珪素焼結体。
【請求項5】
前記7つ以上のピークについて、500cm-1以上830cm-1以下の範囲内にある少なくとも3つのピークのそれぞれの強度は、440cm-1以上460cm-1以下の範囲内にある最強ピークの強度の0.8倍以上2.0倍以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項6】
前記7つ以上のピークについて、830cm-1を超えて1200cm-1以下の範囲内にある少なくとも3つのピークのそれぞれの強度は、440cm-1以上460cm-1以下の範囲内にある最強ピークの強度の2.7倍以上3.7倍以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項7】
前記7つ以上のピークの少なくとも1つは、500cm-1以上600cm-1以下の範囲内にあり且つ10cm-1以上100cm-1以下の半値全幅を有することを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項8】
3点曲げ試験における抗折強度が700MPa以上であることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項9】
20μm×20μmの前記領域において、前記窒化珪素結晶粒子の平均粒径が2μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項10】
20μm×20μmの前記領域において、アスペクト比2以上の前記窒化珪素結晶粒子の面積比は、20%以上70%以下の範囲内であることを特徴とする請求項1または請求項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載の前記窒化珪素焼結体を用いたことを特徴とする耐摩耗性部材。
【請求項12】
前記耐摩耗性部材がベアリングボールであることを特徴とする請求項11記載の耐摩耗性部材。
【請求項13】
前記ベアリングボールは、最大接触圧力5.9MPa、回転数1200rpmの条件下で転がり寿命をスラスト型軸受試験機で測定した場合に、600時間以上の転がり寿命を有することを特徴とする請求項12記載の耐摩耗性部材。
【請求項14】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体の製造方法であって、
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合した原料粉末を、ボールミルを用いて、攪拌室を50rpm以上150rpm以下の回転速度で12時間以上回転させて混合する工程を備えたことを特徴とする窒化珪素焼結体の製造方法。
【請求項15】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体の製造方法であって、
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合した原料粉末を、ビーズミルを用いて、攪拌子を500rpm以上2000rpm以下の回転速度で3時間以上回転させて混合する工程を備えたことを特徴とする窒化珪素焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、概ね、窒化珪素焼結体、耐摩耗性部材、及び窒化珪素焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素焼結体は、その耐摩耗性を利用してベアリングボールやローラなどの耐摩耗性部材として使用されている。従来の窒化珪素焼結体の焼結組成としては、窒化珪素-酸化イットリウム-酸化アルミニウム-窒化アルミニウム-酸化チタン系等が知られている(特許文献1:特開2001-328869号公報)。焼結助剤として、酸化イットリウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、酸化チタンを使用することにより焼結性が向上し、優れた耐摩耗性を有する窒化珪素焼結体が得られている。
例えば、ベアリングは、外輪と内輪の間にベアリングボールを配置した構造を有する。ベアリングの寿命は、ベアリングボール、外輪および内輪の寿命に影響を受ける。特許文献1では、窒化珪素焼結体からなるベアリングボールの耐久性を向上させている。一方、外輪と内輪には、軸受鋼(SUJ2)が使われている。ベアリングボールの耐久性を向上させたとしても、外輪および内輪が摩耗してベアリングの耐久性が低下することが発生していた。
特開2003-65337号公報(特許文献2)では、熱伝導率の高い窒化珪素焼結体からなるベアリングボールを用いていた。窒化珪素焼結体の熱伝導率を上げることにより、放熱性が向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2001-328869号公報
【文献】特開2003-65337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ベアリングボールの放熱性を向上させることにより、外輪および内輪の熱膨張を抑制する効果は得られている。しかしながら、それ以上の効果は得られていなかった。この原因を追究したところ、ベアリングボールから相手部材(外輪および内輪)への攻撃性が十分に低減されておらず、耐久性を低下させていることが分かった。
本発明は、このような問題に対応するためのものであり、耐摩耗性部材の耐久性を向上させることが可能な窒化珪素焼結体を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の任意の断面に対し、20μm×20μmの領域をラマン分光分析したとき、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内で7か所以上にピークが検出され、前記範囲内にある最強ピークが515cm-1以上525cm-1以下の範囲にないこと特徴とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面構造の一部を示す図である。
図2】実施形態に係る窒化珪素焼結体のラマン分光による分析結果を模式的に例示する図である。
図3】実施形態に係るベアリングボールの一例を示す図。
図4】実施形態に係るベアリングの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子及び粒界相を備え、前記窒化珪素焼結体の任意の断面において20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に7つ以上のピークが検出され、前記7つ以上のピークの最強ピークは515cm-1以上525cm-1以下の範囲にないことを特徴とする。
【0008】
図1は、実施形態に係る窒化珪素焼結体の断面構造の一部を示す図である。
図1において、10は窒化珪素焼結体、11は窒化珪素結晶粒子、12は粒界相である。図1に示す通り、実施形態に係る窒化珪素焼結体10は、窒化珪素結晶粒子11及び粒界相12を備える。粒界相は、焼結助剤粉末同士が反応したり、焼結助剤粉末と窒化珪素粉末の不純物が反応したりして形成される。粒界相は、窒化珪素結晶粒子同士の隙間を埋めている。これにより、焼結体の強度を向上させることができる。
実施形態に係る窒化珪素焼結体は、任意の断面において単位面積20μm×20μmの領域をラマン分光分析した場合に、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に7つ以上のピークが検出され、前記7つ以上のピークのうち最強ピークは515cm-1以上525cm-1以下の範囲にないことを特徴とする。
ラマン分光分析は、ラマン散乱光を用いて物質の評価を行う方法である。ラマン散乱光は、励起光に対して振動エネルギーに対応する波数の異なった光が散乱される現象のことである。その波長差は、物質が持つ分子振動のエネルギー分に相当する。分子構造の異なる物質間で、異なる波長を持ったラマン散乱光を得ることができる。ラマン散乱光を調べることにより、試料の原子の振動モードを同定し、結合状態に関するデータを得ることができる。例えば、同じ組成であったとしても、配向や結晶性などが異なると、得られるラマン散乱光が異なる。そのため、粉末の窒化珪素のラマンスペクトルと焼結体のラマンスペクトルは異なる。また、焼結体の外観は、透明ではない。
【0009】
ラマン分光分析の測定領域は、単位面積20μm×20μmに設定した。このサイズであれば、窒化珪素結晶粒子と粒界相の両方を測定領域に含めることができる。ラマン分光分析で用いる測定装置には、RENISHAW社製inVia Reflex ライマイクロスコープ(分解能:0.3cm-)またはそれと同等以上の性能を有する装置を用いる。励起レーザには、LD励起グリーンレーザ(波長532nm、出力100mW)を用いた。照射レーザビーム径は0.7μmに設定した。露光時間は1測定点あたり1秒に設定し、ステージ移動ステップは0.4μmに設定した。データ解析には、イメージ解析ソフトWiRe4Empty Modellingによる多変量カーブ分解(MCR)を用いた。ここでは、得られたラマンスペクトルにおいて、この解析ソフトによって検出されたものをピークとして用いた。また、半値幅やピーク強度も、前記解析ソフトによって得た。ここで得たピーク強度とは、ピークの絶対強度からベースラインの値を差分した値である。ベースラインの値も、解析ソフトによって得ることができる。また、総測定箇所は、2601カ所であった。これらの総測定箇所のスペクトルについて平均化処理を行うことで、SN比(スペクトルの大きさに対するノイズの大きさの比)を向上させたスペクトルを得た。また、ステージを移動させながら測定を行うことで、測定箇所依存性の少ないラマンスペクトルを得た。測定時の気温は、摂氏25度(25℃)に設定した。
【0010】
実施形態に係る窒化珪素焼結体では、400cm-1以上1200cm-1以下の波数の範囲内に7つ以上のピークが検出される。ラマン分光分析では100cm-1以上300cm-1の範囲内に窒化珪素結晶粒子の最強ピークが検出される。400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内にあるピークは、窒化珪素結晶粒子の最強ピークとは異なる。また、400cm-1以上1200cm-1以下における最強ピークの位置は、515cm-1以上525cm-1以下の範囲にないことが好ましい。なお、最強ピークとは、最も強度(intensity)の大きなピークのことである。つまり、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内にあるピークの中で、400cm-1以上514cm-1以下または526cm―1以上1200cm-1以下の範囲に最強ピークが存在する。前述のように、100cm-1以上300cm-1以下の範囲内に窒化珪素結晶粒子の最強ピークが検出される。実施形態に係る窒化珪素焼結体は、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に検出されるピークの中で、最も大きなピークが515cm-1以上525cm-1以下の範囲にないことを特徴とする。
515cm-1以上525cm-1以下の範囲で検出されるピークとして、遊離シリコン起因のピークなどが挙げられる。そのため、515cm-1以上525cm-1以下の範囲でのピークが大きいことは、遊離シリコンの量が多いことを示唆している。遊離シリコンのピークの強度が400cm-1以上1200cm-1以下の範囲において最も大きくなるということは、遊離シリコンの存在比率が大きいことを示している。つまり、遊離シリコンのピークの強度が400cm-1以上1200cm-1以下の範囲において最も大きい場合には、遊離シリコンの量が多すぎて、窒化珪素焼結体の強度が低下する可能性がある。そのため、400cm-1以上1200cm-1以下における最強ピークの位置は、515cm-1以上525cm-1以下の範囲でない。
前述のように、ラマン分光分析は、原子の結合状態に応じたピークを検出する。組成が同じであったとしても、結合状態によってピークが変わる。400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内で7つ以上のピークが検出される結合状態により、耐久性を向上させることができる。特に、ベアリングにおける外輪および内輪への接触を安定させることができる。400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に検出されるピークの数の上限は、特に限定されないが、10以下が好ましい。
515cm-1以上525cm-1以下の範囲内にピークが存在する場合には、そのピークは、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内における最強ピークでない。遊離シリコンに由来する515cm-1以上525cm-1以下の波数のピークは、小さければ小さいほど良い。515cm-1以上525cm-1以下にピークが存在しないことがさらに好ましい。
400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内で検出される7つ以上のピークのうち、少なくとも3つのピークは、530cm-1以上830cm-1以下の範囲内に存在することが好ましい。より好ましくは、前記7つ以上のピークのうち、少なくとも3つのピークは、530cm-1以上800cm-1以下の範囲内に存在する。
【0011】
また、前記7つ以上のピークの少なくとも1つは、440cm-1以上460cm-1以下の第1範囲内にあることが好ましい。第1範囲内にある最強ピークの強度を1とする。複数のピークが検出されたときは、第1範囲内にある最も強度の大きなピークを最強ピークとする。第1範囲内にある最強ピークは、窒化珪素結晶粒子に基づくピークである。第1範囲におけるピークの数は、特に限定されないが、1つ以上3つ以下が好ましい。4つ以上のピークがあると、各ピークの真のピーク強度を見分けるのが難しくなる可能性がある。より好ましくは、第1範囲内でのピークの数は、1または2である。
また、前記7つ以上のピークの少なくとも3つは、500cm-1以上830cm-1以下の第2範囲内に存在することが好ましい。検出されるピークの数の上限は、特に限定されないが、6つ以下が好ましい。ピークの数が多すぎると、830cm-1を超えて1200cm-1以下の第3範囲内でのピークの数を制御するのが難しくなる可能性がある。第1範囲内にある最強ピークのピーク強度を1としたとき、第2範囲内に存在する3つ以上のピークの各ピーク強度は、0.8以上2.0以下であることが好ましい。
実施形態に係る窒化珪素焼結体について、上記範囲以外の400cm-1~1200cm-1で検出されるピークは、とくに限定されない。例えば410cm-1以上420cm-1以下の範囲、715cm-1以上725cm-1以下の範囲などにピークが存在してもよい。これらの範囲では、鉄または鉄化合物などに由来するピークが検出される。鉄化合物は、酸化鉄などである。400cm-1~1200cm-1以外では、270cm-1以上280cm-1以下の範囲、1320cm-1以上1340cm-1以下の範囲、1570cm-1以上1630cm-1以下の範囲などにピークが存在してもよい。これらの範囲では、タングステンまたはタングステン化合物などに由来するピークが検出される。タングステン化合物は、酸化タングステンなどである。
【0012】
第2範囲内にあるピークは、窒化珪素結晶粒子または粒界相に基づくピークである。第2範囲内にある各ピーク強度が、第1範囲内での最強ピーク強度の0.8倍以上2.0倍以下であると、第1範囲内にある最強ピークを示す窒化珪素結晶粒子とのバランスが取れる。この結果、窒化珪素結晶粒子の配向性が制御され、耐摩耗性が向上する。
また、前記7つ以上のピークの少なくとも3つは、第3範囲内に存在することが好ましい。第3範囲で検出されるピークの数の上限は、特に限定されないが、6つ以下が好ましい。ピークの数が多すぎると、第2範囲内のピークの数を制御するのが難しくなる可能性がある。第1範囲内にある最強ピークのピーク強度を1としたとき、第3範囲内に存在する3つ以上のピークの各ピーク強度は、2.7以上3.7以下であることが好ましい。
第3範囲内にあるピークは、窒化珪素結晶粒子または粒界相に基づくピークである。第3範囲内にある各ピーク強度が、第1範囲内での最強ピーク強度の2.7倍以上3.7倍以下であると、第1範囲内にある最強ピークを示す窒化珪素結晶粒子とのバランスが取れる。この結果、窒化珪素結晶粒子の配向性が制御され、耐摩耗性が向上する。
前記7つ以上のピークの少なくとも1つは、500cm-1以上600cm-1以下の範囲内にあり、10cm-1以上100cm-1以下の半値全幅を有することが好ましい。半値全幅は20cm-1以上80cm-1以下であることがより好ましい、40cm-1以上70cm-1以下の半値全幅を有することがさらに好ましい。以降では、「半値全幅」を、単に「半値幅」という。
500cm-1以上600cm-1以下の範囲内にあり、10cm-1以上100cm-1以下の半値幅を有するいずれのピークも、515cm-1以上525cm-1以下の範囲内にないことがより好ましい。40cm-1以上70cm-1以下の半値幅を有するいずれのピークも、515cm-1以上525cm-1以下の範囲内にないことがさらに好ましい。また、530cm-1以上600cm-1以下の範囲内で、40cm-1以上70cm-1以下の半値幅を有するピークが1つ以上検出されることが好ましい。より好ましくは、530cm-1以上600cm-1以下の範囲内で、40cm-1以上70cm-1以下の半値幅を有するピークの数は、1つだけであることがさらに好ましい。530cm-1以上600cm-1以下の範囲内のピークの半値幅が40cm-1以上70cm-1以下であると、半値幅が70cm-1以下であることは結晶性が良いことを示している。結晶性が良いと、相手部材への攻撃性抑制の安定化につながる。一方、半値幅が10cm-1未満であると結晶化が進みすぎて耐衝撃性に悪影響を及ぼす虞がある。
400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内にあるピークは、主に、窒化珪素結晶粒子または粒界相の化合物に基づくピークである。ラマン分光分析によって検出されるピークの位置から、化学結合の種類を特定することができる。また、ピークの半値幅は、結晶化度を示している。ピークの半値幅が小さいほど、結晶性が高い。また、ピーク強度は、配向性や濃度により影響を受ける。ピークシフト値は、応力や歪量に影響を受ける。同じ組成の材料であったとしても、結合状態、結晶性、配向性、歪量などによってピークの数、強度、半値幅が変わる。
【0013】
窒化珪素焼結体では、窒化珪素結晶粒子の平均粒径が2μm以下であることが好ましい。アスペクト比2以上の窒化珪素結晶粒子の面積比が、20%以上70%以下の範囲内であることが好ましい。窒化珪素結晶粒子のサイズを制御することにより、配向性や歪量などを均質化することができる。
窒化珪素結晶粒子の平均粒径の測定では、任意の断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真を用いる。SEM写真に写る窒化珪素結晶粒子の最大径を長径とする。長径の中心から垂直に伸ばした線分の長さを短径とする。粒径=(長径+短径)÷2とする。窒化珪素結晶粒子50個の粒径の平均値を平均粒径とする。また、他の窒化珪素結晶粒子と重なって輪郭が確認できない粒子は、観察できる部分に基づいて粒径を算出する。
アスペクト比の測定についても、任意の断面のSEM写真を用いる。長径と短径の求め方は、粒径と同じである。アスペクト比=長径/短径とする。SEM写真において20μm×20μmの領域に写るアスペクト比2以上の窒化珪素結晶粒子の面積比を求める。また、粒径と同様に、他の窒化珪素結晶粒子と重なって輪郭が確認できない粒子は、観察できる部分に基づいて粒径を算出する。
窒化珪素結晶粒子の輪郭がはっきり見えないときは、粒界相をエッチングで除去してもよい。
また、粒界相には、窒化チタン(TiN)粒子が存在することが好ましい。窒化チタン粒子は、粒界相を強化する化合物である。また、窒化チタン粒子は、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内にラマン分光ピークを発生させ易い化合物である。
【0014】
図2は、実施形態に係る窒化珪素焼結体のラマン分光による分析結果を模式的に例示する図である。
図2に示すラマンスペクトルRSにおいて、横軸はラマンシフト(cm-1)を示し、縦軸は散乱強度を示す。実施形態に係る窒化珪素焼結体をラマン分光で分析した場合、例えば図2に示すように、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲内に7つのピークP1~P7が検出される。515cm-1以上525cm-1以下の範囲には、ピークが検出されない。440cm-1以上460cm-1以下の第1範囲内に、ピークP1が検出される。500cm-1以上830cm-1以下の第2範囲内に、3つのピークP2~P4が検出される。830cm-1を超えて1200cm-1以下の第3範囲内に、3つのピークP5~P7が検出される。第2範囲内のピークP2~P4のそれぞれの強度は、第1範囲内のピークP1の強度の0.8倍以上2.0倍以下である。第3範囲内のピークP5~P7のそれぞれの強度は、ピークP1の強度の2.7倍以上3.7倍以下である。また、ピークP2が530cm-1以上600cm-1以下の範囲内にあり、そのピークの半値幅は40cm-1以上70cm-1以下である。
【0015】
窒化珪素焼結体の3点曲げ試験における抗折強度は、700MPa以上であることが好ましい。強度が高いと耐摩耗性を向上させることができる。このため、抗折強度は700MPa以上、さらには900MPa以上が好ましい。なお、3点曲げ試験は、JIS-R-1601(2008)に準じて行われる。また、3点曲げ試験における抗折強度のことを、3点曲げ強度と呼ぶこともある。JIS-R-1601(2008)は、ISO14704(2000)に対応している。
上記のようなラマン分光ピークを有する窒化珪素焼結体によれば、耐摩耗性を向上させることができる。このため、実施形態に係る窒化珪素焼結体を耐摩耗性部材に用いることで、耐久性を向上させることができる。特に、実施形態によれば、相手部材への攻撃性を抑制することができるため、相手部材の耐久性をも向上させることができる。このような耐摩耗性部材としては、ベアリング部材、ロール部材、コンプレッサ部材、ポンプ部材、エンジン部材、摩擦攪拌接合装置用部材などが挙げられる。
【0016】
ベアリングは、転動体および軌道輪からなる軸受部材の組合せである。転動体は、球体形状またはころ形状の部材である。転動体の部材は、ベアリングボールと呼ばれる。球体形状は玉であり、ころ形状は円柱である。また、球体形状の転動体を使った部材は、玉軸受と呼ばれる。ころ形状の転動体を使った部材はころ軸受と呼ばれる。ころ軸受には、針軸受、円すいころ軸受、球面ころ軸受も含まれる。また、軌道輪には外輪および内輪がある。
ロール部材として、圧延用ローラ、電子機器の送り部品用ローラなどが挙げられる。コンプレッサ部材またはポンプ部材としては、ベーンなどが挙げられる。ここでは、コンプレッサは圧力を上げる装置であり、ポンプは圧力を下げる装置として互いに区別する。エンジン部材としては、カムローラ、シリンダ、ピストン、チェックボールなどが挙げられる。摩擦攪拌接合装置用部材としては、摩擦攪拌接合装置用ツール部材などが挙げられる。
図3は、実施形態に係る耐摩耗性部材の一例(ベアリングボール)を示す図である。図4は、実施形態に係る耐摩耗性部材の別の一例(ベアリング)を示す図である。
図3及び図4において、1はベアリングボール、2はベアリング、3は内輪、4は外輪である。ベアリング2は、内輪3と外輪4の間にベアリングボール1が配置された構造を有する。ベアリング2では、ベアリングボール1が4個以上配置される。内輪3および外輪4は、ベアリングボール1の相手部材である。
ベアリングボール1は、実施形態に係る窒化珪素焼結体からなる。必要に応じ、表面粗さRaが0.1μm以下になるように研磨加工が施されてもよい。ベアリングボールについて、米国試験材料協会ASTM F2094においてグレードに応じた表面粗さRaが定められている。このため、グレードに応じた表面粗さに研磨加工が施されてもよい。なお、ASTMとは、ASTM Internationalの発行する標準規格である。ASTM Internationalの旧名称は、米国試験材料協会(American Society for Testing and Materials:ASTM)である。また、窒化珪素焼結体がベアリングボール以外の耐摩耗性部材に適用される場合であっても、必要に応じて、表面研磨加工が施されてもよい。言い換えると、実施形態に係る耐摩耗性部材は、表面粗さRaが0.1μm以下、さらにはRaが0.02μm以下の研磨面を具備していることが好ましい。
実施形態に係る窒化珪素焼結体をベアリングボール1に適用すると、外輪4および内輪3への攻撃性が低減されるため、ベアリング2としての耐久性を向上させることができる。ベアリング2には、複数個のベアリングボール1が用いられる。個々のベアリングボール1から外輪4および内輪3への攻撃性を低減することにより、ベアリング2としての耐久性を向上させることができる。
【0017】
また、実施形態に係るベアリングボール1によれば、最大接触圧力5.9MPa、回転数1200rpmの条件下で転がり寿命をスラスト型軸受試験機で測定したとき、転がり寿命を600時間以上にできる。ベアリング2も、回転中の温度上昇の抑制、摺動音の増大抑制といった効果を有する。近年は、インバータ駆動のモータが流行り始めている。インバータ駆動は、モータの回転速度が可変する方法である。一般的には、モータの回転速度は、0~15000rpmの範囲内である。0rpmは、モータが止まった状態である。モータの回転速度に応じてベアリングが回転する。攻撃性を低減することにより、回転速度が変化したときであっても耐久性が良好である。このように、実施形態に係る窒化珪素焼結体は、相手部材を用いる耐摩耗性部材に好適である。
また、実施形態に係るベアリングボール1は、相手部材への攻撃性を低減できるため、電食の発生を抑制することができる。電食は、ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪との間で部分的な放電現象が起き、内輪および外輪の表面が浸食される現象である。ベアリングでは、ベアリングボールに窒化珪素焼結体が用いられ、内輪および外輪に軸受鋼SUJ2などの金属が用いられている。電食が起きると、金属からなる内輪および外輪が浸食されていく。浸食が進むと、ベアリングの機能は低下する。機能が低下すると、摺動音の増加などが発生する。
一般的にベアリングでは、ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪の間にグリースが充填されている。グリースは、潤滑性と絶縁性を有している。グリースは、リチウム石鹸グリースなど様々である。ベアリングボールと内輪との間およびベアリングボールと外輪との間で部分的な放電現象が起きると、グリースが劣化する。グリースの劣化が起きると、潤滑性および絶縁性が低下する。これにより、電食が起き易くなる。グリースが劣化するとグリースの変色が起きる。例えば、リチウム石鹸グリースでは、透明から黒色に変化していく。実施形態に係るベアリングボールでは、相手部材への攻撃性が低減されているため、グリースの劣化を抑制することができる。この点からも、ベアリングを長寿命化できる。
グリースの劣化の原因としては、物理的要因、化学的要因、異物の混入などがある。物理的要因は、主に、継時変化である。これは、使い続けることによって起きる劣化である。他の物理的要因としては、機械的せん断、遠心力などが挙げられる。化学的要因は、主に電食である。他の化学的要因としては、熱による酸化などが挙げられる。異物の混入は、主に、ベアリングボールの内輪または外輪への接触が主な要因である。ベアリングボールが内輪または外輪に接触することで、摩耗粉が発生する。
これらの影響により、グリースが硬化することで潤滑不良、絶縁性低下などを引き起こす。
実施形態にかかるベアリングボールは、相手部材への攻撃性を抑制できるため、電食または摩耗粉の発生を抑制できる。この結果、グリースの劣化を抑制でき、ベアリングをより長寿命化できる。
【0018】
次に、実施形態に係る窒化珪素焼結体の製造方法について説明する。実施形態に係る窒化珪素焼結体は、上記構成を有していれば、その製造方法は特に限定されない。歩留まり良く窒化珪素焼結体を得るための方法として、以下の例が挙げられる。
まず、窒化珪素粉末を用意する。窒化珪素粉末について、α化率が80質量%以上であり、平均粒径D50が0.4μm以上2.5μm以下であり、不純物酸素含有量が2質量%以下であることが好ましい。不純物酸素含有量は、2質量%以下、さらには1.0質量%以下であることが好ましい。より好ましくは、不純物酸素含有量は、0.1質量%以上0.8質量%以下である。不純物酸素含有量が2質量%を超えて多いと、不純物酸素と焼結助剤との反応が起きて、必要以上に粒界相が形成される可能性がある。
次に、焼結助剤粉末を用意する。焼結助剤の添加量は3質量%以上20質量%以下の範囲内であることが好ましい。焼結助剤の添加量は、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の合計を100質量%として計算する。焼結助剤粉末について、平均粒径D50が1.0μm以下、さらには0.4μm以下であることが好ましい。
【0019】
焼結助剤粉末は、希土類化合物、アルミニウム化合物、チタン化合物から選ばれる1種以上であることが好ましい。希土類化合物は、イットリウムの酸化物またはランタノイド元素の酸化物から選ばれる1種または2種であることが好ましい。アルミニウム化合物は、酸化アルミニウム、窒化アルミニウムまたは酸窒化アルミニウムから選ばれる1種以上が好ましい。チタン化合物は、酸化チタン、窒化チタンまたは酸窒化チタンから選ばれる1種以上が好ましい。また、希土類化合物の含有量は、2質量%以上10質量%以下が好ましい。アルミニウム化合物の含有量は、2質量%以上10質量%以下が好ましい。チタン化合物の含有量は、0.1質量%以上5質量%以下が好ましい。これら以外に、アルカリ土類化合物などが添加されてもよい。焼結助剤の合計量は、3質量%以上20質量%以下の範囲内になるように調整する。また、チタン化合物の代わりに、鉄化合物またはタングステン化合物を用いてもよい。
【0020】
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合する原料粉末の混合工程を行う。原料粉末の混合工程は、ビーズミルまたはボールミルを用いて行う。また、バインダや溶媒を混合した原料粉末スラリーを用いて混合工程を行う。
まず、ボールミルについて説明する。ボールミルは、直径4~50mmのメディアを用いた粉砕機である。ボールミルでは、ベッセルと呼ばれる粉砕室(攪拌室)に、原料粉末スラリーとメディアを入れて回転しながら粉砕する。ベッセルの回転に合わせて原料粉末スラリーとメディアがぶつかり合い、原料粉末スラリーが粉砕していく。ボールミルを用いた混合工程は、20時間以上行うことが好ましいボールミルはポットローラ型であってもよい。ボールミルとして、ポットローラ型以外に、粉砕室の両端部を固定し粉砕室を回転させる装置が用いられてもよい。ポットローラ型とは、回転速度が制御された略円柱形状のローラの上にベッセルを配置し、ローラの回転によってベッセルが回転する装置である。また、ベッセルの回転速度(rpm)を制御することで粉砕状況を制御できる。そのため、ボールミルについて、“攪拌工程における回転速度”とは、粉砕室(ベッセル)の回転速度として定義される。
次に、ビーズミルについて説明する。ビーズミルは、直径3mm以下のメディアを用いた粉砕機である。ビーズミルでは、ボールミルよりも、原料粉末スラリーとメディアがぶつかり合うエネルギーが大きい。ビーズミルを用いた混合工程は、3時間以上行うことが好ましい。ビーズミルでは、ディスクと呼ばれるプロペラ状の攪拌子を回転させることにより粉砕が行われる。メディアは、このディスク部周辺に存在している。ディスクの回転に伴い、粉砕または攪拌などがなされる。
いずれの混合工程を行う場合においても、時間の上限は特に限定されないが、100時間以下が好ましい。100時間を超えてもそれ以上の効果が得られず、コストアップの要因となる可能性がある。
【0021】
ビーズミルまたはボールミルを用いた混合工程で原料粉末スラリーを均一混合することができる。原料粉末の粉砕または解砕が起きて、均一な混合状態となる。その後、攪拌工程を行うことにより、均一混合の状態を維持することができる。均一混合した原料粉末スラリーは、そのまま放置していると、バインダまたは溶媒に対して原料粉末が沈降していく。沈降現象が発生すると、原料粉末の凝集が生じる。攪拌工程は、沈降を防ぐ効果を有する。ボールミルにおける攪拌工程の回転速度が50rpm以上150rpm以下で12時間以上あれば、原料粉末の均一混合された状態を維持することができる。
このようなボールミルの攪拌工程を行うと、原料粉末スラリーの粘性を調製することができる。回転速度が50rpm未満であると、攪拌力が不足する可能性がある。また、回転速度が150rpmを超えて大きいと、混合工程で調整した均一混合状態から変化する可能性がある。また、12時間以上攪拌することにより、原料粉末スラリーの粘性を制御することができる。これにより、原料粉末の均一な混合状態を維持することができる。
ビーズミルにおける攪拌工程に用いる攪拌機は、プロペラ状の攪拌子を一定速度および一方向に回転させて槽内を攪拌する装置である。また、メディアを混合しない装置が好ましい。メディアを混合しないとは、ビーズミルの装置がメディアとスラリーを分離する機構を兼ね備えており、攪拌工程後のスラリー内のメディア量が少なく制御されていることを示す。ビーズミルにおける攪拌子の回転速度は、500rpm以上2000rpm以下であることが好ましい。より好ましくは攪拌子の回転速度が、500rpm以上1500rpm以下である。回転速度が2000rpmを超えると、攪拌子を回転させるモータに負荷がかかりすぎる可能性がある。回転速度が500rpmよりも小さいと、攪拌工程に時間がかかりすぎる可能性がある。
【0022】
次に、原料粉末(原料粉末スラリー含む)を用いて成形体をつくる成形工程を行う。成形法としては、金型プレス法、冷間静水圧プレス(CIP)法、シート成形法などを適用できる。シート成形法は、ドクターブレード法、ロール成形法などである。また、これらの成形法を組合せてもよい。必要に応じ、原料粉末(原料粉末スラリー含む)に、トルエン、エタノール、ブタノールなどの溶媒を混合してもよい。また、必要に応じ、原料粉末(原料粉末スラリー含む)を有機バインダと混合する。有機バインダとしては、ブチルメタクリレート、ポリビニルブチラール、ポリメチルメタクリレートなどが挙げられる。また、原料混合体(窒化珪素粉末と焼結助剤粉末との合計量)を100質量部としたとき、有機バインダの添加量は3質量部以上17質量部以下であることが好ましい。有機バインダの添加量が3質量部未満ではバインダ量が少なすぎて成形体の形状を維持するのが困難となる。また、17質量部を超えて多いと、脱脂工程後に成形体(脱脂処理後の成形体)の気孔が大きくなり、緻密な焼結体が得られなくなる。
【0023】
次に成形体の脱脂工程を行う。脱脂工程では、非酸化性雰囲気中で、温度500℃以上800℃以下で1時間以上4時間以下、成形体を加熱することで、予め添加していた大部分の有機バインダの脱脂を行う。非酸化性雰囲気としては、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気などが挙げられる。必要であれば大気雰囲気などの酸化雰囲気で処理し、脱脂体に残存する有機物量を制御する。
【0024】
次に、脱脂体(脱脂処理された成形体)を焼成容器内に収容し、焼成炉内において非酸化性雰囲気中で焼結工程を行う。焼結工程の温度は、1650℃以上1950℃以下の範囲内であることが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素ガス雰囲気、または窒素ガスを含む還元性雰囲気が好ましい。また、焼成炉内の圧力は、加圧雰囲気であることが好ましい。
焼結温度が1650℃未満の低温状態で脱脂体を焼成すると、窒化珪素結晶粒子の粒成長が十分でなく、緻密な焼結体が得難い。一方、焼結温度が1950℃よりも高温度で焼成すると、炉内雰囲気圧力が低い場合に、窒化珪素がSiとNに分解する可能性がある。このため、焼結温度は上記範囲に制御することが好ましい。また、焼結時間は3時間以上12時間以下の範囲内が好ましい。この際の炉内雰囲気圧力は、常圧以上60MPa以下であることが好ましい。より好ましくは、炉内雰囲気圧力は0.2MPa以上30MPa以下である。
上記焼結工程の後に、焼結体に対して、熱間静水圧プレス(HIP)処理を行うことが好ましい。前述の脱脂体を焼結する工程を第一焼結工程、焼結体をHIP処理する工程を第二焼結工程と呼ぶ。
HIP処理において、温度は1600℃以上1900℃以下の範囲内であり、圧力は80MPa以上200MPa以下の範囲内であることが好ましい。HIP処理により、焼結体内の気孔(ポア)を減少させることができる。これにより、緻密な焼結体を得ることができる。圧力が80MPa未満であると、圧力を負荷する効果が不十分である。また、200MPaを超えて高いと、製造装置の負荷が高くなる可能性がある。
得られた窒化珪素焼結体には、必要に応じ、研磨加工を施す。また、多数個取りを行う際は、窒化珪素焼結体に切断加工などを施してもよい。
【0025】
(実施例)
(実施例1~4、比較例1~2)
原料粉末として表1に示す組合せを用意した。実施例および比較例に用いた窒化珪素粉末では、α化率が80質量%以上、平均粒径D50が0.4~2.5μm、不純物酸素含有量が2質量%以下である。実施例1~4および比較例1で用いた焼結助剤粉末の平均粒径D50は、1.0μm以下である。比較例2で用いた焼結助剤粉末の平均粒径D50は、1.4μmである。
【0026】
【表1】
【0027】
次に、原料粉末の混合工程と攪拌工程を行った。原料粉末の混合工程では、原料粉末にバインダと溶媒を添加して原料粉末スラリーを調製して行った。比較例1~2では、攪拌処理を行わなかった。各工程の条件は、表2に示した通りである。
【0028】
【表2】
【0029】
得られた原料粉末スラリーを用いて成形工程を行った。成形工程は金型成形で行った。サイズが3/8インチ(直径9.525mm)のベアリングボールを得るための成形体と、抗折強度を測定するための成形体と、を含む2種類の成形体を作製した。
次に、成形体に対して、500℃以上800℃以下、1時間以上4時間以下の範囲内で脱脂工程を行った。次に、脱脂体に対し、第1焼結工程を行った。第1焼結工程では、温度が1750℃以上1870℃以下、圧力が0.1MPa以上0.5MPa以下の条件で、4時間以上8時間以下、焼結を行った。得られた焼結体に対し、温度が1600℃以上1700℃以下、圧力が100MPa以上200MPa以下の条件で、3時間以上5時間以下、HIP処理を行った。HIP処理後の焼結体に対し、表面粗さRaが0.02μm以下になるように研磨加工を施した。
【0030】
実施例および比較例に対し、ラマン分光分析を行った。ラマン分光分析では、窒化珪素焼結体の任意の断面を用いた。ラマン分光分析には、RENISHAW社製inVia Reflex ライマイクロスコープ(分解能:0.3cm-1)を用いた。励起レーザとしてLD励起グリーンレーザ(波長532nm、出力100mW)を使用し、照射レーザビーム径を0.7μm、露光時間を1測定点あたり1秒、ステージ移動ステップを0.4μmに設定した。データ解析には、イメージ解析ソフトWiRe4Empty Modellingによる多変量カーブ分解(MCR)を用いた。総測定箇所は、2601カ所であった。また、焼結体表面から離れた場所を測定した。これらの総測定箇所のスペクトルにおいて平均化処理を行うことで、SN比(スペクトルの大きさに対するノイズの大きさの比)を向上させたスペクトルを得た。また、ステージの移動をしながら測定を行うことで、測定箇所依存性の少ないラマンスペクトルを得た。
その結果を表3に示す。表3に示す波数(cm-1)は、小数点以下を四捨五入した値である。
【0031】
【表3】
【0032】
表3から分かる通り、実施例に係る窒化珪素焼結体では、望ましいラマンピークが検出された。これらの実施例のいずれにおいても、400cm-1以上1200cm-1以下における最強ピークの位置は、515cm-1以上525cm-1以下の範囲ではなかった。また、515cm-1以上525cm-1以下の範囲では、ピークが検出されなかった。
さらに、実施例1~3に係る窒化珪素焼結体では、500cm-1以上830cm-1以下の範囲で検出されたピークのうち、3つ以上のピークが530cm-1以上800cm-1 以下の範囲で検出された。また、これら3つ以上のピークの各強度は、440cm-1以上460cm-1以下の最強ピーク強度を1としたとき、0.8以上2.0以下であった。
実施例4では、530cm-1以上830cm-1以下の範囲で3つ以上のピークが検出された。しかし、440cm-1以上460cm-1以下の最強ピーク強度を1としたとき、ピーク強度比が530cm-1以上830cm-1以下の範囲であるピークが3つよりも少なかった。このため、実施例4について、表3では、「強度比違い」と記載した。
比較例1および比較例2では、400cm-1以上1200cm-1以下の範囲で、6つのピークしか検出されなかった。特に、500cm-1以上830cm-1以下の範囲で、2つのピークしか検出されなかった。
500cm-1以上600cm-1以下の範囲内のピークのうち最強ピークは、実施例1~4および比較例1のいずれにおいても530cm-1以上600cm-1以下に観測された。実施例1~3では、最強ピークの半値幅が40cm-1以上70cm-1以下であった。一方、実施例4および比較例1では、最強ピークの半値幅が40cm-1以上70cm-1以下の範囲外であった。また、比較例2では、500cm-1以上600cm-1以下の範囲内にピークが検出されなかった。
次に、窒化珪素結晶粒子の平均粒径とアスペクト比2以上の窒化珪素結晶粒子の面積比を測定した。まず、任意の断面のSEM写真を撮影した。SEM写真に写る窒化珪素結晶粒子の最大径を長径とした。長径の中心から垂直に伸ばした線分の長さを短径とした。粒径=(長径+短径)÷2とし、50個分の粒径の平均値を平均粒径とした。アスペクト比=長径/短径とした。20μm×20μmの領域において、アスペクト比2以上である窒化珪素結晶粒子の面積比を算出した。また、3点曲げ強度を調べた。3点曲げ強度は、JIS-R-1601(2008)に準じた3点曲げ試験による抗折強度を測定した。また、ビッカース硬度はJIS-R-1610(2003)に準じて、試験荷重9.807N(HV1)で測定した。JIS-R-1610(2003)は、ISO 14705:2000に対応する。
その結果を表4に示す。
【0033】
【表4】
【0034】
実施例では、窒化珪素結晶粒子の平均粒径が2μm以下であった。また、アスペクト比2以上の窒化珪素結晶粒子の面積比も、20%以上70%以下の範囲内であった。また、実施例および比較例のいずれにおいても、3点曲げ強度は600MPa以上であった。また、実施例では、ビッカース硬度HV1が1490以上であった。
次に、実施例および比較例に係るベアリングボールを用いて耐久性試験を行った。耐久性試験は、スラスト式転がり疲労試験機で、面圧が最大接触圧力5.9MPa、回転数1200rpmの条件下で転がり寿命を測定した。なお、相手部材は軸受鋼SUJ2からなる板材を用いた。ベアリングボールの表面が剥離するまでの時間を測定した。なお、測定時間は600時間を上限とした。試験の結果で600時間経過後も表面剥離が確認されないものを「600時間以上」と表記した。その結果を表5に示した。
【0035】
【表5】
【0036】
表から分かる通り、実施例1~4および比較例1に係るベアリングボールは、優れた耐久性を示した。一方、比較例2に係るベアリングボールは、実施例1~4及び比較例1に比べて、耐久性が低下した。実施例1~4および比較例1では、比較例2に比べて、アスペクト比2以上の窒化珪素結晶粒子の割合が低下したためと考えられる。
次に、実施例および比較例に係るベアリングボールを用いてベアリングを作製した。内輪及び外輪はどのようなものであってもよいが、本試験においては軸受鋼SUJ2で作製した。また、様々なグリースを使用可能であるが、本試験においては汎用材として広く用いられているリチウム石鹸グリースを用いた。このリチウム石鹸グリースの中で、特に元の色が透明なものを用いた。元の色が透明なグリースを用いた場合、グリースの劣化が色の変化として観測できる。また、ベアリングは、16個のベアリングボールを用いて組み立てた。ベアリングの摺動音の変化率、グリースの変色の有無を測定した。
ベアリングに回転軸を装着し、回転軸を1200rpmで回転させた。摺動音の変化率は、連続10時間後と連続400時間後の摺動音を測定した。比較例1の連続10時間後から連続400時間後の摺動音の変化率を1とした。実施例1~4および比較例2に係るベアリングの摺動音の変化を、この変化率と対比した。摺動音の変化が小さければ、変化率は1より小さな値となる。
また、400時間後のベアリングを解体し、グリースの色の変化を調べた。グリースが変色したことは、グリースが劣化したことを示す。グリースの変色は、明度で調べた。明度の数値が大きいほど、グリースの色が明るく、明度の数字が小さいほど、グリースの色が暗くなる。
その結果を表6に示した。表6について、9.5以下9以上の明度を「薄い灰色」と定義した。9よりも小さく4以上の明度を「濃い灰色」と定義した。4よりも小さい明度を「黒色」と定義した。これらの明度の基準には、マンセル表色系を用いた。マンセル表色系は、JIS Z8721(1993)に対応している。グリースの劣化が進むほど、明度は小さな値となる。
【0037】
【表6】
【0038】
表6から分かる通り、実施例では、摺動音の変化率およびグリースの変色が改善されていた。スラスト試験では大きな差が確認されなかったが、摺動音の変化およびグリースの変色の試験では差が確認された。これは、ベアリングによる相手部材への攻撃性が低減したためである。
【0039】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態はその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0040】
1…ベアリングボール
2…ベアリング
3…内輪
4…外輪
10…窒化珪素焼結体
11…窒化珪素結晶粒子
12…粒界
RS…ラマンスペクトル
P1~P6…ピーク

図1
図2
図3
図4