(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質およびその製造方法、並びに、リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20240509BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20240509BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20240509BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20240509BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20240509BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20240509BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
C01G53/00 A
H01M10/0562
H01M10/052
(21)【出願番号】P 2020051908
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2022-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2019117941
(32)【優先日】2019-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.ウェブサイト掲載 ウェブサイトの掲載日 令和元年8月27日(火) ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/ecsj2019f/top https://confit.atlas.jp/guide/event/ecsj2019f/subject/1I16/class?cryptoId= 公開者 黄嵩凱、林徹太郎、菅沼慎介、加藤敏弘 2.学会発表 公開日 令和元年9月5日(木) 展示会名、開催場所 2019年電気化学秋季大会 山梨大学 甲府キャンパス(山梨県甲府市武田4-4-37) 公開者 黄嵩凱、林徹太郎、菅沼慎介、加藤敏弘
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】弁理士法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】林 徹太郎
(72)【発明者】
【氏名】黄 嵩凱
【審査官】小森 利永子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-104273(JP,A)
【文献】特開2016-127004(JP,A)
【文献】特開2018-032543(JP,A)
【文献】特開2014-197556(JP,A)
【文献】特開2018-186065(JP,A)
【文献】国際公開第2017/018099(WO,A1)
【文献】特開2017-084513(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/148726(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/36-4/525
H01M 10/05-10/0587
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在する、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた、多孔質構造を有し、
前記二次粒子の断面観察によって測定される空隙率は、10%以上50%以下であり
、
走査型電子顕微鏡を用いた前記二次粒子の表面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径が、
10nm以上
360nm以下であ
り、
前記微粒子の平均粒径は、30nm以上100nm以下であり、および、
透過型電子顕微鏡を用いた前記二次粒子の断面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚は、1nm以上80nm以下である、
リチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記WおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚は、
2nm以上
5nm以下である、請求項
1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記微粒子の平均粒径は、
40nm以上
80nm以下である、請求項1
または2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
前記WおよびLiを含む化合物は、タングステン酸リチウムである、請求項1~
3のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
前記タングステン酸リチウムは、7Li
2WO
4・4H
2Oを含む、請求項
4に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項6】
前記二次粒子の平均粒径MVは、3μm以上10μm以下であり、かつ、前記二次粒子の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は、0.7以下である、請求項1~
5のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項7】
前記二次粒子の外殻部の厚さは、0.1μm以上1.5μm以下である、請求項1~
6のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項8】
タップ密度は、1.0g/cm
3以上である、請求項1~
7のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項9】
BET比表面積は、2.0m
2/g以上5.0m
2/g以下である、請求項1~
8のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項10】
一般式(A):Li
1+uNi
xMn
yCo
zW
sM
tO
2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+s+t=1、0.3≦x≦0.7、0.15≦y≦0.4、0.15≦z≦0.4、0.0005≦s≦0.03、0≦t≦0.1、Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、六方晶層状岩塩構造の結晶構造を有するリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる、請求項1~
9のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項11】
WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた多孔質構造を有している、母材であるリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物に、該複合酸化物の総質量に対して0.1質量%以上5質量%以下の量のタングステン化合物を混合して、混合物を得る、乾式混合工程と、
前記混合物に攪拌を施しながら、該混合物に対して該混合物の総質量に対して1質量%以上30質量%以下の量の水噴霧を行い、該混合物の混合を行う、水噴霧混合工程と、
前記水噴霧混合工程後の前記混合物に、500℃以下の温度で熱処理を施す、熱処理工程と、および、
前記熱処理工程後の前記混合物に500℃以下の温度で乾燥を施して、前記一次粒子の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子が存在する、前記WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を得る乾燥工程と、
を備え、
少なくとも前記乾燥工程において、真空乾燥混合装置を用い、真空雰囲気下で、前記乾燥を行う、
リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項12】
前記水噴霧混合工程において、前記水噴霧時における前記攪拌を4m/秒以上30m/秒以下の周速で行い、前記水噴霧を混合物1gあたり0.01ml/分以上0.1ml/分以下の水噴霧速度で行い、前記水噴霧の後において、前記攪拌を4m/秒以上30m/秒の範囲にある周速で行いつつ、5分以上120分以下の時間で前記混合を継続する、請求項
11に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項13】
前記水噴霧を複数のノズルを用いて行い、該複数のノズルのそれぞれの水噴霧速度を混合物1gあたり0.005ml/分以上0.02ml/分以下とする、請求項
12に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項14】
前記熱処理工程において、4m/秒以上30m/秒以下の周速で前記混合物に攪拌を施しながら、40℃以上200℃以下の温度で、15分以上120分以下の時間で前記熱処理を行う、請求項
11~
13のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項15】
前記乾燥工程において、4m/秒以上30m/秒以下の周速で前記混合物に攪拌を施しながら、70℃以上200℃以下の温度で、60分以上240分以下の時間で、前記乾燥を行う、請求項
11~
14のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項16】
前記乾燥工程の後、真空雰囲気下で、1m/秒以上20m/秒以下の周速で前記複合酸化物を攪拌しながら、60分以上240分以下の時間で前記混合物を25℃まで冷却する冷却工程を備える、請求項
11~
15のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項17】
前記乾式混合工程を、5m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、5分以上50分以下の時間で行う、請求項
11~
16のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項18】
前記乾式混合工程を、前記真空乾燥混合装置を用いて行う、請求項
11~
17のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項19】
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質は、一般式(A):Li
1+uNi
xMn
yCo
zW
sM
tO
2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+s+t=1、0.3≦x≦0.7、0.15≦y≦0.4、0.15≦z≦0.4、0.0005≦s≦0.03、0≦t≦0.1、Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、六方晶層状岩塩構造の結晶構造を有するリチウムニッケルマンガン複合酸化物からなる、請求項
11~
18のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項20】
正極、負極、セパレーター、および非水電解質を備え、あるいは、正極、負極、および固体電解質を備え、前記正極に用いられる正極活物質として、請求項1~
10のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質が用いられている、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、より具体的には、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケル含有複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質およびその製造方法、並びに、該リチウムイオン二次電池用正極活物質を正極材料として用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォン、タブレット端末、デジタルカメラ、ノート型パソコンなどの携帯電子機器の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な二次電池の開発が強く望まれている。また、ハイブリット電気自動車、プラグインハイブリッド電気自動車、電池式電気自動車などの電気自動車用の電源として高容量で高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、リチウムイオン二次電池がある。このリチウムイオン二次電池は、負極、正極、非水電解質あるいは固体電解質などで構成され、その負極および正極の材料として用いられる活物質には、リチウムを脱離および挿入することが可能な材料が使用される。なお、非水電解質としては、支持塩であるリチウム塩を有機溶媒に溶解してなる非水電解液があり、固体電解質としては、不燃性でリチウムイオン伝導性を有する無機あるいは有機の固体電解質がある。
【0004】
リチウムイオン二次電池のうち、層状岩塩型またはスピネル型の構造を有するリチウム遷移金属含有複合酸化物を正極材料に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する電池として、研究開発および実用化が進められている。
【0005】
リチウムイオン二次電池の正極材料として、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2O4)、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi0.5Mn0.5O2)などのリチウム遷移金属含有複合酸化物からなる正極活物質が提案されている。
【0006】
近年、これらのリチウム遷移金属含有複合酸化物の中でも、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)を含む、遷移金属として、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有する、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物(NMC)からなる三元系の正極活物質は、熱安定性に優れ、高容量で、電池容量のサイクル特性も良好で、かつ、低抵抗で高出力が得られる材料として注目されている。リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物は、リチウムコバルト複合酸化物やリチウムニッケル複合酸化物などと同じく、層状結晶構造を有する化合物である。
【0007】
リチウム遷移金属含有複合酸化物に関しては、その内部抵抗の低減による高出力化にその開発の重点が置かれている。この観点から、リチウムニッケル複合酸化物の特性を改善した、リチウムニッケルコバルトアルミニウム含有複合酸化物(NCA)も着目されている。リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物は、このリチウムニッケルコバルトアルミニウム含有複合酸化物との比較においても、耐候性により優れ、かつ、より取り扱いやすい材料であることから、リチウム遷移金属含有複合酸化物の開発において、最重要視されている。
【0008】
このように、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる三元系の正極活物質に対しては、特に、電気自動車用の電源用途において、さらなる内部抵抗の低減による高出力化が高いレベルで要求されている。
【0009】
リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の出力特性やサイクル特性を改善するためには、まず、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物が、3μm以上10μm以下の小粒径で、粒度分布が狭い粒子によって構成されていることが必要である。粒径が小さい粒子とすることにより、その比表面積が大きく、正極活物質として用いた場合に非水電解質との反応面積を十分に確保することができ、さらに、正極を薄く構成し、リチウムイオンの正極と負極の間の移動距離を短くすることができるため、正極抵抗の低減を図ることが可能となる。また、粒度分布が狭い粒子とすることにより、電極内で粒子に印加される電圧を均一化できるため、微粒子の選択的な劣化による電池容量の低下を抑制することが可能となる。
【0010】
また、出力特性のさらなる改善を図るために、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の粒子構造の改善についても研究開発が進められている。たとえば、出力特性の改善には、正極活物質の形態を制御し、正極活物質の内部に、非水電解質が侵入可能な空間部を形成することが有効であると考えられる。このような構造を採用することにより、粒径が同程度である中実構造の正極活物質と比べて、非水電解質との反応面積を大きくすることができるため、正極抵抗を大幅に低減することが可能となる。なお、正極活物質は、その前駆体となる遷移金属含有複合水酸化物の粒子性状を引き継ぐことが知られている。すなわち、上述した正極活物質を得るためには、その前駆体である遷移金属含有複合水酸化物の二次粒子の粒径、粒度分布、および粒子構造などを適切に制御することが必要となる。
【0011】
たとえば、特開2018-104273号公報には、晶析反応を、反応水溶液のpH値を12.0以上14.0以下の範囲に調整して、核生成を行う核生成工程と、生成した核を含む反応水溶液のpH値を、核生成工程のpH値よりも低く、かつ、10.5以上12.0以下の範囲に調整して、粒子を成長させる粒子成長工程とに分けて、核生成工程および粒子成長工程の初期を非酸化性雰囲気とするとともに、粒子成長工程における所定のタイミングで、酸化性雰囲気に切り替えた後、再度、非酸化性雰囲気に切替える雰囲気制御を2回以上行うことを特徴とする遷移金属含有複合水酸化物の製造方法が開示されている。
【0012】
この方法によれば、小粒径で粒度分布が狭く、かつ、板状または針状一次粒子が凝集して形成された中心部を有し、中心部の外側に微細一次粒子が凝集して形成された低密度層と、板状一次粒子が凝集して形成された高密度層が交互に積層した積層構造を2つ以上備える二次粒子からなる遷移金属含有複合水酸化物を得ることができる。このような構造の遷移金属含有複合水酸化物を前駆体とする正極活物質は、小粒径で粒度分布が狭く、空間部を有する多孔質構造を備えたものとなる。このような多孔質構造の正極活物質を用いた二次電池では、容量特性、サイクル特性とともに、出力特性を改善することが可能である。
【0013】
一方、リチウムイオン電池における、さらなる内部抵抗の低減による高出力化を図るために、リチウム遷移金属含有複合酸化物にタングステン化合物を添加する方法が検討されている。
【0014】
たとえば、特開2015-216105号公報では、ニッケル化合物とリチウム化合物を混合したリチウム混合物は、酸化性雰囲気中において700℃以上780℃以下の温度で1時間以上6時間以下焼成し、一般式:LibNi1―x―yCoxMyO2(式中、Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Nb、Zr、およびMoから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、0.95≦b≦1.03、0<x≦0.15、0<y≦0.07、x+y≦0.16)で表され、一次粒子および一次粒子が凝集した二次粒子からなるリチウムニッケル含有複合酸化物を母材として得て、該母材の水洗処理中もしくは水洗処理後にタングステン化合物を添加して、母材の一次粒子の表面にWを分散させて、酸素雰囲気あるいは真空雰囲気中で100℃以上600℃以下の温度で熱処理することにより得られ、母材の一次粒子表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子を有する、リチウムイオン二次電池用正極活物質が提案されている。
【0015】
また、特開2017-084513号公報には、特開2015-216105号公報と同様にして得た母材の水洗処理中もしくは水洗処理後にタングステン化合物を添加して、母材の水分率を6.5質量%以上11.5質量%以下に制御した状態で、母材の一次粒子の表面にWを分散させて、酸素雰囲気あるいは真空雰囲気中で100℃以上600℃以下の温度で熱処理することにより得られ、母材の一次粒子表面にWおよびLiを含む1nm以上200nm以下の厚さの被膜を有する、リチウムイオン二次電池用正極活物質が提案されている。
【0016】
母材のリチウム遷移金属含有複合酸化物を構成する一次粒子の表面に、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および/または被膜を存在させることにより、これらの微粒子あるいは被膜が、リチウム遷移金属含有複合酸化物と電解質の接触を防止し、リン酸塩などの堆積物の形成を抑制する保護膜として機能するとともに、これらの微粒子あるいは被膜が、Li拡散パスを有する結晶構造を有しているため、界面抵抗の低減が図られると考えられている。
【0017】
タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および/または被膜は、母材のリチウム遷移金属含有複合酸化物を構成する一次粒子の表面に均一に存在することが重要である。また、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および/または被膜は、リチウム遷移金属含有複合酸化物同士の間でも均一に形成されることが重要である。
【0018】
このような観点から、特開2018-186065号公報では、母材のリチウム遷移金属含有複合酸化物と、酸化タングステンとを混合し、さらに水を噴霧して混合して、リチウム混合物を得て、該リチウム混合物を乾燥することにより、複数の一次粒子が凝集して構成された二次粒子、および、タングステン酸リチウムを含み、その表面に存在するタングステン量が、全体に対して、0.1質量%以上1.0質量%以下であり、かつ、その内部に存在するタングステン量が、全体に対して、0.1質量%以上1.0質量%以下である、リチウムイオン二次電池用正極活物質を得ることが提案されている。このような方法により、水の存在下、母材のリチウム遷移金属含有複合酸化物の表面において、遊離した水酸化リチウムなどの余剰リチウムと酸化タングステンとの中和反応を、より均一に進めることが可能になるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】特開2018-104273号公報
【文献】特開2015-216105号公報
【文献】特開2017-084513号公報
【文献】特開2018-186065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明者らは、多孔質構造のリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる正極活物質のさらなる高出力化を図るため、母材となる多孔質構造のリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物と、タングステン化合物とを乾式混合し、さらに水を噴霧して混合することにより、混合物を得て、該混合物を乾燥することにより、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる正極活物質を得ることについて検討を行った。
【0021】
その結果、所定の条件でタングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の被覆をリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の表面に形成することにより、被覆形態であるWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜の均一性のさらなる改善を図ることが可能であるとの知見が得られた。
【0022】
本発明は、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を、より適切な大きさあるいは厚さで、より均一に存在させることにより、多孔質構造のWおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物のさらなる高出力化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、遷移金属として、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有し、多孔質構造の二次粒子からなり、該二次粒子を構成する一次粒子の少なくとも一部の表面にタングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在する、多孔質構造のWおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物(NMC)からなる三元系のリチウムイオン二次電池用正極活物質およびその製造方法、並びに、該リチウムイオン二次電池用正極活物質を正極材料として用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【0024】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質は、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる三元系の正極活物質であって、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在する、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質に関する。
【0025】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質では、前記二次粒子は、多孔質構造を備える。具体的には、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備える。
【0026】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質では、該二次粒子の断面観察によって測定される空隙率は、10%以上50%以下であることを特徴とする。
【0027】
また、走査型電子顕微鏡を用いた前記二次粒子の表面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径は、1nm以上430nm以下であることを特徴とする。該微粒子の粒子径は、5nm以上400nm以下であることが好ましく、10nm以上350nm以下であることがより好ましい。
【0028】
一方、透過型電子顕微鏡を用いた前記二次粒子の断面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚は、1nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0029】
前記微粒子の平均粒径は、30nm以上100nm以下であることが好ましい。
【0030】
前記WおよびLiを含む化合物は、タングステン酸リチウムであることが好ましい。該タングステン酸リチウムは、7Li2WO4・4H2Oを含むことがより好ましい。
【0031】
前記二次粒子の平均粒径MVは、3μm以上10μm以下であり、かつ、前記二次粒子の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は、0.7以下であることが好ましい。
【0032】
前記二次粒子の外殻部の厚さは、0.1μm以上1.5μm以下であることが好ましい。
【0033】
前記正極活物質のタップ密度は、1.0g/cm3以上、より具体的には、1.1g/cm3以上1.8g/cm3以下であることが好ましい。
【0034】
前記正極活物質のBET比表面積は、2.0m2/g以上5.0m2/g以下であることが好ましい。
【0035】
本発明の非電解質二次電池用正極活物質は、一般式(A):Li1+uNixMnyCozWsMtO2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+s+t=1、0.3≦x≦0.7、0.15≦y≦0.4、0.15≦z≦0.4、0.0005≦s≦0.03、0≦t≦0.1、Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、六方晶層状岩塩構造の結晶構造を有するリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなることが好ましい。
【0036】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた多孔質構造を有している、母材であるリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物に、該複合酸化物の総質量に対して0.1質量%以上5質量%以下の量のタングステン化合物を混合して、混合物を得る、乾式混合工程と、
前記混合物に攪拌を施しながら、該混合物に対して該混合物の総質量に対して1質量%以上30質量%以下の量の水噴霧を行い、該混合物の混合を行う、水噴霧混合工程と、
前記水噴霧混合工程後の前記混合物に、500℃以下の温度で熱処理を施す、熱処理工程と、および、
前記熱処理工程後の前記混合物に500℃以下の温度で乾燥を施して、前記一次粒子の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在する、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を得る、乾燥工程と、
を備える。
【0037】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、少なくとも前記乾燥工程において、真空乾燥混合装置を用い、真空雰囲気下で、前記乾燥を行うことを特徴とする。
【0038】
前記水噴霧混合工程において、前記水噴霧時における前記攪拌を4m/秒以上30m/秒以下の周速で行い、前記水噴霧を混合物1gあたり0.01ml/分以上0.1ml/分以下の水噴霧速度で行い、前記水噴霧の後において、前記攪拌を4m/秒以上30m/秒の範囲にある周速で行いつつ、5分以上120分以下の時間で前記混合を継続することが好ましい。
【0039】
前記水噴霧を複数のノズルを用いて行い、該複数のノズルのそれぞれの水噴霧速度を混合物1gあたり0.005ml/秒以上0.02ml/分以下とすることがより好ましい。
【0040】
前記熱処理工程において、4m/秒以上30m/秒以下の周速で前記混合物に攪拌を施しながら、40℃以上200℃以下の温度で、15分以上120分以下の時間で前記熱処理を行うことが好ましい。
【0041】
前記乾燥工程において、4m/秒以上30m/秒以下の周速で前記混合物に攪拌を施しながら、70℃以上200℃以下の温度で、60分以上240分以下の時間で、前記乾燥を行うことが好ましい。
【0042】
前記乾燥工程の後、真空雰囲気下で、1m/秒以上20m/秒以下の周速で前記複合酸化物を攪拌しながら、60分以上240分以下の時間で前記混合物を25℃まで冷却する冷却工程を備えることが好ましい。
【0043】
前記乾式混合工程を、5m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、5分以上50分以下の時間で行うことが好ましい。該乾式混合工程も、前記真空乾燥混合装置を用いて行うことが好ましい。
【0044】
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質は、一般式(A):Li1+uNixMnyCozWsMtO2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+s+t=1、0.3≦x≦0.7、0.15≦y≦0.4、0.15≦z≦0.4、0.0005≦s≦0.03、0≦t≦0.1、Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、六方晶層状岩塩構造の結晶構造を有するリチウムニッケルマンガン複合酸化物からなることが好ましい。
【0045】
本発明のリチウムイオン二次電池は、正極、負極、セパレーター、および非水電解質を備え(非水電解質二次電池)、あるいは、正極、負極、および固体電解質を備え(固体電解質二次電池)、前記正極に用いられる正極活物質として、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質が用いられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0046】
本発明により、母材である多孔質構造のリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を構成する二次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子をより微細にかつより均一に存在させ、かつ、WおよびLiを含む化合物の被膜をより均一に存在させた、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質が提供される。
【0047】
本発明の正極活物質は、従来の多孔質構造のリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物よりも、三元系の組成であることによる優れた電池特性に加えて、二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子がより微細に存在し、かつ、WおよびLiを含む化合物の被膜が均一に存在していることから、抵抗をより低減させることが可能となり、より高出力のリチウムイオン二次電池の提供を可能にできる。
【0048】
よって、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質を、電気自動車の電源用のリチウムイオン二次電池の正極材料に適用することにより、従来との比較において、より耐久性に優れ、かつ、高い出力特性を提供することが可能となるため、その工業的な意義は大きい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【
図1】
図1は、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造する工程の1例を示すチャート図である。
【
図2】
図2は、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質であるWおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の1例の構造を概略的に示す断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施例1のリチウムイオン二次電池用正極活物質を構成する二次粒子の表面についてのSEM写真である。
【
図4】
図4は、比較例1のリチウムイオン二次電池用正極活物質の二次粒子の表面についてのSEM写真である。
【
図5】
図5は、電池評価に使用した2032型コイン形電池の概略断面図である。
【
図6】
図6は、インピーダンス評価の測定例と解析に使用した等価回路の概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
本発明について、リチウムイオン二次電池用正極活物質、その製造方法、および、リチウムイオン二次電池の順に説明する。
【0051】
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質(以下、「正極活物質」という)は、多孔質構造の二次粒子により構成され、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が、二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に存在する、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物(以下、「複合酸化物」という)に関する。
【0052】
(1)粒子構造
本発明の正極活物質は、遷移金属として、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有する、三元系である。この正極活物質は、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成される。本発明の正極活物質では、
図2に示すように、二次粒子は、凝集した一次粒子からなる外殻部1と、外殻部1の内側に存在し、外殻部1と同様に凝集した一次粒子からなり、かつ、外殻部1と電気的に導通する凝集部2、および、外殻部1の内側で凝集部2の間に分散して存在する空間部3とを備えた多孔質構造を有している。
【0053】
ここで、「電気的に導通する」とは、一次粒子の凝集部同士が、構造的に接続され、電気的に導通可能な状態であることを意味する。気孔構造を構成する空間部は、凝集部の存在により相互に離間して存在するが、一次粒子間の粒界や空隙を介して、外部および相互に連通し、空間部内への非水電解質と導電助剤の侵入が可能である。
【0054】
本発明の正極活物質は、このような粒子構造により、従来の中空構造を有する正極活物質と比較して、より大きい比表面積とより高いタップ密度を両立させている。本発明の粒子構造を有する正極活物質では、一次粒子間の粒界や空隙または空間部を介して、二次粒子の内部に非水電解質が浸入するため、二次粒子の表面ばかりでなく、二次粒子の内部においても、リチウムの脱離および挿入が可能となる。しかも、この正極活物質では、外殻部と凝集部とが電気的に導通し、かつ、その経路の断面積が十分に大きいため、粒子内部の抵抗(内部抵抗)が大幅に低減している。
【0055】
このような構造を有する正極活物質を正極材料に用いてリチウムイオン二次電池(以下、「二次電池」という)を構成した場合、その耐久性が向上し、その劣化による正極界面抵抗の抵抗に伴う、出力特性の悪化が防止され、電池容量やサイクル特性を損なうことなく、出力特性をさらに改善することが可能となる。また、タップ密度が高いため、正極活物質の充填性が高く、二次電池の体積あたりの容量を高く維持することができる。
【0056】
(2)WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜
本発明の正極活物質では、
図2に示すように、母材となる多孔質構造を有する複合酸化物の二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子4および被膜5からなる被覆が存在する。
【0057】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質では、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた前記二次粒子の表面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径は、1nm以上430nm以下であることが好ましい。また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた前記二次粒子の断面観察から求められる、前記二次粒子の表面に存在するWおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚は、1nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0058】
一般的に、正極活物質の表面が異種化合物により完全に被覆されてしまうと、リチウムイオンの移動(インターカレーション)が大きく制限されるため、結果的に三元系の複合酸化物の有する高容量という長所が消されてしまう。
【0059】
これに対して、本発明では、複合酸化物の二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在している。
【0060】
WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜は、リチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオンの移動を促す効果がある。このため、一次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を存在させることにより、電解質との界面でLiの伝導パスが形成されるため、正極活物質の反応抵抗(「正極抵抗」ともいう)を低減させて、その出力特性を向上させることが可能となる。
【0061】
すなわち、正極抵抗が低減されることで、二次電池内で損失される電圧が減少し、実際に負荷側に印加される電圧が相対的に高くなるため、高出力が得られる。また、負荷側への印加電圧が高くなることで、正極でのリチウムの挿抜が十分に行われるため、電池容量も向上する。さらに、正極抵抗の低減により、充放電時における正極活物質の負荷も低減することから、サイクル特性も向上させることができる。
【0062】
このようなWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を一次粒子の表面に存在させることによる作用効果は、より微細な微粒子および適切な厚さの被膜を二次粒子の表面により均一に存在させることにより、効果的に得られる。
【0063】
本発明では、WおよびLiを含む化合物からなり、より微細な、すなわち、所定の粒子径を有する微粒子および所定の厚さを有する被膜を、少なくとも一次粒子の少なくとも一部の表面に、これらの微粒子および被膜が二次粒子の表面により均一に存在するように、形成することで、電極表面を過度に小さくしたり、電極のバルク抵抗を顕著に上昇させたりすることなく、リチウムイオン伝導を効果的に向上させて、充放電容量の低下を抑制するとともに、反応抵抗を低減させることを可能としている。
【0064】
なお、正極活物質の二次粒子を構成する一次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を過度に存在させた場合には、正極活物質のBET比表面積の低下が起こるため、WおよびLiを含む化合物が高いリチウムイオン伝導性を有していたとしても、正極活物質と電解質との接触面積が小さくなり、これに伴って充放電容量の低下および反応抵抗の上昇を招きやすい。また、WおよびLiを含む化合物が存在することで、反応抵抗は低下するが、WおよびLiを含む化合物自体は、電子伝導性が低いため、電極の電子伝導性を低下させて、二次電池の出力特性の低下につながる。
【0065】
このような観点から、本発明の正極活物質においては、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜は、二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に存在していれば十分である。そして、WおよびLiを含む化合物の量が同じであれば、WおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径を1nm以上430nm以下として、従来のWおよびLiを含む化合物被覆正極活物質よりも、WおよびLiを含む化合物の微粒子をより微細なものとして、二次粒子の表面により均一かつより満遍なく存在させている。また、WおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚を1nm以上200nm以下として、従来のWおよびLiを含む化合物被覆正極活物質よりも、WおよびLiを含む化合物の被膜をより薄いものとして、二次粒子の表面により均一かつより満遍なく存在させている。
【0066】
WおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径が1nm未満では、微粒子が十分なリチウムイオン伝導性を有しない場合がある。粒子径が430nmを超えると、微粒子による被覆の形成が不均一になり、反応抵抗の低減効果が十分に得られない場合がある。
【0067】
微粒子の粒子径は、10nm以上350nm以下であることが好ましく、20nm以上300nm以下であることがより好ましい。二次粒子の表面に形成された微粒子の全個数の50%以上が、10nm以上350nm以下の粒子径を有することが好ましい。この場合、電池特性改善のより高い効果が得られる。
【0068】
同様の理由から、WおよびLiを含む化合物の微粒子の平均粒径は、30nm以上100nm以下であることが好ましく、40nm以上80nm以下であることがより好ましい。このように平均粒径も規制することにより、従来のWおよびLiを含む化合物被覆正極活物質よりも、微粒子をより微細なものとして、二次粒子の表面により均一かつより満遍なく存在させることが可能となる。
【0069】
微粒子の粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた任意の数(たとえば10個)の二次粒子の表面観察から、それぞれの微粒子の最大径を測定することにより得られる。また、微粒子の平均粒径は、たとえば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた任意の数(たとえば10個)の二次粒子の表面観察から求められ、それぞれの二次粒子の表面に存在する任意の数(たとえば10個)の微粒子の粒子径をそれぞれ測定して、その平均値を求めることにより算出される。
【0070】
WおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚が1nm未満では、被膜が十分に形成されなかったり、被膜が十分なリチウムイオン伝導性を有しなかったりする場合がある。被膜の平均膜厚が200nmを超えると、被膜が厚くなりすぎて、正極活物質のBET比表面積の低下が起き、正極活物質と電解質との接触面積が小さくなって、反応抵抗の低減効果が十分に得られない場合がある。
【0071】
被膜の平均膜厚は、1nm以上100nm以下であることがより好ましく、1nm以上80nm以下であることがさらに好ましい。この場合、電池特性改善のより高い効果が得られる。
【0072】
被膜の平均膜厚は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた二次粒子の断面観察から求められる。また、被膜の平均膜厚は、二次粒子において被膜が存在する任意の数(10個)の一次粒子の表面に存在する、任意の数(たとえば10箇所)の被膜の平均膜厚をそれぞれ測定し、さらに任意の数(たとえば10個)の二次粒子について得られたそれぞれの値を平均することにより求められる。
【0073】
電解質との接触は、一次粒子の表面で起こるため、少なくとも一部の一次粒子、好ましくはすべての一次粒子の少なくとも一部の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在していることが重要である。ここで、本発明における一次粒子の表面とは、二次粒子の外面で露出している一次粒子表面と、二次粒子外部と通じて電解質が浸透可能な二次粒子の表面近傍および内部の空隙に露出している一次粒子表面とのいずれもが、一次粒子の表面に含まれる。さらに、一次粒子間の粒界であっても、一次粒子の結合が不完全で電解質が浸透可能な状態となっていれば、そのような箇所も一次粒子の表面に含まれる。
【0074】
二次粒子の表面により均一かつ満遍なくWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在するように、一次粒子の少なくとも一部の表面に、より微細なWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を形成することで、リチウムイオンの移動をさらに促し、正極活物質を構成する粒子の反応抵抗をより一層低減させることが可能となる。
【0075】
すなわち、WおよびLiを含む化合物の微粒子に関しては、電解質と接触可能な二次粒子を構成するすべての一次粒子の表面に存在している必要はない。
図3に示すように、WおよびLiを含む化合物の微粒子が二次粒子の一部、すなわち、任意の一次粒子の表面に点在している状態でもよい。WおよびLiを含む化合物の被膜に関しても、電解質と接触可能な二次粒子を構成するすべての一次粒子の表面に存在している必要はない。WおよびLiを含む化合物の微粒子が二次粒子の一部、すなわち、任意の一次粒子の表面の一部を覆っている状態でもよい。ただし、WおよびLiを含む化合物の被膜は、任意の一次粒子の表面の大部分または全体を覆っていることが好ましく、全部の一次粒子の表面を覆っていてもよい。
【0076】
WおよびLiを含む化合物の微粒子が二次粒子の表面に点在している状態でよい。すなわち、正極活物質を構成する二次粒子の外面および内部の空隙に露出している一次粒子の少なくとも一部の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子が存在していれば、WおよびLiを含む化合物の被膜の存在とともに、反応抵抗の低減効果が十分に得られる。
【0077】
ただし、二次粒子および一次粒子の表面における、WおよびLiを含む化合物の微粒子の存在割合は、高いほど、および、より均一に存在するほど、より反応抵抗の低減効果が得られやすい。この点で、
図3に示す本発明の正極活物質では、WおよびLiを含む化合物が同じとした場合に、
図4に示す従来の正極活物質との比較では、より微細な微粒子がより均一に、二次粒子の表面あるいは一次粒子の表面に存在するため、このような効果を十分に得られる。
【0078】
リチウムニッケル含有複合酸化物を構成する粒子間で、不均一に微粒子および被膜が存在していると、粒子間でのリチウムイオンの移動が不均一となるため、特定の粒子に負荷がかかり、サイクル特性の悪化や反応抵抗の上昇を招きやすい。したがって、リチウムニッケル含有複合酸化物を構成する粒子間においても、均一に微粒子および被膜が存在していることが好ましい。
【0079】
このように、本発明の正極活物質では、WおよびLiを含む化合物の微粒子が、WおよびLiを含む化合物の被膜と混在して、一次粒子の少なくとも一部の表面に形成されているため、電池特性に対する高い効果は得られる。このような形態により、電解質との接触面積が十分なものとなり、リチウムイオン伝導性を効果的に向上できるため、充放電容量を向上させるとともに、反応抵抗をより効果的に低減させることができる。
【0080】
WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を含む、一次粒子の性状は、たとえば、電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)などの走査型電子顕微鏡(SEM)による表面観察および断面観察、走査型透過電子顕微鏡(STEM)のEDX分析による断面元素マッピング、透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察などによって判断できる。これらの手段により、本発明の正極活物質については、複合酸化物を構成する一次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が形成されていることを確認することが可能である。
【0081】
本発明における、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を構成するWおよびLiを含む化合物は、タングステン酸リチウムであることが好ましい。タングステン酸リチウムは、Li2WO4、Li4WO5、Li6WO6、Li2W4O13、Li2W2O7、Li6W2O9、Li2W2O7、Li2W5O16、Li9W19O55、Li3W10O30、Li18W5O15、および、これらの水和物から選択される少なくとも1種の形態であることが好ましい。また、タングステン酸リチウムは、7Li2WO4・4H2Oを含むことがより好ましい。このようなタングステン酸リチウムが形成されることで、リチウムイオン伝導性がさらに高まり、反応抵抗の低減効果がより大きなものとなる。
【0082】
WおよびLiを含む化合物に含まれるWの原子数は、正極活物質を構成する粒子に含まれる、Li以外の金属、すなわち、Ni、Mn、Coおよび添加元素Mの原子数の合計に対して、0.05原子%以上3.0原子%以下であることが好ましく、0.05原子%以上1.0原子%以下であることがより好ましく、0.05原子%以上0.5原子%以下であることがさらに好ましい。これにより、高い充放電容量と出力特性を両立することができる。
【0083】
W量が0.05原子%未満では、出力特性の改善効果が十分に得られない場合がある。W量が3.0原子%を超えると、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜による被覆量が多くなりすぎて、正極活物質のBET比表面積が低下し、電極のバルク抵抗が上がるため、十分な反応抵抗低減効果が得られないことがある。
【0084】
また、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜に含まれるLi量は、特に限定されることはなく、Liが含まれていればリチウムイオン伝導性の向上効果が得られる。ただし、このLi量は、タングステン酸リチウムを形成させるのに十分な量であることが好ましい。
【0085】
(3)組成
本発明の正極活物質は、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有する三元系の組成を有する、リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなり、上述したWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に存在する構造を有する限り、その組成が制限されることはない。
【0086】
ただし、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜におけるW量が0.05原子%以上3.0原子%以下である場合、本発明の正極活物質は、一般式(A):Li1+uNixMnyCozWsMtO2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+s+t=1、0.3≦x≦0.7、0.15≦y≦0.4、0.15≦z≦0.4、0.0005≦s≦0.03、0≦t≦0.1、Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、六方晶層状岩塩構造の結晶構造を有する複合酸化物からなることが好ましい。なお、Wは、添加元素Mとして複合酸化物の内部に含有されることができるが、この場合、前記W量(組成式におけるs)には、添加元素Mとして含まれるWの量は含まれない。
【0087】
リチウム(Li)の過剰量を示すuの値は、好ましくは-0.05以上0.50以下、より好ましくは0以上0.50以下、さらに好ましくは0以上0.35以下である。uの値を上記範囲に規制することにより、この正極活物質を正極材料として用いた二次電池の出力特性および電池容量を向上させることができる。これに対して、uの値が-0.05未満では、二次電池の正極抵抗が大きくなるため、出力特性を向上させることができない。一方、0.50を超えると、初期放電容量が低下するばかりでなく、正極抵抗も大きくなってしまう。
【0088】
ニッケル(Ni)は、二次電池の高電位化および高容量化に寄与する元素であり、高ニッケル比率の三元系の正極活物質とする観点から、その含有量を示すxの値は、好ましくは0.3以上0.7以下、より好ましくは0.4以上0.65以下、さらに好ましくは、0.5以上0.6以下である。xの値が0.3未満では、二次電池のエネルギー密度を十分に向上させることができない。一方、xの値が0.7を超えると、他の元素の含有量が減少し、三元系の正極活物質としての効果を得ることができない。
【0089】
マンガン(Mn)は、熱安定性の向上に寄与する元素であり、その含有量を示すyの値は、好ましくは0.15以上0.4以下、より好ましくは0.2以上0.35以下である。yの値が0.15未満では、この正極活物質を用いた二次電池の熱安定性を向上させることができない。一方、yの値が0.4を超えると、高温作動時に正極活物質からMnが溶出し、充放電サイクル特性が劣化してしまう。
【0090】
コバルト(Co)は、充放電サイクル特性の向上に寄与する元素であり、その含有量を示すzの値は、好ましくは0.15以上0.4以下、より好ましくは0.2以上0.35以下である。zの値が0.4を超えると、二次電池の初期放電容量が大幅に低下してしまう。
【0091】
本発明の正極活物質では、二次電池の耐久性や出力特性をさらに改善するため、上述した金属元素に加えて、添加元素Mを含有してもよい。このような添加元素Mとしては、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、カルシウム(Ca)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)から選択される1種以上を用いることができる。
【0092】
添加元素Mの含有量を示すtの値は、好ましくは0以上0.1以下、より好ましくは0.001以上0.05以下である。tの値が0.1を超えると、Redox反応に寄与する金属元素が減少するため、二次電池の電池容量が低下する。
【0093】
このような添加元素Mは、複合酸化物の粒子内部に分散させてもよく、複合酸化物の粒子表面を被覆させてもよい。さらには、粒子内部に分散させた上で、その表面を被覆させてもよい。いずれにしても、添加元素Mの含有量が上記範囲となるように制御することが必要となる。
【0094】
(4)平均粒径MV
本発明の正極活物質は、平均粒径MVが、3μm以上10μm以下、好ましくは4μm以上9μm以下、より好ましくは4μm以上8μm以下となるように調整される。正極活物質の平均粒径がこのような範囲にあれば、この正極活物質を用いた二次電池の単位体積あたりの電池容量を増加させることができるばかりでなく、安全性や出力特性も改善することができる。これに対して、平均粒径MVが3μm未満では、この正極活物質の充填性が低下し、単位体積あたりの電池容量を増加させることができない。一方、平均粒径MVが10μmを超えると、この正極活物質の反応面積が低下し、非水電解質との界面が減少するため、出力特性を改善することが困難となる。
【0095】
正極活物質の平均粒径MVとは、体積基準平均粒径(Mean Volume Diameter)を意味し、たとえば、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0096】
(5)粒度分布
本発明の正極活物質は、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕が、0.70以下、好ましくは0.60以下、より好ましくは0.55以下であり、きわめて粒度分布が狭い二次粒子により構成される。このような正極活物質は、微細粒子や粗大粒子の割合が少なく、これを用いた二次電池は、安全性、サイクル特性および出力特性が優れたものとなる。
【0097】
これに対して、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕が0.70を超えると、正極活物質中の微細粒子や粗大粒子の割合が増加する。たとえば、微細粒子の割合が多いと、微細粒子の局所的な反応に起因して、二次電池が発熱しやすくなり、安全性が低下するばかりでなく、微細粒子の選択的な劣化により、サイクル特性が劣ったものとなる。また、粗大粒子の割合が多いと、非水電解質と正極活物質の反応面積を十分に確保することができず、出力特性が劣ったものとなる。
【0098】
工業規模の生産を前提とした場合には、正極活物質として、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕が過度に小さいものを用いることは現実的ではない。したがって、コストや生産性を考慮すると、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕の下限値は、0.25程度とすることが好ましい。
【0099】
d10は、それぞれの粒子の体積を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径(全体体積を100%にして粒度分布の累積曲線を求めるとき、この累積曲線が10%となる点の粒径)を、d90は、同様に、それぞれの粒子の体積を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径(全体体積を100%にして粒度分布の累積曲線を求めるとき、この累積曲線が90%となる点の粒径)を意味する。d10およびd90は、平均粒径MVと同様に、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0100】
(6)一次粒子
本発明の正極活物質において、外殻部および凝集部を構成する一次粒子は、平均粒径が0.02μm以上0.5μm以下の大きさで形成される。一次粒子の大きさは、二次粒子を樹脂などに埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工などにより、その断面観察が可能な状態とした後、その断面について、FE-SEMなどのSEMを用いて観察し、二次粒子の断面に存在する10個以上の一次粒子の最大外径(長軸径)を測定し、その平均値を求めることにより得られる。一次粒子の平均粒径が0.02μmを下回ると、脆弱になり十分な電池性能が得られないという問題が生じうる。一方、一次粒子の平均粒径が0.5μmを上回ると、粒子内の固体内拡散距離が長くなり、十分な電池性能が得られないという問題が生じうる。本発明の正極活物質では、個々の一次粒子は、概ね均一な組成を有する。
【0101】
(7)外殻部
二次粒子を構成する外殻部は、一次粒子の凝集体によって構成される。外殻部の厚さは、0.1μm以上1.5μm以下であることが好ましい。外殻部の厚さが0.1μm未満では、二次粒子の強度が十分に担保されない。一方、外殻部の厚さが1.5μmを超えると、内部に適切な大きさの空間部および凝集部が形成されない、二次粒子の内部に非水電解質が十分に浸透しないといった問題を生じうる。外殻部の厚さは、好ましくは0.1μm以上1.2μm以下であり、より好ましくは0.12μm以上1.0μm以下である。
【0102】
(8)タップ密度
携帯電子機器の使用時間や電気自動車の走行距離を伸ばすために、二次電池の高容量化は重要な課題となっている。一方、二次電池の電極の厚さは、電池全体のパッキングや電子伝導性の問題から数μm程度とすることが要求される。このため、正極活物質として高容量のものを使用するばかりでなく、正極活物質の充填性を高め、二次電池全体としての高容量化を図ることが必要となる。
【0103】
このような観点から、本発明の正極活物質では、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有する三元系の組成を有し、かつ、多孔質構造を有していても、充填性(正極活物質を構成する二次粒子の球形性)の指標であるタップ密度が、1.0g/cm3以上であることが好ましく、1.1g/cm3以上1.8g/cm3以下であることがより好ましい。タップ密度が1.0g/cm3未満のときは、BET比表面積を大きくしても、充填性が低く、二次電池全体の電池容量を十分に向上させることができない場合がある。一方、タップ密度の上限値は、特に制限されるものではないが、本発明の組成および粒子構造の場合、通常の製造条件での上限は、1.8g/cm3程度となる。タップ密度は、1.2g/cm3以上であることが好ましく、1.4g/cm3以上であることがより好ましい。
【0104】
タップ密度は、JIS Z-2504に基づき、容器に採取した試料粉末を、100回タッピングした後のかさ密度であり、振とう比重測定器を用いて測定することができる。
【0105】
(9)BET比表面積
本発明の正極活物質は、二次粒子の内部に形成された空間部の存在により比表面積を向上させている点に特徴がある。本発明における正極活物質の比表面積としては、たとえば窒素ガス吸着によるBET法により測定したBET比表面積が用いられる。本発明の正極活物質において、上述の二次粒子の構造が維持される限り、BET比表面積は可能な限り大きいことが好ましい。BET比表面積が大きくなるほど非水電解質との接触面積が大きく、これを用いた二次電池の出力特性を大幅に改善することができるためである。具体的には、本発明の正極活物質のBET比表面積は、2.0m2/g以上5.0m2/g以下であることが好ましい。正極活物質の比表面積が2.0m2/g未満では、この正極活物質を正極材料として二次電池を構成した場合に、非水電解質との反応面積を十分に確保することができず、出力特性を十分に向上させることが困難となる。BET比表面積は、2.5m2/g以上4.5m2/g以下であることがより好ましく、3.0m2/g以上4.0m2/g以下であることがさらに好ましい。
【0106】
(10)空隙率
本発明の正極活物質は、二次粒子の内部に形成された空間部の存在比率の指標となる、二次粒子の断面観察によって測定される空隙率は、10%以上50%以下である。二次粒子の空隙率をこの範囲に制御することにより、より大きい比表面積とより高いタップ密度を両立させて、電解質との接触面積を確保しながら高密度の正極を得ることが可能となる。これにより、高い体積あたりの出力密度を有する二次電池が得られる。二次粒子の空隙率は、15%以上45%であることが好ましく、20%以上40%以下であることがより好ましい。
【0107】
二次粒子の空隙率は、二次粒子の任意断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、画像解析することによって測定できる。具体的には、複数の二次粒子を樹脂などに埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工などにより断面試料を作製し、走査型電子顕微鏡により二次粒子の断面観察が可能な状態とした後、画像解析ソフト(WinRoof 6.1.1など)により、任意の20個以上の二次粒子に対して、二次粒子中の空隙の部分(空間部)を黒で検出し、二次粒子の輪郭内の緻密部を白で検出し、上記20個以上の二次粒子の黒部分および白部分の合計面積を測定し、[黒部分/(黒部分+白部分)]の面積比を計算することで空隙率を算出することができる。被覆後の二次粒子の空隙率は、WおよびLi化合物の微粒子および被膜の存在の影響を受けることはなく、被覆前の二次粒子(母材)の空隙率と同等である。
【0108】
2.リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
本発明の第2の態様は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、すなわち、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が、二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に存在する、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の製造方法に関する。
【0109】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在することを除く、上述した構造を有する多孔質構造で三元系の複合酸化物を母材として用いる。すなわち、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた多孔質構造を有している、三元系の複合酸化物を母材として用いる。
【0110】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、
該複合酸化物の総質量に対して0.1質量%以上5質量%以下の量のタングステン化合物を混合して、混合物を得る、乾式混合工程と、
前記混合物に攪拌を施しながら、該混合物に対して該混合物の総質量に対して1質量%以上30質量%以下の量の水噴霧を行い、該混合物の混合を行う、水噴霧混合工程と、
前記水噴霧混合工程後の前記混合物に、500℃以下の温度で熱処理を施す、熱処理工程と、および、
前記熱処理工程後の前記混合物に500℃以下の温度で乾燥を施して、前記一次粒子の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子が存在する、前記WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を得る乾燥工程と、
を備え、
少なくとも前記乾燥工程において、真空乾燥混合装置を用い、真空雰囲気下で、前記乾燥を行うことを特徴とする。
【0111】
以下、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法について、
図1を参照しつつ、説明する。
【0112】
(1)乾式混合工程
乾式混合工程は、複合酸化物と、タングステン化合物とを乾式混合して、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を分散させる工程である。水噴霧による混合前に、これらの粉末同士を乾式混合することより、複合酸化物中に、タングステン化合物をより均一に分散させることができる。
【0113】
タングステン化合物の添加量は、複合酸化物の総質量に対して0.1質量%以上5質量%以下とすることが好ましい。これにより、複合酸化物の表面に分散させるW量は、その複合酸化物に含まれる、リチウム以外の金属、すなわち、Ni、Mn、Co、および添加元素Mの原子数の合計に対して、0.05原子%以上3.0原子%以下とすることが可能となる。
【0114】
すなわち、タングステン化合物の添加量が、複合酸化物の総質量に対して0.1質量%未満では、最終的に得られる正極活物質において、WおよびLiを含む化合物の微粒子が微細になりすぎたり、被膜が薄くなりすぎたりして、十分なリチウムイオン伝導性を有しない場合や、微粒子や被膜による被覆の形成が不均一になり、反応抵抗の低減効果が十分に得られない場合がある。5質量%を超えると、最終的に得られる正極活物質において、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜による被覆量が厚くなりすぎて、正極活物質のBET比表面積が低下し、電極のバルク抵抗が上がるため、十分な反応抵抗低減効果が得られない場合がある。
【0115】
タングステン化合物の添加量は、複合酸化物の総質量に対して0.2質量%以上4質量%以下であることがより好ましく、0.2質量%以上2質量%以下であることがさらに好ましい。これにより、複合酸化物の表面に分散させるW量を、0.05原子%以上1.0原子%以下、さらには0.05原子%以上0.5原子%以下とすることができる。
【0116】
この範囲でタングステン化合物を添加することにより、正極活物質の一次粒子の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を、より均一に形成させることができ、電解質との界面でLiの伝導パスを形成して、正極活物質の反応抵抗をより低減することが可能となる。
【0117】
タングステン化合物は、タングステン化合物を溶解させたアルカリ溶液(以下、「アルカリ溶液(W)」という。)の形態、あるいはタングステン化合物の形態のいずれでもよい。
【0118】
アルカリ溶液(W)として添加する場合、タングステン化合物は、アルカリ溶液に溶解可能なものであればよく、酸化タングステン、タングステン酸リチウム、タングステン酸アンモニウムなど、アルカリに対して易溶性のタングステン化合物を用いることが好ましい。
【0119】
アルカリ溶液(W)に用いるアルカリとしては、高い充放電容量を得るため、正極活物質にとって有害な不純物を含まない一般的なアルカリ溶液、たとえば、アンモニア、水酸化リチウムを用いることができる。WおよびLiを含む化合物を形成させるのに十分な量のLiを、余剰Liとアルカリ溶液(W)から供給することを可能にさせるため、および、Liのインターカレーションを阻害しない観点から、水酸化リチウムを用いることが好ましい。
【0120】
一方、タングステン化合物の形態で添加する場合、タングステン化合物として、アルカリに対して可溶性のタングステン化合物を用いることが好ましく、リチウムを含むタングステン化合物を用いることがより好ましく、タングステン酸リチウムを用いることがさらに好ましい。タングステン酸リチウムとしては、Li2WO4、Li4WO5、Li6W2O9から選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0121】
いずれの場合でも、タングステン化合物の添加は、正極活物質を構成する粒子の表面上に形成される、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜におけるW量が、本発明の範囲内となるように、その処理条件および添加手段を選択する必要がある。なお、これらの処理条件および添加手段については公知であるため、ここでの詳細な説明は省略する。
【0122】
乾式混合工程を、5m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、5分以上50分以下の時間で行うことが好ましい。乾式混合工程における、攪拌の周速と、工程時間とのいずれかが下限値を下回ると、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に分散させることができない可能性がある。一方、乾式混合工程における、攪拌の周速と、工程時間とのいずれかが上限値を上回ると、正極活物質が粉砕されて、粒径が小さくなりすぎる可能性がある。
【0123】
乾式混合工程における、攪拌の周速は、6m/秒以上25m/秒以下とすることがより好ましい。乾式混合工程の工程時間は、10分以上30分以下とすることがより好ましい。
【0124】
乾式混合工程においては、複合酸化物とタングステン化合物を攪拌しながら混合することが可能な限り、公知の混合装置を用いることができるが、本工程においても、工程の連続性の観点から、後述する真空乾燥混合装置を用いることが好ましい。
【0125】
(2)水噴霧混合工程
水噴霧混合工程は、得られた複合酸化物とタングステン化合物との混合物に、該混合物に攪拌を施しながら、該混合物に対して水噴霧を行い、該混合物を混合する工程である。これにより、水の存在下、複合酸化物の一次粒子の表面に遊離した水酸化リチウムなどの余剰リチウムと酸化タングステンなどのタングステン化合物との中和反応を、より均一に進めることができる。
【0126】
水は、純水を用いることが好ましい。混合物中の水に、複合酸化物中に存在する、未反応のリチウム化合物や結晶中に存在する過剰リチウムなどの余剰リチウムが溶解するとともに、混合した酸化タングステンなどのタングステン化合物が溶解する。
【0127】
噴霧する水の量(総量)は、複合酸化物全体に対して、1質量%以上30質量%以下とすることが好ましく、4質量%以上20質量%以下とすることがより好ましく、5質量%以上15質量%以下とすることがさらに好ましい。噴霧する水の量が1質量%未満であると、水添加による効果が十分に発揮されず、タングステン化合物が残留することがある。一方、噴霧する水の量が30質量%を超えると、水噴霧から乾燥に至るまでに、母材である複合酸化物から水へと溶出するリチウム量(余剰リチウム量)が過多となり、得られる正極活物質中のリチウム含有量が減少し、抵抗の低減効果が十分に得られなくなる場合がある。また、噴霧する水の量が30質量%を超えると、得られた正極活物質中の水分率を下げるために必要とされる乾燥時間が多く必要となり、生産性が低下する可能性がある。また、混合物が凝集し、その粘度が向上して撹拌時の抵抗が上昇して、正極活物質が粉砕されてしまう可能性がある。
【0128】
噴霧する水の状態は、平均粒径300μm以下の霧状態であることが好ましい。霧状態の水を添加する場合、複合酸化物の一次粒子の表面における、余剰リチウムとタングステン化合物との中和反応をより均一に進めることができ、正極活物質を構成する一次粒子の表面に形成されるWおよびLiを含む微粒子の粒径および被膜の平均膜厚を好適な範囲とすることができる。噴霧する水の平均粒径が300μmよりも大きくなると、噴霧により水分が直接供給された二次粒子と、噴霧後の撹拌で水分が供給された二次粒子との間でリチウム溶出量が異なって、反応に不均一性が生じることがある。
【0129】
なお、一次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を形成するためには、水噴霧混合後乾燥前の粉末の水分率を3.0質量%以上10質量%以下とすることが好ましく、3.0質量%以上6.5質量%未満とすることがより好ましい。この水分率を上記範囲に規制することにより、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜を、これらが混在した状態で一次粒子の表面に形成することができる。粉末の水分率が6.5質量%以上となると、一次粒子の表面に、WおよびLiを含む化合物の微粒子よりも被膜がより多く形成される傾向となり、10質量%を超えると、WおよびLiを含む化合物の微粒子の粗大化や被膜の厚膜化が起こる場合がある。
【0130】
水噴霧混合後乾燥前の粉末の水分率は、水噴霧混合後乾燥前の粉末の質量と、それを180℃で3時間乾燥させた後の粉末の質量から式:「水分率=(水噴霧混合後乾燥前の粉末の質量-乾燥後の粉末の質量)/(水噴霧混合後乾燥前の粉末の質量)」により求められる。
【0131】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、水噴霧混合工程において、真空乾燥混合装置を用い、4m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、混合物1gあたり0.01ml/分以上0.1ml/分以下の水噴霧速度で水噴霧を行い、水噴霧の後において、前記攪拌を4m/秒以上30m/秒以下の周速で行いつつ、5分以上120分以下の時間で混合を継続することが好ましい。
【0132】
水噴霧混合工程においては、噴霧時間を短くするために、複数のノズルを用いて水噴霧を行うこともできる。この場合、すべてのノズルの合計で水噴霧速度が0.01ml/分以上0.1ml/分以下となるように、それぞれのノズルの水噴霧速度を設定する。ノズル1本あたりの水噴霧速度を0.005ml/分以上0.05ml/分以下とすることが好ましい。
【0133】
このような処理を行うことで、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に存在させることが可能となり、かつ、水分率の規制も適切に行うことが可能となり、より微細かつより均一に分散したWおよびLiを含む化合物の微粒子およびより適切な厚さかつより均一に形成されたWおよびLiを含む化合物の被膜による被覆が形成される。
【0134】
水噴霧混合工程、特に、水噴霧後の水を伴った混合物の混合を継続する工程における、攪拌の周速と、水噴霧速度とのいずれかが下限値を下回ると、WおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径が5nm以上400nm以下となる程度まで、あるいは、WおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚が1nm以上200nm以下となる程度まで、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に分散させることができない、あるいは、リチウムとの反応が不十分となって、酸化タングステンなどのタングステン化合物が大量に残存する可能性がある。一方、水噴霧混合工程における、攪拌の周速と、水噴霧速度とのいずれかが上限値を上回ると、正極活物質が粉砕され、かつ、水が均一に混合物に到達しないため、反応に偏りが生じて、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜の偏析が生ずる可能性がある。
【0135】
水噴霧混合工程において、水噴霧における攪拌の周速は、6m/秒以上24m/秒以下とすることが好ましく、6m/秒以上20m/秒以下とすることがより好ましい。
【0136】
水噴霧速度は、0.015ml/分以上0.07ml/分以下とすることが好ましく、0.02ml/分以上0.06ml/分以下とすることがより好ましい。複数のノズルを用いて水噴霧を行う際の水噴霧速度は、すべてのノズルの合計で、0.01ml/分以上0.08ml/分以下とすることが好ましく、0.015ml/分以上0.07ml/分とすることがより好ましい。それぞれのノズルの水噴霧速度は、0.007ml/分以上0.03ml/分以下とすることが好ましい。
【0137】
水噴霧を行う工程時間は、噴霧する水の量と水噴霧速度により規定されるが、5分以上30分以下とすることが好ましく、10分以上25分以下とすることがより好ましい。
【0138】
また、その後に継続する混合における攪拌の周速は、6m/秒以上25m/秒以下とすることが好ましく、6m/秒以上20m/秒以下とすることがより好ましい。この混合を継続する工程時間は、5分以上90分以下であることがより好ましく、10分以上45分以下であることがさらに好ましい。
【0139】
水噴霧混合工程においても、複合水酸化物とタングステン化合物を攪拌しながら、水噴霧および混合を行うことが可能な限り、公知の混合装置を用いることができるが、本工程においても、工程の連続性の観点から、後述する真空乾燥混合装置を用いることが好ましい。
【0140】
(3)熱処理工程
熱処理工程は、後述する減圧乾燥前において、複合酸化物と、タングステン化合物と、水とを混合して得られた混合物に対して、500℃以下の温度で熱処理を施す工程である。熱処理工程においては、大気雰囲気下、4m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、40℃以上200℃以下の温度で、15分以上120分以下の時間で熱処理を行うことが好ましい。このような処理を行うことで、槽内の水を蒸発させてから減圧乾燥を行うことができるので、より効率的に正極活物質中の水を除去することができる。
【0141】
熱処理時における攪拌の周速は、6m/秒以上25m/秒以下であることがより好ましい。熱処理温度は、80℃以上120℃以下であることがより好ましい。熱処理を行う工程時間は、30分以上90分以下であることがより好ましい。
【0142】
熱処理工程では、公知の熱処理装置を用いることもできるが、処理効率の観点から、乾燥工程で用いる真空乾燥混合装置を用いることが好ましい。
【0143】
(4)乾燥工程
乾燥工程は、複合酸化物と、タングステン化合物と、水とを混合して得られた混合物を乾燥して、WおよびLiを含む化合物被覆複合酸化物からなる正極活物質を得るための工程である。WおよびLiを含む化合物被覆複合酸化物は、基本的には、水の存在下、酸化タングステンなどのタングステン化合物と、母材の複合酸化物中の余剰リチウムとが反応して形成された、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物からなる。
【0144】
具体的には、乾燥工程では、前記混合物を500℃以下の温度で熱処理して、該混合物を乾燥させ、前記一次粒子の表面にWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在する、前記WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を得る。
【0145】
乾燥工程の温度は、水分率が十分に低減されれば、特に限定されないが、500℃以下の温度で乾燥させることが好ましい。乾燥温度が500℃を超えると、一次粒子の内部からさらにリチウムが遊離するため、十分なスラリー安定性が得られない。乾燥温度の下限は、特に限定されないが、効率の観点から、70℃以上であることが好ましい。より好ましい乾燥工程の温度は、70℃以上200℃以下の温度である。
【0146】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、真空乾燥混合装置を用いて、真空雰囲気下で乾燥を行うことを特徴とする。真空雰囲気下で、4m/秒以上30m/秒以下の周速で攪拌しながら、70℃以上200℃以下の温度で、60分以上300分以下の時間で減圧乾燥を行うことが好ましい。
【0147】
このような処理を行うことで、複合酸化物の二次粒子を構成する一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に反応させることが可能となり、かつ、減圧乾燥中における攪拌によって生ずる、正極活物質を構成する二次粒子間の摩擦により、WおよびLiを含む化合物の微粒子がより微細かつより均一に分散し、かつ、WおよびLiを含む化合物の被膜が薄く均一に形成された、WおよびLiを含む化合物被覆複合酸化物が形成される。
【0148】
減圧乾燥時における、攪拌の周速と、処理温度と、工程時間とのいずれかが下限値を下回ると、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に反応させることができない可能性がある。また、減圧乾燥中に攪拌混合を行わないと、正極活物質に付着している水の蒸発具合にばらつきが生じて、水が蒸発しにくい部分にWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜の偏析が発生しやすく、局所的にWおよびLiを含む化合物の微粒子の粒子径が肥大化したり、WおよびLiを含む化合物の被膜の平均膜厚が厚くなりすぎたりする可能性がある。
【0149】
一方、乾燥工程における、攪拌の周速と、処理温度と、工程時間とのいずれかが上限値を上回ると、正極活物質を構成する二次粒子が粉砕されて、粒子径の小さい粒子の発生により、正極活物質の粒度分布が悪化する可能性がある。
【0150】
減圧乾燥時における、攪拌の周速は、6m/秒以上25m/秒以下であることがより好ましく、6m/秒以上20m/秒以下であることがさらに好ましい。
【0151】
減圧乾燥時における、処理温度は、75℃以上180℃以下の範囲にあることが好ましく、80℃以上160℃以下であることがより好ましい。
【0152】
減圧乾燥時の工程時間は、80分以上200分以下であることがより好ましく、90分以上150分以下であることがさらに好ましい。
【0153】
また、減圧乾燥時における真空雰囲気の圧力は0.5MPa以下、好ましくは0.1MPa以下、より好ましくは0.05MPa以下である。減圧乾燥時の圧力が0.5MPaよりも高いと、上記の範囲の工程時間において、混合物の水分率が十分に下がらないおそれがある。
【0154】
(5)冷却工程
乾燥工程における減圧乾燥の後、真空乾燥混合装置を用いて、真空雰囲気下で、1m/秒以上20m/秒以下の周速で攪拌しながら、60分以上240分以下の時間で混合物を25℃まで冷却する減圧冷却を行うことが好ましい。このような処理を行うことで、混合物の水分率を最小限に抑えることが可能となる。
【0155】
真空雰囲気下での減圧冷却時の周速は、2m/秒以上15m/秒以下であることがより好ましい。この減圧冷却を行う工程時間は、90分以上150分以下であることがより好ましい。
【0156】
(6)真空乾燥混合装置
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、混合物を混合するための装置として、真空乾燥混合装置を用いることが好ましい。
【0157】
真空乾燥混合装置は、装置内において、複合酸化物とタングステン化合物を混合でき、水噴霧が可能であって、かつ、0.1MPa以下の真空雰囲気下まで減圧可能な装置であれば、任意の装置を適用することが可能である。
【0158】
このような真空乾燥装置としては、ヘンシェルミキサー、バキュームミキシングドライヤー、振動乾燥機などを挙げることができる。
【0159】
本発明では、母材である、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜が存在することを除く、上述した構造を有する多孔質構造で三元系の複合酸化物を母材として用いる。すなわち、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた多孔質構造を有している、三元系の複合酸化物が、適度な強度を有しつつ、その硬度が真空乾燥混合装置の使用に対して過度ではないため、水噴霧混合工程、熱処理工程、および乾燥工程において、連続して真空乾燥混合装置を適用することが可能である。真空乾燥混合装置を、乾式混合工程、水噴霧混合工程、熱処理工程、乾燥工程、および冷却工程のすべてにおいて連続的に使用することも可能である。
【0160】
このように真空乾燥混合装置を用いることで、混合物の水噴霧混合および乾燥をいずれも混合しつつ連続的に行うことで、混合物の攪拌が十分になされるため、複合酸化物の一次粒子の表面にタングステン化合物を十分かつ均一に反応させることが可能となり、かつ、水分率の規制も適切に行うことが可能となり、より微細かつより均一に分散したWおよびLiを含む化合物の微粒子およびより均一に形成されたWおよびLiを含む化合物の被膜による被覆を形成することが可能となる。また、真空乾燥混合装置を用いて、混合物の混合を同じ条件で行うことにより、ロット毎の製品の品質のばらつきを抑えることができる。さらに、真空乾燥混合装置を用いることにより、水を噴霧中に、機械による混合が可能となるため、混合効率が向上し、タングステン化合物を均一に反応させることが可能となる。また、真空乾燥混合装置は、混合機と乾燥機が一体化した装置であり、乾燥中に混合することが可能な装置である。
【0161】
本発明では、この2つの特長を活かして、高い分散状態にあるWおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜により被覆された、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物を得ることが可能となっている。これにより、従来の製造方法における、乾燥中において攪拌がなされなかったことに起因して低かった、被覆後におけるWおよびLiを含む化合物の微粒子の分散性、および、WおよびLiを含む化合物の被膜の均一性について、飛躍的な改善が図られている。
【0162】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、冷却工程の後で、最終的に得られた粉末を篩別することにより、WおよびLiを含む化合物の微粒子および被膜により表面が被覆された、WおよびLiを含む化合物被覆リチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物からなる正極活物質が、最終的に得られる。
【0163】
(7)WおよびLiを含む化合物被覆の前後による二次粒子の平均粒径MVの差
本発明の製造方法を適用することにより、WおよびLiを含む化合物被覆前の複合酸化物を構成する二次粒子の平均粒径MVに対する、WおよびLiを含む化合物被覆後の正極活物質を構成する二次粒子の平均粒径MVの比率は、90%以上となる。この比率は、95%以上であることが好ましい。
【0164】
本発明においては、母材にWおよびLiを含む化合物被覆を形成する際に、母材の二次粒子の強度が高いため、真空乾燥混合装置を用いた、乾式混合工程、水噴霧混合工程、および、乾燥工程において、母材の二次粒子がほとんど粉砕されることがない。このため、母材の二次粒子の平均粒径MV、二次粒子の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕、および、タップ密度は、母材の特性を概ね引き継ぎ、特に、平均粒径MVが低下することが抑制される。
【0165】
(8)母材であるリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の製造方法
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法では、母材として、多孔質構造で三元系の複合酸化物、すなわち、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、該二次粒子は、前記凝集した一次粒子により形成された外殻部と、該外殻部の内側に存在し、前記凝集した一次粒子により形成され、かつ、前記外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、該凝集部の中に分散して存在する空間部とを備えた多孔質構造を有している、三元系の複合酸化物を用いる点に特徴があるが、この複合酸化物の製造方法について限定されることはない。
【0166】
ただし、このような多孔質構造の複合酸化物の製造方法について、以下、簡潔に説明する。
【0167】
(8-1)ニッケルマンガンコバルト含有複合水酸化物の製造方法
このような多孔質構造の複合酸化物の粒子構造は、前駆体であるニッケルマンガンコバルト含有複合水酸化物(以下、「複合水酸化物」という)の粒子構造を引き継ぐ。この粒子構造を有する複合水酸化物は、以下のような晶析反応により製造することが好ましい。
【0168】
(a)晶析反応
複合水酸化物は、反応槽内に、少なくとも遷移金属を含有する原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液を供給することで反応水溶液を形成し、晶析反応によって、得られる。
【0169】
晶析反応を行う工程は、前記反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を12.0以上14.0以下に制御することにより、核生成を行う核生成工程と、該核生成工程で得られた核を含む反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を、前記核生成工程のpH値よりも低く、かつ、10.5以上12.0以下に制御することにより、前記核を成長させる、粒子成長工程とを備える。
【0170】
そして、(1)前記核生成工程および前記粒子成長工程の第1段階(初期段階)における反応雰囲気を酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気に調整し、(2)前記粒子成長工程の第1段階の後に、前記反応雰囲気を、前記非酸化性雰囲気から酸素の濃度が2容量%を超えて5容量%以下の酸化性雰囲気に切り替えて、前記粒子成長工程の第2段階とし、(3)次に、前記反応雰囲気を、前記酸化性雰囲気から前記非酸化性雰囲気に切り替えて、前記粒子成長工程の第3段階とし、(4)さらに、前記反応雰囲気を、前記非酸化性雰囲気から前記酸化性雰囲気に切り替えて、前記粒子成長工程の第4段階とし、(5)最後に、前記反応雰囲気を、前記酸化性雰囲気から前記非酸化性雰囲気に切り替えて、前記粒子成長工程の第5段階とする。
【0171】
反応雰囲気の切り替えを、粒子成長工程において添加される全金属量に対しそれぞれの段階で添加される金属量の割合で定義される、粒子成長工程全体に対するそれぞれの段階における晶析反応の割合については、第1段階を8%以上20%以下とし、第2段階を2%以上20%以下とし、第3段階を12%以上40%以下とし、第4段階を3%以上40%以下とし、第5段階を10%以上50%以下とすることが好ましい。
【0172】
[核生成工程]
核生成工程では、はじめに、この工程における原料となる遷移金属の化合物を水に溶解し、原料水溶液を調製する。同時に、反応槽内に、アルカリ水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液を供給および混合して、液温25℃基準で測定するpH値が12.0以上14.0以下、アンモニウムイオン濃度が3g/L以上25g/L以下である反応前水溶液を調製する。なお、反応前水溶液のpH値はpH計により、アンモニウムイオン濃度はイオンメータにより測定することができる。
【0173】
次に、この反応前水溶液を撹拌しながら、原料水溶液を供給する。これにより、反応槽内には、核生成工程における反応水溶液である核生成用水溶液が形成される。この核生成用水溶液のpH値は上述した範囲にあるので、核生成工程では、核はほとんど成長することなく、核生成が優先的に起こる。なお、核生成工程では、核生成に伴い、核生成用水溶液のpH値およびアンモニウムイオンの濃度は変化するので、アルカリ水溶液およびアンモニア水溶液を適時供給し、反応槽内液のpH値を液温25℃基準でpH12.0以上14.0以下に、アンモニウムイオンの濃度を3g/L以上25g/L以下に維持することが必要となる。
【0174】
核生成工程においては、反応槽内に不活性ガスを流通させ、反応雰囲気を酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気に調整することが必要となる。反応雰囲気の調整は、通常、原料水溶液の供給を開始する前に行うことが好ましい。これにより、この複合水酸化物を前駆体とする正極活物質の内部に凝集部が十分に形成され、空間部を形成することによる粒子密度の低下を抑制することが可能となる。
【0175】
核生成工程では、核生成用水溶液に、原料水溶液、アルカリ水溶液、およびアンモニウムイオン供給体を含む水溶液を供給することにより、連続して新しい核の生成が継続される。そして、核生成用水溶液中に、所定量の核が生成した時点で、核生成工程を終了する。
【0176】
この際、核の生成量は、核生成用水溶液に供給した原料水溶液に含まれる金属化合物の量から判断することができる。核生成工程における核の生成量は、特に制限されるものではないが、粒度分布の狭い複合水酸化物の二次粒子を得るためには、核生成工程および粒子成長工程を通じて供給する原料水溶液に含まれる金属化合物中の金属元素に対して、0.1原子%以上2原子%以下とすることが好ましく、0.1原子%以上1.5原子%以下とすることがより好ましい。なお、核生成工程における反応時間は、通常0.2分以上5分以下である。
【0177】
[粒子成長工程]
核生成工程終了後、反応槽内の核生成用水溶液のpH値を、液温25℃基準で10.5以上12.0以下に調整し、粒子成長工程における反応水溶液である粒子成長用水溶液を形成する。pH値は、アルカリ水溶液の供給を停止することでも調整可能であるが、粒度分布の狭い複合水酸化物の二次粒子を得るためには、一旦、すべての水溶液の供給を停止してpH値を調整することが好ましい。具体的には、すべての水溶液の供給を停止した後、核生成用水溶液に、原料となる金属化合物を構成する酸と同種の無機酸を供給することにより、pH値を調整することが好ましい。
【0178】
次に、この粒子成長用水溶液を撹拌しながら、原料水溶液の供給を再開する。この際、粒子成長用水溶液のpH値は上述した範囲にあるため、新たな核はほとんど生成せず、核(粒子)成長が進行し、所定の粒径を有する複合水酸化物の二次粒子が形成される。なお、粒子成長工程においても、粒子成長に伴い、粒子成長用水溶液のpH値およびアンモニウムイオン濃度は変化するので、アルカリ水溶液およびアンモニア水溶液を適時供給し、pH値およびアンモニウムイオン濃度を上記範囲に維持することが必要となる。
【0179】
特に、本発明の複合水酸化物の製造方法においては、粒子成長工程の途中で、原料水溶液の供給を継続しながら、雰囲気ガスを導入することにより、反応雰囲気を、非酸化性雰囲気から酸素の濃度が2容量%を超えて5容量%以下の酸化性雰囲気に切り替えたり、この酸化性雰囲気から酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気に切り替えたりする操作を行う。
【0180】
粒子成長工程においては、散気管を用いて、反応槽内の反応水溶液に不活性ガスおよび/または酸化性ガスを流通させて、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気への切り替え、あるいは、非酸化性雰囲気から酸化性雰囲気への切り替えを速やかに行うことが好ましい。不活性ガスおよび/または酸化性ガスの反応槽内の反応水溶液への供給方法は、反応水溶液と接する反応槽内の空間への供給も可能であるが、散気管を用いて、不活性ガスおよび/または酸化性ガスを反応水溶液中に直接供給する方法を採ることが好ましい。これにより、雰囲気の切り替え時間を短縮することができ、中心部の大きさ、第1の低密度層、高密度層、第2の低密度層、および外殻層の厚さを適切に設定することが可能となる。
【0181】
このような複合水酸化物の製造方法では、核生成工程および粒子成長工程において、金属イオンは、核または一次粒子となって析出する。このため、核生成用水溶液および粒子成長用水溶液中の金属成分に対する液体成分の割合が増加する。この結果、見かけ上、原料水溶液の濃度が低下し、特に、粒子成長工程においては、複合水酸化物の二次粒子の成長が停滞する可能性がある。したがって、液体成分の増加を抑制するため、核生成工程終了後から粒子成長工程の途中で、粒子成長用水溶液の液体成分の一部を反応槽外に排出することが好ましい。具体的には、原料水溶液、アルカリ水溶液およびアンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給および攪拌を一旦停止し、粒子成長用水溶液中の核や複合水酸化物を沈降させて、粒子成長用水溶液の上澄み液を排出することが好ましい。このような操作により、粒子成長用水溶液における混合水溶液の相対的な濃度を高めることができるため、粒子成長の停滞を防止し、得られる複合水酸物の二次粒子の粒度分布を好適な範囲に制御することができるばかりでなく、二次粒子全体としての密度も向上させることができる。
【0182】
[複合水酸化物の二次粒子の粒径制御]
複合水酸化物の二次粒子の粒径は、粒子成長工程や核生成工程の時間、核生成用水溶液や粒子成長用水溶液のpH値や、原料水溶液の供給量により制御することができる。たとえば、核生成工程を高いpH値で行うことにより、または、粒子生成工程の時間を長くすることにより、供給する原料水溶液に含まれる金属化合物の量を増やし、核の生成量を増加させ、得られる複合水酸化物の二次粒子の粒径を小さくすることができる。反対に、核生成工程における核の生成量を抑制することで、得られる複合水酸化物の二次粒子の粒径を大きくすることができる。
【0183】
[晶析反応の別実施態様]
本発明の複合水酸化物の製造方法では、核生成用水溶液とは別に、粒子成長工程に適したpH値およびアンモニウムイオン濃度に調整された成分調整用水溶液を用意し、この成分調整用水溶液に、核生成工程後の核生成用水溶液、好ましくは核生成工程後の核生成用水溶液から液体成分の一部を除去したものを添加および混合して、これを粒子成長用水溶液として、粒子成長工程を行ってもよい。
【0184】
この場合、核生成工程と粒子成長工程の分離をより確実に行うことができるため、それぞれの工程における反応水溶液を、最適な状態に制御することができる。特に、粒子成長工程の開始時から粒子成長用水溶液のpH値を最適な範囲に制御することができるため、得られる複合水酸化物の二次粒子の粒度分布をより狭いものとすることができる。
【0185】
(8-2)供給水溶液
a)原料水溶液
本発明においては、原料水溶液中に含まれる金属元素の比率が、概ね、得られる複合水酸化物の組成比となる。
【0186】
原料水溶液を調製するための、遷移金属の化合物は、特に制限されることはないが、取扱いの容易性から、水溶性の硝酸塩、硫酸塩、および塩化物などを用いることが好ましく、コストやハロゲンの混入を防止する観点から、硫酸塩を好適に用いることが特に好ましい。
【0187】
また、複合水酸化物中に添加元素M(Mは、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)を含有させる場合には、添加元素Mを供給するための化合物としては、同様に水溶性の化合物が好ましく、たとえば、硫酸マグネシウム、硫酸アルミニウム、ケイ酸ナトリウム、硫酸カルシウム、硫酸チタン、ペルオキソチタン酸アンモニウム、シュウ酸チタンカリウム、硫酸バナジウム、バナジン酸アンモニウム、硫酸クロム、クロム酸カリウム、硫酸ジルコニウム、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、硫酸ハフニウム、タンタル酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウムなどを好適に用いることができる。
【0188】
原料水溶液の濃度は、金属化合物の合計で、好ましくは1mol/L以上2.6mol/L以下、より好ましくは1.5mol/L以上2.2mol/L以下とする。
【0189】
また、原料水溶液の供給量は、粒子成長工程の終了時点において、粒子成長用水溶液中の生成物の濃度が、好ましくは30g/L以上200g/L以下、より好ましくは80g/L以上150g/L以下となるようにする。
【0190】
b)アルカリ水溶液
反応水溶液中のpH値を調整するアルカリ水溶液は、特に制限されることはなく、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの一般的なアルカリ金属水酸化物水溶液を用いることができる。なお、アルカリ金属水酸化物を、直接、反応水溶液に添加することもできるが、pH制御の容易さから、水溶液として添加することが好ましい。この場合、アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度を、好ましくは20質量%以上50質量%以下、より好ましくは20質量%以上30質量%以下とする。
【0191】
アルカリ水溶液の供給方法は、反応水溶液のpH値が局所的に高くならず、かつ、所定の範囲に維持される限り、特に制限されることはない。たとえば、反応水溶液を十分に撹拌しながら、定量ポンプなどの流量制御が可能なポンプにより供給すればよい。
【0192】
c)アンモニウム供給体を含む水溶液
アンモニウムイオン供給体を含む水溶液も、特に制限されることはなく、たとえば、アンモニア水、または、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、もしくは、フッ化アンモニウムなどの水溶液を使用することができる。
【0193】
アンモニウムイオン供給体として、アンモニア水を使用する場合には、その濃度は、好ましくは20質量%以上30質量%以下、より好ましくは22質量%以上28質量%以下とする。アンモニア水の濃度をこのような範囲に規制することにより、揮発などによるアンモニアの損失を最小限に抑制することができるため、生産効率の向上を図ることが可能となる。
【0194】
なお、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給方法も、アルカリ水溶液と同様に、流量制御が可能なポンプにより供給することができる。
【0195】
[pH値]
本発明の複合水酸化物の製造方法においては、反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を、核生成工程においては12.0以上14.0以下に、粒子成長工程においては10.5以上12.0以下に制御することが必要となる。なお、いずれの工程においても、晶析反応中のpH値の変動幅は、±0.2以内に制御することが好ましい。pH値の変動幅が大きい場合には、核生成量と粒子成長の割合が一定とならず、粒度分布の狭い複合水酸化物の二次粒子を得ることが困難となる。なお、反応水溶液のpH値はpH計により測定することができる。
【0196】
[反応雰囲気]
a)非酸化性雰囲気
本発明の製造方法においては、複合水酸化物の二次粒子の中心部、高密度層、および外殻層を形成する段階における反応雰囲気は、非酸化性雰囲気である。具体的には、不活性ガスなどの非酸化性ガスを導入することにより、反応雰囲気中における酸素濃度が、2容量%以下、好ましくは1容量%以下である非酸化性雰囲気となるように、酸素と不活性ガスの混合雰囲気に制御する。
【0197】
b)酸化性雰囲気
一方、複合水酸化物の二次粒子の第1の低密度層および第2の低密度層を形成する段階では、反応雰囲気を、酸化性雰囲気に制御する。具体的には、反応雰囲気中における酸素濃度が、2容量%を超えて5容量%以下となるように、好ましくは3容量%以上となるように制御する。反応雰囲気中の酸素濃度をこのような範囲に制御することにより、粒子成長が抑制され、微細一次粒子の平均粒径が0.02μm以上0.3μm以下となるため、中心部、高密度層、および外殻層と十分な密度差を有する第1の低密度層および第2の低密度層を形成することができる。反応雰囲気中における酸素濃度が、5容量%を超えると、少なくともニッケル、マンガン、およびコバルトを含有する組成の三元系の複合水酸化物では、微細一次粒子の平均粒径が0.02μm未満となって、高密度層および外殻層に吸収される微細一次粒子の総量が不十分となって、このような複合水酸化物を前駆体として得られたリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物において、その粒子強度の向上が十分に図られない。一方、反応雰囲気中における酸素濃度が2容量%以下であると、微細一次粒子の平均粒径が0.3μmを超えてしまい、中心部、高密度層、および外殻層を構成する板状一次粒子と、第1の低密度層および第2の低密度層を構成する微細一次粒子との間でその粒径の差が小さくなりすぎて、低密度層の収縮による、空間部の形成が不十分となるおそれがある。
【0198】
同様の理由により、非酸化性雰囲気と酸化性雰囲気における酸素の濃度の差は、1.0容量%以上であることが好ましく、2.0容量%以上あることがより好ましい。
【0199】
c)反応雰囲気の切り替え
粒子成長段階の第1段階(初期段階)における非酸化性雰囲気による晶析反応は、粒子成長工程時間の全体に対して、好ましくは8%以上20%以下、より好ましくは10%以上18%以下とする。
【0200】
第2段階における酸化性雰囲気による晶析反応(非酸化性雰囲気から酸化性雰囲気への切り替え時間を含む)は、粒子成長工程時間の全体に対して、好ましくは2%以上20%以下、より好ましくは3%以上15%以下とする。ただし、第2段階と第4段階の酸化性雰囲気での晶析反応全体の割合が好ましくは4%以上45%以下、より好ましくは5%以上35%以下の範囲から外れないようにする。
【0201】
第3段階における非酸化性雰囲気による晶析反応(酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気への切り替え時間を含む)は、粒子成長工程時間の全体に対して、好ましくは12%以上40%以下、より好ましくは14%以上34%以下として、2回目の前記酸化性雰囲気への切り替えを、前記粒子成長工程の開始から該粒子成長工程の全体に対して3%以上40%以下、好ましくは4%以上25%以下で行う。
【0202】
第4段階における酸化性雰囲気による晶析反応(非酸化性雰囲気から酸化性雰囲気への切り替え時間を含む)は、第2段階の晶析反応の割合の好ましくは1.2倍以上2.5倍以下、より好ましくは1.5倍以上2.0倍以下であって、粒子成長工程時間の全体に対して、好ましくは3%以上40%以下、より好ましくは4%以上25%以下とする。
【0203】
第5段階における非酸化性雰囲気による晶析反応(酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気への切り替え時間を含む)は、粒子成長工程時間の全体に対して、好ましくは10%以上50%以下、より好ましくは25%以上45%以下として、十分な外殻部の骨格を形成することが好ましい。所定時間の経過後、最終的に晶析反応を終了させる。
【0204】
なお、それぞれの段階における晶析反応の割合というのは、粒子成長工程において添加される全金属量に対する、それぞれの段階で添加される金属量の割合で定義される。実際の操業においては、これらは、原料水溶液を一定に供給して、添加される金属量を一定にすることで、粒子成長工程全体の時間に対して、それぞれの晶析反応時間が所定の割合となるように制御することができる。
【0205】
このような晶析反応により、
複数の板状一次粒子および該板状一次粒子よりも小さな微細一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなり、
前記二次粒子は、主として前記板状一次粒子が凝集して形成された中心部と、該中心部の外側に、主として前記微細一次粒子が凝集して形成された第1の低密度層と、第1の低密度層の外側に、主として前記板状一次粒子が凝集して形成された高密度層と、該高密度層の外側に、主として前記微細一次粒子が凝集して形成された第2の低密度層と、第2の低密度層の外側に、主として前記板状一次粒子が凝集して形成された外殻層とを備え、および、
タップ密度が、0.95g/cm3以上であり、
前記二次粒子の平均粒径MVが、3μm以上12μm以下であり、かつ、前記二次粒子の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕が、0.65以下である、
複合水酸化物が得られる。
【0206】
(9)母材であるリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物の製造方法
母材である複合酸化物は、前記複合水酸化物とリチウム化合物を混合して、リチウム混合物を形成する混合工程と、前記混合工程で形成された前記リチウム混合物を、酸化性雰囲気中、650℃以上920℃以下の温度で焼成する焼成工程により得られる。
【0207】
(9-1)熱処理工程
任意的な工程であり、リチウム化合物との混合の前に複合水酸化物を熱処理粒子(余剰水分を除去された複合水酸化物、および/または、酸化物に転換された複合酸化物)とする。
【0208】
熱処理温度は、105℃以上750℃以下であり、これにより、熱処理粒子に焼成工程後まで残留する水分を一定量まで減少させることができ、得られる母材である複合酸化物の組成のばらつきを抑制することができる。
【0209】
熱処理時間は、特に制限されないが、複合水酸化物中の余剰水分を十分に除去する観点から、少なくとも1時間とすることが好ましく、5時間以上15時間以下とすることがより好ましい。
【0210】
(9-2)混合工程
混合工程は、複合水酸化物または熱処理粒子に、リチウム化合物を混合して、リチウム混合物を得る工程である。
【0211】
混合工程では、リチウム混合物中のリチウム以外の金属原子、具体的には、ニッケルマンガンコバルトおよび添加元素Mとの原子数の和(Me)と、リチウムの原子数(Li)との比(Li/Me)が、0.95以上1.5以下、好ましくは1.0以上1.5以下、より好ましくは1.0以上1.35以下、さらに好ましくは1.0以上1.2以下となるように、複合水酸化物または熱処理粒子とリチウム化合物を混合する。
【0212】
混合工程で使用するリチウム化合物は、特に制限されることはないが、入手の容易性から、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、またはこれらの混合物を用いることが好ましい。特に、取り扱いの容易さや品質の安定性を考慮すると、水酸化リチウムまたは炭酸リチウムを用いることが好ましい。
【0213】
複合水酸化物または熱処理粒子とリチウム化合物は、微粉が生じない程度に十分に混合することが好ましい。混合が不十分であると、個々の粒子間でLi/Meにばらつきが生じ、十分な電池特性を得ることができない場合がある。なお、混合には、一般的な混合機を使用することができる。たとえば、シェーカーミキサー、レーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダーなどを用いることができる。
【0214】
(9-3)仮焼工程
リチウム化合物として、水酸化リチウムや炭酸リチウムを使用する場合には、混合工程後、焼成工程の前に、リチウム混合物を、後述する焼成温度よりも低温、かつ、350℃以上800℃以下、好ましくは450℃以上780℃以下で仮焼する仮焼工程を行ってもよい。これにより、複合水酸化物または熱処理粒子中に、リチウムを十分に拡散させることができ、より均一なリチウム複合酸化物を得ることができる。
【0215】
上記温度での保持時間は、1時間以上10時間以下とすることが好ましく、3時間以上6時間以下とすることがより好ましい。また、仮焼工程における雰囲気は、後述する焼成工程と同様に、酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が18容量%以上100容量%以下の雰囲気とすることがより好ましい。
【0216】
(9-4)焼成工程
焼成工程は、混合工程で得られたリチウム混合物を所定条件の下で焼成し、複合水酸化物または熱処理粒子中にリチウムを拡散させて、リチウム複合酸化物を得る工程である。
【0217】
この焼成工程において、複合水酸化物および熱処理粒子の中心部、高密度層、および高密度層を構成する板状一次粒子は、微細一次粒子を吸収しつつ、焼結収縮し、焼結後の一次粒子が、正極活物質における外殻部および凝集部を形成する。なお微細一次粒子は、板状一次粒子よりも低温域から焼結し始め、かつ、板状一次粒子よりも収縮量が大きいため、第1の低密度層および第2の低密度層は、焼結の進行が遅い中心部、高密度層、および外殻層に吸収され、適度な大きさの空間部が気孔として形成される。この際、板状一次粒子同士は隣接する板状一次粒子との連結を維持したまま、焼結収縮するため、得られる正極活物質においては、外殻部と凝集部との間で電気的に導通し、かつ、その経路の断面積を十分に確保することができる。この結果、正極活物質の内部抵抗が大幅に減少し、二次電池を構成した場合に、電池容量やサイクル特性を損ねることなく、出力特性を改善することが可能となる。
【0218】
このような複合酸化物の粒子構造は、基本的に、前駆体である複合水酸化物の粒子構造に応じて定まるものであるが、その組成や焼成条件などの影響を受けることがあるため、予備試験を行った上で、所望の構造となるように、それぞれの条件を適宜調整することが好ましい。
【0219】
なお、焼成工程に用いられる炉は、特に制限されないが、バッチ式あるいは連続式の電気炉を用いることが好ましい。熱処理工程および仮焼工程に用いる炉についても同様である。
【0220】
a)焼成温度
リチウム混合物の焼成温度は、650℃以上920℃以下とすることが必要となる。焼成温度が650℃未満では、複合水酸化物または熱処理粒子中にリチウムが十分に拡散せず、余剰のリチウムや未反応の複合水酸化物または熱処理粒子が残存したり、得られる正極活物質の結晶性が不十分なものとなったりする。一方、焼成温度が920℃を超えると、正極活物質の二次粒子中の気孔が潰れてしまう可能性があり、また、正極活物質の二次流粒子間が激しく焼結し、異常粒成長が引き起こされ、不定形な粗大粒子の割合が増加することとなる。二次粒子を構成する凝集部および空間部をそれぞれ適切な大きさの範囲内に制御する観点からは、リチウム混合物の焼成温度を700℃以上920℃以下とすることが好ましく、750℃以上900℃以下とすることがより好ましい。
【0221】
また、焼成工程における昇温速度は、1.5℃/分以上10℃/分以下とすることが好ましく、5℃/分以上10℃/分以下とすることがより好ましい。さらに、焼成工程中、リチウム化合物の融点付近の温度に、好ましくは1時間以上5時間以下、より好ましくは2時間以上5時間以下の時間、保持することがより好ましい。
【0222】
b)焼成時間
焼成時間のうち、上述した焼成温度での保持時間は、少なくとも2時間とすることが好ましく、4時間以上24時間以下とすることがより好ましい。焼成温度における保持時間が2時間未満では、複合水酸化物または熱処理粒子中にリチウムが十分に拡散せず、余剰のリチウムや未反応の複合水酸化物または熱処理粒子が残存したり、得られる正極活物質の結晶性が不十分なものとなったりするおそれがある。
【0223】
なお、保持時間終了後、焼成温度から少なくとも200℃までの冷却速度は、2℃/分以上10℃/分以下とすることが好ましく、3℃/分以上7℃/分以下とすることがより好ましい。
【0224】
c)焼成雰囲気
焼成時の雰囲気は、酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が18容量%以上100容量%以下の雰囲気とすることがより好ましく、上記酸素濃度の酸素と不活性ガスの混合雰囲気(大気または酸素気流)とすることが特に好ましい。酸素濃度が18容量%未満では、正極活物質の結晶性が不十分なものとなるおそれがある。
【0225】
(9-5)解砕工程
焼成工程によって得られた複合酸化物を構成する二次粒子は、凝集または軽度の焼結が生じている場合に、凝集体または焼結体を解砕する任意的な工程である。これによって、得られる正極活物質の平均粒径や粒度分布を好適な範囲に調整することができる。
【0226】
解砕には、公知の手段、たとえば、ピンミルやハンマーミルなどを使用して、二次粒子を破壊しないように解砕力を適切な範囲に調整することで行われる。
【0227】
3.リチウムイオン二次電池
本発明のリチウムイオン二次電池は、正極、負極、セパレーター、および非水電解質などの構成部材を備える、一般的な非水電解質二次電池と同様の構成を採ることができる。あるいは、本発明のリチウムイオン二次電池は、正極、負極、および固体電解質などの構成部材を備える、一般的な固体電解質二次電池と同様の構成を採ることができる。すなわち、本発明は、リチウムイオンの脱離および挿入により、充放電を行う二次電池であれば、非水電解液二次電池から全固体リチウム二次電池まで広く適用可能である。なお、以下に説明する実施形態は例示にすぎず、本発明は、本明細書に記載されている実施形態に基づいて、種々の変更、改良を施した形態のリチウムイオン二次電池に適用することが可能である。
【0228】
(1)構成部材
a)正極
上述した正極活物質を用いて、たとえば、以下のようにしてリチウムイオン二次電池の正極を作製する。
【0229】
まず、本発明の正極活物質に、導電材および結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの溶剤を添加し、これらを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比も、リチウムイオン二次電池の性能を決定する重要な要素となる。たとえば、溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合には、一般のリチウムイオン二次電池の正極と同様に、正極活物質の含有量を60質量部以上95質量部以下、導電材の含有量を1質量部以上20質量部以下、および、結着剤の含有量を1質量部以上20質量部以下とすることができる。
【0230】
得られた正極合材ペーストを、たとえば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じて、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。なお、正極の作製方法は、前記例示のものに限られることはなく、他の方法によってもよい。
【0231】
導電材としては、たとえば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。
【0232】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、たとえば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂またはポリアクリル酸を用いることができる。
【0233】
このほか、必要に応じて、正極活物質、導電材および活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加することができる。溶剤としては、具体的に、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加することもできる。
【0234】
b)負極
負極には、金属リチウムやリチウム合金などを使用することができる。また、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを使用することができる。
【0235】
負極活物質としては、たとえば、金属リチウムやリチウム合金などのリチウムを含有する物質、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる天然黒鉛、人造黒鉛、およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体ならびにコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。
【0236】
c)セパレーター
セパレーターは、非水電解質二次電池において、正極と負極との間に挟み込んで配置されるものであり、正極と負極とを分離し、非水電解質を保持する機能を有する。このようなセパレーターとしては、たとえば、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微細な孔を多数有する膜を用いることができるが、上記機能を有するものであれば、特に限定されることはない。
【0237】
d)電解質
非水電解質二次電池に用いられる非水電解質には、支持塩であるリチウム塩を有機溶媒に溶解してなる非水電解液などが用いられる。
【0238】
非水電解液に用いられる有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、トリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、ジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホン、ブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチル、リン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0239】
支持塩としては、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiN(CF3SO2)2、およびそれらの複合塩などを用いることができる。
【0240】
非水電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0241】
一方、全固体リチウム二次電池などの固体電解質二次電池に用いられる固体電解質としては、Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3やLi2S-SiS2などを用いることができる。固体電解質は、高電圧に耐えうる性質を有する。固体電解質には、無機固体電解質および有機固体電解質がある。
【0242】
無機固体電解質には、酸化物固体電解質、硫化物固体電解質などがある。
【0243】
酸化物固体電解質としては、酸素(O)を含有し、かつ、リチウムイオン伝導性と電子絶縁性とを有する酸化物を用いることができる。たとえば、リン酸リチウム(Li3PO4)、Li3PO4NX、LiBO2NX、LiNbO3、LiTaO3、Li2SiO3、Li4SiO4-Li3PO4、Li4SiO4-Li3VO4、Li2O-B2O3-P2O5、Li2O-SiO2、Li2O-B2O3-ZnO、Li1+XAlXTi2-X(PO4)3(0≦X≦1)、Li1+XAlXGe2-X(PO4)3(0≦X≦1)、LiTi2(PO4)3、Li3XLa2/3-XTiO3(0≦X≦2/3)、Li5La3Ta2O12、Li7La3Zr2O12、Li6BaLa2Ta2O12、Li3.6Si0.6P0.4O4などを用いることができる。
【0244】
硫化物固体電解質としては、硫黄(S)を含有し、かつ、リチウムイオン伝導性と電子絶縁性とを有する硫化物を用いることができる。たとえば、Li2S-P2S5、Li2S-SiS2、LiI-Li2S-SiS2、LiI-Li2S-P2S5、LiI-Li2S-B2S3、Li3PO4-Li2S-Si2S、Li3PO4-Li2S-SiS2、LiPO4-Li2S-SiS、LiI-Li2S-P2O5、LiI-Li3PO4-P2S5などを用いることができる。
【0245】
酸化物固体電解質および硫化物固体電解質以外の無機固体電解質としては、たとえば、Li3N、LiI、Li3N-LiI-LiOHなどを用いることができる。
【0246】
有機固体電解質としては、イオン伝導性を示す高分子化合物を用いることができる。たとえば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。また、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含むことができる。
【0247】
なお、固体電解質を用いる場合には、電解質と正極活物質の接触を確保するため、正極材中にも固体電解質を混合させることができる。
【0248】
(2)リチウムイオン二次電池の構成
リチウムイオン二次電池の構成は、特に限定されず、非水電解質二次電池における、正極、負極、セパレーター、非水電解質などからなる構成や、固体電解質二次電池における、正極、負極、固体電解質などからなる構成を採りうる。また、二次電池の形状は、特に限定されず、円筒形や積層形など、種々の形状に採ることができる。
【0249】
非水電解質二次電池の場合、たとえば、正極および負極を、セパレーターを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水電解質を含浸させ、正極集電体と外部に通じる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、リチウムイオン二次電池を完成させる。
【0250】
(3)リチウムイオン二次電池の特性
本発明のリチウムイオン二次電池は、上述したように、二次粒子を構成する少なくとも一部の一次粒子の少なくとも一部の表面に存在し、WおよびLiを含む化合物の微粒子がより微細かつより均一に、かつ、WおよびLiを含む化合物の被膜がより適切な厚さでかつより均一に形成された、多孔質構造で三元系の正極活物質を正極材料として用いているため、容量特性、出力特性、およびサイクル特性に優れる。したがって、従来のWおよびLiを含む化合物被覆を備えない多孔質構造で三元系の正極活物質、あるいは、WおよびLiを含む化合物被覆を備えながら、多孔質構造を有しない三元系の正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池との比較において、より低抵抗で高出力という電池特性を発揮することが可能である。
【0251】
(4)リチウムイオン二次電池の用途
本発明のリチウムイオン二次電池は、上述のように、容量特性、出力特性、およびサイクル特性に優れており、これらの特性が高いレベルで要求される小型携帯電子機器(ノート型パーソナルコンピューター、スマートフォン、タブレット端末、デジタルカメラなど)の電源に好適に利用することができる。また、本発明のリチウムイオン二次電池は、小型化および高出力化が可能であるばかりでなく、安全性および耐久性にも優れており、高価な保護回路を簡略することができるため、搭載スペースに制約を受ける電気自動車などの輸送用機器の電源としても好適に利用することができる。
【実施例】
【0252】
以下、実施例および比較例を用いて、本発明を詳細に説明する。なお、以下の実施例および比較例では、特に断りがない限り、複合水酸化物および正極活物質の作製には、和光純薬工業株式会社製試薬特級の試料を使用した。また、核生成工程および粒子成長工程を通じて、反応水溶液のpH値は、pHコントローラー(株式会社日伸理化製、NPH-690D)により測定し、この測定値に基づき、水酸化ナトリウム水溶液の供給量を調整することで、それぞれの工程における反応水溶液のpH値の変動幅を±0.2の範囲に制御した。
【0253】
(実施例1)
a)複合水酸化物の製造
[核生成工程]
はじめに、反応槽内に、水を14L入れて撹拌しながら、槽内温度を40℃に設定した。この際、反応槽内に窒素ガスを30分間流通させ、反応雰囲気を、酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気とした。続いて、反応槽内に、25質量%水酸化ナトリウム水溶液と25質量%アンモニア水を適量供給し、pH値が、液温25℃基準で12.6、アンモニウムイオン濃度が10g/Lとなるように調整することで反応前水溶液を形成した。
【0254】
同時に、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、および硫酸コバルトを、それぞれの金属元素のモル比がNi:Mn:Co=1:1:1となるように水に溶解し、2mol/Lの原料水溶液を調製した。
【0255】
次に、原料水溶液を、反応前水溶液に115ml/分で供給することで、核生成工程用水溶液を形成し、1分間の核生成を行った。この際、25質量%の水酸化ナトリウム水溶液と25質量%のアンモニア水を適時供給し、核生成用水溶液のpH値およびアンモニウムイオン濃度を上述した範囲に維持した。
【0256】
[粒子成長工程]
核生成終了後、すべての水溶液の供給を一旦停止するとともに、硫酸を加えて、pH値が、液温25℃基準で11.2となるように調整することで、粒子成長用水溶液を形成した。pH値が所定の値になったことを確認した後、核生成工程と同様の115ml/分と一定の割合で、原料水溶液を供給し、核生成工程で生成した核(粒子)を成長させた。
【0257】
第1段階として、粒子成長工程の開始時から非酸化性雰囲気での晶析を35分(粒子成長工程全体に対して14.6%)継続させた後、原料水溶液の供給を継続したまま、孔径が20μm~30μmであるセラミック製の散気管(木下理化工業株式会社製)を用いて反応槽内に空気を流通させ、反応雰囲気を、酸素濃度が5容量%の酸化性雰囲気に調整した(切替操作1)。
【0258】
第2段階として、切替操作1から酸化性雰囲気での晶析を20分(粒子成長工程全体に対して8.3%)継続させた後、原料水溶液の供給を継続したまま、散気管を用いて反応槽内に窒素を流通させ、反応雰囲気を、酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気に調整した(切替操作2)。
【0259】
第3段階として、切替操作2から非酸化性雰囲気での晶析を65分(粒子成長工程全体に対して27.1%)継続させた後、原料水溶液の供給を継続したまま、散気管を用いて反応槽内に空気を流通させ、酸素濃度が5容量%の酸化性雰囲気に調整した(切替操作3)。
【0260】
第4段階として、切替操作3から酸化性雰囲気での晶析反応を25分(粒子成長工程全体に対して10.4%)継続させた後、原料水溶液の供給を継続したまま、散気管を用いて反応槽内に窒素を流通させ、反応雰囲気を、酸素濃度が2容量%以下の非酸化性雰囲気に調整した(切替操作4)。
【0261】
第5段階として、切替操作4から非酸化性雰囲気での晶析反応を95分(粒子成長工程全体に対して39.6%)継続させた後、原料水溶液を含むすべての水溶液の供給を停止することで、粒子成長工程を終了した。その後、得られた生成物を、水洗、ろ過および乾燥させることにより、粉末状の複合水酸化物を4500g得た。酸化性雰囲気全体の晶析反応の割合は、18.7%であった。
【0262】
なお、粒子成長工程においては、この工程を通じて、25質量%の水酸化ナトリウム水溶液と25質量%のアンモニア水を適時供給し、粒子成長用水溶液のpH値およびアンモニウムイオン濃度を上述した範囲に維持した。
【0263】
b)複合水酸化物の評価
[組成]
ICP発光分光分析装置(株式会社島津製作所製、ICPE-9000)を用いた分析により、この複合水酸化物の組成は、一般式:Ni0.33Mn0.33Co0.33(OH)2で表されるものであることが確認された。
【0264】
[粒子構造]
複合水酸化物の一部を樹脂に埋め込み、クロスセクションポリシャ(日本電子株式会社製、IB-19530CP)加工によって断面観察可能な状態とした上で、10個以上の複合水酸化物の二次粒子を電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:日本電子株式会社製、JSM-6360LA)により観察した。この結果、この複合水酸化物は、板状一次粒子が凝集して形成された中心部を有し、中心部の外側に、微細一次粒子が凝集して形成された第1の低密度層と、板状一次粒子が凝集して形成された高密度層と、微細一次粒子が凝集して形成された第2の低密度層と、板状一次粒子が凝集して形成された外殻層からなり、また、中心部、高密度層、および外殻層を構成する板状一次粒子の一部は、相互に連結していることが確認された。二次粒子の断面に存在する10個以上の微細一次粒子および板状一次粒子の最大外径(長軸径)を測定し、その平均値を求め、この値を、この二次粒子における微細一次粒子または板状一次粒子の粒径とし、次に、10個以上の二次粒子について、同様に微細一次粒子および板状一次粒子の粒径を求め、これらの二次粒子について得られた粒径の平均を求めた。板状一次粒子の平均粒径は、0.53μmであり、微細一次粒子の平均粒径は、0.09μmであった。
【0265】
二次粒子の粒径に対する、中心部の半径、並びに、第1の低密度層、高密度層、第2の低密度層、および外殻層の厚さの比率についても計測および算出を行ったところ、それぞれ、25%、10%、5%、4%、および6%であった。
【0266】
[平均粒径MVおよび粒度分布]
レーザ光回折散乱式粒度分析計(マイクロトラック・ベル株式会社製、マイクロトラックMT3300EXII)を用いて、複合水酸化物の二次粒子の平均粒径MVを測定するとともに、d10およびd90を測定し、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕を算出した。この結果、平均粒径MVは、5.4μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.50であることが確認された。
【0267】
[タップ密度]
タッピングマシン(株式会社蔵持科学器械製作所製、KRS-406)によりタップ密度を測定した。この結果、タップ密度は1.15g/cm3であることが確認された。
【0268】
c)母材としての複合酸化物の作製
上述のようにして得られた複合水酸化物を、空気(酸素濃度:21容量%)気流中、120℃で12時間熱処理した後(熱処理工程)、Li/Meが1.10となるように、シェーカーミキサー装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製、TURBULA TypeT2C)を用いて水酸化リチウムと十分に混合し、リチウム混合物を得た(混合工程)。
【0269】
このリチウム混合物を、酸素(酸素濃度:100容量%)気流中、昇温速度を1.5℃/分として800℃まで昇温し、この温度で3時間保持することにより焼成し、冷却速度を約4℃/分として室温まで冷却した(焼成工程)。このようにして得られたリチウムニッケルマンガンコバルト含有複合酸化物は、凝集または軽度の焼結が生じていた。このため、この複合酸化物を解砕し、平均粒径および粒度分布を調整した(解砕工程)。
【0270】
d)複合酸化物の評価
[組成]
ICP発光分光分析装置(株式会社島津製作所製、ICPE-9000)を用いた分析により、この複合酸化物の組成は、一般式:Li1.10Ni0.33Mn0.33Co0.33O2で表されるものであることが確認された。
【0271】
[粒子構造]
複合酸化物の一部を樹脂に埋め込み、クロスセクションポリシャ(日本電子株式会社製、IB-19530CP)加工によって断面観察可能な状態とした上で、SEM(FE-SEM:日本電子株式会社製、JSM-6360LA)により観察した。この結果、この複合酸化物は、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成され、この二次粒子は、外殻部と、外殻部の内側に分散して存在し、外殻部と電気的に導通する凝集部と、および、外殻部の内側で凝集部の間に存在する、一次粒子の存在しない気孔構造からなる空間部とを備えていることが確認された。また、上記SEM観察から得た、任意の10個以上の二次粒子を含む断面画像の観察から、二次粒子の外殻部の平均厚さは、0.8μmであった。
【0272】
[平均粒径MVおよび粒度分布]
レーザ光回折散乱式粒度分析計(マイクロトラック・ベル株式会社製、マイクロトラックMT3300EXII)を用いて、複合酸化物の二次粒子の平均粒径MVを測定するとともに、d10およびd90を測定し、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕を算出した。この結果、平均粒径MVは、5.1μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.42であることが確認された。
【0273】
[BET比表面積、タップ密度、および粒子強度]
流動方式ガス吸着法比表面積測定装置(株式会社マウンテック製、マックソーブ1200シリーズ)によりBET比表面積を、タッピングマシン(株式会社蔵持科学器械製作所製、KRS-406)によりタップ密度を、それぞれ測定した。この結果、BET比表面積は2.6m2/gであり、タップ密度は1.5g/cm3であることが確認された。
【0274】
e)正極活物質の作製
上述のようにして得られた複合酸化物(3000g)を母材とし、該複合酸化物含まれるNi、Mn、およびCoの原子数の合計に対して、0.35原子%となるW量の酸化タングステン(56g)を添加し、ヘンシェルミキサー(日本コークス工業株式会社製、FM10C/I)を用い、大気圧下、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒として、10分間、複合酸化物と酸化タングステンとを十分に混合し、混合物を得た(乾式混合工程)。
【0275】
乾式混合工程が終了した後、ヘンシェルミキサーの周速を6m/秒として、大気圧下、混合物の混合を行いつつ、水噴霧ノズル(株式会社いけうち製、空円錐ノズルK010)を用い、水噴霧速度を混合物1gあたり0.025ml/分として、純水を混合物に対して、平均粒径100μm以下の霧状態で、混合物全体の質量に対して12.3質量%となる量だけ噴霧し、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒として、さらに10分間、混合物の混合を継続した(水噴霧混合工程)。水噴霧混合後、一部の混合物を試料として、その水分率の測定を行ったところ、その水分率は、5%であった。
【0276】
水噴霧混合工程が終了した後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒に維持して、大気圧下、120℃の温度で、30分間、混合物の熱処理を行った。その後、ヘンシェルミキサーの容器内が0.1MPa以下の真空雰囲気となるようにヘンシェルミキサーの設定を変更した後、真空雰囲気下、150℃の温度で、90分間、混合物の減圧乾燥を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を2m/秒に低下させて、真空雰囲気下、90分で25℃まで混合物に減圧冷却を施した(乾燥工程)。
【0277】
その後、篩目38μmの条件で、得られた正極活物質に対して篩別を施した。
【0278】
f)正極活物質の評価
[平均粒径MVおよび粒度分布]
レーザ光回折散乱式粒度分析計(マイクロトラック・ベル株式会社製、マイクロトラックMT3300EXII)を用いて、正極活物質の平均粒径MVを測定するとともに、d10およびd90を測定し、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕を算出した。この結果、平均粒径MVは、4.8μm(WおよびLiを含む化合物被覆前の複合酸化物の平均粒径MVに対する比率:94%)であり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.42であることが確認された。
【0279】
[BET比表面積およびタップ密度]
流動方式ガス吸着法比表面積測定装置(株式会社マウンテック製、マックソーブ1200シリーズ)によりBET比表面積を、タッピングマシン(株式会社蔵持科学器械製作所製、KRS-406)によりタップ密度を、それぞれ測定した。この結果、BET比表面積は3.1m2/gであり、タップ密度は1.5g/cm3であることが確認された。
【0280】
[組成]
得られた正極活物質の組成をICP発光分析法により分析したところ、W含有量はNi、Mn、およびCoの原子数の合計に対して0.35原子%の組成であることを確認した。
【0281】
[微粒子および被膜]
X線回折(XRD)装置(スペクトリス株式会社製、X‘Pert PRO)を用いた粉末XRD分析の結果から、一次粒子の表面にあるWおよびLiを含む化合物の微粒子は、タングステン酸リチウム(7Li2WO4・4H2O)からなることを確認した。
【0282】
この正極活物質について、走査型透過電子顕微鏡(STEM:株式会社日立ハイテクノロジース製、走査型電子顕微鏡S-4700)による表面観察が可能な状態とした後、二次粒子の表面付近をSEMにより観察したところ、二次粒子の表面に均一に、平均粒径が66nm、粒子径が26nm以上301nm以下の範囲にある微粒子が存在していることが確認された。なお、得られたSEM画像を
図3に示す。また、走査型透過電子顕微鏡による断面観察が可能な状態とした後、二次粒子の断面をSEMにより観察したところ、二次粒子の表面全体および内部の一部に、平均膜厚が3nmの被膜が存在していることが確認された。
【0283】
[空隙率]
走査型透過電子顕微鏡による二次粒子の断面画像について、画像解析ソフト(WinRoof 6.1.1など)を用いた画像解析により、二次粒子の空隙率を測定したところ、32%であった。
【0284】
g)二次電池の作製
図5に示すような2032型コイン形電
池を作成した。具体的には、上述のようにして得られた正極活物質:52.5mgと、アセチレンブラック:15mgと、PTEE:7.5mgとを混合し、100MPaの圧力で、直径11mm、厚さ100μmにプレス成形して、図
5に示すような正極11(評価用電極)を作製した。得られた正極11を、真空乾燥機中、120℃で12時間乾燥した。
【0285】
次に、この正極11を用いて2032型コイン形電池を、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス内で作製した。負極12には、直径14mmの円盤状に打ち抜かれた、平均粒径が20μm程度の黒鉛粉末とポリフッ化ビニリデンが銅箔に塗布された負極シートを用い、非水電解液には、1MのLiPF6を支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合液(富山薬品工業株式会社製)を用いた。セパレーター13には、膜厚25μmのポリエチレン多孔膜を用いた。このようにして、ガスケット14とウェーブワッシャー15とを有し、正極缶16と負極缶17とを備える、2032型コイン形電池を組み立てた。
【0286】
f)電池評価
[正極界面抵抗]
正極界面抵抗の測定は、インピーダンス測定法を用い、2032型コイン形電池を充電電位4.4Vで充電し、周波数応答アナライザおよびポテンショガルバノスタット(ソーラトロン製、1255B)を使用することで、
図6に示すナイキストプロットを得た。
図6に示すナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、および、正極抵抗(界面抵抗)とその容量を示す特性曲線の和として表されているため、このナイキストプロットに基づき、
図6に示す等価回路を用いてフィッティング計算して、正極界面抵抗の値を算出した。なお、正極界面抵抗については、後述する比較例1の正極活物質を基準とし、これに対する抵抗減少率を示す。その結果、正極界面抵抗は、比較例1に対して12%低減していた。
【0287】
[放電容量維持率]
2032型コイン形電池を作製してから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cm2として、カットオフ電圧が4.3Vとなるまで充電し、1時間の休止後、カットオフ電圧が3.0Vになるまで放電したときの放電容量を測定する充放電試験を行なって、初期放電容量を求めた。さらに、充電と放電を繰り返し100回行い、初期放電容量に対する2回目の放電容量の比率を放電容量維持率とした。その結果、放電容量維持率は、88%であった。
【0288】
乾式混合工程、水噴霧混合工程、および乾燥工程の条件、正極活物質の二次粒子の表面に存在する微粒子の平均粒径、粒径範囲、被膜の平均膜厚、空隙率、並びに、得られたリチウムイオン二次電池の正極界面抵抗の低減率および放電容量維持率について、表1および表2に示す。なお、これらについて、実施例2~6、参考例7および8、並びに、比較例1についても、同様に表1および表2に示す。
【0289】
(実施例2)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を18m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.016ml/分として、混合物全体の質量に対して12.3質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を18m/秒に維持して、5分間混合を継続したこと、および、冷却工程において、減圧冷却時におけるヘンシェルミキサーの周速を8m/秒としたこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0290】
(実施例3)
乾式混合工程において、混合時間を20分間としたこと、および、水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を10m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.033ml/分として、混合物全体の質量に対して13.1質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒として、20分間混合を継続したこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0291】
(実施例4)
乾式混合工程において、ヘンシェルミキサーの周速を15m/秒としたこと、および、水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を8m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.025ml/分として、混合物全体の質量に対して12.3質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒に維持して、15分間混合を継続したこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0292】
(実施例5)
熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を6m/秒として、大気圧下、50℃の温度で、20分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を6m/秒に維持して、真空雰囲気下、100℃の温度で、90分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0293】
(実施例6)
水噴霧混合工程において、水噴霧後の混合時間を15分間としたこと、熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を10m/秒として、大気圧下、150°Cの温度で、90分間、混合物の熱処理を行ったこと、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を10m/秒に維持して、真空雰囲気下、160°Cの温度で、180分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと、および、冷却工程において、120分間減圧冷却を行ったこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った
【0294】
(参考例7)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を4m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.039ml/分として、混合物全体の質量に対して11.8質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、10分間の混合を継続したこと、熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、大気圧下、120℃の温度で、30分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、真空雰囲気下、150℃の温度で、90分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0295】
(参考例8)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を30m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.066ml/分として、混合物全体の質量に対して11.8質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を20m/秒に低下させて、10分間の混合を継続したこと、熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を20m/秒に維持して、大気圧下、120℃の温度で、30分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を16m/秒に低下させて、真空雰囲気下、150℃の温度で、300分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0296】
(比較例1)
水噴霧混合工程において、水噴霧を静置状態の混合物に対して行い、混合物全体の質量に対して10質量%となる量だけ噴霧し、その後、ゴムヘラを使って手で混合した。その後、混合物を60分間静置して、上記混合物を大気圧下、120℃で12時間乾燥して、大気圧下、90分間で25℃まで冷却したこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質を得て、その評価を行った。
【0297】
得られた二次粒子の表面付近をSTEMにより観察したところ、一次粒子の表面に均一に、平均粒径が650nm、粒子径が62nm以上696nm以下の範囲にある微粒子が存在していることが確認された。なお、得られたSTEM画像を
図4に示す。
【0298】
【0299】
【0300】
(実施例9)
第4段階として、切替操作3から酸化性雰囲気での晶析反応を40分(粒子成長工程全体に対して16.7%)継続させたこと、第5段階として、切替操作4から非酸化性雰囲気での晶析反応を80分(粒子成長工程全体に対して33.3%)継続させたこと、このため、酸化性雰囲気全体の晶析反応の割合が25.0%であったこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0301】
複合水酸化物における、二次粒子の粒径に対する、中心部の半径、並びに、第1の低密度層、高密度層、第2の低密度層、および外殻層の厚さの比率は、それぞれ、25%、10%、5%、5%、および5%であった。その平均粒径MVは5.5μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.50であり、タップ密度は1.05g/cm3であった。
【0302】
母材としての複合酸化物における、二次粒子の外殻部の平均厚さは0.6μmであり、平均粒径MVは5.0μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.42であり、BET比表面積は3.0m2/gであり、タップ密度は1.4g/cm3であった。
【0303】
正極活物質における、平均粒径MVは4.6μm(WおよびLiを含む化合物被覆前の複合酸化物の平均粒径MVに対する比率:92%)であり、〔(d90-d10)/平均粒径MV〕は0.44であった。BET比表面積は3.7m2/gであり、タップ密度は1.4g/cm3であった。また、SEM観察により、二次粒子の表面に均一に、平均粒径が66nm、粒子径が21nm以上279nm以下の範囲にある微粒子が存在していることが確認され、二次粒子の表面全体および内部の一部に、平均膜厚が2nmの被膜が存在していることが確認された。さらに、二次粒子の空隙率は36%であった。
【0304】
乾式混合工程、水噴霧混合工程、および乾燥工程の条件、正極活物質の二次粒子の表面に存在する微粒子の平均粒径、粒径範囲、被膜の平均膜厚、空隙率、並びに、得られたリ
チウムイオン二次電池の正極界面抵抗の低減率および放電容量維持率について、表3および表4に示す。なお、これらについて、実施例10~14および17、参考例15および16、並びに、比較例2についても、同様に表1および表2に示す。
【0305】
(実施例10)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を5m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.016ml/分として、混合物全体の質量に対して12.3質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を5m/秒に維持して、5分間混合を継続したこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0306】
(実施例11)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を10m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.033ml/分として、混合物全体の質量に対して13.1質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒として、10分間混合を継続したこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0307】
(実施例12)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を8m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.025ml/分として、混合物全体の質量に対して12.3質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒に維持して、10分間混合を継続したこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0308】
(実施例13)
熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を5m/秒として、大気圧下、50℃の温度で、20分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を5m/秒に維持して、真空雰囲気下、100℃の温度で、90分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0309】
(実施例14)
熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を10m/秒として、大気圧下、150℃の温度で、90分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を10m/秒に維持して、真空雰囲気下、200℃の温度で、180分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0310】
(参考例15)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を4m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.039ml/分として、混合物全体の質量に対して11.8質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、10分間混合を継続したこと、熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、大気圧下、120℃の温度で、30分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程において、ヘンシェルミキサーの周速を4m/秒に維持して、真空雰囲気下、150℃の温度で、90分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0311】
(参考例16)
水噴霧混合工程において、水噴霧時のヘンシェルミキサーの周速を16m/秒とし、水噴霧速度を混合物1gあたり0.013ml/分として、混合物全体の質量に対して11.8質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を16m/秒に維持して、10分間混合を継続したこと、熱処理工程において、ヘンシェルミキサーの周速を16m/秒に維持して、大気圧下、120℃の温度で、30分間、混合物の熱処理を行ったこと、および、乾燥工程で、ヘンシェルミキサーの周速を16m/秒に維持して、真空雰囲気下、150℃の温度で、300分間、混合物の減圧乾燥を行ったこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0312】
(実施例17)
水噴霧混合工程において、2個の噴霧ノズルからそれぞれ水噴霧速度を混合物1gあたり0.020ml/分(2個のノズルの合計で0.039ml/分)として、混合物全体の質量に対して11.8質量%となる量の水噴霧を行い、その後、ヘンシェルミキサーの周速を8m/秒に維持して、15分間混合を継続したこと以外は、実施例9と同様にして正極活物質を得て、その評価を行った。
【0313】
(比較例2)
水噴霧混合工程において、水噴霧を静置状態の混合物に対して行い、混合物全体の質量に対して10質量%となる量だけ噴霧し、その後、ゴムヘラを使って手で混合した。その後、混合物を60分間静置して、上記混合物を大気圧下、120℃で12時間乾燥して、大気圧下、90分間で25℃まで冷却したこと以外は、実施例9と同様にして、正極活物質を得て、その評価を行った。
【0314】
得られた二次粒子の表面付近をSTEMにより観察したところ、一次粒子の表面に均一に、平均粒径が650nm、粒子径が62nm~696nmの範囲にある微粒子が存在していることが確認された。
【0315】
【0316】
【0317】
本発明の範囲にある実施例1~6、9~14、および17の正極活物質では、その二次粒子を構成する一次粒子の表面に、タングステン酸リチウムなどのWおよびLiを含む化合物の薄い被膜とともに、WおよびLiを含む化合物の微粒子が、より微細であって、かつ、均一に存在しているため、比較例1の正極活物質との比較で、正極界面抵抗が顕著に減少しており、高出力化が実現されるとともに、放電容量維持率も改善されていることが理解される。
【符号の説明】
【0318】
1 外殻部
2 凝集部
3 空間部
4 WおよびLiを含む化合物の微粒子
5 WおよびLiを含む化合物の被膜
11 正極(評価用電極)
12 負極
13 セパレーター
14 ガスケット
15 ウェーブワッシャー
16 正極缶
17 負極缶