(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】パーセルフィルタ内蔵型デバイス
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20240510BHJP
H01P 7/04 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
G06N10/40
H01P7/04
(21)【出願番号】P 2020076280
(22)【出願日】2020-04-22
【審査請求日】2023-03-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 国際会議「超伝導量子ビット誕生20周年記念国際会議(20th Anniversary of Superconducting Qubits(SQ20th))」予稿集 令和1年4月23日発行 [刊行物等] 国際会議「超伝導量子ビット誕生20周年記念国際会議(20th Anniversary of Superconducting Qubits(SQ20th))」ポスター 令和1年5月13日発行 [刊行物等] 日本物理学会2019年秋季大会予稿集 令和1年8月30日発行 [刊行物等] 日本物理学会2019年秋季大会スライド 令和1年9月11日発行 [刊行物等] 国際シンポジウム「ナノスケールの輸送と技術(International School and Symposium on Nanoscale Transport and phoTonics(ISNTT 2019))」スライドおよびアブストラクト 令和1年11月19日発行 [刊行物等] 2020年アメリカ物理学会(2020 APS March Meeting)アブストラクト 令和2年1月6日発行
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業、研究題目「ERATO 中村巨視的量子機械プロジェクト」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰信
(72)【発明者】
【氏名】砂田 佳希
(72)【発明者】
【氏名】河野 信吾
【審査官】円子 英紀
(56)【参考文献】
【文献】特表2021-506045(JP,A)
【文献】特表2016-512672(JP,A)
【文献】特表2019-513249(JP,A)
【文献】Evan Jeffrey ほか,Fast Scalable State Measurement with Superconducting Qubits,arXiv [オンライン],2014年01月17日,インターネット:<URL: https://arxiv.org/abs/1401.0257 >,[令和6年3月29日検索]
【文献】Agnetta Y. Cleland ほか,Mechanical Purcell Filters for Microwave Quantum Machines,arXiv [オンライン],2019年05月21日,<URL: https://arxiv.org/abs/1905.08403 >,[令和6年3月29日検索]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/00-10/80
H01P 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導量子ビットと、
第1の端部と第2の端部とを備えるマイクロ波共振器と、
外部の伝送線路との結合点と、を備え、
前記超伝導量子ビットと前記マイクロ波共振器とは、前記マイクロ波共振器の第1の端部でキャパシティブ結合され、
前記結合点は、前記マイクロ波共振器内に存在する量子ビットモードの節の位置に設けられることを特徴とするパーセルフィルタ内蔵型デバイス。
【請求項2】
前記マイクロ波共振器は、前記第1の端部および前記第2の端部がいずれも開放端の1/2波長共振器であり、
前記量子ビットモードの節は、前記第2の端部から前記第1の端部に向かって前記量子ビットモードの波長の1/4離れた位置にあることを特徴とする請求項1に記載のパーセルフィルタ内蔵型デバイス。
【請求項3】
前記マイクロ波共振器は、前記第1の端部が開放端で前記第2の端部が短絡端の1/4波長共振器であり、
前記量子ビットモードの節は、前記第2の端部から前記第1の端部に向かって前記量子ビットモードの波長の1/2離れた位置にあることを特徴とする請求項1に記載のパーセルフィルタ内蔵型デバイス。
【請求項4】
内部に空洞が貫通する導体キャビティを備え、
前記超伝導量子ビットと前記マイクロ波共振器とは、前記導体キャビティの空洞内に固定されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のパーセルフィルタ内蔵型デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーセルフィルタ内蔵型デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
超伝導量子ビット(以下「量子ビット」と略称する)とマイクロ波共振器(以下「共振器」と略称する)とを結合したデバイスを用いて、マイクロ波光子のパルスを生成する手法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。この手法は、量子ビットの量子状態を一旦共振器に転写した後、共振器から伝送線路へ自然放出が発生することによりマイクロ波光子を生成する。生成されたマイクロ波光子は、パルスとして伝送線路上に送り出される。これを繰り返してマイクロ波光子の連続的なパルス列を生成することで、マイクロ波光子のもつれ状態を形成することができる。このようにして生成されたマイクロ波光子は「伝播マイクロ波光子」と呼ばれる。多数の伝播マイクロ波光子を生成して大規模なもつれ状態を形成することにより、大規模な量子計算が可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】M. Pechal他 “Microwave-Controlled Generation of Shaped Single Photons in Circuit Quantum Electrodynamics” Physical Review X 4.4 (Oct. 17, 2014), p. 041010.
【文献】E. Jeffrey他 “Fast Accurate State Measurement with Superconducting Qubits”, Phys. Rev. Lett. 112, 190504 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
伝搬マイクロ波光子の大規模なもつれ状態を形成するためには、なるべく多くの伝搬マイクロ波光子を高速に生成する必要がある。しかしながら、量子ビットと共振器との結合デバイスでは、後述するパーセル効果に起因して、十分な忠実度で生成できるパルスの数が限られるという課題がある。近年、こうしたデバイスにパーセル効果を抑制するためのフィルタ(以下「パーセルフィルタ」と呼ぶ)を付加する技術が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。しかしながら従来のパーセルフィルタは、性能が十分でないことに加えて、構造が複雑であるため3次元デバイスへの実装が難しいという課題がある。
【0005】
本発明はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、パーセル効果を効率的に抑制することのできる、シンプルな構造のデバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のパーセルフィルタ内蔵型デバイスは、超伝導量子ビットと、第1の端部と第2の端部とを備えるマイクロ波共振器と、外部の伝送線路との結合点と、を備える。超伝導量子ビットとマイクロ波共振器とは、マイクロ波共振器の第1の端部でキャパシティブ結合される。結合点は、マイクロ波共振器内に存在する量子ビットモードの節の位置に設けられる。
【0007】
マイクロ波共振器は、第1の端部および第2の端部がいずれも開放端の1/2波長共振器であってもよい。このとき量子ビットモードの節は、第2の端部から第1の端部に向かって量子ビットモードの波長の1/4離れた位置にある。
【0008】
マイクロ波共振器は、第1の端部が開放端で第2の端部が短絡端の1/4波長共振器であってもよい。このとき量子ビットモードの節は、第2の端部から第1の端部に向かって量子ビットモードの波長の1/2離れた位置にある。
【0009】
パーセルフィルタ内蔵型デバイスは、内部に空洞が貫通する導体キャビティを備えてもよい。このとき超伝導量子ビットとマイクロ波共振器とは、導体キャビティの空洞内に固定される。
【0010】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、パーセル効果を効率的に抑制することのできる、シンプルな構造のデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】量子ビットと共振器とを結合したデバイスによる伝播マイクロ波光子の生成を示す模式図である。
【
図2】
図1のデバイスにおけるパーセル効果を示す模式図である。
【
図3】第1の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイスの模式図である。
図3(a)は共振器内の量子ビットモードを示し、
図3(b)は共振器内の共振器モードを示す。
【
図4】第2の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイスの模式図である。
図4(a)は共振器内の量子ビットモードを示し、
図4(b)は共振器内の共振器モードを示す。
【
図5】第3の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイスの透視図である。
【
図6】実施の形態により伝播マイクロ波光子を生成するときの状態遷移図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示である。実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項の中で「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合、特に言及がない限りこの用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するだけのためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0014】
具体的な実施の形態を説明する前に、先ず基本となる知見を説明する。
図1に、デバイス10を伝送線路40に結合した系を示す。デバイス10は、量子ビット20と共振器30とを結合して構成される。量子ビット20の遷移周波数と共振器30の共振周波数とは異なる。以下、デバイス10を用いて伝播マイクロ波光子50を生成し、生成した伝播マイクロ波光子50を伝送線路40に放出する過程を説明する。
【0015】
最初に量子ビット20を目的の量子状態に設定する。次に量子ビット20にマイクロ波を照射することにより、量子ビット20が持つ量子状態を共振器30に転写する。その結果、共振器30は、量子ビット20の量子状態に対応する光子状態を持つ。最後に共振器30の光子状態が伝送線路40に自然放出することにより、伝播マイクロ波光子50のパルスが生成される。
【0016】
以下、共振器30から伝送線路40への光子の自然放出のレートをκ、量子ビットの寿命をT、伝播マイクロ波光子のパルスの時間的な幅をτとする。このとき、十分な忠実度で生成することのできるパルスの数はT/τと見積もることができる。従って生成する伝搬マイクロ波光子の数を増やすことは、T/τを増やすことと等価である。従来の技術では達成できるT/τに限界があり、最大でも20程度であった。
【0017】
このようにT/τの値が制限される主要な原因の1つにパーセル効果がある。
図2を用いてパーセル効果を説明する。
図2に示す系は、
図1のものと同じである。先ず伝播マイクロ波光子50のパルス幅τは、τ>10/κを満たすことが知られている。これよりパルス幅τを縮めるためには、状態転写された共振器30から伝送線路40への自然放出のレートκを大きくする必要があることが分かる。一方量子ビット20のエネルギーは、状態転写がなくても緩和し、共振器30を介して伝送線路40に自然放出する。この現象はパーセル効果と呼ばれる。すなわちパーセル効果は、量子ビット20の量子状態が共振器30に転写されずに伝送線路40に染み出す現象であるととらえることができる。
【0018】
量子ビット20の寿命Tは、以下のようにパーセル効果により制限される。パーセル効果による自然放出のレート(以下「パーセルレート」と呼ぶ)をΓとすると、
T<1/Γである。
従ってΓが大きければ大きいほど、量子ビット20の寿命Tは短くなる。さらにパーセルレートΓはκに比例することが知られている(Γ∝κ)。従って、κを大きくするとパーセルレートΓも大きくなる。従って、κを大きくすると量子ビット20の寿命Tは短くなる。
【0019】
以上説明したように、パルス生成を高速化する(τを短くする)目的でκを増加させると、パーセルレートΓが増加するためTが短くなるというトレードオフが発生する。その結果、T/τの値が制限される。このトレードオフを解消してT/τを増加させるためには、パーセル効果を抑制する必要がある。
【0020】
[第1の実施の形態]
図3に、第1の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイス11を模式的に示す。
パーセルフィルタ内蔵型デバイス11は、量子ビット21と、共振器31とを備える。
【0021】
共振器31は、第1の端部61と、第2の端部71と、を備える。量子ビット21と共振器31とは、共振器31の第1の端部61で互いにキャパシティブ結合される。量子ビット21は、トランズモン量子ビットなどの超伝導量子ビットである。以下、共振器モードの周波数をωR、周波数ωRにおける波長(共振器モードの波長)をλ(ωR)と表す。共振器31の第1の端部61および第2の端部71は、いずれも開放端である。共振器31は伝送線路で構成され、その長さは共振器モードの波長λ(ωR)の半分である。このような共振器は、1/2波長共振器として知られる。このとき共振器モードの節は、共振器31の中央に位置する。共振器31は、中間部に結合点51を備える。以下で説明するように、結合点51は、共振器31内に存在する量子ビットモードの節の位置に設けられる。共振器31は、結合点51で外部の伝送線路41(同軸ケーブル等)とキャパシティブ結合される。
【0022】
量子ビット21と共振器31との間にキャパシティブ結合があることにより、量子ビット21の量子ビットモードは共振器31内に染み出す。
【0023】
図3(a)に、量子ビット21から染み出して共振器31内に存在する量子ビットモードを示す。以下、量子ビットモードの周波数をω
QB、周波数ω
QBにおける波長(量子ビットモードの波長)をλ(ω
QB)と表す。共振器31の第2の端部71が開放端であるため、量子ビットモードの節は、第2の端部71から第1の端部61に向かって量子ビットモードの波長の1/4離れた位置にある。結合点51は、前述の通り量子ビットモードの節の位置に設けられる。すなわち第2の端部71から結合点51までの距離をL1とすると、
L1=(1/4)・λ(ω
QB)
である。
このとき量子ビットモードのエネルギーは、結合点51で0となる。従って共振器31内の量子ビットモードは、伝送線路41に漏れ出すことはない。これによりパーセル効果を0に抑制することができる。
【0024】
図3(b)に、共振器31内に存在する共振器モードを示す。前述のように、共振器モードの節は共振器31の中央に位置する。すなわち第2の端部71から共振器モードの節までの距離をL2とすると、L2は共振器の長さの半分である。ここで量子ビットモードの波長が共振器モードの波長より長くなるよう共振器長を設定した。
すなわち
λ(ω
QB)>λ(ω
R)
である。
従って、
L1>L2
である。
すなわち結合点51は、共振器モードの節の位置からずれている。従って共振器31内の共振器モード(量子ビット21の量子状態が転写されたもの)は、結合点51から伝送線路41に自然放出して、伝播マイクロ波光子のパルスが発生する。
【0025】
このようにパーセルフィルタ内蔵型デバイス11は、パーセル効果を抑制しつつ光子生成に必要な自然放出には影響を与えないという点で、パーセルフィルタとしての機能を持つ。さらにパーセルフィルタ内蔵型デバイス11は、新たなフィルタ素子等を追加することなく、デバイス自体がフィルタ機能を内蔵しているため、構造が極めてシンプルである。
従ってこの実施の形態によれば、1/2波長共振器を用いて、新たな素子を追加することなくパーセル効果を抑制するデバイスを実現することができる。
【0026】
[第2の実施の形態]
図4に、第2の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイス12を模式的に示す。パーセルフィルタ内蔵型デバイス12は、量子ビット22と、共振器32とを備える。
【0027】
共振器32は、第1の端部62と、第2の端部72と、を備える。量子ビット22と共振器32とは、共振器32の第1の端部62で互いにキャパシティブ結合される。量子ビット22は、トランズモン量子ビットなどの超伝導量子ビットである。共振器32の第1の端部62は開放端であり、第2の端部72は短絡端である。共振器32は伝送線路で構成され、その長さは共振器モードの波長λ(ωR)の3/4である。このような共振器は、1/4波長共振器として知られる。このとき共振器モードの節は、第2の端部72から共振器32の長さの2/3の位置にある。共振器32は、中間部に結合点52を備える。以下で説明するように、結合点52は、共振器32内に存在する量子ビットモードの節の位置に設けられる。共振器32は、結合点52で外部の伝送線路42(同軸ケーブル等)とキャパシティブ結合される。
【0028】
量子ビット22と共振器32との間にキャパシティブ結合があることにより、量子ビット22の量子ビットモードは共振器32内に染み出す。
【0029】
図4(a)に、量子ビット22から染み出して共振器32内に存在する量子ビットモードを示す。共振器32の第2の端部72が短絡端であるため、量子ビットモードの節は、第2の端部72から第1の端部62に向かって量子ビットモードの波長の1/2離れた位置にある。結合点52は、前述の通り量子ビットモードの節の位置に設けられる。すなわち第2の端部72から結合点52までの距離をL3とすると、
L3=(1/2)・λ(ω
QB)
である。
このとき量子ビットモードのエネルギーは、結合点52で0となる。従って共振器32内の量子ビットモードは、伝送線路42に漏れ出すことはない。これによりパーセル効果を0に抑制することができる。
【0030】
図4(b)に、共振器32内に存在する共振器モードを示す。前述のように、共振器モードの節は第2の端部72から共振器31の長さの2/3の位置にある。すなわち第2の端部72から共振器モードの節までの距離をL4とすると、L4は共振器の長さの2/3である。量子ビットモードの波長は共振器モードの波長より長い。
すなわち
λ(ω
QB)>λ(ω
R)
である。
従って、
L3>L4
である。すなわち結合点52は、共振器モードの節の位置からずれている。従って共振器32内の共振器モード(量子ビット22の量子状態が転写されたもの)は、結合点52から伝送線路42に放出して、伝播マイクロ波光子のパルスが発生する。
【0031】
このようにパーセルフィルタ内蔵型デバイス12は、パーセル効果を抑制しつつ光子生成に必要な自然放出には影響を与えないという点で、パーセルフィルタとしての機能を持つ。さらにパーセルフィルタ内蔵型デバイス12は、新たなフィルタ素子等を追加することなく、デバイス自体がフィルタ機能を内蔵しているため、構造が極めてシンプルである。
従ってこの実施の形態によれば、1/4波長共振器を用いて、新たな素子を追加することなくパーセル効果を抑制するデバイスを実現することができる。
【0032】
[第3の実施の形態]
図5は、第3の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイス100の透視図である。パーセルフィルタ内蔵型デバイス100は、共振器チップ200と、導体キャビティ600とを備える。
【0033】
共振器チップ200は、シリコン基板300上に設けられた量子ビット400と共振器500とを備える。共振器500は、第1の端部510と、第2の端部520と、を備える。量子ビット400と共振器500とは、共振器500の一方の第1の端部510で互いにキャパシティブ結合される。
【0034】
量子ビット400は、ジョセフソン接合とキャパシタとを並列に接続した回路のトランズモン量子ビットである。量子ビット400のキャパシタ部分は、ニオブ薄膜のドライエッチングによって作成される。一方量子ビット400のジョセフソン接合部分は、二層レジストを用いたアルミの斜め蒸着によって作成される。
【0035】
共振器500は、ニオブ薄膜のドライエッチングによって作成された細長い超伝導薄膜線であり、両端が開放端の1/2波長共振器である。
【0036】
導体キャビティ600は、内部に円柱状の空洞が貫通するアルミ製のブロックである。導体キャビティ600の空洞内には、共振器チップ200が固定される。導体キャビティ600は、内部の共振器チップの真上に相当する位置に貫通孔700が設けられる。
【0037】
伝送線路となる同軸ケーブル800が、貫通孔700を通して導体キャビティ600内に挿入される。挿入された同軸ケーブル800の先端部が共振器500との結合点となる。貫通孔700の位置は、結合点が共振器500内の量子ビットモードの節の位置となるように定められる。前述のように共振器500の第2の端部520が開放端であるため、量子ビットモードの節は、第2の端部520から第1の端部510に向かって量子ビットモードの波長離れた1/4の位置にある。
【0038】
以上のようにパーセルフィルタ内蔵型デバイス100を構成することにより、このデバイスはパーセルフィルタしての機能を持つことができる。パーセルフィルタ内蔵型デバイス100は、導体キャビティ600を外導体、共振器500を内導体とする同軸状の構造をしている。以下、このように構成される共振器を「同軸線共振器」と呼ぶ。同軸線共振器は、コプレーナ線路を用いて作成される2次元共振器と比べてモード体積が大きいため、内部損失が小さいというメリットがある。さらに同軸線共振器は構造がシンプルであるため、低コストで容易に作成することができる。このため、トランズモン量子ビットを長寿命化できる。また伝送線路用同軸ケーブルの挿入深さを変えることで、共振器の外部結合レートを容易に変えることができるので調整が容易である。
このように本実施の形態によれば、パーセル効果を抑制するデバイスを同軸線共振器で実現することができる。
【0039】
[伝播マイクロ波光子の生成]
以下、上記の実施の形態に係るパーセルフィルタ内蔵型デバイスを用いて、伝播マイクロ波光子を1個生成する手順を説明する。量子ビットは、基底状態|g>、第1励起状態|e>、第2励起状態|f>の3準位系であるとする。また共振器内には、光子が0個の真空状態|0>、光子が1個の1光子状態|1>の2つの光子状態があるものとする。以下、ケット|>内の左側の文字は量子ビットの状態、右側の文字は共振器内の光子の個数を示すものとする。例えば|e0>は、量子ビットが第1励起状態にあり、共振器内の光子が0であることを示す。
【0040】
図6に、伝播マイクロ波光子を生成するときの状態遷移を示す。この例では、|g0>を基準としたときの系の各状態のエネルギーに相当する周波数は以下の通りである。
|g0>:0GHz
|e0>:8.5GHz
|g1>:10.6GHz
|f0>:16.6GHz
【0041】
伝播マイクロ波光子は、以下の5つのステップにより生成する。
(ステップ1)量子ビットに基底状態|g0>と第1励起状態|e0>との間のエネルギー差に相当する周波数(8.5GHz)のマイクロ波を照射することにより、量子ビットを基底状態|g0>に初期化する。
(ステップ2)量子ビットを目的の状態α|g0>+β|e0>に設定する。
(ステップ3)量子ビットに第1励起状態|e0>と第2励起状態|f0>との間のエネルギー差に相当する周波数(16.6GHz-8.5GHz=8.1GHz)のマイクロ波を照射することにより、第1励起状態|e0>を第2状態|f0>に励起する。
(ステップ4)状態|f0>と状態|g1>との間のエネルギー差に相当する周波数(16.6GHz-10.6GHz=6.0GHz)の駆動マイクロ波を照射することにより、状態|f0>を状態|g1>に遷移させる。これにより、量子ビットの状態α|g0>+β|e0>が共振器に転写される。
(ステップ5)共振器から伝送線路への自然放出により、伝播マイクロ波光子のパルスα|0>+β|1>が生成される。系の状態は|g0>に戻る。
【0042】
同様の手順を踏むことにより、2モード以上のもつれ状態を生成することもできる。
従って前述の実施の形態は、伝播マイクロ波光子による通信や、伝播マイクロ波光子のクラスター状態の生成など、様々な分野に寄与することができる。
【0043】
[性能評価」
本発明者らが行った実験の結果、第3の実施の形態のパーセルフィルタ内蔵型デバイスにより、T/τとして約110の値が得られた。これにより、従来技術の最大値である約20に対して約5.5倍の性能向上を実現できることが示された。
【0044】
以上、本発明を実施の形態にもとづいて説明した。これらの実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0045】
(変形例)
第3の実施の形態は、共振器は両端が開放端の1/2波長共振器であったが、第2の端部は短絡端であってもよい。この場合、第2の実施の形態で説明したように、共振器は1/4波長共振器となる。貫通孔の位置は、第2の端部から第1の端部に向かって量子ビットモードの波長の1/2離れた位置となるように定められる。
【0046】
これらの各変形例は実施の形態と同様の作用・効果を奏する。
【0047】
上述した各実施の形態と変形例の任意の組み合わせもまた本発明の実施の形態として有用である。組み合わせによって生じる新たな実施の形態は、組み合わされる各実施の形態および変形例それぞれの効果をあわせもつ。
【符号の説明】
【0048】
11・・パーセルフィルタ内蔵型デバイス
12・・パーセルフィルタ内蔵型デバイス
20・・量子ビット
21・・量子ビット
22・・量子ビット
30・・共振器
31・・共振器
32・・共振器
40・・伝送線路
41・・伝送線路
42・・伝送線路
51・・結合点
52・・結合点
61・・第1の端部
62・・第1の端部
71・・第2の端部
72・・第2の端部
100・・パーセルフィルタ内蔵型デバイス
400・・量子ビット
500・・共振器
510・・第1の端部
520・・第2の端部
600・・導体キャビティ
700・・貫通孔