(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】エンジニアリングされたBlCas9ヌクレアーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240510BHJP
C12N 15/55 20060101ALI20240510BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20240510BHJP
C12N 9/16 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/55 ZNA
C12N15/31
C12N9/16 Z
(21)【出願番号】P 2020512343
(86)(22)【出願日】2019-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2019015321
(87)【国際公開番号】W WO2019194320
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2022-04-05
(31)【優先権主張番号】P 2018074118
(32)【優先日】2018-04-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的バイオ医療品創出基盤技術開発事業、研究開発課題名「新規CRISPR-Cas9システムセットの開発とその医療応用」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、平成30年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(S IP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」委託研究、試験研究計画名「バイオ産業・農業に貢献する精密ゲノム編集基盤技術の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】濡木 理
(72)【発明者】
【氏名】西増 弘志
(72)【発明者】
【氏名】中根 俊博
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/186953(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/070633(WO,A2)
【文献】特表2018-506987(JP,A)
【文献】国際公開第2017/161068(WO,A1)
【文献】KARVELIS, T., et al.,Rapid characterization of CRISPR-Cas9 protospacer adjacent motif sequence elements,Genome Biol.,2015年,vol.16,253
【文献】SPENCER, JM., et al.,Characterizing the Mutational Limits of S.pyogenes Cas9,Mol. Ther.,2017年05月,vol.25, no.5, Supplemnt 1,p.300(Abstract No.650)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C12N 15/55
C12N 15/31
C12N 9/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質。
配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下のいずれかの置換を含むアミノ酸配列
・アミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、
・アミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、及びアミノ酸番号1040位のLysのGluへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、
・アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、
・アミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号1040位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、及びアミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、及びアミノ酸番号1040位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、及びアミノ酸番号1040位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、及びアミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、アミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、及びアミノ酸番号959位のLysのAlaへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、アミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、及びアミノ酸番号992位のLysのAlaへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、アミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、アミノ酸番号959位のLysのAlaへの置換、及びアミノ酸番号992位のLysのAlaへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluのLysへの置換、アミノ酸番号843位のSerのAsnへの置換、アミノ酸番号997位のLysのArgへの置換、及びアミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換、
・アミノ酸番号95位のGluのLysへの置換、
・アミノ酸番号811位のThrのLysへの置換、
・アミノ酸番号1075位のSerのLysへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、及びアミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
請求項1に記載のタンパク質又は請求項2に記載の遺伝子と、
標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の1塩基上流から20塩基以上24塩基以下上流までの塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むガイドRNAとを含む組成物。
【請求項4】
標的二本鎖ポリヌクレオチド
(但し、インビボのヒト細胞中の標的二本鎖ポリヌクレオチド、ヒト生殖系列細胞中の標的二本鎖ポリヌクレオチド、ヒト胚中の標的二本鎖ポリヌクレオチドを除く。)を部位特異的に切断するための方法であって、
前記標的二本鎖ポリヌクレオチドと、請求項1に記載のタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出することを特徴とする、方法。
【請求項5】
標的二本鎖ポリヌクレオチド
(但し、インビボのヒト細胞中の標的二本鎖ポリヌクレオチド、ヒト生殖系列細胞中の標的二本鎖ポリヌクレオチド、ヒト胚中の標的二本鎖ポリヌクレオチドを除く。)を部位特異的に修飾するための方法であって、
前記標的二本鎖ポリヌクレオチドと、請求項1に記載のタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出し、
前記ガイドRNAと前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドが修飾されることを特徴とする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、好ましくは単純なPAM認識を有する、エンジニアリングされたBlCas9ヌクレアーゼ、該ヌクレアーゼをコードする遺伝子、及びそれらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
クラスター化した規則的な配置の短い回文反復配列(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:CRISPR)は、Cas(CRISPR-associated)遺伝子と共に、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成することが知られている。CRISPRは、ファージ又はプラスミドDNAに起因することが多く、大きさの類似するスペーサーと呼ばれる独特の可変DNA配列が間に入った、24~48bpの短い保存された反復配列からなる。また、リピート及びスペーサー配列の近傍には、Casタンパク質ファミリーをコードする遺伝子群が存在する。
【0003】
CRISPR-Casシステムにおいて、外来性のDNAは、Casタンパク質ファミリーによって30bp程度の断片に切断され、CRISPRに挿入される。Casタンパク質ファミリーの一つであるCas1及びCas2タンパク質は、外来性DNAのproto-spacer adjacent motif(PAM)と呼ばれる塩基配列を認識して、その上流を切り取って、宿主のCRISPR配列に挿入し、これが細菌の免疫記憶となる。免疫記憶を含むCRISPR配列が転写されて生成したRNA(pre-crRNAと呼ぶ。)は、一部相補的なRNA(trans-activating crRNA:tracrRNA)と対合し、Casタンパク質ファミリーの一つであるCas9タンパク質に取り込まれる。Cas9に取り込まれたpre-crRNA及びtracrRNAはRNAaseIIIにより切断され、外来配列(ガイド配列)を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNAs:crRNAs)となり、Cas9-crRNA-tracrRNA複合体が形成される。Cas9-crRNA-tracrRNA複合体はcrRNAと相補的な外来侵入性DNAに結合し、DNAを切断する酵素(ヌクレアーゼ)であるCas9タンパク質が、外来侵入性DNAを切断することよって、外から侵入したDNAの機能を抑制及び排除する。
【0004】
Cas9タンパク質は外来侵入性DNA中のPAM配列を認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断する。PAM配列の長さや塩基配列は細菌種によってさまざまであり、Streptococcus pyogenes(S.pyogenes)では「NGG」の3塩基を認識する。Streptococcus thermophilus(S.thermophilus)は2つのCas9を持っており、それぞれ「NGGNG」又は「NNAGAA」の5~6塩基をPAM配列として認識する。(Nは任意の塩基を表す)。PAM配列の上流の何bpのところを切断するかも細菌種によって異なるが、S.pyogenesを含め大部分のCas9オルソログはPAM配列の3塩基上流を切断する。
【0005】
近年、細菌でのCRISPR-Casシステムを、ゲノム編集に応用する技術が盛んに開発されている。crRNAとtracrRNAを融合させて、tracrRNA-crRNAキメラ(以下、ガイドRNA(guide RNA:gRNA)と呼ぶ。)として発現させ、活用している。これによりヌクレアーゼ(RNA-guided nuclease:RGN)を呼び込み、目的の部位でゲノムDNAを切断する。
【0006】
CRISPR-Casシステムには、typeI、II、IIIがあるが、ゲノム編集で用いるのはもっぱらtypeII CRISPR-Casシステムであり、typeIIではRGNとしてCas9タンパク質が用いられている。S.pyogenes由来のCas9タンパク質はNGGという3つの塩基をPAM配列として認識するため、グアニンが2つ並んだ配列がありさえすればその上流を切断できる。
【0007】
CRISPR-Casシステムを用いた方法は、目的のDNA配列と相同な短いgRNAを合成するだけでよく、単一のタンパク質であるCas9タンパク質を用いてゲノム編集ができる。そのため、従来用いられていたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やトランス活性化因子様作動体(TALEN)のようにDNA配列ごとに異なる大きなタンパク質を合成する必要がなく、簡便かつ迅速にゲノム編集を行うことができる。
【0008】
特許文献1には、S.pyogenes由来のCRISPR-Casシステムを活用したゲノム編集技術が開示されている。
【0009】
特許文献2には、S.thermophilus由来のCRISPR-Casシステムを活用したゲノム編集技術が開示されている。さらに、特許文献2には、Cas9タンパク質のD31A又はN891A変異体が、一方のDNA鎖のみにニック(nick)を入れるDNA切断酵素であるニッカーゼとして機能することが開示されており、DNA切断後の修復メカニズムで挿入欠失などの変異を起こしやすい非相同末端結合の発生率は少ないままで、野生型Cas9タンパク質と同程度の相同組み換え効率を有することが示されている。
【0010】
非特許文献1には、S.pyogenes由来のCas9を使用したCRISPR-Casシステムであって、2つのCas9タンパク質のD10A変異体と、該D10A変異体と複合体を形成する1対の標的特異的ガイドRNAを利用するダブルニッカーゼシステムが開示されている。各Cas9タンパク質のD10A変異体及び標的特異的ガイドRNAの複合体は、ガイドRNAと相補するDNA鎖に1つだけニックを作る。一対のガイドRNAは約20塩基程度ずれており、標的DNAの反対鎖に位置する標的配列のみを認識する。各Cas9タンパク質のD10A変異体及び標的特異的ガイドRNAの複合体によって作られた2つのニックはDSB(DNA二本鎖切断)を模倣する状態になり、一対のガイドRNAを利用することで高レベルの効率を維持しつつ、Cas9タンパク質媒介型遺伝子編集の特異性を改善できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開第2014/093661号
【文献】特表2015-510778号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Ran, F.A., et al. 2013. Double nicking by RNA―guided CRISPR Cas9 for enhanced genome editing specificity. Cell 154: 1380-1389.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に開示されているS.pyogenes由来のCas9タンパク質は、認識可能なPAM配列が「NGG」の3塩基であり、特許文献2に開示されているS.thermophilus由来のCas9タンパク質では、認識可能なPAM配列が「NGGNG」又は「NNAGAA」の5~6塩基であり、ともに認識可能なPAM配列に制限があるため、編集可能な標的配列が制限される。
【0014】
また、非特許文献1に開示されているダブルニッカーゼシステムでは、S.pyogenes由来のCas9タンパク質を使用しており、認識可能なPAM配列が標的配列内のセンス鎖及びアンチセンス鎖に1か所ずつ計2か所必要となるため、さらに編集可能な標的配列が制限される。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を提供することを目的とする。また、本発明は、ガイドRNA及び/又はDNAの認識が向上されたCas9タンパク質を提供することを目的とする。さらに、本発明は、前記Cas9タンパク質を利用した、標的配列に特異的なゲノム編集技術及び遺伝子発現調節の簡便且つ迅速な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
[1]以下の(a)~(f)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列、
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列、
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0017】
[2]配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位がAsnである、又は配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位がAsnであることを特徴とする、[1]に記載のタンパク質。
【0018】
[3]以下の(g)~(i)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質。
(g)配列番号13で表されるアミノ酸配列、
(h)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(i)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0019】
[4]配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位がAlaであることを特徴とする、[3]に記載のタンパク質。
【0020】
[5]以下の(j)~(l)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質。
(j)配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下の(1)及び/又は(2)の置換を少なくとも一つ含むアミノ酸配列
(1)アミノ酸番号52位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、55位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、843位のSerの、Asn、Gln、又はTyrへの置換、997位のLysの、Arg又はHisへの置換、1040位のLysの、Arg又はHisへの置換、959位のLysのAlaへの置換、992位のLysのAlaへの置換、及び904位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(2)アミノ酸番号72位のHisの、Lys若しくはArgへの置換、93位のGlnの、Lys、Arg、又はHisへの置換、95位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、175位のHisの、Lys、又はArgへの置換、811位のThrの、Lys、Arg、又はHisへの置換、1075位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、及び1076位のAspの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(k)(j)のアミノ酸配列の、前記(1)及び(2)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(l)(j)のアミノ酸配列の、前記(1)及び(2)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0021】
[6]配列番号5で表されるアミノ酸配列において、アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、及び/又はアミノ酸番号904位のGluのArgへの置換を含む、[5]に記載のタンパク質。
【0022】
[7]以下の(m)~(o)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質。
(m)配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下の置換を少なくとも一つ含むアミノ酸配列
・アミノ酸番号1022位のAspの、Asn、Gln、又はHisへの置換、
・アミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、55位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、843位のSerの、Asn、Gln、又はTyrへの置換、997位のLysの、Arg又はHisへの置換、1040位のLysの、Arg又はHisへの置換、959位のLysのAlaへの置換、992位のLysのAlaへの置換、及び904位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
・アミノ酸番号72位のHisの、Lys若しくはArgへの置換、93位のGlnの、Lys、Arg、又はHisへの置換、95位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、175位のHisの、Lys、又はArgへの置換、811位のThrの、Lys、Arg、又はHisへの置換、1075位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、及び1076位のAspの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(n)(m)のアミノ酸配列の、(m)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(o)(m)のアミノ酸配列の、(m)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0023】
[8]配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下の置換の組合せのいずれか一つを含む、[7]に記載のタンパク質。
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、及びアミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換、
・アミノ酸番号55位のSerのLysへの置換、アミノ酸番号904位のGluのArgへの置換、アミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換、及びアミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換
【0024】
[9](d)~(o)のいずれかにおいて、前記アミノ酸配列が、以下の(3)の置換を含むことを特徴とする、[1]~[8]のいずれか一つに記載のタンパク質。
(3)アミノ酸番号8位のAspのAlaへの置換、503位のGluのAlaへの置換、584位のHisのAlaへの置換、598位のAsnのAlaへの置換、607位のAsnのAlaへの置換、及び725位のAspのAlaへの置換から選択される少なくとも一つの置換
【0025】
[10][1]~[9]のいずれか一つに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【0026】
[11]以下の(p)~(s)のいずれか一つの塩基配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができるタンパク質をコードすることを特徴とする遺伝子。
(p)配列番号3又は4で表される塩基配列、
(q)配列番号3又は4で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加されている塩基配列、
(r)配列番号3又は4で表される塩基配列と同一性が80%以上である塩基配列、
(s)配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列
【0027】
[12]以下の(t)~(w)のいずれか一つの塩基配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができるタンパク質をコードすることを特徴とする遺伝子。
(t)配列番号14で表される塩基配列、
(u)配列番号14で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加されている塩基配列、
(v)配列番号14で表される塩基配列と同一性が80%以上である塩基配列、
(w)配列番号14で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列
【0028】
[13][1]~[9]のいずれか一つに記載のタンパク質又は[10]~[12]のいずれか一つに記載の遺伝子と、
標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の1塩基上流から20塩基以上24塩基以下上流までの塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むガイドRNAとを含む組成物。
【0029】
[14]標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、[1]~[8]のいずれか一つに記載のタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出することを特徴とする、方法。
【0030】
[15]標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、[1]~[8]のいずれか一つに記載のタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の3塩基上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出し、
前記ガイドRNAと前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドが修飾されることを特徴とする、方法。
【0031】
[16]標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、[9]に記載のタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記ガイドRNAを介して前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に結合し、ここで、前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断しないか又は一方の鎖のみを切断し、
前記ガイドRNAと前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドが修飾されることを特徴とする、方法。
【0032】
[17]遺伝子の発現を調節するための方法であって、
前記遺伝子に関連する標的二本鎖ポリヌクレオチドと、[9]に記載のタンパク質と、ガイドRNAと、エフェクター分子とを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記ガイドRNAを介して前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に結合し、それにより前記エフェクター分子が前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に作用することによって前記遺伝子の発現を調節することを特徴とする、方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を得ることができる。また、本発明により、ガイドRNA及び/又は標的二本鎖ポリヌクレオチドの認識が向上されたCas9タンパク質を提供することができる。さらに、本発明により、従来技術では標的とすることが不可能又は困難であった配列を含む、広範な配列から選択された標的配列において、標的配列特異的なゲノム編集及び遺伝子発現調節の簡便且つ迅速な方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】(A)BlCas9タンパク質が認識することができるPAM配列を示した図である。(B)BlCas9タンパク質と複合体と形成することができるガイドRNAの配列及び二次構造の一例を示した図である。
【
図2】BlCas9タンパク質、ガイドRNA、及び標的二本鎖ポリヌクレオチドの三者複合体の結晶構造解析の結果を示した図である。図中、「BH」はブリッジヘリックス、「PI」はPIドメイン(PAM配列認識部位)を示す。
【
図3】野生型BlCas9タンパク質のPAM配列認識部位においてPAM配列の5番目の塩基を認識する機構を示した図である。
【
図4】天然のPAM配列を含む標的DNAを用いて、野生型BlCas9とD1022N変異型BlCas9のDNA切断活性を比較したグラフである。野生型(WT)の切断活性を1として表した。
【
図5】野生型BlCas9及びD1022N変異型BlCas9について、認識するPAM配列の5番目の塩基の違いによる切断活性の違いを比較した電気泳動写真である。
【
図6】野生型BlCas9及びD1022N/K1040E変異型BlCas9について、認識するPAM配列の5番目の塩基の違いによる切断活性の違いを比較した電気泳動写真である。
【
図7】異なる長さのガイドRNAを用いてCas9の切断活性を確認したグラフである。
【
図8】DNA認識を向上させる各種変異を導入したCas9タンパク質によるDNA切断活性を示したグラフである。
【
図9】DNA認識を向上させる単変異体について、DNA切断活性の経時変化を示した図である。
【
図10】DNA認識を向上させる二重変異体について、DNA切断活性の経時変化を示した図である。
【
図11】E52R/S843N変異を導入したCas9タンパク質による、各種PAM配列を有する標的DNAの切断活性を示すグラフである。
【
図12】K959A、K992A、K959A/K992A、及びT1025A変異型BlCas9について、反応開始後(A)5分、(B)15分、(C)30分のそれぞれの時点での、各種PAM配列を有する標的DNAの切断活性を示す電気泳動写真である。
【
図13】
図12のT1025A変異型BlCas9の結果を定量化したグラフである。
【
図14】ガイドRNA認識を向上させる各種変異を導入したCas9タンパク質によるDNA切断活性を示したグラフである。
【
図15】ガイドRNA認識を向上させる各種変異を導入したCas9タンパク質によるDNA切断活性を示したグラフである。
【
図16A】野生型BlCas9タンパク質について、PAM配列の5番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図16B】D1022N変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の5番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図16C】S55K/E904R/D1022N(KRN変異)変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の5番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図16D】S55K/E904R/D1022N/T1025A(KRNA変異)変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の5番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図17A】野生型BlCas9タンパク質について、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図17B】T1025A変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図17C】S55K/E904R/T1025A(KRA変異)変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図17D】S55K/E904R/D1022N/T1025A(KRNA変異)変異型BlCas9タンパク質について、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の違いによるDNA切断活性の違いを示したグラフである。
【
図18】野生型BlCas9タンパク質及びD1022N変異型BlCas9タンパク質の哺乳動物細胞におけるゲノム編集活性(1塩基置換、挿入又は欠失)を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、必要に応じて図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する。
【0036】
<PAM配列における5番目の塩基の認識が改変されたCas9タンパク質>
一実施形態において、本発明は、以下の(a)~(f)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質を提供する。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列、
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列、
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0037】
本実施形態によれば、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列における5番目の塩基の認識が改変されたCas9タンパク質を得ることができる。
【0038】
本明細書において、「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」とは、アミノ酸残基のポリマーを意味し、互換的に使用される。また、1つ若しくは複数のアミノ酸が、天然に存在する対応アミノ酸の化学的類似体、又は修飾誘導体である、アミノ酸ポリマーを意味する。本明細書においては、IUPAC-IUB Joint Commission on Biochemical Nomenclature(JCBN)に従い定義されるようなアミノ酸の一文字表記及び三文字表記を使用する。
【0039】
本明細書において、アミノ酸配列における置換変異を表す場合、元のアミノ酸の一文字表記、続いて1~4桁の数字による位置番号、次に置換されたアミノ酸の一文字表記により表現することがある。例えば、アミノ酸番号1022位においてアスパラギン酸(D)がアスパラギン(N)に置換される変異が生じている場合、「D1022N」と表され、これは、「アミノ酸番号1022位のAspのAsnへの置換」と同義である。
【0040】
本発明者らは、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を得るために、Cas9のオルソログを調べ、Brevibacillus laterosporus(B.laterosporus)由来のCas9タンパク質(BlCas9タンパク質)に着目した。
【0041】
本明細書において、「オルソログ」とは、共通の祖先遺伝子から種分岐に伴って派生した遺伝子間の対応関係、又はそのような対応関係にある遺伝子群を意味する。
【0042】
野生型BlCas9タンパク質は、1092個のアミノ酸残基からなるtypeII Cas9エンドヌクレアーゼである。野生型BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列を、配列番号5に示す。
【0043】
図1(A)は、BlCas9タンパク質が認識することができるPAM配列を示した図である。BlCas9タンパク質は「5’-NNNNCNDD-3’」という8つの塩基をPAM配列として認識する。
図1(B)は、BlCas9タンパク質と複合体と形成することができるガイドRNAの配列及び二次構造の一例を示した図である(Karvelis et al. Genome Biology,2015)。
【0044】
なお、本明細書において、塩基配列を表す場合、「A」はアデニン、「G」はグアニン、「C」はシトシン、「T」はチミンをそれぞれ意味し、「D」は、アデニン、グアニン、及びチミンからなる群から選択された任意の1塩基を意味し、「N」は、アデニン、シトシン、チミン、及びグアニンからなる群から選択された任意の1塩基を意味する。
【0045】
続いて、本発明者らは、BlCas9タンパク質、ガイドRNA及び標的二本鎖ポリヌクレオチドの三者複合体について、結晶構造解析を行い、PAM配列認識部位の構造を得た。
図2は、BlCas9タンパク質、ガイドRNA及び標的二本鎖ポリヌクレオチドの三者複合体の結晶構造解析の結果を示した図である。PAM配列として「5’-NNNNCNDD-3’」を含み、ガイドRNAと非相補的な塩基配列を含む鎖を有する標的二本鎖ポリヌクレオチドを用いた。
図3は、野生型BlCas9タンパク質のPAM配列認識部位においてPAM配列の5番目の塩基を認識する機構を示した図である。PAM配列認識部位において、BlCas9タンパク質中の1022番目のアスパラギン酸(Asp1022)及び1040番目のリシン(Lys1040)が、PAM配列中の5番目のシトシン(C)及び該シトシン(C)と塩基対を形成しているグリシン(G)と、それぞれ水素結合を形成していることが明らかとなった。
【0046】
そこで、上述した野生型BlCas9タンパク質中のPAM配列認識部位の改変を試み、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を発明するに至った。
【0047】
PAM配列における5番目の塩基の認識が改変された本実施形態のBlCas9タンパク質は、具体的には、以下の(a)又は(d)のアミノ酸配列を含む配列からなることを特徴とするタンパク質である。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列
【0048】
配列番号1は、BlCas9タンパク質中のPAM配列認識部位であるPIドメイン(PI:PAM-interacting)の配列(923番目のSerから1092番目のArgまでの170残基)であって、PAM配列の5番目の塩基の認識を改変する点変異、具体的には、アミノ酸番号100位のAsp(D)の、Asn(N)、Gln(Q)、又はHis(H)への置換を少なくとも含む配列である。また、配列番号1は、前記置換に加えて、任意選択で118位のLys(K)の、Glu(E)又はAsp(D)への置換も含む。
【0049】
配列番号2は、BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列であって、PAM配列の5番目の塩基の認識を改変する点変異、具体的には、アミノ酸番号1022位のAsp(D)の、Asn(N)、Gln(Q)、又はHis(H)への置換を少なくとも含む配列である。また、配列番号2は、前記置換に加えて、任意選択で1040位のLys(K)の、Glu(E)又はAsp(D)への置換も含む。
【0050】
理論に拘束されるものではないが、野生型BlCas9のアミノ酸番号1022位(配列番号1の100位に相当)のAsp(D)を、ヌクレオチドと水素結合を形成することができる側鎖を有するアミノ酸に改変することで、二本鎖ポリヌクレオチド内のPAM配列における5番目の塩基と直接水素結合するため、結合力を強めることができ、それにより認識できる塩基の種類を改変することができると考えられる。「ヌクレオチドと水素結合を形成することができる側鎖を有するアミノ酸」としては、例えば、Asn(N)、Gln(Q)、及びHis(H)が挙げられ、この中で、Asn(N)が好ましい。また、上記1022位における変異に加えて、PAM配列中の5番目のCと塩基対を形成しているGを認識する1040位(配列番号1の118位に相当)のLys(K)をGlu(E)又はAsp(D)、好ましくはGlu(E)に置換することによって、認識されるPAM配列の5番目の塩基が「G」特異的になる。
【0051】
したがって、野生型BlCas9タンパク質が、PAM配列における5番目の塩基が「C」である配列を認識するのに対して、1022位における上記置換を有する本実施形態のBlCas9タンパク質は、PAM配列における5番目の塩基が「D」である配列(「5’-NNNNDNDD-3’」)を認識する。また、1022位及び1040位における上記置換の組合せを有する本実施形態のBlCas9タンパク質は、PAM配列における5番目の塩基が「G」である配列(「5’-NNNNGNDD-3’」)を認識する。
【0052】
また、本実施形態のBlCas9タンパク質は、前記(a)又は(d)の置換を含むアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質として、以下の(b)若しくは(c)、又は(e)若しくは(f)のアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質を包含する。
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0053】
本明細書において、「機能的に同等なタンパク質」とは、野生型Cas9タンパク質に備わっている機能のうち、Cas9タンパク質が用いられる用途において必要とされる機能を維持している、改変されたCas9タンパク質を意味し、「必要とされる機能」は、用途によって異なり得る。一実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質は、RNA誘導性DNAエンドヌクレアーゼ活性を維持している。別の実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質は、少なくとも標的特異的ガイドRNAと複合体を形成する機能を維持している。
【0054】
本明細書において、アミノ酸配列又は塩基配列の「欠失、挿入、置換又は付加」は、野生型のアミノ酸配列又は塩基配列と比較しての欠失、挿入、置換又は付加を指す。本実施形態のBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号1で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号100位以外の位置又は配列番号2で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1022位以外の位置において、例えば、1~250個、1~200個、1~150個、1~100個、好ましくは、1~50個、1~40個、1~30個、より好ましくは1~15個、さらにより好ましくは1~10個、特に好ましくは1~5個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。一実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、アミノ酸番号1022位以外の位置において、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、又は10個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。
【0055】
より具体的には、本実施形態のBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、上記の置換に加えて、以下に説明する(1)~(3)の置換を少なくとも一つ含んでいてもよい。一実施形態において、好ましくは、本実施形態のBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、(1)及び/又は(2)の置換を少なくとも一つ含む。別の実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、(1)~(3)の置換を全て含む。本実施形態の変異を含み、さらに(1)~(3)の置換を少なくとも一つ含む本発明の全長BlCas9タンパク質のアミノ酸配列の一例を、配列番号6に示す。
【0056】
本実施形態のBlCas9タンパク質のPAM配列認識アミノ酸配列が、配列番号1のアミノ酸番号100位以外の位置において1個又は複数個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む場合、前記アミノ酸配列は、配列番号1の100位以外の部位において、配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有する。また、本実施形態のBlCas9タンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2のアミノ酸番号1022位以外の位置において1個又は複数個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む場合、前記アミノ酸配列は、配列番号2の1022位以外の部位において、配列番号2のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有する。本明細書において、「同一性」とは、当技術分野で公知であるように、2以上のアミノ酸配列間又は2以上のポリヌクレオチド配列間の配列を比較することによって決定される関係を意味し、公知のコンピュータープログラムを用いて決定することができる。一実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号1の100位以外の部位において、配列番号1のアミノ酸配列と、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは95%以上、例えば96%以上、97%以上、又は98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。別の実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号2の1022位以外の部位において、配列番号2のアミノ酸配列と、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは95%以上、例えば96%以上、97%以上、又は98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0057】
一実施形態において、本発明のBlCas9タンパク質は、(a)~(f)のいずれか一つのアミノ酸配列に加えて他のアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質であってもよい。別の実施形態において、本発明のBlCas9タンパク質は、(d)~(f)のいずれか一つのアミノ酸配列のみからなるタンパク質である。
【0058】
<DNA配列の認識活性が向上されたCas9タンパク質/PAM配列における7番目及び/又は8番目の塩基の認識が改変されたCas9タンパク質>
一実施形態において、本発明は、以下の(g)~(i)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質を提供する。
(g)配列番号13で表されるアミノ酸配列、
(h)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(i)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0059】
PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識が改変された本実施形態のBlCas9タンパク質は、具体的には、以下の(g)のアミノ酸配列を含む配列からなることを特徴とするタンパク質である。
(g)配列番号13で表されるアミノ酸配列
【0060】
配列番号13は、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識が野生型BlCas9と比較して緩和されたBlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列であって、具体的には、アミノ酸番号1025位のThr(T)のAla(A)への置換を少なくとも含む配列である。
【0061】
また、本実施形態のBlCas9タンパク質は、前記(g)の置換を含むアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質として、以下の(h)又は(i)のアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質を包含する。
(h)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(i)配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0062】
本実施形態のBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号13で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号1025位以外の位置において、例えば、1~250個、1~200個、1~150個、1~100個、好ましくは、1~50個、1~40個、1~30個、より好ましくは1~15個、さらにより好ましくは1~10個、特に好ましくは1~5個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。一実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質のアミノ酸配列は、アミノ酸番号1025位以外の位置において、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、又は10個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。
【0063】
本実施形態のBlCas9タンパク質のPAM配列認識アミノ酸配列が、配列番号13のアミノ酸番号1025位以外の位置において1個又は複数個のアミノ酸の欠失、挿入、置換、又は付加を含む場合、前記アミノ酸配列は、配列番号13の1025位以外の部位において、配列番号13のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは95%以上、例えば96%以上、97%以上、又は98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0064】
一実施形態において、本発明のBlCas9タンパク質は、(g)~(i)のいずれか一つのアミノ酸配列に加えて他のアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質であってもよい。別の実施形態において、本発明のBlCas9タンパク質は、(g)~(i)のいずれか一つのアミノ酸配列のみからなるタンパク質である。
【0065】
また、一実施形態において、本発明は、BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列において、以下の(1)の置換を少なくとも一つ含むことを特徴とする、タンパク質を提供する。
(1)アミノ酸番号52位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、55位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、843位のSerの、Asn、Gln、又はTyrへの置換、997位のLysの、Arg又はHisへの置換、1040位のLysの、Arg又はHisへの置換、959位のLysのAlaへの置換、992位のLysのAlaへの置換、及び904位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換
【0066】
BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列において、1025位が置換された上記実施形態、及び(1)の置換を少なくとも一つ含む上記実施形態(以下、単に「本実施形態」とする)によれば、野生型BlCas9と比較してDNA配列の認識活性が向上されたCas9タンパク質を得ることができる。
【0067】
また、本実施形態のBlCas9タンパク質は、DNA配列の認識活性が向上された結果、PAM配列における7番目及び8番目の塩基の嗜好性が緩和されている。具体的には、本実施形態のBlCas9タンパク質は、少なくとも7番目又は8番目のいずれかの塩基が「N」であり、好ましくは、7番目及び8番目の塩基がともに「N」であるPAM配列を認識する。
【0068】
Cas9タンパク質のDNA配列の認識活性には様々な要因が関与している。例えば、Cas9タンパク質には、BH(ブリッジヘリックス)と呼ばれるアルギニン残基に富むαヘリックスが存在しているが、このBH中の複数のアルギニン残基が、ガイドRNAの「シード領域」と呼ばれるPAM配列の近傍10~12塩基対のリン酸骨格を認識しており、Cas9の機能に重要な役割を果たしていることが知られている。したがって、理論に拘束されるものではないが、BHドメイン中に存在するBlCas9の52位、55位等におけるアミノ酸残基を、核酸と結合しやすいLys(K)、Arg(R)、His(H)等の塩基性アミノ酸に置換することにより、Cas9タンパク質のDNA配列認識活性を向上させることができると考えられる。また、上述のとおり、PIドメインはPAM配列の認識に関わる部位であるため、このPIドメイン内やその近傍に位置する843位、997位、1040位等のアミノ酸を、核酸と結合しやすいLys(K)、Arg(R)、His(H)等の塩基性アミノ酸、又は任意の核酸中のリン酸基と水素結合し得る、Asn(N)、Glu(E)、Tyr(Y)等のアミノ酸に改変することで、DNAのリン酸骨格との結合を強めることができると考えられる。
【0069】
また、理論に拘束されるものではないが、野生型BlCas9のアミノ酸番号904位のGlu(E)を、二本鎖DNAの標的鎖(target strand)のリン酸骨格と相互作用することができるアミノ酸に改変することで、核酸の認識活性を向上させることができると考えられる。「DNAのリン酸骨格と相互作用することができるアミノ酸」としては、例えば、Arg(R)、Lys(K)、及びHis(H)が挙げられ、この中で、Arg(R)が好ましい。
【0070】
本実施形態のBlCas9タンパク質は、好ましくは以下の置換又は置換の組合せを含む。
・E52R
・E52K
・S55K
・S843N
・K997R
・E52R及びS843N
・E52R及びK997R
・E52R及びK1040R
・E52K及びS843N
・E52K及びK997R
・E52K及びK1040R
・S55K及びK997R
・S55K及びK1040R
・S55K、E52R、及びK997R
・S55K、E52K、及びK997R
・E52R、S843N、及びK997R
・E52K、S843N、及びK997R
【0071】
上記の中でも、三重変異、特にE52R、S843N、及びK997Rの置換の組合せが好ましい。
【0072】
上記の変異を有する本実施形態のBlCas9タンパク質は、PAM配列の8番目の塩基の認識の嗜好性が「D」(A、G、又はT)から「N」(A、C、G、又はT)に緩和される。
【0073】
上記の変異に代えて、またはこれに加えて、本実施形態のBlCas9タンパク質は、好ましくは以下の置換又は置換の組合せを含む。
・K959A
・K992A
・K959A/K992A
・T1025A
【0074】
上記の中でも、特にT1025Aの置換が好ましい。
【0075】
上記の変異を有する本実施形態のBlCas9タンパク質は、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識の嗜好性が「DD」(A、G、又はT)から「NN」(A、C、G、又はT)に緩和される。
【0076】
上記の変異に代えて、またはこれに加えて、本実施形態のBlCas9タンパク質は、好ましくは以下の置換又は置換の組合せを含む。
・E904R
・S55K/E904R
【0077】
したがって、1025位の置換及び/又は(1)の置換を少なくとも一つ含む本実施形態のBlCas9タンパク質は、「5’-NNNNCNND-3’」、「5’-NNNNCNDN-3’」、又は「5’-NNNNCNNN-3’」というPAM配列を認識することができる。また、1025位の置換及び/又は(1)の置換の少なくとも一つを上記配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列に導入することにより、改変されたCas9タンパク質は、「5’-NNNNDNND-3’」、「5’-NNNNDNDN-3’」、若しくは「5’-NNNNDNNN-3’」、又は「5’-NNNNGNND-3’」、「5’-NNNNGNDN-3’」、若しくは「5’-NNNNGNNN-3’」というPAM配列を認識することができる。PAM配列の認識が広範化されたこれらのCas9タンパク質を単独で又は組み合せて用いることにより、理論的には全ての配列について、PAM配列の制限を受けることなく、自由にガイドRNAを設計することが可能となる。
【0078】
<ガイドRNAの認識活性が向上されたCas9タンパク質>
一実施形態において、本発明は、BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列において、以下の(2)の置換を少なくとも一つ含むことを特徴とする、タンパク質を提供する。
(2)アミノ酸番号72位のHisの、Lys若しくはArgへの置換、93位のGlnの、Lys、Arg、又はHisへの置換、95位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、175位のHisの、Lys、又はArgへの置換、811位のThrの、Lys、Arg、又はHisへの置換、1075位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、及び1076位のAspの、Lys、Arg、又はHisへの置換
【0079】
本実施形態によれば、野生型Cas9と比較してガイドRNAの認識活性が向上されたCas9タンパク質を得ることができる。
【0080】
理論に拘束されるものではないが、全長BlCas9の93位、95位、175位、811位、1075位、及び/又は1076位のアミノ酸を、核酸と結合しやすい塩基性アミノ酸に置換することで、Cas9タンパク質が標的DNAの二重らせん構造をほどく活性が向上すると考えられる。塩基性アミノ酸としては、例えば、Lys、Arg、Hisが挙げられる。特に以下から選択される少なくとも一つの置換が好ましい:H72K、Q93K、E95K、H175K、T811K、S1075K、及びD1076K。
【0081】
一実施形態において、本発明は、以下の(j)~(l)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質を提供する。
(j)配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下の(1)及び/又は(2)の置換を少なくとも一つ含むアミノ酸配列
(1)アミノ酸番号52位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、55位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、843位のSerの、Asn、Gln、又はTyrへの置換、997位のLysの、Arg又はHisへの置換、1040位のLysの、Arg又はHisへの置換、959位のLysのAlaへの置換、992位のLysのAlaへの置換、及び904位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(2)アミノ酸番号72位のHisの、Lys若しくはArgへの置換、93位のGlnの、Lys、Arg、又はHisへの置換、95位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、175位のHisの、Lys、又はArgへの置換、811位のThrの、Lys、Arg、又はHisへの置換、1075位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、及び1076位のAspの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(k)(j)のアミノ酸配列の、前記(1)及び(2)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(l)(j)のアミノ酸配列の、前記(1)及び(2)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0082】
さらに、本発明のBlCas9タンパク質は、上述の全ての変異の任意の組合せを含むことができる。
【0083】
したがって、一実施形態において、本発明は、以下の(m)~(o)のいずれか一つのアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができることを特徴とするタンパク質を提供する。
(m)配列番号5で表されるアミノ酸配列において、以下の置換を少なくとも一つ含むアミノ酸配列
・アミノ酸番号1022位のAspの、Asn、Gln、又はHisへの置換、
・アミノ酸番号1025位のThrのAlaへの置換、
・アミノ酸番号52位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、55位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、843位のSerの、Asn、Gln、又はTyrへの置換、997位のLysの、Arg又はHisへの置換、1040位のLysの、Arg又はHisへの置換、959位のLysのAlaへの置換、992位のLysのAlaへの置換、及び904位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
・アミノ酸番号72位のHisの、Lys若しくはArgへの置換、93位のGlnの、Lys、Arg、又はHisへの置換、95位のGluの、Lys、Arg、又はHisへの置換、175位のHisの、Lys、又はArgへの置換、811位のThrの、Lys、Arg、又はHisへの置換、1075位のSerの、Lys、Arg、又はHisへの置換、及び1076位のAspの、Lys、Arg、又はHisへの置換から選択される少なくとも一つの置換、
(n)(m)のアミノ酸配列の、(m)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、
(o)(m)のアミノ酸配列の、(m)に規定するアミノ酸番号以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0084】
本実施形態のBlCas9タンパク質の具体例としては、例えば以下の置換の組合せを含むタンパク質が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0085】
BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列における1022位のAsp(D)の、Asn(N)、Gln(Q)、又はHis(H)への置換、好ましくはAsn(N)への置換と、55位のSer(S)のLys(K)への置換と、904位のGlu(E)の、Arg(R)、Lys(K)、又はHis(H)への置換、好ましくはArg(R)への置換。この置換の組合せにより、1022位における置換を単独で有する変異型BlCas9と比較して、PAM配列の認識活性がさらに向上した変異型BlCas9を得ることができる。
【0086】
BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列における1025位のThr(T)のAla(A)への置換と、55位のSer(S)のLys(K)への置換と、904位のGlu(E)の、Arg(R)、Lys(K)、又はHis(H)への置換、好ましくはArg(R)への置換。この置換の組合せにより、1025位における置換を単独で有する変異型BlCas9と比較して、PAM配列の認識活性がさらに向上した変異型BlCas9を得ることができる。
【0087】
BlCas9タンパク質の全長アミノ酸配列における1022位のAsp(D)の、Asn(N)、Gln(Q)、又はHis(H)への置換、好ましくはAsn(N)への置換と、1025位のThr(T)のAla(A)への置換と、55位のSer(S)のLys(K)への置換と、904位のGlu(E)の、Arg(R)、Lys(K)、又はHis(H)への置換、好ましくはArg(R)への置換とを組み合わせることにより、核酸の認識活性が高く、PAM配列の認識の嗜好性が緩和された変異型BlCas9を得ることができる。
【0088】
本実施形態のBlCas9タンパク質は、好ましくは以下の置換の組合せを含む。また、これらの置換の組合せを含む変異型BlCas9のアミノ酸配列を配列番号15に示す。
・S55K/E904R/D1022N:この変異の組合せを含むCas9タンパク質は、「5’-NNNNDNDD-3’」というPAM配列を認識することができる。
・S55K/E904R/T1025A:この変異の組合せを含むCas9タンパク質は、「5’-NNNNCNNN-3’」というPAM配列を認識することができる。
・S55K/E904R/D1022N/T1025A:この変異の組合せを含むCas9タンパク質は、「5’-NNNNNNDD-3’」というPAM配列を認識することができる。
【0089】
<Cas9タンパク質のDNA切断活性>
一実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、エンドヌクレアーゼ活性を維持している。本明細書において、「エンドヌクレアーゼ」とは、ヌクレオチド鎖の内部、すなわち末端でない部分を切断する酵素を意味する。したがって、前記実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断することができる。
【0090】
別の実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、標的二本鎖ポリヌクレオチドの一方又は両方の鎖を切断する能力を欠如している改変体であってもよい。すなわち、前記実施形態において、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断しないか、又は二本のうち片方の鎖のみを切断する。
【0091】
例えば、S.pyogenes由来のCas9(SpCas9)において、RuvC I触媒ドメイン中のアミノ酸番号10位のAspからAlaへの置換(D10A)により、Cas9が、両方の鎖を切断するヌクレアーゼから一本鎖を切断するニッカーゼに変換されることが知られている。Cas9をニッカーゼにする変異の他の例には、SpCas9のE762A、H840A、N854A、N863A、及びD986Aが含まれるが、これらに限定されない。本実施形態の改変されたBlCas9タンパク質は、BlCas9における対応する位置において、上記の変異を一つ又は複数含んでいてもよい。
【0092】
したがって、一実施態様において、改変されたBlCas9タンパク質が、標的二本鎖ポリヌクレオチドの一方又は両方の鎖を切断する能力を欠如している場合、該タンパク質のアミノ酸配列は、以下の変異:
(3)アミノ酸番号8位のAspのAlaへの置換、503位のGluのAlaへの置換、584位のHisのAlaへの置換、598位のAsnのAlaへの置換、607位のAsnのAlaへの置換、及び725位のAspのAlaへの置換から選択される少なくとも一つの置換
を含んでいてもよい。
【0093】
一実施形態において、改変されたBlCas9タンパク質は、DNA切断活性を実質的に欠く。本明細書において、改変されたCas9のDNAの切断活性が「DNA切断活性を実質的に欠く」とは、その改変体のDNA切断活性が、非改変形態に対して約25%、10%、5%、1%、0.1%、又は0.01%未満であることを指す。
【0094】
用途を制限するものではないが、標的二本鎖ポリヌクレオチドの一方又は両方の鎖を切断する能力を欠如しているCas9タンパク質は、例えば後述するような、個々の塩基を一塩基単位で高精度に改変するゲノム編集(一塩基編集)や、遺伝子の発現を調節する方法等での使用において、特に有利である。
【0095】
本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、例えば次のような方法により作製することができる。まず、改変されたBlCas9タンパク質をコードする核酸を含むベクターを用いて、宿主を形質転換する。続いて、形質転換された当該宿主を培養して前記Casタンパク質を発現させる。培地の組成、培養の温度及び時間、誘導物質の添加等の条件は、形質転換体が生育し、目的のタンパク質が効率よく産生されるよう、公知の方法に従って当業者が決定できる。また、例えば、選択マーカーとして抗生物質抵抗性遺伝子を発現ベクターに組み込んだ場合、培地に抗生物質を加えることにより、形質転換体を選択することができる。続いて、宿主が発現した前記Cas9タンパク質を適宜の方法により精製することにより、改変されたCas9タンパク質が得られる。宿主としては、特に限定されず、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、又は、大腸菌、枯草菌、酵母等の微生物が挙げられる。
【0096】
<タンパク質をコードする遺伝子>
一実施形態において、本発明は、上記[1]~[9]のいずれか一つに記載のタンパク質をコードする遺伝子を提供する。
【0097】
また、一実施形態において、本発明は、以下の(p)~(s)のいずれか一つの塩基配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができるタンパク質をコードすることを特徴とする遺伝子を提供する。
(p)配列番号3又は4で表される塩基配列、
(q)配列番号3又は4で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加されている塩基配列、
(r)配列番号3又は4で表される塩基配列と同一性が80%以上である塩基配列、
(s)配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列
【0098】
配列番号3は、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列である。また、配列番号4は、配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0099】
また、別の一実施形態において、本発明は、以下の(t)~(w)のいずれか一つの塩基配列を含む配列からなり、且つ、標的特異的ガイドRNAと複合体を形成することができるタンパク質をコードすることを特徴とする遺伝子を提供する。
(t)配列番号14で表される塩基配列、
(u)配列番号14で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加されている塩基配列、
(v)配列番号14で表される塩基配列と同一性が80%以上である塩基配列、
(w)配列番号14で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列
【0100】
配列番号14は、配列番号13のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0101】
本実施形態の塩基配列は、配列番号3、4、又は14で表される塩基配列において、例えば、1~700個、1~500個、1~300個、1~100個、好ましくは、1~50個、1~40個、1~30個、より好ましくは1~15個、さらにより好ましくは1~10個、特に好ましくは1~5個の塩基の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。一実施形態において、塩基配列は、配列番号3、4、又は14で表される塩基配列において、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、又は10個の塩基の欠失、挿入、置換、又は付加を含む。
【0102】
本実施形態の塩基配列は、配列番号3、4、又は14で表される塩基配列と、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは95%以上、例えば96%以上、97%以上、又は98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。塩基配列の同一性は、上述のアミノ酸配列の同一性を決定する方法と同様に、当該技術分野において公知の手法により決定することができる。
【0103】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、Molecular Cloning-A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION(Sambrookら、Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載の方法が挙げられる。例えば、5×SSC(20×SSCの組成:3M 塩化ナトリウム、0.3M クエン酸溶液、pH7.0)、0.1重量% N-ラウロイルサルコシン、0.02重量%のSDS、2重量%の核酸ハイブルダイゼーション用ブロッキング試薬、及び50%フォルムアミドから成るハイブリダイゼーションバッファー中で、55~70℃で数時間から一晩インキュベーションを行うことによりハイブリダイズさせる条件を挙げることができる。なお、インキュベーション後の洗浄の際に用いる洗浄バッファーとしては、好ましくは0.1重量%SDS含有1×SSC溶液、より好ましくは0.1重量%SDS含有0.1×SSC溶液である。
【0104】
一実施形態において、本発明の遺伝子は、(p)~(w)のいずれか一つの塩基配列に加えて他の塩基配列を含む配列からなる遺伝子であってもよい。別の実施形態において、本発明の遺伝子は、(p)~(w)のいずれか一つの塩基配列のみからなる遺伝子である。
【0105】
本実施形態の遺伝子を発現ベクターに挿入し、これを用いて宿主を形質転換することにより、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を得ることができる。
【0106】
本実施形態において、Cas9をコードする塩基配列は、真核生物細胞等の特定の細胞における発現のためにコドン最適化されていてもよい。真核生物細胞としては、特定の生物、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ブタ、又は非ヒト霊長類等が挙げられ、これらに限定されない。一般に、コドン最適化とは、ネイティブのアミノ酸配列を維持しつつ、ネイティブの配列の少なくとも1つのコドンを、導入される動物種の遺伝子においてより頻繁に又は最も頻繁に使用されるコドンで置き換えることによって、導入される動物種における増強された発現のために核酸配列を改変するプロセスを指す。種々の種が、特定のアミノ酸の特定のコドンについて特定のバイアスを示す。コドンバイアス(生物間のコドン使用頻度における差異)は、mRNAの翻訳効率と相関する場合が多く、これは、翻訳されているコドンの特性及び特定のtRNAの利用可能性にとりわけ依存すると考えられている。細胞中の選択されたtRNAの優勢は、一般に、ペプチド合成において最も頻繁に使用されるコドンの反映である。従って、遺伝子は、コドン最適化に基づいて、所与の生物における最適な遺伝子発現のために個別化され得る。コドン使用頻度表は、例えば、www.kazusa.or.jp/codon/(2018年3月20日に訪問)に掲載されている「Codon Usage Database」において容易に入手可能であり、これらの表を用いて、コドンを最適化することができる(例えば、Nakamura,Y.ら「Codon usage tabulated from the international DNA sequence databases:status for the year 2000」Nucl. Acids Res. 28:292 (2000)、参照)。特定の動物種における発現のために特定の配列をコドン最適化するためのコンピューターアルゴリズムについても、例えば、Gene Forge(Aptagen社;Jacobus、PA)等において入手可能である。本実施形態において、Cas9をコードする配列中の1つ又は複数のコドンは、特定のアミノ酸について最も頻繁に使用されるコドンに対応する。
【0107】
<改変されたCas9タンパク質またはその遺伝子とガイドRNAとを含む組成物>
一実施形態において、本発明は、上述の改変されたBlCas9タンパク質又は該タンパク質をコードする遺伝子と、
標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の1塩基上流から20塩基以上24塩基以下上流までの塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むガイドRNAとを含む組成物を提供する。
【0108】
本実施形態の組成物を使用することにより、広範な配列から選択された標的配列において、標的配列特異的なゲノム編集及び遺伝子発現調節を簡便且つ迅速に行うことができる。
【0109】
本明細書中において、「標的配列」の「配列」とは、任意の長さのヌクレオチド配列を意味しており、デオキシリボヌクレオチド又はリボヌクレオチドであり、線状、環状、又は分岐状であり、一本鎖又は二本鎖である。
【0110】
また、本明細書中において、「PAM配列」とは、標的二本鎖ポリヌクレオチド中に存在し、Cas9タンパク質により認識可能な配列を意味する。PAM配列の長さや塩基配列は細菌種によって異なる。本実施形態の改変されたBlCas9タンパク質により認識可能な配列は、「5’-NNNNCNND-3’」、「5’-NNNNCNDN-3’」、「5’-NNNNCNNN-3’」、「5’-NNNNDNDD-3’」、「5’-NNNNDNND-3’」、「5’-NNNNDNDN-3’」、「5’-NNNNDNNN-3’」、「5’-NNNNGNDD-3’」、「5’-NNNNGNDN-3’」、「5’-NNNNGNNN-3’」、「5’-NNNNNNDD-3’」、「5’-NNNNNNND-3’」、「5’-NNNNNNDN-3’」、又は「5’-NNNNNNNN-3’」として表すことができる。
【0111】
本明細書中において、「ポリヌクレオチド」とは、線状又は環状配座であり、一本鎖又は二本鎖形態のいずれかである、デオキシリボヌクレオチド又はリボヌクレオチドポリマーを意味し、ポリマーの長さに関して制限するものとして解釈されるものではない。また、ポリヌクレオチドには、天然ヌクレオチドの公知の類似体、並びに塩基部分、糖部分及びリン酸部分のうち少なくとも一つの部分において修飾されるヌクレオチド(例えば、ホスホロチエート骨格)も包含される。一般に、特定ヌクレオチドの類似体は、元のヌクレオチドと同一の塩基対合特異性を有し、例えば、Aの類似体は、Tと塩基対合する。
【0112】
本明細書中において、「ガイドRNA」とは、tracrRNA-crRNAのヘアピン構造を模倣したものであり、標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の1塩基上流から、好ましくは20塩基以上24塩基以下、より好ましくは21塩基以上23塩基以下まで、さらに好ましくは21塩基又は22塩基、最も好ましくは22塩基の標的塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを5’末端領域に含むものである。さらに、標的二本鎖ポリヌクレオチドと非相補的な塩基配列からなり、一点を軸として対称に相補的な配列になるように並び、ヘアピン構造をとり得る塩基配列からなるポリヌクレオチドを1つ以上含んでいてもよい。
【0113】
前記タンパク質及び前記ガイドRNAは、in vitro及びin vivoにおいて、温和な条件で混合することで、タンパク質-RNA複合体を形成することができる。温和な条件とは、温度及びpHが、タンパク質が分解又は変性しない程度の温度及びpHである条件を示しており、温度は4℃以上40℃以下が好ましく、pHは4以上10以下が好ましい。
【0114】
本実施形態において、組成物は、ガイドRNAをコードする発現ベクターを含んでもよい。また、組成物が、改変されたBlCas9をコードする遺伝子を含む場合、遺伝子は、線状(直鎖状)の遺伝子断片として提供されてもよいし、ベクターに組み込まれた状態で提供されてもよい。改変されたBlCas9をコードする遺伝子がベクターに組み込まれて提供される場合、Cas9をコードする遺伝子と、ガイドRNAをコードする遺伝子は、同一のベクターとして提供されてもよいし、複数の別個のベクターとして提供されてもよい。ベクターとしては、特に限定されず、プラスミドベクター、ウイルスベクター等、従来公知のものを用いることができる。ウイルスベクターの例は、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴(AAV)ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、シンドビスウイルスベクター等であるが、これらに限定されない。
【0115】
本実施形態の組成物は、医薬用であることが好ましく、薬学的に許容される担体を含むことがより好ましい。本実施形態の医薬用組成物は、例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の形態で経口的に、あるいは、注射剤、坐剤、皮膚外用剤等の形態で非経口的に投与することができる。
【0116】
薬学的に許容される担体としては、通常医薬組成物の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤;ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等の粘着剤等が挙げられる。薬学的に許容される担体は、1種を単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0117】
本実施形態の組成物は、更に添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。添加剤は、1種を単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0118】
本実施形態の組成物は、一種又は複数の疾患又は症状を治療及び/又は予防するために用いられる。好ましくは、前記疾患又は症状は、遺伝子疾患又は遺伝子の異常に起因する症状である。
【0119】
<標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法>
一実施形態において、本発明は、標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、本発明のCasタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出することを特徴とする、方法を提供する。
【0120】
本実施形態の方法によれば、広範な配列から選択された標的配列において、部位特異的な標的二本鎖ポリヌクレオチドの切断を簡便且つ迅速に行うことができる。
【0121】
標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0122】
まず、本実施形態のBlCas9タンパク質とガイドRNAとを接触させる。接触させる工程は、例えば、前記Cas9タンパク質とガイドRNAとを温和な条件で混合し、インキュベートすることによって行ってもよい。温和な条件とは、上述のとおりである。インキュベートする時間は、0.5時間以上1時間以下が好ましい。前記Cas9タンパク質及び前記ガイドRNAによる複合体は、安定しており、室温で数時間静置しても安定性を保つことができる。
【0123】
本実施形態において用いるCas9タンパク質及びガイドRNAについては、上述のとおりである。
【0124】
本実施形態において、標的二本鎖ポリヌクレオチドは、5’→3’の方向で記載される、NNNNCNND、NNNNCNDN、NNNNCNNN、NNNNDNDD、NNNNDNND、NNNNDNDN、NNNNDNNN、NNNNGNDD、NNNNGNND、NNNNGNDN、NNNNGNNN、NNNNNNDD、NNNNNNND、NNNNNNDN、及びNNNNNNNNからなる群から選択されるPAM配列を含む配列が好ましく、ここで、Nは、アデニン、シトシン、チミン、及びグアニンからなる群から選択された任意の1塩基であり、Dは、アデニン、チミン、及びグアニンからなる群から選択された任意の1塩基である。
【0125】
次に、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド上において、前記タンパク質及び前記ガイドRNAは複合体を形成する。前記タンパク質は、「5’-NNNNCNND-3’」、「5’-NNNNCNDN-3’」、「5’-NNNNCNNN-3’」、「5’-NNNNDNDD-3’」、「5’-NNNNDNND-3’」、「5’-NNNNDNDN-3’」、「5’-NNNNDNNN-3’」、「5’-NNNNGNDD-3’」、「5’-NNNNGNND-3’」、「5’-NNNNGNDN-3’」、「5’-NNNNGNNN-3’」、「5’-NNNNNNDD-3’」、「5’-NNNNNNND-3’」、「5’-NNNNNNDN-3’」、及び「5’-NNNNNNNN-3’」からなる群から選択されるPAM配列を認識し、PAM配列の上流に位置する切断部位で、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出する。
【0126】
より詳細には、前記Cas9タンパク質がPAM配列を認識し、PAM配列を起点として、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの二重らせん構造が引き剥され、前記ガイドRNA中の前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに相補的な塩基配列とアニーリングすることで、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの二重らせん構造が部分的にほぐれる。このとき、前記Cas9タンパク質は、PAM配列の上流に位置する切断部位で、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドのリン酸ジエステル結合を切断し、平滑末端を作出する。
【0127】
本実施形態において、切断部位は、例えば、標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の1、2、3、4、5、6、7、8、9、10塩基上流である。好ましくは、切断部位は、標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の3塩基上流である。
【0128】
本実施形態の方法は、in vivo又はin vitroの任意の環境で行うことができる。一実施形態において、本実施形態の方法は、生体外、すなわちex vivo又はin vitroで行われる。
【0129】
<標的二本鎖ヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法>
一実施形態において、本発明は、標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、本発明のCasタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチド中のPAM配列の上流に位置する切断部位で該標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断して、平滑末端を作出し、
前記ガイドRNAと前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドが修飾されることを特徴とする、方法を提供する。
【0130】
本実施形態によれば、広範な配列から選択された標的配列において、部位特異的な標的二本鎖ポリヌクレオチドの修飾を簡便且つ迅速に行うことができる。
【0131】
標的二本鎖ヌクレオチドを部位特異的に修飾するための本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0132】
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、Casタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程は、上記<標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法>と同様に行うことができる。
【0133】
本実施形態において用いる標的二本鎖ポリヌクレオチド、Cas9タンパク質、及びガイドRNAについては、上述のとおりである。
【0134】
標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法について、以下に詳細を説明する。標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するまでの工程は上述のとおりである。続いて、前記ガイドRNAと前記二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、目的に応じた修飾が施された標的二本鎖ポリヌクレオチドを得ることができる。
【0135】
本明細書中において、「修飾」とは、標的二本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列が変化することを意味する。例えば、標的二本鎖ポリヌクレオチドの切断、切断後の外因性配列の挿入(物理的挿入又は相同指向修復を介する複製による挿入)による標的二本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列の変化、切断後の非相同末端連結(NHEJ:切断により生じたDNA末端同士が再び結合すること)による標的二本鎖ポリヌクレオチドの塩基配列の変化等が挙げられる。本実施形態における標的二本鎖ポリヌクレオチドの修飾により、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの変異の導入、又は、標的二本鎖ポリヌクレオチドの機能を破壊することができる。
【0136】
本実施形態の方法は、in vivo又はin vitroの任意の環境で行うことができる。一実施形態において、本実施形態の方法は、生体外、すなわちex vivo又はin vitroで行われる。
【0137】
<標的二本鎖ヌクレオチドを部位特異的かつ正確に修飾するための方法>
一実施形態において、本発明は、標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に修飾するための方法であって、
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、本発明のCasタンパク質と、ガイドRNAとを接触させる工程を含み、
前記タンパク質が、前記ガイドRNAを介して前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に結合し、ここで、前記タンパク質が、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断しないか又は一方の鎖のみを切断し、
前記ガイドRNAと前記標的二本鎖ポリヌクレオチドの相補的結合によって決定される領域において、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドが修飾されることを特徴とする、方法を提供する。
【0138】
本実施形態によれば、部位特異的かつ一塩基単位の正確な標的二本鎖ポリヌクレオチドの修飾を簡便且つ迅速に行うことができる。特に、標的配列が広範化した本発明のBlCas9タンパク質を使用することにより、自由にガイドRNAを設計することができるため、編集する塩基を自由に選択することができる。そのため、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、本実施形態の方法における使用に関して特に有利である。
【0139】
改変されたBlCas9タンパク質を用いて遺伝子の発現を調節するための本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0140】
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、Casタンパク質と、ガイドRNAと、エフェクター分子とを接触させる工程は、上記<標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法>と同様に行うことができる。
【0141】
本実施形態において用いる標的二本鎖ポリヌクレオチド及びガイドRNAについては、上述のとおりである。本実施形態において用いるCas9タンパク質は、上記<Cas9タンパク質のDNA切断活性>に記載している、標的二本鎖ポリヌクレオチドの一方又は両方の鎖を切断する能力を欠如している改変体である。
【0142】
標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的にかつ正確に修飾するための方法について、以下に詳細を説明する。各構成成分を上述のとおり接触させると、Cas9タンパク質とガイドRNAとが複合体を形成し、標的二本鎖ポリヌクレオチドに結合する。ここで、Cas9タンパク質は、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドを切断しないか又は一方の鎖のみを切断して、すなわち、二本鎖切断を起こすことなく、標的ポリヌクレオチド内の塩基配列を修飾する。「修飾」とは、上で定義したとおりである。本実施形態において、修飾は、好ましくは一塩基単位で行われ、例えば、C-G塩基対をT-A塩基対へ変えること、又はその逆を行うことを意味する。
【0143】
本実施形態において、上記の一塩基単位の特異的かつ正確な修飾(一塩基編集)は、好ましくは、デアミナーゼ(脱アミノ化酵素)を用いて行われる。デアミナーゼとしては、例えば、シチジンデアミナーゼやアデノシンデアミナーゼを使用することができる。デアミナーゼは、Cas9タンパク質に作動可能に連結されていてもよい。本明細書において、「作動可能に連結されている」とは、連結されている各構成要素が、その通常の機能を果たすことができるように連結されていることを意味する。
【0144】
本実施形態の方法は、in vivo又はin vitroの任意の環境で行うことができる。一実施形態において、本実施形態の方法は、生体外、すなわちex vivo又はin vitroで行われる。
【0145】
<遺伝子の発現を調節するための方法>
一実施形態において、本発明は、遺伝子の発現を調節するための方法であって、
前記遺伝子に関連する標的二本鎖ポリヌクレオチドと、本発明のCasタンパク質と、ガイドRNAと、エフェクター分子とを接触させる工程を含み、
前記Casタンパク質が、前記ガイドRNAを介して前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に結合し、それにより前記エフェクター分子が前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に作用することによって前記遺伝子の発現を調節することを特徴とする、方法を提供する。
【0146】
本実施形態によれば、広範な配列から選択された標的配列において、CRISPR/Cas9系による標的二本鎖ポリヌクレオチド認識を利用した遺伝子発現の調節を簡便且つ迅速に行うことができる。特に、標的配列が広範化した本発明のBlCas9タンパク質を使用することにより、自由にガイドRNAを設計することができるため、遺伝子発現の調節を最も効果的に行うことができる領域(ホットスポット)にエフェクター分子を正確に送達することができる。そのため、本発明の改変されたBlCas9タンパク質は、本実施形態の方法における使用に関して特に有利である。
【0147】
本明細書において、「発現」とは、ポリヌクレオチドがmRNAへと転写されるプロセス、及び/又は転写されたmRNAが、ペプチド、ポリペプチド、若しくはタンパク質へと翻訳されるプロセスを意味する。ポリヌクレオチドがゲノムDNA由来のポリヌクレオチドである場合、発現は、真核生物細胞におけるmRNAのスプライシングを含み得る。
【0148】
本明細書において、「遺伝子の発現」とは、遺伝子中に含有される情報の、遺伝子産物への変換を意味する。遺伝子産物は、遺伝子の直接的転写産物(例えば、mRNA、tRNA、rRNA、アンチセンスRNA、リボザイム、shRNA、マイクロRNA、構造RNAまたは任意の他の型のRNA)またはmRNAの翻訳によって産生されたタンパク質であり得る。遺伝子産物には、キャッピング、ポリアデニル化、メチル化および編集などのプロセスによって改変されたRNA、ならびに例えば、メチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化、ADP-リボシル化、ミリスチル化およびグリコシル化によって改変されたタンパク質もまた含まれる。
【0149】
本明細書において、遺伝子の発現の「調節」とは、遺伝子の活性における変化を意味する。発現の調節は、例えば遺伝子の活性化及び抑制、より具体的には転写の活性化又は抑制であるが、これらに限定されない。
【0150】
BlCas9タンパク質を用いて遺伝子の発現を調節するための本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0151】
標的二本鎖ポリヌクレオチドと、Casタンパク質と、ガイドRNAと、エフェクター分子とを接触させる工程は、上記<標的二本鎖ポリヌクレオチドを部位特異的に切断するための方法>と同様に行うことができる。
【0152】
本実施形態において用いる標的二本鎖ポリヌクレオチド及びガイドRNAについては、上述のとおりである。本実施形態において用いるCas9タンパク質は、上記<Cas9タンパク質のDNA切断活性>に記載している、標的二本鎖ポリヌクレオチドの一方又は両方、好ましくは両方の鎖を切断する能力を欠如している改変体である。
【0153】
本明細書において、「エフェクター分子」とは、細胞において局在化した効果を発揮することが可能な、タンパク質又はタンパク質ドメイン等の分子を意味する。エフェクター分子は、例えば生物学的活性を調節するために、タンパク質またはDNAに選択的に結合するものを含む、種々の異なる形態を取り得る。エフェクター分子の作用には、ヌクレアーゼ活性、酵素活性の増大又は低減、遺伝子発現の増大又は低減、細胞シグナル伝達に影響を与えること等が含まれるが、これらに限定されない。本発明において用いることができるエフェクター分子の具体的な例には、例えば、VP64又はNF-κB p65等の転写活性因子又はドメイン、KRAP、ERFリプレッサードメイン(ERD)、mSin3A相互作用ドメイン(SID)等の転写抑制因子又はドメイン、DNAメチルトランスフェラーゼ、DNA脱メチル化酵素、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ、ヒストン脱アセチル化酵素等のクロマチンリモデリング因子が含まれるが、これらに限定されない。
【0154】
本実施形態において、エフェクター分子は、Casタンパク質とガイドRNAとの複合体が標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に結合することによって、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドへと導かれる。好ましくは、エフェクター分子は、場合によりリンカーを介して、Cas9タンパク質に作動可能に連結されている。
【0155】
本実施形態において、エフェクター分子は、標的二本鎖ポリヌクレオチドに特異的に作用することによって、前記標的二本鎖ポリヌクレオチドに関連する遺伝子の発現を調節する。標的とする二本鎖ポリヌクレオチドには、発現を調節しようとする遺伝子自身の塩基配列のポリヌクレオチドを選択してもよいし、あるいは、例えば、発現を調節しようとする遺伝子の発現を直接又は間接に、正又は負に制御している上流の遺伝子の塩基配列のポリヌクレオチドを選択することもできる。
【0156】
本実施形態の方法は、in vivo又はin vitroの任意の環境で行うことができる。一実施形態において、本実施形態の方法は、生体外、すなわちex vivo又はin vitroで行われる。
【0157】
<ゲノム編集及び遺伝子治療方法>
一実施形態において、本発明は、上述のタンパク質又は組成物を用いて、ゲノム編集を実行するための方法を提供する。以前に知られている標的化された遺伝子組換えの方法と対照的に、本発明は、効率的かつ安価に行うことができ、また任意の細胞又は生物に適応可能である。細胞又は生物の二本鎖核酸の任意のセグメントは、本発明の方法により改変され得る。この方法は、全ての細胞に内在性である相同組換えプロセス及び非相同組換えプロセスの両方を利用する。
【0158】
一実施形態において、本発明は、改変されたBlCas9タンパク質又は該タンパク質をコードする遺伝子と、ガイドRNAとを含む組成物を対象に投与することを含む、遺伝子治療方法を提供する。本実施形態においては、上述の実施形態のタンパク質、遺伝子、及び/又は組成物を用いることができる。
【0159】
本実施形態における医薬組成物の投与方法は特に限定されず、患者の症状、体重、年齢、性別等に応じて適宜決定すればよい。例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等は経口投与される。また、注射剤は、単独で、又はブドウ糖、アミノ酸等の通常の補液と混合して静脈内投与され、更に必要に応じて、動脈内、筋肉内、皮内、皮下又は腹腔内投与される。
【0160】
本実施形態における医薬組成物の投与量は、患者の症状、体重、年齢、性別等によって異なり、一概には決定できないが、経口投与の場合には、例えば1日あたり1μg~10g、例えば1日あたり0.01~2000mgの有効成分を投与すればよい。また、注射剤の場合には、例えば1日あたり0.1μg~1g、例えば1日あたり0.001~200mgの有効成分を投与すればよい。
【0161】
本明細書において、「ゲノム編集」とは、CRISPR/Cas9システムやTranscription Activator-Like Effector Nucleases(TALEN)等の技術により標的化された遺伝子組換え又は標的化された変異を実行することにより、特異的な遺伝子破壊やレポーター遺伝子のノックイン等を行う新しい遺伝子改変技術である。本実施形態において、変異は、標的ゲノムDNA又は標的ゲノムDNAの発現調節領域における一部又は全部の欠失、置換、任意の配列の挿入等により生じる。
【0162】
また、一実施形態において、本発明は、標的化されたDNA挿入又は標的化されたDNA欠失を行う方法を提供する。この方法は、ドナーDNAを含む核酸構築物を用いて、細胞を形質転換する工程を包含する。標的遺伝子切断後のDNA挿入及びDNA欠失に関するスキームについては、公知の方法に従って当業者が決定できる。
【0163】
また、一実施形態において、本発明は、体細胞及び生殖細胞の両方で利用され、特定の遺伝子座で遺伝子操作を提供する。
【0164】
また、一実施形態において、本発明は、体細胞において遺伝子を破壊するための方法を提供する。ここで、遺伝子は、細胞又は生物に対して有害な産物を過剰発現し、細胞又は生物に対して有害な産物を発現する。このような遺伝子は、疾患において生じる1つ以上の細胞型において過剰発現され得る。本発明の方法による、前記過剰発現した遺伝子の破壊は、前記過剰発現した遺伝子に起因する疾患を被る個体に、より良い健康をもたらし得る。すなわち、細胞のほんの小さな割合の遺伝子の破壊が働き、発現レベルを減少し、治療効果を生じ得る。
【0165】
また、一実施形態において、本発明は、生殖細胞において遺伝子を破壊するための方法を提供する。特定の遺伝子が破壊された細胞は、特定の遺伝子の機能を有さない生物を作製するために選択され得る。前記遺伝子が破壊された細胞において、遺伝子は完全にノックアウトされ得る。この特定の細胞における機能の欠損は、治療効果を有し得る。
【0166】
また、一実施形態において、本発明は、遺伝子産物をコードするドナーDNAの挿入をさらに提供する。この遺伝子産物は、構成的に発現された場合、治療効果を有する。例えば、膵細胞の個体群において、活性プロモーター及びインシュリン遺伝子をコードするドナーDNAの挿入を引き起こすために、前記ドナーDNAを、糖尿病を被る個体に挿入する方法が挙げられる。次いで、外因性DNAを含む膵細胞の前記個体群は、インシュリンを生成し、糖尿病患者を治療することができる。さらに、前記ドナーDNAは作物に挿入され、薬剤的関連遺伝子産物の生成を引き起こし得る。タンパク質産物の遺伝子(例えば、インシュリン、リパーゼ又はヘモグロビン)は、制御エレメント(構成的活性プロモーター、又は誘導性プロモーター)と一緒に植物に挿入され、植物中で大量の医薬品を生成し得る。
【0167】
次いで、このようなタンパク質産物は、植物から単離され得る。トランスジェニック植物又はトランスジェニック動物は、核酸移入技術(McCreath,K.J.ら(2000)Nature 405:1066-1069;Polejaeva,I.A.ら,(2000)Nature 407:86-90)を用いる方法で作製され得る。組織型特異的ベクター又は細胞型特異的ベクターは、選択した細胞内でのみ遺伝子発現を提供するために利用され得る。
【0168】
あるいは、上記の方法は、生殖細胞内で利用され、計画された様式で挿入が生じ、後の全ての細胞分裂が、設計された遺伝的変更を有する細胞を生成する細胞を選択し得る。
【0169】
本発明の方法は、原核生物及び真核生物を含むすべての生物に対してか、又は培養細胞、培養組織又は培養核(インタクトな生物を再生するために使用され得る細胞、組織又は核を含む)においてか、又は配偶子(例えば、それらの発達の様々な段階の卵又は精子)において、適用され得る。本発明の方法は、任意の生物(昆虫、真菌、げっ歯類、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、及び他の農業上重要な動物、ならびに他の哺乳動物(イヌ、ネコ及びヒトが挙げられるが、これらに限定されない)が挙げられるが、これらに限定されない)に由来する細胞に適用され得る。
【0170】
さらに、本発明の組成物及び方法は、植物において使用され得る。組成物及び方法が、任意の様々な植物種(例えば、単子葉植物又は双子葉植物等)において使用され得る。
【0171】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の構成等も含まれる。
【実施例】
【0172】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0173】
[実施例1]PAM配列の5番目の塩基の認識の広範化
1.野生型及び変異型BlCas9の調製
(1)コンストラクトの設計
野生型BlCas9、及び、PAM配列における5番目の塩基の認識をCからD(A、G、T)に変更するD1022N変異を有する改変BlCas9をそれぞれコードするBlcas9遺伝子(野生型Blcas9の塩基配列:配列番号7、D1022N変異型Blcas9の塩基配列:配列番号8)をそれぞれ、pE-SUMO vector(LifeSensors)に組み込んだ。さらに、SUMOタグとBlcas9遺伝子の間にTEV認識配列を付加した。完成したコンストラクトから発現するCas9のN末端には6残基のヒスチジンが連続し(Hisタグ)、続いてSUMOタグ、TEVプロテアーゼ認識サイトが付加される設計になっている。
【0174】
(2)大腸菌での発現
作製したベクターを大腸菌Escherichia coli rosetta2 (DE3)株へ形質転換した。その後、20μg/mlカナマイシン及び20μg/mlクロラムフェニコールを含むLB培地培養した。OD=0.8になるまで培養した時点で、発現誘導剤としてイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(Isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside;IPTG)(終濃度1mM)を添加し、20℃で18時間培養した。培養後、大腸菌を遠心分離(5,000 g、10分間)により回収した。
【0175】
(3)野生型及び変異型BlCas9の精製
(2)で回収した菌体を緩衝液Aで懸濁し、超音波破砕した。遠心(40,000g、30分間)により上清を回収し、緩衝液Aで平衡化したNi-NTA Superflow樹脂(QIAGEN)と混合し、1時間穏やかに転倒混和した。素通り画分を回収した後、5カラム容量の緩衝液A、さらに5カラム容量の高塩濃度緩衝液Bで洗浄を行った。
【0176】
再度3カラム容量の緩衝液Aで洗浄した後、5カラム容量の高イミダゾール濃度緩衝液Cで目的タンパク質を溶出した。溶出したタンパク質を、緩衝液D(0M NaCl)85%、緩衝液E(2M NaCl)15%で平衡化したHiTrap SP HP(GE Healthcare)にチャージした。2カラム容量分の緩衝液D(0M NaCl)85%及び緩衝液E(2M NaCl)15%の混合溶液で洗浄を行った後、緩衝液Eを15%から100%へ(NaCl濃度は300mMから2Mへ)直線勾配をかけて目的タンパク質を溶出した。溶出したサンプルにTEVプロテアーゼを添加し、緩衝液Fを用いて20℃で一晩透析し、タグの除去を行った。透析後、Hisタグ及びTEVプロテアーゼを目的タンパク質と分離するために、再び緩衝液Fで平衡化したNi-NTA Superflow樹脂と混合し、素通り画分を回収した。引き続いて、3カラム容量の緩衝液Cにてカラム洗浄を行い、洗浄液を回収した。
【0177】
溶出したサンプルを緩衝液Gで平衡化したHiload 16/600 Superdex 200(GE Healthcare)に通し、1カラム容量分の緩衝液Gで目的タンパク質を溶出した。
【0178】
緩衝液A~Gの組成について、表1に示す。表1中、「2-ME」は、2-メルカプトエタノール(2-mercaptoethanol)を意味し、「DTT」は、ジチオトレイトール(dithiothreitol)を意味する。
【0179】
【0180】
2.ガイドRNAの調製
目的のガイドRNA配列(配列番号9)が挿入された鋳型DNA作製を行った。ガイドRNA配列の上流にT7プロモーター配列を付加したプライマーを用意し、PCRを用いてプライマー同士をアニールさせて伸長反応を起こしてin vitro転写反応の鋳型DNAを作製した。この鋳型DNAを用いて、37℃、4時間、T7 RNAポリメラーゼによるin vitro転写反応を行った。転写産物を含む反応液に1/10量の3M
酢酸ナトリウム及び2.5倍量の100%エタノールを添加し、4℃にて遠心(8,000g、3分)し、転写産物を沈殿させた。上清を廃棄して70%エタノールを添加し、4℃にて遠心(8,000g、3分)し再び上清を廃棄した。沈殿を風乾後、TBE緩衝液に再懸濁し、7M Urea変性10%PAGEにより精製した。目的RNAの分子量に位置するバンドを切り出し、Elutrap電気溶出システム(GE Healthcare)によりRNAを抽出した。その後、抽出したRNAをPD-10カラム(GE Healthcare)に通し、緩衝液を緩衝液H(10 mM Tris-HCl(pH8.0)、150mM NaCl)に交換した。
【0181】
3.プラスミドDNA切断活性測定試験
DNA切断活性測定試験に用いるために、標的DNA配列及びPAM配列が挿入されたベクターの作製を行った。標的DNA配列にPAM配列1~4をそれぞれ付加し、線状化したpUC119ベクターに組み込んだ。標的DNAの配列及びPAM配列1~4を表2に示す。
【0182】
【0183】
作製したベクターを用いて、大腸菌Mach1株(Life Technologies)を形質転換し、20μg/mLアンピシリンを含むLB培地で37℃にて培養した。
【0184】
培養後、菌体を遠心(8,000g、1分)により回収し、QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN)を用いてプラスミドDNAを精製した。
【0185】
精製した4種類のPAM配列が付加した標的プラスミドDNAを用いて切断実験を行った。プラスミドDNAは、制限酵素EcoRIにより1本に線状化した。この線状化DNA中の標的DNA配列をBlCas9が切断すると、約1,000bpと約2,000bpの切断産物が生じる。37℃にて5分間又は10分間反応させた。反応溶液の組成は表3に示す。
【0186】
【0187】
反応後のサンプルについて、MultiNAキャピラリー泳動装置(SHIMADZU)を用いて電気泳動を行い、切断産物のバンドを確認した。切断活性は、切断されたDNA断片(約2,000bp)の濃度と未切断の線状化DNA(約3,000bp)の濃度の合計に対する、切断DNA断片の濃度の割合(%)として表される。
【0188】
まず、野生型BlCas9が認識する(5番目がCである)天然のPAM配列1を含む標的DNAを用いて、野生型BlCas9と変異型BlCas9のDNA切断活性を比較した。結果を
図4に示す。
【0189】
図4からわかるとおり、D1022N変異型BlCas9では、ガイドRNAの切断活性が完全に失われた。このことから、D1022は5番目のCの認識に重要であることが示された。
【0190】
その他のPAM配列を含むDNA切断活性を確認した電気泳動写真を
図5に示す。
【0191】
図5が示すとおり、野生型BlCas9は、5番目がCであるPAM配列1を含む標的DNAを切断したが、その他のPAM配列を含む標的DNAはインキュベーション10分後も切断されなかった。対照的に、D1022N変異型BlCas9は、PAM配列1を含む標的DNAを切断しなかったが、それ以外の全てのPAM配列を含む標的DNAを、5分間のインキュベーションという短時間で切断した。
【0192】
以上から、D1022N変異型BlCas9では、認識するPAM配列がCからD(A、G、T)に改変されたことが示された。また、D1022N変異型BlCas9を用いて、簡便かつ迅速に、標的配列に対する標的二本鎖ポリヌクレオチドの特異的切断を導入することができることが示された。
【0193】
[実施例2]PAM配列の5番目の塩基の認識の改変
1.変異型BlCas9の調製
実施例1と同様の方法により、PAM配列における5番目の塩基の認識をCからGに改変するD1022N/K1040E変異を有する改変BlCas9を調製した。
【0194】
2.プラスミドDNA切断活性測定試験
ガイドRNA、PAM配列、及び標的DNAは、実施例1と同一のものを用いた。反応溶液は、Cas9タンパク質の濃度を0.05pmol(50nM)にした以外は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間を10分間又は20分間とした。結果を
図6に示す。
【0195】
図6が示すとおり、D1022N/K1040E変異型BlCas9は、5番目がGであるPAM配列4を含む標的DNAのみを特異的に切断し、一方でその他のPAM配列を含む標的DNAは、反応20分後にも切断されなかった。
【0196】
以上から、D1022N/K1040E変異型BlCas9では、認識するPAM配列がCからGに改変されたことが示された。また、D1022N/K1040E変異型BlCas9を用いて、簡便かつ迅速に、標的配列に対する標的二本鎖ポリヌクレオチドの特異的切断を導入することができることが示された。
【0197】
5番目のD(A、G、T)を認識するD1022N変異型BlCas9と、5番目のGを認識するD1022N/K1040E変異型BlCas9とを組み合わせて用いることにより、実質的にPAM配列の5番目の塩基に関する制限が解消された。
【0198】
[実施例3]ガイドRNAの長さと切断活性の関係
1.ガイドRNAの調製
標的塩基配列に相補的な部分の長さが異なる以外は同一の配列及び構造を有する3種類のガイドRNAを調製した。具体的には、標的DNA配列中のPAM配列の1塩基上流から20塩基まで(ガイドRNA(20bp):配列番号9)、1塩基上流から22塩基まで(ガイドRNA(22bp):配列番号11)、及び1塩基上流から24塩基まで(ガイドRNA(24bp):配列番号12)の塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを5’末端領域に含むものである。
【0199】
2.プラスミドDNA切断活性測定試験
野生型BlCas9、PAM配列1、及び標的DNAは、実施例1と同一のものを用いた。反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は2分間又は5分間とした。結果を
図7に示す。
【0200】
図7に示すとおり、2分間及び5分間のいずれの反応時間においても、ガイドRNAの長さが22bp、20bp、24bpの順で、良好な切断活性が得られた。このことから、BlCas9と共に用いるガイドRNAの長さは、20pb~24bpの間の長さ、好ましくは22bpとすることが効果的であることが示された。
【0201】
[実施例4]DNA認識を向上させる変異
1.変異型BlCas9の調製
実施例1と同様の方法により、以下の変異を有する各種改変BlCas9をそれぞれ調製した。
・E52R
・E52K
・S55K
・S843N
・K997R
・E52R及びS843N
・E52R及びK997R
・E52R及びK1040R
・E52K及びS843N
・E52K及びK997R
・E52K及びK1040R
・S55K及びK997R
・S55K及びK1040R
・S55K、E52R、及びK997R
・S55K、E52K、及びK997R
・E52R、S843N、及びK997R
・E52K、S843N、及びK997R
【0202】
2.プラスミドDNA切断活性測定試験
ガイドRNA、PAM配列1、及び標的DNAは、実施例1と同一のものを用いた。反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は30秒間、1分間、又は2分間とした。2分後の全改変BlCas9の結果を
図8に示す。また、特に単変異体(変異を1箇所にのみ有する)について
図9に、二重変異体(変異を2箇所に有する)について
図10に、30秒後及び1分後における結果も併せて示す。
【0203】
図8からわかるとおり、本実施例で試験した全ての変異型BlCas9について、野生型と比較して切断活性が向上していることが観察された。また、
図9及び
図10からわかるとおり、一部の変異型BlCas9では、30秒後、1分後といった時点において既に野生型と比較して十分な活性が観察されたものもあり、これらの変異型BlCas9を用いて、野生型BlCas9よりも簡便かつ迅速に、標的配列に対する標的二本鎖ポリヌクレオチドの特異的切断を導入できる可能性が示された。
【0204】
[実施例5]PAM配列の8番目の認識の嗜好性緩和
実施例4で使用したE52R/S843N変異型BlCas9について、PAM配列の8番目の塩基の嗜好性をさらに試験した。
【0205】
1.プラスミドDNA切断活性測定試験
標的DNA及びガイドRNAは、実施例1と同一のものを用いた。実施例1と同様に、標的DNA配列及びPAM配列が挿入されたベクターの作製を行った。使用したPAM配列を以下に示す。
【0206】
【0207】
反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は2分間、5分間、又は30分間とした。結果を
図11に示す。
【0208】
図11からわかるとおり、E52R/S843N変異型BlCas9は、試験した全てのPAM配列について、遅くとも30分後には40%以上の切断活性を示した。この結果から、野生型BlCas9では、認識できるPAM配列の8番目の塩基が「D」であるのに対し、E52R/S843N変異型BlCas9は、PAM配列の8番目の塩基が「N」、すなわちA、T、C、Gのいずれであっても標的DNAを認識できることが理解される。
【0209】
[実施例6]PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識の嗜好性緩和
1.変異型BlCas9の調製
実施例1と同様の方法により、実施例4で使用したE52R/S843N/K997R変異に加えて、PAM配列における7番目及び8番目の塩基の認識の嗜好性を緩和する以下の変異を有する各種改変BlCas9をそれぞれ調製した。
・K959A
・K992A
・K959A及びK992A
・T1025A
【0210】
2.プラスミドDNA切断活性測定試験
標的DNA及びガイドRNAは、実施例1と同一のものを用いた。実施例1と同様に、標的DNA配列及びPAM配列が挿入されたベクターの作製を行った。使用したPAM配列を以下に示す。
【0211】
【0212】
反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は5分間、15分間、又は30分間とした。結果を
図12に示す。また、T1025A変異について定量化したものを
図13に示す。
【0213】
図12に示されるとおり、本実施例で試験した全ての変異型BlCas9について、遅くとも反応開始30分後には、7番目及び8番目の塩基が「AA」、「CA」、又は「AC」であるPAM配列を有する標的DNAの少なくとも一部が切断されたことを示す2本のバンドが観察された。中でもT1025A変異型BlCas9は特に切断活性が高く、
図13からわかるとおり、5分間の反応時間では90%以上、15分間の反応時間ではほぼ100%の切断活性を示した。
【0214】
野生型BlCas9では、認識できるPAM配列の7番目及び8番目の塩基の塩基が「DD」であるのに対し、本実施例で試験した変異型BlCas9は、野生型BlCas9が認識する「AA」に加えて、野生型BlCas9が認識することができない「CA」及び「AC」というPAM配列も認識することができた。したがって、本実施例で試験した全ての変異体、特にT1025A変異型BlCas9は、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識の嗜好性が緩和されていることが理解される。
【0215】
[実施例7]ガイドRNA認識を向上させる変異
1.変異型BlCas9の調製
実施例1と同様の方法により、以下の変異を有する各種改変BlCas9をそれぞれ調製した:H72K、Q93K、E95K、H175K、T811K、S1075K、及びD1076K。
【0216】
2.プラスミドDNA切断活性測定試験
ガイドRNA、PAM配列1、及び標的DNAは、実施例1と同一のものを用いた。H72K、Q93K、E95K、及びT811Kについては、Cas9の濃度を0.05pmol(50nM)とし、それ以外は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間を1分間、2分間、又は10分間とした。H175K、S1075K、及びD1076Kについては、Cas9の濃度を0.02pmol(20nM)とした以外は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は2分間、5分間、又は15分間とした。結果を
図14及び
図15に示す。
【0217】
図14及び
図15からわかるとおり、ガイドRNA認識を向上させる変異を導入することにより、複数の変異型BlCas9において、野生型BlCas9よりも優れたDNA切断活性が観察された。
【0218】
[実施例8]PAM配列の5番目、7番目、及び/又は8番目の塩基の認識の広範化
1.変異型BlCas9の調製
実施例1と同様の方法により、以下の変異の組合せを有する各種改変BlCas9をそれぞれ調製した。
・S55K/E904R/D1022N(KRN変異)
・S55K/E904R/T1025A(KRA変異)
・S55K/E904R/D1022N/T1025A(KRNA変異)
【0219】
2.PAM配列の5番目の塩基の認識に関するプラスミドDNA切断活性測定試験
野生型BlCas9と、実施例1で作製したD1022N変異型BlCas9、並びに上記KRN変異及びKRNA変異の各変異型BlCas9とを用いて、プラスミドDNA切断活性試験を行い、PAM配列の5番目の塩基の認識を評価した。
【0220】
ガイドRNA、PAM配列1~4、及び標的DNAは、実施例1と同一のものを用いた。反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は0.5分間(30秒間)、又は2分間とした。結果を
図16A~Dに示す。バーは標準誤差(SE)を表す。
【0221】
野生型BlCas9は、5番目の塩基がCであるPAM配列を含む標的DNAを特異的に切断した(
図16A)が、一方で、D1022N変異を導入した変異型BlCas9は、5番目の塩基がA、T、又はGであるPAM配列を含む標的DNAを特異的に切断し(
図16B)、この変異によりPAM配列の5番目の塩基の認識が「C」から「D」(A、T、又はG)に改変されたことが示された。また、D1022N変異に加えてS55K/E904Rの各変異を導入した変異型BlCas9(KRN変異)では、D1022N変異のみを導入した変異型BlCas9と比較して、PAM配列の認識活性が全体的に向上した(
図16C)。さらに、KRNA変異を導入した変異型BlCas9では、PAM配列の5番目の塩基の種類に関わらず、全ての標的DNAを高い活性で切断することができ(
図16D)、この変異の組合せにより5番目のPAM配列の認識が「C」から「N」(C、A、T、及びG)に改変されたことが示された。
【0222】
3.PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識に関するプラスミドDNA切断活性測定試験
野生型BlCas9と、実施例3で作製したT1025A変異型BlCas9、並びに上記KRA変異及びKRNA変異の各変異型BlCas9とを用いて、プラスミドDNA切断活性試験を行い、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識を評価した。
【0223】
標的DNA及びガイドRNAは、実施例1と同一のものを用いた。実施例1と同様に、標的DNA配列及びPAM配列が挿入されたベクターの作製を行った。使用したPAM配列を以下に示す。
【0224】
【0225】
反応溶液は実施例1と同じ配合(表3)のものを用い、反応時間は0.5分間(30秒間)、又は2分間とした。結果を
図17A~Dに示す。バーは標準誤差(SE)を表す。
【0226】
野生型BlCas9は、7番目又は8番目の塩基が「C」であるPAM配列を含む標的DNAをほとんど切断することができなかった(
図17A)。一方、T1025A変異を導入した変異型BlCas9、及びKRNA変異を導入した変異型BlCas9では、PAM配列の認識活性向上し(
図17B、D)、T1025A変異がPAM配列の7番目及び8番目の塩基の認識を緩和することが示された。さらに、KRA変異を導入した変異型BlCas9では、全ての組合せの7番目及び8番目のPAM塩基を含む標的DNAを切断することができ(
図17C)、この変異の組合せにより、PAM配列の7番目及び8番目の塩基の嗜好性が「D」(A、T、及びG)から「N」(A、T、C、及びG)に広範化されたことが示された。
【0227】
[実施例9]哺乳動物細胞における変異型BlCas9を用いたゲノム編集
実施例1~8では、変異型BlCas9のDNA切断活性を、プラスミドDNAを用いたin vitro試験で確認した。本実施例では、変異型BlCas9が実際に哺乳動物細胞において(すなわちin vivoで)染色体ゲノムを編集することができることを確認した。
【0228】
1.哺乳動物細胞へのCRISPR/Cas9系の導入
本実施例においては、ヒトコドン最適化(human codon optimize)したBlCas9を使用した。Cas9タンパク質のヒトコドン最適化は、当業者に周知の手法を用いて行うことができる。例えば、コドン最適化配列の例として国際公開第2014/093622号パンフレット(PCT/US2013/074667号明細書)のSaCas9ヒトコドン最適化配列を参照されたい。
【0229】
まず、ヒトコドン最適化した野生型BlCas9又はD1022N変異型BlCas9をコードする遺伝子と、ガイドRNAをコードする遺伝子とをベクターに組み込み、BlCas9タンパク質とガイドRNAとを哺乳動物細胞内で発現させるためのプラスミドを作製した。ガイドRNAは、実施例1と同一のものを用いた。次に、哺乳類細胞に、作製したプラスミドをトランスフェクションした。トランスフェクションの72時間後に、細胞からゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて、ゲノムに導入された一塩基置換及びindel(挿入又は欠失)を検出した。また、対照として、SpCas9を用い、同様の実験を行った。結果を
図18に示す。
【0230】
図18に示されるように、野生型BlCas9は、哺乳動物細胞において、PAM配列TTGGCAAを含む標的配列に対して、1塩基置換、及び挿入又は欠失の両方のタイプのゲノム編集を行うことができた。また、D1022N変異型BlCas9は、前記PAM配列の5番目の塩基が「G」であるPAM配列を特異的に認識し、野生型BlCas9同様に、1塩基置換、及び挿入又は欠失の両方のタイプのゲノム編集を行うことができた。本実施例の結果から、本発明のBlCas9タンパク質が哺乳動物細胞においても機能すること、及び、哺乳動物細胞においても、BlCas9タンパク質への変異の導入によるPAM配列の認識の改変が維持されていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0231】
本発明によれば、標的二本鎖ポリヌクレオチドへの結合力を保ちながら、PAM配列の認識が広範化されたCas9タンパク質を提供することができる。また、本発明によれば、ガイドRNA及び/又はDNA認識が向上されたCas9タンパク質を提供することができ、さらに、前記Cas9タンパク質を利用した、標的配列に特異的なゲノム編集技術及び遺伝子発現調節の簡便且つ迅速な方法を提供することができる。
【配列表】