(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】負荷周波数制御信号を推定する方法、プロセッサ、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
H02J 3/46 20060101AFI20240513BHJP
H02J 13/00 20060101ALI20240513BHJP
H02J 3/32 20060101ALI20240513BHJP
H02J 3/38 20060101ALI20240513BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
H02J3/46
H02J13/00 311R
H02J3/32
H02J3/38 110
H02J7/00 P
(21)【出願番号】P 2020125514
(22)【出願日】2020-07-22
【審査請求日】2023-05-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年7月29日~令和1年8月19日に第38回エネルギー・資源学会研究発表会のウェブサイトにて発表 令和1年8月6日に第38回エネルギー・資源学会研究発表会にて発表 令和2年1月10日にエネルギー・資源学会論文誌のウェブサイトにて発表 令和2年1月10日にエネルギー・資源学会論文誌 第41巻 第1号 第60頁にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】松橋 隆治
(72)【発明者】
【氏名】蔡 思楠
【審査官】赤穂 嘉紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/167768(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/042475(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02J 3/00-5/00
H02J 7/00
H02J 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差を検出するとともに、中央給電指令所から送信される負荷周波数制御信号を受信するコンピュータが、
第1の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と、前記第1の時刻よりも所定時間過去の第2の時刻で前記中央給電指令所から送信され且つ前記第1の時刻で受信された負荷周波数制御信号とを入力し、
前記周波数偏差を示す信号を前記所定時間遅延させた信号と前記負荷周波数制御信号との間の時系列的な関係を表す関係変数を計算し、
第3の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と前記関係変数とから前記第3の時刻で前記中央給電指令所から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号を生成する、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記コンピュータは、前記推定される負荷周波数制御信号に基づいて蓄電池の充放電を制御する、方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法であって、
前記蓄電池は、電気自動車の車載バッテリである、方法。
【請求項4】
請求項3項に記載の方法であって、
tを時刻とし、
t
0を初期時刻とし、
nを自然数とし、
前記所定時間をd
kとし、
前記関係変数をθ(t)とし、
前記関係変数の初期値をθ
0とし、
ゲイン行列をPとし、
前記ゲイン行列の転置行列をP
Tとし、
前記ゲイン行列の初期値をP
0とし、
前記ゲイン行列の転置行列の初期値をP
T
0とし、
第1の回帰ベクトルをφ(t)とし、
第2の回帰ベクトルをφ’(t)とし、
誤差をe(t)とし、
時刻tにおいて前記コンピュータが検出する周波数偏差を示す信号をΔf(t)とし、
時刻tにおいて前記コンピュータが受信する負荷周波数制御信号をLFC(t)とし、
時刻tにおいて前記中央給電指令所から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号をLFC’(t)とすると、
(1)式~(8)式のZ変換式を満たす、方法。
Δf’(t)=z-
dk[Δf](t)…(1)
φ(t)=[z
-n[Δf’](t),z
-n+1[Δf’](t),…,z
-2[Δf’] (t),z
-1[Δf’](t),Δf’(t),z
-n[LFC](t),z
-n+1[L FC](t),…,z
-2[LFC](t),z
-1[LFC](t)]
T …(2)
m
2(t)=1+φ
T(t)P(t-1)φ(t),P(t
0-1)=P
0=P
T
0 >0 …(3)
P(t)=P(t-1)-[P(t-1)φ(t)φ
T(t)P(t-1)]/m
2 (t),P(t
0-1)=P
0=P
T
0>0 …(4)
θ(t+1)=θ(t)-[P(t-1)φ(t)e(t)]/m
2(t),θ(t
0)=θ
0 …(5)
e(t)=θ
T(t)φ(t)-LFC(t) …(6)
φ’(t)=[z
-n[Δf](t),z
-n+1[Δf](t),…,z
-2[Δf](t ),z
-1[Δf](t),Δf(t),z
-n[LFC’](t),z
-n+1[LFC’ ](t),…,z
-2[LFC’](t),z
-1[LFC’](t)]
T …(7)
LFC’(t)=θ
T(t)φ’(t)…(8)
【請求項5】
系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差を検出するとともに、中央給電指令所から送信される負荷周波数制御信号を受信するプロセッサであって、
第1の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と、前記第1の時刻よりも所定時間過去の第2の時刻で前記中央給電指令所から送信され且つ前記第1の時刻で受信された負荷周波数制御信号とを入力する処理と、
前記周波数偏差を示す信号を前記所定時間遅延させた信号と前記負荷周波数制御信号との間の時系列的な関係を表す関係変数を計算する処理と、
第3の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と前記関係変数とから前記第3の時刻で前記中央給電指令所から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号を生成する処理と、
を実行するように構成されたプロセッサ。
【請求項6】
系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差を検出するとともに、中央給電指令所から送信される負荷周波数制御信号を受信するコンピュータに、
第1の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と、前記第1の時刻よりも所定時間過去の第2の時刻で前記中央給電指令所から送信され且つ前記第1の時刻で受信された負荷周波数制御信号とを入力する処理と、
前記周波数偏差を示す信号を前記所定時間遅延させた信号と前記負荷周波数制御信号との間の時系列的な関係を表す関係変数を計算する処理と、
第3の時刻で検出された前記周波数偏差を示す信号と前記関係変数とから前記第3の時刻で前記中央給電指令所から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号を生成する処理と、
を実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負荷周波数制御信号を推定する方法、プロセッサ、及びプログラムに関わる。
【背景技術】
【0002】
電力事業の電力系統では、例えば、原子力発電所、火力発電所、及び水力発電所(揚水発電所を含む)などの各種の電源が用いられている。これらの電源は、電力の需給に不均衡が生じると、その周波数が変動する。これらの電源の内、原子力発電所は常に一定の電力を出力するように運用されている。原子力発電所を除く他の電源は、負荷の消費電力の変動、すなわち、需要変動に対応して中央給電指令所から出される出力制御信号に基づいて出力調整を行っている。その結果、出力調整による各電源からの供給電力と負荷の消費電力とのバランスを保って周波数を基準周波数(例えば、50Hz又は60Hz)に対して所定の偏差(例えば制御目標±0.1Hz)内に維持している。
【0003】
電力の需要と供給のバランスを図るアプローチとして、原子力発電所、火力発電所、及び水力発電所などの従来の発電制御に加え、各地に点在する電気自動車を電力の需給調整に活用する取り組みが検討されている。電気自動車1台あたりの電力需給調整能力は、小規模であるものの、IoT(Internet of Things)技術を用いて、多数の電気自動車を一斉に制御することにより、一つの発電所に匹敵する電力需給調整能力を発揮することができる。
【0004】
このような事情を背景に、特許文献1は、管轄区域内の電力需給調整を管理する中央給電指令所と、複数の電気自動車のそれぞれの充電状態の管理及び充放電指示を行うアグリゲータと、大規模発電設備(例えば、原子力発電所、火力発電所、及び水力発電所など)とを備える電力系統について言及している。中央給電指令所は、管轄区域内の電力需給を調整するための各設備(アグリゲータ及び各大規模発電設備)の出力配分を決定し、決定された出力配分に基づく出力制御信号を各設備に送信する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、出力制御信号が中央給電指令所により送信されてから通信網を経由してアグリゲータにより受信されるまでには、通信遅延が発生する。また、アグリゲータは、各電気自動車の充電状態に応じて各電気自動車の出力配分(充放電量)を計算する必要があるため、その計算処理に要する時間の分だけ更に遅延が発生する。この結果、電気自動車が受信する出力制御信号は、上述の通信遅延と上述の計算処理による遅延とが加えられた過去の出力制御信号となるため、短期間(例えば、秒単位)の負荷変動に追従できないという問題が生じる。
【0007】
そこで、本発明は、このような問題を解決し、上述の遅延を補償する技術を提案することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の課題を解決するため、本発明に関わる方法は、系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差を検出するとともに、中央給電指令所から送信される負荷周波数制御信号を受信するコンピュータが、第1の時刻で検出された周波数偏差を示す信号と、第1の時刻よりも所定時間過去の第2の時刻で中央給電指令所から送信され且つ第1の時刻で受信された負荷周波数制御信号とを入力し、周波数偏差を示す信号を所定時間遅延させた信号と負荷周波数制御信号との間の時系列的な関係を表す関係変数を計算し、第3の時刻で検出された周波数偏差を示す信号と関係変数とから第3の時刻で中央給電指令所から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号を生成する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、負荷周波数制御信号の遅延を補償することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に関わる電力系統制御の全体のシステム構成を示す説明図である。
【
図2】本発明の実施形態に関わる電気自動車の構成を示す説明図である。
【
図3】本発明の実施形態に関わる出力制御信号の生成過程を示す説明図である。
【
図4】本発明の実施形態に関わるコントローラの機能ブロック図である。
【
図5】本発明の実施形態に関わる推定器の機能ブロック図である。
【
図6】本発明の実施形態に関わる制御器の機能ブロック図である。
【
図7】本発明の実施形態に関わる負荷周波数制御信号の推定処理の流れを示すフローチャートである。
【
図8】本発明の実施形態に関わる負荷周波数制御信号の推定処理のシミュレーション結果である。
【
図9】本発明の実施形態に関わる負荷周波数制御信号の推定処理の評価結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。ここで、同一符号は同一の構成要素を示すものとし、重複する説明は省略する。
【0012】
図1は本発明の実施形態に関わる電力系統制御の全体のシステム構成を示す説明図である。中央給電指令所500、大規模発電設備400、アグリゲータ300、及び充放電スポット200は、通信線601を通じて接続されている。通信線601は、広域通信網600に接続されている。大規模発電設備400は、例えば、原子力発電所、火力発電所、及び水力発電所などの電源である。充放電スポット200は、例えば、家屋やビルなどの建物であり、その建物の配線設備からコンセント82に接続された電源コード81を通じて電気自動車100の車載蓄電池を充放電する。
【0013】
説明の便宜上、
図1には、一台の電気自動車100と、一か所の充放電スポット200とが広域通信網600に接続されている例が示されているが、複数台の電気自動車100と、複数個所の充放電スポット200とが広域通信網600に接続されてもよい。アグリゲータ300は、中央給電指令所500からの出力制御信号に応答して、複数台の電気自動車100の充放電を管理及び制御するエネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスにおけるプロバイダである。アグリゲータ300は、通信線601を通じて充放電スポット200に接続している。アグリゲータ300は、充放電スポット200に接続している各電気自動車100の充電量を示す情報を電気自動車100から通信線601を経由して受信し、その情報を定期的に更新及び管理している。
【0014】
大規模発電設備400及び充放電スポット200は、それぞれ、電力送電線701を通じて電力系統700に接続している。中央給電指令所500は、管轄区域内の電力需給調整を管理し、電力系統700の系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差が所定の偏差以内になるように、大規模発電設備400及びアグリゲータ300に出力制御信号を送信する。
【0015】
図2は、電気自動車100の構成を示す説明図である。電気自動車100は、電源コード81及びコンセント82を通じて充放電スポット200に接続している。充放電スポット200は、電力量計、分電盤及び宅内電気配線などで構成される配線設備を備えており、電気自動車100と電力送電線701との間の電力の授受は、充放電スポット200内の配線設備を通じて行われる。また、充放電スポット200は、ブロードバンド通信モデム、電力線通信モデム、及び宅内電気配線などで構成される電力線通信設備を備えており、電気自動車100と通信線601との間の通信は、充放電スポット200内の電力線通信設備を通じて行われる。
【0016】
電気自動車100は、充放電スポット200内の通信プロトコル(電力線通信プロトコル)と電気自動車100内の通信プロトコル(CAN(Controller Area Network)プロトコル)との変換を行うインタフェース80と、充放電スポット200を通じて電力送電線701との間で電力の授受を行うことにより、電力を充放電する蓄電池90とを備えている。蓄電池90は、例えば、鉛電池、ニッケル水素電池、又はリチウムイオン電池などの車載バッテリである。
【0017】
充放電スポット200は、蓄電池90の充放電を制御するコントローラ10を備えている。コントローラ10は、中央給電指令所500から送信される出力制御信号を、通信線601及び充放電スポット200内の電力線通信設備を通じて受信する。コントローラ10が受信する出力制御信号は、ある程度の遅延が加えられた過去の出力制御信号であるため、コントローラ10は、遅延補償がなされた出力制御信号を推定し、この推定された出力制御信号に基づいて蓄電池90の充放電を制御する。出力制御信号の推定処理の詳細については、後述する。
【0018】
コントローラ10は、プロセッサ40、メモリ50、及び記憶装置60を備えるコンピュータである。記憶装置60は、例えば、不揮発性のコンピュータ読み取り可能な記憶媒体から構成されている。記憶装置60には、遅延補償がなされた出力制御信号を推定する処理を行うためのプログラム70が格納されている。メモリ50は、例えば、揮発性の記憶媒体から構成されている。プログラム70は、記憶装置60からメモリ50に読み込まれてプロセッサ40により実行される。
【0019】
図3は出力制御信号の生成過程を示す説明図である。電力系統700では、負荷周波数制御によって、電力系統700の系統周波数と基準周波数との間の周波数偏差Δf(t)が所定の偏差以内に制御されている。負荷周波数制御による出力制御信号は、負荷周波数制御信号と呼ばれる。中央給電指令所500は、管轄区域内の電力系統700のキャパシティPWと周波数偏差Δf(t)とを乗算器501により乗算し、その乗算結果に電力系統700の定数502を乗じて、管轄区域内の地域要求量ARを算出する。地域要求量ARは、管轄区域内の供給電力と消費電力との差分を示している。中央給電指令所500は、地域要求量ARに演算処理(ローパスフィルタ503、デッドバンド504、及び比例積分制御505を用いた処理)を行い、管轄区域全体の出力調整を指示する負荷周波数制御信号LFC
area(t)を生成する。
【0020】
中央給電指令所500は、ハイパスフィルタ506を用いて、負荷周波数制御信号LFCarea(t)をフィルタリングし、複数の電気自動車100全体の出力調整を指示する負荷周波数制御信号LFCEV(t)を生成する。中央給電指令所500は、負荷周波数制御信号LFCEV(t)をアグリゲータ300に送信する。なお、中央給電指令所500は、大規模発電設備400の出力調整を指示する負荷周波数制御信号を負荷周波数制御信号LFCarea(t)から生成するが、電気自動車100の出力調整とは関係ないため、その説明を省略する。
【0021】
アグリゲータ300が管理する電気自動車100の台数をkとするとき、アグリゲータ300は、i番目の電気自動車100の充電量を示すパラメータ301-iを保持している。アグリゲータ300は、パラメータ301-iに基づいて、i番目の電気自動車100の出力調整を指示する負荷周波数制御信号LFCi(t)を生成し、これをi番目の電気自動車100に送信する。ここで、i番目の電気自動車100が受信する負荷周波数制御信号LFCi(t)には、中央給電指令所500からアグリゲータ300を通じてi番目の電気自動車100に到達するまでの通信時間と、アグリゲータ300において負荷周波数制御信号LFCEV(t)から負荷周波数制御信号LFCi(t)を計算するのに要する処理時間とが遅延時間として加えられている。なお、i番目の電気自動車100が受信する負荷周波数制御信号LFCi(t)に加えられている通信遅延と、j番目の電気自動車100が受信する負荷周波数制御信号LFCj(t)に加えられている通信遅延とは、それぞれの通信経路によって異なり得る。但し、i,jは、1以上k以下の整数であり、kは2以上の整数である。
【0022】
図4はコントローラ10の機能ブロック図である。プログラム70が記憶装置60からメモリ50に読み込まれてプロセッサ40により実行されることにより、コントローラ10は、推定器20及び制御器30として機能する。説明の便宜上、
図4に示すコントローラ10は、i番目の電気自動車100のコントローラ10であると仮定し、i番目の電気自動車100が受信する負荷周波数制御信号LFC
i(t)を、単に、負荷周波数制御信号LFC(t)と表記する。プロセッサ40は、時刻tで負荷周波数制御信号LFC(t)受信するとともに、周波数偏差Δf(t)を検出する。
【0023】
推定器20は、時刻tでプロセッサ40により検出された周波数偏差Δf(t)を示す信号と、時刻tよりも所定時間dk過去の時刻で中央給電指令所500から送信され、且つ時刻tでプロセッサ40により受信された負荷周波数制御信号LFC(t)とを入力する。所定時間dkは、負荷周波数制御信号LFC(t)に加えられた遅延時間に相当する。
【0024】
推定器20は、周波数偏差Δf(t)を示す信号を所定時間dk遅延させた信号と負荷周波数制御信号LFC(t)との間の時系列的な関係を表す関係変数θ(t)を計算する。関係変数θ(t)は、伝達関数(Z変換式)の形で記述することができ、関係変数θ(t)の計算処理を一定期間継続的に繰り返し行うことにより、伝達関数のパラメータ(定数)の値を、精度のよい値に逐次更新することができる。
【0025】
制御器30は、時刻tでプロセッサ40により検出された周波数偏差Δf(t)を示す信号と、関係変数θ(t)とから、時刻tで中央給電指令所500から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号LFC’(t)を生成する。プロセッサ40は、負荷周波数制御信号LFC’(t)に基づいて蓄電池90の充放電を制御する。
【0026】
ここで、tを時刻とし、t0を初期時刻とし、nを自然数とし、遅延時間をdkとし、関係変数をθ(t)とし、関係変数の初期値をθ0とし、ゲイン行列をPとし、ゲイン行列の転置行列をPTとし、ゲイン行列の初期値をP0とし、ゲイン行列の転置行列の初期値をPT
0とし、第1の回帰ベクトルをφ(t)とし、第2の回帰ベクトルをφ’(t)とし、誤差をe(t)とし、時刻tにおいてプロセッサ40が検出する周波数偏差を示す信号をΔf(t)とし、時刻tにおいてプロセッサ40が受信する負荷周波数制御信号をLFC(t)とし、時刻tにおいて中央給電指令所500から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号をLFC’(t)とすると、(1)式~(8)式のZ変換式が成立する。
【0027】
Δf’(t)=z-dk[Δf](t)…(1)
φ(t)=[z-n[Δf’](t),z-n+1[Δf’](t),…,z-2[Δf’] (t),z-1[Δf’](t),Δf’(t),z-n[LFC](t),z-n+1[L FC](t),…,z-2[LFC](t),z-1[LFC](t)]T …(2)
m2(t)=1+φT(t)P(t-1)φ(t),P(t0-1)=P0=PT
0 >0 …(3)
P(t)=P(t-1)-[P(t-1)φ(t)φT(t)P(t-1)]/m2 (t),P(t0-1)=P0=PT
0>0 …(4)
θ(t+1)=θ(t)-[P(t-1)φ(t)e(t)]/m2(t),θ(t 0)=θ0 …(5)
e(t)=θT(t)φ(t)-LFC(t) …(6)
φ’(t)=[z-n[Δf](t),z-n+1[Δf](t),…,z-2[Δf](t ),z-1[Δf](t),Δf(t),z-n[LFC’](t),z-n+1[LFC’ ](t),…,z-2[LFC’](t),z-1[LFC’](t)]T …(7)
LFC’(t)=θT(t)φ’(t)…(8)
【0028】
なお、プロセッサ40が検出する周波数偏差Δf(t)には、遅延がないため、周波数偏差Δf(t)から遅延時間dkを求めることはできない。(1)~(8)式を用いてLFC’(t)を計算するには、遅延時間dkを推定する必要がある。遅延時間dkは、中央給電指令所500と電気自動車100との間の距離に応じた通信遅延や、アグリゲータ300によるLFC(t)の計算に要する時間などを考慮して、その値を推定することができる。例えば、遅延時間dkの推定最小値をdk’とし、(1)~(8)式において、dkにdk’を代入してθ(t)を計算する。そして、推定値dk’の値を増加させる処理と、増加したdk’をdkに代入して、θ(t)を再計算する処理とを繰り返すと、dk’>dkのときに、LFC’(t)を記述する数式モデルの動特性(応答特性)が変化する。この変化を検出することにより、dk’=dkとなるdk’を見つけることができ、(1)~(8)式を用いて、LFC’(t)を計算することができる。なお、推定最小値dk’=0として、上述の方法により、dk’=dkとなるdk’を見つけてもよい。
【0029】
(2)式及び(7)式のnは、推定精度を指定するものである。例えば、n=2の場合、(2)式は、(2)’式のように記述することができる。同様に、(7)式は、(7)’式のように記述することができる。
φ(t)=[z-2[Δf’](t),z-1[Δf’](t),Δf’(t),z-2[LFC](t),z-1[LFC](t)]T …(2)’
φ’(t)=[z-2[Δf](t),z-1[Δf](t),Δf(t),z-2[LFC’](t),z-1[LFC’](t)]T …(7)’
【0030】
図5は、n=2の場合の推定器20の機能ブロック図を示す。推定器20は、(1)式、(2)’式、(3)式~(6)式に基づいて、Δf(t)及びLFC(t)からθ(t)を計算する。
図5の符号201~207は、遅延演算子を示す。符号208,209は、入力される行列の転置行列を出力する演算子を示す。符号210は、マルチプレクサを示す。符号211~220は、これらの符号が示すブロックに表記されている演算を行う演算子を示す。例えば、符号211は、4つの入力の乗算結果を出力する演算子を示す。
【0031】
図6は、n=2の場合の制御器30の機能ブロック図を示す。制御器30は、(7)’式及び(8)式に基づいて、θ(t)及びΔf(t)からLFC’(t)を計算する。符号301~304は、遅延演算子を示す。符号305は、入力される行列の転置行列を出力する演算子を示す。符号306は、マルチプレクサを示す。符号307は、2つの入力の乗算結果を出力する演算子を示す。
【0032】
図7は負荷周波数制御信号の推定処理の流れを示すフローチャートである。プログラム70がプロセッサ40により実行されることにより、負荷周波数制御信号の推定処理が実行される。
ステップ701において、プロセッサ40は、第1の時刻でプロセッサ40により検出された周波数偏差Δf(t)を示す信号と、第1の時刻よりも所定時間d
k過去の第2の時刻で中央給電指令所500から送信され且つ第1の時刻でプロセッサ40により受信された負荷周波数制御信号LFC(t)とを入力する。
ステップ702において、プロセッサ40は、周波数偏差Δf(t)を示す信号を所定時間d
k遅延させた信号と負荷周波数制御信号LFC(t)との間の時系列的な関係を表す関係変数θ(t)を計算する。
ステップ703において、プロセッサ40は、第3の時刻でプロセッサ40により検出された周波数偏差Δf(t)を示す信号と関係変数θ(t)とから第3の時刻で中央給電指令所500から送信されたものと推定される負荷周波数制御信号LFC’(t)を生成する。ここで、第3の時刻は、第1の時刻と同時刻でもよく、或いは第1の時刻以降の任意の時刻でもよい。
ステップ704において、プロセッサ40は、負荷周波数制御信号LFC’(t)に基づいて蓄電池90の充放電を制御する。
【0033】
図8は、負荷周波数制御信号の推定処理のシミュレーション結果を示す。符号801は、中央給電指令所500から送信される負荷周波数制御信号を示す。符号802は、中央給電指令所500から送信されて電気自動車100により受信された負荷周波数制御信号を示す。符号801,802で示されるグラフを比較すると、電気自動車100が受信する負荷周波数制御信号は、中央給電指令所500から送信される負荷周波数制御信号に対して時間的に遅延していることが分かる。符号803は、本発明の実施形態に関わる推定処理により推定される負荷周波数制御信号を示す。符号801,803で示されるグラフを比較すると、負荷周波数制御信号の高精度な遅延補償がなされていることが分かる。
【0034】
図9は、負荷周波数制御信号の推定処理の評価結果を示す。パラメータxは、測定ノイズの大きさが正規分布N(0,(0.02x/3)
2)に従うと仮定したときのxを示している。例えば、x=1の場合、測定ノイズの標準偏差は、0.02/3である。パラメータAは、オリジナルの信号と比較対象の信号との間の相関係数を示しており、両者の信号波形の形状が類似している程、相関係数は高くなる。パラメータPは、オリジナルの信号と比較対象の信号との間で単位面積あたりにつき重なり合う部分の面積の割合いを示している。「遅延補償あり(次数=10)」は、伝達関数の次数が10である関係変数θ(t)を用いて、負荷周波数制御信号の推定処理を行うことを意味する。「遅延補償あり(次数=20)」は、伝達関数の次数が20である関係変数θ(t)を用いて、負荷周波数制御信号の推定処理を行うことを意味する。「遅延補償なし」は、時間的に遅延している負荷周波数制御信号をそのまま受信するだけの処理を意味する。
【0035】
遅延補償の有無に関係なく、オリジナルの信号と比較対象の信号との間に信号波形の実質的な相違は見られないことから、パラメータAの値に実質的な差異は見られない。一方、遅延補償をしない場合よりも、遅延補償をする場合の方がパラメータPの値は高いことが分かる。更に、伝達関数の次数が低い関係変数θ(t)を用いて、負荷周波数制御信号の推定処理を行う場合よりも、伝達関数の次数が高い関係変数θ(t)を用いて、負荷周波数制御信号の推定処理を行う場合の方がパラメータPの値は高いことが分かる。これらの評価結果から、(1)式~(8)式において、nの値を大きくする程、精度の高い遅延補償を行えることが分かる。
【0036】
本発明の実施形態によれば、負荷周波数制御信号の精度の高い遅延補償を行うことができるため、短期間の負荷変動に追従して電力需給調整を図ることができるという利点を有する。また、エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスにおいては、負荷周波数制御信号に精度よく追従して充放電する程、需要者には、高い対価が付与されるため、ビジネス上の利点も有する。
【0037】
なお、上述の説明では、電気自動車100の蓄電池90の充放電制御を例示したが、本発明はこれに限られるものではなく、電力需給調整に利用し得る様々な蓄電池(例えば、家庭用蓄電池や産業用蓄電池など)の充放電制御にも応用可能である。
【0038】
以上、説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更又は改良され得るととともに、本発明にはその等価物も含まれる。すなわち、実施形態に当業者が適宜設計変更を加えたものも、本発明の特徴を備えている限り、本発明の範囲に包含される。また、実施形態が備える各要素は、技術的に可能な限りにおいて組み合わせることができ、これらを組み合わせたものも、本発明の特徴を含む限り、本発明の範囲に包含される。
【符号の説明】
【0039】
100…電気自動車 10…コントローラ 20…推定器 30…制御器 40…プロセッサ 50…メモリ 60…記憶装置 70…プログラム 200…充放電スポット 300…アグリゲータ 400…大規模発電設備 500…中央給電指令所 600…通信網 601…通信線 700…電力系統 701…電力送電線