(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】電子銃による照射電流量の推定方法、推定装置、試料の厚さの算出方法、および析出物の数密度の算出方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/04 20060101AFI20240513BHJP
G01N 23/2252 20180101ALI20240513BHJP
G01B 15/02 20060101ALI20240513BHJP
H01J 37/09 20060101ALI20240513BHJP
H01J 37/22 20060101ALI20240513BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20240513BHJP
H01J 37/252 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
H01J37/04 A
G01N23/2252
G01B15/02 B
H01J37/09 A
H01J37/22 501Z
H01J37/26
H01J37/252 A
(21)【出願番号】P 2023087163
(22)【出願日】2023-05-26
【審査請求日】2023-06-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100167553
【氏名又は名称】高橋 久典
(74)【代理人】
【識別番号】100206081
【氏名又は名称】片岡 央
(72)【発明者】
【氏名】小塚 雅也
(72)【発明者】
【氏名】宮原 勇一
(72)【発明者】
【氏名】小林 知裕
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】特表2023-544015(JP,A)
【文献】特開2003-214832(JP,A)
【文献】特開2010-033833(JP,A)
【文献】特開平08-129981(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
G01N 23/2252
G01B 15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過型電子顕微鏡を構成する電子銃に対し、第一フラッシングを行う第一工程と、
前記電子銃を用いて試料の無い場所へ電子線を照射し、所定の時間間隔X
iごとに、前記電子線による照射電流Yを測定する第二工程と、
前記測定の結果から、前記照射電流Yを前記第一フラッシングからの経過時間Xの関数F(X)で表した関係式Y=F(X)を導出する第三工程と、
前記電子銃に対し、第二フラッシングを行う第四工程と、
前記電子銃を用いて試料に電子線を照射するとともに、
前記第二フラッシングを行った時間を基準の時刻T
0とし、前記時刻T
0、前記電子線の照射開始の時刻T
1、および前記電子線の照射終了の時刻T
2を記録する第五工程と、
前記関係式Y=F(X)を用い、前記照射電流Yを、前記第二フラッシングからの経過時間Xに関して照射開始までの経過時間X
1から照射終了までの経過時間X
2まで積分し、試料に対する照射電流量を算出する第六工程と、を有することを特徴とする電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項2】
前記関数F(X)が、前記測定の結果対を数値積分の公式に基づいて結ぶことで得られる関数の合成関数であって、
前記照射電流Yを、前記第二フラッシングからの経過時間Xに関して照射開始までの経過時間X
1から照射終了までの経過時間X
2まで、数値積分により積分することを特徴とする請求項1に記載の電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項3】
前記第二フラッシング後の任意の時間X
3における照射電流Y
3を測定し、
前記関数F(X)にX=X
3を代入したF(X
3)と定数項F(0)を用いて、Y
3-{F(X
3)-F(0)}で表される新たな定数項で、定数項F(0)を置き換えることにより、前記関数F(X)を補正することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項4】
複数通りの前記時間X
3に対し、それぞれ前記照射電流Y
3を測定し、複数組の(X
3、Y
3)に対し、それぞれY
3-{F(X
3)-F(0)}を求めた上で、それらの算術平均をとったものを、前記新たな定数項とすることを特徴とする請求項3に記載の電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項5】
前記第四工程から前記第六工程までを、前記第三工程を行う日の前後一ヶ月以内に行うことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項6】
前記透過型電子顕微鏡を構成する集束レンズ絞りとして、直径が1μm以上のものを用いることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の電子銃による照射電流量の推定方法。
【請求項7】
請求項1または2のいずれかに記載の照射電流量の推定方法を用いた、試料の厚さの算出方法であって、
前記透過型電子顕微鏡を用いて前記試料に電子線を照射し、前記第六工程を経て推定される前記照射電流量から、前記試料のうち前記電子線が照射された部分の厚さを算出することを特徴とする試料の厚さの算出方法。
【請求項8】
前記厚さの算出に、ゼータ因子法を用いることを特徴とする請求項7に記載の試料の厚さの算出方法。
【請求項9】
請求項7に記載の試料の厚さの算出方法を用いた、析出物の数密度の算出方法であって、
前記試料のマッピング範囲内に含まれる析出物の数を、前記マッピング範囲の面積と、前記試料の厚さの算出方法で算出される厚さとの積で除すことにより、前記析出物の数密度を算出することを特徴とする析出物の数密度の算出方法。
【請求項10】
請求項1または2のいずれかに記載の電子銃による照射電流量の推定方法に用いる照射電流量の推定装置であって、
透過型電子顕微鏡と、
前記透過型電子顕微鏡を用いて試料に電子線を照射する際に、所定の時間間隔X
iごとに、前記電子線による照射電流Yを測定する電流測定装置と、
測定して得られた測定データを記憶する記憶装置と、
前記電子線を照射され、前記試料から発生するX線を検出するX線検出器と、
前記測定データから前記経過時間Xと前記照射電流Yの関係式を導き、照射電流量を求める演算を行う演算装置と、を備えることを特徴とする電子銃による照射電流量の推定装置。
【請求項11】
前記透過型電子顕微鏡を構成する集束レンズ絞りの直径が、1μm以上であることを特徴とする
請求項10に記載の電子銃による照射電流量の推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃による照射電流量の推定方法、推定装置、試料の厚さの算出方法、および析出物の数密度の算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過型電子顕微鏡(TEM)または走査透過電子顕微鏡(STEM)を用いて、薄膜状にした物体の元素分析を行う手法が知られている。透過型電子顕微鏡は、物体に電子線を照射する電子銃と、電子線の幅と照射位置を調整するレンズ等の光学系を組み合わせて構成される。物体に電子線を照射したときに、物体から発生する特性X線を検出することにより、物体に含まれる元素の分析を行うことができる。例えば、電子銃から放出された電子線を物体上で走査し、照射された物体の位置ごとに発生する特性X線を検出することにより、物体の位置ごとの元素濃度を算出して元素マッピングを行うことができ、物体の位置ごとの物体の厚さもあわせて測定することにより、各位置ごとの析出物などの数密度の算出に利用できる。
【0003】
薄膜状の物体の厚さ測定の方法としては、例えば、収束電子線回折法(CBED法)が知られている。この方法は、収束させた電子線を物体の特定の結晶方位に対して照射し、後焦点面に表示される縞模様を解析することによって、物体の厚さ等の情報を得ようとするものである。ただし、この方法では、縞模様の取得と解析に手間がかかる。そこで、近年では、電子線による照射電流量と特性X線の検出量から、ゼータ因子法を用いて物体の厚さを算出する方法が着目されている。
【0004】
電子銃には、主にショットキー型、冷陰極電界放出型のものがある。ショットキー型の電子銃は、加熱して電子線を発生させるものであるため、表面に不純物が付着しにくく、強度が安定した電子線を照射することができる。冷陰極電界放出型の電子銃は、ショットキー型の電子銃に比べて微小な領域に、電子線を照射することができる。しかしながら、冷陰極電界放出型の電子銃は、非加熱状態で電子線の照射を行うものであるため、表面に不純物が付着しやすく、付着した不純物を取り除くフラッシングと呼ばれる作業が1日に1度程度は必要になる。冷陰極電界放出型の電子銃から照射される電子線の量(強度)は、フラッシングからの経過時間とともに減少する。電子線量の減少は、フラッシングからの経過時間に対して非線形である。そのため、電子線による照射電流の総量(照射電流量)を、電子線の照射時間だけから正確に知ることが難しい。したがって、ゼータ因子法において照射電流量と関係する物体の厚さを正確に推定することが難しく、試料の各位置ごとの厚さを、高い精度で算出することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、非加熱状態の電子銃が照射する電子線によって、物体に照射される電流の量の正確な推定を可能とする、電子銃による照射電流量の推定方法、推定装置、それらを用いた試料厚さの算出方法、および析出物の数密度の算出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0008】
(1)本発明の一態様に係る電子銃による照射電流量の推定方法は、透過型電子顕微鏡を構成する電子銃に対し、第一フラッシングを行う第一工程と、前記電子銃を用いて試料の無い場所へ電子線を照射し、所定の時間間隔Xiごとに経過時間X0からX4まで、前記電子線による照射電流Yを測定する第二工程と、前記測定の結果から、前記照射電流Yを前記第一フラッシングからの経過時間Xの関数F(X)で表した関係式Y=F(X)を導出する第三工程と、前記電子銃に対し、第二フラッシングを行う第四工程と、前記電子銃を用いて試料に電子線を照射するとともに、前記第二フラッシングを行った時間を基準の時刻T0とし、前記時刻T0、前記電子線の照射開始の時刻T1、および前記電子線の照射終了の時刻T2を記録し、前記電子線の照射開始までの経過時間X1=T1-T0と前記電子線の照射終了までの経過時間X2=T2-T0を計算する第五工程と、前記関係式Y=F(X)を用い、前記照射電流Yを、前記第二フラッシングからの経過時間Xに関して前記経過時間X1から前記経過時間X2まで積分し、前記試料に対する照射電流量を算出する第六工程と、を有する。各時間間隔Xiは必ずしも等しい必要はない。前記経過時間X1とX2は前記経過時間X0からX4の範囲内であることが好ましい。
【0009】
(2)上記(1)に記載の電子銃による照射電流量の推定方法において、前記関数F(X)が、前記測定の結果対を数値積分の公式に基づいて結ぶことで得られる関数の合成関数であって、前記照射電流Yを、前記第二フラッシングからの経過時間Xに関して照射開始までの経過時間X1から照射終了までの経過時間X2まで、数値積分により積分してもよい。前記関数F(X)の導出に用いる経過時間範囲は任意であるが、前記経過時間X0からX4の範囲又は前記経過時間X1からX2の範囲とすることが好ましい。前記関数F(X)の導出方法は限定されないが、導出に用いた経過時間範囲内の全測定データを用いて重回帰分析により多項式等を求める方法や、導出に用いた経過時間範囲内の各測定データ対に数値積分のための公式を適用する方法を用いても良い。数値積分のための公式の種類は限定されないが、ニュートン・コーツ型積分公式、ガウス型積分公式、区分求積法の公式を用いてもよい。前記経過時間X1からX2の範囲は、重回帰分析による関係式の場合は前記経過時間X0からX4の範囲内であることが好ましく、数値積分の公式による関係式の場合は前記経過時間X0からX4の範囲内であることが必須である。
【0010】
(3)上記(1)または(2)のいずれかに記載の電子銃による照射電流量の推定方法において、前記第二フラッシング後の任意の経過時間X3における照射電流Y3を測定し、前記関数F(X)にX=X3を代入したF(X3)と定数項F(0)を用いて、Y3-{F(X3)-F(0)}で表される新たな定数項で、前記定数項F(0)を置き換えることにより、前記関数F(X)を補正することが好ましい。前記経過時間X3は前記経過時間X0からX4の範囲内であることが好ましい。
【0011】
(4)上記(3)に記載の照射電流量の推定方法において、複数通りの前記時間X3に対し、それぞれ前記照射電流Y3を測定し、複数組の(X3、Y3)に対し、それぞれY3-{F(X3)-F(0)}を求めた上で、それらの算術平均をとったものを、前記新たな定数項としてもよい。
【0012】
(5)上記(1)~(4)のいずれか一つに記載の照射電流量の推定方法において、前記第四工程から前記第六工程までを、前記第三工程を行う日の前後一ヶ月以内に行うことが好ましい。
【0013】
(6)上記(1)~(5)のいずれか一つに記載の照射電流量の推定方法において、前記透過型電子顕微鏡を構成する集束レンズ絞りとして、直径が1μm以上のものを用いることが好ましい。
【0014】
(7)本発明の一態様に係る試料の厚さの算出方法は、上記(1)~(6)のいずれか一つに記載の照射電流量の推定方法を用いた、試料の厚さの算出方法であって、前記透過型電子顕微鏡を用いて前記試料に電子線を照射し、前記第六工程を経て推定される前記照射電流量から、前記試料のうち前記電子線が照射された部分の厚さを算出する。
【0015】
(8)上記(7)に記載の試料の厚さの算出方法において、前記厚さの算出に、ゼータ因子法を用いることが好ましい。
【0016】
(9)本発明の一態様に係る析出物の数密度の算出方法は、上記(7)または(8)のいずれかに記載の試料の厚さの算出方法を用いた、析出物の数密度の算出方法であって、前記試料のマッピング範囲内に含まれる析出物の数を、前記マッピング範囲の面積と、前記試料の厚さの算出方法で算出される厚さとの積で除すことにより、前記析出物の数密度を算出する。
【0017】
(10)本発明の一態様に係る試料の厚さの算出方法は、上記(1)~(6)のいずれか一つに記載の電子銃による照射電流量の推定方法に用いる照射電流量の推定装置であって、透過型電子顕微鏡と、前記透過型電子顕微鏡を用いて試料に電子線を照射する際に、所定の時間間隔Xiごとに、前記電子線による照射電流Yを測定する電流測定装置と、測定して得られた測定データを記憶する記憶装置と、前記電子線を照射され、前記試料から発生するX線を検出するX線検出器と、前記測定データから前記経過時間Xと前記照射電流Yの関係式を導き、照射電流量を求める演算を行う演算装置と、を備える。
【0018】
(11)上記(10)に記載の電子銃による照射電流量の推定装置において、前記透過型電子顕微鏡を構成する集束レンズ絞りの直径が、1μm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、非加熱状態の電子銃が照射する電子線によって、物体に照射される電流の量の正確な推定を可能とする、電子銃による照射電流量の推定方法、推定装置、それらを用いた試料の厚さの算出方法、および析出物の数密度の算出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係る推定装置の概略構成図である。
【
図2】(a)同実施形態において、電子銃による照射電流量の時間変化を示すグラフである。(b)(a)のグラフの一部を拡大した図である。
【
図3】同実施形態において、試料に対してEDS元素マッピングを行っている状態を示す斜視図である。
【
図4】実施例1、2において、電子銃による照射電流量の時間変化を示すグラフである。
【
図5】実施例3において、電子銃による照射電流量の推定値と実測値を比較するグラフである。
【
図6】実施例4において、電子銃による照射電流量の推定値と実測値を比較するグラフである。
【
図7】実施例5において、電子銃による照射電流量の推定値と実測値を比較するグラフである。
【
図8】比較例1において、電子銃による照射電流量の推定値と実測値を比較するグラフである。
【
図9】実施例4、比較例1、2において、電子銃による照射電流量の推定値と実測値を比較するグラフである。
【
図10】厚さ測定を行った試料の明視野透過電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を適用した実施形態に係る、電子銃による照射電流量の推定方法、推定装置、およびそれらを用いた元素数密度の算出方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る「電子銃による照射電流量の推定」、および「元素濃度の評価」に用いる推定装置(推定システム)100の概略構成図である。推定装置100は、主に、透過型電子顕微鏡101と、電子線の照射による照射電流について測定する電流測定装置102と、測定データを記憶する記憶装置103と、電子線を照射された試料から発生するX線を検出するX線検出器104と、照射電流量等の演算処理を行う演算装置105と、を備える。
【0023】
透過型電子顕微鏡101は、一般的に知られる透過型の電子顕微鏡(TEM、STEM)であり、主に、試料Sを支持する支持台106と、試料Sに電子線Eを照射する電子銃107と、電子線Eの幅を調整する光学系(レンズコイル(電子レンズ)、集束レンズ絞り等)108と、前記試料Sを透過した電子線Eを検出する撮像素子109と、結像状態を出力する出力装置110と、で構成される。
【0024】
支持台106は、電子線Eに対する透過性を有する。また、支持台106は試料を保持し、水平方向や垂直方向への移動や傾斜させることが可能である。
【0025】
電子銃107は、冷陰極電界放出型電子銃であって、主に、針状端子(エミッタ、電子源)111と、針状端子111の表面の不純物を除去するフラッシング装置(加熱装置)112と、針状端子111から電子線Eを引き出す環状の第一電極(第一陽極)113と、引き出された電子線Eを加速させる環状の第二電極(第二陽極)114と、を備える。電子銃107は、さらに、ラッシング時刻を外部装置に出力する機能を有することが好ましい。
【0026】
針状端子111は、その尖った先端111aが支持台106側を向くように配置される。針状端子111は、例えばタングステン等の材料で構成される。フラッシング装置112は、針状端子111の表面を短時間加熱し、表面の汚染(不純物等)を除去する加熱手段である。
図1では、このフラッシング装置112が、針状端子111に高電圧を印加するための電圧源であって、針状端子111と電気的に接続されている場合について例示されている。
【0027】
第一電極113の電位が針状端子111の電位より高くなり、かつ第二電極114の電位が第一電極113の電位より高くなるように、電気回路が構成されている。
図1では、針状端子111と第一電極113の間に第一電圧V
1が印加され、針状端子111と第二電極114の間に第二電圧V
2(>V
1)が印加される場合について、例示されている。第一電圧V
1によって、針状端子111から電子線Eが引き出され、第一電極113と第二電極114の間の電圧差(V
2-V
1)によって、引き出された電子線Eが加速され、試料Sに向けて照射される。
【0028】
光学系108は、主に、電子銃107と試料Sとの間に配置される集束系のレンズコイル群108Aと、試料Sの試料Sと撮像素子109との間に配置される対物系のレンズコイル群108B、および投影系のレンズコイル群108Cとを含む。レンズコイル群108A、108B、108Cは、それぞれ単数または複数のレンズコイルを含む。また、光学系108は、レンズコイル群108Aに入射前、通過中、または通過後から、試料入射までに電子線Eを絞る、集束レンズ絞り108Dを単数または複数含んでもよい。また、レンズコイル群108B、108Cに関してもその前後又は内部に絞りを含んでも良い。ここでは、レンズコイル群108Aの内部に、集束レンズ絞り108Dが配置されている場合を例示している。なお、レンズコイル群108A、108B、108Cに収差補正装置が含まれても良い。
【0029】
電流測定装置102は、試料Sに照射される照射電流(プローブ電流)に等しい電流を測定する機能を有する。照射電流の測定結果と測定時刻を外部に出力する機能も有することが好ましい。
【0030】
記憶装置103は、電流測定装置102で測定された照射電流を記憶する機能を有する。測定時刻ごとに測定結果を記憶する機能を有することが好ましい。より好ましくは、直近のフラッシング時刻を記録し、フラッシングからの経過時間ごとに測定結果を記憶する機能を有し、照射電流量を推定する際に、必要に応じて記憶データを出力する機能を有する。
【0031】
検出器104は、電子線Eを照射された試料Sから発生するX線を検出し、そのX線の強度を測定する機能を有する。X線の検出方法は、波長分散型(WDS)であってもよいし、エネルギー分散型(EDS)であってもよい。
【0032】
電子銃による照射電流量は、推定装置100を用い、主に次の第一工程から第六工程までを行うことによって、推定することができる。
【0033】
(第一工程)
電子銃107の針状端子111に対して、第一フラッシングを行う。第一フラッシングでは、約0.5~5秒間、0.5~5A程度の電流を針状端子111に流す。その後、所定の第一電圧V1と第二電圧V2を印可し、電子線を引き出すとともにフラッシング時刻T0を記憶装置103へ出力する。
【0034】
(第二工程)
分析対象への照射条件と同様にレンズや絞りを設定し、電子線の経路上に試料が無いことを確認して電流測定装置102への照射を開始する。電流推定は内挿で行われるため、フラッシングから照射開始までの間は短いほど好ましく、電流測定装置への照射時間は長いほど好ましい。
【0035】
電子線Eの照射と同時に、電流測定装置102を用いて、所定の時間間隔X
iごと(好ましくは10分以内)に、所定の経過時間X
0からX
4まで、電子線Eによる照射電流Yを測定する。電流測定装置102を構成する電子線検出部に、ファラデーカップを用いてもよい。
図2(a)は、第二工程の測定結果の一例を示すグラフである。グラフの横軸は、照射時間X(h)(フラッシング時刻からの経過時間)を示している。グラフの縦軸は、照射電流Y(pA)を示している。
図2(b)は、
図2(a)のグラフの一部(破線で囲まれた部分)を拡大した図である。
【0036】
照射電流Yは、照射時間Xの増加に対して非線形の減衰を示す。この減衰は、冷陰極電界放出型の電子銃が、非加熱状態で電子線の照射を行うものであり、電子銃表面に不純物の付着が進み、電子銃表面からの放出電子の不純物による吸収量が多くなることに起因している。
【0037】
(第三工程)
電流測定装置102による測定時刻Tおよび照射電流Yの測定結果、電子銃107からのフラッシング時刻T0を記憶装置103に記憶させ、測定結果のデータベースを作成する。このデータベースから、照射電流Yをフラッシングからの経過時間Xの関数F(X)で表した関係式Y=F(X)を導出する。関数F(X)を表す数式は、特に限定されることはなく、以下に例示する多項式であってもよいし、他の式であってもよい。関数F(X)を求める方法については、特に限定されないが、例えば、n次の多項式と仮定し、各係数と切片を重回帰分析により求める方法が挙げられる。関係式Y=F(X)を導出は、第二工程と後述する第六工程の間に行うものであり、第二工程と第四工程の間に行ってもよいし、第四工程と第五工程の間に行ってもよいし、第五工程と第六工程の間に行ってもよい。
【0038】
関数F(X)をXの多項式と仮定する場合、下記(1)式のようになる。ただし、針状端子111の先端部の状態(形状や汚染状態等)、引き出し電圧や電子銃内の真空度に応じて、各項のXの係数C(C1、C2、C3、・・・CN)、関数F(X)が異なり、ひいては算出される照射電流量も異なる。
【0039】
【0040】
係数Cに影響を与える光学系107の構成としては、例えばレンズコイル、集束レンズ絞りの直径が挙げられる。特に、電子銃107に近いレンズ絞りの直径が、係数Cに大きく影響する。こうした影響は、電子銃107から照射される電子線Eが、針状端子の先端111aから放射状に広がって進むため、直径が大きいレンズコイル、集束レンズ絞りほど、多くの電子線Eを通過させ、試料Sに照射させられることに起因している。電子銃107から近い位置ほど、電子線Eの広がりが小さい状態であるため、近い位置にある集束レンズ絞りほど、同じ大きさでも広がりきっていない多くの電子線を通過させることができる。
【0041】
(第四工程)
電子銃107の針状端子111に対して、第二フラッシングを行う。第二フラッシングでは、約0.5~5秒間、0.5~5A程度の電流を針状端子111に流すとともにフラッシング時刻T0を記憶装置103へ出力する。その後、所定の第一電圧V1と第二電圧V2を印可し、電子線を引き出す。第二工程と同様に照射条件を設定する。
【0042】
(第五工程)
電子銃107からの電子線Eを試料Sの所定の部分へ照射開始し、開始時刻T1を記憶装置103へ出力する。電子線Eの照射終了後、終了時刻T2を記憶装置103へ出力する。
【0043】
(第六工程)
関係式Y=F(X)に基づき、記録した時刻T0、時刻T1、時刻T2から時間X1と時間X2の間(X2-X1)に照射された電流の総量(照射電流量)を、演算装置105(コンピュータ等の電子計算機)を用いて算出する。具体的には、関数F(X)を、時間Xに関して時間X1から時間X2まで解析的に積分し、試料Sに対する照射電流量を算出する。ここでの積分は、手計算で行ってもよいが、速度、精度等の観点から、演算装置105を用いて行う方が好ましい。照射電流量は、第三工程で得た測定結果のデータベースを用いた数値積分により求めても良い。この場合の数値積分の方法は問わない。関数F(X)は、測定の結果対を数値積分の公式に基づいて結ぶことで得られる関数の合成関数であってもよい。関数F(X)の導出方法は限定されないが、導出に用いた経過時間範囲内の全測定データを用いて重回帰分析により多項式等を求める方法や、導出に用いた経過時間範囲内の各測定データ対に数値積分のための公式を適用する方法を用いても良い。数値積分のための公式の種類は限定されないが、ニュートン・コーツ型積分公式、ガウス型積分公式、区分求積法の公式を用いてもよい。例えば、区分求積法の公式に基づいて、データベースに含まれる測定データ対を階段状に結んで得られる関数を用いて数値積分を行ってもよい。数値積分の公式を適用する測定データ対は、選択方法を限定されないが、経過時間に対して昇順に並べられたデータベースにおいて隣り合う測定データによって構成されることが好ましい。経過時間X1からX2の範囲は、重回帰分析による関係式の場合は経過時間X0からX4の範囲内であることが好ましく、数値積分の公式による関係式の場合は前記経過時間X0からX4の範囲内であることが必須である。
【0044】
関数F(X)で示される照射電流の減衰傾向について、測定ごとの再現性が得られることが、本発明者によって確認されている。すなわち、
図2(b)のグラフに示すように、照射電流量の実測値が、ほぼ、関係式Y=F(X)で表される曲線、または第三工程で得たデータベースに含まれる測定データ対を数値積分の公式に基づいて結んで得られる関数の合成関数に沿って分布すると考えられる。したがって、上述したように関係式Y=F(X)、または第三行程で得たデータベースに含まれる測定結果の分布を用いて積分し、算出される照射電流量が、任意の時間範囲(分析実施時間)に電子線の照射を行ったときの実際の照射電流量である、と推定することができる。
【0045】
関数F(X)は、測定の結果に基づき、測定データ対を数値積分の公式に基づいて結んで得られる関数の合成関数として、近似的に表すことができる。この場合には、照射電流Yを、第二フラッシングからの経過時間Xに関して照射開始までの経過時間X1から照射終了までの経過時間X2まで、数値積分により積分することができる。
【0046】
同じ電子銃107を同条件のフラッシング後に用いる場合であっても、針状端子111の使用累計時間等に応じて針状端子111の先端部の形状が変化する。この変化に伴い、第二フラッシングを行う時刻(X=0)における照射電流F(0)も、測定のたびに若干変化してしまうことがあるため、この変化に対応するように、関数F(X)を補正することが好ましい。具体的には、照射開始の前または後に試料の無い場所へ電子線Eを照射し、測定時刻T3と照射電流Y3を測定装置102から記憶装置103へ出力し、関数F(X)にX=X3を代入したF(X3)と定数項F(0)を用いて、Y3-{F(X3)-F(0)}を演算装置105などで新たな定数項として算出し、積分を行う関数F(X)の定数項F(0)を、新たな定数項に置き換えればよい。新たな定数項の決定に際しては、決定の方法を問わないが、Y3、F(X3)について、一組のデータを用いてもよいし、複数組のデータを用いてもよい。複数組のデータを用いる場合、すなわち、複数通りの時間X3に対し、それぞれ照射電流Y3を測定した場合、複数組の(X3、Y3)に対し、それぞれY3-{F(X3)-F(0)}を求めた上で、それらの算術平均をとったものを、新たな定数項としても良く、決定の方法は問わない。数値積分を行う場合は、第三工程で得た測定結果のデータベースに対してから、同様にY3、F(X3)、F(0)に対応するデータを求めて補正を行う。
【0047】
第四工程から第六工程までの処理については、第三工程の処理を行う日の前後一ヶ月以内の期間に行うことが好ましく、10日以内の期間に行えばより好ましい。これらの期間内であれば、関数F(X)の定数項以外の項の係数が、真空度など装置状態の大きな変化がなければほぼ不変であり、より高い精度での照射電流量の推定が可能となる。
【0048】
上述した照射電流量の推定方法を用いることにより、次の手順で試料の厚さの算出を行うことができる。
【0049】
上記第六工程を経て推定される照射電流量から、試料Sのうち電子線Eが照射された部分の厚さを算出する。厚さの算出については、いずれの方法を用いてもよいが、例えばゼータ因子法を用いることができる。ゼータ因子法によれば、厚さは、下記(2)式で与えられる。(2)式の各パラメータについては、次のように定義される。
t:厚さ、
ζ(ζA、ζB):ゼータ因子
I(IA、IB):X線検出量
A(AA、AB):自己吸収係数
ρ:密度
τi:照射電流
e:電気素量
(2)式では、試料Sが二種類の元素α、βからなる場合について例示しているが、元素の種類については限定されず、一種類であってもよいし、三種類以上であってもよい。
【0050】
【0051】
図3は、
図1の試料Sの近傍を拡大し、試料Sに対してEDS元素マッピングを行っている状態を示す斜視図である。電子線Eの経路を集束系および前方対物系のレンズコイル群108Aで変化させることで試料一面Sa上を走査させ、各位置において、上述した方法を用いて照射電流量を算出することにより、試料S内の厚さ分布を高い精度で可視化することができる。
【0052】
以上のように、本実施形態の照射電流量の推定方法によれば、非加熱状態での電子線照射による照射電流量を、高い精度で算出することができる。
【0053】
本実施形態では、電子銃の針状端子の状態が同じであれば、時間経過に伴う照射電流の非線形な減衰傾向が、ほぼ変わらないことに着目し、分析対象の試料に電子線照射を行う前又は後に、照射電流の時間変化の情報を取得する。具体的には、照射時間ごとに照射電流を測定し、測定時の針状端子の状態における照射電流の減衰傾向を、非線形な関数で表示し、データベースとして記録する。分析対象の試料に対して実際に電子線照射した時間範囲で、この関数を積分することにより、実際の照射による照射電流量を算出することができる。算出される照射電流量は、照射電流の非線形な減衰傾向を反映させたものであるため、実測値と高い精度で一致する。
【0054】
したがって、本実施形態の照射電流量の推定方法を用いて推定される照射電流量に基づき、上述したように試料の各位置において厚さを算出することにより、元素マッピング結果から高精度に析出物等の数密度を算出することができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0056】
(実施例1、2)
関数F(X)による減衰挙動の近似が高精度に可能なことを示すため、上述した第一工程から第三工程に沿って、照射電流の減衰挙動の近似精度を確認した。
【0057】
第一工程として、電子銃107に対し、2秒間、3Vを印加する第一フラッシングを行った。
【0058】
第二工程として、直径30μm(実施例1)または20μm(実施例2)の集束レンズ絞り108Dの挿入を含めた照射条件の設定を行い、試料がない領域に対して電子線Eを照射し、約10分ごとに、電子線Eによる照射電流Yを測定した。
【0059】
第三工程として、第二工程の測定結果から、重回帰分析によって、照射電流Yを第一フラッシングからの経過時間Xの関数F(X)で表した関係式Y=F(X)を導出した。関数F(X)の表式は、下記(3)、(4)式のようになった。近似の精度を表す決定係数R2は、集束レンズ絞りの直径が30μmの場合は0.9932、20μmの場合は0.9972であった。いずれもほぼ1であり、集束レンズ絞りの直径を変化させても高い精度で推定できることが分かる。従って、照射条件の影響を受けずに、第一工程から第三工程によれば、照射電流の減衰挙動を高い精度で近似可能な関数を得られると考えられる。
【0060】
【0061】
【0062】
図4は、実施例1、2において、電子銃による照射電流量の時間変化を示すグラフである。実施例1の照射電流が、実施例2の照射電流より大きくなっている。これは、実施例1で用いたレンズ絞りの直径が、実施例2で用いたレンズ絞りの直径より大きいことに起因している。つまり、電子銃107から照射される電子線Eが、針状端子の先端111aから放射状に広がって進むため、直径が大きいレンズ絞りほど、多くの電子線Eを通過させ、試料に照射することができる。
【0063】
(実施例3)
関数F(X)による減衰挙動の推定が高精度に可能なことを示すため、一例として(3)式による推定精度を確認した。上述した第四工程、第二工程に沿って、照射電流Yの実測値と直近のフラッシングからの経過時間Xを測定した。(3)式にXを代入し、Yの推定値を得た。
【0064】
第四工程として、電子銃107に対し、2秒間、3Vを印加する第二フラッシングを行った。第二フラッシングは、式(3)導出のための第一フラッシングの50日前から34日後までの間に、合計6回(50日前、49日前、44日前、15日前、8日前、34日後)行った。
【0065】
第二工程として、式(3)導出時と同様に照射条件の設定、直近の第二フラッシングからの経過時間Xと照射電流Y(実測値)の測定を行った。
【0066】
第二フラッシングからの経過時間Xを式(3)に代入することで得た照射電流の推定値を照射電流の実測値に対してプロットすると、多くが切片0で傾き1の直線(理想状態)に乗ったが、外れたプロットも散見された。このプロット群を最小二乗法によって線形近似(切片0)した場合の傾きは0.9606であり、決定係数R2は0.8017であった。
【0067】
(実施例4)
第二工程での測定データの任意の1組を用いて関数F(X)の切片F(0)を補正すると、ほとんどのプロットが切片0で傾き1の直線(理想状態)に乗り、プロット群の線形近似(切片0)結果も傾きが0.9854、決定係数R2が0.813と改善した。
【0068】
図5、6は、それぞれ実施例3、4において、第三工程で導出した関係式から得られる照射電流の推定値を、照射電流の実測値とを比較するグラフである。実施例1の照射電流の推定値と実測値とは、照射電流の大きさによらず、ほぼ一致していることから、実施例1の推定方法であれば、照射電流の実測値について正しい評価が可能であることが分かる。
【0069】
(実施例5)
照射電流量を、第三工程で得た測定結果のデータベースを用いた数値積分により求めた。数値積分において、区分求積法の公式に基づき、データベースに含まれる測定データ対を階段状に結んで得られる関数F(X)を用いた。
図7は、この関数F(X)を用いて得られる照射電流の推定値を、照射電流の実測値と比較する図である。この場合にも推定値と実測値がほぼ一致していることから、照射電流の実測値について正しい評価が可能であることが分かる。
【0070】
(比較例1)
第二工程での測定データの第二フラッシングからの経過時間が2時間以内の任意の2組のデータを用いて、重回帰分析により、直近のフラッシングからの経過時間Xの線形関数G(X)を導出し、その関数G(X)から得た照射電流の推定値を照射電流の実測値に対してプロットしたグラフである。
図8は、照射電流値が250pA以下の範囲では、実測値が推定値に一定する理想状態を示す破線から、推定結果を示すプロットが外れており、推定値が実測値を下回っている。このことから、比較例1の仮定を行った場合、照射電流が過少評価されてしまうことが分かる。
【0071】
(比較例2)
実施例1の第一工程実施後の489日後に実施例1と同様の第四工程を行い、第二フラッシングからの経過時間Xと照射電流Y(実測値)を測定した。(3)式によって照射電流の推定値を算出した。
【0072】
(実施例4)
比較例2の第四工程を行ってから1日後に、実施例1と同様の第一工程から第三工程を行い、関数F(X)を新たに得た。その新たに得た関数F(X)の表式は(5)式のようになった。(5)式によって照射電流の推定値を算出した。
【0073】
【0074】
(3)式と次数、係数、切片が異なるのは489日間に真空度など装置状況の変動があったためである。
【0075】
(比較例3)
比較例2の実測値をもとに、比較例1と同様の方法で線形関数G(X)を新たに得た。その新たに得た関数F(X)の表式は(6)式のようになった。(6)式によって照射電流の推定値を算出した。
【数6】
【0076】
図9は、比較例2で得られる照射電流の実測値と、比較例2、実施例4、比較例3で得られる照射電流の推定値を、比較するグラフである。グラフの横軸、縦軸は、
図8と同様である。
【0077】
比較例2の489日前に取得のF(X)による照射電流の推定値は、フラッシングを行ってから12時間経過するまでは、比較例2の実測値と重なっているが、12時間経過後は、比較例2の実測値の下側に外れている。比較例2の式(3)による照射電流の推定は、フラッシングを行ってから所定の時間が経過すると、過小になることが分かる。
【0078】
比較例3の推定値は、フラッシングを行ってから6時間経過するまでは、比較例2の実測値と重なっているが、6時間経過後は、比較例2の実測値の上側に外れている。比較例3の(6)式による照射電流の推定は、フラッシングを行ってから所定の時間が経過すると、過大になることが分かる。
【0079】
実施例4の実測値は、フラッシング後24時間後まで比較例2の実測値と重なっている。実施例4の(5)式による照射電流の推定は、フラッシング後、時間の経過によらず常に実測値と一致しており、正しいことが分かる。装置状況の変化があった場合でも新たに近似関数を導出することで、照射電流の高精度推定が再び可能になることが分かる。
【0080】
図10は、ステンレス鋼の明視野透過電子顕微鏡像である。(3)式の導出から10日後に、点Pを含む領域に対してEDSマッピングを行った。マッピング開始直前と直後の測定データ2組を用いて比較例1と同様の方法で線形関数G(X)を導出し(比較例4)、マッピング開始直前の測定データ1組を用いて(3)式の切片補正を行った(実施例5)。実施例5、比較例4で得られた照射電流量の値を、それぞれゼータ因子法による上記(2)式に代入し、
図10に示す一点Pにおける試料の厚さを算出した。ここでは、密度ρを9.97kg/m
3としたほか、他のパラメータは表1のように設定した。また、参考例として、同じ試料の厚さを、CBED法で測定した。実施例1、比較例1、参考例で得られた厚さを表2に示す。
【0081】
【0082】
【0083】
実施例1で得られた厚さの算出値は、参考例で得られた厚さの測定値とほぼ一致している。一方、比較例1で得られた厚さの算出値は、参考例で得られた測定値より大きくなっている。この結果から、本発明の照射電流の推定方法によれば、試料の厚さを高い精度で求められることが分かる。
【符号の説明】
【0084】
100・・・推定装置
101・・・透過型電子顕微鏡
102・・・電流測定装置
103・・・記憶装置
104・・・X線検出器
105・・・演算装置
106・・・支持台
106a・・・試料の載置面
107・・・電子銃
108・・・光学系
108A、108B、108C・・・レンズコイル群
108D・・・集束レンズ絞り
109・・・撮像素子
110・・・出力装置
111・・・針状端子
111a・・・先端
112・・・フラッシング装置
113・・・第一電極
114・・・第二電極
E・・・電子線
S・・・試料
Sa・・・一面
【要約】
【課題】非加熱状態の電子銃が照射する電子線によって、物体に照射される電流の量の正確な推定を可能とする、電子銃による照射電流量の推定方法を提供する。
【解決手段】本発明の電子銃による照射電流量の推定方法は、電子銃に対し、第一フラッシングを行う第一工程と、試料の無い場所に電子線を照射し、所定の時間間隔X
iごとに、電子線による照射電流Yを測定する第二工程と、測定の結果から関係式Y=F(X)を導出する第三工程と、電子銃に対し、第二フラッシングを行う第四工程と、試料に電子線を照射するとともに、第二フラッシングを行った時刻T
0、電子線の照射開始の時刻T
1、および照射終了の時間T
2を記録する第五工程と、関係式Y=F(X)または測定データを用い、試料に対する照射電流量を算出する第六工程と、を有する。
【選択図】
図2