(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】物理定数の推定値取得方法
(51)【国際特許分類】
G01N 25/18 20060101AFI20240515BHJP
【FI】
G01N25/18 L
(21)【出願番号】P 2023505582
(86)(22)【出願日】2022-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2022010043
(87)【国際公開番号】W WO2022191199
(87)【国際公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-08-23
(31)【優先権主張番号】P 2021037203
(32)【優先日】2021-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】弁理士法人G-chemical
(72)【発明者】
【氏名】柴原 正和
(72)【発明者】
【氏名】生島 一樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 陸
(72)【発明者】
【氏名】木谷 悠二
(72)【発明者】
【氏名】山内 悠暉
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-194637(JP,A)
【文献】国際公開第2016/031174(WO,A1)
【文献】特開2006-064413(JP,A)
【文献】特開2005-083810(JP,A)
【文献】特開2006-337233(JP,A)
【文献】特開2020-201146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体物質の温度依存性を有する物理定数の推定値Aを取得する方法であって、
下記推定処理を、室温から固体物質が溶解する温度を上限とする所定温度までΔt℃毎に実施して、室温から前記所定温度までの推定値Aを取得する、推定値の取得方法。
推定処理:有限要素法解析により求めた(t-Δt)℃における前記物理定数の予測値F
t-Δtに、(t-Δt)℃における前記物理定数の実測値Y
t-Δtをデータ同化させて(t-Δt)℃における推定値A
t-Δtを取得し、
(t-Δt)℃における推定値
A
t-Δtを有限要素法解析に初期値として与えてt℃における前記物理定数の予測値F
tを得、得られた予測値F
tにt℃における前記物理定数の実測値Y
tをデータ同化させて、t℃における推定値A
tを得る
【請求項2】
データ同化をアンサンブルカルマンフィルタにて行う、請求項1に記載の推定値の取得方法。
【請求項3】
有限要素法解析が、有限要素法による熱伝導解析又は熱弾塑性解析である、請求項1又は2に記載の推定値の取得方法。
【請求項4】
固体物質の温度依存性を有する物理定数の、室温から固体物質が溶解する温度を上限とする所定温度までの推定値Aの取得をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、
コンピュータに、室温から前記所定温度までΔt℃毎の前記物理定数の実測値Yを入力する第1ステップと、
コンピュータに、(t-Δt)℃における推定値
A
t-Δtを初期値として選択させ、選択した初期値を用いて有限要素法解析を実行させて、前記物理定数のt℃における予測値F
tを得る第2ステップと、
コンピュータに、予測値F
tを前記物理定数のt℃における実測値Y
tにデータ同化させる作業を実行させて、t℃における推定値A
t
を得る第3ステップと、
コンピュータに、前記第2ステップ及び第3ステップを、室温から前記所定温度まで、Δt℃毎に実行させる第4ステップと、
を含む、プログラム。
【請求項5】
コンピュータで読み取り可能な記録媒体であって、請求項4に記載のプログラムを格納する記録媒体。
【請求項6】
請求項4に記載のプログラムを実行する演算部を備えた装置。
【請求項7】
下記工程を経て固体物質の加工製品を得る、加工製品の製造方法。
工程1:請求項1~3の何れか1項に記載の推定値の取得方法により、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値を取得する
工程2:取得された推定値を利用して、固体物質の加工方法を決定する
【請求項8】
請求項1~3の何れか1項に記載の推定値の取得方法により、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値を取得し、取得された推定値を利用して、前記固体物質で形成された構造物の疲労損傷を監視する、疲労損傷モニタリング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定温度における物理定数の推定値を取得する方法、前記方法をコンピュータに実行させるプログラム、前記プログラムを格納する記録媒体、前記プログラムを実行する演算部を備えた装置、前記方法を用いた加工製品の製造方法、並びに疲労損傷モニタリング方法に関する。本願は、2021年3月9日に日本に出願した、特願2021-037203号の優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
温度上昇に伴い発生する物理現象のなかでも、直接計測するのが困難な内部応力や変形等については、有限要素法(FEM)解析を用いたシミュレーションにより予測値を得る方法が広く用いられている(例えば、非特許文献1)。しかし、FEM解析で得られる予測値は、実現象とは必ずしも一致しないことが問題であった。
【0003】
例えば、船体の強度は安全確保の観点から非常に重要なパラメータであるが、船体構造設計時には積載物の重量、波浪による変動荷重、船体運動による荷重など種々の外力が働くことを考慮する必要があり、船体の強度を的確に評価することは非常に困難であった。
【0004】
そこで、船体強度評価にはFEM解析が用いられており、FEMの解析結果に基づいて船体構造が設計されている。しかし、FEM解析上で船体に加わる応力が実現象より大きく見積もられると、板厚を大きくするなどにより船体の強度が過剰に高められることとなり、その結果、重量の増加による燃費の悪化を招くことが問題であった。
【0005】
また、固体材料の熱伝導率測定方法としては、保護熱板法が知られている。しかし、この方法では複雑な試験装置を用いることが問題であった。さらに、300mm以上の大きさの試験体が必要であり、試験体サイズに制限があることも問題であった。さらにまた、前記方法では最高使用温度が700℃であり、更なる高温領域における測定は困難であった。
【0006】
固体材料の熱伝導率測定方法としては、その他に、レーザーフラッシュ法も知られている。しかし、この方法でも、厚さ1mm以上の試験体が必要であり、試験体サイズに制限があることが問題であった。また、高温時には輻射による熱損失等により誤差が大きくなる傾向があり、高温領域での精度が低いことが問題であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】村川英一:「実構造物を対象とした溶接変形シミュレーション」,高温学会誌,2007,33(3),128-136
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、温度依存性を有する固体物質の物理定数について、サイバー空間において、温度上昇に伴う変化を高温領域まで精度良く再現して、実現象に即した推定値を取得する方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、温度依存性を有する固体物質の物理定数について、簡便な装置を利用して、温度上昇に伴う変化を高温領域まで精度良く推定して、実現象に即した推定値を取得する方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、温度依存性を有する固体物質の物理定数の、所定温度における推定値について、実現象に即した推定値を取得する、コンピュータプログラムを提供することにある。
本発明の他の目的は、前記コンピュータプログラムを格納する記録媒体を提供することにある。
本発明の他の目的は、前記コンピュータプログラムを実行する演算部を備えた装置を提供することにある。
本発明の他の目的は、前記推定値の取得方法を利用して、加工製品を製造する製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、前記推定値の取得方法を利用して、疲労損傷をモニタリングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、固体物質の温度依存性を有する物理定数について、FEM解析により得られた予測値Fを、簡易的な計測により得られる実測値Yにデータ同化させて得られる推定値Aは、サイバー空間において、よりリアルに現象を再現することができることを見いだした。本発明はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値Aを取得する方法であって、
有限要素法解析により求めた前記物理定数の予測値Fを、前記物理定数の実測値Yにデータ同化させて推定値Aを取得する、推定値の取得方法を提供する。
【0011】
本発明は、また、前記推定値Aの取得を、室温から固体物質が溶解する温度までΔt℃毎に実施し、(t-Δt)℃における推定値At-Δtを、前記物理定数のt℃における有限要素法解析に初期値として与えて予測値Ftを得、得られた予測値Ftをt℃における実測値Ytにデータ同化させて、t℃における推定値Atを得る前記推定値の取得方法を提供する。
【0012】
本発明は、また、データ同化をアンサンブルカルマンフィルタにて行う前記推定値の取得方法を提供する。
【0013】
本発明は、また、有限要素法解析が、有限要素法による熱伝導解析又は熱弾塑性解析である前記推定値の取得方法を提供する。
【0014】
本発明は、また、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値の取得をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、
コンピュータに、前記物理定数の実測値Yを入力する第1ステップと、
コンピュータに、有限要素法解析を実行させて、前記物理定数の予測値Fを得る第2ステップと、
コンピュータに、予測値Fを実測値Yにデータ同化させる作業を実行させて、推定値Aを得る第3ステップと、
を含む、プログラムを提供する。
【0015】
本発明は、また、コンピュータで読み取り可能な記録媒体であって前記プログラムを格納する記録媒体を提供する。
【0016】
本発明は、また、前記プログラムを実行する演算部を備えた装置を提供する。
【0017】
本発明は、また、下記工程を経て固体物質の加工製品を得る、加工製品の製造方法を提供する。
工程1:前記推定値の取得方法により、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値を取得する
工程2:取得された推定値を利用して、固体物質の加工方法を決定する
【0018】
本発明は、また、前記推定値の取得方法により、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値を取得し、取得された推定値を利用して、前記固体物質で形成された構造物の疲労損傷を監視する、疲労損傷モニタリング方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の推定値の取得方法は、FEM解析により求められた予測値を、簡便な装置を使用した実測値でデータ同化させる方法により、固体物質の温度依存性を有する物理定数の推定値を得る方法である。そして、前記方法によれば、実現象に極めて近似した推定値が得られる。
また、本発明の推定値の取得方法によれば、温度の上昇に伴って変化する特定の物理的性質を支配する全ての物理定数の推定が可能である。そのため、本発明の推定値の取得方法は、物理定数を選択することで、あらゆる場面で活用することができる。例えば、前記物理定数として、熱伝導を支配するパラメータを選択すれば、固体物質の熱伝導性を精度良く推定することができ、得られた推定値を元に、固体物質の加工方法を設定すれば、生産効率の向上やコスト削減が実現可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】アンサンブルカルマンフィルタを用いたデータ同化手法の説明図である。
【
図2】本発明に係る推定値の取得方法の一の実施形態のフローチャートである。
【
図3】本発明における固体物質の入熱地点の一例を示す図である。
【
図4】本発明の推定値の取得方法に使用されるモデル図の一例を示す図である。
【
図5】FEM解析とデータ同化とを複数回繰り返すことにより、得られる推定値がより真値に近似することを示す図である。
【
図6】本発明に係る推定値の取得方法によって得られた比熱(c)と熱伝導率(λ)の推定値が、全温度領域において、真値に極めて近似していたことを示す図である。
【
図7】実施例2において得られたA,B,C地点の温度履歴の推定結果が、真値と極めて近似していたことを示す図である。
【
図8】実施例2において得られたA地点の熱伝導率の推定結果が、真値と極めて近似していたことを示す図である。
【
図9】実施例3において得られた比熱の推定結果が、真値と極めて近似していたことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[推定値の取得方法]
本発明の推定値の取得方法は、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値A(或いは、所定温度の入熱に伴い変動する物理定数の推定値A)を取得する方法であって、
FEM解析により求めた前記物理定数の予測値Fを、前記物理定数の実測値Yにデータ同化させて、前記物理定数の推定値Aを取得する方法である。
【0022】
前記所定温度とは、例えば、室温(20℃)から、固体物質が溶解する温度(例えば、固体物質がSUS304の場合は、1300℃)までの範囲内の温度である。
【0023】
前記固体物質は、特に制限されないが、例えば、ステンレス(例えば、SUS304、SUS316など)、スチール、鉄鋼、鉄、アルミニウム、ニッケル、銅、亜鉛、チタン、マグネシウム、スズ、モリブデン、及びこれらの合金等の金属材料が挙げられる。
【0024】
前記物理定数には、固体物質の、温度の上昇に伴う物理的性質の変化を支配する全ての物理定数が含まれる。前記物理定数としては、例えば、比熱、熱伝導率、ヤング率、ポアソン比、線膨張係数、降伏応力等が挙げられる。
【0025】
ここで、予測値Fを実測値Yにデータ同化させる方法としては、室温から、固体物質が溶解する温度範囲の少なくとも1点の温度における物理定数について、予測値Fを実測値Yにデータ同化させれば良いが、より実現象に近い推定値を得る観点から、前記温度範囲の2点以上の温度における物理定数について、予測値Fを実測値Yにデータ同化させることが好ましい。
【0026】
予測値Fを実測値Yにデータ同化させる方法としては、なかでも、10℃毎、50℃毎、100℃毎、200℃毎、500℃毎などの、10~500℃の範囲から選択される特定の温度(Δt℃)毎に、前記物理定数の予測値Fを実測値Yにデータ同化させることが好ましく、計算負荷の軽減と、精度良く推定する観点から、100℃毎に、前記物理定数の予測値Fを実測値Yにデータ同化させることが特に好ましい。従って、前記Δt℃は、好ましくは100℃である。
【0027】
すなわち、前記データ同化は、計算負荷を軽減しつつ、精度良好な推定値を得る観点から、室温から、固体物質が溶解する温度までの温度範囲において、Δt℃毎に、データ同化を実施して推定値Aを得ることが好ましい。
【0028】
また、予測値Fの取得方法としては、初期値を固定してFEM解析することにより、室温から、固体物質が溶解する温度までの予測値Fを取得しても良いが、計算負荷を軽減しつつ、誤差をより小さくして、精度良好な予測値Fを得る観点から、室温から、固体物質が溶解する温度範囲において、定期的に(例えば、Δt℃毎に)初期値を設定し直してFEM解析を行うことが好ましい。
【0029】
初期値を固定してFEM解析する場合に与える初期値としては、物理定数の文献値や、物理定数の実測値を利用することができる。また、前記文献値が得られない場合には、物性が近似する他の固体物質の文献値を利用することもできる。
【0030】
また、定期的に初期値を設定し直してFEM解析する場合において、室温から(若しくは、低温側から)推定を開始して、すでに得られた推定値Aを初期値として与えて次の温度の物理定数をFEM解析することが好ましく、例えば、(t-Δt)℃における推定値At-Δtを、t℃における物理定数のFEM解析に初期値として与えることが好ましい。
【0031】
すなわち、前記推定値の取得方法としては、前記推定値Aの取得を、室温から固体物質が溶解する温度までΔt℃毎に実施し、(t-Δt)℃における推定値At-Δtを、前記物理定数のt℃におけるFEM解析に初期値として与えて予測値Ftを得、得られた予測値Ftを前記物理定数のt℃における実測値Ytにデータ同化させて、t℃における推定値Atを得ることが好ましい。前記(t-Δt)℃、t℃は、何れも室温から固体物質が溶解する温度までの範囲に含まれる。そして、Δt℃は、例えば10~500℃から選択される温度、好ましくは100℃である。
【0032】
言い換えると、前記推定値の取得方法は、室温から固体物質が溶解する温度までΔt℃毎に、低温側から、推定値Aの取得を実施し、所定温度[t(℃)]における物理定数のFEM解析には、すでに得ている推定値Aのうち、前記温度に最も近い温度[(t-Δt)℃]における推定値At-Δtを、初期値として与えて予測値Ftを得、得られた予測値Ftを前記温度[t(℃)]における実測値Ytにデータ同化させて、前記温度[t(℃)]における推定値Atを得ることが好ましい。
【0033】
前記(t-Δt)℃、t℃は、何れも室温から固体物質が溶解する温度までの範囲に含まれる。そして、Δt℃は、例えば10~500℃から選択される温度、好ましくは100℃である。
【0034】
また、定期的に初期値を設定し直してFEM解析する場合において、特に、固体物質の、室温(20℃)から100℃までの所定温度(t1)における物理定数のFEM解析において与える初期値としては、物理定数の文献値や、物理定数の実測値を利用することが好ましい。また、前記文献値が得られない場合には、物性が近似する他の固体物質の文献値を利用することもできる。
【0035】
そして、定期的に初期値を設定し直してFEM解析する場合において、固体物質の、100℃を超え、溶解する温度までの所定温度(t2)における物理定数のFEM解析において与える初期値としては、室温から(若しくは、低温側から)推定を開始して、すでに得られた推定値Aのうち、所定温度(t2)に最も近い温度における推定値Aを初期値として利用することが、誤差を修正することができ、より精度良好な推定値が得られる観点から好ましい。
【0036】
従って、前記推定値の取得方法としては、とりわけ、下記工程1、工程2をこの順に実施して、室温から固体物質が溶解する温度までの所定温度における推定値Aを得ることが好ましい。
工程1:室温から100℃までの所定温度(t1)における推定値At1を得る工程であり、文献値或いは実測値を初期値として与えて前記温度(t1)における物理定数をFEM解析することにより予測値Ft1を得、得られた予測値Ft1を実測値Yt1にデータ同化させて、推定値At1を得る
工程2:100℃を超え、固体物質が溶解する温度までの所定温度(t2)における推定値At2を得る工程であり、すでに得ている推定値Aのうち、所定温度(t2)に最も近い温度における推定値を初期値として与えて前記温度(t2)における物理定数をFEM解析することにより予測値Ft2を得、得られた予測値Ft2を実測値Yt2にデータ同化させて、推定値At2を得る
【0037】
尚、前記予測値Ft1は、温度(t1)における予測値Fであり、前記実測値Yt1は、温度(t1)における実測値Yである。
また、前記予測値Ft2は、温度(t2)における予測値Fであり、前記実測値Yt2は、温度(t2)における実測値Yである。
【0038】
前記推定値の取得方法としては、とりわけ、前記工程2の推定値Aの取得を、所定温度をΔt℃毎に設定して、繰り返し実施することが、物理定数の推定を精度良く行う観点から好ましい。
【0039】
(FEM解析)
本発明においては、FEM解析により所定温度における予測値Fを求める。本発明においては、定期的に(例えば、Δt℃毎に)初期値を設定し直して、FEM解析することが好ましい。そして、低温側から高温側に向かって順に推定値Aの取得を行い、1つ前の温度における物理定数の推定で得られた推定値Aを、次の温度における物理定数のFEM解析に初期値として与えて予測値Fを得ることが好ましい。言い換えると、前記推定値Aの取得を、室温から固体物質が溶解する温度まで、低温側から順に、Δt℃毎に実施し、t℃における物理定数をFEM解析するときには、すでに得ている推定値Aのうち、t℃に最も近い温度[(t-Δt)℃]における推定値Aを初期値として与えることが好ましい。
【0040】
具体的には、固体物質の、100℃を超え、固体物質が溶解する温度までの所定温度(t2℃)における物理定数のFEM解析では、初期値として、1つ前の温度(すなわち、(t2-Δt)℃)における物理定数のFEM解析とデータ同化を実施して得られた推定値At2-Δtを与える。こうして、t2℃における予測値Ft2を得る。また、t2℃における予測値Ft2を実測値Yt2にデータ同化して得られた推定値At2は、1つ後の温度(すなわち、(t2+Δt)℃)における物理定数のFEM解析に初期値として与える。
【0041】
尚、固体物質の、室温(20℃)から100℃までの所定温度における物理定数のFEM解析では、初期値として、物理定数の文献値や、物理定数実測値を利用することが好ましい。また、前記文献値が得られない場合には、物性が近似する他の固体物質の文献値を利用することもできる。室温(20℃)から100℃までの所定温度における物理定数のFEM解析は、まとめて行ってもよい。
【0042】
ここで、FEM解析とは、連続する固体物質を複数の微小な要素(例えば、Shell要素)に分割(=メッシュ分割)し、近似的に挙動を予測する方法である。要素数及び節点数は適宜設定可能である。要素数及び節点数が増えると、予測精度は高まるが、計算負荷が増大する傾向がある。
【0043】
前記FEM解析では、推定値を得ようとする物理定数に応じて、解析プログラムを適宜選択して使用することができる。例えば、比熱や熱伝導率を推定する場合には、熱伝導解析又は熱弾塑性解析を実行可能な解析プログラムを選定することが好ましい。
【0044】
前記FEM解析は、非線形解析を要する物理定数の推定を精度良く行う観点から、アンサンブルメンバー(メンバー数は、例えば2~10、好ましくは3~8)を初期値として与え、各メンバーに対応してFEM解析を実行することが好ましい。
【0045】
前記FEM解析としては、特に理想化陽解法FEMを用いることが好ましい。理想化陽解法FEMは、動的陽解法FEMを用いる方法であり、要素毎、解析自由度毎に独立した計算で解析を進める方法である。
【0046】
前記FEM解析は、メッシュ分割により得られる各要素の節点について状態ベクトルを設定して行われる。
【0047】
前記状態ベクトルは自由度と変位ベクトルを有する。前記自由度は、予測しようとする物理定数の性質に応じて適宜選択して設定するものである。例えば、熱伝導を支配する物理定数の予測を行う場合には、節点温度を設定する。また、力学現象を支配する物理定数の予測を行う場合には、節点温度とひずみを設定する。そして、変位ベクトルに、求めたい物理定数を加えることができる。
【0048】
FEM解析では、前記変位ベクトルに、前記例示の物理定数から選択される、特定の物理的性質の変化に関連する2つ以上の物理定数を加えると、2つ以上の物理定数の推定値を同時に取得することができる。
【0049】
熱伝導を支配する物理定数として、比熱(c
t)と熱伝導率(λ
t)を同時に推定する場合の各節点の状態ベクトルは、例えば下記式(1)で表すことができる。下記式(1)で表す状態ベクトルは、自由度として節点温度(θ
dof)を含み、変位ベクトルに比熱(c
t)と熱伝導率(λ
t)を含む。
【数1】
【0050】
力学現象を支配する物理定数として、ヤング率(E)とポアソン比(v)を同時に推定する場合の各節点の状態ベクトルは、例えば下記式(2)で表すことができる。下記式(2)で表す状態ベクトルは、自由度として節点温度(θ
dof)とひずみ(ε)を含み、変位ベクトルにヤング率(E)とポアソン比(v)を含む。
【数2】
【0051】
(データ同化)
前記データ同化では、所定温度(t)における予測値Ftを所定温度(t)における実測値Ytにデータ同化させて、所定温度(t)における推定値Atを得る。尚、実測値Ytの取得方法は後で詳述する。
【0052】
データ同化とは、実測値を最適化理論によってシミュレーションに反映して、物理モデルを修正する技法である。予測値Ftを、実測値Ytにデータ同化させれば、予測値Ftを修正して実現象に近づけることができる。そのため、データ同化により得られる推定値Atは、実測値Ytに比べ高精度である。
【0053】
データ同化は、例えば、カルマンフィルタやアンサンブルカルマンフィルタを用いて行われる。例えば、FEM解析の初期値にアンサンブルメンバーを与えた場合には、アンサンブルカルマンフィルタを用いるのが好ましい。
【0054】
カルマンフィルタ又はアンサンブルカルマンフィルタを用いたデータ同化では、予測値Ftと実測値Ytにカルマンゲインにより重み付けを行って、推定値Atを得る。前記カルマンゲインとは、予測値Ftの誤差と実測値Ytの誤差を最小とするための重み付け係数である。例えば、アンサンブルカルマンフィルタを用いたデータ同化では、アンサンブルメンバーの予測値Ftのばらつき(=アンサンブル摂動)の平均した値をカルマンゲインとして用いる。
【0055】
例えば、所定温度(t)における推定値A
tは、下記式(3)から求められる。
【数3】
【0056】
図1に、アンサンブルカルマンフィルタを用いたデータ同化手法を説明する図を示す。
【0057】
また、データ同化は、所定温度毎に少なくとも1回行えば良いが、複数回繰り返し行うことが、得られる推定値の精度をより一層向上することができる点で好ましい。データ同化の繰り返し回数としては、推定結果が収束するまで、すなわち、1回目のデータ同化により得られる推定値を初期値として与えて再度FEM解析を行い、得られた予測値を再度実測値とデータ同化させる、という作業を、変位が静的平衡状態を満たすまで、例えば2~50回程度(好ましくは2~5回)行うことが好ましい。静的平衡状態が得られた後は、次の所定温度に進むことができる。
【0058】
図2に、前記推定値の取得方法の一の実施形態のフローチャートを示す。固体物質が溶解する温度は、例えば固体物質がSUS304である場合は、例えば1300℃である。
【0059】
(実測値Y、およびその測定方法)
「所定温度(t)における実測値Yt」には、加熱過程での実測値、すなわち「温度上昇時のt℃における実測値Yt」と、冷却過程での実測値、すなわち「温度降下時のt℃における実測値Yt」が含まれる。これらを組み合わせて含んでいても良い。これらは、推定値を得ようとする物理定数の種類に応じて、選択することができる。例えば、熱効率等を推定する場合には、加熱過程での実測値を使用し、熱伝導係数、比熱等を推定する場合には、冷却過程での実測値を使用することが、より一層精度良好な推定値が得られる点で好ましい。
【0060】
前記実測値Ytには、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、室温(20℃)からt℃までの温度履歴と、前記温度履歴に伴い変動した固体物質の物理定数が含まれる。
【0061】
前記実測値Ytは、簡易的に、固体物質にt℃の入熱を行って、その温度履歴と物理定数を実測することで求められる。入熱を行う固体物質としては、例えば、推定値の取得対象である固体物質からなる薄板(サイズは、例えば200mm×200mm×10mm)等を使用することができる。
【0062】
実測値Ytの実測地点(=固体物質の測定部位)は入熱地点(入熱を実施した部位)とは異なる部位であって、入熱地点においてt℃の入熱を行った場合に(例えば、入熱地点にt℃の入熱を10秒程度行った場合に)、室温からt℃まで上昇する地点を少なくとも含む。
【0063】
前記実測地点は少なくとも2地点であり、計算負荷の軽減と、精度良く推定する観点から、例えば2~10地点、好ましくは2~6地点である。
【0064】
前記実測地点としては、入熱地点にt℃の入熱を行った場合に、室温からt℃まで上昇する地点を、入熱地点に最も近い実測地点1とし、入熱地点から徐々に遠のく位置(例えば、直線上の位置)に、実測地点2、3、4、・・・10等と、複数の実測地点を設けることが好ましい。これにより、一度の入熱実験によって、室温(20℃)から、t℃を上限とする複数の温度履歴と、当該温度履歴に伴う物理定数の変動を求めることができ、推定値の精度向上に資する。
【0065】
固体物質に入熱を行う方法としては特に制限が無く、例えば熱電対等を利用する方法などが挙げられる。また、入熱は、固定熱源を利用して点で入熱するのでもよいし、線熱源を利用して線で入熱するのでもよい。
【0066】
本発明の推定値の取得方法は、例えば、加工製品の製造方法に利用することができる。
より詳細には、前記推定値の取得方法で得られた推定値を利用して、固体物質の物理現象に応じた最適の加工方法を設計することができる。これによれば、生産効率の向上やコスト削減等が可能となる。
【0067】
その他、疲労損傷モニタリング方法に利用することもできる。
より詳細には、前記推定値の取得方法で得られた推定値を利用して、前記固体物質で形成された構造物の、疲労損傷し易い部位を的確に予測することができ、この部位を重点的に監視することにより、疲労損傷の発生を、コストを抑制しつつ効率的にモニタリングすることができる。
【0068】
[プログラム]
本発明のプログラムは、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値の取得をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、
コンピュータに、前記物理定数の実測値Yを入力する第1ステップと、
コンピュータに、FEM解析を実行させて、前記物理定数の予測値Fを得る第2ステップと、
コンピュータに、予測値Fを実測値Yにデータ同化させる作業を実行させて、推定値Aを得る第3ステップと、
を含む。
【0069】
(第1ステップ)
第1ステップは、コンピュータに、実測値Yを入力するステップである。入力する実測値Yのデータは、上記実測値Yの測定方法によって求められる。
【0070】
(第2ステップ)
第2ステップは、コンピュータに、FEM解析を実行させて、予測値Fを得るステップである。
【0071】
(第3ステップ)
第3ステップは、コンピュータに、予測値Fを実測値Yにデータ同化させる作業を実行させて、推定値Aを得るステップである。
【0072】
第2ステップ及び第3ステップは、推定結果が収束するまで複数回繰り返し実行させるのが好ましい。
【0073】
前記プログラムは、好ましくは、固体物質の温度依存性を有する物理定数の、所定温度における推定値の取得をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、
コンピュータに、室温から前記固体物質が溶解する温度までのΔt℃毎の前記物理定数の実測値Yを入力する第Iステップと、
コンピュータに、適切な初期値を選択させ、選択した初期値を用いたFEM解析を実行させて前記物理定数の予測値Fを得る第IIステップと、
コンピュータに、予測値Fを実測値Yにデータ同化させて、推定値Aを得る第IIIステップと、
コンピュータに、前記第IIステップ及び第IIIステップを、室温から前記固体物質が溶解する温度までの範囲において、Δt℃毎に実行させる第IVステップと、
を含む。
【0074】
(第Iステップ)
第Iステップは、コンピュータに、前記物理定数の室温から前記固体物質が溶解する温度までΔt℃毎の実測値を入力するステップである。
【0075】
(第IIステップ)
第IIステップは、コンピュータに、適切な初期値を選択させ、選択した初期値を用いたFEM解析を実行させて予測値Fを得るステップである。
【0076】
そして、初期値としては、室温から100℃までの所定温度における物理定数のFEM解析では、例えば、物理定数の文献値や実測値を初期値として利用することが好ましい。また、前記文献値が得られない場合には、物性が近似する他の固体物質の文献値を利用することもできる。
【0077】
また、100℃を超え、固体物質が溶解する温度までの所定温度における物理定数のFEM解析では、最も近い温度における推定値Aを初期値として利用することが好ましい。
【0078】
(第IIIステップ)
第IIIステップは、コンピュータに、予測値Fを実測値Yにデータ同化させて、推定値Aを得るステップである。より詳細には、第IIステップで得られた、所定温度における予測値Fを、当該温度の実測値Yにデータ同化させて、当該温度の推定値Aを得るステップである。
【0079】
前記第IIステップ及び第IIIステップは、推定結果が収束するまで、得られた推定値Aを初期値に用いてFEM解析し、得られた予測値Fを実測値Yにデータ同化させる作業を、複数回繰り返し実行させるのが好ましい。
【0080】
(第IVステップ)
第IVステップは、コンピュータに、前記第IIステップ及び第IIIステップを、室温から前記固体物質が溶解する温度までの範囲において、Δt℃毎に実行させるステップである。尚、Δt℃毎とは、例えば10~500℃から選択される温度毎、好ましくは100℃毎である。
【0081】
前記コンピュータとしては、必要な演算を行うことができる装置であれば特に制限されることがなく、例えば電子計算機等が好適に用いられる。
【0082】
本発明のプログラムによれば、コンピュータに提供し、コンピュータに実行させることによって、固体物質の温度上昇に伴う物理定数の変化を高精度に推定することができる。本発明のプログラムは、例えば、記録媒体に記録し、或いは各種伝送媒体を介して、コンピュータに提供される。
【0083】
前記記録媒体は、次に詳述する。前記伝送媒体は、プログラム情報を搬送波として伝搬させて供給するためのコンピュータネットワークシステムにおける通信媒体であり、例えば、光ファイバ等の有線回線や無線回線等が含まれる。
【0084】
[記録媒体]
本発明の記録媒体は、コンピュータで読み取り可能な記録媒体であって、上記プログラムを格納する記録媒体である。
【0085】
前記記録媒体としては、上記プログラムをコンピュータに提供し、コンピュータに実行させることが可能な記録媒体であれば特に制限がなく、例えば、CD-ROM、フレキシブルディスク、ハードディスク、磁気テープ、光磁気ディスク、不揮発性メモリカード等が挙げられる。
【0086】
[装置]
本発明の装置は、上記プログラムを実行する演算部を備えた装置(コンピュータシステム)である。
【0087】
前記装置は、例えば、演算部、表示部、記憶部、キーボード、及びポインティングデバイス等から構成される。前記装置は必要に応じて他の構成要素を含んでいても良い。
【0088】
演算部は、コンピュータ全体を制御する中央処理装置である。表示部は、演算部が実行する制御における各種入力条件や解析結果などを表示する装置である。記憶部は、演算部が導いた解析結果などを保存する装置である。キーボードは、各種入力条件などを作業者が入力するために用いられる装置である。ポインティングデバイスは、マウス、トラックボールなどで構成される。
【0089】
以上、本発明の各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において、適宜、構成の付加、省略、置換、及び変更が可能である。
【実施例】
【0090】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0091】
実施例1
ステンレス板の比熱(c)と熱伝導率(λ)について、本発明の方法で得られた推定値の精度を双子実験により評価した。
【0092】
下記6地点における温度履歴、比熱、及び熱伝導率について、真値を以下の方法で取得した。
ステンレス板(SUS304;縦×横×厚さ=200mm×200mm×10mm)について、線熱源による入熱を行って、室温(20℃)から1300℃まで温度を上昇させて、各地点における、温度履歴、比熱、及び熱伝導率の推移を測定してこれらを真値とした。尚、測定は、熱源付近の6地点において行った。また、前記6地点としては、入熱時間10秒における温度が、20.5℃、22℃、28℃、41℃、68℃、及び100℃となる6つの地点(
図3参照)を採用した。
【0093】
(疑似実測値)
前記方法で得られた真値に誤差を与えたものを、データ同化において、疑似実測値として使用した。
具体的には、前記6地点における温度履歴の疑似実測値としては、温度履歴の真値に対して正規分布の誤差を与えたものを使用した。
また、前記6地点における比熱及び熱伝導率の疑似実測値としては、比熱及び熱伝導率の真値に対して20%の誤差を与えたものを使用した。
【0094】
(20℃及び100℃における推定値の取得)
疑似実測値
20及び疑似実測値
100をそれぞれ初期値として与えて、熱伝導解析又は熱弾塑性解析を実行可能な解析プログラムを選定し、要素分割を行ってFEM解析を行った(
図4参照)。解析モデルの節点数を16000、要素数を12800とした。これによって、比熱と熱伝導率の20℃における予測値
20及び、100℃における予測値
100を得た。
得られた予測値
20及び予測値
100に、疑似実測値
20及び疑似実測値
100をそれぞれデータ同化させて、推定値
20及び推定値
100を得た。
得られた推定値
20及び推定値
100を初期値として与えて、再度FEM解析を行い、比熱と熱伝導率の20℃における予測値
20-1及び、100℃における予測値
100-1を得、疑似実測値とのデータ同化を行って、推定値
20-1及び推定値
100-1を得た。
この作業を3回繰り返したところ、真値に極めて近似する推定値
20-3及び推定値
100-3が得られた(
図5参照)。
【0095】
(200~1300℃まで、100℃刻みの温度における推定値の取得)
100℃における予測値
100-3を初期値として与え、熱伝導解析又は熱弾塑性解析を実行可能な解析プログラムを選定してFEM解析を行い、200℃における予測値
200を得た。得られた予測値
200を200℃における疑似実測値Y
200にデータ同化させて、推定値C
200を得た。
上記のFEM解析とデータ同化とを、100℃刻みに1300℃まで繰り返し行って、推定値を得た。上記真値と得られた推定値を
図6にまとめて示す。
図6より、上記方法得られた比熱(c)と熱伝導率(λ)の推定値(assimilation)は、全温度領域において、真値(true)に極めて近似していることが分かる。
【0096】
以上の結果より、本発明の推定値の取得方法によれば、100℃刻みで段階的にFEM解析とデータ同化を繰り返すことで、極めて高温領域まで精度良好な推定値が得られることが分かる。
【0097】
実施例2
下記3地点における温度履歴及び熱伝導率について、真値を以下の方法で取得した。
ステンレス板(SUS316;縦×横×厚さ=200mm×200mm×10mm)に、点熱源による入熱を行って、室温(20℃)から1100℃まで温度を上昇させて、各地点における、温度履歴、比熱、及び熱伝導率の推移を測定してこれらを真値とした。尚、測定は、入熱点の中心線上において、入熱点から2mm離れたA点、A点からさらに2mm離れたB点、及びB点からさらに2mm離れたC点の3地点において行った。
【0098】
(疑似実測値)
温度履歴の真値に対して正規分布の誤差を与えたものを、温度履歴の疑似実測値として使用した。
また、熱伝導率の真値に対して20%の誤差を与えたものを、熱伝導率の疑似実測値として使用した。
【0099】
熱伝導解析又は熱弾塑性解析を実行可能な解析プログラムを選定し、要素分割を行って温度履歴及び熱伝導性のFEM解析を行った。解析モデルの節点数を15954、要素数を13070とした点、及び20℃と100℃における物理定数のFEM解析において、文献値である0.355を初期値として与えた点以外は実施例1と同様にして、20℃から1100℃までの各温度における温度履歴及び熱伝導率の予測値を算出した。
このようにして算出した予測値に、上記疑似実測値をデータ同化して、推定値を得た。
【0100】
前記3地点の温度履歴の推定結果と真値とを
図7に示す。
図7から、前記3地点における推定値は何れも真値に極めて近似していることが分かる。
【0101】
また、A点における熱伝導率の推定結果と真値とを
図8に示す。
図8から、推定値は何れも真値に極めて近似していることが分かる。
【0102】
実施例3
下記4地点における温度履歴及び比熱について、真値を以下の方法で取得した。
ステンレス板(SUS316;縦×横×厚さ=200mm×200mm×10mm)に、TIG溶接(150A、9cm/分)を用いた線入熱を行って、室温(20℃)から800℃まで温度を上昇させて、各地点における、温度履歴及び比熱の推移を測定してこれらを真値とした。尚、測定は、入熱点の中心線上において、入熱点から7mm離れたA点、A点からさらに2mm離れたB点、B点からさらに2mm離れたC点、及びC点からさらに2mm離れたD点の4地点において行った。
【0103】
(疑似実測値)
温度履歴の真値に対して正規分布の誤差を与えたものを、温度履歴の疑似実測値として使用した。
【0104】
熱伝導解析又は熱弾塑性解析を実行可能な解析プログラムを選定し、要素分割を行って温度履歴及び比熱のFEM解析を行った。解析モデルの節点数を16673、要素数を18568とした点、及び20℃と800℃における物理定数のFEM解析において、0.45~0.67の乱数を初期値として与えた点以外は実施例1と同様にして、20℃と800℃の各温度における温度履歴及び比熱の予測値を算出した。
このようにして算出した予測値に、上記疑似実測値をデータ同化して、推定値を得た。
【0105】
比熱の推定結果と真値とを
図9に示す。
図9から、推定値は真値に極めて近似していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の推定値の取得方法では、温度の上昇に伴って変化する特定の物理的性質を支配する全ての物理定数について、実現象に極めて近似した推定値が得られる。
そのため、本発明の推定値の取得方法によれば、固体物質の熱伝導性を精度良く推定することができ、得られた推定値を元に、固体物質の加工方法を設定すれば、生産効率の向上やコスト削減が実現可能である。