(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】熱交換器及び配管
(51)【国際特許分類】
F28F 19/00 20060101AFI20240515BHJP
F16L 58/04 20060101ALI20240515BHJP
F28F 19/02 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
F28F19/00 501Z
F16L58/04
F28F19/02
(21)【出願番号】P 2023083833
(22)【出願日】2023-05-22
(62)【分割の表示】P 2019117641の分割
【原出願日】2019-06-25
【審査請求日】2023-05-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】吉川 知里
(72)【発明者】
【氏名】松谷 寛
(72)【発明者】
【氏名】山浦 隆利
(72)【発明者】
【氏名】盛田 元彰
(72)【発明者】
【氏名】山口 歩
【審査官】河野 俊二
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-155302(JP,A)
【文献】特開平06-108287(JP,A)
【文献】特開昭63-176894(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0074110(US,A1)
【文献】特表2008-527249(JP,A)
【文献】特開昭58-116909(JP,A)
【文献】特開2019-056139(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F28F 19/00
F16L 58/04
F28F 19/02
F28F 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スケール付着防止層を有する熱交換器であって、
前記スケール付着防止層は、
樹脂組成物の塗膜を硬化した硬化膜であって、粒子を含み、表面粗さ(Ra)が60μm以下である、熱交換器。
【請求項2】
前記スケール付着防止層の膜厚が1~1,000μmである、請求項1に記載の熱交換器。
【請求項3】
前記スケール付着防止層は、JIS-K-7114で規格化された耐酸性重量減少率が0.5質量%以下である、請求項1又は2に記載の熱交換器。
【請求項4】
前記スケール付着防止層は、JIS-K-7114で規格化された耐アルカリ性重量減少率が0.5質量%以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項5】
前記粒子の平均粒径は300μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項6】
前記粒子は、黒鉛又は酸化チタンを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項7】
前記粒子は、鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛、半鱗状黒鉛、又は膨張化黒鉛を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項8】
スケール付着防止層を有する配管であって、
前記スケール付着防止層は、
樹脂組成物の塗膜を硬化した硬化膜であって、粒子を含み、表面粗さ(Ra)が60μm以下である、配管。
【請求項9】
前記スケール付着防止層の膜厚が1~1,000μmである、請求項
8に記載の配管。
【請求項10】
前記スケール付着防止層は、JIS-K-7114で規格化された耐酸性重量減少率が0.5質量%以下である、請求項
8又は
9に記載の配管。
【請求項11】
前記スケール付着防止層は、JIS-K-7114で規格化された耐アルカリ性重量減少率が0.5質量%以下である、請求項
8~
10のいずれか1項に記載の配管。
【請求項12】
前記粒子の平均粒径は300μm以下である、請求項
8~
11のいずれか1項に記載の配管。
【請求項13】
前記粒子は、黒鉛又は酸化チタンを含む、請求項8~12のいずれか1項に記載の配管。
【請求項14】
前記粒子は、鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛、半鱗状黒鉛、又は膨張化黒鉛を含む、請求項8~13のいずれか1項に記載の配管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スケール付着防止層、及び当該スケール付着防止層を有する構造体に関する。また、本開示は、スケール付着防止層を形成するためのスケール付着防止剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、地熱発電及び温泉等の設備で使用される配管及び熱交換器用プレート等の部材の表面には、スケールと呼ばれる物質が付着及び堆積しやすいことが知られている。例えば、配管では、配管内部にスケールが付着及び堆積することによって目詰まりが起こり、流体の通過量の低下を招く。そのため、スケールを除去するために、代表的に、部材の表面を高圧水で洗浄する方法、又は酸等の薬品によってスケールを溶解する方法が適用されている。
【0003】
しかし、高圧水で洗浄する方法では、十分な洗浄能力を得ることが難しく、スケールを効率良く除去する方法が求められている。また、薬品によってスケールを溶解する方法は、適用可能な設備が制限される。特に、温泉バイナリー発電の設備等、温泉地での薬品の使用は困難である。また、各地の温泉水は様々な泉質であり、そのpHも広域である。そのため、流体が温泉水である場合、部材のスケール対策に加えて、部材の耐酸性及び耐アルカリ性も必要となる。
【0004】
これに対し、部材にコーティング層を設けることによってスケールの付着を防止する方法が検討されている。例えば、特許文献1は、部材に対して、有機ケイ素化合物を含む熱硬化性樹脂と、金属化合物とを含有する樹脂組成物の硬化物からなるコーティング層(成形物)を形成する方法を開示している。また、特許文献2は、部材に対して、エポキシ樹脂と、フェノール樹脂と、金属化合物とを含有する樹脂組成物の硬化物からなるコーティング層を形成する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2015/025592号公報
【文献】特開2016-132711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1で開示された方法では、有機ケイ素化合物を含む樹脂組成物からコーティング層が構成されるため、耐アルカリ性に乏しい傾向がある。上記特許文献2で開示された方法では、エポキシ樹脂を含有する樹脂組成物からコーティング層が構成される。コーティング層の耐酸性及び耐アルカリ性は、使用する硬化剤の種類に依存し、従来の硬化剤を使用して耐酸性と耐アルカリ性とを両立させることは困難である。また、コーティング層によるスケール付着防止効果を良好に維持するために、コーティング層は部材に対して密着性を有することが望ましい。
このように、コーティング層によってスケールの付着を防止する方法では、スケール付着防止性だけでなく、耐酸性及び耐アルカリ性、及び部材に対する密着性を備えたコーティング層(以下、スケール付着防止層という)が望まれている。
【0007】
したがって、本開示は、上記の事情に鑑み、スケール付着防止性に加えて、耐酸性及び耐アルカリ性、部材に対する密着性を備えたスケール付着防止層、及び上記スケール付着防止層を有する構造体を提供する。また、本開示は、上記スケール付着防止層を形成するための、スケール付着防止剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、スケール付着防止層について鋭意研究を重ねた結果、フラン樹脂を含む樹脂組成物から構成され、かつ一定範囲内の表面粗さ(Ra)を有するコーティング層がスケール付着防止層として好適であることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明の実施形態は以下に関する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されず、様々な実施形態を含む。
【0009】
一実施形態は、フラン樹脂を含み、表面粗さ(Ra)が60μm以下であるスケール付着防止層に関する。
【0010】
上記スケール付着防止層は、さらに無機粒子を含むことが好ましい。
【0011】
上記無機粒子の粒径は、300μm以下であることが好ましい。
【0012】
上記無機粒子の添加量は、上記フラン樹脂100質量部に対して1~100質量部であることが好ましい。
【0013】
上記無機粒子は黒鉛を含むことが好ましい。
【0014】
一実施形態は、無機部材と、上記実施形態のスケール付着防止層とを順次有する構造体に関する。
【0015】
一実施形態は、フラン樹脂を含み、表面粗さ(Ra)が60μm以下であるスケール付着防止層を形成するためのスケール付着防止剤に関する。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、スケール付着防止性に優れるとともに、耐酸性及び耐アルカリ性、高密着性を備えたスケール付着防止層、及び当該スケール付着防止層を有する構造体を提供することができる。また、上記スケール付着防止層を形成するためのスケール付着防止剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、スケール付着防止層の表面粗さ(Ra)の定義を説明する概念図である。
【
図2A】
図2Aは、フラン樹脂と無機粒子とを含むスケール付着防止剤から構成されるスケール付着防止層の形成において、スケール付着防止剤の塗工膜を硬化させる前の状態を示す断面模式図である。
【
図2B】
図2Bは、フラン樹脂と無機粒子とを含むスケール付着防止剤から構成されるスケール付着防止層の形成において、スケール付着防止剤の塗工膜を硬化させた後の状態を示す断面模式図である。
【
図3】
図3は、一実施形態のスケール付着防止層を有する構造体の一例を示す断面模式図である。
【
図4】
図4は、一実施形態のスケール付着防止層を有する構造体の一例を示す断面模式図である。
【
図5】
図5は、スケール付着防止層によって部材へのスケールの付着を防止するメカニズムの一例を説明する断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、様々な実施形態を含む。
【0019】
本明細書において「層」の用語は、膜が存在する部材の全表面を観察したときに、部材の全表面に膜が形成されている場合に限らず、部材表面の一部のみに膜が形成されている場合も含む。
【0020】
本明細書において「コーティング層」の用語は、部材にコーティング剤を塗工し、硬化させることによって形成される塗膜部分を意味する。上記「コーティング層」は、少なくとも、スケールの付着を防止するためのコーティング層(スケール付着防止層)を意味し、その下地として必要に応じて設けられるコーティング層(以下、プライマー層という)を含む場合もある。
【0021】
本明細書において、「スケール」とは、水等の流体が接触する部材の表面に析出した固体沈殿物を意味する。固体沈殿物は、流体中に含まれる珪素、カルシウム、アルミニウム、マグネシウム等を主成分とする。なかでも、本明細書において、スケールとは、特に、珪素又はカルシウムを主成分とする、シリカ系スケール又はカルシウム系スケールを意味する。シリカ系スケール又はカルシウム系スケールは、珪素の酸化物、カルシウムの酸化物、珪素の硫化物、又はカルシウムの硫化物等の化合物、若しくはそれらの混合物等を含んでよい。具体的には、スケールの主成分として、珪酸、炭酸カルシウム、珪酸アルミニウム、及び珪酸マグネシウム等が挙げられる。
【0022】
<スケール付着防止層>
スケール付着防止層を持たない配管等の部材では、通常、部材表面を覆うようにスケールが付着及び堆積する。一方、腐食防食学会「材料と環境」(2011)によると、樹脂から構成されるプラスチック板にスケールが付着する場合、プラスチック板表面の凹部に、スケールが粒子状に堆積することが報告されている。その要因として、金属とは異なり、樹脂はスケールとの相互作用が弱いため、粒子の物理的な引掛かりがスケール付着に影響すると推察されている。すなわち、流体との接触面が樹脂から構成されるスケール付着防止層である場合、スケール付着防止層の表面粗さがスケールの付着に大きく影響すると考えられる。そのため、スケール付着防止層の表面が粗い場合、凹凸が多く存在し、この凹凸が流体の流れに局部的な乱れを引き起こし、スケールの付着を促すことになり得る。
【0023】
上述の観点から、スケール付着防止層が平滑である場合、優れたスケール付着防止効果を容易に得ることができると考えられる。一方、スケール付着防止層を構成する樹脂は、耐酸性及び耐アルカリ性に優れることが好ましく、フラン樹脂を好適に使用することができる。したがって、スケール付着防止層は、フラン樹脂を含むスケール付着防止剤から構成され、かつ平滑性が高いことが望ましい。
【0024】
一実施形態において、優れたスケール付着防止効果を得る観点から、スケール付着防止層の表面粗さ(Ra)は60μm以下であることが好ましい。したがって、一実施形態において、スケール付着防止層は、フラン樹脂を含み、かつ表面粗さ(Ra)は60μm以下であることが好ましい。上記Raは、より好ましくは30μm以下であってよく、さらに好ましくは10μm以下であってよい。スケール付着防止層のRaが60μm以下である場合、粒子状のスケールが表面の凹部に引っ掛り難くなるため、スケールの付着を抑制することが容易となる。スケール付着防止層は平滑性が高いことが好ましい。そのため、上記Raの下限値は特に限定されないが、例えば、0.01μmであってよい。
【0025】
本明細書において「表面粗さ(Ra)」は、下式(1)のように定義される。
Ra=ΣSn/L 式(1)
【0026】
式中、Sn[μm
2](n=1以上の整数)は、
図1に示すように、基準線及びサンプル表面の軌道によって形成される面積を表し、L[μm]は長さ(測定値)を表す。長さは、触針式プロファイリングシステムで測定することができる。具体的には、例えば、Dektak(アルバック製)を用いて測定することができる。
【0027】
上記実施形態のスケール付着防止層は、フラン樹脂を含むスケール付着防止剤を使用し、部材上にコーティング層を形成する公知の方法に従って形成することができる。一実施形態において、スケール付着防止剤は、主としてフラン樹脂を含有し、室温(概ね15~30℃の範囲)で液状又はペースト状の樹脂組成物であることが好ましい。この樹脂組成物を部材表面に塗工し、塗工膜を硬化させることによって、部材表面にスケール付着防止剤の硬化物から構成されるスケール付着防止層を形成することができる。以下、スケール付着防止剤の構成成分について具体的に説明する。
【0028】
(フラン樹脂)
フラン樹脂の特徴として、耐酸性及び耐アルカリ性に優れ、また耐熱性に優れることが挙げられる。そのため、スケール付着防止剤における塗膜形成成分としてフラン樹脂を好適に使用することができる。フラン樹脂の使用によって、耐酸性、耐アルカリ性、及び耐熱性に優れるコーティング層を容易に得ることができる。
【0029】
フラン樹脂は、分子内に、少なくともフラン環と架橋性官能基とを有する重合体を含む。本明細書において、上記「フラン樹脂」とは、上記重合体の中間生成物、及び上記重合体を構成するモノマー化合物を含んでもよい。本明細書において、上記「重合体」の用語は、重合度の高いポリマーだけでなく、二量体及び三量体等の重合度の低いオリゴマーも含む。
上記架橋性官能基は、例えば、水酸基(但し、カルボキシル基に含まれる水酸基は除く)、エポキシ基、アミノ基、カルボキシル基、及びシリル基等が挙げられる。フラン樹脂は、架橋性官能基が反応することによって硬化物を形成する。
【0030】
上記フラン樹脂において、少なくともフラン環と架橋性官能基とを有する重合体は、フラン環を有するフラン化合物に由来する構造単位(以下、フラン環含有構造単位という)を含む。一実施形態において、フラン樹脂における上記重合体の含有量は60質量%以上であることが好ましい。一実施形態において、上記重合体におけるフラン環含有構造単位の割合(モル比)は、50モル%以上が好ましく、60モル%以上がより好ましく、70モル%以上がさらに好ましい。上記重合体におけるフラン環含有構造単位の割合(モル比)は100モル%であってもよい。
【0031】
一実施形態において、フラン樹脂は、上記重合体の他に、上記重合体の中間生成物又は上記重合体を構成するモノマー化合物を含んでよい。この場合、上記フラン環含有構造単位の割合は、フラン樹脂全体におけるフラン環含有構造単位の割合を意味する。すなわち、上記重合体におけるフラン環含有構造単位の割合と、上記重合体の中間生成物又は上記重合体を構成するモノマー化合物から誘導可能なフラン環含有構造単位の割合との合計量が上記範囲になることが好ましい。
【0032】
フラン樹脂において、フラン環含有構造単位の割合が50モル%以上である場合、耐酸性及び耐アルカリ性に優れ、かつ耐熱性に優れたコーティング層を形成可能な樹脂組成物を容易に得ることができる。上記フラン環含有構造単位の割合は、例えば、IR解析におけるフラン環の吸収ピーク強度、フラン樹脂を構成するモノマー化合物の仕込み量のモル比等によって特定することができる。
【0033】
フラン樹脂を構成するモノマー化合物は、少なくともフラン化合物を含む。一実施形態において、フラン化合物は、フルフラール又はフルフリルアルコールを含むことが好ましい。フラン樹脂は、例えば、フルフラール又はフルフリルアルコールを出発物質とする縮合反応で生成する重合体であってよい。
例えば、少なくともフルフリルアルコールを用いて得られるフラン樹脂は、架橋性官能基として少なくとも水酸基を有する。フラン樹脂は、水酸基に限らず、エポキシ基、アミノ基、カルボキシル基、及びシリル基等のその他の架橋性官能基を有するフラン化合物を用いて得られる重合体であってもよい。フラン樹脂は、1種又は2種以上の架橋性官能基を含んでよい。
【0034】
他の実施形態において、フラン樹脂は変性されていてもよい。変性フラン樹脂は、例えば、フラン化合物と、アルデヒド類、ケトン類、フェノール類、エポキシ類、尿素、及びメラミン等の上記フラン化合物と反応可能な官能基を有するその他の化合物との反応を経て生成する重合体であってよい。但し、その他の化合物はフラン環を含まない。すなわち、一実施形態において、フラン樹脂は、フラン化合物に由来するフラン環含有構造単位と、その他の化合物に由来するフラン環を持たない構造単位とを含んでよく、これらの構造単位の少なくとも一部に架橋性官能基を有する。架橋性官能基は、フラン樹脂の側鎖として存在してもよいが、末端に存在することがより好ましい。
【0035】
フラン樹脂の具体例として、フラン化合物の単独縮合物であるフルフリルアルコール縮合型の重合体が挙げられる。また、フラン化合物の共縮合物であるフルフリルアルコール-フルフラール共縮合型の重合体が挙げられる。
変性フラン樹脂の具体例として、フルフラール又はフルフリルアルコールと、これらフラン化合物と反応可能なその他の化合物との共縮合物が挙げられる。より詳細には、変性フラン樹脂として、フルフリルアルコール-アルデヒド共縮合型、フルフラール-ケトン共縮合型、フルフラール-フェノール共縮合型、フルフリルアルコール-尿素共縮合型、及びフルフリルアルコール-フェノール共縮合型等の重合体が挙げられる。変性フラン樹脂を使用した場合、スケール付着防止剤における官能基数が増えるため、プライマー層に対して優れた密着性を容易に得ることができる。
【0036】
一実施形態において、変性フラン樹脂は、フラン化合物とその他の化合物との反応後に、さらに架橋性官能基を導入した化合物であってよい。例えば、エポキシ変性フラン樹脂の一例として、2,5-フランジカルボン酸と、アシルグリシジルエーテルとの反応によって得られるジアリルフラン化合物をさらにエポキシ化することによって得られるエステル型のエポキシ変性フラン樹脂が挙げられる。
【0037】
特に限定されないが、工業的に安定に供給されていることから、フルフリルアルコール単独縮合型の重合体、フルフリルアルコール-フルフラール共縮合型の重合体、及びフルフリルアルコール-ホルムアルデヒド共縮合型の重合体が好ましい。フラン樹脂として、これらの1種を単独で使用しても、又は2種類以上を組合せて使用してよい。
【0038】
一実施形態において、フラン樹脂として、日立化成株式会社製の商品名「ヒタフランVF-303」、「ヒタフランVF-302」、「ヒタフランVF-958」、及び「ヒタフランVF-3007」等のヒタフランシリーズを使用することができる。これらは、フルフリルアルコール単独縮合型のフラン樹脂と、フラン樹脂を構成するモノマー化合物であるフルフリルアルコール及びフルフラールとの混合物である。成分中に含まれるフルフリルアルコール及びフルフラールは、加熱時にフラン樹脂を構成することができる一方で、加熱前は溶剤としても機能し得る。そのため、保存時には溶剤として機能し粘度調整に寄与するが、加熱時には共縮合反応によってフラン樹脂を構成することができる。
【0039】
先に例示した中でも、「ヒタフランVF-303」を好適に使用することができる。「ヒタフランVF-303」は、成分の全重量を基準として、下式(a)で表される構造を有するフルフリルアルコール単独縮合型のフラン樹脂を67%、下式(b)で表されるフルフリルアルコールを16%、及び下式(c)で表されるフルフラールを17%含む混合物である。なお、式(a)中、nは整数である。
【0040】
【0041】
一般的に、硬化性樹脂のみからなる硬化膜の表面粗さは小さく、平滑性に優れている。その一方で、無機部材に対する硬化膜の密着性が十分でない場合がある。そのため、一実施形態において、スケール付着防止剤は、フラン樹脂に加えて、無機粒子を含むことが好ましい。無機粒子の使用によって、部材へのスケール付着防止層の密着性を高めることができる。
【0042】
しかし、無機粒子を含む硬化性樹脂の硬化膜では、樹脂の硬化収縮後に発現する表面粗さが大きくなりやすい。
図2Aは、フラン樹脂と無機粒子とを含むスケール付着防止剤から構成されるスケール付着防止層の形成において、スケール付着防止剤の塗工膜(スケール付着防止剤の膜)を硬化させる前の状態を示す断面模式図である。また、
図2Bは、フラン樹脂と無機粒子とを含むスケール付着防止剤から構成されるスケール付着防止層の形成において、スケール付着防止剤の塗工膜を硬化させた後の状態を示す断面模式図である。
【0043】
各図において、参照符号10は部材、20はスケール付着防止層(コーティング層)を表し、20aはフラン樹脂、及び20bは無機粒子を表す。
図2Bから明らかなように、塗工膜の硬化に伴うフラン樹脂の硬化収縮によって、スケール付着防止層に表面粗さが発現することになる。そのため、無機粒子を使用してスケール付着防止剤を構成する場合、無機粒子の大きさ、及び無機粒子の添加量を調整することによって、発現する表面粗さを調整することができる。
【0044】
(無機粒子)
無機粒子は、硬化性樹脂用フィラーとして公知の材料であってよい。他の物質との反応性が低い無機粒子を使用した場合、優れたスケール付着防止性を得ることが容易となる。無機粒子の具体例として、黒鉛、酸化亜鉛、珪石、炭酸カルシウム、酸化チタン、酸化アルミニウム(アルミナ)、酸化マグネシウム、酸化ベリリウム、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、及び炭化ケイ素等が挙げられる。特に限定するものではないが、先に例示した無機粒子のなかでも、黒鉛及び酸化チタンを好適に使用することができ、黒鉛をより好適に使用することができる。
【0045】
一実施形態において、無機粒子の平均粒径は、300μm以下であることが好ましく、200μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることがさらに好ましい平均粒径が300μm以下である無機粒子を使用した場合、所望とするRaの範囲内に調整することが容易であり、表面の平滑性を備えたコーティング層を形成でき、スケールの付着を抑制することができる。加えて、フラン樹脂の硬化反応が進行し易くなる。平均粒径の下限値は、特に制限されないが、0.001μmとすることができる。
【0046】
無機粒子の平均粒径は、走査型顕微鏡による画像処理、レーザー回折法、遠心沈降法、及び電気的検知法等の様々な方法で測定することができる。本明細書において記載する無機粒子の平均粒径は、走査型電子顕微鏡による観測で得られたSEM画像を解析することによって得た平均一次粒径である。より具体的には、平均粒径は、以下の手順に従って得た値である。先ず、無機粒子のSEM画像において、無作為に複数個(例えば20個)の粒子を選択し、選択した粒子についてSEMで表示される縮尺を基準として粒径を計測する。粒径の計測は、粒子の最長径及びその垂直二等分線について実施する。次いで、各粒子について、最長径及びその垂直二等分線の値の積の平方根を求める。さらに、得られた複数の値の平均値を求め、平均粒径として規定する。
【0047】
一実施形態において、無機粒子の添加量は、フラン樹脂100質量部に対して、0.5質量部以上であることが好ましい。一実施形態において、無機粒子の添加量は、フラン樹脂100質量部に対して、1質量部以上であることがより好ましく、5質量部以上がさらに好ましく、10質量部以上であることがさらにより好ましく、20質量部以上であることが特に好ましい。一方、上記添加量は、100質量部以下であることが好ましく、90質量部以下であることがより好ましく、80質量部以下であることがさらに好ましく、50重量部以下であることが特に好ましい。
無機粒子の添加量が1質量部以上である場合、耐熱性、及び部材に対するコーティング層(硬化膜)の密着性を向上させることが容易である。また、無機粒子の添加量が100質量部以下である場合、所望とするRaの範囲内に調製することが容易であり。表面の平滑性を備えたコーティング層を形成でき、スケールの付着を抑制することができる。加えて、フラン樹脂の硬化反応が進行し易くなる。
【0048】
一実施形態において、無機粒子として黒鉛を使用することが好ましい。黒鉛を使用した場合、スケール付着防止性、耐酸性及び耐アルカリ性、及び密着性といった所望とする特定に加えて、より優れた耐熱性を得ることが容易となる傾向がある。また、無機粒子のなかでも黒鉛を使用した場合、より優れたスケール付着防止性が得られる傾向がある。以下、黒鉛について具体的に説明する。(黒鉛)
黒鉛は、人造黒鉛と、天然黒鉛とに分類され、汎用性の観点から天然黒鉛が好ましい。さらに、天然黒鉛は、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、半鱗状黒鉛、土状黒鉛、球状黒鉛、膨張化黒鉛、塊状黒鉛、及び膨張黒鉛に分類される。なかでも、耐熱性の観点から、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、半鱗状黒鉛、土状黒鉛、球状黒鉛、膨張化黒鉛、及び塊状黒鉛が好ましい。また、スケール付着防止剤(樹脂組成物)の流動抵抗の観点から、鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛、半鱗状黒鉛、及び膨張化黒鉛が好ましい。これらの天然黒鉛を使用した場合、流動抵抗を小さくすることが容易となる。そのため、黒鉛の添加によって樹脂組成物の粘度が上昇することを抑制することができ、取扱い性に優れた樹脂組成物を提供することが容易となる。上記各種黒鉛のいずれか1つを単独で使用しても、又は2種以上を組合せて使用してもよい。
【0049】
一実施形態において、黒鉛は、濃硫酸等の酸で処理されたものであってよく、処理後のpHは適宜調整されることが好ましい。例えば、酸処理後の黒鉛のpHは、1~10であることが好ましく、1.5~9がより好ましく、2~8がさらに好ましい。酸処理後の黒鉛のpHを1以上に調整した場合、フラン樹脂の硬化が急激に進行することを容易に抑制することができる。そのため、樹脂組成物における黒鉛の充填量を高めることも可能である。また、酸処理後の黒鉛のpHを10以下に調整した場合、フラン樹脂の硬化時間の短縮が可能になる。ここで、上記pHの値は、黒鉛を水に分散させたときの分散液のpHを意味する。分散液のpHは、市販のpHメーターを使用して測定することができる。分散液は、例えば、黒鉛0.5gを水10gに分散させた液であってよい。
一実施形態において、フラン樹脂100質量部と、1~100質量部の黒鉛とを含むスケール付着防止剤を使用してスケール付着防止層を構成することによって、スケール付着防止性、耐酸性及び耐アルカリ性、及び密着性といった所望とする特性を備えるコーティング層を形成でき、またコーティング層の耐熱性を容易に向上させることができる。
【0050】
(硬化剤)
一実施形態において、スケール付着防止剤は、フラン樹脂及び無機粒子に加えて、さらに硬化剤を含んでもよい。硬化剤の使用によって、150℃前後の加熱温度でも十分に硬化可能なスケール付着防止剤を提供することができる。
硬化剤として、フラン樹脂を硬化可能な、いかなる化合物を使用してもよい。特に限定されないが、硬化剤として、例えば、無機酸、有機酸、アンモニウム塩、及びアミン塩からなる群から選択される少なくとも1種を使用することができる。硬化剤として、上記化合物の1種を単独で使用しても、又は2種以上を組合せて使用してもよい。より詳細には、以下のとおりである。
【0051】
一実施形態において、硬化剤は、無機酸及び有機酸の少なくとも1種を含む酸成分であってよい。
無機酸は、当技術分野で強酸として公知の化合物であってよく、特に限定されない。一実施形態において、無機酸は、塩酸、硝酸、リン酸、及び硫酸からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0052】
有機酸は、スルホン酸及びカルボン酸からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。上記スルホン酸は、パラトルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、及びフェノールスルホン酸からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。また、上記カルボン酸は、シュウ酸、マレイン酸、マロン酸、酒石酸、クエン酸、りんご酸、酢酸、乳酸、コハク酸、及び安息香酸からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
一実施形態において、酸解離定数の観点から、硬化剤は、パラトルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、及びフェノールスルホン酸からなる群から選択される少なくとも1種を含む有機スルホン酸、又は少なくともシュウ酸を含むカルボン酸であることが好ましい。このような実施形態によれば、スケール付着防止性が向上し、加えてフラン樹脂の硬化反応が促進され、コーティング層の耐酸性及び耐アルカリ性の向上が容易となる。
【0053】
硬化剤としてアンモニウム塩又はアミン塩を使用した場合、スケール付着防止剤(樹脂組成物)の加熱硬化時に、加熱によって塩からアンモニア又はアミンが解離する。そして、上記アンモニア又はアミンと、フラン樹脂中に微少量含まれるホルムアルデヒドとが反応し、アミン化合物を形成することによって安定化する。一実施形態において、上記アンモニウム塩又はアミン塩は、上記酸成分と併用されることが好ましい。酸成分との併用において、加熱時に解離したアンモニア又はアミンは酸成分を遊離させ、この遊離酸によってフラン樹脂を速やかに硬化させることができる。そのため、アンモニウム塩又はアミン塩を使用した場合、硬化時間の短縮とポットライフの長期化との両立を図ることができる。
【0054】
アンモニウム塩は、例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、及び臭化アンモニウムからなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。また、アミン塩は、第1級、第2級、第3級のいずれであってもよく、例えば、メチルアミン塩酸塩、ジメチルアミン塩酸塩、エチルアミン塩酸塩、及びジエチルアミン塩酸塩からなる群から選択される少なくとも1種を含む塩酸塩が好ましい。その他、先に例示した各種塩酸塩を硫酸塩等の鉱酸塩に置き換えたアミン塩であってもよい。
なかでも、塩基解離定数の観点から、スケール付着防止剤は、硬化剤として、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、及び臭化アンモニウムからなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。このような実施形態によれば、フラン樹脂の硬化反応が促進され、優れた耐酸性及び耐アルカリ性と、優れたスケール付着防止性とを得ることが容易となる。特に、汎用性の観点から、臭化アンモニウム塩が好ましい。
【0055】
上記アンモニウム塩又はアミン塩は、フラン樹脂への添加及び分散を容易にするために、希釈剤に溶解させるか、又は希釈剤中に分散させた希釈物の状態で使用することが好ましい。希釈剤として、脱イオン水、又は後述する溶剤を使用することができ、汎用性の観点から、脱イオン水又はアルコール系溶剤が好ましい。一実施形態において、上記アンモニウム塩及びアミン塩は、それぞれ、脱イオン水、又はアルコール系溶剤による希釈物であってよい。例えば、ジメチルアミンの水溶液を好適に使用することができる。
【0056】
(その他の成分)
一実施形態において、上記スケール付着防止剤は、必要に応じて、溶剤等の非塗膜形成成分を含んでもよい。溶剤を使用した場合、塗工時に適切な粘度を得ることが容易であり、スケール付着防止層を形成する材料(ワニス)として好適に使用することができる。
【0057】
溶剤の具体例として、メタノール、エタノール、イソプロパノール、及びブタノール等のアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトン、及びメチルイソブチルケトン等のケトン系溶剤、トルエン、及びエチルベンゼン等の芳香族炭化水素溶剤、並びにこれらの混合物が挙げられる。一実施形態として、フルフリルアルコール、及びフルフラール等のフラン環含有化合物を使用してもよい。なかでも、フルフリルアルコール又はフルフラールを使用することが好ましい。フラン環含有化合物は、フラン樹脂を構成するモノマー化合物としても機能し得る。
【0058】
上記溶剤は、硬化剤として使用されるアンモニウム塩又はアミン塩の希釈剤として使用されてもよい。一実施形態において、上記希釈剤は、フルフリルアルコール及びメタノールからなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0059】
上記スケール付着防止剤は、フラン樹脂、黒鉛、及び必要に応じて使用される硬化剤又は溶剤による効果を損なわない範囲で、さらに他の成分を含んでもよい。例えば、上記成分に、窒化ホウ素、アルミナ、及びシリカ等の黒鉛以外の無機粒子、消泡剤、増粘剤、分散剤、及び湿潤剤等をさらに加えてもよい。
【0060】
<スケール付着防止層を有する構造体>
一実施形態は、部材へのスケールの付着を防止するコーティング層(スケール付着防止層)を有する構造体に関する。構造体は、流路を有し、スケール対策が必要とされる部材から形成され、流体が接触する部材の少なくとも一部にスケール付着防止層を有する。
【0061】
図3は、スケール付着防止層を有する構造体の一例を示す断面模式図である。
図3に示すように、構造体Aは、部材10と、コーティング層として、スケール付着防止層20とを順次有する。
図4は、スケール付着防止層を有する構造体の一例を示す断面模式図である。
図4に示すように、構造体Aは、部材10と、コーティング層として、プライマー層21と、スケール付着防止層20とを順次有する。
【0062】
図5は、スケール付着防止層によって部材へのスケールの付着を防止するメカニズムの一例を説明する断面模式図である。
図5に示すように、スケール付着防止層20の表面は、流体との接触面を形成する。このような構造において、フラン樹脂を使用してスケール付着防止層が構成されることから、優れた耐酸性及び耐アルカリ性が容易に得られる。また、スケール付着防止層の表面粗さが60μm以下に調整されることから、スケール30の付着を抑制することが容易となる。
【0063】
(部材)
上記部材は、スケール付着防止対策が必要とされる各種部材であってよい。スケール付着防止層が形成される部材の具体例として、配管、熱交換器、蒸発器、凝縮器、及び船底等が挙げられる。一実施形態において、部材は、温泉設備で使用される配管及び熱交換器等の部材であってよい。温泉設備で使用される部材は、様々なpHを有する温泉水と接触するため、スケール付着防止性に加えて、優れた耐酸性及び耐アルカリ性と、優れた耐熱性とを有することが好ましい。これに対し、上記実施形態のスケール付着防止剤又はその硬化物は、優れた耐酸性及び耐アルカリ性を有し、かつ優れた耐熱性を有する。そのため、上記スケール付着防止剤又はその硬化物から形成されるスケール付着防止層によって、温泉設備等での使用時に性能低下、及び劣化が生じ難い部材を提供することが可能となる。
【0064】
特に限定されないが、部材は、スケール付着防止剤を容易に塗工できる表面形状及び表面特性を有することが好ましい。一実施形態において、上記部材は、無機材料から構成される無機部材であることが好ましい。
【0065】
無機部材の構成材料は、例えば、鋼材、銅材、鉛材、鉄材、チタン材、ステンレス材、マグネシウム材、アルミ材、及びタングステン材からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。さらに、上記鋼材は、例えば、炭素鋼、銅鋼、鉄鋼、クロム鋼、ニッケル鋼、ステンレス鋼、マンガン鋼、及びモリブデン鋼からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0066】
一実施形態において、無機部材は、表面がめっき処理された部材であってもよい。めっき処理に用いる材料の具体的として、例えば、亜鉛めっき、銅めっき、アルミニウムめっき、クロムめっき、ニッケルめっき、スズめっき、及びコバルトめっきからなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。一実施形態において、無機部材は、配管又は熱交換器において流路を形成するプレートであってよい。配管又はプレートの材料として、ステンレス板、トタン板(炭素鋼上に亜鉛めっきを有する板)、チタン板、銅板、及びニッケル板を好適に使用することができる。
【0067】
(スケール付着防止層)
一実施形態において、上記スケール付着防止層は、上記部材の表面に、先に説明したスケール付着防止剤(樹脂組成物)を塗工し、次いで塗工膜を硬化させて塗膜(硬化膜)を形成する方法によって得ることができる。部材へのスケール付着防止剤の塗工は、当技術分野で公知の方法に従って実施することができる。また、上記スケール付着防止剤は、加熱によって硬化物を形成できる。そのため、塗工膜の硬化は、塗工膜(スケール付着防止剤の膜)を加熱することによって実施することができる。
【0068】
一実施形態において、
図3に示すように、部材10の表面に、先に説明したスケール付着防止剤の硬化物からなるスケール付着防止層20を設ける場合、スケール付着防止剤は、フラン樹脂と黒鉛とを含むことが好ましい。硬化物において黒鉛が配位結合することによって、スケール付着防止層と部材との密着性が向上しやすい。そのため、コーティング層による効果を長期間にわたって維持することが容易となる。
【0069】
塗工膜の硬化時の加熱温度及び加熱時間は、スケール付着防止剤の構成成分に応じて適宜調整することができる。一実施形態において、硬化時の加熱温度は10~500℃が好ましく、15~400℃がより好ましく、20~300℃がさらに好ましい。また、硬化時の加熱時間は、0.1~7200分が好ましく、0.3~4320分がより好ましく、0.5~1440分がさらに好ましい。
【0070】
塗工膜の硬化性は、例えば、加熱後に得られた硬化膜の試験片を90℃に保持した熱水中に2時間浸漬した後、熱水の着色の有無によって判断することができる。目視によって熱水の着色が確認できなければ、硬化性が良好であり、硬化膜はスケール付着防止層として十分に機能するとみなすことができる。硬化時の加熱温度及び加熱時間を上記範囲内に調整することによって、効率良く、良好なスケール付着防止層を形成することが可能である。
【0071】
一実施形態において、上記スケール付着防止層の膜厚は、1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。一方、上記膜厚は、1000μm以下であることが好ましく、750μm以下であることがより好ましく、500μm以下であることがさらに好ましい。
【0072】
スケール付着防止層の膜厚が1μm以上である場合、塗工時に巻き込んだ空気が分散し易く、界面のボイドを低減することができる。そのため、部材に対するスケール付着防止層の密着性を容易に向上させることができる。また、スケール付着防止層の膜厚が1000μm以下である場合、塗工膜の硬化を均一に促進できる。そのため、耐酸性及び耐アルカリ性に優れ、かつスケール付着防止性に優れるスケール付着防止層を容易に提供することができる。
【0073】
スケール付着防止層の膜厚は、当技術分野で公知の方法に従って測定することができる。例えば、JIS-H-8401で規格化された方法を用いることが好ましい。例えば、スケール付着防止層形成前の部材自体の厚さと、スケール付着防止層形成後の部材の厚さとの差を算出し、膜厚とすることができる。
【0074】
一実施形態において、配管にスケール付着防止層を形成した場合、先ず、配管について、その厚さを10~90°毎に等間隔で4~36箇所で測定する。次に、スケール付着防止層形成後の配管について、上記配管の測定箇所と同じ箇所でその膜厚を測定する。次に、上記4~36の測定箇所におけるスケール付着防止層形成前後での膜厚の差をそれぞれ算出し、スケール付着防止層の膜厚とする。さらに、4~36の測定箇所での上記スケール付着防止層の膜厚の平均値を求め、スケール付着防止層の膜厚とすることができる。すなわち、一実施形態において、スケール付着防止層の膜厚は、配管に形成されたスケール付着防止層の膜厚であってよく、上述のように4~36の測定箇所における膜厚の平均値は上記範囲内であることが好ましい。
【0075】
スケール付着防止層の耐酸性及び耐アルカリ性は、例えば、強酸性又は強アルカリ性の試験液に、スケール付着防止剤の硬化物を浸漬し、浸漬前後の硬化物の重量変化(重量減少率)から評価することができる。一実施形態において、強酸性及び強アルカリ性は、JIS-K-7114で規格化された試験方法に従って評価することができる。試験液への浸漬前後の硬化物の重量減少率は、1%以下であることが好ましく、0.7%以下であることがより好ましく、0.5%以下であることがさらに好ましい。一実施形態において、上記重量減少率は、0.4%以下であることが好ましく、0.3%以下であることがより好ましく、最も好ましくは0%である。
【0076】
上記試験方法において、硬化物の大きさは特に限定されないが、例えば1cm~5cm角であることが好ましい。耐酸性試験液は、例えば、硫酸4.9gを蒸留水に加え、総量が1000gになる割合に調整したpH1の溶液であってよい。また、耐アルカリ性試験液は、例えば、水酸化ナトリウム4gを蒸留水に加え、総量が1000gになる割合に調整したpH13の溶液であってよい。
【0077】
さらに、スケール付着防止層の耐酸性及び耐アルカリ性は、上述のように実施される試験液への硬化物の浸漬前後の外観を目視によって観察し、その外観変化の程度から評価することもできる。一実施形態において、浸漬後の硬化膜の観察において、溶解、粉末化、鱗状化、亀裂、破断、膨れ、粘り、変色、及び光沢損失といった外観変化が少ないことが好ましい。
【0078】
上記スケール付着防止層の耐熱性は、例えば、スケール付着防止層を形成するスケール付着防止剤の硬化物の熱重量分析によって評価することができる。熱重量分析は、JIS-K-7120で規格化された方法に従って実施することができる。一実施形態において、スケール付着防止剤の硬化物を、昇温速度10℃/分で加熱する熱重量分析において、昇温開始時の重量を基準として重量減少率が5%となる温度を耐熱温度とみなすことができる。
上記耐熱温度は、200℃以上であることが好ましく、250℃以上であることがより好ましく、300℃以上であることがさらに好ましい。上記硬化物の耐熱温度が200℃以上である場合、スケール付着防止層によって部材の耐熱性を高めることが容易となり、耐熱性が必要とされる幅広い用途での部材の使用が可能となる。
【0079】
上記スケール付着防止層の密着性は、例えば、スケール付着防止層を形成するスケール付着防止剤の硬化物(硬化膜)に対するクロスカット試験によって評価することができる。クロスカット試験は、例えば、JIS-K-5600で規格化された方法に従って実施することができる。
【0080】
一実施形態において、クロスカット試験では、先ず、基材上の硬化膜に対し、切れ込み工具及びガイドのある等間隔スペーサーを用いて平行に1mm幅、10本の切れ込みを入れる。さらに、それら10本の線と90°に交わるように平行に2mm幅、10本の切れ込みを入れて、1mm2の四方マスを100個作製する。なお、切れ込み工具及び等間隔スペーサーは、JIS-K-5600で規格化されたものであれば特に制限はされない。例えば、切れ込み工具としてカッター、等間隔スペーサーとしてクロスカット試験カッターガイドSuperCutterGuide No.315(太佑機材株式会社製)等を使用することができる。
次に、幅25mm当り10Nの付着強さを有する透明感圧付着テープを上記サンプルの上に貼り付け、1.5kg/cm2の荷重で押し付ける。その後、90°方向に剥離し、テープに付着した四方マスの数を調査する。なお、透明感圧付着テープは、例えばセロハンテープ等が挙げられる。
【0081】
一実施形態において、上記硬化膜に対するクロスカット試験での100マス中の剥離数は、30マス以下であることが好ましい。一実施形態において、上記剥離数は、10マス以下であることがより好ましく、5マス以下であることがさらに好ましく、3マス以下であることが最も好ましい。上記剥離数が10マス以下である場合、部材とスケール付着防止層との密着性に優れるため、長期間にわたってスケール付着防止層による効果を維持することが容易となる。
【0082】
(プライマー層)
一実施形態において、上記スケール付着防止層を有する構造体は、上記スケール付着防止層と上記無機部材との間に、さらにプライマー層を有してもよい。例えば、スケール付着防止層が樹脂のみから構成される場合、プライマー層を設けることで、無機部材に対する密着性を向上させることが容易となる。プライマー層は、無機部材、及びスケール付着防止層を形成するスケール付着防止剤の硬化物の各々に対して、優れた密着性を有し、かつ耐熱性に優れる材料から構成されることが好ましい。特に限定されないが、プライマー層は、樹脂と無機粒子とを含有するプライマー層形成剤から構成されることが好ましい。但し、プライマー層形成剤は、先に説明したスケール付着防止剤と異なる組成を有することを前提とする。
【0083】
図4に示すように、部材10と、スケール付着防止層20との間にプライマー層21を設けた場合、プライマー層21が樹脂を含有することによって、部材10とスケール付着防止層20との密着性を向上させることが容易となる。また、プライマー層が無機粒子を含有することによって、部材との密着性を容易に向上させることができる。プライマー層は、単層として構成されても、又は2層以上の多層として構成されてもよい。
【0084】
プライマーの膜厚は、特に限定されないが、0.1μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることがさらに好ましい。一方、上記膜厚は、100μm以下である好ましく、95μm以下であることがより好ましく、90μm以下であることがさらに好ましい。
【0085】
上記膜厚が0.1μm以上である場合、塗工時に巻き込んだ空気が分散し易く、界面のボイドを低減することができる。そのため、部材に対するプライマー層の密着性を向上させることが容易である。また、膜厚が100μm以下である場合、プライマー層を形成する樹脂が硬化する前に、部材との界面まで無機粒子が沈降しやすくなり、部材に対するプライマー層の密着性を向上させることが容易になる。
【0086】
プライマー層の膜厚は、例えば、JIS-H-8401で規格化された方法等、公知の方法に従って測定することができる。代表的に、プライマー層形成前の部材自体の厚さと、プライマー層形成後の部材の厚さとの差を算出し、膜厚とすることができる。一実施形態において、配管に形成したプライマー層の膜厚は、先に説明したスケール付着防止層の膜厚と同様にして測定した、4~36の測定箇所での上記プライマー層の膜厚の平均値であってよい。膜厚の平均値は上記範囲内であることが好ましい。
【0087】
(プライマー層形成剤)
上記プライマー層を形成するための材料は、少なくとも上記スケール付着防止層との密着性を高めることができればよく、特に限定されない。一実施形態において、プライマー層形成剤は、フェノール樹脂及びフラン樹脂からなる群から選択される少なくとも1種の樹脂と、無機粒子とを含み、上記スケール付着防止剤と併用されることが好ましい。但し、プライマー層形成剤とスケール付着防止剤の組成は互いに異なることを前提とする。一実施形態において、優れた密着性を得ることが容易であるため、樹脂としてフェノール樹脂を使用することが好ましい。
【0088】
(フェノール樹脂)
上記実施形態のプライマー層形成剤において、フェノール樹脂は、特に限定されず、当技術分野において公知のフェノール樹脂を用いることができる。例えば、フェノール樹脂は、フェノール類とアルデヒド類とを出発物質とする樹脂を含んでよい。具体例として、フェノール樹脂は、合成時に使用する触媒の種類によって、レゾール型フェノール樹脂と、ノボラック型フェノール樹脂とに大別される。これらの樹脂は、単独で使用されても、又は2種以上の組合せで使用されてもよい。
【0089】
レゾール型フェノール樹脂としては、特に限定されず、当技術分野において公知のものを用いることができる。レゾール型フェノール樹脂は、触媒として、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、及びアルカリ土類金属の水酸化物、又はアンモニア、及びアミン等のアルカリ化合物を使用し、フェノール類とアルデヒド類とを反応させて得られる樹脂であってよい。上記触媒は、単独で使用しても、2種以上を組合せて使用してもよい。
【0090】
レゾール型フェノール樹脂の合成に使用できるフェノール類の具体例として、フェノール、各種クレゾール、各種エチルフェノール、各種キシレノール、各種ブチルフェノール、各種オクチルフェノール、各種ノニルフェノール、各種フェニルフェノール、各種シクロヘキシルフェノール、カテコール、レゾシノール、及びハイドロキノン等が挙げられる。ここで「各種」の用語は、フェノール化合物におけるオルト-、メタ-、及びパラ-といった位置異性体の全てを含むことを意味する。これらのフェノール類の1種を単独で使用しても、又は2種以上を組合せて使用してもよい。
【0091】
レゾール型フェノール樹脂の合成に使用できるアルデヒド類の具体例として、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、パラホルムアルデヒド、プロピルアルデヒド、ブチルアルデヒド、バレルアルデヒド、ヘキシルアルデヒド、ベンズアルデヒド、ヒドロキシベンズアルデヒド、ジヒドロキシベンズアルデヒド、ヒドロキシメチルベンズアルデヒド、グリオキザール、クロトンアルデヒド、及びグルタルアルデヒド等が挙げられる。これらアルデヒド類は、単独で使用されても、又は2種以上の組合せで使用されてもよい。
【0092】
ノボラック型フェノール樹脂としては、特に限定されず、当技術分野において公知のものを用いることができる。ノボラック型フェノール樹脂は、触媒として、塩酸、及び硫酸等の無機酸、又は酢酸、及びシュウ酸等の有機酸を使用し、フェノール類とアルデヒド類とを反応させて得られる樹脂であってよい。上記触媒は、単独で使用しても、2種以上を組合せて使用してもよい。
ノボラック型フェノール樹脂の合成に使用できるフェノール類及びアルデヒド類の具体例は、先にレゾール型フェノール樹脂の合成に使用できるフェノール類及びアルデヒド類と同様である。
【0093】
(無機粒子)
プライマー層形成剤における粒子は、硬化性樹脂用フィラーとして公知の材料であってよいが、無機粒子であることが好ましい。プライマー層が無機粒子を含むことによって、無機部材に対する密着性の向上が可能である。上記無機粒子は、特に限定されないが、具体例として、黒鉛、酸化亜鉛、アルミナ、タルク、珪石、マイカ、ガラスビーズ、カオリン、シリカ、及び炭酸カルシウム等が挙げられる。これらの1種を単独で使用しても、又は2種以上を組合せて使用してもよい。上記黒鉛は、スケール付着防止剤の構成成分として先に説明した黒鉛と同じであってよい。一実施形態において、無機粒子は、酸化亜鉛又は黒鉛であることが好ましい。黒鉛のなかでも、燐片状黒鉛がより好ましい。
【0094】
無機粒子の添加量は、特に限定されないが、樹脂100質量部に対して1~100質量部であることが好ましく、5~95質量部であることがより好ましく、10~90質量部であることがより好ましい。上記添加量が1質量部以上である場合、無機部材と配位結合を形成しやすいため、無機部材に対する密着性の向上が容易である。一方、上記添加量が100質量部以下である場合、樹脂硬化物の前駆体である樹脂組成物において樹脂の相対量が多く、無機粒子と無機部材との間に容易に流れ込む。そのため、界面のボイドが低減し、プライマー層の無機部材に対する密着性を向上することができる。
【0095】
また、特に限定されないが、無機粒子の平均粒径は、0.01μm以上であることが好ましく、0.05μm以上であることがより好ましく、0.1μm以上であることがさらに好ましい。一方、上記平均粒径は、300μm以下であることが好ましく、275μm以下であることがより好ましく、250μm以下であることがさらに好ましい。無機粒子の平均粒径が0.01μm以上である場合、部材との配位結合を形成しやすいため、無機部材に対する密着性の向上が容易である。また、平均粒径が250μm以下である場合、無機粒子の分散性が向上し、無機部材とプライマー層との界面のボイドが低減するため、無機部材に対する密着性を向上することができる。
【0096】
無機粒子の平均粒径は、走査型顕微鏡による画像処理、レーザー回折法、遠心沈降法、及び電気的検知法等の種々の方法によって測定することができる。本明細書で記載する無機粒子の平均粒径は、走査型電子顕微鏡による観測で得られたSEM画像を解析することによって得た平均一次粒径である。
より具体的には、平均粒径は、以下の手順に従って得た値である。先ず、無機粒子のSEM画像において、無作為に複数個(例えば20個)の無機粒子を選択し、選択した無機粒子についてSEMで表示される縮尺を基準として粒径を計測する。粒径の計測は、無機粒子の最長径及びその垂直二等分線について実施する。次いで、各無機粒子について、最長径及びその垂直二等分線の値の積の平方根を求める。さらに、得られた複数の値の平均値を求め、平均粒径として規定する。
【0097】
(その他の成分)
上記プライマー層形成剤は、フェノール樹脂等の樹脂及び無機粒子に加えて、さらに溶剤を含んでもよい。溶剤を含むプライマー層形成剤は、プライマー層を形成するためのプライマーワニスとして好適に使用することができる。溶剤の具体例として、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール等のアルコール系有機溶剤、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系有機溶剤、トルエン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素溶剤、及びこれらの混合物が挙げられる。
【0098】
上記プライマー層形成剤(プライマーワニス)は、フェノール樹脂、無機粒子、及び溶剤に加えて、これら成分による効果を損なわない範囲で、さらに他の成分を含んでもよい。例えば、上記成分に、消泡剤、増粘剤、分散剤、及び湿潤剤等をさらに加えてもよい。
【0099】
プライマー層は、上記無機部材の表面にプライマー層形成剤を塗工し、次いで塗工膜(プライマー形成剤の膜)を硬化させることによって形成してもよい。無機部材へのプライマー層形成剤の塗工は、当技術分野で公知の方法に従って実施することができる。また、塗工膜の硬化は、塗工膜を加熱することによって実施することができる。
【0100】
塗工膜の硬化時の加熱温度及び加熱時間は、プライマー層形成剤の構成成分に応じて適宜調整することができる。一実施形態において、硬化時の加熱温度は10~500℃が好ましく、15~400℃がより好ましく、20~300℃がさらに好ましい。また、硬化時の加熱時間は、0.1~7200分が好ましく、0.3~4320分がより好ましく、0.5~1440分がさらに好ましい。硬化時の加熱温度及び加熱時間を上記範囲内に調整した場合、プライマー層を効率良く形成することができ、引き続き、スケール付着防止剤から形成されるスケール付着防止層を形成することが容易となる。
【実施例】
【0101】
以下、実施例によって本発明を更に詳しく説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではなく、様々な実施形態を含む。
【0102】
<エステル型のエポキシ変性フラン樹脂の合成>1.アリルフラン化合物の合成
先ず、下記スキーム1に沿って反応を行うことによって、式(I)で表されるアリルフラン化合物を得た。具体的には、2,5-フランジカルボン酸100質量部、及びアリルグリシジルエーテル146質量部に対し、触媒としてベンジルトリエチルアンモニウムクロリド7質量部と、混合溶媒としてクロロホルム600質量部及びジメチルホルムアミド300質量部とを加え、得られた混合物を、70℃で9時間反応させた。
反応終了後、減圧下で溶媒を留去した後、クロロホルムを添加して希釈し、イオン交換水で有機層を3回洗浄した。水層を分離後、有機層に無水硫酸マグネシウムを添加して乾燥させた。次いで、減圧下にて溶媒及び揮発成分を留去することによって、淡黄色の液状物を得た。この液状物のIRスペクトル分析により、目的とするアリルフラン化合物の生成を確認した。
【0103】
【0104】
2.エポキシ変性フラン樹脂の合成
次に、下記スキーム2に沿って反応を行うことによって、式(II)で表されるエステル型のエポキシ変性フラン樹脂を得た。具体的には、先に合成したアリルフラン化合物100質量部をクロロホルム3000質量部に溶解させた。得られた溶液を0℃に氷冷した後、水を約30質量%含有するメタクロロ過安息香酸(mCPBA)152質量部を、少しずつ上記溶液に添加した。添加終了後、室温(25℃)に戻して40時間反応させた。反応終了後、ヨウ素でんぷん紙の発色を確認できなくなるまで、5質量%亜硫酸ナトリウム溶液を用いて反応液を洗浄し、次いで、炭酸水素ナトリウム水溶液を用いて洗浄した。洗浄後、水層を分離し、有機層に無水硫酸マグネシウムを添加して脱水した(乾燥させた)後、さらに溶媒を留去し、ほぼ無色の液状物を得た。この液状物のIRスペクトル分析により、目的とするエステル型のエポキシ変性フラン樹脂の生成を確認した。
【0105】
【0106】
<1>コーティング剤の調製<1-1>スケール付着防止剤(スケール付着防止ワニス)の調製
表1に示す配合に従って、スケール付着防止層を形成するためのスケール付着防止ワニス)1A~16A、及び1B~4Bを調製した。具体的には、樹脂100質量部に対し、表1に示す添加量に従ってその他の材料を加えて混合した。さらに、この混合物をポリプロピレン容器に入れ、ミックスローターバリアブルVMR-5R(株式会社アズワン製、商品名)を用いて3時間混合し、それぞれのスケール付着防止ワニスを得た。
【0107】
使用した材料は、以下のとおりである。(樹脂)
a1:ヒタフランVF-303(日立化成株式会社製の製品名。全重量を基準として、フルフリルアルコール単独縮合型のフラン樹脂を67%、フルフリルアルコールを16%、及びフルフラールを17%含む混合物である)
a2:エポキシ変性フラン樹脂(先に例示した合成法で得たエステル型のエポキシ変性樹脂)
a3:エピコート1001(物質名:エポキシ樹脂、三菱ケミカル株式会社製)
a4:メチルトリメトキシシラン(物質名:シリコーン樹脂、東京化成株式会社製)
【0108】
(粒子)
b1:X-100(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:60μm、伊藤黒鉛株式会社製)
b2:Z-5F(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:5μm、伊藤黒鉛株式会社製)
b3:XD100(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:250μm、伊藤黒鉛株式会社製)
b4:X-10(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:10μm、伊藤黒鉛株式会社製)
b5:XD150(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:180μm、伊藤黒鉛株式会社製)
b6:酸化チタン(IV)ルチル型(平均粒径5μm、富士フイルム和光純薬株式会社製)
b7:高純度アルミナボール(平均粒径:500μm、富士フイルム和光純薬株式会社製)
【0109】
なお、各粒子の平均粒径は、以下の方法により求めた値である。先ず、SEM装置(日本電子株式会社製、装置名JSM-6010PLUS/LA)で得たSEM画像において、無作為に20個の粒子を選択した。次に、選択した粒子についてSEMで表示される縮尺を基準として粒径の最長径及びその垂直二等分線をそれぞれ測定した。さらに、それらの測定値の積の平方根の値の平均値を求め、平均粒径の値とした。
【0110】
(硬化剤)
c1:塩酸(12mol/l、富士フイルム和光純薬株式会社製)
c2:A-3(物質名:70%パラトルエンスルホン酸溶液、溶媒:水、エチレングリコールモノブチルエーテル、日立化成株式会社製)
c3:シュウ酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)
c4:安息香酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)
c5:臭化アンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)
c6:50%ジメチルアミン水溶液(富士フイルム和光純薬株式会社製)
c7:DMP-30(物質名:2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール株式会社スリーボンド製)
c8:酢酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)
c9:10%アンモニア水(富士フイルム和光純薬株式会社製)
【0111】
(溶剤)
d1:フルフリルアルコール(東京化成株式会社製)
d2:メチルエチルケトン(富士フイルム和光純薬株式会社製)
d3:脱イオン水
【0112】
【0113】
<1-2>プライマー層形成剤(プライマーワニス)の調製
表2に示す配合に従って、プライマー層を形成するためのプライマーワニス1A~3Aをそれぞれ調製した。具体的には、樹脂100質量部に対し、表2に示す添加量に従ってその他の材料を加えて混合した。さらに、この混合物をポリプロピレン容器に入れ、ミックスローターバリアブルVMR-5R(株式会社アズワン製、商品名)を用いて3時間混合し、それぞれのプライマーワニスを得た。
【0114】
使用した材料は、以下のとおりである。(樹脂)
A1:液状レゾール型フェノール樹脂LR-306(リグナイト株式会社製)
A2:ヒタフランVF-303(日立化成株式会社製の製品名。全重量を基準として、フルフリルアルコール単独縮合型のフラン樹脂を67%、フルフリルアルコールを16%、及びフルフラールを17%含む混合物である)(粒子)
B1:酸化亜鉛(平均粒径:0.02μm、富士フイルム和光純薬株式会社製)
B2:Z-5F(物質名:鱗片状黒鉛、平均粒径:5μm、伊藤黒鉛株式会社製)(硬化剤)
C1:炭酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)
【0115】
【0116】
(実施例1~25、比較例1~5)<2>スケール付着防止剤の硬化物の作製
先に調製したスケール付着防止層を形成するためのスケール付着防止剤(スケール付着防止ワニス)を、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シート(サンプラテック株式会社製、耐熱温度260℃)を敷いた金属製の角バットに流し入れた。次いで、オーブンで加熱してスケール付着防止ワニスを硬化させた後、2cm角に切断し、上記スケール付着防止ワニスの硬化物のサンプルを得た。各サンプル(硬化物)の膜厚は表3及び表4に示したとおりである。
【0117】
また、サンプル作製時の硬化条件は表3及び表4に示したとおりであり、それぞれ十分に硬化反応が進行していることを確認した。具体的には、フラン樹脂を含有する硬化物については、硬化物を90℃の熱水に入れて2時間加熱した後に熱水が着色していないことを確認した。また、エポキシ樹脂を含有する硬化物については、反応前後でIRスペクトルを測定し、反応後のエポキシ基のピーク強度が90%以上低下していることを確認した。さらに、シリコーン樹脂を含む硬化物については、反応前後でIRスペクトルを測定し、反応後のシラノール基のピーク強度が90%以上低下していることを確認した。後述のコーティング層についても同様にして、硬化反応が十分に進行していることを確認した。
【0118】
<3>コーティング層を有する構造体の作製<3-1>スケール付着防止層を有する構造体の作製(実施例1~21、比較例1~5)
先に調製したスケール付着防止ワニスを使用して、後述のように表3及び表4に示すスケール付着防止層を形成した。
先ず、後述する基材S1~S7を2cm角及び5cm角にそれぞれ切り出した。切出した基材に、アプリケータ(ベーカーアプリケーターYBA-4、ヨシミツ精機株式会社製)を用いてスケール付着防止ワニスを塗工した。次いで、塗工膜(ワニスの膜)を加熱することによって、基材上に硬化物から形成されるスケール付着防止層を形成した。さらに、2cm角の基材については、裏面にも同様にしてスケール付着防止ワニスを塗工し、次いで、塗工膜を加熱することによって、基材の両面にスケール付着防止層を形成した。サンプル作製時の硬化条件は表3及び表4に示したとおりであり、それぞれ十分に硬化反応が進行していることを確認した。部材として使用した基材は以下のとおりである。
【0119】
(基材)
S1:トタン板(構成:炭素鋼上に亜鉛めっき、株式会社久宝金属製作所製)
S2:ステンレス板(株式会社岩田製作所製)
S3:焼付け鋼板(株式会社岩田製作所製)
S4:アルミ板(光株式会社製)
S5:クロム-モリブデン鋼板(中部鋼板株式会社製)
S6:銅板(光株式会社製)
S7:S10ルームミラー#350(PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム、東レ株式会社製)
【0120】
<3-2>プライマー層及びスケール付着防止層を有する構造体の作製(実施例22~25)
上記基材S2を5cm角に切り出した後、アプリケータを用いてプライマーワニスを塗工し、塗工膜を加熱することによって、プライマー層を得た。次いで、プライマー層を有する各基材について、プライマー層の上に更にスケール付着防止ワニスを塗工し、塗工膜を加熱することによってスケール付着防止層を形成した。サンプル作製時の硬化条件及び膜厚は表3及び表4に示したとおりである。
膜厚の測定は、株式会社テクロック製の定圧厚さ測定器を使用し、水平な装置の台に上記基材S2を設置し、0点補正後のプローブを定圧で基材の上に押し当てることによって実施した。次に、同様にして、プライマー層形成後に膜厚を測定し、基材の膜厚との差を算出することによって、プライマー層の膜厚を求めた。更に、同様にして、スケール付着防止層形成後に膜厚を測定し、プライマー層付きの基材の膜厚との差を算出することによって、スケール付着防止層の膜厚を求めた。測定を複数回実施し、それらの平均値を求め膜厚とした。
【0121】
<4>スケール付着防止層(硬化物)、及びコーティング層を有する構造体の評価
実施例1~21及び比較例1~5で作製した硬化物、及び実施例1~25及び比較例1~4で形成したコーティング層を有する構造体に対して、以下に示す方法に従い、各種特性を評価した。それぞれの評価結果を表3及び表4に示す。
【0122】
(1)耐酸性試験(1-1)質量変化率
硬化物の試験片の質量を測定した後、0.05mol/Lの硫酸水溶液8mLに浸漬し、23℃に保持された恒温槽に入れた。浸漬してから1日後、3日後、7日後、14日後、30日後、60日後、及び90日後に取り出し、試験片を速やかに流水又は適当な液ですすぎ、表面に付着している液をぬぐい取った。次いで、試験片を、温度23℃、相対湿度50%の恒温槽中で48時間放置し、質量を測定した。質量変化率は以下の式により算出した。
M=(M2-M1)/M1×100
式中、Mは質量変化率(%)、M1は試験片の試験前の質量(g)、M2は試験片の試験後の質量(g)を示す。経過日数毎にM2を測定し、M2の値が一定になった時点でのMを、試験片の質量変化率とした。
【0123】
(1-2)外観観察
浸漬前後の試験片の外観を目視にて観察し、溶解、粉末化、鱗状化、亀裂、破断、ふくれ、ねばり、変色、光沢の損失等の有無を調べた。
【0124】
(2)耐アルカリ性試験(2-1)質量変化率
上記(1)耐酸性試験と同様に、硬化物の試験片の質量を測定した後、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液8mLに浸漬し、23℃に保持された恒温槽に入れた。次いで、上記(1)の手順と同様にして、質量変化率を測定した。
【0125】
(2-2)外観観察
(1-2)と同様にして、評価した。
【0126】
(3)耐熱性試験
硬化物をスパチュラで粉状にして、大気圧下、100℃で30分間乾燥した。得られた乾燥後の硬化物をデシケータ中に移し、25℃まで冷却して、サンプルとして使用した。一方、測定装置としては、DTG-60H(株式会社島津製作所製)を用いた。
先ず、水分等を除去するため、白金製のパンを200℃で3時間にわたって、大気雰囲気で乾燥させた。
次に、測定前にサンプルの質量を測定し、上記のように空焼きした6mmΦの白金製のパンに約10mgのサンプルを詰めた。その後、窒素雰囲気下(ガス流量:150ml/分)で、昇温速度10℃/分で30℃から500℃まで昇温し、0.5秒毎に質量を測定した。5質量%減少した時点での温度を耐熱温度とした。
なお、質量減少率は以下の式によって算出される。質量減少率は、次の式によって算出し、百分率で表す。
mL=(m0―mB)/m0×100
式中、mLは質量減少率(%)、mBは終了温度の質量(mg)、m0は加熱前の質量(mg)を示す。
【0127】
(4)スケール付着試験(スケール付着防止性評価試験)
珪酸ナトリウム溶液(55%水溶液、富士フイルム和光純薬株式会社製)66.4g質量部、純水933.6質量部を加えて混合し、1.0mol/Lの珪酸ナトリウム水溶液1000質量部を得た。また、塩化マグネシウム六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)21.0質量部、純水979.0質量部を加え、0.1mol/Lの塩化マグネシウム水溶液1000質量部を得た。
上述のように調製した珪酸ナトリウム水溶液100.0質量部及び塩化マグネシウム水溶液100.0質量部と、純水300.0質量部とを混合することによって、珪酸ナトリウム0.2mol/L、及び塩化マグネシウム0.02mol/Lの水溶液を得た。
この水溶液に、塩酸(1mol/L、富士フイルム和光純薬株式会社製)50.0質量部及び純水50.0質量部を加えて得た0.5mol/Lの塩酸溶液をさらに滴下し、pH紙を用いてpHを8に調整し、試験液を得た。
オートクレーブに上記試験液を80mL入れ、基材をS1にした各スケール付着防止層を上記試験液に浸漬して、100℃で、100時間加熱した。浸漬後のサンプルを取り出し、25℃で24時間乾燥させた。
次に、スケール付着防止層の表面をデジタルカメラで撮影し、その画像をカラーコピー機で紙に印刷した。先ず、印刷した画像において、スケール付着防止層(スケール付着防止ワニスの硬化膜)部分をハサミで切断し、その質量を測定した。次いで、直径5mm以上のスケール部分をハサミで切断し、その切断したスケール部分の合計質量を測定した。各測定値から以下の式に従い、スケール付着率(面積比)を算出した。
SL=S1/S0×100
式中、SLはスケール付着率(%)、S1はスケール部分の質量(g)、S0は硬化膜部分の質量(g)を示す。
【0128】
(5)密着性試験
基材をS2にした各スケール付着防止層を、温度23℃、相対湿度50%で16時間保管した。クロスカット試験カッターガイドSuperCutterGuide No.315を用いて、各スケール付着防止層に対し、平行に1mm幅で、10本の切れ込みを入れた。さらに、それら10本の線と90°に交わるように平行に2mm幅で、10本の切れ込みを入れた。次に、透明感圧付着テープをスケール付着防止層の上に貼り付け、1.5kg/cm2の荷重で押し付けた後、90°方向に剥離し、剥離したマス(1mm2四方マス)の数を数えた。
【0129】
(6)表面粗さ試験
基材をS2にした各スケール付着防止層を、触針式表面粗さ計(Dektak、アルバック製)を用いて下記条件にて測定を行った。
測定長さ:5000μm
測定時間:50秒
触針圧:15mg
測定は3点について行い、得られた結果の平均値としてRaを算出した。
【0130】
【0131】
【0132】
【0133】
表3及び表4に示した結果から、本発明の実施形態となる実施例1~24では、スケール付着防止性に優れるとともに、耐酸性及び耐アルカリ性に優れ、かつ耐熱性に優れるスケール付着防止層(スケール付着防止ワニスの硬化物)が得られる。また、上記スケール付着防止層は、無機基材(無機部材)に対して優れた密着性を有する。これらのことから、本発明によれば、無機部材に上記スケール付着防止層を設けることによって、所望とする特性を有する構造体を提供できることが分かる。
これに対し、フラン樹脂を含まない比較例1及び2では、スケール付着防止層の耐アルカリ性と耐熱性とを両立させることが困難であった。また、スケール付着防止層の表面粗さ(Ra)の値が60μmよりも大きい比較例3及び4では、スケール付着防止性に劣る結果となった。なお、比較例5に示すように、無機部材の代わりに有機部材(樹脂基材)を使用した場合は塗工自体が困難であった。このことから、本発明によれば、無機部材への塗工によってスケール付着防止層を形成することができるスケール付着防止剤を提供できることもわかる。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本開示によれば、スケール付着防止性に優れ、かつ、耐酸性及びアルカリ性、耐熱性、及び密着性にも優れるスケール付着防止層を提供することができる。また、上記スケール付着防止層は、スケール付着防止性に優れ、無機部材との密着性も備える。そのため、温泉地等の配管、温泉バイナリー発電用の配管、蒸発器、凝縮器、下水道配管等の部材に対して、上記スケール付着防止層を好適に適用することができ、またスケール付着防止性に優れた構造体を提供することができる。
【符号の説明】
【0135】
A:構造体
10:部材
20:スケール付着防止層、20a:フラン樹脂、20b:無機粒子
21:プライマー層
30:スケール