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特許7489087介在・内包・架橋構造をもつ極薄黒鉛シート-シリコン粉末複合体、その製造方法、リチウムイオン電池負極、及びリチウムイオン電池
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-15
(45)【発行日】2024-05-23
(54)【発明の名称】介在・内包・架橋構造をもつ極薄黒鉛シート-シリコン粉末複合体、その製造方法、リチウムイオン電池負極、及びリチウムイオン電池
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/225 20170101AFI20240516BHJP
   H01M 4/587 20100101ALI20240516BHJP
   H01M 4/38 20060101ALI20240516BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240516BHJP
   H01M 4/133 20100101ALI20240516BHJP
   H01M 4/134 20100101ALI20240516BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20240516BHJP
   C01B 33/02 20060101ALI20240516BHJP
【FI】
C01B32/225
H01M4/587
H01M4/38 Z
H01M4/36 B
H01M4/133
H01M4/134
H01M4/62 Z
H01M4/36 E
C01B33/02 Z
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020002263
(22)【出願日】2020-01-09
(65)【公開番号】P2021109803
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-11-17
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 健俊
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-272911(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103803534(CN,A)
【文献】特表2017-532277(JP,A)
【文献】国際公開第2014/136609(WO,A1)
【文献】特開2017-084684(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
膨張黒鉛と、下記(a)及び(d)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えているシリコン粉末とを、非プロトン性溶媒中で混合して黒鉛シリコン粉末複合体を製造し、得られた前記黒鉛シリコン粉末複合体に有機物ガスによる炭素膜被覆を形成することなく負極活物質とする負極活物質の製造方法。
(a)前記シリコン粉末の体積基準での累積50%粒径が300nm以下である
(d)X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出される前記シリコン粉末の個数基準での累積50%粒径が、3~100nmである
【請求項2】
前記非プロトン性溶媒が、芳香族系溶媒、ハロゲン系溶媒、及びアミド系溶媒から選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記混合時に超音波を照射する請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記膨張黒鉛が、非プロトン性溶媒中で層間剥離して、厚さ15nm以下のシートになっている請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記厚さ15nm以下の黒鉛シートの面方向の長径が0.1μm以上である請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記シリコン粉末が、下記(b)及び(c)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えている請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
(b)前記シリコン粉末がフレーク状である
(c)前記シリコン粉末が、結晶性シリコンインゴットから削り出されるシリコン切粉又はその粉砕物である
【請求項7】
前記膨張黒鉛と前記非プロトン性溶媒との混合時に、ハードカーボン又はハードカーボン前駆体を共存させない請求項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
厚さ15nm以下の黒鉛シートと、下記(a)及び(d)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えているシリコン粉末とを非プロトン性溶媒中で混合して黒鉛シリコン粉末複合体を製造し、得られた黒鉛シリコン粉末複合体に有機物ガスによる炭素膜被覆を形成することなく負極活物質とする負極活物質の製造方法。
(a)前記シリコン粉末の体積基準での累積50%粒径が300nm以下である
(d)X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出される前記シリコン粉末の個数基準での累積50%粒径が、3~100nmである
【請求項9】
前記厚さ15nm以下の黒鉛シートの面方向の長径が0.1μm以上である請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記シリコン粉末が、下記(b)及び(c)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えている請求項8又は9に記載の製造方法。
(b)前記シリコン粉末がフレーク状である
(c)前記シリコン粉末が、結晶性シリコンインゴットから削り出されるシリコン切粉又はその粉砕物である
【請求項11】
前記厚さ15nm以下の黒鉛シートと前記溶媒との混合時に、ハードカーボン又はハードカーボン前駆体を共存させない請求項8~10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
厚さ15nm以下の黒鉛シートの間に、下記(a)及び(d)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えているシリコン粉末が挟まれている黒鉛シリコン粉末複合体から構成される、有機物ガスによる炭素膜被覆が形成されていない負極活物質。
(a)前記シリコン粉末の体積基準での累積50%粒径が300nm以下である
(d)X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出される前記シリコン粉末の個数基準での累積50%粒径が、3~100nmである
【請求項13】
ハードカーボン、ソフトカーボン、及びそれらの前駆体から選択される少なくとも1種を含有しない請求項12に記載の負極活物質。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の黒鉛シリコン粉末複合体から構成される、有機物ガスによる炭素膜被覆が形成されていない負極活物質の複数を含む負極材層が集電体表面に積層された負極。
【請求項15】
前記負極材層が厚さ50nm以上の凝集黒鉛シートを複数含み、この凝集黒鉛シートの間に前記黒鉛シリコン粉末複合体の複数が挟まれている請求項14に記載の負極。
【請求項16】
厚さ15nm以下の黒鉛シート及び厚さ50nm以上の凝集黒鉛シートを含む厚さ1~200nmの黒鉛シートが、前記負極材層の断面で0.2~5μmおきに挿入されている請求項14に記載の負極。
【請求項17】
負極材層表面に存在する亀裂が厚さ15nm以下の黒鉛シートで架橋されている請求項14~16のいずれかに記載の負極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負極活物質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池などの非水系二次電池における負極活物質として、黒鉛などの炭素材料とシリコンとを複合化したものが知られている(例えば、特許文献1、2)。しかし、その充放電特性は必ずしも十分ではなく、サイクル数を大きくすると、放電容量が低下する。
一方、特許文献3には、有機物ガス中でシリコン粉末を加熱することで、炭素膜で被覆されたシリコン粉末を製造できることが開示されており、得られた炭素膜被覆シリコン粉末を負極活物質として使用すると、充放電のサイクル特性がよくなることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-38852号公報
【文献】特開2016-149340号公報
【文献】特開2018-85316号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献3の炭素膜被覆シリコン粉末は、充放電のサイクル特性は優れているものの、その製造には有機ガス中での加熱が必要であって、簡便であるとは言いがたい。
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、特許文献3の炭素膜被覆シリコン粉末と同等またはそれ以上のサイクル特性を示しつつ、より簡便に製造可能な負極活物質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る負極活物質は黒鉛シリコン粉末複合体であり、その発明の構成要件は具体的には以下の通りである。
[1] 膨張黒鉛とシリコン粉末とを、非プロトン性溶媒中で混合することを特徴とする黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[2] 前記非プロトン性溶媒が、芳香族系溶媒、ハロゲン系溶媒、及びアミド系溶媒から選ばれる少なくとも一種である前記[1]に記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[3] 前記混合時に超音波を照射する前記[1]又は[2]に記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[4] 前記膨張黒鉛が、非プロトン性溶媒中で層間剥離して、厚さ15nm以下のシートになっている前記[1]~[3]のいずれかに記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[5] 厚さ15nm以下の黒鉛シートとシリコン粉末とを溶媒中で混合することを特徴とする黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[6] 前記厚さ15nm以下の黒鉛シートの面方向の長径が0.1μm以上である前記[4]又は[5]に記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[7] 前記シリコン粉末が、下記(a)~(d)から選ばれる少なくとも1つの特性を備えている前記[1]~[6]に記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
(a)前記シリコン粉末の体積基準での累積50%粒径が300nm以下である
(b)前記シリコン粉末がフレーク状である
(c)前記シリコン粉末が、結晶性シリコンインゴットから削り出されるシリコン切粉又はその粉砕物である
(d)X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出される前記シリコン粉末の個数基準での累積50%粒径が、3~100nmである
[8] 前記黒鉛と前記溶媒との混合時に、ハードカーボン又はハードカーボン前駆体を共存させない前記[1]~[7]のいずれかに記載の黒鉛シリコン粉末複合体の製造方法。
[9] 厚さ15nm以下の黒鉛シートの間にシリコン粉末が挟まれている黒鉛シリコン粉末複合体。
[10] 厚さ15nm以下の黒鉛シートにシリコン粉末が包まれている黒鉛シリコン粉末複合体。
[11] ハードカーボン、ソフトカーボン、及びそれらの前駆体から選択される少なくとも1種を含有しない前記[9]又は[10]に記載の黒鉛シリコン粉末複合体。
[12] 前記[9]~[11]のいずれかに記載の黒鉛シリコン粉末複合体の複数を含む負極材層が集電体表面に積層された負極。
[13] 前記負極材層が厚さ50nm以上の凝集黒鉛シートを複数含み、この凝集黒鉛シートの間に前記黒鉛シリコン粉末複合体の複数が挟まれている前記[12]に記載の負極。
[14] 厚さ15nm以下の黒鉛シート及び厚さ50nm以上の凝集黒鉛シートを含む厚さ1~200nmの黒鉛シートが、前記負極材層の断面で0.2~5μmおきに挿入されている前記[12]に記載の負極。
[15] 負極材層表面に存在する亀裂が厚さ15nm以下の黒鉛シートで架橋されている前記[12]~[14]のいずれかに記載の負極。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、炭素膜被覆シリコン粉末と同等またはそれ以上のサイクル特性を示す負極活物質を提供でき、該負極活物質は簡便に製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1-1】図1-1は実施例及び比較例で用いたシリコン粉末の動的光散乱式粒子径測定装置による粒度分布を示すグラフである。
図1-2】図1-2(a)は実施例及び比較例で用いたシリコン粉末のX線回折パターンを示す図であり、図1-2(b)はX線回折パターンから求まる結晶子サイズの分布とモード径及び累積50%粒子径を示す図である。
図2図2は実施例及び比較例で用いたシリコン粉末の透過型電子顕微鏡写真である。
図3図3は非プロトン性溶媒(N-メチル-2-ピロリドン)中で層間剥離した膨張黒鉛の透過型電子顕微鏡写真である。
図4図4は非プロトン性溶媒(N-メチル-2-ピロリドン)中で層間剥離した膨張黒鉛の端面の透過型電子顕微鏡写真である。
図5図5はエタノールで分散した黒鉛シートの走査型電子顕微鏡写真である。
図6図6はエタノールで分散した黒鉛シートの原子間力顕微鏡像と断面の厚さ分布である。
図7図7はエタノールで分散した黒鉛シートの透過型電子顕微鏡写真である。
図8図8は比較例の黒鉛シート・シリコン粉末複合体の走査型電子顕微鏡写真である。
図9図9は実施例の極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体の走査型透過電子顕微鏡写真と走査型透過電子顕微鏡写真をエネルギー分散型X線分析装置で元素マッピングした図である。
図10図10は実施例の負極断面における球状化黒鉛シリコン粉末複合体の走査型電子顕微鏡写真である。
図11図11は実施例及び比較例で得られた負極活物質を用いた電池(ハーフセル)のサイクル数と放電容量との関係を示すグラフである。
図12図12は実施例及び比較例で得られた負極活物質を用いた電池(ハーフセル)のサイクル数と充電容量との関係を示すグラフである。
図13図13は実施例及び比較例で得られた負極活物質を用いた電池(ハーフセル)のサイクル数と放電容量との関係を示すグラフである。
図14図14は実施例の負極に存在する負極材層の表面と断面の走査型電子顕微鏡写真である。
図15図15は黒鉛シリコン粉末複合体を用いた電極の断面のエネルギー分散型X線分析装置で元素マッピングした図である。
図16図16は実施例の負極に存在する負極活物質の透過型電子顕微鏡写真である。
図17図17は実施例で得られた負極活物質を用いた電池(フルセル)のサイクル数と放電容量との関係を示すグラフである。
図18(a)】図18(a)は、実施例で300サイクルの充放電を行った後の負極活物質(極薄黒鉛シート:シリコン=1:5(質量比))を用いた電極表面の走査型電子顕微鏡写真である。
図18(b)】図18(b)は、図18(a)の部分拡大写真である。
図18(c)】図18(c)は、図18(b)の部分拡大写真である。
図19図19は、図18で観察された電極をエタノール中で超音波分散したものの走査型透過電子顕微鏡写真、及び走査型透過電子顕微鏡写真をエネルギー分散型X線分析装置で元素マッピングした図である。
図20図20は、実施例で300サイクルの充放電を行った後の比較負極活物質(炭素被覆シリコン粉末)を用いた電極表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.負極活物質
本発明では、負極活物質として黒鉛シリコン粉末複合体を製造する。該黒鉛シリコン粉末複合体は、膨張黒鉛とシリコン粉末とを非プロトン性溶媒中で混合することによって製造できる。
【0009】
前記膨張黒鉛とは、鱗片状黒鉛などの黒鉛を酸(例えば、硫酸と硝酸とからなる混酸など)に浸漬してグラファイト層間に酸を浸入させ、必要に応じて水洗・乾燥した後、加熱することで製造でき、加熱によって層間の酸がガス化することで層間が部分的に広げられた黒鉛のことをいう。該膨張黒鉛は、市販品を使用してもよく、黒鉛から製造してもよい。
【0010】
本発明では、前記膨張黒鉛を非プロトン性溶媒と接触させることで、膨張黒鉛が層間で適度に剥離する結果、シリコン粉末を適切に挟んだり、包んだり(内包、包み込みなどを含む)することができ、二次電池の負極活物質として使用した時に、充放電のサイクル特性を十分に高くすることができる。
【0011】
前記非プロトン性溶媒としては、トルエン、キシレン、メシチレンなどの芳香族炭化水素系溶媒、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、クロロトルエン、クロロエタン、クロロメタンなどのハロゲン化炭化水素系溶媒、ジメチルホルムアミド、N-メチル-2-ピロリドンなどのアミド系溶媒が挙げられる。これら非プロトン性溶媒は1種でもよく、2種以上を組み合わせてもよい。非プロトン性溶媒としては、アミド系溶媒が好ましい。
【0012】
非プロトン性溶媒と接触して層間剥離した後の膨張黒鉛は、極薄黒鉛シートになっている。非プロトン性溶媒中の極薄黒鉛シートの面方向の長径(モード径)は、例えば、0.1μm以上であり、好ましくは0.2μm以上である。また該長径は、例えば、100μm以下であり、好ましくは50μm以下であり、より好ましくは30μm以下である。
またサイクル特性を向上する観点から、前記長径(モード径)は、例えば、1μm以上、好ましくは3μm以上、より好ましくは5μm以上、よりさらに好ましくは6μm以上としてもよい。逆に初期の放電容量を向上する観点から、前記長径(モード径)は、例えば、20μm以下、好ましくは15μm以下、より好ましくは10μm以下、よりさらに好ましくは7μm以下としてもよい。
【0013】
非プロトン性溶媒中の極薄黒鉛シートの厚さ(最頻値)は、例えば、0.1nm以上、好ましくは1nm以上、より好ましくは3nm以上である。また該厚さは、例えば、15nm以下であり、12nm以下でもよく、8nm以下でもよい。黒鉛シートを薄くすることで、シリコンを挟み込んだり、内包したりすることが容易になる。さらにシリコンに対する黒鉛の量を減らすことが可能になり、理論容量を大きくできる。一方、黒鉛シートを過度に薄くしないことで、黒鉛シートがシリコンを挟んだり、包み込んだりしないまま皺になることを防止できる。
【0014】
前記シリコン粉末としては、例えば、結晶性シリコンインゴットから削り出されるシリコン切粉又はその粉砕物が使用できる。結晶性のシリコンを使用することで、電気的特性が良好になる。また前記粉砕としては、例えば、乳鉢などを用いた磨砕を行うことが好ましく、該磨砕には擂潰機を使用できる。
【0015】
動的光散乱方式の粒子径測定装置によって定まるシリコン粉末の体積基準での累積50%粒径は、例えば、10nm以上、好ましくは30nm以上、より好ましくは60nm以上である。また該累積50%粒径は、例えば、300nm以下、好ましくは200nm以下、より好ましくは150nm以下である。動的光散乱方式の粒子径測定装置によって定まるシリコン粉末のモード径は、例えば、10nm以上、好ましくは30nm以上、より好ましくは60nm以上であり、例えば、300nm以下、好ましくは200nm以下、より好ましくは150nm以下である。
X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出されるシリコン粉末の個数基準での累積50%粒径は、例えば、3nm以上、好ましくは7nm以上、より好ましくは10nm以上であり、例えば、100nm以下、好ましくは70nm以下、より好ましくは50nm以下である。X線回折パターンからの結晶子サイズ分布に基づいて算出されるシリコン粉末のモード径は、例えば、3nm以上、好ましくは7nm以上、より好ましくは10nm以上であり、例えば、100nm以下、好ましくは70nm以下、より好ましくは50nm以下である。
シリコン粉末が適度な大きさを有することで、シリコン電極の電気的特性とイオン伝導特性が良好になり、また極薄黒鉛シートに挟まれたり、包まれやすくなったりする。またシリコン粉末の粒径が大きくなるほど、シリコンにリチウムイオンが挿入されることに帰因するシリコンの凝集と剥離が生じやすくなるが、本発明では、シリコンが極薄シートに挟まれたり、包まれたりするために、前記粒径の範囲でシリコン粉末を大きくしても、剥離を抑制できる。
【0016】
シリコン粉末の形状は特に限定されず、粉状、粒状、球状、板状(フレーク状)、塊状、繊維状などのいずれであってもよいが、フレーク状であることが好ましい。フレーク状であると、非プロトン性溶媒中で、極薄黒鉛シートに適切に挟まれて内包化されやすくなり、サイクル特性が良好になりやすい。
【0017】
フレーク状のシリコン粉末の厚さ(最頻値)は、例えば、0.5nm以上、好ましくは1.0nm以上、より好ましくは2.0nm以上である。また該厚さは、例えば、100nm以下、好ましくは50nm以下、より好ましくは30nm以下である。フレーク状のシリコン粉末の厚さを適切にすることで、シリコン粉末が極薄黒鉛シートに挟まれて内包化されやすくなり、サイクル特性が良好になりやすい。
【0018】
シリコン粉末の量は、膨張黒鉛1質量部に対して、例えば、0.01~100質量部程度、好ましくは0.1~50質量部程度、より好ましくは0.8~10質量部程度である。
【0019】
膨張黒鉛とシリコン粉末とを非プロトン性溶媒中で混合するときの温度は特に限定されず、環境と同等であってもよい。該温度は、例えば、0℃以上、好ましくは10℃以上であり、例えば、溶媒の沸点以下、好ましくは80℃以下、より好ましくは50℃以下である。
【0020】
膨張黒鉛とシリコン粉末とを非プロトン性溶媒中で混合するとき、必要に応じて、超音波を照射してもよい。超音波照射により、膨張黒鉛の層間剥離と、該剥離によってシート化した黒鉛によるシリコン粉末の挟み込み化又は内包化が進行しやすくなる。またシリコン粉末と混合する前に、非プロトン性溶媒中で膨張黒鉛に予め超音波を照射してもよい。混合前の超音波処理により、膨張黒鉛のシート化が進みやすくなる。混合前の超音波処理と混合時の超音波処理の両方を行ってもよい。
【0021】
膨張黒鉛とシリコン粉末とを非プロトン性溶媒中で混合することによって得られる黒鉛シリコン粉末複合体は、適当な方法で溶媒と分離することで、単離できる。溶媒との分離には、例えば、濾過、遠心分離、濃縮などが使用でき、好ましくは吸引濾過である。
【0022】
溶媒から単離された黒鉛シリコン粉末複合体は、必要に応じて、乾燥する。乾燥温度は、例えば、10℃以上、好ましくは20℃以上、より好ましくは30℃以上であり、例えば、200℃以下、好ましくは150℃以下、より好ましくは100℃以下である。また乾燥時の圧力は、大気圧でもよく、減圧でもよい。
【0023】
また溶媒から単離された黒鉛シリコン粉末複合体は、必要に応じて、球形化してもよい。球形化することによって剥離した電極の一部が電解液へ拡散することをより抑制できる。球形化は、例えば、高速の気流中で粒子(黒鉛シリコン粉末複合体)同志を衝突させ、一方の粒子の表面に他方の粒子を複合化させることによって可能であり、このような気流による球形化には、奈良機械製作所社製の「ハイブリダイゼーションシステム」(商品名)を使用することができる。
【0024】
以上の様にして製造された黒鉛シリコン粉末複合体は、シリコン粉末が厚さ15nm以下の極薄黒鉛シートの間に挟まれた構造をしており(より好ましくは、シリコン粉末の表面・裏面のみならず側面まで極薄黒鉛シートで覆われた構造(内包構造、包まれた構造ともいう)をしており)、以下、極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体と称することもある。シリコン粉末が薄い黒鉛シートで挟まれたり、包まれたりすると、充放電によってシリコンが体積変化してもシリコン粉末が極薄黒鉛シートから分離して電解液中に拡散することが防止され、また機械的強度も向上するため、二次電池の負極活物質として使用した時のサイクル特性が向上する。また理論容量の向上のために負極活物質中の黒鉛の重量を減らしても導電性が向上する。
また球形化された黒鉛シリコン粉末複合体は、シリコン粉末を黒鉛シートで層状に挟み込んだり内包化したりしたものを、結球した複合体である。球形化黒鉛シリコン粉末複合体のモード径は、例えば、10nm以上、好ましくは20nm以上、より好ましくは30nm以上であり、例えば、2μm以下、好ましくは1μm以下、より好ましくは500nm以下である。
【0025】
本発明の負極活物質は、ソフトカーボン、ハードカーボンなども含んでもよいが、これらやこれらの前駆体の少なくとも1つ(好ましくは全て)を含まないことが好ましい。ソフトカーボンやハードカーボンを含ませるためには、それらの前駆体(特にハードカーボン前駆体)とシリコンと黒鉛との混合物を焼成する必要があり、負極活物質の製造が煩雑になる。
【0026】
なおソフトカーボンとは、易黒鉛化材料の炭化物であり、易黒鉛化材料(ソフトカーボン前駆体)としては、例えば、石炭系ピッチ、石油系ピッチ、メソフェーズピッチ、コークス、低分子重質油などが挙げられる。ハードカーボンとは、難黒鉛化材料の炭化物であり、難黒鉛化材料(ハードカーボン前駆体)としては、例えば、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、アニリン樹脂、シアネート樹脂、フラン樹脂、ケトン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂などの熱硬化性樹脂;ポリオレフィン、スチレン系樹脂、AS樹脂、ABS樹脂、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリエーテルなどの熱可塑性樹脂などが含まれる。
【0027】
2.負極
前記負極活物質(黒鉛シリコン粉末複合体)は、結着材などと共に負極材組成物とされ、該負極材組成物を集電体面に積層することでリチウムイオン電池などの非水系二次電池の負極として使用できる。本発明の負極活物質(黒鉛シリコン粉末複合体)を使用すると、シリコンを挟んだり内包したりしなかった黒鉛が乾燥時に凝集して厚い黒鉛シートも形成し、壁又は柱材として機能して負極材層の機械的強度を高める。
【0028】
壁又は柱材として機能する凝集黒鉛シートの厚さは、例えば、50nm以上、好ましくは60nm以上、より好ましくは70nm以上であり、例えば、3μm以下、好ましくは1μm以下、より好ましくは500nm以下、よりさらに好ましくは200nm以下である。
【0029】
前記極薄黒鉛シート及び前記壁又は柱材として機能する凝集黒鉛シートなどを含む厚さ1~200nmの黒鉛シート(好ましくは厚さ3~150nm、より好ましくは厚さ5~100nmの黒鉛シート)が、前記負極材層の断面で0.2~5μmおきに(好ましくは0.5~4μmおきに、よりさらに好ましくは0.8~3μmおきに)挿入されていることが好ましい。
【0030】
負極材層の表面には亀裂が存在していてもよい。負極材層の表面に亀裂が存在しても、この亀裂が前記極薄黒鉛シートで架橋されることで、優れた電気的特性を示すことが可能である。
【0031】
負極材組成物を構成する前記結着材は、例えば、非水溶性ポリマーであってもよく、水溶性ポリマー(増粘剤)であってもよい。非水溶性ポリマーとしては、例えば、スチレン-ブタジエンゴム、イソプレンゴム、エチレン-プロピレンゴム等の合成ゴム;スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体又はその水素添加物、スチレン・エチレン・ブタジエン、スチレン共重合体、スチレン・イソプレン、スチレンブロック共重合体又はその水素添加物等の熱可塑性エラストマー;シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレンと炭素数3~12のα-オレフィンとの共重合体等の軟質樹脂;ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、芳香族ポリアミド等の熱可塑性樹脂;ポリテトラフルオロエチレン、ポリビニデンフルオライド等のフッ素樹脂などが挙げられる。水溶性ポリマーとしては、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロースなどが挙げられる。これら結着材は、1種でもよく、2種以上を組み合わせてもよい。
結着材の量は、負極活物質100質量部に対して、例えば、5質量部以上、好ましくは10質量部以上、より好ましくは20質量部以上であり、例えば、100質量部以下、好ましくは70質量部以下、より好ましくは50質量部以下である。
【0032】
負極材組成物は、前記負極活物質及び結着材に加えて導電助剤を含んでいてもよい。導電助剤は、負極活物質間の電気的接合を媒介するのに有用であり、電極の内部抵抗を下げることができる。導電助剤としては、例えば、カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブなどの炭素材料が挙げられる。これら導電助剤は、1種でもよく、2種以上を組み合わせてもよい。
導電助剤の量は、負極活物質100質量部に対して、例えば、0質量部以上、好ましくは5質量部以上、より好ましくは10質量部以上であり、例えば、100質量部以下、好ましくは70質量部以下、より好ましくは50質量部以下である。
【0033】
前記負極材組成物は、水、有機溶媒などに分散させてペーストにすることができる。このペーストを集電体表面に塗工し、乾燥することで電極材層を形成できる。有機溶媒としては、例えば、イソプロピルアルコール、N-メチルピロリドン、ジメチルホルムアミドなどが挙げられ、これらは、1種でもよく、2種以上を組み合わせてもよい。
【0034】
前記集電体としては、銅、銅合金、ステンレス、ニッケル、チタンなどの金属、及び炭素などが使用できる。これら集電体は、フィルム状(金属箔状など)であってもよく、三次元構造を有していてもよい。三次元構造を有する集電体としては、平織り金網、ラス網、エキスパンドメタル、パンチングメタル、金属発泡体、金属織布、金属不織布、炭素繊維織布、炭素繊維不織布、カーボンが塗工された多孔質体(スポンジなど)、ポーラス黒鉛などが挙げられる。
【0035】
3.リチウムイオン二次電池
前記負極は、正極、電解質、セパレータなどと組み合わせて非水系二次電池(好ましくはリチウムイオン二次電池)にすることができる。
【0036】
正極は、正極活物質、結着材を含む正極材層を集電体の表面に形成したものであり、結着材、集電体などは負極と同様のものが使用できる。正極活物質としては、リチウムイオン二次電池の場合、例えば、酸化クロム、酸化チタン、酸化コバルト、五酸化バナジウムなどの金属酸化物;LiCoO2、LiNiO2、LiNi1-xCox2、LiNi1-x-yCoxAly2、LiMnO2、LiMn24、LiFeO2、LiFePO4などのリチウム含有複合金属酸化物、硫化チタン、硫化モリブデンなどの遷移金属のカルコゲン化合物、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリピロールなどの導電性高分子などが挙げられる。
【0037】
電解質は、リチウムイオン二次電池の場合、リチウム塩と溶媒とから構成される電解液であってもよく、固体電解質、ゲル電解質、及び電解液と固体電解質のハイブリッドなどであってもよいが、電解液が好ましい。電解液のリチウム塩としては、LiCl、LiAlCl4、LiClO4、LiBr、LiSiF6、LiPF6、LiAsF6、LiBF4、LiB(C65)、LiCF3SO3、LiCH3SO3、LiN(CF3SO22、LiC(CF3SO23、LiN(CF3CH2OSO22、LiN(CF3CF3OSO22、LiN(HCF2CF2CH2OSO22、LiN(CF32CHOSO22、LiBC63(CF324、LiN(SO2CF32、LiC(SO2CF33などが挙げられる。
【0038】
電解液の溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、フルオロエチレンカーボネートなどの炭酸エステル、γ-ブチロラクトン、酢酸エチル、トリメチルオルトホルメートなどのカルボン酸エステル、1,1-ジメトキシエタン、1,2-ジメトキシエタン、1,2-ジエトキシエタン、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、1,3-ジオキソラン、4-メチル-1,3-ジオキソラン、アニソール、ジエチルエーテルなどのエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、テトラヒドロチオフェンなどのチオエーテル、ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド化合物、アセトニトリル、クロロニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル化合物、ニトロメタン、ニトロベンゼンなどのニトロ化合物、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドンなどのアミド化合物、塩化ベンゾイル、臭化ベンゾイルなどのハロゲン化物、3-メチル-2-オキサゾリン、ホウ酸トリメチル、ケイ酸テトラメチルなどが挙げられる。これら溶媒は1種を用いてもよく、2種以上を組み合わせてもよい。
【0039】
リチウムイオン二次電池のセパレータとしては、公知のセパレータが適宜使用でき、ポリエチレン、ポリプロピレンなどから製造されるポリオレフィン系多孔性シートが好ましい。
【実施例
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0041】
製造例1<シリコン粉末>
水で洗浄されたシリコン切粉を擂潰機(株式会社石川工場社製、型式20D型)で解砕し、次いで乳鉢でさらに解砕して、シリコン粉末を得た。得られたシリコン粉末の粒径を動的光散乱式粒子径測定装置(大塚電子株式会社製、ELSZ-1000S)を用いて測定した。粒径の測定結果を図1-1に示す。シリコン粉末のX線回折X線回折装置(株式会社リガク製、全自動多目的X線回折装置SmartLab)を用いて、X線回折パターンを測定し、得られたピーク形状をソフトウェア(株式会社リガク製、CSDA)を用いて解析し、シリコン粉末の粒径分布を評価した。これらの結果を図1-2に示す。またシリコン粉末を透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で撮影し、その透過型電子顕微鏡写真を図2に示す。
図1-1に示される様に、シリコン粉末の体積基準での累積50%を示すD50は、体積粒径分布で、72.9nmであった。X線回折パターン(図1-2(a))では、シリコン結晶に帰属されるピークが観測され、ピークの半値全幅よりシェラー式を用いて結晶子サイズを計算すると、Si(111)、Si(220)、及びSi(311)では、19.3nm、15.0nm、及び13.3nmであった。結晶方位により、結晶子サイズが異なることから、Si粉末の形状には異方性があることが分かる。また、Si(111)に帰属されるピーク形状から粒径分布(図1-2(b))では、最頻値であるモード径が15nmで、個数基準での累積50%を示すD50は、18.7nmであった。また図2に示される様に、シリコン粉末は、フレーク状であり、面方向の長径が約5~150nm程度のもの(図2の(a))と、面方向の長径が約0.6~1μm程度のもの(図2の(b))との2種類が存在し、面方向の長径が約5~150nm程度のシリコン粉末では、その厚さは3.5~10nm(図2の(c))であった。
【0042】
製造例2<極薄黒鉛シート分散液>
0.2gの膨張黒鉛(伊藤黒鉛工業株式会社製、EC-10)を300mlのN-メチル-2-ピロリドン溶媒中で超音波洗浄機(株式会社エスエヌディ製、US-2、120W)を用い20時間処理することで膨張黒鉛を層間剥離させ、極薄黒鉛シート分散液を得た。分散液中の極薄黒鉛シートを透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で撮影し、その透過型電子顕微鏡写真を図3図4に示す。図3に示される様に、極薄黒鉛シートの面方向の長径は0.4~13μmであり、図4に示される様に、厚みは1~14nmであった。
【0043】
比較製造例1<黒鉛シート分散液>
0.2gの膨張黒鉛(伊藤黒鉛工業株式会社製、EC-10)を300mlのエタノール溶媒中で超音波洗浄機(株式会社エスエヌディ製、US-2、120W)を用い20時間処理することで膨張黒鉛を層間剥離させ、黒鉛シート分散液を得た。分散した膨張黒鉛シートの走査型電子顕微鏡写真(日本電子株式会社製、JSM-6335Fによる)を図5に、原子間力顕微鏡像(株式会社キーエンス社製、VN-8010)を図6に、走査型電子顕微鏡写真(日本電子株式会社製、JSM-6335Fによる)を図7に示す。図5図6より、黒鉛シートの厚さは、16~28nmであった。図7より、黒鉛シートの長径は17μmであった。薄い黒鉛シートに見られるような黒鉛シート端の丸まりは見られず、薄板状であった。
【0044】
実施例1<負極活物質1:極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体>
製造例1で得られた0.2gのシリコン粉末をN-メチル-2-ピロリドン溶媒中で、超音波洗浄機(株式会社エスエヌディ製、US-2、120W)を用いて1時間以上分散させ、シリコン粉末分散液を得た。このシリコン粉末分散液に、製造例2と同様にして得られた極薄黒鉛シート分散液全量を加え、さらに1時間以上超音波を照射し、極薄黒鉛シート・シリコン粉末分散液を得た。この黒鉛シート・シリコン粉末分散液を、PTFEメンブランフィルター(フロン工業株式会社製、F-3030-013)を装着した吸引濾過器で濾過し、PTFEメンブランフィルター上に捕集された極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体を大気中80℃で6時間乾燥させ、円盤状の黒鉛シート・シリコン粉末複合体(負極活物質1)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:1(質量比))を得た。
【0045】
比較例1<比較負極活物質1:黒鉛シート・シリコン粉末複合体>
製造例1で得られた0.2gのシリコン粉末をエタノール中で、超音波洗浄機(株式会社エスエヌディ製、US-2、120W)を用いて1時間以上分散させ、シリコン粉末分散液を得た。このシリコン粉末分散液に、比較製造例1と同様にして得られた黒鉛シート分散液全量を加え、さらに1時間以上超音波を照射し、極薄黒鉛シート・シリコン粉末分散液を得た。この黒鉛シート・シリコン粉末分散液を、PTFEメンブランフィルター(フロン工業株式会社製、F-3030-013)を装着した吸引濾過器で濾過し、PTFEメンブランフィルター上に捕集された黒鉛シート・シリコン粉末複合体を大気中80℃で6時間乾燥させ、円盤状の黒鉛シート・シリコン粉末複合体(比較負極活物質1)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:1(質量比))を得た。
この黒鉛シート・シリコン粉末複合体(比較負極活物質1)の走査型電子顕微鏡写真(日本電子株式会社製、JSM-6335Fによる)を図8に示す。図8中、(V)の枠内の白色又は薄い灰色は、輪郭が明瞭に観察されており、黒鉛シート上に存在するシリコン粉末である。(W)の枠内の白色又は薄い灰色は、輪郭が不明瞭に観察されており、黒鉛シートの間に存在するシリコン粉末である。この走査型電子顕微鏡写真から分かるように、黒鉛シート間にシリコン粉末が分散された状態で挿入されていた。
【0046】
実施例2<負極活物質2:極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体>
製造例1で得られた1gのシリコン粉末を300mlのN-メチル-2-ピロリドン溶媒中で、超音波洗浄機(株式会社エスエヌディ製、US-2、120W)を用いて1時間以上分散させ、シリコン粉末分散液を得た。このシリコン粉末分散液に、製造例2と同様にして得られた極薄黒鉛シート分散液全量を加え、さらに1時間以上超音波を照射し、極薄黒鉛シート・シリコン粉末分散液を得た。この極薄黒鉛シート・シリコン粉末分散液を、PTFEメンブランフィルター(フロン工業株式会社製、F-3030-013)を装着した吸引濾過器で濾過し、PTFEメンブランフィルター上に捕集された極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体を大気中80℃で6時間乾燥させ、円盤状の極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体(負極活物質2)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:5(質量比))を得た。
この極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体(負極活物質2)を走査型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で撮影し、さらに、エネルギー分散型X線分析装置で元素マッピング像も得た。図9(a)は撮影された走査型透過電子顕微鏡写真であり、図9(b)はこの領域でのエネルギー分散型X線分析装置によるシリコンの元素マッピングであり、図9(c)は炭素の元素マッピングである。極薄の黒鉛シートの間に、フレーク状のシリコン粒子が分散された状態で挿入されていた。
【0047】
実施例3<負極活物質3:球形化黒鉛シリコン粉末複合体>
実施例2で得られた円盤状の極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体を高速気流中衝撃法粉体表面改質装置(株式会社奈良機械製作所製、ハイブリダイゼーションシステム(型番:NHS-0))に投入し、ローター回転数6800rpmで3分間処理し、極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体を球形化した。得られた球形化黒鉛シリコン粉末複合体(負極活物質2)を走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6335F)で撮影した(図10)。球形化黒鉛シリコン粉末複合体の粒径は、図10に示される様に、主に50~150nmであった。
【0048】
比較例2<比較負極活物質2:炭素被覆シリコン粉末>
製造例1で得られたシリコン粉末を、大気圧下、100%水素(純度99.95%)雰囲気中の回転する窯の中で1000℃まで昇温した後、大気圧下、100%エチレン(純度99.5%)雰囲気に変え、室温まで100%水素雰囲気中で冷却し、シリコン粉末と炭素被膜の重量比が10:1となるアモルファス炭素被覆したシリコン粉末を作製した。得られた炭素被覆シリコン粉末(比較負極活物質2)を透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で観察したところ、炭素被膜の厚みは、3~4nmで均一であった。
【0049】
<第1評価>
実施例1~3及び比較例1~2で得られた負極活物質の状態及び特性を以下の様にして評価した。また負極活物質として製造例1のシリコン粉末(比較負極活物質3)を用いて、同様に評価した。
【0050】
1.塗工用スラリー
負極活物質50mgに、導電助剤となるケッチェンブラック、結着材となるポリアクリル酸の2重量%水溶液、および結着材となるポリビニルアルコールの4重量%水溶液を加え、乳鉢で混合し、負極活物質、ケッチェンブラック、ポリアクリル酸およびポリビニルアルコールの重量比が、6:2:1:1となるように配合した塗工用スラリーを作製した。
【0051】
2.負極
塗工用スラリーをアプリケータで圧延銅箔上に塗工し、室温で仮乾燥し、電極打抜き器を用いて、直径11.3mmの円形に打ち抜いて負極とした。この負極を真空乾燥した後、電子天秤で重量測定し、銅箔重量を差し引いた電極重量が1.08mgであることを確認した。次に、負極を150℃、真空中で6時間加熱乾燥した。
【0052】
3.ハーフセル
アルゴン雰囲気のグローブボックス中で、前記真空加熱乾燥した負極と、対極としての直径13mmのリチウム箔と、真空加熱乾燥したポリエチレンセパレータおよび電解液とを用い、CR2032型コイン電池を組み立てた。電解液には、10質量%のフルオロエチレンカーボネートを添加した1Mのヘキサフルオロリン酸リチウムの炭酸エチレン:炭酸ジエチル=1:1電解液を用いた。
【0053】
4.セル特性
前記の様にして得られたハーフセルを12時間放置した後、充放電測定を行った。1~5サイクル目は、結晶シリコン粉末が十分にアモルファス化される0.05C(20時間でフル充電またはフル放電する充放電速度)、6サイクル目以降は、0.5C(2時間でフル充電またはフル放電する充放電速度)の充放電速度で充放電を行った。セル電圧範囲は、0.01~1.5Vとした。
実施例1及び比較例1の負極活物質を用いたハーフセルでのサイクル数と放電容量の関係を図11に示す。図中の(a)~(c)と負極活物質との関係は以下の通りである。
(a)比較負極活物質1(黒鉛シート・シリコン粉末複合体)(エタノール分散)(黒鉛シート:シリコン=1:1(質量比))
(b)負極活物質1(極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体)(N-メチル-2-ピロリドン溶媒分散)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:1(質量比))
(c)比較負極活物質3(シリコン粉末)
図11に示される様に、100サイクル目での放電容量は、(a)(比較負極活物質1)は594mAh/g、(b)(負極活物質1)は801mAh/g、(c)(比較負極活物質3)は53mAh/gとなった。(a)(比較負極活物質1)の放電容量は黒鉛電極の理論容量(372mAh/g)の1.6倍であり、(b)(負極活物質1)の放電容量は黒鉛電極の理論容量の2.15倍であった。より薄い黒鉛シートを用いた方が、単位重量当たりの黒鉛シートの枚数の増加により導電性が向上し、柔軟性が増すことにより黒鉛シートがシリコン粉末をより内包化すると考えられる。
【0054】
実施例2~3及び比較例2~3の負極活物質を用いたハーフセルでのサイクル数と充電容量の関係を図12に示し、サイクル数と放電容量の関係を図13に示す。図中の(a)、(b)、(c)、(d)と負極活物質との関係は以下の通りである。
(a)負極活物質2(実施例2。極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:5(質量比))
(b)負極活物質3(実施例3。球形化極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体)
(c)比較負極活物質2(比較例2。炭素被覆シリコン粉末)
(d)比較負極活物質3(シリコン粉末)
活物質単位重量あたりの理論容量は、負極活物質2及び負極活物質3では3040mAh/g、比較負極活物質2では3257mAh/g、比較負極活物質3では3578mAh/gである。
図12、13に示される様に、300サイクル目での充放電容量は、(a)(負極活物質2)は1273mAh/g、(b)(負極活物質3)は1141mAh/g、(c)(比較負極活物質2)は1114mAh/g、(d)(比較負極活物質3)は50mAh/gとなった。(a)(負極活物質2)の放電容量は黒鉛電極の理論容量(372mAh/g)の3.4倍であり、(c)(比較負極活物質2)の1.14倍であった。負極活物質1では、ほとんどのサイクルで一番容量が高く、比較負極活物質2では、負極活物質2及び負極活物質3よりも、230サイクル目から容量低下が大きくなった。
【0055】
5.電極中の電極活物質の状態
負極活物質として実施例2の負極活物質2を用いた場合の上記「2.負極」で得られた電極の表面と断面を走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6335F)で観察して得られた走査型電子顕微鏡写真を図14に示し(図14(a)、(b)は表面の写真であり、図14(c)は断面の写真である。図14(d)は、図14(a)、(b)、(c)の関係を示す概念図である)、エネルギー分散型X線分析装置(日本電子株式会社製、JSM-6335F)により測定した元素マッピング写真を図15に示し、透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で観察して得られた透過型電子顕微鏡写真を図16に示す。
図14の走査型電子顕微鏡写真における薄膜や暗い細線や平坦面(図中Xで示す)は黒鉛シートに、角張った明るい粒子(図中Yで示す)はシリコン粉末に、暗い凝集粒子(図中Zで示す)は導電助剤と結着材に該当する。図14(a)では、電極表面を黒鉛シート(X)が被覆し、黒鉛シート(X)の間にシリコン粉末(Y)が挟まれていた。図14(b)では、矢印で示すように、電極表面の亀裂の所を10nmより薄い黒鉛シート(X)が架橋していた。図14(c)では、電極の断面を観察することにより、8~80nmの厚さの黒鉛シート(X)が、1~2μmおきに挿入されていた。図14に示される様に、負極活物質2は、電極中、黒鉛シートに挟まれたり、黒鉛シートで架橋されたりしており、電極の導電性や機械的強度が向上するものと考えられる。
図16に示される様に、シリコン粉末(Y)が極薄黒鉛シート(X)で内包化され、隙間に導電助剤(Z)が入り込んでいた。
【0056】
<第2評価>
実施例2で得られた負極活物質2の特性を以下の様にして評価した。
1.充放電特性
負極活物質に実施例2の負極活物質2(極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体)を用い、以下の手順でフルセルを作製した。
まず第1評価と同様にして負極を作製した。
一方、正極活物質LiFePO42.5gに、導電助剤(アセチレンブラックとカーボンナノファイバー)および結着材(カルボキシメチルセルロースの2重量%水溶液とスチレン・ブタジエンゴムの40重量%水溶液)を加え、自転・公転ミキサー(株式会社シンキー製、AR-100)で混合し、正極活物質、導電助剤および結着剤の重量比が、85:10:5となるように配合した塗工用スラリーを作製した。塗工用スラリーをアプリケータで圧延アルミニウム箔上に塗工し、室温で仮乾燥し、電極打抜き器を用いて、直径11.3mmの円形に打ち抜いて正極とした。この正極を真空乾燥した後、電子天秤で重量測定し、アルミニウム箔重量を差し引いた電極重量が2mgであることを確認した。次に、正極を150℃、真空中で6時間加熱乾燥した。
アルゴン雰囲気のグローブボックス中で、前記真空加熱乾燥した負極と正極、真空加熱乾燥したポリエチレンセパレータおよび電解液を用い、CR2032型コイン電池を組み立てた。電解液には、10質量%のフルオロエチレンカーボネートを添加した1Mのヘキサフルオロリン酸リチウムの炭酸エチレン:炭酸ジエチル=1:1電解液を用いた。
セル電圧が3.46Vになるまで十分に充電し、放電容量を1300mAh/gで制限し、充放電を繰り返した。充放電では、シリコンの体積変化が十分に小さくなることを意図してセル電圧上限と放電容量を設定した。サイクル数と放電容量との関係を図17に示す。放電容量を制限することで、図17から明らかな様に、700サイクル以上1300mAh/gの放電容量を維持でき、セル寿命を著しく向上できた。
【0057】
<第3評価>
第1評価で300サイクルの充放電を行った後の実施例2の負極活物質2(極薄黒鉛シート・シリコン粉末複合体)(極薄黒鉛シート:シリコン=1:5(質量比))を用いた電極表面を走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6335F)で観察して得られた走査型電子顕微鏡写真を図18(a)に示す。図18(a)では、シリコンの体積変化による亀裂が見られるが、孤立した島は見られなかった。この亀裂領域を拡大した図18(b)では、300サイクル後でも電極表面を被覆する黒鉛シート(X)、及びシリコン粉末と導電助剤が混在する領域(Y+Z)が見られた。さらに、シリコンの体積変化により、電極に亀裂が入っているが、矢印で示した複数箇所で亀裂の間を架橋する構造が見られた。太い矢印で示した架橋部分をさらに拡大した図18(c)に示される様にシリコン粉末(Y)や導電助剤などが付着した極薄黒鉛シート(X)が観察された。この架橋構造により、電極の導電性及び機械的強度が向上すると考えられる。また、亀裂の表面では、シリコン粉末(Y)が極薄黒鉛シート(X)の間に挟まれた、又は内包化された構造が見られた。この構造により、電極の導電性が向上し、シリコンの剥離が抑制されると考えられる。また、電極をエタノール中で超音波分散し、走査型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-ARM200F)で観察して得られた走査型透過電子顕微鏡写真を図19(a)に、この領域でのエネルギー分散型X線分析装置によるシリコンの元素マッピング像を図19(b)に、炭素のマッピング像を図19(c)に示す。シリコン及び黒鉛シートの顕著な凝集は見られず、10nm~1μmの長径と、電子線が透過する30nm以下の厚さを保ったまま、シリコンが極薄黒鉛シートに挟まれた、又は内包化された構造(黒鉛シリコン粉末複合体の構造)が見られた。この極薄黒鉛シートに挟まれた又は内包化された黒鉛シリコン粉末複合体の構造によれば、シリコンの剥離が抑制されて、長期サイクル特性の向上に寄与すると考えられる。
第1評価で300サイクルの充放電を行った後の比較例2の比較負極活物質2(炭素被覆シリコン粉末)を用いた電極表面について、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-6335F)で観察して得られた走査型電子顕微鏡写真を図20に示す。図19(a)と同様に、図20(a)でも、シリコンの体積変化に伴う亀裂が見られた。さらに亀裂部分を拡大して観察すると、図20(b)に見られるように、負極活物質2の場合と異なり、亀裂の間に架橋構造は見られず、孤立した島状になっていた。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の黒鉛シリコン粉末複合体は、二次電池の負極活物質として利用できる。
図1-1】
図1-2】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18(a)】
図18(b)】
図18(c)】
図19
図20