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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】脳機能改善剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/10 20160101AFI20240520BHJP
   A61K 31/341 20060101ALI20240520BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240520BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240520BHJP
   C07D 307/33 20060101ALN20240520BHJP
【FI】
A23L33/10
A61K31/341
A61P25/00
A61P25/28
C07D307/33 100
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021207910
(22)【出願日】2021-12-22
(65)【公開番号】P2023092723
(43)【公開日】2023-07-04
【審査請求日】2022-09-29
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】303044712
【氏名又は名称】三井農林株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149799
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】吾郷由希夫
(72)【発明者】
【氏名】中川 晋作
(72)【発明者】
【氏名】石本 憲司
(72)【発明者】
【氏名】高垣 晶子
(72)【発明者】
【氏名】大木 渉吾
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-061438(JP,A)
【文献】特開2017-101010(JP,A)
【文献】海野 けい子,カテキン 緑茶カテキンが脳の老化を予防する,化学と生物,2020年,Vol.58, No.11,p.621-627
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A61K
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とする、中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善用脳機能改善剤であって、中枢神経系疾患が、精神疾患である脳機能改善剤。

(式中、波線は立体配置がR配置又はS配置を表す。)
【請求項2】
中枢神経系疾患が、記憶障害をもたらす疾患である請求項1に記載の脳機能改善剤。
【請求項3】
脳内の細胞外アセチルコリンの遊離を促進することによって、ムスカリン受容体を活性化させる、請求項1又は2に記載の脳機能改善剤。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の脳機能改善剤を含有する、中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善用の組成物。
【請求項5】
請求項4に記載の組成物を含有する脳機能改善用サプリメント。
【請求項6】
請求項4に記載の組成物を含有する脳機能改善用飲食品。
【請求項7】
請求項4に記載の組成物を含有する脳機能改善用医薬品又は医薬部外品。
【請求項8】
下記式(I)で表される、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とする、中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善用の脳機能改善剤(ただし、脳神経細胞増殖による脳機能改善剤を除く。)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患、精神疾患等の中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または改善のための脳機能改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
人口の高齢化が進むにつれて、加齢に伴う認知症・神経変性疾患・脳血管疾患などの中枢神経系疾患の有病率が急増している。認知症の患者数は世界で約4400万人と推定され、2050年にはその3倍になると推測されている。認知症は神経細胞やグリア細胞などの脳内環境の恒常性維持機構の変容によって、神経細胞の構造や機能が欠落する事で誘発される事が分かっている。中枢神経系疾患の中でも特に、進行的な神経細胞の傷害により誘発される疾患は神経変性疾患と呼ばれており、アルツハイマー病(AD)はその代表例である。中枢神経の変性疾患の例としては、その他にもパーキンソン病(PD)、ハンチントン病(HD)、および筋委縮性側索硬化症(ALS)などが挙げられる。
【0003】
日本人に発症する認知症の約60%はアルツハイマー型認知症と報告されている。アルツハイマー型認知症では、早い段階からもの忘れが見られるのが特徴で、新しいことを覚えられない、思い出すことができないといった記憶障害や、学習能力の低下、判断力の低下、見当識障害などの症状が現れる。このような認知症を含む、神経変性疾患の認知機能障害は、症状が進行すると人間らしい生活が脅かされるため、多くの人が予防や治療を望んでいる。
【0004】
近年では、うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者数も増加傾向にある。厚生労働省が2013-2015年度までに行なった調査では、生涯にうつ病を発症する人は5.7%と報告されている。また、厚労省の患者調査結果によると、精神疾患を有する総患者数は2017年には約420万人に上ると報告されており、中でもうつ病患者数は127万人と最も多いと報告されている。うつ病のような精神疾患を発症すると、一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいといった身体症状が現れ、日常生活に大きな支障が生じる。
さらに、うつ病と同様に精神疾患のひとつである統合失調症の患者数は、日本では約80万人いるといわれている。世界各国でも生涯のうちに統合失調症を発症する人は全体の人口の0.7%と推計されている。統合失調症の症状は主に幻覚と妄想が現れ、記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの認知機能に障害が見られ、生活や社会活動全般に支障をきたすことが知られている。このような精神疾患は、社会活動の生産性を上げるために、メンタルヘルスケアという観点で、多くの企業で発症予防に向けた取り組みがなされている。
【0005】
認知症を代表とする神経変性疾患や、うつ病、統合失調症などを含む精神疾患は、いずれも脳の機能に異常が生じることが原因で発症する中枢神経系疾患と考えられている。しかしながら脳機能疾患の根本的な原因については、はっきりと解明されていないことが多く、難治性のものが多い。
認知症の中でも最も患者数の多いアルツハイマー型認知症の発症原因は、加齢による脳細胞の減少から生じる脳の萎縮、脳内アセチルコリンなどの神経伝達物質の減少などが関与していると考えられている。また、認知症患者は顕著に脳内アセチルコリン量が低い事が知られ、アセチルコリンの増加を指標とした創薬の取り組みも多くなされている(非特許文献1)。
うつ病や統合失調症などの精神疾患は、遺伝素因とともに、環境要因、特に、社会的・心理的ストレスが発症の引き金になる。うつ病患者の血液中で炎症性サイトカインが上昇すること、うつ病の患者の脳内では炎症担当のミクログリアが活性化されていることなどから、うつ病と脳内炎症の関連性が示唆されている。近年、ストレス負荷によりグリア細胞が過剰に炎症応答することで、神経細胞の応答性減弱や萎縮が誘導されることが明らかになってきた(非特許文献2)。
【0006】
脳機能疾患の治療薬について、認知症の原因となる神経変性を根治する治療法は未だにないのが現状である。患者の多くは治療薬に対する満足度が低く、脳疾患のための薬には副作用の課題も多くある。アルツハイマー型認知症の進行を抑えるドネペジル、ガランタミン、リバスチグミは、強力なアセチルコリン分解酵素阻害薬であるが、悪心、嘔吐、下痢などの消化器系の副作用や、徐脈等の副作用もあり、課題と考えられている。また、NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンは、ふらつき、眠気、頭痛、血圧上昇などの副作用がある。
抗うつ薬に関しては、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬と呼ばれる薬が以前から用いられてきたが、最近は、代表的な抗うつ薬としてSSRI、SNRI、NaSSAの3種類が新規抗うつ薬と呼ばれ、使用されている。これらの薬剤は、脳内神経伝達物質の放出を促すことで脳内の情報伝達を促進する抗うつ効果を目的としているが、既存の抗うつ薬を使った治療では、症状が改善する人の割合は50%と低く、治療抵抗性患者が3割存在していると言われており、QOL(Quality of Life)の低下や社会復帰にも影響を与えていると考えられている。
【0007】
中枢神経系疾患の中でも、特に高齢者の認知機能障害は発症すると治療が難しく、一旦発症すると徐々に悪化する傾向が高い。また、高齢での認知症の発症は、介護が必要になる主要因と考えられており、日常生活に大きな支障が生じる可能性が高いため、大部分の健常者は認知症の発症予防を希望しているという広域アンケート結果もある。このような社会背景から、認知症の発症予防を目的とした生活習慣や、食生活の見直しは多くの人が重要であると認識している。
【0008】
日本人の食生活で、緑茶は老若男女問わず、あらゆる場面で好まれている飲み物である。緑茶の成分に関する健康機能は広く一般的に認知されており、特に緑茶カテキンに関して抗高血圧、抗高血糖作用などの疫学的な調査研究報告は数多く存在する。近年、緑茶の摂取量と認知症、アルツハイマー病、軽度認知障害、認知障害との関連を調査した観察研究のシステマティックレビューがなされ(非特許文献3)、緑茶の摂取は認知症、アルツハイマー病、軽度認知障害、または認知障害のリスクを軽減する可能性が示されている。
【0009】
緑茶の機能性成分として知られる緑茶カテキンの中でも、特に含有量の多いエピガロカテキンガレート(EGCg)は、高い抗酸化活性を有する化合物であり、様々な生理活性を有する事が知られている。EGCgと認知機能との関連性に関する研究報告もいくつかある。EGCgには、アルツハイマー病モデルマウスに対しアミロイドβの蓄積を減少させる作用があり、EGCgがαセクレターゼの経路を活性化して、アミロイドβの産生を抑制することが報告されている(非特許文献4)。また、EGCgの、脳神経保護作用(非特許文献5)、ミクログリアにおける炎症性サイトカイン減少作用(非特許文献6)なども報告されている。
【0010】
しかしながら、EGCgに関する認知機能改善の報告がある一方で、EGCg摂取後の生体内への吸収量(生体利用率)が非常に低値であることも報告されている(非特許文献7)。このため近年は、EGCg摂取後の体内に、EGCg本体よりもより高い吸収が見込まれる腸内細菌代謝物の機能性に着目した研究報告も出てきている(特許文献1-4)。
【0011】
EGCgの腸内細菌代謝物にはいくつかの種類の存在が報告されている。そのうちの主要な緑茶カテキン代謝物のひとつである、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンとその抱合体には、in vitroでの脳神経細胞SH-SY5Yへの作用が検討され、有意な神経細胞増殖作用がある事が開示されている(特許文献5)。
【0012】
フェニル-γ-バレロラクトンを基本骨格とする化合物は、カテキンや、プロシアニジン等のフラバン3-オール骨格の化合物の腸内細菌代謝物として報告されている(非特許文献8)。フェニル-γ-バレロラクトンの認知作用に関する研究報告例として、5-(4-モノヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンがβ-オリゴマー誘発性の細胞毒性を緩和する事も報告されている(非特許文献9)。しかしながら、当該報告中のマウスを用いた試験では、アミロイドβとプレインキュベーションした5-(4-モノヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンをマウスへ脳室内投与し、障害が見られなかったという報告にとどまっているため、直接的に5-(4-モノヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンを投与した際の生体への脳機能に対する効果は全く不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2012-144532
【文献】特開2015-030724
【文献】特開2016-003200
【文献】特開2016-160238
【文献】特開2017-061438
【0014】
【文献】Annual Review of Medicine,2006,Vol.57,p.513-533
【文献】Neuron. 2018 Aug 8;99(3):464-479
【文献】Nutrients,2019,Vol.11(5),1165.doi:10.3390/nu11051165
【文献】Neurosci. 2005, Vol.25, p.8807-8714.[16177050]
【文献】Neurosci Lett. 2000, Vol.287, p.191-194.[10863027]
【文献】The Journal of Nutritional Biochemistry,2014,Vol.25(7),p.716-725
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2001, Vol.49(8),p.4102-4112.
【文献】Natural Product Reports,2019,Vol.36,p.714-752
【文献】Molecular Nutrition & Food Research,2020,Vol.64(5),1900890,doi.org/10.1002/mnfr.201900890
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
認知症、うつ病、統合失調症などの中枢神経系疾患における認知機能障害やうつ症状は、その発症や病態メカニズムが未解明な点が多く、有効な治療法が十分に確立されていない。このため、認知機能障害の患者の多くは治療薬に対する満足度が低いと報告されている。抗うつ薬を使った治療では、投薬で症状が改善したと感じる患者は約50%程度という報告もあり、投薬治療には課題がある。また、認知症についても、既存の認知症薬として知られるアセチルコリン分解酵素阻害薬には、悪心、嘔吐、徐脈等の副作用もあり、投薬による根治も難しい現状である。一方で、認知症なとの認知機能障害、うつ病、統合失調症などの中枢神経系疾患は、一旦発症すると根治が難しく、社会生活に支障を生じ、QOLの低下にも繋がるため、セルフメディケーションによる予防・未病の重要性が認識されている。
【0016】
日常的な認知症やうつ病などの発症予防のための市販サプリメントもいくつかあり、代表的な素材としてオメガ3系脂肪酸が知られている。DHAやEPAを含むオメガ3系脂肪酸のサプリメント市場は大きく、一般的な認知度は高い。しかしながら、オメガ3系脂肪酸のサプリメントが抑うつに有用であるかを調べたヒト試験で不明であると結論付けられている。またアルツハイマー病や認知症とオメガ3系脂肪酸のサプリメントとの相関性に関するヒト臨床でも有効であるとの報告はされていない。
その他、イチョウ葉エキスを有効成分とするサプリメントも一般的に認知度は高いが、抗血液凝固剤禁忌のため中高齢者には不向きという課題がある。このように認知機能の維持改善のためのサプリメントは既にいくつかが市販されているが、使用に制限がある製品もあり、有効な効果が得られるものは殆どない。また、うつ症状については、セント・ジョンズ・ワート(ハーブ)のサプリメントが市販されているが、過剰摂取の危険性や、薬品との相互作用に関する危険情報も複数あるため、日常的な摂取には課題がある。このように認知機能やうつ症状のためのサプリメントにも素材によっては課題があり、ヒトでの有効性が報告されているものは殆どない。
【0017】
一方、緑茶カテキン代謝物のひとつである、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンとその抱合体について、脳神経細胞SH-SY5Yの有意な増殖作用がある事が知られている(特許文献5)。しかしながら、細胞増殖作用促進の効果が確認されたに過ぎず、実際の生体での脳機能に対してはどのような症状に効果があるかは未確認であった。また脳神経細胞SH-SY5Yの増殖効果だけでは、経口投与した際に、体内での効果確認や即効性には課題があった。
【0018】
すなわち本発明は、食品由来の成分を有効成分として含有する認知症、うつ病、統合失調症などの中枢神経系疾患における認知機能障害ならびにうつ症状の改善、発症予防、または治療のための脳機能改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、食品由来の成分について、体内での認知機能ならびにうつ症状改善作用について鋭意検討を重ねた。その結果、マウスに経口でカテキン代謝物のひとつである5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンが脳内神経伝達物質であるアセチルコリン遊離量を大脳皮質において有意に増加する事を見出した。また、生体での効果を確認する目的で複数の行動試験をマウスで実施したところ、スコポラミン投与での健忘マウスでは、有意に短期作業記憶改善がみられた。またLPS(Lipopolysaccharide)投与による神経炎症誘発マウス、ならびに長期社会的隔離飼育マウスでうつ症状の改善が確認された。さらに、長期隔離飼育に伴う認知機能障害を発症したマウスでの認知機能障害の改善作用や、認知機能障害の発症抑制作用も確認された。また当該化合物を長期投与する事で認知機能障害の発症を抑制できることも確認された。これらの結果より、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンは、生体での有効な認知機能障害ならびにうつ症状の改善作用、認知機能低下ならびにうつ症状発症の抑制作用を有する優れた脳機能改善剤となることを発見し、本発明の完成に至った。
本発明は、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体を有効成分とする、新しい認知症、うつ病、統合失調症などの中枢神経疾患における認知機能障害ならびにうつ症状の発症予防、症状改善、または治療のための剤を提供するものである。また、本発明は食品由来成分を有効成分とするため、サプリメント、飲食品、医薬品などに幅広く応用できる、安全で汎用性の高いものであり、認知機能障害やうつ症状の予防および/または改善につなげることができる。
【0020】
5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンは緑茶カテキンに代表されるフラバン-3-オールの腸内細菌代謝物として報告されている。緑茶は長年に渡り日常的に飲用されている食経験が既にあり、腸管内で生じる緑茶カテキン代謝物の安全性も経験的に確認されているといえる。
【0021】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]下記式(I)で表される、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とする、中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善用の脳機能改善剤。
【化1】

(式中、波線は立体配置がR配置又はS配置を表す。)
[2] 中枢神経系疾患が、神経変性疾患または精神疾患である[1]に記載の脳機能改善剤。
[3] 中枢神経系疾患が、記憶障害をもたらす疾患である[1]または[2]に記載の脳機能改善剤。
[4] 脳内の細胞外アセチルコリンの遊離を促進することによって、ムスカリン受容体を活性化させる、[1]乃至[3]のいずれか一項に記載の脳機能改善剤。
[5] [1]乃至[4]のいずれか一項に記載の脳機能改善剤を含有する、中枢神経系疾患における認知機能障害およびうつ症状の発症予防、治療および/または症状改善のための脳機能改善用組成物。
[6] [5]に記載の組成物を含有する脳機能改善用サプリメント。
[7] [5]に記載の組成物を含有する脳機能改善用飲食品。
[8] [5]に記載の組成物を含有する脳機能改善用医薬品又は医薬部外品。
[9] 下記式(I)で表される、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とするアセチルコリン遊離促進剤。
【化2】

(式中、波線は立体配置がR配置又はS配置を表す。)
【発明の効果】
【0022】
本発明は、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とする中枢神経系疾患における認知機能障害ならびにうつ症状の発症予防、治療および/または症状改善のための脳機能改善剤である。本発明は、食品成分由来成分を有効成分とするため、安全性が高く、その効果は即効性を有する。また、本発明はサプリメント、飲食品、医薬品などに幅広く応用できる安全で汎用性の高いものである。本発明によれば、安全で優れた認知機能障害及びうつ症状の改善や発症予防作用を有する、安全性の高い機能性食品やサプリメント、または医薬品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、試験例1において、ddYマウスの大脳皮質での細胞外アセチルコリン量の変化を示す。
図2図2は、試験例2において、スコポラミン投与による健忘マウスに、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)経口投与した場合の自発的交替率を示す。
図3図3は、試験例3において長期隔離飼育で認知機能障害を発症したモデルマウスに5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)の量を変化させて経口投与した場合の探索時間(Exploratry time)とDiscrimination indexを示す。
図4図4は試験例4において、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)を7mg/100g含む MF粉末飼料を5週間継続給餌し、マウスを長期隔離飼育した場合の探索時間(Exploratry time)とDiscrimination indexを示す。
図5図5は試験例5において、マウスに5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)を経口投与し、LPS投与により脳内炎症が惹起されるマウスの試験中の無動時間を示す。
図6図6は試験例6において、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)を、長期隔離飼育マウスに経口投与した場合の試験中の無動時間を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明は、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の少なくとも一種を有効成分として含有することを特徴とした、中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善のための脳機能改善剤である。
【0025】
本発明における中枢神経系疾患には、神経変性疾患に起因するアルツハイマー型認知症、パーキンソン病、ハンチントン病、老人性痴呆およびレビー小体型認知症などの症状、および、精神疾患に起因するうつ病、躁うつ病、統合失調症、自閉スペクトラム症および不安障害などの症状が含まれている。
本発明における神経変性疾患における発病予防、治療および/または症状改善の効果は、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン、その化合物の塩及びその化合物の抱合体の作用により大脳皮質における細胞外アセチルコリンの遊離を促進することによって、ムスカリン受容体を活性化させることを作用機序とする。アルツハイマー型認知症では脳内コリン作動性神経の機能低下が認知症発症の主因であるとする、コリン仮説が1982年にWhitehouseらにより提唱された。アセチルコリンと結合するアセチルコリン受容体のひとつであるムスカリン受容体は、5種類のサブタイプに分類され、いずれもGタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼ばれる膜タンパク質であり、創薬のターゲットとして知られている。アセチルコリンのムスカリン性受容体拮抗薬であるスコポラミンを投与した健忘モデルラットでは、記憶の想起が障害されることが報告されており(Front. Aging Neurosci., 08 April 2014 、doi.org/10.3389/fnagi.2014.00063)、代表的な認知機能の評価系として使用されている。
また、中枢神経系疾患における神経変性疾患または精神疾患は、長期的なストレスまたは脳内炎症によって生じたものであり、本発明の式(I)の化合物を摂取することにより、長期的なストレスによる精神疾患が改善される。
【0026】
本発明の脳機能改善剤は記憶障害をもたらす中枢神経系疾患の症状を改善する。記憶には、主に記銘(覚える)、保持(覚えた事を保持する)、想起(覚えた情報を思い出す)の3つの機能があるとされている。また記憶の種類には、感覚記憶(瞬間的な記憶)、短期記憶(比較的短い期間、頭の中に保持される記憶)、長期記憶(比較的長い期間保持される記憶)の3つが定義されている。本発明の脳機能改善剤はこれら記憶の障害を改善することができる。このような記憶力を評価するための動物の行動試験系は複数存在し、代表的なマウスでの記憶力・学習能力の評価系として、Y字型迷路、水探索試験、新奇物体認識テスト、受動回避試験などが知られている。Y字型迷路試験は前頭前野諸領域と海馬との間の活動協調を通じて維持されている空間作業記憶力、短期作業記憶力(ワーキングメモリー)を評価するための試験系として知られている。また、新奇物体認識テストは新奇性を好むというげっ歯類の特性を利用した試験であり、「物体の形状または位置」を標的にした記憶学習試験、視覚的認知記憶を評価するための試験系として知られている。また、これらはアセチルコリンのムスカリン性受容体拮抗薬であるスコポラミンを投与した健忘モデル動物を使用することによって効果的に評価することができる。例えば、スコポラミン塩酸塩投与による健忘モデルマウスを用いたY字型迷路試験により、空間作業記、短期作業記憶の改善作用を確認できる。
【0027】
本発明の脳機能改善剤は中枢神経系疾患における精神疾患の症状を改善する。精神疾患とは、脳の障害や損傷、その他原因によって、うつ病、躁うつ病、統合失調症、自閉スペクトラム症、不安障害など、感情や行動に著しい偏りが見られる状態を意味する。このような精神疾患は実験動物を長期間の隔離飼育をすることによって誘発することができ、このような精神疾患モデルマウスを用いた新奇物体認識テストを行うことによって、精神疾患の症状である認知機能障害(具体的には物体の形状や位置を記憶する記憶学習能力や視覚的認知記憶)の症状緩和や治療効果、および認知機能障害の発症抑制効果の改善作用を評価することができる。
【0028】
うつ病などの精神疾患の発症メカニズムについては、脳内モノアミンの欠乏や脳由来神経栄養因子の減少など、いくつかの体内物質との関与が報告されている。近年、うつ病や統合失調症を含めた精神疾患の発症メカニズムの一つとして、ストレスにより分泌される脳内ミクログリア細胞からの炎症性サイトカインが、脳内炎症を惹起し、うつ病を発症するという報告がなされている。LPS(Lipopolysaccharide)はグラム陰性菌細胞壁外膜を構成している糖脂質であり、シグナル伝達経路を介して種々の炎症性サイトカインの分泌を促進することが知られている。またLPSは脳由来神経栄養因子の減少、ニューロンにおける樹状突起の密度の変異を起こし、それに伴いうつ様行動が惹起されることも報告されている。本発明の脳機能改善剤は、特に、LPSでうつ症状を誘発したモデルマウスにおいてうつ症状の改善作用が認められることから、脳内炎症のによるうつ症状の発症を抑制することができる。
【0029】
本発明の脳機能改善剤は、体内への投与によって、脳内(大脳皮質)の遊離アセチルコリン量を増加させる。そのため、有効成分である式(I)で示される5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンはアセチルコリン遊離促進剤とすることができる。遊離アセチルコリン量を増加させる作用は即時的であり、投与後から速やかに脳内の遊離アセチルコリン量が増加する。脳内の遊離アセチルコリン量は投与から20~60分後の間で最大値となり、投与100分後まで増加状態が維持される。本発明における神経変性疾患における発病予防、治療および/または症状改善の効果は、大脳皮質における細胞外アセチルコリンの遊離を促進することによって、ムスカリン受容体を活性化させることを作用機序とするものである。このことは脳内の遊離アセチルコリン量の測定に加えて、Y字型迷路試験による短期作業記憶などの行動試験を組み合わせて評価することで確認することができる。一般的に処方されるアルツハイマー型認知症の治療薬である、ドネペジル塩酸塩(商品名アリセプト)、ガランタミン(商品名レミニール)やリバスチグミン(商品名イクセロンやリバスタッチ、貼り薬)などは、アセチルコリンの加水分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼを可逆的に阻害することにより、アセチルコリンの分解を抑制し、作用部位(脳内)でのアセチルコリン濃度を高め、コリン作動性神経の神経伝達を促進する事が知られている。本発明の式(I)の化合物は、アセチルコリンエステラーゼの阻害作用を有していない事を確認しているため(データ未記載)、上述したアセチルコリン増強薬剤とは作用機序が異なるものである。
【0030】
本発明の脳機能改善剤の有効成分である化合物は、式(I)で示される5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンである。
【0031】
式(I)の化合物について説明する。式(I)に示す5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンは、以下のとおりである。
【化3】
【0032】
式(I)中、波線は立体配置がR配置またはS配置であることを表す。したがって、式(I)の化合物は、R体、S体いずれも包含する。なお、R体であることが好ましい。式(I)の化合物は、エピガロカテキンまたはエピガロカテキンガレートを経口摂取したときに腸内で生成される茶カテキン類の代謝産物として知られている。製造方法についても、すでに公知であり、例えば、特開2011-87486号公報には、エピガロカテキンからの微生物による化合物の製造方法、またはその培養菌体の調製物の存在下で行う化合物の製造方法が開示されている。その他、公知の有機化学合成法(synthesis,9,1512-1520,2010)などにより得ることもできる。
【0033】
5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンは、エピガロカテキン、エピガロカテキンガレート、ガロカテキン、ガロカテキンガレートの腸内細菌代謝物である。実際にマウスに5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンを経口投与した際の血清中には、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの化合物の硫酸抱合体とグルクロン酸抱合体の検出が報告されている(Biol.Pharm.Bull,42,212-221,2019)。このことから、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの経口投与後のマウス体内には、抱合体が吸収されていることが既知であり、経口投与後の生体機能性に抱合体が寄与している可能性が示唆されている。このため、本明細書中で示す生体での認知機能の改善作用についても、硫酸抱合体および/またはグルクロン酸抱合体等の抱合体も含めた5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの効果も含まれるとみなす事ができる。
即ち、本発明の脳機能改善作用の有効成分である式(I)の化合物と同様に、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの抱合体も脳機能改善効果があると考えられる。
【0034】
式(I)の抱合体についてさらに詳細に説明する。抱合体には、硫酸抱合体および/またはグルクロン酸抱合体などが挙げられるが、5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの硫酸抱合体とは、式(I)中の少なくとも1つのヒドロキシ基が硫酸基またはその塩に置換されたものをいう。硫酸又はその塩は下記のいずれかの置換基である。
【化4】

【化5】
【0035】
置換基として、硫酸基またはその塩を少なくとも1つを含む化合物の例はRの水酸基をスルホン化することにより得ることができる。スルホン化は、三酸化硫黄ピリジンなどを使用することにより、調製することができる。
【0036】
5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンのグルクロン酸抱合体とは、式(I)中の少なくとも1つのヒドロキシ基が、グルクロン酸またはグルクロン酸塩を含む置換基に置換されたものをいう。グルクロン酸またはグルクロン酸塩を含む化合物は、下記のいずれかの置換基である。
【化6】

【化7】
【0037】
式(I)中の水酸基がグルクロン酸またはグルクロン酸塩に置換した化合物の例は、エピガロカテキン等を経口摂取した時に尿から検出される茶カテキン類の代謝産物である。したがって、製造方法としては、例えば、ラットに、エピガロカテキンを投与して、尿を回収し、それをHPLCなどにより、分取する方法が挙げられる。
【0038】
このように、本発明に包含される化合物は、エピガロカテキンから得ることができるか、またはエピガロカテキン、エピガロカテキンガレートもしくはガロカテキン、ガロカテキンガレートの代謝物または代謝物の誘導体である。カテキン類[エピガロカテキン((-)-エピガロカテキン)、エピガロカテキンガレート((-)-エピガロカテキンガレート、ガロカテキン((-)-ガロカテキン、ガロカテキンガレート((-)-ガロカテキンがレート))は、主に緑茶に含まれており、茶の葉、茎、木部、樹皮、根、実、種子やこれらの混合物もしくはそれらの粉砕物から水、熱水、有機溶媒、含水有機溶媒あるいはこれらの混合物等により抽出することにより得られる。茶生葉あるいはその乾燥物から水、熱水、有機溶媒、含水有機溶媒、これらの混合物等を用いて抽出することにより得られ、抽出物自体の他に、その精製物等があり、形態的には液体、固体(粉末を含む)の別を問わない。
【0039】
本発明の脳機能改善剤においては、式(I)の化合物の塩も同様の脳機能改善効果を有し、式(I)の化合物の塩も有効成分として含有することができる。式(I)の化合物の塩としては、薬理学的に許容される塩が好ましく、このような塩としては、例えば、ナトリウム、カリウムなどとのアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウムなどとのアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩及びメチルアミン、エチルアミン、ブチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、エタノールアミン、ピリジン、リジン、アルギニンなどの有機塩基が挙げられる。
これらの塩は、従来の方法により得ることができ、例えば、ナトリウム塩であれば、式(I)の化合物を水酸化ナトリウムと接触させることにより得ることができる。
【0040】
本発明の中枢神経系疾患の発症予防、治療および/または症状改善用の組成物(以下、脳機能改善用組成物ともいう)は、上記式(I)の化合物を含有する。当該化合物の人体に投与する場合は、人体に悪影響がないように投与する。本発明において、式(I)の化合物のヒトへの投与量は、体重、性別、年齢またはその他の要因に従って適宜決定すればよい。例えば、経口投与の場合、成人一日当たり、好ましくは10~500mg/60kg体重、より好ましくは30~300mg/60kg体重、さらに好ましくは50~150mg/60kg体重である。これら用量を、例えば、1日1回~3回に分けて投与することが好ましい。
【0041】
本発明の態様例としては、式(I)の化合物を含有する組成物、医薬品・医薬部外品、飲食品、サプリメントが挙げられる。医薬品にする場合の剤形は、投与目的や投与経路等に応じて、錠剤、カプセル剤、注射剤、点滴剤、散剤、座剤、顆粒剤、軟膏剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、クリーム剤等にすることができる。
【0042】
また、当該医薬品に、一般に製剤に使用される結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、安定剤、乳化剤、緩衝剤等の添加物を含有させることができる。結合剤の好適な例としてはグアガム、アラビアゴム末などが挙げられる。賦形剤の好適な例としては、デンプン、トレハロース、デキストリンなどが挙げられる。滑沢剤の好適な例としては、ステアリン酸、タルク、ショ糖脂肪酸エステル、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。崩壊剤の好適な例としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチなどが挙げられる。安定剤の好適な例としては、油脂、プロピレングリコール、シクロデキストリンなどが挙げられる。乳化剤の好適な例としては、アニオン界面活性剤、非イオン性界面活性剤、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。緩衝剤の好適な例としては、リン酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液が挙げられる。
【0043】
式(I)の化合物は、飲食品に含有させることもでき、それを飲食した場合に、人体に悪影響がないように含有する。さらに、式(I)の化合物を飲食品に含ませることによってその食品を、認知機能の維持、向上および改善の効果を目的とした機能性食品にすることができる。本発明の改善剤が飲食品または機能性食品として使用される場合の、式(I)の化合物を0.01~10質量%含有する組成物が挙げられる。
【0044】
対象となる飲食品の種類は、ジュース、清涼飲料水、茶などの飲料、パンやもちなどの加工食品、あめなどの菓子類、カップラーメンなどのインスタント食品、バター、サラダ油などの油脂類、ドレッシング、マヨネーズ、ソース、醤油やみりんなどの調味料、ふりかけ、みそなどの広範な飲食品に含ませることができる。また、適宜賦形剤を使用して調製されるサプリメントとしても提供することができる。
【実施例
【0045】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、これらの実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0046】
<製造例1:(R)-5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの製造>
エガーテラ・レンタJCM9979株を30mlのGAMブイヨンに植菌し、37℃で48時間嫌気培養し、前培養液とした。大腸菌K12株及びユウバクテリウム・プラウティ(フラボニフラクター・プラウティ)ATCC29863株は10mlのGAMブイヨンで24時間嫌気培養し、前培養液とした。(-)-エピガロカテキン290mgを含む100mlのGAMブイヨンにJCM9979株、大腸菌K12株の前培養液を加え、37℃で48時間嫌気培養した。培養液1mlをサンプリングして高速遠心分離(15000×g、10分)により菌体を除去し、上清をLC/MS分析することで(S)-1-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-3-(2,4,6-トリヒドロキシフェニル)-プロパン-2-オールの生成を確認した。この時のLC/MS条件を以下に記載する。
【0047】
<LC/MS条件>
・カラム:CAPCELLPAK C18 MG(2.0i.d.×100.0mm、5μm、((株)資生堂製)、
・流速:0.2ml/分
・カラム温度:40℃
・移動相:
溶媒A:(水/アセトニトリル/酢酸=100:2.5:0.1、容量比(v/v/v))
溶媒B:(水/アセトニトリル/メタノール/酢酸=35:2.5:65:0.1、容量比(v/v/v/v))
グラジエント;0分:A100% B0%、3分:A100% B0%、25分:A0% B100%、25.1分:A100% B0%、33分:A100% B0%
・検出:UV270nm
・インターフェース:ESI
・ポラリティ:ネガティブ
【0048】
次に、上記ATCC29863株の前培養液を、(S)-1-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-3-(2,4,6-トリヒドロキシフェニル)-プロパン-2-オールの生成を確認した前述の培養液に加えて37℃で48時間嫌気培養を行った。その後、培養液1mlをサンプリングして高速遠心分離(15000×g、10分)に供し、得られた上清を上記のLC/MS分析に供して(R)-5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)の生成を確認した。
【0049】
(R)-5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの生成を確認した培養液を高速遠心分離(10000×g、20分間、10℃)し、菌体を除去した。上清に塩酸を加えpH3.5に調整した後、200mlの酢酸エチルで3回抽出した。この酢酸エチル層はエバポレーターにより濃縮乾固し、分取HPLCに供した。分取HPLC条件は以下に記載する。
【0050】
<分取HPLC条件>
・カラム:CAPCELL PAK MG(20i.d.×150mm、5μm、((株)資生堂製)
・流速:15ml/分
・カラム温度:40℃
・移動相:
溶媒A:アセトニトリル:メタノール:水:酢酸(5:5:90:0.3、容量比(v/v/v))
溶媒B:アセトニトリル:メタノール:水:酢酸(5:65:30:0.5、容量比(v/v/v))
グラジエント;0分:A80% B20%、5分:A80% B20%、20分:A10% B90%、25分:A1% B90%、26分:A80% B20%、35分:A80% B20%
・検出:UV270nm
【0051】
分取後、上記LC/MS分析と同条件で分析し、目的とする代謝物の含まれる画分を確認後エバポレーターで濃縮乾固した。乾固物に5mlの純水を加えて溶解し、再度減圧下で濃縮乾固した。この操作を3回繰り返すことで有機溶媒に含まれていた酸を完全に除去した。乾固物に少量の純水を加えて溶解して、凍結乾燥に供した。(R)-5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(化合物A)を45.0mg得た。
【0052】
<製造例2:(R)-5-(3-スルフォオキシ-5-ヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン(式(I)の化合物の抱合体(硫酸基を含む)である本発明の化合物)の製造>
製造例1で得られた(R)-5-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン163.1mg(0.78mmol)に、ピリジン10mlと硫酸ナトリウム5mgを加え、室温で10分間攪拌した。次に、三酸化硫黄ピリジンを790.4mg(4.68mmol)加え、室温で1時間攪拌させた。攪拌後、0.2Mリン酸二水素ナトリウムバッファー(pH7.2)を加えて反応停止させ、エバポレーターで減圧濃縮して得られた濃縮残渣を3mlの水で溶解し分取HPLCに供した。分取HPLC条件を以下に記載する。
【0053】
<分取HPLC条件>
・カラム:CAPCELLPAK MG(20i.d.×150mm、5μm、(株)資生堂製)
・流速:19.0ml/分
・カラム温度:40℃
・移動相:
溶媒A:過塩素酸ナトリウム/水(122.4:500、重量/容量比(w/v))
溶媒B:過塩素酸ナトリウム/アセトニトリル(122.4:500、重量/容量比(w/v))
グラジエント;0分:A100% B0%、3分:A100% B0%、15分:A0% B100%、16分:A100% B0%、20分:A100% B0%
・検出:UV280nm
【0054】
分画したフラクションをエバポレーターで減圧濃縮することによりアセトニトリルを除去し、(R)-5-(3-スルフォオキシ-5-ヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトンの粗精製物を得た。得られた各粗精製物をSUPELCO DISCOVERY DSC-18カラムにODS(Chromatorex 15-30μm、10cm)を追加充填したカラムにのせ、水160mlで洗浄した後、アセトニトリル175mlにて溶出した。得られたアセトニトリル溶出画分をそれぞれエバポレーターで減圧濃縮して凍結乾燥に供することにより、白色粉末状の(R)-5-(3-スルフォオキシ-5-ヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン精製物を12.5mg(0.04mmol、収率5.2%)得た。
【0055】
得られた精製物を1H-NMRで分析したところ以下のケミカルシフト値が得られ、目的の化合物であることを確認した。
(R)-5-(3-スルフォオキシ-5-ヒドロキシフェニル)-γ-バレロラクトン:1H-NMR(400MHz,重水素化メタノール):δ6.24(2H,s),6.19(1H,s),4.79(1H,m),2.91(2H,d,J=6.8Hz),2.55(1H,m),2.46(1H,m),2.33(1H,m),2.00(1H,m)
【0056】
<製造例3:(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトン(式(I)の化合物の抱合体(グルクロン酸基を含む)である本発明の化合物)の製造>
8週齢のWistar系ラット(雄性、日本チャールスリバー株式会社から購入)6匹を精製飼料で1週間予備飼育し、試験前日より絶食させて試験に用いた。投与サンプルは(-)-エピガロカテキンを生理食塩水に溶解させた溶液とし、各ラットに20mg/1.7mLずつ胃内強制投与した。投与は4日間反復して行い、それぞれ投与後6時間~24時間の尿を回収した。
【0057】
回収した尿250mLを合一し、エバポレーターで約45mLになるまで減圧濃縮した。次に、得られた濃縮液にメタノール225mLを加えてよく混合した後、高速遠心分離(10000×g、10分間、4℃)によりタンパク質沈殿物を除去した。得られた上清をエバポレーターで約45mLになるまで減圧濃縮し、水を加えて450mLとした後、酢酸を加えてpH3.0に調整した。0.1Mリン酸-クエン酸バッファーでpH3.0に調整したOasisHLBカートリッジ(Waters社製、35cc)に、上記調整した尿溶液を通液した後、水175mL、20%メタノール水溶液175mLの順で洗浄した後、40%メタノール水溶液175mLにて(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンを含む画分を溶出した。得られた40%メタノール溶出画分をエバポレーターで減圧濃縮し、濃縮残渣に水5mLを加えて分取HPLCに供した。分取HPLC条件は以下に記載する。
【0058】
<分取HPLC条件>
・カラム:Mightysil RP18 GP(20i.d.×250mm、5μm、(関東化学(株)製)
・流速:15ml/分
・移動相:
溶媒A:メタノール/水/酢酸(5/95/0.2、容量比(v/v/v))
溶媒B:メタノール/水/酢酸(60/40/0.2、容量比(v/v/v))
グラジエント;0分:A80% B20%、5分:A80% B20%、15分:A0% B100%、18分:A0% B100%、18.1分:A80% B20%、25分:A80% B20%
・検出:UV270nm
【0059】
分取後、得られた分取液をLC/MS分析(製造例1と同条件)に供して(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンが含まれることを確認した。
【0060】
さらに、(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンが含まれる画分をリサイクルHPLCに供し、精製を行った。リサイクルHPLC条件は以下に記載する。
【0061】
<リサイクルHPLC条件>
・カラム:Mightysil RP18 GP(20i.d.×250mm、5μm、(関東化学(株)製)
・流速:15ml/分
・移動相:アセトニトリル/水/酢酸(15/85/0.2、容量比(v/v/v))
・検出:UV270nm
【0062】
分取後、上記のLC/MS分析により、分画した画分に(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンが含まれていることを確認した。この(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンが含まれる画分をエバポレーターで濃縮乾固し、乾固物に5mlの水を加えて溶解した後、再度減圧下で濃縮乾固した。この操作を3回繰り返すことで、有機溶媒に含まれていた酸を完全に除去した。最後に、乾固物に水2mLを加えて溶解し、凍結乾燥に供することで(R)-5-[3-(β―D-グルコピラヌロノシルオキシ-5-ヒドロキシ)フェニル]-γ-バレロラクトンを28.0mg得た。
【0063】
試験用化合物:本試験では化合物の効果確認のため、複数の化合物で試験を行った。供試した化合物を以下の表1に記す。
【0064】
【表1】
【0065】
<試験例1:in vivoマイクロダイアリシス法によるマウス脳内アセチルコリン神経伝達の解析>
化合物A、B、Cをマウスに経口投与し、脳内の細胞外アセチルコリン(Acetylcholine)量への影響を検証した。アルツハイマー型認知症を含む、認知機能を評価するための試験として、マウスでの脳マイクロダイアリシス法が提唱されている。脳マイクロダイアリシス法は、被験動物を無麻酔、自由行動下の状態で、脳内局所での細胞外の神経伝達物質遊離の変動をリアルタイムでモニタリングすることが可能なシステムである。
【0066】
(a)使用動物および飼育方法
7週齢の雄性ddYマウスを日本SLC株式会社より購入し、1週間の馴化期間の後、実験に供した。動物は、空調設備のある飼育室(温度22℃±1℃、相対湿度50±10%、照射時間12時間(8:00-20:00)の条件下)で飼育した。給餌は、市販MF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社製)及び、水道水を自由摂取とした。
【0067】
実験開始2日前に、マウスに透析プローブを挿入するためのガイドカニューレの固定手術をあらかじめ行った。深麻酔下で、大脳皮質前頭前野(ブレグマより1.9mm前方,0.5mm右側方,頭蓋表面より深さ0.8mm)にガイドカニューレ(深さ4mm)(株式会社エイコム製)を挿入固定した。術後マウスには鎮痛剤としてブプレノルフィン(0.01mg/kg、Sigma-Aldrich社製)を処置し、術後のマウスはそれぞれ個別のケージで飼育した。
脳内アセチルコリンの測定段階では、透析プローブ(膜長3mm)(株式会社エイコム製)をガイドカニューレに挿入し、日本薬局方リンゲル液(NaCl(147.2mM),KCl(4.0mM),CaCl(2.2mM)を含有;扶桑薬品工業株式会社製)を流速1μL/分で灌流した。灌流により得られたサンプルを20分単位で回収し、内部標準物質(イソプロピルホモコリン,250fmol)とともに直ちに高速液体クロマトグラフィー/電気化学検出器(HPLC/ECD)システム(株式会社エイコム製HTEC-500)に連続自動インジェクションし、以下に示す条件でアセチルコリンの測定を行った。
【0068】
<アセチルコリンの分析条件>
・カラム:Eicompak AC-GEL(2.0mm;i.d.×150mm)(株式会社エイコム製)
・プレカラム:PC-05-03(3.0mm;i.d.×40mm)(株式会社エイコム製)
・酵素カラム:AC-Enzympak(3.0mm;i.d.)(株式会社エイコム製)
・移動相:400mg/Lのデカンスルホン酸ソーダ、134μMのEDTAを含む50mM炭酸水素カリウム緩衝液(pH8.3)
・流速:150μL/分
・カラム温度:33℃
・ECDの加圧電圧:+450mV
・参照電極:Ag/AgCl電極
・作用電極:白金電極
【0069】
(b)投与方法および測定方法
製造例1記載の方法に従って調製した化合物Aを、予め2.5% DMSO水溶液に溶解し、試験用として調製した。試験区は化合物Aを30mg/kg投与群、コントロール群の2群を設定し、各群n=5ずつの設定で試験を実施した。透析プローブをマウスの大脳皮質に挿入し、3時間以上経過後、細胞外アセチルコリンの遊離量が安定したことを確認し、これを基礎遊離量(ベースライン)とした。この後に化合物Aを30mg/kgの投与量で経口投与した。投与後120分間の、前述の(a)使用動物および方法に記載の方法で、細胞外アセチルコリン遊離量をリアルタイムで測定した。Vehicle群では同様に2.5%DMSO水溶液のみを経口摂取し、脳内アセチルコリン量を測定した。化合物の比較群として、化合物B、化合物Cも同様に試験を行った。
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示し、Turkey-Kramer’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準は*p<0.05、**p<0.01とした。その結果を図1に示す。図1の縦軸は、脳内アセチルコリン遊離量の基礎遊離量に対する比率を示す。
【0070】
図1に示したように、化合物Aの経口投与後から速やかにマウスの脳内のアセチルコリン濃度が増大し、投与後2時間にわたり、投与前と比較して、大脳皮質での細胞外アセチルコリン量が上昇した。特に、投与後40、60分後でVehicle群と比較して化合物A投与群で有意な増加が確認された。一方で、比較対象とした化合物B、化合物C投与群では大脳皮質での細胞外アセチルコリン量に有意な変化はみられなかった。以上の結果より、化合物Aは脳内神経伝達物質であるアセチルコリン量を有意に増加させる作用があり、さらにその作用には即効性を有することが新たに確認された。
【0071】
<試験例2:Y字型迷路試験による健忘マウスでの短期作業記憶低下の抑制作用>
化合物Aをマウスに経口投与または皮下(腹腔)投与し、短期作業記憶の低下抑制効果を検証した。
(a)使用動物および飼育方法
7週齢の雄性ddYマウスを日本SLC株式会社より購入し、1週間の馴化期間の後、実験に供した。動物は、空調設備のある飼育室(温度22℃±1℃、相対湿度50±10%、照射時間12時間(8:00-20:00)の条件下)で飼育した。給餌は市販MF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社製)及び、水道水を自由摂取とした。
【0072】
(b)投与方法および測定方法
製造例1記載の方法に従って調製した化合物Aを、予め2.5% DMSO水溶液に溶解した。当該化合物をマウスに30mg/kg投与群、10mg/kg投与群を設定し、各群n=15で、経口投与を実施した。コントロール群、Vehicle群は2.5% DMSO水溶液のみをマウスに経口投与した。同様にして、化合物Bと化合物Cについて30mg/kgの投与量にて各群n=10で経口投与した。また、化合物A~C投与群とVehicle群は、投与30分後にムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗薬であるスコポラミン臭化水素酸塩(シグマアルドリッチ社製S1875)を各マウスに腹腔内投与(投与量1mg/kg)した。また、スコポラミン臭化水素酸塩を投与しないコントロール群では、(局)生理食塩液(大塚生食注3311401A2026)をマウスに腹腔投与した。最終投与から30分後に、Y字型迷路試験を行い、作業記憶の評価を行った。腹腔投与の比較評価として別途に上記同様の条件で経口投与の試験を行った。
【0073】
試験に用いたY字型迷路は、株式会社ブレインサイエンス・イデア製のものを使用した。迷路の形状は3本の走路を選択点が1つで走路の間隔が120度のY字型になるように設置された迷路であり、すべての走路は、上部の幅が12cm、下部の幅が3cm、長さ40cm、高さ15cmの三角柱の形態を有し、灰色の走路(塩化ビニル製)上に配置されたマウスを上方以外が見えない状態に保持した。この迷路の3本の走路のいずれか一つをスタート地点とした。マウスをスタート地点に静置した後、8分間あたりにマウスが各走路に侵入した回数と、どの走路をどのような順番で選択したかを記録した。3回連続して異なる走路に入った数(交替行動数)が、総選択数中どれだけの割合であったかを以下の式にしたがって自発的交替率(Spontaneous Alternation (%))として算出し、短期作業記憶の指標とした。
自発的交替率(%)=交替行動数÷(総選択数-2)×100
【0074】
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示し、Turkey-Kramer’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準は、*p<0.05、**p<0.01とした。経口投与時の自発的交替率を図2(A)および(B)に、投与方法についての自発的交替率の評価結果を図2(C)に示した。
【0075】
図2(A)から明らかなように、Vehicle群ではムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗薬であるスコポラミン臭化水素酸塩の腹腔内投与により、自発的交替率の低下がみられ、短期記憶の障害が認められた。一方で、化合物Aを経口投与後にスコポラミンを経口投与した群では、スコポラミン投与による短期作業記憶の低下を抑制した。特に、30mg/kgの投与群では、有意な短期作業記憶の低下抑制効果が確認され、生体での化合物A投与による短期作業記憶低下の改善作用が確認された。一方で、化合物Aと構造が類似する化合物BおよびCでは短期作業記憶低下の改善作用は全く認められなかった。このことから、本試験例で認められた脳機能改善作用は化合物Aの構造に特有のものであることが確認された。
また、図2(C)に示したように、化合物Aは経口投与、皮下投与のいずれの投与法でも、スコポラミン投与による作業記憶低下を改善した。以上の結果より、化合物Aは、マウスで有意に短期作業記憶の低下を改善し、症状に対する治療効果を有する事が見出された。
【0076】
<試験例3:長期隔離飼育による精神疾患モデルマウスの新奇物体認知機能の治療または回復効果>
長期隔離飼育マウスに化合物Aを経口投与し、物体認知機能低下に対する改善作用を検討した。うつ・不安といった感情障害や、統合失調症でみられる認知機能障害などをあらわす精神疾患モデル動物として、長期隔離飼育マウスの使用が提唱されている(Neurosci Biobehav Rev.2008;32:1087-1102)。本試験では以下の条件で長期隔離飼育したマウスを、精神疾患のモデルマウスとして用いた。
【0077】
(a)使用動物および飼育方法
3週齢の雄性ddYマウスを日本SLC株式会社より購入した。飼育は、空調設備のある飼育室(温度22℃±1℃、相対湿度50±10%、照射時間12時間(8:00-20:00)の条件下)で行い、市販のMF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社)及び、水道水を自由摂取とした。
3週齢の雄性ddYマウス(n=60)を、周囲の見えない灰色の不透明ケージ(24×17×12cm)で6週間個別飼育し、認知機能の低下を示す精神疾患モデルマウスとして使用した。また、5匹のマウスを透明ケージ(24×17×12cm)で集団飼育したマウス(n=20)を、コントロール群として用いた。
実験開始4日前に長期隔離飼育マウスおよび集団飼育マウスを個々に試験用の観察箱に10分間入れ、3日間馴化飼育をした。試験前日に色と形が異なる2個の物体を自由に探索させ(獲得試行)、物体認知のトレーニングを10分間実施した。
【0078】
(b)投与方法および測定方法
化合物Aは予め、2.5% DMSO水溶液に溶解した。長期隔離したマウスを20匹ずつ3群に分け、化合物投与群(10mg/kg、あるいは30mg/kg)およびVehicle群とした。また、対照として集団飼育したマウスに2.5% DMSO水溶液を投与したものを、コントロール群として試験に用いた。
試験はVehicle群(長期隔離飼育、n=20、2.5%DMSO経口投与)、化合物A投与群(長期隔離飼育、n=20、化合物A(30mg/kg)経口投与)および、化合物A投与群(長期隔離飼育、n=20、化合物A(10mg/kg)経口投与)、コントロール群(集団飼育、n=20、2.5%DMSO経口投与)の4群に分けて、獲得試行直後に経口投与を行った。
経口投与24時間後に、新奇物体の認知機能の評価試験を実施した。即ち、観察箱に入れた2個の物体のうち、片方の物体を新奇の物体に変え、5分間の新奇物体に対する探索時間を測定することで、マウスの物体認知機能を以下の計算式で算出されるDiscrimination index(%)により評価した。
Discrimination index(%)=(新奇物体探索時間 ― 旧物体探索時間)/(新奇物体探索時間 + 旧物体探索時間)×100
【0079】
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示した。探索時間の統計処理はStudent’s t-test、Discrimination indexはTurkey-Kramer’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準はそれぞれ、###P<0.001、 **P<0.01とした。探索時間(Exploratry time)とDiscrimination indexの結果をそれぞれ図3(A)と(B)に示した。なお、図3(A)の「Familiar」、「Novel」はそれぞれ旧物体、新奇物体を示す。
【0080】
図3(A)に示したように、化合物Aを経口投与した長期隔離飼育マウスでは、10mg/kg、30mg/kgのいずれの投与群においても、Vehicle群と比較して、有意に新奇物体に対する探索時間が増加した。また、図3(B)に示したように、Discrimination index評価では、化合物Aの30mg/kg投与群では、コントロール群である集団飼育群と同等のスコアが得られたことから、化合物Aの経口投与により、長期隔離飼育により生じた精神疾患による認知機能障害が有意に改善し、顕著な治療効果が確認された。
以上の結果から、化合物Aの経口投与は長期隔離飼育により誘発される精神疾患の症状を有意に改善し、治療効果を発揮する事が確認できた。
【0081】
<試験例4:長期隔離飼育マウスへの化合物A長期投与による、認知機能障害の発症抑制効果>
化合物Aを長期に継続経口投与し、長期隔離飼育による認知機能障害の発症予防効果を検証した。
(a)使用動物および飼育方法
3週齢の雄性ddYマウスを日本SLC株式会社より購入した。飼育は、空調設備のある飼育室(温度22℃±1℃、相対湿度50±10%、照射時間12時間(8:00-20:00)の条件下)で行い、飼料はMF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社製)を基本とし、水道水を自由摂取とした。
長期投与中の化合物Aの吸湿を防ぐため、予め化合物Aと賦形剤(昭和産業株式会社製デキストリン、製品名「J-SPD」)を均一に混合し、化合物Aを10%含む粉末を調製した。
【0082】
(b)投与方法および測定方法
10%化合物A含有賦形剤70mgを、MF粉末飼料100gに均一に混合し、化合物A混合餌とした。給餌対照としては、化合物Aを含有しない賦形剤70mgのみ含有のMF粉末飼料を用いた。3週齢の雄性ddYマウス(n=22)を、周囲の見えない灰色の不透明ケージ(24×17×12cm)で各マウスを個別飼育した。その内、11匹のマウスには化合物A含有MF粉末飼料を給餌し、Vehicle群の11匹には、化合物を含有しないMF粉末飼料を給した。5週、継続して隔離飼育を行い、その間継続的に化合物含有MF粉末飼料の給餌を行った。
コントロール群では、マウス(n=11)を透明のケージ(24×17×12cm)内で、化合物Aを含有しないMF粉末飼料を給餌して集団飼育を行った。
5週間の長期飼育後に、試験例3に記載の方法と同様の方法で、物体認知機能を評価し、長期飼育中の化合物A投与による認知機能障害発症予防効果を検討した。
【0083】
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示した。 探索時間の統計処理はStudent’s t-test、Discrimination indexはTurkey-Kramer’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準はStudent’s t-test:#P<0.05、##P<0.01、Turkey-Kramer’s test:*P<0.05,**P<0.05とした。探索時間(Exploratry time)とDiscrimination indexの結果をそれぞれ図4(A)と(B)に示した。
【0084】
図4(A)、(B)に示すように、化合物Aを長期摂取した群では、長期隔離飼育による、認知機能障害の発症が有意に抑制されていた。長期社会的隔離飼育モデルマウスは、うつ・不安といった感情障害や、統合失調症でみられる認知機能障害などをあらわす精神疾患モデル動物として使用が提唱されている。本結果より、化合物Aの長期摂取は、ストレス負荷時から生じるうつ病や統合失調症などの精神疾患の発症を予防する可能性が示唆された。
【0085】
<試験例5:LPS投与により惹起される脳内炎症由来のうつ症状の緩和>
LPS(Lipopolysaccharide:リポ多糖)摂取により誘発されるうつ症状について、化合物Aの経口投与による症状の抑制効果を検討した。脳内炎症はうつ病発症の主要な要因の一つと考えられている。LPSは脳由来神経栄養因子の減少、ニューロンにおける樹状突起の密度変異の誘発や、ミクログリアの活性化などによる脳内の炎症反応を惹起し、うつ症状を誘発することが知られている。そこで、本試験ではLPSを腹腔内投与した脳内炎症誘発モデルマウスを使用し、経口投与による抗うつ作用を検討した。
【0086】
(a)使用動物および飼育方法
7週齢のC57/BL6J系統雄マウス(日本SLC株式会社より購入)を使用した。飼育は、空調設備のある飼育室(温度22℃±1℃、相対湿度50±10%、照射時間12時間(8:00-20:00)の条件下)で行い、飼料はMF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社製)を給餌し、水道水を自由摂取とした。1週間の馴化期間後、8週齢のマウスを試験に用いた。
【0087】
(b)投与方法および測定方法
化合物Aは予め、2.5%DMSO水溶液に溶解した。化合物Aを30mg/kgおよび10mg/kgの投与量でマウスに経口投与した。この際、コントロール群、Vehicle群には2.5%DMSO水溶液のみをマウスに経口投与した。各群ともに15匹の設定とした。
30分後に脳内炎症を誘発させるため、LPS(serotype O111:B4)を0.5mg/kgの投与量で、化合物A 投与群とVehicle群のマウスに腹腔内投与を実施した。コントロール群として脳内炎症を発症させないマウスには生理食塩水を、同様に腹腔内投与した。
LPS腹腔投与24時間後に強制水泳試験を実施し、無動時間の測定により、マウスのうつ症状を評価した。強制水泳試験は、アクリル樹脂製シリンダー(直径19cm、高さ25cm)内に水(25±1℃)を13cmの深さまで入れ、被験マウスを1匹ずつ6分間水泳させ、その様子をビデオ録画した。試験終了後、マウスを速やかに水中より引き上げ、ペーパータオルで清拭した。「手足などを動かすことなく水面に浮いているだけの状態」を無動とみなし、6分間の試験中における無動時間(Immobility Time(sec.))を計測した。
【0088】
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示し、Turkey-Kramer’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準は、*p<0.05とした。その結果を図5に示した。図5の縦軸は試験中の無動時間を示す。LPSを投与したマウスのVehicle群ではコントロール群と比較して有意に無動時間の増加が見られたが、化合物A投与群では無動時間の上昇が抑制され、30mg/kg投与群ではコントロール群と同程度の無動時間が観察された。LPSを腹腔内投与した脳内炎症誘発モデルマウスは、うつ病のモデル動物として使用されている。本結果より、化合物Aは、脳内炎症によるうつ症状を有意に緩和し、発症予防効果を有する事が示された。
【0089】
<試験例6:長期隔離飼育によるうつ症状に対する改善作用>
長期隔離飼育を5週間実施した精神疾患モデルマウスに化合物Aを経口投与し、投与後30分に強制水泳試験を実施し、うつ症状改善について検討した。
(a)使用動物および方法
試験例3と同様に、3週齢から5週間の長期隔離飼育を行った雄性ddYマウスを試験に用いた。
【0090】
(b)投与方法および測定方法
化合物Aは予め、2.5% DMSOに溶解した。長期隔離後のマウスを7匹ずつ3群に分け、化合物A(30mg/kg投与群、10mg/kg投与群)およびVehicle群(2.5%DMSO投与群)とし、経口投与を行った。
経口投与30分後に、試験例5と同様に、強制水泳試験を実施した。6分間の試験中における無動時間を計測し、マウスのうつ症状を評価した。
【0091】
(c)統計処理方法
得られた結果を平均値(Mean)および標準誤差(SEM)で示し、Dunnett’s testにより対照群との有意差を調べた。有意水準は、*p<0.05とした。その結果を図6に示す。図6の縦軸は試験中の無動時間を示す。
【0092】
図6に示したように、化合物Aを経口投与した長期隔離飼育マウスでは、10mg/kg、30mg/kgのいずれの投与群においても、Vehicle群と比較して、有意に無動時間が減少し、抗うつ作用が確認された。長期隔離飼育モデルマウスは、うつ・不安といった感情障害や、統合失調症でみられる認知機能障害などをあらわす精神疾患モデル動物として使用が提唱されている。本試験の結果から、精神疾患を誘発したモデルマウスにおいて、化合物A経口投与により、うつ症状が有意に改善し、顕著なうつ病の治療効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明は、カテキン代謝物として報告されている特定の化合物及びそれらの誘導体を、認知症などの神経変性疾患や、うつ病や統合失調症などの精神疾患に起因する中枢神経系疾患ならびにこれらの中枢神経系疾患による認知機能障害ならびにうつ症状について、発症予防、症状改善または治療を目的とした脳機能改善剤を提供する事ができる。本発明は、食品由来成分を有効成分とする、安全で日常的に摂取が可能な、セルフメディケーションのためのサプリメント、飲食品、医薬品の提供するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6