(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】固相接合用耐候性鋼、固相接合用耐候性鋼材、固相接合構造物及び固相接合方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240520BHJP
C22C 38/02 20060101ALI20240520BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240520BHJP
B23K 20/12 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/02
C22C38/58
B23K20/12 360
(21)【出願番号】P 2021504877
(86)(22)【出願日】2020-02-20
(86)【国際出願番号】 JP2020006684
(87)【国際公開番号】W WO2020184124
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2019044619
(32)【優先日】2019-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 革新的新構造材料等研究開発事業「中高炭素鋼/中高炭素鋼の摩擦接合共通基盤研究」委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】潮田 浩作
(72)【発明者】
【氏名】柳楽 知也
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-516505(JP,A)
【文献】特開2009-161165(JP,A)
【文献】SUN Yufeng等,Suppression of hydrogen-induced damage in friction stir welded low carbon steel joints,Corrosion Science,2015年02月03日,Vol.94,88-98
【文献】SEKBAN D.M.等,Impact toughness of friction stir processed low carbon steel used in shipbuilding,Materials Science & Engineering A,2016年06月23日,Vol.672,40~48
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼組成が、質量%で、C:0.10~0.60%、P:0.035超~0.450%、を含有し、残部がFe及び不可避不純物のみの組成である固相接合用耐候性鋼からなる固相接合用耐候性鋼材に固相接合する方法であって、
接合温度を前記固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA
3点以下とすること、
を特徴とする固相接合方法。
【請求項2】
前記固相接合用耐候性鋼が、更に、質量%で、Cu:0超~0.50%を含有すること、
を特徴とする請求項1に記載の固相接合方法。
【請求項3】
前記固相接合用耐候性鋼が、更に、質量%で、Mn:0超~0.39%を含有すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の固相接合方法。
【請求項4】
前記固相接合用耐候性鋼が、更に、質量%で、Si:0超~0.51%を含有すること、
を特徴とする請求項1~3のうちのいずれかに記載の固相接合方法。
【請求項5】
前記固相接合用耐候性鋼が、更に、質量%で、Cr:0超~0.63%を含有すること、
を特徴とする請求項1~4のうちのいずれかに記載の固相接合方法。
【請求項6】
前記接合温度を前記固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA
1点以下とすること、
を特徴とする請求項
1~5のうちのいずれかに記載の固相接合方法。
【請求項7】
摩擦攪拌接合、摩擦圧接及び線形摩擦接合のうちのいずれかを用いること、
を特徴とする請求項
1~6のうちのいずれかに記載の固相接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固相接合を好適に用いることができる固相接合用耐候性鋼、固相接合用鋼材、当該固相接合用耐候性鋼を有する固相接合構造物及び当該固相接合用耐候性鋼の固相接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の溶融溶接よりも接合部の強度低下を小さくできる固相接合方法が注目されており、特に、摩擦発熱現象や金属材の塑性変形を利用した固相接合方法が盛んに検討されている。当該固相接合方法としては、例えば、高速で回転する円柱状のツールを被接合材に圧入して接合する「摩擦攪拌接合(FSW)」、回転する円柱状の被接合材を固定された被接合材に当接させて接合する「摩擦圧接」、及び被接合材を当接させた状態で往復運動させて接合する「線形摩擦接合」等が挙げられる。
【0003】
従来の鉄鋼材は溶融溶接の使用を前提とした合金設計となっていることが多いが、近年では固相接合法に適した鉄鋼材に関する検討も進められており、例えば、特許文献1(特開2008-31494号公報)では、低合金構造用鋼であって、600℃以上の平衡状態においてフェライト単相となる温度域幅とオーステナイト相とフェライト相の2相となる温度域幅の合計が200℃以上であることを特徴とする摩擦攪拌接合用の低合金構造用鋼、が開示されている。
【0004】
上記特許文献1に記載の低合金構造用鋼においては、接合部の到達温度付近における、フェライト単相域及びオーステナイト相‐フェライト2相域を拡大することにより、摩擦攪拌接合における鋼の変形抵抗が大幅に低減し、その結果、回転ツールの耐久性が向上し、接合速度等の接合条件の制限が緩和される、としている。加えて、ツールの損耗、破損による交換作業の頻度が抑えられ、接合時間が短縮されるので施工能率が向上する、としている。
【0005】
また、摩擦攪拌接合の原理を利用した表面改質技術である摩擦攪拌プロセスに適した鋼に関する検討も進められており、例えば、特許文献2(特開2014-162971号公報)では、質量%で、C:0.40~1.50%、Si:0.15~2.00%、Mn:0.30 ~2.00%、Cr:0.50~3.00%、残部Feおよび不可避的不純物からなる摩擦攪拌プロセス用鋼、が開示されている。
【0006】
上記特許文献2に記載の摩擦攪拌プロセス用鋼においては、摩擦攪拌プロセスを適用することによって優れた表面硬化が達成できる、としている。
【0007】
更に、本願発明者も、特許文献3(特開2018-16866号公報)において、鋼組成が、質量%で、C:0.20~0.45%、及びCr:1.00~3.50%を含有し、かつA式によって定義される炭素当量CEが0.40~1.00質量%であること、を特徴とする摩擦攪拌接合用鋼、を開示している。CE=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(A)式中に記載された元素記号は、摩擦攪拌接合用鋼材における各成分の含有量を単位質量%で示す。
【0008】
上記特許文献3に記載の摩擦攪拌接合用鋼においては、摩擦攪拌接合によって従来の高張力鋼と同等以上の継手特性(攪拌部の引張強度及び破壊靭性等)を得ることができる鋼であり、比較的安価な合金元素のみを最小限添加した鋼及び、当該鋼を被接合材とする摩擦攪拌接合方法を提供することができる、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2008-31494号公報
【文献】特開2014-162971号公報
【文献】特開2018-16866号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている低合金構造用鋼は、プロセス時の鋼の変形抵抗を低減することで鋼に対する摩擦攪拌接合の適用を容易にするものであり、接合部(攪拌部)の機械的特性や鋼に添加する元素のコストや入手容易性等に関しては殆ど考慮されていない。また、近年では鋼構造物の長期信頼性に対する要求が高まっているところ、上記特許文献1に開示されている低合金構造用鋼は、耐候性については全く考慮されていない。
【0011】
また、上記特許文献2に開示されている摩擦攪拌プロセス用鋼は、摩擦熱を利用した表面焼き入れに対して組成を最適化したものであり、接合部の機械的性質を担保することを目的とした鉄鋼材とは、その設計指針が全く異なるものである。
【0012】
更に、上記特許文献3に開示されている摩擦攪拌接合用鋼では、一般的な高張力鋼と同等以上の継手特性を得ることができるものの、鋼の耐候性については全く考慮されておらず、橋梁等の耐食性が要求される構造物に好適に用いることができない。ここで、従来の溶接用耐候性鋼は、溶接割れを抑制する目的で添加元素が制限されている。より具体的には、CuやPを添加することで耐食性が向上することが知られているが、これらの元素は溶接割れを引き起こすことから、一般的に、Cuの添加量は0.3質量%、Pの添加量は0.01質量%程度となっている。
【0013】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、固相接合によって良好な接合部が形成される、高張力鋼と同等程度の引張特性を有する固相接合用耐候性鋼であって、従来の溶接用耐候性鋼よりも優れた耐候性を有し、接合部の信頼性が母材と同等以上となる固相接合用耐候性鋼及び固相接合用耐候性鋼材を提供することにある。また、本発明は、本発明の固相接合用耐候性鋼を有する固相接合構造物及び当該固相接合用耐候性鋼の固相接合方法を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記目的を達成すべく、鋼の組成と耐候性の関係及び、鋼の組成と母材及び固相接合部の機械的性質の関係について鋭意研究を重ねた結果、炭素鋼を基本としてPの添加量を増加させていくこと等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0015】
即ち、本発明は、
鋼組成が、質量%で、
C:0.10~0.60%、
P:0.035超~1.000%、を含有し、
残部がFe及び不可避不純物のみの組成であること、
を特徴とする固相接合用耐候性鋼を提供する。
【0016】
本発明の固相接合用耐候性鋼は、固相接合による接合を前提としているが、当該固相接合の方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の固相接合方法を使用することができる。代表的な固相接合方法としては、摩擦攪拌接合、摩擦圧接及び線形摩擦接合を挙げることができる。
【0017】
溶接性を担保した溶接構造用耐候性熱間圧延鋼板(GIS G3114)では、P含有量の上限が0.035%に制限されている。しかしながら、P含有量が0.5質量%程度までは保護性さびの緻密化等によって鋼の耐食性(耐候性)が明確に向上し、1.0質量%程度までは当該効果が増大することが知られている。本発明の固相接合用耐候性鋼は固相接合を用いることを前提としており、溶融溶接に伴う割れを考慮する必要がないことから、Pの含有量が0.035超~1.00質量%となっている。ここで、Pの含有量は0.050~0.500質量%とすることが好ましく、0.080~0.300質量%とすることがより好ましい。
【0018】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼においては、高張力鋼板と同等程度の引張強度を実現するため、Cの含有量が0.10~0.60質量%となっている。Cの含有量を増加させると溶接時に割れが発生しやすくなるが、固相接合の使用を前提とすることで、比較的大量のCを含有させることができる。ここで、所望の引張強度が得られる限りにおいて、Cの含有量は少なくすることが好ましく、上限を0.50質量%とすることがより好ましく、0.30質量%とすることが最も好ましい。例えば、その他の添加元素や組織にも依存するが、炭素含有量を0.30質量%とすることで、490MPa以上の引張強度を得ることができる。
【0019】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、0超~3.00質量%のCuを含有すること、が好ましい。適量のCuを含有することで、保護性さびが緻密化し、耐候性(耐食性)が向上する。当該効果はCuが僅かでも添加されれば発現するが、3.00質量%以上添加しても大きな向上は期待されないことに加え、母材及びHAZ部が硬化するため、上限値が3.00質量%となっている。Cuの添加量は0.10~2.00質量%とすることが好ましく、0.30~1.00質量%とすることがより好ましい。
【0020】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Mnを0超~2.00質量%含有すること、が好ましい。Mnを含むことで初析フェライトの生成が抑制されると共に、固溶強化量が増大すると考えられる。なお、Mnのより好ましい含有量は0.25~0.75質量%である。
【0021】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Siを0超~1.00質量%含有すること、が好ましい。Siを含有させることで固相接合部が熱によって軟化することを抑制することができ、延性を低下させるセメンタイトの生成を抑制する効果も期待できる。一方で、1.00%以下とすることで、靭性の低下を抑制することができる。
【0022】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Crを0超~2.00質量%含有すること、が好ましい。Crを0超~2.00質量%含有すること、望ましくは0.50%~2.00質量%含有することで、固相接合部の強度、延性および靭性を向上させることができ、かつ耐候性も向上する。
【0023】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Niを0超~3.00質量%含有すること、が好ましい。Niを0超~3.00質量%含有することで、固相接合用耐候性鋼の耐候性を更に向上させることができる。
【0024】
また、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Moを0超~1.00質量%含有すること、が好ましい。Moを0超~1.00質量%含有することで、固相接合用耐候性鋼の耐候性を更に向上させることができる。
【0025】
更に、本発明の固相接合用耐候性鋼は、更に、Tiを0超~0.03質量%含有すること、が好ましい。Tiを0超~0.03質量%含有することで、固相接合用耐候性鋼の耐候性を更に向上させることができる。
【0026】
また、本発明は、本発明の固相接合用耐候性鋼の固相接合部を有する接合構造物であって、前記固相接合部の衝撃吸収エネルギーが前記固相接合用耐候性鋼(固相接合用耐候性鋼材の母材)の衝撃吸収エネルギーの90%以上であること、を特徴とする固相接合構造物、も提供する。固相接合用耐候性鋼以外の接合構造物の材質や、構造物の形状及びサイズ等は特に限定されず、従来公知の種々の構造物とすることができる。
【0027】
本発明の固相接合構造物には本発明の固相接合用耐候性鋼が使用されているため、従来の溶接構造用耐候性熱間圧延鋼板が使用された構造物と比較して良好な耐候性を有している。必要に応じて固相接合用耐候性鋼の表面には耐食性を向上させるための塗装を設けてもよいが、使用環境によっては無塗装とすることもできる。
【0028】
また、固相接合用耐候性鋼の固相接合部の衝撃吸収エネルギーは母材の衝撃吸収エネルギーの90%以上となっており、本発明の固相接合構造物は極めて高い信頼性を有している。固相接合部の衝撃吸収エネルギーは母材の衝撃吸収エネルギーの95%以上となることが好ましく、100%以上となることがより好ましい。ここで、衝撃吸収エネルギーの測定方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の測定方法を用いることができ、例えば、接合部から微小な試験片を切り出し、当該試験片に対して微小衝撃試験を施せばよい。当該微小衝撃試験で得られる応力―変位曲線において、当該曲線で囲まれる領域の面積から衝撃吸収エネルギーを算出することができる。
【0029】
また、本発明は、本発明の固相接合用耐候性鋼からなり、フェライトと微細セメンタイトからなる混合組織を有すること、を特徴とする固相接合用耐候性鋼材、も提供する。本発明の固相接合用耐候性鋼がフェライトと微細セメンタイトからなる混合組織を有することで、優れた耐候性に加えて、高い強度と信頼性を発現することができる。なお、フェライトと微細セメンタイトからなる混合組織は、例えば、本発明の固相接合用耐候性鋼に対してA3点以下での摩擦攪拌プロセスを施すことで得ることができる。
【0030】
更に、本発明は、本発明の固相接合用耐候性鋼に固相接合する方法であって、接合温度を前記固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下とすること、を特徴とする固相接合方法、も提供する。ここで、本発明の固相接合用耐候性鋼は大量のPを含有しており、Pは鋼のA3点を上昇させることから、通常の鋼材と比較して容易にA3点以下での固相接合を行うことができる。
【0031】
本発明の固相接合用耐候性鋼は、固相接合を用いることによって割れ等の存在しない良好な継手を得ることができるが、C、P及びCuの含有量が多くなると、接合部の靭性が低下する可能性がある。これに対して、固相接合の接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下とすることで、固相接合部の靭性を向上させることができ、固相接合部の衝撃吸収エネルギーを母材の衝撃吸収エネルギーよりも高くすることもできる。
【0032】
ここで、固相接合の接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下としても、固相接合部の衝撃吸収エネルギーが母材の衝撃吸収エネルギーの90%未満となる場合は、当該接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA1点以下とすることが好ましい。接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA1点以下とすることで、固相接合部の衝撃吸収エネルギーを更に上昇させることができる。
【0033】
また、本発明の固相接合方法は、摩擦攪拌接合、摩擦圧接及び線形固相接合のうちのいずれかを用いること、が好ましい。本発明の固相接合方法では、接合温度を制御する必要があるところ、これらの固相接合方法を用いることで、接合温度を正確に決定することができる。例えば、摩擦攪拌接合ではツールの形状、サイズ及び材質、接合速度、接合荷重及びツール回転速度等によって接合温度を制御することができる。また、摩擦圧接及び線形固相接合では、被接合界面に印加する接合圧力によって接合温度を制御することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、固相接合によって良好な接合部が形成される、高張力鋼と同等程度の引張特性を有する固相接合用耐候性鋼であって、従来の溶接用耐候性鋼よりも優れた耐候性を有し、接合部の信頼性が母材と同等以上となる固相接合用耐候性鋼及び固相接合用耐候性鋼材を提供することができる。また、本発明によれば、本発明の固相接合用耐候性鋼を有する固相接合構造物及び当該固相接合用耐候性鋼の固相接合方法を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】腐食による板厚減少量と鋼のP含有量の関係を示すグラフである。
【
図2】C含有量及びP含有量と溶接による高温割れ発生の関係を示すグラフである。
【
図3】腐食による板厚減少量と鋼のCu含有量の関係を示すグラフである。
【
図4】摩擦攪拌接合によって形成された固相接合部を有する固相接合継手の概略図である。
【
図5】摩擦圧接によって形成された固相接合部を有する固相接合継手の概略図である。
【
図6】線形摩擦接合によって形成された固相接合部を有する固相接合継手の概略図である。
【
図7】微小衝撃試験片の形状及びサイズを示す概略図である。
【
図8】摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼2の表面外観写真及び断面写真である。
【
図9】実施固相接合用鋼2の母材及び攪拌部の組織写真である。
【
図10】実施固相接合用鋼2の攪拌部近傍のビッカース硬度の水平分布である。
【
図11】実施例2でTIG溶接を施した実施固相接合用鋼2の表面外観写真である。
【
図13】摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼3の断面写真である。
【
図14】実施固相接合用鋼3の攪拌部の組織写真である。
【
図15】実施固相接合用鋼3の攪拌部近傍のビッカース硬度の水平分布である。
【
図16】実施固相接合用鋼2及び実施固相接合用鋼3の攪拌部の微小衝撃試験片の破面である。
【
図17】実施例1で摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼1の断面写真である。
【
図18】実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6のSEM像、PのEPMAマップおよびP偏析部を重ね合わせたSEM像である。
【
図19】実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6について、フェライトとオーステナイトの2相域で形成された攪拌部のSEM像とPのEPMAマップである。
【
図20】実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6の母材と攪拌部のSEM像である。
【
図21】実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6の母材及び攪拌部の亀裂発生エネルギーと亀裂伝播エネルギーを示すグラフである。
【
図22】実施固相接合用鋼7~実施固相接合用鋼10の母材と攪拌部のSEM像である。
【
図23】実施固相接合用鋼7~実施固相接合用鋼10の母材と攪拌部における衝撃吸収エネルギーとP添加量の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の固相接合用耐候性鋼、固相接合用耐候性鋼材、固相接合構造物及び固相接合方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、重複する説明は省略する場合がある。
【0037】
(1)固相接合用耐候性鋼
本発明の固相接合用耐候性鋼は、
鋼組成が、質量%で、
C:0.10~0.60%、
P:0.035超~1.000%、を含有し、
残部がFe及び不可避不純物のみの組成であること、
を特徴とする固相接合用耐候性鋼である。
【0038】
従来の溶接構造用耐候性熱間圧延鋼板よりも大幅に優れた耐候性と高張力鋼並みの強度を実現するために、大量のPとCが添加されている。また、接合性を担保するために、固相接合の使用が前提となっている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0039】
1.必須の添加元素
C:0.10~0.60質量%
炭素含有量を0.10質量%以上とすることで鋼及び固相接合部の強度を十分に向上させることができ、0.60質量%以下とすることで母材及び攪拌部の靭性低下を抑制することができる。所望の引張強度が得られる限りにおいて、Cの含有量は少なくすることが好ましく、上限を0.50質量%とすることがより好ましく、0.30質量%とすることが最も好ましい。例えば、その他の添加元素や組織にも依存するが、炭素含有量を0.30質量%とすることで、490MPa以上の引張強度を得ることができる。
【0040】
P:0.035超~1.000質量%
P含有量が0.5質量%程度までは保護性さびの緻密化等によって鋼の耐食性(耐候性)が明確に向上し、1.0質量%程度までは当該効果が増大することが知られている。
図1に腐食による板厚減少量と鋼のP含有量の関係を示す(保坂鐵矢:“高耐候性鋼の開発と無塗装橋梁への適応”,橋梁と基礎 6 (2002) 31-38)。本発明の固相接合用耐候性鋼は固相接合を用いることを前提としており、溶融溶接に伴う割れを考慮する必要がないことから、Pの含有量が0.035超~1.00質量%となっている。また、Pの添加により、フェライトの固溶強化も期待できる。ここで、Pの含有量は0.050~0.500質量%とすることが好ましく、0.080~0.300質量%とすることがより好ましい。
【0041】
炭素鋼に関するC含有量及びP含有量と溶融溶接による高温割れ発生の関係を
図2に示す(玉置維昭:“高炭素鋼溶接金属の高温割れに及ぼす炭素含有量及び包晶反応の影響”,溶接学会論文集 第20巻第2号 (2002) 266)。図中のプロット及び実線が割れ発生の境界であり、右上の領域では溶接によって割れが発生することを示している。本発明は、溶接によって割れが発生する組成の鋼を、固相接合用耐候性鋼として活用するものである。
【0042】
2.任意の添加元素
Cu:0超~3.00質量%
適量のCuを含有することで、保護性さびが緻密化し、耐候性(耐食性)が向上する。
図3に腐食による板厚減少量と鋼のCu含有量の関係を示す(保坂鐵矢:“高耐候性鋼の開発と無塗装橋梁への適応”,橋梁と基礎 6 (2002) 31-38)。当該効果はCuが僅かでも添加されれば発現するが、3.00質量%以上添加しても大きな向上は期待されないことに加え、母材及びHAZ部が硬化するため、上限値が3.00質量%となっている。Cuの添加量は0.10~2.00質量%とすることが好ましく、0.30~1.00質量%とすることがより好ましい。
【0043】
Mn:0超~2.00質量%
Mnを含むことで初析フェライトの生成が抑制されると共に、固溶強化量が増大すると考えられる。なお、Mnのより好ましい含有量は0.25~0.75質量%である。
【0044】
Si:0超~1.00質量%
Siを含有させることで固相接合部が熱によって軟化することを抑制することができ、延性を低下させるセメンタイトの生成を抑制する効果も期待できる。一方で、1.00質量%以下とすることで、靭性の低下を抑制することができる。
【0045】
Cr:0超~2.00質量%
Crを0超~2.00質量%含有することで、固相接合部の強度及び延性を改善することができ、靭性を向上させることができる。特に、パーライト組織のラメラ間隔を微細化し、強度を向上させる効果がある。また、Crは表面に緻密な酸化膜を形成するため、耐侯性も向上する。
【0046】
Ni:3.0質量%以下
Niは、母材の強度と靱性を向上させる元素であるが、3.0質量%を超えて含有するとHAZ部が硬化するため、3.0質量%以下とすることが好ましい。また、Niは表面に極めて緻密な酸化膜を形成するため、塩分が飛来する海浜環境においても耐候性が向上する。しかし、Niは高価であることからも、3.0質量%以下とすることが好ましい。
【0047】
Mo:1.0質量%以下
Moは、母材の強度向上に有用な元素であるが、1.0質量%を超えると靱性に悪影響を及ぼすことから、1.0質量%以下とすることが好ましい。また、Moは表面に極めて緻密な酸化膜を形成し、さらに酸化膜を修復する。特に、塩分が飛来する海浜環境においても耐候性が向上する。また、Moは高価であることからも、1.0質量%以下とすることが好ましい。
【0048】
Ti:0.03質量%以下
Tiは、微量の添加で表面に形成される酸化膜を安定化するため、耐候性を向上することから、0.02質量%程度の添加が好ましい。
【0049】
B:0.0040質量%以下
Bは、粒界に偏析して粒界強度を向上する効果がある。当該効果は、本発明のように粒界を脆くするPが添加する場合に著しい。しかし、0.0040質量%を超えると靱性を劣化させることから、0.0040質量%以下とすることが好ましい。
【0050】
その他、不純物としてはNがあり、多量に含有されると窒化物を形成して靱性の低下を 招くので、Nの混入量は0.010質量%以下とすることが好ましい。
【0051】
(2)固相接合構造物
本発明の固相接合構造物は、
図4~
図6に示す固相接合継手1を有することを特徴としている。ここで、摩擦攪拌接合によって形成された固相接合継手の一態様を
図4に、摩擦圧接によって形成された固相接合継手の一態様を
図5に、線形摩擦接合によって形成された固相接合継手の一態様を
図6に、それぞれ示している。固相接合継手1以外の構造部に関する材質、形状及びサイズは特に限定されず、従来公知の種々の構造物とすることができる。
【0052】
摩擦攪拌接合に関しては、(1)金属板の端部同士を突き合わせて接合部とし、回転ツールをその加工部の長手方向に沿って回転させつつ移動させて金属板同士を接合する接合、(2)金属板の端部同士を突き合わせて接合部とし、回転ツールをその接合部で移動させずに回転させて接合するスポット接合、(3)金属板同士を接合部において重ね合わせ、接合部に回転ツールを挿入し、回転ツールをその箇所で移動させずに回転させて金属板同士を接合するスポット接合、(4)金属板同士を接合部において重ね合わせ、接合部に回転ツールを挿入し、回転ツールをその接合部の長手方向に沿って回転させつつ移動させて金属板同士を接合する接合の(1)~(4)の4つの態様及びこれらの組み合わせが含まれる。
【0053】
本発明の固相接合継手1では、被接合材(2,4)のうちの少なくとも一方が、本発明の固相接合用耐候性鋼からなる固相接合用耐候性鋼材となっている。また、固相接合部6の衝撃吸収エネルギーが固相接合用耐候性鋼からなる被接合材(2,4)の衝撃吸収エネルギーの90%以上となっている。固相接合部6の衝撃吸収エネルギーが固相接合用耐候性鋼からなる被接合材(2,4)の衝撃吸収エネルギーの90%以上となっていることで、固相接合構造物に高い信頼性を付与することができ、例えば、橋梁や海洋構造物等の長期間の高い信頼性が要求される構造物として好適に用いることができる。固相接合部6の衝撃吸収エネルギーは被接合材(2,4)の衝撃吸収エネルギーの95%以上となることが好ましく、100%以上となることがより好ましい。
【0054】
衝撃吸収エネルギーの測定方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の測定方法を用いることができるが、例えば、接合部から微小な試験片を切り出し、当該試験片に対して微小衝撃試験を施せばよい。
図7に固相接合部6が摩擦攪拌接合によって形成された場合の試験片採取の模式図を示す。固相接合部6に相当する箇所にノッチが形成されており、当該領域の衝撃吸収エネルギーを得ることができる。
【0055】
(3)固相接合用耐候性鋼材
本発明の固相接合用耐候性鋼材は、本発明の固相接合用耐候性鋼からなり、フェライトと微細セメンタイトからなる混合組織を有することを特徴としている。本発明の固相接合用耐候性鋼がフェライトと微細セメンタイトからなる混合組織を有することで、優れた耐候性に加えて、高い強度と信頼性を発現することができる。なお、フェライトと微細セメンタイトからなる混合組織は、例えば、本発明の固相接合用耐候性鋼に対してA3点以下での摩擦攪拌プロセスを施すことで得ることができる。
【0056】
(4)固相接合方法
本発明の固相接合方法は、上述の本発明の固相接合用耐候性鋼を被接合材(2,4)とし、接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下とすること、を特徴とする固相接合方法である。ここで、本発明の固相接合用耐候性鋼はPの含有量が多く、その結果としてA3点が上昇していることから、容易にA3点以下での固相接合を行うことができる。より具体的には、統合型熱力学計算ソフトウェア(Thermo-calc)を用いて計算したところ、C含有量を0.3質量%とした場合、P含有量を0.1質量%から0.5質量%とすることで、A3点を100℃上昇させることができる。
【0057】
固相接合の接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下とすることで、固相接合部6の靭性を向上させることができ、固相接合部6の衝撃吸収エネルギーを被接合材(2,4)の衝撃吸収エネルギーよりも高くすることができる。
【0058】
ここで、固相接合の接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA3点以下としても、固相接合部6の衝撃吸収エネルギーが被接合材(2,4)の衝撃吸収エネルギーの90%未満となる場合は、当該接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA1点以下とすることが好ましい。接合温度を固相接合用耐候性鋼の化学組成で決定されるA1点以下とすることで、固相接合部6の衝撃吸収エネルギーを上昇させることができる。
【0059】
また、本発明の固相接合方法は、摩擦攪拌接合、摩擦圧接及び線形摩擦接合のうちのいずれかを用いること、が好ましい。本発明の固相接合方法では、接合温度を制御する必要があるところ、これらの固相接合方法を用いることで、接合温度を正確に決定することができる。例えば、摩擦攪拌接合ではツールの形状、サイズ及び材質、接合速度、接合荷重及びツール回転速度等によって接合温度を制御することができる。また、摩擦圧接及び線形摩擦接合では、被接合界面に印加する接合圧力によって接合温度を制御することができる。
【0060】
より具体的には、摩擦攪拌接合では、被接合材との親和性が低いツール材質の使用、接合速度の増加、接合荷重及びツール回転速度の減少によって接合温度を低下させることができ、摩擦圧接及び線形固相接合では、被接合界面に印加する接合圧力の増加によって接合温度を低下させることができる。また、液体CO2、液体窒素、水及び各種ガスを用いた外部冷却を用いて接合温度を低下させることもできる。
【0061】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【0062】
以下、実施例において本発明の固相接合用耐候性鋼、固相接合用耐候性鋼材、固相接合構造物及び固相接合方法について更に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0063】
≪実施例1≫
高周波溶解により表1に示す組成を有する鋼のインゴット(φ35×20~25h)を作製し、900℃の熱間圧延にて板厚を3mmの鋼板(実施固相接合用耐候性鋼材1)を得た。熱間圧延後の鋼板は900℃で10分間保持した後、空冷した(焼ならし処理)。なお、表1に示す値は質量%である。
【0064】
【0065】
得られた鋼板に対し、ショルダ径15mm、プローブ径6mm、プローブ長2.9mmの形状を有する超硬合金製ツール(プローブにネジを有していない)を用い、ツール回転速度:400rpm、接合速度:150mm/min、接合荷重:2.5ton、ツール前進角:3°、接合雰囲気:Arの条件で摩擦攪拌接合を行った。
【0066】
≪実施例2≫
表1に示す実施例2の組成を用いた以外は実施例1と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼2)を得た。また、実施例1と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。加えて、比較として、溶接電流:130A、溶接速度:300mm/minの条件でTIG溶接を施した。
【0067】
≪実施例3≫
表1に示す実施例3の組成を用いた以外は実施例1と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼2)を得た。また、ツール回転速度:100rpm、接合速度:100mm/minとしたこと以外は実施例1と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0068】
≪実施例4≫
表1に示す実施例4の組成を用い、焼ならし処理の後に焼戻し処理(500℃で30分保持した後に急冷)を加えたこと以外は実施例1と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼4)を得た。また、実施例3と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0069】
《実施例5》
高周波溶解により表2に示す実施例5の組成を有する鋼のインゴット(φ35×20~25h)を作製し、1000℃の熱間圧延にて板厚を3mmの鋼板(実施固相接合用鋼5)を得た。熱間圧延後の鋼板は1000℃で10分間保持した後、空冷した(焼ならし処理)。なお、表2に示す値は質量%である。
【0070】
【0071】
得られた鋼板に対し、ショルダ径15mm、プローブ径6mm、プローブ長2.9mmの形状を有する超硬合金製ツール(プローブにネジを有していない)を用い、Ar雰囲気下でツール前進角3°にて摩擦攪拌接合を行った。ここで、接合温度が鋼材のA3点を超える高温接合条件については、ツール回転速度:400rpm、接合速度:150mm/minとし、接合荷重はショルダが鋼板の表面に当接して適当な摩擦熱が発生するように調節した。また、接合温度が鋼材のA1点以下となる低温接合条件については、ツール回転速度:80rpm、接合速度:150mm/minとし、接合荷重はショルダが鋼板の表面に当接して適当な摩擦熱が発生するように調節した。
【0072】
《実施例6》
表2に示す実施例6の組成を用いた以外は実施例5と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼6)を得た。また、実施例5と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0073】
《実施例7》
表2に示す実施例7の組成を用い、熱間圧延の温度を950℃とし、その後の保持温度を900℃としたこと以外は実施例5と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼7)を得た。また、得られた鋼板に対し、ショルダ径15mm、プローブ径6mm、プローブ長2.9mmの形状を有する超硬合金製ツール(プローブにネジを有していない)を用い、Ar雰囲気下でツール前進角3°にて摩擦攪拌接合を行った。ここで、接合温度が鋼材のA3点を超える高温接合条件については、ツール回転速度:400rpm、接合速度:150mm/minとし、接合荷重はショルダが鋼板の表面に当接して適当な摩擦熱が発生するように調節した。また、接合温度がフェライトとオーステナイトの2相域となる低温接合条件については、ツール回転速度:100rpm、接合速度:100mm/minとし、接合荷重はショルダが鋼板の表面に当接して適当な摩擦熱が発生するように調節した。
【0074】
《実施例8》
表2に示す実施例8の組成を用いた以外は実施例7と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼8)を得た。また、実施例7と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0075】
《実施例9》
表2に示す実施例9の組成を用いた以外は実施例7と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼9)を得た。また、実施例7と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0076】
《実施例10》
表2に示す実施例10の組成を用いた以外は実施例7と同様にして、鋼板(実施固相接合用鋼10)を得た。また、実施例7と同様にして、摩擦攪拌接合を施した。
【0077】
《比較例1》
供試材として、JISで規格化された既存の耐候性鋼であるSMA490AWを用いた。SMA490AWは表3の比較例1として示す組成を有しているが、CとPの添加が抑制されている。なお、表3に示す値は質量%である。また、実施例7と同様の接合条件を用いて摩擦攪拌接合を施した。
【0078】
【0079】
《比較例2》
供試材として、JISで規格化された既存の耐候性鋼であるSPA-Hを用いた。SPA-Hは表3の比較例2として示す組成を有しているが、CとPの添加が抑制されている。また、実施例7と同様の接合条件を用いて摩擦攪拌接合を施した。
【0080】
《比較例3》
表3に示す比較例3の組成を用い、熱間圧延の温度を950℃とし、その後の保持温度を900℃としたこと以外は実施例5と同様にして、鋼板(比較固相接合用鋼3)を得た。比較固相接合用鋼3は0.3質量%のCを含む一方で、Pの添加が抑制されている。また、実施例7と同様の接合条件を用いて摩擦攪拌接合を施した。
【0081】
[評価試験]
(1)組織観察
摩擦攪拌接合方向に対して垂直に攪拌部を含む領域を切り出し、断面を研磨及び腐食(4%ナイタール)した後、光学顕微鏡を用いて組織観察を行った。なお、研磨にはエメリー紙(#600~#3000)及びダイヤモンドペースト(粒度3μm及び1μm)を用いた。また、母材観察用の試料も同様に準備した。また、走査電子顕微鏡(SEM,JEOL JSM-7001FA)を用いてより詳細に微細組織を観察した。P及びCの分布状況については、電子線マクロアナライザ(EPMA)を用いて評価した。
【0082】
(2)ビッカース硬度測定
(1)と同様にして断面試料を作製し、攪拌部近傍におけるビッカース硬度の水平分布を測定した。微小硬度計FM-300(株式会社フューチュアテック製)を用い、測定荷重を100gf、保持時間を15sとして測定を行った。
【0083】
(3)微小衝撃試験
微小衝撃試験によって吸収エネルギーを算出することで、母材及び接合部の破壊靭性を評価した。なお、
図7に示す微小衝撃試験片を母材及び摩擦攪拌接合部から切り出した。試験片のノッチは攪拌領域の中央になるようにし、試験片の寸法は長さ:20mm、厚さ:0.5mm、幅:0.5mm、ノッチ:0.1mmとした。なお、測定はパンチャー速度を1m/sとして室温で行い、得られた荷重変位曲線の積分により吸収エネルギーを算出した。
【0084】
実施例2で摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼2の表面外観写真及び断面写真を
図8に示す。表面及び断面において、割れ等の欠陥は認められず、良好な攪拌部(固相接合部)が形成されていることが分かる。
【0085】
実施固相接合用鋼2の母材及び攪拌部の組織写真を
図9に示す。母材はフェライトとパーライトからなる組織となっており、攪拌部はベイナイトとマルテンサイトからなる組織となっている。当該結果は、実施例2における摩擦攪拌接合の接合温度が、A
3点よりも高くなったことを示している。攪拌部近傍のビッカース硬度の水平分布を
図10に示しているが、攪拌部の硬度は変態組織の形成により母材よりも高くなっている。なお、母材の硬度は約180HVであり、これは母材が540MPa程度の引張強度を有していることを意味している。
【0086】
微小衝撃試験で得られた荷重変位曲線の面積から、衝撃吸収エネルギーを求めたところ、実施固相接合用鋼2の母材は30.7N・mm、攪拌部は6.7N・mmであった。実施固相接合用鋼2の母材の衝撃吸収エネルギーは、溶接性を担保した溶接構造用耐候性熱間圧延鋼板の衝撃吸収エネルギーと同程度であり、比較的大量のC及びPを含有しているにもかかわらず、良好な靭性を有している。また、攪拌部もある程度の衝撃吸収エネルギーを維持しているが、母材と比較すると低い値となっている。
【0087】
実施例2でTIG溶接を施した実施固相接合用鋼2の表面外観写真を
図11に示すが、丸及び四角で囲った領域に割れが発生している。四角で囲った領域の拡大写真を
図12に示す。
【0088】
実施例3で摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼3の断面写真を
図13に示す。接合温度を低下させても、欠陥のない良好な攪拌部(固相接合部)が形成されていることが分かる。
【0089】
実施固相接合用鋼3の攪拌部の組織写真を
図14に示す。少量のマルテンサイトを含む微細なフェライト及びパーライトからなる組織となっており、当該結果は、摩擦攪拌接合の最高到達温度がA
3点以下(フェライトとオーステナイトの2相領域)となったことを意味している。
【0090】
実施固相接合用鋼3の攪拌部近傍のビッカース硬度の水平分布を
図15に示す(比較として実施固相接合用鋼2の攪拌部近傍のビッカース硬度も示している。)。実施固相接合用鋼3の攪拌部の硬度上昇は変態組織の形成が抑制されたことにより小さくなっており、実施固相接合用鋼2の攪拌部よりも低い値となっている。また、実施固相接合用鋼3の攪拌部の衝撃吸収エネルギーは36.0N・mmであり、C及びP等の含有量が多くなった場合であっても、A
3点以下で固相接合を施すことによって、母材よりも高い衝撃吸収エネルギーが得られることが分かる。なお、実施固相接合用鋼3の母材の衝撃吸収エネルギーは実施固相接合用鋼2の場合と同様の約30N・mmであった。
【0091】
実施固相接合用鋼2及び実施固相接合用鋼3の攪拌部の微小衝撃試験片の破面を
図16に示す。摩擦攪拌接合の接合温度がA
3点よりも高くなった実施固相接合用鋼2では脆性破壊となっているが、接合温度がA
3点以下となった実施固相接合用鋼3では延性破壊となっている。
【0092】
実施例1で摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼1の断面写真を
図17に示す。割れ等の欠陥は認められず、良好な攪拌部(固相接合部)が形成されていることが分かる。また、微小衝撃試験で得られた荷重変位曲線の面積から、衝撃吸収エネルギーを求めたところ、実施固相接合用鋼1の母材は33.1N・mm、攪拌部は35.7N・mmであった。C及びP等の含有量が比較的少ない場合は、固相接合温度がA
3点より高くなっても接合部の衝撃吸収エネルギーを母材以上とすることができる。
【0093】
実施例4で摩擦攪拌接合を施した実施固相接合用鋼4に関して、母材の衝撃吸収エネルギーは19.4N・mm、攪拌部の衝撃吸収エネルギーは36.0N・mmであった。焼戻し処理によって母材の衝撃吸収エネルギーが低下した場合であっても、固相接合温度をA3点以下とすることで固相接合部に高い衝撃吸収エネルギーを付与することができる。
【0094】
実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6のSEM像、PのEPMAマップおよびP偏析部を重ね合わせたSEM像を
図18に示す。実施固相接合用鋼5、実施固相接合用鋼6共に母材組織はフェライトとパーライトから構成されている。実施固相接合用鋼5においても、実施固相接合用鋼6と同様のTD方向に延びた層状のP偏析部が存在している。従って、実施固相接合用鋼5の母材におけるP偏析部は、実施固相接合用鋼6と同様に、凝固偏析により生じた偏析部が熱間圧延中にA
3点以上の温度で保持され,圧延で引き延ばされることにより形成されたと考えられる。偏析部のP濃度は実施固相接合用鋼5の方が低いことが分かる。
【0095】
実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6について、フェライトとオーステナイトの2相域での摩擦攪拌接合によって形成された攪拌部のSEM像とPのEPMAマップを
図19に示す。実施固相接合用鋼5、実施固相接合用鋼6共に攪拌部はフェライトとパーライトを主体とする組織となっている。また、何れの攪拌部においても、摩擦攪拌接合の攪拌効果によりPはフェライト内で分散し、母材と比較して均質化されていることが分かる。
【0096】
実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6の母材と攪拌部のSEM像を
図20に示す。母材に関して、フェライトの結晶粒径は実施固相接合用鋼5では48.6μm、実施固相接合用鋼6では23.3μmであり、P添加量の増加により結晶粒径が大幅に低下している。これはP添加量の増加により、ソリュートドラッグ効果により変態界面の移動速度やフェライトの成長速度が低下したことに起因すると考えられる。また、パーライト分率は実施固相接合用鋼5では8.3%、実施固相接合用鋼6では3.6%となっており、Pの添加により低下している。
【0097】
A3点以上の接合温度で形成された攪拌部については、実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6は共にフェライト(α)とパーライトを主体とし、一部にマルテンサイトが混在する組織となっている。フェライトの結晶粒径は実施固相接合用鋼5では11.7μm、実施固相接合用鋼6では7.3μmであり、実施固相接合用鋼6が僅かに微細となっている。A1点以下の攪拌部については、実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6は共にフェライト(α)と球状セメンタイト(θ)からなる組織を有する。フェライトの結晶粒径は実施固相接合用鋼5では1.37μm、実施固相接合用鋼6では2.47μmであり、A1点以下の摩擦攪拌接合により著しく微細化され、実施固相接合用鋼5の方が僅かに微細となっている。
【0098】
実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6の母材及び攪拌部の微小衝撃試験で得られた荷重変位曲線の面積から、亀裂発生エネルギーと亀裂伝播エネルギーを算出した。得られた結果を
図21に示す。攪拌部は接合温度がA
3点以上の場合とA
1点以下の場合を評価している。なお、亀裂発生エネルギーと亀裂伝播エネルギーの合計が衝撃吸収エネルギーとなる。
【0099】
実施固相接合用鋼5及び実施固相接合用鋼6共に、攪拌部の亀裂伝播エネルギーは母材よりも高い値となっている。亀裂発生エネルギーに関しては、実施固相接合用鋼6で接合温度がA3点以上の場合は母材よりも低い値となっているが、亀裂伝播エネルギーも加えた吸収エネルギーとしては、母材と同程度の値が得られている。
【0100】
実施固相接合用鋼7~実施固相接合用鋼10の母材と攪拌部のSEM像を
図22に示す。実施固相接合用鋼7~実施固相接合用鋼10の全てにおいて、母材、攪拌部共にフェライトとパーライトを主体とする組織となっており、攪拌部の組織は母材と比較して顕著に微細化されている。一方で、実施固相接合用鋼8~実施固相接合用鋼10の攪拌部では、TD方向に平行の層状に分布するフェライトが観察される。このフェライトは層状に伸長した結晶粒ではなく、等軸粒が層状に分布した集合体である。この層状のフェライト集合体は、P添加量の増加に伴い増加している。
【0101】
実施固相接合用鋼7~実施固相接合用鋼10の母材と攪拌部について、衝撃吸収エネルギーとP添加量の関係を
図23に示す。母材、攪拌部共に、衝撃吸収エネルギーはP添加量の増加に伴って低下しているが、何れのP添加量の場合においても攪拌部の値は母材よりも高くなっていることが分かる。
【0102】
微小衝撃試験によって比較固相接合用鋼1、比較固相接合用鋼2及び比較固相接合用鋼3の母材の衝撃吸収エネルギーを測定したところ、それぞれ31.8N・mm、33.1N・mm及び28.7N・mmであった。また、A3点以上の接合温度で形成された攪拌部については、それぞれ38.2N・mm、35.7N・mm及び18.2N・mmであった。比較固相接合用鋼1及び比較固相接合用鋼2は溶接性及び溶接部の信頼性等を担保するためにC及びPの添加量が抑制されたものであり、攪拌部における衝撃吸収エネルギーの低下は認められない。一方で、0.3質量%のCを含む比較固相接合用鋼3については、A3点以上の接合温度で形成された攪拌部の衝撃吸収エネルギーは母材よりも低下している。
【符号の説明】
【0103】
1・・・固相接合継手、
2,4・・・被接合材、
6・・・固相接合部。