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特許7490262反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法
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  • 特許-反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法 図1
  • 特許-反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 7/18 20060101AFI20240520BHJP
   C23C 18/18 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
C07F7/18 W
C23C18/18
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022177299
(22)【出願日】2022-11-04
(62)【分割の表示】P 2019039777の分割
【原出願日】2019-03-05
(65)【公開番号】P2023009134
(43)【公開日】2023-01-19
【審査請求日】2022-11-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年3月 6日 日本化学会第98春季年会予稿集 公益社団法人 日本化学会 平成30年3月21日 日本化学会第98春季年会 平成30年9月 6日 第29回基礎有機化学討論会要旨集 基礎有機化学会 平成30年9月 7日 第29回基礎有機化学討論会
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)/革新的設計生産技術」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】村岡 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】小川 智
【審査官】安藤 倫世
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/046651(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/043631(WO,A1)
【文献】特公昭51-026418(JP,B1)
【文献】特開平08-269212(JP,A)
【文献】特開昭49-108380(JP,A)
【文献】米国特許第03049542(US,A)
【文献】特許第7178094(JP,B2)
【文献】国際公開第2008/023170(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/186941(WO,A1)
【文献】特開2017-048159(JP,A)
【文献】村岡宏樹他,各種含窒素官能基を有するシリル末端トリアジン誘導体の合成および分子接着剤としての利用,化学系学協会東北大会プログラムおよび講演予稿集,Vol.2016, Page.109,1P061,2016年
【文献】村岡宏樹他,分子接着試薬として種々のN‐含有官能基を有するシリル末端トリアジン誘導体の合成および利用,化学系学協会東北大会プログラムおよび講演予稿集,Vol.2017, Page.154,2P060,2017年
【文献】Chen, Dexin et al.,Layer by layer electroless deposition: An efficient route for preparing adhesion-enhanced metallic c,Chemical Engineering Journal,2016年,(2016), 303, 100-108
【文献】Chen, Dexin et al.,ABS plastic metallization through UV covalent grafting and layer-by-layer deposition,Surface and Coatings Technology,2017年,(2017), 328, 63-69
【文献】村岡宏樹他,光反応性窒素官能基を有するシラン末端トリアジン誘導体の合成と分子接合剤としての応用,基礎有機化学討論会要旨集,Vol.29th, Page.250,2P125,2018年
【文献】村岡宏樹他,窒素官能基を有するシラン末端トリアジン誘導体の合成と分子接合剤としての応用に関する研究,日本化学会春季年会講演予稿集,Vol.98th, Page.2PC-062,2018年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
C09J
C23C
C08F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体と他の材料との接合のために前記固体の表面に設けられる反応性付与化合物であって、
1分子内に、トリアジン環と、アルコキシシリル基(前記アルコキシシリル基中のアルコキシ基がOHである場合も含まれる)と、ジアゾメチル基とを有する、
下記一般式(1)で表される化合物である、反応性付与化合物。
【化1】
[式(1)中、 及びQ が、-HN-R (R は、RSi(R’) (OA) 3-n である。)基である。Rは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基である。R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。Aは、H又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。nは0~2の整数である。ただし、式(1)中、Q 及びQ がいずれも-HN(CH Si(EtO) である場合を除く。
【請求項2】
前記Q1,Q2のうちのいずれか一つが-HN(CHSi(EtO) である、請求項1に記載の反応性付与化合物。
【請求項3】
固体と他の材料との接合のために前記固体の表面に設けられる反応性付与化合物の製造方法であって、
下記一般式(3)で表される化合物をNH-R(Rは、RSi(R’)(OA)3-nである。Rは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基である。R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。Aは、H又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。nは0~2の整数である。ただし、下記一般式(3)においてR =-(CH Si(EtO) である場合を除く。)と反応させることで、下記一般式(4)で表される化合物を得る、反応性付与化合物の製造方法。
【化2】
【化3】
【請求項4】
固体の表面に請求項1又は2に記載の反応性付与化合物を備えた、表面反応性固体。
【請求項5】
固体の表面に請求項1又は2に記載の反応性付与化合物を設ける、表面反応性固体の製造方法。
【請求項6】
前記固体の表面と前記反応性付与化合物を光照射により結合させる、請求項に記載の表面反応性固体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体と他の材料との接合に用いる反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、異なる材料が接合された複合材料、例えば無機材料やプラスチック(高分子材料)の固体上に、金属による膜がめっきされた製品などが用いられている。これらの例には、例えば電子機器の回路基板や、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)樹脂上に金属めっきが施された車両用の部材などがある。
【0003】
複合材料において、材料同士の密着性は重要な特性であり、前記密着性の向上を図る為、表面に微細な凹凸を形成することが提案されている。すなわち、基板の固体表面を粗くすることが提案されている。これにより、所謂、アンカー効果(食い込み効果)が期待され、密着性が向上する。基板表面に微細な凹凸を形成する手段としては、酸化剤等により基板表面をエッチングする技術が知られている。
【0004】
しかし、例えば回路基板に凹凸が存在すると、信号の伝達距離が長くなり、伝達ロスや発熱の原因となるため好ましくない。このため、回路基板にあっては、基板の銅箔表面に存する凹凸は少ない方が好ましい。
【0005】
基板にエッチング等による凹凸を設けることなく密着性を高める技術として、コロナ放電処理によって基板上にOH基を導入する技術も存在する。しかし、コロナ放電処理においては基板が劣化する恐れがあり、また導入されるOH基も少ないことから、密着性の向上には限界があった。
【0006】
その一方で、固体に凹凸を設ける処理や放電処理を行わずに他の材質との密着性を高める技術として、接合部、例えば固体の表面に反応性を付与できる他の化合物を設ける技術がある。例えば、プラスチックと、ガラスや金属等の複合材料の性能向上のために有機官能性シラン化合物が開発されている。この方法はカップリング剤、すなわち二官能性分子を用いるもので、プラスチックと接合対象の双方に反応し、共有結合を形成するものである。具体的に言えば、シランカップリング剤は有機官能性シランモノマー類であり、二元反応性を持っているものである。この特性は分子の一端にある官能基が加水分解し、シラノールを形成、次いでガラス等上の類似官能基や、金属酸化物上のOH基との縮合などにより結合することを可能としている。シラン分子の他端にはアミノ基やメルカプト基など有機物と反応可能である官能基が存在する。このようにシランカップリング剤は有機物とその他材料を共有結合で結合させる分子として非常に有用なものとして知られている。
【0007】
特許文献1には、金属膜の形成方法であって、基体表面に特定化合物を含む剤が設けられる工程と、化合物の表面に、湿式めっきの手法により、金属膜が設けられる工程とを具備してなり、化合物は、一分子内に、OH基またはOH生成基と、アジド基と、トリアジン環とを有する化合物であり、前記基体はポリマーが用いられて構成されてなることを特徴とする金属膜形成方法が開示されている。前記OH基またはOH生成基がアルコキシシリル基である技術も開示されている。この技術は、アジド基と、トリアジン環とを有する化合物を用いて、密着性が高い金属膜を提供しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4936344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
複合材料が用いられる分野では一般的に、複合材料は材料同士の密着性が高いことが望ましい。特に電子機器分野、例えば回路基板には、技術の進歩に伴って、さらなる高集積化や高密度化が求められており、隙間なく密着していることや、小さい面積で接合していても剥がれにくい等が好ましい。また、金属めっきを有する車両用の部材等についても、できるだけめっきの剥離が起こりにくいことが好ましい。そのため、樹脂等の固体と金属等の別の化合物を接合するための技術においては、さらなる密着性の高い手段が求められている。具体的には、反応性付与化合物を用いる場合、固体への結合をより有効に行うことができる反応性付与化合物が求められ、また、反応性付与化合物が結合した表面反応性固体と他の材料との接合においてより密着性が高いことが求められている。
【0010】
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、固体と他の材料との接合を可能とする反応性を付与する反応性付与化合物であって、固体への結合を高効率で行うことができ、接合の密着性の高い反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明は以下の態様を有する。
[1] 固体と他の材料との接合のために前記固体の表面に設けられる反応性付与化合物であって、
1分子内に、トリアジン環と、アルコキシシリル基(前記アルコキシシリル基中のアルコキシ基がOHである場合も含まれる)と、ジアゾメチル基とを有する化合物である、反応性付与化合物。
[2] 下記一般式(1)で表される化合物である、[1]に記載の反応性付与化合物。
【化1】
[式(1)中、-Q又は-Q2の少なくとも1つが-NR1(R2)又は-SR1(R2)であり、残りは任意の基である。R及びRは、H、炭素数が1~24の炭化水素基、又は-RSi(R’)(OA)3-n(Rは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基である。R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。Aは、H又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。nは0~2の整数である。)である。ただし、前記R,Rのうちの少なくとも一つは前記-RSi(R’)(OA)3-nである。]
[3] 前記Q及びQが-HN-R又は-S-R(Rは、RSi(R’)(OA)3-nである。)である、[2]に記載の反応性付与化合物。
[4] 前記Q,Qのうちの少なくとも一つは-HN(CHSi(EtO)又は-S(CHSi(EtO)である、[2]又は[3]に記載の反応性付与化合物。
[5] 下記一般式(2)で表される化合物である、[1]から[4]のいずれか1に記載の反応性付与化合物。
【化2】
[6] 固体と他の材料との接合のために前記固体の表面に設けられる反応性付与化合物の製造方法であって、
下記一般式(3)で表される化合物をNH-R(Rは、RSi(R’)(OA)3-nである。Rは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基である。R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。Aは、H又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。nは0~2の整数である。)と反応させることで、下記一般式(4)で表される化合物を得る、反応性付与化合物の製造方法。
【化3】
【化4】
[7] 前記一般式(3)で表される化合物を3-アミノプロピルトリエトキシシランと反応させることで、下記一般式(2)で表される化合物を得る、[6]に記載の反応性付与化合物の製造方法。
【化5】
[8] 固体の表面に[1]から[5]のいずれか1項に記載の反応性付与化合物を備えた、表面反応性固体。
[9] 固体の表面に請求項[1]から[5]のいずれか1に記載の反応性付与化合物を設ける、表面反応性固体の製造方法。
[10] 前記固体の表面と前記反応性付与化合物を光照射により結合させる、[9]に記載の表面反応性固体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、固体と他の材料との接合を可能とする反応性を付与する反応性付与化合物であって、固体への付与を高効率で行うことができ、接合の密着性の高い反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施例の実施例1及び比較例1の紫外線吸収スペクトルを示すグラフ図である。
図2】本実施例の規格化した実施例1、比較例1及び高圧水銀灯の発光波長を示すグラフ図である。
図3】本実施例の実施例1、比較例1の分子接合剤処理工程における積算露光量と分子接合後の樹脂表面のケイ素原子の存在割合との関係を示すグラフ図である。
図4】本実施例の実施例1、比較例1の分子接合剤処理工程における積算露光量と銅めっきの剥離強度との関係を示すグラフ図である。
図5】本実施例の実施例1、比較例1の光を照射した際の分子接合処理の回数と銅めっきの剥離強度との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
(反応性付与化合物)
本実施形態の反応性付与化合物は、固体と他の材料との接合のために用いられる。ここで固体は、金属、セラミックス、又は高分子材料(ポリマー)等が挙げられる。本実施形態では、好ましい形態として固体に高分子材料、接合する他の材料として金属が挙げられる。さらに具体的には、前記接合は高分子材料の固体表面にめっきによって金属膜を形成するに際して用いられる方法であってもよい。例えば、配線基板と言った機能性基板の製造、或いは、意匠製品(装飾製品)の製造において用いられるものが挙げられる。
【0016】
反応性付与化合物は、1分子内に、トリアジン環と、アルコキシシリル基(前記アルコキシシリル基中のアルコキシ基がOHである場合も含まれる)と、ジアゾメチル基とを有する。本実施形態では、反応性付与化合物は好ましくは、トリアジン環に少なくとも1個のジアゾメチル基と、少なくとも1個、さらに好ましくは少なくとも2個のアルコキシシリル基とが、直接または間接的に結合した構造を持つ。
【0017】
トリアジン環としては、好ましくは1,3,5-トリアジンなどを用いることができる。
アルコキシシリル基は、シラノール生成基の一種として選択される。シラノール生成基は、加水分解等によりシラノールを生じる基である。アルコキシシリル基としては、ケイ素とアルコキシ基を有する基であれば任意に選択できる。アルコキシシリル基がトリアジン環と結合する部位と、ケイ素との間には、他の元素が存在していることが好ましい。例えば、前記結合する部位とケイ素との間には、アミノ基、チオ基、オキシ基および/または炭化水素基などが存在していてもよい。前記他の元素が存在することで、固体と他の材料とが反応性付与化合物を介して接合する際に、後述するスペーサとして働く。また、本実施形態の反応性付与化合物が2個以上のアルコキシシリル基を有する場合は、その構造は同一でも異なるものでも良い。
【0018】
反応性付与化合物は、より好ましくは、下記の一般式(1)で表される化合物である。
【化6】
【0019】
前記一般式(1)中、-Q又は-Q2の少なくとも1つが-NR1(R2)又は-SR1(R2)、であり、残りは任意の基である。R1及びR2は、H、炭素数が1~24の炭化水素基、又は-RSi(R’)(OA)3-nである。前記炭素数が1~24の炭化水素基は、鎖状の炭化水素基、置換基(環状または鎖状)を有する鎖状の炭化水素基、環状基、又は置換基(環状または鎖状)を有する環状基である。例えば、-C2n+1,-C2n-1,-C,-CHCH,-CH,-C10等である。前記-RSi(R’)(OA)3-nのRは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基(例えば、-C2n)である。前記R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基(例えば、-C2n+1)である。前記Aは、H、又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基(例えば、-CH,-C,-CH(CH,-CHCH(CH,又は-C(CHである。nは0~2の整数である。RとRとの少なくとも一方は、前記-RSi(R’)(OA)3-nである。RとRとは同一でも異なるものでも良い。本明細書で置換基を有する基(例えば、炭化水素基)とは、例えば前記基(例えば、炭化水素基)のHが置換可能な適宜な官能基で置換されたものを意味する。
【0020】
及びQは、両方が-HN-RSi(R’)(OA)3-n又は-S-RSi(R’)(OA)3-nであってもよい。すなわち、-Q又は-Q2の両方が-NR1(R2)又は-SR1(R2)であり、R、Rのいずれかが-RSi(R’)(OA)3-n、残りがHであってもよい。また、Q及びQに結合する-HN-RSi(R’)(OA)3-n又は-S-RSi(R’)(OA)3-nは、同一でも異なるものでも良い。同一の場合、Q及びQ2の双方が-HN-Rであり、RはRSi(R’)(OA)3-nである、と表すこともできる。
【0021】
前記Q,Qのうちの少なくとも一つは、-HN(CHSi(EtO)又は-S(CHSi(EtO)であってもよい。ここでEtはCを表す。また、前記Q,Qの両方が-HN(CHSi(EtO)又は-S(CHSi(EtO)であってもよい。この場合、反応性付与化合物は、下記の一般式(2)で表される2,4-ビス[(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ]-6-ジアゾメチル-1,3,5-トリアジンである。
【0022】
【化7】
【0023】
(反応性付与化合物の作用)
本実施形態の反応性付与化合物は、トリアジン環に光反応性窒素官能基であるジアゾメチル基と、シランカップリング部位であるアルコキシシリル基を有するので、光(好ましくは紫外光など)で光分解して、高反応性の化学種を発生する。本実施形態の高反応性の化学種とは、ジアゾメチル基に由来するカルベン(価電子が6個で電荷を持たない炭素)である。このカルベンの部位が固体表面と結合する。結合後、この反応性付与化合物のシランカップリング部位が固体に付与される。シランカップリング部位は、溶媒などに含まれる水分による加水分解によってシラノール基を形成する。よって、この固体にシラノール基を介して他の材料と接合することのできる反応性を付与することができる。
【0024】
従来知られていた、アジド基とトリアジン環とを有する化合物は、光で分解して、アジド基の部位が高反応性の化学種(ナイトレン)を発生する。ここで、アジド基の部位に由来するナイトレンを発生する化合物に対して、本実施形態のカルベンを発生する化合物は、より長波長の光でも活性化することができる。
本実施形態の反応性付与化合物は、アジド基を有していた従来の化合物に比すると、紫外光の吸収効率が高く、活性種の発生効率も良いため、固体表面により多くの分子が結合することができる。
また、本実施形態のジアゾメチル基を有する反応性付与化合物は、ジアゾメチル基にかえてアジド基を有していた従来の化合物に対して、接合強度が高い。例えば、反応性付与化合物が付与された樹脂を金属めっきした場合に、本実施形態の反応性付与化合物は、アジド基を有していた従来の化合物よりも金属が剥離しにくい。
【0025】
前記アルコキシシリル基は、トリアジン環(共役系骨格)に対して、スペーサ(例えば、アミノ基、チオ基、オキシ基および/または炭化水素基)を介して結合している。この為、前記化合物がポリマー表面に結合した場合、金属膜との接触において、化学結合を生成する為のエントロピー効果が高まる。エントロピー効果の向上は、ポリマー(前記基体)と金属膜(めっき膜)との接触後、界面反応における頻度因子項を増大させる。この結果、界面反応の機会が増す。前記スペーサの長さは界面反応における頻度因子の増大に反映される。スペーサの長さが長すぎると、コストが高くなる。かつ、分子接着剤の吸着量の減少が生ずる。従って、適度な長さのスペーサが好ましい。本実施形態のうち好ましい態様では、アルコキシシリル基が-RSi(R’)(OA)3-nの部位を有し、Rの部位がスペーサとなっているので、好適に用いることができる。
【0026】
(反応性付与化合物の製造方法)
本実施形態の反応性付与化合物は、トリアジン環を有する化合物にアルコキシシリル基及びジアゾメチル基を導入する方法により適宜製造することができる。例えば、1,3,5-トリアジンが塩素化された塩化シアヌルを出発物質とし、トリメチルシリルジアゾメタン(TMSジアゾメタン)を反応させることで、ジアゾメチル基を導入した化合物(下記の一般式(3))を得る。したがって、塩化シアヌルに対する置換を行うことで、本実施形態のジアゾメチル基を1つ有する化合物の合成に適した化合物を得ることができる。
【0027】
【化8】
【0028】
ついで、この化合物をNH-R(Rは、RSi(R’)(OA)3-nである。Rは、炭素数が1~12の鎖状の炭化水素基である。R’は、炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。Aは、H又は炭素数が1~4の鎖状の炭化水素基である。nは0~2の整数である。)と反応させることで、アルコキシシリル基を導入した反応性付与化合物(下記の一般式(4))を得る。
【0029】
【化9】
【0030】
このとき、上記の一般式(3)の化合物を、NH-Rとして3-アミノプロピルトリエトキシシランと反応させることで、下記の一般式(2)で表される2,4-ビス[(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ]-6-ジアゾメチル-1,3,5-トリアジンが得られる。
【0031】
【化10】
【0032】
なお、ジアゾメチル基を導入した化合物に他の基の置換を行う際には、従来知られた溶媒及び反応条件を使用できるが、溶媒としてジメチルホルムアミド(DMF)を用いると、反応系中で副生する塩酸塩とジアゾメチル基が反応してクロロメチル体が多く生成してしまう傾向が見られる。そのため、他の溶媒、例えばジオキサンを溶媒に用いて反応を行ってもよい。また、低温で反応時間を長くしすぎる、又は高温で反応させるとクロロメチル体が生成しやすい傾向が見られる。そのため、クロロメチル体の生成を最小限とするには、反応温度を60~70℃、反応時間を1~3時間とすることが好ましい。
【0033】
(表面反応性固体)
本実施形態の表面反応性固体は、固体の表面に前記反応性付与化合物を設けられてなる。固体は、他の材質と接合して複合材料として用いられる固体を広く用いることができ、上述した金属やセラミックス等の無機材料、又は高分子材料(ポリマー)等が挙げられる。固体の形態は、広い平面を有するものからいわゆる粒状物、粉体まで応用できる。
【0034】
ポリマーとしては、硬化性樹脂(例えば、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂、電子線硬化性樹脂)、熱可塑性樹脂、繊維強化樹脂、ゴム(加硫ゴム)、又は、表面にこれらのポリマーを含む塗膜が設けられた他の材質であっても良い。
ポリマーとしては、例えば、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)樹脂が挙げられる。ABS樹脂は、車両の部品等に用いられ、表面に金属めっきを施されることで、ABSと金属との接合した部位を有する複合材料に用いられる。
無機材質として、例えば、酸化ケイ素を含有する材質が挙げられる。その他、電子機器の部品、回路基板には無機及び有機の各種素材を含む基板があり、表面に金属めっき等で回路が形成されることで、複合材料として用いられる。
【0035】
表面性反応固体は、固体の表面に前記反応性付与化合物が単分子膜を形成するように配置されていることが好ましい。反応性付与化合物が単分子膜を形成するように配置されていることで、他の材質との結合が安定なものとなる。しかし、本実施形態では、単分子膜でない状態で配置された形態も含む。なお、反応性付与化合物がアルコキシ基を複数有する場合、ジアゾメチル基に由来する部位が固体表面に反応した状態では、一部のアルコキシ基が部分的にカップリングしたものも含み得る。
また、表面性反応固体は、固体の表面に前記反応性付与化合物の分子が、固体に対して垂直に近い形で配向していることが好ましい。
【0036】
本実施形態では、アルコキシシリル基が、トリアジン環と結合する部位とケイ素との間にスペーサを有することで、固体の表面に規則的に配置されやすいため、単分子膜を形成しやすく、固体に対して垂直に近い形で配向されやすい。
【0037】
本実施形態の表面反応性固体は、後述する製造方法のように、反応性付与化合物に由来するジアゾメチル基が活性化することで固体と結合し、また反応性付与化合物の別の部位であるアルコキシシリル基が他の材質と結合可能なので、他の材質と接合しやすいよう反応性が付与されている。
【0038】
(表面反応性固体の製造方法)
本実施形態の表面反応性固体を製造する際は、反応性付与化合物の固体との結合部位を活性化させ、固体と接触させる。ここで前記結合部位とは反応性付与化合物に由来するジアゾメチル基であり、活性化とは、エネルギーを与えることでジアゾメチル基に由来するカルベンが生ずることである。
【0039】
エネルギーを与えるとは、例えば光を照射することで行うことができる。本実施形態の表面反応性固体が有する反応性付与化合物の結合部位は、広い範囲の波長に反応して活性化するが、光は紫外線波長のものであることがより好ましい。具体的には、360nm以下の波長であることが好ましく、300nm以下の波長であることがより好ましく、280nm以下の波長であることが特に好ましい。紫外線照射には、既存のUV装置が適宜使用できる。
固体と反応性付与化合物を接触させる際は、反応性付与化合物又はそれを含む成分(溶液等)を固体の表面に塗布する、前記成分に固体を浸漬する、などの手段を用いてもよい。
反応性付与化合物を含む溶液を用いる場合、溶媒としては水、有機溶媒等を適宜選択できる。具体的には、水、アルコール、ケトン、芳香族炭化水素、エステル又はエーテル等であってもよい。溶媒に対して反応性付与化合物は溶解せず分散していてもよい。溶液を用いた場合は、自然乾燥や加熱等によって溶液中の溶媒を乾燥させてもよい。
また、固体表面に残存する未結合の反応性付与化合物や溶媒等を洗浄する操作を行ってもよい。
【0040】
より具体的には、本実施形態の表面反応性固体を製造する際は、反応性付与化合物を固体の表面に塗布し、前記光を照射する。この際、活性化の効果を高めるために光照射の前に表面反応性固体の加熱を行ってもよい。
また、この際に増幅剤を添加してもよい。増幅剤としては、他の結合に寄与する化合物、例えばシランカップリング剤が挙げられる。また増幅剤としては、光増感剤、例えばベンゾフェノン等が挙げられる。
【0041】
(表面反応性固体の使用方法)
本実施形態の表面反応性固体は、上述したように、固体とは異なる材質を含む他の部材と接合することができる。例えば、表面反応性固体の表面に、めっき等により金属を設けてもよい。めっきの方法としては、乾式めっき(蒸着やスパッタ)による手法と、湿式めっきによる手法を適宜選択でき、両者を併用してもよい。金属薄膜を形成する際には、金属薄膜の形成には、無電解めっきや電気めっきと言った湿式めっきを使用することができる。表面反応性固体には、従来知られているめっき工程の前処理の工程を適宜適用することもできる。
【実施例
【0042】
以下、実施例を示す。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0043】
(試験条件)
試料の合成及び合成した試料についての分析には、以下の機器、試薬を用いた。
・分析機器
核磁気共鳴スペクトル:Bruker DPX400 NMR測定装置(400 MHz)、JEOL JNM-ECA500 NMR測定装置(500 MHz)
赤外吸収スペクトル:JASCO FT/IR-4200 IR測定装置
質量分析:JEOL JMS-700 質量分析装置
・試薬
各種試薬:市販のものを用い必要に応じて定法により精製した
各種反応溶媒:必要に応じて定法により乾燥・精製した
シリカゲル:Wako-gel C-200(和光純薬)、シリカゲル 60N(関東化学)
【0044】
(試料の合成)
(実施例1)
50mL三口フラスコに撹拌子と塩化シアヌル(1.00 g, 5.42 mmol)を入れ、次いでTHF(6 mL)およびアセトニトリル(6 mL)を加え、-10 ℃まで冷却した。トリメチルシリルジアゾメタン(2.0 M ヘキサン溶液, 3.0 mL, 6.0 mmol)を加えた後、室温まで昇温して6時間攪拌した。攪拌終了後、水を加え、混合溶液をエーテルにて抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過した後、ロータリーエバポレータにて濃縮、減圧乾燥することで茶色固体の粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルム : ヘキサン=4 : 1を展開溶媒とするシリカゲルクロマトグラフィーにて分離、精製することで、2,4-ジクロロ-6-(ジアゾメチル)-1,3,5-トリアジン(0.689 g, 3.63 mmol, 67%)を黄色固体として得た。
【0045】
得られた化合物の外観及び分析結果は以下の通りである。
2,4-Dichloro-6-(diazomethyl)-1,3,5-triazine: yellow solid; 1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 5.45 (s, 1H, CH); 13C NMR (101 MHz, CDCl3) δ 56.1, 170.4, 170.5, 175.0; HR-CI-MS m/z Calcd For C4H2Cl2N5 189.9687 [(M+H)+]; Found: 189.9693.
【0046】
次いで、50 mL三口フラスコに撹拌子と2,4-ジクロロ-6-(ジアゾメチル)-1,3,5-トリアジン(0.758 g, 3.99 mmol)を入れ、アルゴン雰囲気下にした後、乾燥1,4-ジオキサン(25 mL)を加えた。トリエチルアミン(1.66 mL, 12.0 mmol)を加えた後、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(2.14 mL, 9.18 mmol)を加え、65℃で3時間撹拌した。撹拌終了後、水を加え、混合溶液をエーテルで抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過した後、ロータリーエバポレータにて濃縮、減圧乾燥することで黄色粘稠性オイルの粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルムを展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて分離、精製することで、反応性付与化合物である2,4-ビス[(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ]-6-ジアゾメチル-1,3,5-トリアジン(1.661 g, 2.97 mmol, 74%)を黄色粘稠性オイルとして得た(実施例1)。この反応を以下の式(5)に示す。
【化11】
【0047】
得られた化合物の外観及び分析結果は以下の通りである。
2,4-Bis[(3-triethoxysilylpropyl)amino]-6-diazomethyl-1,3,5-triazine: yellow sticky oil; 1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 0.66 (t, J = 8.4 Hz, 4H, CH2), 1.27 (t, J = 7.0 Hz, 18H, CH3), 1.67 (br s, 4H, CH2), 3.36 (br s, 4H, CH2), 3.82 (q, J = 7.0 Hz, 12H, CH2), 4.83-5.24 (m, 2H, NH), 5.44 (br s, 1H, CH); 13C NMR (101 MHz, CDCl3) δ 7.7, 18.3, 23.0, 43.1, 51.5, 58.4, 146.8, 165.1; IR (neat) ν 3277, 2974, 2135 1550, 1191, 1070 cm-1; HR-FAB-MS m/z Calcd For C22H46N7O6Si2 [(M+H)+]: 560.3048; Found: 560.3056.
【0048】
(比較例1)
50mL枝付きフラスコに撹拌子と塩化シアヌル(3.00 g, 16.3 mmol)を入れ、次いでアセトン(35 mL)を加え、0 ℃まで冷却した。蒸留水(15 mL)に溶解させたアジ化ナトリウム(1.08 g, 16.6 mmol)を加えた後、0 ℃で30分間攪拌した。室温まで昇温した後、混合溶液をエーテルにて抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過した後、ロータリーエバポレータにて濃縮、減圧乾燥することで白色固体の粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルム : ヘキサン = 1 : 2を展開溶媒とするシリカゲルクロマトグラフィーにて分離、精製することで、2-アジド-4,6-ジクロロ-1,3,5-トリアジン(2.12 g, 11.1 mmol, 68%)を無色固体として得た。
【0049】
得られた化合物の外観及び分析結果は以下の通りである。
2-Azido-4,6-dichloro-1,3,5-triazine: white solid; EI-MS (70 eV) m/z 190 [M+].
【0050】
次いで、50 mL枝付きフラスコに撹拌子と2-アジド-4,6-ジクロロ-1,3,5-トリアジン(0.200 g, 1.05 mmol)を入れ、アルゴン雰囲気下にした。THF(5 mL)を加え、0℃に冷却した。3-アミノプロピルエトキシシラン(0.51 mL, 2.2 mmol)を加えた後、トリエチルアミン(0.39 mL, 2.8 mmol)を加え、還流下で2時間撹拌した。室温まで冷却した後、水を加え、混合溶液をエーテルにて抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、濾過した後、ロータリーエバポレータにて濃縮、減圧乾燥することで白色オイルの粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルムを展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて分離、精製することで、2-アジド-4,6-ビス[(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ]-1,3,5-トリアジン(0.234 g, 0.417 mmol, 40%)を薄黄色オイルとして得た(比較例1)。この反応を以下の式(6)に示す。
【化12】
【0051】
得られた化合物の外観及び分析結果は以下の通りである。
2-Azido-4,6-bis(3-Triethoxysilylpropyl)amino-1,3,5-triazine: pale yellow oil; 1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 0.67 (t, J = 8.4 Hz, 4H, CH2), 1.23 (t, J = 7.0 Hz, 18H, CH3), 1.68-1.70 (m, 4H, CH2), 3.34-3.42 (m, 4H, CH2), 3.82 (q, J = 7.2 Hz, 12H, CH2), 5.30-5.91 (m, 2H, NH); 13C NMR (101 MHz, CDCl3) δ 7.8, 18.3, 22.8, 43.2, 58.5, 166.2, 166.5, 166.8; IR (neat) ν 3397, 2927, 2130, 1580, 1216, 1104 cm-1; HR-FAB-MS m/z Calcd For C21H45N8O6Si2:561.3001 [(M+H)+]; Found: 561.2990.
【0052】
(反応性付与化合物の反応性試験)
実施例1及び比較例1の化合物について、光照射により高反応性の部位(カルベン又はナイトレン)の発生する条件を検討した。これらの化合物について、UV-vis吸収スペクトル測定を行った。UV-vis吸収スペクトルの原理は、結合電子が基底状態から励起状態に遷移する際に、基底状態と励起状態間のエネルギー値に相当する波長を有する光を吸収する現象を利用して、その吸収された光の波長を測定するというものである。
【0053】
試料の合成及び合成した試料についての分析には、以下の機器、試薬を用いた。
・測定機器 UV-vis吸収スペクトル:JASCO V-670
・試料溶液 実施例1、比較例1の各化合物アセトンで洗浄後、乾燥させた50 mLメスフラスコに、試料を濃度が50μmol dm-3となるように量り入れ、脱水エタノールでメスアップした。脱水エタノールを選択した理由は、それぞれの化合物に存在するエトキシシラン部分の加水分解を防ぐためである。
・測定:アセトンで洗浄、乾燥させた石英ガラスセル(1 cm)に試料溶液を入れ、以下の条件で測定を行った。
UV-vis吸収スペクトル測定 band width: 0.2 nm, scan rate: 200 nm/min, repetition number: 1 times
【0054】
図1に観測された吸収スペクトルを示した。下記表1に、測定結果をまとめた。比較例1、実施例1ともに、紫外領域に吸収が観測されていることから、少なくとも光分解によってカルベン(実施例1)又はナイトレン(比較例1)を発生させるためには、紫外光照射を行うことが好ましいと考えられる。一方、図1の結果からは、実施例1では、比較例1に比べて長波長側に吸収スペクトルが見られ、広い範囲の光の波長で活性化が生じると考えられる。実施例1のようにジアゾメチル基を有するトリアジン誘導体は、360nm以下の波長であれば光分解を起こしてカルベンを生成し、高反応性の部位が生じて、他の材質との接合に適した活性化された状態になると考えられる。実施例1の化合物は、300nm以下の波長に大きな吸収が見られ、また、223nmと271nmの部位にピークがあることから、280nm以下の波長の紫外線を強く吸収することがわかる。
【0055】
【表1】
【0056】
(表面反応性固体の接合強度測定)
ABS樹脂を実施例1、比較例1の反応性付与化合物の0.1%エタノール溶液に浸漬することで、樹脂上に化合物を吸着させた後、紫外光照射によって結合させた。その後、アルコシシラン部位の加水分解過程を含む、触媒担持工程(プレディップ(硫酸水素ナトリウム水溶液)、キャタリスト(パラジウムコロイド溶液)、アクセラレータ(ホウフッ化ナトリウム溶液))を経て、パラジウム触媒を担持させた。続く、銅めっき工程(無電解めっき→アニーリング(80℃,20分)、電解めっき、アニーリング(80℃,20分))を経て、ABS樹脂の銅めっき物を作製した。
【0057】
ABS樹脂上に分子接合剤を結合させたサンプルに対しては、ABS樹脂状の表面に存在する原子の割合を測定した。ABS樹脂の銅めっきについては、銅めっきの剥離強度を測定した。
【0058】
図1に、実施例1、比較例1の吸収波長、及び、分子接合処理の際に使用した高圧水銀灯の発光波長を示した。比較例1と比較して実施例1は、広い範囲の吸収帯を持っており効率よく紫外光を吸収可能であることが確認できた。
【0059】
また、図3にはABS樹脂の分子接合剤処理工程における積算露光量と分子接合処理後の樹脂表面のケイ素原子の存在割合との関係を示した。図4には、分子接合剤処理工程における積算露光量と銅めっきの剥離強度との関係を示した。表2に図3、4による結果をまとめた。
【0060】
【表2】
【0061】
図3によれば、比較例1と比較して実施例1の方がABS樹脂表面上のケイ素の存在割合の増加率が大きいことが確認できる。また、同じ積算露光量の場合、実施例1で処理した方が比較例1で処理したよりもABS樹脂表面のケイ素の存在割合が大きいことが確認できる。これは比較例1と比較して実施例1は紫外光の吸収効率が高く、活性種の発生効率も良いため、樹脂表面により多くの分子が結合していることを示している。
【0062】
図4によれば、いずれの分子を用いた場合でも積算露光量が300 mJ/cm2とした場合に銅めっき皮膜の剥離強度が最大となり、それぞれ0.6 kN/m、1.12 kN/mの値が観測された。この結果を比較すると実施例1の方が比較例1と比較してより少ない積算露光量で非常に強い剥離強度が得られていることが確認できた。したがって比較例1と比較してジアゾメチル基を持つ実施例1の方が光反応性分子接合剤としての能力が高いことが明らかとなった。
【0063】
また、図5に露光量として300 mJ/cm2の光を照射した際の分子接合処理の回数と銅めっきの剥離強度との関係を示した。表3に図5による結果をまとめた。
【0064】
【表3】
【0065】
図5に着目すると、分子接合処理を複数回行うと銅めっきとの剥離強度が増加し、比較例1では3回行った場合剥離強度が最大の1.40 kN/mとなり、実施例1においては2回処理を行った場合剥離強度が最大の1.55 kN/mとなった。これらの剥離強度は実用強度(0.6 kN/ m)以上の密着力が得られたが、特に実施例1では、いずれの処理回数においても比較例1よりも高い密着力が得られ、特に1回の処理のみにおいても実用強度を大きく上回る強度が得られ、比較例1の1回、2回処理を大きく上回っている。
このため、本実施形態の反応性付与化合物は、分子接合剤として非常に有効であると考えられる。
【0066】
(参考例1)
参考例1として、実施例1の化合物のトリエトキシシリルプロピルアミノ基にかえて、アミノプロピル基を有するモデル化合物を合成した。
50mL三口フラスコに撹拌子と塩化シアヌル(1.00 g, 5.42 mmol)を入れ、次いでTHF(6 mL)およびアセトニトリル(6 mL)を加え、-10 ℃まで冷却した。トリメチルシリルジアゾメタン(2.0 M ヘキサン溶液, 3.0 mL, 6.0 mmol)を加えた後、室温まで昇温して6時間攪拌した。攪拌終了後、水を加え、混合溶液をエーテルにて抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過した後、ロータリーエバポレータにて濃縮、減圧乾燥することで茶色固体の粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルム : ヘキサン=4 : 1を展開溶媒とするシリカゲルクロマトグラフィーにて分離、精製することで、2,4-ジクロロ-6-(ジアゾメチル)-1,3,5-トリアジン(0.689 g, 3.63 mmol, 67%)を黄色固体として得た。
【0067】
50 mL三口フラスコに撹拌子と2,4-ジクロロ-6-(ジアゾメチル)-1,3,5-トリアジン(0.100 g, 0.526 mmol)を入れ、次いでTHF(6 mL)を加え、0℃に冷却した。プロピルアミン(0.10 mL, 1.2 mmol)を加えた後、トリエチルアミン(0.18 mL, 1.3 mmol)を加え、還流下で3時間撹拌した。室温まで冷却した後、水を加え、混合溶液をエーテルにて抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、濾過した後、ロータリーエバポレータ―にて濃縮、減圧乾燥することで薄黄色固体の粗生成物を得た。この粗生成物を、クロロホルムを展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて分離、精製することで、2,4-ジ(アミノプロピル)-6-(ジアゾメチル)-1,3,5-トリアジン(0.096 g, 0.409 mmol, 78%)を薄黄色固体として得た(参考例1)。
【0068】
得られた化合物の外観及び分析結果は以下の通りである。
2,4-Di(propylamino)-6-(diazomethyl)-1,3,5-triazine: pale yellow solid; 1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 0.93 (t, J = 7.2 Hz, 6H, CH3), 1.57 (br s, 4H, CH2), 3.32 (br s, 4H, CH2), 4.85-5.37 (m, 2H, NH), 5.61 (br s, 1H, CH); 13C NMR (101 MHz, CDCl3) δ 11.4, 22.9, 42.4, 51.3, 146.9, 165.3; CI-MS m/z 236 [(M+H)+].
【0069】
この化合物について、ジアゾメチル基のカルベン発生条件の調査を行った。
試料の合成及び合成した試料についての分析には、以下の機器、試薬を用いた。
・光源:AS ONE ハンディUVランプ(254 nm/365 nm兼用)
・測定機器:UV-vis吸収スペクトル JASCO V-670
・試料溶液:アセトンで洗浄後、乾燥させた50 mLメスフラスコに、試料であるモデル分子を濃度が50μmol dm-3となるように量り入れ、脱水シクロヘキサンでメスアップした。・測定:アセトンで洗浄、乾燥させた石英ガラスセル(1 cm)に試料溶液を入れ、以下の条件で測定を行った。UV-vis吸収スペクトル測定:band width: 0.2 nm、scan rate: 200 nm/min、repetition number: 1 times。測定終了後、254nmの紫外光を10分間照射したのち再度上記の条件で測定を行い、その後同様の条件で、紫外光照射時間が10分間ごとにサンプルの測定を行った。
【0070】
参考例1の化合物のシクロヘキサン溶液へ10分ごとに紫外光を照射し、UV-vis吸収スペクトル測定を行うことによってUV吸収による光反応の追跡を行った。測定結果を確認すると、紫外光照射10分前後でスペクトルに大きな変化が生じ、紫外光によりカルベンが発生し、シクロヘキサンと反応したと考えられる。また10分以上の照射は、新たに出現した吸収ピークの強度の低下を引き起こしていたことから、光反応生成物が紫外光により分解していると考えらえた。
また、ジアゾメタンは約400nm付近の近紫外領域にも吸収をもっていることが知られており、そのためジアゾメチル基を有する参考例1においても400 nm付近に吸収を持つことが期待された。参考例1の化合物の溶解性を考慮して測定溶媒をシクロヘキセンに変更し、測定試料の濃度を50 mmol dm-3に調整して再度測定を試みた。測定結果として、モル吸光係数が小さく吸収効率が低いものの、予想通り400 nm付近に吸収ピークが観測された。 ついで、365 nmのUV照射による分解も可能であると考え、50μmol dm-3に調整した参考例1の化合物のシクロヘキサン溶液へ365 nmのUV照射した際のUV-vis吸収スペクトルを追跡したが、365 nmでの光反応は非常に遅く、長時間紫外光を照射しても吸収スペクトルの変化が少なく、120分間光を当て続けても完全に反応が進行しなかった。一方254 nmの紫外光では10分間で完全に反応が進行しており、反応の差は非常に大きいものであった。これらは先ほどのモル吸光係数の差によるものであると考えられる。しかし、365 nmの紫外光においても光反応は可能であり、この特性は分子接合剤として非常に有用であると考えられた。
【0071】
また、これまでに、紫外光によってカルベンが発生可能である知見が得られた。実際に発生したカルベンが反応性の低い炭化水素系化合物と反応するかを検証した。シクロヘキサン、シクロヘキセン、ベンゼンに参考例1を溶解させ、254 nmまたは365 nmの紫外光を10分間照射する前後の溶液をガスクロマトグラフ質量分析することで炭化水素系化合物と反応するかを調査した。
試料の合成及び合成した試料についての分析には、以下の機器、試薬を用いた。
・光源:AS ONE ハンディUVランプ(254 nm/365 nm兼用)
・測定機器:GCMS-QP2010(島津製作所)
・試料溶液 新品のサンプル瓶に試料を1mg量り入れ、3mLの脱水シクロヘキサン、シクロヘキセン、脱水ベンゼンを加え試料溶液とした。
・測定:調整した試料溶液の一部を何も操作を加えずにサンプル瓶(小)に入れ、それを紫外光照射前のサンプルとした。残りの調整溶液を石英セルに入れ、その後石英セルにハンディUVランプで254nmの紫外光を照射した後、その溶液をサンプル瓶(小)に入れ、これを紫外光照射後のサンプルとした。それらをガスクロマトグラフ質量分析で分析した。なお測定カラムはHP-1MS(長さ30 m、内径0.25 mm、膜厚0.25μm)を用いた。
【0072】
シクロヘキサン試料の254 nmの紫外線照射後のGC測定結果では、照射前には確認されなかった光反応生成物に相当する新たなピークが検出され、質量分析の結果からカルベンがシクロヘキサンのCH結合に挿入したシクロヘキシルメチル基を有する化合物(分子量291)と決定された。
シクロヘキセン試料の254 nmの紫外線照射後のGC測定結果では、光反応生成物に相当する複数のピークが新たに検出された。質量分析の結果からいずれも分子量が289であることが分かり、カルベンがシクロヘキセンの2重結合へ付加したことによるシクロプロパン化が起きた化合物とカルベンがCH結合へ挿入した化合物の混合物と考えられた。
ベンゼン試料の365 nmの紫外線照射後のGC測定結果では、光反応生成物に相当する2つのピークが新たに確認された。質量分析の結果からいずれも分子量が285であることが分かり、カルベンがCH結合に挿入したベンジル基を有する化合物及びカルベンがベンゼン環の二重結合に付加して生じた化合物の混合物であると考えられた。
【0073】
参考例1の化合物は、実施例1の化合物と比べると、他の化合物と結合するためのトリエトキシシリルプロピルアミノ基を持たないが、実施例1が表面反応性固体を形成する際に、活性化してカルベンとなり固体と結合するジアゾメチル基は有する。
参考例1は実施例1と同様にトリアジン環にジアゾメチル基を有するため、ジアゾメチル基の反応性とカルベンの発生においては、参考例1と実施例1の化合物は類似していると予想される。参考例1は、紫外線照射によってカルベンが発生し、また、反応性が低いシクロヘキサン、シクロヘキセン及びベンゼンとの間の反応も可能であることから、実施例1も反応性の低い炭化水素系化合物とも反応可能であることが予測される。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、固体と他の材料との接合を可能とする反応性を付与する反応性付与化合物であって、固体への付与を高効率で行うことができ、接合の密着性の高い反応性付与化合物、その製造方法、それを用いた表面反応性固体、及び表面反応性固体の製造方法が得られる。本発明によれば、エッチングや放電による処理を行わずとも異なる材料を強固に結合可能であることが明らかとなった。したがって本発明内容は、今後の産業分野に非常に貢献できるものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5