(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】細胞培養用基材及び細胞付き細胞培養用基材
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20240520BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240520BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20240520BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/071
C12N5/077
(21)【出願番号】P 2021553522
(86)(22)【出願日】2020-10-22
(86)【国際出願番号】 JP2020039713
(87)【国際公開番号】W WO2021079931
(87)【国際公開日】2021-04-29
【審査請求日】2022-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2019194541
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥 圭介
(72)【発明者】
【氏名】引本 大地
(72)【発明者】
【氏名】大場 孝浩
(72)【発明者】
【氏名】安田 健一
(72)【発明者】
【氏名】湯川 博之
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-528232(JP,A)
【文献】特開2007-291367(JP,A)
【文献】国際公開第2011/155565(WO,A1)
【文献】特開2018-143761(JP,A)
【文献】特開2013-059287(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
開口率が30%~70%の多孔膜と、前記多孔膜の孔内に充填された細胞外マトリクスと、を有し、
前記多孔膜の材質がポリブタジエン
及びポリスチレン
からなる群より選択され、
前記多孔膜の厚みが0.5μm~40μmである、
細胞培養用基材。
【請求項2】
多孔膜の材質がポリブタジエンである、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記多孔膜の厚みが1.5μm~3μmである、請求項1又は請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
多孔膜の隣り合う孔どうしが連通孔により一部で連通している、請求項1
~請求項3のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
多孔膜の平均開口径が1μm~200μmである、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
厚みが20μm以下である、請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項7】
細胞外マトリクスによる孔の充填率が80%以上である、請求項1~請求項
6のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項8】
細胞外マトリクスがゲル状であるか、湿潤環境下でゲルを形成可能である、請求項1~請求項
7のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項9】
JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められるヤング率が2.0MPa以下である、請求項1~請求項
8のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項10】
JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められる最大伸長率が150%以上である、請求項1~請求項
9のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項11】
多孔膜の少なくとも片面が細胞外マトリクスで被覆された、請求項1~請求項
10のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項12】
請求項1~請求項
11のいずれか1項に記載の細胞培養用基材の少なくとも片面に細胞層を有する、細胞付き細胞培養用基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、細胞培養用基材及び細胞付き細胞培養用基材に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養技術は再生医療だけでなく創薬支援ツールとして注目されている。細胞培養の足場となる細胞培養用基材としては従来平面培養が主流であったが、生体模倣性の向上等、目的に応じて種々の改良が試みられてきた。
【0003】
特許文献1には、細胞の浸潤能を容易かつ正確に評価するための培養基材として、トラックエッチPET(ポリエチレンテレフタレート)膜等の多孔膜を再構成凝集細胞外基質を含む組成物で被覆した被覆膜が提案されている。
【0004】
特許文献2には、多孔性ヒドロゲル内に、細胞外基質分子、増殖因子、シグナル伝達分子等の生物活性分子を非共有結合によって取り込ませた細胞培養用スキャフォールド材が提案されている。
【0005】
特許文献3には、優れた生体親和性を備えつつ、機械的強度を有する多孔質体として、シルクフィブロイン及びアルコールを含む組成物で多孔質体を被覆した被覆多孔質体が提案されている。また、上記被覆多孔質体を細胞培養支持体等へ応用できることが開示されている。
【0006】
特許文献4には、細胞積層体を製造することを目的として、多孔膜の両面で細胞を培養して、多孔膜の両面に細胞層を形成する方法が提案されている。
【0007】
特許文献1:特開2002-320472号公報
特許文献2:特表2006-500953号公報
特許文献3:特開2017-52829号公報
特許文献4:国際公開第2018/225835号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、細胞培養中に細胞に力学的刺激を与えることにより生体模倣性等を向上しうることが知られてきている。また、薬剤毒性の評価等において、培養細胞に生体を模した力学的刺激を与えつつ評価を行うことが有用となる場合がある。足場となる細胞培養用基材を変形させることができれば、上記変形により細胞に伸展張力等の力学的刺激を付与することが可能であるため、発明者らは、変形に適した細胞培養用基材の開発を試みた。
【0009】
従来の平面培養技術において、変形に適した細胞培養用基材は知られていない。また、多孔膜を用いた従来の細胞培養用基材においても、変形に適し、かつ良好な細胞接着性を有する細胞培養用基材は得られていない。例えば、特許文献1に記載されるように、トラックエッチPET膜は細胞培養用の多孔膜として広く使用されているが、トラックエッチPET膜は一般的に開口率が例えば、2%~20%程度と低く、変形しにくい。より開口率の高い多孔膜を用いれば、より変形に適した細胞培養用基材を得ることができるが、細胞培養用基材に対する細胞の接触面積が小さくなるため、開口率の高い多孔膜では細胞の接着性を確保しにくい。
【0010】
上記事情に鑑み、本開示の一実施形態は、容易に変形可能であり、かつ良好な細胞接着性を有する細胞培養用基材、及び、容易に変形可能であり、かつ細胞が良好に基材に接着している細胞付き細胞培養用基材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための手段は、以下の態様を含む。
<1> 開口率が30%~70%の多孔膜と、多孔膜の孔内に充填された細胞外マトリクスと、を有する細胞培養用基材。
<2> 多孔膜の平均開口径が1μm~200μmである、<1>に記載の細胞培養用基材。
<3> 厚みが20μm以下である、<1>又は<2>に記載の細胞培養用基材。
<4> 細胞外マトリクスによる孔の充填率が80%以上である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材。
<5> 細胞外マトリクスがゲル状であるか、湿潤環境下でゲルを形成可能である、<1>~<4>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材。
<6> JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められるヤング率が2.0MPa以下である、<1>~<5>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材。
<7> JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められる最大伸長率が150%以上である、<1>~<6>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材。
<8> 多孔膜の少なくとも片面が細胞外マトリクスで被覆された、<1>~<7>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材。
<9> <1>~<8>のいずれか1つに記載の細胞培養用基材の少なくとも片面に細胞層を有する、細胞付き細胞培養用基材。
【発明の効果】
【0012】
本開示の一実施形態によれば、容易に変形可能であり、かつ良好な細胞接着性を有する細胞培養用基材、及び、容易に変形可能であり、かつ細胞が良好に基材に接着している細胞付き細胞培養用基材が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】
図1Aはハニカム構造を有する多孔膜の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、実施例1で細胞培養用基材の作製に用いたハニカムフィルムの走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
【
図3】
図3は実施例1で作製した細胞培養用基材の走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
【
図4】
図4は実施例2で作製した基材A(左図)及び基材C(右図)の顕微鏡像である。
【
図5】
図5は実施例2で培養し、VE-カドヘリンで染色した細胞の顕微鏡像である。
【
図6】
図6は実施例3で用いた基材のヤング率及び最大伸長率を示すグラフである。
【
図7】
図7は実施例3で用いた基材のヤング率及び最大伸長率を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本開示の実施形態について説明する。これらの説明及び実施例は実施形態を例示するものであり、発明の範囲を制限するものではない。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ下限値及び上限値として含む範囲を示す。
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本開示において組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する複数種の物質の合計量を意味する。
本開示において、2以上の好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。
本開示においては、変動係数を百分率で示す。変動係数は、ある集団について標準偏差を平均で除した値であり、その集団のばらつきの度合いを示す指標である。
本開示において実施形態について図面を参照して説明する場合、該当する実施形態の構成は図面に示された構成に限定されない。また、各図における部材の大きさは概念的なものであり、部材間の大きさの相対的な関係はこれに限定されない。また、各図面において、実質的に同じ機能を有する部材には、全図面同じ符号を付与し、重複する説明は省略する場合がある。
【0015】
≪細胞培養用基材≫
本開示の細胞培養用基材は、開口率が30%~70%の多孔膜と、多孔膜の孔内に充填された細胞外マトリクスを有する。本開示の細胞培養用基材は、開口率が30%以上である多孔膜を有しているため、開口率がより低い膜を有する場合と比べて、変形のための応力を付与しても破壊しにくく、変形性に優れている。一方、本開示の細胞培養用基材は、開口率が30%以上という比較的高い開口率を有する多孔膜を有しながらも、多孔膜の孔内に細胞外マトリクスが充填されているため、大きな細胞接着面積を確保することができ、かつ、細胞接着性に優れている。また、本開示の細胞培養用基材は、細胞培養時、又は伸展張力等の力学的刺激を与えるために細胞培養用基材を変形させる際にも、細胞が孔の裏側に脱落してしまう等の不都合が低減され、良好な細胞接着性を維持することができる。
また、本開示の細胞培養用基材は多孔膜の開口率が70%以下であるため、本開示の細胞培養用基材は上述のように優れた変形性を有しながらも自己支持性を担保することができる。
【0016】
また、高い開口率を有する従来の多孔膜を用いて細胞培養を行った場合、細胞の足場に対する接触面積が小さいため、平面培養の場合とは、培養細胞の形態、機能等が異なってしまうことがある。一方、本開示の細胞培養用基材は、平面培養に近い条件での細胞培養を可能とする点でも有用である。
以下、多孔膜及び細胞外マトリクスについて詳述する。
【0017】
<多孔膜>
本開示の細胞培養用基材に用いられる多孔膜は、細胞が接着する足場として機能する。多孔膜の種類は、開口率が30%~70%である多孔膜であれば特に制限されない。本開示において、多孔膜の「孔」とは、膜内に存在する、隔壁により互いに区画されている空間を意味する。ただし、隣り合う孔どうしは一部で連通していてもよい。
【0018】
多孔膜の材質は特に制限されない。多孔膜の材質としては、ポリブタジエン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエステル(例えば、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体、ポリ乳酸-ポリカプロラクトン共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネート、ポリ-3-ヒドロキシブチレート等)、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリフッ化ビニリデン、ポリヘキサフルオロプロペン、ポリビニルエーテル、ポリビニルカルバゾール、ポリ酢酸ビニル、ポリテトラフルオロエチレン、ポリラクトン、ポリアミド、ポリイミド、ポリウレタン、ポリウレア、ポリアロマティックス、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリシロキサン誘導体、セルロースアシレート(例えば、トリアセチルセルロース、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート)等のポリマーが挙げられる。
ポリマーは、溶剤への溶解性、光学的物性、電気的物性、膜強度、弾性等の観点から、必要に応じてホモポリマー、コポリマー、ポリマーブレンド又はポリマーアロイとしてよい。ポリマーは、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0019】
多孔膜の材質としては、自己支持性の観点から、ポリブタジエン、ポリウレタン、ポリスチレン、及びポリカーボネートからなる群より選択される少なくとも1つのポリマーが好ましい。細胞層の生着が維持されやすい観点からは、ポリ乳酸、ポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体、及びポリ乳酸-ポリカプロラクトン共重合体からなる群より選択される少なくとも1つのポリマーが好ましい。より良好な変形性を達成する観点からは、ポリブタジエン、ポリウレタン等のエラストマーが好ましい。
【0020】
以下に、多孔膜の一例を、図面を参照しながら説明する。以下の説明において、「長径」とは、輪郭上の任意の2点間距離のうちの最大長を意味し、ただし方向が特定されている場合は、その方向の任意の2点間距離のうちの最大長を意味する。
【0021】
図1A~
図1Cに、多孔膜の一例である多孔膜20を示す。
図1Aは、多孔膜20の斜視図であり、
図1Bは、
図1Aにおける多孔膜20を上面側から見た平面図であり、
図1Cは、
図1Bにおけるc-c線に沿った多孔膜20の断面図である。
【0022】
多孔膜20には、主面全域にわたって孔22が配置されている。ただし、多孔膜20に細胞が接触し得ない領域がある場合、細胞が接触し得ない領域には孔22が配置されていなくてもよい。多孔膜20において、隣り合う孔22どうしは、隔壁24により隔てられている。
【0023】
なお、
図1A~
図1Cでは隣り合う孔22どうしは連通していないが、隣り合う孔22どうしは連通孔により一部で連通していてもよい。なお、隣り合う孔22どうしが連通孔により一部で連通している場合であっても、隔壁24によって区画されている別々の孔とみなすものとする。
【0024】
図1A~
図1Cでは孔22は貫通孔であるが、孔22は非貫通孔であってもよい。多孔膜の両面でそれぞれ同種又は異種の細胞を培養する両面培養を行う場合には、多孔膜両面における細胞間相互作用を促進する観点から、多孔膜の孔は貫通孔であることが好ましい。また、変形性をより向上する観点からも、孔22は貫通孔であることが好ましい。
【0025】
図1A~
図1Cに示される多孔膜20は、ハニカム構造を有している。ハニカム構造とは、孔がハニカム状に配置されている構造をいう。ハニカム状の配置とは、平行六辺形(好ましくは正六角形)又はこれに近い形状を単位とし、これら図形の頂点及び対角線の交点に開口の重心が位置する配置である。「開口の重心」とは、主面上における開口の2次元図形の重心を意味する。多孔膜20がハニカム構造を有することによって、開口率を高くすることが可能となり、より良好な変形性を得ることができる。また、多孔膜22を用いて細胞を両面培養する場合には、各面における細胞間の相互作用が効率的に行われることからも、開口率を高めることが好ましい。
なお、多孔膜20の孔の配置はハニカム構造に限定されず、多孔膜20は格子状の配置、面格子状の配置等を有していてもよい。
格子状の配置とは、平行四辺形(言うまでもないが、正方形、長方形、菱形が含まれる。好ましくは正方形)又はこれに近い形状を単位とし、これら図形の頂点に開口の重心が位置する配置である。
面心格子状の配置とは、平行四辺形(言うまでもないが、正方形、長方形、菱形が含まれる。好ましくは正方形)又はこれに近い形状を単位とし、これら図形の頂点及び対角線の交点に開口の重心が位置する配置である。
【0026】
多孔膜上に形成される細胞層の均質性を高める観点からは、多孔膜20における孔22は規則的に配置されていることが好ましい。規則的に配置されていることの目安としては、配置の単位である平行六辺形又は平行四辺形の面積に関し、その変動係数が10%以下である配置が挙げられる。変動係数は、任意の10個の配置の単位について求める。
【0027】
孔22の形状は特に制限されない。孔22の形状としては、例えば、球体の一部を欠いた球欠形状、バレル形状、円柱形状、又は角柱形状が挙げられる。
【0028】
孔22の開口の形状としては、例えば、円形、楕円形、又は多角形が挙げられる。多孔膜20の開口とは、多孔膜20の2つの主面のうち少なくとも1つに形成されている孔22の入口部分を意味する。
【0029】
以下、多孔膜20の寸法について説明する。
【0030】
多孔膜20の開口率は30%~70%である。多孔膜の開口率は30%以上であるため、変形性に優れる細胞培養用基材を作製することができる。また、多孔膜の開口率は70%以下であるため、自己支持性に優れている。上記観点から、多孔膜の開口率は30%~60%であることが好ましく、35%~50%であることがより好ましい。
本開示において、多孔膜の開口率とは、多孔膜の開口面(すなわち多孔膜の開口を有する面)の平面図における、細胞培養領域の全面積(開口の面積も含む)に占める開口の合計面積の割合をいう。細胞培養領域とは、播種によって細胞が接触しうる領域を意味する。多孔膜20の開口面において細胞が接触しえない領域は細胞培養領域には含まれない。多孔膜の両面に開口が存在する場合には、少なくとも一方の面における開口率が30%~70%である。
【0031】
孔22のピッチP1は、隣り合う開口の中心間の距離である。ピッチP1は、多孔膜20上で培養する細胞の大きさに応じて設定することが好ましい。ピッチP1は、例えば、1μm~50μmであってもよい。
【0032】
開口径Daは、孔22の開口の長径である。開口径Daの平均値である平均開口径は、播種される細胞の長径(例えば、10μm~50μm)に対して、例えば、10%~150%であってもよい。平均開口径は、目的に応じて適宜設定することができる。平均開口径は、良好な変形性の観点からは、1μm以上であることが好ましく、2μm以上であることがより好ましく、3μm以上であることがさらに好ましい。平均開口径は、多孔膜20の強度の観点からは、200μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることがさらに好ましい。以上の観点から、平均開口径は、1μm~200μmであることが好ましく、2μm~50μmであることがより好ましく、3μm~10μmであることがさらに好ましい。平均開口径は、任意の10個の孔22の開口径Daの算術平均値として求められる。
【0033】
開口径Daの変動係数は、20%以下であることが好ましく、小さいほど好ましい。開口径Daの変動係数が小さいほど、多孔膜20上に形成される細胞層の均質性が高まる傾向にある。開口径Daの変動係数は、任意の10個の孔について求める。
【0034】
隔壁24の幅Wは、隣り合う開口の中心どうしを結ぶ線分上における、隔壁24の幅の長さである。多孔膜の自己支持性を維持し、かつ、ハンドリング性を向上する観点からは、幅Wは、0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましく、3μm以上であることがさらに好ましい。
【0035】
多孔膜20の厚みは、好適な厚みの細胞培養用基材を作製する観点から、40μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましく、8μm以下であることがさらに好ましく、5μm以下であることが特に好ましく、3μm以下であることが極めて好ましい。また、同様に、好適な厚みの細胞培養用基材を作製する観点から、多孔膜20の厚みは、0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましく、1.5μm以上であることがさらに好ましい。以上の観点及び容易に変形可能であり、良好な細胞接着性が得られる観点から、多孔膜20の厚みは、0.5μm~40μmであることが好ましく、1μm~20μmであることがより好ましく、1.5μm~8μmであることがさらに好ましく、1.5μm~5μmであることが特に好ましく、1.5μm~3μmであることが極めて好ましい。
【0036】
図1A~
図1Cに示される多孔膜20は単層の膜であるが、複数の多孔膜が積層されてなる積層膜を細胞培養に供してもよい。
【0037】
〔多孔膜の製造方法〕
多孔膜の製造方法は特に制限されない。多孔膜の製造方法としては、樹脂製の膜に、エッチング加工、ブラスト加工又はパンチング加工を施して貫通孔を形成し多孔膜とする製造方法;特許第4734157号公報、特許第4945281号公報、特許第5405374号公報、特許第5422230号公報、及び特開2011-74140号公報に記載されている、ポリマー及び溶剤を含有する塗膜中で水滴を成長させて貫通孔を形成する製造方法等が挙げられる。
【0038】
<細胞外マトリクス>
本開示の細胞培養用基材において、多孔膜の孔内には細胞外マトリクスが充填されている。細胞外マトリクスは、細胞の外側に存在する生体高分子である。細胞外マトリクスは、細胞培養の足場として機能する他、細胞の増殖、分化、及び形質発現に対しても作用を及ぼしうる。多孔膜の孔内が細胞外マトリクスで充填されていることにより、細胞接着面が広く確保されるとともに、細胞外マトリクスによる所望の作用を好適に得ることができる。
【0039】
細胞外マトリクスとしては、フィブロネクチン、コラーゲン(例えば、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、又はV型コラーゲン)、ラミニン、ビトロネクチン、ゼラチン、パールカン、ニドゲン、プロテオグリカン、オステオポンチン、テネイシン、ネフロネクチン、基底膜マトリクス及びポリリジンからなる群から選択される少なくとも1種の細胞外マトリクスが挙げられる。基底膜マトリクスとしては、市販品(例えば、MATRIGEL(登録商標)、Geltrex(登録商標))が入手可能である。
【0040】
本開示において、細胞外マトリクスが多孔膜の孔内に「充填されている」とは、孔が貫通孔である場合には、貫通孔が塞がれて非貫通となる程度に細胞外マトリクスが孔内に保持されていることを表し、孔が非貫通孔である場合には、細胞外マトリクスが非貫通孔の容積の少なくとも一部に保持されて孔を埋めていることを表す。
細胞外マトリクスが多孔膜の孔内に「充填されている」とは、必ずしも多孔膜内の孔の容積全体に細胞外マトリクスが満たされていることを意味するものではない。
【0041】
また、多孔膜の孔内の細胞外マトリクスは湿潤状態であっても乾燥状態であってもよい。細胞外マトリクスが多孔膜の孔内に「充填されている」とは、細胞外マトリクスを湿潤状態に置いた場合に上記で定義した「充填されている」状態であることを意味する。したがって、例えば細胞外マトリクスが乾燥状態であっても、細胞外マトリクスを湿潤状態としたときに貫通孔が塞がれて非貫通となる場合には、細胞外マトリクスが多孔膜の孔内に「充填されている」といえる。
【0042】
細胞外マトリクスは、凍結乾燥されたものであってもよい。多孔膜の孔内に細胞外マトリクスが充填された状態で凍結乾燥すると、細胞外マトリクスは孔内に形状を維持したまま乾燥状態となる傾向にある。
【0043】
乾燥状態の細胞培養用基材を、水、培地等の液体に浸潤させたり、インキュベーター等を用いて高湿下に配置したりすることによって、湿潤状態の細胞外マトリクスが多孔膜の孔内に充填された細胞培養用基材を得ることができる。
【0044】
細胞培養用基材の作製操作等によっては、細胞外マトリクスが多孔膜の全面に満遍なく配置されずに、多孔膜の面の一部に配置され、他の一部に配置されない場合、すなわち細胞外マトリクスの配置ムラが発生する場合がある。かかる場合においても、一部に配置された細胞外マトリクスによって本開示の細胞培養用基材の効果が奏される限り、本開示の細胞培養用基材の範囲内であることは当業者に理解される通りである。
【0045】
細胞外マトリクスによる孔の充填率は、60%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、100%であることが特に好ましい。
本開示において、孔の充填率は以下のように測定する。
細胞培養用基材中の細胞外マトリクスを、上記細胞外マトリクスを染色可能な方法によって染色する。顕微鏡(倍率100~200倍)を用いて、多孔膜の任意の断面について断面観察を行う。顕微鏡写真において、任意の100個の孔の占める総面積に対する、孔内の細胞外マトリクスの占める総面積の割合を孔の充填率とする。
本開示において、孔の充填率が100%であるとは、観察視野における孔内全域に細胞外マトリクスが充填されていることを意味する。
なお、細胞培養用基材が乾燥(凍結乾燥を含む)状態である場合、充填率は、細胞培養用基材を湿潤状態としたうえで測定した値とする。
細胞外マトリクスを染色可能な方法としては、例えば、ピクロシリウスレッド染色キットによる染色が挙げられる。
【0046】
本開示の一実施形態において、細胞培養用基材は、多孔膜の少なくとも片面が細胞外マトリクスで被覆された状態の基材であってもよく、多孔膜の両面が細胞外マトリクスで被覆された状態の基材であってもよい。細胞培養用基材への接着性をより向上させる観点からは、細胞培養用基材は、好ましくは、多孔膜の両面が細胞外マトリクスで被覆された状態の基材である。
多孔膜の面が「細胞外マトリクスで被覆されている」とは、多孔膜の孔内に細胞外マトリクスが充填されたうえで、さらに多孔膜の表面にも細胞外マトリクスが被覆している状態を指す。多孔膜の少なくとも片面が細胞外マトリクスで被覆されていることにより、上記被覆されている面で培養される細胞の、細胞培養用基材への接着性(すなわち、細胞接着性)をより向上させることができる傾向にある。
【0047】
多孔膜の少なくとも片面が細胞外マトリクスで被覆されている場合、多孔膜の少なくとも1つの面を被覆する細胞外マトリクスの、多孔膜表面上での厚みは特に制限されず、多孔膜の厚みに対して、例えば0.01%~30%の厚みであってもよく、0.01%~20%の厚みであってもよく、0.01%~10%の厚みであってもよい。
【0048】
多孔膜の孔内に充填されている細胞外マトリクスは、ゲル状であるか、湿潤環境下でゲルを形成可能な状態であることが好ましい。ゲル状の細胞外マトリクスを用いることによって、細胞外マトリクスが良好に孔内に保持され、かつ細胞の接着面積を良好に確保することができるので細胞接着性に優れる。
本開示において、「ゲル」及び「ゲル状」とは、それぞれ、液体を分散媒とするコロイド分散系が流動性を失って固化した物質及び状態、又は、高分子が架橋して3次元網目構造を持ち、溶媒中で溶媒を吸収して膨潤はするが溶解はしない固体と液体の中間に属する物質及び状態を表す。
好ましい一実施形態において、細胞培養用基材は、貫通孔を有する多孔膜と、上記多孔膜の孔内に充填され、保持されているゲル状の細胞外マトリクスと、を含んでいてもよい。
【0049】
〔細胞培養用基材の作製方法〕
細胞培養用基材の作製方法は、特に制限されない。例えば、ゲル状の細胞外マトリクスを多孔膜の孔内に充填させる作製方法として、(1)開口率が30%~70%の多孔膜を準備し、(2)細胞外マトリクスを含有する溶液中に多孔膜を浸漬させ、(3)細胞外マトリクスをゲル化させることによって細胞培養用基材を作製してもよい。
【0050】
細胞外マトリクスを含有する溶液中に多孔膜を浸漬させる場合、多孔膜がその厚み全体にわたって細胞外マトリクスを含有する溶液に浸漬されることが好ましい。かかる方法によって、平面状の面を有する細胞培養用基材を好適に作製することができる。より好ましくは、多孔膜がその厚み全体にわたって細胞外マトリクスを含有する溶液に浸漬され、かつ細胞外マトリクスを含有する溶液が最小限の量となるように、細胞外マトリクスを含有する溶液中に多孔膜を浸漬させる。かかる方法によって、細胞外マトリクスを過度に消費することなく平面状の細胞培養用基材を好適に作製することができ、製造コストを低減できる傾向にある。
【0051】
細胞外マトリクス溶液の濃度は適宜調整することができる。一例として、細胞外マトリクスがコラーゲンである場合、コラーゲン溶液の濃度は0.3mg/mL~10mg/mLであってもよく、1.0mg/mL~10mg/mLであってもよく、4.0mg/mL~10mg/mLであってもよい。
【0052】
細胞外マトリクスを含有する溶液中に多孔膜を浸漬させる際に、事前に多孔膜をエタノール等で洗浄しておくことが好ましい。かかる方法により、多孔膜と細胞外マトリクスとの間に空隙が残存することを抑制できる傾向にある。
【0053】
ゲル化の方法は特に制限されず、例えば、加熱及び冷却、pHの調整、架橋剤の添加等の方法が挙げられる。例えば、細胞外マトリクスがコラーゲンである場合には、アンモニア、水酸化ナトリウム溶液等を用いてアルカリ化処理を行うことにより、ゲル化を行ってもよい。
【0054】
なお、細胞外マトリクスを含有する溶液中に多孔膜を浸漬させる工程に替えて、細胞外マトリクスを含有する溶液を多孔膜に塗布してもよい。
【0055】
〔細胞培養用基材の性質〕
(厚み)
細胞培養用基材の厚みは、40μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましく、8μm以下であることがさらに好ましく、5μm以下であることが特に好ましく、3μm以下であることが極めて好ましい。厚みが40μm以下であると、例えば両面培養の際に、一方の面の細胞と、他方の面の細胞と、が良好に相互作用することができる。また、細胞培養用基材の厚みは、細胞培養用基材の強度の観点からは、0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましく、1.5μm以上であることがさらに好ましい。以上の観点及び容易に変形可能であり、良好な細胞接着性が得られる観点から、細胞培養用基材の厚みは、0.5μm~40μmであることが好ましく、1μm~20μmであることがより好ましく、1.5μm~8μmであることがさらに好ましく、1.5μm~5μmであることが特に好ましく、1.5μm~3μmであることが極めて好ましい。
例えば多孔膜を用いない平面状の細胞外マトリクス膜は、厚みを薄くすると自己支持性を維持することができずハンドリング性に劣るが、本開示の細胞培養用基材は、厚みを例えば40μm以下、好ましくは20μm以下、より好ましくは8μm以下、更に好ましくは5μm以下、特に好ましくは3μm以下としても自己支持性を維持することができるため、厚みを薄くしても、変形性と自己支持性を両立することができる点で有用である。
細胞培養用基材の厚みは、顕微鏡観察により測定することができる。
【0056】
(ヤング率)
細胞培養用基材の、JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められるヤング率は2.0MPa以下であることが好ましく、1.5MPa以下であることがより好ましく、1.2MPa以下であることがさらに好ましい。上記ヤング率が2.0MPa以下であることは、細胞培養用基材が変形性に優れることを表している。上記ヤング率の下限値は特に制限されず、細胞培養用基材の強度の観点からは0.1MPa以上であることが好ましい。
細胞培養用基材の強度を保ちつつ、変形性にも優れる観点から、上記ヤング率としては、0.1MPa~2.0MPaであることが好ましく、0.1MPa~1.5MPaであることがより好ましく、0.1MPa~1.2MPaであることがさらに好ましい。
ヤング率は、具体的には実施例に記載の方法により求めることができる。
【0057】
(最大伸長率)
細胞培養用基材の、JIS K 7161-1及びJIS K 7127:1999に基づく引張試験により求められる最大伸長率は130%以上であることが好ましく、140%以上であることがより好ましく、150%以上であることがさらに好ましい。上記最大伸長率が130%以上、好ましくは140%以上、より好ましくは150%以上であることは、細胞培養用基材を伸長させても破れにくいことを表している。上記最大伸長率の上限は特に制限されず、細胞培養用基材のハンドリング性の観点からは、最大伸長率は500%以下であってもよい。
最大伸長率は、具体的には実施例に記載の方法により求めることができる。
【0058】
〔細胞培養用基材の用途〕
細胞培養用基材の用途は特に制限されない。細胞培養用基材は、生体内への移植材料、薬物評価用又は病態評価用の組織モデル、又は、動物実験に替わる試験用組織の作製等に広く用いることができる。特に、培養時又は評価時に細胞に力学的刺激を与えることが有用な用途に好適に用いることができる。また、本開示の細胞培養用基材によれば、平面培養に近い培養が可能であり、細胞が多孔膜の孔を通過して脱落してしまう等の事象を抑制することができるため、穴等の欠陥の少ない組織の作製に適している。
【0059】
培養に供する細胞の種類は特に制限されない。例えば、細胞は分裂細胞であっても非分裂細胞であってもよい。本開示において「培養」は、必ずしも細胞の増殖を伴う必要はなく、増殖の有無にかかわらず、細胞の生存が維持されれば本用語に含まれる。
培養に供する細胞としては、例えば、実質細胞(例えば、肝実質細胞、又は膵実質細胞)、間質細胞(例えば、周皮細胞)、筋細胞(例えば、平滑筋細胞、心筋細胞、又は骨格筋細胞)、線維芽細胞、神経細胞、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞、又はリンパ管内皮細胞)、上皮細胞(例えば、肺胞上皮細胞、口腔上皮細胞、胆管上皮細胞、腸管上皮細胞、膵管上皮細胞、腎上皮細胞、尿細管上皮細胞、又は胎盤上皮細胞)、及びこれらのいずれかに分化しうる細胞(例えば、前駆細胞、間葉系幹細胞、又は多能性幹細胞)からなる群より選択される少なくとも1つの細胞が挙げられる。
【0060】
多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell;EG細胞)、胚性癌細胞(embryonal carcinoma cell;EC細胞)、多能性成体前駆細胞(multipotent adult progenitor cell;MAP細胞)、成体多能性幹細胞(adult pluripotent stem cell;APS細胞)、Muse細胞(multi-lineage differentiating stress enduring cell)等が挙げられる。目的の体細胞へと分化誘導する分化誘導因子を培地に添加し、多能性幹細胞を体細胞に分化させることができる。
【0061】
培養に供する細胞としては、病態を再現する目的で、遺伝子変異を有する細胞、又は、患者由来の細胞を用いてもよい。
【0062】
細胞培養用基材は、1種類の細胞の単培養に用いても、複数種の細胞の共培養に用いてもよい。単純に1種類の細胞を培養するだけではなく、複数種の細胞を共培養することにより、細胞間相互作用を介して、より生体に近い環境で細胞が成長及び増殖し、生体模倣性が高くなる場合がある。
【0063】
細胞培養用基材は、片面培養に用いても両面培養に用いてもよい。両面培養を行う場合、各面で培養される細胞の種類は同じであっても異なってもよい。特に、多孔膜が貫通孔を有する多孔膜である場合、両面培養時の各面の細胞どうしが、細胞外マトリクスを介して良好に相互作用することが可能である。
【0064】
一実施形態において、細胞培養用基材の一つの面上で第1の細胞を培養して第1の細胞層を形成し、反対側の面上で第1の細胞とは異なる第2の細胞を培養して第2の細胞層を形成してもよい。
より具体的には、例えば、第1の細胞として血管内皮細胞層を用い、第2の細胞として平滑筋細胞を用い、両種類の細胞を多孔膜を介して共培養することによって、血管模倣構造(血管壁モデル)を作製してもよい。かかる方法によれば、血管内皮細胞と平滑筋細胞との間の相互作用によって、血管壁モデルの生体模倣性を向上することが可能となる。さらに、細胞培養用基材は良好な細胞接着性を有しているため、穴等の欠陥の少ない生体膜を作製することが可能となる。
血管壁モデルにおいては、血管内皮細胞層の細胞間を化学物質が自由に通過しないこと、つまり、バリア機能を有することが好ましい。本開示の細胞培養用基材を用いて作製されうる血管壁モデルは、血管内皮細胞の細胞間接着が、生体内の血管壁に近い状態に発達していると推測される。血管壁モデルを用いて薬物評価をより正確に行うためには、血管壁モデルは生体内の血管壁に近似した構造及び機能を有することが望ましいところ、本開示の細胞培養用基材を用いて作製されうる血管壁モデルは、薬物評価の優れた手段となり得る。
【0065】
細胞は、液体培地に懸濁させることによって、細胞懸濁液として細胞培養用基材に播種してもよい。細胞懸濁液の調製又は細胞培養に用いる液体培地は、対象となる細胞種にあわせて選択される。具体的な培地としては、例えば、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)、DMEM:F-12(Dulbecco's Modified Eagle Medium: Nutrient Mixture F-12)、EMEM(Eagle's minimal essential medium)、MEMα(Minimum Essential Medium Alpha)、BME(Basal Medium Eagle)等の哺乳動物細胞用の基本培地に細胞増殖因子を添加し、細胞種に合せて最適化した培地が挙げられる。
このような培地は市販品が入手可能である。液体培地は、複数種の培地を混合した培地でもよい。液体培地のpHは、例えばpH7.0~8.0である。
【0066】
≪細胞付き細胞培養用基材≫
本開示の細胞付き細胞培養用基材は、前述の細胞培養用基材の少なくとも片面に細胞層を有する。細胞付き細胞培養用基材は、例えば液体培地に懸濁させた細胞を細胞培養用基材に播種し、細胞を培養することによって得ることができる。細胞層における細胞、及び細胞培養用基材の詳細は、前述した事項を適用することができる。
【実施例】
【0067】
以下に実施例を挙げて、本開示の実施形態を詳細に説明する。本開示の実施形態は、以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0068】
≪実施例1:細胞培養用基材の作製≫
細胞培養用基材の作製には以下の多孔膜を用いた。
・ポリブタジエン製ハニカムフィルム(ハニカム構造を有する多孔膜、特許第4945281号公報等、公知の方法に従い、富士フイルム株式会社で作製):平均開口径5μm、厚み1.7μm、開口率36%、開口径の変動係数2%、ピッチ7.2μm、孔は貫通孔であり、隣り合う孔どうしは隔壁により区画され、連通孔により連結されている。
【0069】
上記ハニカムフィルムを、エタノールで洗浄後、コラーゲンI(ラット尾、Corning社)溶液に浸漬させた。コラーゲン溶液はPBS(Phosphate Buffered Saline)と滅菌水で1mg/mLになるように希釈して使用した。1N(mоl/L)の水酸化ナトリウム水溶液をコラーゲン溶液のpHが8.5になるように添加し、混合し氷冷した。ハニカムフィルムを氷冷したコラーゲン溶液に浸漬させたあと取り出したのち、37℃下に30分間ハニカムフィルムを静置することでコラーゲンをゲル化させて、ハニカムフィルムの孔内にコラーゲンゲルが充填された細胞培養用基材(以下、HCF+Colgelとも表す)を作製した。
また、コラーゲンI溶液に浸漬させていないハニカムフィルム(以下、「未処理のハニカムフィルム」ともいう)を対照として準備した。
【0070】
走査型電子顕微鏡(SEM)による未処理のハニカムフィルムの観察写真を
図2に示し、上記で作製した細胞培養用基材(HCF+Colgel)の観察写真を
図3に示す。
なお、SEMによる観察上、
図2に示される未処理のハニカムフィルム及び
図3に示されるHCF+Colgelは乾燥状態であるが、
図3に示される細胞培養用基材は湿潤状態では平面状の細胞培養用基材である。
図2に示される未処理のハニカムフィルムは、その孔内がコラーゲンゲルで充填されていないことがわかる。
図3に示されるHCF+Colgelは、その孔内がコラーゲンゲルで充填されていることがわかる。
【0071】
≪実施例2:細胞培養用基材上での細胞培養≫
下記3種類の細胞培養用基材を用意した。
【0072】
(基材A)ハニカムフィルムにコラーゲンIを被覆した細胞培養用基材(HCF)
実施例1で用いたものと同様のハニカムフィルムをコラーゲンI溶液に浸漬させ、コラーゲンIで被覆処理した後、滅菌水により洗浄して基材Aを作製した。
なお、基材Aは、ハニカムフィルムの表面がコラーゲンIで被覆されているが、コラーゲンIはゲル化されておらず、孔内はコラーゲンで充填されていない。
【0073】
(基材B)ハニカムフィルムにコラーゲンゲルを少量充填した細胞培養用基材(HCF+Colgel_Low)
実施例1に記載された方法により、ハニカムフィルムの孔内にコラーゲンゲルが充填された細胞培養用基材を作製した。ハニカムフィルム浸漬時のコラーゲン溶液の量を少量とし、ハニカムフィルムの底部のみが浸漬し孔内の一部がコラーゲン溶液で満たされる量とした。コラーゲン溶液の濃度は0.4mg/mLとした。
コラーゲンゲルによる孔の充填率は60%程度であった。また、細胞培養用基材の厚みは1.7μmであった。
【0074】
(基材C)ハニカムフィルムにコラーゲンゲルを多量充填した細胞培養用基材(HCF+Colgel_High)
実施例1に記載された方法により、ハニカムフィルムの孔内にコラーゲンゲルが充填された細胞培養用基材を作製した。ハニカムフィルム浸漬時のコラーゲン溶液の量を、ハニカムフィルムの孔内全体にコラーゲン溶液が満たされる量(すなわちハニカムフィルム全体がコラーゲン溶液に浸漬される量)とした。
コラーゲン溶液の濃度は4.0mg/mLとした。コラーゲンゲルによる孔の充填率は約100%であった。また、細胞培養用基材の厚みは1.7μmであった。
【0075】
ピクロシリウスレッド染色キットによってコラーゲンゲルを染色し、光学顕微鏡で観察した基材A及び基材Cの断面画像を
図4に示す。左図に示される基材Aは、その孔内がコラーゲンゲルで充填されていないが、右図に示される基材Cは、その孔内がコラーゲンゲルで充填されている。
【0076】
ラットの血管内皮細胞及び平滑筋細胞を、基材A~Cのそれぞれ片面ずつに播種し、共培養した。8日後、培養細胞をVE-カドヘリンで染色し、顕微鏡で培養面を観察した。各培養面の顕微鏡像を
図5に示す。
【0077】
血管内皮細胞が細胞培養用基材の培養面を被覆している割合(以下、被覆率ともいう)を下記式により算出した。なお下記式において、細胞培養面の面積とは、細胞培養用基材のうち細胞の播種が行われた部分の面積を表す。すなわち、被覆率が高いほど、細胞接着性に優れるといえる。
【0078】
被覆率(%)={(染色された培養細胞の占める面積)/(細胞培養面の面積)}×100
【0079】
得られた被覆率を以下に示す。
基材A … 82.7±13.1%
基材B … 90.4±0.4%
基材C … 98.9±1.0%
【0080】
上記結果からわかるように、基材Aを用いて細胞培養を行った場合の被覆率に比べて、基材B又は基材Cを用いて細胞培養を行った場合の被覆率は向上していた。特に、基材Cを用いて細胞培養を行った場合の被覆率は最も高いので細胞接着性も高く、ハニカムフィルム孔内のコラーゲンゲルの充填率が高いほど、平滑筋細胞が良好に培養できることが確認された。
【0081】
≪実施例3:細胞培養用基材の機械的性質≫
下記5種類の細胞培養用基材を用意した。
【0082】
(基材D)ポリブタジエン製のハニカムフィルム(HCF-PB)
詳細は実施例1で用いたハニカムフィルムと同様であり、ハニカムフィルム孔内にはコラーゲンゲルは充填されていない。
【0083】
(基材E)ポリブタジエン製のハニカムフィルム孔内にコラーゲンゲルを充填した細胞培養用基材(コラーゲンは湿った状態)(HCF-PB + Collagen Gel (swelled)、又はHCF-PB + Colgelとも表す)
作製方法は実施例2の基材Cと同様である。
【0084】
(基材F)トラックエッチドメンブレン(TEM、メルク社製)
開口率は20%以下である。
【0085】
(基材G)ポリカーボネート製のハニカムフィルム(HCF-PC、特許第4945281号公報等、公知の方法に従い、富士フイルム株式会社で作製したもの)
【0086】
(基材H)コラーゲンビトリゲル(コラーゲンは湿潤状態)(Vitrigel (swelled)、又はVitrigelとも表す。関東化学株式会社製)
【0087】
基材D~Hについて、JIS K 7161-1:2014及びJIS K 7127:1999に基づき、以下の手順により引張試験を行い、ヤング率(Young’s modulus)及び最大伸長率(max elongation又はMaximum elongation)を求めた。具体的には、株式会社イマダ製フォースゲージを用いて、10mm×30mmの短冊状に切り抜いたサンプルの引張試験を実施した。得られた応力ひずみ曲線の弾性領域の傾きからヤング率を、破断時のひずみから最大伸長率を得た。試験はすべて3回実施し、得られた値の平均値を求めた。結果を
図6及び
図7に示す。
【0088】
図6及び
図7からわかるように、基材Eは基材F~Hと比べてヤング率が低く、最大伸長率が高かった。また、基材Eは基材Dと比較しても同程度のヤング率及び最大伸長率を有していた。以上の結果より、基材Eは優れた変形性を有することがわかった。
すなわち、実施例に示す本開示に係る細胞培養用基材及び細胞付き細胞培養用基材は、容易に変形可能であり、かつ良好な細胞接着性に優れる。
【0089】
2019年10月25日に出願された日本国特許出願第2019-194541号の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、及び、技術規格は、個々の文献、特許出願、及び、技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。