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  • 特許-電気泳動装置および生体物質回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】電気泳動装置および生体物質回収方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20240521BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20240521BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N15/10 112Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022546780
(86)(22)【出願日】2020-09-02
(86)【国際出願番号】 JP2020033293
(87)【国際公開番号】W WO2022049674
(87)【国際公開日】2022-03-10
【審査請求日】2023-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 未真
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/048398(WO,A1)
【文献】特表2011-502243(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離媒体を用いて生体物質を分離するために用いられる電気泳動装置であって、
前記電気泳動装置には、分離された目的生体物質を回収するための回収孔が形成されており、
前記電気泳動装置は、前記目的生体物質を注入する注入孔から前記回収孔まで前記目的生体物質が水平方向に移動するチャンバを形成する絶縁部を備え、
前記回収孔は、前記目的生体物質を懸濁可能な溶媒を収容できるように、前記絶縁部のうち一部を形成する絶縁体によって囲われており
緩衝液を収容するためのバッファー槽が、前記回収孔の下方に設けられ、
前記回収孔を囲う前記絶縁体のうち前記回収孔の底面に配置された部分において、前記回収孔と前記バッファー槽との間の一部または全面には、前記目的生体物質に対する透過率が前記目的生体物質ではない物質に対する透過率よりも低い膜が配置され
前記目的生体物質はDNAである、
電気泳動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電気泳動装置を用いた生体物質回収方法において、
前記方法は、前記目的生体物質が前記回収孔に到達する前に、
‐前記回収孔内の緩衝液を除去することと、
‐洗浄液を用いて前記回収孔内を洗浄することと、
‐前記回収孔に前記溶媒を注入することと、
を備え、
前記方法は、さらに、前記目的生体物質が前記回収孔に到達した後に、前記目的生体物質を回収することを備える、生体物質回収方法。
【請求項3】
請求項1に記載の電気泳動装置を用いた生体物質回収方法において、
前記目的生体物質が前記回収孔に到達した後に、前記回収孔内の前記溶媒の上清を除去することと、
前記上清を除去した後に、前記回収孔内の前記目的生体物質を回収することと、
を備える、生体物質回収方法。
【請求項4】
請求項3に記載の生体物質回収方法において、前記溶媒の上清を除去することは、電圧印加を続けながら行われる、生体物質回収方法。
【請求項5】
請求項1に記載の電気泳動装置において、前記バッファー槽は、前記膜が配置される部分以外に、上に向かって開口する開口部を持つ、電気泳動装置。
【請求項6】
請求項1に記載の電気泳動装置において、
前記電気泳動装置は、電圧を印加するための正極および負極を備え、
前記正極は、前記膜より低い位置に配置される、
電気泳動装置。
【請求項7】
請求項6に記載の電気泳動装置において、前記正極は、前記膜の真下領域でない領域に設置される、電気泳動装置。
【請求項8】
請求項1に記載の電気泳動装置において、前記分離媒体および前記回収孔を覆う絶縁部を備える、電気泳動装置。
【請求項9】
請求項1に記載の電気泳動装置において、前記目的生体物質を含む試料を注入するための注入孔が形成されている、電気泳動装置。
【請求項10】
請求項に記載の電気泳動装置において、前記膜は前記目的生体物質を透過せず、前記目的生体物質ではない物質を透過する、電気泳動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電気泳動装置および生体物質回収方法に関する。一例として、電気泳動を用いて幾つかの生体物質から目的物質のみを高純度かつ高濃度の回収液として簡便に回収するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲル電気泳動方法は、電荷を持った物質に電場を印加すると、物質が逆極性の電極方向へ移動する現象を利用して、核酸やたんぱく質などの生体物質を分析する手法である。一般に、生体物質の支持体として、アガロースゲルやアクリルアミドゲルなどの電気泳動ゲルが用いられる。生体物質の分子量によって電気泳動ゲル中の移動速度が異なるため、分子量毎に異なるバンドとして生体物質が分離される。ゲル電気泳動方法は、生体物質の分離に関し高い分解能を持つため、目的とする分子量の生体物質を他の分子量の生体物質から分離し、回収するためにも採用される。
【0003】
目的とする分子量の生体物質の回収方法として、電気泳動により分離した目的のバンドに対し、周囲の電気泳動ゲルごと切除し、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する方法が一般に採用される。しかし、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する際に、生体物質の濃度が変化したり、切除のための工程が余計に必要になったりするという課題があった。
【0004】
電気泳動ゲルを切除する必要がなく、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献1及び2には、予め電気泳動ゲルに生体物質の回収孔を設けることが開示されている。生体物質に回収孔を空ける方法は、目的生体物質よりも早く泳動する不要物が回収孔を通り抜けて泳動を続けることからコンタミの可能性がなくなるという利点があるが、同様の理由から目的生体物質も回収孔を通り抜けやすく、目的生体物質の高回収率化がみこめないという問題があった。
【0005】
同様に、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献3には、電気泳動の流路が二股に分かれていて、電極のスイッチングによって目的生体物質のみを回収用チャンバに移動させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-290109号公報
【文献】特表2010-502962号公報
【文献】米国特許第9719961号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の構成では、目的生体物質の回収率を向上させるのが困難であるという課題があった。
【0008】
たとえば特許文献1及び2の構成は、ゲルの途中に孔が空いた構成のため、回収孔に到達した生体物質は回収孔以降にも電気泳動を続けるため、高効率に目的生体物質を回収することは困難である。
【0009】
なお、特許文献3の構成では、電気的および物理的に分離された2個の回収用チャンバが必要で、その分必要な面積および体積が大きくなるという課題がある。
【0010】
そこで、本発明は、簡素な構成で目的生体物質の回収率を向上させることができる、電気泳動装置および生体物質回収方法を提供することを目的とする。
【0011】
また、そのような電気泳動装置および生体物質回収方法において、とくに懸濁および上清除去を効率的に実行できるものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る電気泳動装置の一例は、分離媒体を用いて生体物質を分離するために用いられる電気泳動装置であって、
前記電気泳動装置には、分離された目的生体物質を回収するための回収孔が形成されており、
前記回収孔は、前記目的生体物質を懸濁可能な溶媒を収容できるように構成され、
緩衝液を収容するためのバッファー槽が、前記回収孔の下方に設けられ、
前記回収孔と前記バッファー槽との間には膜が配置される。
【0013】
また、本発明に係る生体物質回収方法の一例は、上述の電気泳動装置を用いた生体物質回収方法において、
前記方法は、前記目的生体物質が前記回収孔に到達する前に、
‐回収孔内の緩衝液を除去することと、
‐洗浄液を用いて前記回収孔内を洗浄することと、
‐前記回収孔に前記溶媒を注入することと、
を備え、
前記方法は、さらに、前記目的生体物質が前記回収孔に到達した後に、前記目的生体物質を回収することを備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る電気泳動装置および生体物質回収方法によれば、簡素な構成で目的生体物質の回収率を向上させることができる。
【0015】
また、とくに、懸濁および上清除去を効率的に実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の第1の実施形態に係る電気泳動ユニットの垂直断面図。
図2図1の膜の性質の例を説明する模式図。
図3図1の電気泳動ユニットによる分離回収ワークフローを示すワークフロー図。
図4図1の電気泳動ユニットの効果を説明する実験結果のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施の形態を説明するための全図において、同一機能を有するものには同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は省略する場合がある。また、本発明は、以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明は添付の特許請求の範囲によって定義されるが、その思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0018】
図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、範囲などは、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、範囲などを表していない場合がある。このため、本発明は、必ずしも、図面等に開示された位置、大きさ、形状、範囲などに限定されない。
【0019】
本明細書において単数形で表される構成要素は、特段文脈で明らかに示されない限り、複数形を含むものとする。
【0020】
[第1の実施形態]
第1の実施形態に係る電気泳動装置および生体物質回収方法について、図1図3を用いて説明する。
【0021】
図1は、第1の実施形態に係る電気泳動ユニットの垂直断面図である。電気泳動ユニットは、分離媒体を用いて生体物質を分離するために用いられる電気泳動装置である。図1の例では、分離媒体はゲル2であり、ゲル2を覆う絶縁部1が設けられる。
【0022】
電気泳動ユニットは、電圧を印加するための正極6および負極7を備える。正極6および負極7には電源12が接続され、正極6および負極7の間に電圧を印加できるように構成される。図示しないが、電源12の動作を制御する電圧制御装置が電源12に接続されてもよい。
【0023】
電気泳動ユニットには、緩衝液5を収容するためのバッファー槽8が設けられる。バッファー槽8は、正極6および負極7それぞれについて設けられ、正極6および負極7は、それぞれバッファー槽8において緩衝液5に浸される。図1には正極6及び負極7の具体的構造をとくに図示しないが、当業者は適宜、正極6及び負極7を互いに絶縁しつつ電気泳動ユニット内に電場を発生させるよう配置することができる。
【0024】
なお、以下において、回収の対象となる目的生体物質が核酸である場合を例に説明する。核酸は、マイナスに帯電しているため、電気泳動の方向は電場の方向と逆向きとなり、負極7側から正極6側に向かって電気泳動する。なお、プラスに帯電している生体物質を回収する場合は、電気泳動ユニットの向きを逆にするか、正極6及び負極7の配置を逆にする。
【0025】
ゲル2は、目的生体物質と不要物とを分離するために用いられる分離媒体の例である。ゲル2として、例えばアガロースゲル又はポリアクリルアミドゲルなど公知のものを用いることができる。ゲル2の厚みに特に限定はないが、電気泳動により得られる生体物質のバンドがシャープで視認しやすいという観点から、2~18mmであることが好ましい。なおゲル2の厚みは一定でなくてもよい。
【0026】
ゲル2に関連して、注入孔3および回収孔4が設けられる。注入孔3は、分離すべき生体物質(目的生体物質)を含む試料を注入するための構造であり、様々な分子量を有する生体物質の混合物を注入することができる。注入孔3は、本実施形態では、ゲル2の一端またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。注入孔3を設けることにより、注入操作が容易に行える。
【0027】
生体物質は、緩衝液5より比重の大きい液体と混合した注入液として、注入孔3に注入される。生体物質が混合される溶媒として、例えば、グリセロール水溶液や砂糖水等が挙げられる。溶媒がグリセロール水溶液である場合には、グリセロール濃度を例えば6%とすることができる。注入液の粘度は、例えば1mPa・sとすることができる。
【0028】
回収孔4は、分離された目的生体物質(たとえば目的の分子量を有する生体物質)を回収するための構造である。回収孔4は、本実施形態では、ゲル2の一端(ただし注入孔3とは反対側の端)またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。回収孔4を設けることにより、回収操作が容易に行える。
【0029】
注入孔3及び回収孔4の間隔は任意に設定することができるが、回収孔4は、目的の分子量の生体物質がバンドとして現れる位置近傍に設けられることが好ましい。この位置は、分離媒体の組成(たとえばゲル濃度)、目的生体物質の分子量、不要物(たとえば目的生体物質とは区別して廃棄したい物質)の分子量、等に応じて適宜設計することができる。
【0030】
さらに、本実施形態では、回収孔4の側面の一部(一面)がゲル2の端面によって構成され、他の部分がゲル2以外の構造によって構成される。具体的には、側面の残部が絶縁部1によって構成されている。しかしながら、回収孔4の具体的構成はこれに限られず、たとえば回収孔4の側面全体をすべてゲル2によって構成することも可能である。
【0031】
注入孔3及び回収孔4を形成する方法として、例えば、ゲル2を固める前にコームを差し込む方法、固まったゲル2を切除して注入孔3及び回収孔4を形成する方法、固まったゲル2に熱をかけて溶かすことにより注入孔3及び回収孔4を形成する方法、などが挙げられるが、特に限定はない。
【0032】
絶縁部1は、注入孔3の開口を形成する上部開口部9と、回収孔4の開口を形成する上部開口部10とを有する。絶縁部1は、絶縁性の容器(チャンバー)として構成することができ、たとえばゲル2、注入孔3、および回収孔4を覆う形状とすることができる。このような絶縁部1を設けることにより、電気泳動ユニットの構造を物理的に支持しつつ、電流の経路を適切に形成することができる。
【0033】
本実施形態において、注入孔3及び回収孔4は略直方体であるが、その構造、形状、大きさ等は図示のものに限定されない。注入孔3及び回収孔4の構造、形状、大きさ等は、任意に設定することができる。注入孔3及び回収孔4の幅方向寸法(すなわち電場の向きと直交する水平方向の寸法。図2には表れない)は等しくしてもよく、異なっていてもよい。また、試料の注入位置の構造によっては、注入孔3を設けないことも可能である。
【0034】
回収孔4は、溶媒を収容できるように構成される。溶媒は、目的生体物質を懸濁可能なものとする。回収孔4内に目的生体物質が存在している場合には、回収孔4内の溶液を回収することにより、溶媒とともに目的生体物質を回収することができる。
【0035】
正極6側のバッファー槽8は、回収孔4の下方に設けられる。より厳密には、鉛直方向から見た場合に、バッファー槽8のうち少なくとも一部が、回収孔4の少なくとも一部(図1の例では回収孔4の全体)と重複するように設けられる。
【0036】
回収孔4とバッファー槽8との間には膜11が配置される。すなわち、膜11の上面は回収孔4内の溶媒または溶液と接触し、膜11の下面はバッファー槽8内の緩衝液5と接触する。本実施形態では膜11は水平に配置されるが、厳密に水平とする必要はない。
【0037】
本実施形態では、バッファー槽8の一部は回収孔4の側方に設けられている。また、バッファー槽8は、上に向かって開口する開口部8aを持つ。開口部8aは、膜11が配置される部分ではない部分に設けられる開口部である。開口部8aを設けることにより、緩衝液5の供給作業が容易に行える。
【0038】
図2は、膜11の性質を説明する模式図である。膜11の性質は任意であるが、目的生体物質のみを効率的に回収する観点からは、目的生体物質が矢印Aに示すように回収孔4に留まり、それ以外のイオンが矢印Bに示すようにバッファー槽8へと透過するようにすると好適である。
【0039】
一例として、膜11が目的生体物質の透過を阻害するようにすると好適であり、実質的に透過しないようにするとさらに好適である。別の例として、膜11が目的生体物質以外のイオンを透過するようにすると好適であり、実質的に透過を阻害しないようにするとさらに好適である。また別の例として、膜11を選択透過膜とし、目的生体物質に対する膜11の透過率が、少なくとも1種類の別のイオン(すなわち目的生体物質以外のイオン)に対する膜11の透過率よりも低くなるように構成すると好適である。上記各例の性質を組み合わせてもよい。
【0040】
なお、溶媒および緩衝液に対する膜11の透過率は任意に設計可能である。溶媒および/または緩衝液が膜11を透過することにより、これらが部分的に混合されるような構成であってもよい。
【0041】
正極6は、膜11よりも低い位置に配置される。「低い位置」とは、たとえば重力方向下側にある位置を意味する。このような構成によれば、回収孔4内の目的生体物質を電場により膜11に向かって誘導することができ、回収率が向上する。
【0042】
また、正極6は、膜11の真下領域でない領域に配置される。すなわち、鉛直方向から見た場合に、正極6と膜11とが重複しないように配置される。このような構成によれば、正極6を膜11より低い位置に配置した場合であっても、正極6で発生する気泡が膜11に接触することが抑制され、膜11の機能が適切に維持される。
【0043】
目的生体物質(少なくともその一部)は膜11に付着することになるが、回収孔4とバッファー槽8との位置関係によれば、膜11は回収孔4の底面を構成する。このため、膜11に付着した目的生体物質を、回収孔4から挿入する懸濁装置(たとえばピペット)により懸濁する作業が効率的に行える。より具体的には、膜11が回収孔4の側面を構成する場合に比べ、目的生体物質の懸濁を効率的に行える。
【0044】
また、膜11が回収孔4の底面を構成するので、目的生体物質の大部分が回収孔4の底面付近まで泳動する。このため、回収孔4内の上部に存在する目的生体物質の量が少なくなる。したがって、目的生体物質の回収前に溶媒の上清を除去する場合に、上清とともに除去される目的生体物質を低減することができ、上清除去作業が効率的に行える。
【0045】
さらに、膜11が回収孔4の底面を構成するので、膜11に付着した目的生体物質を回収孔4の上方から容易に観察することができる。
【0046】
このように、第1の実施形態に係る電気泳動装置および生体物質回収方法によれば、簡素な構成で目的生体物質の回収率を向上させることができる。また、とくに、懸濁および上清除去を効率的に実行することができる。
【0047】
次に、図3を参照して、図1の電気泳動ユニットによる分離回収ワークフローを説明する。このワークフローは電気泳動方法に係るものであり、とくに、上述の電気泳動ユニットを用いた生体物質回収方法を表す。
【0048】
本実施形態に係る電気泳動方法は、ステップ13~20の各工程を有する。ステップ13は、ユーザーがゲル2の注入孔3に、目的生体物質を含む注入液を注入する工程である。
【0049】
ステップ14は、電源12が注入孔3及び回収孔4を通る電場を印加して電気泳動を行う工程である。このステップ14は、より詳細には、目的生体物質を回収孔4に向かって移動させる電圧の印加を開始する工程(電圧印加開始工程)と、電圧印加開始工程の後に、電圧の印加を停止する工程(電圧印加停止工程)とを含む。
【0050】
ステップ15は、目的生体物質が回収孔4に到達する前に、回収孔4内の緩衝液を除去する工程(緩衝液除去工程)を含む。また、場合によっては、ステップ15は、緩衝液除去工程の後に、洗浄液を用いて回収孔4を洗浄する工程(洗浄工程)を含む。この洗浄工程は、たとえば回収孔4に洗浄液を注入する工程と、回収孔4から洗浄液を除去する工程とを含んでもよい。
【0051】
このように、回収孔4内の緩衝液を除去し洗浄することにより、不要物(たとえば目的外の生体物質)の除去性能が高くなる。これによって、回収される溶液中における目的生体物質の濃度を向上させることができる。
【0052】
ステップ16は、ユーザーが回収孔4に溶媒を注入する工程(溶媒注入工程)である。
【0053】
ステップ15およびステップ16を実行するタイミングは、当業者が適宜設計することができるが、たとえば目的生体物質が回収孔4に到達する前とすることができる。たとえば、目的生体物質を予め染色しておき、目視によってタイミングを決定してもよい。または、目的生体物質が回収孔4に到達する時間を予め測定または推定しておき、経過時間に基づいてタイミングを決定してもよい。濃度を効率的に向上させる観点からは、ステップ15およびステップ16は、目的生体物質が回収孔4に到達する直前に行うと好適である。
【0054】
ステップ17は、電源12が注入孔3及び回収孔4を通る電場を再度印加して電気泳動を行う工程である。このステップ17は、より詳細には、上記ステップ14と同様に、目的生体物質を回収孔4に向かって移動させる電圧の印加を開始する工程(電圧印加再開工程)と、電圧印加再開工程の後に、電圧の印加を停止する工程(電圧印加停止工程)とを含む。
【0055】
ステップ17により、目的生体物質が回収孔4内に到達する。ここで、膜11が目的生体物質を透過させないように構成されている場合には、電圧印加の停止が遅れても(または電圧の印加が停止されなくても)目的生体物質は回収孔4内に留まり、目的生体物質の回収効率が改善する。さらに、膜11が目的生体物質以外のイオンを透過させるように構成されている場合には、回収される溶液中における目的生体物質の濃度を向上させることができる。
【0056】
ステップ18は、ユーザーが回収孔4に到達した目的生体物質を回収孔4から回収する工程(回収工程)である。たとえば、ユーザーは、回収孔4内の試料溶液を取得することによって目的生体物質を回収する。
【0057】
このステップ18は、回収孔4内の溶媒の上清を除去する工程(上清除去工程)と、上清を除去した後に、回収孔4内の目的生体物質を回収する工程(除去後回収工程)とを含んでもよい。回収孔4内の上清を適切な量だけ除去し、残りの溶液を回収することで目的生体物質の濃度を任意に選択することができる。除去すべき上清の量は、たとえば、回収孔4の容量と、回収すべき溶液の量との差分を計算して求めることができる。また、上清の除去および目的生体物質の回収は、適切な分注機構(たとえばピペット)を用いて実行することができる。
【0058】
除去後回収工程では、たとえば溶媒を懸濁した後に、目的生体物質を含む溶液が回収される。
【0059】
ここで、ステップ17の最後の電圧印加停止工程を省略してもよい。その場合には、目的生体物質が回収孔4に到達した後に、電圧印加を続けながらステップ18の上清除去工程が実行されることになる。また、その場合には、上清除去工程の実行後、除去後回収工程の実行前に、電圧印加を停止してもよい。
【0060】
このような構成によれば、目的生体物質が電圧によって下方に誘導されている状態で上清が除去されるので、上清とともに除去される目的生体物質の量を低減することができ、より高濃度な目的生体物質を回収することができる。
【0061】
ステップ19は、他に目的生体物質があるかを決定する工程である。ステップ19にて他に目的生体物質がある場合には、ステップ20が実行される。ステップ20は、回収孔4に緩衝液を注入する工程(緩衝液注入工程)である。ステップ20の後は、上記ステップ14に戻って各工程を繰り返す。すなわち、追加のステップ14(電圧印加開始工程および電圧印加停止工程)、追加のステップ15(緩衝液除去工程および洗浄工程)、追加のステップ16(溶媒注入工程)、追加のステップ17(電圧印加再開工程および電圧印加停止工程)、および追加のステップ18(回収工程)が実行され、さらに追加のステップ19において他の目的生体物質があるかを決定する。このような繰り返しにより、複数種類の目的生体物質を、分子量が小さい順に回収することができる。
【0062】
このように、第1の実施形態に係る電気泳動ユニットおよび関連する生体物質回収方法によれば、従来の方法に比べて高効率かつ高濃度に目的生体物質を分画及び回収することが可能となる。
【0063】
また、そのような効果を簡素な構成で得ることができる。たとえば、従来の構成には分離媒体の流路を分岐させたものがあるが(特許文献3等)、そのような構成と比較すると、本発明の第1の実施形態に係る電気泳動ユニットおよび関連する生体物質回収方法では分離媒体の流路を一続きにできるため、一サンプルの処理に必要な体積を小さくすることができ、構成が簡素となる。
【実施例
【0064】
以下、第1の実施形態の実施例について説明する。
【0065】
(電気泳動ゲルの作製)
注入孔3及び回収孔4を有するアガロースゲルを作製した。アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器に流し入れて成型した。注入孔3は、開口寸法1mm×5mm、深さ3mmになるように、回収孔4は、開口寸法2mm×5mm、深さ4mmになるように、アガロースゲルが固まる前にコームを差し込むことで、それぞれ形成した。注入孔3及び回収孔4の距離は20mmとした。
【0066】
(電気泳動)
作製したアガロースゲルを電気泳動装置(ミューピット(登録商標)、ミューピット社製)に水平に設置し、1×TAE緩衝液(Tris Acetate EDTA Buffer)をバッファー槽8に注ぎ、アガロースゲルの上面ぎりぎりまで満たした。注入孔3及び回収孔4の内部もTAE緩衝液で満たした。その後、種々の長さの核酸を含む試料溶液5μLに、6×DNA Loading Dye(Thermo Fisher Scientific社製)1μLを混合して注入液とし、注入孔3に注入した。
【0067】
注入液の注入後、100Vの電圧を印加し電気泳動を行った。
【0068】
次に、目的長さの核酸が回収孔4の直前にあるときに電圧を停止し、回収孔4内の緩衝液を除去した。次に、蒸留水40μLを注入し、20回ピペッティング後除去した。次に、溶媒として蒸留水40μLを注入した。
【0069】
再度100Vの電圧を印加し、目的長さの核酸が回収孔に入った後に電圧を停止し、核酸溶液を取得した。
【0070】
取得した溶液は、核酸定量装置TapeStation4200(Agilent Technologies, Ltd.)を用いて定量した。定量結果から、目的核酸をコンタミなく80%回収できていることを確認した。
【0071】
図4は、第1の実施形態に係る電気泳動ユニットの効果を説明する実験結果のグラフである。第1の実施形態に係る電気泳動ユニットでは、上述のように膜11を水平に配置した。これに対し、比較例に係る電気泳動ユニットでは、膜11を垂直に(すなわち回収孔4の側面を構成するように)配置し、回収孔4の底面は絶縁部1で構成した。
【0072】
実験条件はいずれも同一である。サンプル(目的生体物質)として大腸菌のDNAサンプル25ngを用い、回収率を測定した。印加する電圧は100Vとし、泳動時間は40分とした。ゲル2として3% Seakem GTG-TAEを用いた。目的生体物質の定量にはQubit dsDNA Kitを用いた。
【0073】
図4に示すように、比較例では40%~55%程度の回収率に留まったが、第1の実施形態に係る電気泳動ユニットでは60%~95%程度の高い回収率を得ることができた。
【符号の説明】
【0074】
1…絶縁部
2…ゲル(分離媒体)
3…注入孔
4…回収孔
5…緩衝液
6…正極
7…負極
8…バッファー槽(8a…開口部)
9,10…上部開口部
11…膜
12…電源
図1
図2
図3
図4