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特許7492676腐食電流密度の推定方法、鋼材の劣化推定方法、および、防食電流の制御方法
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  • 特許-腐食電流密度の推定方法、鋼材の劣化推定方法、および、防食電流の制御方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-22
(45)【発行日】2024-05-30
(54)【発明の名称】腐食電流密度の推定方法、鋼材の劣化推定方法、および、防食電流の制御方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/26 20060101AFI20240523BHJP
   G01N 17/00 20060101ALI20240523BHJP
   C23F 13/02 20060101ALI20240523BHJP
   C23F 13/22 20060101ALI20240523BHJP
【FI】
G01N27/26 351P
G01N17/00
G01N27/26 351J
C23F13/02 L
C23F13/22
C23F13/02 B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020126610
(22)【出願日】2020-07-27
(65)【公開番号】P2022023578
(43)【公開日】2022-02-08
【審査請求日】2023-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】弁理士法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】鹿島 篤志
(72)【発明者】
【氏名】小堺 規行
(72)【発明者】
【氏名】沖原 直生
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-207279(JP,A)
【文献】特開2014-224760(JP,A)
【文献】特開2008-297600(JP,A)
【文献】小山理恵ほか,自然電位を用いた鉄筋腐蝕状態の推定手法に関する基礎的研究,土木学会論文集,1996年11月,Vol.550, No.33,pp.13-22
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26,
G01N 17/00,
C23F 13/02,13/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を推定するための腐食電流密度の推定方法であって、
鋼材における腐食電流密度を推定する箇所に達するようにコンクリート構造物に形成された削孔内に照合電極が挿入され、該削孔内で照合電極と鋼材とが電気的に接触するように配置され、該照合電極と鋼材とが電気的に接続されており、
鋼材に電流を供給するための対極がコンクリート構造物の表面に設置されると共に、該対極と鋼材とが電源装置を介して電気的に接続されており、
対極から鋼材に印加電流を供給していない状態から鋼材に印加電流を供給して鋼材をカソード分極させると共に、照合電極に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材へ供給する印加電流を増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定するカソード分極工程と、
対極から鋼材に印加電流を供給していない状態から鋼材に印加電流を供給して鋼材をアノード分極させると共に、照合電極に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材へ供給する印加電流を増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定するアノード分極工程と、
FEM解析を用いてコンクリート構造物のFEM解析モデルを作成する工程と、
鋼材の自然電位と対極の自然電位とコンクリート構造物の電気抵抗率とをFEM解析の境界条件として用いると共に、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所の印加電圧を変更し、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所のモデル印加電流をカソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と一致させるフィッティング工程と、
フィッティング工程後、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と鋼材の自然電位と対極の自然電位とコンクリート構造物の電気抵抗率とを境界条件としてFEM解析を行い、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所で各分極量が得られる際の鋼材のモデル印加電流を求めると共に、各分極量が得られる際の鋼材のモデル印加電流それぞれをコンクリート構造物における鋼材の腐食電流密度の推定箇所の表面積で除することでFEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度を算出する工程と、
カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の鋼材電位と、FEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度とを用いて分極曲線を作成し、該分極曲線からターフェル外挿法により腐食電流密度を求める工程と、
を備える腐食電流密度の推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材の腐食速度を算出する工程と、
前記腐食速度に基づいて所定の材齢のコンクリート構造物に埋設された鋼材の減少量を算出する工程とを備える、
コンクリート構造物に埋設された鋼材の劣化推定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材に供給する防食電流を制御する防食電流の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を推定するための腐食電流密度の推定方法、および、斯かる推定方法で得られる腐食電流密度の推定値に基づいて鋼材の劣化状態を推定する鋼材の劣化推定方法に関する。また、上記の腐食電流密度の推定値に基づいて防食電流を制御する防食電流の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物に埋設されている鋼材は、表面に不動態皮膜が形成されているため、本来、腐食から保護されている。ところが、沿岸地域や凍結防止剤が頻繁に使用される地域などのように、塩素成分が多量に存在する環境下では、塩素成分が構造物中に侵入して鋼材表面の不動態皮膜を部分的に破壊する場合がある。そして、不動態皮膜が破壊された部分からは、鉄イオンが溶出するため、鋼材が腐食(酸化)することなる。
【0003】
上記のように、鋼材に部分的な腐食が生じることによって、鋼材には、腐食した領域(アノード部)と腐食していない領域(カソード部)とが形成される。このようなアノード部とカソード部との間には、電位差が生じており、アノード部からカソード部へ電子が流れることで腐食電流が発生し、アノード部からの鉄イオンの溶出(腐食)を更に進行させる要因となる。
【0004】
このような腐食の進行を防止する方法としては、チタンなどの素材を用いて形成された陽極材から鋼材に対して電流(防食電流)を供給する電気防食方法が知られている。該電気防食方法は、鋼材に対して防食電流を供給することで、アノード部とカソード部との間に生じる電位差を解消し、腐食電流が発生するのを防止する方法である。
【0005】
斯かる電気防食方法では、供給する電流の管理(あるいは、陽極材と鋼材との間にかける電圧の管理)、つまりは防食電流量の管理が行われる。供給電流の管理は、電流を供給した際の鋼材の分極量や、供給電流を遮断した後の鋼材の復極量が所定の範囲となるように管理することで行われる。
【0006】
上記のような電気防食方法において、効果的な防食効果を得るためには、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食状態を定量的に推定することが重要である。鋼材の腐食状態を定量的に推定する方法としては、ターフェル外挿法を用いて腐食電流密度を推定し、該腐食電流密度の推定値に基づいて鋼材の腐食速度を推定する方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2016/002897号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、ターフェル外挿法を用いて鋼材の腐食電流密度を推定する場合、鋼材の分極試験を行って分極曲線を作成し、該分極曲線にターフェル外挿法を適用する。分極試験では、鋼材に対して電流を供給する対極と照合電極とをコンクリート構造物の表面に設置し、対極から鋼材へ供給する電流の密度(以下では、「供給電流密度」とも記す)を変更しつつ鋼材の電位を測定し、各供給電流密度とこれに対する鋼材の電位とに基づいて分極曲線を作成する。このため、鋼材の所定箇所における腐食電流密度を推定する場合、推定箇所に実際に供給される電流の供給電流密度とこれに対する鋼材の電位とを把握することが、正確な推定を行う上で必要となる。
【0009】
しかしながら、コンクリート構造物では、コンクリートのかぶり、コンクリートの電気抵抗率、鋼材の配筋状況等の影響によって、対極からの電流が拡散してしまい、鋼材における腐食電流密度の推定箇所に実際に供給される電流の供給電流密度を把握することは困難である。このため、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を、ターフェル外挿法を用いて定量的に推定することは困難と考えられていた。
【0010】
そこで、本発明は、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を、ターフェル外挿法を用いて比較的正確に推定することができる腐食電流密度の推定方法、および、腐食電流密度の推定値に基づいて鋼材の劣化を比較的正確に推定することができる鋼材の劣化推定方法を提供することを課題とする。また、腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度の推定値に基づいて防食電流を制御する防食電流の制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る腐食電流密度の推定方法は、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を推定するための腐食電流密度の推定方法であって、鋼材における腐食電流密度を推定する箇所に達するようにコンクリート構造物に形成された削孔内に照合電極が挿入され、該削孔内で照合電極と鋼材とが接触するように配置されると共に、該照合電極と鋼材とが電気的に接続されており、鋼材に電流を供給するための対極がコンクリート構造物の表面に設置されると共に、該対極と鋼材とが電源装置を介して電気的に接続されており、対極から鋼材に印加電流を供給していない状態から鋼材に印加電流を供給して鋼材をカソード分極させると共に、照合電極に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材へ供給する印加電流を増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定するカソード分極工程と、対極から鋼材に印加電流を供給していない状態から鋼材に印加電流を供給して鋼材をアノード分極させると共に、照合電極に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材へ供給する印加電流を増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定するアノード分極工程と、FEM解析を用いてコンクリート構造物のFEM解析モデルを作成する工程と、鋼材の自然電位と対極の自然電位とコンクリート構造物の電気抵抗率とをFEM解析の境界条件として用いると共に、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所の印加電圧を変更し、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所のモデル印加電流をカソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と一致させるフィッティング工程と、フィッティング工程後、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と鋼材の自然電位と対極の自然電位とコンクリート構造物の電気抵抗率とを境界条件としてFEM解析を行い、FEM解析モデルにおける鋼材の腐食電流密度の推定箇所で各分極量が得られる際のモデル印加電流を求めると共に、各分極量が得られる際のモデル印加電流それぞれをコンクリート構造物における鋼材の腐食電流密度の推定箇所の表面積で除することでFEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度を算出する工程と、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の鋼材電位と、FEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度とを用いて分極曲線を作成し、該分極曲線からターフェル外挿法により腐食電流密度を求める工程とを備える。
【0012】
斯かる構成によれば、FEM解析を行うことで、アノード分極工程およびカソード分極工程における各分極量が得られる際のモデル電流密度を得ることができ、該モデル電流密度は、実際のコンクリート構造物における照合電極を設置した位置(鋼材の腐食電流密度の推定箇所)の電流密度の推定値となる。これにより、斯かるモデル電流密度と、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の鋼材電位とに基づいて分極曲線を作成し、ターフェル外挿法によって分極曲線から腐食電流密度を求めることで、実際のコンクリート構造物における照合電極を設置した位置(鋼材の腐食電流密度の推定箇所)の腐食電流密度を比較的正確に推定することができる。
【0013】
本発明に係る鋼材の劣化推定方法は、上記の腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材の腐食速度を算出する工程と、前記腐食速度に基づいて所定の材齢のコンクリート構造物に埋設された鋼材の減少量を算出する工程とを備える。
【0014】
斯かる構成によれば、腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材の腐食速度を算出することで、比較的正確な鋼材の腐食速度を得ることができる。このため、所定の材齢のコンクリート構造物に埋設された鋼材の減少量を比較的正確に推定することができる。
【0015】
本発明に係る防食電流の制御方法は、上記の腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材に供給する防食電流を制御する。
【0016】
斯かる構成によれば、上記の腐食電流密度の推定方法によって、照合電極を設置した位置(鋼材における腐食電流密度の推定箇所)における腐食電流密度を比較的正確に推定することができるため、該腐食電流密度に基づいて鋼材に供給する防食電流を制御することで、より効果的な電気防食を行うことができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を、ターフェル外挿法を用いて比較的正確に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係るコンクリート構造物、鋼材、対極、および、照合電極の設置状態を示した概略図。
図2】実施例の試験で作成された分極曲線を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態について、図1を参照しながら説明する。
なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照符号を付しその説明は繰り返さない。
【0020】
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法は、図1に示すように、コンクリート構造物Xに埋設された鋼材(鉄筋等)X1の腐食電流密度を推定するものである。本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、照合電極1と対極2とが使用される。また、本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、照合電極1と鋼材X1とに電気的に連結されるマルチメーター3と、対極2と鋼材X1とに電気的に連結される電源装置4とが使用される。
【0021】
照合電極1は、鋼材X1の電位を測定する際の基準となるものである。具体的には、照合電極1と鋼材X1との間の電位差が鋼材の電位として測定される。照合電極1としては、一般的に用いられるものを使用することができ、例えば、飽和銀塩化銀照合電極、銅硫酸銅照合電極、鉛照合電極、または二酸化マンガン照合電極等を用いることができる。
【0022】
対極2は、鋼材X1に印加電流を供給し、鋼材X1を分極させるように構成されている。対極2としては、特に限定されるものではなく、例えば、環状、板状、棒状、または、帯状に形成されたものを用いることができる。対極2を形成する素材としては、特に限定されるものではなく、チタン製のもの等を用いることができる。
【0023】
マルチメーター3は、照合電極1に基づいて測定される鋼材X1の自然電位、直流電位(Instantoff電位:通電時の真の鋼材電位)、直流分極量を受信して表示するように構成されている。
【0024】
電源装置4は、対極2から鋼材X1へ向けてコンクリート構造物X内を直流電流が流れるように、対極2と鋼材X1との間に電位差を生じさせるように(電圧を調節可能に)構成されている。
【0025】
<対極および照合電極の設置>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、鋼材X1における腐食電流密度を推定する箇所に達するようにコンクリート構造物Xに形成された削孔X2内に電解質(具体的には、導電性ゲル等)を充填し、更に該削孔内に照合電極1を挿入する。そして、該削孔X2内で照合電極1と鋼材X1とを接触させる(具体的には、電解質を介して電気的に接触させる)。また、照合電極1と鋼材X1とを電気的に(具体的には、マルチメーター3を介して電気的に)接続する。
【0026】
また、対極2と鋼材X1とを電源装置4を介して電気的に接続する。具体的には、コンクリート構造物Xの表面に接するように対極2を設置すると共に、該対極2と鋼材X1とを電源装置4を介して電気的に接続する。また、コンクリート構造物Xの削孔X2の近傍で削孔X2を囲むように対極2を設置する。本実施形態では、対極2は、環状に形成されているため、対極2の内側に削孔X2が位置するように、対極2を設置する。
【0027】
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、対極2の自然電位と鋼材X1の自然電圧とを測定することが好ましい。対極2の自然電位を測定する際には、対極2と照合電極1とをマルチメーター3に接続し、電流の印加前に、照合電極1を基準に自然電位を測定する。また、鋼材X1の自然電圧を測定する際には、鋼材X1と照合電極1とをマルチメーター3に接続し、電流の印加前に、照合電極1を基準に自然電位を測定する。
【0028】
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、コンクリート構造物の電気抵抗率を測定することが好ましい。コンクリート構造物の電気抵抗率は、4点電極法(4プローブ法)により測定することができる。
【0029】
<カソード分極工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、対極2から鋼材X1に印加電流を供給していない状態から鋼材X1に印加電流を供給して鋼材X1をカソード分極させるカソード分極工程を行う。該カソード分極工程では、照合電極1に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材X1の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材X1へ供給する印加電流を所定の掃印速度で増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の電流値、電圧値および鋼材電位を照合電極1に基づいて測定する。なお、カソード分極工程を後述のアノード分極工程後に行う場合には、アノード分極工程後、5分間以上電流印加を停止させ、再度自然電位からカソード分極させる。
【0030】
<アノード分極工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、対極2から鋼材X1に印加電流を供給していない状態から鋼材X1に印加電流を供給して鋼材X1をアノード分極させるアノード分極工程を行う。該アノード分極工程では、照合電極1に基づいて測定される鋼材電位から求まる鋼材X1の分極量が所定値となるまで分極量が増加するように鋼材X1へ供給する印加電流を所定の掃印速度で増加させ、任意の複数の分極量のそれぞれが得られる際の電流値、電圧値および鋼材電位を照合電極1に基づいて測定する。なお、アノード分極工程をカソード分極工程後に行う場合には、カソード分極工程後、5分間以上電流印加を停止させ、再度自然電位からアノード分極させる。
【0031】
<FEM解析モデルを作成する工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、FEM解析を用いてコンクリート構造物のFEM解析モデルを作成する。該FEM解析モデルの作成は、コンクリート構造物Xの配筋状況(具体的には、鋼材の配置間隔、コンクリートのかぶり厚み、鋼材径)を境界条件として行うことができる。配筋状況は、電磁波レーダー法並びに電磁誘導法を用いて測定したものであってもよく、コンクリート構造物Xの設計情報(設計図等)から得たものであってもよい。
【0032】
<フィッティング工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、鋼材X1の自然電位と対極2の自然電位とコンクリート構造物Xの電気抵抗率とをFEM解析の境界条件として用いると共に、FEM解析モデルにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所の印加電圧を変更し、FEM解析モデルにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所のモデル印加電流をカソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と一致させる工程を行う(フィッティング工程)。
【0033】
<モデル電流密度を算出する工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、フィッティング工程後、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の印加電流と鋼材X1の自然電位と対極2の自然電位とコンクリート構造物Xの電気抵抗率とを境界条件としてFEM解析を行い、FEM解析モデルにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所で各分極量が得られる際のモデル印加電流を求めると共に、各分極量が得られる際のモデル印加電流のそれぞれをコンクリート構造物における鋼材の腐食電流密度の推定箇所の表面積で除することでFEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度を算出する工程を行う。
【0034】
<腐食電流密度(推定値)を求める工程>
本実施形態に係る腐食電流密度の推定方法では、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の鋼材電位と、FEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度とを用いて分極曲線を作成し、該分極曲線からターフェル外挿法により腐食電流密度を求める工程を行う。具体的には、各分極曲線におけるターフェル勾配およびターフェル直線を求め、ターフェル直線同士の交点における腐食電流密度を求める。斯かる腐食電流密度は、照合電極1を設置した位置(鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所)における腐食電流密度の推定値となる。
【0035】
<鋼材の劣化推定方法>
上記のように構成される腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度は、鋼材X1の劣化状態を推定する鋼材の劣化推定方法で用いることができる。
【0036】
<腐食速度(推定値)を算出する工程>
本実施形態に係る鋼材の劣化推定方法では、上記の腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度(推定値)に基づいて鋼材X1の腐食速度の推定値を算出する。具体的には、鋼材X1の腐食速度(推定値)は、ファラデーの第二法則に基づいて、上記の腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度(推定値)から算出することができる。該腐食速度(推定値)は、鋼材X1の単位表面積において単位時間当たりに減少する鋼材X1の質量の推定値である。
【0037】
<鋼材の減少量(推定値)を算出する工程>
本実施形態に係る鋼材の劣化推定方法では、上記の腐食速度(推定値)に基づいて所定の材齢のコンクリート構造物Xに埋設された鋼材X1の減少量の推定値を算出する。具体的には、鋼材X1における照合電極1を設置した位置(鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所)の表面積とコンクリート構造物Xの材齢と腐食速度(推定値)とに基づいて鋼材X1の減少量の推定値を算出する。
【0038】
<防食電流の制御方法>
上記のように構成される腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度(推定値)は、鋼材X1の電気防食を行う際に、防食電流を制御するために用いることができる。具体的には、上記のように構成される腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度(推定値)に対応した電流密度で防食電流を鋼材X1に供給することで、鋼材X1に流れる腐食電流が消失または低減し、これによって鋼材X1の腐食が抑制される。このため、上記の腐食電流密度の推定方法で得られる腐食電流密度(推定値)に対応した電流密度となるように防食電流の供給を制御することで、効果的な電気防食を行うことができる。
【0039】
以上のように、本発明に係る腐食電流密度の推定方法、鋼材の劣化推定方法、および、防食電流の制御方法は、コンクリート構造物に埋設された鋼材の腐食電流密度を、ターフェル外挿法を用いて比較的正確に推定することができる。
【0040】
即ち、FEM解析を行うことで、アノード分極工程およびカソード分極工程における各分極量が得られる際のモデル電流密度を得ることができ、該モデル電流密度は、実際のコンクリート構造物Xにおける照合電極1を設置した位置(鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所)の電流密度の推定値となる。これにより、斯かるモデル電流密度と、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られる際の鋼材X1の電位とに基づいて分極曲線を作成し、ターフェル外挿法によって分極曲線から腐食電流密度を求めることで、実際のコンクリート構造物Xにおける照合電極1を設置した位置(鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所)の腐食電流密度を比較的正確に推定することができる。
【0041】
また、上記の腐食電流密度の推定方法で求められる腐食電流密度に基づいて鋼材X1の腐食速度を算出することで、比較的正確な鋼材X1の腐食速度を得ることができる。このため、所定の材齢のコンクリート構造物Xに埋設された鋼材X1の減少量を比較的正確に推定することができる。
【0042】
また、上記の腐食電流密度の推定方法によって、照合電極1を設置した位置(鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所)における腐食電流密度を比較的正確に推定することができるため、該腐食電流密度に基づいて鋼材X1に供給する防食電流を制御することで、より効果的な電気防食を行うことができる。
【0043】
なお、本発明に係る腐食電流密度の推定方法、鋼材の劣化推定方法、および、防食電流の制御方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、上記した複数の実施形態の構成や方法等を任意に採用して組み合わせてもよく(1つの実施形態に係る構成や方法等を他の実施形態に係る構成や方法等に適用してもよく)、さらに、下記する各種の変更例に係る構成や方法等を任意に選択して、上記した実施形態に係る構成や方法等に採用してもよいことは勿論である。
【0044】
例えば、上記実施形態では、対極2が環状に形成され、内側に照合電極1が配置されるように構成されているが、これに限定されるものではなく、例えば、複数の対極2を照合電極1の周囲に配置するように構成されてもよい。
【0045】
また、上記実施形態において、カソード分極工程を行った後、アノード分極工程を行ってもよく、アノード分極工程を行った後、カソード分極工程を行ってもよい。
【実施例
【0046】
次に、実施例および比較例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。
【0047】
<使用材料>
・セメント:普通ポルトランドセメント(密度3.15g/cm,比表面積3300cm/g、住友大阪セメント社製)
・鋼材:主筋D32、配力筋D16
・細骨材:茨城県産陸砂(表乾密度2.60g/cm)と栃木県産砕砂(表乾密度2.68g/cm)の混合砂
・粗骨材:茨城県産砕石(表乾密度2.65g/cm)と栃木県産石灰砕石(表乾密度2.70g/cm)の混合砕石
【0048】
<コンクリート構造物の作製>
上記の材料を用いて下記表1の配合で、上記実施形態と同様のコンクリート構造物Xを作成した。コンクリート構造物Xのサイズは、90cm×70cm×20cmとした。また、コンクリート構造物Xに埋設された鋼材X1は、主筋D32を8cmピッチ、配力筋D16を33.5cmピッチ、かぶり5cmとした。
【0049】
【表1】
【0050】
<コンクリート構造物の配筋状況の測定>
上記のコンクリート構造物Xを脱型して3ヶ月経過した時点(材齢3ヶ月)で、コンクリート構造物Xの配筋状況を上記実施形態の方法で測定した。
【0051】
<コンクリート構造物の電気抵抗率の測定>
材齢3ヶ月のコンクリート構造物Xの電気抵抗率を4点電極法(4プローブ法)で測定した。コンクリート構造物の電気抵抗率は、8.07kΩ・cmであった。
【0052】
<照合電極と対極の設置>
上記実施形態と同様に、鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所でコンクリート構造物Xを削孔し、鋼材X1に達する削孔X2(φ30mm)を形成した。そして、斯かる削孔X2内に露出した鋼材X1の周囲に導電性のクリームを塗布すると共に、上記実施形態と同様の照合電極1を削孔X2に挿入し、該照合電極1を鋼材X1と接触させた状態で設置した。
また、上記実施形態のように、環状の対極2(チタンメッシュ対極)の内側に削孔X2が位置するように、対極2をコンクリート構造物Xの表面に設置した。
そして、鋼材X1と対極2とを電源装置4(北斗電工社製 ポテンショ/ガルバノスタット)を介して電気的に接続し、鋼材X1と照合電極1とをマルチメーター3(製品名:TY720、横河計測社製)を介して電気的に接続した。
【0053】
<対極2及び鋼材X1における自然電位及び自然電圧の測定>
上記実施形態と同様の方法で、対極2および鋼材X1の自然電位、対極2および鋼材X1の自然電圧を測定した。測定結果については、下記表3に示す。
【0054】
<カソード分極工程>
上記実施形態と同様の方法でカソード分極工程を行った。具体的には、対極2から鋼材X1へ印加電流を供給していない状態(印加電流が0mAの状態)から200mVまで分極量が増加するように掃印速度40mV/minで印加電流を増加させ、各分極量が得られた際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定した。分極量、印加電圧、印加電流、および、鋼材電位の測定結果については、下記表2に示す。
【0055】
<アノード分極工程>
上記のカソード分極工程後、5分以上の時間を空けて、上記実施形態と同様の方法でアノード分極工程を行った。具体的には、対極2から鋼材X1へ印加電流を供給していない状態(印加電流が0mAの状態)から200mVまで分極量が増加するように掃印速度40mV/minで印加電流を増加させ、各分極量が得られた際の鋼材電位を照合電極に基づいて測定した。分極量、印加電圧、印加電流、および、鋼材電位の測定結果については、下記表2に示す。
【0056】
<FEM解析モデルを作成する工程>
上記で作成したコンクリート構造物Xの情報に基づいて、FEM解析モデルを作成した。FEM解析モデルの大きさは、照合電極1を設置した位置から300mm以上の大きさとした。
【0057】
<フィッティング工程>
上記実施形態と同様に、フィッティング工程を行い、FEM解析モデルにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所のモデル印加電流をカソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と一致させる。
【0058】
<モデル電流密度を算出する工程>
フィッティング工程後、カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の印加電流と鋼材X1の自然電位と対極2の自然電位とコンクリート構造物Xの電気抵抗率とを境界条件としてFEM解析を行い、FEM解析モデルにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所で各分極量が得られる際のモデル印加電流を求めた。
また、該各分極量が得られる際のモデル印加電流それぞれをコンクリート構造物Xにおける鋼材X1の腐食電流密度の推定箇所の表面積で除することでFEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度を算出した。
鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所の表面積、モデル印加電流、モデル電流密度については、下記表4に示す。
【0059】
<腐食電流密度(推定値)を求める工程>
カソード分極工程およびアノード分極工程における各分極量が得られた際の鋼材電位と、FEM解析モデルにおける各分極量が得られる際のモデル電流密度とを用いてカソード分極の分極曲線とアノード分極の分極曲線とを作成した。
そして、各分極曲線からターフェル外挿法によりFEM解析モデルにおける腐食電流密度を求めた。具体的には、各分極曲線におけるターフェル勾配およびターフェル直線を求め、ターフェル直線同士の交点におけるモデル電流密度を腐食電流密度として求めた。
斯かる腐食電流密度は、実際のコンクリート構造物Xにおいて、照合電極1を設置した位置(鋼材X1における腐食電流密度の推定箇所)の腐食電流密度の推定値となる。
各分極曲線およびターフェル直線については、図2に示す。
また、腐食電流密度(推定値)については、下記表5に示す。
【0060】
<腐食速度(推定値)を算出する工程>
ファラデーの第二法則に基づいて上記の腐食電流密度(推定値)から鋼材の腐食速度(推定値)を算出した。該腐食速度(推定値)は、鋼材X1の単位表面積において単位時間当たりに腐食する(減少する)鋼材X1の質量(推定値)である。
また、腐食速度(推定値)については、下記表5に示す。
【0061】
<鋼材の減少量(推定値)を算出する工程>
上記の腐食速度(推定値)に基づいて、材齢3ヶ月のコンクリート構造物Xにおける鋼材X1の減少量の推定値を算出した。具体的には、鋼材X1における照合電極1を設置した位置(削孔X2に露出した部分)の表面積とコンクリート構造物Xの材齢と腐食速度(推定値)とに基づいて鋼材X1の減少量(推定値)を算出した。
鋼材X1の減少量(推定値)は下記表5に示す。
【0062】
<鋼材の減少量(実測値)の測定>
コンクリート構造物Xを解体し、削孔X2内に露出した鋼材X1の質量を測定した。そして、該鋼材X1におけるコンクリート構造物Xを作製する前に測定した質量との差を算出し、鋼材X1の減少量(実測値)を得た。
鋼材X1の減少量(実測値)は下記表5に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
【表5】
【0067】
<まとめ>
上記のように、カソード分極工程およびアノード分極工程で得られるデータを用いてFEM解析を行い、図2に示す分極曲線を作成し、ターフェル外挿法を用いることで、鋼材X1の腐食電流密度を推定することができる。
そして、斯かる腐食電流密度の推定値に基づいて算出される鋼材X1の腐食速度から、鋼材X1の減少量を推定することができる。ここで、表5を見ると、鋼材X1の減少量の推定値は、実測値と同等であることが認められる。つまり、本発明に係る腐食電流密度の推定方法によって、腐食電流密度を比較的正確に推定することができる。また、本発明に係る鋼材の劣化推定方法によって、鋼材の劣化(鋼材の減少量)を比較的正確に推定することができる。また、本発明に係る防食電流の制御方法によって、腐食電流密度の推定値に対応する防食電流を鋼材に供給することで、鋼材の電気防食を効果的に行うことができる。
【符号の説明】
【0068】
1…照合電極、2…対極、3…マルチメーター、4…電源装置、X…コンクリート構造物、X1…鋼材、X2…削孔
図1
図2