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特許7492730絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-22
(45)【発行日】2024-05-30
(54)【発明の名称】絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240523BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240523BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20240523BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/88 J
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020098849
(22)【出願日】2020-06-05
(65)【公開番号】P2021192020
(43)【公開日】2021-12-16
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梶原 英之
【審査官】下村 一石
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0123519(US,A1)
【文献】特開2000-038514(JP,A)
【文献】CHEN, Ruru et al.,Comparative analysis of proteins from Bombyx and mori and Antheraea pernyi coccons for the purpose of silk identification,Journal of Proteomics,2019年10月30日,Vol.209,103510,pp.1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法であって、
a)絹を含む試料を酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤と接触させる前処理工程;
b)前処理後の試料中に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
c)工程b)の結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する工程;を含み、
工程b)において、前記分析が、MALDI-TOF-MSを含む、方法。
【請求項2】
前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、二酸化マンガン及びこれらの混合物からなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程c)が、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を利用する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
工程c)が、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、請求項に記載の方法。
【請求項5】
糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質の同定のためのシステムであって、
-酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理された、絹を含む試料中に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する、解析部;を備え
前記分析部は、MALDI-TOF-MS質量分析計を備える、システム
【請求項6】
-絹を含む試料を、酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理する、処理部;をさらに含む請求項に記載のシステム。
【請求項7】
前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を予め登録したデータベースである、請求項5又は6に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カイコのような絹糸虫由来の絹について、由来種、品種、及び品質を同定するための方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
絹織物は高価なものであるが、材料となる絹が、どの品種のカイコに由来し、どのような精練法を経て織物になったのかを製品になった後で識別することは事実上不可能であった。例えば、繭の価格は、産地、品種等により大きく異なり、特に国産の「小石丸」は、現在のところ、外国産の繭の約10倍程度高価であると言われるが、実際に生産された絹糸の産地と、製品に表示される絹糸の産地が異なっていても、それを外観等から識別することは困難であった。また、貴重な野蚕絹糸(ヤママユ、エリサン、シンジュサン、ムガサン、サクサン、テンサン、タサールサン、クリキュラ等)に、カイコ絹糸が混入されても、製品の状態から、混入の有無や混合比を確実に割り出す手段はなかった。また、古い絹糸と年内に生産された絹糸とを明確に識別する手段もなかった。さらには、古代絹織物の修復において、可能ならば同じ品種の絹糸を使いたいという要望もあるが、古代絹織物の絹糸の由来種を特定することは困難であった。
【0003】
カイコ繭の品種識別は、繭の状態であれば、形や色などの外観からある程度は可能だが、確定することは難しい。特に、このような外観からの識別は、熟練した職人以外では非常に困難である。繭内に蛹が残っている場合は、蛹のゲノム解析で識別することが想定されるが、蛹のない状態、特に精練した絹糸となった状態では、識別は事実上不可能であった。
【0004】
非特許文献1及び2には、絹糸をトリプシン処理した後、LC/MS/MSで分析することで、絹糸に含まれるタンパク質成分のプロテオーム解析を行い、絹糸の由来種を識別する方法が開示されている。また、非特許文献3では、非天然アミノ酸を導入した家蚕由来の絹糸について、各種の物性試験が行われている。絹糸を臭化リチウム溶液に溶解して、上清に尿素処理、SDS-PAGE、トリプシン処理を加えて得られたペプチド断片をMALDI-TOF-MSで分析することで、野生型にはないピークの出現を確認したことが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Gu et al. (2019) Species identification of silks from Bombyx mori, eri silkworm and Chestnut silkworm using western blot and proteomics analyses. Anal. Sci. 35, 175-180
【文献】Gu et al. (2019) Species identification of Bombyx mori and Antheraea pernyi silk via immunology and proteomics. Scientific reports 9:9381
【文献】寺本ら(2015) 非天然型アミノ酸(4-クロロフェニルアラニン)を導入した家蚕シルクの物性解析. 日本シルク学会誌 第23巻、 27-35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1、2に示す方法では、絹糸の由来する絹糸虫の種を識別することは可能であるが、カイコの品種同定までは実現されていない。また、非特許文献3に示す方法は、野生型と特定の遺伝子組み換え体との識別は可能であるが、天然の由来種、品種の同定は実施されていない。そして、いずれの方法も、絹の製造年の同定は不可能である。さらに、これらの方法では、いずれもトリプシン処理を行うために数時間~数日の時間を要し、使用する試薬、手技等にコストや時間がかかる、という問題があった。本発明の目的は、絹の由来種、品種及び品質(製造年等を含む)を、短時間で簡易に同定可能な方法及び試験システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者は鋭意研究を重ね、絹糸、繭又はこれらの一部からなる試料を酸性化剤、酸化剤又はこれらの混合物で処理し、処理後の試料中のタンパク質及び/又はペプチド成分を分析することで、絹の由来種、品種及び品質を同定可能であることを見出した。本願発明は、当該新規知見に基づくものであって、具体的には以下の発明を提供する。
(1)絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法であって、
a)絹を含む試料を酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤と接触させる前処理工程;
b)前処理後の試料中に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
c)工程b)の結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する工程;を含む、方法。
(2)前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、二酸化マンガン及びこれらの混合物からなる群より選択される、(1)の方法。
(3)工程b)において、前記分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、(1)又は(2)の方法。
(4)前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、(3)の方法。
(5)工程b)において、前記分析が、MALDI-TOF-MSを含む、(4)の方法。
(6)工程b)において、前記分析が、LC、MPLC、HPLC、キャピラリー電気泳動法よる分離を含む、(1)~(5)のいずれかの方法。
(7)工程c)が、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を利用する、(1)~(6)のいずれかの方法。
(8)工程c)が、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、(7)の方法。
(9)以下を備える、絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質の同定のためのシステム。
-酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理された、絹を含む試料中に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する、解析部。
(10)-絹を含む試料を、酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理する、処理部;をさらに含む(9)のシステム。
(11)前記分析部は、質量分析計を備える、(9)又は(10)のシステム。
(12)前記質量分析計は、MALDI-TOF-MS質量分析計である、(11)に記載のシステム。
(13)前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹からなる対照群について得られた分析結果を予め登録したデータベースである、(9)~(12)のいずれかシステム。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によると、絹の由来種、品種及び品質(年代を含む)を、短時間で簡易に同定することが可能となる。また、本発明のシステムを使用することで、絹の由来種、品種及び品質(製造年等を含む)を、短時間で簡易に同定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の方法の概略を示すフロー図である。本発明の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の前処理工程(工程a))、分析工程(工程b))及び得られた結果の解析工程(工程c))を含む。
図2】本発明の方法にAIを用いる態様の一例を示すフロー図である。図示例では、既知試料の分析結果を蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理及び分析条件が入力され、AIによって割り出された当該試料の由来種、品種、製造年等の情報が出力される。
図3】本発明のシステムの例の概略図である。(A)は、本発明のシステムの第1態様の概略を示す。本発明のシステムの第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。(B)は、本発明のシステムの第2態様を示す。本発明のシステムの第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理が実施される。処理部は、ロボットアーム、試薬分注機構等を備え、自動的に試料の前処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
図4】加熱処理絹、炭酸ナトリウム精練絹、及びマルセル石鹸精練絹のSDS-PAGE(CBB染色)写真である。レーン1は加熱処理絹、レーン2は炭酸ナトリウム精練絹、レーン3はマルセル石鹸精練絹の電気泳動結果を示す。
図5】70%蟻酸で処理した加熱処理絹、炭酸ナトリウム精練絹及びマルセル石鹸精練絹のSDS-PAGE(CBB染色)写真である。レーン1は大造P50加熱処理絹の内側、レーン2は大造P50加熱処理絹の外側、レーン3は錦秋鐘和繭のマルセル石鹸精練絹、レーン4は錦秋鐘和繭の炭酸ナトリウム精練絹、レーン5は大造P50繭内側のマルセル石鹸精練絹、レーン6は大造P50繭内側の炭酸ナトリウム精練絹、レーン7は大造P50繭外側のマルセル石鹸精練絹、レーン8は大造P50繭外側の炭酸ナトリウム精練絹の結果を示す。
図6】カイコ由来試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)が生繭、(B)が加熱処理絹、(C)が炭酸ナトリウム精練絹、(D)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。
図7】エリサン由来試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)が加熱処理絹、(B)が炭酸ナトリウム精練絹、(C)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。
図8】ウスタビガ由来試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)が加熱処理絹、(B)が炭酸ナトリウム精練絹、(C)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。
図9】製造年の異なる4種の白銀繭から得られたMALDI-TOF-MSのマススペクトルのm/z 4700~4950の範囲の拡大図である。(A)が2005年産、(B)が2017年産、(C)が2018年産、(D)が2019年産の繭由来のマススペクトルを示す。
図10】高酸素雰囲気下で静置した絹試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)はコントロール、(B)は高酸素雰囲気下で7日間静置した試料、(C)は高酸素雰囲気下で14日静置した試料のマススペクトルを示す。
図11】W1-pnd生繭の繊維片について各前処理剤で処理した試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)は蟻酸、(B)はTFAを前処理剤として使用した試料のマススペクトルを示す。
図12】日137×支146絹に各種前処理剤で処理した試料のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)は蟻酸、(B)は過酸化水素、(C)は硝酸を前処理剤として処理した試料のマススペクトルを示す。
図13】4品種の加熱処理絹から得られたMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)は日137×支146、(B)はW1-pnd、(C)は輪月606号、(D)は大造のマススペクトルを示す。
図14】絹織物の繊維及び脱色した繊維のMALDI-TOF-MSのマススペクトルである。(A)が脱色なしの絹織物の繊維、(B)が脱色後の絹織物の繊維のマススペクトルを示す。
図15】2品種の繭から得られたESI-MSのマススペクトルである。(A)が錦秋鐘和、(B)が日137×支146のマススペクトルを示す。
図16】絹糸虫以来の生物由来の繊維の質量分析の結果を示す。(A)が前処理に蟻酸を使用した羊毛の質量分析の結果、(B)が前処理にTFAを使用した羊毛の質量分析の結果、(C)が前処理にTFAを使用したクモ糸の質量分析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法>
1.概要
本発明の方法は、絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質を同定する方法であって、a)絹糸虫由来の絹を含む試料を酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤と接触させる前処理工程:b)前処理後の試料中に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及びc)工程b)の結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する工程;を含む、方法である。
【0011】
絹を構成する繊維の主成分となるフィブロインは堅牢な構造を有する高分子のタンパク質であり、例えば、SDS処理等の従来の処理では、例えば、質量分析、電気泳動等に適した状態とすることは困難であった。しかし、絹を含む試料について、酸性化剤及び/又は酸化剤を絹と接触させることで、試料中に含まれるタンパク質の少なくとも一部に小分子化、つまり、タンパク質が断片化されることが見いだされた。なお、通常のタンパク質は、酸性化剤及び/又は酸化剤では、容易には断片化されない。
【0012】
前記のタンパク質の断片化のパターンは、絹の由来種、品種、古さ等の品質によって異なることが見いだされた。これにより、所定の条件下で、絹を酸性化及び/又は酸化し、得られたタンパク質断片(タンパク質及び/又はペプチド)を分析することで、その由来種、品種及び品質を特定し得ることが見いだされた。以下、分析対象であるタンパク質及び/又はペプチドを、まとめて単に「タンパク質」と称する。
【0013】
本発明において「分析」とは、試料より直接得られる出力データ、いわゆる生データを取得することを示し、「解析」とは、前記出力データに基づいて割り出される出力情報を取得することを示すものとする。
【0014】
本発明の方法における各工程のフロー図を図1に示す。本発明の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の前処理工程(工程a))、分析工程(工程b))及び得られた結果の解析工程(工程c))を含む。これらの各工程について、下記に詳説する。なお、本発明の方法は、これらの各工程に加え、他の工程を含んでいてもよい。
【0015】
2.各工程の説明
2-1 試料の準備
本発明の方の試験対象となる「試料」は、絹糸虫由来の絹である。ここでいう「絹」とは、絹糸虫が吐糸した繊維を含む全てのものを包含し、繭及び繭から得られた絹糸又はその一部を含む。本明細書において、「繭」とは、特に、絹糸虫の蛹を保護するために繊維で構成される蛹室を指し、多くは、絹に含まれる繊維成分(フィブロインタンパク質)の接着成分(セリシンタンパク質等)による接着、交絡等により形成される。試料としての繭は、生繭であっても、加熱処理繭であってもよく、繭の一部を試験片として切り取ったものでも、繭から取り出した繊維であってもよい。本明細書において、「絹糸」とは、絹糸が吐糸した繊維に各種の加工を行ったものを指し、生糸、練糸、及び、これらを染色したもの(織物とした後に染色されたものを含む)をいずれも包含する。試料としての絹糸は、撚糸となる前の繊維であっても、撚糸であってもよく、また、撚糸を再度解した繊維であってもよい。
【0016】
本明細書において「絹糸虫」とは、絹糸腺を有し、絹糸を吐糸することのできる昆虫の総称をいう。具体的には、チョウ目、ハチ目、アミメカゲロウ目、トビケラ目、コチョウ目、ハエ目、シロアリモドキ目等のうち主として幼虫期に営巣、営繭又は移動のために吐糸することのできる種類を指す。チョウ目であれば、多量の絹糸を吐糸できるカイコガ科(Bombycidae)、ヤママユガ科(Saturniidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)等は本明細書の絹糸虫として好ましい。Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサンSamia cynthia ricini及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等が好適な例として挙げられる。
【0017】
「絹糸腺」とは、液状絹を産生し、蓄積し、また分泌する機能を有する唾液腺の変化した管状器官である。カイコにおいては、絹糸腺は、前記絹糸虫の、主として幼虫の消化管に沿って左右一対で存在し、各絹糸腺は、前部、中部及び後部絹糸腺の3領域で構成されている。前述のように、後部絹糸腺は、絹の繊維成分であるフィブロインを産生及び分泌する。また、中部絹糸腺は、被覆成分であるセリシンを産生及び分泌し、後部絹糸腺より移行してきたフィブロインと共にその内腔に蓄積する。
【0018】
絹の精練方法は、材料として使用する繭の種類、使用目的等により多様であるが、通常、以下の方法で精錬される。カイコ等により生成された繭(生繭)を、60~120℃の条件下で6時間程度熱風乾燥させ、乾燥させた状態で保管する(加熱処理繭)。加熱処理繭は、60~98℃の湯で20分間程度煮て繊維を解しやすくした後(煮繭)、水で冷却し、刷毛等を用いて糸口をひっかけ、繰糸機を用いて絹糸として繰り出される。ここで得られる絹糸は、生糸又は生絹といわれる。生糸には、通常、絹の繊維の主成分であるフィブロインに加えて、セリシン、P25、二次代謝物等が含まれ、比較的堅い質感を有する。生糸の状態又はこれを織った布の状態で、炭酸ナトリウム液又はマルセル石鹸による精練を行うことにより、練糸が生成される。前者の炭酸ナトリウム液で精錬された練糸(以下、「炭酸ナトリウム精練絹」と称する)は、セリシンを含み、固さの残る質感であり、後者のマルセル石鹸で精錬された練糸(以下、「マルセル石鹸精練絹」と称する)はセリシンが除かれ、柔らかい質感を有する。本発明の方法は、上記の生繭、加熱処理繭、生糸、炭酸ナトリウム精練絹、マルセル石鹸精練絹のいずれの試験にも使用可能な方法である。表1に、生繭、加熱処理繭、炭酸ナトリウム精練絹、マルセル石鹸精練絹に通常含まれる主要な成分を示す。
【0019】
【表1】
【0020】
2-2 a)前処理工程
本発明の方法において、「前処理」とは、試料である絹糸虫由来の絹の同定において、試料を分析可能な状態とするために前処理剤で処理することを指す。「前処理剤」とは、具体的には酸性化剤及び/又は酸化剤である。前処理剤は、1液で使用してもよく、また、2液以上を同時又は連続的に使用してもよい。
【0021】
本明細書において、「酸性化剤」とは、試料をpH7.0未満、特にpH5.0以下、さらにpH1.0~3.0、すなわち酸性条件下におくための薬剤であり、試料を酸性化できれば、その種類は特に限定されない。好適には、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、プロピオン酸、酪酸、フッ化水素、ブロモ酢酸等、又はこれらの組み合わせを使用できる。また、これらの酸のうち複数を連続的に使用することもできる。前処理剤として使用する場合、酸性化剤は、0.01~10.0N(規定)、特に0.1~2.0N、さらに0.2~1.0Nのものを使用することが好ましい。
【0022】
本明細書において、「酸化剤」とは、試料、特にタンパク質を酸化させることが可能な薬剤であれば、その種類は特に限定されない。好適には、過酸化水素、オゾン、次亜塩素酸塩、ハロゲン単体、二酸化塩素、二酸化マンガン等、又はこれらの組み合わせを使用できる。酸化剤として過酸化水素水を用いる場合、0.01~10.0M、特に0.1~2.0M、さらに0.2~1.0Mの濃度で使用することが好ましい。
【0023】
前処理剤を試料に接触させる手段は、試料に万遍なく前処理剤が接触していれば特に限定されるものではないが、例えば、浸漬、塗布、噴霧、気化物との固相-気相接触等の手段を用いることができる。前処理剤と試料とを接触させる時間(反応時間)は、試料に含まれるタンパク質を断片化するのに十分な時間であれば、0.5~60分間、特に1~10分間とすることが好ましい。60分を超える長時間の反応時間とすると、さらに小分子化が進むことで、各試料に特徴的なシグナルが得られなくなることも想定される。したがって、反応時間を例えば、2時間、3時間又は4時間以上の長時間とする必要はない。
【0024】
前処理後の試料は、繊維若しくは繊維塊が残存した状態で使用してもよく、又は、反応後の前処理剤を遠心分離、ろ過等により得た上清を使用してもよい。また、後段の分析工程で質量分析を行う場合は、微量分析に適した系であるため、使用する試料は、0.01~100mg程度、特に0.05~5.0mgとすることが好ましい。
【0025】
前処理剤の成分、反応時間等の前処理条件は、試料の種類と、同定の目的によって適宜選択可能である。前処理条件によって、後述する分析工程で得られるシグナルが異なることが見いだされた。既知の結果等を参照して、より目的とする試験を容易とする条件を選択することができる。例えば、試験の目的が品種の同定である場合、得られるシグナルの品種間差が大きくなる前処理条件を選択できる。また、同じ試料について、並行して複数の条件下で前処理を行い、それぞれ分析することもできる。
【0026】
試料を酸性化剤及び/又は酸化剤による処理の前又は後に、必要に応じて還元剤による処理を行ってもよい。還元剤としては、ジチオスレイトール、2-メルカプトエタノール、トリス(2-カルボキシエチル(ホスフィン)塩酸塩(TCEP)、トリブチルホスフィン、システイン塩酸塩、ハイドロキシサルファイト等、通常タンパク質の分析において使用される還元剤をいずれも使用可能である。
【0027】
本発明の方法における前処理工程には、酵素反応を用いないことが好ましい。従来、絹の分析においては、トリプシン等のプロテアーゼによるタンパク質の断片化が行われてきた。酵素の使用は、タンパク質の断片化の効果を奏するものの、酸化剤/還元剤と比較して使用する試薬が高価であり、また、反応に多大な時間を要する(例えば6時間程度)、という問題があった。
【0028】
本発明の方法で使用される前処理剤は、絹糸又は繭に含まれるフィブロイン等のタンパク質を、短時間かつ低コストで断片化することが可能である。
【0029】
2-3 b)分析工程
前処理工程で処理された試料は、分析工程に付される。分析工程では、前処理工程により断片化されたタンパク質の分析を行う。タンパク質の分析手段は、電気泳動、アミノ酸シークエンス、液体クロマトグラフィー(LC)、質量分析、アミノ酸組成分析、X線回折、核磁気共鳴スペクトル(NMR)、フーリエ変換赤外線吸収スペクトル(FTIR)等公知の手段をいずれも使用できるが、特に、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析を好適に使用できる。質量分析は、微量の化合物を高真空チャンバーでイオン化し、生成したイオンを質量によって分離し、検出する方法である。
【0030】
化合物をイオン化する手段としては、例えば、大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization、APCI)、化学イオン化(chemical ionization、CI)、電子イオン化法(electron ionization、EI)、電子スプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI)、高速原子衝撃法(fast atom bombardment、FAB)、電界脱離イオン化法(field desorption、FD)、電界イオン化法(field ionization、FI)レーザー誘起液ビームイオン脱離法(liquid secondary ion mass spectrometry、LILBID)、液体二次イオン質量分析(liquid secondary ion mass spectrometry、LSIMS)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption ionization、MALDI)、粒子線法(particle beam、PB)、プラズマ脱離法(plasma desorption、PD)、二次イオン質量分析(secondary ion mass spectrometry、SIMS)又はサーモスプレー法(thermospray、TSP)又はこれらのイオン化法の組み合わせが挙げられる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI法又はESI法を好適に使用できる。前処理後の絹のタンパク質の質量分析スペクトル(以下、「マススペクトル」と記載)は、イオン化手段によって異なるパターンを生じることが見いだされたことから、既知試料の分析結果等を参照して、より試験目的を達成しやすい条件を選択することもできる。例えば、試験の目的が品種の同定である場合、得られるマススペクトルパターンの品種間差が大きくなるイオン化手段を選択できる。また、同じ前処理済みの試料について、並行して複数のイオン化手段を用いて分析を行い、それぞれのマススペクトルを取得してもよい。
【0031】
イオン化した分子の質量による分離手段としては、公知の方法をいずれも使用できるが、特に高分子の分離に適した飛行時間型質量分析法(time of flight mass spectrometry、TOF-MS)を好適に使用できる。本発明におけるタンパク質成分の分析には、MALDI-TOF-MSが好適に含まれる。
【0032】
分析手段として、MALDI-TOF-MSを使用する場合、前処理後の試料は、前処理剤ごと、又は上清をキュベット等にいれて分析に供してもよい。一方、電導性カーボン両面テープ上に前処理剤中に残存する繊維を貼り付け、乾燥させた状態で分析に方法をとることもできる。電導性カーボン両面テープは、通常、走査型電子顕微鏡(SEM)用として入手可能なものを使用できる(例えば、日新EM株式会社製)。
【0033】
質量分析の前に、又は質量分析に代えて、液体クロマトグラフィー(liquid chromatography、LC)、中圧液体クロマトグラフィー(middle pressure liquid chromatography、MPLC)、高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography、HPLC)、キャピラリー電気泳動等による分離を行ってもよい。
【0034】
2-4 c)解析工程
b)分析工程で得られた結果(生データ)に基づいて、試料の絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する工程である。好適には、解析工程は、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹糸又は繭からなる対照群について、得られた分析結果を利用して実施される。
【0035】
前処理を行った絹を含む試料について、分析工程で得られるデータ、特にマススペクトルのパターンは、少なくとも、表2に示す試料由来のパラメータ並びに前処理及び分析条件由来のパラメータにより変動することが判明した。そのため、例えば、由来種、品種、精練条件、製造年等が既知の多数の絹糸又は繭からなる対照群について、多様な前処理及び分析条件下で多数のマススペクトルを取得し、得られたスペクトルのパターンを各対照のフィンガープリントとして蓄積することで、未知の試料の解析に有用なデータベースを構築することが可能である。あるいは、前記データベースは、多数の対照について、所定の前処理及び分析条件下でマススペクトルを取得することで構築されてもよい。ただし、このデータベースを使用する場合、未知の試料の前処理工程及び分析工程は、前記所定の前処理及び分析条件に限定され得る。データベースに蓄積されるマススペクトルのデータは、マススペクトルの画像データであっても、検出された各ピークのm/zと信号強度の数値データの集合であってもよい。なお、データベース構築用のパラメータは、表2に列挙されたものに限定されない。
【0036】
【表2】
【0037】
本発明の方法において、解析工程は、目的とする未知の試料より得られる分析結果、特にマススペクトルを、構築されたデータベースと照合させることにより行われ得る。必要に応じて、その分析結果を取得するために用いた前処理及び分析条件について照合してもよい。また、照合対象となる試料の分析結果は、1つの未知の試料から1つである必要はなく、例えば、前処理及び分析条件を変えて複数の分析結果、例えば複数のマススペクトルを取得し、これらを複合的に前記データベースと照合させてもよい。
【0038】
あるいは、本発明の方法において、解析工程は、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルと照合させることにより行われ得る。使用される標品は、同定の目的に合わせて適宜選択可能である。例えば、試料の絹の製造年を同定する場合、単一又は複数の製造年の同種の絹を標品として使用し、試料のマススペクトルと各標品のマススペクトルとを照合することができる。
【0039】
照合は、手作業で行われてもよいが、好適にはコンピューターを用いて行われる。照合は、例えば、目的とする試料の分析結果等のデータを入力し、データベース中で入力したデータと最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の由来種、品種、製造年等)を出力することでなされる。また、照合は、人工知能(AI)を用いて行われてもよい。AIを用いる場合、前記のデータベースを教師データとして、既知のニューラルネットワークを用いた機械学習を経て学習済みモデルを構築することができ、これを用いて、未知の試料から入力されたデータから、当該試料の由来種、品種、製造年等の所望の情報を出力することができる。図2に、本発明の方法にAIを用いる態様の一例のフロー図を示す。図2に示す例では、既知試料の分析結果の蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理及び分析条件が入力され、AIによって割り出された当該試料の由来種、品種、製造年等の情報が出力される。なお、AIを用いる態様は、図2に示す例に限定されない。
【0040】
2-5 その他の工程
目的となる試料の種類や、所望の情報によっては、上記の工程に加えて他の工程を追加してもよい。例えば、染色済みの絹織物や、天然でフラボノイド等による着色がある繭について試験を行う場合、分析結果、特にマススペクトルに染料やフラボノイドに由来するシグナルが現れ、目的とする断片化したタンパク質由来のシグナルとの区別が困難となり得る。このような試料を用いる場合は、前処理工程の前に脱色工程を加えることが好ましい。脱色工程の具体的な手段としては、例えば、試料をアセトニトリル、アセトン、エタノール、メタノール等の有機溶媒又はこれらの水溶液に浸漬する手段、アンモニア水、水酸化ナトリウム溶液等のアルカリ溶液に浸漬する手段、SDS、CTAB、マルセル石鹸等の界面活性剤で洗浄する手段、二酸化チオ尿素等の漂白剤を用いて洗浄する手段等、ハイドロキシサルファイト等の還元剤溶液に浸漬する手段等が挙げられる。上記の手段は単独で使用してもよく、また、組み合わされて使用してもよい。また、副反応等の影響がなければ、例えば、有機溶媒と界面活性剤を混合するなど、適宜混合して使用してもよい。
【0041】
本発明の方法における分析工程及び解析工程は、必ずしも試料のタンパク質及び/又はペプチド成分のみで行う必要はなく、例えば、前記の脱色工程でフラボノイド成分を別途サンプリングし、これを分析した結果を併せて解析してもよい。また、前記前処理剤を用いた試料の分析結果に限らず、例えば、別途、還元剤、塩基性化剤を用いて同試料の処理を行った場合の分析結果を併せて解析してもよい。
【0042】
3.試験方法の適用例
以下、本発明の方法が適用される絹の同定を例示的に列挙するが、本発明の方法は、以下の例に限定されることなく、多様な同定に適用可能である。
【0043】
3-1 絹糸及び繭の製造・精錬方法の差異の同定
本発明の方法では、1つの生繭から得られた切片と、これを加熱処理した加熱処理絹、さらに炭酸ナトリウム、マルセル石鹸でそれぞれ精練した炭酸ナトリウム精練絹、マルセル石鹸精練絹試料について、特にマススペクトルについて、異なるパターンを得ることができる。したがって、絹糸の同定においては、目的とする絹糸試料の分析結果を、予め同種の繭から得られた生絹、炭酸ナトリウム精練絹及びマルセル石鹸精絹の同条件での分析結果と照合することにより、これまで、手触りや質感等で感覚的に区別されてきた各糸の精練方法について、客観的に同定することができる。また、繭の同定においても、目的とする繭試料の分析結果を、予め同種の繭の生繭及び加熱処理繭から得られた同条件での分析結果と照合することにより、客観的に同定することができる。
【0044】
3-2 由来種の同定
本発明の方法では、絹の由来種によって、特にマススペクトルについて、異なるパターンを得ることができる。したがって、目的とする試料の分析結果を、予め各由来種の絹の同条件での分析結果をフィンガープリントとして保有するデータベースと照合することにより、試料の由来種を同定することができる。また、試料が絹糸である場合、複数の種から得られた繊維が混在している場合も、その種類と混在比率を割り出すことができる。
【0045】
3-3 品種の同定
本発明の方法では、絹の品種によって、特にマススペクトルについて、異なるパターンを得ることができる。したがって、目的とする試料の分析結果を、予め各品種の絹の同条件での分析結果をフィンガープリントとして保有するデータベースと照合することにより、試料の品種を同定することができる。また、絹糸について、複数の品種から得られた繊維が混在している場合も、その品種と混在比率を割り出すことができる。これにより、例えば、小石丸等の高価な品種を標榜する絹製品について、その真贋を客観的に判定することも可能である。
【0046】
3-4 品質の同定
本発明の方法では、絹の品質、中でも製造されてからの経過時間によって、特にマススペクトルについて異なるパターンが得られる。より具体的には、製造されてから長期間経過した絹糸又は繭は、新しい繭と比較して、マススペクトルの各ピークが高分子側にシフトする、ピークシフトが観察される。絹の繊維は、時間経過とともに酸化しやすい。このピークシフトは、タンパク質の酸化に由来するものと推察される。したがって、予め、各製造年の同種の絹糸又は繭について、同条件での分析結果をデータベースとして保有するものを、目的とする試料の分析結果と照合することにより、試料の製造年を同定することができる。繊維の酸化は、質感及び強度等の品質に影響するものであるため、絹の製造年の同定は、その品質を推定するために有用である。
【0047】
<絹糸虫由来の絹の由来種、品種及び/又は品質の同定のためのシステム>
本発明のシステムは、以下を備える、絹糸虫由来の絹の試験のためのシステムである。
-酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理された絹を含む試料中に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する、解析部。
【0048】
本発明のシステムは、特に記載のない限り、本発明の方法を実施するためのシステムであり、前述の<絹糸虫由来の絹糸又は繭を試験する方法>の項に記載した特徴と共通の特徴を有する。
【0049】
本発明のシステムは、前記分析部及び前記解析部に加えて、
-絹を含む試料を、酸性化剤、酸化剤、及びこれらの混合物からなる群より選択された少なくとも1種の前処理剤で処理する、処理部;をさらに含んでもよい。
【0050】
本発明のシステムの概略を図3に例示する。(A)は、本発明のシステムの第1態様を示す。本発明のシステムの第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より「前処理剤」で処理された前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。
【0051】
図3の(B)は、本発明のシステムの第2態様を示す。本発明のシステムの第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理が実施される。処理部は、ロボットアーム、試薬分注機構等を備え、自動的に試料の前処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
【0052】
以下の構成は、第1態様(図3(A))及び第2態様(図3(B))に共通する構成である。分析部3は、前処理済試料S1のタンパク質成分を分析する装置を備える。前処理済試料のタンパク質成分の分析が可能であれば、いずれの装置を用いてもよく、電気泳動槽、アミノ酸シークエンサー、液体クロマトグラフィー(LC)装置、質量分析計等公知の手段をいずれも使用できるが、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析計を好適に使用できる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI-TOF-MS質量分析計法を好適に使用できる。分析部は、複数種の分析装置を備えていてもよい。
【0053】
解析部4は、分析部3で取得された分析結果に基づいて、絹の由来種、品種及び/又は品質を定性的及び/又は定量的に解析する。解析部4は、入力部5からの入力情報及び分析部3からの分析結果を集約するデータ収集部41、照合部42及びデータベース43を備える。データベース43は、既知の由来種、品種及び/又は品質を有する複数の絹糸又は繭からなる対照群について、得られた分析結果を予め登録したデータベースであり、照合部42は、データ収集部41に集約されたデータとデータベース43内のデータの照合を行うソフトウェアを備える。ソフトウェアとしては、既存のものでは、例えばMALDI biotyper(Bruker Daltonics社製)を使用することができる。照合部は、例えば、分析部から収集したデータとデータベースを照合し、データベース中の最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の由来種、品種、精練状態、製造年等)を出力する。照合部42は、AIを備えていてもよい。ここでいうAIは、前記データベースを教師データとして機械学習させた学習済みモデルを好適に使用でき、収集されたデータを当該AIに入力することで、当該試料の由来種、品種及び/又は品質についての定性的及び/又は定量的な情報を結果として出力する。
【0054】
あるいは、解析部4は、データベース43を使用せず、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルデータを直接使用して、照合部42において、データ収集部41に集約されたデータの照合を行ってもよい。
【0055】
本発明のシステムは、分析部と解析部を備え、前述の本発明の方法の実施に適用可能なシステムであればよく、上記第1態様及び第2態様に限定して解釈されるべきではない。
【実施例
【0056】
<参考例1 繭の前処理及びSDS-PAGEによる分析>
1.絹の精練
日137×支146繭について、以下の方法で加熱処理絹(未精練絹)、炭酸ナトリウム精練絹、マルセル石鹸精練絹を調製した。生繭から切り出した繊維片120mgを50mLビーカーに入れ、120℃で10分間、次いで60℃で6時間、加熱乾燥させ、加熱処理絹を調製した。続いて、30~40℃の水で10分間攪拌洗浄した後、50mLビーカー中で炭酸ナトリウム120mg又はマルセル石鹸(ミヨシ油脂株式会社製)120mgを含む98~100℃の水に浸漬し、40分間攪拌した。この間、蒸発した分の水を補いながら、全体の水量が変わらないように維持した。処理後、繊維片を取り出し、30~40℃の水で5分間攪拌洗浄した。次に、繊維片を、ハイドロキシサルファイトナトリウム120mgを含む30~40℃の水に浸漬し、5分間攪拌した。処理後、繊維片を取り出し、30~40℃の水5分間で攪拌洗浄した後、繊維片を室温で乾燥させ、精練絹を得た。上記精練操作において、炭酸ナトリウムを使用したものが炭酸ナトリウム精練絹、マルセル石鹸を使用したものがマルセル石鹸精練絹である。
【0057】
2.SDS-PAGE
加熱処理絹、炭酸ナトリウム精練絹、及びマルセル石鹸精練絹各2mgを、1×SDSサンプルバッファー50μLに懸濁し、100℃で10分間加熱した。得られた試料を18.75%アクリルアミドゲルにロードし、電気泳動を行った。電気泳動後のゲルをクマシーブリリアントブルー(CBB)染色した結果を、図4に示す。レーン1は加熱処理絹、レーン2は炭酸ナトリウム精練絹、レーン3はマルセル石鹸精練絹の電気泳動結果を示す。SDS-PAGEでは絹のタンパク質は分解されることなく、精練絹においてはバンドが観察されなかった。
【0058】
3.試料の蟻酸処理による断片化及びSDS-PAGE
大造P50繭及び錦秋鐘和繭について、上記1.と同様の方法で、加熱処理絹、炭酸ナトリウム精練絹及びマルセル石鹸精練絹を調製した。各絹試料2mgを70%蟻酸に懸濁して10分間攪拌した後、アセトニトリルを加えて溶出し、乾燥させた。乾燥した各試料について、上記2.と同様の方法でSDS-PAGEを行った。結果を図5に示す。レーン1は大造P50加熱処理絹の内側、レーン2は大造P50加熱処理絹の外側、レーン3は錦秋鐘和繭のマルセル石鹸精練絹、レーン4は錦秋鐘和繭の炭酸ナトリウム精練絹、レーン5は大造P50繭内側のマルセル石鹸精練絹、レーン6は大造P50繭内側の炭酸ナトリウム精練絹、レーン7は大造P50繭外側のマルセル石鹸精練絹、レーン8は大造P50繭外側の炭酸ナトリウム精練絹の結果を示す。低分子領域にスメアなバンドが観察されたことから、蟻酸処理により絹のタンパク質が断片化されたことが示された。
【0059】
<実施例1 複種由来種の絹のMALDI-TOF-MSによる分析>
カイコ、エリサン及びウスタビガ(野生蛾)の繭について、参考例1と同様に加熱処理絹、炭酸ナトリウム精練絹及びマルセル石鹸精練絹を調製した。各絹試料について、約1mmの繊維片を電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に貼り付け、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットした。2.5%のトリフルオロ酢酸(TFA)と50%アセトニトリルを含む、飽和4-クロロ-α-シアノケイ皮酸1μLを試料に滴下し、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1,000~20,000のマススペクトルを取得した。
【0060】
得られたマススペクトルを図6~8に示す。図6は、カイコ由来試料のマススペクトルであって、(A)が生繭、(B)が加熱処理絹、(C)が炭酸ナトリウム精練絹、(D)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。図7は、エリサン由来試料のマススペクトルであって、(A)が加熱処理絹、(B)が炭酸ナトリウム精練絹、(C)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。図8は、ウスタビガ由来試料のマススペクトルであって、(A)が加熱処理絹、(B)が炭酸ナトリウム精練絹、(C)がマルセル石鹸精練絹のマススペクトルを示す。同種の繭であっても、精練状態の異なる試料では、マススペクトルのパターンが異なることが示された。また、図6~8の相互比較より、絹試料の由来種によって、得られるマススペクトルのパターンが大きく異なることが示された。なお、同種のカイコ繭5個からそれぞれ調製した炭酸ナトリウム精練絹について、同様の条件で前処理及び質量分析を行ったところ、マススペクトルのパターンはほぼ一致したことから、当該条件で得られるマススペクトルには個体間差がなく(データ示さず)、種(由来種、品種)特異的なフィンガープリントとして利用し得ることが示唆された。
【0061】
図6~8に示す各マススペクトルのピークリストを表3~5に示す。ピーク検出条件は、以下の通りとした。
ピーク検出アルゴリズム:centroid
シグナル/ノイズ比閾値:0%
相対強度閾値:0%
ピーク幅:0.2m/z
高さ:50%
ベースライン除去:TopHat
検出されたピークが20を超える場合は、表中にはピーク面積の大きな20ピークについて表記した。
【0062】
【表3】
【0063】
【表4】
【0064】
【表5】
【0065】
<実施例2 繭の製造年の同定>
2005年、2017年、2018年、2019年産の白銀繭について、それぞれ参考例1と同様の方法で加熱処理絹を調製し、実施例1と同様の方法で前処理及び質量分析を行った。図9は、各製造年の白銀繭から得られたマススペクトルのm/z 4700~4950の範囲の拡大図である。(A)が2005年産、(B)が2017年産、(C)が2018年産、(D)が2019年産の繭由来のマススペクトルを示す。また、図9に示すマススペクトルのピークリストを表6に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。年代が古くなるにしたがって、ピークが高分子側にシフトしていた。
【0066】
【表6】
【0067】
<実施例3 絹の酸化実験>
酸素95%以上の高酸素雰囲気下で7日間及び14日間静置した日137×支146絹(マルセル精練絹)について、2.5%のトリフルオロ酢酸(TFA)に代えて3.0%過酸化水素を含む前処理液を使用した以外は、実施例1と同様の方法で前処理及び質量分析を行った。コントロールとして、高酸素雰囲気下に置かなかった同種の絹についても同様に前処理及び質量分析を行った。図10は、高酸素雰囲気下で静置した絹試料のマススペクトルを示す。(A)はコントロール、(B)は高酸素雰囲気下で7日間静置した試料、(C)は高酸素雰囲気下で14日静置した試料のマススペクトルを示す。また、図10に示すマススペクトルのピークリストを表7に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。(A)、(B)及び(C)におけるm/Z 6797~6802のピーク強度を1としたときのm/z 5395、6554~6560及び6753~6755のピーク強度比が、5.12:0.04:3.39、0.82:0.10:0.62、0:0.22:0となり、高酸素雰囲気下に置いた絹において、マススペクトルのピークが高分子側にシフトすることが示された。これは、絹のタンパク質の酸化によるものと推測された。実施例2において、製造年の古い繭において、マススペクトルのピークの高分子側へのシフトがみられたことについても、同様に酸化の影響によるものと推測された。
【0068】
【表7】
【0069】
<実施例4 各種前処理剤を使用したマススペクトルの比較>
W1-pnd生繭の繊維片について、実施例1と同様の条件で質量分析を行った。同時に、同種の繊維片について、TFAを同濃度の蟻酸に代えた以外は、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。図11に各前処理剤で処理した試料のマススペクトルを示す。また、図11に示すマススペクトルのピークリストを表8に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。(A)は蟻酸、(B)はTFAを前処理剤として使用した試料のマススペクトルを示す。蟻酸と比較してTFAを使用した場合には、タンパク質がより低分子化することが示された。
【0070】
【表8】
【0071】
日137×支146絹(生繭)について、TFAを、2.5%蟻酸、3%過酸化水素又は3%硝酸に代えた以外は、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。図12に、各種前処理剤で処理した試料のマススペクトルを示す。(A)は蟻酸、(B)は過酸化水素、(C)は硝酸を前処理剤として使用した試料のマススペクトルを示す。また、図12に示すマススペクトルのピークリストを表9に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。過酸化水素水、硝酸を用いた場合も断片化が生じることが示された。前処理液の差異によるピーク位置の大きな差異は見られなかったが、ピーク強度比には差異が見られた。
【0072】
【表9】
【0073】
<実施例5 繭の品種の同定>
4品種(日137×支146、W1-pnd、輪月606号、大造)の繭について、参考例1と同様の条件で加熱処理絹を調製した。前処理剤のTFAを同濃度の蟻酸に代えた以外は、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。図13に各品種から得られたマススペクトルを示す。(A)は日137×支146、(B)はW1-pnd、(C)は輪月606号、(D)は大造のマススペクトルを示す。また、図13に示すマススペクトルのピークリストを表10に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。繭の品種によって得られるマススペクトルのパターンが異なることが示された。
【0074】
【表10】
【0075】
上記4種の加熱処理絹について、各繭由来の繊維片1mgを、電導性カーボン両面テープには張り付けず、それぞれ2.5%の蟻酸と50%のアセトニトリルを含む水溶液100μLに浸漬し、5分間ボルテックスにかけた。得られた懸濁液の上清について、MALDI-TOF-MSで分析した。その結果、電導性カーボン両面テープを使用したときと同様に、マススペクトルのピークが検出された(データ示さず)。
【0076】
<実施例6 染色された絹織物の分析>
染色された絹織物の状態となっても、絹の品質等の試験が可能か否かを検討した。染色されたちりめん生地を解して絹繊維を取り出した。繊維2mgを50%アセトニトリル及び0.5%マルセル石鹸を含む水溶液1mLで6回洗浄した(浸漬時間:10分間×5回、一晩×1回)。次いで、50%アセトニトリル水溶液1mLで3回洗浄し(浸漬時間、いずれも10分間)、脱色した。繊維にほとんど色が残っていないことを確認した後、TFAを同濃度の蟻酸に変更した以外は、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。併せて、脱色処理を行っていない同種の繊維についても、同様に前処理及び質量分析を行った。図14に、絹織物の繊維及び脱色した繊維のマススペクトルを示す。(A)が脱色なしの絹織物の繊維、(B)が脱色後の絹織物の繊維のマススペクトルを示す。また、図14に示すマススペクトルのピークリストを表11に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。(A)のマススペクトルには染料由来と推測されるノイズが多数現れ、タンパク質のピーク判別が困難であったが、(B)ではノイズの多くが消失し、タンパク質のピーク判別が可能となることが示された。
【0077】
【表11】
【0078】
<実施例7 ESI-MSによる品種の同定>
2品種(錦秋鐘和、日137×支146)の繭について、参考例1と同様の方法で炭酸ナトリウム処理絹を調製した。TFAを同濃度の蟻酸に変更した以外は、実施例1と同様の条件で前処理を行った。前処理後の試料について、ESI-MS質量分析器(機器名:micrOTOF-Q II ブルカーダルトニクス)を用いてマススペクトルを取得した。図15に、各品種のESI-MSのマススペクトルを示す。(A)が錦秋鐘和、(B)が日137×支146のマススペクトルを示す。また、図15に示すマススペクトルのピークリストを表12に示す。ピーク検出条件は、実施例1と同様である。(A)と(B)で現れるピーク位置、ピーク強度に明確な差異が見られた。これにより、ESI-MSによっても絹の品種同定が可能であることが示された。
【0079】
【表12】
【0080】
<参考例2 絹糸虫以外の生物由来の繊維の分析>
絹糸虫以外の生物に由来する、羊毛及びクモ糸について、同様にマススペクトルによる分析が可能か検討した。羊毛及びクモ糸をそれぞれ2mg用意し、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。併せて、羊毛2mgについて、TFAを同濃度の蟻酸に変更した以外は、実施例1と同様の条件で前処理及び質量分析を行った。図16に絹糸虫以来の生物由来の繊維の質量分析の結果を示す。(A)が前処理に蟻酸を使用した羊毛の質量分析の結果、(B)が前処理にTFAを使用した羊毛の質量分析の結果、(C)が前処理にTFAを使用したクモ糸の質量分析の結果を示す。いずれにおいても明確なピークが見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の方法及びシステムは、絹製品の品質試験等に適用可能であり、養蚕業、繊維業、アパレル産業等の多様な産業分野で利用可能である。
【符号の説明】
【0082】
1…試験システム
2…処理部
3…分析部
4…解析部
41…データ収集部
42…照合部
43…データベース
5…入力部
6…出力部
7…制御部
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