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  • 特許-シアン化水素ガス吸着材及び防毒マスク 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】シアン化水素ガス吸着材及び防毒マスク
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/06 20060101AFI20240527BHJP
   A62B 18/02 20060101ALI20240527BHJP
【FI】
B01J20/06 A
B01J20/06 B
A62B18/02 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020117720
(22)【出願日】2020-07-08
(65)【公開番号】P2022015093
(43)【公開日】2022-01-21
【審査請求日】2021-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000145507
【氏名又は名称】株式会社重松製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】埴原 陽一
(72)【発明者】
【氏名】花岡 早紀
(72)【発明者】
【氏名】野口 真
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 顕
(72)【発明者】
【氏名】川本 徹
(72)【発明者】
【氏名】南 公隆
(72)【発明者】
【氏名】杉山 泰
【審査官】宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-126936(JP,A)
【文献】特開平11-267443(JP,A)
【文献】特開平08-206445(JP,A)
【文献】特開昭62-286525(JP,A)
【文献】特開昭62-286524(JP,A)
【文献】特開昭62-286523(JP,A)
【文献】特開昭62-286522(JP,A)
【文献】特開2017-029905(JP,A)
【文献】特開平09-103673(JP,A)
【文献】特開昭49-056494(JP,A)
【文献】特開平06-320008(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101999756(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/34
A62B 18/02
B01D 53/02
B01D 53/04
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化銅の含有率が60質量%以上100質量%以下であり、且つ
かさ密度が1.17g/mL以上であるシアン化水素ガス吸着材。
【請求項2】
酸化銅の含有率が99質量%以上100質量%以下であり、且つ
かさ密度が0.60g/mL以上3.50g/mL以下であるシアン化水素ガス吸着材。
【請求項3】
バインダーを更に含む、請求項1又は2に記載のシアン化水素ガス吸着材。
【請求項4】
前記バインダーとして、有機ポリマー及び/又は無機粘土鉱物を含む、請求項3に記載のシアン化水素ガス吸着材。
【請求項5】
前記バインダーとして、ポリエチレンオキサイドを含む、請求項3又は4に記載のシアン化水素ガス吸着材。
【請求項6】
前記バインダーとして、モンモリロナイト及び/又はモルデナイトを含む、請求項3又は4に記載のシアン化水素ガス吸着材。
【請求項7】
造粒体である、請求項1~6のいずれか1項に記載のシアン化水素ガス吸着材。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のシアン化水素ガス吸着材を含むガス吸着部を有する防毒マスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス吸着材及び防毒マスクに関する。
【背景技術】
【0002】
職場における健康障害を予防するために、作業環境の大気中に含まれる各種ガス濃度を基準値以下にすることが求められている。上記基準値として、例えば、日本産業衛生学会は、各種ガスの作業環境中の許容濃度を非特許文献1に提示している。しかし、作業条件によっては、これら許容濃度を超えるガスを含む環境で作業者が作業を行うことも想定される。このような環境中では、作業者が防毒マスクを着用することによって、作業者が実際に吸入する空気中の対象ガス濃度を許容濃度以下に下げることが求められる。
【0003】
防毒マスクは、通常、ガス吸着材が充填されたガス吸着部を備える。このガス吸着部において人体に有害なガスが除去されることによって、防毒マスクを装着した作業者が有害なガスを吸入することを防ぐことができ、又は有害なガスの吸入量を低減することができる。例えば特許文献1~3には、有害なガスを吸着除去するためのガス吸着材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-19711号公報
【文献】特開平3-114534号公報
【文献】特表平7-501743号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】許容濃度等の勧告(2017年度)、日本産業衛生学会、産業衛生学雑誌、2017、59(5)、153―185
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3には、活性炭を基材としたガス吸着材が開示されている。活性炭を基材としたガス吸着材は、通常、対象となるガスと親和性の高い物質が活性炭の表面又は空孔に添着されている。活性炭は、主に植物性天然素材であるヤシガラを加熱処理することで得られるため、その特性は原材料であるヤシガラの性状に依存する。ヤシガラは、ヤシの育成環境等により化学的組成及び物理的強度が異なる。そのため、均一な性質を持たせることは容易ではなく、同一生産地や同一製造工程から得られたヤシガラであっても、生産ロットごとに性質のばらつきがある。このため、ヤシガラから製造された活性炭を基材とする場合、安定した品質を担保できるガス吸着材を合成することは困難である。したがって、活性炭を基材とする従来のガス吸着材に代わる、ガス吸着能に優れる新たなガス吸着材を提供することが望まれる。
【0007】
本発明の目的は、優れたガス吸着能を有する新たなガス吸着材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
酸性ガス、塩基性ガス及び有機ガスからなる群から選ばれる1種以上のガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を1種以上含み、
上記吸着機能物質の含有率が60質量%以上100質量%以下であり、且つ
かさ密度が0.60g/mL以上であるガス吸着材、
に関する。
【0009】
本発明のガス吸着材において、酸性ガス、塩基性ガス及び有機ガスからなる群から選ばれる1種以上のガスに対する吸着能を有する吸着機能物質の含有率は、60質量%以上100質量%以下である。一方、活性炭を基材とする従来のガス吸着材では、通常、吸着機能物質は活性炭の表面又は空孔に添着されるため、吸着機能物質の含有率は、上限が16~20質量%と極めて低い含有率に留まる。これに対し、本発明者らの鋭意検討の結果、吸着機能物質の含有率を60質量%以上100質量%以下とし、且つかさ密度を0.60g/mL以上とすることによって、ガス吸着能に優れるガス吸着材の提供が可能となることが新たに見出された。こうして本発明は完成された。
【0010】
本発明のガス吸着材の一態様は、以下の通りである。
【0011】
上記吸着機能物質は、少なくとも酸性ガス吸着能を有することができる。
【0012】
上記ガス吸着材は、上記吸着機能物質として、金属酸化物の1種以上を含むことができる。
【0013】
上記ガス吸着材は、上記金属酸化物として、酸化銅及び/又は酸化亜鉛を含むことができる。
【0014】
上記ガス吸着材は、バインダーを更に含むことができる。
【0015】
上記ガス吸着材は、上記バインダーとして、有機ポリマー及び/又は無機粘土鉱物を含むことができる。
【0016】
上記ガス吸着材は、上記バインダーとして、ポリエチレンオキサイドを含むことができる。
【0017】
上記ガス吸着材は、上記バインダーとして、モンモリロナイト及び/又はモルデナイトを含むことができる。
【0018】
上記ガス吸着材のかさ密度は、0.60g/mL以上3.50g/mL以下であることができる。
【0019】
上記ガス吸着材は、造粒体であることができる。
【0020】
更に、本発明は、上記ガス吸着材を含むガス吸着部を有する防毒マスクに関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、優れたガス吸着能を有するガス吸着材を提供することができる。また、本発明によれば、上記ガス吸着材を含むガス吸着部を有する防毒マスクを提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】真球の最密面心立方構造の模式図である。
図2】調製例1で塩基性炭酸銅を加熱することによって得られた粉末のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[ガス吸着材]
本発明のガス吸着材は、酸性ガス、塩基性ガス及び有機ガスからなる群から選ばれる1種以上のガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を1種以上含み、上記吸着機能物質の含有率が60質量%以上100質量%以下であり、且つかさ密度が0.60g/mL以上である。
【0024】
<吸着機能物質>
本発明のガス吸着材は、酸性ガス、塩基性ガス及び有機ガスからなる群から選ばれる1種以上のガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を1種以上含む。本発明のガス吸着材は、上記吸着機能物質を1種のみ含むこともでき、2種以上(例えば2~4種程度)含むこともできる。例えば、1種の吸着機能物質が、1種又は2種以上のガスに対する吸着能を有することができる。また、本発明のガス吸着材は、異なる種類のガスに対する吸着能を有する2種以上の吸着機能物質を任意の割合で含むこともできる。本発明のガス吸着材が2種以上の吸着機能物質が含む場合、吸着機能物質の含有率とは、これら2種以上の吸着機能物質の合計含有率を言うものとする。また、本発明のガス吸着材における各成分の含有率は、ガス吸着材の質量を100質量%として算出される値である。
【0025】
本発明のガス吸着材の吸着機能物質の含有率は、ガス吸着材によって対象ガスを効果的に除去することを可能にする観点から、60質量%以上であり、65質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることがより好ましく、75質量%以上であることが更に好ましく、80質量%以上であることが一層好ましく、85質量%以上であることがより一層好ましく、90質量%以上であることが更に一層好ましく、95質量%以上であることが更により一層好ましい。また、本発明のガス吸着材の吸着機能物質の含有率は、100質量%以下であり、100質量%であることもでき、100質量%未満、例えば99質量%以下又は98質量%以下であることもできる。
【0026】
上記ガス吸着材に含まれる吸着機能物質は、酸性ガス、塩基性ガス及び有機ガスからなる群から選ばれる1種以上のガスに対する吸着能を有する。本発明における吸着機能物質は、処理対象となるガスを吸着して大気から除去できる機能を有していればよい。ガスの吸着とは、処理対象となるガスの分子が、吸着機能物質の表面近傍に、化学的又は物理的相互作用により一定時間滞在することを示しており、例えば、吸着した分子が一定時間後に再度脱離することがあってもよい。その表面近傍での滞在時間(以下、「吸着時間」と言う。)は、処理対象となるガスの濃度を、作業者の作業期間等の所定の期間中、所望の濃度以下に低減できればよく、吸着時間は特に限定されるものではない。
【0027】
処理対象となるガスに関して、「酸性ガス」とは、水に可溶なガスであって溶解時に水のpHを下げる特徴を有するものであり、例えば、シアン化水素、硫化水素、塩化水素等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0028】
「塩基性ガス」とは、水に可溶なガスであって溶解時に水のpHを上げること特徴を有するものであり、例えば、アンモニア、ピリジン、トリメチルアミン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0029】
「有機ガス」とは、一般に揮発性有機化合物とも呼ばれ、室温(通常20~25℃程度)の大気圧下で大気中にガスとして揮発する特徴を有する有機化合物であり、例えばシクロヘキサン、トルエン、酢酸エチル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
本発明のガス吸着材は、一例として、防毒マスクのガス吸着部に充填し、作業者の作業環境の大気中の対象ガスを除去するための処理に使用することができる。処理対象となる大気中に含まれる各種ガスの濃度は、特に限定されるものではないが、例えば、安全性等の理由から推奨又は規定されている上限とされる濃度又はこの濃度を超える濃度であることができる。例えば、シアン化水素については、5ppmvが作業環境における許容濃度とされている(非特許文献1(許容濃度等の勧告(2017年度)、日本産業衛生学会、産業衛生学雑誌、2017、59(5)、153―185))。したがって、一例として、20ppmv程度のシアン化水素を含有する大気を処理し、作業者がガス吸着部を介して吸入する空気中のシアン化水素の濃度を5ppmv以下に低減することができる。処理対象の大気には、対象となるガス以外のガスが含まれていてもよい。例えば、水分含有率を示す湿度等に制限はなく、ガス吸着材に含まれる吸着機能物質が対象とするガスを適切に処理できればよい。
【0031】
吸着機能物質の具体例としては、銅、亜鉛、マンガン、ニッケル等の金属の酸化物を挙げることができる。金属酸化物は、酸性ガスに対して優れた吸着能を発揮できる点で好ましい。この点から、酸化銅及び酸化亜鉛は好ましい。したがって、酸性ガスをより効果的に除去することを可能にする観点からは、本発明のガス吸着材は、酸化銅及び/又は酸化亜鉛を含むことが好ましい。ここで「酸化銅及び/又は酸化亜鉛」とは、酸化銅のみ、酸化亜鉛のみ、又は酸化銅と酸化亜鉛の両方を意味する。この点は、本発明における「及び/又は」を含む表記についても同様である。
【0032】
金属酸化物については、金属と酸素との割合は特に限定されるものではない。例えば、酸化銅は、主たる組成が銅及び酸素からなっていればよく、銅と酸素との割合は問わない。本発明において、金属酸化物に関して「主たる組成」とは、金属酸化物の全構成物質の合計質量を100質量%として、50質量%以上を占める部分をいうものとする。一般的には、酸化銅としては、CuO、CuOが知られているが、そのいずれであっても、対象となるガスに対して吸着機能物質として機能すれば構わない。また、銅及び酸素以外の原子が含まれていても、主たる組成が銅及び酸素によって構成されていれば、吸着機能物質として機能し得る。以上の点は、酸化亜鉛等の各種金属酸化物についても同様である。
【0033】
酸化銅の合成法については特に制限はなく、一般的に知られている方法を利用すればよい。例えば、塩基性炭酸銅を加熱する方法、硝酸銅や塩化銅を加熱する方法、直接金属を酸素が含まれる環境下で加熱する方法、水酸化銅を加熱脱水する方法、銅イオンを含む水溶液から電気化学的に合成する方法等が挙げられる。酸化亜鉛の合成法についても同様に、一般的に知られている方法を利用すればよく、塩基性炭酸亜鉛を加熱する方法、硝酸亜鉛や酢酸亜鉛等を原料とし、加熱等して製造する方法や、水酸化亜鉛を加熱脱水する方法、金属亜鉛に直接高温高圧の水を反応させて酸化する方法、亜鉛イオンを含む水溶液から電気化学的に酸化亜鉛を合成する方法等が利用できる。
【0034】
有機ガスに対する吸着能を有する吸着機能物質としては、有機金属構造体と呼ばれる素材を挙げることができる。有機金属構造体は、1種以上の2つ以上の配位サイトを持つ分子と1種以上の金属イオンにより構成される物質であり、50,000種以上の物質が報告されている。有機金属構造体はサブナノメートルから、数ナノメートル程度の空孔を結晶構造から有し、更に結晶には内部の有機配位子または、金属イオンの活性サイトを有することから分子吸着材として利用が期待されている。
【0035】
吸着機能物質の粒子サイズについては特に制限はないが、一般にガス吸着速度は材料の比表面積が高いほど速いことが多く、サイズが小さいほど比表面積は高くなる傾向があることから、平均一次粒径が200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましく、50nm以下であることが更に好ましい。平均一次粒径の下限に特に制限はないが、例えば4nm以上であることができる。一次粒径とは、一次粒子の円相当径を言い、円相当径は粉末X線構造解析のピークの半値幅からシェラーの式によって導出することができる。尚、配位子等が粒子表面に吸着している場合もあるが、その場合の一次粒径とは、配位子を除いた粒径を指すものとする。
【0036】
<かさ密度>
ガス吸着材によって対象となるガスを効率的に除去するためには、ガス吸着材は、ガス分子を透過可能であり且つ吸着可能な多孔質性を有することが好ましい。多孔質性の指標としては、かさ密度が挙げられる。本発明のガス吸着材のかさ密度は、ガス分子の透過性とガス吸着材の吸着容量の観点から、0.60g/mL以上であり、0.65g/mL以上であることが好ましく、0.70g/mL以上であることがより好ましい。本発明における「かさ密度」は、JIS R 1628:1997「ファインセラミックス粉末のかさ密度測定方法」にしたがい求めることができる。かさ密度は、JIS R 1628:1997に、粉末が占める単位かさ体積当たりの質量と定義されている。例えば、造粒体のかさ密度は、空隙の存在から元の材料の結晶密度よりも小さくなることが一般的である。例えば、球体の最密充填構造での空間充填率は0.74である。これは、半径rの真球同士が接する一辺2√2rの面心立方格子構造(図1参照)により説明される。立方体の内側には4つの真球が含まれることから、立方体内にて真球の占める体積は4×4πr/3=16πr/3であり、立方体の体積は(2√2r)=16√2rであることから、立方体内に真球の占める体積の割合は(16πr/3)/(16√2r)=π/3√2≒0.74となる。このため、結晶を凝集させて成形した造粒体の密度は最大で結晶密度の0.74倍となる。更に、上記造粒体をカラムに充填した際のかさ密度は、(0.74)以下、即ち0.55倍以下となる。本発明のガス吸着材は、好ましくは最密充填ではなく細孔をもたせるように造粒されたものであり、そのかさ密度は結晶密度の0.55以下であることが好ましく、0.50以下であることがより好ましく、0.45以下であることが更に好ましい。金属酸化物等の吸着機能物質の結晶密度を考慮すると、本発明のガス吸着材のかさ密度は、3.50g/mL以下であることが好ましく、3.30g/mL以下であることがより好ましく、3.00g/mL以下であることが更に好ましい。
【0037】
<任意成分>
本発明のガス吸着材は、吸着機能物質の複合体(結合体と言うこともできる。)であることができる。複合体では、吸着機能物質が適切な空隙を維持して結着していることが好ましい。バインダーは、必要に応じてその結着作用を発現するために導入されるものであり、バインダーなしでも吸着機能物質同士(例えば粒子同士)が結着できるのであれば、必ずしも必要ではない。
【0038】
バインダーとしては、吸着機能物質同士の結着を保持できるものであれば、特に材料は問わない。例えば、有機ポリマー、無機粘土鉱物等の一般にバインダーとして使用可能な各種の有機物質及び無機物質の1種以上をバインダーとして使用することができる。例えば、有機物質としては、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリエチルブラチール等などを利用できる。無機物質としては、ゼオライト、モルデナイト、モンモリロナイト、バーミキュライト、シリカ等を利用できる。本発明のガス吸着材のバインダーの含有率は、0質量%以上40質量%以下であることができる。本発明のガス吸着材の質量において、吸着機能物質の質量以外の部分の全てをバインダーの質量が占めてもよく、又は他の成分の1種以上が含まれていてもよい。一例として、本発明のガス吸着材が吸着機能物質として酸化銅を含む場合は、塩基性炭酸銅から酸化銅が合成されることがあるため、その塩基性炭酸銅が残留している場合や合成時の副生成物が混入している場合があるが、そのような成分の存在も許容される。
【0039】
本発明のガス吸着材は、一態様では、吸着機能物質の1種または2種以上のみを圧縮成形して造粒した造粒体であることができる。また、他の一態様では、本発明のガス吸着材は、吸着機能物質の1種または2種以上をバインダーと混合して成形して造粒した造粒体であることもできる。本発明において、「造粒体」とは、吸着機能物質をバインダーあり又はバインダーなしで固めて粒状に成形した成形体を言うものとする。ここで「粒状」とは、真球状に限定されず、楕円状、薄片状等の一般的なペレットの形状として知られる各種形状を包含する意味で用いられる。例えば、押出成形された成形体を任意の長さに切断してガス吸着材を製造することができる。また、圧縮成形して得たペレットを必要に応じてハンマー等によって粉砕してガス吸着材を製造することもできる。造粒体の製造法は公知であり、本発明のガス吸着材は、公知の造粒体の製造法によって、または公知の造粒体の製造方法に準じて、製造することができる。
【0040】
本発明のガス吸着材は、防毒マスクのガス吸着部に充填して使用することができる。防毒マスクを装着した作業者の呼吸時の圧力損失は、作業者の呼吸を妨げない程度の圧力損失であることが好ましい。この点から、呼吸時の圧力損失は、300パスカル以下であることが好ましく、200パスカル以下であることがより好ましく、100パスカル以下であることが更に好ましい。ここでの圧力損失とは、ガス吸着材を通気可能な容器に充填した際の流入口と流出口の圧力の差のことを言う。圧力損失は、一般にガス吸着材のサイズに依存する。好ましい圧力損失を実現する観点から、本発明のガス吸着材のサイズは、0.5mm以上30mm以下であることが好ましく、0.6mm以上20mm以下であることがより好ましく、0.8mm以上10mm以下であることが更に好ましい。ここでガス吸着材のサイズとは、粒子の最短辺の長さをいうものと言う。
【0041】
本発明のガス吸着材は、作業環境等の雰囲気中の対象とするガスの濃度を低減するためのフィルター材として、防毒マスク、空気清浄機、エアーコンディショナー等の人の呼気に関わる用途に用いることができる。また、自動車等のエンジン、工場、焼却処分場、火力発電施設等の排気ガスの浄化に用いることもできる。
【0042】
[防毒マスク]
本発明は、本発明のガス吸着材を含むガス吸着部を有する防毒マスクに関する。
【0043】
防毒マスクの構造等の詳細については、特に制限はなく、防毒マスクに関する公知技術を適用できる。ガス吸着部は、一般に吸着缶等とも呼ばれる。本発明の防毒マスクは、本発明のガス吸着材をガス吸着部に充填して使用することができる。ガス吸着部には、本発明のガス吸着材を1種のみ充填してもよく、本発明のガス吸着材の2種以上を任意の割合で混合して充填してもよい。また、ガス吸着部には、2種以上の異なる吸着機能物質を任意の割合で含む本発明のガス吸着材の1種のみを充填することもでき、ガス吸着能が異なる本発明のガス吸着材の2種以上を任意の割合で混合して充填することもできる。または、本発明のガス吸着材の1種以上と他のガス吸着材の1種以上とをガス吸着部に充填することもできる。上記の他のガス吸着材としては、例えば、リン酸等の酸が表面又は空孔に添着された活性炭、ゼオライト等が挙げられる。
【0044】
防毒マスクのガス吸着部にガス吸着能が異なるガス吸着材を2種以上充填させる場合、それらの混合比に特に制限はないが、一般的には、除去対象とするガスの濃度に応じて混合比を決定することが好ましい。例えば、作業者の作業環境において、酸性ガスの濃度が最も高く、有機ガスの濃度が次に高く、塩基性ガスは存在しない場合、酸性ガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を含むガス吸着材を主成分とし、有機ガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を含むガス吸着材を主成分のガス吸着材より少量混合し、塩基性ガスに対する吸着能を有する吸着機能物質を含むガス吸着材は混合しないことが好ましい。
【実施例
【0045】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に説明する。但し、本発明は実施例に示された実施形態に限定されるものではない。
【0046】
[吸着機能物質の調製例1]
塩基性炭酸銅(寺田薬泉工業社製)を300℃で30分間加熱してCuOを得た。ここで得られた粉末がCuOであることは、以下に記載の粉末X線回折測定によって確認した。特記しない限り、以下の実施例及び比較例で使用したCuOは、調製例1によって調製されたCuOである。
【0047】
[吸着機能物質の調製例2]
塩基性炭酸亜鉛(富士フィルム和光純薬一級)を400℃で3時間加熱してZnOを得た。ここで得られた粉末がZnOであることは、以下に記載の粉末X線回折測定によって確認した。
【0048】
調製例1、2について、それぞれ得られた粉末の一部を採取して粉末X線回折測定を行って結晶構造を同定した。その結果、調製例1で得られた粉末の回折ピークは市販の酸化銅ナノ粒子(富士フイルム和光純薬社製CAS No.1317-38-0)の回折ピークのピーク位置と一致した(図1)。また、調製例2で得られた粉末の回折ピークは、市販の酸化亜鉛ナノ粒子(富士フイルム和光純薬社製)と回折ピークのピーク位置が一致した。シェラーの式によって導出したCuOの平均一次粒径は30nmであり、シェラーの式によって導出したZnOの平均一次粒径は25nmであった。
【0049】
以下の実施例及び比較例で使用したポリエチレンオキサイドは、明成化学工業社製アルコックスL―8であり、後述の表1中、「PEO」と表記する。
【0050】
[比較例1]
12.5グラムの吸着機能物質CuOと、濃度62.5質量%のポリエチレンオキサイド水溶液20グラムとを、自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分にて混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmのシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃にて16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2~3mmのサイズに切り分け、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、比較例1のガス吸着材(造粒体)を作製した。
【0051】
[実施例1]
ポリエチレンオキサイド7.5グラムと水7.5グラムとを自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分にて混合した後に、17.5グラムのCuOを加え、更に自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分で混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmのシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃にて16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2~3mmサイズに切り分け、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例1のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0052】
[実施例2]
ポリエチレンオキサイド6.25グラムと水6.25グラムとを自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分にて混合した後に、18.75グラムのCuOを加え、更に自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分で混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmのシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃にて16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2~3mmサイズに切り分け、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例2のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0053】
[実施例3]
ポリエチレンオキサイド5グラムと水7.875グラムとを自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分にて混合した後に、20グラムのCuOを加え、更に自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分で混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmのシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃にて16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2~3mmサイズに切り分け、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例3のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0054】
[実施例4]
24.75グラムのCuOと、濃度1.96質量%のポリエチレンオキサイド水溶液12.75グラムとを自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分にて混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmのシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃にて16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2~3mmサイズに切り分け、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例4のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0055】
[実施例5]
CuOを内径7mmのペレット成形機に500ミリグラムずつ入れ、400キログラム重/cmの圧力で3分間圧縮してペレットに成形した。このペレットをハンマーで砕き、内容積500ミリリットルの蓋付きポリプロピレン製スクリューボトルに入れた後、スクリューボトルを横に寝かせた状態で、スクリューボトルをモーターにより2時間回転させることで角取りを行った。その後、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例5のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0056】
[実施例6]
15グラムのZnOと濃度30質量%のポリエチレンオキサイド水溶液3.5グラムと超純水6.0グラムとを混合し、自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分で混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmシリンジに入れ、シャーレに押出し、45℃で16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2mmのサイズに切断し、ステンレスふるいによって20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。
こうして、実施例6のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0057】
[実施例7]
750グラムの塩基性炭酸銅、15グラムのモンモリロナイト、105グラムのモルデナイト及び275グラムの水をワーリングスタンドミキサー(大阪ケミカル株式会社WSM7Q)にて混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを押出成形機(三庄インダストリー社製V-20)にて直径2mmの糸状に押し出し、電気炉にて60℃で16時間乾燥させた。乾燥後、長さ2mm程度に切り分け、ステンレスふるいにより20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。このうち300グラムをステンレス製パットに入れ、300℃で16時間加熱した後、内容積500ミリリットルの蓋付きポリプロピレン製スクリューボトルに入れた。スクリューボトルを横に寝かせた状態で、モーターによりスクリューボトルを2時間回転させることで角取りを行った後、再度ステンレスふるいにより20メッシュ(目開き0.85mm)以上、8メッシュ(2.36mm)以下のサイズのものを取り分けた。加熱により、塩基性炭酸銅が酸化銅になり、酸化銅を含む実施例7のガス吸着材(造粒体)が得られた。
【0058】
[比較例2]
塩基性炭酸銅を300℃で16時間加熱して得たCuO2.1グラムを、濃度42.86質量%のポリエチレンオキサイド水溶液2.1グラム、発泡スチロール粉末0.06グラム及び超純水1.2グラムと混合し、自転公転ミキサーにて混合10分、脱泡1.5分で混練してスラリーを調製した。調製したスラリーを内径2mmシリンジに入れ、シャーレに押出し、60℃で16時間加熱した。加熱後、カッターナイフで2mmのサイズに切断し、発泡スチロール粉末の溶解除去のためにトルエンに浸漬させた。浸漬後、自然乾燥した。
こうして、比較例2のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0059】
[実施例8]
2.5グラムのCuOを内径14mmのペレット成形機に入れ、18000キログラム重/cmの圧力で10分間圧縮させてペレットに成形した。このペレットをハンマーで2~3mmサイズに破砕した。
こうして、実施例8のガス吸着材(造粒体)を得た。
【0060】
[吸着機能物質の含有率]
実施例及び比較例で得たガス吸着材について、吸着機能物質(CuO、ZnO)の含有率を、原料の仕込み量から算出した。算出された値を表1に示す。
また、吸着機能物質の含有率は、以下の方法によって求めることもできる。
ガス吸着材を粉末エックス線回折分析に付し、粉末エックス線回折パターンにより、含有されている吸着機能物質を同定する。その後、エックス線蛍光分析装置により、ガス吸着材に含まれる元素比率を導出することで、同定された吸着機能物質の含有率を求めることができる。
【0061】
[かさ密度]
JIS R 1628:1997「ファインセラミックス粉末のかさ密度測定方法」にしたがって、実施例及び比較例の各ガス吸着材のかさ密度を求めた。具体的には、 実施例及び比較例で得た各ガス吸着材を、内径が77.6mmであり内容積が96mLのカラムに高さ2cmになるように振動させながら充填した後、質量増加分を計測した。質量増加分をMグラムとすると、かさ密度は、「かさ密度(単位:g/mL)=M/96」によって算出される。
【0062】
[シアン化水素ガス破過試験]
実施例及び比較例の各ガス吸着材について、1000ppmvのシアン化水素ガス破過試験により、シアン化水素吸着能を評価した。以下の方法によって求められる破過時間が長いほど、シアン化水素吸着能に優れることを示す。
実施例及び比較例の各ガス吸着材を、内径5mmのカラムに高さ4cm分充填して吸着カラムを準備した。20±1℃の恒温槽中にて、シアン化水素ガス濃度1000ppmv、相対湿度50±2%のガスを、吸着カラムに70ミリリットル毎分で通気し、通気後のガスを1リットルのテドラーバッグに回収し、テドラーバッグ内のシアン化水素濃度をシアン化水素検知管にて測定した。テドラーバッグ内のシアン化水素濃度が5ppmvを超えた時間を破過時間とした。
【0063】
以上の結果を表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
表1に示す結果から、実施例1~8のガス吸着材が、比較例1、2のガス吸着材と比べてガス吸着能に優れることが確認できる。
【0066】
上記には、酸性ガス吸着能を有する吸着機能物質を含むガス吸着材に関する実施例を示した。但し、これは例示であって、対象とするガスの種類に応じて吸着機能物質を変更することによって、塩基性ガス、有機ガス等の各種ガスに対して優れたガス吸着能を示すことができるガス吸着材を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のガス吸着材は、防毒マスク等のガスマスク、空気清浄機、エアーコンディショナー、自動車等のエンジン、工場、焼却処分場、火力発電施設等のガスの浄化を要する各種分野において、フィルター材として好適に使用することができる。
図1
図2