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特許7493802ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子及びその利用
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  • 特許-ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子及びその利用 図1
  • 特許-ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子及びその利用 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20240527BHJP
   C12Q 1/6895 20180101ALI20240527BHJP
   C12Q 1/6827 20180101ALI20240527BHJP
   A01H 5/08 20180101ALI20240527BHJP
   A01H 6/82 20180101ALI20240527BHJP
   A01H 1/02 20060101ALI20240527BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20240527BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
C12Q1/6895 Z
C12Q1/6827 Z
A01H5/08
A01H6/82
A01H1/02 Z
C12N15/29
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021054293
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022151296
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2023-10-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、農林水産省「多数の遺伝子が関与する形質を改良する新しい育種技術の開発委託事業」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】大山 暁男
(72)【発明者】
【氏名】林 武司
(72)【発明者】
【氏名】松尾 哲
(72)【発明者】
【氏名】宮武 宏治
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】Database UniProtKB/TrEMBL, [online], Accession No. A0A6N2BVH7,2020年12月02日,[2023年11月24日検索], インターネット<https://www.uniprot.org/uniprot/A0A6N2BVH7.txt?version=2>, 02-Dec-2020 uploaded
【文献】Database UniProtKB/TrEMBL, [online], Accession No. A0A2G3B9G7,2019年12月11日,[2023年11月24日検索], インターネット<https://www.uniprot.org/uniprot/A0A2G3B9G7.txt?version=9>, 11-Dec-2019 uploaded
【文献】Database UniProtKB/TrEMBL, [online], Accession No. M1BAW7,2021年02月10日,[2023年11月24日検索], インターネット<https://www.uniprot.org/uniprot/M1BAW7.txt?version=32>, 10-Feb-2021 uploaded
【文献】Theor. Appl. Genet.,2017年,Vol. 130,p. 1601-1616
【文献】Euphytica,2018年,Vol. 214: 210,p. 1-12
【文献】農業および園芸,2018年,Vol. 93(7),pp. 626-631
【文献】育種学研究,2020年10月10日,Vol. 22,pp. 187
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 - 1/70
C12N 15/00 - 15/90
A01H 1/00 - 1/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トマトである植物における果実への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法であって、
前記植物において、下記(a)又は(b)のアミノ酸に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検査する工程を含み、
前記検査する工程において、
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE(グルタミン酸)である;又は
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がS(セリン)である;
とき、当該植物は果実への同化産物分配量が増加した植物であると判定し、
前記(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、ホモロジー解析の方法に基づき、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列を基準配列として用いて、前記(a)又は(b)のアミノ酸に相当すると特定されたアミノ酸である、方法。
【請求項2】
前記検査する工程において、
前記植物において、下記(a’’)又は(b’’)であるとき:
(a’’)配列番号3の塩基配列における2609番目の塩基に相当する塩基がA;
(b’’)配列番号4の塩基配列における1204番目の塩基に相当する塩基がT;
当該植物は果実への同化産物分配量が増加した植物であると判定し、
前記(a’’)又は(b’’)の塩基に相当する塩基は、ホモロジー解析の方法に基づき、配列番号3又は配列番号4の塩基配列を基準配列として用いて、前記(a’’)又は(b’’)の塩基に相当すると特定された塩基である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記植物は、以下の(1)~(3)の何れかに記載のポリヌクレオチド:
(1)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;
(2)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、前記植物の果実への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;
(3)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して、100個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなるか、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、46個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、前記植物の果実への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;
からなる同化産物分配量調節遺伝子を有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記植物は、育種素材の候補植物であるか、育種のプロセスで得られた植物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
果実への同化産物分配量が増加したトマトである植物を製造する方法であって、
果実への同化産物分配量が増加した前記植物と、他の前記植物とを種内交雑する交雑工程と、
前記交雑工程により得られた前記植物又はその後代系統の前記植物から、請求項1から4のいずれか1項に記載された方法によって、果実への同化産物分配量が増加した前記植物を識別する識別工程とを含む、製造方法。
【請求項6】
前記交雑工程の前に、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法により、被験植物から果実への同化産物分配量が増加した前記植物を識別する識別工程をさらに含む、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
トマトである植物における、果実への同化産物分配量の調節に関する分子マーカーの使用であって、
前記分子マーカーが、
下記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基自体(SNP)か、当該塩基を含む連続したポリヌクレオチド:
(a’)配列番号3の塩基配列における2609番目の塩基に相当する塩基;
(b’)配列番号4の塩基配列における1204番目の塩基に相当する塩基;からなり、
前記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基は、ホモロジー解析の方法に基づき、配列番号3又は配列番号4の塩基配列を基準配列として用いて、前記(a’)又は(b’)の塩基に相当すると特定された塩基である、使用
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
種子、塊茎、果実などの農業生産物の収量は、その増減が収益と直結するため、農業経営上の重要な指標となっている。農業生産物の収量は、乾物生産量及び収穫物への乾物分配量(同化産物分配量)に比例する。そのため、乾物生産量又は同化産物分配量を増加させることで、農業生産物の収量を増加させることができる。
【0003】
農業生産物の収量を増大させる技術として、補光や資材の選択による光透過率の改善等の環境制御技術があるが、コストがかかる上に安定した収量増加を実現することが困難である。農業生産物の安定した収量増加を実現するために、植物を遺伝的に改変する技術が知られている。
【0004】
トマトのようなナス科の果菜植物の遺伝的改変に用いる遺伝子の候補として、非特許文献1及び2に記載された遺伝子が挙げられる。非特許文献1には、トマトにおいて、大玉品種と小玉品種との間の果実サイズの違いに関与する量的形質遺伝子座(QTL)である、第2染色体上のfw2.2遺伝子について記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Frary et al. Science 289:85-88, 2000
【文献】Cong et al. Nat.Genet. 40:800-804, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載されたfw2.2の遺伝子は、大玉品種のトマトに普遍的に存在する遺伝子であり、小玉の野生種のトマトが栽培化・大玉化する過程で獲得された遺伝子であると推測されている。すなわち、fw2.2の遺伝子は、可食部への同化産物分配量の調節に関与するものではなく、細胞分裂の増大や子室数の増大であると考えられる。したがって、fw2.2の遺伝子は、植物の形態的変化をもたらすのみであり、可食部への同化産物分配量の様な収量性の改変には使用できない可能性が高い。
【0007】
イネ等では、種子への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子が報告されている一方で、トマトでは可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子は知られていない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、その目的は、トマトを含むナス科の果菜植物において、可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子を同定し、その遺伝子の利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る方法は、ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法であって、ナス科植物において、下記(a)又は(b)のアミノ酸:(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸;(b)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸;に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検査する工程を含む。
【0010】
本発明の一態様に係る製造方法は、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造する方法であって、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物と、他のナス科植物とを種内交雑する交雑工程と、前記交雑工程により得られたナス科植物又はその後代系統のナス科植物から、上記いずれかの方法によって、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を識別する識別工程とを含む。
【0011】
本発明の一態様に係る分子マーカーは、ナス科植物における、可食部への同化産物分配量の調節に関する分子マーカーであって、下記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基自体(SNP)か、当該塩基を含む連続したポリヌクレオチド:(a’)tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から2609番目の塩基に相当する塩基;(b’)tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から1204番目の塩基に相当する塩基;からなる。
【0012】
本発明の一態様に係る遺伝子は、ナス科植物の可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子であって、以下の(1)~(3)のいずれかに記載のポリヌクレオチド:(1)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;(2)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がSであって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;(3)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して、300個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がSであって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;からなる。
【0013】
本発明の一態様に係るタンパク質は、上記ポリヌクレオチドによりコードされている。
【0014】
本発明の一態様に係る発現ベクターは、上記ポリヌクレオチドを含む。
【0015】
本発明の一態様に係る細胞は、上記ポリヌクレオチド又は上記発現ベクターを含む。
【0016】
本発明の一態様に係るナス科植物は、上記ポリヌクレオチド又は上記発現ベクターが組み込まれている。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様によれば、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を調節する遺伝子を用いて、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を識別すること、及び、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、2つのF1品種の交配に由来する組換え型自殖系統の構築及びそのQTLマッピングの概要を説明する図である。
図2図2は、連鎖群5の連鎖地図及びQTL tfw5.1の位置を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施の形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
【0020】
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、「核酸」又は「核酸分子」とも換言でき、ヌクレオチドの重合体を意図している。また、「塩基配列」は、「核酸配列」又は「ヌクレオチド配列」とも換言でき、特に言及しない限り、デオキシリボヌクレオチドの配列又はリボヌクレオチドの配列を意図している。本明細書において、「ポリペプチド」は、「タンパク質」とも換言できる。
【0021】
本明細書において、「同化産物」とは、「乾物」とも換言でき、光合成によって合成される糖などの有機化合物を意図している。本明細書において、「可食部」とは、植物において主に食用とされる部分であり、果菜においては食用の果実部分を意図しており、茎菜においては、食用の塊茎部分を意図している。本明細書において、「可食部への同化産物分配量の増加」とは、可食部に分配される同化産物の量が増加することを意図しており、特に、着果期又は茎部肥大期から収穫期までの間に、可食部に分配される同化産物の量が増加することを意図している。
【0022】
本明細書において、「ナス科植物」は、一例として、トマト、ジャガイモ、ナス、又はトウガラシである。
【0023】
本明細書において、「ナス」は、広義には、栽培種「ソラナム(以下、Sと称する)メロンゲナ(Solanum. melongena)」、並びに野生種「S.インカナム(S. incanum)」、「S.トルバム(S. torvum)」、「S.ニグラム(S. nigrum)」、「S.アエチオピカム(S. aethiopicum)」、「S.マクロカルポン(S. macrocarpon)」、及び「S.クイトエンセ(S. quitoense)」を含む概念であり、狭義には「S.メロンゲナ」を意図している。
【0024】
本明細書において、「トマト」は、広義には、栽培種「S.リコペルシクム(S. lycop
ersicum)」、並びに野生種「S.ケエスマニ(S. cheesmaniae)、S.チレンセ(S. chilense)、S.クミエレウスキイ(S. chmielewskii)、S.ガラパゲンセ(S. galapagense)、S.ハブロカイテス(S. habrochaites)、S.リコペルシコイデス(S. lycopersicoides)、S.ネオリキイ(S. neorickii)、S.ペネリ(S. pennellii)、S.ペルビアナム(S. peruvianum)、及びS.ピンピネリフォリウム(S. pimpinellifolium)を含む概念であり、狭義には「S.リコペルシクム」を意図している。
【0025】
本明細書において、「トウガラシ」は、広義には、栽培種「カプシカム(以下、Cと称する)・アニウム(Capsicum annuum)」、並びに野生種「C.プベッセンス(C. pubescens)」、「C.バッカータム(C. baccatum)」、「C.チネンセ(C. chinense)」、及び「C.フルテッセンス(C. frutescens)」を含む概念であり、狭義には「C.アニウム」を意図している。また、「トウガラシ」は、園芸作物の呼称として「ピーマン」、「パプリカ」および「シシトウ」など、「トウガラシ」以外の用語が用いられる上記の植物も含む概念である。
【0026】
本明細書において、「ジャガイモ」は、広義には、栽培種「S.トゥベローサム(S. tuberosum)」、並びに野生種「S.アカウレ(S. acaule)」、「S.スパルシピウム(S. sparsipilum)」、「S.レプトフィエス(S. leptophyes)」、及び「S.メジスタクロブム(S. megistacrobum)」を含む概念であり、狭義には「S.トゥベローサム」を意図している。
【0027】
〔1.可食部への同化産物分配量調節遺伝子〕
本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、可食部への同化産物分配量を調節する活性(可食部への同化産物分配量調節活性)を有するタンパク質をコードする遺伝子である。タンパク質が可食部への同化産物分配量を正に調節する活性を有する場合、当該タンパク質が存在すれば、可食部への同化産物分配量が増加する。また、可食部への同化産物分配量調節遺伝子がコードするタンパク質の活性が低下しているか又は阻害されると、その活性が低下していないか又は阻害されていない植物よりも可食部への同化産物分配量が低減するか又は増加しない。
【0028】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子の一例は、ナス科植物の可食部への同化産物分配量の調節に関与する遺伝子であって、以下の(1)~(3)のいずれかに記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子である:
(1)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;
(2)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE(グルタミン酸)、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がS(セリン)であって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド;
(3)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、300個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がSであって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質をコードしているポリヌクレオチド。
【0029】
上記(1)のポリヌクレオチドは、トマト由来のtfw.5.1遺伝子の塩基配列又はtfw.5.1遺伝子のコーディング領域(CDS)の塩基配列を含み、可食部への同化産物分配量を調節するタンパク質をコードしているポリヌクレオチドである。また、上記(1)のポリヌクレオチドは、ナス科植物の上記tfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子の塩基配列又は当該遺伝子のCDSの塩基配列を含み、可食部への同化産物分配量を調節するタンパク質をコードしているポリヌクレオチドであり得る。
【0030】
上記(2)のポリヌクレオチドに関して、アミノ酸配列の配列同一性は、70%以上、75%以上、80%以上、又は、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、96%以上、97%以上、98%以上、又は、99%以上であることが特に好ましい。例えば、トマトに由来する変異遺伝子、又は、トマト以外のナス科植物に由来する相同遺伝子(オーソログを含む)が、上記(2)のポリヌクレオチドの範疇に含まれる。これらの変異遺伝子や相同遺伝子は、ナス科植物の内在性(endogeneous)の遺伝子である。後述する〔4.ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法〕の欄で検査がなされる分子マーカーは、これらの変異遺伝子や相同遺伝子上の分子マーカーでありうる。
【0031】
上記(3)のポリヌクレオチドに関して、配列番号1又は2のアミノ酸配列において、置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸の個数は、1~300個であることが好ましく、1~250個、1~200個、1~150個、又は1~100個であることがより好ましく、1~50個であることがさらに好ましく、1~25個、1~15個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、又は1~2個であることが特に好ましい。
【0032】
なお、可食部への同化産物分配量調節遺伝子が人工的に変異を導入した遺伝子を指す場合、上記「アミノ酸の置換、欠失、付加又は挿入」は、例えば、Kunkel法(Kunkel et al. (1985):Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 82, p488-)等の部位特異的突然変異誘発法、薬剤を用いた変異原処理、放射線(γ線、重イオンビーム等)の照射による変異誘発手法等を用いて人工的に変異を導入してもよいし、天然に存在する同様の変異ポリペプチドに由来するものであってもよい。
【0033】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、RNAの形態(例えば、mRNA)、又は、DNAの形態(例えば、cDNA又はゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。可食部への同化産物分配量調節遺伝子の一例である、配列番号3に示す塩基配列は、配列番号1に示すポリペプチドをコードする遺伝子の完全長cDNAである。また、可食部への同化産物分配量調節遺伝子の他の例である、配列番号4に示す塩基配列は、配列番号2に示すポリペプチドをコードする遺伝子の完全長cDNAである。可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、tfw.5.1遺伝子のCDSと共に、非翻訳領域(UTR)の塩基配列等の付加的な配列を含むものであってもよい。
【0034】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子を取得する(単離する)方法は、特に限定されるものではないが、例えば、可食部への同化産物分配量調節遺伝子の塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリ又はcDNAライブラリをスクリーニングすればよい。
【0035】
また、可食部への同化産物分配量調節遺伝子を取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、可食部への同化産物分配量調節遺伝子のcDNAのうち、5’側及び3’側の配列(又はその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(又はcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、可食部への同化産物分配量調節遺伝子を含むDNA断片を大量に取得できる。
【0036】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子の由来はナス科の植物である限り特に限定されないが、トマト、ジャガイモ、ナス、又はトウガラシの何れかであることが好ましく、トマトであることがより好ましい。
【0037】
なお、単離された可食部への同化産物分配量調節遺伝子の候補遺伝子が、所望する可食部への同化産物分配量を調節する活性を有するか否かは、由来する植物における当該候補遺伝子の発現によって、可食部への同化産物分配量の増加が誘導されるかを観察することによって評価することができる。
【0038】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、ナス科植物における、可食部への同化産物分配量の増加機構の解明に利用することができる。また、可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、その配列を発現ベクターに組み込む等して、ナス科植物の植物体又は細胞に導入することによって、形質転換体を作製するために用いることができる。可食部への同化産物分配量調節遺伝子が導入されたナス科植物を栽培することで、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を得ることができる。
【0039】
可食部への同化産物分配量調節遺伝子として、トマトであるS.リコペルシクム由来のtfw.5.1遺伝子のCDSの塩基配列である第1の遺伝子(配列番号3)又は第2の遺伝子(配列番号4)の塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。また、可食部への同化産物分配量調節遺伝子の範疇には、配列番号3又は4に示す塩基配列に対して、70%以上、75%以上、80%以上、85&以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は、99%以上の配列同一性を有し、可食部への同化産物分配量調節活性を有するポリヌクレオチドからなる遺伝子も含まれる。
【0040】
〔2.可食部への同化産物分配量調節タンパク質〕
本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量調節タンパク質は、上記〔1.可食部への同化産物分配量調節遺伝子〕欄に記載した遺伝子の翻訳産物であり、少なくとも可食部への同化産物分配量調節活性を有する。可食部への同化産物分配量調節タンパク質が、可食部への同化産物分配量を正に調節する活性を有する場合、当該タンパク質が存在すれば、可食部への同化産物分配量が増加する。可食部への同化産物分配量調節タンパク質が存在しない場合、可食部への同化産物分配量調節タンパク質が存在する場合よりも可食部への同化産物分配量が低減するか又は増加しない。
【0041】
可食部への同化産物分配量調節タンパク質は、天然の供給源より単離されてもよいし、化学的に合成されてもよい。より具体的には、当該タンパク質は、天然の精製産物、化学的合成手順の産物、及び、原核生物宿主又は真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、及び哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された翻訳産物をその範疇に含む。
【0042】
可食部への同化産物分配量調節タンパク質は、より具体的には、以下の(1’)~(3’)のいずれかに記載のタンパク質である:
(1’)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2’)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がE、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸がSであって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質;
(3’)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、300個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列における870番目に相当するアミノ酸がE、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列における402番目に相当するアミノ酸がSであって、ナス科植物の可食部への同化産物分配量を調節する機能を有するタンパク質。
【0043】
上記(1’)のタンパク質は、上記tfw.5.1遺伝子、又は、ナス科植物における上記tfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子がコードするタンパク質であり、可食部への同化産物分配量調節活性を有するタンパク質である。
【0044】
上記(2’)のタンパク質に関して、アミノ酸配列の配列同一性は、70%以上、75%以上、80%以上、又は90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、96%以上、97%以上、98%以上、又は、99%以上であることが特に好ましい。例えば、トマトに由来する変異タンパク質、又は、トマト以外のナス科植物に由来する相同タンパク質が、上記(2’)のタンパク質の範疇に含まれる。これらの変異タンパク質や相同タンパク質は、ナス科植物の内在性の遺伝子にコードされたタンパク質である。
【0045】
上記(3’)のタンパク質に関して、配列番号1又は2のアミノ酸配列において、置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸の個数は、1~300個であることが好ましく、1~250個、1~200個、1~150個、又は1~100個であることがより好ましく、1~50個であることがさらに好ましく、1~25個、1~15個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、又は1~2個であることが特に好ましい。
【0046】
可食部への同化産物分配量調節タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであるが、ポリペプチド以外の構造を含むものであってもよい。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、これに限定されない。
【0047】
なお、可食部への同化産物分配量調節タンパク質として、トマトであるS.リコペルシクム由来のタンパク質が挙げられる。また、可食部への同化産物分配量調節タンパク質として、ジャガイモ、ナス、又はトウガラシ由来のタンパク質が挙げられる。
【0048】
〔3.発現ベクター、細胞、及び形質転換体〕
本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量調節遺伝子が組み込まれた発現ベクター、当該発現ベクター又は可食部への同化産物分配量調節遺伝子を含む細胞、並びに、当該発現ベクター又は可食部への同化産物分配量調節遺伝子が発現可能に導入された形質転換体についても、本発明の範疇に含まれる。当該発現ベクターは、細胞又は生物個体に、可食部への同化産物分配量を調節する形質を付与するものである。
【0049】
発現ベクターを構成するためのベクターの種類は特に限定されるものではなく、宿主細胞中で発現可能なものを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、適宜プロモータ配列を選択し、当該プロモータ配列と可食部への同化産物分配量調節遺伝子とを、例えば、プラスミド、ファージミド、またはコスミド等に組み込んだものを発現ベクターとして用いればよい。
【0050】
発現ベクターを導入する宿主細胞としては、例えば、細菌細胞、酵母細胞、酵母細胞以外の真菌細胞および高等真核細胞などが挙げられる。細菌細胞としては、例えば、大腸菌細胞が挙げられる。高等真核細胞としては、例えば、植物細胞および動物細胞が挙げられる。植物細胞としては、例えば、双子葉植物細胞および単子葉植物細胞が挙げられる。双子葉植物細胞としては、例えば、ナス科植物の懸濁培養細胞(例えば、タバコBY-2株及びトマトSly-1株)が挙げられる。単子葉植物細胞としては、例えば、イネの懸濁培養細胞であるOc株などが挙げられる。動物細胞としては、昆虫細胞、両生類細胞、爬虫類細胞、鳥類細胞、魚類細胞、哺乳動物細胞などが挙げられる。
【0051】
発現ベクターにおいて可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、転写に必要な要素(例えば、プロモータなど)が機能的に連結されている。また、必要に応じて、エンハンサー、選択マーカー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、及び5’-UTR配列などを連結されていてもよい。プロモータは、宿主細胞において転写活性を示すDNA配列であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。
【0052】
宿主細胞内で作動可能なプロモータ配列としては、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモータ、アグロバクテリウムのノパリン合成酵素遺伝子プロモータ及びイネユビキチン遺伝子プロモータなどが挙げられる。また、組換え発現プロモータとしては、可食部への同化産物分配量調節遺伝子におけるプロモータ領域の配列を用いてもよい。
【0053】
発現ベクターにおいて、可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、必要に応じて、適切なターミネータ(例えば、NOSターミネータ及びカリフラワーモザイクウイルスの35Sターミネータ)に機能的に結合されてもよい。適切なターミネータの種類は、宿主細胞の種類に応じて適宜選択すればよく、上述のプロモータにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよい。エンハンサーは、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、例えばタバコモザイクウイルスのオメガ配列が挙げられる。
【0054】
発現ベクターは、さらに選択マーカーを含有してもよい。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシン、ハイグロマイシン又はスペクチノマイシンのような薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。
【0055】
また、発現ベクターにおいて可食部への同化産物分配量調節遺伝子は、必要に応じて、好適なタンパク質精製用のタグ配列、または好適なスペーサー配列に結合されていてもよい。
【0056】
また、上記形質転換体とは、上記発現ベクター又は可食部への同化産物分配量調節遺伝子が発現可能に導入された細胞、組織および器官のみならず、生物個体を含む意味である。このような形質転換体は、ナス科植物であり得る。また、形質転換体は、例えば、大腸菌等の微生物、動物等であってもよい。
【0057】
〔4.ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法〕
本発明の一態様に係るナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法(判別方法)は、ナス科植物において、可食部への同化産物分配量が増加していること又は増加していないことを判別する。判別方法は、ナス科植物において、可食部への同化産物分配量が増加した個体を判別するために使用することができる。判別方法は、ナス科植物のゲノムに存在する、可食部への同化産物分配量の決定に関与する遺伝子の遺伝子型を判定することで、可食部への同化産物分配量に基づいてナス科植物を判別する。なお、判別方法において、可食部への同化産物分配量の概念には、あるナス科植物個体の可食部への同化産物分配量が、他のナス科植物個体と比較して相対的に多い又は少ないことを表す同化産物分配量の程度が含まれる。
【0058】
ナス科植物、例えばトマトにおいては、可食部への同化産物分配量は、成長に伴って徐々に増加し、連続生産期にピークに達した後に一定になると考えられる(参考文献1:Saito et al. Hort. J. 89: 445-453, 2020を参照のこと)。すなわち、果房が着果し始めた又は茎部が肥大し始めた栽培初期は、可食部への同化産物分配量が少ない。したがって、特に、着果期又は茎部肥大期のような栽培初期における可食部への同化産物分配量を増加させることによって、収量を安定的に増加させることができる。
【0059】
ナス科植物は、育種素材の候補植物であるか、育種のプロセスで得られた植物であり得る。育種素材の候補植物としては、例えば、交配に用いる親植物、及び、遺伝子組換え技術を利用した分子育種に用いられる植物が含まれる。また、育種のプロセスで得られた植物としては、例えば、ナス科植物のトマト、ジャガイモ、ナス、又はトウガラシを種内交雑した植物、及びこれらの後代系統である。また、ナス科植物は、ある品種に属するトマトと他の品種に属するトマトとの交雑植物のように品種間交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。さらに、ナス科植物は、可食部への同化産物分配量が増加していることが分かっている品種同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。また、ナス科植物は、可食部への同化産物分配量が増加していることが分かっている品種と、可食部への同化産物分配量が増加しているか不明な品種とを交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。さらに、ナス科植物は、可食部への同化産物分配量が増加しているか不明な品種同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。また、ナス科植物は、可食部への同化産物分配量が増加していることが分かっている品種と、可食部への同化産物分配量が増加していないことが分かっている品種とを交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。また、ナス科植物は、可食部への同化産物分配量が増加していることが分かっている個体同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。
【0060】
本明細書において、植物とは、植物体の一部又は全部であってもよい。植物体の一部としては、例えば、繁殖素材(例えば、葉、枝、種子等)等が挙げられる。
【0061】
判別方法は、以下に示すような分子マーカーを用いて、可食部への同化産物分配量調節遺伝子の変異の有無を検査することができる。このような分子マーカーについても、本発明の範疇に含まれる。
【0062】
分子マーカーは、ナス科植物において、下記(a)又は(b)のアミノ酸:
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の870番目のアミノ酸に相当するアミノ酸;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の402番目のアミノ酸に相当するアミノ酸;
に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検出する分子マーカーである。
【0063】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、可食部への同化産物分配量調節遺伝子によりコードされたタンパク質であり、一例として、配列番号3に示す塩基配列からなる遺伝子によりコードされたタンパク質である。配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、可食部への同化産物分配量調節遺伝子によりコードされたタンパク質であり、一例として、配列番号4に示す塩基配列からなる遺伝子によりコードされたタンパク質である。
【0064】
配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、基準となるトマト(S.リコペルシクム)由来のtfw.5.1遺伝子にコードされたタンパク質のアミノ酸配列からなる。ナス科植物においては、基準となるトマト由来のtfw.5.1遺伝子にコードされたタンパク質のアミノ酸配列に対して、上記(a)又は(b)のアミノ酸に相当する部分以外でもアミノ酸配列が異なる部分が含まれ得る。ナス科植物において、上記(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸の位置は、ホモロジー解析等の手法によって特定することができる。すなわち、ナス科植物の上記tfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子(すなわち植物間で高度に保存されている遺伝子が存在する場合)において、「(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸」とは、ホモロジー解析等の手法によって、(a)又は(b)のアミノ酸に相当するとされたアミノ酸を指す。
【0065】
なお、ホモロジー解析の方法としては、例えば、Needleman-Wunsch法やSmith-Waterman法等のPairwise Sequence Alignmentによる方法や、ClustalW法等のMultiple Sequence Alignmentによる方法が挙げられ、当業者であれば、これら方法に基づき、配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列を基準配列として用いて、解析対象のアミノ酸配列中における「相当するアミノ酸」を理解することができる。
【0066】
ナス科植物における、配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の相同タンパク質及び(a)のアミノ酸に相当するアミノ酸の一例を示す。配列番号5に示すアミノ酸配列からなるピーマン(C. annuum. var. glabriusculum_1)のタンパク質において、(a)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、850番目のアミノ酸である。配列番号7に示すアミノ酸配列からなるピーマン(C.Annuum_Zunla)のタンパク質において、(a)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、850番目のアミノ酸である。配列番号9に示すアミノ酸配列からなるジャガイモ(PGSC0003DMC400027859)のタンパク質において、(a)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、871番目のアミノ酸である。配列番号11に示すアミノ酸配列からなるジャガイモ(Sotub05g017810.1.1)のタンパク質において、(a)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、871番目のアミノ酸である。
【0067】
ナス科植物における、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の相同タンパク質及び(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸の一例を示す。配列番号13に示すアミノ酸配列からなるピーマン(C. annuum. var. glabriusculum_1)のタンパク質において、(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、402番目のアミノ酸である。配列番号15に示すアミノ酸配列からなるピーマン(C.Annuum_Zunla)のタンパク質において、(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、400番目のアミノ酸である。配列番号17に示すアミノ酸配列からなるジャガイモ(PGSC0003DMC400056411)のタンパク質において、(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、401番目のアミノ酸である。配列番号19に示すアミノ酸配列からなるジャガイモ(Sotub05g016440.1.1)のタンパク質において、(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、401番目のアミノ酸である。配列番号21に示すアミノ酸配列からなるナス(SMEL_003g177800)のタンパク質において、(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸は、434番目のアミノ酸である。
【0068】
「(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸」は、一例として、(I)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質における(a)又は(b)のアミノ酸、(II)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質における(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸、又は、(III)配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対して、300個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質における(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸である。
【0069】
(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検出する分子マーカーは、(a)及び(b)の両方のアミノ酸に相当するアミノ酸に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検出するものであってもよい。
【0070】
分子マーカーの一例は、ナス科植物における、
(a’)tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から2609番目の塩基に相当する塩基、又は、
(b’)tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から1204番目の塩基に相当する塩基自体(SNP)か、当該塩基を含む連続したポリヌクレオチドである。すなわち、判別方法は、上記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基自体(SNP)か、当該塩基を含む連続したポリヌクレオチドを、可食部への同化産物分配量の調節に関する分子マーカーとして検査する工程を含む。
【0071】
上記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基は、アミノ酸置換を引き起こすSNPである。上記(a’)又は(b’)の塩基に相当する塩基を分子マーカーとして用いることで、上記(a)又は(b)のアミノ酸に相当するアミノ酸に置換又は欠失を引き起こす変異の有無を検出することができる。一例として、上記(a’)のtfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から2609番目の塩基に相当する塩基は、配列番号3の塩基配列における2609番目の塩基である。また、上記(b’)のtfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から1204番目の塩基に相当する塩基は、配列番号4の塩基配列における1204番目の塩基である。
【0072】
分子マーカーは、一例として、SNPマーカー、AFLP(分子増幅断片長多型)マーカー、RFLPマーカー、マイクロサテライトマーカー、SCARマーカー、CAPSマーカーである。
【0073】
上記(a’)及び(b’)の塩基に相当する塩基自体、又は当該塩基を含む連続したポリヌクレオチドは、本実施例に記載されたSNPマーカー又はこれと同一視できるSNPマーカーである。SNPマーカーは、(i)SNPに相当する塩基自体、(ii)SNPを含む連続したポリヌクレオチド、又は、(iii)2つのSNPを含む連続したポリヌクレオチドであり得る。
【0074】
(i:SNPマーカー)
SNPは、DNAの塩基配列中のある特定の領域内に一塩基の変異が見られるDNA多型を意味している。SNPマーカーにおいて、SNPは、トマト(S.リコペルシクム)のゲノム配列を基準とした一塩基多型である。基準植物であるトマト(S.リコペルシクム)のゲノム配列は、solgenomics FTPサイト(ftp://ftp.solgenomics.net/genomes/Solanum_lycopersicum/annotation/ITAG4.1_release/)に公表されている。
【0075】
「(a’)及び(b’)の塩基」とは、本実施例に記載されたSNPマーカーである。「(a’)及び(b’)の塩基に相当する塩基」とは、本実施例に記載されたSNPマーカーと同一視できるSNPマーカーである。「(a’)及び(b’)の塩基」は、tfw.5.1遺伝子上の変異である。tfw.5.1遺伝子は、基準となるトマト(S.リコペルシクム)由来の塩基配列からなる。ナス科植物においては、基準となる塩基配列に対してSNP以外の部分でも塩基配列が異なる部分が含まれ得る。このSNPマーカーが位置するゲノム上の領域は、多数のナス科植物間で保存されているため、ホモロジー解析等の手法によって、このSNPマーカーを特定することができる。ホモロジー解析の手法としては、「相当するアミノ酸」を特定する場合と同様の手法を用いることができる。
【0076】
すなわち、他のナス科植物において、tfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子(すなわち植物間で高度に保存されている遺伝子)が存在する場合、「(a’)及び(b’)の塩基に相当する塩基」とは、ホモロジー検索等の手法によって、(a’)及び(b’)の塩基に相当するとされたtfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子上の塩基を指す。例えば、後述する(a2’)及び(b2’)に記載のポリヌクレオチドや、(a3’)及び(b3’)に記載のポリヌクレオチドが、tfw.5.1遺伝子に対応する遺伝子の一例である。
【0077】
ナス科植物における、配列番号3に示すtfw.5.1遺伝子のCDSの塩基配列からなる遺伝子の相同遺伝子及び(a’)の塩基に相当する塩基の一例を示す。配列番号6に示す塩基配列からなるピーマン(C. annuum. var. glabriusculum_1)の遺伝子において、(a’)の塩基に相当する塩基は、2549番目の塩基である。配列番号8に示す塩基配列からなるピーマン(C.Annuum_Zunla)の遺伝子において、(a’)の塩基に相当する塩基は、2549番目の塩基である。配列番号10に示す塩基配列からなるジャガイモ(PGSC0003DMC400027859)の遺伝子において、(a’)の塩基に相当する塩基は、2612番目の塩基である。配列番号12に示す塩基配列からなるジャガイモ(Sotub05g017810.1.1)の遺伝子において、(a’)の塩基に相当する塩基は、2612番目の塩基である。
【0078】
ナス科植物における、配列番号4に示すtfw.5.1遺伝子のCDSの塩基配列からなる遺伝子の相同遺伝子及び(b’)の塩基に相当する塩基の一例を示す。配列番号14に示す塩基配列からなるピーマン(C. annuum. var. glabriusculum_1)の遺伝子において、(b’)の塩基に相当する塩基は、1204番目の塩基である。配列番号16に示す塩基配列からなるピーマン(C.Annuum_Zunla)の遺伝子において、(b’)の塩基に相当する塩基は、1198番目の塩基である。配列番号18に示す塩基配列からなるジャガイモ(PGSC0003DMC400056411)の遺伝子において、(b’)の塩基に相当する塩基は、1201番目の塩基である。配列番号20に示す塩基配列からなるジャガイモ(Sotub05g016440.1.1)の遺伝子において、(b’)の塩基に相当する塩基は、1201番目の塩基である。配列番号22に示す塩基配列からなるナス(SMEL_003g177800)の遺伝子において、(b’)の塩基に相当する塩基は、1300番目の塩基である。
【0079】
分子マーカーは、上記の(a’)又は(b’)のSNPからなるSNPマーカーである。このSNPマーカーは、本発明者らが新たに同定したSNPマーカーであり、当業者は、このSNPマーカーのそれぞれのSNPを表す塩基配列に基づき、当該SNPマーカーのゲノム上の位置を特定することができる。
【0080】
(a’)のSNP(以下、SNP(a’)ともいう)は、tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から2609番目の塩基又はこれに相当する塩基の多型を示している。また、(b’)のSNP(以下、SNP(b’)ともいう)は、tfw.5.1遺伝子の翻訳開始点から1204番目の塩基又はこれに相当する塩基の多型を示している。
【0081】
分子マーカーは、(a’’)SNP(a’)がAであるか、又は、(b’’)SNP(b’)がTであるとき、当該ナス科植物は可食部への同化産物分配量が増加していると判定することができる。また、分子マーカーは、SNP(a’)及びSNP(b’)をハプロタイプブロックとして解析することにより、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定してもよい。ここで、ナス科植物は可食部への同化産物分配量が増加しているとは、あるナス科植物個体の可食部への同化産物分配量が、他のナス科植物個体と比較して相対的に多いことが意図される。
【0082】
(ii:SNPを含むポリヌクレオチド)
分子マーカーは、SNP(a’)を含む連続したポリヌクレオチド(以下、ポリヌクレオチド(a’)ともいう)、又は、SNP(b’)を含む連続したポリヌクレオチド(以下、ポリヌクレオチド(b’)ともいう)であってもよい。
【0083】
ポリヌクレオチド(a’)は、(a1’)tfw.5.1遺伝子の塩基配列において、SNP(a’)を含む領域の塩基配列からなるポリヌクレオチド、(a2’)(a1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(a’)以外の塩基配列に対して、1又は数個の塩基が置換、欠失、付加又は挿入された塩基配列からなり、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する機能を有するポリヌクレオチド、又は、(a3’)(a1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(a’)以外の塩基配列に対して、90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する機能を有するポリヌクレオチドである。
【0084】
ポリヌクレオチド(b’)は、(b1’)tfw.5.1遺伝子の塩基配列において、SNP(b’)を含む領域の塩基配列からなるポリヌクレオチド、(b2’)(b1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(b’)以外の塩基配列に対して、1又は数個の塩基が置換、欠失、付加又は挿入された塩基配列からなり、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する機能を有するポリヌクレオチド、又は、(b3’)(b1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(b’)以外の塩基配列に対して、90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する機能を有するポリヌクレオチドである。
【0085】
(a1’)及び(b1’)のポリヌクレオチドは、例えば、tfw.5.1遺伝子の塩基配列に基づき、可食部への同化産物分配量の増加したナス科植物(例えば、可食部への同化産物分配量の多いトマト(S.リコペルシクムのオランダF1品種)から得ることができる。
【0086】
(a2’)及び(b2’)のポリヌクレオチドは、(a1’)及び(b1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(a’)及び(b’)に相当する塩基は保存され、それ以外の塩基配列に、数個(例えば1~10個、好ましくは1~5個、より好ましくは1、2または3個)の塩基の修飾(置換、欠失、挿入または付加)を含むものであり得る。このようなポリヌクレオチドの塩基配列は、当該技術分野における当業者にとって明らかであり、上述したデータベースに登録されているトマト(S.リコペルシクム)のゲノム配列を参照することにより、又は、可食部への同化産物分配量の多いナス科植物のゲノム上におけるSNPの近傍領域の塩基配列を解読することにより、決定することができる。
【0087】
(a3’)及び(b3’)のポリヌクレオチドは、(a1’)及び(b1’)のポリヌクレオチドの塩基配列において、SNP(a’)及び(b’)に相当する塩基は保存され、それ以外の塩基配列に対して、例えば、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するものであり得る。このような塩基配列の同一性は、例えば、BLAST、FASTA等の解析ソフトウェアを用いて、2つの塩基配列をアライメントすることによって決定することができる。
【0088】
(a’’)ポリヌクレオチド(a’)におけるSNP(a’)に相当する塩基がAであるか、又は、(b’’)ポリヌクレオチド(b’)におけるSNP(b’)に相当する塩基がTであるときに、当該ナス科植物は可食部への同化産物分配量が増加していると判定することができる。分子マーカーは、ポリヌクレオチド(a’)及び(b’)をハプロタイプブロックとして解析することにより、ナス科植物は可食部への同化産物分配量を判定してもよい。
【0089】
(iii:2つのSNPを含むポリヌクレオチド)
分子マーカーは、SNP(a’)及びSNP(b’)を含む連続したポリヌクレオチド(以下、ポリヌクレオチド(c’)ともいう)であってもよい。ポリヌクレオチド(c’)は、SNP(a’)とSNP(b’)との部位間の領域を、SNP(a’)及びSNP(b’)の部位と共に含んでいる。ポリヌクレオチド(c’)は、例えば、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物における対応するSNP(a’)及びSNP(b’)の部位間の領域を参照することで得られる。ポリヌクレオチド(c’)の塩基配列は、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物の塩基配列と少なくとも部分的に一致する。
【0090】
上述した分子マーカーを用いて、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する方法としては特に限定されず、例えば、SNPを検出する公知のSNP分析方法を用いることができる。このような公知のSNP分析方法には、ナス科植物の被検体のPCR増幅断片中のSNPを検出することによりSNP分析する方法が含まれる。
【0091】
判別方法は、分子マーカーを含む領域を増幅するプライマーセットを用いて、ナス科植物のDNAにおける前記領域を増幅してもよい。このようなプライマーセットは、一例として、SNP(a’)及びSNP(b’)の少なくとも一方を含む領域を増幅するプライマーセットである。
【0092】
ナス科植物の被検体のDNAにおける前記領域の増幅は、ナス科植物の被検体から抽出したDNAを鋳型にして、SNPを含む領域を増幅するプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により行うことができる。そして、得られた増幅断片におけるSNPの塩基(遺伝子型)を決定し、決定された塩基(遺伝子型)とナス科植物における可食部への同化産物分配量との関係を示すデータに基づいて、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する。
【0093】
PCRにおいて用いるプライマーセットは、標的のSNPを含む領域のDNA断片を増幅することができるものである限り、特に限定されず、増幅断片の長さが短くなるようにプライマーセットを設計してもよい。例えば、プライマー増幅断片の長さが、好ましくは、700塩基対(bp)以下、200bp以下、150bp以下、120bp以下、又は100bp以下となるようにプライマーセットを設計する。プライマーセットは、フォワードプライマーである第1のプライマーと、リバースプライマーである第2のプライマーとが含まれる。これらのプライマーの長さは、例えば、15bp以上、16bp以上、17bp以上、18bp以上、または19bp以上であってもよく、50塩基bp以下、40bp以下、または30bp以下であってもよい。
【0094】
SNP(a’)を含む領域を増幅するプライマーセットは、例えば、配列番号23に示される塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマーと、配列番号24に示される塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマーとからなる、プライマーセットである。このプライマーセットを用いることで、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物においては、配列番号25に示す塩基配列からなるPCR増幅産物が得られ、SNP(a’)に相当する塩基を検出することができる。
【0095】
SNP(b’)を含む領域を増幅するプライマーセットは、例えば、配列番号26に示される塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマーと、配列番号27に示される塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマーとからなる、プライマーセットである。このプライマーセットを用いることで、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物においては、配列番号28に示す塩基配列からなるPCR増幅産物が得られ、SNP(b’)に相当する塩基を検出することができる。
【0096】
SNP分析におけるPCRは、単独のプライマーセットを含む反応系でDNA断片を増幅するシングルプレックスPCR、または、複数のプライマーセットを含む反応系で遺伝子増幅するマルチプレックスPCR、のいずれであってもよい。マルチプレックスPCRの場合は、異なる波長を有する蛍光物質(例えば、NED、6-FAM、VIC、PET)により標識したプライマーセットを混合してもよい。
【0097】
PCRの反応条件は、用いるDNAポリメラーゼおよびPCR装置の種類、増幅断片の長さ等に応じて適宜に設定され得る。サイクル条件としては、変性工程、アニーリング工程および伸長工程の3工程を1サイクルとする3ステップPCR法、および、変性工程とアニーリングおよび伸長工程との2工程を1サイクルとする2ステップPCR法を適用することができる。PCR反応条件の一例としては、90~100℃で40~60秒(例えば、95℃で50秒)、次いで、90~100℃(例えば、95℃)で5秒、アニーリング10~20秒(例えば、15秒)、及び65~80℃で10~30秒(例えば、72℃で20秒)の30~60サイクル(例えば、40サイクル)などである。アニーリング温度は、60~70℃(例えば、66℃)の初期アニーリング温度から50~60℃(例えば、56℃)の最終アニーリング温度まで、所定サイクル毎に段階的に低下させる条件が挙げられる。鋳型となるDNAの状態に応じて、SNPを安定的に検出するために、PCR反応条件を調整してもよい。
【0098】
SNP分析におけるPCRとして、PCRによる増幅およびSNPマーカーの特定を行うTaqMan(登録商標)-PCR法、Tm-shiftジェノタイピング法(Fukuoka et al., Breed Sci 58:461-464, 2008)のようなリアルタイムPCRを用いてもよい。すなわち、プライマーセットを用いて増幅した増幅断片に含まれるSNPを検出するTaqMan(登録商標)プローブをさらに用いてもよい。リアルタイムPCR法を用いることにより、高処理能力の判別方法を提供することができる。なお、PCRにより増幅した増幅断片においてSNPを特定する方法としては、自動DNAシークエンサー等を用いて増幅断片の塩基配列を決定することにより、解析してもよい。
【0099】
ナス科植物の被検体から、PCRにより増幅するDNAを抽出する方法としては、特に限定されず、公知のDNA抽出方法を用いることができる。また、市販のDNA抽出キットを用いて、DNAを抽出してもよい。被検体の種類および夾雑物の量等に応じて、DNA抽出工程の前に、適宜に前処理を行ってもよい。また、被検体から抽出されたDNAは、PCR反応において鋳型として用いるために、必要に応じて洗浄または精製してもよい。さらに、被検体から抽出されたDNAを2種類の制限酵素で消化した制限酵素切断断片をPCRにより増幅してもよい。
【0100】
また、ナス科植物における可食部への同化産物分配量を判定する方法においては、SNP(a’)及びSNP(b’)と連鎖不平衡状態にある遺伝子多型を分析し、SNP(a’)及びSNP(b’)を同定してもよい。上記連鎖不平衡状態は、一例として、連鎖不平衡係数が0.9以上の連鎖不平衡状態である。
【0101】
判別方法によれば、分子マーカーにより、被験ナス科植物が、可食部への同化産物分配量が増加しているか否かを判定することができる。したがって、判定結果に基づき可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物及びその後代系統を選抜することができる。
【0102】
〔5.可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物〕
本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物は、後述する製造方法によって得られる植物である。可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物は、上述した分子マーカーで特定される上述したSNPを有し、可食部への同化産物分配量が増加した植物である。
【0103】
本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物は、後述する製造方法に示すように、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物と、他のナス科植物とを交雑して得られた植物及びその後代系統から、上述した分子マーカーを用いて可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を判別することで得られる。なお、上述したSNPを有するように遺伝子工学的に改変した、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物についても、本発明の範疇に含まれる。
【0104】
〔6.可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造する方法〕
本発明の一態様に係る製造方法は、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造する方法であって、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物と、他のナス科植物とを種内交雑する交雑工程と、前記交雑工程により得られたナス科植物又はその後代系統のナス科植物から、上述した判別方法によって、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を識別する識別工程とを含む。
【0105】
したがって、上述した分子マーカー、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物、及び、ナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法に関する説明を、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造する方法の説明に援用する。
【0106】
交雑工程において、親植物として使用する可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物は、本発明の一態様に係る可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物であり得る。また、交雑工程において用いる可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物は、本発明の一態様に係るナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法により選抜された可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物であってもよい。すなわち、本発明の一態様に係る製造方法は、前記交雑工程の前に、本発明の一態様に係るナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法により、被験ナス科植物から可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を識別する識別工程をさらに含み得る。
【0107】
識別工程は、本発明の一態様に係るナス科植物における可食部への同化産物分配量の調節の程度を判別する方法により、交雑工程により得られたナス科植物又はその後代系統のナス科植物から、可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を識別する。
【0108】
本発明の一態様に係る製造方法によれば、分子マーカーによりナス科植物において可食部への同化産物分配量の調節の程度を判定し、判定結果に基づき選抜した可食部への同化産物分配量が増加したナス科植物を製造することができる。
【0109】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0110】
〔材料及び方法〕
(組換え型自殖系統の構築)
高収量ビーフステーキ型オランダF1品種「Geronimo」及び高糖度の大玉日本F1品種「Momotaro8」を交雑親として用いた。植物は全て三重県津市の農研機構野菜花き研究部門にある温室内の土が入ったポット中で栽培した。この交雑は四元交雑に相当し、2つのF1品種(G1世代)の4つの親系統を祖先(G0世代)としている。図1は、2つのF1品種の交配に由来する組換え型自殖系統の構築及びそのQTLマッピングの概要を説明する図である。図1に示すように、「Geronimo」(P1;G1)及び「Momotaro8」(P2;G1)を、240株からなる四元F1群(G1F1)を生成するために交配した。ついで、各G1F1植物からの単粒系統法による自殖の繰り返しにより、四元組換え型自殖系統を育成した。G1F6世代の206の組換え型自殖系統を得、これらの農業形質を評価するために、自殖によってそれらを維持した。これら系統をGM系統と称した。
【0111】
(GM系統の栽培と2つの場所における表現型の評価)
三重県において、2010年から2013年の7月30日から8月19日の間に、GM系統の種子を、土の入った育苗トレーに播種した(F7、F9、F10世代の秋作栽培、実験3~6)。また、2011年及び2012年の2月1日又は2月2日にGM系統の種子を播種し、F8及びF10世代の春作栽培を行った(実験1及び2)。育苗箱を3週間温室内に置いた後、全ての植物(1実験当たり1系統当たり1植物)をロックウールスラブに直接植え付けた(栽植密度2.303/m)。全ての植物を16度以上の温室内において、電気伝導度(EC)2.8mS/cmの培養液(大塚化学製)を施与し、栽培した。1果房当たりの最大の花の数を6に制限し、第3果房(実験3)又は第4果房(実験1、2及び4~6)の上で摘心した。
【0112】
愛知県において、F10世代のGM系統の種子を2012年8月27日(実験7)及び2013年8月28日(実験8)に上記と同様に播種した。実生を、25℃(昼)/20℃(夜)、CO濃度900又は1000ppm、日長16時間の条件で、生育チャンバ内に置いて培養液(EC=1.8mS/cm、三菱ケミカルアグリドリーム社製)を施与し栽培した。3週間後、全ての植物(1実験当たり1系統当たり2植物)をロックウールスラブ中に直接植え付けた(栽植密度3.086/m)。全ての植物を13℃以上の温室内において、EC=0.8~1.8mS/cm(実験7)、又は、EC=1.5~2.0mS/cm(実験8)の培養液(大塚化学社製)を施与し、栽培した。植物は、第4果房上で摘心した。
【0113】
2~10の形質の表現型を、三重県においては1系統当たり1植物、又は、愛知県においては1系統当たり2植物から収集した。生育特性、収量、及び果実の質に関連する形質の表現型を、各GM系統植物において測定した。赤く熟した市場価値のある果実における糖度を、糖度計(PAL-1)を用いて測定した。しり腐れ又はひび割れのようないずれの生理障害も生じていない果実を良果として定義した。一方で、少なくとも1つの生理障害が生じている果実を不良果として定義した。
【0114】
(GM系統における表現型の相関分析)
形質間の相関係数を、Microsoft Excel 2016により提供される、p値を算出するための相関ツール及びTDIST機能を用いて算出した。
【0115】
(形質遺伝)
各実験におけるGM系統の表現型の線形モデルを用いて、遺伝率を算出した。
【0116】
(ゲノムDNAの単離)
DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen)を用いて、P1及びP2の葉のゲノムDNAを単離した。G1F1及びF9世代のGM系統の植物の葉のゲノムDNAを、DNeasy 96 Plant Kit(Qiagen)を用いて単離した。Quant-iT PicoGreen dsDNA reagent(Thermo Fisher Scientific K.K)及びARVO MX(PerkinElmer Japan Co., Ltd.)を用いて、製造者による取扱説明書にしたがって、ゲノムDNAを定量した。
【0117】
(トマトSSRマーカーのスクリーニング)
非冗長BAC端由来ゲノムSSRマーカー(“tma”、“tmb”、“tmc”、及び“TGS”と称する。総数4047)、EST由来SSRマーカー(“tme”及び“TES”と称する。総数2195)、ESTベースゲノムSSRマーカー(“tbm”と称する。総数2510)、及び、ウェブサイト(https://solgenomics.net)で公開されたcDNA由来SSRマーカー(本実験では“tms”と称する。総数135)を用いた。
【0118】
テンプレートとして親(G1世代)のゲノムDNAを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)後、蛍光標識を行い、PCR増幅産物の多型性に基づきマーカーをスクリーニングした。2つの群(G1F1及びF9世代のGM系統)の遺伝子型を用いて、両親(G1世代、P1及びP2)アレルの組み合わせパターン(8つのカテゴリー)に、SSRマーカーを分類した(表1)。
【0119】
これらのマーカー(プライマー対)の情報は、NIVTSウェブサイト(http://vegmarks.nivot.affrc.go.jp/)において入手可能である。
【0120】
(SSRアレルの遺伝子型解析)
SSRアレルのフォワードプライマーを、6-FAM、NED、PET、又はVIC(Applied Biosystems)を用いて5’端標識した。P1P2のゲノムDNA並びに(G1F1及びF9世代のGM系統の植物のゲノムDNAをテンプレートとして用いた。PCRを、Type-it Microsatellite PCR Kit(Qiagen)の反応液10μL中で行った。PCRは、95℃で5分からスタートし、95℃で30秒、60℃で90秒、及び72℃で30秒のサイクルを28サイクル行い、最後に60℃で30分とした。PCR増幅産物を、GeneScan-500LIZ Size Standard(Applied Biosystems)と共に自動シーケンサー(3730 x1 DNA Analyzer, Applied Biosystems)において分析した。断片長をGeneMapper v. 3.7 software(Applied Biosystems)において決定した。
【0121】
(SNPアレルの遺伝子型解析)
全1536のSNPをP1P2及びGM系統の遺伝子型解析に用いた。遺伝子型解析は、GoldenGate assay system(Illumina Inc.)を用いて、製造者のプロトコルにしたがって行った。マーカーのカテゴリーは、表1のSSRマーカーと同様に分類した。
【0122】
(連鎖地図の構築)
Carthagene software(de Givry et al. Bioinformatics 21: 1703-1704, 2005)を用いて、GM系統の連鎖地図を構築した。GM系統の連鎖地図は、各G1F1植物から各GM系統の子孫植物に至る世代の経過に伴って生じる各マーカー間での組換えの頻度(地図距離)を推定することによって、構築した。表1に記載したSSRマーカー及びSNPマーカーを用いた。P1P2(表1のカテゴリー1~7)におけるヘテロマーカーの遺伝子型は、G1F1世代において即座に分離し、それらのマーカー対間の組換え頻度が推定できた。組換え頻度の推定は、G1F1植物からそれらの後代のGM系統へのアレルの遺伝に着目して行い、G1F1における分離に関する情報は、組み換え頻度の推定を確認するためにのみ用いた。連鎖地図におけるマーカー遺伝子型の分離歪みをカイ2乗検定により同定した。連鎖地図はMapChart v. 2.1 softwareを用いて描いた。
【0123】
(MCMC法を用いたベイズQTLマッピング)
四元交雑群のベイズQTLマッピングを、GM系統の遺伝子型及びP1、P2、G1F1及びGM系統群のマーカー遺伝子型を用いて行った。このマッピング法では、各QTLにおいて4つの未知の祖先(P1の両親及びP2の両親)由来の4つのアレルを仮定した。G1F1植物のマーカー遺伝子型は、P1及びP2のハプロタイプを推定するために用いた。GM系統のハプロタイプは、G1F1親のハプロタイプから推測した。MCMC法に基づくベイズ法に加えて、四元交雑におけるQTLマッピングのための変分近似値を用いたベイズ解析(変分近似法)を行った。
【0124】
(tfw5.1分離系統の獲得と採種)
F9世代のGM系統のうち、系統229については、tfw5.1領域(ここでは、便宜的に2つのSSRマーカー、tbm1306とtma0146に挟まれた間と規定、図2を参照のこと)が、ヘテロの遺伝子型を示していた。この系統の自殖後代種子を、上記と同様、土の入った育苗トレーに2014年9月8日に採種後、実験7及び実験8と同様に栽培した。3週間後、植物はロックウールキューブに鉢上げし、茨城県つくば市の農研機構の温室(植物工場)内に仮定植した。EC=1.0mS/cmの培養液(大塚化学社製)を施与し、同年9月30日~11月4日まで栽培した。この間に、上記「ゲノムDNAの単離」に従ってゲノムDNAを単離し、このDNAをテンプレートにして、tfw5.1領域周辺に座乗するSSRマーカーセットを用い、蛍光色素を利用したBS-tag法(Shimizu and Yano, BMC Research Notes, 4:161, 2011;小西ら, 野菜茶業研究所研究報告, 14: 15-22, 2015)によるマルチプレックスPCRを実施した。使用したSSRマーカーセット(セット1:tbm1306、TGS0155、TGS0443、tbm1321;セット2:TGS0633、tma0146、TGS0280、tma0252)の情報は、公開データベース(VegMarks, https://vegmarks.nivot.affrc.go.jp/VegMarks/app/page/home)から入手可能である。蛍光色素は、6-FAM、NED、PET、又はVICのいずれかを用いた。上記「SSRアレルの遺伝子型解析」に基づき、多収のオランダ型トマトのアレルをホモ型で有する個体、日本トマト型のアリルをホモ型で持つ個体、ヘテロのアレルを持つ個体を選抜した。多収型アレルを持つ個体を229G、日本型アレルを持つ個体を229M、ヘテロのアレルを持つ個体を229Hと命名した。11月4日にこれら植物の入ったロックウールキューブをロックウールスラブ上に定植、さらに栽培し、229G、229M、229Hの自殖種子を採種した。
【0125】
(試験1:固定した分離系統における収量構成要素の解析)
229G及び229Mは、tfw5.1アレルが多収型又は日本型に固定したと考えられる。これらの系統の種子は、2015年2月23日に上記同様播種、生育チャンバ内で栽培し、3月19日にロックウールキューブに鉢上げ後、栽植密度2.7(株/m)でロックウールスラブ上に定植し、温室内で春作栽培した。定植時の培養液はEC=1.1mS/cmとし、4月30日にEC=1.9mS/cmに上げ、以後栽培終了時までこの濃度で施与した。栽培は、摘心せず定植後125日目まで行った。成熟果実は、栽培期間中定期的に収穫し、良果と不良果とに分け、個数及び新鮮重を求めた。栽培終了後、植物は、株元から切り取り、未熟果、良果、葉、茎、に切り分けた。果実については、果数、新鮮重、及び乾燥重を求め、葉及び茎については、新鮮重及び乾燥重を求めた。ここでいう乾燥重は、乾物重と換言できる。収穫期間中に収穫した果実の乾燥重は、栽培終了後に求めた乾物率(乾燥重/新鮮重)により新鮮重から換算して求めた。
【0126】
(試験2:固定した分離系統における収量構成要素の解析)
固定系統229G及び229Mの種子を2017年9月4日に試験1と同様播種し、生育チャンバ内で栽培、9月28日にロックウールキューブに鉢上げ後、栽植密度3.3(株/m)でロックウールスラブ上に定植し、温室内で秋作栽培した。定植時の培養液はEC=2.6mS/cmとし、栽培終了時までこの濃度で施与した。すべての株は第4果房で摘心し、定植後124日目まで栽培した。成熟果実は、栽培期間中定期的に収穫し、良果と不良果とに分け、個数及び新鮮重を求めた。栽培終了後のデータ収集は、試験1と同様に行った。
【0127】
(分離系統のtfw5.1領域が短縮化した系統の育成)
tfw5.1分離系統のうち、229Hの自殖種子を、2016年8月9日に、試験1と同様に播種後、生育チャンバ内で栽培した。播種後2週間目に、幼苗の葉からDNAを抽出した(DNAすいすい-P、株式会社リーゾ)。このDNAをテンプレートにして、上記「tfw5.1分離系統の獲得と採種」と同様にマルチプレックスPCRを実施後、「SSRアレルの遺伝子型解析」に従って遺伝子型解析を行い、tfw5.1領域が組換えにより短くなった系統を選抜した。9月8日に、試験2と同様の栽植密度、養液濃度により秋作栽培を実施し、自殖種子を採種した。
【0128】
(試験3:tfw5.1領域が短縮化した系統の固定化と収量構成要素の解析による領域の限定)
上記で選抜された短縮化された系統のtfw5.1領域のマーカー遺伝子型は部分的にヘテロのアリルとなる。したがって、これらが多収型か日本型に固定した系統を選抜するため、短縮化した8系統の自殖種子を2017年9月4日に播種し、再度遺伝子型解析を行った。生育チャンバ及び温室内の栽培に関しては、全て試験2と同様に行なった。生育途中でSSRマーカーセットを用いた遺伝子型解析を行い、固定系統を判別後、これら系統の収量構成要素解析を試験2と同様に行った。なお、収量比較は、多収型と日本型との間で実施したが、いずれかの型が今回の選抜で十分に得られなかった系統が2つ存在した。これら系統については、ここで得られた固定種子を用いて2019年春作で再度収量構成要素解析を実施した(播種2019年2月4日、定植日2月28日、定植後栽培期間109日)。栽培管理は、培養液濃度をEC=2.6mS/cmとした以外は、試験1に準じて行った。
【0129】
〔結果〕
(GM系統における表現型の相関分析)
【0130】
表現型の相関分析において、総果実新鮮重は果実糖度に対し、負の相関を示した。これらの形質がトレードオフの関係にあることは、他の報告(Bernacchi et al. 1998; Fulton et al. 1997; Gur et al. 2011)においても示されている。
【0131】
三重県で栽培した系統においては、総果実新鮮重と良果新鮮重、総果実新鮮重と良果の数、良果新鮮重と良果の数、及び、平均総果実新鮮重と平均良果新鮮重のそれぞれの間で、有意に高い相関がみられた。作型は表現型に顕著に影響していることが示唆された。
【0132】
(G1F1系統及び組換え型自殖系統において有効なSSRマーカー及びSNPマーカーのスクリーニング及び分類)
有効なSSRマーカーを、それぞれの系統のアレル型の組み合わせパターンにより8つのカテゴリーに分類した(表1)。カテゴリー7のマーカーは、4つの異なるアレルを検出可能であり、当該マーカーが有用であることが示された。しかしながら、トマトゲノムにおけるマーカー頻度は非常に低かった。したがって、QTL解析においては、異なるカテゴリーのマーカーを組み合わせ、それらを、染色体の各領域における遺伝情報の不足を補うために用いた。一例として、カテゴリー0のマーカーA(aa-bb)、カテゴリー2のマーカーB(ab-aa)、及びカテゴリー3のマーカーC(aa-ab)により、カテゴリー7のマーカー(ab-cd)により得られる情報と同様の情報を得ることができる。合計197のSSRマーカーを選択した。
【0133】
SSRマーカーの低密度領域をカバーするSNPマーカーのスクリーニング及び遺伝子型の特定を行った。全部で338のSSRマーカー及びSNPマーカー(表1)を、連鎖地図構築及びQTL解析に用いた。
【表1】
(連鎖地図の評価)
GM系統の連鎖地図は、12の連鎖群からなり、総遺伝距離1221.8cMをカバーした。マーカー間の平均距離は3.7cMであり、最大28.5cMのギャップがあった。ゲノムカバー率は、トマトゲノムSL3.00(http://solgenomics.net/)の98.2%であった。連鎖地図の分離歪み率は4%未満(13/338マーカー=0.0385)であった。大きなギャップが存在していたが(20cM以上)、ゲノムカバー率及びマーカー間の平均距離(10cM未満、Lander and Botstein 1989)は、連鎖地図が、組換え型自殖系統の全ゲノムの探索に十分であることを示唆していた。
【0134】
(MCMC法と変分近似法とのマッピング精度の比較)
全ての形質データを用いてQTLマッピングをする前に、QTLを検出するための2つのベイズマッピング法であるMCMC法と変分近似法とを、総果実新鮮重のデータを用いて比較した。QTLの検出は、各QTL位置がモデルに含まれる事後確率に基づいて行った。各QTL位置の事後確率は、MCMC法においては総MCMCサンプルに対する当該QTLを含むモデルが採択されたMCMCサンプルの比率として算出し、また、変分近似法においてはゲノム中に等間隔で配置された仮想的なQTLのモデルへの包含に関する指示変数γの近似事後期待値として得た。2つのベイズ法から得られた結果は概ね等値であったことから、計算時間の短縮のために、変分近似法のみを残りの形質の解析に適用した。
【0135】
近似法により検出した総果実新鮮重に関与するQTLの解析結果を表2に示す。表2において、Rは、QTLによって明らかにされた表現型分散の推定比率である。図2は、連鎖群5の連鎖地図及びQTL tfw5.1の位置を説明する図である。
【表2】
【0136】
(試験1の結果)
試験1の構成要素解析の結果を表3に示す。多収オランダ型トマトに由来するtfw5.1アレルを持つ固定系統229Gは、日本型トマト由来のアレルを持つ固定系統229Mに比べ、株あたりの総果重(未熟果、不良果、良果の合計新鮮重)、平均果重(総果重/総果数)、果実乾物重(総果重を乾燥重量に換算したもの)、果実分配率(果実乾物重/総乾物重)のいずれも、有意に増大していた。ここで、総乾物重は、葉、茎、全ての果実の乾燥重量の合計を指す。なお、総乾物重(地上部バイオマスと同義)や果実数は2系統間で差が無かった。これらの結果は、地上部バイオマスは不変のまま、果実への乾物分配が増大したことを示している。そして、その分茎や葉への同化産物(乾物)分配が減少し、果実一個当たりの重量(新鮮重及び乾燥重)が増え、収量(個体あたりの果実新鮮重)が増大したことを示している。
【0137】
Higashide and Heuvelink (J.Amer.Soc.Hort.Sci. 134: 460-465, 2009)による構成要素解析によれば、上記の収量増効果は果実シンク能増大による果実への乾物分配率向上によるものと考えられる(同論文の図2を参照のこと)。
【0138】
(試験2の結果)
試験2の構成要素解析の結果を表3に示す。秋作の摘心栽培においても、試験1と同様の結果が得られた。
【表3】
【0139】
(試験3の結果)
果実への乾物分配率について、tfw5.1領域が短縮化された系統の、多収型マーカーアレルの領域と、日本型マーカーアレル領域との比較により、tfw5.1領域がさらに限定された(表4)。マーカーtma0252とマーカーtbm1306に挟まれた領域に多収型に由来するマーカーアリルが存在する系統1Gにおいて分配率が向上している。この領域内で非同義置換が生じている予測遺伝子は、マーカーtbm1307とマーカーtbm1306との間、及び、マーカーtma0146とマーカーTGS0155との間の2個のみであった。なお、表4において、Aは多収型のトマトの遺伝子型、Bは日本型トマトの遺伝子型を示す。
【表4】
【0140】
(RNA―SEQ変異解析)
tfw5.1分離系統229G(多収型)と229M(日本型)について、次世代型シーケンサーを用いたmRNAの変異解析を行った。それぞれの系統の未熟果実から、トライゾール法(https://ipmb.sinica.edu.tw/microarray/protocol.htm)により総RNAを抽出し、これらを用いて断片化cDNAライブラリを作成した(TruSeq RNA Sample Prep Kit v2、イルミナ社)。ライブラリを次世代シーケンサー(HiSeq 4000、イルミナ社)解析に供し、ペアエンドシーケンスによるリード配列を取得した(約4Gb/サンプル)。得られたリード配列をCLC Genomics Workbenchソフトウェアを用い、参照トマトゲノム(バージョンSL4.0、ftp://ftp.solgenomics.net/genomes/Solanum_lycopersicum/assembly/build_4.00/)へマッピングし、変異検出プログラム(Basic Variant Detection等)により非同義置換の検出を行った。その結果、限定されたtfw5.1領域内の2つの予測遺伝子にコードされる配列番号1又は2に示すアミノ酸配列において、多収型と日本型の間で差異(非同義置換)が見出された(表4)。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明は、農業分野、植物育種分野等に利用することができる。
図1
図2
【配列表】
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