(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】熱伝導性グリース
(51)【国際特許分類】
C09K 5/14 20060101AFI20240528BHJP
H01L 23/36 20060101ALI20240528BHJP
H01L 23/373 20060101ALI20240528BHJP
【FI】
C09K5/14 101E
H01L23/36 D
H01L23/36 M
(21)【出願番号】P 2020177917
(22)【出願日】2020-10-23
【審査請求日】2023-05-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】森本 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】柏谷 智
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/133374(WO,A1)
【文献】特開2013-71990(JP,A)
【文献】特開2009-191214(JP,A)
【文献】特開2020-2212(JP,A)
【文献】特開2019-81842(JP,A)
【文献】特開2011-80024(JP,A)
【文献】特表2005-502776(JP,A)
【文献】特表2011-502066(JP,A)
【文献】特表2020-511004(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K5/00-5/20
H01L23/29-23/473
H05K7/20
C08K3/00-13/08
C08L1/00-101/14
C10M101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機粉末充填剤と、基油組成物と、を含有する熱伝導性グリースであって、
前記無機粉末充填剤を熱伝導性グリース全量中80質量%以上98質量%以下の割合で含有し、
前記無機粉末充填剤は、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、酸化マグネシウムと、を含有し、
酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であり、
酸化マグネシウムの含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であり、
前記基油組成物は、基油と、ポリサルファイドと、を含有する
熱伝導性グリース。
【請求項2】
前記ポリサルファイドを前記基油組成物全量中0.1質量%以上5.0質量%以下の割合で含有する
請求項1に記載の熱伝導性グリース。
【請求項3】
前記無機粉末充填剤は、銅、アルミニウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、及び炭化ケイ素から選ばれる少なくとも1種以上を含有する
請求項1又は2に記載の熱伝導性グリース。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い熱伝導率を有する熱伝導性グリースに関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器に使用されている半導体部品の中には、コンピューターのCPUやインバーター、コンバーター等の電源制御用のパワー半導体(モジュール)のように使用中に発熱をともなう部品がある。これらの半導体部品を熱から保護し、正常に機能させるためには、発生した熱をヒートシンク等の放熱部品へ伝導させ放熱する方法がある。熱伝導性グリースは、これら半導体部品と放熱部品を密着させるように両者の間に塗布され、半導体部品の熱を放熱部品に効率よく伝導させるために用いられる。
【0003】
これら熱伝導性グリースには、発熱部品と放熱部品の熱変形により繰り返しのせん断応力が加えられる。その結果、発熱部品や放熱部品、熱伝導性グリースが劣化し、発熱部品と放熱部品間の熱抵抗が上昇し、放熱性能の劣化からユニットの寿命に至る。ユニットの長寿命・長期信頼性を確保するために、熱伝導性グリースにも様々な機能が求められている。
【0004】
熱伝導性グリースは、液状炭化水素やシリコーン油やフッ素油等の基油に、酸化亜鉛、酸化アルミニウムなどの金属酸化物や、窒化ホウ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウムなどの無機窒化物や、アルミニウムや銅などの金属粉末等、熱伝導率の高い無機粉末充填剤が多量に分散されたグリース状組成物である。
【0005】
例えば、特許文献1にはポリオールエステルの基油に酸化亜鉛粉末を含有させた熱伝導性グリースの技術が、また、特許文献2にはアルキルジフェニルエーテルとポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールからなる基油とアルミナ粉末を混合した熱伝導性オイル組成物の技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-081842号公報
【文献】特開2019-089924号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
さて、熱伝導性グリースの熱伝導性は熱伝導性充填剤の含有量に依存するものであり、熱伝導性グリース自体の熱伝導率を向上させるために金属やその酸化物等の無機粉末充填剤を高い割合で含有することが一般的である。
【0008】
ところが、発熱部品と放熱部品が使用中に発熱して熱変形を繰り返すと、その両者の間に塗布された熱伝導性グリースに高い割合で含有されている無機粉末充填剤によって熱伝導性グリースが塗布された部品の表面に摩耗が生じてしまう。すると、例えば、それらの部品の表面に施された腐食防止用のメッキが摩耗して、その表面が腐食することとなる。
【0009】
本発明は、無機粉末充填剤を高い割合で含有する熱伝導性グリースであっても、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できる熱伝導性グリースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討した結果、無機粉末充填剤として所定量の酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、所定量の酸化マグネシウムと、を含有し、さらにポリサルファイドを含有する熱伝導性グリースであれば、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、以下のものを提供する。
【0011】
(1)本発明の第1は、無機粉末充填剤と、基油組成物と、を含有する熱伝導性グリースであって、前記無機粉末充填剤を熱伝導性グリース全量中80質量%以上98質量%以下の割合で含有し、前記無機粉末充填剤は、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、酸化マグネシウムと、を含有し、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であり、酸化マグネシウムの含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であり、前記基油組成物は、基油と、ポリサルファイドと、を含有する熱伝導性グリースある。
【0012】
(2)本発明の第2は、第1の発明において、前記ポリサルファイドを前記基油組成物100質量%に対して0.1質量%以上5.0質量%以下の割合で含有する熱伝導性グリースである。
【0013】
(3)本発明の第3は、第1又は第2の発明において、無機粉末充填剤は、銅、アルミニウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、及び炭化ケイ素から選ばれる少なくとも1種以上を含有する熱伝導性グリースである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、無機粉末充填剤を高い割合で含有する熱伝導性グリースであっても、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できる。
【0015】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。また、本明細書において、「~」との表記は、「以上」「以下」を意味し、「X:Y~A:B」との表記は「X:Y」及び「A:B」そのものを含み、「X:Y」と「A:B」との間の範囲を意味する。
【0016】
≪1.熱伝導性グリース≫
本実施の形態に係る熱伝導性グリースは、無機粉末充填剤と、基油組成物と、を含有する。無機粉末充填剤においては、熱伝導性グリース全量中80質量%以上98質量%以下の割合で含有する。そして、無機粉末充填剤は、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、酸化マグネシウムと、を含有する。そして、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛を熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上の割合で含有し、酸化マグネシウムを熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上の割合で含有し、さらにポリサルファイドを含有することを特徴とする。
【0017】
このように所定量の酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、所定量の酸化マグネシウムと、を含有し、ポリサルファイドを含有する熱伝導性グリースであることで、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制することができる。
【0018】
以下、熱伝導性グリースに含まれる各成分について説明する。
【0019】
<1-1.無機粉末充填剤>
無機粉末充填剤は、熱伝導性グリースに高い熱伝導性を付与する。そして、無機粉末充填剤は、(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、(2)酸化マグネシウムと、を含有し、(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であり、(2)酸化マグネシウムの含有量は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上であることを特徴としている。以下、(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、(2)酸化マグネシウムと、についてそれぞれ説明する。
【0020】
(1)酸化亜鉛・硫化亜鉛
酸化亜鉛は、化学式ZnOで表される亜鉛の酸化物である。硫化亜鉛は、化学式ZnSで表される亜鉛の硫化物である。本実施の形態に係る熱伝導性グリースは、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛を含有することにより、熱伝導性グリースに高い熱伝導性を付与するとともに、亜硫酸ガスが熱伝導性グリース内に浸透することを抑制して、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制することができる。
【0021】
そして、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛は、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上の割合で含有することを特徴としている。酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量が熱伝導性グリース全量中2.0質量%未満であると、亜硫酸ガスの浸透を十分に抑制することができない。酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量の下限は、熱伝導性グリース全量中2.5質量%以上の割合であることが好ましく、3.0質量%以上の割合であることが特に好ましい。酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量の上限は特に制限はないが、熱伝導性グリース全量中10.0質量%以下の割合で含有することが好ましい。
【0022】
(2)酸化マグネシウム
酸化マグネシウムは化学式MgOで表されるマグネシウムの酸化物である。本実施の形態に係る熱伝導性グリースは酸化マグネシウムを含有することにより、熱伝導性グリースに高い熱伝導性を付与するとともに、大気中等の水分が熱伝導性グリース内に浸透するのを抑制して、表面の酸化を効果的に抑制することができる。
【0023】
そして、酸化マグネシウムは、熱伝導性グリース全量中2.0質量%以上の割合で含有することを特徴としている。酸化マグネシウムの含有量が熱伝導性グリース全量中2.0質量%未満であると、水分の浸透を十分に抑制することができない。酸化マグネシウムの含有量の下限は、熱伝導性グリース全量中2.5質量%以上の割合であることが好ましく、3.0質量%以上の割合であることが特に好ましい。酸化マグネシウムの含有量の上限は特に制限はないが、熱伝導性グリース全量中10.0質量%以下の割合であることが好ましい。
【0024】
酸化マグネシウムの平均粒径は特に限定されるものではなく、例えば、平均粒径0.15μm以上3μm以下の細粒のものを使用することができる。なお、酸化マグネシウムは従来公知のものを使用することができる。
【0025】
(3)その他の無機粉末充填剤
無機粉末充填剤は、(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、(2)酸化マグネシウムと、を含有していればよいが(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、(2)酸化マグネシウムとは異なる(3)その他の無機粉末充填剤を含有していてもよい。なお、無機粉末充填剤は、(1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、(2)酸化マグネシウムと、のみからなるものであってもよい。
【0026】
(3)その他の無機粉末充填剤を含有する場合、熱伝導性グリースに電気絶縁性を求める場合には、酸化アルミニウム(アルミナ)、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、炭化ケイ素、シリカ、ダイヤモンドなどの非導電性物質の粉末が好適に使用でき、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、炭化ケイ素、シリカの粉末がより好ましく、酸化アルミニウム(アルミナ)、窒化アルミニウム、炭化ケイ素の粉末がさらに好ましい。
【0027】
電気絶縁性を求めず、より高い熱伝導性を求める場合には、金属アルミニウム、金属銀、金属銅などの金属粉末や、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブなどの炭素材料粉末を含有させるのが好ましく、金属粉末がより好ましく、銅又はアルミニウムの粉末が特に好ましい。
【0028】
特に銅、アルミニウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、及び炭化ケイ素は硬度が高く、これらの無機粉末充填剤を多く含むと、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面に摩耗が生じやすく、その表面が腐食しやすくなるが、所定量の酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、所定量の酸化マグネシウムと、を含有し、ポリサルファイドを含有することにより、その表面が腐食することを効果的に抑制できる。特に酸化アルミニウム(アルミナ)は、低コストであるにも関わらず熱伝導率も高い非導電性物質の粉末であるので特に好ましい。これらの無機粉末充填剤を含有させる場合、それぞれ単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。
【0029】
(4)無機粉末充填剤の平均粒径及び含有量
本実施の形態に係る熱伝導性グリースにおいて、無機粉末充填剤((1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛、(2)酸化マグネシウム、(3)その他の無機粉末充填剤を含む)の平均粒径は1種類であってもよい。無機粉末充填剤は、平均粒径0.15μm以上3μm以下の細粒の無機粉末充填剤を用いることが好ましい。平均粒径を0.15μm以上とすることで、表面改質剤を含む基油からなる液体成分に対する無機粉末充填剤の比表面積が大きくなりすぎず、熱伝導性グリースに適したより高いちょう度を得ることができる。一方、平均粒径を3μm以下とすることで、より高い熱伝導率とすることができ、また離油もしづらくなる。
【0030】
また、無機粉末充填剤の平均粒径は1種類であってもよいが、平均粒径が大きく異なる2種類以上の無機粉末充填剤を組み合わせて用いてもよい。上記の細粒と、平均粒径5μm以上50μm以下の粗粒の無機粉末を組み合わせることができる。この場合には、粗粒の平均粒径を50μm以下とすることで塗膜を十分薄く保つことができ、実装時の放熱性能を十分高くすることができる。一方、粗粒の平均粒径は5μm以上とすることでより高い熱伝導率を得やすくすることができる。
【0031】
なお、無機粉末充填剤の平均粒径はレーザー回折散乱法(JIS R 1629:1997に準拠)により測定した粒度分布の体積平均径として算出できる。
【0032】
また、細粒と粗粒の無機粉末充填剤を組み合わせる場合の質量比は、1:9~3:7の範囲で混合するのが好ましい。粗粒を2種類以上組み合わせる場合には粗粒同士の質量比は特に限定されないが、この場合にも細粒の質量比を無機粉末充填剤のうち10%~30%の範囲にするのが好ましい。細粒と粗粒の配合比を上記範囲とすることで、無機粉末充填剤の表面積と液体成分(基油と表面改質剤)の量のバランスから、高いちょう度を得ることができる。また、粗粒と細粒のバランスが高密度充填に適しており、離油もしづらくなる。
【0033】
本実施の形態に係る熱伝導性グリースは、無機粉末充填剤((1)酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛、(2)酸化マグネシウム、(3)その他の無機粉末充填剤を含む)を80質量%以上98質量%以下の割合で含有する。このように高い割合で無機粉末充填剤を含有しており、無機粉末充填剤を高い割合で含有する熱伝導性グリースであっても、所定量の酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛と、所定量の酸化マグネシウムと、を含有し、ポリサルファイドを含有することにより、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できる。一方、無機粉末充填剤の含有量が80質量%未満であると熱伝導性を十分に高くすることができない。無機粉末充填剤の含有量が98質量%超であると、相対的に他の成分の含有量が低下し、ちょう度が低くなり十分な塗布性を保てなくなったり、熱伝導性グリースの状態に調製できなくなったりする場合がある。
【0034】
<1-2.基油組成物>
基油組成物には少なくとも基油と、ポリサルファイドと、を含有する。基油組成物に含有される各成分について説明する。
【0035】
(1)基油
基油としては、ポリサルファイドが可溶である油が好ましく、例えば、鉱油、合成炭化水素基油、エステル系基油、エーテル系基油等が挙げられる。
【0036】
鉱油としては、例えば、鉱油系潤滑油留分を、溶剤抽出、溶剤脱ロウ、水素化精製、水素化分解、ワックス異性化等の精製手法を適宜組み合わせて精製したもので、150ニュートラル油、500ニュートラル油、ブライトストック、高粘度指数基油等を用いることができる。基油に用いられる鉱油は、高度に水素化精製された高粘度指数基油が好ましい。
【0037】
合成炭化水素基油としては、例えばノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1-デセンオリゴマー、1-デセンとエチレンとのコオリゴマー等のポリ-α-オレフィン又はこれらの水素化物等を単独で、もしくは2種以上を混合して使用することができる。中でもポリ-α-オレフィンがより好ましい。また、アルキルベンゼンやアルキルナフタレン等を用いることもできる。
【0038】
エステル系基油としては、ジエステルやポリオールエステルが挙げられる。ジエステルとしては、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸等の二塩基酸のエステルが挙げられる。二塩基酸としては、炭素数4以上36以下の脂肪族二塩基酸が好ましい。エステル部を構成するアルコール残基は、炭素数4以上26以下の一価アルコール残基が好ましい。ポリオールエステルとしては、従来から高温用潤滑油の基油として用いられてきたものを用いることができる。特に、ポリオールエステルのアルコール成分がジペンタエリスリトール、ペンタエリスリトール、トリメチロールプロパンまたはネオペンチルグリコールであるものが好適に用いられる。
【0039】
ポリオールエステルの酸成分は、特に限定されないが、潤滑油の粘度が所望の範囲になるように適宜選択できる。酸成分としては、炭素数7以上10以下の直鎖状もしくは分岐鎖状の飽和又は不飽和の脂肪酸などが使用でき、分岐鎖状の脂肪酸がより好適に用いられる。具体的には、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、2-エチルペンタン酸、2,2-ジメチルペンタン酸、2-エチル-2-メチルブタン酸、2-メチルヘプタン酸、2-エチルヘキサン酸、2-プロピルペンタン酸、2,2-ジメチルへキサン酸、2-エチル-2-メチルヘプタン酸、2-メチルオクタン酸、2,2-ジメチルヘプタン酸、3,5,5-トリメチルヘキサン酸、2,2-ジメチルオクタン酸等を挙げることができる。特に、3,5,5-トリメチルヘキサン酸が耐熱性に優れているため好ましい。
【0040】
エーテル系基油としては、ポリグリコールや(ポリ)フェニルエーテル等が挙げられる。ポリグリコールとしては、ポリエチレングリコールやポリプロピレングリコール、及びこれらの誘導体等が挙げられる。(ポリ)フェニルエーテルとしては、モノアルキル化ジフェニルエーテル、ジアルキル化ジフェニルエーテル等のアルキル化ジフェニルエーテルや、モノアルキル化テトラフェニルエーテル、ジアルキル化テトラフェニルエーテル等のアルキル化テトラフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、モノアルキル化ペンタフェニルエーテル、ジアルキル化ペンタフェニルエーテル等のアルキル化ペンタフェニルエーテル等が挙げられる。
【0041】
熱伝導性グリース中における基油の含有量の下限は特に限定されないが、基油の含有量は熱伝導性グリース全量中1.5質量%以上の割合であることが好ましい。基油の含有量が1.5質量%以上の割合であることにより、熱伝導性グリースに含まれる基油成分が適切な量となり、グリースの状態に維持することができる良好なちょう度とすることができる。熱伝導性グリース中における基油の含有量の上限は特に限定されないが、基油の含有量は熱伝導性グリース全量中15質量%以下の割合であることが好ましい。基油の含有量が15質量%以下の割合であることにより、高温環境における流出や離油をより効果的に防ぐことができ、周辺が基油によって汚染されることを抑制することができる。
【0042】
(2)ポリサルファイド
ポリサルファイドとは、2つの硫黄原子が直接連結した-S-S-結合を含む有機硫黄化合物である。ポリサルファイドを熱伝導性グリースに含有させることにより、熱伝導性グリースに還元特性を付与し、これにより、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できる。
【0043】
ポリサルファイドの含有量の下限は特に限定はされないが、ポリサルファイドの含有量は基油組成物100質量%に対して0.1質量%以上であることが好ましい。ポリサルファイドの含有量が0.1質量%以上であることにより、熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することをより効果的に抑制できる。
【0044】
ポリサルファイドの含有量の上限は特に限定はされないが、ポリサルファイドの含有量は基油組成物100質量%に対して5.0質量%以下であることが好ましい。5.0質量%を超えても還元特性の効果は飽和してしまい、不経済であり、かつ、余剰なポリサルファイドが熱伝導性グリースとしての保管安定性に影響を及ぼす可能性がある。
【0045】
(3)その他の成分
本実施の形態に係る熱伝導性グリースは、耐食性を損なわない範囲で、上記の各成分の他の成分(その他の成分)を含有することができる。その他の成分としては、拡散防止剤、増ちょう剤、酸化防止剤等を挙げることができる。
【0046】
基油拡散防止剤としては、パーフルオロアルキル基を含有する拡散防止剤を用いることができる。
【0047】
増ちょう剤としては、ポリブテン、ポリメタクリレート、脂肪酸塩、ウレア化合物、石油ワックス、ポリエチレンワックス、有機処理ベントナイト、シリカ等が挙げられる。
【0048】
酸化防止剤としては、ヒンダードアミン系、ヒンダードフェノール系、イオウ系、リン系、ベンゾトリアゾール系、トリアジン系、ベンゾフェノン系、ベンゾエート系、HALS等の化合物が挙げられる。
【0049】
≪2.熱伝導性グリースの製造方法≫
本実施の形態に係る熱伝導性グリースは、各成分を混合することにより製造する。製造方法としては均一に成分を混合できればその方法には特に限定はされない。一般的な製造方法としては、プラネタリーミキサー、自転公転ミキサーなどにより混練りを行い、グリース状にした後、さらに三本ロールにて均一に混練りする方法がある。
【実施例】
【0050】
以下、本発明の実施例及び比較例を示して、本発明についてより具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0051】
≪実施例、比較例≫
熱伝導性グリース用の材料として、下記(1)、(2)に示す各材料を準備した。
【0052】
(1)無機粉末充填剤
酸化亜鉛 :平均粒径:0.6μm
硫化亜鉛 :平均粒径:1.2μm
酸化マグネシウム :平均粒径:1.4μm
アルミナ1 :平均粒径:11μm
アルミナ2 :平均粒径:0.6μm
(2)基油組成物
基油(ポリオールエステル 日本油脂社製:ユニスターH481R)
ポリサルファイド(DIC社製:FS-200)
【0053】
下記表1に示す配合割合で上記材料(1)、(2)を配合し、プラネタリーミキサーにて混合してグリース状とした。その後、三本ロールによる混錬を行うことにより各材料が十分に分散された、実施例及び比較例の熱伝導性グリースを製造した。
【0054】
[評価]
製造した各熱伝導性グリースの試料を用いて、以下の評価を行った。
【0055】
(ちょう度)
JIS K2220グリースの「ちょう度」測定法に準じて室温で実施例及び比較例の熱伝導性グリースのちょう度を測定した。熱伝導性グリースのちょう度は200以上であれば使用可能であるが、塗布性、拡がり性、付着性、離油防止性などの点から250~400であることが好ましく、300~400であることがより好ましく、330~400であることが特に好ましい。評価結果を表1に示す(表1中「ちょう度」と表記。)。
【0056】
(熱伝導率)
京都電子工業(株)製迅速熱伝導率計QTM-500を用いて室温にて実施例及び比較例の熱伝導性グリースの熱伝導率を測定した。熱伝導性グリースの熱伝導率が1.0W/mk以上のものを熱伝導率が良好であると判断した。この測定結果を表1に示す(表1中「熱伝導率」と表記。)。
【0057】
(耐硫化試験)
Ag板上に100μmの厚さで実施例及び比較例の熱伝導性グリースを塗布した後、3ppmの濃度のH2Sガス環境下で24時間保持し、24時間後に評価試料の下地のAg板が硫化により黒変しているかどうかを評価した。この評価結果を表1に示す(表1中「耐硫化試験」と表記。)。表1中、Ag板が黒変したものを「あり」と表記し、Ag板が黒変しなかったものを「なし」と標記した。
【0058】
(防錆試験)
Fe板上に100μmの厚さで実施例及び比較例の熱伝導性グリースを塗布した後、湿度85%温度85℃の環境下で48時間保持し、48時間後に評価試料の下地のFe板に点錆が発生しているかどうかを評価した。この評価結果を表1に示す(表1中「防錆試験」と表記。)。表1中、Fe板に点錆が発生したものを「あり」と表記し、Fe板に点錆が発生しなかったものを「なし」と標記した。
【0059】
【表1】
(表中、ポリサルファイドにおける括弧内の数値は、基油組成物全量中の質量%を意味し、他の各材料における数値は、熱伝導性グリース全量中の質量%を意味する。)
【0060】
表1から分かるように、実施例の熱伝導性グリースは260~360と適度なちょう度と、1.66~5.00W/mkと好適な熱伝導率を示し、かつ、耐硫化性能および防錆性能に優れていた。
【0061】
一方、酸化マグネシウムやポリサルファイドを含有しない比較例1,2の熱伝導性グリースは耐硫化試験や防錆性能が十分ではなく、酸化マグネシウムの含有量が2質量%未満の比較例6,8の熱伝導性グリースは、防錆性能が十分ではないことから、これらの熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できるものとなっていない。
【0062】
また、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛を含有しない比較例3,4の熱伝導性グリースや、酸化亜鉛及び/又は硫化亜鉛の含有量が2質量%未満の比較例5,7の熱伝導性グリースは、耐硫化試験が十分ではなく、同様にその表面が腐食することを効果的に抑制できるものとなっていない。
【0063】
これらの結果から、本発明の熱伝導性グリースは、無機粉末充填剤を高い割合で含有する熱伝導性グリースであっても熱伝導性グリースが塗布された部品の表面が腐食することを効果的に抑制できることが分かる。