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特許7495080微生物及びトリアシルグリセロールの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】微生物及びトリアシルグリセロールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20240528BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20240528BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20240528BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12N15/31
C12P7/64
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020541323
(86)(22)【出願日】2019-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2019035244
(87)【国際公開番号】W WO2020050412
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2020-11-26
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-08
(31)【優先権主張番号】P 2018168235
(32)【優先日】2018-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)、「ゲノム編集による革新的な有用細胞・生物作成技術の創出」に関する研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂本 敦
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 久美子
(72)【発明者】
【氏名】山本 卓
(72)【発明者】
【氏名】太田 啓之
(72)【発明者】
【氏名】堀 孝一
(72)【発明者】
【氏名】清水 信介
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼見 明秀
(72)【発明者】
【氏名】野村 誠治
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 史彦
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】松本 淳
【審判官】天野 貴子
(56)【参考文献】
【文献】岡崎 久美子 他、ナンノクロロプシスにおけるSPX様遺伝子の機能解析、日本植物学会第82回大会研究発表記録、2018.09.01発行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
C12N15/00-15/90
C12P7/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAPlus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
Uniprot/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン欠乏に応答するSPXタンパク質をコードするSPX遺伝子を少なくとも1つ有するナンノクロロプシス属に属する藻類であって、
前記SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されることにより前記SPXタンパク質の機能が低下又は喪失されており、
遺伝子変異が導入されるSPX遺伝子が配列番号2のアミノ酸配列をコードするSPX2遺伝子、又はSPXドメインを持ち配列番号2アミノ酸配列をコードするSPX2遺伝子のホモログであり、
前記配列番号2のアミノ酸配列において、
K250(配列番号2における250位のリジン)、
R313(配列番号2における313位のアルギニン)、
R315(配列番号2における315位のアルギニン)、
K330(配列番号2における330位のリジン)、
E466(配列番号2における466位のグルタミン酸)、及び
K498(配列番号2における498位のリジン)の少なくとも1つのアミノ酸残基、又は
前記ホモログのアミノ酸配列において、前記アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基に変異が導入され
リン欠乏条件下で培養すると、該藻類の細胞中にトリアシルグリセロールを蓄積する
ことを特徴とするナンノクロロプシス属に属する藻類。
【請求項2】
請求項1に記載のナンノクロロプシス属に属する藻類をリン欠乏条件下で培養し、該藻類の細胞中にトリアシルグリセロールを蓄積させ、蓄積したトリアシルグリセロールを採取することを特徴とするトリアシルグリセロールの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のナンノクロロプシス属に属する藻類を細胞初期濃度1×108cells/ml以上の高密度培養条件下で培養し、該藻類の細胞中にトリアシルグリセロールを蓄積させ、蓄積したトリアシルグリセロールを採取することを特徴とするトリアシルグリセロールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、微生物及びトリアシルグリセロールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素やリン等の多量必須元素はしばしば生育環境中で枯渇する。このため、高等植物や藻類等の微生物は、これらの無機栄養塩の欠乏に適応するために様々な応答機構を発達させてきた。栄養塩の欠乏は、多くの藻類で増殖の低下、葉緑体の縮小、トリアシルグリセロール(以下「TAG」ともいう)等の油脂の蓄積等を引き起こすことが知られている。
【0003】
特に窒素欠乏は、急速に光合成機能を低下させ、細胞増殖を停止させる。一方、リン欠乏の場合は、葉緑体機能が比較的維持されることや、TAG蓄積とともにリン脂質の減少と糖脂質の増加等の膜脂質のリモデリングが起こることが知られている。
【0004】
これらの知見に基づいて、例えば特許文献1には、クラミドモナス・レインハーディに属する藻類にこの藻類由来のSQD2プロモーターを付加したTAG合成酵素遺伝子を導入することにより作製された藻類をリン欠乏条件下で培養し、藻類細胞中にTAGを蓄積させる方法が開示されている。
【0005】
このように、微生物による持続的なバイオマス生産の観点から、リン欠乏は窒素欠乏に代わる有望なTAG等の油脂の蓄積誘導条件と考えられるが、微生物のリン欠乏応答の分子機構には未解明の点が多い。
【0006】
例えば、高等植物では、SPXドメインを有するタンパク質(以下「SPXタンパク質」ともいう)がリン欠乏応答やその制御に関わることが、遺伝子破壊等の手法により示されているが(例えば、非特許文献1参照)、藻類ではそのような機能解析の報告例はない。
【0007】
また、微細藻類の一つであるナンノクロロプシスのリン欠乏応答の網羅的遺伝子発現解析により、No_663遺伝子がSPXドメインを持つ応答遺伝子の一つとして言及されているが(例えば、非特許文献2参照)、No_663遺伝子とTAG等の油脂の蓄積との関係については触れられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第5988212号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Liu et al.、Open Biol. 2018-Jan 3; 8(1): 170231
【文献】Muhlroth et al.、Plant Physiol. 2017-Oct 19; 175(4):1543-1559
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような背景の下、本開示の課題は、リン欠乏条件下で、TAGを高度に蓄積可能な微生物及びこの微生物を用いたTAGの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の微生物は、リン欠乏に応答するSPXタンパク質をコードするSPX遺伝子を少なくとも1つ有する微生物であって、前記SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されることにより前記SPXタンパク質の機能が低下又は喪失されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、リン欠乏条件下で、TAGを高度に蓄積可能な微生物及びこの微生物を用いたTAGの製造方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】RNAシーケンス法で解析した各種培地における(a)SPX1遺伝子、及び(b)SPX2遺伝子の遺伝子発現量を示す図である。図中の「0C」は培養開始時、「3C」はコントロール培地(F2N)での培養3日目、「3P」はリン欠乏培地(-P)での培養3日目、「3N」は窒素欠乏培地(-N)での培養3日目、「5C」はF2Nでの培養5日目、「5P」は-Pでの培養5日目、「5N」は-Nでの培養5日目をそれぞれ示す。
図2】ナンノクロロプシスのSPX2タンパク質と、酵母及びトリパノソーマのVTC4タンパク質とのアミノ酸配列の対比結果を示す図である。上から順に、酵母のVTC4タンパク質、ナンノクロロプシスのSPX2タンパク質、及びトリパノソーマのVTC4タンパク質を示す。
図3】本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)の作製方法を説明するための図である。
図4】本開示のSPX2遺伝子破壊(spx2)の遺伝子破壊を確認するための電気泳動図である。
図5】各種培地における、対照株(NT7)及びSPX2遺伝子破壊株(spx2)の培養開始から0日、4日、7日及び10日後の培養液の状態を示す写真である。図中のF2Nはコントロール培地、-Pはリン欠乏培地、及び-Nは窒素欠乏培地で培養した場合をそれぞれ示す。
図6図5において、(a)は細胞密度、(b)は培地当たりのクロロフィル量、及び(c)は細胞当たりのクロロフィル量の培養期間における推移をそれぞれ示す。
図7図5において、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対照株(NT7)の培養開始から10日後における、(a)は培地当たりのバイオマス(細胞乾燥重量)、及び(b)は細胞当たりのバイオマスを示す図である。
図8図5において、培養開始から10日後における、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対照株(NT7)の細胞染色写真である。図中、Nile Redは染色されたTAGの蛍光、Chl.は葉緑体の自家蛍光、MergeはNile RedとChl.との重ねあわせ画像、及びDICは微分干渉顕微鏡像をそれぞれ示す。
図9図5において、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対照株(NT7)の培養開始から10日後における、(a)は培地当たりのTAG量、(b)はバイオマス当たりのTAG量、及び(c)は細胞当たりのTAG量を示す図である。
図10図5において、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対照株(NT7)の培養開始から10日後における、TAGの脂肪酸組成を示す図である。各棒グラフは、左から順に、F2Nで培養した対照株(NT7)、F2Nで培養したSPX2遺伝子破壊株(spx2)、-Pで培養した対照株(NT7)、-Pで培養したSPX2遺伝子破壊株(spx2)、-Nで培養した対照株(NT7)、-Nで培養したSPX2遺伝子破壊株(spx2)をそれぞれ示す。また、図中の横軸は、各脂肪酸の「炭素数:不飽和結合の数」を示す。
図11】F2N培地での対照株(NT7)及びSPX2遺伝子破壊株(spx2)の培養開始から4日後及び7日後における、細胞当たりのポリリン酸量を示す図である。
図12図8で用いたサンプルの顕微鏡写真から、細胞の大きさを測定し、定量したものを示す図である。
図13図9とは異なる各種培地における、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対照株(NT7)の培養開始から7日後の図9相当図である。図中のP250はコントロール培地、P15は低リン濃度培地、及びP0はリン欠乏培地で培養した場合をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0015】
本明細書において、SPXタンパク質とは、上述のごとく、SPXドメインを有するタンパク質を意味する。SPXドメインを持つタンパク質には、真核生物における無機リン酸の吸収、輸送、貯蔵及びそれらを制御する信号伝達に関与するものが知られている。SPXドメインは150~380のアミノ酸残基からなり、リン欠乏応答関連では、例えば、無機リン酸輸送体、無機リン酸応答に関与する信号伝達タンパク質、ポリリン酸合成酵素/液胞輸送シャペロン(VTC)複合体等のタンパク質のアミノ末端(N末端)に見られる(Wild et al.、Science 2016-May 20; 352(6288):986-990)。また、本明細書において、SPXタンパク質をコードする遺伝子をSPX遺伝子という。
【0016】
(本開示の実施形態)
以上の観察から、本発明者らは、TAGを高度に蓄積する微細藻類の一つであるナンノクロロプシスを用い、無機リン酸の欠乏条件下で特異的に発現上昇する遺伝子群を網羅的に探索した。その結果、図1に示すように、酵母や高等植物等で無機リン酸のセンシングやシグナリングに関わることが知られるSPX遺伝子ファミリーに属する2つの遺伝子であるSPX1遺伝子(配列番号1)及びSPX2遺伝子(配列番号2及び13)を見出した。図1では、SPX1遺伝子及びSPX2遺伝子ともに、コントロール培地及び窒素欠乏条件下に比して、リン欠乏条件下での遺伝子の発現量が優位に増大していることが分かる。なお、培地は、以下の実施例に記載の培地と同じものである。
【0017】
この結果より、SPX遺伝子のホモログの機能破壊により、微生物のリン欠乏応答が高まることが考えられる。そして、上述のごとく、藻類が示す典型的なリン欠乏応答の一つはTAGを始めとした油脂の蓄積であることから、SPX遺伝子の機能破壊は、バイオ燃料や有用・高付加脂質の生産増大に利用することが可能と考えられる。
【0018】
これらの知見から、本発明者らは、以下の実施例に記載の手法により、SPX1遺伝子及びSPX2の遺伝子破壊株の作製を試みた。その結果、SPX1遺伝子については、その遺伝子破壊株が得られなかったことから、ナンノクロロプシスの生育に必須であるとも考えられる。一方、SPX2遺伝子では、その破壊株が得られた。本開示は、このSPX2遺伝子破壊株がリン欠乏条件下で、対照株に対して有意に高いレベルのTAGを蓄積するという実験的知見に基づくものである。
【0019】
本発明者らによって見出されたナンノクロロプシスのSPX1遺伝子及びSPX2遺伝子は、ともにリン欠乏に応答するSPXタンパク質をコードするSPX遺伝子である。SPX1遺伝子のアミノ酸配列は、配列番号1に記載のとおりである。また、SPX2遺伝子のアミノ酸配列及びゲノムDNA配列は、配列番号2及び13にそれぞれ記載のとおりである。なお、配列番号13における1042位~2503位、及び2683位~3503位は、配列番号2に相当する部分(なお、配列番号13における2504位~2682位は、タンパク質に翻訳されない部分(イントロン))である。
【0020】
図2に示すように、遺伝子破壊株が作製されたSPX2遺伝子について、ポリリン酸合成活性を持つことが証明されているVTC複合体をコードする遺伝子の1つである酵母のVTC4遺伝子(Hothorn et al.、Science 2009-Apr 24; 324(5926):513-516、配列番号:B3LQ90)、及び寄生虫であるトリパノソーマのVTC4遺伝子(Lander et al.、J. Biol. Chem. 2013-Nov 22; 288(47):34205-34216、配列番号:Q382V9)と、各遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を対比したところ、相同性を示すことが見出された。
【0021】
なお、本明細書における「相同性」の値は、当業者に公知の相同性検索プログラムを用いて算出することができる。例えば、NCBIの相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)において、デフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、算出することができる。また、「相同性」とは、BLASTの上記条件において、好ましくは40%以上の相同性、より好ましくは50%以上の相同性、さらに好ましくは60%以上の相同性を意味する。
【0022】
また、SPX2タンパク質は、図2の矢印で示される、酵母のVTC4タンパク質において正常なポリリン酸合成活性の発現に必須のアミノ酸残基と考えられており、トリパノソーマのVTC4タンパク質においても保存されているアミノ酸残基が保存されている。
【0023】
さらに、図11に示すように、SPX2遺伝子の破壊が細胞内のポリリン酸量の低下を引き起こすことが見出された。
【0024】
以上により、SPX2遺伝子は、酵母のVTC4遺伝子及びトリパノソーマのVTC4遺伝子と同様のポリリン酸合成活性を持つタンパク質をコードしていることが予測される。
【0025】
本開示の微生物によれば、SPX遺伝子を少なくとも1つ有する。即ち、この微生物は、SPX遺伝子を1つ(1種類)のみ有するものであってもよく、複数(2種類以上)有するものであってもよい。なお、ナンノクロロプシスでは、上述のごとく、SPX1遺伝子及びSPX2遺伝子の少なくとも2つを有することが本発明者らによって見出されている。
【0026】
また、本開示の微生物によれば、SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されることによりSPXタンパク質の機能が低下又は喪失されている。
【0027】
「SPX遺伝子に遺伝子変異が導入される」とは、例えば、SPX遺伝子のアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されることを意味する。「1~数個」とは、SPXタンパク質の機能が低下又は喪失されていれば特に限定されず、例えば1個であってもよく、SPXタンパク質をコードするSPX遺伝子のアミノ酸配列の総数であってもよい。また、「欠失、置換及び/又は付加」には、人為的な変異の他、個体差、種や属の違いに基づく場合等の天然に生じる変異(mutantやvariant)も含まれる。なお、SPX遺伝子の1~数個の塩基配列が欠失、置換及び/又は付加されることにより、SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されていてもよい。また、「変異」は、SPXタンパク質をコードする遺伝子の破壊を含む。
【0028】
「SPXタンパク質の機能が低下又は喪失」とは、SPXタンパク質の発現が抑制又は消失されていなくても、例えば活性に必要なアミノ酸を変異させる等、SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されることにより、SPXタンパク質の機能が低下又は喪失(破壊)されていることを意味する。即ち、SPX遺伝子への遺伝子変異の導入により、SPXタンパク質の発現自体は正常であっても、SPXタンパク質の機能が抑制(機能が必ずしも完全には失われていない状態)又は欠損(機能破壊)されていることを意味する。
【0029】
例えばSPX2タンパク質においては、上述のごとく、酵母のVTC4タンパク質における正常なポリリン酸合成活性の発現に必須のアミノ酸残基に対応する、以下のアミノ酸残基(図2の矢印で示されるアミノ酸残基)、
K250(配列番号2における250位のリジン)、
R313(配列番号2における313位のアルギニン)、
R315(配列番号2における315位のアルギニン)、
K330(配列番号2における330位のリジン)、
E466(配列番号2における466位のグルタミン酸)、及び
K498(配列番号2における498位のリジン)
の少なくとも1つに変異が導入されることでSPX2タンパク質の機能が低下又は喪失することが予測される。このように、SPX2タンパク質の機能が低下又は喪失するようにしたSPX2遺伝子破壊株は、リン欠乏条件下で、対照株に対して有意に高いレベルのTAGを蓄積することが推測される。
【0030】
ここで、リン欠乏に応答するSPXタンパク質は、微生物、特に藻類には広く存在するものと考えられる。そのため、SPXタンパク質の機能としては、各種微生物において、従来公知の機能であってもよいし、今後見出される新たな機能であってもよい。例えば、本発明者らにより見出されたSPX2遺伝子により発現するSPXタンパク質の機能は、上述のごとく、ポリリン酸合成活性を持つことが予測される。
【0031】
なお、SPX遺伝子に遺伝子変異が導入されることによりSPXタンパク質の発現が抑制又は消失されて、SPXタンパク質の機能が低下又は喪失されていてもよい。ここで、「SPXタンパク質の発現が抑制」とは、SPXタンパク質をコードするSPX遺伝子の発現量が50%以下であり(SPX遺伝子の発現量が50%以下に抑制され)、SPXタンパク質の機能が低下(低減)又は喪失(欠損)又はしていることを意味する。また、「SPXタンパク質の発現が消失」とは、SPXタンパク質をコードするSPX遺伝子の発現量が0%であり(SPX遺伝子の発現量が100%抑制され)、SPXタンパク質の機能(活性)が喪失していることを意味する。
【0032】
微生物としては、例えば、クラミドモナス(Chlamydomonas)属、ナンノクロロプシス(Nannochloropsis)属、ミクロクロロプシス(Microchloropsis)属、シュードコリシスチス(Pseudochoricystis)属、フェオダクチラム(Phaeodactylum)属、オステレオコックス(Ostreococcus)属、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon)属、クレブソルミディウム(Klebsormidium)属、クロロキブス(Chlorokybus)属、スピロギラ(Spirogyra)属、カラ(Chara)属、コレオケーテ(Coleochaete)属、又はクロレラ(Chlorella)属に属する藻類等を用いることができる。なお、ミクロクロロプシス属は、ナンノクロロプシス属の一部を別属として分類されたものであり、属する藻類が重複する場合がある。
【0033】
これらの微生物のなかでは、油脂のみを乾燥重量の最大60%まで蓄積可能であり、藻類のなかでも特に油脂蓄積能が高いナンノクロロプシス属及びミクロクロロプシス属に属する藻類が好ましい。また、ナンノクロロプシス属及びミクロクロロプシス属に属する藻類は、油脂蓄積能以外にも以下の利点を有する。
(1)蓄積する油脂の脂肪酸組成は、炭素数16を主とした分布を有しており、軽油相当燃料の製造に適する。
(2)また、精製条件や精製法等によって容易にガソリン相当燃料等の液体燃料の製造も可能である。
(3)細胞が小さく増殖が早いため、高密度培養が可能である。
(4)コンタミネーションの可能性が低い。
【0034】
クラミドモナス属の藻類としては、例えばクラミドモナス・レインハーディ(Chlamydomonas reinhardtii)等を例示できる。ナンノクロロプシス属の藻類としては、例えばナンノクロロプシス・オクラタ(Nannochloropsis oculata)、ナンノクロロプシス・オーシャニカ(Nannochloropsis oceanica)、ナンノクロロプシス・グラヌラータ(Nannochloropsis granulata)、ナンノクロロプシス・オーストラリス(Nannochloropsis australis)、ナンノクロロプシス・リミネティカ(Nannochloropsis limnetica)等を例示できる。ミクロクロロプシス属の藻類としては、例えばミクロクロロプシス・サリナ(Microchloropsis salina)、ミクロクロロプシス・ガディタナ(Microchloropsis gaditana)等を例示できる。シュードコリシスチス属の藻類としては、例えばシュードコリシスチス・エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)等を例示できる。フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の藻類としては、例えばフェオダクチラム・トリコルヌーツム(Phaeodactylum tricornutum)等を例示できる。オステレオコックス属の藻類としては、例えばオステレオコックス・タウリ(Ostreococcus tauri)等を例示できる。シアニディオシゾン属の藻類としては、例えばシアニディオシゾン・メロラ(Cyanidioschyzon merolae)等を例示できる。クレブソルミディウム属の藻類としては、例えばクレブソルミディウム・フラチダム(Klebsormidium flaccidum)等を例示できる。カラ属の藻類としては、例えばカラ・フラギリス(Chara fragilis)等を例示できる。コレオケーテ属の藻類としては、例えばコレオケーテ・スクタータ(Coleochaete scutata)等を例示できる。クロレラ属の藻類としては、例えばクロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)等を例示できる。
【0035】
SPX遺伝子に遺伝子変異を導入する操作やこれを微生物に導入する操作等は常法に従って行なうことができる。
【0036】
上述した方法及び以下の実施例に記載の方法によって作製された遺伝子破壊株(微生物)の培養は、TAG蓄積時にリン欠乏条件下で培養すること以外、用いる微生物の通常の培養と同様に行なうことができる。例えば、微生物として、ナンノクロロプシス属の藻類を培養する場合は、培地としては、F2N培地等を用いることができ、培養温度は20~25℃程度とすることができ、培養時の光強度は10~40μE/m2/secとすることができ、クラミドモナス属の藻類を培養する場合は、培地としては、TAP培地等を用いることができ、培養温度は23~25℃程度とすることができ、培養時の光強度は10~40μE/m2/secとすることができる。
【0037】
以上のようにして得られた微生物にTAGを蓄積させる場合は、リン欠乏条件下で培養する。リン欠乏条件下での培養は、増殖時に用いていた培地からリン成分(例えば、K2HPO4、KH2PO4等)を除くか、あるいは3μM以下にした培地を用いることにより行なうことができる。通常、8~13日程度の培養で細胞中に十分な量のTAGが蓄積される。
【0038】
また、ナンノクロロプシス属の藻類等の高密度培養が可能な藻類では、リン成分を除いた培地等に移すことなく、増殖時に用いていた培地で、高密度条件下で一定期間以上培養することによっても、TAGを蓄積させることができる。これは、長期間培養することにより、自然に栄養塩欠乏条件になるためであると考えられる。この高密度培養法では、通常、7~20日程度の培養で細胞中に十分な量のTAGが蓄積される。なお、ここでいう「高密度培養」とは、通常、細胞密度が1×108cells/ml以上の培養をいう。
【0039】
TAGを蓄積した細胞からTAGの採取は常法に従って行なうことができる。
【実施例
【0040】
以下に、実施例によって本開示を詳細に説明する。以下の実施例は例示であり、本開示を限定することを意図するものではない。
【0041】
(実施例1)
(遺伝子破壊株の作製)
図3に示すように、SPX2遺伝子の一部を薬剤耐性遺伝子(配列番号9)に置換することにより、SPX2遺伝子に遺伝子変異が導入されたSPX2遺伝子破壊株を作製した。
【0042】
具体的には、図3(a)に示すように、微生物として、ナンノクロロプシスNannochloropsis oceanica NIES-2145株のゲノムDNAを鋳型にして、SPX2遺伝子のORF(タンパク質に翻訳される部分)の上流領域及びSPX2遺伝子のORF領域のそれぞれと相同な塩基配列を持ち、かつKpnI制限酵素の認識配列が付加されたSPX2af(配列番号3)及びSPX2ar(配列番号4)プライマーを用いてPCR反応を行なった。
【0043】
PCR反応により増幅されたDNA断片をKpnI制限酵素で酵素処理し、薬剤耐性遺伝子を有するNT7ベクター(Kilian et al.、 2011: Proc. Natl.Acad.Sci.U.S.A. 108、21265-21269.doi:10.1073/pnas.1105861108、Iwai et al. 2015 Front. Microbiol.6:912. doi: 10.3389/fmicb.2015.00912)(配列番号10)における薬剤耐性遺伝子の直前にあるKpnI制限酵素サイトGGTACCにSPX2遺伝子の前半部分(配列番号13の541位~1544位)の配列を挿入した。
【0044】
次いで、上記で得られたプラスミドにおける薬剤耐性遺伝子の直後にあるPstI制限酵素サイトCAGCTGに、SPX2遺伝子の後半部分(配列番号13の2913位~4057位)(具体的には、ゲノムDNAを鋳型にして、SPX2bf(配列番号5)及びSPX2br(配列番号6)プライマーを用いて、PCR反応を行なったもの)を挿入した。
【0045】
図3(b)に示すように、上記で得られたプラスミド(SPX2遺伝子破壊用ベクター)を鋳型にGEMseq-f(配列番号7)及びGEMseq-r(配列番号8)プライマーでPCR反応を行ない、得られたDNA断片をナンノクロロプシスに導入した。以上の操作により作製されたものを、SPX2遺伝子破壊株(単に「spx2」ともいう)とする。
【0046】
以下に、SPX2遺伝子破壊株(spx2)の作製のために使用したプライマーの配列を示す。
SPX2af aaaggtaccGCCACTCATAAAGAGCATAA(配列番号3)
SPX2ar aaaggtaccAAAAATTGCTCGCCCACCTC(配列番号4)
SPX2bf AAAACGACTGCGCTGTCTGC(配列番号5)
SPX2br TGAGTCCCTTGCTGGCTGCT(配列番号6)
GEMseq-f GTTTTCCCAGTCACGAC(配列番号7)
GEMseq-r CAGGAAACAGCTATGAC(配列番号8)
【0047】
なお、ナンノクロロプシスへの遺伝子導入の具体的な手順は、以下のとおりである(Vieler et al.2012. PLoS Genet. 8:e1003064.doi:10.1371/journal.pgen.1003064)。
1. 基本培養条件に従って2.5×106cells/mlの細胞濃度で培養を行なった。
2. クリーンベンチ内で培養3日目の細胞をとり、Himac CR20GIII(日立工機)で4900rpm、5分、4℃で遠心を行なった。
3. 遠心後、上清を捨て、50mlの375mM sorbitolを加えて4900rpm、7分、4℃で遠心を行ない、細胞の洗浄を行なった。
4. この洗浄作業を2回繰り返した。
5. 洗浄後、上清を捨て、少量の375mM sorbitolを加えて懸濁し、細胞数を測定した。
6. クリーンベンチ内で、Gene Pulser Cuvette 0.2cmにナンノクロロプシス100μLとDNA3μg、Salmon sperm DNA 3μgを加えた。
7. このセルをBIORAD社のGene Pulser Xcell(登録商標)にセットし、エレクトロポレーションを行ない、遺伝子を導入した。設定値はVoltage:2200V、Capacitance:50μF、Resistance:600Ω、Cuvette length:2mmとした。
8. 遺伝子導入後、クリーンベンチ内で15ml tubeに5mlのF2N培地(PNAS, 2011, vol. 108 (no. 52) 21265-21269)を入れ、そこへ遺伝子導入を行なった細胞を加えた。
9. その後、基本培養条件下で2日間振盪しながら回復培養を行なった。この回復培養の際には、ペーパータオルでチューブを覆い、遮光気味で培養を行なった。
10. クリーンベンチ内で、上清を捨てて0.4% Top Agar 10mlを入れて懸濁し、用意しておいたZeocin(登録商標、以下省略)F2N寒天培地にそれぞれのDNAで2枚ずつ、計4枚になるように細胞をまいた。
11. その後、プレートをサージカルテープによって封をし、25℃、30μmol photons/m2sに設定したインキュベーターで培養を行なった。
【0048】
(対象株の作製)
一方、対照株の作製は、以下のようにして作製した。図3(b)に示すように、改変を行なっていないNT7ベクターを鋳型に、上記と同様にしてGEMseq-f及びGEMseq-rプライマーでPCR反応を行ない、得られたDNA断片をナンノクロロプシスに導入した。以上の操作により、対照株(単に「NT7」ともいう)を作製した。
【0049】
(遺伝子破壊の確認)
次に、SPX2遺伝子の遺伝子破壊が正常に起きていることをコロニーPCRで確認した。具体的には、上記のナンノクロロプシスへの遺伝子導入の手順において、Zeocin F2N寒天培地に生じたコロニーをつつき、Zeocin F2N培地を入れた96穴プレートで培養した。培養液をとり、細胞を遠心で集め、TEバッファー100μlに懸濁し、95℃で5分間加熱処理した。この液を使って、SPX2af0(配列番号11)及びSPX2R(配列番号12)プライマーを用いてPCR反応を行なった。
【0050】
一方、コントロールとして、野生株のゲノム抽出液を使って上記と同様にPCR反応を行なった。
【0051】
得られたDNA断片をTAEアガロースゲルで電気泳動した結果、SPX2遺伝子破壊株(spx2)のDNA断片の分子サイズと野生型のSPX2遺伝子のサイズとが異なることを確認した。その結果を図4に示す。
【0052】
以下に、遺伝子破壊の確認のために使用したプライマーの配列を示す。
SPX2af0 atggctgaatgtacccgtgt(配列番号11)
SPX2R CTAGACCTCATCCTGCTTCA(配列番号12)
【0053】
(実施例2)
(各種培地におけるSPX2遺伝子破壊株(spx2)と対象株(NT7)の細胞増殖能及びTAG蓄積能の解析1)
各種培地(F2N培地、-P培地又は-N培地)ごとに、対象株(NT7)を3サンプルずつ、SPX2遺伝子破壊株(spx2)を3サンプルずつ(計18サンプル)を培養し、以下の測定を行なった。
【0054】
(1)各種培地
各種培地の組成は、以下のとおりである。
【0055】
(1-1)F2N培地
F2N培地(単に「F2N」ともいう)は、コントロール培地(通常培地)であり、以下のように調製した。NaNO3(75mg/ml)0.1ml、NaH2PO4・2H2O(30mg/ml)0.1ml、Na2SiO3・9H2O(10mg/ml)0.1ml、F/2 metals 0.5ml、NH4Cl(500mM)1ml、Tris-HCl(pH7.6)(1M)1ml、及びダイゴ人工海水SP〔富士フイルム和光純薬(株)〕3.6gをイオン交換水に溶解させて100mlになるように調製した。なお、F/2 metalsは、Na2EDTA・2H2O 440mg、FeCl3・6H2O 316mg、CoSO4・7H2O 1.2mg、ZnSO4・7H2O 2.1mg、MnCl2・4H2O 18mg、CuSO4・5H2O 0.7mg、及びNa2MoO4・2H2O 0.7mgをイオン交換水に溶解させて100mlになるように調製したものである。また、以上により調製されたF2N培地及びF/2 metalsは、4℃で保存した。
【0056】
(1-2)-P培地
-P培地(単に「-P」ともいう)は、リン欠乏培地であり、F2N培地からNaH2PO4・2H2Oを除いたものである。
【0057】
(1-3)-N培地
-N培地(単に「-N」ともいう)は、窒素欠乏培地であり、F2N培地からNaNO3とNH4Clを除いたものである。
【0058】
(2)培養条件
3色LED照明付振盪培養器(日本医化 低温インキュベーターLP-200P、3in1LED照明ユニット)にて、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対象株(NT7)を、300ml容のフラスコ内に容れた各種培地100ml内でそれぞれ振盪培養した。
【0059】
具体的な培養条件は、温度:25℃、光強度:全色30%(50μmol photons/m2s)、振盪速度:100回/分、及び細胞初期濃度2.5×106cell/ml、CO2:非通気である。なお、培養開始前に以下のビタミン類、薬剤を添加した。ビタミン類、薬剤等の組成は、Vitamin B12(50μg/ml)5μl、Biotin(50μg/ml)5μl、Thiamine HCl(1mg/ml)50μl、及びZeocin(20mg/ml)10μlである。
【0060】
(3)各種測定
各種培地の細胞濃度と細胞のクロロフィル量(葉緑素含量)を毎日測定し、それを10日間行なった。10日目に細胞の乾燥重量(バイオマス Dry matter)の測定、TAG分析用のサンプリングを行なった。
【0061】
(3-1)細胞濃度の測定
バクテリアカウンター血球計算盤を用いて光学顕微鏡で細胞数の測定を行なった。その結果を図6(a)に示す。
【0062】
(3-2)細胞のクロロフィル量の測定
細胞のクロロフィル量の測定の具体的な手順は、以下のとおりである。その結果を図6(b)及び(c)に示す。
1. クリーンベンチ内で、培養していた300ml容のフラスコの培地から試料を1.5ml tubeに移した。
2. 1.5ml tubeを7000G、10分、25℃で遠心した。
3. 遠心後、上清を取り除き、メタノールを1.5ml tubeに適量加え懸濁し、1.5ml tubeをチューブミキサーにかけて5分間撹拌した。
4. 撹拌した1.5ml tubeを10000G、5分、25℃で遠心した。
5. 遠心後、上清を取り、ナノドロップを用いて650nmと665nmでの吸光度を計測した。
6. 計測した結果から、以下の式により、クロロフィル量の定量を行なった。なお、ナンノクロロプシスは、葉緑体にクロロフィルaのみを持っているため以下の式を用いた。
式:「クロロフィル量」(μg Chl/ml)=「希釈濃度」×「OD665(665nmでの吸光度)」×13.4
7. クロロフィル量の定量実験と細胞濃度の測定の実験から細胞単位のクロロフィル量を導いた。
【0063】
(3-3)バイオマス(細胞の乾燥重量)の測定
バイオマス(Dry matter, DM)の測定の具体的な手順は、以下のとおりである。その結果を図7に示す。
1. 1.5ml tubeの重さを電子天秤により計量した。
2. 培養を開始した日の次の日から起算して10日目の培地から培養液を40ml取り出し、50ml tubeに移した。
3. 50ml tubeを4670G、10分、25℃で遠心した。
4. 遠心後、細胞を除かないように注意し、上清を取り除いた。
5. 残った沈殿にH2Oを加えて懸濁し、重さを量った1.5ml tubeに移した。7000G、10分、25℃で遠心した。
6. 細胞を除かないように上清を取り除き、高温乾燥機に入れ、キャップを外した状態で、105℃、5時間で乾燥した。
7. 高温乾燥機から1.5ml tubeを取り出し、電子天秤を用いてバイオマスを計量した。
8. 細胞濃度の測定の実験から細胞単位当たりのバイオマスを導いた。
【0064】
(3-4)顕微鏡による細胞の観察
培養液100μlに固定液(50mM PIPES、4%パラホルムアルデヒド)100μlと0.2mg/mlナイルレッド(Nile Red)染色液1μlを加えて、4℃暗黒下で1時間以上静置した。その後、Axio Imager.M2顕微鏡(カールツァイス)で観察した。その結果を図8に示す。
【0065】
(3-5)TAGの定量
(脂質抽出)
Bligh & Dyer法(Bligh,E.G.,and Dyer,W.J.(1959). A rapid method of total lipid extraction and purification. Can.J.Biochem.Physiol. 37,911-917.doi:10.1139/059-099)にて、培養細胞から脂質(TAG)を抽出した。脂質抽出の具体的な手順は、以下のとおりである。その結果を図9に示す。
【0066】
まず、10日目の培地から培養液を40ml取り出し、50ml tubeに移し、50ml tubeを4670G、10分、25℃で遠心して培養細胞を沈殿させた。遠心後、上清を取り除き、沈殿した培養細胞を液体窒素で急速凍結し、-80℃で保存した。
【0067】
次いで、凍結細胞を解凍し、50ml tube内の細胞をトータルで液量が0.8mlになるようにH2Oに懸濁し、ガラス試験管に移した。このガラス試験管にクロロホルム:メタノール=1:2の混合液3mlを添加し、10分おきに懸濁しながら1時間室温にて放置した。その後、ガラス試験管にH2O 1ml及びクロロホルム 1mlを添加し、懸濁後、2000rpmにて5分間スイングローターで遠心した。遠心後、水メタノール層(上層)を取り除き、クロロホルム層(下層)を新しいガラス試験管に移した。一方、元のガラス試験管にクロロホルム1.5mlを加え、懸濁した。この懸濁した元の試験管と、クロロホルム層を移した新しい試験管とをともに2000rpmにて、5分間スイングローターで遠心した。遠心後、新しい試験管のクロロホルム層を、重量を測定した別の試験管に移した。元の試験管のクロロホルム層を回収し、2000rpmにて5分間スイングローターで遠心し、クロロホルム層を回収し、先のクロロホルム抽出液とあわせて脂質抽出液とした。この脂質抽出液を減圧濃縮機で乾燥させ、10mg/mlになるようにクロロホルムに溶解させた後、-20℃で保存した。なお、1mgに満たないサンプルは150μlのクロロホルムに溶かした。
【0068】
(脂質分析)
総脂質1mg分(総脂質の量が1mgに満たなかったサンプルは半量分)を薄層シリカプレート(Merckのシリカゲル60)にスポットし、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=40:20:1の展開液で40分間展開した。0.01%プリムリンを用いて、UV照射下でTAGを検出した。TAGがのっている部分のシリカを削り取り、試験管に移した。この試験管にメチル化溶液(5% 塩酸/メタノール)2.5mlを添加し、85℃、2.5時間加熱した。常温まで冷却した後、試験管にヘキサン 2.5mlを添加し、懸濁した後静置し、上層のヘキサン層を回収した。ヘキサン層に回収されたメチルエステル化した脂肪酸を乾燥させた後、少量のヘキサンに溶解し、ガスクロマトグラフィサンプルとした。ガスクロマトグラフィは、(株)島津製作所製のGC-2014 (オートサンプラー AOC-20i)に、ULBON HR-SS-10 25m、内径0.25mm、膜圧0.25μm (Shinwa Chemical Industries, Ltd., Japan)を取り付けて解析した。なお、キャリアガスはヘリウムである。以上により脂質分析した結果を図10に示す。
【0069】
(3-6)ポリリン酸量の定量
ポリリン酸量の測定の具体的な手順は、以下のとおりである。4日目及び7日目のF2N培地から培養液20mlから細胞を集め、純水で細胞を洗浄した。洗浄後、細胞数を測定し、5×107個又は1×108個の細胞を取り分け、5%次亜塩素酸ナトリウム溶液100μlに懸濁し、液体窒素で凍結した。チューブに専用ビーズを入れ、ティシュライザー(キアゲン)を用い、30Hzで10分破砕した。この破砕液を新しいチューブに移し、0.9ml次亜塩素酸ナトリウム溶液を加えて、14,000Gで5分遠心した。遠心後、上清を除き、このチューブの沈殿を1ml次亜塩素酸ナトリウム溶液で懸濁し、14,000Gで5分遠心した。遠心後、上清を除き、このチューブの沈殿を100μl純水で懸濁し、5分間室温にてチューブミキサーで混合した後、14,000Gで5分遠心した。遠心後、上清を新しいチューブに移し、元のチューブの沈殿を100μl純水で懸濁し、5分チューブミキサーで混合した後、14,000Gで5分遠心した。遠心後、上清を新しいチューブに足し、混ぜて2本のチューブに分注した。分注した2本のチューブにそれぞれに100%エタノールを0.9ml加えて混合し、14,000Gで10分遠心した。遠心後、上清を捨て、2本のチューブの沈殿を25μl純水でそれぞれ懸濁させ、再び1本のチューブに集めた。最後に、このチューブに4%ペルオキソ二硫酸カリウム100μl加え、オートクレーブで121℃、30分加温加圧した。以上により得られた溶液をマラカイトグリーンリン酸定量アッセイキット(Biochain)でリン酸を定量した。その結果を図11に示す。
【0070】
(3-7)細胞の大きさの定量
上記「(3-4)顕微鏡による細胞の観察」で用いたサンプルの顕微鏡画像を撮影した。次いで、撮影した画像の細胞面積を画像解析ソフトウェアImageJ(https://imagej.nih.gov/ij/)で定量した。その結果を図12に示す。
【0071】
(実験結果)
(1)細胞増殖能及び細胞のクロロフィル量
図5及び図6に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、対照株(NT7)と同様に、窒素欠乏下(-N)よりもリン欠乏下(-P)で高い細胞増殖能や細胞のクロロフィル量を示すことが分かった。また、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、対照株(NT7)と比べて通常条件(F2N)ではやや増殖能が減少するが、窒素欠乏下(-N)やリン欠乏下(-P)では対照株(NT7)と同様の増殖速度を示すことがわかった。培養液当たりのクロロフィル量は、SPX2遺伝子破壊株(spx2)では通常条件(F2N)及び窒素欠乏下(-N)で対照株(NT7)と比べて減少したが、リン欠乏下(-P)では対照株(NT7)と同程度であった。
【0072】
(2)バイオマス(細胞乾燥重量)
図7に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏下(-P)では、通常条件(F2N)よりも細胞当たりのバイオマスが高いことが分かった。
【0073】
(3)細胞内に蓄積される油滴
図8に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏下(-P)において、細胞内に蓄積する油滴が発達していることが分かった。
【0074】
(4)TAG蓄積能
図9に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏下(-P)では、培地当たり、バイオマス当たり、細胞当たりの何れも、対照株(NT7)と対比して、TAGの蓄積量が有意に高く、細胞内にTAGが蓄積されたことが分かった。
【0075】
(5)TAGの脂肪酸組成
図10に示されるように、どの実験区でもSPX2遺伝子破壊株(spx2)と対照株(NT7)との間でTAGの脂肪酸組成に変化はなかった。なお、両株ともに、リン欠乏下(-P)では、他の培地と対比して、C16:0(炭素数が16個、不飽和結合が0個(なし))の低下と、C18:1(炭素数が18個、不飽和結合が1個)の増大が顕著であった。
【0076】
(6)ポリリン酸蓄積能
図11に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)では通常条件(F2N)で対照株(NT7)と比べて細胞当たりのポリリン酸量が減少していることが分かった。
【0077】
(7)細胞の大きさ
図12に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、窒素欠乏下(-N)やリン欠乏下(-P)では、対照株(NT7)と対比して、細胞が大きいことが分かった。なお、通常条件(F2N)では、両者の細胞の大きさは同程度であった。
【0078】
(実施例3)
(各種培地におけるSPX2遺伝子破壊株(spx2)と対象株(NT7)のTAG蓄積能の解析2)
実施例2における各種培地とは異なる以下の各種培地(P250培地、P15培地又はP0培地)及び以下の異なる培養条件下にて、対象株(NT7)を3サンプルずつ、SPX2遺伝子破壊株(spx2)を3サンプルずつ(計18サンプル)を培養し、以下の測定を行なった。具体的には、実施例3では、実施例2の培養条件と対比して、培地の栄養塩濃度を上げ、光強度を上げ、二酸化炭素を添加し、細胞の初期濃度を40倍に上げた高密度培養条件下で細胞を培養した。
【0079】
(1)各種培地
各種培地の組成は、以下のとおりである。
【0080】
(1-1)P250培地
P250培地(単に「P250」ともいう)は、コントロール培地(通常培地)であり、以下のように調製した。KNO3 2.5g、Na2HPO4250mg、Fe-EDTA 75mg、A5ストック溶液5ml、及びダイゴ人工海水SP〔富士フイルム和光純薬(株)〕35gをイオン交換水に溶解させて1Lになるように調製した。なお、A5ストック溶液は、ZnSO4・7H2O 222mg、CuSO4・5H2O 79mg、MoO3 15mg、H3BO32.86g、及びMnCl2・4H2O 1.81gをイオン交換水に溶解させて1Lになるように調製したものである。また、以上により調製されたP250培地及びA5ストック溶液は、4℃で保存した。
【0081】
(1-2)P15培地
P15培地(単に「P15」ともいう)は、低リン濃度培地であり、P250培地のNa2HPO4の濃度を250mg/Lから15mg/Lに変更したものである。
【0082】
(1-3)P0培地
P0培地(単に「P0」ともいう)は、リン欠乏培地であり、P250培地からNa2HPO4を除いたものである。
【0083】
(2)培養条件
人工気象器(日本医化 LH-241S特型)にて、SPX2遺伝子破壊株(spx2)及び対象株(NT7)を、100ml容の試験官内に容れた各種培地50ml内でそれぞれ通気培養した。
【0084】
具体的な培養条件は、温度:25℃、光強度:白色光(250 μmol photons/m2s)、及び細胞初期濃度1×108cells/ml、通気速度15ml/min(2%CO2)である。なお、培養開始前に以下のビタミン混合液、薬剤を添加した。ビタミン混合液、薬剤等の組成は、Vitamin B12(60μg/L)、Biotin(30μg/L)、及びThiamine HCl(6mg/L)の混合液2ml、及びZeocin(20mg/ml)100μlである。
【0085】
(3)TAGの定量
各種培地の細胞濃度と細胞の乾燥重量(バイオマス Dry matter)の測定、TAG分析用のサンプリングを7日目に行った。その後、TAGの定量を、培養日数と培養液の量以外、より具体的には、培養を開始した日の次の日から起算して7日目の培地から培養液を10ml取り出し、50ml tubeに移したこと以外は実施例2の「(3-5)TAGの定量」に記載の手順と同様にして行った。その結果を図13に示す。なお、TAGの定量に当たり、細胞濃度の測定は、実施例2の「(3-1)細胞濃度の測定」に記載の方法と同様にして行った。また、細胞の乾燥重量の測定は、培養日数と培養液の量以外、より具体的には、培養を開始した日の次の日から起算して7日目の培地から培養液を10ml取り出し、50ml tubeに移したこと以外は実施例2の「(3-3)バイオマス(細胞の乾燥重量)の測定」に記載の手順と同様にして行った。
【0086】
(実験結果)
TAG蓄積能
図13に示されるように、SPX2遺伝子破壊株(spx2)は、高密度培養条件下において、リン欠乏下(P0)のみならず、培地に少量のリン酸を加えた低リン濃度条件下(P15)でも、バイオマス当たり、細胞当たりの何れも、対照株(NT7)と対比して、TAGの蓄積量が有意に高く、細胞内にTAGが蓄積されたことが分かった。
【0087】
(効果)
以上に示された結果から、本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)によれば、以下の効果を得ることができる。
【0088】
(1)本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏下では、葉緑体機能が比較的維持され、かつ細胞当たりのバイオマスが高いため、微生物による持続的なバイオマス生産に適している。
【0089】
(2)本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏下では、対照株(NT7)よりも優位にTAGを蓄積することができるため、TAGを高度に蓄積可能な微生物である。また、本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)を用いたTAGの製造方法は、微生物にTAGを高度に蓄積させる有効な方法である。
【0090】
(3)本開示のSPX2遺伝子破壊株(spx2)は、蓄積する油脂の脂肪酸組成が、炭素数16を主とした分布を有しており、軽油相当燃料の製造に適する。また、精製条件や精製法等によって容易にガソリン相当燃料等の液体燃料の製造も可能である。
【0091】
このように、本開示の微生物の一例として、ナンノクロロプシスのSPX2遺伝子破壊株(spx2)は、リン欠乏条件下で、対照株(NT7)に対して有意に高いレベルのTAGを蓄積する。これは、SPX2遺伝子がポリリン酸合成活性を持つタンパク質をコードすると予測されることから(図11参照)、SPX2遺伝子破壊により、ポリリン酸合成が阻害され、それによりリン酸欠乏応答の信号伝達がより活発になり、二次的応答の誘導が増幅された結果、TAG蓄積が亢進している可能性が考えられる。
【0092】
一方、酵母のVTC4の機能としてポリリン酸の蓄積以外に、液胞の融合、ミクロオートファジー、液胞型プロトンATPaseの安定性の維持が知られている。従って、SPX2遺伝子破壊によって、液胞の融合やミクロオートファジーが阻害され、細胞内でのリン酸のリサイクリング機構が正常に働かないことが原因で、リン酸欠乏応答がより過剰に起きているという可能性が考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本開示は、TAG生産に関連する各種産業分野において利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
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