(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-29
(45)【発行日】2024-06-06
(54)【発明の名称】単結晶育成方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/52 20060101AFI20240530BHJP
C30B 13/22 20060101ALI20240530BHJP
C01B 33/06 20060101ALI20240530BHJP
【FI】
C30B29/52
C30B13/22
C01B33/06
(21)【出願番号】P 2020147618
(22)【出願日】2020-09-02
【審査請求日】2023-07-06
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼阪 勇輔
(72)【発明者】
【氏名】戸川 欣彦
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/158230(WO,A1)
【文献】特開2019-108573(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/52
C30B 13/22
C01B 33/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊帯域溶融法により第1材料の単結晶を育成する方法であって、
供給棒の下端又は育成棒の上端を溶解させることにより前記供給棒と前記育成棒と結合させて溶解部分を前記供給棒の上部側にスライドさせるステップを含み、
前記供給棒は、第1材料で構成された第1材料部と、第2材料で構成された第2材料部とを含み、
第2材料部は、第1材料部の下部に接触するように配置され、
第1及び第2材料は、キラルな結晶構造を有する無機化合物であり、かつ、同じ結晶構造を有する別の物質であり、
第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有し、第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有することを特徴とする単結晶育成方法。
【請求項2】
第1及び第2材料は、遷移金属珪化物である請求項1に記載の単結晶育成方法。
【請求項3】
前記単結晶は、レーザー式浮遊帯域炉を用いて育成される請求項1又は2に記載の単結晶育成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶育成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キラリティ(カイラリティ)とはギリシア語で掌を意味し、右手と左手の関係のように鏡像関係を示し、対掌体と呼ばれる。タンパク質、アミノ酸、DNAなどの分子構造は全て片方のキラリティで構成されている。キラリティという概念は有機化学の分野では大変重要な研究対象であるが、キラルな結晶構造を有する無機化合物は天然には稀にしか存在しない。これらの鏡像異性体は、ほとんどの物理的性質は全く同じであるが、光学活性や生化学的な性質に違いが生じる。例えば、水晶に光が透過した際の旋光度は、右手系(空間群:P3121)と左手系(空間群:P3221)のキラルな結晶構造を有する水晶とでは絶対値は等しいが正負が逆になる。
【0003】
磁性研究におけるキラリティ研究では、スピン配列のキラリティがその舞台となる。構造的キラリティが形の情報であるのに対し、磁気的キラリティは向きの情報である点で異なる。例えば、らせん磁気構造において、3つ以上のサイトの磁気モーメントが右巻きもしくは左巻きの配列を取ることにより、異なるキラリティの磁気構造として定義される。
【0004】
らせん磁気構造の左巻きか右巻きのみの磁気ドメインを生成することは、交換相互作用のみではエネルギー的に困難である。しかし、キラルな結晶構造を有するキラルらせん磁性体においては、磁気モーメントを平行・反平行に揃える交換相互作用に加えて、磁気モーメントをねじるDzyaloshinskii-Moriya (DM) 相互作用により片巻きのみの単一磁区を有するキラルらせん磁気構造が自発的に生成される。DM相互作用ベクトルは軸性ベクトルである為、鏡映操作によってその方向が反転し、磁気モーメントをねじる方向が逆になる。よって、キラルな結晶構造の左右の違いにより、キラルな結晶構造がキラルらせん磁気構造のヘリシティを支配すると言える。このキラルらせん磁性体は、磁場中でスキルミオン格子やキラル磁気ソリトン格子といった特異な磁気構造を形成することから近年多くの注目を集めている。
【0005】
現在のキラル磁性研究は、主に、単結晶試料内の結晶キラリティドメインが自発的に片手系に偏るCrNb3S6やB20 型構造のTSi(T=遷移金属)といった極一部の物質のみで行われている状況である。つまり、キラル磁性体の物性研究を行うためには, 単に単結晶を育成するだけでは片手落ちであり、左手系もしくは右手系のみの結晶構造キラリティドメインで構成された不斉単結晶試料を育成することが極めて重要である。
【0006】
TSi(T=遷移金属)は空間群P2
13 に属するキラルな結晶構造を示す。TサイトとSiサイトの原子座標は, 共にWyckoff 記号4aの(x, x, x) にある。
図3(a)(b)に示すように、結晶構造を<111> 方向から眺めた際に確認されるT鎖及びSi鎖は左巻きもしくは右巻きにねじれる。例えば、Siの4aサイトがx≒0.84となるとSi鎖は左巻きとなり左手系結晶構造、x≒0.16となるとSi鎖は右巻きとなり右手系結晶構造となる。この物質群はキラルらせん磁気秩序を形成する。 MnSiを代表例としてスキルミオン格子形成が観測されたことを契機に、近年、非常に多くの研究が行われている。また、 TSi物質群のもう1つの特徴として、バルク単結晶試料において、結晶構造キラリティが自発的に片手に偏ることが挙げられる。例えば、キラルらせん磁性体Fe
1-xCo
xSiは、x=0のFeSiでは右手系結晶構造が安定であるが、x≒0.2を境として安定となる構造キラリティが左手系に反転する。この反転に伴いDM相互作用ベクトルも反転する為、らせん磁気構造のキラリティも反転する。
また、例えば、MnSiの単結晶は常に左手系となる。言い換えると自然界で右手系MnSi単結晶は育成できない。
【0007】
結晶構造キラリティを決定する為には、一般的に、単結晶X線回折による絶対構造解析を行う。キラルな結晶構造を有する化合物において、原子散乱因子に含まれる異常分散項により(h k l) 面と(-h -k -l) 面の回折強度に差が生じることを活用する。(h k l) 面における回折強度Iを(1 - x)I(h k l) + xI(-h -k -l) とし、xを構造解析のパラメーターの1つとして精密化する。x=0のときは構造解析で仮定した結晶構造のキラリティが正しいことになるが、x=1のときは逆の結晶構造のキラリティが正しいことになる。つまり、x は仮定した結晶構造とその鏡像体の構造とのドメイン比を反映している。また、xは本手法の考案者の名前からFlackパラメーターと呼ばれている。
また、レーザー式浮遊帯域炉を用いて単結晶を育成する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
自発的に構造キラリティが片手に偏る物質では、その偏る片手と逆の片手(逆手)の単結晶の育成ができず、逆手の単結晶を用いて実験を行うことができない。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、逆手系の単結晶を育成することができる単結晶育成方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の単結晶育成方法は、浮遊帯域溶融法により第1材料の単結晶を育成する方法であり、供給棒の下端又は育成棒の上端を溶解させることにより前記供給棒と前記育成棒と結合させて溶解部分を前記供給棒の上部側にスライドさせるステップを含む。前記供給棒は、第1材料で構成された第1材料部と、第2材料で構成された第2材料部とを含み、第2材料部は、第1材料部の下部に接触するように配置される。第1及び第2材料は、キラルな結晶構造を有する無機化合物であり、かつ、同じ結晶構造を有する別の物質である。第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有し、第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、逆手系の単結晶を育成することができる。このことは、本願発明者等が行った実験により実証された。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】(a)は単結晶育成開始時のレーザー式浮遊帯域炉の概略図であり、(b)は単結晶育成終了時のレーザー式浮遊帯域炉の概略図である。
【
図2】レーザー式浮遊帯域炉で育成したFeSi及びCoSiの単結晶試料の写真である。
【
図3】(a)はTSi(T=遷移金属)(空間群P2
13)の<111>方向から眺めた右手系結晶構造であり、(b)はTSi(T=遷移金属)(空間群P2
13)の<111>方向から眺めた左手系結晶構造である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の単結晶育成方法は、浮遊帯域溶融法により第1材料の単結晶を育成する方法であり、供給棒の下端又は育成棒の上端を溶解させることにより前記供給棒と前記育成棒と結合させて溶解部分を前記供給棒の上部側にスライドさせるステップを含む。前記供給棒は、第1材料で構成された第1材料部と、第2材料で構成された第2材料部とを含み、第2材料部は、第1材料部の下部に接触するように配置される。第1及び第2材料は、キラルな結晶構造を有する無機化合物であり、かつ、同じ結晶構造を有する別の物質である。第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有し、第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する。
第1及び第2材料は、遷移金属珪化物であることが好ましい。
前記単結晶は、レーザー式浮遊帯域炉を用いて育成されることが好ましい。
【0014】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0015】
本実施形態の単結晶育成方法は、浮遊帯域溶融法により単結晶を育成する方法である。浮遊帯域溶融法に用いる浮遊帯域炉は、レーザー式浮遊帯域炉であってもよく、ランプ式浮遊帯域炉であってもよいが、レーザー式浮遊帯域炉が好ましい。レーザー式浮遊帯域炉は、ランプ式浮遊帯域炉と比べると、極めて良く集光されているため、溶解部分6の長さを短くすることができる。その結果として、極めて安定した単結晶育成が可能となる。つまり、レーザー式浮遊帯域炉であれば、第1材料部3と第2材料部4(第1材料の融点は第2材料とは異なる)から構成された供給棒2でも安定して単結晶育成を行うことが可能である。
【0016】
供給棒2は、目的単結晶の原料となる第1材料で構成された第1材料部3を含む棒である。第1材料部3は、第1材料のみからなる単一組成部とすることができる。また、第1材料部3は、第1材料の結晶を多く含む多結晶焼結部とすることができる。
第1材料は、キラルな結晶構造を有する無機化合物である。また、第1材料は、結晶構造キラリティが右手系又は左手系のうちどちらか一方に偏る性質を有する化合物である。このため、第1材料部3は、右手系又は左手系のうちどちらか一方に偏った結晶構造を有する多結晶となる。
第1材料は、例えば、MnSi、CoSi、FeSi、Fe1-xCoxSiなどの遷移金属珪化物(TSi(T=遷移金属))である。これらの物質は、その組成によって、結晶構造キラリティが右手系に偏る性質を有するか又は結晶構造が左手系に偏る性質を有するかが決まる。
【0017】
また、供給棒2は、第1材料部3と第2材料で構成された第2材料部4とを含む傾斜試料棒(傾斜材料棒)とすることができる。第2材料部4は、第1材料部3の下部に接触するように配置される。また、供給棒2において、第1材料部3と第2材料部4との境界部より上部は第1材料部3とすることができ、前記境界部よりも下部は第2材料部4とすることができる。このため、供給棒2の下端は、第2材料部4となる。
第2材料部4は、第2材料のみからなる単一組成部とすることができる。また、第2材料部4は、第2材料の結晶を多く含む多結晶焼結部とすることができる。また、供給棒2は、第1材料部3と第2材料部4とを有する多結晶焼結体とすることができる。
【0018】
第2材料は、キラルな結晶構造を有する無機化合物である。また、第2材料は、結晶構造キラリティが右手系又は左手系のうちどちらか一方に偏る性質を有する化合物である。このため、第2材料部4は、右手系又は左手系のうちどちらか一方に偏った結晶構造を有する多結晶となる。また、第2材料は、第1材料と同じ結晶構造を有するが、第1材料とは異なる組成を有する別の物質である。また、第2材料は、比較的単結晶化が容易な化合物とすることができる。このことにより、単結晶育成を容易に開始することができる。
第2材料は、例えば、MnSi、CoSi、FeSi、Fe1-xCoxSiなどの遷移金属珪化物(TSi(T=遷移金属))である。
【0019】
第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する。第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する場合第2材料は右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する。このことにより、第1材料の結晶構造キラリティが偏る片手とは逆の片手(逆手)の第1材料の単結晶を育成することが可能になる。このことは後述する。
例えば、結晶構造キラリティが右手に偏る化合物であれば、左手が逆手となる。結晶構造キラリティが左手に偏る化合物であれば、右手が逆手となる。
【0020】
本実施形態の単結晶育成方法では、まず、供給棒2の下端又は育成棒5の上端を溶解させることにより供給棒2と育成棒5と結合させる。
育成棒5は、単結晶育成の種結晶となる棒である。育成棒5は、例えば単結晶育成開始時において第2材料の多結晶焼結体で構成されている。
レーザー式浮遊帯域炉を用いる場合、例えば、育成棒5を下側サンプルホルダ8にセットし、供給棒2を上側サンプルホルダ7にセットし、育成棒5の上端と、供給棒2の下端(第2材料部4)とを接触させる。そして、接触した箇所にレーザーを照射し、育成棒5の上端及び供給棒2の下端を溶解させて供給棒2と育成棒5とを結合させる。また、供給棒2と育成棒5との間に溶解部分6(溶融帯域、浮遊溶解部)を形成する。
【0021】
その後、下側サンプルホルダ8及び上側サンプルホルダ7を育成棒5及び供給棒2と共に、回転させながら下方にゆっくりと移動させる(例えば、回転速度:30rpm、下降速度:2mm/hr)(レーザーの集光システムは動かさない)。このことにより、レーザーにより照射される部分が供給棒2の上部側に移動していき、溶解部分6が供給棒2の上部側にスライドしていく。このスライドに伴い、育成棒5上には溶解部分6を原料として単結晶が育成していく。供給棒2の下部には、第2材料部4が配置されているため、育成棒5上には、まず、第2材料の単結晶10が育成していく。第2材料が、右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する化合物である場合、育成棒5上には、右手系の結晶構造キラリティを有する単結晶が育成していく。
【0022】
溶解部分6が第1材料部3に達すると、溶解部分6の組成が第1材料の組成に切り替わる。このため、第2材料の単結晶10の上には、第1材料の単結晶9が成長していく。また、第2材料の単結晶10と第1材料の単結晶9との境界部分では、第2材料の単結晶10が種結晶となり第1材料の単結晶9が成長していく。このため、第2材料の単結晶10の結晶構造キラリティが第1材料の単結晶9にも引き継がれる。
例えば、第2材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する化合物であり、第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する化合物である場合、右手系の結晶構造キラリティを有する第2材料の単結晶を種結晶として第1材料の単結晶が成長する。このため、第1材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有するにも関わらず、右手系の結晶構造キラリティを有する第1材料の単結晶9が育成される。
逆に、第2材料が左手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する化合物であり、第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有する化合物である場合、左手系の結晶構造キラリティを有する第2材料の単結晶を種結晶として第1材料の単結晶が成長する。このため、第1材料が右手系の結晶構造キラリティに偏る性質を有するにも関わらず、左手系の結晶構造キラリティを有する第1材料の単結晶9が育成される。
つまり、第1材料の単結晶9は、第1材料の結晶構造キラリティが偏る片手とは逆の片手(逆手)の結晶構造キラリティを有する。このことは本願発明者等が行った実験により明らかになった。
【0023】
第1単結晶育成実験
図1(a)(b)に示したようなレーザー式浮遊帯域炉(株式会社クリスタルシステム製)を用いて逆手の結晶構造キラリティを有するCoSi単結晶の育成を行った。
育成棒にはFeSiのみで構成された多結晶試料棒を用いた。供給棒には、第1材料であるCoSiと第2材料であるFeSiとを含む傾斜試料棒(多結晶試料棒)を用いた。CoSiは自発的に左手系の結晶構造に偏る性質を有し、FeSiは自発的に右手系の結晶構造に偏る性質を有する。
【0024】
育成棒を下側サンプルホルダに取り付け、供給棒を上側サンプルホルダに取り付けた。そして、レーザーを照射することにより育成棒と供給棒との間に溶解部分を形成し育成棒と供給棒とを結合させ、育成棒及び供給棒を回転させながら下方にゆっくり移動させた(回転速度:4~5rpm、下降速度:5mm/hr)。このようにして、育成棒にFeSi単結晶とCoSi単結晶を成長させた。得られた単結晶試料の写真を
図2に示す。
【0025】
この単結晶試料のFeSiの育成部分とCoSiの育成部分をそれぞれ小片として切り出し、単結晶X線回折により評価した結果を表1に示す。単結晶育成初期部分(FeSiの育成部分)のSiの原子座標(xSi, xSi, xSi) は, xSi = 0.1574(2) であり右手系のFeSi結晶構造を示した。
単結晶育成終盤部分(CoSiの育成部分)の格子定数aはFeSiのものとは若干異なり、CoSiが育成されたことを示している。Siの原子座標は、xSi = 0.1563(2) となりCoSiも右手系の結晶構造を示すことがわかった。つまり、傾斜試料棒を活用した浮遊帯域法により、自然界では生成できないとされた逆手系(右手系)のCoSi単結晶を育成することに成功した。
【0026】
【0027】
これらの結果は、傾斜試料棒を用いると育成初期段階に右手系のFeSi単結晶が育成され、供給棒がCoSiの部位に切り替わっても既に育成されたFeSiの部分が種結晶となるため右手系の構造が維持されることを示している。また、結晶成長中に左手系のドメインが少量存在したとしても, 結晶成長部の大半を占める右手系キラリティドメインへ自発的に揃う為, 最終的に目的のドメインのみで構成された単結晶が得られたと考えられる。
【0028】
第2単結晶育成実験
第1単結晶育成実験と同様の方法で逆手の結晶構造キラリティを有するMnSi単結晶の育成を行った。ただし、第2単結晶育成実験では、育成棒にはFeSiのみで構成された多結晶試料棒を用い、供給棒には、第1材料であるMnSiと第2材料であるFeSiとを含む傾斜試料棒(多結晶試料棒)を用いた。MnSiは自発的に左手系の結晶構造に偏る性質を有し、FeSiは自発的に右手系の結晶構造に偏る性質を有する。
【0029】
得られた単結晶試料のFeSiの育成部分とMnSiの育成部分をそれぞれ小片として切り出し、単結晶X線回折により評価した結果を表2に示す。単結晶育成初期部分(FeSiの育成部分)のSiの原子座標(xSi, xSi, xSi) は, xSi = 0.1574(1) であり右手系のFeSi結晶構造を示した。
単結晶育成終盤部分(MnSiの育成部分)の格子定数aはFeSiのものとは若干異なり、MnSiが育成されたことを示している。Siの原子座標は、xSi = 0.1544(1) となりMnSiも右手系の結晶構造を示すことがわかった。従って、供給棒を第1材料であるMnSiと第2材料であるFeSiとを含む傾斜試料棒(多結晶試料棒)とすることにより逆手系(右手系)のMnSi単結晶の育成にも成功した。
【0030】
【符号の説明】
【0031】
2:供給棒 3:第1材料部 4:第2材料部 5:育成棒 6:溶解部分 7:上側サンプルホルダ 8:下側サンプルホルダ 9:第1材料の単結晶 10:第2材料の単結晶 11:Siサイト 12:Tサイト 15:Si鎖がねじれる方向 16:T鎖がねじれる方向