(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】III族窒化物結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/38 20060101AFI20240531BHJP
C30B 25/14 20060101ALI20240531BHJP
C23C 16/34 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C30B29/38 D
C30B25/14
C23C16/34
(21)【出願番号】P 2020115825
(22)【出願日】2020-07-03
【審査請求日】2023-04-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度 環境省 未来のあるべき社会・ライフスタイルを創造する技術イノベーション事業 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100113170
【氏名又は名称】稲葉 和久
(72)【発明者】
【氏名】森 勇介
(72)【発明者】
【氏名】吉村 政志
(72)【発明者】
【氏名】今西 正幸
(72)【発明者】
【氏名】北本 啓
(72)【発明者】
【氏名】滝野 淳一
(72)【発明者】
【氏名】隅 智亮
(72)【発明者】
【氏名】岡山 芳央
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-200862(JP,A)
【文献】特開2019-087616(JP,A)
【文献】特開2015-214441(JP,A)
【文献】国際公開第2015/053341(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
C23C 16/00-16/56
H01L 21/205
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
種基板を準備する工程と、
III族元素酸化物ガスを生成する工程と、
前記III族元素酸化物ガスを供給する工程と、
窒素元素含有ガスを供給する工程と、
NOガス、NO
2ガス、N
2Oガス、及びN
2O
4ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む窒素元素含有酸化性ガスを供給する工程と、
前記窒素元素含有酸化性ガスをIII族元素ドロップレットと反応させる工程と、
前記種基板にIII族窒化物結晶を成長させる工程と、
を含
み、
前記窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.00×10
-4
atm以上1.75×10
-3
atm以下となるよう供給され、
前記窒素元素含有ガスは、前記窒素元素含有酸化性ガスを除く、
III族窒化物結晶の製造方法。
【請求項2】
前記窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.60×10
-4atm以上1.30×10
-3atm以下となるよう供給される、
請求項
1に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項3】
前記窒素元素含有酸化性ガスを、前記種基板が基板最高到達温度に到達する前に供給する、
請求項
1又は請求項2に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項4】
前記窒素元素含有酸化性ガスを、前記種基板が基板温度1050℃に到達する前に供給する、
請求項1から
請求項3のいずれか一項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III族窒化物結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
GaN等のIII族窒化物結晶は、高出力LED(発光ダイオード)及びLD(レーザーダイオード)等の次世代光デバイスや、EV(電気自動車)及びPHV(プラグインハイブリッド自動車)等に搭載される高出力パワートランジスタ等の次世代電子デバイスへの応用が期待されている。III族窒化物結晶の製造方法として、III族酸化物を原料とするOxide Vapor Phase Epitaxy(OVPE)法が用いられている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
OVPE法における反応系の例は、以下に示す通りである。Gaを加熱し、この状態で、H2Oガスを導入する。導入されたH2Oガスは、Gaと反応して、Ga2Oガスを生成させる(下記式(I))。そして、NH3ガスを導入し、生成されたGa2Oガスと反応させて、種基板上にGaN結晶を生成する(下記式(II))。
2Ga(l)+H2O(g)→Ga2O(g)+H2(g)・・・(I)
Ga2O(g)+2NH3(g)→2GaN(s)+H2O(g)+2H2(g)・・・(II)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の製造方法では、III族窒化物結晶を成長させる際に、III族金属元素のドロップレット(液滴)が発生し、そのドロップレットを起点として、成長面と異なる面が配向する多結晶化が発生し、成長面内で均一に高品質な結晶を作製することが困難であった。また、III族金属元素のドロップレットを抑制するために、H2Oガスの添加が提案されているが、H2Oガスの添加によって多結晶化は抑制されるものの、H2OガスがGaNをエッチングするため、成長速度が低下しやすい問題がある。
【0006】
本開示は、上記に鑑みてなされたものであり、多結晶化が抑制されるとともに成長速度の速いIII族窒化物結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、種基板を準備する工程と、
III族元素酸化物ガスを生成する工程と、
前記III族元素酸化物ガスを供給する工程と、
窒素元素含有ガスを供給する工程と、
NOガス、NO2ガス、N2Oガス、及びN2O4ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む窒素元素含有酸化性ガスを供給する工程と、
前記種基板にIII族窒化物結晶を成長させる工程と、
を含む。
【発明の効果】
【0008】
本開示に係るIII族窒化物結晶の製造方法によれば、多結晶化が抑制されるとともに速い成長速度でIII族窒化物結晶を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本開示の実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法を示すフローチャートである。
【
図2】本開示の実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法に用いられるIII族窒化物結晶の製造装置の構成を示す概略図である。
【
図3】本開示の一実施形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法における昇温プロファイルである。
【
図4】(a)は、III族窒化物結晶の製造方法での結晶成長における多結晶化のメカニズムを示す概念図であり、(b)は、H
2O添加した場合の逆反応のメカニズムを示す概念図であり、(c)は、N
2O添加した場合の多結晶化抑制のメカニズムを示す概念図である。
【
図5】添加N
2O分圧と成長速度との関係を示すグラフである。
【
図6】添加H
2O分圧と成長速度との関係を示すグラフである。
【
図7】添加N
2O分圧と多結晶化領域の割合との関係を示すグラフである。
【
図8】添加H
2O分圧と多結晶化領域の割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<III族窒化物結晶の製造方法の概要>
第1の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、種基板を準備する工程と、
III族元素酸化物ガスを生成する工程と、
III族元素酸化物ガスを供給する工程と、
窒素元素含有ガスを供給する工程と、
NOガス、NO2ガス、N2Oガス、及びN2O4ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む窒素元素含有酸化性ガスを供給する工程と、
種基板にIII族窒化物結晶を成長させる工程と、
を含む。
【0011】
本開示のIII族窒化物結晶の製造方法では、窒素元素含有酸化性ガスを供給することで、結晶成長過程においてIII族元素ドロップレットが生じた場合であっても、窒素元素含有酸化性ガスとIII族元素ドロップレットとを反応させることができる。このため、III族窒化物結晶が多結晶化してしまうことを防ぐことができる。そのため、優れた品質を有するIII族窒化物結晶を得ることができる。また、窒素元素含有酸化性ガスは、形成されたIII族窒化物結晶に対するエッチング反応が生じにくいため、III族窒化物結晶の成長速度を高めることができる。
【0012】
第2の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第1の態様において、前記窒素元素含有酸化性ガスをIII族元素ドロップレットと反応させる工程をさらに含んでもよい。
【0013】
第3の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第1又は第2の態様において、前記窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.00×10-4atm以上1.75×10-3atm以下となるよう供給されてもよい。
【0014】
第4の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第1から第3のいずれかの態様において、前記窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.60×10-4atm以上1.30×10-3atm以下となるよう供給されてもよい。
【0015】
第5の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第1から第4のいずれかの態様において、前記窒素元素含有酸化性ガスを、前記種基板が基板最高到達温度に到達する前に供給してもよい。
【0016】
第6の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第1から第5のいずれかの態様において、前記窒素元素含有酸化性ガスを、前記種基板が基板温度1050℃に到達する前に供給してもよい。
【0017】
以下、実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法及び製造装置について、添付図面を参照しながら説明する。なお、図面において実質的に同一の部材については同一の符号を付している。
【0018】
(実施の形態1)
本開示の実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法の概要を、
図1のフローチャートを参照して説明する。本実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、反応性ガス供給工程(S01)、III族元素酸化物ガス生成工程(S02)、III族元素酸化物ガス供給工程(S03)、窒素元素含有ガス供給工程(S04)、窒素元素含有酸化性ガス供給工程(S05)、III族窒化物結晶生成工程(S06)、窒素元素含有酸化性ガス反応工程(S07)、及び残留ガス排出工程(S08)を有する。
(a)反応性ガス供給工程では、反応性ガスを原料反応室へ供給する(S01)。
(b)III族元素酸化物ガス生成工程では、出発III族元素源と反応性ガス(出発III族元素源が酸化物の場合は還元性ガス、出発III族元素源が金属の場合は酸化性ガス)とを反応させ、III族元素酸化物ガスを生成する(S02)。
(c)III族元素酸化物ガス供給工程では、III族元素酸化物ガス生成工程で製造されたIII族元素酸化物ガスを育成チャンバへ供給する(S03)。
(d)窒素元素含有ガス供給工程では、窒素元素含有ガスを育成チャンバへ供給する(S04)。
(e)窒素元素含有酸化性ガス供給工程では、窒素元素含有酸化性ガスを育成チャンバへ供給する(S05)。
(f)III族窒化物結晶生成工程では、III族元素酸化物ガス供給工程で育成チャンバ内へ供給されたIII族元素酸化物ガスと、窒素元素含有ガス供給工程で育成チャンバ内へ供給された窒素元素含有ガスとを反応させ、III族窒化物結晶を製造する(S06)。
(g)窒素元素含有酸化性ガス反応工程では、III族窒化物結晶上で発生するIII族金属ドロップレットと窒素元素含有酸化性ガス供給工程で供給された窒素元素含有酸化性ガスとを反応させる(S07)。これにより、III族窒化物結晶上での多結晶化を抑制する。
(h)残留ガス排出工程では、III族窒化物結晶の生成に寄与しない未反応のガスをチャンバ外に排出する(S08)。
以上の各工程によって、種基板へIII族窒化物結晶を生成することができる。
【0019】
<III族窒化物結晶の製造装置の概要>
本開示の実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造装置の概要を、
図2のIII族窒化物結晶の製造装置150の構成を示す概略図を参照して説明する。なお、
図2において、各構成部材の大きさ、比率等は実際とは異なっている場合がある。
【0020】
本実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造装置150は、原料チャンバ100内に、原料反応室101が配置されており、原料反応室101内に出発III族元素源105を載置した原料ボート104が配置されている。原料反応室101には、出発III族元素源105と反応する反応性ガスを供給する反応性ガス供給管103が接続されている。原料反応室101は、III族元素酸化物ガス排出口107を有する。反応性ガスは、出発III族源105が酸化物の場合は還元性ガス、出発III族源105が金属の場合は酸化性ガスを用いる。また、原料チャンバ100には、第1搬送ガス供給口102が設けられており、第1搬送ガス供給口102から供給されたIII族元素酸化物ガス及び搬送ガスは、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス排出口108から接続管109を通過し育成チャンバ111へと流れる。育成チャンバ111は、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス供給口118と窒素元素含有酸化性ガス供給口112と窒素元素含有ガス供給口113と第2搬送ガス供給口114と排気口119を有し、種基板116を設置する基板サセプタ117を備える。
【0021】
<III族窒化物結晶の製造方法及び製造装置の詳細>
本実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法の詳細を説明する。なお、本実施の形態1では、出発III族元素源105に金属Gaを用いた場合の説明を行う。
(1)反応性ガス供給工程では、反応性ガス供給管103より反応性ガスを原料反応室101へ供給する。
(2)III族元素酸化物ガス生成工程では、反応性ガス供給工程で原料反応室101へ供給された反応性ガスが、出発III族元素源105である金属Gaと反応し、III族元素酸化物ガスであるGa2Oガスを生成する。生成されたGa2OガスはIII族元素酸化物ガス排出口107を経由し、原料反応室101から原料チャンバ100に排出される。排出されたGa2Oガスは第1搬送ガス供給口102から原料チャンバ100へと供給される第1搬送ガスと混合され、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス排出口108へと供給される。ここで、第1ヒータ106によって加熱される原料チャンバ100の温度を、Ga2Oガスの沸点よりも高い800℃以上とし、第2ヒータ115により加熱される育成チャンバ111よりも低温とすべく1800℃未満とすることが好ましい。出発III族元素源105は、原料ボート104内に載置されている。原料ボート104は、反応性ガスと出発III族元素源105との接触面積を大きくできる形状であることが好ましい。
【0022】
なお、III族元素酸化物ガスを生成する方法には、大別して、出発III族元素源105を還元する方法と、出発Ga源105を酸化する方法とがある。例えば、還元する方法においては、出発III族元素源105として酸化物(例えばGa2O3)、反応性ガスとして還元性ガス(例えばH2ガス、COガス、CH4ガス、C2H6ガス、H2Sガス、SO2ガス)を用いる。一方、酸化する方法においては、出発III族元素源105として非酸化物(例えば液体Ga)、反応性ガスとして酸化性ガス(例えばH2Oガス、O2ガス、COガス、NOガス、N2Oガス、NO2ガス、N2O4ガス)を用いる。出発III族元素源105として、Ga源の他に、In源、Al源を用いてもよい。第1搬送ガスとしては、不活性ガス、H2ガス等を用いることができる。
【0023】
(3)III族元素酸化物ガス供給工程では、III族元素酸化物ガス生成工程で生成されたGa2Oガスを、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス排出口108、接続管109、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス供給口118を経由し育成チャンバ111へと供給する。原料チャンバ100と育成チャンバ111とを接続する接続管109の温度が、原料チャンバ100の温度より低下すると、III族元素酸化物ガスを生成する反応の逆反応が生じ、出発III族元素源105が接続管109内で析出するおそれがある。そのため、接続管109は第3ヒータ110によって、原料チャンバ100の温度より低下しないように加熱されることが好ましい。
【0024】
(4)窒素元素含有ガス供給工程では、窒素元素含有ガスを窒素元素含有ガス供給口113から育成チャンバ111に供給する。窒素元素含有ガスの例は、NH3ガス、NOガス、NO2ガス、N2Oガス、N2O4ガス、N2H2ガス、及びN2H4ガスを含む。
【0025】
(5)窒素元素含有酸化性ガス供給工程では、窒素元素含有酸化性ガス供給口112から窒素元素含有酸化性ガスを育成チャンバ111へと供給する。なお、窒素元素含有酸化性ガスを供給することで、後述するように、III族元素ドロップレットと窒素元素含有酸化性ガスとを反応させ、III族元素ドロップレットを除去することができる。窒素元素含有酸化性ガスは、NOガス、NO2ガス、N2Oガス、及びN2O4ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む。
【0026】
(6)III族窒化物結晶生成工程では、各供給工程を経て、育成チャンバ111内へと供給された原料ガスを合成し、III族窒化物結晶の製造を行う。育成チャンバ111は第2ヒータ115により、III族元素酸化物ガスと窒素元素含有ガスとが反応する温度まで高温化される。この際、III族元素酸化物ガスを生成する反応の逆反応が生じないようにするため、育成チャンバ111の温度が、原料チャンバ100の温度及び接続管109の温度より低下しないよう、育成チャンバ111を加熱することが好ましい。第2ヒータ115によって加熱される育成チャンバ111の温度は、1000℃以上1800℃以下であることが好ましい。
【0027】
(7)III族元素酸化物供給工程を経て、育成チャンバ111へと供給されたIII族元素酸化物ガスと、窒素元素含有ガス供給工程を経て、育成チャンバ111へと供給される窒素元素含有ガスを種基板116より上流で混合することによって、種基板116上でIII族窒化物結晶の成長を行うことができる。
【0028】
<III族窒化物結晶の多結晶化の抑制について>
ここで、成長させるIII族窒化物結晶の多結晶化を抑制することで、III族窒化物結晶の品質を向上させことができる。多結晶が発生する原因として、III族窒化物結晶の分解に起因して生じるIII族元素ドロップレットの発生が挙げられる。多結晶化の抑制するために、酸化性ガス(例えばH2Oガス)を添加し、酸化性ガスとIII族元素ドロップレットとを反応させ、III族元素ドロップレットを除去する方法が用いられる場合がある。しかし、酸化性ガスは、生成されたIII族窒化物結晶をエッチングしてしまうおそれがある。一方、本開示では、窒素元素含有酸化性ガスを用いるため、III族窒化物結晶のエッチング反応が生じにくい。このため、エッチングによってIII族窒化物結晶の成長速度の低下することを防ぐことができ、III族窒化物結晶の成長速度を高めることができる。
【0029】
例えば、III族窒化物結晶が窒化ガリウムであり、酸化性ガスにH2Oガスを用いた場合、分解反応は下記式(III)で表され、III族元素ドロップレット除去反応は下記式(IV)で表され、エッチング反応は上述の式(II)で表したGaN生成反応の逆反応で表される。
2GaN(l)→Ga(g)+1/2N2(g)・・・(III)
2Ga(g)+H2O(g)→Ga2O(g)+H2(g)・・・(IV)
【0030】
一方、窒素元素含有酸化性ガスとして、例えばN2Oガスを用いた場合、III族元素ドロップレットの除去反応は下記式(V)で表すことができ、さらに上述の式(II)の逆反応のようなエッチング反応は生じない。
2Ga(g)+N2O(g)→Ga2O(g)+N2(g)・・・(V)
【0031】
窒素元素含有酸化性ガスを、種基板116が基板最高到達温度に到達する前に供給することが好ましい。この場合、種基板116上に成長したIII族窒化物結晶の熱分解を抑制することができる。
図3に種基板116として窒化ガリウムを用いた場合の基板温度の昇温プロファイルを示す。
図3に示すように、種基板116の基板最高到達温度は1200℃である。種基板116上にIII族窒化物結晶として窒化ガリウムを成長させる場合、窒化ガリウムの熱分解を抑制するために、基板最大到達温度の1200℃に到達する前に窒素元素含有酸化性ガスを供給することが好ましい。これによって、種基板上116に成長したIII族窒化物結晶である窒化ガリウムの熱分解によってGaドロップレットが生じることが抑制される。そのため、多結晶の発生、及びピットや異常成長が抑制される。
【0032】
<窒素元素含有酸化性ガスの供給による多結晶化の抑制>
図4にIII族窒化物結晶の結晶成長における多結晶化及びその抑制のメカニズムを示す。
図4(a)に示すように、種基板116にIII族窒化物結晶を成長させると、III族元素ドロップレットであるGaドロップレットが発生し、III族窒化物結晶の多結晶化が生じる。これに対して、
図4(b)に示すように、H
2Oを添加することでGaドロップレットを除去することはでき多結晶化をある程度防止することが可能であるが、H
2Oによって種基板116上に成長したIII窒化物結晶がエッチングされてしまう。一方、
図4(c)に示すように、窒素元素含有酸化性ガスとしてN
2Oを添加することで、III族元素ドロップレットであるGaドロップレットを除去して多結晶化を抑制できるとともに、種基板116上に成長したIII窒化物結晶がエッチングされにくいため、III族窒化物結晶の結晶成長速度が低下しにくい。このため、III族窒化物結晶の成長速度の低下を生じることなく多結晶化が抑制でき、結晶品質が向上する。
【0033】
図3に示すように種基板116の基板温度が900℃以上になると、窒素元素含有ガスとしてNH
3ガスを供給した場合でも成長したIII族窒化物結晶である窒化ガリウムに熱分解が生じやすい。さらに種基板116の基板温度が1050℃以上になると、窒素元素含有ガスとしてNH
3ガスを供給した場合でも、成長したIII族窒化物結晶である窒化ガリウムの熱分解が顕著になる場合がある。したがって、III族窒化物結晶が窒化ガリウムの場合には、窒化ガリウムの分解によって発生するGaドロップレットを抑制する観点から、種基板116の基板温度が1050℃に到達した段階から窒素元素含有酸化性ガスを供給することが好ましい。さらに種基板116上の窒化ガリウムの熱分解によるドロップレットを抑制するためには、窒素元素含有酸化性ガスを、種基板116が基板温度1050℃に到達する前に供給することが好ましい。種基板116の基板温度が1000℃に到達した段階から窒素元素含有酸化性ガスを供給することが好ましく、基板温度が900℃に到達した段階から窒素元素含有酸化性ガスを供給することがより好ましい。
【0034】
窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.00×10-4atm以上1.75×10-3atm以下となるよう供給されることが好ましい。この場合、種基板116上に成長するIII族窒化物結晶からIII族元素ドロップレットが発生することをより抑制できる。例えば、III族窒化物結晶として窒化ガリウムを成長させる場合、Gaドロップレットの発生を特に抑制することができる。窒素元素含有酸化性ガスは、分圧が7.60×10-4atm以上1.30×10-3atm以下となるよう供給されることがより好ましい。
【0035】
なお、窒素元素含有ガスが育成チャンバ111からの熱で分解することを抑制するために、窒素元素含有ガス供給口113及び育成チャンバ111の外壁を断熱材で被覆することが好ましい。
【0036】
また、育成チャンバ111の炉壁や基板サセプタ117上へのIII族窒化物結晶の寄生成長が問題となる場合がある。そこで第2搬送ガス供給口114より育成チャンバ111へと供給された第2搬送ガスにより、III族元素酸化物ガス及び窒素元素含有ガスの濃度を制御することにより、育成チャンバ111の炉壁や基板サセプタ117へのIII族窒化物結晶の寄生成長を抑制することができる。
【0037】
種基板116の例は、窒化ガリウム、ガリウム砒素、シリコン、サファイア、炭化珪素、酸化亜鉛、酸化ガリウム、及びScAlMgO4を含む。
【0038】
第2搬送ガスとしては、不活性ガス、H2ガス等を用いることができる。
【0039】
窒素元素含有酸化性ガスは、種基板116上に到達し易いように、供給されることが好ましい。つまり、
図2に示す縦型の育成チャンバの場合、III族元素酸化物ガス及び搬送ガス供給口118に隣接した箇所から供給されることが好ましい。
【0040】
未反応のIII族元素酸化物ガス、窒素元素含有ガス、窒素元素含有酸化性ガス、第1搬送ガス、及び第2搬送ガスは排気口119から排出される。
【実施例】
【0041】
(実施例1~2及び比較例1~3)
図2に示す成長炉を用いて、実施例1~2及び比較例1~3のIII族窒化物結晶の成長を行った。実施例1~2及び比較例1~3では、III族窒化物結晶としてGaNを成長させた。出発Ga源として、液体Gaを用い、Gaを反応性ガスであるH
2Oガスと反応させ、Ga
2OガスをGa源ガスとして用いた。N源としては、NH
3ガスを用い、キャリアガスとしてH
2ガス及びN
2ガスを用いた。成長時間は1時間で検証を行った。成長条件、各ガス種の供給分圧、酸素含有酸化性ガスであるH
2Oの添加条件、及び窒素元素含有酸化性ガスであるN
2Oの添加条件については、後述する。なお、後述の成長条件において、各ガス種の供給分圧は、系中に流入させるガスの総流量に対する各ガス流量の比率として算出した。供給分圧に関しても、系中の全圧は1atmとして考慮した。例えば系中にXslmの総流量を流入させ、ガスyのガス流量Yslmを流入させていた場合、ガスyの分圧は(Y/X)atmとして表すことができる。
【0042】
得られた実施例1~2及び比較例1~3のIII族窒化物結晶について、多結晶化領域の割合を算出した。多結晶化領域の割合は、成長した結晶表面を、電子顕微鏡を用いて観察し、発生した多結晶の面積割合から算出した。算出に用いた式を下記式(VI)に示す。尚、観察した領域とは、種基板上に成長させた成長面全体である。
(多結晶の発生した領域の面積)/(観察した領域全体の面積)×100[%]・・・(VI)
【0043】
(実施例1)
成長条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃とした。またGa2Oガス分圧を9.36×10-4atm、H2Oガス分圧を5.95×10-4atm、NH3ガス分圧を5.25×10-2atm、H2ガス分圧を3.33×10-1atm、N2ガス分圧を6.13×10-1atm、添加N2Oガス分圧を8.75×10-4atmとした。なお、実施例1では、昇温過程でのH2Oガス及びN2Oガスの供給は実施しなかった。
実施例1で得られたGaN成長面における多結晶化領域の割合は0.1%未満であり、成長速度は122μm/hであった。
【0044】
(実施例2)
成長条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃とした。またGa2Oガス分圧を9.55×10-4atm、H2Oガス分圧を5.75×10-4atm、NH3ガス分圧を5.25×10-2atm、H2ガス分圧を3.32×10-1atm、N2ガス分圧を6.12×10-1atm、添加N2Oガス分圧を1.75×10-3atmとした。なお、実施例2では、昇温過程でのH2Oガス及びN2Oガスの供給は実施しなかった。
実施例2で得られたGaN成長面における多結晶化領域の割合は0.5%であり、成長速度は123μm/hであった。
【0045】
(比較例1)
成長条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃とした。またGa2Oガス分圧を9.28×10-4atm、H2Oガス分圧を6.04×10-4atm、NH3ガス分圧を5.26×10-2atm、H2ガス分圧を3.33×10-1atm、N2ガス分圧を6.13×10-1atmとした。なお、比較例1では、昇温過程でのH2Oガス及びN2Oガスのいずれの供給も実施しなかった。
比較例1で得られたGaN成長面における多結晶化領域の割合は2.1%であり、成長速度は124μm/hであった。
【0046】
(比較例2)
成長条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃とした。またGa2Oガス分圧を9.92×10-4atm、H2Oガス分圧を5.39×10-4atm、NH3ガス分圧を5.25×10-2atm、H2ガス分圧を3.33×10-1atm、N2ガス分圧を6.13×10-1atm、添加H2Oガス分圧を8.75×10-4atmとした。なお、比較例2では、昇温過程でのH2Oガス及びN2Oガスの供給は実施しなかった。
比較例2で得られたGaN成長面における多結晶化領域の割合は1.4%であり、成長速度は130μm/hであった。
【0047】
(比較例3)
成長条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃とした。またGa2Oガス分圧を9.22×10-4atm、H2Oガス分圧を6.09×10-4atm、NH3ガス分圧を5.25×10-2atm、H2ガス分圧を3.32×10-1atm、N2ガス分圧を6.12×10-1atm、添加H2Oガス分圧を1.31×10-3atmとした。なお、比較例3では、昇温過程でのH2Oガス及びN2Oガスの供給は実施しなかった。
比較例3で得られたGaN成長面における多結晶化領域の割合は0.1%未満であり、成長速度は109μm/hであった。
【0048】
(実施例1~2及び比較例1~3の考察)
図5に、比較例1及び実施例1~2の結果に基づいて、添加したN
2O分圧と成長速度との関係を表すグラフを示す。また、
図6に、比較例1~3の結果に基づいて、添加したH
2O分圧と成長速度との関係を表すグラフを示す。
図5から判るように、N
2Oガス添加量1.75×10
-3atmまで成長速度の低下は確認されなかった。一方で、
図6から判るようにH
2Oガス添加では、無添加の場合、成長速度は124μm/hであったのに対して、H
2Oガス添加量1.31×10
-3atmでは、109μm/hまで低下し、約12%の成長速度の低下が確認された。
【0049】
図7に、比較例1及び実施例1~2の結果に基づいて、添加したN
2O分圧と多結晶化領域の割合との関係を表すグラフを示す。また、
図8に、比較例1~3の結果に基づいて、添加H
2Oガス分圧と多結晶化領域の割合との関係を表すグラフを示す。N
2O添加の場合、8.75×10
-4atmの添加量で多結晶化領域の割合が0.1%未満となり、1.75×10
-3atmの添加量においても多結晶化領域の割合が0.5%であった。一方、H
2O添加の場合は、8.75×10
-4atmの添加量で多結晶化領域の割合が1.4%であり、N
2O添加の場合と比較して多結晶化領域が大きい。1.31×10
-3atmの添加量でH
2O添加を行った場合は、多結晶化領域の割合が0.1%未満となったが、
図6に示すように成長速度が109μm/hと遅くなってしまう。
【0050】
上記より、成長速度と多結晶化領域の割合との結果を合わせて考えると、N2Oガスを添加した場合には、H2Oガスを添加した場合と比較して、成長速度の低下を生じることなく、多結晶の発生を抑制することができることが分かる。ウェハをデバイス作製に用いた場合、多結晶の発生した領域は、結晶構造が乱れていることに起因して、デバイスを駆動させることができない。したがって、多結晶が発生した領域は、デバイス作製で使用することができない領域と考えることができる。よって、N2Oガス添加によって多結晶化が抑制されることで、高品質なIII族窒化物結晶を得ることができるとともに、効率よくIII族窒化物結晶を製造できる。
【0051】
(実施例3及び比較例4)
図2に示す成長炉を用いて実施例3及び比較例4のIII族窒化物結晶の昇温過程でのドロップレット除去状態の確認実験を行った。実施例3及び比較例4では、GaN結晶の成長は行わずIII族窒化物結晶としてGaN基板を用いた。N源としては、NH
3ガスを用い、キャリアガスとしてH
2ガス及びN
2ガスを用いた。なお、実施例3及び比較例4ではGa
2Oの供給をしなかったため、新たなGaN結晶は成長していない。昇温時間は30分で検証を行った。昇温条件、各ガス種の供給分圧、及び窒素元素含有酸化性ガスであるN
2Oの添加条件については、後述する。なお、各ガス種の供給分圧は、系中に流入させるガスの総流量に対する各ガス流量の比率として算出した。供給分圧に関しても、系中の全圧は1atmとして考慮した。例えば系中にXslmの総流量を流入させ、ガスyのガス流量Yslmを流入させていた場合、ガスyの分圧は(Y/X)atmとして表すことができる。
【0052】
実施例3及び比較例4のGaN基板の表面を微分干渉顕微鏡観察し、発生した多結晶の単位面積あたりの個数を算出し、多結晶密度とした。
【0053】
(実施例3)
昇温条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃まで加熱した。添加N2Oガスを、基板温度が1000℃に到達してから供給した。添加N2Oガスを供給した際の各ガスの分圧は、NH3ガス分圧を9.08×10-1atm、N2ガス分圧を9.08×10-2atm、添加N2Oガス分圧を9.08×10-4atmとした。基板温度が1000℃未満の時点での各ガスの分圧は、NH3ガス分圧を9.09×10-1atm、N2ガス分圧を9.09×10-2atmとした。その後、NH3ガス分圧を0.77atm、N2ガス分圧を0.23atmとして、基板温度500℃まで低下させた後、N2雰囲気下で基板温度を室温まで低下させた。実施例3のGaN基板の昇降温の後、多結晶密度は172個/mm2であった。
【0054】
(比較例4)
昇温条件として、基板温度を1200℃、原料温度を1100℃まで加熱した。比較例4では、N2Oガスを添加しなかった。各ガスの分圧は、NH3ガス分圧を9.09×10-1atm、N2ガス分圧を9.09×10-2atmとした。
比較例4のGaN基板を昇降温させた結果、多結晶密度は1437個/mm2であった。
【0055】
(実施例3及び比較例4の考察)
実施例3と比較例4との結果より、N2Oガスを添加することで、GaN基板から発生するGaドロップレットが良好に除去され、多結晶化が抑制されることが確認された。
【0056】
なお、本開示においては、前述した様々な実施の形態及び/又は実施例のうちの任意の実施の形態及び/又は実施例を適宜組み合わせることを含むものであり、それぞれの実施の形態及び/又は実施例が有する効果を奏することができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係るIII族窒化物結晶の製造方法によれば、窒素元素含有酸化性ガスを供給することで、多結晶化を抑制すると共に、速い成長速度でIII族窒化物結晶を製造することができる。
【符号の説明】
【0058】
100 原料チャンバ
101 原料反応室
102 第1搬送ガス供給口
103 反応性ガス供給管
104 原料ボート
105 出発III族元素源
106 第1ヒータ
107 III族元素酸化物ガス排出口
108 III族元素酸化物ガス及び搬送ガス排出口
109 接続管
110 第3ヒータ
111 育成チャンバ
112 窒素元素含有酸化性ガス供給口
113 窒素元素含有ガス供給口
114 第2搬送ガス供給口
115 第2ヒータ
116 種基板
117 基板サセプタ
118 III族元素酸化物ガス及び搬送ガス供給口
119 排気口
150 III族窒化物結晶製造装置