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特許7496967ナノカーボン複合赤外線放射セラミックス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】ナノカーボン複合赤外線放射セラミックス
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/18 20060101AFI20240603BHJP
   B32B 18/00 20060101ALI20240603BHJP
   C04B 41/83 20060101ALI20240603BHJP
   H05B 3/10 20060101ALI20240603BHJP
   H05B 3/14 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
C04B35/18
B32B18/00 Z
C04B41/83 A
H05B3/10 B
H05B3/14 B
H05B3/14 F
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020060099
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021155305
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-02-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、生物系特定産業技術研究支援センター 「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(異分野融合発展研究) 産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】591033364
【氏名又は名称】ヤマキ電器株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000116622
【氏名又は名称】愛知県
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】坂田 一郎
(72)【発明者】
【氏名】古月 文志
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一
(72)【発明者】
【氏名】小野田 茂
(72)【発明者】
【氏名】小松山 沙織
(72)【発明者】
【氏名】内田 貴光
(72)【発明者】
【氏名】高橋 直哉
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-162866(JP,A)
【文献】特開2012-172903(JP,A)
【文献】特開2013-147542(JP,A)
【文献】特開2004-315297(JP,A)
【文献】特開昭61-251586(JP,A)
【文献】特表2007-509022(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
C04B 41/80-41/91
C04B 33/00-33/36
H05B 3/10-3/18
B32B 18/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス中にナノカーボン材料の50%以上が凝集体を構成することなく均一に分散した赤外線放射セラミックスの表面に点在する気孔部又は空隙部を覆うように、当該表面の一部又は全体に充填層及び/又は被覆層が形成され、
前記セラミックス粒子は、アルミナ、シリカ、ジルコニア、コーディエライト、又は、これらの配合物を90重量%以上含有してなり、
前記ナノカーボン材料は、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、グラフェン、又は、これらの配合物であり、
前記セラミックス粒子に対する前記ナノカーボン材料の添加量は、0.5重量%~5.0重量%の範囲内であり、
前記充填層及び/又は被覆層は、主としてシリコーン系又はフッ素系の撥水性樹脂からなり、
レーザラマン分光法により、前記赤外線放射セラミックスの表面近傍に平行な水平方向(X軸-Y軸方向)及び深さ方向(Z軸方向)における複数の走査点で3次元格子を構成し、
各走査点で得られたラマンスペクトルから前記充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を示すピーク面積を用いた第1マッピング操作と、炭素材料の存在を示すピーク面積を用いた第2マッピング操作とを行い、
前記第1マッピング操作において前記3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して前記充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を確認できた走査点を表面走査点とし、当該表面走査点が集合する水平方向(X軸-Y軸方向)の格子面を前記赤外線放射セラミックスの最表面と定義し、
前記第2マッピング操作において前記3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して前記炭素材料の存在を確認できた走査点を有効走査点とし、当該有効走査点が水平方向(X軸-Y軸方向)に80%以上存在する格子面を前記赤外線放射セラミックスの有効表面と定義し、
前記最表面から前記有効表面までの距離が100μm以下であって、
JFCC法で測定した25℃における波数域6000~400cm-1の赤外線の放射率の値が80%以上であることを特徴とするナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【請求項2】
前記JFCC法で測定した25℃における波数域6000~1250cm-1の赤外線の放射率の値が90%以上であることを特徴とする請求項1に記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【請求項3】
前記最表面から前記有効表面までの距離が10μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【請求項4】
JIS R3257の基板ガラス表面のぬれ性試験方法(静滴法)で測定した接触角の値が80°以上であることを特徴とする請求項1~のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【請求項5】
JIS K5600-5-4の塗膜の機械的性質(引っかき硬度;鉛筆法)で測定した前記被覆層や充填層を含む表面の硬度の値が2H以上であることを特徴とする請求項1~のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【請求項6】
前記ナノカーボン材料に加え、セルロースナノファイバーを含有してなることを特徴とする請求項1~5のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスに関するものである。特に、広い波数域(本発明では、波長の逆数である波数で表現する)に亘って赤外線の放射率が高いナノカーボン複合赤外線放射セラミックスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
赤外線は、輻射により中間に介在する空気層を温めることなく対象物を直接加熱することができるので、エネルギー効率に優れた加熱法である。そのため、赤外線輻射による加熱方法は、暖房や乾燥など広い用途に使用されている。一方、物質から放射される赤外線の量は、物質固有のものであって赤外線の放射率で表される。また、物質の種類だけでなく、その表面状態、表面温度、波長(波数)によっても大きく変化する。
【0003】
また、近年においては、低温赤外線による加熱、暖房、乾燥にも関心が高まっている。例えば、野菜、椎茸、お茶、コメなどの農作物の乾燥に利用されるようになり、食物の風味を損なわない乾燥方法として着目されている。
【0004】
赤外線を放射する材料としては、炭素材料が知られており広く使用されてきた。しかし、炭素材料は、赤外線の放射率には優れるものの物性の点で使用し辛い場合も多い。そこで、物性に優れ赤外線の放射率が高くエネルギー効率に優れた材料として、セラミックス材料が広く使用されるようになってきた。例えば、シリカ、アルミナ、ジルコニアなどの材料が多く使われている。
【0005】
しかし、広く使用されている従来のセラミックス材料においては、波長(波数)によって放射率の弱い領域がある。例えば、5μm以下の波長域(2000cm-1以下の波数域)、8~12μmの波長域(1250~833cm-1の波数域)、更には19μm以上の波長域(526cm-1以上の波数域)で放射率が低下するものが多い。
【0006】
一方、物質が吸収する赤外線の波長域(波数域)は、その物質固有のものである。例えば、赤外線照射による農作物の乾燥の場合、乾燥される農作物の種類により赤外線の吸収波長域(波数域)が異なるので、同じ赤外線放射体を使用しても乾燥の程度に差が生じるという問題があった。
また、複数種類の農作物が混合された対象物を乾燥する場合、均一な乾燥ができないという問題があった。
【0007】
そのため、乾燥用の赤外線放射体として使用する際には、波長域(波数域)の異なる赤外線放射体を使い分けたり、或いは、複数種類の赤外線放射体を組み合わせたりする必要が生じる。特に、エネルギーの低い低温赤外線乾燥においては、特に重要である。
【0008】
そこで、広い波長域(波数域)に亘って赤外線の放射率が高い赤外線放射体が望まれている。例えば、下記特許文献1においては、セラミックス粒子の周りを覆うカーボン微粒子を有する赤外線放射用複合セラミックス材料が提案されている。この材料の赤外線放射率を低温赤外線ともいえる140℃で測定し、良好であると報告している。
【0009】
しかし、下記特許文献1においては、セラミックス粒子の周りをカーボン微粒子で覆う操作に特殊な製造方法が必要である。また、セラミックス粒子の周りを覆うカーボン微粒子の粒径によって放射率が異なり、粒径を小さくしなければ5μm以下の波長域(2000cm-1以下の波数域)、及び8~10μmの波長域(1250~1000cm-1の波数域)での放射率が低下するというデータが出ており、更に複雑な操作が必要であった。
【0010】
これに対して、本発明らは、以前に下記特許文献2において、従来から赤外線放射体として利用されている汎用のセラミックス粒子にナノカーボンを複合したナノカーボン複合セラミックス及びその製造方法を提案した。このナノカーボン複合セラミックスは、従来の製造工程とほぼ同様の操作で製造することができ、広い波長域(波数域)に亘って赤外線の放射率が高く、且つ、安定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第5147101号公報
【文献】特願2019-069803号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、上記特許文献2に係るナノカーボン複合セラミックスを用いた赤外線放射体は、種々の用途に使用することができ、特に野菜、椎茸、お茶、コメなどの農作物の乾燥にも有効に利用される。一方、このナノカーボン複合セラミックスは、セラミックス中にナノカーボン材料を均一に分散したものであり、その表面に微細な気孔部又は空隙部が点在している。
【0013】
そこで、赤外線放射体の被乾燥物が農作物などの場合には、これらが濡れた状態であることも多い。この場合には、濡れた農作物が赤外線放射体の表面に接触して赤外線放射体が濡れ、表面の気孔部又は空隙部から内部に水が侵入して赤外線放射体が劣化するという問題が生じる可能性がある。また、農作物が茶葉などの場合には、赤外線放射に加え熱板との接触による熱伝導も併用して乾燥できれば効率的である。この場合にも、表面の濡れを制御できれば、より有効な乾燥手段となり得る。
【0014】
また、被乾燥物が農作物などの場合には、これらが硬い状態であることも多い。この場合には、硬い農作物が赤外線放射体の表面に接触して赤外線放射体の表面のナノカーボン複合セラミックスが損傷し、この場合も赤外線放射体が劣化するという問題が生じる可能性がある。
【0015】
これらの問題に対処して、ナノカーボン複合セラミックスの表面に点在する微細な気孔部又は空隙部を覆うように、撥水性或いは一定の硬度を有する充填層又は被覆層を形成することが考えられる。しかし、上述のように、物質から放射される赤外線の量は、物質固有のものである。ナノカーボン複合セラミックスの表面を他の物質で被覆した場合、その被覆した物質固有の赤外線が放射され、従来のナノカーボン複合セラミックスの放射性能が維持できないという問題があった。
【0016】
そこで、本発明は、上記の諸問題に対処して、赤外線放射体の表面の撥水性能や表面硬度を向上させるために、当該表面に点在する微細な気孔部又は空隙部を充填又は被覆した場合でも、広い波数域に亘って赤外線の放射率の高いナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、赤外線放射体の表面に充填又は被覆する物質の種類、充填又は被覆する表面積、及び、表面を被覆する厚みなどを制御することにより、上記目的を達成できることを見出し本発明の完成に至った。
【0018】
即ち、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項1の記載によれば、
セラミックス中にナノカーボン材料の50%以上が凝集体を構成することなく均一に分散した赤外線放射セラミックスの表面に点在する気孔部又は空隙部を覆うように、当該表面の一部又は全体に充填層及び/又は被覆層が形成され、
前記セラミックス粒子は、アルミナ、シリカ、ジルコニア、コーディエライト、又は、これらの配合物を90重量%以上含有してなり、
前記ナノカーボン材料は、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、グラフェン、又は、これらの配合物であり、
前記セラミックス粒子に対する前記ナノカーボン材料の添加量は、0.5重量%~5.0重量%の範囲内であり、
前記充填層及び/又は被覆層は、主としてシリコーン系又はフッ素系の撥水性樹脂からなり、
レーザラマン分光法により、前記赤外線放射セラミックスの表面近傍に平行な水平方向(X軸-Y軸方向)及び深さ方向(Z軸方向)における複数の走査点で3次元格子を構成し、
各走査点で得られたラマンスペクトルから前記充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を示すピーク面積を用いた第1マッピング操作と、炭素材料の存在を示すピーク面積を用いた第2マッピング操作とを行い、
前記第1マッピング操作において前記3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して前記充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を確認できた走査点を表面走査点とし、当該表面走査点が集合する水平方向(X軸-Y軸方向)の格子面を前記赤外線放射セラミックスの最表面と定義し、
前記第2マッピング操作において前記3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して前記炭素材料の存在を確認できた走査点を有効走査点とし、当該有効走査点が水平方向(X軸-Y軸方向)に80%以上存在する格子面を前記赤外線放射セラミックスの有効表面と定義し、
前記最表面から前記有効表面までの距離が100μm以下であって、
JFCC法で測定した25℃における波数域6000~400cm-1の赤外線の放射率の値が80%以上であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項2の記載によれば、請求項1に記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスであって、
前記JFCC法で測定した25℃における波数域6000~1250cm-1の赤外線の放射率の値が90%以上であることを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項の記載によれば、請求項1又は2に記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスであって、
前記最表面から前記有効表面までの距離が10μm以下であることを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項の記載によれば、請求項1~のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスであって
IS R3257の基板ガラス表面のぬれ性試験方法(静滴法)で測定した接触角の値が80°以上であることを特徴とする。
【0023】
また、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項の記載によれば、請求項1~のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスであって、
JIS K5600-5-4の塗膜の機械的性質(引っかき硬度;鉛筆法)で測定した前記被覆層や充填層を含む表面の硬度の値が2H以上であることを特徴とする。
【0025】
また、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、請求項の記載によれば、請求項1~5のいずれか1つに記載のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスであって、
前記ナノカーボン材料に加え、セルロースナノファイバーを含有してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、セラミックス中にナノカーボン材料の大部分が凝集体を構成することなく均一に分散している。ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面には、微細な気孔部又は空隙部が点在し、この気孔部又は空隙部を覆うようにナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面の一部又は全体に充填層及び/又は被覆層が形成されている。また、JFCC法で測定した25℃における波数域6000~400cm-1の赤外線の放射率の値が80%以上である。
【0028】
このように、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面に充填層及び/又は被覆層が形成されているのも拘わらず、広い波数域に亘って赤外線の放射率の高いナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを提供することができる。
【0029】
また、上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、JFCC法で測定した25℃における波数域6000~1250cm-1の赤外線の放射率の値が90%以上であることが好ましい。このことにより、上記作用効果を更に効果的に発揮することができる。
【0030】
また、上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスに対して、レーザラマン分光法により、赤外線放射セラミックスの表面近傍に平行な水平方向(X軸-Y軸方向)及び深さ方向(Z軸方向)における複数の走査点で3次元格子を構成する。次に、各走査点で得られたラマンスペクトルから充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を示すピーク面積を用いた第1マッピング操作と、炭素材料の存在を示すピーク面積を用いた第2マッピング操作とを行う。
【0031】
次に、第1マッピング操作において3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して充填層及び/又は被覆層を形成する材料の存在を確認できた走査点を表面走査点とし、当該表面走査点が集合する水平方向(X軸-Y軸方向)の格子面を赤外線放射セラミックスの最表面と定義する。また、第2マッピング操作において3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対して炭素材料の存在を確認できた走査点を有効走査点とし、当該有効走査点が水平方向(X軸-Y軸方向)に80%以上存在する格子面を赤外線放射セラミックスの有効表面と定義する。この最表面から有効表面までの距離が100μm以下であることが好ましい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0032】
また、上記構成によれば、最表面から有効表面までの距離が10μm以下であることが好ましい。このことにより、上記作用効果を更に効果的に発揮することができる。
【0033】
また、上記構成によれば、充填層及び/又は被覆層は、主としてシリコーン系又はフッ素系の撥水性樹脂から構成されてもよい。このとき、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面において、JIS R3257の基板ガラス表面のぬれ性試験方法(静滴法)で測定した接触角の値が80°以上であることが好ましい。このことにより、赤外線放射体の表面の撥水性能が向上し、赤外線放射体の被乾燥物が濡れた状態であっても、表面の気孔部又は空隙部から内部に水が侵入して赤外線放射体が劣化するという問題が生じることがない。
【0034】
また、上記構成によれば、JIS K5600-5-4の塗膜の機械的性質(引っかき硬度;鉛筆法)で測定した被覆層や充填層を含む表面の硬度の値が2H以上であることが好ましい。このことにより、赤外線放射体の被乾燥物が硬い状態であっても、被乾燥物が赤外線放射体の表面に接触して赤外線放射体の表面のナノカーボン複合セラミックスが損傷して赤外線放射体が劣化するという問題が生じることがない。
【0035】
また、上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、ナノカーボン材料として、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、グラフェン、又は、これらの配合物としてもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0036】
また、上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、ナノカーボン材料に加え、セルロースナノファイバーを含有してもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0037】
また、上記構成によれば、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、セラミックス粒子として、アルミナ、シリカ、ジルコニア、コーディエライト、又は、これらの配合物を90重量%以上含有してもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0038】
以上説明したように、上記各構成によれば、赤外線放射体の表面の撥水性能や表面硬度を向上させるために、当該表面に点在する微細な気孔部又は空隙部を充填又は被覆した場合でも、広い波数域に亘って赤外線の放射率の高いナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】樹脂による充填・被覆を行っていない赤外線放射セラミックス中間体の表面の電子顕微鏡写真である。
図2】赤外線放射セラミックス中間体に現れる気孔部又は空隙部の状態を示すイメージ図である。
図3】赤外線放射セラミックス中間体の表面にシリコーン樹脂などが充填又は被覆された状態を示す電子顕微鏡写真である。
図4】赤外線放射セラミックス中間体に現れる気孔部又は空隙部にシリコーン樹脂などが充填又は被覆された状態を示すイメージ図である。
図5】実施例のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの25℃における赤外線スペクトルである。
図6】実施例のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスをレーザラマン分光法で測定した際のシリコーンマッピング及びカーボンマッピングの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスは、その放射表面がセラミックス中にナノカーボン材料を均一に分散した赤外線放射セラミックスで覆われており、その表面に点在する気孔部又は空隙部を覆うように充填層や被覆層が形成されている。従って、ナノカーボン材料を分散した赤外線放射セラミックス自体が基板及び放射表面の両方を構成してもよい。また、ナノカーボン材料を含有しない基板の表面にナノカーボン材料を分散した赤外線放射セラミックスがコーティングされたものであってもよい。この場合には、ナノカーボン材料を含有しない基板は、通常のセラミックス基板であってもよく、或いは、金属板のような熱板として使用されるようなものであってもよい。
【0041】
以下、本発明に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを実施形態により説明する。ここでは、ナノカーボン材料を含有しないセラミックス基板の表面にナノカーボン材料を分散した赤外線放射セラミックスがコーティングされたものを例として説明する。なお、本発明は、下記の実施形態にのみ限定されるものではない。
【0042】
本実施形態は、まず、焼成固化により製造したセラミックス基板を作製する。このセラミックス基板には、ナノカーボンを複合していない。次に、ナノカーボン混合セラミックススラリーを調整し、これをセラミックス基板に塗布・固化して赤外線放射セラミックス中間体を作製する。更に、赤外線放射セラミックス中間体の表面に、樹脂による充填・被覆を行って本実施形態に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを作製する。以下、製造方法に基づいて説明する。
【0043】
(1)セラミックス基板の作製
ここでは、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの基板となるナノカーボンを複合していないセラミックス基板を作製する。
【0044】
<基板用セラミックススラリーを調整する工程>
この工程では、セラミックス粒子からなるセラミックススラリーを調整する。セラミックス基板に使用するセラミックス粒子は、特に限定するものではない。例えば、アルミナ、ムライト、ジルコニア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウムなどであってもよく、これらの配合物であってもよい。
【0045】
なお、本発明においては、従来から赤外線放射体に使用されているセラミックス粒子を使用することが好ましい。例えば、アルミナ(Al)、シリカ(SiO)、ジルコニア(ZrO)、コーディエライト(2MgO・2Al・5SiO)、又は、これらの配合物を使用することができる。更に、本発明においては、アルミナ、シリカ、ジルコニア、コーディエライト、又は、これらの配合物に加え、従来の赤外線放射体のように他の金属酸化物などの添加剤を多く含むことを要しない。
【0046】
この工程におけるセラミックススラリーの調整法は、特に限定するものではなく、一般にセラミックススラリーの調整に使用される装置及び方法で行うことができる。例えば、ナイロンポットミルなどのボールミルを使用して、分散剤によってセラミックス粒子を水中に分散するようにすればよい。
【0047】
なお、この工程においては、アルカリ水和反応やいわゆるセラミックス接着剤を利用することができる。アルカリ水和反応は、低温でも固化するがセラミックス接着剤の固化には100℃~200℃程度の加熱硬化が必要である。セラミックス接着剤の場合には、例えば、シリカ(SiO)、アルミナ(Al)、ジルコニア(ZrO)、酸化カルシウム(CaO)を所定量配合し、ナイロンポットミルなどのボールミルを使用して、分散剤によってセラミックス粒子を水中に分散するようにすればよい。
【0048】
<成形用材料を調整する工程>
この工程では、先の工程で調整したセラミックススラリーから成形用材料を調整する。まず、セラミックススラリーの水分量や粘度を調整して成形を容易にするためのバインダーとよばれる補助成分を混合して成形用材料を調整する。バインダー成分としては、後工程の焼成などで消滅する有機高分子などが使用される。例えば、ワックスエマルション、水溶性アクリル樹脂、水溶性ポリエーテル樹脂などである。
【0049】
次に、水分量や粘度を調整してバインダーを配合した混合スラリーを作製する。また、必要により、回転ディスク式スプレードライヤーなどに投入して造粒する。但し、造粒などの成形用材料の調整法は、これに限定されるものではない。なお、回転ディスク式スプレードライヤーを使用した場合の、ディスク回転数や、入口温度、出口温度などは適宜選定すればよい。
【0050】
なお、アルカリ固化反応又は加熱硬化を利用する場合には、この工程において成形用材料をスラリー状(増粘したスラリー)で使用するので造粒の必要はない。また、アルカリ固化反応を行う場合には、この工程において混合スラリーに所定量のアルカリ水溶液などを混合して、成形用材料(スラリー状)を調整する。
【0051】
ここで、アルカリ水溶液とは、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、珪酸ナトリウム、珪酸カリウム、アルミン酸ナトリウム及びアルミン酸カリウムなどの水溶液を挙げることができる。また、混合するアルカリ水溶液の量(濃度)は、混合スラリーに含まれるシリカ(SiO)、アルミナ(Al)、カルシウム化合物などからアルカリ水溶液に溶出して硬化反応を生じさせる量であって適宜選定するようにする。
【0052】
<予備成形体を準備する工程>
この工程では、先の工程で調整した成形用材料を所定の容器に収容して予備成形体を準備する。具体的には、造粒などで調整した成形用材料を乾式金型プレス装置などで予備成形体に成形する。なお、成形用材料の成形装置や成形方法は、特に限定するものではなく、セラミックス用の成形機を使用すればよい。
【0053】
なお、成形用材料がスラリー状である場合には、乾式金型プレス装置などは使用せず、シリコーン型などの所定形状の容器を使用する。この時使用する容器の形状と大きさは、使用目的によって適宜選定すればよい。
【0054】
<予備成形体の固化工程>
この工程では、先の工程で準備した予備成形体の固化を完結する。本実施形態においては、焼成による固化を行う。なお、本実施形態に係る予備成形体は、ナノカーボン材料を含有していないので、大気中焼成で行ってもよく、必要により、窒素雰囲気下又はアルゴン雰囲気下で焼成するようにしてもよい。焼成温度や昇温時間などの条件は、特に限定するものではないが、例えば、100℃~250℃/h前後の温度で昇温し、1000℃~1400℃前後の温度で0.5時間~2時間程度焼成すればよい。このようにして、ナノカーボンを複合していないセラミックス基板を作製する。
【0055】
なお、この工程がアルカリ固化反応による固化を行う場合には、セラミックス材料とアルカリ水溶液との反応が完結するまで硬化反応を行う。また、この工程が硬化反応による固化を行場合には、室温から高温までどのような温度範囲で行ってもよい。例えば、室温~130℃の温度の常圧下で行うことができる。一方、セラミックス接着剤などの場合には、加熱硬化による固化を行う。加熱固化は、例えば、100℃~200℃前後の温度で1時間~2時間程度加熱すればよい。
【0056】
(2)赤外線放射セラミックス中間体の作製
ここでは、ナノカーボン混合セラミックススラリーを調整し、これをセラミックス基板に塗布・固化して赤外線放射セラミックス中間体を作製する。
【0057】
<中間体用セラミックススラリーを調整する工程>
この工程では、上記の基板用セラミックススラリーを調整する工程と同様にセラミックス粒子からなるセラミックススラリーを調整する。また、セラミックススラリーの調整には、上記の基板用セラミックススラリーを調整する工程と同様の操作を行えばよい。なお、この工程においても、上記の基板用セラミックススラリーを調整する工程と同様にアルカリ水和反応やいわゆるセラミックス接着剤を利用することができる。
【0058】
<ナノカーボン‐水系分散液を調整する工程>
この工程では、先の工程で準備した中間体用セラミックススラリーに混合するナノカーボン‐水系分散液を調整する。本発明において使用するナノカーボン材料とは、ナノサイズ又はマイクロサイズの微小炭素系物質である。通常のカーボン材料であるカーボンブラック(CB)やカーボンファイバー(CF)を使用して赤外線の放射率を上げようとすると、セラミックス放射体に対して15重量%程度の添加が必要となり、物性に優れたセラミックス放射体を成形することができない。
【0059】
本発明においては、セラミックス粒子に少量のナノカーボン材料を添加する事により、且つ、少量のナノカーボン材料の大部分が凝集体を構成することなくセラミックス中に均一に分散することにより、広い波数域に亘って赤外線の放射率を高くすることができる。ここで、ナノカーボン材料の大部分とは、特に数値限定をするものではない。しかし、好ましくはナノカーボン材料の50%以上、更に好ましくはナノカーボン材料の80%以上が凝集体を構成することなく均一に分散している状態をいう。
【0060】
本実施形態で使用するナノカーボン材料とは、例えば、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー、グラフェン(GP)、又は、これらの配合物などをいう。なお、カーボンナノチューブは、マルチウォールカーボンナノチューブ(MWCNT)であってもよく、或いはシングルウォールカーボンナノチューブ(SWCNT)であってもよい。また、それぞれのナノカーボン材料の大きさ(直径や長さなど)は、一般的に定義される範囲であって特に限定するものではない。例えば、CNTの直径は、0.4~100nm(単層~多層)、GPの厚さ2~10nm、エリアサイズ5~30μm、CNFの直径は、4~100nmといわれている。
【0061】
この工程におけるナノカーボン‐水系分散液の調整法は、特に限定するものではないが、水中にナノカーボン材料が単分散状態になることが好ましい。例えば、ナノカーボンの分散方法としては、親水性及び疎水性を有する界面活性剤(例えば、特開2007-039623号公報を参照)からなる単一組成ミセル又は混合ミセル水溶液を準備し、これにカーボンナノチューブを添加して分散処理する方法などが挙げられる。また、オリフィスを用いた分散方法(特開2015-013772号公報を参照)も提案されている。
【0062】
本実施形態においては、まず、ボールミルなどを使用して疎水性のナノカーボンに水親和性をもたせる湿潤処理を行った。次に、ビーズミルなどを使用して湿潤処理したナノカーボンに界面活性剤等を配合して分散処理を行った。なお、ナノカーボン‐水系分散液におけるナノカーボン材料の比率は、後工程でセラミックススラリーに混合する際の操作性と、最終的に作製されたナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面に対するナノカーボン材料の比率を考慮して調整する。
【0063】
また、この工程においては、焼成を行わないのでナノカーボン‐水系分散液に他の有機物を混合することができる。本実施形態においては、ナノカーボン‐水系分散液中のナノカーボン材料の分散状態を良好にして、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスにおけるセラミックス中のナノカーボン材料の分散を均一にする目的で、セルロースナノファイバー(CNF)を配合することが好ましい。ここで、セルロースナノファイバーとは、主に植物の細胞壁に由来するセルロースから成る、直径数nm~100nm、長さが直径の100倍以上の繊維物質をいう。
【0064】
<混合スラリーを調整する工程>
この工程では、先の工程で調整した中間体用セラミックススラリーとナノカーボン‐水系分散液とを混合して混合スラリーを調整する。まず、撹拌容器にセラミックススラリーを投入して撹拌する。次に、撹拌しながらナノカーボン‐水系分散液を加える。更に、所定時間撹拌を継続して混合スラリーを調整する。なお、撹拌装置、及び、撹拌のトルクと撹拌時間は、中間体用セラミックススラリーの粘度やナノカーボン‐水系分散液の混合量などにより適宜選定すればよい。
【0065】
なお、この工程においては、最終的に作製されたナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面におけるセラミックス粒子とナノカーボン材料との比率を考慮しておく必要がある。本実施形態においては、セラミックス粒子に対するナノカーボン材料の添加量が、0.5重量%~5.0重量%の範囲内にあることが好ましい。ナノカーボン材料の添加量が0.5重量%よりも少ない場合には、広い波数域に亘って赤外線の放射率を高くすることができない。一方、ナノカーボン材料の添加量が5.0重量%よりも多い場合には、セラミックス中のナノカーボン材料が凝集して均一に分散できない。そのため、表面物性に優れたナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを作製することができない。
【0066】
<セラミックス基板に塗布・固化する工程>
この工程では、まず、既に作製しておいたセラミックス基板の表面に先の工程で調整した混合スラリーを塗布する。塗布の方法は特に限定するものではないが、セラミックス基板の表面にコーター、ローラー、スキージ、刷毛などでコーティングするようにしてもよい。或いは、混合スラリーの浴中にセラミックス基板を浸漬して全面にディッピングするようにしてもよい。なお、混合スラリーの粘度と塗布回数を調整することにより、セラミックス基板の表面に塗布される混合スラリー層の厚みを調整することができる。
【0067】
次に、混合スラリーを塗布したセラミックス基板を必要により乾燥した後に、加熱して混合スラリーの固化を完結して赤外線放射層を作製する。なお、加熱固化の条件は、特に限定するものではなく、例えば、150℃~200℃前後の温度で1時間~2時間程度加熱すればよい。このようにして、赤外線放射セラミックス中間体を作製する。
【0068】
上述のようにして作製した赤外線放射セラミックス中間体の赤外線放射層の表面には、微細な気孔部又は空隙部が点在している。このような気孔部又は空隙部は、赤外線放射セラミックス中間体の表面にのみ存在するのではなく、赤外線放射層の内部にまで至っているものもある。図1は、赤外線放射セラミックス中間体の表面の電子顕微鏡写真である。また、図2は、赤外線放射セラミックス中間体に現れる気孔部又は空隙部を示すイメージ図である。図2において、(A)は表面の状態、(B)は断面の状態を示し、黒く描かれた部分が表面又は断面に現れた気孔部又は空隙部である。図1及び図2から分かるように、赤外線放射セラミックス中間体の表面及び断面には、微細な気孔部又は空隙部が多く点在している。本実施形態は、これらの気孔部又は空隙部の一部又は全部を表面側から充填や被覆するものである。
【0069】
図2に示すように、赤外線放射層の表面に気孔部又は空隙部が存在することにより、その部分の強度が他の部分より脆くなり赤外線放射層が劣化する可能性がある。また、図3に示すように、気孔部又は空隙部が赤外線放射層の内部にまで至っている場合には、その部分から水が侵入して赤外線放射層が劣化する可能性がある。本発明は、これらの欠点を解消しようとするものであり、更に、赤外線放射に加え熱板との接触による熱伝導も併用した乾燥効率の高い乾燥手段を提供するものでもある。
【0070】
(3)ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの作製
ここでは、赤外線放射セラミックス中間体の表面(赤外線放射層)に、樹脂による充填・被覆を行って表面に撥水性能及び必要により表面硬度の向上を付与して、本実施形態に係るナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを作製する。
【0071】
<赤外線放射層の表面に充填層又は被覆層を形成する工程>
この工程では、赤外線放射層の表面に点在する気孔部又は空隙部を覆うように、樹脂による充填・被覆を行う。このコーティングにより、赤外線放射層の表面の一部又は全体に充填層や被覆層が形成される。
【0072】
本発明において、充填層又は被覆層を形成する材料は特に限定するものではないが、セラミックス粒子やナノカーボン材料に親和性を有する材料を使用することが好ましい。例えば、シリコーン樹脂やフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレンなども含む)を使用することができる。また、シランカップリング剤、シリカゾルなども使用することができる。
【0073】
本実施形態においては、撥水性を有するシリコーン樹脂を使用した。シリコーン樹脂としては、反応性シリコーン樹脂や非反応性シリコーン樹脂などを使用することができる。また、特に撥水性を要求される場合には、ジメチルシリコーン系の主鎖を有するシリコーン樹脂を使用することが好ましい。なお、本実施形態においては、主鎖としてジメチルシリコーン、官能基としてシラノール基を有する反応性シリコーン樹脂を使用した。これらの樹脂は、シラノール基の脱水縮合反応により3次元網目構造の撥水性で硬い皮膜を形成する。
【0074】
また、赤外線放射層に樹脂を塗布する方法は特に限定するものではないが、コーター、ローラー、スキージ、刷毛などで樹脂液をコーティングするようにしてもよい。或いは、樹脂液の浴中に赤外線放射層を浸漬して全面にディッピングするようにしてもよい。なお、樹脂液の粘度と塗布回数を調整することにより、赤外線放射層の表面に形成される充填層や被覆層の厚みを調整することができる。このようにして、赤外線放射層の表面に充填層や被覆層が形成されたナノカーボン複合赤外線放射セラミックスが完成する。
【0075】
なお、シリコーン樹脂による皮膜は、赤外線放射層の表面に点在する気孔部又は空隙部の部分のみを覆うように、主として充填層を形成するようにしてもよい。また、気孔部又は空隙部を含む赤外線放射層の表面全体を覆うように、被覆層を形成するようにしてもよい。
【0076】
図3は、赤外線放射セラミックス中間体の表面にシリコーン樹脂などが充填又は被覆された状態を示す電子顕微鏡写真である。図3を先に説明した図1と比べると、シリコーン樹脂が充填され、また表面が被覆されていることが分かる。また、図4は、赤外線放射セラミックス中間体の断面に現れる気孔部又は空隙部にシリコーン樹脂などが充填又は被覆された状態を示すイメージ図である。図4において、黒く描かれた部分が断面に現れた気孔部又は空隙部であり、グレーで描かれた部分が充填部及ぶ被覆部である。
【0077】
図4において、(A)は樹脂が内部に部分的に充填された状態、(B)は樹脂が内部全体に充填された状態、(C)は樹脂が内部には充填されずに表面の一部を被覆した状態、(D)は樹脂が内部に部分的に充填されると共に表面の一部を被覆した状態、(E)は樹脂が内部に充填されずに表面全体を被覆した状態、(F)は樹脂が内部全体に充填されると共に表面全体を被覆した状態を示す。このように、樹脂による充填又は被覆された状態は多岐にわたるが、これらすべての状態において本実施形態の作用効果を発揮することができる。
【0078】
また、物質から放射される赤外線の量は物質固有のものであって、その物質の表面材料に依存する。従って、ナノカーボン材料を均一に分散した赤外線放射層の表面をシリコーン樹脂で被覆した場合には、シリコーン樹脂に固有の赤外線の放出量を示すと考えられる。それでは、高性能の赤外線放射性能を有するナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの性能が低下してしまう。
【0079】
そこで、本発明者らは、赤外線放射層の表面全体を覆う充填層又は被覆層の厚みに着目し、本発明を完成させた。以下、充填層又は被覆層の厚みと赤外線放射性能との関係について説明する。まず、赤外線の放射率の測定方法、及び、レーザラマン分光法による樹脂層の厚みの測定方法について説明する。
【0080】
<赤外線の放射率の測定>
本実施形態においては、赤外線の放射率の測定を一般財団法人ファインセラミックスセンター(JFCC)の方法(以下「JFCC法」という)で測定した。この方法は、従来の黒体と試料との放射率の比を取る方法に比べ、ノイズが少なく分解能に優れたフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を使用し、室温での測定を可能にした。赤外線の波長域(波数域)の光を試料に照射して、その反射エネルギーを積分級で捉える。吸収エネルギーと放射エネルギーは反比例の等価であるという理論に基づく。室温のスペクトルから指定温度の全放射率をJIS R 1693-2に準拠して計算する。なお、JFCC法は公知であるので、ここでは測定法の詳細は省略する。
【0081】
<レーザラマン分光法による樹脂層の厚みの測定方法>
まず、レーザラマン分光光度計(日本分光株式会社、NRS‐5100)を用い、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面近傍に対する水平方向(X軸-Y軸方向)及び深さ方向(Z軸方向)における複数の走査点で3次元格子を構成し、これらの走査点に対してラマンスペクトルを得る。次に、得られた各ラマンスペクトルに対して、2912cm―1付近(炭素‐水素結合:シリコーン等)に現れるピーク高さを用いてマッピング操作(本発明においては「第1マッピング操作」という)を行う。また、1581cm―1付近(炭素材料)に現れるピーク高さを用いてマッピング操作(本発明においては「第2マッピング操作」という)を行う。
【0082】
レーザラマン分光光度計での測定条件は、励起波長:532nm、レーザー強度:5mW、測定領域:20μm×20μm(3か所)、対物レンズ:100倍、空間分解能:略2μm、水平方向(X軸-Y軸方向)測定間隔:2μm(11点×11点)、深さ方向(Z軸方向)測定間隔:2μm(0~200μm)とした。なお、本実施形態においては、マッピングしたデータ群から画像処理ソフトウェア(ImageJ)を用いて走査点割合を得た。
【0083】
具体的には、試料の3か所の測定領域(20μm×20μm)に対して、それぞれ表面近傍に平行な水平方向(X軸-Y軸方向)及び深さ方向(Z軸方向)における複数の走査点(ラマンスペクトルを測定するポイント)で3次元格子を構成する。次に、各走査点で得られたラマンスペクトルからシリコーン樹脂の存在を示すピーク高さを用いて第1マッピング操作(シリコーンマッピング)を行う。また、各走査点で得られたラマンスペクトルからカーボンの存在を示すピーク高さを用いて第2マッピング操作(カーボンマッピング)を行う。
【0084】
これらのマッピング操作から、3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対してシリコーン樹脂の存在を確認できた走査点(分解能:略2μmの範囲)を表面走査点とし、これらの表面走査点が集合する水平方向(X軸-Y軸方向)の格子面を試料の最表面(シリコーン樹脂の影響が大きく赤外線放射への寄与が小さい面)として特定する。また、3次元格子の表面から深さ方向(Z軸方向)に対してカーボンの存在を確認できた走査点(分解能:略2μmの範囲)を有効走査点とし、これらの有効走査点が水平方向(X軸-Y軸方向)に80%以上存在する格子面を試料の有効表面(シリコーン樹脂の影響が小さく赤外線放射への寄与が大きい面)として特定する。
【0085】
本実施形態においては、最表面から有効表面までの距離をシリコーン樹脂層の厚みとして特定する。本実施形態においては、3か所の測定領域におけるシリコーン樹脂層の厚みの平均値で特定した。なお、本発明者らは、シリコーン樹脂層の厚み(充填層又は被覆層の厚み)が100μm以下、好ましくは10μm以下であれば、表面に塗布されたシリコーン樹脂に固有の赤外線の放出量ではなく、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの高性能の赤外線放射性能を維持できることを確認した。
【実施例
【0086】
上記実施形態に基づいた各工程により、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを作製した。また、作製したナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの表面の被覆層の厚みと赤外線放射性能、及び、撥水性と表面硬度などの物性を測定した。
【0087】
(1)セラミックス基板の作製
本実施例においては、以下のようにしてセラミックス基板を作製した。
【0088】
<基板用セラミックススラリーを調整する工程>
まず、基板用セラミックススラリーを調整する前にコーディエライト配合粒子を調整した。まず、コーディエライト(2MgO・2Al・5SiO)15重量%、溶融シリカ55重量%、蛙目粘土24重量%及びカオリン6重量%を配合して、乾粉を調整した。次に、この乾粉2kgに対して40重量%の水を配合して湿式調合により粉砕混合を行った。その後、脱水して原料ケーキ(水分量19%)とし、50℃で乾燥してコーディエライト配合粒子を得た。
【0089】
得られたコーディエライト配合粒子2kgと分散剤を含有した600gの純水を容量10Lのナイロンポットミル(ボール重量3.2kg)に投入して62時間混練して、コーディエライト配合粒子が水中に分散した基板用セラミックススラリーを調整した。
【0090】
<成形用材料を調整する工程>
次に、得られた混合スラリーにバインダーを添加して造粒することなく、水分量を調整して成形用材料を調整した。
【0091】
<予備成形体を準備する工程>
次に、石膏型を取付けた加圧成形機に成形用材料を投入し、1kg/cm3の加圧で予備成形体を準備した。
【0092】
<予備成形体の固化工程>
次に、焼成固化により予備成形体の固化を完結した。焼成条件は、大気中で6時間を要して1050℃まで昇温し、1050℃の温度で0.5時間焼成した。このようにして、コーディエライト配合粒子のみからなるセラミックス基板を作製した。
【0093】
(2)赤外線放射セラミックス中間体の作製
本実施例においては、赤外線放射セラミックス中間体を焼成することなく加熱硬化により製造するものである。具体的には、セラミックス粒子として、いわゆるセラミックス接着剤(BX-83、朝日化学工業製)を使用した。また、ナノカーボン材料として、マルチウォールカーボンナノチューブ(MWCNT)とグラフェン(GP)に加え、セルロースナノファイバー(CNF)を均一に分散したナノカーボン‐水系分散液(以下「GTF分散液」で表す)を使用した。以下、セラミックス粒子を「セラミックス接着剤」で表し、ナノカーボン材料を「GTF」で表す。なお、本実施例においては、セラミックス接着剤に対するGTFの添加量を1重量%とした赤外線放射セラミックス中間体を作製した。
【0094】
<中間体用セラミックススラリーを調整する工程>
本実施例に使用したセラミックス接着剤は、固形分比率でシリカ(SiO)80重量%、アルミナ(Al)11重量%、ジルコニア(ZrO)4.8重量%、酸化カルシウム(CaO)4.2重量%のものを使用した。これらの固形分83重量%に対して、水分17重量%からなるセラミックススラリーを調整した。
【0095】
<ナノカーボン‐水系分散液を調整する工程>
本実施例においては、所定量の脱イオン水とDMSO(Dimethyl Sulfoxide)を含む湿潤液に所定量のGTF(MWCNT 1.5重量%、GP 0.5重量%、CNF 0.12重量%)を添加し、ボールミル(直径20mmのジルコニアビーズを50%充填)を使用して所定時間の湿潤処理を行った。次に、湿潤処理したGTFスラリーを取り出し、これに所定量の界面活性剤等を添加し、ビーズミル(直径0.3mmのジルコニアビーズを70%充填)を使用して、粒度分布がD90<50nmになるまで分散処理を行い、所定濃度のナノカーボン‐水系分散液を調整した。
【0096】
ここで、GTF分散液の濃度は、セラミックス接着剤(固形分)に対するGTFの添加量1重量%を考慮して調整した。なお、使用した材料は、CNT(MWCNT:Nanocyl社製、NC7000、直径9.5nm、長さ1.5μm)、GP(伊藤黒鉛工業株式会社製、膨張黒鉛を分散して使用、厚さ2~5nm、GP3~8枚、幅1~5μmのサイズにして使用)、CNF(第一工業製薬株式会社製、レオクリスタ、直径3nm、長さ5μm以上)であった。
【0097】
<混合スラリーを調整する工程>
上記各工程で調整したセラミックススラリーとナノカーボン‐水系分散液とを混合して混合スラリーを調整した。本実施例においては、セラミックス接着剤の粘度が高く攪拌機を使用できないので、乳鉢を用いて混合スラリーを調整した。
【0098】
<セラミックス基板に塗布・固化する工程>
ここで、上記工程で作製しておいたセラミックス基板の表面に先の工程で調整した混合スラリーを刷毛塗りで塗布した。次に、混合スラリーを塗布したセラミックス基板を乾燥した後に、200℃の温度で1時間加熱して混合スラリーの固化を完結した。本実施例においては、次工程で行うシリコーン樹脂の塗布量を変化させるために、複数の赤外線放射セラミックス中間体を準備した。
【0099】
(3)ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの作製
本実施例においては、上記工程で準備した複数の赤外線放射セラミックス中間体に対して、シリコーン樹脂による充填・被覆を行って、表面に撥水性能及び表面硬度の向上を付与した一連のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを作製するものである。
【0100】
<赤外線放射層の表面に充填層又は被覆層を形成する工程>
具体的には、脱水縮合型の反応性シリコーン樹脂(信越化学工業株式会社製、KR-242A)を使用して、赤外線放射層の表面に刷毛塗りで1回塗り、2回塗り、3回塗り、5回塗り、8回塗り及び10回塗りまで塗布回数を変化させて塗布量の異なる6試料を作製した。塗布後の各試料は、160℃の温度で1時間加熱してシリコーン樹脂の脱水縮合反応を完結した。本実施例においては、シリコーン樹脂の塗布量を変化させた6試料と、シリコーン樹脂の塗布を行わなかった1試料の計7試料を準備した。
【0101】
(4)性能の確認
次に、上記工程で準備した7試料について、JFCC法による赤外線の放射率の測定を行った。なお、放射率の測定は、室温のスペクトルから波数域6000~400cm-1(波長域1.67~25μm)、及び、波数域6000~1250cm-1(波長域1.67~8μm)の赤外線の放射率を測定した。測定した赤外線の放射率(25℃)の値を表1に示す。なお、図5は、本実施例のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの一部(塗布回数5回、8回及び10回の各試料)及び使用したシリコーン樹脂の25℃における赤外線スペクトルである。また、図5には、比較のために市販のセラミックスヒーター(既存品)の赤外線スペクトルも記載した。図5において、横軸は波数(波数域6000~400cm-1)、縦軸は赤外線放射率(%)である。
【0102】
図5の赤外線スペクトルにおいて、塗布回数5回(符号1)、8回(符号2)、及び10回(符号3)の各試料は、シリコーン樹脂の塗布量が多いにもかかわらず、測定した波数域6000~400cm-1において赤外線放射率が80%以上、波数域6000~1250cm-1においてほぼ90%以上あり、高度な赤外線放射能力を示している。これに対して、市販のセラミックスヒーター(既存品)の赤外線放射率(符号4)は、波数域6000~2000cm-1の領域において大きく低下する。また、本実施例において充填・被覆に使用したシリコーン樹脂の赤外線放射率(符号5)は、特定の波数において高い放射率を示す部分もあるが、波数域6000~4000cm-1の領域において大きく低下する。このように、塗布回数5回、8回及び10回の各試料は、シリコー樹脂が表面に充填又は被覆されているにも拘らず、シリコーン樹脂の影響を受けていないことが分かる。
【0103】
また、準備した7試料について、上述したレーザラマン分光法により最表面から有効表面までの距離(有効表面上のシリコーン樹脂層を主体とする厚み)を測定した。準備した7試料に対する最表面から有効表面までの距離の値を表1に示す。なお、図6は、本実施例のナノカーボン複合赤外線放射セラミックスをレーザラマン分光法で測定した際のシリコーン3Dマッピング(A)及びカーボン3Dマッピング(B)の一例(塗布回数8回の試料)を示す。
【0104】
図6において、(B)のカーボン層の上部にシリコーン層が100μmほど塗布されていることが分かる。なお、レーザラマン分光法においては、透明なシリコーン樹脂は検出できるので、最表面から有効表面までの距離を測定することができた。しかし、カーボンは10μm程度しか検出できず、カーボンが多くなると検出することができない。そのため、図6(A)(B)のマップの下方が検出不能となっている。
【0105】
また、準備した7試料について、物性値として、JIS R3257の基板ガラス表面のぬれ性試験方法(静滴法)による接触角の値と、JIS K5600-5-4の塗膜の機械的性質(引っかき硬度;鉛筆法)による表面の硬度の値を測定した。測定した値を表1に示す。
【0106】
【表1】
【0107】
表1において、シリコーン樹脂の塗布回数が増加するにつれて、レーザラマン分光法で測定した有効表面上の充填層又は被覆層の厚み(シリコーン樹脂層の厚み)が増加している。樹脂層の厚みが13μm以下であれば、波数域6000~400cm-1において赤外線放射率が80%以上、波数域6000~1250cm-1において90%以上と良好な値を示している。一方、樹脂層の厚みが110μmになると、波数域6000~1250cm-1において赤外線放射率が90%以上を維持しているが、波数域6000~400cm-1において赤外線放射率の値が80%未満と低下する。
【0108】
これらのことから、樹脂層の厚みが100μm以下であれば、表面を覆うシリコーン樹脂による赤外線放射率の低下がある程度抑制され、十分な赤外線放射率を得ることができるものと考えられる。更に、樹脂層の厚みが10μm以下であれば、表面を覆うシリコーン樹脂による赤外線放射率の低下が完全に抑制され、非常に良好な赤外線放射率を得ることができる。
【0109】
表面のぬれ性(接触角)は、いずれの試料においても90°以上となり、十分なぬれ難さ(撥水性能)を示している。一方、引っかき硬度(表面硬度)においては、塗布しない試料は6Bより軟らかいのに対して、1回塗り~3回塗りで3H~6Hと大きく向上する。しかし、塗布回数が増加するにつれて硬度が低下し、5回塗りでHBを維持しているが、8回塗りで6Bより軟らかいものとなる。これは、表面のシリコーン樹脂層の厚みが増して、シリコーン樹脂そのものの硬度が示されているものと考えられる。これらのことから、ナノカーボン複合赤外線放射セラミックスの用途によって、ぬれ難さ(撥水性能)と引っかき硬度(表面硬度)を調整して使用することが好ましい。
【0110】
これまで説明したように、上記実施形態によれば、赤外線放射体の表面の撥水性能や表面硬度を向上させるために、当該表面に点在する微細な気孔部又は空隙部を充填又は被覆した場合でも、広い波数域に亘って赤外線の放射率の高いナノカーボン複合赤外線放射セラミックスを提供することができる。
図1
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図6