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特許7496974Mg2Si単結晶体、Mg2Si単結晶基板、赤外線受光素子及びMg2Si単結晶体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】Mg2Si単結晶体、Mg2Si単結晶基板、赤外線受光素子及びMg2Si単結晶体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/10 20060101AFI20240603BHJP
   C30B 11/08 20060101ALI20240603BHJP
   H01L 31/10 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
C30B29/10
C30B11/08
H01L31/10 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021529487
(86)(22)【出願日】2021-02-25
(86)【国際出願番号】 JP2021007223
(87)【国際公開番号】W WO2022064735
(87)【国際公開日】2022-03-31
【審査請求日】2022-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2020161367
(32)【優先日】2020-09-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鵜殿 治彦
【審査官】富永 泰規
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-132655(JP,A)
【文献】国際公開第19/187222(WO,A1)
【文献】特開2002-289627(JP,A)
【文献】特開2015-145512(JP,A)
【文献】特開2006-1788(JP,A)
【文献】特開昭61-168589(JP,A)
【文献】鱒渕稜平、布施雄太郎、原嘉昭、鵜殿治彦,14a-A202-1 高分解能X線測定によるMg2Siの結晶性評価,2020年 第67回応用物理学会春季学術講演会[講演予稿集],日本,公益社団法人応用物理学会,2020年02月28日,11-223
【文献】矢口楓子,中野浩平,鵜殿治彦,15p-P13-5 Mg2Si結晶の赤外吸収測定と自由電子濃度評価,2017年 第64回応用物理学会春季学術講演会[講演予稿集],日本,公益社団法人応用物理学会,2017年,p.12-208
【文献】御殿谷真、串田圭祐、鵜殿治彦,10a-TH-19 高純度Mg原料を用いたMg2Sn単結晶の成長と電気的特性,2009年 第70回応用物理学会学術講演会講演予稿集Vol.3,公益社団法人応用物理学会,2009年,p.1269
【文献】UDONO, Haruhiko et al.,Infrared photoresponse from pn-junction Mg2Si diodes fabricated by thermal diffusion,Journal of Physics and Chemistry of Solids,米国,2012年10月24日
【文献】TOKAIRIN, Toshio et al.,Crystal growth of Mg2Si for IR-detector,Journal of Crystal Growth,2016年12月20日
【文献】DAITOKU, Kenta et al.,Fabrication and Characterization of Mg2Si pn-junction Photodiode with a Ring Electrode,JJAP Conf. Proc.,米国,JJAP Conf. Proc.,2014年07月31日,2015, Vol.3,011103
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/10
C30B 11/08
H01L 31/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
XRDで測定された結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内であるMg2Si単結晶体。
【請求項2】
XRDで測定された結晶方位のバラツキが、±0.016°の範囲内である請求項1に記載のMg2Si単結晶体。
【請求項3】
B、Li、Al、Ag、P、As及びSbから選択される少なくとも1種をドーパントとして含む請求項1または2に記載のMg2Si単結晶体。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のMg2Si単結晶体で構成されたMg2Si単結晶基板。
【請求項5】
基板サイズが25mm~150mmである請求項4に記載のMg2Si単結晶基板。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか一項に記載のMg2Si単結晶体を備えた赤外線受光素子。
【請求項7】
下記工程(1)~(5)を含む請求項1~3のいずれか一項に記載のMg2Si単結晶体の製造方法。
(1)少なくともMg及びSiを含む原料を調製する原料調製工程、
(2)工程(1)で調製した原料を、少なくとも内側表面がBNコートされたpBN製の坩堝中に充填する原料充填工程、
(3)前記坩堝全体を加熱して、工程(2)で前記坩堝中に充填した原料を溶融化学反応させる合成工程、
(4)工程(3)で生成した融液を冷却してMg2Si単結晶体を析出せしめる工程、
(5)工程(4)で析出したMg2Si単結晶体を前記坩堝から取り出す工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mg2Si単結晶体、Mg2Si単結晶基板、赤外線受光素子及びMg2Si単結晶体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工知能(AI)等に関する近年の飛躍的な技術革新に伴って、人の目や手に代わって自動で監視、制御を行うシステムの研究開発も精力的に行われている。このような自動監視、自動制御システムにおいては、光、温度、音声等の様々な入力情報を基に適切な応答動作が決定されるため、入力信号を感知するためのハードウェアがシステム全体の中でも重要な役割を果たす一つのキーデバイスとなる。とりわけ光の入力信号を感知するという点においては、人の目を代替するか、場合によっては人の目で感知できない領域の情報までをも感知できるようなデバイスを用いることにより、高度な自動監視、自動制御を実現することが可能になる。
【0003】
光の入力信号に感応するデバイスとしては、光の信号を電子的に処理することが可能な電気信号に変換する素子を有するものが挙げられる。その基本的な素子の例として、半導体材料を用いた光検出素子がある。
【0004】
半導体材料を用いた光検出素子は、半導体材料が有するバンドギャップに応じて感応する波長領域が異なっている。夜間の自動監視や自動車の自動運転などにも対応できるような高度の制御を行うためには、可視光領域の光や画像の情報以外にも赤外線領域の光に関する入力情報が必要となる。そのため、赤外線領域で高感度に光の入力を感知できる赤外線受光素子、デバイスに対する要請は強く、各種の半導体材料を用いた積極的な検討と開発が進められている。
【0005】
光検出素子に用いられる材料として、マグネシウム(Mg)とシリコン(Si)とから構成される化合物半導体であるマグネシウムシリサイド(Mg2Si)の結晶性材料が提案されており、これまでに所定の成果が得られている(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】T. Akiyama et al., Proc. Asia-Pacific Conf. Semicond. Silicides Relat. Mater. 2016, JJAP Conf. Proc. Vol. 5, 2017, pp. 011102-1-011102-5
【文献】K. Daitoku et al., Proc. Int. Conf. Summer School Adv. Silicide Technol. 2014, JJAP Conf. Proc. Vol. 3, 2015, pp. 011103-1-011103-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Mg2Si単結晶体は、室温で約0.61eVの禁制幅をもつ間接遷移型半導体であるため、近年利用が進む短波長赤外域(SWIR、波長λ=0.9~2.5μm)の赤外センサへの応用が期待できる。しかしながら、結晶内に小傾角粒界が存在すると、種々の半導体特性が低下する虞がある。そのため、結晶内に小傾角粒界が発生することを良好に抑制する技術の開発が望まれている。
【0008】
本開示の技術は、上述した技術課題を解決しようとするものであり、結晶内での小傾角粒界の発生が良好に抑制されたMg2Si単結晶体を提供することを一つの目的とするものであり、また当該Mg2Si単結晶体で構成されたMg2Si単結晶基板、赤外線受光素子を提供することを別の目的とするものであり、Mg2Si単結晶体の製造方法を提供することを更に別の目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意検討の結果、Mg2Si単結晶体における結晶方位のバラツキを所定範囲に制御することで、上記課題を解決できることを見出した。
【0010】
このような知見と着想に基づき、本開示は以下の発明を提供するものである。
1) XRDで測定された結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内であるMg2Si単結晶体。
2) XRDで測定された結晶方位のバラツキが、±0.016°の範囲内である1)に記載のMg2Si単結晶体。
3) B、Li、Al、Ag、P、As及びSbから選択される少なくとも1種をドーパントとして含む、1)または2)に記載のMg2Si単結晶体。
4) 1)~3)のいずれかに記載のMg2Si単結晶体で構成されたMg2Si単結晶基板。
5) 基板サイズが25mm~150mmである、4)に記載のMg2Si単結晶基板。
6) 1)~3)のいずれかに記載のMg2Si単結晶体を備えた赤外線受光素子。
7) 下記工程(1)~(5)を含む、1)~3)のいずれかに記載のMg2Si単結晶体の製造方法。
(1)少なくともMg及びSiを含む原料を調製する原料調製工程、
(2)工程(1)で調製した原料を、少なくとも内側表面がBNコートされたpBN製の坩堝中に充填する原料充填工程、
(3)前記坩堝全体を加熱して、工程(2)で前記坩堝中に充填した原料を溶融化学反応させる合成工程、
(4)工程(3)で生成した融液を冷却してMg2Si単結晶体を析出せしめる工程、
(5)工程(4)で析出したMg2Si単結晶体を前記坩堝から取り出す工程。
【発明の効果】
【0011】
本開示の技術によれば、結晶内での小傾角粒界の発生が良好に抑制されたMg2Si単結晶体を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例及び比較例に係る、研磨後の基板表面の外観観察写真である。
図2】実施例及び比較例に係る、背面反射ラウエによる結晶性の評価写真である。
図3】実施例及び比較例に係る、XRDチャートである。
図4】実施例に係る、基板の表面観察写真である。
図5】実施例に係る、XRDチャートである。
図6】実施例及び比較例に係る、サンプルの製造工程の概要である。
図7】実施例及び比較例に係る、サンプルのI-V特性を示すグラフである。
図8】実施例及び比較例に係る、サンプルの受光感度特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(Mg2Si単結晶体)
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体は、XRD(X線回折装置)で測定された結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内となるように制御されている。結晶粒界は転位の集合体とみなすことができるため、その性質を転位の性質から予測することができる。このとき転位の集合密度が大きいほど結晶方向の違いが大きくなる。この結晶方向の違いが小さい結晶粒界は、小傾角粒界と呼ばれている。本開示の技術に係るMg2Si単結晶体のように、結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内となっていれば、結晶内の小傾角粒界がほぼ見られない。結晶内の小傾角粒界がほぼ存在しない、または、全く存在しないと、Mg2Si内で発生した電子-正孔対が再結合しにくくなるため、Mg2Si単結晶体のキャリア寿命など電気的特性の均質性が向上する。
【0014】
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体は、XRD(X線回折装置)で測定された結晶方位のバラツキが、±0.016°の範囲内となるように制御されているのが好ましく、±0.01°の範囲内となるように制御されているのがより好ましく、当該結晶方位のバラツキが0°であるのが更により好ましい。
【0015】
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体は、B、Li、Al、Ag、P、As及びSbから選択される少なくとも1種をドーパント(不純物)として含んでもよい。当該Mg2Si単結晶体がこれらの元素をドーパントとして含むことで、キャリア濃度が向上し、半導体デバイスとしたときの導電性やI-V特性が良好となる。
【0016】
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体が、ドーパントとしてBを含む場合、キャリア濃度が1×1016cm-3以上1×1019cm-3以下となるように含むことが好ましく、ドーパントとしてLiを含む場合、キャリア濃度が1×1016cm-3以上1×1019cm-3以下となるように含むことが好ましく、Al、Ag、P、As、Sbを含む場合、いずれもキャリア濃度が1×1016cm-3以上1×1019cm-3以下となるように含むことが好ましい。
【0017】
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体は、特に限定されないが、後述のようにVB(垂直ブリッヂマン)法、VGF(垂直温度傾斜凝固)法などの融液成長法により製造される場合が多いため、円柱状の直胴部を含む形状を有している。また、当該直胴部の直径が25mm~200mmである。
【0018】
(Mg2Si単結晶基板)
本開示の技術に係るMg2Si単結晶基板は、上述の本開示の技術に係るMg2Si単結晶体で構成されている。Mg2Si単結晶基板のサイズ(最大径)は特に限定されないが、25mm~150mmであってもよい。また、Mg2Si単結晶基板の平面形状は、円形であってもよく、四角形等の矩形であってもよい。
【0019】
Mg2Si単結晶基板の厚みは特に限定されないが、例えば、200μm~1000μmであるのが好ましく、300μm~700μmであるのがより好ましい。特に口径が大きい場合、Mg2Si単結晶基板が300μm未満であると割れる虞があり、1000μmを超えると母材の単結晶体が無駄になる虞がある。
【0020】
(赤外線受光素子)
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体を用いて赤外線受光素子を作製することができる。赤外線受光素子は、特に限定されないが、例えばpn接合フォトダイオードに用いるp型またはn型の光吸収領域として本開示の技術に係るMg2Si単結晶体を用いることができる。本開示の技術によれば、種々の半導体特性が良好なMg2Si単結晶体を提供することが可能となる。また、禁制帯エネルギー付近の光吸収係数が増大するため、光検出感度を高くできる。更にエネルギーギャップ(Eg)が低減できるため受光可能なカットオフ波長を伸ばすことが可能で、より波長の長い赤外光を検出可能な赤外線受光素子を作製できる。そのため、当該半導体材料を備えた赤外線受光素子を作製することで、赤外線領域のセンシング、撮像を目的とした各種デバイスの劣化を抑制することができる。それに伴い、各種画像分析、画像診断等の技術、さらにはそれらを利用した自動監視、自動制御技術と、それらの技術を用いた産業分野等にも大きな貢献が期待できる。
【0021】
(Mg2Si単結晶体の製造方法)
本開示の技術に係るMg2Si単結晶体は、下記工程(1)~(5)を含む溶融法によって製造することができる。
(1)少なくともMg及びSiを含む原料を調製する原料調製工程、
(2)工程(1)で調製した原料を、少なくとも内側表面がBNコートされたpBN製の坩堝中に充填する原料充填工程、
(3)前記坩堝全体を加熱して、工程(2)で前記坩堝中に充填した原料を溶融化学反応させる合成工程、
(4)工程(3)で生成した融液を冷却してMg2Si単結晶体を析出せしめる工程、
(5)工程(4)で析出したMg2Si単結晶体を前記坩堝から取り出す工程。
【0022】
上述のMg2Si単結晶体の製造方法は、特に限定されないが、効率的に高純度の単結晶体を製造できることから、VB(垂直ブリッヂマン)法、VGF(垂直温度傾斜凝固)法などの融液成長法によることが好ましい。また、製造装置は、坩堝以外は公知の構成を採用することができる。
【0023】
上記工程(1)で調整する原料のMg、Siとしては、高純度に精製した純度4N(99.99%)以上、より好ましくは純度5N(99.999%)以上、より好ましくは純度6N(99.9999%)以上の平均粒径が約2~3mmのチャンク状の粒子を好ましく使用できる。通常は原料のMg粒子とSi粒子の合計は元素比が2:1となるように混合する。また、ドーパントを含む単結晶体を作製する場合は、上記工程(1)の原料調製工程で原料に適量を添加しておく。
【0024】
上記工程(2)で使用する坩堝は、pBN(熱分解窒化ホウ素)製であり、BN(窒化ホウ素)で内側表面がコートされている。ここで、BNコートされたpBN製の坩堝とは、pBN(熱分解窒化ホウ素)製坩堝の表面にBN微粒子の層が形成されているものであり、例えば、pBN(熱分解窒化ホウ素)製坩堝の表面にBN微粒子(オーデック製の「ホワイティ・セブン」等の市販のBNコーティング材)を塗布したもの等を示す。従来の坩堝は、カーボン製坩堝、または、PG(熱分解黒鉛)で内側表面がコートされたカーボン製坩堝等を使用しており、坩堝の濡れ性が大きく、坩堝内で成長したMg2Si単結晶体が坩堝の内側表面に固着してしまうことがあった。このため、結晶成長後の冷却の際に、結晶内に大きな応力がかかり、結晶内に小傾角粒界が生じやすかった。これに対し、本開示の技術に係るMg2Si単結晶体の製造方法では、上述のように、使用する坩堝が、pBN(熱分解窒化ホウ素)製であり、BN(窒化ホウ素)で内側表面がコートされているため、坩堝の濡れ性が小さく、坩堝内で成長したMg2Si単結晶体が坩堝の内側表面に固着することを良好に抑制することができる。このため、結晶成長後の冷却の際に、結晶内に大きな応力がかからず、結晶内に小傾角粒界が生じることを抑制し、Mg2Si単結晶体における結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内となるように制御することができる。
【0025】
上記工程(3)の合成工程における加熱時の圧力は大気圧でも良いが3気圧程度のArガス中での加熱が望ましい。加熱温度は1085℃(Mg2Siの融点)~1095℃であり、例えば合計で約15分~14時間程度熱処理する。1085℃以上の温度で加熱することで、MgとSiが溶融したMg-Si融液になる。
【0026】
上記工程(3)の合成工程では、VB法においては、坩堝を軸方向下側に向けて移動させることにより、VGF法においてはヒータの温度を調節することにより、坩堝の軸方向においてMg2Si種結晶側の温度が相対的に低く、Mg2Si原料側の温度が相対的に高い温度勾配を形成する。これにより、溶融していたMg2Si原料は、Mg2Si種結晶側から順に凝固することによりMg2Si単結晶が成長する。結晶成長部の円錐部および直胴部内の溶融していたMg2Si原料がこの順にすべて凝固することによりMg2Si単結晶体が形成される。
【0027】
また、赤外線検出器を作る上では、検出器の光吸収領域に本開示の技術に係るMg2Si単結晶体からなる半導体材料の単結晶膜を用いることができる。この場合、分子線エピタキシー法(MBE法)、有機金属化学気相法(MOCVD法)、スパッタ堆積法など一般に知られている半導体膜の成膜技術での単結晶膜の作製が可能である。
【0028】
MBE法では一般には真空容器内でMg、Siを蒸発させた分子線によって同時に供給し、その組成比を調整してMg2Siを所定の基板上に堆積する。この堆積時中、一般には基板を加熱する。加熱温度は一般には100℃以上で650℃(Mgの融点温度)以下にする。この加熱によって基板上に堆積した分子が反応して単結晶のMg2Si膜が成長する。
【0029】
MOCVD法では一般には反応容器内でMg、Siを含む有機金属ガスを同時に供給し、その組成比を調整してMg2Siを所定の基板上に堆積する。この堆積時中、一般には基板を加熱する。加熱温度は一般には100℃以上で650℃(Mgの融点温度)以下にする。この加熱によって基板上で有機金属ガスが反応して単結晶のMg2Si膜が成長する。
【0030】
スパッタ堆積法では一般には反応容器内でMg、Siを含む固体のターゲットをArイオンなどでスパッタリングすることでスパッタ分子を供給し、その組成比を調整してMg2Siを所定の基板上に堆積する。この堆積時中、一般には基板を加熱する。加熱温度は一般には100℃以上で650℃(Mgの融点温度)以下にする。この加熱によって基板上でスパッタ分子が反応して単結晶のMg2Si膜が成長する。
【0031】
なお、上記実施形態の説明は、本発明を説明するためのものであって、特許請求の範囲に記載の発明を限定し、或は範囲を減縮するものではない。又、本発明の各部構成は上記実施形態に限らず、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内で種々の変形が可能である。
【実施例
【0032】
以下、本開示の技術的内容を実施例に基づいて具体的に説明する。以下の実施例の記載は、あくまで本開示の技術的内容の理解を容易とするための具体例であり、本発明の技術的範囲はこれらの具体例によって制限されるものでない。
【0033】
-実施例1-
(Mg2Si単結晶体の作製)
実施例1に係るMg2Si単結晶体の作製は、VB(垂直ブリッヂマン)法を用いた。まず、内径19mmφ長さ10cmのpBN製坩堝を用意し、pBN製坩堝の内側表面へのBNコートは、オーデック製のBNコーティング材「ホワイティ・セブン」を厚さ0.1mmで塗布し、12時間の自然乾燥させた後、200℃で加熱処理を施して、BNコート付きpBN製坩堝を準備した。次に、内側表面がBNコートされたpBN製の坩堝に、純度6NのMg粒子[大阪アサヒメタル製、チャンク材(平均粒径2~3mm)]、純度10NのSi粒子[フルウチ化学製、チャンク材(平均粒径2~3mm)]の原料混合物を充填した。
【0034】
次に、坩堝を坩堝保持台に載せて、560TorrのArガスと共に石英アンプルに封入し、これを電気炉(抵抗加熱炉)に入れて、1.5時間かけて1085℃(表示温度)に加熱した。更に同温度で1.5時間加熱して、融解した後、10mm/hの成長速度となるように電気炉を上昇させ、結晶を成長させた。その後、自然冷却し、室温になった時点で電気炉から坩堝を取り出し、実施例1に係る単結晶体のサンプルを得た。
【0035】
-比較例1-
坩堝として、内側表面をPG(熱分解黒鉛)コートしたカーボン製坩堝を使用した以外は、実施例1と同様にサンプルを作製した。
【0036】
-比較例2-
坩堝として、比較例1のPG(熱分解黒鉛)コート上にさらにBNコートを施したカーボン製坩堝を使用した以外は、実施例1と同様にサンプルを作製した。
【0037】
-比較例3-
坩堝として、内側表面をコートしていないpBN製坩堝を使用した以外は、実施例1と同様にサンプルを作製した。
【0038】
-比較例4-
坩堝として、内側表面をコートしていないBN製坩堝を使用した以外は、実施例1と同様にサンプルを作製した。
【0039】
-比較例5-
坩堝として、内側表面をSiCコートしたカーボン製坩堝を使用した以外は、実施例1と同様にサンプルを作製した。
【0040】
(Mg2Si単結晶体の組成)
実施例1に係る単結晶体のサンプルの組成を、蛍光X線分析装置を用いて測定したところ、Mg2Siであった。また、比較例1~5に係る単結晶体のサンプルの組成を同様に測定したところ、Mg2Siであった。
【0041】
(粒界の観察)
各サンプルから、厚さ0.6mmで直径11~19mmの基板を作製し、表面を番手#4000の研磨材で研磨した。研磨後の基板表面の外観観察写真(図1)を得て、粒界の有無を評価した。
図1において、(a)PGが比較例1、(b)pBNが比較例3、(c)pBN+BNコートが実施例1、(d)BNが比較例4、(e)SiCが比較例5、(f)PG+BNが比較例2を示す。
実施例1では、坩堝の内側表面の濡れ性が悪く、成長した結晶体が坩堝に固着していなかったため、結晶内での小傾角粒界の発生が良好に抑制されていた。
比較例1~5では、いずれも坩堝の内側表面の濡れ性が良く、成長した結晶体が坩堝に固着し、冷却中の坩堝とMg2Si単結晶の熱膨張率差等に起因して応力が係り、結晶内に結晶欠陥の誘発により、小傾角粒界の発生が生じた。
本発明における実施例1のBNコート付きpBN坩堝と、比較例3のコートしていないpBN製坩堝、比較例4のコートしていないBN製坩堝を比較した場合、BNコート付きpBN製坩堝は、二重構造の内壁表面であって薄いBNコート層が干渉材の役割を果たし、熱膨張率差の影響を緩和させ、原料融液と坩堝内壁との濡れ性が小さく抑えられ、小傾角粒界の発生が良好に抑制されると考えられる。
【0042】
(X線回折測定)
得られた単結晶体のサンプルに対して入射X線のスポットサイズ1mmφで背面反射ラウエ観察を行った。実施例1ではサンプル内の如何なる部分でも図2(a)のように単一の回折スポットが得られ、結晶全体において小傾角粒界を含まない単結晶であることが確認された。一方、比較例1~5では単一の回折スポットが見られる部分もあったが、図2(b)のような回折スポットが二重に見られる部分が観察され、結晶面内の何処かには小傾角粒界を含む単結晶であることが確認された。
【0043】
X線回折(XRD)装置によってロッキングカーブ測定を行った結果、実施例1のサンプルでは図3(a)に示すようにMg2Si440回折におけるFWHM(半値全幅)が0.02°の鋭い単一ピークが得られ、サンプル内での結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内であることが確認された。一方、比較例1~5のサンプルでは、方位がわずかにずれた小傾角粒からの回折ピークが複数見られ図3(b)に示すように、最大2°の方位ずれが見られた。
【0044】
実施例2として坩堝の内径25mmφ長さ10cmで、内側表面がBNコートされたpBN製の坩堝で実施例1と同様にMg2Si結晶を成長させた。結晶を切り出し、研磨した基板の表面観察写真を図4に示す。直径25mmφの小傾角粒界を含まない基板結晶が得られている。この基板結晶のロッキングカーブ測定を行った結果、図5に示すようにMg2Si400回折におけるFWHM(半値全幅)が0.016°の鋭い単一ピークが得られ、サンプル内全体に渡って結晶方位のバラツキが、±0.020°の範囲内であることが確認された。
【0045】
(I-V特性の測定)
実施例2のpBN+BNコート坩堝での基板上および比較例1のPG坩堝での基板上に、Alを熱拡散して事前に裏面電極を作製し、さらにAu保護電極を裏面に設けた。次に、表面にAg拡散源(Ag)およびAuキャップ層(Au)を真空蒸着により堆積し、熱拡散させた後、表面をウェットエッチングすることで、メサ構造を形成し、これによりpn接合フォトダイオードを作製した。これらのフォトダイオードの製造工程の概要を図6に示す。
また、サンプルのI-V特性を図7に示す。実施例1の基板上のデバイスでは逆方向電流密度が十分に低く、順方向電流密度は高くなり、-1Vと+0.5Vの電圧印加における整流比は2300以上と良好な値を示した。一方、比較例1の基板上で小傾角粒界を含む部分に作製されたフォトダイオードでは整流性は確認されたものの整流比は6と小さい。
図8に同フォトダイオードの受光感度特性を示す。実施例2の基板上のフォトダイオードは比較例1の基板上のフォトダイオードに比べて概ね2桁高い感度が得られている。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8