(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】動脈硬化病変の検出方法、検出試薬及び検出キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240603BHJP
G01N 33/531 20060101ALI20240603BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240603BHJP
【FI】
G01N33/53 D ZNA
G01N33/531 A
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2020190356
(22)【出願日】2020-11-16
【審査請求日】2023-10-04
(31)【優先権主張番号】P 2019216719
(32)【優先日】2019-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 詩子
(72)【発明者】
【氏名】石川 義弘
(72)【発明者】
【氏名】益田 宗孝
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 伸一
(72)【発明者】
【氏名】小堀 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】大竹 則久
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/141980(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0049464(US,A1)
【文献】American Journal of Physiology - Heart and Circulatory Physiology,Vol.315, No.4,2018年,pp.H1012-H1018,DOI: 10.1152/ajpheart.00329.2018
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動脈硬化病変を検出する方法であって、以下の(A)~(C)の少なくともいずれか1つを用いた免疫測定により、被検者の血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定することを含み、測定して得られた値が健常者よりも高いことは、当該被検者が動脈硬化病変を有することの指標となる、方法。
(A)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(B)ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(C)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物
【請求項2】
(A)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり、(B)は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり、(C)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体若しくはその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体若しくはその抗原結合性断片との混合物、又は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
(A)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない抗体又はその抗原結合性断片であり、
(B)は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない抗体又はその抗原結合性断片であり、
(C)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない混合物である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
【請求項5】
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、請求項4記載の試薬。
【請求項6】
ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
【請求項7】
ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、請求項6記載の試薬。
【請求項8】
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
【請求項9】
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、請求項8記載の試薬。
【請求項10】
請求項4又は5記載の試薬、請求項6又は7記載の試薬、及び請求項8又は9記載の試薬から選択される少なくとも1つの試薬を含む、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬セット。
【請求項11】
請求項4又は5記載の試薬、請求項6又は7記載の試薬、及び請求項8又は9記載の試薬から選択される1つの試薬と、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する試薬とを含むセットである、請求項10記載の試薬セット。
【請求項12】
請求項4又は5記載の試薬、請求項6又は7記載の試薬、及び請求項8又は9記載の試薬から選択される2つの試薬を含むセットである、請求項10記載の試薬セット。
【請求項13】
サンドイッチ法により血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定することにより動脈硬化病変を検出するための試薬セットである、請求項10~12のいずれか1項に記載の試薬セット。
【請求項14】
請求項4~9のいずれか1項に記載の試薬、又は請求項10~13のいずれか1項に記載の試薬セットを含む、動脈硬化病変の検出に使用するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中ミオシン重鎖11の特定の領域を認識する抗体を用いることによる、動脈硬化病変の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人口の高齢化と生活習慣の変化により、冠動脈疾患、末梢動脈疾患、大動脈瘤などの動脈硬化により引き起こされる疾患(動脈硬化性疾患)は増加している。非侵襲的又は比較的簡便な検査により動脈硬化病変ないしは動脈硬化性疾患を診断し、適切な検査・治療計画を立てることが予後の改善に必要である。
【0003】
動脈硬化そのものは無症状であるために、その進行を患者が自覚できない。動脈硬化性疾患の一つである大動脈瘤も無症状であるため、早期の発見は困難である。これらを診断できるバイオマーカーが求められている。
【0004】
特許文献1には、本願発明者らによるミオシン重鎖11に対する市販のELISAキット等を用いた検討の結果、血中ミオシン重鎖11レベルにより動脈硬化を検出できることが記載されている。しかしながら、特許文献1には、検出に使用する抗体の好ましい例について、ミオシン重鎖11タンパク質のC末端側領域を認識する抗体を好ましく使用できるとの教示があるのみであり、抗体の認識部位についての詳細な検討は何らなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、体内の動脈硬化病変をより高い感度で反映し、高い診断効率で動脈硬化病変を検出することを可能にする手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、動脈硬化性疾患の一つであり、進行した動脈硬化病変を体内に有する腹部大動脈瘤患者において、ミオシン重鎖11(MYH11)の特定の領域を認識する抗体を用いて血中ミオシン重鎖11を測定することによって、より高感度に動脈硬化病変を検出できることを見出し、以下の本願発明を完成した。
【0008】
(1)動脈硬化病変を検出する方法であって、以下の(A)~(C)の少なくともいずれか1つを用いた免疫測定により、被検者の血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定することを含み、測定して得られた値が健常者よりも高いことは、当該被検者が動脈硬化病変を有することの指標となる、方法。
(A)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(B)ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(C)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物
(2) (A)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり、(B)は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり、(C)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体若しくはその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体、モノクローナル抗体若しくはその抗原結合性断片との混合物、又は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体である、(1)記載の方法。
(3)(A)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない抗体又はその抗原結合性断片であり、
(B)は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない抗体又はその抗原結合性断片であり、
(C)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない混合物である、(1)又は(2)記載の方法。
(4)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
(5)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、(4)記載の試薬。
(6)ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
(7)ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、(6)記載の試薬。
(8)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
(9)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない、(8)記載の試薬。
(10)(4)又は(5)記載の試薬、(6)又は(7)記載の試薬、及び(8)又は(9)記載の試薬から選択される少なくとも1つの試薬を含む、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬セット。
(11)(4)又は(5)記載の試薬、(6)又は(7)記載の試薬、及び(8)又は(9)記載の試薬から選択される1つの試薬と、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する試薬とを含むセットである、(10)記載の試薬セット。
(12)(4)又は(5)記載の試薬、(6)又は(7)記載の試薬、及び(8)又は(9)記載の試薬から選択される2つの試薬を含むセットである、(10)記載の試薬セット。
(13)サンドイッチ法により血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定することにより動脈硬化病変を検出するための試薬セットである、(10)~(12)のいずれか1項に記載の試薬セット。
(14)(4)~(9)のいずれか1項に記載の試薬、又は(10)~(13)のいずれか1項に記載の試薬セットを含む、動脈硬化病変の検出に使用するためのキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、動脈硬化病変を検出する際に、AUCがより高く、診断効率がアップした検出を行うことができる。本発明によれば、動脈硬化病変の存在を検出するために有用なデータを提供することができ、医師による動脈硬化病変そのものの評価・診断の大きな補助となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】MYH11のC末端領域前半と後半を認識する抗体を用いて、正常群と動脈硬化患者である腹部大動脈瘤患者群との間で血中ミオシン重鎖11レベルの測定値を対比した結果である。P<0.0001で群間に有意差あり(Mann Whitney test)。
【
図2】市販ELISA kitを用いて、正常群と動脈硬化患者である腹部大動脈瘤患者群との間で血中ミオシン重鎖11レベルの測定値を対比した結果である。P=0.1220。
【
図3】C末端後半領域を認識するポリクローナル抗体及び精製抗血清で検出した血中ミオシン重鎖11レベルを、正常群と動脈硬化患者である腹部大動脈瘤患者群との間で対比した結果である。P=0.0003。
【
図4】固相抗体と標識抗体を同一のモノクローナル抗体としたサンドイッチELISAにより、正常検体と動脈硬化患者である腹部大動脈瘤検体について血中ミオシン重鎖11レベルの測定を行ない、測定結果を比較した。P=0.7632。
【
図5】MYH11のC末端領域前半と後半を認識する抗体を用いて全自動エンザイムイムノアッセイ装置(AIA-CL2400、測定原理:CLEIA、東ソー社製)に使用する測定試薬を構築し、また同じ抗体を用いたELISA測定を行い、それらの相関性を検討した結果である。相関係数R = 0.986。
【
図6-1】ミオシン重鎖11の4種類のアイソフォームのアミノ酸配列のアライメントである。
【
図6-2】ミオシン重鎖11の4種類のアイソフォームのアミノ酸配列のアライメントである(
図6-1の続き)。
【
図6-3】ミオシン重鎖11の4種類のアイソフォームのアミノ酸配列のアライメントである(
図6-2の続き)。
【
図6-4】ミオシン重鎖11の4種類のアイソフォームのアミノ酸配列のアライメントである(
図6-3の続き)。
【
図6-5】ミオシン重鎖11の4種類のアイソフォームのアミノ酸配列のアライメントである(
図6-4の続き)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ミオシン重鎖には5、7、10、11等のアイソフォームが知られているが、このうち本発明で対象とするのはミオシン重鎖11(Gene ID 4629)である。ミオシン重鎖11は平滑筋に特異的に発現するアイソフォームであり、平滑筋ミオシン重鎖とも呼ばれる。平滑筋で発現したミオシン重鎖11は、2分子の重鎖が2種類のミオシン軽鎖各2分子と共に六量体の平滑筋ミオシン分子を形成する。
【0012】
本発明では、以下の(A)~(C)の少なくともいずれか1つを用いた免疫測定により、被検者の血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定する。
(A)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(B)ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片
(C)ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物(すなわち、(A)と(B)の混合物)
【0013】
ミオシン重鎖11には、主としてC末端部分の配列が異なる4種類のアイソフォームSM1A, SM1B, SM2A, SM2B(GenBankアクセッション番号: NP_002465.1, NP_001035203.1, NP_074035.1, NP_001035202.1、アミノ酸配列を配列番号1~4にそれぞれ示す)が知られている。抗体(A)が認識する領域YDKLEKTKNRLQQELDDLV(配列番号7)は、SM1A(配列番号1)においては1415~1433番残基、SM1B(配列番号2)においては1422~1440番残基、SM2A(配列番号3)においては1415~1433番残基、SM2B(配列番号4)においては1422~1440残基に相当する。抗体(B)が認識する領域ADLEKEELAEELASSLSGR(配列番号8)は、SM1A(配列番号1)においては1706~1724番残基、SM1B(配列番号2)においては1713~1731番残基、SM2A(配列番号3)においては1706~1724番残基、SM2B(配列番号4)においては1713~1731番残基に相当する。従って、本発明の方法では、4種のアイソフォームの全てに対応できる。
【0014】
ミオシン重鎖11の特定の領域を特異的に認識する抗体とは、当該特定の領域内にエピトープを有し、該エピトープを認識してミオシン重鎖11タンパク質又は当該特定の領域を含むその断片に結合する抗体である。かかる抗体は、ミオシン重鎖11の当該特定の領域に結合するものであり、他の領域には実質的に結合しない抗体であることが好ましい。なお、「実質的に認識しない」、又は「実質的に結合しない」とは、他の領域には検出可能なレベルで結合しない(すなわち、他の領域との結合がバックグラウンド以下である)か、又は、交差反応により他の領域にも検出し得るレベルで結合しても、当該特定の領域に結合する量と比べて明らかに少なく、他の領域を特異的に認識して結合しているわけではないことが当業者にとって明瞭な程度にしか結合しないことを意味する。例えば、他の領域に結合する量が、特定の領域に結合する量の約1/100以下であった場合、その抗体は、他の領域を実質的に認識しない、又は他の領域に実質的に結合しない抗体である。あるいは、かかる抗体は、ミオシン重鎖11の当該特定の領域以外の領域を認識する抗体を実質的に含有しない抗体であることが好ましい。ここでいう「実質的に含有しない」とは、当該特定の領域以外の領域を認識して結合する抗体が当該抗体に含有される場合があっても、そのような抗体がミオシン重鎖11に結合する量が、当該特定の領域に結合する抗体の量の約1/100以下であることを意味する。他の領域に結合する量が特定の領域に結合する量の1/100以下であるかどうかは、例えば、ミオシン重鎖11タンパク質を試料とし、対象の抗体を1次抗体として実際に免疫測定を行い、検出反応後、特定の領域への結合に由来するシグナル量と他の領域への結合に由来するシグナル量をそれぞれ数値化して比較することにより調べることができる。このような抗体は、後述する通り、当該特定の領域を免疫原として用いて調製することができる。具体的には、(A)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル若しくはモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり得る。(B)は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル若しくはモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片であり得る。(C)は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を免疫原として調製されたポリクローナル若しくはモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル若しくはモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片との混合物であってもよいし、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域を免疫原として調製されたポリクローナル抗体又はその抗原結合性断片であってもよい。
【0015】
血中ミオシン重鎖11レベルは、血液試料中のミオシン重鎖11タンパク質又はその断片の測定により調べることができる。ミオシン重鎖11は分泌タンパク質ではないため、血中では断片化した形態でも存在するものと考えられる。測定されるミオシン重鎖11タンパク質又はその断片には、血中に単量体として存在するもの、及び他のタンパク質等と結合ないしは会合した形態で血中に存在するもの(例えば、完全な又は一部分解した平滑筋ミオシン分子を構成している形態で血中に存在するもの)が包含される。従って、動脈硬化病変検出のための血中バイオマーカーとして使用される「ミオシン重鎖11」という語には、血中に単量体として存在するミオシン重鎖11の全長タンパク質及びその部分断片、並びに他のタンパク質又はタンパク質断片と結合ないしは会合した形態にあるミオシン重鎖11タンパク質及びその部分断片が包含される。
【0016】
血液試料は、血清でも血漿でもよいが、血漿を好ましく用いることができる。
【0017】
本発明で対象となる動脈硬化には、初期の動脈硬化から、進行した後期の動脈硬化までが包含される。また動脈硬化は病理学的に粥状硬化、細動脈硬化、及び中膜石灰化の3タイプがあるが、本発明で対象となる動脈硬化にはこれらの3タイプが包含される。対象となる動脈硬化の典型例としては粥状硬化を挙げることができる。
【0018】
動脈硬化により引き起こされる疾患(動脈硬化性疾患)としては、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)、大動脈瘤(胸部・腹部大動脈瘤、腸骨動脈瘤など)、閉塞性動脈硬化症、大動脈弁狭窄症、脳血管疾患(脳梗塞、脳卒中)などが挙げられる。本発明により動脈硬化そのものを検出することで、このような疾患を発症する前に発症のリスクを知ることができるので、自発的な生活習慣の改善を促し、動脈硬化性疾患の発症防止にもつながる。また、重篤な動脈硬化が検出された被検者においては、精密検査の実施及びその後の慎重な経過観察により、疾患の早期発見、早期治療が可能となる。
【0019】
血中ミオシン重鎖11の特定部位を認識する抗体を用いて測定する手段としては、ポリペプチドを測定可能な手段であれば特に限定されない。ポリペプチドを測定する手法としては免疫測定法や質量分析等を挙げることができるが、免疫測定法は大掛かりな機器類が不要であり測定操作も簡便なので、本発明においても好ましく用いることができる。本発明に用いられる抗体の製法は特に限定はなく、典型的には、マウス、ウサギ等の非ヒト動物で調製された非ヒト動物ポリクローナル又はモノクローナル抗体である。また、上述の通りミオシン重鎖11のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列も公知であるので、常法のハイブリドーマ法等によりミオシン重鎖11の特定部位を特異的に認識する抗ミオシン重鎖11抗体を調製して用いてもよい。
【0020】
本発明に用いられる抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。ポリクローナル抗体として抗血清を用いてもよい。本発明において、ポリクローナル抗体という語には、精製前の抗血清も包含される。また、抗体に代えて該抗体の抗原結合性断片を用いることもできる。以下、本明細書において、文脈からそうではないことが明らかな場合を除き、「抗体」という語には当該抗体の抗原結合性断片も包含される。ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、抗原結合性断片は、いずれも周知の常法により調製することができる。
【0021】
具体的には、抗ミオシン重鎖11の特定部位を認識するポリクローナル抗体は、例えば、当該部位を特異的に認識するモノクローナル抗体を複数種混合して得ることができる。又は、化学合成等の周知の手法により調製したミオシン重鎖11の当該部位を適宜アジュバントと共に非ヒト動物に免疫し、該動物から採取した血液から抗血清を得て、該抗血清中のポリクローナル抗体(非ヒト動物抗ミオシン重鎖11ポリクローナル抗体)を精製することで得ることができる。免疫は、被免疫動物中での抗体価を上昇させるため、通常数週間かけて複数回行なう。抗血清中の抗体の精製は、例えば、硫酸アンモニウム沈殿や陰イオンクロマトグラフィーによる分画、アフィニティーカラム精製等により行なうことができる。
【0022】
モノクローナル抗体の周知の作製方法の一例として、ハイブリドーマ法を挙げることができる。具体的には、例えば、上記のように免疫した非ヒト動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を採取し、これをミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを調製し、ミオシン重鎖11の特定部位と結合する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、これを増殖させて培養上清から非ヒト動物抗ミオシン重鎖11の特定部位を特異的に認識するモノクローナル抗体を得ることができる。
【0023】
「抗原結合性断片」とは、例えば免疫グロブリンのFab断片やF(ab')2断片のような、当該抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している抗体断片を意味する。このような抗原結合性断片もイムノアッセイに利用可能であることは周知であり、もとの抗体と同様に有用である。Fab断片やF(ab')2断片は、周知の通り、抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。なお、抗原結合性断片は、Fab断片やF(ab')2断片に限定されるものではなく、対応抗原との結合性を維持しているいかなる断片であってもよく、遺伝子工学的手法により調製されたものであってもよい。また、例えば、遺伝子工学的手法により、一本鎖可変領域 (scFv: single chain fragment of variable region) を大腸菌内で発現させた抗体を用いることもできる。scFvの作製方法も周知であり、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、それで大腸菌を形質転換し、大腸菌からscFvを回収することによりscFvを作製することができる。このようなscFvも「抗原結合性断片」に包含される。
【0024】
免疫測定自体はこの分野において周知である。免疫測定法を反応形式に基づいて分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウェスタンブロット法等があり、また、標識に基づいて分類すると、酵素免疫分析(ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫分析)等)、放射免疫分析、蛍光免疫分析等がある。本発明においては、定量的検出が可能な免疫測定方法のいずれを用いてもよい。特に限定されないが、例えば、サンドイッチELISAや1ステップ又は2ステップサンドイッチCLEIA等のサンドイッチ法を好ましく用いることができる。
【0025】
免疫測定法自体は周知の技術であるが、簡単に記載すると、例えば、サンドイッチ法では、ミオシン重鎖11に結合する抗体を固相に不動化し(固相化抗体)、試料と反応させ、洗浄後、固相化抗体と同一又は異なる部位でミオシン重鎖11に結合する抗体に標識を付した標識抗体を反応させ、洗浄後、固相に結合した標識抗体を測定する。本発明においては、固相化抗体と標識抗体の少なくともいずれか一方に(A)~(C)のいずれかを用いればよい。
【0026】
標識抗体の測定は、標識物質からのシグナルを測定することにより行なうことができる。シグナルの測定方法は、標識物質の種類に応じて適宜選択される。例えば、酵素標識の場合、該酵素に対応した発色基質、蛍光基質又は発光基質等の基質を該酵素と反応させ、その結果発生する発色や発光等のシグナルを吸光光度計やルミノメータ等の適当な機器で測定することにより、酵素活性を求め測定対象物を測定することができる。例えば、標識物質としてALPを用いる場合、3-(4-メトキシスピロ(1,2-ジオキセタン-3,2’-トリシクロ[3.3.1.13,7]デカン)-4-イル)フェニルホスフェート2ナトリウム(例えば商品名AMPPD)などの発光基質を用いることができる。標識抗体は、標識物質が当該抗体に直接結合されていてもよいし、ビオチン又はハプテン等の特異結合分子を抗体に結合させ、標識物質を結合した特異結合分子のパートナー(ストレプトアビジン又はハプテン抗体等)を反応させることにより、間接的に標識物質が結合されていてもよい。特定部位を有するミオシン重鎖11を種々の濃度で含む濃度既知の標準試料について、特定部位を特異的に認識する抗ミオシン重鎖11抗体又はその抗原結合性断片を用いて免疫測定を行ない、標識からのシグナルの量と標準試料中のミオシン重鎖11濃度との相関関係をプロットして検量線を作成しておき、ミオシン重鎖11濃度が未知の検体について同じ操作を行なって標識からのシグナル量を測定し、測定値をこの検量線に当てはめることにより、検体中のミオシン重鎖11を定量することができる。
【0027】
上述した通り、平滑筋ミオシン分子には2分子のミオシン重鎖11が含まれるが、そのようなミオシン重鎖11タンパク質又はその断片を2分子含む複合体は、ミオシン重鎖11の特定部位を認識する同一の抗体を用いたサンドイッチ法で測定することができる。ミオシン重鎖11タンパク質の単量体やその断片、又はミオシン重鎖11を1分子しか含まない複合体をサンドイッチ法により測定したい場合には、ミオシン重鎖11の異なる部位を認識する2種類の抗体を標識抗体及び固相抗体として用いればよく、そのうち少なくとも一方に(A)~(C)のいずれかを用いればよい。例えば、(A)のモノクローナル抗体を一方の抗体として用いる場合、他方の抗体として、(A)のモノクローナル抗体以外の抗ミオシン重鎖11抗体を用いればよく、具体的には、(A)のポリクローナル抗体、(B)のモノクローナル抗体若しくはポリクローナル抗体、(C)の抗体混合物、及びこれら以外の抗ミオシン重鎖11抗体(YDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRとは異なる領域でミオシン重鎖11に特異的に結合する抗体)のうちのいずれか、好ましくは、(B)のモノクローナル抗体若しくはポリクローナル抗体、(C)の抗体混合物、及びこれら以外の抗ミオシン重鎖11抗体のうちのいずれかを用いればよい。(B)のモノクローナル抗体を一方の抗体として用いる場合、他方の抗体として、(A)のモノクローナル抗体若しくはポリクローナル抗体、(B)のポリクローナル抗体、(C)の抗体混合物、及びこれら以外の抗ミオシン重鎖11抗体のうちのいずれか、好ましくは、(A)のモノクローナル抗体若しくはポリクローナル抗体、(C)の抗体混合物、及びこれら以外の抗ミオシン重鎖11抗体のうちのいずれかを用いればよい。ポリクローナル抗体であれば、標識抗体と固相抗体の両者に同一のポリクローナル抗体を使用して単量体や断片を含めた測定が可能であるので、固相抗体と標識抗体の両方に(A)のポリクローナル抗体を用いる、固相抗体と標識抗体の両方に(B)のポリクローナル抗体を用いる、ということも可能である。また、(C)の抗体混合物も、固相抗体と標識抗体の両方に用いることができるし、(A)の抗体、(B)の抗体、又はYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRとは異なる領域でミオシン重鎖11に特異的に結合する抗体と組み合わせて用いてもよい。
【0028】
固相化抗体と標識抗体の両者をモノクローナル抗体とする場合において、(A)~(C)には該当しない抗ミオシン重鎖11モノクローナル抗体を他方の抗体として用いる場合、モノクローナル抗体の組み合わせが好ましいかどうかは、実際に免疫測定を行なってみることで容易に調べることができる。所望により、抗体の認識部位の同定を行なって、異なるエピトープを認識するかどうかを調べてもよい。抗体の認識部位の同定は、この分野で周知の常法により行なうことができる。簡潔に説明すると、例えば、対応抗原であるミオシン重鎖11をトリプシン等のようなタンパク質分解酵素により部分消化し、認識部位を調べるべき抗体を結合させたアフィニティーカラムに部分消化物溶液を通じて消化物を結合させ、次いで結合した消化物を溶出させて常法の質量分析を行なうことにより、抗体の認識部位を同定することができる。
【0029】
上述の通り、ミオシン重鎖11には4種のアイソフォームが知られているが、(A)~(C)の少なくともいずれかの抗体と組み合わせる他方の抗体として、4種に共通する領域を認識する抗体を用いれば、4種のアイソフォームの全てを網羅して測定することができる。また、4種のアイソフォームのそれぞれに特異的な抗体を他方の抗体として用いれば、アイソフォームを区別しての測定や、特定のアイソフォームのみの測定も可能である。
【0030】
なお、
図6-1~6-5に示した通り、配列番号1~4に示した4種のアイソフォームに共通する領域は、配列番号4における1番~211番アミノ酸、219番~1936番アミノ酸の領域であり、これらの領域ないしはその部分領域を抗体調製時の免疫原として用いれば、4種のアイソフォームの全てに反応する抗体を調製できる。また、配列番号4における第212番~218番アミノ酸の領域がSM1B及びSM2Bに特異的な領域であり、配列番号4における1937番~1945番アミノ酸の領域がSM2A及びSM2Bに特異的な領域であり、配列番号1における1930番~1972番アミノ酸の領域がSM1A及びSM1Bに特異的な領域であるので、これらの領域ないしはその部分領域を認識する抗体を適宜組み合わせて用いることで、アイソフォームを区別しての測定や特定のアイソフォームのみの測定が可能である。
【0031】
なお、本発明において、N末端側領域とは、モータードメイン及び調節ドメインで構成される頭部とコイルドコイル構造をとる尾部の一部とを含むN末端側の領域であり、C末端側領域とは、コイルドコイル構造をとる尾部の大部分を含むC末端側の領域である。具体的には、例えば、配列番号4におけるアミノ酸配列の第840番アミノ酸付近から前(N末端側)がN末端側領域、第840番アミノ酸付近から後ろ(C末端側)がC末端側領域である。C末端側領域を認識する抗体とは、ミオシン重鎖11タンパク質のC末端側領域内にエピトープを有し、該C末端側領域内のいずれかの部位に結合する抗体である。N末端側領域を認識する抗体とは、ミオシン重鎖11タンパク質のN末端側領域内にエピトープを有し、該N末端側領域内のいずれかの部位に結合する抗体である。
【0032】
健常者よりも高い血中ミオシン重鎖11レベルは動脈硬化病変を有することの指標となる。血中ミオシン重鎖11レベルの測定により、動脈硬化病変の検出を補助するデータを提供することができる。動脈硬化病変の検出という語には、重篤な動脈硬化の検出が包含される。被検者の血中ミオシン重鎖11レベル測定値が健常者よりも高い場合、該被検者は動脈硬化病変を有するおそれがあると判断することができる。また、血中ミオシン重鎖11レベルが高いほど、動脈硬化病変が体内に存在する可能性が高い、又は動脈硬化の重篤度がより高いおそれがあると判断することができる。「重篤度の高い動脈硬化」及び「重篤な動脈硬化」という語には、体内に存在する動脈硬化病変部の数が多い状態、及び体内に存在する動脈硬化病変の進行度が高い状態が包含される。
【0033】
健常者より血中ミオシン重鎖11レベルが高いか否かは、例えば、多数の健常者について測定された血中ミオシン重鎖11レベルから定められた健常基準値をカットオフ値とし、このカットオフ値との比較により判断することができる。健常者は、動脈硬化を有しない人であり、動脈硬化性疾患の症状を有する人は当然に除外される。健常者の選定においては、動脈硬化を有しない人を自己申告等に基づいて選定すればよいが、例えば、動脈硬化性疾患に加え、動脈硬化の危険因子として知られる脂質異常症、高血圧、糖尿病、肥満などの生活習慣病を有していない人を選定してもよいし、あるいはさらに、喫煙習慣がないこと、動脈硬化性疾患の家族歴等も考慮して選定してもよい。健常基準値は、例えば、健常者の血中ミオシン重鎖11レベルの平均値、又は該平均値に標準誤差を加算した値であり得る。被検者の血中ミオシン重鎖11レベルの測定値がこのカットオフ値よりも高い場合には動脈硬化病変を有するおそれがあり、その測定値が高いほど動脈硬化病変を有する可能性が高い、あるいは動脈硬化の重篤度がより高いおそれがある、と判断することができる。このカットオフ値は、年代ごと(例えば、30歳未満、30歳代、40歳代、50歳代、60歳代、70歳以上など)に設定してもよい。
【0034】
要治療処置レベルまで進行しているおそれのある特に重篤な動脈硬化性疾患を検出する目的で本発明を実施することも可能である。この場合、重篤な動脈硬化性疾患を発症している患者群について測定された血中ミオシン重鎖11レベルから、重度動脈硬化基準値を定めてもよい。重度動脈硬化基準値は、当該患者群の血中ミオシン重鎖11レベルの測定値の平均値、又はその平均値から標準誤差を差し引いた値などを採用することができる。例えば、経皮的冠動脈形成術(PCI)又は末梢動脈血管内治療(EVT)を受けた動脈硬化患者を「重篤な動脈硬化性疾患を発症している患者」として、そのような患者群の血中ミオシン重鎖11レベルの測定値に基づき、重度動脈硬化基準値を定めることができる。PCIやEVTを受けた患者は、下肢動脈等の末梢動脈や冠動脈に治療処置が必要なほどの非常に進行した動脈硬化を有する患者であり、非常に重篤な動脈硬化病変を有する患者ということができる。被検者の測定値がこの重度動脈硬化基準値に近い場合、又は該基準値を超える場合、当該被検者は特に重篤な動脈硬化又は特に重篤な動脈硬化性疾患を有しているおそれがあると判断することができる。そのような被検者に対して早急に精密検査を行ない、異常が確認された場合にはただちに治療処置、ないしは経過観察を慎重に行なうことで、動脈硬化性疾患の早期発見・早期治療が可能になる。
【0035】
また、本発明は、動脈硬化性疾患の治療処置の治療効果判定や、臨床試験等における治療薬候補物質の治療効果の判定にも活用することができる。治療処置を受けた患者において、治療処置前と比較して血中ミオシン重鎖11レベルが低下した場合、その治療処置により治療効果が得られていると判断することができる。また、治療薬候補物質の投与を受けた患者において、投与前と比較して血中ミオシン重鎖11レベルが低下した場合、その治療薬候補物質に動脈硬化性疾患の治療効果があると判断することができる。また、本発明の方法は、重篤な動脈硬化性疾患も含め、動脈硬化性疾患の発症リスクの高い患者、あるいは動脈硬化性疾患を有するおそれのある患者を検出する方法として実施することも可能である。健常者よりも高い血中ミオシン重鎖11レベルが、発症高リスク、あるいは動脈硬化性疾患を有する可能性が高いことの指標となる。
【0036】
本発明の方法において用いる(A)~(C)の抗体は、動脈硬化病変の検出試薬として使用することができる。すなわち、本発明は、以下の検出試薬も提供する。
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片((A)の抗体)を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片((B)の抗体)を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片と、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片との混合物((C)の抗体混合物)を含有する、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬。
【0037】
これらの検出試薬は、(A)~(C)の各抗体ないし抗原結合性断片のみからなっていてもよいし、これら抗体又はその抗原結合性断片の安定化等に有用な他の成分をさらに含んでいてもよい。また、これら抗体又はその抗原結合性断片は、標識物質ないしはビオチン等の特異結合分子が結合した形態や、プレート、粒子等の固相に固定化された形態であってもよい。
【0038】
(A)を含む試薬は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLVの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない試薬であることが好ましい。ここでいう「実質的に含有しない」とは、YDKLEKTKNRLQQELDDLV以外の領域を認識してミオシン重鎖11に結合する抗体が(A)を含む試薬中に含有される場合があっても、当該試薬において、そのような抗体がミオシン重鎖11に結合する量が、YDKLEKTKNRLQQELDDLVに結合する抗体の量の約1/100以下であることを意味する。
【0039】
(B)を含む試薬は、ミオシン重鎖11のADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない試薬であることが好ましい。ここでいう「実質的に含有しない」とは、ADLEKEELAEELASSLSGR以外の領域を認識してミオシン重鎖11に結合する抗体が(B)を含む試薬中に含有される場合があっても、当該試薬において、そのような抗体がミオシン重鎖11に結合する量が、ADLEKEELAEELASSLSGRに結合する抗体の量の約1/100以下であることを意味する。
【0040】
(C)を含む試薬は、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識する抗体又はその抗原結合性断片を実質的に含有しない試薬であることが好ましい。ここでいう「実質的に含有しない」という語は、YDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を認識してミオシン重鎖11に結合する抗体が(C)を含む試薬中に含有される場合があっても、当該試薬において、そのような抗体がミオシン重鎖11に結合する量が、YDKLEKTKNRLQQELDDLVに結合する抗体及びADLEKEELAEELASSLSGRに結合する抗体の量の約1/100以下であることを意味する。
【0041】
本発明の検出試薬は、(A)~(C)には該当しない抗ミオシン重鎖11抗体又はその抗原結合性断片を含む試薬、すなわち、YDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRとは異なる領域を特異的に認識してミオシン重鎖11に結合する抗体又はその抗原結合性断片を含む試薬と組み合わせて動脈硬化病変の検出に用いることもできるし、(A)を含む試薬、(B)を含む試薬、及び(C)を含む試薬から選択される2以上の試薬を組み合わせて動脈硬化病変の検出に用いることもできる。
【0042】
また、上述したように、(A)がポリクローナル抗体である場合、(A)を含む試薬を固相抗体と標識抗体の両方に用いてサンドイッチ法を実施できるし、(B)がポリクローナル抗体である場合、(B)を含む試薬を固相抗体と標識抗体の両方に用いてサンドイッチ法を実施できる。(C)を含む試薬は、そこに含まれる(A)の抗体及び(B)の抗体がポリクローナルであるかモノクローナル抗体であるかに関わらず、(C)を含む試薬を固相抗体と標識抗体の両方に用いてサンドイッチ法を実施できる。
【0043】
本発明はまた、(A)を含む試薬、(B)を含む試薬、及び(C)を含む試薬から選択される少なくとも1つの試薬を含む、動脈硬化病変の検出に使用するための試薬セットを提供する。当該試薬セットは、(A)を含む試薬、(B)を含む試薬、及び(C)を含む試薬から選択される1つの試薬と、ミオシン重鎖11のYDKLEKTKNRLQQELDDLV及びADLEKEELAEELASSLSGRの領域以外の領域を特異的に認識する抗体又はその抗原結合性断片を含有する試薬とを含む試薬セットであってよい。また、当該試薬セットは、(A)を含む試薬、(B)を含む試薬、及び(C)を含む試薬から選択される2つの試薬を含む試薬セットであってよい。本発明の試薬セットは、例えば、サンドイッチ法により血液試料中のミオシン重鎖11レベルを測定することにより動脈硬化病変を検出するための試薬セットであってよい。
【0044】
本発明はまた、上記した本発明の検出試薬又は試薬セットを含む、動脈硬化病変の検出キット(動脈硬化病変の検出に使用するためのキット)を提供する。当該キットは免疫測定キットであり、免疫測定に必要な他の試薬類等も含んでいてよい。免疫測定に必要な他の試薬類は周知である。例えば、本発明のキットには、上記した検出試薬又は試薬セットのほか、検体希釈液、洗浄液、及び、標識抗体に使用されている標識物質が酵素の場合には該酵素の基質液等がさらに含まれ得る。また、キットには通常、使用説明書が含まれる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0046】
<作製例1>ミオシン重鎖11 C末端領域前半部分を認識するモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)の作製
既知の方法(Rat腸骨リンパ免疫法)により、ミオシン重鎖11 C末端領域前半部分を認識するモノクローナル抗体を30種類作製し、そのうち1種(MYSR2Re2M04)を選択した。
【0047】
免疫には哺乳動物細胞を用いた組換えミオシン重鎖11を用いた。ミオシン重鎖11を含むORFを購入(株式会社ダナフォーム)し、配列番号5、6に示した塩基配列のプライマーを用いてミオシン重鎖11 C末端領域の前半部分をPCR法にて増幅し、In-Fusion(登録商標) HD Cloning Kit(タカラバイオ株式会社)を用いてpECE Vectorに導入した。作製したプラスミドにより、Lipofectamine(登録商標) 3000(Thermo)を用いてHEK293Tを形質転換し、一過性発現にて組換えミオシン重鎖11 C末端領域の前半部分(配列番号4の844~1393番残基の領域に相当)を得た。これを免疫抗原とし、Ratモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)を得た。
【0048】
<作製例2>ミオシン重鎖11を認識する精製抗血清及びポリクローナル抗体作製
既知の方法(Rabbit免疫法;シグマアルドリッチジャパンカスタム抗体作製)により、ミオシン重鎖11を認識するポリクローナル抗体を作製した。免疫ペプチド2種は、常法の化学合成により調製したものを用いた。
【0049】
ミオシン重鎖11 C末端領域の後半部分のアミノ酸配列である、配列番号4の1422~1440番残基の領域(
図6-4の下線部分YDKLEKTKNRLQQELDDLV、ペプチド1)と配列番号4の1713~1731番残基の領域(
図6-5の下線部分ADLEKEELAEELASSLSGR、ペプチド2)をウサギに混合免疫し、全採血を行った。得られた抗血清はHiTrap Protein A Column(GEヘルスケア)にて精製後、精製抗血清を得た。HiTrap NHS Activated Column(GEヘルスケア)に、ペプチド1及びペプチド2のいずれかを既定の方法にて結合させ、Protein Aにて精製した抗血清をアフィニティー精製することで、ミオシン重鎖11を認識する2種のポリクローナル抗体を得た。ペプチド1を結合させたカラムで精製したポリクローナル抗体(すなわち、ペプチド1を特異的に認識するポリクローナル抗体)をPOS 3、ペプチド2を結合させたカラムで精製したポリクローナル抗体(すなわち、ペプチド2を特異的に認識するポリクローナル抗体)をPOS 4とした。得られた各ポリクローナル抗体はBiotin Labeling Kit-NH2(同仁化学研究所)を用いてBiotinラベル化を行った。それぞれビオチン化POS 3、ビオチン化POS 4とした。
【0050】
<測定例1(実施例)>自作抗体を用いたELISAによるミオシン重鎖11測定
動脈硬化群の血漿検体は、動脈硬化の進行により腹部大動脈瘤(AAA)を発症し、カテーテル治療又はステント治療を受けた患者20名より採取した。陰性対照の正常血漿検体は、動脈硬化及びそのリスクファクターのない日本人健常者23名より採取した。
【0051】
作製例1で得られたRatモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)を200 ng/ウェルになるようカーボネート緩衝液(pH9.8)で希釈し、MaxiSorp96穴プレート(Nunc社製)に固相化した。4℃にて一晩反応後、TBS-T(0.05% Tween20を含むTris-Buffered Saline)により3回洗浄し、3%ウシ血清アルブミン(BSA; Bovine Serum Albumin)を含むTBS溶液を200μL/ウェルにて各ウェルに添加し、室温で2時間放置した。
【0052】
TBS-Tで3回洗浄を行なった後、AAA患者血漿20名又は動脈硬化及びそのリスクファクターのない日本人健常者23名の検体を、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液にて4倍希釈し40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。
【0053】
TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、作製例2で得られたビオチン化POS 3抗体を1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で4μg/mLになるよう希釈し、40μL/ウェルで添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で50000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識Streptavidin(フナコシ株式会社)溶液を40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより4回洗浄を行ない、TMB Microwell Peroxidase Substrate(KPL社製)を添加後、1 mol/Lリン酸溶液で反応停止し、吸光測定プレートリーダーにて450 nmの吸光値を測定した。
【0054】
結果を
図1に示す。正常群と比較して、動脈硬化群であるAAA患者群では明らかに血中ミオシン重鎖11が高値であった。
【0055】
【0056】
表1は、ミオシン重鎖11による動脈硬化群(AAA患者群)の検出能をROC解析により評価した結果である。この結果より、独立変数である血漿中のミオシン重鎖11濃度と二分変数である動脈硬化の有無というアウトカムとの関係が有意に強いということが示された。また、ROC曲線下面積(AUC: area under the curve)は0.8391であった。後述する測定例2の市販ELISAキットと比較して高い診断性能を示した。
【0057】
<測定例2(参考例)>市販キットを用いたミオシン重鎖11測定
動脈硬化群の血漿検体は、動脈硬化の進行により腹部大動脈瘤(AAA)を発症し、カテーテル治療又はステント治療を受けた、測定例1と同じ患者20名より採取した検体を用いた。陰性対照の正常血漿検体は、動脈硬化及びそのリスクファクターのない、測定例1と同じ日本人健常者23名より採取した検体を用いた。
【0058】
血漿中のミオシン重鎖11測定は、抗ミオシン重鎖11抗体を固相抗体及び標識抗体とするヒトミオシン重鎖11 ELISAキット(CUSABIO社、以下このELISAキットを「市販ELISAキット」と呼ぶ)を用いたサンドイッチELISAによりプロトコル通り行なった。測定は吸光測定プレートリーダーにて450 nmの吸光値を測定した。
【0059】
結果を
図2に示す。発明者らによる過去の検討により、市販ELISAキットに含まれる抗体はポリクローナル抗体を使用していることが示されている(WO 2017/141980)。市販ELISAキットに含まれている抗体はポリクローナル抗体の為、詳細な認識部位は不明である。
【0060】
【0061】
表2は、ミオシン重鎖11による動脈硬化群(AAA患者群)の検出能をROC解析により評価した結果である。AUCは0.6391と低い値であった。
【0062】
<測定例3(実施例)>ポリクローナル抗体を用いたELISAによるミオシン重鎖11測定
動脈硬化群の血漿検体は、動脈硬化の進行により腹部大動脈瘤(AAA)を発症し、カテーテル治療又はステント治療を受けた、測定例1と同じ患者20名より採取した検体を用いた。陰性対照の正常血漿検体は、動脈硬化及びそのリスクファクターのない、測定例1と同じ日本人健常者23名より採取した検体を用いた。
【0063】
作製例2で得られた精製抗血清(ペプチド1に対する抗体及びペプチド2に対する抗体の混合物に相当)を400 ng/ウェルになるようカーボネート緩衝液(pH9.8)で希釈し、MaxiSorp96穴プレート(Nunc社製)に固相化した。4℃にて一晩反応後、TBS-T(0.05% Tween20を含むTris-Buffered Saline)により3回洗浄し、3%ウシ血清アルブミン(BSA;Bovine Serum Albumin)を含むTBS溶液を200μL/ウェルにて各ウェルに添加し、室温で2時間放置した。
【0064】
TBS-Tで3回洗浄を行なった後、AAA患者20名の検体又は日本人健常者23名の検体を、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液にて4倍希釈し40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。
【0065】
TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、作製例2で得られたビオチン化POS 3抗体を1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で4μg/mLになるよう希釈し、40μL/ウェルで添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で50000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識Streptavidin(フナコシ株式会社)溶液を40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより4回洗浄を行ない、TMB Microwell Peroxidase Substrate(KPL社製)を添加後、1 mol/Lリン酸溶液で反応停止し、吸光測定プレートリーダーにて450 nmの吸光値を測定した。
【0066】
結果を
図3に示す。正常群と比較して、動脈硬化群であるAAA患者群では明らかに血中ミオシン重鎖11が高値であった。
【0067】
【0068】
表3は、ミオシン重鎖11による動脈硬化群(AAA患者群)の検出能をROC解析により評価した結果である。AUCは0.8130であり、測定例1の測定方法に匹敵する高い値であった。この結果より、配列番号4の1422~1440番残基の領域又は1713~1731番残基の領域を特異的に認識する抗体を測定に用いることで効率よく動脈硬化の診断ができることが示された。
【0069】
<測定例4(比較例)>同一モノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISAによるミオシン重鎖11測定
動脈硬化群の血漿検体は、動脈硬化の進行により腹部大動脈瘤(AAA)を発症し、カテーテル治療又はステント治療を受けた、測定例1と同じ患者20名より採取した検体を用いた。陰性対照の正常血漿検体は、動脈硬化及びそのリスクファクターのない、測定例1と同じ日本人健常者23名より採取した検体を用いた。
【0070】
作製例1で得られたRatモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)を200 ng/ウェルになるようカーボネート緩衝液(pH9.8)で希釈し、MaxiSorp 96穴プレート(Nunc社製)に固相化した。4℃にて一晩反応後、TBS-T(0.05% Tween20を含むTris-Buffered Saline)により3回洗浄し、3%ウシ血清アルブミン(BSA;Bovine Serum Albumin)を含むTBS溶液を200μL/ウェルにて各ウェルに添加し、室温で2時間放置した。
【0071】
TBS-Tで3回洗浄を行なった後、AAA患者血漿20名又は動脈硬化及びそのリスクファクターのない日本人健常者23名の検体を、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液にて4倍希釈し40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。
【0072】
TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、固相化した抗体と同一のモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)をビオチン化し、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で4μg/mLになるよう希釈し、40μL/ウェルで添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で50000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識Streptavidin(フナコシ株式会社)溶液を40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより4回洗浄を行ない、TMB Microwell Peroxidase Substrate(KPL社製)を添加後、1 mol/Lリン酸溶液で反応停止し、吸光測定プレートリーダーにて450 nmの吸光値を測定した。
【0073】
結果を
図4に示す。正常23名及び動脈硬化患者であるAAA患者20名の計43名の、血中ミオシン重鎖11の測定結果である。同一モノクローナル抗体によるサンドイッチ法で測定できる検体も少数存在したが、測定例1で高値を示した検体の多くが低値となっており、動脈硬化を正しく検出できていないことが示された。
【0074】
【0075】
表4は、ミオシン重鎖11による動脈硬化群(AAA患者群)の検出能をROC解析により評価した結果である。AUCは0.5282と非常に低い値であり、ペプチド1を特異的に認識する抗体、ペプチド2を特異的に認識する抗体、及びこれら抗体の混合物のいずれにも該当しない抗体によるサンドイッチ法では動脈硬化の検出性能が低いことが示された。
【0076】
また、
図4に示される通り、ペプチド1を特異的に認識する抗体、ペプチド2を特異的に認識する抗体、及びこれら抗体の混合物のいずれにも該当しない抗体によるサンドイッチ法では、ペプチド1を特異的に認識する抗体、ペプチド2を特異的に認識する抗体、及びこれら抗体の混合物の少なくともいずれか1つを用いたサンドイッチ法で測定値が得られた検体の多くが低値となった一方、ミオシン重鎖11が測定される検体も少数存在した。これらの結果は、ミオシン重鎖11が血中で複数の分子様態で存在することを示唆している。
【0077】
<作製例3(実施例)>免疫測定装置に用いるミオシン重鎖11の免疫試薬の構築
免疫測定装置として全自動エンザイムイムノアッセイ装置(AIA-CL2400、測定原理:CLEIA、東ソー社製)に使用する免疫反応試薬を構築し、ELISA測定結果との相関を求めた。作製例1及び2で作製した抗体を用いたミオシン重鎖11免疫反応試薬は、以下のようにして調製した。
【0078】
(1) 固相懸濁液の調製
作製例1で得られたミオシン重鎖11を認識するモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)と磁性微粒子(Dynabeads(登録商標) M-280 Tosylactivated; Thermo Fisher Scientific)を、当該磁性微粒子のプロトコルに記載されている緩衝液にて懸濁し、37℃で17時間抗体を固定化した。抗体固定化後、10%のBlockmaster CE510(JSR)を含む0.05 mol/L Tris-HCl緩衝液(pH8.0)中に抗体固定化微粒子を懸濁し、37℃で5時間インキュベートしてブロッキングを行い、抗MYH11抗体固定化磁性微粒子を得た。調整した抗体固定化磁性微粒子を、コラーゲンペプチド、糖、塩類等を含むMES緩衝液で希釈・混合し、固相懸濁液を作製し、免疫試薬用樹脂製2穴容器の一方の穴に分注した。
【0079】
(2) 検出用標識抗体溶液の調製
作製例2で得られたミオシン重鎖11を認識するポリクローナル抗体POS 3を、Alkaline Phosphatase Labeling Kit - NH2(同仁化学研究所)を用いてアルカリホスファターゼラベル化を行い、ALP化POS 3抗体とした。それをコラーゲンペプチド、糖、塩類等を含むMES緩衝液で希釈・混合し、終濃度4μg/mLの検出用標識抗体溶液を作製し、前述の樹脂製2穴容器の他方の穴に分注した。
【0080】
(3) ミオシン重鎖11の免疫試薬の調製
(1)及び(2)の通りに作製した2穴容器を凍結乾燥し、ミオシン重鎖11免疫反応試薬を調製した。
【0081】
<測定例5(実施例)>ミオシン重鎖11免疫反応試薬を用いた血中ミオシン重鎖11測定
測定に使用した検体は、EDTA血漿検体に作製例1にて使用した組換え抗原をスパイクした21例の検体(以下スパイク検体)を用いて検討を行った。
【0082】
全自動エンザイムイムノアッセイ装置に作製例3で作製した免疫反応試薬をセットし、測定を行った。反応スキームは免疫反応試薬が入っている2穴のうち、固相懸濁液の凍結乾燥物が入っている穴に溶解液を入れて溶解し、スパイク検体を20μL分注し、37℃で約6分間反応させた(第一反応)。次に、検出用標識抗体溶液の凍結乾燥物が入っている穴に溶解液を入れて溶解し、それをもう一方の穴に分注し、37℃で約3分間反応させた(第二反応)。その後B/F分離して未反応物質を除去した後、発光基質(3-(5-tert-ブチルー4,4-ジメチルー2,6,7-トリオキサビシクロ[3.2.0]ヘプト-1-イル)フェニルリン酸エステル ジナトリウム塩)を分注して約4分間反応させ、固相に結合したアルカリホスファターゼ活性の発光量からシグナルを測定した。
【0083】
<測定例6>ELISAによるミオシン重鎖11測定
作製例1で得られたRatモノクローナル抗体(MYSR2Re2M04)を200 ng/ウェルになるようカーボネート緩衝液(pH9.8)で希釈し、MaxiSorp96穴プレート(Nunc社製)に固相化した。4℃にて一晩反応後、TBS-T(0.05% Tween20を含むTris-Buffered Saline)により3回洗浄し、3%ウシ血清アルブミン(BSA; Bovine Serum Albumin)を含むTBS溶液を200μL/ウェルにて各ウェルに添加し、室温で2時間放置した。
【0084】
TBS-Tで3回洗浄を行なった後、スパイク検体を1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液にて4倍希釈し40μL/ウェルにて添加し、室温で1時間放置した。
【0085】
TBS-Tにより3回洗浄を行なった後、作製例3で得られたALP化POS 3抗体を1%ウシ血清アルブミンを含むTBS-T溶液で4μg/mLになるよう希釈し、40μL/ウェルで添加し、室温で1時間放置した。TBS-Tにより4回洗浄を行なった後、4-Methylumbelliferyl Phosphate(Invitrogen)を添加して約20分間反応させ、固相に結合したアルカリホスファターゼ活性の蛍光量からシグナルを測定した。
【0086】
抗原スパイク検体を用いた免疫反応試薬とELISAの相関図を
図5に示す。作製した免疫反応試薬のシグナルとELISA測定のシグナルは有意に相関していることが示された。作製した抗ミオシン重鎖11抗体は、免疫反応試薬に使用できる抗体であることが確認された。また測定フォーマットが異なっても正しくミオシン重鎖11が測定できることが示唆された。
【配列表】