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  • 特許-聴力検査システムおよび聴力検査方法 図1
  • 特許-聴力検査システムおよび聴力検査方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】聴力検査システムおよび聴力検査方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/12 20060101AFI20240603BHJP
   A61B 5/38 20210101ALI20240603BHJP
【FI】
A61B5/12
A61B5/38
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020114871
(22)【出願日】2020-07-02
(65)【公開番号】P2022012786
(43)【公開日】2022-01-17
【審査請求日】2023-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】高橋 宏知
(72)【発明者】
【氏名】可部 泰生
【審査官】伊藤 昭治
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-140094(JP,A)
【文献】特開2005-296607(JP,A)
【文献】特開2012-228525(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/12
A61B 5/372
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に振幅変調音を与えた際の脳波信号を測定する脳波測定部と、
測定された脳波信号を、前記振幅変調音の変調周期以下の長さの区間に分割する脳波分割部と、
全区間のうちの任意の2つの区間の脳波信号の類似度を算出する類似度算出部と、
前記類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う聴力判定部と、を備えた聴力検査システム。
【請求項2】
前記類似度算出部は、
全区間のうち、脳波信号の任意の上昇区間同士または任意の下降区間同士の類似度と、任意の上昇区間と任意の下降区間の類似度を算出し、
前記聴力判定部は、
前記脳波信号の任意の上昇区間同士または任意の下降区間同士の類似度の分布と、任意の上昇区間と任意の下降区間の類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う請求項1に記載の聴力検査システム。
【請求項3】
前記類似度算出部は、
任意の2つの区間の脳波信号の類似度を算出し、
前記聴力判定部は、
前記類似度の分布のうち、正の類似度で頻度が最も高い類似度の頻度の値と、負の類似度で頻度が最も高い類似度の頻度の値に基づいて、聴力の判定を行う請求項1に記載の聴力検査システム。
【請求項4】
前記脳波分割部は、
前記脳波信号を、前記振幅変調音の変調に同期して上昇する区間または下降する区間に分割する、請求項1に記載の聴力検査システム。
【請求項5】
測定された脳波信号から、バンドパスフィルタを用いて、前記振幅変調音の変調周期数の近傍の成分を抽出する脳波成分抽出部を備え、
前記脳波分割部は、
前記バンドパスフィルタを用いて抽出された脳波信号の成分を、前記振幅変調音の変調周期以下の長さの区間に分割する、請求項1から4のいずれか1項に記載の聴力検査システム。
【請求項6】
プロセッサが、被験者に振幅変調音を与えた際の脳波信号を測定する工程と、
プロセッサが、測定された脳波信号を、前記振幅変調音の変調周期以下の長さの区間に分割する工程と、
プロセッサが、全区間のうちの任意の2つの区間の脳波信号の類似度を算出する工程と、
プロセッサが、前記類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う工程と、を備えた聴力検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、聴力検査システムおよび聴力検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳波を利用した他覚的聴力検査は、乳幼児や認知症患者などのように、自覚的な聴力検査の実施が困難な被験者の検査などで広く利用されている。
【0003】
他覚的聴力検査に関し、特許文献1には、ASSR(聴性定常反応)誘発電位信号デ-タに対してカルマンフィルタによる波形推定処理を行い、推定した波形信号デ-タに対して聴力判定処理を行うことにより、測定時間を短縮する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-228525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
他覚的聴力検査で得られる脳波の信号はS/N比が低く、このため、脳波の測定を複数回行って加算平均を取ることにより、検査の精度を上げる必要があった。しかし、測定回数が増えると検査時間が長くなり被験者の負担が大きかった。
【0006】
特許文献1に記載された方法では、カルマンフィルタによる推定を適用することにより少ない測定回数で検査精度を上げる方法を提案しているが、波形推定処理を行うための計算負荷などが大きくなるという問題があった。
【0007】
本発明は、以上説明した事情を鑑みてなされたものであり、他覚的聴力検査の検査時間を短縮し、計算処理の負荷を上げずに精度の高い検査結果を得ることを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態に係る聴力検査システムは、被験者に振幅変調音を与えた際の脳波信号を測定する脳波測定部と、測定された脳波信号を、前記振幅変調音の変調周期以下の長さの区間に分割する脳波分割部と、全区間のうちの任意の2つの区間の脳波信号の類似度を算出する類似度算出部と、前記類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う聴力判定部と、を備えるものである。
【0009】
本発明の一実施形態に係る聴力検査方法は、被験者に振幅変調音を与えた際の脳波信号を測定する工程と、測定された脳波信号を、前記振幅変調音の変調周期以下の長さの区間に分割する工程と、全区間のうちの任意の2つの区間の脳波信号の類似度を算出する工程と、前記類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う工程と、を備えたものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、他覚的聴力検査の検査時間を短縮し、計算処理の負荷を上げずに精度の高い検査結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る聴力検査システム1の概略構成を示す図。
図2】本発明の実施形態に係る聴力検査システム1による聴力判定の流れのフローチャ ート。
図3】本発明の実施形態に係る聴力検査システム1による脳波データの分割を説明する 図。
図4】本発明の実施形態に係る聴力検査システム1による任意の2つの区間の脳波の類 似度の計算結果の分布を例示した図。
図5】本発明の実施形態に係る聴力検査システム1による脳波データの分割を説明する 図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0013】
実施の形態
図1は、本実施形態に係る聴力検査システム1の概略構成を示す図である。図1に示すように、聴力検査システム1は、刺激音出力装置10と、脳波解析装置20を備えている。聴力検査システム1は、聴性定常反応(auditory steady-state response:ASSR)を利用した他覚的聴力検査を行うためのシステムである。
【0014】
刺激音出力装置10は、図1に示すように、被験者Sに与える刺激音を出力する装置である。音刺激出力装置10によって出力される刺激音は、一定の周波数(例えば40Hz)で振幅変調された純音であり、包絡線の振幅が増大する部分と減少する部分が繰り返される。
【0015】
脳波解析装置20は、被験者Sの頭部や両耳に装着された電極を介して被験者Sの脳波を測定し、記録すると共に、脳波を解析して聴力の判定を行う。被験者Sの脳波信号は、被験者Sの聴力が正常な場合、刺激音出力装置10から出力される刺激音の変調周波数にほぼ同期して変化する。具体的には、刺激音の包絡線の振幅の増大にほぼ同期して脳波の振幅も増大し、刺激音の包絡線の振幅の減少にほぼ同期して脳波の振幅も減少する。
【0016】
図1に示すように、脳波解析装置20は、制御装置21(脳波測定部、脳波分割部、類似度算出部、聴力判定部、脳波成分抽出部)と、記憶装置22を備えている。制御装置21は、ハードウェアとして、CPU、ROMやRAM等のメモリ、入力インタフェース、出力インタフェース、通信インタフェース及びこれらを結ぶバス等を備えている。制御装置21は、CPUがROM等に格納されたプログラムを実行することにより各種機能を実現する。
【0017】
記憶装置22は、ハードディスクドライブ等である。記憶装置22には、各種プログラムや各種データが記憶されている。また、記憶装置22には、被験者Sに与えられた刺激音のデータと、測定した被験者Sの脳波のデータが記憶されている。
【0018】
次に、聴力検査システム1による聴力判定の流れについて、図2のフローチャートを用いて説明する。
【0019】
まず、聴力検査システム1において、被験者Sの脳波の測定を行う(ステップS101)。具体的には、音刺激出力装置10から出力される刺激音を被験者Sに両耳に取り付けたヘッドフォンやイヤホン、補聴器等を介して一定時間与え、その間の被験者Sの脳波を測定して記憶装置22に記録する。刺激音は、ここでは純音に正弦波的に一定の周波数(例えば40Hz)で振幅変調をかけたものである。したがって、被験者Sには、変調周期にしたがって包絡線の振幅が増大する部分と減少する部分が一定の間隔で繰り返される刺激音が与えられる。
【0020】
次に、脳波解析装置20は、記憶装置22に記録した脳波の測定値のデータから、バンドパスフィルタを用いて、刺激音の変調周波数(ここでは、40Hz)の近傍の成分を抽出する(ステップS102)。具体的には、例えば40Hzの±5%(38Hz~42Hz)の帯域幅の脳波信号を抽出するようにしてもよい。このように、刺激音の変調に同期する成分を用いて以降の解析を行うことにより、刺激音以外の要因による脳波の変化を排除し、刺激音に対する反応をより正確に解析することができる。
【0021】
次に、脳波解析装置20は、ステップS102で抽出した脳波信号の成分を一定の間隔で分割する(ステップS103)。図3は、脳波の測定値の分割について説明する図である。図3には、被験者Sに与えた刺激音(振幅変調音)と、その間の被験者Sの脳波信号が示されている。図3の例では、脳波信号を、刺激音の変調周期の1/2の長さLの区間に分割している。なお、刺激音に反応して検出される脳波信号にはタイムラグがある。このため、図3に示すように、脳波信号はこのタイムラグを考慮して、刺激音の信号から少し遅れたタイミングを起点として分割されている。分割された各区間のうち、刺激音の包絡線の振幅が増大する区間(上昇区間)に対応する区間を「p」で示し、包絡線の振幅が減少する区間(下降区間)に対応する区間を「n」で示している。なお、上述したように、通常、脳波は刺激音の振幅の上昇・下降に同期して、上昇区間と下降区間に分けられることが想定されるが、常に同期するとは限らず、上昇区間と下降区間に明確に分けられない場合もある。
【0022】
次に、脳波解析装置20は、分割した各区間の中から2つの区間の脳波データを抽出し、類似度を算出する(ステップS104)。例えば、図3に示す、上昇区間(「p」の区間)の中から任意の2つの区間の脳波データを選択し、類似度を算出する。類似度は、例えば内積、ピアソンの積率相関係数、コサイン類似度、MIC(Maximal information coefficient)、HSIC(Hilbert-Schmidt Independence Criteria)等である。類似度は、できるだけ多くの区間の組み合わせについて算出する。例えば、全ての上昇区間の中の2つの組み合わせ(20区間であれば、20×19/2=190通りの組み合わせ)と、全ての下降区間(「n」の区間)の中の2つの組み合わせと、上昇区間と下降区間の組み合わせについて、それぞれ類似度を算出する。なお、類似度を算出する前に、分割した各区間の脳波信号を標準化(平均0、分散1に正規化)しておいてもよい。
【0023】
次に、脳波解析装置20は、ステップS104で算出した全ての組み合わせの類似度の分布に基づいて、聴力の判定を行う(ステップS105)。図4は、任意の2つの区間の脳波の類似度の計算結果の分布を例示した図である。横軸は類似度を、縦軸は類似度の頻度を示している。図中、左のグラフ(P-P)は、上昇区間同士の組み合わせの類似度の分布、中央のグラフ(P-N)は上昇区間と下降区間の組み合わせの類似度の分布、右のグラフ(N-N)は、下降区間同士の組み合わせの類似度の分布を示している。
【0024】
脳波解析装置20は、上昇区間同士のグラフ(P-P)または下降区間同士のグラフ(N-N)の正の類似度で最も高い頻度(グラフの右側のピーク)を示した類似度の頻度値(Peak_P)と、上昇区間と下降区間の組み合わせのグラフ(P-N)の正の類似度で最も高い頻度(グラフの右側のピーク)を示した類似度の頻度値(Peak_N)の比が所定の閾値以上であれば(下記、式(1)を参照)、被験者Sに音が聴こえていると判定する。
Peak_P/Peak_N ≧ 閾値 …(1)
【0025】
なお、式(1)のようなピークの比以外にも、両分布の中央値の差や、分布間距離の値に基づいて、被験者Sに音が聴こえているか否かの判定を行うようにしてもよい。
【0026】
以上の方法で聴力判定を行ったところ、30秒程度の脳波測定で、十分な精度の結果を得られることが分かった。すなわち、30秒間分の脳波を刺激音の1/2周期の長さで分割し、任意の2つの上昇区間同士または下降区間同士の類似度の分布と、任意の上昇区間と下降区間の類似度の分布とを比較することで、被験者Sに音が聴こえているか否かを高い精度で判定できることが分かった。
【0027】
なお、従来のように複数回の脳波測定を行って加算平均を取る方法では、十分な精度を得るために通常5~10分程度の測定時間を要していた。
【0028】
以上のように本実施形態によれば、被験者に刺激音を与えた際の脳波を測定し、測定された脳波を一定の時間間隔の区分に分割し、任意の2つの区間の類似度の分布に基づいて聴力の判定を行うようにした。これにより、一度の脳波測定で得られた脳波のデータから、精度の高い聴力判定を行うことができる。このため、検査の精度を上げるために複数回の脳波測定を行って加算平均を取る必要がなく、測定時間を短縮し被験者の負担を低減することができる。また、推定処理などの計算処理を行わないので、装置の処理負荷が上がることもない。
【0029】
また、脳波信号を上昇区間と下降区間に分け、上昇区間と上昇区間の組み合わせ、下降区間と下降区間の組み合わせ、上昇区間と下降区間の組み合わせ、それぞれの組み合わせの類似度の分布を算出することにより、分布のパターンが複数得られ、検査の精度を高めることができる。
【0030】
なお、脳波信号の分割の仕方は上記の実施例のものに限られない。上記の例では、脳波を刺激音の1/2周期の長さで分割しているが、例えば図5に示すように、刺激音の1周期分の長さで脳波を分割してもよい。刺激音の1周期分の長さで分割した場合には、脳波信号は明確に上昇区間と下降区間に分けられないので、この場合、分割した各区間の中から、任意の2つの区間の脳波データの類似度を算出するようにしてもよい。さらに、類似度の分布のグラフも1つのみ作成できるので、この場合は、1つのグラフの正のピーク値(正の類似度で最も高い頻度を示した類似度の頻度値)と負のピーク値(負の類似度で最も高い頻度を示した類似度の頻度値)の比に基づいて、聴力の判定を行うようにしてもよい。
【0031】
また、脳波信号は上昇区間と下降区間に分けられるように分割されることが望ましいが、必ずしも上昇区間と下降区間に分けられていなくてもよい。また、1つの脳波データからより多くの類似度の分布図が作成できるように分割することが望ましい。
【0032】
本発明は、例えば補聴器のフィッティングなどに活用することができる。本発明によれば、短い時間で精度の高い検査を行うことが可能なので、被験者に負担をかけずに補聴器の調整を行うことができる。
【0033】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、他の様々な形で実施することができる。このため、上記実施形態はあらゆる点で単なる例示にすぎず、限定的に解釈されるものではない。例えば、上述した各処理ステップは処理内容に矛盾を生じない範囲で任意に順番を変更し、または並列に実行することができる。
【符号の説明】
【0034】
1…聴力検査システム
10…刺激音出力装置
20…脳波解析装置
21…制御装置
22…記憶装置
図1
図2
図3
図4
図5