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特許7497035イネウンカ類を識別する方法、プライマーセット、及び、識別するキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】イネウンカ類を識別する方法、プライマーセット、及び、識別するキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20240603BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240603BHJP
   C12Q 1/6888 20180101ALI20240603BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z
C12N15/09 Z ZNA
C12Q1/6888 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020146157
(22)【出願日】2020-08-31
(65)【公開番号】P2022041117
(43)【公開日】2022-03-11
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】矢代 敏久
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-337069(JP,A)
【文献】LIU Yu-Di et al.,Molecular identification of Nilaparvata lugens (Stal), Sogatella furcifera (Horvath) and Laodelphax striatellus (Fallen)(Homoptera: Delphacidae) based on rDNA ITS1 and ITS2 sequences,Acta Entomologica Sinica,2009年11月,Vol.52, No.11,p.1266-1272
【文献】GUANG-HUA WANG et al.,Development and preliminary application of a triplex real-time polymerase chain reaction assay for evaluating predation on three planthoppers in a rice ecosystem,Molecular Ecology Resources,2013年,Vol.13,p.811-819
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 ー 3/00
C12N 15/00 ー 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネウンカ類のrDNAにおけるITS2(Internal Transcribed Spacer 2)領域内の少なくとも一部を増幅するように設計したプライマーセットを用いて、イネウンカ類由来のDNAが含まれ得る試料をマルチプレックスPCRに供し、増幅産物の電気泳動パターンを解析する、イネウンカ類を識別する方法であって、
前記プライマーセットは、以下の(a)~(d)のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における20の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における21の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における20の連続する塩基を含む第3のプライマー;及び
(d)配列番号4に示す塩基配列における21の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含むプライマーセットであり、
前記イネウンカ類は、トビイロウンカ、セジロウンカ、及び、ヒメトビウンカである、方法
【請求項2】
前記イネウンカ類由来のDNAは、粘着板払い落し法、捕虫網、又は吸虫管により捕獲した幼虫及び成虫を含むイネウンカ個体由来のDNAである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
電気泳動パターンの解析において、
前記増幅産物のサイズが480bp~560bpであるとき、トビイロウンカ由来のDNAであると判定し、
前記増幅産物のサイズが165bp~245bpであるとき、セジロウンカ由来のDNAであると判定し、
前記増幅産物のサイズが300bp~380bpであるとき、ヒメトビウンカ由来のDNAであると判定する、
請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記マルチプレックスPCRでは、ヨコバイ類由来のDNAを増幅した増幅産物が生じない、請求項1からのいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
イネウンカ類を識別するためのマルチプレックスPCR用のプライマーセットであって、以下の(a)~(d)のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における20の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における21の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における20の連続する塩基を含む第3のプライマー;及び
(d)配列番号4に示す塩基配列における21の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含むプライマーセットを含み、
前記イネウンカ類は、トビイロウンカ、セジロウンカ、及び、ヒメトビウンカである、プライマーセット
【請求項6】
請求項に記載のプライマーセットを備えた、イネウンカ類を識別するキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネウンカ類を識別する方法、プライマーセット、及び、識別するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
アジア地域における水稲の重要害虫であるイネウンカ類には、トビイロウンカ(Nilaparvata lugens)、セジロウンカ(Sogatella furcifera)、ヒメトビウンカ(Laodelphax striatellus)の3種が含まれる。イネウンカ類は、直接の吸汁によってイネの坪枯れ被害を引き起こすほかに、様々なイネのウイルス病を媒介することで、水稲の収量に多大な悪影響を及ぼす。種ごとに異なる殺虫剤に対する抵抗性を発達させているイネウンカ類の防除指針の迅速な策定には、水田におけるイネウンカ類の種ごとの発生状況を早期に把握することが求められる。
【0003】
イネウンカ類3種は、日本を含めたアジア地域の水田において同時に見られることが多い。イネウンカ類の種の識別は、主に個体の形態形質に基づき行われている。しかし、形態によるイネウンカ類の種の同定には、専門知識と経験を必要とする。特に、イネウンカ類の若齢幼虫では、形態からの正確な種の識別が極めて困難である。そのため、水田におけるイネウンカ類各種の正確な発生量の早期把握が妨げられている。
【0004】
イネウンカ類の種の識別方法として、遺伝子診断技術が挙げられる。遺伝子診断によれば、形態形質に基づく種の同定に関する専門知識や経験、さらには個体の発育ステージに関わらず、イネウンカ類の正確な種の識別が可能である。非特許文献1には、イネウンカ類3種の種特異的プライマー対を用いたシングルプレックスPCR法による識別が記載されている。また、非特許文献2には、イネウンカ類3種の種特異的プライマー対と蛍光プローブを用いたマルチプレックスPCR法による識別が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Liu et al. 2009 Acta Entomologica Sinica 52(11):1266-1272
【文献】Wang et al. 2013 Molecular Ecology Resources 13:811-819
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1の技術では、イネウンカ類3種の種特異的プライマー対を用いた複数回のPCRとアガロースゲル電気泳動を行わなければならない。非特許文献2の技術では、蛍光プローブを用いたマルチプレックスPCRを行うため、アガロースゲル電気泳動よりも費用のかかるシーケンサーを用いた解析が必要である。
【0007】
したがって、より低コストかつ簡易な方法で、イネウンカ類の種を識別できる技術が求められている。
【0008】
本発明の一態様は、イネウンカ類の種を容易に識別する技術を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るイネウンカ類を識別する方法は、イネウンカ類のrDNAにおけるITS2(Internal Transcribed Spacer 2)領域内の少なくとも一部を増幅するように設計したプライマーセットを用いて、イネウンカ類由来のDNAが含まれ得る試料をマルチプレックスPCRに供し、増幅産物の電気泳動パターンを解析する。
【0010】
また、本発明の一態様に係るプライマーセットは、
イネウンカ類を識別するためのマルチプレックスPCR用のプライマーセットであって、以下の(a)~(d)のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマー;及び
(d)配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含む。
【0011】
さらに、本発明の一態様に係るプライマーセットは、
イネウンカ類を識別するためのPCR用のプライマーセットであって、以下の(a)のプライマーと、以下の(b)~(d)からなる群より選択される少なくとも1種のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマー;
(d)配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含む。
【0012】
また、本発明の一態様に係るイネウンカ類を識別するキットは、上述したいずれかのプライマーセットを備えている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、イネウンカ類の種を容易に識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1の結果を示す図である。
図2】実施例2の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上(Aを含みかつAより大きい)、B以下(Bを含みかつBより小さい)」を意味する。
【0016】
本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は、「核酸」又は「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。ここで、核酸は、DNAの形態(例えば、cDNA若しくはゲノムDNA)、又は、RNA(例えば、mRNA)の形態にて存在し得る。DNA又はRNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。一本鎖DNA又はRNAは、コード鎖(センス鎖)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。本明細書において使用される場合、塩基の表記は、適宜IUPAC及びIUBの定める1文字表記を使用する。
【0017】
本発明の一形態は、イネウンカ類を識別するための技術である。本発明の一形態は、イネウンカ類のrDNAに存在するITS2(Internal Transcribed Spacer 2)領域の少なくとも一部を増幅し、増幅産物の電気泳動パターンを解析することで、イネウンカ類を識別する。
【0018】
イネウンカ類は、イネを吸汁することによってイネの坪枯れ被害や様々な病気を発生させる、アジア地域における水稲の重要害虫である。イネウンカ類には、トビイロウンカ(Nilaparvata lugens)、セジロウンカ(Sogatella furcifera)及びヒメトビウンカ(Laodelphax striatellus)が含まれる。本発明の一形態は、トビイロウンカ、セジロウンカ、及び、ヒメトビウンカのイネウンカ類3種を識別するための技術である。イネウンカ類の水田における近縁の昆虫は、ヨコバイ類である。ヨコバイ類は、水田においてイネウンカ類と同時に見られ、同様にイネを吸汁してウイルス病を媒介する。ヨコバイ類には、ツマグロヨコバイ(Nephotettix cincticeps)及びイナズマヨコバイ(Maiestas dorsalis)が含まれる。
【0019】
イネウンカ類の防除指針の迅速な策定には、水田におけるイネウンカ類の種ごとの発生状況を早期に把握することが求められており、本発明によれば、イネウンカ類の複数の種を一度に識別することが可能である。すなわち、本発明によれば、イネウンカ類の種を容易に識別することができる。
【0020】
(イネウンカ類の識別方法)
本発明の一形態に係るイネウンカ類を識別する方法は、イネウンカ類のrDNAにおけるITS2領域内の少なくとも一部を増幅するように設計したプライマーセットを用いて、イネウンカ類由来のDNAが含まれ得る試料をマルチプレックスPCRに供し、増幅産物の電気泳動パターンを解析する、方法である。
【0021】
本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別方法においては、マルチプレックスPCRにより試料中のイネウンカ類由来のDNAを増幅する。増幅するイネウンカ類由来のDNAは、イネウンカ個体由来のDNAであり、イネウンカ類の任意の組織から、従来公知の方法にしたがって抽出し、必要に応じて精製して、増幅反応に供する。
【0022】
DNAを抽出するイネウンカ類の組織には、全身、脚部、頭部、胸部、腹部等が含まれる。また、イネウンカ類は、若齢幼虫から成虫までのいずれの発育ステージであってもよいが、早期識別の観点や形態による識別の困難性を考慮すれば、幼虫(特に若齢幼虫)が好ましい場合がある。本発明の一形態に係る識別方法において、識別の対象となるイネウンカ類は、粘着板払い落し法にて捕獲したイネウンカ類個体(幼虫及び成虫を含む)に限定されず、捕虫網や吸虫管等を用いて捕獲した個体であってもよい。
【0023】
DNAの抽出方法は特に限定されず、フェノール抽出法、アルカリSDS法等が例として挙げられるが、Chelex法により簡易抽出してもよい。また、市販のDNA抽出キットを用いてイネウンカ類からDNAを抽出してもよい。
【0024】
マルチプレックスPCRに供する、イネウンカ類由来のDNAが含まれ得る試料は、イネから捕獲した昆虫(成虫、幼虫等)由来のDNAが含まれる試料であり得る。イネからの昆虫の捕獲方法は特に限定されず、上述したいずれかの捕獲方法であってもよい。また、イネから捕獲した昆虫は、イネウンカ類及びヨコバイ類であり得る。
【0025】
イネウンカ類のrDNAにおけるITS2領域(5.8S rRNA遺伝子と28S rRNA遺伝子との間)内の少なくとも一部を増幅するように設計したプライマーセットは、増幅反応の際にイネウンカ類のrDNAにおけるITS2領域内の所定の位置に特異的にアニーリングするように、5.8S rRNA遺伝子内もしくはITS2領域内の部分配列又はこれらの相補配列を含むように作成したプライマーセットを意味している。
【0026】
本発明の一形態に係る識別方法において用いられるプライマーセットは、イネウンカ類各種について、日本国内で採集された採集場所及び採集年の異なる10個体の5.8S rRNA遺伝子及びITS2領域のDNAシーケンス解析により得られた塩基配列情報と、GenBankに登録されているイネウンカ類3種の塩基配列情報(GenBank accession numbers:KC660120-KC660122及びAB625596-AB625609)に基づき、設計されたものである。このように、本発明の一形態に係る識別方法において用いられるプライマーセットは、採集場所及び採集時期の異なる複数個体の遺伝子配列に基づき設計されているので、塩基配列多型に対応したイネウンカ類の識別が可能である。
【0027】
本発明の一形態に係る識別方法において用いられるプライマーセットに含まれる各プライマーの長さは、例えば、15bp以上、16bp以上、17bp以上、18bp以上、または19bp以上であってもよく、50bp以下、40bp以下、または30bp以下であってもよい。各プライマーは、オリゴヌクレオチドにさらに標識物質等の修飾が施されていてもよい。
【0028】
本発明の一形態に係る識別方法において用いられるプライマーセットは、以下の(a)~(d)のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマー;及び
(d)配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含むプライマーセットであり得る。
【0029】
第1のプライマーは、配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含むプライマーであり、一例として、本実施例のプライマーUnka01F3が挙げられる。第1のプライマーは、イネウンカ類3種に共通するフォワードプライマーである。
【0030】
第2のプライマーは、配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含むプライマーであり、一例として、本実施例のプライマーUnkaT01Rが挙げられる。第2のプライマーは、トビイロウンカ由来のDNAを増幅するリバースプライマーである。
【0031】
第3のプライマーは、配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含むプライマーであり、一例として、本実施例のプライマーUnkaS01Rが挙げられる。第3のプライマーは、セジロウンカ由来のDNAを増幅するリバースプライマーである。
【0032】
第4のプライマーは、配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含むプライマーであり、一例として、本実施例のプライマーUnkaH01Rが挙げられる。第4のプライマーは、ヒメトビウンカ由来のDNAを増幅するリバースプライマーである。
【0033】
上記プライマーセットを用いたイネウンカ類由来のDNAの増幅は、1つのPCR反応系に複数のプライマー対を同時に使用し、複数のDNAを同時に増幅できるマルチプレックスPCRにより行う。なお、上記プライマーセットは、1つのPCR反応系に1対のプライマーを使用し、PCR反応を複数回行うことでイネウンカ類を識別する方法にも適用することができる。
【0034】
PCRの反応条件は、用いるDNAポリメラーゼおよびPCR装置の種類、増幅断片の長さ等に応じて適宜に設定され得る。サイクル条件としては、変性工程、アニーリング工程および伸長工程の3工程を1サイクルとする3ステップPCR法、および、変性工程とアニーリングおよび伸長工程との2工程を1サイクルとする2ステップPCR法を適用することができる。PCR反応条件の一例としては、90~100℃で40~60秒(例えば、95°Cで60秒)、続いて90~100℃で20~40秒(例えば、94℃で30秒)、50~60℃で20~40秒(例えば、56℃で30秒)、及び65~75℃で20~40秒(例えば、72℃で30秒)を25~35サイクル(例えば、30サイクル)、最後に65~75℃で4~6分(例えば、72℃で5分)である。鋳型となるDNAの状態に応じて、PCR反応条件を調整してもよい。
【0035】
PCR反応において使用するプライマーセットに含まれる各プライマーの量はそれぞれ100nM~500nMであればよく、120nM~450nMであることが好ましく、例えば、150nMである。また、PCR反応において増幅の対象となる抽出DNAの量は0.5μL~3μLであればよく、0.75μL~2μLであることが好ましく、例えば、1μLである。
【0036】
本発明の一形態に係る識別方法においては、マルチプレックスPCRにより得られた増幅産物を電気泳動に供し、得られた電気泳動パターンを解析して、イネウンカ類を識別する。増幅産物の電気泳動は、アガロースゲル電気泳動、アクリルアミドゲル電気泳動等の公知の方法により行う。電気泳動により分離したバンドの検出は、エチジウム染色により行ってもよいし、蛍光標識した場合には蛍光発色を指標として行ってもよい。
【0037】
電気泳動パターンは、増幅産物を電気泳動して得られたバンド(核酸断片)のパターンを意味しており、バンドの有無及びバンドの位置(核酸断片の塩基長)が含まれる。また、電気泳動パターンには、バンドの濃淡(核酸断片の存在量)が含まれてもよい。
【0038】
電気泳動パターンの解析において、前記増幅産物のサイズが480bp~560bpであるとき、好ましくは490bp~540bpであるとき、より好ましくは500bp~520bpであるとき、例えば、501bpであるとき、トビイロウンカ由来のDNAであると判定し得る。
【0039】
電気泳動パターンの解析において、前記増幅産物のサイズが165bp~245bpであるとき、好ましくは170bp~220bpであるとき、より好ましくは180bp~200bpであるとき、例えば、184bpであるとき、セジロウンカ由来のDNAであると判定し得る。
【0040】
電気泳動パターンの解析において、前記増幅産物のサイズが300bp~380bpであるとき、好ましくは310bp~360bpであるとき、より好ましくは315bp~350bpであるとき、例えば、319bpであるとき、ヒメトビウンカ由来のDNAであると判定し得る。
【0041】
また、本発明の一形態に係る識別方法によれば、マルチプレックスPCRでは、ヨコバイ類由来のDNAを増幅した増幅産物が生じない。したがって、イネウンカ類をその近縁のヨコバイ類と混同せずに明確に識別することができる。
【0042】
本発明の一形態に係る識別方法によれば、イネウンカ類由来のDNAが含まれ得る試料をマルチプレックスPCRに供し、増幅産物の電気泳動パターンを解析することで、複数の種類のイネウンカ類を一度のPCR反応により識別することができる。
【0043】
(プライマーセット)
本発明の一形態に係るプライマーセットは、イネウンカ類を識別するためのマルチプレックスPCR用のプライマーセットであって、以下の(a)~(d)のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマー;及び
(d)配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含む。
【0044】
上述した本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別方法において用いられるプライマーセットは本発明に係るプライマーセットの一態様である。したがって、本発明に係るプライマーセットの詳細は、上述した本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別方法の説明に準じる。
【0045】
また、本発明の一形態に係るプライマーセットは、イネウンカ類を識別するためのPCR用のプライマーセットであって、以下の(a)のプライマーと、以下の(b)~(d)からなる群より選択される少なくとも1種のプライマー:
(a)配列番号1に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第1のプライマー;
(b)配列番号2に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第2のプライマー;
(c)配列番号3に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第3のプライマー;
(d)配列番号4に示す塩基配列における15以上の連続する塩基を含む第4のプライマー;を含む。
【0046】
すなわち、本発明のプライマーセットを用いれば、1つのPCR反応系において1対のプライマーを用い、PCR反応を複数回行う方法によっても、イネウンカ類を識別することができる。
【0047】
(イネウンカ類の識別キット)
本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別キットは、本発明の一形態に係るプライマーセットを備えた、イネウンカ類を識別するキットである。したがって、本発明に係るイネウンカ類の識別キットの詳細は、上述した本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別方法及びプライマーセットの説明に準じる。
【0048】
本発明の一形態に係るイネウンカ類の識別キットは、上述したプライマーセットの他に、マルチプレックスPCRに必要な試薬類、DNA抽出用試薬、使用説明書等を含んでもよい。
【0049】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0050】
本発明の一実施例について以下に説明する。本発明の一形態にかかるプライマーセットを用いて、イネウンカ類3種を遺伝子診断した。
【0051】
(プライマーの設計)
イネウンカ類各種について、日本国内で採集された採集場所と採集年の異なる10個体の5.8S rRNA遺伝子およびITS2領域のDNAシーケンス解析を行った。上記解析で得られた塩基配列情報と、GenBankに登録されている海外の複数国で採集されたイネウンカ類3種の塩基配列情報(GenBank accession numbers KC660120-KC660122 and AB625596-AB625609)に基づき、イネウンカ類3種の識別を目的とした新規プライマーセットを設計した(表1)
【表1】
【0052】
(実施例1)
熊本県合志市及び鹿児島南さつま市から入手したイネウンカ類3種それぞれの室内飼育虫の成虫及び終齢幼虫から脚を採取した。また、熊本県合志市及び鹿児島南さつま市から入手したイネウンカ類の室内飼育虫の若齢幼虫の全身を用いた。採取した脚及び全身から、Chelex法により個体毎にDNAを簡易抽出した。
【0053】
表1に示すプライマーセットを用いて、上記の抽出DNAを鋳型に、PCR(95℃で1分、続いて94℃で30秒、56℃で30秒、及び72℃で30秒を30サイクル、最後に72℃で5分)を実施した。PCR反応に用いたプライマーの量はそれぞれ150nM、抽出DNAの量は1μLとした。
【0054】
PCR産物にSAFELOOK(登録商標)ロードグリーン(富士フィルム和光純薬社製)を加え、3%アガロースゲル電気泳動を行った。青色LEDを用いて、分離したバンドを観察した。結果を図1に示す。図1に示すように、トビイロウンカ(501bp)、セジロウンカ(184bp)、及びヒメトビウンカ(319bp)のそれぞれの核酸断片のバンドが検出された。このように、イネウンカ類3種それぞれについて特異的なPCR増幅産物が得られ、イネウンカ個体(成虫、終齢幼虫、若齢幼虫)の種を明確に識別できた。
【0055】
(実施例2)
発生予察調査で用いられる粘着板払い落し法により、野外水田圃場からイネウンカ類3種を採集した。ウンカ類に近縁のヨコバイ類で、水田においてイネウンカ類と同時に見られるツマグロヨコバイ及びイナズマヨコバイも採集した。
【0056】
イネウンカ類の成虫の脚、終齢幼虫の脚、若齢幼虫の全身及びヨコバイ類の成虫の脚のそれぞれから、Chelex法により個体毎にDNAを簡易抽出した。
【0057】
表1に示すプライマーセットを用いて、上記の抽出DNAを鋳型に、PCR(95℃で1分、続いて94℃で30秒、56℃で30秒、及び72℃で30秒を30サイクル、最後に72℃で5分)を実施した。PCR反応に用いたプライマーの量はそれぞれ150nM、抽出DNAの量は1μLとした。
【0058】
PCR産物にSAFELOOK(登録商標)ロードグリーン(富士フィルム和光純薬社製)を加え、3%アガロースゲル電気泳動を行った。青色LEDを用いて、分離したバンドを観察した。結果を図2に示す。図2に示すように、トビイロウンカ(501bp)、セジロウンカ(184bp)、及びヒメトビウンカ(319bp)のそれぞれの核酸断片のバンドが検出された。また、ツマグロヨコバイとイナヅマヨコバイではPCR増幅産物が得られないことを確認した。
【0059】
このように、ヨコバイ類と混同せずにイネウンカ類個体の種を明確に識別することができた。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、農業分野、農薬分野等に利用することができる。
図1
図2
【配列表】
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