(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え宿主細胞及びベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の新規製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 9/00 20060101AFI20240603BHJP
C12N 15/52 20060101ALI20240603BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240603BHJP
C12P 17/12 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
C12N9/00 ZNA
C12N15/52 Z
C12N1/21
C12P17/12
(21)【出願番号】P 2020554010
(86)(22)【出願日】2019-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2019042694
(87)【国際公開番号】W WO2020090940
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-07-15
(31)【優先権主張番号】P 2018203904
(32)【優先日】2018-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ヴァヴリッカ・ジュニア,クリストファー・ジョン
(72)【発明者】
【氏名】蓮沼 誠久
(72)【発明者】
【氏名】荒木 通啓
(72)【発明者】
【氏名】近藤 昭彦
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/049364(WO,A2)
【文献】国際公開第2008/153094(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/039438(WO,A1)
【文献】VAVRICKA, C. J. et al.,Mechanism-based tuning of insect 3,4-dihydroxyphenylacetaldehyde synthase for synthetic bioproductiobioproduction of benzylisoquinoline alkaloids,Nat. Commun.,2019年05月01日,Vol. 10,pp. 1-11
【文献】南博道,微生物発酵法による植物アルカロイド生産とその応用,日本農芸化学会 受賞者講演要旨[online],2012年,pp. 39-41,https://www.jsbba.or.jp/wp-content/uploads/file/award/2012/award_2012JSBBAAEYS_minami.pdf,[retrieved on 1.14.2020]
【文献】VAVRICKA, C. et al.,From L-dopa to dihydroxyphenylacetaldehyde: a toxic biochemical pathway plays a vital physiological function in insects,PLoS One,2011年,Vol. 6:e16124,pp. 1-11
【文献】LIANG, J. et al.,Biochemical identification of residues that discriminate between 3,4-dihydroxyphenylalanine decarboxylase and 3,4-dihydroxyphenylacetaldehyde synthase-mediated reactions,Insect Biochem. Mol. Biol.,2017年,Vol. 91,pp. 34-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12P17/00-17/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(c)に記載するいずれか1つのアミノ酸配列からなるポリペプチド。
(a) 配列番号6~8で示すいずれか1つのアミノ酸配列;
(b) 配列番号15にY98F-F99Y-L205Nの変異を有するアミノ酸配列;
(c) 配列番号21にY100F-F101Y-H203Nの変異を有するアミノ酸配列
【請求項2】
請求項1に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号2~4から選択されるいずれか1つのヌクレオチド配列からなる、請求項2に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項2又は3に記載のポリヌクレオチ
ドを含む、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え大腸菌。
【請求項5】
配列番号28又は29で示すアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドをさらに含む、請求項4に記載の組換え大腸菌。
【請求項6】
前記配列番号28及び29で示すアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドが、それぞれ配列番号27及び30で示すヌクレオチド配列からなる、請求項5に記載の組換え大腸菌。
【請求項7】
配列番号13で示すヌクレオチド配列からなるベクターを
さらに含む、請求項4
から6のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【請求項8】
前記ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)が、テトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン及びレチクリンからなる群から選択される1以上である、請求項4から
7のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【請求項9】
請求項4から
8のいずれか一項に記載の組換え大腸菌を、L-ドーパ又はチロシン含有培地中で培養する工程を含む、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法。
【請求項10】
無細胞系において、L-ドーパ又はチロシンに、配列番号6~8で示すいずれか1つ以上のアミノ酸配列からなるポリペプチドを作用させる工程を含む、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え宿主細胞及びベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の新規製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)誘導体は、モルヒネ、コデイン等の鎮痛薬、ベルベリン等の抗菌剤といった有用医薬品を含む多様な化合物群である。これらのベンジルイソキノリンアルカロイド誘導体の多くは、各種の植物においてチロシンからテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリン等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を介して合成される。すなわち、テトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリンは多くのベンジルキノリンアルカロイド誘導体の生合成経路における重要な中間体でもある。このようなテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリンがそのまま疾患の治療に使用されることはないが、工業的に医薬品原料として利用され、オキシコドン、オキシモルフォン、ナルブフィン、ナロキソン、ナルトレキソン、ブプレノルフィン、エトルフィン等が製造される。
【0003】
これまでベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)及びその誘導体は、その生産のほとんどを植物からの抽出に依存していた。また、いくつかのベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)は、全合成によって化学合成されてきた(非特許文献1参照)。しかし、生産の安定性、効率性の観点から他の製造方法の開発が求められていた。例えば、微生物を用いたバイオプロダクションは、その他の植物代謝産物を含まないため、必要とするベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を効率的に生産させることができ、注目されている(非特許文献2~4参照)。しかし、その収量は1リットル当たり10mg未満であり、バイオプロダクションによる方法は産業上の要求を満たすためには、さらなる最適化が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Gates M.et al,The synthesis of morphine,J Am Chem Soc 74,1109-1110(1952)
【文献】Galanie,S.,Thodey,K.,Trenchard,I.J.,Filsinger Interrante,M.&Smolke,C.D.Complete biosynthesiss of opioids in yeast,Science 349,1095-1100(2015)
【文献】Nakagawa,A.et al.(R,S)-Tetrahydropapaveroline production by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli.Sci.Rep.4,6695(2014)
【文献】Nakagawa,A.et al.Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli.Nat.Commun.7,10390(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような状況の中、本発明は、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を効率的に生産させることができる微生物、またそれを用いたベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法を提供することを目的とする。具体的には、多くのベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)誘導体の生合成経路の中間体であるテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリン等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を、効率的かつ容易に生産することができる組換え宿主細胞を提供すること、そしてその宿主細胞を用いて効率的かつ容易にテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリン等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、微生物を用いたテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、レチクリン等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法において、合成生物学に基づくアプローチを適用して新規な生合成経路を設計し、二官能性酵素である芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)を同定することに成功した。また、チロシンデカルボキシラーゼ(TyDC)、ドーパデカルボキシラーゼ(DDC)等の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の特定の残基に変異を導入することで、これらの酵素が4-HPAAS、DHPAAS様の活性も示すようになることを見出した。即ち、本発明の要旨は、以下に示すとおりである。
【0007】
[1]異種の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体を発現させた、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え宿主細胞。
[2]ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)が、テトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン及び/又はレチクリンである、[1]に記載の組換え宿主細胞。
[3]上記異種における種が、昆虫、植物又は微生物である、[1]又は[2]に記載の組換え宿主細胞。
[4]上記異種における種が、ボンビックス・モリ、カンポノタス・フロリダヌス、アピス・メリフェラ、アエデス・アエギプチ、及びドロソフィラ・メラノガスターからなる群より選択される昆虫、パパヴェル・ソムニフェルム又はシュードモナス・プチダである、[3]に記載の組換え宿主細胞。
[5]宿主細胞が大腸菌である、[1]から[4]のいずれかに記載の組換え宿主細胞。
[6]芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)が、3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(DHPAAS)、4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(4-HPAAS)である、[1]から[5]のいずれかに記載の組換え宿主細胞。
[7]芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)が昆虫由来であり、かつ芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)の変異体における変異が、Asn192His、Phe79Tyr及びTyr80Pheからなる群より選択される少なくとも1つである、[6]に記載の組換え宿主細胞。
[8]芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)が、植物由来のチロシンデカルボキシラーゼ(TyDC)であり、かつチロシンデカルボキシラーゼ(TyDC)の変異体における変異が、Leu205Asn、Phe99Tyr及びTyr98Pheからなる群より選択される少なくとも1つである、或いはHis203Asn、Phe101Tyr及びTyr100Pheからなる群より選択される少なくとも1つである、[6]に記載の組換え宿主細胞。
[9]芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)が、微生物由来のドーパデカルボキシラーゼ(DDC)であり、かつドーパデカルボキシラーゼ(DDC)の変異体における変異が、Tyr79Phe、Phe80Tyr及びHis181Asnからなる群より選択される少なくとも1つである、[6]に記載の組換え宿主細胞。
[10]さらに、ノルコクラウリンシンターゼ(NCS)を発現させた、[1]から[9]のいずれかに記載の組換え宿主細胞。
[11]さらに、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)、及びN-メチルコクラウリン3-ヒドロキシラーゼから成る群より選択される少なくとも1種の酵素を発現させた、[1]から[10]のいずれかに記載の組換え宿主細胞。
[12][1]から[11]のいずれかに記載の組換え宿主細胞を、L-ドーパ又はチロシン含有培地中で培養する工程を含む、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法。
[13]無細胞系において、L-ドーパ又はチロシンに、芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体を作用させる工程を含む、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法。
[14]芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体が、[1]から[11]のいずれかに記載の組換え宿主細胞から得られる酵素であることを特徴とする、[13]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、二官能性酵素である芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)等を発現させた組換え宿主細胞を用いることで、テトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、レチクリン等のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を効率的かつ容易に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、M-Path検索で見出されたレチクリン産生のためのTHP合成経路を示す図である。
【
図2】
図2は、対称的DDC-DHPAAS経路とMAO介在非対称的経路におけるTHPの予測収量を示す図である。
【
図3】
図3はAAADとDHPAASの構造分析を示す図である。左はPLPと複合体を形成したD.melanogaster由来のDDC、中央はPLP-4-HPAAと複合体を形成したP.somniferum TyDC1、右はPLP-DOPAと複合体を形成したB.mori由来DHPAASの構造を示す。
【
図4】
図4は、昆虫のDHPAAの配列を系統発生学的に分類した結果である。
【
図5】
図5は、B.moriの野生型及び変異体DHPAASの機能の比較に関する図である。
【
図6】
図6は、B.moriの野生型及び変異体DHPAASによるL-DOPAからのH
2O
2産生を速度論的に解析したものである。
【
図7】
図7は、B.moriの野生型及び変異体DHPAASによるドーパミン、DHPAA及びTHPのインビトロにおける産生を示す図である。
【
図8】
図8は、変異体DHPAASによるL-DOPAからのTHP産生のメカニズムを説明する図である。
【
図9】
図9-1は、DHPAASによるドーパミン、DHPAAS及びTHPのインビボにおける産生を示す図である。
図9-2は産生された(R,S)-THPのキラルLC-MS分析の結果を示す図である。
【
図10】
図10は、THP及びレチクリンのインビボにおける産生を示す図である。
【
図11】
図11は、THP、レチクリン及び2種類の中間体のインビボにおける産生を示す図である。
【
図12】
図12は、THP、ドーパミンのインビボにおける産生を示す図である。
【
図13】
図13は、ノルコクラウリンのインビボにおける産生を示す図である。
【
図14】
図14は、ノルコクラウリンのインビボにおける産生を示す図である。
【
図15】
図15は、4-HPAA、L-DOPA、THP、ノルコクラウリン、レチクリンのインビボにおける産生スキームを示す図である。
【
図16】
図16は、
図15のスキームにおける4-HPAA、L-DOPA、THP、ノルコクラウリン、レチクリンのインビボにおける産生量を示す図である。
【
図17】
図17は、THP、3HNMC、レチクリンのインビボにおける産生スキームを示す図である。
【
図18】
図18は、
図17のスキームにおけるTHP、3HNMC、レチクリンのインビボにおける産生量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え宿主細胞、及びベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の新規製造方法について詳細に説明する。なお、本明細書において、DNAやベクターの調製等の分子生物学的手法は、特に明記しない限り、当業者に公知の一般的実験書に記載の方法又はそれに準じた方法により行うことができる。また、本明細書中で使用される用語は、特に言及しない限り、当該技術分野で通常用いられる意味で解釈される。なお、本発明においてベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)とは、ベンジルイソキノリン構造を有する化合物をいう。例えば、各種の植物におけるテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、レチクリン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0011】
<組換え宿主細胞>
本発明の組換え宿主細胞は、芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体を発現させた、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)、特にテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン及び/又はレチクリン産生のために用いられる組換え宿主細胞である。以下に本発明の組換え宿主細胞について詳細に説明する。
【0012】
本発明の組換え宿主細胞が発現する芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)とは、芳香族アミノ酸の脱カルボキシル化及びアミノ基酸化を触媒する二官能性酵素をいう。具体的には、L-DOPA又はチロシンから、ドーパミン、及びDHPAA又は4-HPAAへの変換を触媒する機能を有する酵素である。上記で得られたドーパミン、及びDHPAA又は4-HPAAは互いに結合してTHP又はノルコクラウリンが生成される。系統発生分析によると、AASは芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD、EC 4.1.1.28)から分岐した酵素であると考えられており、両者は構造的類似性を有し、補因子としてピリドキサール5’-リン酸(PLP)に依存する点で共通している。
【0013】
本発明におけるAASとしては上記機能を有していれば特に限定されないが、例えば、フェニルアセトアルデヒドシンターゼ(PAAS、KEGG EC 4.1.1.109)、4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(4-HPAAS、KEGG EC 4.1.1.108)等の、植物において研究され、KEGGによって分類されている植物由来AAS、昆虫由来の3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(DHPAAS、KEGG EC 4.1.1.107)酵素や、これら以外にも例えばIAAS(indole-3-acetaldehyde synthase;インドール-3-アセトアルデヒドシンターゼ)等が挙げられる。なお、種は限定されず動物、植物、バクテリアを含む多くの種が含まれる。3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼは、L-DOPAの酸化的脱カルボキシル化を触媒しDHPAAを産生する。また、L-DOPAのアミノ基酸化を触媒しドーパミンを産生する。AASとしては、L-DOPAからのTHP変換の効率の観点から、上記のうち昆虫由来のDHPAASが好ましい。昆虫由来のDHPAASは、L-DOPAに対する結合特異性が高いため、DHPAA産生、ドーパミン(DA)産生の効率が高くなると考えられる。また、AASとして、チロシンからのノルコクラウリン変換の効率の観点からは、植物由来の4-HPAASも好ましい。
【0014】
上記昆虫としては、ボンビックス・モリ、カンポノタス・フロリダヌス、アピス・メリフェラ、アエデス・アエギプチ、ドロソフィラ・メラノガスター等が挙げられ、これらのうち、本発明の効果の観点からボンビックス・モリが好ましい。
【0015】
上記植物としては、パパヴェル・ソムニフェルム、Arabidopsis thaliana、Arabidopsis lyrata、Brassica rapa、Camelina sativa、Corchorus olitorius、Brassica oleracea、Brassica cretica、Brassica napus、Capsella rubella、Eutrema salsugineum、Parasponia andersonii、Petroselinum crispum A、Prunus avium、Prunus yedoensis、Prunus dulcis、Prunus mume、Prunus persica、Prunus yedoens、 Raphanus sativus、Tarenaya hassleriana、Trema orientale、Ziziphus jujuba、Malus domestica、Eriobotrya japonica、Corchorus capsularis、Morus notabilis、Pyrus x bretschneideri、Populus alba、Juglans regia、Citrus unshiu、Citrus sinensis、Quercus suber、Cephalotus follicularis、Eucalyptus grandis、Fragaria vesca 、Populus trichocarpa、Durio zibethinus、Manihot esculenta、Durio zibethinus、Populus trichocarpa、Juglans regia、Manihot esculenta、Hevea brasiliensis、Citrus sinensis、Eucalyptus grandis、Durio zibethinus、Manihot esculenta、Hevea brasiliensis、Citrus clementina、Morus notabilis、Carica papaya、Rosa chinensis、Vitis vinifera、Populus euphratica、Rosa chinensis、Vitis vinifera、Actinidia chinensis、Populus euphratica、Ipomoea nil、Petunia hybrida等が挙げられ、これらのうち、本発明の効果の観点からパパヴェル・ソムニフェルムが好ましい。
【0016】
上記微生物としては、シュードモナス・プチダ(P.putida)、メタノカルドコックス・ヤンナスキイ(Methanocaldococcus jannaschii)等が挙げられ、これらのうち、本発明の効果の観点からシュードモナス・プチダ(P.putida)が好ましい。
【0017】
本発明におけるAASとしては、活性中心近傍のアミノ酸残基が、DDC(DOPA Decarboxylase)に見られるアミノ酸残基に置換されている変異体であることが好ましい。
【0018】
具体的には、例えば昆虫由来のDHPAASにおいて、Phe79Tyr、Tyr80Phe、Asn192Hisの変異が好ましく、これらの変異のいずれか1つを有するものであってもよいし、いずれか2つを有するものであってもよいし、3つ全ての変異を有するものであってもよい。これらのうち、L-DOPAからのTHP変換の効率の観点からは、上記3つ全ての変異を有するPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS、Phe79Tyr-Tyr80Pheの2つの変異を有するPhe79Tyr-Tyr80Phe DHPAAS 、Asn192Hisの変異のみを有するAsn192His DHPAASが好ましく、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS、Asn192His DHPAASがより好ましい。
【0019】
本発明の組換え宿主細胞が発現する、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)は、芳香族アミノ酸の脱カルボキシル化を触媒する酵素をいう。具体的には、L-DOPA又はチロシンから、ドーパミン又は4-HPAAへの変換を触媒する機能を有する酵素である。具体的には、チロシンデカルボキシラーゼ(TyDC)、ドーパデカルボキシラーゼ(DDC)、フェニルアラニンデカルボキシラーゼ(PDC)、トリプトファンデカルボキシラーゼ(TDC)等が挙げられる。
【0020】
本発明の組換え宿主細胞が発現する、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の種としては、上述のAASについて記載した種と同様の種を好適に挙げることができる。
【0021】
本発明の組み換え宿主細胞が発現する芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)が、植物由来のTyDC1の場合、Phe99Tyr、Tyr98Phe、Leu205Asnの変異が好ましく、これらの変異のいずれか1つを有するものであってもよいし、いずれか2つを有するものであってもよいし、3つ全ての変異を有するものであってもよい。これらのうち、チロシンからのノルコクラウリン変換の効率の観点からは、上記3つ全ての変異を有するPhe99Tyr-Tyr98Phe-Leu205Asn TyDC1が好ましい。一方、TyDC3の場合、Phe101Tyr、Tyr100Phe、His203Asnの変異が好ましく、これらの変異のいずれか1つを有するものであってもよいし、いずれか2つを有するものであってもよいし、3つ全ての変異を有するものであってもよい。これらのうち、チロシンからのノルコクラウリン変換の効率の観点から、上記3つ全ての変異を有するPhe101Tyr-Tyr100Phe-His203Asn TyDC3が好ましい。
【0022】
なお、昆虫であるボンビックス・モリ(Bombyx mori)のDHPAASの79、80及び192番目の活性部位残基は、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)、芳香族アルデヒド合成酵素(AAS)、DHPAAS及びその他の関連タンパク質全体で構造的に保存されている。ただし、残基の番号付けは、タンパク質のサイズの違いにより、種によって異なる。例えば、ボンビックス・モリ(Bombyx mori)のDHPAASのPhe79は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)のDDCのTyr79、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC1のTyr98、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC3のTyr100に対応する。ボンビックス・モリ(Bombyx mori)のDHPAASのTyr80は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)のDDCのPhe80、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC1のPhe99、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC3のPhe101に対応する。ボンビックス・モリ(Bombyx mori)のDHPAASのAsn192は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)のDDCのHis181、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC1のLeu205、パパヴェル・ソムニフェルム(Papaver somniferum)のTyDC3のHis203に対応する。なお、例えば、パパヴェル・ソムニフェルムのTyDCには、他にTyDC2、4~9があるが、TyDC1のLeu205に対応するのは、TyDC5、TyDC6、TyDC8、TyDC9ではHis205であり、TyDC2、TyDC7ではHis203である。
【0023】
本明細書においては、ボンビックス・モリ(Bombyx mori)の3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(DHPAAS)のアミノ酸残基の番号付けにしばしば言及するが、本発明は、上記の構造的に保存された残基に対応するすべてのアミノ酸位置に適用される。この構造的に保存された残基を特定するためには構造図を参照することができる。また、対応する位置のアミノ酸の番号違いの例については配列アラインメント図を参照することができる(
図3及び4)。
【0024】
本発明の組換え宿主細胞は、上述したAAS(野生型及び各種変異体)をコードする遺伝子を有している。このような遺伝子としては、昆虫由来のDHPAASの場合、例えば配列番号1(DHPAAS野生型)、配列番号2(Asn192His DHPAAS変異体)、配列番号3(Phe79Tyr-Tyr80Phe DHPAAS変異体)、配列番号4(Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体)で示すヌクレオチド配列を有する遺伝子が挙げられる。また、対応するタンパクのアミノ酸配列は、それぞれ配列番号5(DHPAAS野生型)、配列番号6(Asn192His DHPAAS変異体)、配列番号7(Phe79Tyr-Tyr80Phe DHPAAS変異体)、配列番号8(Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体)で示される。なお、本発明の組換え宿主細胞における上記野生型及び変異体DHPAASのタンパク産生の効率を向上させるために、SUMOタグ発現システムを使用することができる。その際のそれぞれのアミノ酸配列としては、配列番号9(DHPAAS野生型)、配列番号10(Asn192His DHPAAS変異体)、配列番号11(Phe79Tyr-Tyr80Phe DHPAAS変異体)、配列番号12(Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体)で示すものを採用することができる。
【0025】
即ち、本発明の組換え宿主細胞が有するAAS遺伝子は、DHPAASである場合、好ましくは以下(a)、(b)又は(c)のDNAである。
(a)配列番号1~4のいずれかのヌクレオチド配列からなるDNA。
(b)(a)のヌクレオチド配列からなるDNAと相補的なヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつDHPAASの酵素活性(二官能性)を有するタンパク質をコードするDNA。
(c)配列番号1~4のいずれかのヌクレオチドに対して、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなり、野生型の配列に対して上記変異が導入されており、かつDHPAASの酵素活性(二官能性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0026】
また、本発明の組換え宿主細胞は、上述した芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)をコードする遺伝子を有している。このような遺伝子としては、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)が植物由来TyDC1の場合、野生型としては、配列番号15のアミノ酸配列を有し、それに対応する配列番号16のヌクレオチド配列を有するものが挙げられる。上述の変異は、配列番号17及び配列番号18のプライマーを用いることで、Phe99Tyr、Tyr98Pheの変異を、また、配列番号19及び配列番号20のプライマーを用いることで、Leu205Asnの変異が導入されたヌクレオチドを合成することができる。また、本発明の組換え宿主細胞が有している遺伝子としては、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)が植物由来のTyDC3の場合、野生型としては、配列番号21のアミノ酸配列を有し、それに対応する配列番号22のヌクレオチド配列を有するものが挙げられる。上述の変異は、配列番号23及び配列番号24のプライマーを用いることで、Phe101Tyr、Tyr100Pheの変異を、また、配列番号25及び配列番号26のプライマーを用いることで、His203Asnの変異を導入したヌクレオチドを合成することができる。
【0027】
本発明の組換え宿主細胞は、上述したAAS(野生型及び各種変異体)、又はAAAD(野生型及び各種変異体)をコードする遺伝子に加えて、さらにTHPやノルコクラウリンからレチクリンを合成するために必要な酵素をコードする遺伝子を有することが好ましい。
【0028】
このような酵素としては、例えば、ノルコクラウリンシンターゼ(NCS)が挙げられる。ノルコクラウリンシンターゼ(NCS)は、ドーパミンとDHPAA、或いはドーパミンと4-HPAAからノルコクラウリン、THPを合成する酵素である。本発明の組み換え宿主細胞は、ノルコクラウリンシンターゼ(NCS)をコードする遺伝子を含むことが好ましい。
【0029】
さらに、このような酵素としては、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)、N-メチルコクラウリン3-ヒドロキシラーゼ(NMCH)等が挙げられる。本発明の組換え宿主細胞は、ノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)及びコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)をコードする遺伝子を全て有することがより好ましい。
【0030】
ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSC程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは上記(a)のヌクレオチド配列からなるDNAと60%以上の高い相同性を有することが好ましく、さらに80%以上の相同性を有することが好ましい。
【0031】
相同性とは、2つのポリペプチドあるいはポリヌクレオチド間の配列の類似の程度を意味し、比較対象のアミノ酸配列又は塩基配列の領域にわたって最適な状態(配列の一致が最大となる状態)にアラインメントされた2つの配列を比較することにより決定される。相同性の数値(%)は両方の(アミノ酸又は塩基)配列に存在する同一のアミノ酸又は塩基を決定して、適合部位の数を決定し、次いでこの適合部位の数を比較対象の配列領域内のアミノ酸又は塩基の総数で割り、得られた数値に100をかけることにより算出される。最適なアラインメント及び相同性を得るためのアルゴリズムとしては、当業者が通常利用可能な種々のアルゴリズム(例えばBLASTアルゴリズム、FASTAアルゴリズムなど)が挙げられる。アミノ酸配列の相同性は、例えばBLASTP、FASTAなどの配列解析ソフトウェアを用いて決定される。塩基配列の相同性は、BLASTN、FASTAなどのソフトウェアを用いて決定される。
【0032】
上記遺伝子は、当業者に周知のPCR又はハイブリダイゼーション技術、あるいはDNA合成機などを用いた人工的合成方法によって取得することが可能である。遺伝子配列の決定は、当業者に周知の方法により配列決定機を用いて行うことができる。
【0033】
本発明に用いる宿主細胞は、当業者にとって周知の宿主細胞のいずれでもよく、原核細胞、真核細胞、例えば細菌細胞、菌類細胞、酵母細胞、哺乳動物細胞、昆虫細胞又は植物細胞が含まれる。例示的細菌細胞には、エスケリキア(Escherichia)、サルモネラ(Salmonella)、ストレプトマイセス(Streptomyces)、シュードモナス(Pseudomonas)、スタフィロコッカス(Staphylococcus)、又はバチルス(Bacillus)の任意の種が含まれ、上記には、例えば大腸菌(Escherichia coli)、ラクトコッカス・ラクチス(Lactococcus lactis)、枯草菌(Bacillus subtilis)、バチルス・セレウス(Bacillus cereus)、ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)等が含まれる。
【0034】
本発明に用いる宿主細胞としては、種々のストレスに耐性があり、遺伝子組換えも容易であることから、大腸菌細胞が好ましい。
【0035】
本発明において「ポリヌクレオチド」という用語は、単一の核酸及び複数の核酸の両方を意味し、mRNA等の核酸分子、プラスミドRNA、全長のcDNA及びその断片等を含む。ポリヌクレオチドは、任意のポリリボヌクレオチド又はポリデオキシリボヌクレオチドから構成され、修飾、非修飾のどちらでもよい。一本鎖でも二本鎖でもよく、両者の混合でもよい。
【0036】
本発明において「異種の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)の野生型又は変異体を発現させた、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)産生用の組換え宿主細胞。」という場合の「異種」とは、本発明の組換え宿主細胞とは異なる種由来のタンパク質、それをコードするポリヌクレオチドを発現させた細胞のことをいう。例えば、本発明の組換え宿主細胞が大腸菌細胞である場合、異種タンパク、異種ポリヌクレオチドとしては、昆虫、植物等のタンパク、ポリヌクレオチドが挙げられる。本発明の組換え宿主細胞において異種タンパクをコードするポリヌクレオチドを導入する目的は、元来その宿主細胞が有していない酵素等のタンパク質をコードするポリヌクレオチドを異種から導入し、目的の代謝経路、すなわちL-DOPAからTHP及び/又はレチクリンを産生する代謝経路を機能させることである。
【0037】
(ポリヌクレオチドの導入方法)
宿主細胞に異種の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)の野生型又は変異体を発現させるためには、宿主細胞に異種の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)の野生型又は変異体をコードするポリヌクレオチドを発現させる必要があり、例えば、当該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターで細胞を形質転換させればよい。THPからレチクリンを合成するために必要な酵素をコードするポリヌクレオチドを発現させる場合も同様である。発現ベクターは、本発明の遺伝子を発現可能な状態で含むものであれば特に限定されず、それぞれの宿主に適したベクターを用いることができる。
【0038】
本発明の発現ベクターは、上記異種ポリヌクレオチドの上流に転写プロモーター、場合によっては下流にターミネーターを挿入して発現カセットを構築し、このカセットを発現ベクターに挿入することにより作製することができる。あるいは、発現ベクターに転写プロモーター及び/又はターミネーターがすでに存在する場合には、発現カセットを構築することなく、ベクター中のプロモーター及び/又はターミネーターを利用して、その間に当該異種ポリヌクレオチドを挿入すればよい。
【0039】
ベクターに上記異種ポリヌクレオチドを挿入するには、制限酵素を用いる方法、トポイソメラーゼを用いる方法等を利用することができる。また、挿入の際に必要であれば、適当なリンカーを付加してもよい。また、アミノ酸への翻訳にとって重要な塩基配列として、SD配列やKozak配列などのリボソーム結合配列が知られており、これらの配列を遺伝子の上流に挿入することもできる。挿入にともない、遺伝子がコードするアミノ酸配列の一部を置換してもよい。
【0040】
本発明において使用されるベクターは、本発明の遺伝子を保持するものであれば特に限定されず、それぞれの宿主に適したベクターを用いることができる。ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNAなどが挙げられる。
【0041】
宿主への発現ベクターの導入方法は、宿主に適した方法であれば特に限定されるものではない。利用可能な方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、カルシウムイオンを用いる方法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。組換え宿主細胞における当該ポリヌクレオチドの発現は、当業者に公知の方法に従って定量化することができる。例えば、当該ポリヌクレオチドがコードするポリペプチドの、細胞タンパク質全体のパーセントによって表すことができる。また、形質転換した細胞の細胞抽出液を用い、当該ポリヌクレオチドがコードするポリペプチドを検出できる抗体を使用したウエスタンブロッティング、あるいは当該ポリヌクレオチドを特異的に検出するプライマーを使用したリアルタイムPCRなどにより確認することができる。
【0042】
<本発明のベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の製造方法>
本発明は、上述の本発明の組換え宿主細胞を用いたテトラヒドロパパベロリン(THP)、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、及び/又はレチクリンの製造方法も提供する。本発明の製造方法としては、大きく分けて2つの方法がある。
【0043】
1つは、上述した本発明の組換え宿主細胞を、L-ドーパ及び/又はチロシン含有培地中で培養する工程を含む方法である。培地中のL-ドーパ及び/又はチロシンを取り込んだ本発明の組換え宿主細胞が、細胞内に発現させたAAS等を用いて、効率的にTHP、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、及び/又はレチクリンを生成することができる。生成されたTHP、ノルコクラウリン、3-ヒドロキシコクラウリン、3-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン、及び/又はレチクリンは培地中に分泌される。
【0044】
もう1つは、無細胞系において、L-ドーパ及び/又はチロシンに、芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体を作用させる工程を含む方法である。この方法においては、例えば、in vitroで、L-ドーパ及び/又はチロシンと、芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体が直接作用してドーパミン、及びDHPAA又は4-HPAA等のフェニルアルデヒドが生成され、ドーパミンとDHPAA又は4-HPAAが互いに結合することでTHP、又はノルコクラウリンが生成される。さらに、THP、ノルコクラウリンからレチクリンへの合成に必要な酵素を反応させることでレチクリンが生成される。このとき、芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の野生型又は変異体としては、上述の本発明の組換え宿主細胞から得られる酵素を用いることが好ましい。
【実施例】
【0045】
以下の実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。なお、実施例を説明するための一部の図面においては、一部のアミノ酸表記を1文字表記とした。
【0046】
1.レチクリン生合成のためのDHPAASを介した対称的THP産生経路の選択
M-path酵素検索は、Arakiらの方法(Araki, et al. M-path: a compass for navigating potential metabolic pathways. Bioinformatics 31, 905-911 (2015).)に従いウェブベースのバージョンを用いた。M-pathスコアは、Tanimoto係数として計算した。M-pathデータベースとしては、KEGGからの最新の基質、製品、及び酵素情報に更新されている2016バージョンを使用した。チロシン(PubChem CID:6057)を4-HPAA(CID:440113)に、L-DOPA(CID:6047)をDHPAA(CID:119219)に、チロシンを2’-ノルベルバムニン(CID:441063)に、ヒスチジン(CID:6274)をイミダゾール-4-アセトアルデヒド(CID:150841)に、4-アミノフェニルアラニン(CID:151001)を4-アミノフェニルアセトアルデヒド(CID:20440853)に媒介する酵素を探索するために、キュレーションモードを用いた。また、チロシンからホモバニリン酸(CID:1738)への変換には、M-pathをオリジナルモードで用いた。
【0047】
M-path酵素検索は、既知の酵素ネットワークを探索するのとは異なり、基質及び生成物の類似性に基づいて未知の酵素反応を予測することができる点で有利である。L-DOPAからのBIA生産の最適化を探索するために、Arakiらの方法に従ってM-path酵素検索アルゴリズムをテストした。BRENDA(https://www.brenda-enzymes.org/)とKyoto Encyclopedia Genes and Genomes(KEGG、http://www.kegg.jp)からの最新の酵素のデータベースを組み合わせたデータベースでM-pathを使用すると、L-チロシン(Tyr)からの4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(4-HPAA又は4-HPA)の生産、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-DOPA)からの3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒド(DHPAA、DHPA又はDOPAL)の生産のための推定されるショートカットとして、昆虫由来の3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(DHPAAS)と植物由来の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS;PAAS、4-HPAAS)が同定された(
図1A)。また上記DHPAAS又は芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS;PAAS、4-HPAAS)と、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニンデカルボキシラーゼ(DDC)を組み合わせると、従来報告されたMAO媒介経路とは異なる新規で対称的なTHP及びノルコクラウリン生成経路が見出された(
図1B)。
【0048】
上記芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS;PAAS、4-HPAAS)とDHPAASは、芳香族アミノ酸の脱カルボキシル化及びアミノ基酸化を触媒する、二官能性酵素である。フェニルアセトアルデヒドシンターゼ(PAAS、KEGG EC 4.1.1.109)及び4-ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(4-HPAAS、KEGG EC 4.1.1.108)を含む、植物において発見されたこれらの酵素は総称してAASと呼ばれている。近年になって昆虫から発見された酵素DHPAAS(EC 4.1.1.107)は、L-DOPAの酸化的脱カルボキシル化を触媒するので、AAS関連タンパク質と考えられる。なお、「AAS」は広義には、芳香族アルデヒドシンターゼであり、昆虫由来の3,4-ジヒドロキシフェニルアセトアルデヒドシンターゼ(DHPAAS)と植物由来の芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS;PAAS、4-HPAAS)のいずれをも含む概念であるが、狭義には、酵素発見の経緯から植物由来の芳香族アルデヒドシンターゼを指す。系統発生分析は、上述の植物由来のAASと昆虫由来のDHPAASが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD、EC 4.1.1.28)から分岐したことを示す。したがって、上記AAS、DHPAAS及びAAADは構造的類似性を有し、補因子としてピリドキサール5’-リン酸(PLP)に依存する。上記AASとDHPAASは、KEGGによってEC 4.1.1.-として割り当てられているが、二官能性の作用のために分類するのが容易でなく、これら比較的新しく特徴づけされた酵素についてはまだ不明な点が残っている。
【0049】
上記AASやDHPAASに媒介される対称的BIA産生経路は、MAO媒介非対称的経路(
図1)よりも利点を有する。そのような利点としては、可溶性のDHPAASのL-DOPAに対する特異性がMAOより高いことが含まれる。数学的モデルと数値シミュレーションを使用して、非対称的(DDC-MAO)および対称的(DDC-DHPAAS)経路によるTHPの生成を比較した。非対称経路では、MAOは様々なアミンを認識するので、MAO反応速度V
MAO8に他の基質からの競合阻害を導入した。対称経路では、DDC(VDDC)とDHPAAS(VDHPAAS)の反応速度に、フィードバックがないものと、フィードバック阻害を計算に入れる2つのモデルを構築した。モデル内の可能なパラメータ値の範囲は、Placzek, S.et al. BRENDA in 2017: new perspectives and new tools in BRENDA. Nucleic Acids Res. 45, D380~D388 (2017)を参照した。各経路の性能を予測するために、関連する範囲内でパラメータ値をランダムに生成し、モンテカルロシミュレーションを実施した。反復回数は10,000回、シミュレーション時間は0~50時間とした。L-DOPAは、ランダムに生成されたパラメータに基づく定数項として供給した。100mM L-DOPAの最大量に達したとき、系への基質の供給を停止した。手作りのプログラムは、数値シミュレーションのソルバとしてscipy.integrate.odeintを使用してPython 3.0で実行した。
【0050】
後のインビトロおよびインビボ試験の結果から、反応性の高いDHPAAが、細胞内または増殖培地中に存在する競合する求核試薬との反応によって分解され枯渇することが示唆された。動的モデルにこのDHPAAの消失を含めると、わずかに低いTHP収量が得られ(
図2)、実験的収量とよく良く適合した。しかしながら、増殖培地の緩衝液組成、pH、温度、潜在的阻害剤および代謝フラックスを含む多くの多様な変数もまた、THP収率の改善のための学習データとして考慮されるべきである。生成物によるフィードバック阻害とDHPAAの消失を共に計算に入れると、対称的DDC-DHPAAS経路はMAO介在非対照的経路よりもはるかに高いTHP予測収量を示した(
図2)。これらのモデルは、DHPAASの媒介する経路が、過去に報告されたMAO媒介THP産生量(最高1mM)より、高いレベルのTHPを産生する可能性があることを示唆している。さらに、フィードバック抑制モデルからは、ドーパミンとDHPAAのバランスが、最適なTHP生成にとって重要であることが分かる。したがって、DHPAASによるDHPAA産生とドーパミンの産生のバランス調節をさらに検討した。
【0051】
2.構造に基づく新規DHAAS変異体の同定とエンジニアリング
BIA生産に最適な配列を選択するために、推定上の植物由来AASと昆虫由来DHPAASの構造を比較した。PLP補因子に共有結合した芳香族アミノ酸基質と複合体を形成した推定上のAASやDHPAASのダイメリック ホモロジー モデルをChimera内で作動するMODELLERで作成し、MOEで構造を改良した(
図3)。
【0052】
M-Pathは、4-HPAASを植物BIA合成の重要な中間体である4-HPAAを生成する酵素として同定した。そこで、P.somniferum(ケシ)は天然の4-HPAA生合成にAAS活性を利用していると仮定し、P.somniferumの配列から潜在的なAAS酵素を検索した。興味深いことに、カルビドパ(PDB ID:1JS3)と複合体を形成しているSus Scrofa DDCの構造に基づいてモデリングしたP.somniferum(ケシ) チロシンデカルボキシラーゼ(TyDC1)は、AAAD活性部位His192に対応する位置に新規イソロイシン残基を含んでおり(
図3、中央パネル)、この位置は重要な触媒残基として注目される。しかしながら、新規なTyDC1 Leu205を除けば、すべてのP.somniferum TyDC1配列は、標準的なAAAD配列に良く似ている。これに対して、推定上の昆虫DHPAAS配列を比較すると、より明確な活性部位の差異が見られる(
図3)。そこで、最適なBIA生産システムを選択するために、昆虫DHPAASに焦点を移した。
【0053】
昆虫DHPAASの進化及びすべての必須触媒残基の解明を含むその酸化的脱カルボキシル化メカニズムについては、依然として多くの疑問が残っている。これらの疑問を明確にし、DHPAASの機構に基づく洞察を得るために、構造解析と組み合わせて系統分類を行った。
【0054】
B.mori(ボンビックス・モリ)のDHPAAS及びP.somniferum(ケシ)のTyDC1の二量体相同性モデルをMODELLER及びChimeraで作製した。D.melanogasterのDDC(PDB ID:3K40)及びヒスチジンデカルボキシラーゼ(4E1O)の結晶構造をB.moriのDHPAASモデリングの鋳型として使用した。カルビドパ(PDB ID:1JS3)と複合体を形成したSus ScrofaのDDCの構造をTyDC1の鋳型として用いた。PLPの芳香族アミノ酸基質への共有結合及び構造の精密化は、Molecular Operating Environment(MOE)にて行った。完成した構造をPyMOLで分析した。
【0055】
昆虫のAAAD及びAAS配列は、昆虫配列NP_476592.1、NP_724162.1、XP_319838.3、EDS39158.1、EAT37246.1及びEAT37247.1から検索することにより、タンパク質BLAST非重複データベースから収集した。重複した配列及び700アミノ酸長を超える配列を除去し、得られた配列を整列させ、スプリットバリュー0.12を用いて系統樹を作成した。MOEで配列同一性表を作成することによって、クラスターを同定した。738個の昆虫AAAD関連配列の系統発生解析により、推定上のDHPAAS配列247個とDHPAASグループ5個が同定された(
図4)。
【0056】
中央系統発生群(
図4)を構成する性状が不明な鱗翅目DHPAASは、DHPAAS機構に対する新たな知見を得るために選択した。昆虫DHPAASの構造を分析すると、Gly353~Arg324によって形成された新規ループは、Drosophila melanogaster 3,4-ジヒドロキシフェニルアラニンデカルボキシラーゼ(DDC、PDB ID:3K40)の構造を鋳型として用いても、容易にモデル化できなかった。クロスダイマー活性部位形成及び基質結合に関与するこの320~350ループは、ヒスチジンメチルエステル(PDB ID:4E1O)との複合体中のヒトヒスチジンデカルボキシラーゼの鋳型を使用することでより良好にモデル化された。
【0057】
DDC及びDHPAAS活性部位の比較からは、192位(B.mori及びD.melanogaster DHPAASの番号付け)が、脱炭酸酵素又はアルデヒドシンターゼの触媒活性を決定する際の重要な残基であることが明らかとなった(
図3及び4)。この192残基は、AAS機構で酸化されたPLP-芳香族アミノ酸複合体の外部アルジミンと水素結合することができる。Asn192を含有するAedes aegypti及びDrosophila melanogaster DHPAASの特性は以前に報告されているが、今回の研究においても、構造的及び機能的解析を介してAsn192は重要な触媒部位として別個に同定・確認された。
【0058】
DDCとDHPAASの構造を注意深く比較することにより、DHPAASのPhe79及びTyr80が、DHPAAS活性をDDC活性と区別するのにさらなる役割を果たすことが示された(
図3及び4)。Tyr79-Phe80は昆虫DDCにおいて保存されているが、この79-80モチーフは昆虫DHPAASにおいては一般的にPhe79-Tyr80として逆転し、これらの残基もまたPLP-基質複合体の外部アルジミンを取り囲んでいる(
図3)。したがって、我々はこれらの残基がDHPAASの触媒機構に関与しており、DHPAASの分類に有用であると仮定した。同定された5つのDHPAAS群の中で、Phe79-Tyr80はApis(ミツバチ)及び蚊で保存されている。ショウジョウバエのDHPAAS配列では、アイソフォームX1と呼ばれるものではPhe79-Tyr80が保存されており、アイソフォームX2(NP476592.126を含む)と呼ばれるものでは、Tyr79-Tyr80が保存されている。鱗翅目及び蟻類のDHPAAS群では、Phe79-Tyr80、Tyr79-Tyr80及びTyr79-Phe80が混じっている(
図4)。
【0059】
以下の実験では、B.mori配列XM_004930959.2を、DHPAASに特異的な3つの残基Phe79、Tyr80及びAsn192のすべてを含み、L-DOPAに対する基質特異性の増加が報告されているGly353をも含む、典型的なDHPAAS配列として選択した。さらに、Phe79Tyr、Tyr80Phe及びAsn192His DHPAAS触媒部位のアミノ酸変異体は、ドーパミン及びDHPAAの産生調節機構を探索するために設計した(
図5A)。
【0060】
3.組換えB.mori DHPAASの調製
完全長の野生型B.mori DHPAASのcDNA配列(XM_004930959.2;配列番号1)をGeneArt(Invitrogen)により合成し、BsaI制限酵素サイトを介してカナマイシン耐性(LifeSensors Inc.)を有するpE-SUMOベクターにクローニングした。アミノ酸変異体のcDNA(配列番号2~4)は、オーバーラップPCRを用いて生成した。DHPAAS発現ベクターを、50μg/mLのカナマイシンを添加したLB培地中に維持したBL21(DE3)、又は50μg/mLのカナマイシン及び34μg/mLのクロラムフェニコールを添加したLB培地中で維持したBL21(DE3)pLysSに導入して形質転換した。組換えDHPAASの発現は、LB培地中で好気的に増殖させた大腸菌に0.2~0.45mMのIPTGを添加することによって誘導した。誘導後、培養温度を14~16℃に下げた。一晩インキュベーションした後、細胞を遠心分離によってペレット化し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に再懸濁し、氷上で冷却しながら超音波処理により溶解した。溶解物を遠心分離し清澄化した溶解物を、HiTrap TALON及びHisTrap HPカラム(GE Life Sciences)にアプライし、これをPBS及び10~20mMイミダゾールで洗浄した。450~1,000mMイミダゾールで組換えDHPAASを溶出した。その後、Millipore Amicon Ultra-15遠心フィルターを使用して、バッファーを、PLPを補充したPBSに交換した。
【0061】
4.DHPAAS基質及び反応産物の分析
L-DOPAとDHPAASとの反応の推移は、薄層クロマトグラフィー(TLC)で基質と生成物を非定量的に分析した。TLCは、シリカゲル60F254(Merck Millipore)でコーティングしたアルミニウムプレート上で行った。1-ブタノール:酢酸:H2O=7:2:1の比の混合物を移動相として使用した。DHPAAS反応の成分をUV下で分析し、続いて加熱してニンヒドリン染色を行った。
【0062】
DHPAAS反応の基質及び生成物は、Shimadzu LCMS-8050 ESIトリプル四重極でえられたマススペクトルで同定した。定量分析は、Nexera X2 UHPLCシステムと共に、多重反応モニタリング(MRM)モードで操作されたShimadzu LCMS-8050を用いて行った。L-DOPA(TCI)、ドーパミン(TCI)、DHPAA(Santa Cruz Biotechnology)及びTHP(Sigma)には、それぞれ198.10>152.10(+)、154.10>91.05(+)、151.30>123.15(-)及び288.05>164.15(+)のクオリファイアMRMトランジションを用いた。ドーパミン、DHPAA及びTHPについては、154.10>137.05(+)、151.30>122.10(-)及び288.05>123.15(+)のクオリファイアMRMトランジションをそれぞれ使用した。レチクリンには、330.10>177.20(+)のクオリファイアMRMトランジションを用いた。40℃に加熱したDiscovery HS F5-3カラム(3μm、2.1mm×150mm、Sigma-Aldrich)を用い、0.1%ギ酸水溶液及び0.1%ギ酸アセトニトリルの濃度勾配を移動相として使用し、0.25mL/分で分離を行った。同じLC-MSシステムを用い、加熱したAstec CYCLOBOND I 2000カラム(5μm、2.1mm×150mm、Sigma-Aldrich)で、90%アセトニトリル-50mM NH4OAc(pH4.5)の移動相勾配で、溶出速度0.3mL/分で溶出し、(R,S)-THPのキラル分析を行った。
【0063】
5.アミノ酸置換によるB.mori DHPAASの機能変換
陰イオンm/z 151.10の検出及び主要なドーパミンイオンの欠如に示されるように、組換えB.mori XM_004930959.2野生型タンパク質は、L-DOPAとの主要産物としてDHPAAを産生した(
図5)。このB.moriDHPAASの同定は、DHPAAS系統群に関する上記の分析が正確であることを示唆している。構造解析の結果から、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His三重変異体はDDC様活性を有するが、Asn192His及びPhe79Tyr-Ty80Phe変異体はDHPAAS及びDDC活性の両方を有するという仮説が導かれる。この仮説を検証し、DHPAASの作用について包括的な知見を得るために、B.mori DHPAASの野生型、Asn192His変異体、Phe79Tyr-Ty80Phe変異体並びにPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体の酵素活性を評価した(
図5、
図6)。
【0064】
TLC後のニンヒドリン染色から、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体の主要産物はドーパミンであることが確認され、上記の仮説が支持された(
図5B)。より長時間のインキュベーションで得た生成物を分析すると、L-DOPAとPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS反応産物の主要な陽イオンとしてTHPが検出された(
図5D)。
【0065】
ついで、DHPAASの活性をH
2O
2の産生で評価した。H
2O
2は、過酸化水素蛍光定量アッセイキット(Sigma)を用い96穴プレートで定量した。0.6-0.8μgのDHPAASをPBS(20μL)に溶解し、様々な濃度のL-DOPA(10μL)と混合し、続いて30μLのペルオキシダーゼ酵素混合物(Sigma)を添加した。SpectraMax Paradigmマイクロプレートリーダー(Molecular Devices)を用いて蛍光を検出した。その結果、Asn192がDHPAASの活性維持に最も重要であり、Phe79とTyr80もDHPAASの活性に影響することがわかった(
図6)。
【0066】
6.インビトロにおけるDHPAASによるTHPの産生
THPがPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAASによって直接産生され得ることを確認したので、野生型ならびに設計した3種のB. mori DHPAAS変異体を用い、インビトロにおけるTHP産生を評価した(
図7)。
【0067】
具体的な試験方法は、次の通りである。PBSに溶解したDHPAAS(2~3μg)をL-DOPA水溶液と混合して最終容量40μLとした。そこに最終濃度1.875mMのL-DOPA、及び2.5mMのアスコルビン酸ナトリウムを加えた。室温(23~24℃)で反応を開始し、8時間後に温度を4℃とした。様々なタイミングで反応液2μLを採取し、アスコルビン酸とカンファースルホン酸を含むMeOH98μLで希釈した。この希釈反応液は、直ちに-30℃に保存し、LC-MS分析まで保存した。
【0068】
ドーパミン、DHPAA及びTHPの産生は、MRMモードで操作されるLC-MSを用いてモニターした。酸化されたTHPイオンm/z 284.10及びm/z 306.15の検出で示されるように、THPの収率は酸化に対して極めて敏感であった。THP-キノン([THP-3H]+=284.0917)は主要イオンm/z 284.10に対応する。同定されたカチオンm/z 306.15は、THPのN-オキシドに対応し得る([THP+OH]+=306.1336)。
【0069】
インビトロにおけるTHPの収率は、H2O2による生成物の酸化的分解を抑制するためにアスコルビン酸を添加すると有意に改善された。2.5mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加すると、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS変異体によるL-DOPAからTHPへの変換率は、23.9%(219μM)に増加した。これは、最も高いインビボでのドーパミンのTHPへの変換率15.9%(Nakagawa,A.et al.Sci.Rep.4,6695(2014)))を上回った。アスコルビン酸が、DHPAASによるDHPAA産生を阻害しなかったことは、DHPAAはH2O2酸化によるドーパミンの二次生成物ではなく、L-DOPAの直接的な酵素反応の生成物であることを示している。
【0070】
予測されたように、DHPAA産生量は、野生型酵素とPhe79Tyr-Tyr80Phe変異体を用いた場合が最も高く、Asn192His変異体とPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His変異体では最も低かった(
図7、
図8)。ドーパミン産生は予想通り逆の傾向が観察され、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His変異体で最も高く、野生型DHPAASで最も低かったが、Asn192His変異体によるドーパミン産生はPhe79Tyr-Tyr80Phe変異体よりも高かった。これらインビトロ試験の結果は、DHPAASの機能変換におけるPhe79、Tyr80及びAsn192の効果に関して、立体構造から導いた上記の仮説を支持するものである(
図8)。
【0071】
7.インビボにおけるDHPAASによるTHPの産生
発現ベクターであるpTrcHis2Bへのクローニングのために、NcoI及びXhoI制限酵素部位を含むプライマーを用いてDHPAAS配列をPCR増幅した。得られたタグなし発現ベクターをBL21(DE3)pLysSに導入し形質転換した。バイオプロダクションのために、15.6mMアスコルビン酸ナトリウム、100μg/mLアンピシリン及び34μg/mLクロラムフェニコールを含むM9培地3.5mLを用い、200rpmで振とうしながら37℃で大腸菌を増殖させた。OD600が0.2~0.4に達したとき、IPTGを終濃度0.97mMで添加してDHPAASの発現を誘導し、培養温度を25℃に下げた。誘導から1時間13分後に、各培養液に3.4mgのL-DOPA(0.97mg/mL)を添加し、続いてPLPを4.86μMの終濃度で添加した。L-DOPAを添加して12.9時間後に、培養温度を16℃に下げた。4つの時点で培養サンプル(300~500μL)を採取し、3,000Daの分子量カットオフを有するMillipore Amicon Ultra 0.5mL遠心フィルターを通して濾過した。基質添加22.7時間後に、約4~5mgのアスコルビン酸を各培養に添加し、培養物を4℃に移した。基質添加49.8時間後に、培養物を4,500gで遠心分離し、最終測定のために上清を回収した。培養上清をMeOHで希釈し、L-DOPA、ドーパミン、DHPAA及びTHPを定量した。
【0072】
LB培地で増殖させた大腸菌(E.coli)を用いた初期の試みでは、THPの産生量は一般的に極めて低かったが、Phe79Tyr-Tyr80Phe変異体がわずかに高く、続いて野生型DHPAASの順であった。しかし培地をM9ミニマム培地に変更すると、THP産生量はかなり増加した(
図9)。
【0073】
インビボにおけるドーパミンとDHPAAのバイオプロダクションは、DHPAASの構造をもとにした仮説と完全に一致しており、Phe79、Tyr80及びAsn192の置換によって生じる。インビトロでの結果とは対照的に、Phe79Tyr-Tyr80Phe変異体のTHP産生量は0.902μMで、インビボでは最も強いTHP生産を示した。野生型DHPAASが次に高い産生量を示し、続いでPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His DHPAAS、Asn192His変異体の順であった。キラルLC-MS分析(
図9-2)によって示されるように、インビボでは、DHPAASによって(R,S)-THPのジアステレオマー混合物が生成された。
【0074】
8.インビボにおけるレチクリンの産生
DHPAASの発現と同時に、THPからレチクリンへの変換を行う3種類の酵素を大腸菌に発現させ、インビボにおけるレチクリンへの産生を確認した。具体的には、C.japonica由来のノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、並びにコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)遺伝子を発現するpACYC184ベクター(配列番号13)と、実施例7で得られたDHPAAS発現ベクターpTrcHis2B(配列番号14)を用いて、BL21(DE3)pLysSを共形質転換し、得られたレチクリン産生大腸菌を、アンピシリンおよびクロラムフェニコールで選択した。レチクリン産生は、2%グルコースを補充したM9最小培地で試験した。OD600が0.2-0.3に達するまで大腸菌を増殖させ、そこに0.5mMのIPTG、450μMのL-DOPAおよび4.54mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した。さらに基質添加17.2時間後、444μMのアスコルビン酸塩を追加した。大腸菌を25℃、200rpmで振とうしながら培養し、レチクリンを産生させた。ドーパミン、DHPAA、THPおよびレチクリンの定量のために、カンファースルホン酸およびアスコルビン酸を含むMeOHで培養液を希釈した。Phe79Tyr-Tyr80PheおよびPhe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His媒介性レチクリン産生については重複測定を行い、野生型およびAsn192His媒介性レチクリン産生については4回測定を行った。結果を
図10に示す。
【0075】
9.インビボにおけるTHP、レチクリン及び中間体の産生
野生型のDHPAASを導入した発現ベクターpTrcHis2B、Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His変異DHPAAを導入した発現ベクターpE-SUMO、C.japonica由来のノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、並びにコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)遺伝子を導入したpACYC184ベクターを用いて、BL21(DE3)pLysSを共形質転換した。THP生産の最初のステップでは、この3つのプラスミドシステムを、1.5%グルコース、100μg/mLアンピシリン、及び50μg/mLカナマイシンを添加したグリセロール不含のTB中、37°Cで培養した。OD600が0.38に達した後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加した。誘導の1.5時間後、温度は25℃にまで低下させた。誘導から5.5時間後、細胞を4000 x gの遠心分離によって回収し、-80°Cで一晩保存し、約43mLの培養物からのペレットを、低カルシウム、0.2%Triton X-100、1.5%グルコース、10μMPLP、10mMアスコルビン酸ナトリウム、1mM L-DOPAを含むM9に再懸濁し、最終容量を6.5mLとした。混合後、培養物を24~25℃で1.5時間維持し、5000 x gで遠心分離して、上清中のドーパミンとDHPAAを濃縮した。基質添加の25時間後、5000 x gで再び遠心分離し、THP含有上清を次のBIA生産工程に使用した。
【0076】
BIA生産の第2段階では、C.japonicaの4-OMTとP.somniferumの6-OMT及びCNMTを含むpET23aをBL21(DE3)に導入した。この細胞を、1.5%グルコース、100μg/mLアンピシリン、グリセロールなしのTB中、最初は37°Cで培養した。OD600が0.78に達した後、IPTGを最終濃度0.5mMとなるように添加した。誘導の1.5時間後、温度を25℃まで低下させた。誘導の5.5時間後、細胞を4000 x gの遠心分離によって回収し、-80°Cで2晩保存し、46mLの培養物からのペレットを最初のステップの上清に再懸濁した。その後、25℃で振とうしながらBIA生産量(3HC、3HNMC、及びレチクリン)を測定した。
【0077】
培地の希釈サンプルをLC-MSとMRMを使用して分析した。結果を
図11に示す。なお、THPはL-DOPA添加の23時間後に定量され、3HC、3HNMC、及びレチクリンは2番目のバイオプロデューサー(最初のステップの上清)の添加の18.5時間後に定量した。ここで、図中のエラーバーは平均の標準誤差を示す(n=3の独立した測定を行った)。
【0078】
図11に示すとおり、上記2段階の細胞生産系により、THP、レチクリン及び2種類の中間体が産生されることが確認できた。
【0079】
10.インビボにおけるTHPの産生(DHPAASの3変異体及びTfNCSの導入)
Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His変異DHPAAS発現ベクターpTrcHis2B-tDHPAAS、NCS発現ベクターpCDFDuet-1-TfNCSを用いて、BL21(DE3)を共形質転換した。アンピシリン、スペクチノマイシン、1mMアスコルビン酸を添加したLB培地中、37°Cで培養した。OD600が0.4~0.6に達した後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、3時間後、細胞を4000 x gの遠心分離によって回収し、ペレットを、135μM PLP、5.1mMアスコルビン酸ナトリウム、1.97mM L-DOPA、1.94mM α―メチルドーパを含むLB培地に再懸濁した。混合後、培養物を25℃で16.5時間維持し、5000 x gで遠心分離して、上清中のドーパミンとDHPAA、THPを、LC-MSとMRMを使用して定量した。結果を
図12に示す。
【0080】
図12に示すとおり、TfNCSの導入により、内在性のNCSのみの場合より、多くのTHPが回収された。
【0081】
11.インビボにおける、チロシンからのノルコクラウリン産生(P.somniferumのTyDC及びNCSの導入)
(1)TyDC1及びTfNCSを導入した試験
P.somniferumのTyDC1の野生型又は変異体(TyDC1-Y98F-F99Y-L205N)、並びにTfNCS(コドン最適化した塩基配列は配列番号27に示す通りであり、対応するアミノ酸配列は配列番号28に示す通りである)を導入したベクター、各種pCDFDuet-1-TfNCS-PsTyDC1を作成した。なお、上述の変異は、配列番号17及び18のプライマーを用いることで、Tyr98Phe、Phe99Tyrの変異を、配列番号19及び配列番号20のプライマーを用いることで、Leu205Asnの変異が導入されたヌクレオチドを合成した。このベクターを用いてBL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシンを添加したLB中、37°Cで、200rpmで振とう培養した。OD600が0.3を超えた後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、28°Cで、180rpmで振とう培養した。1時間後、それぞれ終濃度が以下のとおりとなるように、2mMアスコルビン酸ナトリウム、0.5mM ドーパミン(DA)、1mM チロシンを培養液に添加した。混合後、51時間振とう培養し、上清中のノルコクラウリンをLC-MSとMRMを使用して定量した。結果を
図13に示す。
【0082】
(2)TyDC3及びTfNCSを導入した試験
P.somniferumのTyDC3の野生型又は変異体(TyDC3-Y100F-F101Y-H203N)、並びにTfNCS(コドン最適化した塩基配列は配列番号27に示す通りであり、対応するアミノ酸配列は配列番号28に示す通りである)を導入したベクター、各種pCDFDuet-1-TfNCS-PsTyDC3を作成した。なお、上述の変異は、配列番号23及び24のプライマーを用いることで、Phe101Tyr、Tyr100Pheの変異を、また、配列番号25及び配列番号26のプライマーを用いることで、His203Asnの変異を導入したヌクレオチドを合成した。このベクターを用いてBL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシンを添加したLB中、37°Cで、200rpmで振とう培養した。OD600が0.3を超えた後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、28°Cで、180rpmで振とう培養した。1時間後、それぞれ終濃度が以下のとおりとなるように、2mMアスコルビン酸ナトリウム、0.5mM ドーパミン(DA)、1mM チロシンを培養液に添加した。混合後、51時間振とう培養し、上清中のノルコクラウリンをLC-MSとMRMを使用して定量した。結果を
図13に示す。
【0083】
(3)TyDC1及びPSONCS3を導入した試験
P.somniferumのTyDC1の野生型又は変異体(TyDC1-Y98F-
F99Y-L205N)、並びにPSONCS3(コドン最適化した塩基配列は配列番号
30で示す通りであり、対応するアミノ酸配列は配列番号
29に示す通りである)を導入
したベクター、各種pCDFDuet-1-PSONCS3-PsTyDC1を作成した
。なお、上述の変異は、配列番号17及び18のプライマーを用いることで、Phe99
Tyr、Tyr98Pheの変異を、また、配列番号19及び配列番号20のプライマー
を用いることで、Leu205Asnの変異が導入されたヌクレオチドを合成した。この
ベクターを用いてBL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシンを添加したL
B中、37°Cで、200rpmで振とう培養した。OD600が0.3を超えた後、I
PTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、28℃で、180rpmで振とう培養
した。1時間後、それぞれ終濃度が以下のとおりとなるように、2mMアスコルビン酸ナ
トリウム、0.5mM ドーパミン(DA)、1mM チロシンを培養液に添加した。混
合後、51時間振とう培養し、上清中のノルコクラウリンをLC-MSとMRMを使用し
て定量した。結果を
図14に示す。
【0084】
(4)TyDC3及びPSONCS3を導入した試験
P.somniferumのTyDC3の野生型又は変異体(TyDC3-Y100F
-F101Y-H203N)、並びにPSONCS3(コドン最適化した塩基配列は配列
番号
30で示す通りであり、対応するアミノ酸配列は配列番号
29に示す通りである)を
導入したベクター、各種pCDFDuet-1-PSONCS3-PsTyDC3を作成
した。なお、上述の変異は、配列番号17及び18のプライマーを用いることで、Phe
101Tyr、Tyr100Pheの変異を、また、配列番号19及び配列番号20のプ
ライマーを用いることで、His203Asnの変異を導入したヌクレオチドを合成した
。このベクターを用いてBL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシンを添加
したLB中、37°Cで、200rpmで振とう培養した。OD600が0.3を超えた
後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、28℃で、180rpmで振と
う培養した。1時間後、それぞれ終濃度が以下のとおりとなるように、2mMアスコルビ
ン酸ナトリウム、0.5mMドーパミン(DA)、1mM チロシンを培養液に添加し
た。混合後、51時間振とう培養し、上清中のノルコクラウリンをLC-MSとMRMを
使用して定量した。結果を
図14に示す。
【0085】
図13及び
図14に示すとおり、細胞内にP.somniferumのTyDC1、又はTyDC3、及びNCS(Thalictrum flavumのTfNCS、又はP.somniferumのPSONCS3)を導入することで、チロシンから4-HPAA及びノルコクラウリンを産生させることに成功した。さらに、TyDC1、又はTyDC3に上記の変異を導入することで、ノルコクラウリンの産生量を顕著に増加させることができた。各TyDC1における98番目、99番目、205番目のアミノ酸は、共通の構造を有するDHPAASにおいては79番目、80番目、192番目のアミノ酸に対応している。本試験において、TyDC1の98番目のアミノ酸をTyrからPheに、99番目のアミノ酸をPheからTyrに、205番目のアミノ酸をHisからAsnにする変異は、TyDC1のカルボキシラーゼ活性において寄与するこれらの残基を、AAS活性を有するように改変したものと考えることができる。TyDC3についても同様のことが言える。
【0086】
12.インビボにおける、チロシンからのレチクリン産生(P.somniferumのTyDC及びNCSの導入)
上記11(1)の記載と同様に、P.somniferumのTyDC1の野生型又は変異体(TyDC1-Y98F-F99Y-L205N)、並びにTfNCSを導入したベクター、各種pCDFDuet-1-TfNCS-PsTyDC1を作成した。さらに、上記9に記載の、C.japonica由来のノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)、N-メチルコクラウリン3-ヒドロキシラーゼ(NMCH)遺伝子を発現するpACYC184ベクターを用いた。これらのベクターを用いてBL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシン、クロラムフェコール、5mMアスコルビン酸を添加したM9培地中、37°C、180rpmで振とう培養した。OD600が0.2~0.3に到達したところで、IPTGを終濃度0.8mMとなるように添加し、25℃、30分180rpmで振とう培養し、それぞれ終濃度が以下のとおりとなるように、2.5mM ドーパミン(DA)、5mM チロシンを培養液に添加し、混合後、培養物を180rpmで93時間振とう培養した。上清中のL-DOPA、4HPAA、ノルコクラウリン、THP、レチクリンをLC-MSとMRMを使用して定量した。インビボでの反応スキームを
図15に、上清中のL-DOPA、4HPAA、ノルコクラウリン、THP、レチクリンの産生量を
図16に示す。
【0087】
図16に示すとおり、細胞内にP.somniferumのTyDC1、NCS、さらに6’OMT、4’OMT、CNMT、NMCHを導入することで、チロシンから、最終的にレチクリンを産生させることに成功した。
【0088】
13.インビボにおける、L-ドーパからのTHP及びレチクリン産生(改変したP.putidaのDDCの導入)
P.putidaのDDCの変異体(DDC-Y79F-F80Y-H181N)、C.japonica由来のノルコクラウリン6-O-メチルトランスフェラーゼ(6’OMT)、3’-ヒドロキシ-N-メチル-(S)-コクラウリン-4’-O-メチルトランスフェラーゼ(4’OMT)、及びコクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)を導入したpACYC184で、BL21(DE3)を形質転換した。スペクチノマイシン及びクロラムフェニコールを添加したLB培地中、28°C、180rpmで振とう培養した。OD600が0.3を超えたところで、IPTGを終濃度0.74mM~1.48mMとなるように添加した。20℃、180rpmで30分培養し、終濃度約1.9mMのL-DOPA及び終濃度約4.7mMのアスコルビン酸ナトリウムを培養液に添加し、混合後40時間培養した。上清中のTHP及びレチクリンをLC-MSとMRMを使用して定量した。インビボでの反応スキームを
図17に、及び上清中のTHP、3HNMC及びレチクリンの産生量を
図18に示す。
【0089】
図17及び18に示すとおり、P.putidaのDDCの変異体(DDC-Y79F-F80Y-H181N)により、L-DopaからTHP、3HNMC及びレチクリンを産生させることができた。このことは、DDCの変異体(DDC-Y79F-F80Y-H181N)が、L-Dopaから、ドーパミンとDHPAAの両方を誘導することができたことを示す結果である。すなわち、上述の試験にて、DHPAAにおいて導入した変異(Phe79Tyr-Tyr80Phe-Asn192His)と逆向きの変異をP.putidaのDDCに導入することにより(Tyr79Phe-Phe80Tyr-His181Asn)、DDCにDHPAAS活性を生じさせることに成功したこととなる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によると、二官能性酵素である芳香族アルデヒドシンターゼ(AAS)、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AAAD)の、野生型又は変異体を発現させた組換え宿主細胞を用いることで、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)を効率的かつ容易に生産することができる。
【配列表】