(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】ルテニウム及びイリジウムの分別方法
(51)【国際特許分類】
C22B 11/00 20060101AFI20240604BHJP
C22B 3/46 20060101ALI20240604BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B3/46
C22B3/44 101Z
(21)【出願番号】P 2021058769
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2023-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-147991(JP,A)
【文献】特開2018-044200(JP,A)
【文献】特開平08-209259(JP,A)
【文献】特開2011-184764(JP,A)
【文献】特開2022-088124(JP,A)
【文献】特開2022-135956(JP,A)
【文献】特開2019-147990(JP,A)
【文献】特開2022-021190(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00 - 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液に対して、酸化還元電位を銀/塩化銀電極を基準電極として480mV未満に調整する工程と、下記(1)及び(2)の工程と、を有する、ルテニウム及びイリジウムの分別方法。
(1)前
記塩酸酸性液
の酸化還元電位を100mV以上に維持して30~70℃に調整し、鉄と反応させてルテニウムを沈殿させる工程、
(2)前記塩酸酸性液を75℃以上に加温し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるよう添加してイリジウムを沈殿させる工程。
【請求項2】
前記(1)の工程を実施した後に、前記(2)の工程を実施する、請求項1に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
【請求項3】
前記(1)の工程で使用する鉄は表面の一部が銅で被覆されており、銅の含有率が20~70質量%である、請求項1または2に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
【請求項4】
前記塩酸酸性液は更にヒ素を含有し、前記(1)の工程では、鉄をルテニウムに対し5~10質量倍添加し、前記(2)の工程では、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを回収した後の液にヒ素を残す、請求項1~3のいずれか一項に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
【請求項5】
前記塩酸酸性液は更にヒ素を含有し、前記(2)の工程で得た沈殿を、アルカリ性溶液と混合してヒ素の一部もしくは全部を除去する、請求項1~4のいずれか一項に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウム及びイリジウムの分別方法に係る。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で99%以上の粗銅とした後に電解精製工程において例えば純度99.99%以上の電気銅を生産する。近年では転炉においてリサイクル原料として電子部品由来の貴金属を含む金属屑が投入されており、銅以外の有価物は電解精製時にスライムとして沈殿する。
【0003】
このスライムには貴金族類、希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離・回収される。
【0004】
このスライムの処理には湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば特許文献1においてはスライムを塩酸-過酸化水素により銀を回収し、溶解した金は溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留して除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には希少金属イオン、テルル、セレンが含まれておりさらにこれら有価物を回収することが必要である。回収方法としては還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られている。
【0006】
とりわけ特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法は、コストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【0007】
二酸化硫黄を用いて有価物を回収する方法では、溶解後に順次有価物を還元して回収することができる。初めに白金、パラジウムが沈殿する。次にセレンが還元を受ける。イリジウム、ルテニウムは酸化還元電位が比較的低いので還元を受け難く、最後まで溶液に残留する。イリジウムについては、特許文献3に記載されているように、溶媒抽出により分離、濃縮後に焼成して回収する方法が広く知られる。また、特許文献4には、イリジウムを含む有機溶媒にマグネシウム、アルミニウム、亜鉛、鉄、錫及び鉛から選ばれた卑金属及び鉱酸を添加し貴金属を還元させて沈殿させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2001-316735号公報
【文献】特開2016-160479号公報
【文献】特開2004-332041号公報
【文献】特開2002-115015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
銅電解澱物溶解液中のイリジウム濃度は1~70mg/L程度である。イリジウムは高価な金属であるがこの程度の低濃度では溶媒抽出による製錬はコストに見合わない。他の金属との分離効率やストリップの効率も高くない。
【0010】
一方、ルテニウムを蒸留回収するにはNaBrO3等の強力な酸化剤を使用する。酸化剤のコストも高く、本対象液のようなルテニウム濃度が50~200mg/L程度の希薄でかつ不純物の多い溶液からルテニウムを回収するには不向きな方法である。また四酸化ルテニウムは毒性が強く、過量の使用は安全性の面で問題がある。
【0011】
亜鉛等の卑金属でセメンテーションする方法はイリジウムとルテニウムいずれにも有効な方法である。しかしながら、卑金属によるセメンテーションではイリジウムとルテニウムの分別回収は困難である。
【0012】
さらには、強酸条件下では水素が短時間に集中的に発生して吹きこぼれる、もしくは静電気等により発生した水素が爆発する問題がある。また、他にセメンテーションを受ける元素も混在するため反応効率が低い。銅製錬由来液にはヒ素も含まれており、卑金属を添加するとヒ素も沈殿する。
【0013】
イリジウムやルテニウムはその水酸化物が沈殿することが知られている。しかしながら、同時に沈殿してしまい、分別回収はできない。一般的な問題として強酸を中和するのであれば、アルカリ試薬のコストが大きい。また、ナトリウムイオンやアルカリ土類金属イオンは酸性条件下でも水に難溶性の硫酸塩を沈殿する。過量のアルカリで中和した時にはこの難溶性硫酸塩が製造設備の配管内に沈着して閉塞を起こすことが予想される。
【0014】
強酸性溶液から安価に効率よく低濃度のイリジウムとルテニウム分別-沈殿回収する方法は知られていない。特にヒ素が共存する条件ではアルシンの発生懸念から取り得る手法は限定される。
【0015】
本発明はこのような従来の事情を鑑み、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液からルテニウム及びイリジウムを効率的に分別する方法を提供する。対象液がヒ素も含むときには回収物へのヒ素の混入を抑制できる。特に銅製錬における電解精製工程で発生する電解澱物を酸化溶解して得られた塩酸酸性液は、本発明のルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液として好対象である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題は以下に特定される発明によって解決することができる。
[1]ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液に対して、酸化還元電位を銀/塩化銀電極を基準電極として480mV未満に調整する工程と、下記(1)及び(2)の工程と、を有する、ルテニウム及びイリジウムの分別方法。
(1)前記酸化還元電位を調整した塩酸酸性液を30~70℃に調整し、鉄と反応させてルテニウムを沈殿させる工程、
(2)前記塩酸酸性液を75℃以上に加温し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるよう添加してイリジウムを沈殿させる工程。
[2]前記塩酸酸性液の酸化還元電位を100mV以上に維持して前記(1)の工程を実施した後に、前記(2)の工程を実施する、[1]に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
[3]前記(1)の工程で使用する鉄は表面の一部が銅で被覆されており、銅の含有率が20~70質量%である、[1]または[2]に記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
[4]前記塩酸酸性液は更にヒ素を含有し、前記(1)の工程では、鉄をルテニウムに対し5~10質量倍添加し、前記(2)の工程では、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを回収した後の液にヒ素を残す、[1]~[3]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
[5]前記塩酸酸性液は更にヒ素を含有し、前記(2)の工程で得た沈殿を、アルカリ性溶液と混合してヒ素の一部もしくは全部を除去する、[1]~[4]のいずれかに記載のルテニウム及びイリジウムの分別方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の実施形態によれば、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液からルテニウム及びイリジウムを効率的に分別する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実験例2に係る酸化還元電位(ORP)とイリジウム濃度並びにルテニウム濃度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明のルテニウム及びイリジウムの分別方法の実施形態について説明するが、本発明は、これに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加え得るものである。
【0020】
<イリジウムの回収方法>
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの分別方法は、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液に対して、酸化還元電位を銀/塩化銀電極を基準電極として480mV未満に調整する工程と、下記(1)及び(2)の工程と、を有する、ルテニウム及びイリジウムの分別方法である。
(1)酸化還元電位を調整した塩酸酸性液を30~70℃に調整し、鉄と反応させてルテニウムを沈殿させる工程、
(2)塩酸酸性液を75℃以上に加温し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるよう添加してイリジウムを沈殿させる工程。
【0021】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの分別方法において、処理対象となるイリジウムを含む塩酸酸性液は、どのような処理を経て得られたものであってもよいが、特に、銅製錬における電解精製工程で発生する電解澱物を酸化溶解して得られた塩酸酸性液は、本発明のイリジウムを含む塩酸酸性液として好対象である。また、非鉄金属製錬、とりわけ銅製錬の電解精製工程で生じる電解澱物は白金族元素がその他希少元素と共に濃縮される。希少元素は単独で製錬されることはなく、他金属の副産物として回収されるか廃触媒等のリサイクル原料から分離される。したがって、本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの分別方法は、廃棄物からのリサイクルにも適用することができる。すなわち、当該廃棄物の処理工程で生じた、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液を対象とすることができる。
【0022】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの分別方法において、処理対象となるイリジウムを含む塩酸酸性液は、所定の工程を経て得られた塩酸酸性液である場合、ルテニウム及びイリジウム(Ir)以外に種々の金属元素を含んでいる。
【0023】
イリジウムを含む塩酸酸性液は、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)等を含んでもよい。これらは、後述のチオ硫酸イオンと反応しないことから、特段の処理が不要である。また、イリジウムを含む塩酸酸性液は、ヒ素(As)は、チオ硫酸イオンと比較的反応し難いものであり、含んでもよい。
【0024】
セレン(Se)、テルル(Te)、銅(Cu)等は、イリジウムを含む塩酸酸性液に含まれていてもよいが、チオ硫酸イオンで還元されるため、詳しくは後述するが、事前にこれら金属の濃度を下げておく必要がある。
【0025】
鉄(Fe)は、2価であればチオ硫酸イオンと反応しないため、イリジウムを含む塩酸酸性液に含まれていてもよい。一方、3価であれば、チオ硫酸イオンと反応してしまうため、含まれていてもよいが、事前に2価に還元しておく必要がある。
【0026】
一例として、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物からの、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液の作製方法を示す。まず、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物から硫酸により銅を溶解して除く。次に、濃塩酸と過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得る。塩化物浴である浸出貴液(PLS)には白金族元素、希少金属元素、カルコゲン元素、ヒ素、アンチモン等が分配する。
【0027】
浸出貴液(PLS)を一度冷却し、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。その後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。抽出液には、二酸化硫黄を吹き込むことで、白金やパラジウム等の貴金属とセレン、テルルを還元除去し、続いて固液分離することで、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液を作製することができる。
【0028】
本発明の実施形態に係るルテニウム及びイリジウムの分別方法では、ルテニウム及びイリジウムを含む塩酸酸性液に対して、二酸化硫黄、硫化水素、アルデヒド類等の還元剤を添加して酸化還元電位を銀/塩化銀電極を基準電極として480mV未満に調整する。これによって塩酸酸性液中に残る有価物としては、ルテニウム、イリジウム、アンチモン、ビスマス等が挙げられる。このうちルテニウムとイリジウムは付加価値が特に高く回収することが好ましい。還元後液には、ヒ素も0.5~3g/L含まれているが、ヒ素は有価物回収時には混入を抑制したい。ルテニウム及びイリジウムも元素別に回収する方が好ましい。
【0029】
還元後液からルテニウムを回収するには、金属によるセメンテーションが効果的である。ただし、塩酸酸性液にヒ素が含まれるのでアルシンの発生を抑制するため酸化還元電位が銀/塩化銀を基準にして-380mV以上の金属である必要がある。ルテニウムのセメンテーション条件に合致する金属は、鉄、ニッケル、銅等が挙げられる。
【0030】
ルテニウムのセメンテーションに使用する金属の中で次の金属は問題がある。銅はヒ素もヒ化銅として沈殿させてしまい、鉛はルテニウムと未反応の鉛が酸溶解せず混入してしまい、ニッケルは高コストになる。しかしながら、鉄は反応時に水素が瞬間的に多量発生する問題はあるものの、塩酸酸性液の温度を30~70℃に調整し、添加量をルテニウムの5~10質量倍にすれば大きな問題にはならない。さらには鉄を添加するとイリジウムは液温70℃以下ではセメンテーションを受け難いので元素毎の分別回収が可能になる。
【0031】
添加する鉄の上限は特に限定されないが、試薬の節約の観点から、塩酸酸性液におけるイリジウムに対し、400質量倍以下であることが好ましい。また、添加する鉄は、塩酸酸性液におけるイリジウムに対し、100~200質量倍であるのがより好ましい。
【0032】
添加する鉄としては、鉄粉が、反応性が良く好適である。また、見かけ直径が数cmに及ぶ鉄粒でも代用され得る。鉄の形状は特に制限されず、粉状、粒状、礫状、塊状、板状、線状等いずれの形でもよく、鉄の品位は特に制限はない。
【0033】
もしくは鉄板、鉄塊を設置した反応器に塩酸酸性液を通液してもよい。この時、反応器はバッチ式でなく、鉄を投入した容器に連続通液するタイプの反応器が好ましい。しかしながら、操作性と反応性との両面から鉄粉が好適である。本発明において、「鉄粉」とは、粒径としてP80<0.2mmの鉄の粒子を指す。
【0034】
鉄は塩酸酸性液に接触すると水素が発生する。水素は爆発性があるという問題がある。さらに鉄として鉄粉を使用するならば、表面積が大きいため短時間に大量に水素が発生して溶液が吹きこぼれる問題もある。そのため、特に鉄粉を使用する時、その投入量は1~10g/Lとする。一度に投入せずに複数回に分けて投入してもよい。
【0035】
水素発生による吹きこぼれや爆発の危険を避ける方法として、表面の一部が銅で被覆された鉄粉(銅被覆鉄)を使用することも可能である。原理的には鉄と酸溶液の接触が制限されて水素発生は抑制される。徐々に銅が溶解した後、表面に現れる鉄とルテニウムとが反応する。銅品位が高すぎるとイリジウムとの反応が悪くなるおそれがあるため、表面を銅で被覆した鉄の銅の含有量は、好ましくは70質量%以下、さらに好ましくは40質量%以下である。また、銅被覆鉄は銅の含有率が20~70質量%に調整したものを用いると、反応速度とルテニウム選択性の面で効果が高い。この時の反応温度は40℃~70℃に調整するとより効果が高い。温度が高すぎると選択性が低下する。反対に低すぎると反応が遅い。
【0036】
塩酸酸性液の酸化還元電位を100mV以上に維持しながら、鉄と反応させてルテニウムを沈殿させた後に、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液によるイリジウムの沈殿反応を実施してもよい。塩酸酸性液の酸化還元電位を100mV以上に維持しながら、鉄と反応させてルテニウムを沈殿させることで、溶液中のイリジウムの濃度を維持することができる。このため、イリジウムとルテニウムの個別分離が可能となる。
【0037】
先に鉄粉でルテニウムを回収しても、先にチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液でイリジウムを回収しても効果はある。ただし、先にチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液でイリジウムを回収する場合は、セメンテーションによるルテニウムの還元効率が著しく低下し、セメンテーション用の金属使用量が増加する。そのため、効率的にルテニウムとイリジウムを回収するには、先にルテニウムをセメンテーションで回収し、沈殿を分離後にチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液によりイリジウムを沈殿させることが好ましい。
【0038】
塩酸酸性液が更にヒ素を含有する場合、鉄をルテニウムに対し5~10質量倍添加してルテニウムを回収し、回収後の塩酸酸性液にチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを回収し、回収後液にヒ素を残すことができる。ここで、塩酸酸性液中でチオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液とヒ素が反応して硫化ヒ素を沈殿することが知られている。イリジウムの沈殿には硫化ヒ素の混入が避けられないが、硫化ヒ素は水酸化ナトリウム水溶液等のアルカリ性溶液に溶けやすく、これによって容易にヒ素の一部または全部を除くことが可能である。
【0039】
チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液でイリジウムを沈殿させる工程では、塩酸酸性液を75℃以上に加温し、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるよう添加してイリジウムを沈殿させる。イリジウムは塩酸酸性液中に塩化物錯イオンとして残留しているため、当該塩酸酸性液からイリジウムを効率的に沈殿させるために、塩酸酸性液を75℃以上に加温してチオ硫酸イオンを添加して沈殿させる。
【0040】
代表的なチオ硫酸イオン源としては、市販のチオ硫酸ナトリウム5水和物が挙げられる。チオ硫酸ナトリウム塩の固体で添加してもよいし、チオ硫酸イオン含有溶液で添加してもよい。チオ硫酸イオン源は、これら以外にも、亜硫酸と元素硫黄をアルカリ溶液中で加熱すれば得ることができるが、コストや取り扱い安さの面から、特に固体塩が有利である。特に、チオ硫酸ナトリウム5水和物は毒性も低く、チオ硫酸イオン源として最も好適である。
【0041】
イリジウムは塩酸酸性液中では塩化物錯体となっている。銅の殿物処理工程では二酸化硫黄で還元処理されているのでイリジウムの価数は三価以下であると想定される。チオ硫酸イオンは硫黄-硫黄結合が単結合であるとされており、硫黄元素上に負電荷が局在している。硫黄は軟らかい元素であり、上述のように、価数が三価以下のイリジウムも軟らかいイオンであるため、互いに親和性が高い。
【0042】
塩酸酸性液は、75℃以上に加温し、チオ硫酸イオンを添加して沈殿させる。塩酸酸性液を75℃以上に加温した状態でチオ硫酸イオンを添加すると、沈殿反応が進み、イリジウムを効率的に沈殿させることができる。塩酸酸性液の加温温度が75℃未満であると、沈殿反応の速度が鈍化するおそれがある。塩酸酸性液の加温温度は、好ましくは80℃以上である。塩酸酸性液の加温温度の上限は特に限定されないが、100℃以下であってもよい。
【0043】
チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液は、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるように、イリジウムを含む塩酸酸性液に添加することが好ましい。チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるように添加することで、チオ硫酸イオンがより有効に機能し、沈殿反応がより良好に進む。チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液は、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して15g/L以上になるように、イリジウムを含む塩酸酸性液に添加することがより好ましく、20g/L以上になるように、イリジウムを含む塩酸酸性液に添加することがより好ましい。また、チオ硫酸ナトリウム塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液は、多すぎると酸分解時に生じる硫黄が混入するおそれがあるため、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して30g/L以下になるように、イリジウムを含む塩酸酸性液に添加することが好ましい。
【0044】
チオ硫酸イオンは酸性条件下では硫黄と亜硫酸イオンに分解する平衡がある。さらには酸化性物質があればこれと反応するし、銅等の一部の遷移金属イオンは硫化物を作って沈殿する。そのため、予め二酸化硫黄によりその他の夾雑元素を沈殿させておくことが好ましい。その他の夾雑元素とは、例えばセレン及びテルルである。このような観点から、イリジウムを含む塩酸酸性液が、セレン及びテルルのうちの少なくとも一種を含む場合、イリジウムを含む塩酸酸性液に、予め二酸化硫黄または二酸化硫黄の水溶液を添加して、セレン及びテルルの合計濃度を100mg/L以下に調整しておくことが好ましい。そして、チオ硫酸ナトリウム塩またはチオ硫酸イオン含有溶液を、セレン及びテルルの合計濃度を調整したイリジウムを含む塩酸酸性液に添加することが好ましい。当該セレン及びテルルの合計濃度を予め50mg/L以下に調整しておくことがより好ましく、10mg/L以下に調整しておくことが更により好ましい。
【0045】
沈殿したイリジウム含有物は、固液分離後に公知の方法でイリジウムとその他夾雑物を分離する。例えば、酸化溶解後にイリジウムを溶媒抽出で分離回収する方法が挙げられる。この酸化溶解液では、イリジウムは十分濃縮されており、公知の溶媒抽出での回収が可能である。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
(実験例1)
銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物から硫酸により銅を溶解して除いた。濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した。酸濃度を2N以上に調整しDBC(ジブチルカルビトール)とPLSを混合して金を抽出した。金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄を吹き込んで貴金属とセレン、テルルを還元除去した。これを固液分離し、イリジウムを含む塩酸酸性液を得た。この時の酸化還元電位は450mVであった。
【0048】
二酸化硫黄還元後液を200mL分取し、表1の条件1~6に示す各温度に加熱した。二酸化硫黄還元後液のイリジウム濃度は26mg/L、ルテニウム濃度は130mg/Lであった。二酸化硫黄還元後液はその他の元素としてヒ素を1.5g/L、セレンを6mg/L、テルルを18mg/L含有していた。表1に示す量の鉄粉(P80=150~200μm)、もしくはチオ硫酸ナトリウム5水和物を添加して攪拌した。
所定時間後に反応を停止し、沈殿を固液分離した。ろ過後、溶液の各種元素濃度を定量した。これを一段目還元と称す。
次に、ろ液を再度所定温度に加熱して表1の二段目還元に示される試薬を添加した。銅被覆鉄は常温の硫酸銅溶液に鉄粉を浸して洗浄して調製した。銅含有量が30質量%と60質量%の2種類を調製して使用した。
所定時間後に反応を停止し再度固液分離した。
試薬はすべて和光純薬工業社製の特級グレードを使用した。溶液中の元素濃度の定量は溶液2mLを分取して50mLに規正後、ICP-OES(セイコー社製SPS3100)により濃度を定量した。沈殿物の溶解液は100mLに規正してその濃度を決定した。評価結果を表2に示す。
【0049】
【0050】
【0051】
表2の結果から、鉄粉もしくは銅被覆鉄を添加して、50~80℃に加温することでルテニウムを選択的に還元できることが分かる。その添加量は鉄に換算して0.2g以上、すなわちルテニウムの8質量倍以上で効果があり、10質量倍以上でさらに効果が高かった。
【0052】
ルテニウムを還元後、固液分離して溶液にチオ硫酸ナトリウムをチオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるよう添加して75℃以上に加温すると、ヒ素の混入を抑制してイリジウムを沈殿させることができた。
【0053】
実験例1の条件5と条件6に見られるように、チオ硫酸ナトリウムを先に添加してイリジウムを回収し、後から鉄粉を添加すると、ルテニウムに対する効果も残留イリジウムの回収効果も減殺される。
【0054】
(実験例2)
実験例1と同じ方法で調整したイリジウム含有液を300mL分取し60℃に加熱した。イリジウム濃度は25mg/L、ルテニウム濃度は77mg/L、酸化還元電位は455mVであった。最初に鉄粉0.1gを添加した時を0分とし、鉄粉を15分ごとに0.1gずつ添加した。鉄粉を添加する直前に酸化還元電位を測定し、成分分析用のサンプルを2mL採取した。分析方法は実験例1に準じる。酸化還元電位(ORP)とイリジウム濃度並びにルテニウム濃度の関係を
図1に示す。
【0055】
反応中はルテニウムが液中に10mg/L以上残っていればイリジウムの濃度はほとんど変化せず、その時の酸化還元電位は90mV以上を維持していた。さらには溶液の酸化還元電位が100mV未満となった
図1の経過時間30分~65分、120分以降の区間を除くと、部分的にも大きくイリジウムの濃度が低下することはなかった。このため、イリジウムの濃度を維持するためには、酸化還元電位を100mV以上に維持することが好ましいことがわかる。