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特許7498913ドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】ドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20240606BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020122439
(22)【出願日】2020-07-16
(65)【公開番号】P2022018963
(43)【公開日】2022-01-27
【審査請求日】2023-07-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構産業技術研究助成事業「新世代ロボット中核技術開発/革新的ロボット要素技術分野/人検知ロボットのための嗅覚受容体を用いた匂いセンサの開発」委託研究 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 広峻
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】三村 久敏
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-527819(JP,A)
【文献】特開2017-158464(JP,A)
【文献】特表2019-530861(JP,A)
【文献】特開平10-253360(JP,A)
【文献】特表2019-526043(JP,A)
【文献】特表2018-535396(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00 - G01N 27/10
G01N 27/14 - G01N 27/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正装置であって、
前記入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算部と、
前記加減演算部から出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算部と、
前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタと、
前記低域通過フィルタから出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算部と、
前記差分演算部によって算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算部とを備え、
前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算部によって算出された前記積分値とに基づいて、前記出力信号を算出し、
前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、
前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、
前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、
ドリフト補正装置。
【請求項2】
前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号から前記積分値を減算したものを前記出力信号として算出する、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項3】
前記加減演算部は、前記第2状態である場合に、前記入力信号を前記出力信号として出力するか、あるいは、前記積分演算部にホールドされている前記積分値を前記入力信号から減算したものを前記出力信号として出力する、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項4】
前記比較演算部は、前記加減演算部から出力された前記出力信号と、前記基準値とに基づいて、前記第1状態であるか、あるいは、前記第2状態であるかを判定する、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項5】
前記加減演算部と前記低域通過フィルタとの間に配置された第1スイッチング部を備え、
前記第1スイッチング部は、
前記第1状態である場合に、前記加減演算部と前記低域通過フィルタとを接続し、前記出力信号を前記低域通過フィルタに入力し、
前記第2状態である場合に、前記基準値を前記低域通過フィルタに入力する、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項6】
前記差分演算部と前記積分演算部との間に配置された第2スイッチング部を備え、
前記第2スイッチング部は、
前記第1状態である場合に、前記差分演算部と前記積分演算部とを接続し、前記ドリフト成分と前記基準値との差分を前記積分演算部に入力し、
前記第2状態である場合に、前記差分演算部と前記積分演算部とを接続しない、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項7】
前記差分演算部によって算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の比例値を算出して出力する比例演算部とを備え、
前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算部によって算出された前記積分値と、前記比例演算部によって算出された前記比例値とに基づいて、前記出力信号を算出する、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項8】
前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号から前記積分値と前記比例値とを減算したものを前記出力信号として算出する、
請求項7に記載のドリフト補正装置。
【請求項9】
前記比例演算部と前記加減演算部との間に配置された第3スイッチング部を備え、
前記第3スイッチング部は、
前記第1状態である場合に、前記比例演算部と前記加減演算部とを接続し、前記比例値を前記加減演算部に入力し、
前記第2状態である場合に、前記比例演算部と前記加減演算部とを接続しない、
請求項7に記載のドリフト補正装置。
【請求項10】
前記加減演算部から出力された前記出力信号に基づいて、前記イオンチャネルの開閉応答を生成して出力する開閉応答出力部を備える、
請求項1に記載のドリフト補正装置。
【請求項11】
前記開閉応答出力部は、前記加減演算部から出力された前記出力信号と、前記基準値とに基づいて、前記イオンチャネルの開閉応答を生成する、
請求項10に記載のドリフト補正装置。
【請求項12】
入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正方法であって、
前記入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算ステップと、
前記加減演算ステップにおいて出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算ステップと、
前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタリングステップと、
前記低域通過フィルタリングステップにおいて出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算ステップと、
前記差分演算ステップにおいて算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算ステップとを備え、
前記加減演算ステップでは、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算ステップにおいて算出された前記積分値とに基づいて、前記出力信号が算出され、
前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、
前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、
前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、
ドリフト補正方法。
【請求項13】
入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正方法であって、
コンピュータに
ドリフト成分が重畳した入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算ステップと、
前記加減演算ステップにおいて出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算ステップと、
前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタリングステップと、
前記低域通過フィルタリングステップにおいて出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算ステップと、
前記差分演算ステップにおいて算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算ステップとを実行させるためのプログラムであって、
前記加減演算ステップでは、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算ステップにおいて算出された前記積分値とに基づいて、前記ドリフト成分が補正された前記出力信号が算出され、
前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、
前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、
前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
環境中の匂い分子などの有機化合物を、生化学的な反応を利用して計測する技術として、生物の細胞膜を模擬した、脂質二重膜を有する装置が提案されている。この脂質二重膜を有する装置は、ある固有の化合物にのみ選択的に反応を示す膜受容体機能を示すイオンチャネルを脂質二重膜に導入したものと、パッチクランプ法に準ずるイオン電流計測装置によって構成されている。膜受容体は、特定の化合物に対して特異的に結合し、イオンチャネルの機能を亢進、阻害する作用を示す。そのため、膜受容体の機能を有するイオンチャネルの状態を電気化学的手法によって計測することで、化合物の存在を検出、あるいは化合物の環境中の濃度を計測することができる。とりわけ、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを実用的なセンサ装置として応用するためには、イオンチャネルの開閉状態を電流信号として安定的に判別し、化合物の作用濃度と相関を得る必要があり、関連する領域の研究が進んでいる。
特許文献1には、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを計測するための、人工的な脂質二重膜の形成方法、ならびに、イオンチャネルのイオン電流の測定方法などが記載されている。また、非特許文献1には、蚊の嗅覚受容体を脂質二重膜に導入することで、ヒトの汗の分解生成物である1-octen-3-olの検出を検出できる、脂質二重膜を有する装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-083210号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Nobuo Misawa他 “Construction of a Biohybrid Odorant Sensor Using Biological Olfactory Receptors Embedded into Bilayer Lipid Membrane on a Chip” ACS Sensors 4, 3, 711-716, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に記載されている、膜受容体の機能を示すイオンチャネルの電気的特性計測を基盤とした技術では、イオンチャネルを流れるイオン電流を計測する装置において、装置の電気回路部分に由来するドリフト成分が計測されていた。電気回路に生じるドリフト成分は、温度変化に伴う回路素子の特性の変動や、素子のばらつき、経時的なパラメータ変動などに由来するため、回路内部でドリフトを補正するには、高価で高精度な回路素子を利用する必要がある。また、すべての要素を網羅的に保証することは難しく、装置も大型化するため、実用上忌避されるという課題があった。
また、膜受容体の機能を示すイオンチャネルの足場となる脂質二重膜において、絶縁体であるべき脂質二重膜に生じるリーク電流に由来するドリフト成分が計測されていた。脂質二重膜に生じるリーク電流については、たとえば酸化による膜構造の変化が少ない合成脂質などを利用することで一定程度抑制することは可能である。しかしながら、合成脂質は高価であり、かつ自然界には存在しない膜構造である。そのため、膜受容体の本来存在する環境の脂質組成を再現することが難しい。これは、膜受容体の機能にも必然的に影響するため、化合物の検出や化合物濃度を計測する応用においては忌避されがちである。一方で、膜受容体の本来存在する環境の脂質は、その構造上リーク電流を発生させやすい。そのため、現状では合成脂質を不本意ながら利用し、膜受容体の機能を示すイオンチャネルの電気特性計測を行う必要があるといった課題があった。
また、装置の電気回路部分の特性変化および膜のリーク電流に起因するドリフト成分は、しばしばイオンチャネルの開閉応答と同等、あるいはそれ以上のダイナミックレンジを有する。そのため、イオンチャネルの開閉状態は、イオン電流の計測値に対して固定の閾値を用いて判断することが難しい。従来、イオン電流の計測値に重畳したドリフト成分は、イオン電流を長時間に渡って計測した後、計測結果に応じて人為的に低周期のトレンドを抽出し、適切な多項式補間によって事後補正処理を行っていた。この方法は、信号を長期に渡って一括で計測する必要があるから、イオンチャネルの特性を評価する用途では現実的な手段である。一方で、逐次的な信号処理を伴うセンサ装置などの応用においては、長時間のイオン電流の計測が許容されず、また未来のドリフト状態を知ることができないから、多項式補正は現実的ではないという課題があった。
【0006】
上述した点に鑑み、本発明は、膜受容体の化合物に対する受容特性を利用した、化合物の検出あるいは化合物濃度計測装置において、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを流れるイオン電流に重畳したドリフト成分を差し引くことで、ドリフト補正を行うことができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することを目的とする。
また、本発明は、イオンチャネルの開閉状態に応じた2値的な信号を出力することができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することを目的とする。
つまり、本発明は、イオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号にドリフト成分が重畳している場合であってもそのドリフト成分を適切に補正することができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、鋭意研究において、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを流れるイオン電流に重畳した長周期のドリフト成分を、比例、積分フィードバックを用いて補正し取り除き、かつ、ドリフト成分に該当する基準電圧からの差分に相当する量を、切替手段によって選択的に積分器に蓄積し、かつ、切替手段の判断基準を、ドリフト補正手段の出力部分と固定の閾値を比較することによって実現し、ドリフト成分を補正する手法を見い出したのである。
また、本発明者等は、このドリフト補正方法の切替手段の出力をイオンチャネルの開閉状態として2値出力する手法を見い出した。
【0008】
本発明の一態様は、入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正装置であって、前記入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算部と、前記加減演算部から出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算部と、前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタと、前記低域通過フィルタから出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算部と、前記差分演算部によって算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算部とを備え、前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算部によって算出された前記積分値とに基づいて、前記出力信号を算出し、前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、ドリフト補正装置である。
【0009】
本発明の一態様のドリフト補正装置では、前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号から前記積分値を減算したものを前記出力信号として算出してもよい。
【0010】
本発明の一態様のドリフト補正装置では、前記加減演算部は、前記第2状態である場合に、前記入力信号を前記出力信号として出力するか、あるいは、前記積分演算部にホールドされている前記積分値を前記入力信号から減算したものを前記出力信号として出力してもよい。
【0011】
本発明の一態様のドリフト補正装置では、前記比較演算部は、前記加減演算部から出力された前記出力信号と、前記基準値とに基づいて、前記第1状態であるか、あるいは、前記第2状態であるかを判定してもよい。
【0012】
本発明の一態様のドリフト補正装置は、前記加減演算部と前記低域通過フィルタとの間に配置された第1スイッチング部を備え、前記第1スイッチング部は、前記第1状態である場合に、前記加減演算部と前記低域通過フィルタとを接続し、前記出力信号を前記低域通過フィルタに入力し、前記第2状態である場合に、前記基準値を前記低域通過フィルタに入力してもよい。
【0013】
本発明の一態様のドリフト補正装置は、前記差分演算部と前記積分演算部との間に配置された第2スイッチング部を備え、前記第2スイッチング部は、前記第1状態である場合に、前記差分演算部と前記積分演算部とを接続し、前記ドリフト成分と前記基準値との差分を前記積分演算部に入力し、前記第2状態である場合に、前記差分演算部と前記積分演算部とを接続しなくてもよい。
【0014】
本発明の一態様のドリフト補正装置は、前記差分演算部によって算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の比例値を算出して出力する比例演算部とを備え、前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算部によって算出された前記積分値と、前記比例演算部によって算出された前記比例値とに基づいて、前記出力信号を算出してもよい。
【0015】
本発明の一態様のドリフト補正装置では、前記加減演算部は、前記第1状態である場合に、前記入力信号から前記積分値と前記比例値とを減算したものを前記出力信号として算出してもよい。
【0016】
本発明の一態様のドリフト補正装置は、前記比例演算部と前記加減演算部との間に配置された第3スイッチング部を備え、前記第3スイッチング部は、前記第1状態である場合に、前記比例演算部と前記加減演算部とを接続し、前記比例値を前記加減演算部に入力し、前記第2状態である場合に、前記比例演算部と前記加減演算部とを接続しなくてもよい。
【0017】
本発明の一態様のドリフト補正装置は、前記加減演算部から出力された前記出力信号に基づいて、前記イオンチャネルの開閉応答を生成して出力する開閉応答出力部を備えてもよい。
【0018】
本発明の一態様のドリフト補正装置では、前記開閉応答出力部は、前記加減演算部から出力された前記出力信号と、前記基準値とに基づいて、前記イオンチャネルの開閉応答を生成してもよい。
【0019】
本発明の一態様は、入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正方法であって、前記入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算ステップと、前記加減演算ステップにおいて出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算ステップと、前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタリングステップと、前記低域通過フィルタリングステップにおいて出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算ステップと、前記差分演算ステップにおいて算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算ステップとを備え、前記加減演算ステップでは、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算ステップにおいて算出された前記積分値とに基づいて、前記出力信号が算出され、前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、ドリフト補正方法である。
【0020】
本発明の一態様は、入力信号に重畳したドリフト成分を補正するドリフト補正方法であって、コンピュータにドリフト成分が重畳した入力信号が入力され、出力信号を出力する加減演算ステップと、前記加減演算ステップにおいて出力された前記出力信号に基づいて、第1状態であるか、あるいは、第2状態であるかを判定する比較演算ステップと、前記第2状態である場合に前記出力信号が入力されず、前記第1状態である場合に前記出力信号が入力されて、前記出力信号に含まれる前記ドリフト成分を出力する低域通過フィルタリングステップと、前記低域通過フィルタリングステップにおいて出力された前記ドリフト成分と基準値との差分を算出して出力する差分演算ステップと、前記差分演算ステップにおいて算出された前記ドリフト成分と前記基準値との差分の積分値を算出して出力する積分演算ステップとを実行させるためのプログラムであって、前記加減演算ステップでは、前記第1状態である場合に、前記入力信号と、前記積分演算ステップにおいて算出された前記積分値とに基づいて、前記ドリフト成分が補正された前記出力信号が算出され、前記入力信号は、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号であり、前記第1状態には、前記イオンチャネルの開状態と前記イオンチャネルの閉状態とが含まれ、前記第2状態には、前記イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、前記イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる、プログラムである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、膜受容体の化合物に対する受容特性を利用した、化合物の検出あるいは化合物濃度計測装置において、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを流れるイオン電流に重畳したドリフト成分を差し引くことで、ドリフト補正を行うことができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することができる。
また、本発明によれば、イオンチャネルの開閉状態に応じた2値的な信号を出力することができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することができる。
つまり、本発明によれば、イオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号にドリフト成分が重畳している場合であってもそのドリフト成分を適切に補正することができるドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を示す図である。
図2】基準値Vref、閾値Vthrなどを説明するための図である。
図3】イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合における第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を表現した図である。
図4】入力信号Vinと積分演算部1Hの累積値と積分演算部1Hの定常偏差(ドリフト成分の定常偏差)との関係の一例を示す図である。
図5】イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)になった後に第2状態(σ=0)になった場合における第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を表現した図である。
図6】第1実施形態のドリフト補正装置1において実行される処理の一例を示すフローチャートである。
図7】第2実施形態のドリフト補正装置1の一例を示す図である。
図8】イオンチャネルの開閉応答が存在しない状況で第1実施形態のドリフト補正装置1によるドリフト補正が行われた例を示す図である。
図9】イオンチャネルの開閉応答が存在する状況で第1実施形態のドリフト補正装置1によるドリフト補正が行われた例を示す図である。
図10図9に示す例を更に詳細に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明のドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムの実施形態について説明する。
【0024】
<第1実施形態>
図1は第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を示す図である。
図1に示す例では、第1実施形態のドリフト補正装置1が、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号である入力信号Vinに重畳したドリフト成分を補正する。
図1に示す例では、イオン電流を電圧に変換したものが入力信号Vinとして用いられるが、他の例では、イオン電流を電圧以外のものに変換したものが入力信号として用いられてもよい。
図1に示す例では、イオン電流の測定値をAD変換したデジタル信号(入力信号Vin)が、ドリフト補正装置1として機能するコンピュータによって処理され、入力信号Vinを生成するために、イオンチャネルの1kHz以上の応答を観測できる逐次比較方式のAD変換器が用いられる。他の例では、ドリフト補正装置1が例えばアナログ素子などによって構成されていてもよい。
【0025】
図1に示す例では、ドリフト補正装置1が、入力部1Aと、加減演算部1Bと、比較演算部1Cと、スイッチング部1Dと、低域通過フィルタ1Eと、差分演算部1Fと、スイッチング部1Gと、積分演算部1Hと、比例演算部1Iと、スイッチング部1Jと、出力部1Kとを備えている。
入力部1Aには、入力信号Vinが入力される。
加減演算部1Bには、入力信号Vinが入力部1Aから入力される。加減演算部1Bは、出力信号Voutを比較演算部1Cと出力部1Kとに出力する。
【0026】
比較演算部1Cには、加減演算部1Bから出力された出力信号Voutが入力される。また、比較演算部1Cには、基準値Vrefと閾値Vthrとが入力される。比較演算部1Cは、出力信号Voutと基準値Vrefと閾値Vthrとに基づいて、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)であるか、あるいは、第2状態(σ=0)であるかを判定する。第1状態には、イオンチャネルの開状態とイオンチャネルの閉状態とが含まれる。第2状態には、イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態である第1過渡状態と、イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態である第2過渡状態とが含まれる。
詳細には、式(1)に示すように、比較演算部1Cは、基準値Vrefと出力信号Voutとの差の絶対値が、閾値Vthrと基準値Vrefとの差VTHR以下である場合に、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)であると判定する。比較演算部1Cは、それ以外の場合に、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)であると判定する。
【0027】
【数1】
【0028】
図2は基準値Vref、閾値Vthrなどを説明するための図である。詳細には、図2(A)はイオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)であると比較演算部1Cによって判定される場合の一例を示しており、図2(B)はイオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)であると比較演算部1Cによって判定される場合の一例を示している。図2(A)および図2(B)において、縦軸は加減演算部1Bから比較演算部1Cに入力される出力信号Voutを示しており、横軸は時刻を示している。
図2に示す例では、サンプリング周期TSMPLの開始時刻t1における出力信号Voutの値が基準値Vrefに設定される。また、閾値Vthrと基準値Vrefとの差VTHRが、イオンチャネルの開状態におけるイオン電流を示す電圧値とイオンチャネルの閉状態におけるイオン電流を示す電圧値との差よりも小さい値に設定される。
図2(A)に示す例では、サンプリング周期TSMPLの開始時刻t1における出力信号Voutの値(=基準値Vref)と、サンプリング周期TSMPLの終了時刻t2における出力信号Voutの値との差が、閾値Vthrと基準値Vrefとの差VTHR以下になる。その結果、比較演算部1Cは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)であると判定する。つまり、比較演算部1Cは、ドリフト補正を行うべき状態であると判定する。
一方、図2(B)に示す例では、サンプリング周期TSMPLの開始時刻t1における出力信号Voutの値(=基準値Vref)と、サンプリング周期TSMPLの終了時刻t2における出力信号Voutの値との差が、閾値Vthrと基準値Vrefとの差VTHRよりも大きくなる。その結果、比較演算部1Cは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)であると判定する。つまり、比較演算部1Cは、ドリフト補正を行うべきではない状態であると判定する。
【0029】
図1に示す例では、スイッチング部1Dが、加減演算部1Bと低域通過フィルタ1Eとの間に配置されている。スイッチング部1Dは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、加減演算部1Bと低域通過フィルタ1Eとを接続し、加減演算部1Bから出力される出力信号Voutを低域通過フィルタ1Eに入力する。また、スイッチング部1Dは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、上述した基準値Vrefを低域通過フィルタ1Eに入力する。つまり、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、加減演算部1Bから出力される出力信号Voutは、低域通過フィルタ1Eに入力されない。
低域通過フィルタ1Eは、加減演算部1Bから出力された出力信号Voutに含まれるドリフト成分を信号VLPFとして出力する。詳細には、低域通過フィルタ1Eは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、出力信号Voutに含まれるドリフト成分を信号VLPFとして出力する。また、低域通過フィルタ1Eは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、入力された基準値Vrefをそのまま出力する。
低域通過フィルタ1Eとしては、例えば式(2)に示す応答を示すアナログフィルタが用いられる。式(2)において、sはラプラス変換の媒介変数を示しており、Tは低域通過フィルタ1Eの時定数を示している。
【0030】
【数2】
【0031】
式(2)に示す応答を示すアナログフィルタが低域通過フィルタ1Eとして用いられる場合には、低域通過フィルタ1Eは1次遅れ系を仮定するが、これはフィルタの次数を制約するものではなく、平滑化作用を実現できるフィルタであれば何でもよい。時定数Tは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、急激な出力変動を抑制する働きをする。この時定数Tは、測定対象の信号の、本来観測するべき立ち上がり時定数と同程度の値とする。上述したように、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合、つまり、イオンチャネルの状態が開状態から閉状態への過渡状態である場合、あるいは、イオンチャネルの状態が閉状態から開状態への過渡状態である場合に、低域通過フィルタ1Eは、入力された基準値Vrefをそのまま出力する。
【0032】
差分演算部1Fは、低域通過フィルタ1Eから出力された信号と基準値Vrefとの差分を算出して出力する。
具体的には、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、差分演算部1Fは、低域通過フィルタ1Eから出力されたドリフト成分(信号VLPF)と基準値Vrefとの差分を算出して出力する。また、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、差分演算部1Fは、低域通過フィルタ1Eからそのまま出力された基準値Vrefと基準値Vrefとの差分(つまり、ゼロ)を算出して出力する。
【0033】
スイッチング部1Gは、差分演算部1Fと積分演算部1Hとの間に配置されている。スイッチング部1Gは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、差分演算部1Fと積分演算部1Hとを接続し、ドリフト成分(信号VLPF)と基準値Vrefとの差分を積分演算部1Hに入力する。また、スイッチング部1Gは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、差分演算部1Fと積分演算部1Hとを接続しない。
積分演算部1Hは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、差分演算部1Fによって算出されたドリフト成分(信号VLPF)と基準値Vrefとの差分の積分値Vを算出して出力する。一方、積分演算部1Hは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、初期値であるゼロを出力するか、あるいは、積分演算部1Hにホールドされている積分値Vを出力する。積分演算部1Hは、例えば公知の積分回路と同様に構成されている。
積分値Vは、例えば式(3)によって表される。式(3)において、Kはゲインを示している。
【0034】
【数3】
【0035】
比例演算部1Iは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、差分演算部1Fによって算出されたドリフト成分(信号VLPF)と基準値Vrefとの差分の比例値(つまり、差分に比例した値)Vを算出して出力する。一方、比例演算部1Iは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、ゼロ(差分演算部1Fによって算出された値(ゼロ)の比例値)を算出して出力する。
比例値Vは、例えば式(4)によって表される。式(4)において、Kはゲインを示している。
【0036】
【数4】
【0037】
スイッチング部1Jは、比例演算部1Iと加減演算部1Bとの間に配置されている。スイッチング部1Jは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、比例演算部1Iと加減演算部1Bとを接続し、比例演算部1Iから出力された比例値Vを加減演算部1Bに入力する。また、スイッチング部1Jは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合に、比例演算部1Iと加減演算部1Bとを接続しない。
【0038】
イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合には、入力信号Vinと、積分演算部1Hによって算出された積分値Vと、比例演算部1Iによって算出された比例値Vとが、加減演算部1Bに入力される。加減演算部1Bは、入力信号Vinと、積分演算部1Hによって算出された積分値Vと、比例演算部1Iによって算出された比例値Vとに基づいて、出力信号Voutを算出して出力する。詳細には、加減演算部1Bは、入力信号Vinから積分値Vと比例値Vとを減算したもの(Vin-V-V)を出力信号Voutとして算出して出力する。
一方、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合には、入力信号Vinと積分演算部1Hの出力ゼロとが、加減演算部1Bに入力され、加減演算部1Bは、入力された入力信号Vinと等しい値を出力信号Voutとして出力する。あるいは、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合、入力信号Vinと積分演算部1Hにホールドされている積分値Vとが加減演算部1Bに入力され、加減演算部1Bは、入力信号Vinから、積分演算部1Hにホールドされている積分値Vを減算したもの(Vin-V)を出力信号Voutとして算出して出力する。
【0039】
図3はイオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合における第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を表現した図である。
イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合には、ドリフト補正装置1によって、図2(A)の終了時刻t2における出力信号Voutの値を、基準値Vrefに戻すような作用が働く。
入力部1Aから出力部1Kまでの入出力関係は、ラプラス変換されたs領域において式(5)によって表される。
【0040】
【数5】
【0041】
式(5)により、ステップ応答の定常偏差は第1項、第2項それぞれに関して式(6)および式(7)のようになり、定常的に基準値Vrefに追従する応答を示す。
【0042】
【数6】
【0043】
【数7】
【0044】
図3に示す負帰還を維持するためには、次に示す条件を満たす必要がある。長周期的なドリフト成分、すなわち、加速度成分のない速度入力が入力信号Vinに作用している場合において、定常偏差は式(8)によって表される。式(8)において、vはドリフトの速度成分を示している。
【0045】
【数8】
【0046】
これが閾値Vthrを超えてはいけないから、閾値Vthrと積分演算部1HのゲインKは、式(9)の条件を満たす必要がある。
【0047】
【数9】
【0048】
図4は入力信号Vinと積分演算部1Hの累積値と積分演算部1Hの定常偏差(ドリフト成分の定常偏差)との関係の一例を示す図である。図4において、縦軸は入力信号Vinと積分演算部1Hの累積値とを示しており、横軸は時間の経過を示している。積分演算部1Hの定常偏差(ドリフト成分の定常偏差)は、入力信号Vinと積分演算部1Hの累積値との差分である。
【0049】
さらに、速度入力が入力信号Vinに入った際の過渡状態について、下記の条件を設定することができる。ただし、以下の議論では、サンプリング周期TSMPLが信号の応答を時間軸方向に十分高精度に観測できているとする。過渡応答時のサンプリング周期相当の時間後の出力は式(10)によって表される。
【0050】
【数10】
【0051】
解析を簡略化するため、負帰還の応答性が最適調整されていると考える、すなわち、伝達関数が臨界減衰状態となっていて、式(11)を満たすとすると、式(12)で示す関係が得られる。
【0052】
【数11】
【0053】
【数12】
【0054】
これより、過渡応答の初期状態から、サンプリング周期TSMPL後の出力が閾値Vthrを超えない条件は式(13)によって表される。
【0055】
【数13】
【0056】
以上の議論から、結局入力信号をドリフト成分とみなして補正する信号の条件は、ドリフトの速度成分vが式(14)および式(15)をともに満たす条件において、ドリフト信号が積分演算部1Hに蓄積され、加減演算部1Bによって差し引かれることで補正される。また、ドリフト補正手法のパラメータは、上記の不等式を実験的に満たすように調整することができる。
【0057】
【数14】
【0058】
【数15】
【0059】
式からわかるように、時定数Tを大きく取ることによって、補正可能なドリフト成分の大きさは減少するが、ドリフト補正機能に由来する高周波ノイズの影響を除去する性能を向上させることができる。いま、負帰還部分は最適減衰性であるから、ノイズのカットオフ特性は平坦であって、カットオフ周波数fは式(16)によって表される。
【0060】
【数16】
【0061】
図5はイオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)になった後に第2状態(σ=0)になった場合における第1実施形態のドリフト補正装置1の一例を表現した図である。
イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)になった後に第2状態(σ=0)になった場合には、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である時に積分演算部1Hによって算出された積分値Vが積分演算部1Hにホールドされており、その積分値Vが積分演算部1Hから加減演算部1Bに入力される。加減演算部1Bは、入力信号Vinから積分値Vを減算したもの(Vin-V)を出力信号Voutとして算出して出力する。
すなわち、図5に示す例では、入力信号Vinから、積分演算部1Hに蓄積されたドリフト成分が直流オフセットとして差し引かれる状態となる。負帰還作用は働くことはないため、ドリフト成分をホールドオーバーした状態でイオン電流の信号を計測する状態となっている。
【0062】
比例演算部1Iは、かならずしも必要というわけではないが、ノイズ除去性能とドリフトとして補正する速度成分を調整するための自由度として実装しておくことが好ましい。
つまり、図1に示す例では、ドリフト補正装置1が、比例演算部1Iと、スイッチング部1Jとを備えているが、他の例では、ドリフト補正装置1が、比例演算部1Iと、スイッチング部1Jとを備えていなくてもよい。この例では、加減演算部1Bは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、入力信号Vinと、積分演算部1Hによって算出された積分値Vとに基づいて、出力信号Voutを算出する。詳細には、加減演算部1Bは、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合に、入力信号Vinから積分値Vを減算したもの(Vin-V)を出力信号Voutとして算出する。
【0063】
図1に示す例では、閾値Vthr(図2参照)をイオン電流の開閉状態の電圧変動の半分付近に設定することで、イオンチャネルの開閉の2値信号(開状態を示す出力信号Voutおよび閉状態を示す出力信号Vout)を、ドリフト成分を排除しながら直接出力することが可能である。
【0064】
図6は第1実施形態のドリフト補正装置1において実行される処理の一例を示すフローチャートである。
図6に示す例では、ステップS11において、加減演算部1Bが出力信号Voutを出力する。
次いで、ステップS12では、比較演算部1Cは、ステップS11において出力された出力信号Voutに基づいて、イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)であるか、あるいは、第2状態(σ=0)であるかを判定する。イオンチャネルの状態が第1状態(σ=1)である場合には、ステップS13Aに進む。一方、イオンチャネルの状態が第2状態(σ=0)である場合には、ステップS13Bに進む。
【0065】
ステップS13Aでは、低域通過フィルタ1Eが、出力信号Voutに含まれるドリフト成分を出力する。
次いで、ステップS14Aでは、差分演算部1Fが、ドリフト成分と基準値Vrefとの差分を算出する。
次いで、ステップS15Aでは、積分演算部1Hが、ドリフト成分と基準値Vrefとの差分の積分値Vを算出する。
また、ステップS15Aと並列に実行されるステップS16Aでは、比例演算部1Iが、ドリフト成分と基準値Vrefとの差分の比例値Vを算出する。
次いで、ステップS17Aでは、加減演算部1Bが、入力信号Vinと、ステップS15Aにおいて算出された積分値Vと、ステップS16Aにおいて算出された比例値VPとに基づいて、出力信号Vout(=Vin-V-V)を算出する。
【0066】
ステップS13Bでは、低域通過フィルタ1Eが、基準値Vrefを出力する。
次いで、ステップS14Bでは、差分演算部1Fが、ゼロを算出する。
次いで、ステップS17Bでは、加減演算部1Bが、入力された入力信号Vinと等しい値を出力信号Voutとして出力するか、あるいは、ステップS15Aにおいて算出されて積分演算部1Hにホールドされている積分値Vを入力信号Vinから減算したもの(Vin-V)を出力信号Voutとして出力する。
【0067】
第1実施形態のドリフト補正装置1では、膜受容体の機能を示すイオンチャネルを流れるイオン電流に重畳したドリフト成分(装置の回路部分に由来する長周期のドリフト成分、本来絶縁体である脂質二重膜に生じるリーク電流に由来するドリフト成分など)を、イオン電流の計測値を長時間にわたって記録した後に行う事後補正の手法ではなく、イオン電流の計測中の実時間で逐次的に補正することができる。そのため、イオンチャネルの開閉状態を固定の閾値を用いて容易に判断することができ、イオンチャネルの開閉状態を2値信号として実時間で出力することができるようになる。結果として、膜受容体の機能を示すイオンチャネルの応答をもとに、化合物の検出、あるいは化合物濃度の計測を行うためのセンサ装置において、イオンチャネルの開閉応答を安定的に計測することができるようになり、化合物の作用と膜受容体の機能を示すイオンチャネルの応答を対応付ける操作が容易に実現できるようになる。
また、第1実施形態のドリフト補正装置1では、イオン電流を測定するための電気回路に生ずる温度ドリフトの影響なども補償することが可能である。そのため、高価で高精度な補償機能を持った検出回路を利用する必要がなくなり、計測装置全体のコストを削減することができる。
また、第1実施形態のドリフト補正装置1では、膜受容体の機能を示すイオンチャネルの応答を計測する際の、リーク電流の影響を排除することができる。そのため、膜受容体の足場となる脂質二重膜として、リーク電流の少ない高価な人工脂質を用いる必要がなくなり、より安価で、膜受容体が本来存在する環境に近い脂質二重膜の組成を利用することができる。結果として、脂質二重膜に本来の形態で膜受容体を保持する事ができ、とりわけ化合物の検出や濃度計測を行うデバイスにおいては、膜受容体のリガンド依存性を適切に利用することができる。
【0068】
第1実施形態のドリフト補正装置1では、膜受容体の化合物に対する受容特性を利用した化合物の検出あるいは化合物濃度計測装置において、イオンチャネルの応答解析に必要であった信号のドリフト補正を自動化することができる。
【0069】
<第2実施形態>
以下、本発明のドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムの第2実施形態について説明する。
第2実施形態のドリフト補正装置1は、後述する点を除き、上述した第1実施形態のドリフト補正装置1と同様に構成されている。従って、第2実施形態のドリフト補正装置1によれば、後述する点を除き、上述した第1実施形態のドリフト補正装置1と同様の効果を奏することができる。
【0070】
図7は第2実施形態のドリフト補正装置1の一例を示す図である。
図7に示す例では、第2実施形態のドリフト補正装置1が、脂質二重膜に保持された膜タンパク質が有するイオンチャネルを流れたイオン電流を示す信号である入力信号Vinに重畳したドリフト成分を補正すると共に、イオンチャネルの開閉応答Wを出力する。
【0071】
図7に示す例では、ドリフト補正装置1が、入力部1Aと、加減演算部1Bと、比較演算部1Cと、スイッチング部1Dと、低域通過フィルタ1Eと、差分演算部1Fと、スイッチング部1Gと、積分演算部1Hと、比例演算部1Iと、スイッチング部1Jと、出力部1Kと、開閉応答出力部1Lとを備えている。
開閉応答出力部1Lは、加減演算部1Bから出力された出力信号Voutに基づいて、イオンチャネルの開閉応答Wを生成して出力する。詳細には、開閉応答出力部1Lは、加減演算部1Bから出力された出力信号Voutと、基準値Vrefと、閾値Vthrとに基づいて、イオンチャネルの開閉応答Wを生成する。
第2実施形態のドリフト補正装置1では、閾値Vthrの設定部分がドリフト補正の性能に直結するパラメータであることが考慮され、イオンチャネルの開閉応答Wを正確に出力するために、開閉応答出力部1Lが備えられている。
イオンチャネルの開閉状態の計測を正確に行うための閾値Vthrの設定は、イオンチャネルの性能や、イオンチャネルを保持する脂質二重膜の静電容量の影響を考慮し、調整する必要がある。
【0072】
以下、本発明のドリフト補正装置、ドリフト補正方法およびプログラムの実施例について説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0073】
<実施例>
実施例では、膜受容体の機能を示すイオンチャネルのイオン電流を測定する装置を用意した。装置は、板厚4mmのアクリル基板に直径4mm、深さ3mmの円筒形状のウェルを2つ、距離が3.5mm離れた位置に切削されたもので、ウェルが交錯した位置に0.75mmのアクリルフィルムの隔壁を配置し、アクリルフィルムの隔壁には直径0.4mmの貫通穴を穿ったものであり、2つのウェルの底面の中心には銀の電極が埋め込まれ、銀の電極表面には銀塩化銀のペーストが塗布されており、電極は市販の微小電流計測用アンプに接続されたものを使用した。
イオンチャネルを保持する脂質二重膜は、POPE(1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)、POPS(1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphoserine)などを主成分とする膜を利用する。これは、特許文献1に示す液滴接触法を基盤とする技術によって作製する。液滴接触法に必要な脂質分散デカン溶液は、脂質(DPhPC, Avanti Polar Lipids)をn-デカンに分散させ、20mg/mLとした。電解質を含む水溶液は、96 mM NaClを主成分とする緩衝液(pH7.4)を用いた。膜受容体の機能を示すイオンチャネルは、脂質二重膜形成後に、外部からピペットによって供給し、自発的な拡散によって脂質二重膜に導入した。イオンチャネルには、外部から定電圧電源を用いて、60mVの膜電位を強制的に与えた。イオン電流は、市販の微小電流計測用アンプによって、100万倍の電圧信号に拡大され、デジタル信号として計算機に取り込まれた。
【0074】
図8はイオンチャネルの開閉応答が存在しない状況で第1実施形態のドリフト補正装置1によるドリフト補正が行われた例を示す図である。図8において縦軸はイオン電流[pA]を示しており、横軸は時間[s]を示している。
図8に示す例では、計測されたイオン電流(図8に示す「入力信号」)をデジタル信号に変換したものが、第1実施形態のドリフト補正装置1として機能する計算機に入力され、ドリフト補正が行われた。第1実施形態のドリフト補正装置1の加減演算部1Bの出力信号Voutをイオン電流に相当する値に変換したものが、図8の「出力信号」に相当する。入力信号Vinに含まれるドリフト成分が、積分演算部1Hに蓄積されながら、常に差し引かれることで、基準値(図8に破線で示す値)に概略一致するように補正され続けることがわかる。
図8に示す例では、イオンチャネルの開閉応答(イオンチャネルの開状態から閉状態への切り替わり、あるいは、イオンチャネルの閉状態から開状態への切り替わり)が存在しない。
【0075】
図9はイオンチャネルの開閉応答が存在する状況で第1実施形態のドリフト補正装置1によるドリフト補正が行われた例を示す図である。図9において縦軸はイオン電流[pA]を示しており、横軸は時間[s]を示している。
図9に示す例では、計測されたイオン電流(図9に示す「入力信号」)をデジタル信号に変換したものが、第1実施形態のドリフト補正装置1として機能する計算機に入力され、ドリフト補正が行われた。第1実施形態のドリフト補正装置1の加減演算部1Bの出力信号Voutをイオン電流に相当する値に変換したものが、図9の「出力信号」に相当する。
図9に示す例では、0[s]~7[s]の期間中、イオンチャネルの開状態が維持された。イオンチャネルの開状態では、右上がりの「入力信号」に対するドリフト補正が行われ、「出力信号」が基準値(図9に破線で示す値)に概略一致するように補正された。
7[s]~25[s]の期間中には、イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態(第1過渡状態)、イオンチャネルの閉状態、イオンチャネルの閉状態から開状態への過渡状態(第2過渡状態)、イオンチャネルの開状態、イオンチャネルの開状態から閉状態への過渡状態(第1過渡状態)が順に繰り返された。
0[s]~7[s]の期間中および7[s]~25[s]の期間中のイオンチャネルの開状態では、図8に示す例と同様に、右上がりの「入力信号」に対するドリフト補正が行われ、「出力信号」が基準値(図9に破線で示す値)に概略一致するように補正された。
7[s]~25[s]の期間中のイオンチャネルの閉状態では、右上がりの「入力信号」に対するドリフト補正が行われ、「出力信号」が基準値(図9に破線で示す値)に平行になるように補正された。
7[s]~25[s]の期間中の第1過渡状態および第2過渡状態では、「入力信号」をデジタル変換したものである入力信号Vinから、積分演算部1Hにホールドされている積分値Vを減算したものに相当する「出力信号」が、イオンチャネルの開状態の「出力信号」に滑らかにつながると共に、イオンチャネルの閉状態の「出力信号」に滑らかにつながった。
【0076】
図10図9に示す例を更に詳細に示す図である。詳細には、図10(A)は図9に示す「入力信号」を抜き出した図である。図10(B)は図10(A)は図9に示す「出力信号」を抜き出した図である。図10(C)は図9に示す期間中における積分演算部1Hの出力(積分値V)および比例演算部1Iの出力(比例値V)を示す図である。図10(D)は図9に示す期間中における比較演算部1Cによる判定結果(第1状態(σ=1)であるか、あるいは、第2状態(σ=0)であるか)を示す図である。
図10に示すように、ドリフト成分を含む「入力信号」からドリフト成分を差し引く過程において、比較演算部1Cがドリフト補正の基準を判断し、積分演算部1Hにドリフト成分が蓄積することで、イオンチャネルの信号(「出力信号」に相当するもの)を残したまま、ドリフト成分のみ選択的に除去することが可能であった。また、比較演算部1Cの出力は、イオンチャネルの開閉状態を示す2値信号にそのまま対応付けられるということがわかった。
【0077】
以上、本発明を実施するための形態について実施形態を用いて説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形及び置換を加えることができる。上述した各実施形態および各例に記載の構成を組み合わせてもよい。
【0078】
なお、上述した実施形態におけるドリフト補正装置1が備える各部の機能全体あるいはその一部は、これらの機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することによって実現しても良い。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶部のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含んでも良い。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであっても良い。
【符号の説明】
【0079】
1…ドリフト補正装置、1A…入力部、1B…加減演算部、1C…比較演算部、1D…スイッチング部、1E…低域通過フィルタ、1F…差分演算部、1G…スイッチング部、1H…積分演算部、1I…比例演算部、1J…スイッチング部、1K…出力部、1L…開閉応答出力部
図1
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図10