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特許7501713鉄基焼結部材、鉄基粉末混合物、及び鉄基焼結部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】鉄基焼結部材、鉄基粉末混合物、及び鉄基焼結部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 33/02 20060101AFI20240611BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240611BHJP
   C22C 1/10 20230101ALI20240611BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240611BHJP
【FI】
C22C33/02 103E
B22F1/00 V
C22C1/10 E
C22C38/00 304
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023062790
(22)【出願日】2023-04-07
(62)【分割の表示】P 2020529071の分割
【原出願日】2019-07-05
(65)【公開番号】P2023089091
(43)【公開日】2023-06-27
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2018128224
(32)【優先日】2018-07-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】山西 祐司
(72)【発明者】
【氏名】筒井 唯之
(72)【発明者】
【氏名】高橋 昌史
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-079438(JP,A)
【文献】特開2005-105370(JP,A)
【文献】特開2005-015866(JP,A)
【文献】特開2002-181095(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-8/00
C22C 1/08-1/10,33/02,38/00-38/60
F16C 35/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基地と、該鉄基地に分散する気孔とを含む金属組織を有し、
鉄、0.1~3.5質量%の炭素、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を含有し、
前記気孔に接する前記鉄基地の表面に、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化しており、
前記気孔内に遊離炭素を含む、鉄基焼結部材。
【請求項2】
鉄基地と、該鉄基地に分散する気孔とを含む金属組織を有し、
鉄、0.1~3.5質量%の炭素、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を含有し、
前記気孔に接する前記鉄基地の表面において、アルミニウム濃度が0.1質量%以上、ナトリウムの濃度が0.05質量%以上、硫黄の濃度が0.05質量%以上である、鉄基焼結部材。
【請求項3】
0.1~3.5質量%の炭素と、0.5~6.0質量%の銅と、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄とを含有し、残部が鉄と不可避不純物とからなる、請求項1又は2に記載の鉄基焼結部材。
【請求項4】
鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種と、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムを含む混合粉末0.05~1.5質量%とを含有し、前記硫酸ナトリウムの含有量が、前記混合粉末の質量を基準とし、0.5質量%以上である鉄基粉末混合物を、金型に充填し、圧縮成形し、圧粉体を得ること、
前記圧粉体を、非酸化性ガス雰囲気中、炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度で焼結すること、
を含む、鉄基焼結部材の製造方法
【請求項5】
前記高級脂肪酸が、ステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、リシノール酸、及びベヘン酸からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項4に記載の鉄基焼結部材の製造方法
【請求項6】
前記鉄基粉末混合物が、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、銅粉末0~10質量%と、前記混合粉末0.05~1.5質量%と、残部である鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種並びに不可避不純物とからなる、請求項4又は5に記載の鉄基焼結部材の製造方法。
【請求項7】
前記炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度が、1,000~1,200℃である、請求項4~6のいずれかに記載の鉄基焼結部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、鉄基焼結部材、鉄基粉末混合物、及び鉄基焼結部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金法により製造される鉄基焼結部材は、溶製法では得ることができない特殊な金属組織の鉄基部材を製造できることから、各種用途に適用されている。
【0003】
特殊な金属組織が必要となる用途の一つに、ベアリングキャップ用鉄基焼結部材がある。ベアリングキャップは、内燃機関のクランクシャフトを回転自在に軸支する軸受を保持する部材である。ベアリングキャップは、例えば、外観はおおよそアーチ形状をしており、アルミニウム合金製のシリンダブロックにボルトで締め付け固定されて用いられる。図1は、ベアリングキャップを自動車エンジンのシリンダブロックへ取付けた状態を示す側面模式図である。シリンダブロック2には、ベアリングキャップ1を位置決めし収納する矩形状の凹部2a、及び、軸受3を収納する半円状の凹部2bが形成されている。ベアリングキャップ1は、軸受3を収納する半円状の凹部が形成され、外形がアーチ形状である。ベアリングキャップ1は、シリンダブロック2の矩形凹部2aの嵌合部で位置決めされ、ボルト4、4で固定されて用いられる。このようなベアリングキャップ1に適用される鉄基焼結部材は、クランクシャフト5を保持する必要があることから機械的強さが求められる。また、ベアリングキャップ1とアルミニウム合金製のシリンダブロック2との各半円弧を、ボルト締めされた状態で同芯とするために、通常、各半円弧により形成された円の内周には切削加工が施される。そのため、ベアリングキャップに適用される鉄基焼結部材は、アルミニウム合金と同等の被削性が求められる。
【0004】
鉄基焼結部材の被削性を向上させる方策として、固体潤滑効果のある硫化マンガン又は黒鉛を鉄基焼結部材の気孔に分散させる手法が一般的である。しかしながら、硫化マンガンを用いて製造した鉄基焼結部材は、原料となる鉄基粉末混合物中に添加された硫化マンガン粉末が鉄基粉末同士の拡散による接合を阻害する結果、機械的強さが低いものとなる傾向がある。また、黒鉛は鉄基地に容易に拡散して消失するため、気孔内に黒鉛を分散させた鉄基焼結部材を得ようとすると、鉄基地への黒鉛の拡散が生じ難い、例えば1,000℃未満の温度で焼結する必要がある。しかし、黒鉛の拡散が生じ難い温度では鉄基粉末同士の拡散による接合が乏しく、鉄基焼結部材は機械的強さが低いものとなる傾向がある。
【0005】
このような状況の下、通常の鉄基焼結部材の焼結温度である1,000~1,200℃の温度範囲で焼結を行い、鉄基粉末同士の拡散による接合を促進して高い機械的強さを得つつ、黒鉛の鉄基地への拡散を抑制し、鉄基地中に黒鉛を分散させて被削性を改善する手法が開発された(特許文献1参照)。
【0006】
特許文献1は、酸化硼素粉末を0.01~1.0重量%と、黒鉛粉末を0.1~2.0重量%とを添加した被削性に優れる鉄系焼結材料用の粉末混合物、及び、酸化硼素10~40重量%を含有する窒化硼素粉末を0.1~2.5重量%と、黒鉛粉末を0.1~2.0重量%とを添加した被削性に優れる鉄系焼結材料用の粉末混合物に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平09-241701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1は、黒鉛の鉄基地への拡散を抑制するために酸化硼素又は酸化硼素を含有する窒化硼素を用いるが、酸化硼素粉末は高価であり、酸化硼素を含む窒化硼素も酸化硼素粉末ほどではないにせよ高価である。このため特許文献1により得られる鉄基焼結部材は原料コストが高いものとなっており、安価な被削性向上の手法が望まれている。
【0009】
上記のことから、本発明の実施形態は、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた安価な鉄基焼結部材を提供することを目的とする。また、本発明の別の実施形態は、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた鉄基焼結部材を製造できる安価な鉄基粉末混合物を提供することを目的とする。更に、本発明の別の実施形態は、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた鉄基焼結部材を製造できる安価な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明には様々な実施形態が含まれる。実施形態の例を以下に列挙する。本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0011】
本発明の一実施形態は、鉄基地と、該鉄基地に分散する気孔とを含む金属組織を有し、鉄、0.1~3.5質量%の炭素、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を含有し、前記気孔に接する前記鉄基地の表面に、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化しており、前記気孔内に遊離炭素を含む、鉄基焼結部材に関する。
前記鉄基焼結部材は、前記0.1~3.5質量%の炭素と、0.5~6.0質量%の銅と、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄とを含有し、残部が鉄と不可避不純物とからなることが好ましい。
【0012】
本発明の他の一実施形態は、鉄基地と、該鉄基地に分散する気孔とを含む金属組織を有し、鉄、0.1~3.5質量%の炭素、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を含有し、前記気孔に接する前記鉄基地の表面において、アルミニウム濃度が0.1質量%以上、ナトリウムの濃度が0.05質量%以上、硫黄の濃度が0.05質量%以上である、鉄基焼結部材に関する。
前記鉄基焼結部材は、前記0.1~3.5質量%の炭素と、0.5~6.0質量%の銅と、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄とを含有し、残部が鉄と不可避不純物とからなることが好ましい。
【0013】
本発明の他の一実施形態は、鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種と、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムを含む混合粉末0.05~1.5質量%とを含有し、前記硫酸ナトリウムの含有量が、前記混合粉末の質量を基準とし、0.5質量%以上である、鉄基粉末混合物に関する。
前記高級脂肪酸は、ステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、リシノール酸、及びベヘン酸からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
また、前記鉄基粉末混合物は、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、銅粉末0~10質量%と、前記混合粉末0.05~1.5質量%と、残部である鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種並びに不可避不純物とからなることが好ましい。
【0014】
本発明の他の一実施形態は、前記鉄基粉末混合物を、金型に充填し、圧縮成形し、圧粉体を得ること、前記圧粉体を、非酸化性ガス雰囲気中、炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度で焼結すること、を含む、鉄基焼結部材の製造方法に関する。
前記炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度は、1,000~1,200℃であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の実施形態によれば、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた安価な鉄基焼結部材を提供することができる。また、本発明の別の実施形態によれば、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた鉄基焼結部材を製造できる安価な鉄基粉末混合物を提供することができる。更に、本発明の別の実施形態によれば、高い機械的強さと優れた被削性とを兼ね備えた鉄基焼結部材を製造できる安価な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、ベアリングキャップを自動車エンジンのシリンダブロックへ取付けた状態の一例を示す側面模式図である。
図2図2は、実施例で用いた混合粉末の走査型電子顕微鏡写真(SEM)及びエネルギー分散型X線分析(EDS)による元素分布を示すマッピング画像である(倍率200倍)。
図3図3は、実施例及び比較例で得た焼結体の断面の光学顕微鏡写真である(倍率200倍)。
図4図4は、実施例で得た焼結体の表面の電子線マイクロアナライザ(EPMA)による元素分布を示すマッピング画像である(倍率3,000倍)。
図5図5は、実施例及び比較例において実施した旋盤加工工程を示す模式図である。
図6図6は、実施例及び比較例において使用した切削工具を示す斜視模式図である。
図7図7は、実施例及び比較例で得た焼結体の被削性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施形態について説明する。本発明は以下の実施形態に限定されない。
[鉄基焼結部材]
本発明の一実施形態である鉄基焼結部材は、鉄基地と、鉄基地に分散する気孔とを含む金属組織を有する。鉄基地は、鉄基粉末により形成され、気孔は、鉄基粉末間の隙間が残留することで形成される。鉄基地は、パーライト又はフェライトとパーライトとの混合組織であることが好ましい。鉄基焼結部材は、気孔内に、鉄基地へ拡散していない遊離炭素を含む。
【0018】
鉄基焼結部材は、鉄、0.1~3.5質量%の炭素、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を含有する。炭素の含有量は、鉄基焼結部材の質量を基準とする含有量であり、例えば、燃焼-赤外線吸収法(JIS G 1211-3:2013)に従い測定することができる。
【0019】
鉄基焼結部材において、炭素の含有量が0.1質量%以上であると、鉄基焼結部材の被削性向上の優れた効果が得られる。その一方で、炭素の含有量が3.5質量%以下であると気孔が増えすぎることを防止でき、鉄基焼結部材の機械的強さを維持できる。このため、鉄基焼結部材に含まれる炭素は、0.1~3.5質量%とする。炭素の含有量は、0.3~2.5質量%であることが好ましく、0.5~1.5質量%であることがより好ましく、0.6~1.0質量%であることが更に好ましい。
【0020】
一般に、鉄基焼結部材の製造に使用される鉄粉末及び/又は鉄合金粉末(本明細書において、鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種を「鉄基粉末」という場合がある。)は、製鋼時に混入するアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を不純物として含有する。一例を挙げると、不純物として鉄基粉末に含有されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄は、いずれも、鉄基粉末の質量を基準として0.01質量%程度である。
【0021】
一実施形態によれば、鉄基焼結部材は、鉄基粉末に由来する不純物に加え、気孔に接する鉄基地の表面(本明細書において、気孔に接する鉄基地の表面を「気孔表面」又は「気孔と鉄基地の界面」という場合がある。)に、濃化したアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を有する。アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化して存在していることは、鉄基焼結部材の表面を、例えば、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて面分析することにより確認できる。「気孔に接する鉄基地の表面に、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化して存在」とは、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄のそれぞれについて、「気孔に接する鉄基地の表面」における濃度が「気孔に接していない鉄基地の表面」に検出される濃度よりも高いことをいう。具体的には、面分析による「気孔に接する鉄基地の表面」におけるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の検出量が、それぞれ、「気孔に接していない鉄基地の表面」におけるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の検出量より高いことをいい、面分析により得られるマッピング画像により確認することができる。確認には、電子線マイクロアナライザ(例えば、株式会社島津製作所製「EPMA-1600W」)を使用することができ、条件は、例えば、加速電圧15kV、試料電流100nAである。
【0022】
また、一実施形態によれば、鉄基焼結部材は、気孔表面において、アルミニウム濃度が0.1質量%以上、ナトリウムの濃度が0.05質量%以上、硫黄の濃度が0.05質量%以上である。アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度は、鉄基焼結部材の表面における気孔表面を、例えば、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて面分析することによって測定できる。アルミニウム濃度は、0.1~1.0質量%であることが好ましく、0.12~0.5質量%であることがより好ましく、0.15~0.3質量%であることが更に好ましい。ナトリウム濃度は、0.05~1.0質量%であることが好ましく、0.15~0.6質量%であることがより好ましく、0.3~0.5質量%であることが更に好ましい。硫黄濃度は、0.05~0.5質量%であることが好ましく、0.08~0.3質量%であることがより好ましく、0.15~0.25質量%であることが更に好ましい。これらの含有量(質量%)は、気孔表面の面分析を行った範囲の鉄基焼結部材の質量を基準とする。「気孔表面の面分析を行った範囲」は、範囲内に気孔表面を含む、倍率3,000倍の視野範囲とすることができる。気孔表面の面分析は、鉄基焼結部材の表面の任意の箇所について行うことができる。含有量として、電子線マイクロアナライザ(例えば、株式会社島津製作所製「EPMA-1600W」)を使用し、加速電圧15kV、試料電流100nAの条件で測定した値を採用することができる。好ましくは、鉄基焼結部材は、EPMAを用いた前記条件による倍率3,000倍の視野範囲にて、アルミニウム濃度が0.1質量%以上、ナトリウムの濃度が0.05質量%以上、硫黄の濃度が0.05質量%以上となる箇所を、少なくとも1箇所有する。
【0023】
好ましい一実施形態によれば、鉄基焼結部材は、気孔表面に、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化しており、かつ、気孔表面において、アルミニウム濃度が0.1質量%以上、ナトリウムの濃度が0.05質量%以上、硫黄濃度が0.05質量%以上である。
【0024】
鉄基地に含有されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度は、特に限定されないが、通常、鉄基地の質量を基準として、いずれも0.05質量%未満であることが好ましく、0.03質量%未満であることがより好ましく、0.0質量%であることが更に好ましい。アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)観察による1,000倍の視野で、エネルギー分散型X線分析(EDS)により鉄基地の表面の気孔に接していない部分を面分析することで測定できる。気孔に接していない鉄基地の面分析は、鉄基焼結部材の表面の任意の箇所について行えばよい。
【0025】
鉄基焼結部材においては、気孔と鉄基地との界面のアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄は、酸化物及び/又は複合酸化物の形態で存在しているものと考えられる。界面に存在するアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄によって、鉄基焼結部材は、気孔内に炭素を保持することができ、その結果、優れた被削性が得られると推測される。
【0026】
鉄基焼結部材における遊離炭素の含有量は、優れた被削性を得る観点から、鉄基焼結部材の質量を基準として、0.1質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましく、0.3質量%以上であることが更に好ましく、0.35質量%以上であることが特に好ましい。一方、遊離炭素の含有量は、十分な強度を得る観点から、鉄基焼結部材の質量を基準として、0.6質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましく、0.45質量%以下であることが更に好ましい。遊離炭素の含有量は、鉄基焼結部材の質量を基準とする含有量であり、例えば、遊離炭素定量方法(JIS G 1211-5:2011)に従い測定することができる。
【0027】
鉄基焼結部材は、銅を含有してもよい。好ましい一実施形態において、鉄基焼結部材は、鉄と、0.1~3.5質量%の炭素と、0.5~6.0質量%の銅と、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄とを含有する。より好ましくは、鉄基焼結部材は、0.1~3.5質量%の炭素と、0.5~6.0質量%の銅と、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄とを含有し、残部が鉄と不可避不純物とからなる。銅の含有量は、鉄基焼結部材の質量を基準とする含有量であり、例えば、鉄及び鋼-ICP発光分光分析方法(JIS G 1258:2014)に従い測定することができる。
【0028】
鉄基焼結部材の製造方法は特に限定されない。後述する鉄基粉末混合物を使用して製造する方法、後述する鉄基焼結部材の製造方法を使用する方法が好ましい。
【0029】
[鉄基粉末混合物]
本発明の一実施形態である鉄基粉末混合物は、鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種と、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムを合計して0.05~1.5質量%とを含有する。硫酸ナトリウムの含有量は、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムの合計の質量を基準とし、0.5質量%以上である。高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムとして、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムを含む混合粉末を用いることができる。
また、本発明の一実施形態である鉄基粉末混合物は、鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種と、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムを含む混合粉末0.05~1.5質量%とを含有する。硫酸ナトリウムの含有量は、混合粉末の質量を基準とし、0.5質量%以上である。鉄基粉末混合物は、酸化硼素粉末に替わる有効な成分として、高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含む混合粉末を含有する。
【0030】
(混合粉末)
混合粉末は、高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含む。高級脂肪酸のアルミニウム塩としては、一般に用いられる成形潤滑剤粉末を使用することができる。高級脂肪酸の炭素数は、潤滑剤としての十分な効果を得る観点から、12以上が好ましく、14以上がより好ましく、16以上が更に好ましい。また、高級脂肪酸の炭素数は、被削性を向上させ、かつ、高い圧粉体の密度を得る観点から、28以下が好ましく、26以下がより好ましく、22以下が更に好ましい。
【0031】
高級脂肪酸のアルミニウム塩として、例えば、ステアリン酸アルミニウム、12-ヒドロキシステアリン酸アルミニウム、ラウリン酸アルミニウム、ミリスチン酸アルミニウム、パルミチン酸アルミニウム、リシノール酸アルミニウム、ベヘン酸アルミニウム等の粉末が挙げられる。好ましくは、ステアリン酸アルミニウムである。高級脂肪酸のアルミニウム塩は、1種を単独で用いても、又は、複数種を組み合わせて用いてもよい。高級脂肪酸のアルミニウム塩は、酸化硼素粉末又は酸化硼素を含む窒化硼素粉末に比して極めて安価であるため、原料コストを大幅に低減することができる。
【0032】
硫酸ナトリウムの含有量は、混合粉末の質量を基準とし、0.5質量%以上であり、好ましくは0.5~10質量%である。硫酸ナトリウムの含有量が0.5質量%以上であると、鉄基焼結部材の気孔表面にアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を濃化させること、及び/又は、気孔表面に適切な量のアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を存在させることができる。その一方で、硫酸ナトリウムの含有量が10質量%以下であると、鉄基焼結部材の気孔表面に存在するアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が過多にならず、鉄基粉末同士の結合が阻害されることなく、焼結を進行させることができる。硫酸ナトリウムの含有量は、0.5質量%以上が好ましく、1質量%以上がより好ましく、1.5質量%以上が更に好ましい。また、硫酸ナトリウムの含有量は、5質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましく、2質量%以下が更に好ましい。
【0033】
混合粉末は、残部として、高級脂肪酸のアルミニウム塩と不可避不純物とを含有する。高級脂肪酸のアルミニウム塩の含有量は、混合粉末の質量を基準として、好ましくは95質量%以上である。混合粉末は、高級脂肪酸のアルミニウム塩粉末と硫酸ナトリウム粉末とを混合することにより得られる。また、「高級脂肪酸のアルミニウム塩」として市販されている少量の硫酸ナトリウムを含有する高級脂肪酸のアルミニウム塩粉末を、混合粉末として用いることも可能である。
【0034】
混合粉末の含有量は、鉄基粉末の質量を基準として、0.05~1.5質量%である。混合粉末の含有量が0.05質量%以上であると、鉄基焼結部材の気孔表面にアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を濃化させること、及び/又は、気孔表面に適切な量のアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄を存在させることができる。その一方で、混合粉末の含有量が1.5質量%以下であると、鉄基焼結部材の気孔表面に存在するアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が過多にならず、鉄基粉末同士の結合が阻害されることなく、焼結を進行させることができる。混合粉末の含有量は、0.1質量%以上が好ましく、0.5質量%以上がより好ましい。また、混合粉末の含有量は、1.2質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましい。
【0035】
一般に、高級脂肪酸の金属塩の粉末は、原料粉末に添加される成形潤滑剤として用いられ、安価なものである。また、高級脂肪酸の金属塩は、焼結時の昇温過程で分解して除去されるため、焼結による鉄基粉末同士の拡散接合を阻害しない。このような高級脂肪酸の金属塩として高級脂肪酸のアルミニウム塩を用いるとともに、硫酸ナトリウムを用いると、昇温過程で高級脂肪酸のアルミニウム塩が分解して生じたアルミニウムと、ナトリウム及び硫黄とが、鉄基地と気孔との界面に濃化して残留する。残留したアルミニウムとナトリウムと硫黄とが、黒鉛粉末からの炭素の拡散を防止するバリアとなって、鉄基地への炭素の拡散が抑制され、焼結後に得られる鉄基焼結部材は、気孔内に遊離炭素を含有するものになると考えられる。
【0036】
(鉄基粉末)
鉄基粉末は、鉄(Fe)粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種を含む。鉄合金に含まれる元素として、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、炭素(C)等が挙げられる。鉄基粉末として、1種の粉末を単独で用いても、2種以上の粉末を混合して用いてもよい。
【0037】
(黒鉛粉末)
鉄基粉末混合物は、鉄基粉末の質量を基準として、0.1~3.5質量%の黒鉛粉末を含有する。黒鉛粉末の含有量が0.1質量%以上であると、焼結後に得られる鉄基焼結部材の気孔内に分散する遊離炭素の量が十分となり、被削性向上の効果が得られる。その一方で、黒鉛粉末の添加量が3.5質量%以下であると、焼結後に得られる鉄基焼結部材の気孔の量が過多にならず、鉄基焼結部材の機械的強さが維持される。黒鉛粉末は、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄により鉄基地への拡散が抑制されて、大部分が気孔内に遊離炭素として残留する。黒鉛粉末の一部は鉄基地に拡散して、鉄基地の組織をパーライト又はパーライトとフェライトとの混合組織として鉄基地の機械的強さの向上に寄与し、その結果、鉄基焼結部材の機械的強度が向上する。
【0038】
(任意の粉末)
鉄基粉末混合物は任意の粉末を含んでもよい。任意の粉末として、例えば、鉄基粉末以外の金属粉末及び/又は金属合金粉末、成形潤滑剤粉末等が挙げられる。任意の粉末により、焼結体を改質、強化等することが可能である。任意の粉末は、所望とする焼結体の特性に応じ、適宜選択して使用することができる。鉄基粉末混合物は、銅(Cu)粉末及び銅合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、銅粉末を含むことがより好ましい。銅(Cu)粉末及び銅合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種を含む場合、その含有量は、鉄基粉末の質量を基準として、0.5質量%以上であることが好ましい。また、含有量は、鉄基粉末の質量を基準として、10質量%以下であることが好ましく、6質量%以下であることがより好ましい。
【0039】
また、成形工程において押型法に用いられる鉄基粉末混合物では、通常、成形潤滑剤粉末を含むものであるが、高級脂肪酸のアルミニウム塩の粉末のみを成形潤滑剤粉末として用いても、又は、アルミニウム塩以外の高級脂肪酸塩の粉末、ワックス等の通常用いられる成形潤滑剤粉末を併用してもよい。
【0040】
(組成)
一実施形態によれば、鉄基粉末混合物は、鉄粉末及び/又は鉄合金粉末を主成分として含有し、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、混合粉末0.05~1.5質量%とを含有するものであれば、どのような粉末混合物であってもよい。
【0041】
例えば、鉄基粉末混合物は、鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種と、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、銅粉末0~10質量%と、前記混合粉末0.05~1.5質量%とを含む。好ましくは、鉄基粉末混合物は、黒鉛粉末0.1~3.5質量%と、銅粉末0~10質量%と、前記混合粉末0.05~1.5質量%と、残部である鉄粉末及び鉄合金粉末からなる群から選択される少なくとも1種並びに不可避不純物とからなる。銅粉末の含有量は、0.5~6質量であることが好ましい。
【0042】
鉄基粉末混合物は、構造用焼結部材の製造に広く用いることができる。特に、鉄-銅-炭素系の焼結部材の製造に適している。
【0043】
[鉄基焼結部材の製造方法]
一実施形態によれば、鉄基焼結部材の製造方法は、上述の鉄基粉末混合物を金型に充填し、圧縮成形し、圧粉体を得ること(成形工程)、及び、圧粉体を、非酸化性ガス雰囲気中、炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度で焼結すること(焼結工程)を有する。鉄基焼結部材の製造方法は、任意の工程を更に有してもよい。
【0044】
(成形工程)
成形工程では、鉄基粉末混合物を所望の金型に充填し、圧縮成形し、圧粉体を得る。成形方法に特に制限はなく、例えば押型法を適用できる。一般的な押型法では、原料粉末を金型の型孔に充填して上下パンチにより圧縮成形し、得られた圧粉体を金型から抜き出す。鉄基粉末混合物が成形潤滑剤粉末として機能する高級脂肪酸のアルミニウム塩を含むため、圧粉体の型孔からの抜き出しの際に圧粉体と金型の型孔のカジリを防止することができる。高級脂肪酸のアルミニウム塩は、圧粉体の内部に均一に分散されることが好ましい。
【0045】
(焼結工程)
焼結工程では、得られた圧粉体を焼結炉にて所定の雰囲気と温度により焼結する。優れた被削性及び強度が得られる機構は、明らかになっていないものの、次のように考えられる。すなわち、圧粉体を炭素の鉄基地への拡散温度以上の温度で焼結すると、高級脂肪酸のアルミニウム塩の粉末及び硫酸ナトリウムは、焼結のための昇温過程(200~600℃)において分解する。金属成分であるアルミニウムと、硫酸ナトリウムの分解により生じたナトリウム及び硫黄との少なくとも一部は、鉄基粉末の表面に吸着するとともに、鉄基粉末の表面に吸着する水分が高温(500℃程度)で脱着して発生する酸素、又は、鉄基粉末の表面に結合する酸素が高温(900~1,000℃程度)で還元されて発生する酸素と結合し、アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の酸化物及び/又は複合酸化物となって、鉄基粉末が結合した後の鉄基地の表面、すなわち、鉄基地と気孔との界面に残留する。酸化物及び/又は複合酸化物が、黒鉛粉末から鉄基地への炭素の拡散に先だって、鉄基地表面を被覆する結果、被覆がバリアとして機能し、気孔内部の黒鉛粉末から鉄基地への炭素の拡散が防止されるものと推測される。
【0046】
焼結工程の昇温過程においては、850℃程度から、黒鉛粉末から鉄基粉末及び/又は鉄基地への若干の炭素の拡散が始まり、温度が上昇するに従い、炭素の拡散量が増大し、1,000~1,200℃において、著しく炭素の拡散が進行する。高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含む圧粉体を焼結すると、炭素が拡散する温度において、鉄基粉末及び/又は鉄基地と気孔との界面にアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の酸化物又は複合酸化物が形成される。酸化物及び/又は複合酸化物が黒鉛粉末から鉄基粉末(及び鉄基地)への炭素の拡散のバリアとして機能して、鉄基粉末の拡散接合が進み、炭素が著しく拡散する1,000~1,200℃の焼結温度においても、黒鉛粉末から鉄基粉末(及び鉄基地)への炭素の拡散が抑制される。そのため、焼結後に得られる鉄基焼結部材の金属組織は、気孔内に遊離炭素が残留して分散したものとなる。また、このとき、鉄基粉末同士の拡散による接合は十分に行われて、焼結が十分に進行する。その結果、得られた焼結体は、焼結が十分に進行して機械的強さが大きく、その一方で気孔内に炭素が分散しているために被削性も高いものとなる。
【0047】
電子線マイクロアナライザ(EPMA)により鉄基焼結部材の表面の金属組織を面分析すると、気孔に接しない鉄基地の表面に検出されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の量に比して、気孔表面に検出されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の量が多くなる。原料の一つである鉄基粉末には製鋼時の不可避不純物としてアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が含まれる。気孔に接しない鉄基地の表面に検出されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄は、鉄基粉末に含まれる不可避不純物に由来し、気孔表面に検出されるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄は、高級脂肪酸のアルミニウム塩及び硫酸ナトリウムに由来すると考えられる。
【0048】
原料粉末として、硫酸ナトリウムを含まず、高級脂肪酸のアルミニウム塩の粉末を含む鉄基粉末混合物を用いた場合には、アルミニウムが鉄基地と気孔と界面に残留しない。詳細は不明であるが、本発明の実施形態では、アルミニウムとナトリウムと硫黄とが共存することで、鉄基地と気孔と界面にこれらが存在することになるものと考えられる。以上に説明した理由は推測であり、本発明を限定するものではない。
【0049】
焼結温度は、炭素の拡散温度以上の温度であり、1,000~1,200℃であることが好ましい。一般的に、黒鉛粉末から炭素が拡散し始める850℃程度以上の温度、かつ、1,000℃未満の温度で焼結する場合、黒鉛粉末から鉄基地への炭素の拡散をより抑えることができる。しかしながら、1,000℃以上で焼結すると、鉄基粉末同士の拡散による接合が十分に進行し、得られる鉄基焼結部材の機械的強度が高くなる。その一方で、焼結温度が1,200℃以下であると、焼結炉の損耗を抑えることができる。熱処理のガス雰囲気は、窒素ガス等の非酸化性ガス雰囲気とする。
【0050】
(任意の工程)
鉄基焼結部材の製造方法が有してもよい任意の工程として、焼結体を所望の形状に切削する切削工程、粉末を混合する混合工程、有機物等を除去する脱脂工程、焼結体を圧縮する再圧縮工程、焼結体の表面を処理する表面処理工程等が挙げられる。例えば、切削加工は、旋削加工、転削加工、又はこれらの両方であってよい。切削工具の材料として、サーメット、セラミックス、超硬合金、高速度工具鋼、ダイヤモンド焼結体、cBN焼結体等が挙げられる。
【実施例
【0051】
本発明の実施形態について実施例により具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例に限定されない。
【0052】
<鉄基粉末混合物の作製>
[実施例1]
鉄粉、銅粉、黒鉛粉末、及び、ステアリン酸アルミニウムと硫酸ナトリウムとを含む混合粉末(A)を、表1に示す含有比率になるように10kg用V型混合機に投入し、30分間混合し、鉄基粉末混合物を得た。
【0053】
[実施例2]
混合粉末(A)を、ステアリン酸アルミニウムと硫酸ナトリウムとを含む混合粉末(B)に変更した以外は実施例1と同様にして、鉄基粉末混合物を得た。
【0054】
[比較例1]
混合粉末(A)を、ステアリン酸亜鉛粉末に変更した以外は実施例1と同様にして、鉄基粉末混合物を得た。
【0055】
実施例1及び2並びに比較例1で使用した粉末を以下に示す。
鉄粉 :粒径180μm以下の水アトマイズ鉄粉
銅粉 :粒径150μm以下の電解銅粉
黒鉛粉末 :平均粒径20μmの天然黒鉛粉末
混合粉末(A) :下記表1に示す
混合粉末(B) :下記表1に示す
ステアリン酸亜鉛粉末:平均粒径13μm
【0056】
【表1】
【0057】
混合粉末中の硫酸ナトリウムの含有量は、以下の手順に従い測定した。
(1)磁性るつぼに混合粉末約1.0gを精秤し、混合粉末が飛散しないように小さな炎で炭化した後、950~1,000℃の電気炉中で完全に灰化する。
(2)デシケータ中で30分間放冷後、一度灰化物を精秤した後、300mlビーカーに入れ、蒸留水200mlを加え30分間煮沸する。
No.5A定量濾紙(ADVANTECグループ製)を用いて濾過し、ビーカー中で沈殿物を流し込むようにしながら、蒸留水20mlで3回洗浄する。
(3)濾紙に残った沈殿物を、濾紙と共にるつぼに入れ、乾燥し、再び灰化する。
(4)デシケータ中で30分間放冷後、灰化物を精秤する。
(5)下記式より、硫酸ナトリウム(NaSO)の含有量(質量%)を算出する。
硫酸ナトリウム含有量(質量%)=
(1度目の灰化後の灰化物の質量(g)-2度目の灰化後の灰化物の質量(g))/混合粉末の質量(g)×100
【0058】
混合粉末(A)の走査型電子顕微鏡(SEM)による写真、及び、エネルギー分散型X線分析(EDS)によるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の分布の評価結果を図2に示す。図2において、上段がSEM写真であり、下段がEDSによる元素分布を示す画像である(倍率200倍)。
【0059】
表2に、鉄粉の質量に対する各粉末の含有比率(質量%)を示す。
【0060】
【表2】
【0061】
<焼結体の作製>
[実施例3]
以下の方法に従い、実施例1で得た鉄基粉末混合物を用い、焼結体を作製した。
【0062】
(焼結体の作製)
成形工程
実施例1で得た鉄基粉末混合物を、金型に充填し、圧粉体の密度が6.75g/cmになるように圧力を調節して、外径40mm、全長20mmの圧粉体を得た。
成形工程では、圧粉体を良好な状態で金型から抜出すことができ、圧粉体には、かじり、欠け等の不良が生じなかった。混合粉末(A)により十分な潤滑効果が得られた。
【0063】
焼結工程
圧粉体を、焼結炉内にて、非酸化雰囲気下(N+5体積%H雰囲気下)で、1,130℃にて20分間加熱して、焼結体(鉄基焼結部材)を得た。得られた焼結体の断面の光学顕微鏡写真を図3に示す(倍率200倍)。
【0064】
(焼結体の評価)
(1)アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度
得られた焼結体の表面を、電子線マイクロアナライザ(株式会社島津製作所製「EPMA-1600W」、測定条件:加速電圧15kV、試料電流100nA)により面分析した。気孔に接する鉄基地の表面におけるアルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度を表3に示す。
【0065】
(2)炭素含有量
焼結体に含まれる炭素の含有量を、JIS G 1211-3:2013に従い測定した。結果を表3に示す。
(3)遊離炭素量
焼結体に含まれる遊離炭素の量を、JIS G 1211-5:2011に従い測定した。結果を表3に示す。
【0066】
[実施例4及び比較例2]
実施例1で得た鉄基粉末混合物を、それぞれ実施例2又は比較例1で得た鉄基粉末混合物に変更した以外は、実施例3と同様にして焼結体を作製した。得られた焼結体の断面の光学顕微鏡写真を図3に示す。
また、実施例3と同様にして、(1)アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄の濃度、(2)炭素含有量、及び(3)遊離炭素量を測定した。結果を表3に示す。また、実施例4の焼結体について、アルミニウム(Al)、ナトリウム(Na)、硫黄(S)、炭素(C)、及び酸素(O)の濃度分布を示す画像を図4に示す(倍率3,000倍)。なお、SEM画像中の暗い部分が気孔である。画像中の明るい部分が、それぞれの元素が検出された箇所である。アルミニウム、ナトリウム、及び硫黄が濃化して存在している部分の厚さは約2μmであった。
【0067】
【表3】
【0068】
<被削性及び強度の評価>
実施例3及び4並びに比較例2の焼結体を切削し、切削工具の摩耗量を確認することによって、焼結体の被削性を評価した。また、実施例3及び4並びに比較例2の焼結体の表面の硬さを測定することによって、焼結体の強度を評価した。
【0069】
(焼結体の被削性)
焼結体の端面を、旋盤加工により切削した。旋盤加工は以下の条件に従って実施した。図5は、旋盤加工工程を示す模式図である。図5中、11は切削工具を、14はホルダを、15は焼結体を示し、図5(a)は側面模式図であり、図5(b)は正面模式図である。図6は、切削に使用した後の切削工具を示す斜視模式図である。図6中、11は切削工具を、12はすくい面を、13は逃げ面を、13aは逃げ面の摩耗部を、13bは摩耗部の幅を示す。
【0070】
切削機械:NC旋盤(Numerical Control旋盤)
切削工具:サーメット製スローアウェイチップ(材質:NX2525、三菱マテリアル株式会社製「TNMG160404」)
切削速度:350m/min
送り :0.03mm/rev
取り代 :0.10mm
【0071】
図7は、切削距離と逃げ面の摩耗量との関係を示すグラフである。図7に示されるように、高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含有する混合粉末を使用して作製した焼結体は、切削工具の摩耗を大幅に抑えることができ、被削性が優れていた。高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含有する混合粉末を用いれば、切削工具の劣化を防止できるために、鉄基焼結部材の製造コストを抑えることができる。
【0072】
(焼結体の強度)
焼結体の表面のビッカース硬さを、JIS Z 2244:2009に従い測定した。
測定結果を表4に示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4に示されるように、高級脂肪酸のアルミニウム塩と硫酸ナトリウムとを含有する混合粉末を使用して作製した焼結体は、十分な強度を有していた。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の実施形態である鉄基焼結部材は、焼結が進行して高い機械的強さを有し、気孔内に遊離炭素が分散して優れた被削性を有するとともに、安価なものである。本発明の実施形態である鉄基焼結部材は、例えば、アルミニウム合金製のシリンダヘッドに組み付けられてアルミニウム合金とともに切削加工されるベアリングキャップに好適なものである。
【0076】
本願の開示は、2018年7月5日に出願された特願2018-128224号に記載の主題と関連しており、その全ての開示内容は引用によりここに援用される。
【符号の説明】
【0077】
1 ベアリングキャップ
2 シリンダブロック
2a 矩形状の凹部
2b 半円状の凹部
3 軸受
4 ボルト
5 クランクシャフト
11 切削工具
12 すくい面
13 逃げ面
13a 摩耗部
13b 摩耗部の幅
14 ホルダ
15 焼結体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7