(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-10
(45)【発行日】2024-06-18
(54)【発明の名称】血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/44 20150101AFI20240611BHJP
A61K 35/407 20150101ALI20240611BHJP
A61P 7/04 20060101ALI20240611BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240611BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20240611BHJP
【FI】
A61K35/44
A61K35/407
A61P7/04
A61P37/02 ZNA
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2021502350
(86)(22)【出願日】2020-02-27
(86)【国際出願番号】 JP2020007886
(87)【国際公開番号】W WO2020175594
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2019036542
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】武部 貴則
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 憲和
(72)【発明者】
【氏名】川上 絵理
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/047639(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/091677(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/011558(WO,A1)
【文献】Applied Biological Chemistry,2018年,Vol.61 No.6,pp.703-708
【文献】日消誌,1985年,Vol.82,No.6,pp.1533-1542
【文献】分子心血管病,2000年,Vol.1, No.4,pp.376-384
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
A61K 38/00-38/58
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、
培養上清の製造方法:
(1)血管内皮細胞
から作製されたオルガノイド、または
血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイド、
を細胞外マトリックスに包埋する工程
であって、
前記オルガノイドと、前記細胞外マトリックスの成分とを混合することを含む工程;
(2)前記細胞外マトリックスを培養する工程;および
(3)前記工程(2)で培養した培養物から
、少なくとも第VIII因子を含む培養上清を回収する工程。
【請求項2】
前記オルガノイドが、造血性血管内皮細胞(HEC)から作製されたものである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記オルガノイドが、非造血性血管内皮細胞(non-HEC)および肝臓細胞から作製されたものである、請求項1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物の製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、オルガノイドの培養により血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物を製造する方法に関する。本発明はまた、このような方法により製造された血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物に関する。
【0002】
[発明の背景]
血友病は、特定の血液凝固因子、すなわち第VIII因子(血友病A)または第IX因子(血友病B)の欠乏に起因する、血液凝固系に関する疾患(血液凝固障害)の代表的なものである。また、上記以外の血液凝固因子(例、第II因子、第V因子、第VII因子、第X因子および第XI因子)の欠乏および異常による先天性凝固因子欠乏症も、それぞれ血友病類縁疾患として分類されている。さらに、アンチトロンビンの欠乏は、血栓症の原因となる。他方で、補体成分/因子(補体第3成分、補体第5成分、B因子(FB)、H因子(FH)など)の欠乏や異常も、様々な補体系に関する疾患の原因となる。
【0003】
このような血液凝固疾患等の治療法としては、血液凝固因子等のタンパク質を患者に投与する方法が用いられている。例えば、血友病Aを治療するために、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いてヒト第VIII因子の組換えタンパク質を培養細胞に産生させ、その組換えタンパク質を回収して患者に投与する方法が行われている。しかしながら、このような治療法には、AAVベクターを用いて培養細胞に第VIII因子を発現させることの困難さや、組換えタンパク質の作用を阻害する抗体が患者の体内で産生され治療効果が低下するといった問題がある。
【0004】
非特許文献1には、スライドに塗布したマトリゲル上で(2次元的に)(1) ヒト微小血管内皮細胞(Microvessel endothelial cells; MVEC)と肝臓細胞から作製されたオルガノイド、(2) ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human umbilical-vein endothelial cells; HUVEC)と肝臓細胞から作製されたオルガノイド、(3) ラット肝類洞壁内皮細胞(Liver sinusoidal endothelial cells; LSEC)と肝臓細胞から作製されたオルガノイド、および(4) ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)とヒト皮膚線維芽細胞(Normal human dermal fibroblasts; NHDF)と肝臓細胞から作製されたオルガノイド、のそれぞれを培養したところ、血管内皮細胞のネットワークが上記(2)および(3)ではやがて崩壊したが、上記(1)および(4)では存続し、やがて線維芽細胞のカプセルを形成してスライドから浮上したことなどが記載されている。なお、非特許文献1においては、培養上清中に血管凝固因子および/または補体が分泌されているかは不明であり、少なくとも細胞上清を回収して血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物を製造するための原料として用いることに関して何も記載されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】TISSUE ENGINEERING, 12(6), 2006, pp.1627-1638
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、血液凝固疾患および/または補体異常疾患の治療用(それらの疾患の治療薬を製造するための原料)として好適な組成物およびその効率的な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、血管内皮細胞から作製されたオルガノイド、または肝臓細胞および血管内皮細胞から作製されたオルガノイドを、マトリゲル(登録商標)に代表される細胞外マトリックスに包埋して培養した場合に、血液凝固因子および/または補体因子が細胞上清中に分泌されることを見出した。そして、そのような細胞上清は、血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物の製造にとって好適な原料として利用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち本発明は、上記課題解決のため、以下の[1]~[4]を提供する。
[1]
以下の工程を含む、血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物の製造方法:
(1)血管内皮細胞、または
血管内皮細胞および肝臓細胞、
から作製されたオルガノイド、
を細胞外マトリックスに包埋する工程;
(2)前記細胞外マトリックスを培養する工程;および
(3)前記工程(2)で培養した培養物から培養上清を回収する工程。
[2]
項1記載の方法により得られた培養上清。
[3]
項2記載の培養上清を含む、血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物。
[4]
以下から選択される2以上の成分を含む、血液凝固疾患および/または補体異常疾患の治療用組成物:
10×10-6重量%~1000×10-6重量%の第II因子、
0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第V因子、
0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第VII因子、
1×10-6重量%~100×10-6重量%の第VIII因子、
0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第IX因子、
0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第X因子、
0.01×10-6重量%~1×10-6重量%の第XI因子、
1×10-6重量%~100×10-6重量%のアンチトロンビン、
10×10-6重量%~1000×10-6重量%の補体第3成分(C3)、
10×10-6重量%~100×10-6重量%の補体第5成分(C5)、
10×10-6重量%~100×10-6重量%のB因子(FB)、および
100×10-6重量%~1000×10-6重量%のH因子(FH)。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、血管内皮細胞から作製されたオルガノイド、または血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドを細胞外マトリックスに包埋することによって、血液凝固疾患および/または補体異常疾患の治療用組成物(または、それらの疾患の治療薬の原料)として好適な培養上清を得ることができる。本発明では上記オルガノイドの培養を続けることで、一度きりではなく、繰り返し培養上清から上記治療用組成物を得ることが出来るので、上記治療用組成物を大量生産した際の製造工程の効率化と費用削減が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
-定義-
本明細書において、「マーカー」とは、「マーカータンパク質」、「マーカー遺伝子」など、所定の細胞型により特異的に発現される細胞抗原又はその遺伝子を意味する。好ましくは、マーカーは細胞表面マーカーであり、その場合、生存細胞の濃縮、単離、及び/又は検出が実施可能となる。マーカーは、陽性選択マーカー或いは陰性選択マーカーでありうる。
【0011】
マーカータンパク質の検出は、当該分野で公知の、対象とするマーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーを利用して行うことができる。マーカー遺伝子の検出は、当該分野で公知の核酸増幅方法及び/又は核酸検出方法、例えば、RT-PCR(定量的PCRを含む)、マイクロアレイ、バイオチップ等を利用して行うことができる。
【0012】
本明細書において、マーカーが「陽性」とは、タンパク質又は遺伝子が、上記当該分野で公知の手法による検出可能量(またはバックグラウンドの強度よりも高い量)で発現していることを意味する。
【0013】
本明細書において、マーカーが「陰性」とは、タンパク質又は遺伝子の発現量が、上記当該分野で公知の手法の全てあるいはいずれかによる検出下限値未満(またはバックグラウンドよりも低い量)であることを意味する。タンパク質又は遺伝子の発現の検出下限値は、各手法により異なりえる。
【0014】
-製造方法-
本発明の血液凝固疾患および/または補体異常疾患の治療用組成物の製造方法は、下記(1)~(3)の工程を含む:
(1)血管内皮細胞、または
血管内皮細胞および肝臓細胞、
から作製されたオルガノイド、
を細胞外マトリックスに包埋する工程;
(2)前記細胞外マトリックスを培養する工程;および
(3)前記工程(2)で培養した培養物から培養上清を回収する工程。
【0015】
・工程(1)
本発明の一実施形態において、工程(1)は、血管内皮細胞から作製されたオルガノイドを細胞外マトリックスに包埋する工程(1A)である。本発明の一実施形態において、工程(1)は、血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドを細胞外マトリックスに包埋する工程(1B)である。
【0016】
・血管内皮細胞
本発明における血管内皮細胞は、造血性血管内皮細胞(hemogenic endothelial cell;HEC)および非造血性血管内皮細胞(non-hemogenic endothelial cell;non-HEC)の両方の概念を包含する用語である。HECは、造血幹細胞を産生することのできる(造血能を有する)血管内皮細胞であり、血球産生型血管内皮細胞とも呼ばれる。本発明では血管内皮細胞として、HECまたはnon-HECのいずれか一方のみを用いてもよいし、HECおよびnon-HECの両方を用いてもよいし、それらの前駆細胞(後述)を用いてもよいし、あるいはHEC、non-HEC、およびそれらの前駆細胞の任意の組み合わせを用いてもよい。
【0017】
一つの実施形態では、血管内皮細胞としてnon-HECのみを用いる場合は、肝臓細胞と組み合わせること、すなわち工程(1B)の実施形態により本発明を実施する。
【0018】
本明細書において「造血性血管内皮細胞(HEC)」とは、CD34陽性かつCD73陰性の造血能を有する血管内皮細胞を意味する。また、本発明に用いられるHECは、その前駆細胞を含んでいてもよい。このような前駆細胞としては、代表的には、Flk-1(CD309、KDR)陽性の血管内皮細胞の前駆細胞(例、側板中胚葉系細胞)からHEC細胞までの分化過程に存在する細胞が挙げられる(Cell Reports 2, 553-567, 2012参照)。
【0019】
Flk-1(CD309、KDR)陽性のような分化早期の段階の前駆細胞は、HEC細胞とnon-HEC細胞で共通する前駆細胞であり、特に述べない限り、「HEC前駆細胞」は、HEC細胞とnon-HEC細胞で共通する前駆細胞も含む。
【0020】
本明細書において「非造血性血管内皮細胞(non-HEC)」とは、CD31、CD73およびCD144が陽性であり、造血能を有しない血管内皮細胞を意味する。また、本発明に用いられるnon-HECは、その前駆細胞を含んでいてもよい。このような前駆細胞としては、代表的には、Flk-1(CD309、KDR)陽性の血管内皮細胞の前駆細胞(例、側板中胚葉系細胞)からnon-HEC細胞までの分化過程に存在する細胞が挙げられる(Cell Reports 2, 553-567, 2012参照)。
【0021】
Flk-1(CD309、KDR)陽性のような分化早期の段階の前駆細胞は、HEC細胞とnon-HEC細胞で共通する前駆細胞であり、特に述べない限り、「non-HEC前駆細胞」は、HEC細胞とnon-HEC細胞で共通する前駆細胞も含む。
【0022】
本発明に用いられる血管内皮細胞は、生体から採取された血管内皮細胞(例えば、微小血管内皮細胞(microvessel endothelial cells: MVEC)、肝類洞壁内皮細胞(liver sinusoidal endothelial cells: LSEC)、臍帯静脈内皮細胞(umbilical-vein endothelial cells: UVEC)など)の純度の高い細胞集団であってもよいし、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の血管内皮細胞へ分化する能力を有する細胞を分化させて得られた血管内皮細胞の純度の高い細胞集団であってもよい。上記血管内皮細胞の純度の高い細胞集団は、細胞集団中の細胞総数に対して、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、または99%以上の血管内皮細胞を含む。
【0023】
本発明に用いられる造血性血管内皮細胞(HEC)は、生体から採取されたHECの純度の高い細胞集団であってもよいし、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の血管内皮細胞へ分化する能力を有する細胞(例えば、側板中胚葉系細胞)を分化させて得られたHECの純度の高い細胞集団であってもよい。上記HECの純度の高い細胞集団は、細胞集団中の細胞総数に対して、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、99%以上のHECおよび/またはHEC前駆細胞を含む。
【0024】
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の血管内皮細胞へ分化する能力を有する細胞を、造血性血管内皮細胞(HEC)へ分化させる方法は公知であり、例えば、iPS細胞からは、PLoS One, 2013; 8(4): e59243、Nat Biotechnol. 2014; 32(6): 554-61、Sci Rep. 2016; 6: 35680などに記載の方法に準じて行うことができる。
【0025】
一つの実施形態では、上記HECの純度の高い細胞集団は、細胞集団中の細胞総数に対して、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、99%以上のHECを含む。
【0026】
本発明に用いられる非造血性血管内皮細胞(non-HEC)は、生体から採取されたnon-HECの純度の高い細胞集団であってもよいし、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の血管内皮細胞へ分化する能力を有する細胞(例えば、側板中胚葉系細胞)を分化させて得られたnon-HECの純度の高い細胞集団であってもよい。上記non-HECの純度の高い細胞集団は、細胞集団中の細胞総数に対して、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、または99%以上のnon-HECおよび/またはnon-HEC前駆細胞を含む。
【0027】
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の血管内皮細胞へ分化する能力を有する細胞を、非造血性血管内皮細胞(non-HEC)へ分化させる方法は公知であり、例えば、iPS細胞から、Nat Cell Biol. 2015; 17(8): 994-1003、Cell Rep. 2017; 21(10): 2661-2670などに記載の方法に準じて行うことができる。
【0028】
一つの実施形態では、上記non-HECの純度の高い細胞集団は、細胞集団中の細胞総数に対して、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、または99%以上のnon-HECを含む。
【0029】
・肝臓細胞
本発明、特に工程(1B)における「肝臓細胞」は、分化した肝臓細胞(分化肝臓細胞)と、肝臓細胞への分化運命が決定しているがまだ肝臓細胞へ分化していない細胞(未分化肝臓細胞)、いわゆる肝前駆細胞(例、肝臓内胚葉細胞)の両方の概念を包含する用語である。分化肝臓細胞は、生体から採取された(生体内の肝臓から単離された)細胞であってもよいし、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、肝前駆細胞、その他の肝臓細胞へ分化する能力を有する細胞を分化させて得られた細胞であってもよい。未分化肝臓細胞は、生体から採取されたものであってもよいし、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、その他の幹細胞または前駆細胞を分化させて得られたものであってもよい。肝臓細胞に分化可能な細胞は、例えば、K.Si-Taiyeb, et al. Hepatology, 51 (1): 297- 305(2010)、T. Touboul, et al. Hepatology. 51(5):1754-65.(2010)に従って作製することができる。生体から採取した細胞集団、ES細胞やiPS細胞等の分化誘導により作製した細胞集団、いずれについても(特に後者については)、分化肝臓細胞の純度の高い細胞集団または未分化肝臓細胞の純度の高い細胞集団を用いてもよいし、分化肝臓細胞および未分化肝臓細胞を任意の割合で含む細胞混合物を用いてもよい。
【0030】
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞、肝前駆細胞、その他の肝臓細胞へ分化する能力を有する細胞を、肝臓細胞へ分化させる方法は公知であり、例えば、iPS細胞からは、Hepatology, 2010; 51(1): 297-305、Cell Rep. 2017; 21(10): 2661-2670などに記載の方法に準じて行うことができる。
【0031】
ある細胞が分化肝臓細胞であるかどうかは、成熟肝細胞マーカーであるアシアログリコプロテインレセプター1(ASGR1)、未成熟肝細胞マーカー(初期肝分化マーカー)であるαフェトプロテイン(AFP)、初期肝分化マーカーであるアルブミン(ALB)、レチノール結合プロテイン(RBP4)、トランスチレチン(TTR)、グルコース-6-ホスファターゼ(G6PC)などの1種または2種以上のタンパク質またはmRNAの発現が陽性かどうかにより判別することができる。
【0032】
ある細胞が未分化肝臓細胞であるかどうかは、HHEX、SOX2、HNF4α、AFP、ALBなどのマーカータンパク質の発現が陽性かどうかにより判別することができる。
【0033】
・オルガノイド(三次元構造体)
上記工程(1A)で使用されるオルガノイドは、血管内皮細胞のみから作製された三次元構造体である。上記工程(1B)で使用されるオルガノイドは、血管内皮細胞および肝臓細胞から作製された三次元構造体であり、肝臓細胞間に血管内皮細胞からなる脈管のネットワークを有することを特徴とする。これらのオルガノイドは、一般的には、自体公知の三次元培養法(例えば、Nature Cell Biology 18, 246-254 (2016))により作製される。あるいは、後述するようにあらかじめ細胞外マトリックスに単体の細胞を包埋させた状態で培養することにより三次元構造を形成させて、オルガノイドを作製するような三次元培養も可能である。
【0034】
上記工程(1B)で使用されるオルガノイドを作製するための血管内皮細胞および肝臓細胞の細胞数の比率は、例えば工程(3)において回収する培養上清に含まれる成分が所望のものとなるようにするなどの観点から、適切な範囲で調整することができる。本発明の一実施形態において、血管内皮細胞および肝臓細胞の細胞数の比率(血管内皮細胞:肝臓細胞)は、代表的には1:0.1~5、好ましくは1:0.1~2である。
【0035】
オルガノイドを作製する際は、血管内皮細胞用の培地と肝臓細胞用の培地(培養液)とを適切な割合で(例えば1:1で)混合したオルガノイド用培地が用いられる。
【0036】
血管内皮細胞用の培地としては、例えば、DMEM/F-12(Gibco)、Stempro-34 SFM (Gibco)、Essential 6培地(Gibco)、Essential 8培地(Gibco)、EGM(Lonza)、BulletKit(Lonza)、EGM-2(Lonza)、BulletKit(Lonza)、EGM-2 MV(Lonza)、VascuLife EnGS Comp Kit(LCT)、Human Endothelial-SFM Basal Growth Medium(Invitrogen)、ヒト微小血管内皮細胞増殖培地(TOYOBO)などが挙げられる。
【0037】
血管内皮細胞用の培地は、B27 Supplements(GIBCO)、BMP4(骨形成因子4)、GSKβ阻害剤(例、CHIR99021)、VEGF(血管内皮細胞成長因子)、FGF2(Fibroblast Growth Factor(bFGF(basic fibroblast growth factor)ともいう))、Folskolin、SCF(Stem Cell Factor)、TGFβ受容体阻害剤(例、SB431542)、Flt-3L(Fms-related tyrosine kinase 3 ligand)、IL-3(Interleukin 3)、IL-6(Interleukin 6)、TPO(トロンボポイエチン)、hEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)、ヒドロコルチゾン、アスコルビン酸、IGF1、FBS(ウシ胎児血清)、抗生物質(例えば、ゲンタマイシン、アンフォテリシンB)、ヘパリン、L-グルタミン、フェノールレッド、BBEなどから選ばれる1種以上の添加物を含んでいてもよい。これら添加物の添加量は、当業者であれば、血管内皮細胞を培養するための通常の培養条件を参考にして適宜決定することができる。
【0038】
肝臓細胞用の培地としては、例えば、RPMI(富士フイルム)、HCM(Lonza)などが挙げられる。
【0039】
肝臓細胞用の培地は、Wnt3a、アクチビンA、BMP4、FGF2、FBS(ウシ胎児血清)、HGF(肝細胞増殖因子)、オンコスタチンM(OSM)、デキサメタゾン(Dex)、などから選ばれる1種以上の添加物を含んでいてもよい。これら添加物の添加量は、当業者であれば、肝臓細胞を培養するための通常の培養条件を参考にして適宜決定することができる。
【0040】
あるいは、肝臓細胞用の培地として、アスコルビン酸、BSA-FAF、インスリン、ヒドロコルチゾンおよびGA-1000から選ばれる少なくとも1種を含む肝臓細胞用の培地、HCM BulletKit(Lonza)からhEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)を除いたもの、RPMI1640(Sigma-Aldrich)に1% B27 Supplements(GIBCO)と10ng/mL hHGF(Sigma-Aldrich)を添加した培地、GM BulletKit(Lonza)とHCM BulletKit(Lonza)よりhEGF(組換えヒト上皮細胞成長因子)を除いたものを1:1で混ぜたものに、デキサメタゾン、オンコスタチンMおよびHGFを添加した培地などを用いてもよい。
【0041】
オルガノイドの作製において、培養条件は、通常、5%CO2にて培養温度は30~40℃、好ましくは約37℃であり、培養期間は、通常1~2日である。
【0042】
オルガノイドの作製に用いる容器は、作製するオルガノイドのサイズに応じて適宜選択できる。このような培養容器としては、例えば、WO2014/199622に記載されるような、相当直径が20μm以上2.5mm以下、深さが20μm以上1000μm以下の培養容器や、市販の培養容器(Elplasia(クラレ))が好ましく用いられる。さらに、培養容器としては、オルガノイドが表面に付着しないような材質で作製されているまたは表面処理がされているものが好ましい。
【0043】
上記工程(1B)で使用されるオルガノイドの形成は、以下の方法の1以上により判別することができる:
(i)形状(例、三次元構造の存在);
(ii)培養上清中のアルブミンの存在;
(iii)肝細胞マーカー(例、AFP、ALB、HNF4α)陽性。
【0044】
なお、本発明では、オルガノイドの作製において「間葉系細胞」を用いない。ここで、「間葉系細胞」は、主として中胚葉に由来する結合組織に存在し、組織で機能する細胞の支持構造を形成する結合組織細胞を指し、分化した細胞(分化間葉系細胞)と、間葉系細胞への分化運命が決定しているがまだ間葉系細胞へ分化していない細胞(未分化間葉系細胞)、いわゆる間葉系幹細胞の両方の概念を包含する用語である。当業者間で使用されている、mesenchymal stem cells、mesenchymal progenitor cells、mesenchymal cells(R. Peters, et al. PLoS One. 30;5(12):e15689.(2010))などの用語が指す対象は、本明細書における「間葉系細胞」に相当する。ただし、「血管内皮細胞」は未分化間葉系細胞から分化した細胞の一種であるが、本明細書における「間葉系細胞」の定義から除外されるものとする。すなわち、本発明では、オルガノイド作製工程において「未分化間葉系細胞」も、血管内皮細胞を除外した「分化間葉系細胞」も用いられない。
【0045】
ある細胞が未分化間葉系細胞であるか分化間葉系細胞であるかは、例えば、未分化間葉系細胞のマーカーである、Stro-1、CD29、CD44、CD73、CD90、CD105、CD133、CD271、Nestinなどの1種または2種以上のタンパク質またはmRNAの発現が陽性かどうかにより(陽性であれば未分化間葉系細胞、陰性であれば分化間葉系細胞と)判別することができる。
【0046】
・細胞外マトリックス
本発明における細胞外マトリックスとしては、室温以上で固体であり、細胞培養、特に三次元細胞培養に用いられている一般的なものを用いることができる。細胞外マトリックスは、繊維状タンパク質とプロテオグリカンを主成分としており、そのような成分としては例えば、エラスチン、エンタクチン、オステオネクチン、コラーゲン、テネイシン、トロンボスポンジン、パールカン、ビトロネクチン、フィブリリン、フィブロネクチン、ヘパリン(硫酸塩)、ラミニンなどが挙げられる。商品名「マトリゲル」(Corning)として知られている、ラミニン、コラーゲンIVおよびエンタクチンを含有し、EGF、IGF-1、PDGF、TGF-βなどの増殖因子も併せて含有している基底膜マトリックスは、本発明における好ましい細胞外マトリックスの一例である。また、ハイドロゲルとして知られている自己組織化ペプチド、例えばアルギニン、グリシンおよびアスパラギンを含むハイドロゲルなども、本発明における細胞外マトリックスとして用いることができる。細胞外マトリックスの組成や濃度(原液か、希釈物か)は、当業者であれば、得られるオルガノイドが包埋された細胞外マトリックス(「オルガノイド包埋マトリックス」と略記する場合がある)が適度な硬さを有するものとなるよう、適宜調整することができる。
【0047】
血管内皮細胞から作製されたオルガノイドが包埋された細胞外マトリックス、または血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドが包埋された細胞外マトリックスは、例えば、上記オルガノイドを収容した培養容器のウェルに、適切な成分を含有する適量の細胞外マトリックスを添加すること(必要に応じてさらに、ハイドロゲルを固化させるためのイオン性溶液またはイオン性分子を添加すること)により作製することができる。
【0048】
オルガノイド包埋マトリックスは、工程(1A)においては血管内皮細胞から作製されたオルガノイドが、工程(1B)においては血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドが、適度な固さの細胞外マトリックス内に保持されるように調製することが好ましい。例えば、上記オルガノイドが懸濁している比較的多量の培地に細胞外マトリックス(マトリゲル等)を添加した場合などは、細胞外マトリックスの固さが十分でなくなり、上記オルガノイドが沈降して培養容器に付着しやすくなるため、工程(2)および(3)において、所望の成分を含有する培養上清の回収率が低下するおそれがある。
【0049】
なお、本発明におけるオルガノイド包埋マトリックスは、典型的には、いわゆる三次元細胞培養法に準じて、つまり前述したような手順により、血管内皮細胞から作製されたオルガノイド(もしくは、細胞外マトリックス中でオルガノイドを形成させる場合は、単体の血管内皮細胞)、または血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドと、細胞外マトリックスの成分とを混合した後に固化させることにより得られるものである。従って、二次元コーティング法、すなわちプレートウェル等の培養容器にあらかじめ一定程度固化した細胞外マトリックスからなるコーティング層を形成しておき、その上にオルガノイド(または単体のオルガノイドを構成する細胞)を播種することにより、オルガノイドがコーティング層上で、または経時的にコーティング層内に遊走または沈降した状態で生育することになる構造物は、本発明におけるオルガノイド包埋マトリックスには該当しない。
【0050】
一方で、工程(1)の実施形態においては、
(i)血管内皮細胞のみ、または血管内皮細胞および肝臓細胞から、オルガノイドを作製した後、そのオルガノイドを単離して細胞外マトリックスと混合して得られた包埋物、
(ii)三次元培養により血管内皮細胞のみから、または血管内皮細胞および肝臓細胞から、オルガノイドを作製した後、そのオルガノイドをマトリックスと混合して得られた包埋物、および
(iii)あらかじめ、三次元細胞培養法に準じて、血管内皮細胞のみ、または血管内皮細胞および肝臓細胞の細胞混合物に、細胞外マトリックスを添加することにより包埋物を作製した後、包埋された状態の細胞混合物を培養することによってオルガノイド(三次元構造)を形成することにより得られた包埋物(そのまま引き続き工程(2)としての培養を連続的に行うことが可能なもの)、
のいずれも本発明におけるオルガノイド包埋マトリックスに該当する。
【0051】
上記オルガノイドや細胞を細胞外マトリックスへ包埋する方法は、代表的には、4℃以下で液体状態の細胞外マトリックス(例、マトリゲル)とオルガノイドまたは細胞を攪拌混合した後、37℃以上で静置して細胞外マトリックスを固化させることにより行われる。
【0052】
・工程(2)
工程(2)は、工程(1)において調製した、血管内皮細胞から作製されたオルガノイドが包埋された細胞外マトリックス、または血管内皮細胞および肝臓細胞から作製されたオルガノイドが包埋された細胞外マトリックス(オルガノイド包埋マトリックス)を培養する工程である。
【0053】
工程(2)におけるオルガノイド包埋マトリックスの培養は、次の工程(3)において所望の成分を所望の濃度で含有する培養上清を回収できるよう、適切な条件で行えばよい。例えば、工程(2)において、培養温度は、通常、5%CO2にて30~40℃、好ましくは約37℃であり、培養期間は、通常10~50日である。
【0054】
本発明において、工程(2)におけるオルガノイド包埋マトリックスの培養は、代表的には、浮遊培養法により行うことができる。
【0055】
培養容器の形状、材質、サイズ(培養スケール)等は特に限定されるものではなく、必要に応じて撹拌や振盪をしながら培養するための手段を備えていてもよい。培養容器は、オルガノイド包埋マトリックスが表面に付着しないような材質で作製されているまたは表面処理がされているものが好ましく、例えば、市販の低吸着培養容器(Corning)を用いることができる。
【0056】
工程(2)における細胞外マトリックス包埋物の培地は、例えば、血管内皮細胞またはオルガノイドからの血液凝固因子または補体(次の工程(3)の説明において記載する成分(a)~(l))の分泌を促進し、工程(3)においてより高濃度の各成分を含む培養上清が得られるよう、またはより短期間で所望の濃度の各成分を含む培養上清が得られるようにすることを考慮して、あるいはオルガノイドの作製に用いた血管内皮細胞および肝臓細胞の比率を考慮して、成分が調整された培地を用いることが好ましい。
【0057】
本発明の一実施形態において、細胞外マトリックス包埋物の培地は、上記血管内皮細胞用の培地が用いられる。
【0058】
本発明の別の実施形態において、細胞外マトリックス包埋物の培地は、上記血管内皮細胞用の培地と、上記肝臓細胞用の培地とを混合したオルガノイド用培地が用いられる。当業者であれば、所望の成分(血液凝固因子および/または補体)が得られるように、これらの培地の混合割合を適宜調整することができる。
【0059】
本発明の一実施形態において、工程(2)における培地は、血清濃度が適切な範囲に調整されたもの、好ましくは血清濃度が0%(つまり血清無添加の培地)~5%の培地である。なお、「血清」としては「血清代替品」を用いることも可能であり、その場合の血清代替品の濃度範囲は、上記の血清の濃度範囲に対応したものとすることができる。
【0060】
本発明の一実施形態において、工程(2)における培地は、Nrf2(nuclear factor erythroid-2-related factor 2)activatorが添加された培地である。Nrf2 activatorとしては、例えば、R-α-リポ酸、tert-ブチルヒドロキノン、スルホラファン、レスベラトロールを含有しているイタドリ(Polygonum cuspidatum)抽出物、BM(バルドキソロンメチル(Bardoxolone methyl))などが挙げられる。これら添加物の添加量は、当業者であれば、血管内皮細胞や肝臓細胞を培養するための通常の培養条件を参考にして適宜決定することができる。本実施形態において、培地中のnrf2 activatorの濃度は、好ましくは20nM以上である。
【0061】
・工程(3)
工程(3)は、工程(2)における培養後の培養物から培養上清を回収する工程である。この工程(3)により、血管内皮細胞および/または肝臓細胞から分泌された血液凝固因子、補体等の成分を、血液凝固疾患および/または補体異常疾患の治療用組成物を製造するために好ましい濃度で含む培養上清を回収することができる。
【0062】
本発明の一実施形態において、工程(3)により回収される培養上清は、下記(a)~(l)から選択される2以上の成分(血液凝固因子および/または補体)、好ましくは第VIII因子とその他の1以上の成分とを含む。
(a)10×10-6重量%~1000×10-6重量%の第II因子;
(b)0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第V因子;
(c)0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第VII因子;
(d)1×10-6重量%~100×10-6重量%の第VIII因子;
(e)0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第IX因子;
(f)0.1×10-6重量%~10×10-6重量%の第X因子;
(g)0.01×10-6重量%~1×10-6重量%の第XI因子;
(h)1×10-6重量%~100×10-6重量%のアンチトロンビン;
(i)10×10-6重量%~1000×10-6重量%の補体第3成分(C3);
(j)10×10-6重量%~100×10-6重量%の補体第5成分(C5);
(k)10×10-6重量%~100×10-6重量%のB因子(FB);および
(l)100×10-6重量%~1000×10-6重量%のH因子(FH)。
【0063】
血液凝固因子および補体の検出や定量は、自体公知の方法、例えば、ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay法)により行うことができ、そのためのキットも市販されている[例、Human Coagulation Factor II (F2) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor V (F5) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor VII (F7) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor VIII (F8) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor IX (F9) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor X (F10) ELISA Kit(Biomatik)、Human Coagulation Factor XI (F11) ELISA Kit(Biomatik)、High Sensitive Human Albumin (ALB) ELISA Kit(Biomatik)、(C3):Complement C3 Human ELISA kit(Abcam)、(C5):Complement C5 Human ELISA kit(Abcam)、Human Factor H ELISA Kit(Abcam)、Human Factor B ELISA Kit(Abcam)]。
【0064】
工程(3)により回収された培養上清は、必要に応じて濃縮してもよい。濃縮された培養上清は、例えば、活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT)に基づく活性が上昇する(APTTを短縮化する)など、血液凝固および/または補体異常疾患の治療用組成物としての用途に好ましいものとなる。
【0065】
ここで、血液凝固疾患の具体例としては、血友病(血友病A(第VIII因子欠損症)、血友病B(第IX因子欠損症))、血友病類縁疾患(第II因子欠損症、第V因子欠損症、第VII因子欠損症、第X因子欠損症、第XI因子欠損症)、血栓症(アンチトロンビン欠損症)が挙げられる。また、補体異常疾患の具体例としては、補体第3成分欠損症、補体第5成分欠損症、B因子欠損症、H因子欠損症が挙げられる。
【0066】
工程(3)により回収された培養上清や濃縮された培養上清は、毒性(例、急性毒性、慢性毒性、遺伝毒性、生殖毒性、心毒性、癌原性)が低く、そのままで、または医薬品に用いられる添加剤を加えて製剤化することにより、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒト)に対して、安全に投与(代表的には、非経口投与)することができる。
【0067】
あるいは、上記培養上清中の任意の血液凝固因子および/または補体を、自体公知の方法で分離し、必要に応じて濃縮して、そのままで、または医薬品に用いられる添加剤を加えて製剤化してもよい。
【0068】
上記製剤中の血液凝固因子および/または補体の含有量は、投与対象(性別、年齢、体重)、投与ルート、疾患、症状などにより適宜決定される。
【0069】
以下の実施例において本発明を更に具体的に説明するが、これによって本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0070】
以下の実施例において、細胞マーカーの確認は、フローサイトメトリー、免疫染色、および/または定量的PCRにより行った。
【0071】
(CD31、CD34、CD73およびCD144マーカーの確認)
CD31、CD34、CD73およびCD144マーカーの確認は、細胞を、蛍光標識済み抗CD31抗体(FITC Mouse anti-Human CD31、BD Pharmingen)、抗CD34抗体(APC anti-human CD34 Antibody、BioLegend)、抗CD73抗体(CD73-PE,human、Miltenyi BiotecもしくはCD73-APC,human、Miltenyi Biotec)、および抗CD144抗体(PE Mouse anti-Human CD144、BD Pharmingen)と反応させた後、フローサイトメトリー(FACS Fortessa(BD))により行った。マーカー陰性サンプルとしては、未分化ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)を用いた。また、標識抗体と同じアイソタイプで目的マーカーを認識しない抗体を反応させたネガティブコントロールを作製した。
【0072】
(HNF4αマーカーの確認)
HNF4αマーカーの確認は、免疫染色と定量的PCRにより行った。
【0073】
(免疫染色法)
細胞を、PBS中4%パラホルムアルデヒド(PFA)で室温にて15分固定し、ロバおよびヤギ血清でブロッキングを行った後、抗HNF4α抗体(santa-cruz)とこの抗体に結合する蛍光標識二次抗体(Novex Donkey anti-Goat IgG (H+L) Secondary Antibody(invitrogen))を用いて免疫染色したのち、蛍光顕微鏡により確認した。
【0074】
(定量的PCR)
PureLink RNA Mini Kit(invitrogen)を用いて、細胞からRNAを抽出し、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(invitrogen)を用いてcDNAを合成した。THUNDERBIRD Probe qPCR Mix (TOYOBO)及びQuantStudio 7Flex リアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)を用い、定量的PCRを実施した。用いたPCRプライマー(Fw:フォワードプライマー;Rv:リバースプライマー)及びプローブは、以下のとおり:
HNF4α
Fw 5'-TCAGACCCTGAGCCACCT-3'(配列番号:1)
Rv 5'-AGCAACGGACAGATGTGTGA-3'(配列番号:2)
プローブ; Universal ProbeLibrary Probe 027 (Roche)
AFP
Fw 5'-TCCTTGTAAGTGGCTTCTTGAAC-3'(配列番号:3)
Rv 5'-TGTACTGCAGAGATAAGTTTAGCTGAC-3'(配列番号:4)
プローブ; Universal ProbeLibrary Probe 061 (Roche)
ALB
Fw 5'-CTTCCCTTCATCCCGAAGTT-3'(配列番号:5)
Rv 5'-AATGTTGCCAAGCTGCTGA-3'(配列番号:6)
プローブ; Universal ProbeLibrary Probe 027 (Roche)
18s rRNA (Endogenous Control)
EUK 18s rRNA (20×) (ABI)
【0075】
[実施例1]非造血性血管内皮細胞および肝臓細胞を用いたオルガノイドの作製、および当該オルガノイドからの血液凝固因子および補体因子の産生
(1-1)ヒト非造血性血管内皮細胞(non-HEC)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)をDMEM/F-12(Gibco)(10ml)に1% B-27 Supplements(GIBCO)、BMP4(25ng/ml)、CHIR99021(8μM)を添加し、5%CO2、37℃で3日間培養することで中胚葉系細胞を誘導した。さらにStempro-34 SFM(Gibco)(10ml)にVEGF(200ng/ml)、Folskolin(2μM)を添加し、5%CO2、37℃で7日間培養することで、CD31陽性、CD73陽性およびCD144陽性のヒト非造血性血管内皮細胞集団を得た。
【0076】
(1-2)ヒト肝臓内胚葉細胞(human Hepatic Endoderm;HE)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)をRPMI(富士フィルム)(2ml)にWnt3a (50ng/mL)、アクチビンA(100ng/ml)を添加して5%CO2、37℃で5日間培養することで、内胚葉系細胞を誘導した。得られた内胚葉系細胞を、同培地に、1%B27 Supplements(GIBCO)、FGF2(10ng/ml)を添加して、5%CO2、37℃で、さらに5日間培養することで、AFP、ALBおよびHNF4αが陽性のヒト肝臓内胚葉細胞集団を得た。
【0077】
(1-3)オルガノイド(三次元構造体)の作製
作製したヒト肝臓内胚葉細胞(HE)とヒト非造血性内皮細胞(non-HEC)を10:7の割合の細胞数(総数18×105個)で混合し、三次元培養容器Elplasia(クラレ)上で一日間、5%CO2、37℃で共培養することで凝集体を作製した。この共培養において、培養培地は、HCM (Lonza)にFBS(5%)、HGF(10ng/ml)、OSM(20ng/ml)、Dex(100nM)を加えた肝臓細胞用培地(A)と、Stempro-34 SFM (Gibco)にVEGF(50ng/ml)、FGF2(10ng/ml)を加えた血管内皮細胞用培地(A)を、1:1の体積割合で混合したもの(本明細書中「オルガノイド用培地(A)」という)を2ml用いた。
【0078】
(1-4)細胞外マトリックスへの包埋
上記(1-3)に従って得た凝集したヒト肝臓内胚葉細胞(HE)およびヒト非造血性血管内皮細胞(non-HEC)のオルガノイド(三次元構造体)をマトリゲル(BD pharmingen)内に4℃にて混合したのち37℃まで温度を上げることにより、オルガノイドをマトリゲル内に均一になるように包埋した。マトリゲルに包埋されたオルガノイドを低吸着培養皿(Corning)上で5%CO2、37℃にて浮遊培養した。培養培地は上記(1-3)で使用したものと同一のオルガノイド用培地(A)を4ml用いた。浮遊培養21日~60日程度までの培養液(培養上清)を経時的に採取し、血液凝固因子(第VIII因子)および補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、H因子(FH)およびB因子(FB))の産生量を測定した。
【0079】
第VIII因子、補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、H因子(FH)およびB因子(FB)のそれぞれの産生量は、それぞれ下記キットを用いて、ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay法)により測定した。
第VIII因子:Human Coagulation Factor VIII (F8) ELISA Kit(Biomatik);
補体第3成分(C3):Complement C3 Human ELISA kit(Abcam);
補体第5成分(C5):Complement C5 Human ELISA kit(Abcam);
H因子(FH):Human Factor H ELISA Kit(Abcam);
B因子(FB):Human Factor B ELISA Kit(Abcam)。
【0080】
(1-5)培養培地の変更
オルガノイド用培地(A)の代わりに、肝臓細胞用培地(A)のみ、または血管内皮細胞用培地(A)のみを用い、それ以外は上記(1-3)および(1-4)と同様の手順で、血液凝固因子(第VIII因子)および補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、H因子(FH)およびB因子(FB))の産生量を測定した。
【0081】
(1-6)細胞の混合割合の変更
ヒト肝臓内胚葉細胞(HE)とヒト非造血性血管内皮細胞(non-HEC)を10:7の割合(細胞総数18×105個)で混合した細胞集団から得られたオルガノイドの代わりに、HE:non-HEC=1:1(7:7)、4:7、1:7または0:7の割合(各細胞総数18×105個)で混合した細胞集団から得られたオルガノイドを用い、それ以外は上記(1-3)および(1-4)と同様の手順で、また上記(1-5)に記載したように培養液も変更して、血液凝固因子(第VIII因子)および補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、H因子(FH)およびB因子(FB))の産生量を測定した。
【0082】
(結果)
培養60日目の培養液(培養上清)中に含まれる第VIII因子の濃度(pg/million cells)の結果を下記表に示す。本発明に従ってマトリゲルに包埋され培養されたオルガノイドからは第VIII因子が産生されており、特に培地としてオルガノイド用培地(A)を用いた場合には、第VIII因子の産生量は多量であった。
【0083】
【0084】
また、培養30日目の培養液(培養上清)中に含まれる補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、B因子(FB)およびH因子(FH))の濃度(ng/million cells)の結果を下記表に示す。本発明に従ってマトリゲルに包埋され培養された、非造血性血管内皮細胞および肝臓細胞から形成されたオルガノイドからは各補体因子が産生されており、特に培地としてオルガノイド用培地(A)を用いた場合には、各補体因子の産生量が高かった。
【0085】
【0086】
[実施例2]造血性血管内皮細胞(HEC)の作製、およびHECからの血液凝固因子および補体因子の産生
(実験方法)
(2-1)ヒト造血性血管内皮細胞(HEC)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)をAK02N(味の素)(8 ml)下、5%CO2、37℃で6-7日間培養することで直径500-700μmのiPS細胞コロニーを形成後、Essential 8培地(Gibco)(8 ml)にBMP4(80 ng/ml)、VEGF(80 ng/ml)、CHIR99021(2μM)を添加し、5%CO2、37℃で2日間培養した。次いで、Essential 6培地(Gibco)(8ml)にVEGF(80ng/ml)、FGF2(25ng/ml)、SCF(50ng/ml)、SB431542(2 μM)を添加した培地に交換し、5%CO2、37℃でさらに2日間培養することで側板中胚葉系細胞を誘導した。その後、Stempro-34 SFM(Gibco)(8ml)にVEGF(80ng/ml)、SCF(50ng/ml)、Flt-3L(50ng/ml)、IL-3(50ng/ml)、IL-6(50ng/ml)、TPO(5ng/ml)を添加した培地に交換し、5%CO2、37℃で2日間培養し、さらに上記組成の培地からVEGFを除いた培地に交換して、5%CO2、37℃で1日間培養することでCD34陽性、CD73陰性の造血性血管内皮細胞を得た。
【0087】
(2-2)細胞外マトリックスへのHECの包埋およびオルガノイドの作製
上記(2-1)で作製したヒト造血性血管内皮細胞(HEC)を、マトリゲル(BD pharmingen)内に4℃にて混合したのち37℃まで温度を上げることにより、細胞をマトリゲル内に均一になるように包埋し、HECの凝集体(オルガノイド)を作製した。次いで、作製したオルガノイド包埋マトリゲルを低吸着培養皿(Corning)上で5%CO2、37℃にて培養した。培養培地は、オルガノイド用培地(A)を用いた。培養21日~42日程度までの培養液を経時的に採取し、上記(1-4)と同様の手順で、凝固因子(第VIII因子)および補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、H因子(FH)およびB因子(FB))の産生量を測定した。
【0088】
(結果)
培養21日目の培養液中に含まれる第VIII因子の濃度(pg/million cells)の結果を下記表に示す。本発明に従ってマトリゲルに包埋され培養された、造血性血管内皮細胞(HEC)からは、多量の第VIII因子が産生された。
【0089】
【0090】
また、培養21日目の培養液中に含まれる補体因子(補体第3成分(C3)、補体第5成分(C5)、B因子(FB)およびH因子(FH))の濃度(ng/million cells)の結果を下記表に示す。本発明に従ってマトリゲルに包埋され培養された、造血性血管内皮細胞(HEC)から形成されたオルガノイドからは各補体因子が産生されており、特に補体第3因子(C3)およびH因子(FH)の産生量が高かった。
【0091】
【配列表】