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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】テーパーリング素材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 41/04 20060101AFI20240612BHJP
   B21J 5/00 20060101ALI20240612BHJP
   B21K 21/12 20060101ALI20240612BHJP
   C22F 1/10 20060101ALI20240612BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20240612BHJP
   F02C 7/00 20060101ALI20240612BHJP
   F01D 25/00 20060101ALI20240612BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240612BHJP
【FI】
B21D41/04 C
B21J5/00 B
B21K21/12
C22F1/10 A
C22C19/05 L
F02C7/00 C
F02C7/00 E
F01D25/00 L
F02C7/00 F
C22F1/00 626
C22F1/00 631A
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
C22F1/00 650A
C22F1/00 651B
C22F1/00 694B
C22F1/00 630K
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2023556859
(86)(22)【出願日】2023-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2023006262
(87)【国際公開番号】W WO2023176333
(87)【国際公開日】2023-09-21
【審査請求日】2023-09-14
(31)【優先権主張番号】P 2022041544
(32)【優先日】2022-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(72)【発明者】
【氏名】塩田 諒介
(72)【発明者】
【氏名】武者 和也
(72)【発明者】
【氏名】大曽根 淳
(72)【発明者】
【氏名】池田 武史
【審査官】藤井 浩介
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-317231(JP,A)
【文献】特開2020-056103(JP,A)
【文献】特開2020-199516(JP,A)
【文献】特開2014-47389(JP,A)
【文献】特開2009-269052(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第1681112(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 41/04
B21J 5/00
B21K 21/12
C22F 1/10
C22C 19/05
F02C 7/00
F01D 25/00
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内面にテーパーを有する口絞り加工用ダイの前記内面を、リング素材の端部の全周を覆うように押し当てることで、前記リング素材の周面の一部を前記ダイの前記内面に沿ったテーパー状に口絞り加工するテーパーリング素材の製造方法において、
前記口絞り加工を行う前に、前記リング素材の軸方向にわたる全周面を加熱するステップを含み、
前記リング素材がNi基超合金でなり、
前記口絞り加工を開始するときの前記リング素材の口絞り加工が行われない周面の温度Tn(℃)が、前記Ni基超合金の析出相の固溶温度Ts(℃)に対して、以下の式1:
Ts-300≦Tn≦Ts-50 ・・・(式1)
の関係を満たすことを特徴とするテーパーリング素材の製造方法。
【請求項2】
前記口絞り加工を行う前に、前記リング素材の軸方向にわたる全周面を、以下の式2:
≦Ts+30 ・・・(式2)
の関係を満たす加熱温度T(℃)に加熱することを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項3】
前記Ni基超合金の析出相の固溶温度Ts(℃)が950℃~1100℃の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項4】
前記口絞り加工を開始するときの前記リング素材の口絞り加工が行われる周面の温度が、前記リング素材の口絞り加工が行われない周面の温度Tn以上であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項5】
前記リング素材は、外径Daが50mm~3000mm、高さHが30mm~1000mmであることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項6】
前記テーパーリング素材は、小径側の外径Dbが25mm~2850mmであることを特徴とする請求項5に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項7】
前記リング素材は、肉厚tが0.1mm~300mm、肉厚外径比t/Daが0.001~0.1であることを特徴とする請求項5に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項8】
前記口絞り加工は、縮径率が0%超から50%までの範囲であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項9】
前記テーパーリング素材は、テーパー角θが5°~40°であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項10】
前記内面にテーパーを有する口絞り加工用ダイの前記内面が、さらに、前記リング素材の口絞り加工が行われない周面を覆う拘束部を有することを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項11】
前記Ni基超合金の合金組成は、質量%で、C:0.02~0.10%、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.15%以下、Cr:18~21%、Fe:2%以下、Mo:3.5~5.0%、Ti:2.75~3.25%、Al:1.2~1.6%、Co:12~15%、B:0.003~0.01%、Cu:0.1%以下、Zr:0.02~0.08%、Mg:0~0.01%、残部がNi及び不可避的不純物であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項12】
前記Ni基超合金の合金組成は、質量%で、C:0.08%以下、Mn:0.35%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.35%以下、Cr:17~21%、Ni:50~55%、Mo:2.8~3.3%、NbおよびTa:4.75~5.5%、Ti:0.65~1.15%、Al:0.2~0.8%、Co:1%以下、B:0.006%以下、Cu:0.3%以下、残部がFe及び不可避的不純物であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項13】
前記Ni基超合金の合金組成は、質量%で、Co:4.0~11.0%、Cr:12.0~17.0%、Al:2.0~4.0%、Ti:2.0~4.0%、Al+Ti:4.6~6.7%、Mo:5.5超~10.0%、W:0超~4.0%、B:0.001~0.040%、C:0.02~0.06%、Zr:0.05%以下、Mg:0.005%以下、P:0.01%以下、Nb:1.0%以下、Ta:1.0%以下、Fe:2.0%以下、残部がNiと不可避的不純物であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【請求項14】
前記テーパーリング素材は、航空機用エンジンケース用素材であることを特徴とする請求項1に記載のテーパーリング素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テーパーリング素材の製造方法に関し、より詳しくは、Ni基超合金製のリング素材に口絞り加工を行うテーパーリング素材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
円筒形状のリング素材に、その軸方向の一部範囲において一方の端部に向かって径が小さくなるテーパー形状を付与して、テーパーリング素材とする加工法として、テーパーリング鍛造や、口広げ加工等が知られている。
【0003】
テーパーリング鍛造は、リング素材に芯金を挿通し、リング素材の上方に配置した上金敷によりリング素材の外表面をその軸方向全体にわたって圧下しつつ、リング素材を回転させて圧下領域の移動を繰り返して、テーパー形状を付与する加工法である。口広げ加工は、リング素材の一方の端部からパンチを押し込んで、この端部側の径を拡大することで、テーパー形状を付与する加工法である。
【0004】
また、リング素材にテーパー形状を付与する加工法として、口絞り加工が知られている。口絞り加工は、内面にテーパーを有するダイを、リング素材の一方の端部に押し当てることで、この端部側の径を縮小してテーパー形状を付与する加工法である。
【0005】
特許文献1には、従来技術として、テーパーリング鍛造と口絞り加工が記載されており、テーパーリング鍛造では、所望の形状を得るのが難しい点や、鍛造時間が長いなどの問題が指摘されている。また、口絞り加工では、加工しない円筒部が外側に膨れ、テーパー部に折れ込みが発生するという問題が指摘されている。そこで、特許文献1では、複数のブロック片から構成された円筒形状の中金型を、リング素材に挿入した後、中金型のテーパー形状の内面にダイロッドを圧入することで、中金型が放射方向に広がって、リング素材の径を拡大させ、テーパー形状を付与することが記載されている。
【0006】
特許文献2には、口絞り加工は、作業時間の点で有利であるものの、変形が緩やかであり、テーパー形状の位置のずれや、曲率半径を小さくできないという問題が指摘されている。特許文献2では、リング素材の端部領域に薄肉化処理を施すか、又はその領域の周方向に対してノッチ加工を施して、口絞り加工を行うことで、テーパー形状の位置のずれを小さくでき、また、曲率半径を小さくできることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭63-05843号公報
【文献】特開昭63-317231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
テーパーリング素材の用途としては、例えば、図1に示すように、航空機ジェットエンジン1の低圧タービンケース2がある。低圧タービンケース2は、図2に示すように、例えば、大径側の直径Dが500~2500mm、高さHが約200~800mmと非常に大型で、テーパー形状11の部分のテーパー角も比較的に大きいテーパーリング素材10が用いられる。また、低圧タービンケース2は、エンジンの燃焼によって高温のガスに暴露されることから耐熱合金製とする必要がある。テーパーリング素材をジェットエンジン以外のタービンケースなどに用いる場合も、大型で耐熱合金製のテーパーリング素材を作製する必要がある。耐熱合金としては、Ni基超合金が優れた耐熱性を有するものの、高温強度が高く塑性加工が困難であり、また合金に含有する金属は貴重で高価であるという課題がある。
【0009】
このように高価な合金で大型のテーパーリング素材を製造するためには、作業面およびコスト面からニアネットシェイプで製造することが求められる。そこで、Ni基超合金でテーパーリング素材を製造するためには、本願発明者らは、Ni基超合金製のリング素材を口絞り加工によって、テーパー形状を付与する方法を考えた。口絞り加工は、リング素材の全周を均等に成形することから、形状のバラツキを抑制することができるとともに、圧縮変形であることから、塑性加工が困難なNi基超合金の素材割れを抑制することができる。しかしながら、Ni基超合金製のリング素材を口絞り加工すると、口絞り加工により形成されたテーパー形状部分に隣接する本来、円筒形状が維持されるべき部分が、外周側に撓んで変形するという、成形不良が生じるという問題に直面した。
【0010】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、Ni基超合金製のリング素材に口絞り加工を施しても、成形不良が生じずにテーパー形状を付与することができるテーパーリング素材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明に係るテーパーリング素材の製造方法は、内面にテーパーを有する口絞り加工用ダイの前記内面を、リング素材の端部の全周を覆うように押し当てることで、前記リング素材の周面の一部を前記ダイの前記内面に沿ったテーパー状に口絞り加工することを含み、前記リング素材はNi基超合金でなり、前記口絞り加工を開始するときの前記リング素材の口絞り加工が行われない周面の温度Tn(℃)は、前記Ni基超合金の析出相の固溶温度Ts(℃)に対して、以下の式1:
Ts-300≦Tn≦Ts-50 ・・・(式1)
の関係を満たすことを特徴とする。
【0012】
前記口絞り加工を行う前に、前記リング素材を、以下の式2:
≦Ts+30 ・・・(式2)
の関係を満たす加熱温度T(℃)に加熱することを含んでもよい。
【0013】
前記Ni基超合金の析出相の固溶温度Ts(℃)は950℃~1100℃の範囲内であってもよい。
【0014】
前記口絞り加工を開始するときの前記リング素材の口絞り加工が行われる周面の温度は、前記リング素材の口絞り加工が行われない周面の温度Tn以上であってもよい。
【0015】
前記リング素材は、外径Daが50mm~3000mm、高さHが30mm~1000mmであってもよい。このとき、前記テーパーリング素材は、小径側の外径Dbが25mm~2850mmであってもよい。また、前記リング素材は、肉厚tが0.1mm~300mm、肉厚外径比t/Daが0.001~0.1であってもよい。
【0016】
前記口絞り加工は、縮径率が0%超から50%までの範囲であってもよい。
【0017】
前記テーパーリング素材は、テーパー角θが5°~40°であってもよい。
【0018】
前記内面にテーパーを有する口絞り加工用ダイの前記内面は、さらに、前記リング素材の口絞り加工が行われない周面を覆う拘束部を有していてもよい。
【0019】
前記Ni基超合金の合金組成は、例えば、質量%で、以下のものとすることができる。
(1) C:0.02~0.10%、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.15%以下、Cr:18~21%、Fe:2%以下、Mo:3.5~5.0%、Ti:2.75~3.25%、Al:1.2~1.6%、Co:12~15%、B:0.003~0.01%、Cu:0.1%以下、Zr:0.02~0.08%、Mg:0~0.01%、残部がNi及び不可避的不純物、
(2) C:0.08%以下、Mn:0.35%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.35%以下、Cr:17~21%、Ni:50~55%、Mo:2.8~3.3%、NbおよびTa:4.75~5.5%、Ti:0.65~1.15%、Al:0.2~0.8%、Co:1%以下、B:0.006%以下、Cu:0.3%以下、残部がFe及び不可避的不純物、または
(3) Co:4.0~11.0%、Cr:12.0~17.0%、Al:2.0~4.0%、Ti:2.0~4.0%、Al+Ti:4.6~6.7%、Mo:5.5超~10.0%、W:0超~4.0%、B:0.001~0.040%、C:0.02~0.06%、Zr:0.05%以下、Mg:0.005%以下、P:0.01%以下、Nb:1.0%以下、Ta:1.0%以下、Fe:2.0%以下、残部がNiと不可避的不純物。
【0020】
前記テーパーリング素材は、航空機用エンジンケース用素材であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、口絞り加工を開始するときのリング素材の口絞り加工が行われない周面の温度Tnを、Ni基超合金の析出相の固溶温度Tsに対して、上記式1の関係を満たす温度にすることで、成形不良が生じずにテーパー形状を付与することができるテーパーリング素材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】テーパーリング素材の用途の一例を模式的に示す斜視図である。
図2】テーパーリング素材の一例を模式的に示す斜視図である。
図3】本発明に係るテーパーリング素材の製造方法の口絞り加工の一例を説明する模式的な断面図である。
図4】口絞り加工で生じ得る成形不良の一例を示す模式的な断面図である。
図5】テーパーリング素材の寸法および加工条件を説明するための模式的な断面図である。
図6】本発明に係るテーパーリング素材の製造方法に用いる口絞り加工用ダイの別の例を模式的に示す断面図である。
図7】本発明に係るテーパーリング素材の製造方法の一実施の形態を説明する模式的なフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、添付図面を参照して、本発明に係るテーパーリング素材の製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、本実施形態を明確に図示することに重点がおかれており、必ずしも縮尺通りに描かれたものではない。
【0024】
本実施の形態のテーパーリング素材の製造方法は、口絞り加工を行うステップを少なくとも含む。口絞り加工は、例えば、図3に示す口絞り加工装置を用いる。この口絞り加工装置は、図3(a)に示すように、加工対象である円筒形状を有するリング素材10Rの両端部を挟む位置に、下金敷20と口絞り加工用ダイ30を備えた上金敷(図示省略)とが設けられている。口絞り加工用ダイ30は、円筒形状のガイド部31を有しており、ガイド部31の内面は、リング素材10R側の先端から基端へ向かって徐々に内径が小さくなるテーパー形状の内面部32を有している。この内面部32のテーパー形状は、所望するテーパーリング素材のテーパー形状に対応するように形成されている。
【0025】
そして、下金敷20上にリング素材10Rを載置した後、図3(a)の矢印の方向に、口絞り加工用ダイ30をリング素材10Rに均一に圧下する。これにより、リング素材10Rの口絞り加工用ダイ30側の端部の全周は、図3(b)に示すように、口絞り加工用ダイ30のテーパー形状の内面部32によって覆うように押し当てられ、全周が均等に内周側に圧縮される。そして、口絞り加工用ダイ30を所定の位置まで圧下することで、リング素材10Rの端部は、加工用ダイ30の内面部32に沿った所望のテーパー形状11に形成され、よって、テーパーリング素材10を得ることができる。
【0026】
このようにして得られたテーパーリング素材10は、図4の点線に示すように、口絞り加工により形成されたテーパー形状11の部分と、口絞り加工を受けていない円筒形状の部分とを有することが、理想の形状である。しかしながら、リング素材10としてNi基超合金製のものを用いると、Ni基超合金は塑性加工が難しいことから、図4の実線に示すように、テーパーリング素材10Bは、口絞り加工により形成されたテーパー形状11部分に隣接する本来、円筒形状であるべき部分が、外周側に撓んで変形するという、成形不良12が生じるという問題がある。
【0027】
本実施の形態では、この成形不良12の発生を抑制し、所望の形状のテーパーリング素材10を製造するために、口絞り加工を開始するときのリング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tn(℃)を、Ni基超合金の析出相の固溶温度Ts(℃)、例えば、γ’相の固溶温度およびδ相の固溶温度のうちの高い方の温度に対して、以下の式1:
Ts-300≦Tn≦Ts-50 ・・・(式1)
の関係を満たす温度にする。
【0028】
γ’相またはδ相の固溶温度とは、Ni基超合金においてγ’相またはδ相がマトリックス中に固溶する温度である。詳しくは後述するが、Ni基超合金の組成によるもののγ’相またはδ相が、結晶粒の粗大化を抑制することに寄与していると考えられている。このようにリング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tnを、上記固溶温度Tsよりも50℃低い温度以下で口絞り加工を開始することで、Ni基超合金製のリング素材10Rの変形抵抗を大きくすることができ、よって、リング素材10Rの一部の周面が、口絞り加工用ダイ30により内周側に圧縮されても、口絞り加工用ダイ30による押圧を受けていない部分の周面13に成形不良が発生することを抑制することができる。一方、リング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tnを、上記固溶温度Tsよりも300℃低い温度未満で口絞り加工を開始すると、素材の変形抵抗が高いため、成形荷重が大きくなり、リング素材10Rに所望するテーパー形状11を付与することが難しくなる。また成形荷重が大きくなることで、金型が損耗する懸念も大きくなる。
【0029】
本発明の加工対象であるリング素材10Rは、Ni基超合金製である。Ni基超合金は、Ni基耐熱合金とも呼ばれており、例えば、Waspaloy(登録商標)(UNS N07001)、Inconel(登録商標)718(UNS N07718)等があるが、これら具体的な製品に限定されず、Ni基超合金であれば、本発明に広く適用することができる。なお、UNSは、ASTM E527及びSAE J1086の規格において「統一ナンバリングシステム」に登録されている合金の番号である。
【0030】
Waspaloyの合金組成は、典型的に、質量%で、C:0.02~0.10%、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.15%以下、Cr:18~21%、Fe:2%以下、Mo:3.5~5.0%、Ti:2.75~3.25%、Al:1.2~1.6%、Co:12~15%、B:0.003~0.01%、Cu:0.1%以下、Zr:0.02~0.08%、残部がNi及び不可避的不純物とされている。また、このような合金組成に、さらに、0.01%以下のMgを含有することもできる。
【0031】
Inconel718の合金組成は、典型的に、質量%で、C:0.08%以下、Mn:0.35%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Si:0.35%以下、Cr:17~21%、Ni:50~55%、Mo:2.8~3.3%、NbおよびTa:4.75~5.5%、Ti:0.65~1.15%、Al:0.2~0.8%、Co:1%以下、B:0.006%以下、Cu:0.3%以下、残部がFe及び不可避的不純物とされている。
【0032】
その他、本願特許出願人による特開2020-056103号公報に開示されているNi基超合金も本発明に用いることができ、その合金組成は、質量%で、Co:4.0~11.0%、Cr:12.0~17.0%、Al:2.0~4.0%、Ti:2.0~4.0%、Al+Ti:4.6~6.7%、Mo:5.5超~10.0%、W:0超~4.0%、B:0.001~0.040%、C:0.02~0.06%、Zr:0.05%以下、Mg:0.005%以下、P:0.01%以下、Nb:1.0%以下、Ta:1.0%以下、Fe:2.0%以下、残部がNiと不可避的不純物である。
【0033】
Ni基超合金のγ’相またはδ相の固溶温度は、合金組成などによって異なり、学術文献や材料メーカーによって各合金組成のγ’相またはδ相の固溶温度が公表されている。また、γ’相またはδ相の固溶温度は、熱力学平衡ソフトによって算出することもできる。Ni基超合金のγ’相またはδ相の固溶温度は、このような公表されている値や計算値を用いることができる。Ni基超合金の合金組成によって上述した結晶粒の粗大化を抑制する析出相は異なるが、典型的には、γ’相またはδ相のうちの固溶温度の高い方の析出相が、その効果を有する。Waspaloyでは、γ’相が結晶粒の粗大化を抑制し、γ’相の固溶温度は、おおむね1020~1040℃である。また、Inconel718では、δ相が結晶粒の粗大化を抑制し、δ相の固溶温度は、おおむね1000~1030℃である。但し、合金組成によっては、特に新たに開発された合金組成では、析出相の呼称が確定されておらず、文献などによってはη相とも呼ばれていたりするが、本発明は析出相の呼称に過度に限定されるものではなく、結晶粒の粗大化を抑制する効果を有する析出相の固溶温度を温度Tsとする。結晶粒の粗大化を抑制する効果を有する析出相(γ’相またはδ相)の固溶温度Tsは、合金組成などによって異なるものの、典型的には、おおむね800℃~1200℃の範囲内の温度であり、この固溶温度Tsが950℃~1100℃の範囲内のNi基超合金を用いることが好ましい。
【0034】
口絞り加工を開始するときのリング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tnのより好ましい温度は、以下の式1a:
Ts-300≦Tn≦Ts-80 ・・・(式1a)
の関係を満たす温度である。このように上記固溶温度Tsよりも80℃低い温度以下で口絞り加工を開始することで、Ni基超合金製のリング素材10Rの変形抵抗をより大きくすることができ、成形不良の発生をより抑制することができる。
【0035】
なお、リング素材10Rの口絞り加工が行われる周面14においては、口絞り加工が行われない周面13のように温度を低くする必要はないことから、例えば、リング素材10Rの軸方向にわたる全周面を上記固溶温度Tsまで加熱した後、口絞り加工が行われない周面13の温度TnがTs-50℃以下にまで冷却される間、口絞り加工が行われる周面14を保温材等で覆っておいてもよい。また、口絞り加工が行われる周面14の温度が、口絞り加工が行われない周面13の温度Tnでも口絞り加工が可能な温度である場合、上記の保温をすることなく、リング素材10Rの全周面が同一の温度で、口絞り加工を開始することでき、リング素材10Rの温度管理は容易となる。してみると、口絞り加工を開始するときのリング素材10Rの口絞り加工が行われる周面の温度は、リング素材10Rの口絞り加工が行われない周面の温度Tnと同じであるか、または、それ以上とすることができる。
【0036】
口絞り加工の条件として、縮径率は、特に限定されないが、例えば、0%超から50%までの範囲であってもよく、0%超から35%までの範囲であってもよい。縮径率は、図5に示すように、口絞り加工前のリング素材10Rの外径Daと、口絞り加工後のテーパーリング素材10の小径側の外径Dbから、以下の式で表す。
【数1】
【0037】
リング素材10Rの外径Daは、特に限定されないが、例えば、50mm~3000mmであってもよく、圧力容器や航空機用エンジンケース(タービンケース)に用いる場合には、500mm~2500mmであってもよい。リング素材10Rの外径Daは、口絞り加工後のテーパーリング素材10の大径側の外径に相当し得る(図5)。そして、この大径側の外径の位置が更に加工される等して、例えば、タービンケース等の製品では、その大径側の直径Dの位置に相当する(図2)。テーパーリング素材10の小径側の外径Dbは、特に限定されないが、例えば、25mm~2850mmであってもよく、圧力容器や航空機用エンジンケースに用いる場合には、250mm~2375mmであってもよい。
【0038】
リング素材10Rの高さHは、特に限定されないが、例えば、30mm~1000mmであってもよく、圧力容器や航空機用エンジンケースに用いる場合には、200mm~800mmであってもよい。リング素材10Rの肉厚tは、特に限定されないが、例えば、0.1mm~300mmであってもよく、圧力容器や航空機用エンジンケースに用いる場合には、2mm~125mmであってもよい。リング素材10Rの肉厚外径比t/Daは、特に限定されないが、例えば、0.001~0.1であってもよく、圧力容器や航空機用エンジンケースに用いる場合には、0.01~0.05であってもよい。リング素材10Rの高さHは、口絞り加工後のテーパーリング素材10では、その後述するテーパー角θ等に応じて、小さく変化し得る(図5)。そして、このテーパーリング素材が更に加工される等して、例えば、航空機用エンジンケース等の製品では、それに求められる高さHに調整される(図2)。
【0039】
また、テーパーリング素材10のテーパー角θは、特に限定されないが、例えば、5°~40°であってもよく、10°~30°であってもよい。テーパー角θは、図5に示すように、口絞り加工前のリング素材10Rの外周面に対する口絞り加工後のテーパーリング素材10のテーパー形状11部分の外周面の角度で表す。
【0040】
口絞り加工では、リング素材10Rの外周面に潤滑剤を塗布しておくことが好ましい。また、口絞り加工用ダイ30の内面にも潤滑剤を塗布しておくことが好ましい。このように、リング素材10R、口絞り加工用ダイ30、又はその両方に潤滑剤を塗布しておくことで、リング素材10Rの外周面と口絞り加工用ダイ30のテーパー形状の内面部32との摩擦を低減し、成形荷重が低減することで、リング素材10R、口絞り加工用ダイ30の損傷を防ぎ、口絞り加工の成形不良の発生を防ぐことができる。
【0041】
なお、図3に示す構成の口絞り加工装置を用いて、口絞り加工を行うステップを説明してきたが、本発明は、このような構成の口絞り加工装置に限定されるものではなく、口絞り加工を開始するときのリング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tnを、Ni基超合金の上記固溶温度Tsに対して、上記式1の関係を満たす温度にするのであれば、その他の口絞り加工装置を用いてもよい。例えば、口絞り加工用ダイ30Aの内面が、さらに、リング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13を覆う拘束部33を有する構成である。つまり、図6に示すように、口絞り加工用ダイ30Aは、ガイド部31Aが、加工後のテーパーリング素材に成形不良が生じる位置を覆うように、内面が下金敷20へ垂直に延びる拘束部33を有するものを用いてもよい。このような構成にすることで、口絞り加工用ダイ30Aの拘束部33によってリング素材10R全体が拘束されるので、口絞り加工によりリング素材10Rが外周側に膨らむのを物理的に抑えることができ、成形不良が生じるのをより確実に防ぐことができる。拘束部33の垂直方向の長さは、例えば、テーパーリング素材の口絞り加工が行われない周面の軸方向の長さにしてもよい。
【0042】
本実施の形態のテーパーリング素材の製造方法は、上述した口絞り加工の前に、リング素材10Rを加熱するステップを含んでもよい。この加熱ステップは、リング素材10Rを、以下の式2:
≦Ts+30 ・・・(式2)
の関係を満たす加熱温度T(℃)に加熱することが好ましい。
【0043】
リング素材10Rの加熱には、通常、加熱炉(図示省略)を用いることから、加熱炉から口絞り加工装置の下金敷20までリング素材10Rを搬送することとなる。リング素材10Rの加熱温度Tは、口絞り加工を開始するときのリング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度Tnよりも、例えば50℃以上、高くすることで、搬送の間にリング素材10Rの温度が放冷(空冷)によって低下し、リング素材10Rの口絞り加工が行われない周面13の温度を、口絞り加工を開始するときの温度Tnとすることができる。一方、加熱温度Tを上記固溶温度Ts+30よりも高くしてしまうと、搬送時間が長くなり、リング素材10Rの表面と肉厚中心とで温度差が大きくなり、異なる金属組織が生じて所望する特性を発揮できないおそれがある。なお、リング素材10Rを急冷すると表面割れが生じるおそれがあることから、搬送における放冷によって徐々に温度を降下させることが好ましく、急冷による表面割れを抑制することができるとともに、これに起因する口絞り加工時の成形不良の発生も抑制することができる。
【0044】
本実施の形態のテーパーリング素材の製造方法は、上述した口絞り加工ステップおよび加熱ステップの他に、その他のステップを含んでもよい。図7に示すように、本実施の形態のテーパーリング素材の製造方法は、例えば、所定の合金組成の円柱状素材を鍛造や穿孔工程などをしてリング素材を得るリング素材形成ステップ51と、図に示す矢印Aのように、このリング素材を口絞り加工によってテーパーリング素材を得る口絞り加工ステップ54とを含んでもよいし、または図に示す矢印Bのように、リング素材形成ステップ51と、リング素材にリング圧延を施すリング圧延ステップ52と、このように圧延したリング素材の楕円を矯正する楕円矯正ステップ53と、このように楕円を矯正したリング素材を口絞り加工によってテーパーリング素材を得る口絞り加工ステップ54とを含んでもよい。また、上記以外のステップを更に含んでもよく、例えば、上述した加熱ステップ(図示省略)を、楕円矯正ステップ53と口絞り加工ステップ54との間で行ってもよい。また、リング圧延ステップ52と楕円矯正ステップ53はどちらか一方でもよい。
【0045】
リング素材形成ステップ51は、リング素材を得るために通常採用されているステップであるので、ここでの詳細な説明は省略するが、例えば、所定の合金組成を有するNi基超合金のインゴットから円柱形状のビレットを得て、これを鍛造工程や穿孔工程などによって円筒形状のリング素材を得ることができる。なお、穿孔工程の後にリング鍛造工程などで拡径し、所定の寸法のリング素材を得ても良い。
【0046】
リング圧延ステップ52は必須のステップではないが、リング素材の肉厚に周方向のばらつきがあると、口絞り加工ステップ54にて、皺、偏芯が発生しやすいとともに、偏荷重に起因して成形不良も発生しやすくなる。よって、口絞り加工ステップ54の前に、リング圧延ステップ52にて、リング圧延装置にてリング素材をリング圧延して、リング素材の肉厚を均一にしておくことで、口絞り加工ステップ54での成形不良、皺、偏芯の発生を抑制することができる。
【0047】
楕円矯正ステップ53も必須のステップではないが、リング素材が楕円状であると、口絞り加工ステップ54にて成形不良、皺、偏芯が発生しやすい。よって、口絞り加工ステップ54の前に、楕円矯正ステップ53にて、エキスパンダー等によりリング素材の楕円を矯正しておくことで、口絞り加工ステップ54での成形不良、皺、偏芯の発生を抑制することができる。
【0048】
楕円矯正ステップ53では、拡管コーンと拡管ダイスとから構成されるリングエキスパンダーを用いてリング素材の楕円矯正および寸法矯正を行う他、その他の機械加工によって、又はエキスパンダーとその他の機械加工とを組み合わせて、リング素材の楕円矯正を行ってもよい。
【0049】
このように図7に示す一連のステップを含むテーパーリング素材の製造方法を行うことで、Ni基超合金のリング素材から、航空機用エンジンケース等の用途に用いることができるテーパーリング素材を製造することができる。
【実施例
【0050】
以下、本発明の実施例および比較例について説明するが、本発明はこれらの実施例および比較例によって何ら限定されるものではない。
【0051】
先ず、Ni基超合金であるWaspaloyで、外径Daが600mm、高さHが350mm、肉厚tが27mm(肉厚外径比t/Da=0.045)の円筒形状を有するリング素材を作製した。次に、テーパーリング素材のテーパー角θが30°となるように、これに対応するテーパー形状を有する口絞り加工用ダイを作製した。
【0052】
そして、上記リング素材を加熱炉にて1030℃の加熱温度Tに加熱した後、加熱炉から搬送して口絞り加工装置の下金敷に置き、リング素材の周面温度が940℃に降下したことを確認して、リング素材に上記口絞り加工用ダイを押し当てて口絞り加工を開始した。そして、縮径率が30%(つまり、縮径された外径Dbが420mm)になるまで口絞り加工用ダイを圧下して口絞り加工を終えた(実施例1)。なお、口絞り加工用ダイは室温で口絞り加工を開始した。
【0053】
これにより得られたテーパーリング素材の周面に、外周側に撓んで変形する成形不良が発生しているかどうかを検査した。成形不良の検査は、テーパーリング素材の口絞り加工を受けていない周面の外径を測定し、元のリング素材の外径より1.5%以上増加している場合、成形不良が発生していると判定した。その結果、実施例1のテーパーリング素材には成形不良の発生は確認されなかった。
【0054】
また、リング素材の肉厚tを18mm(肉厚外径比t/Da=0.03)、12mm(肉厚外径比t/Da=0.02)とした点と、リング素材の周面温度が900℃に降下した時に口絞り加工を開始した点を除いて、実施例1と同様の条件で、リング素材を口絞り加工してテーパーリング素材を得た(実施例2、3)。この実施例2、3のテーパーリング素材について成形不良の発生の有無を検査したところ、成形不良の発生は確認されなかった。
【0055】
一方、リング素材の周面温度が980℃に降下した時に口絞り加工を開始した点を除いて、実施例1と同様の条件で、リング素材を口絞り加工してテーパーリング素材を得た(比較例)。この比較例のテーパーリング素材について成形不良の発生の有無を検査したところ、成形不良の発生が確認された。
【0056】
この実施例1~3および比較例の結果に基づき、口絞り加工の開始の際のリング素材の周面温度と成形不良の発生の関係について有限要素解析を行ったところ、使用したWaspaloyのγ’相固溶温度Ts(約1025℃)に対して、成形不良の発生を抑制するためには、口絞り加工の開始の際のリング素材の周面温度TnをTs-50℃以下(すなわち975℃以下)に少なくともする必要があることがわかった。また、より確実に成形不良の発生を防ぐためには、リング素材の周面温度TnをTs-80℃以下(すなわち945℃以下)にすることがよいことがわかった。
【符号の説明】
【0057】
1 航空機ジェットエンジン
2 低圧タービンケース
10R リング素材
10 テーパーリング素材
11 テーパー形状
12 成形不良
13 口絞り加工が行われない周面
20 下金敷
30 口絞り加工用ダイ
31 ガイド部
32 テーパー形状の内面部
33 拘束部
51 リング素材形成ステップ
52 リング圧延ステップ
53 楕円矯正ステップ
54 口絞り加工ステップ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7