(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-11
(45)【発行日】2024-06-19
(54)【発明の名称】膵癌細胞の浸潤転移抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/436 20060101AFI20240612BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20240612BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240612BHJP
A61P 1/18 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/277 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/513 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/4412 20060101ALI20240612BHJP
A61K 31/53 20060101ALI20240612BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240612BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20240612BHJP
【FI】
A61K31/436
A61P35/04 ZNA
A61P43/00 121
A61P1/18
A61K31/713
A61K31/519
A61K31/277
A61K31/513
A61K31/4412
A61K31/53
A61K45/00 101
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2023109994
(22)【出願日】2023-07-04
(62)【分割の表示】P 2019091817の分割
【原出願日】2019-05-15
【審査請求日】2023-07-06
(31)【優先権主張番号】P 2018099145
(32)【優先日】2018-05-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷内 恵介
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/017187(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/023815(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/002844(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/065541(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/035461(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/005234(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0094674(US,A1)
【文献】Cell Reports,2016年,16,pp.2017-2031
【文献】Journal of Clinical Oncology,2013年,Vol. 31, No. 4, Supp.,Abstract Number: 198
【文献】Anti-cancer drugs,2014年,Vol. 25, No. 9,pp. 1095-1101
【文献】Pancreas,2017年,Vol. 46, No. 10,pp. 1444
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications,2008年,368,pp.162-167
【文献】Annals of Oncology,2015年,26,pp.58-64
【文献】Neuroendocrinology,2016年,103 (suppl 1),p.77, L1
【文献】Neuroendocrinology,2015年,102,p.130-131, L9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61K 45/00-45/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
mTOR阻害剤、またはERK1/2阻害薬とmTOR阻害剤との組み合わせを有効成分として含み、
上記mTOR阻害剤が、エベロリムス、配列番号5の抗mTOR siRNA、およびシロリムスから必須的になる群より選択される1以上であり、
上記ERK1/2阻害薬が、トラメチニブ、U0126、および配列番号1の塩基配列を有する抗ARHGEF4 siRNAから必須的になる群より選択される1以上であることを特徴とする膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【請求項2】
上記mTOR阻害薬がシロリムスである請求項1に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【請求項3】
ERK1/2阻害薬とmTOR阻害剤との組み合わせを有効成分として含み、上記ERK1/2阻害薬とmTOR阻害剤との組み合わせが、トラメチニブとエベロリムスとの組み合わせである請求項1に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【請求項4】
更に、膵癌の標準化学療法薬を含む請求項1~3のいずれかに記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【請求項5】
上記膵癌の標準化学療法薬がTS-1である請求項4に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌細胞の浸潤転移を効果的に抑制する薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本人の死因の第1位は悪性新生物であり、悪性新生物のうち、膵癌により年間3万9000人の日本人が死亡している。膵癌は、近年、増加傾向にあり、日本では肺癌、胃癌、大腸癌に次いで4番目に多いがんである。膵癌は難治性癌の代表であり、年間の罹患者数と死亡者数が悪性新生物の中で最も近接しており、ほぼ同数である。膵癌患者の生存率を上げる唯一の方法は、早期発見と手術のみであるといえる。
【0003】
膵癌に対する化学療法は、切除不能例に対する治療と、術後補助療法の2つに分類できる。切除不能例に対する治療では、オキサリプラチン+イリノテカン+フルオロウラシル+レボホリナートカルシウムを用いるFOLFIRINOX療法と、ゲムシタビン(GEM)+ナブパクリタキセル併用療法が第一選択である。全身状態が悪い場合は、GEM単独、GEM+エルロチニブ併用、あるいはTS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)単独から適切な薬剤を選択する。手術の補助療法としては、TS-1単独治療が第一選択となっている。
【0004】
しかし、膵癌には早期の段階から周辺臓器への浸潤と遠隔転移が認められ、手術により除去できなかった腹腔内残存腫瘍が膵癌の予後が悪いことに対する最大の原因である。よって、膵癌の治療においては、膵癌細胞の増殖を抑制することの他、膵癌細胞の運動性や浸潤性を抑制することが非常に重要である。ところが、膵癌細胞の増殖を抑制するデータをもって膵癌細胞の運動性や浸潤性も抑制されているとしている従来技術が多く、膵癌細胞の運動性や浸潤性自体を抑制することが証明されている薬剤はほとんど無いといってよい。
【0005】
本発明者は、膵癌細胞において、ヒトインスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)がmRNAと複合体を形成し、カイネシンモータータンパク質であるKIF20Aにより膵癌細胞の運動性や浸潤性に必須である葉状仮足まで運搬され、mRNAの局所翻訳に関与することを見出し、IGF2BP3の一部のペプチドを膵癌細胞浸潤転移抑制ワクチンとして開発している(特許文献1)。また、本発明者は、IGF2BP3に対するsiRNAを膵癌細胞浸潤転移阻害剤として開発している(特許文献2)。
【0006】
なお、ERK1/2は細胞増殖シグナル伝達因子として知られており(特許文献3)、例えば特許文献4には、ERK阻害剤をがんなどの過剰増殖性障害を治療するために用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-227292号公報
【文献】国際公開第2016/002844号パンフレット
【文献】特開2018-35117号公報
【文献】特表2016-531139号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、膵癌が難治性である最大の理由は膵癌細胞の高い運動性と浸潤性にあるが、膵癌細胞の運動性や浸潤性自体を抑制する薬剤はほとんど無いのが実情である。
そこで本発明は、膵癌細胞の浸潤転移を効果的に抑制する薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、ERK1/2阻害薬およびmTOR阻害剤が膵癌細胞の運動性や浸潤性を抑制するのに非常に有効であることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0010】
[1] ERK1/2阻害薬および/またはmTOR阻害剤を有効成分として含むことを特徴とする膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[2] 上記ERK1/2阻害薬が、トラメチニブ、U0126、セルメチニブおよびコビメチニブから必須的になる群より選択される1以上である上記[1]に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[3] 上記ERK1/2阻害薬がARHGEF4に対するsiRNAである上記[1]に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[4] 上記siRNAが、配列番号1~4のいずれかの塩基配列を有するRNAおよびその相補鎖を含む二本鎖RNAである上記[3]に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[5] 上記mTOR阻害薬が、エベロリムス、スニチニブ、シロリムスおよびテムシロリムスから必須的になる群より選択される1以上である上記[1]~[4]のいずれかに記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[6] 上記mTOR阻害薬がmTORに対するsiRNAである上記[1]~[4]のいずれかに記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[7] ERK1/2阻害薬を有効成分として含む上記[1]~[6]のいずれかに記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[8] 更に、膵癌の標準化学療法薬を含む上記[1]~[7]のいずれかに記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
[9] 上記膵癌の標準化学療法薬がTS-1である上記[8]に記載の膵癌細胞の浸潤転移抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る薬剤は、膵癌細胞の運動性と浸潤性を効果的に抑制し、結果として膵癌細胞の浸潤転移を効果的に抑制することができる。よって、例えば膵癌の手術による除去後、除去しきれなかった膵癌細胞を腹腔内に封じ込めることが可能になると考えられる。その際、細胞増殖抑制作用を有する成分を併用することにより治療が可能になり、また、術後の再発を抑制でき、予後の改善が期待できる。手術適用外の症例でも、本発明に係る薬剤は同様に膵癌の有効な治療手段となり、予後の改善が期待される。よって本発明は、膵癌の新たな治療手段として非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、ARHGEF4 mRNAをノックダウンした膵癌細胞とコントロール膵癌細胞との間で、リン酸化の程度が異なるタンパク質を検出した結果を示すマイクロアレイ写真である。
【
図2】
図2は、ARHGEF4 mRNAをノックダウンした膵癌細胞とコントロール膵癌細胞との間でのウエスタンブロットの結果を示す写真(
図2A)と、ERK1/2阻害薬であるU0126を添加した培養液と添加しない培養液で培養した膵癌細胞のライセートのウエスタンブロットの結果を示す写真(
図2B)である。
【
図3】
図3は、ヒト膵癌細胞株S2-013とPANC-1の培養液中にERK1/2阻害薬であるU0126を添加した場合としない場合の細胞運動アッセイとマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、ARHGEF4 mRNAをノックダウンした膵癌細胞とコントロール膵癌細胞との細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図4A)と、同細胞のマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図4B)と、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを導入した同細胞の細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図4C)と、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを導入した同細胞のマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図4D)である。
【
図5】
図5は、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを導入したARHGEF4遺伝子ノックダウン膵癌細胞株S2-013の細胞運動アッセイとマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図5A)と、膵癌細胞株PANC-1を用いた同様の実験の結果を示すグラフ(
図5B)である。
【
図6】
図6は、膵癌細胞の培養液中にERK1/2阻害薬であるトラメチニブを添加した場合としない場合の抗リン酸化ERK抗体を用いたウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【
図7】
図7は、膵癌細胞の培養液中にERK1/2阻害薬であるトラメチニブを添加した場合としない場合の細胞増殖率試験の結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、膵癌細胞の培養液中にERK1/2阻害薬であるトラメチニブを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図8A)と、マトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図8B)である。
【
図9】
図9は、mTOR遺伝子をノックダウンした膵癌細胞の細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図9A)と、マトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図9B)である。
【
図10】
図10は、膵癌細胞の培養液中にmTOR阻害薬であるエベロリムスを添加した場合としない場合の抗リン酸化mTOR抗体を用いたウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【
図11】
図11は、膵癌細胞の培養液中にmTOR阻害薬であるエベロリムスまたはS-1を添加した場合と何れも添加しない場合の細胞増殖率試験の結果を示すグラフである。
【
図12】
図12は、膵癌細胞の培養液中にERK1/2阻害薬であるトラメチニブとmTOR阻害薬であるエベロリムスを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図12A)と、マトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図12B)である。
【
図13】
図13は、膵癌細胞の培養液中にERK1/2阻害薬であるトラメチニブとmTOR阻害薬であるエベロリムスを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイの結果を示すグラフ(
図13A)と、マトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフ(
図13B)である。
【
図14】
図14は、mTOR阻害剤であるシロリムスを投与したマウス群、膵癌の標準化学療法薬であるTS-1を投与したマウス群、および薬剤非投与マウス群(コントロールマウス群)の、ヒト膵癌細胞株S2-013を皮下移植されてから8週間後の写真である。
【
図15】
図15は、mTOR阻害剤であるシロリムスを投与したマウス群、膵癌の標準化学療法薬であるTS-1を投与したマウス群、および薬剤非投与マウス群(コントロールマウス群)の、ヒト膵癌細胞株S2-013を皮下移植されてからの腫瘍径の経時的変化を示すグラフである。
【
図16】
図16は、mTOR阻害剤であるシロリムスを投与したマウス群、膵癌の標準化学療法薬であるTS-1を投与したマウス群、および薬剤非投与マウス群(コントロールマウス群)の、ヒト膵癌細胞株S2-013を皮下移植されてから8週間後の膵癌組織の拡大染色写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤は、ERK1/2阻害薬および/またはmTOR阻害剤を有効成分として含む。なお、本開示において「有効成分として含む」とは、成分がその効果を示すに十分な量で含まれることを意味する。
【0014】
ERK(Extracellular Signal-regulated Kinase,細胞外シグナル調節キナーゼ)は、MAPK(Mitogen-activated Protein Kinase,分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ)のサブファミリーであり、EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor,上皮増殖促進因子受容体)などのチロシンキナーゼ受容体にリガンドが結合することでリン酸化されて活性化される。ERK1/2は分子量が44kDaのERK1と42kDaのERK2から成り、リン酸化されて活性化すると、Elk1やc-Mycなどの転写因子またはRSKなどのリン酸化酵素をリン酸化することで細胞増殖シグナルを活性化する。
【0015】
上述した通り、ERK1/2は細胞増殖に関与することから、その阻害剤は抗がん剤として検討されている。しかし本発明者の実験的知見によれば、意外にもERK1/2阻害剤は膵癌細胞の増殖抑制作用を十分に示さない一方で、膵癌細胞の運動性や浸潤性を顕著に抑制する。ERK1/2が膵癌細胞の運動性や浸潤性に関与することは、これまで知られていない知見である。
【0016】
ERK1/2の阻害薬は、ERK1/2の活性を阻害するものであれば特に制限されない。例えば、ERK1/2はリン酸化により活性化され、脱リン酸化により不活性化される。よって、例えば、R&D Systems社製のProteome Profiler(TM) Human Phospho-Kinase Array Kit ARY003などを用い、被検試料を含む試料と含まない試料とでリン酸化による化学発光の強度を比較し、発光強度を低下させる被検試料をERK1/2阻害薬として同定することができる。
【0017】
ERK1/2阻害薬としては、例えば、トラメチニブ(CAS 871700-17-3)、U0126(CAS 109511-58-2)、セルメチニブ(CAS 606143-52-6)、コビメチニブ(CAS 934660-93-2)、PD0325901(CAS 391210-10-9)、プルリポチン(CAS 839707-37-8)、ケンパウロン(CAS 142273-20-9)、エボジアミン(CAS 518-17-2)、FR180204(CAS 865362-74-9)、p38 MAP Kinase Inhibitor IV (CAS 1638-41-1)、3-(2-Aminoethyl)-5-((4-ethoxyphenyl)methylene)-2,4-thiazolidinedione(CAS 1049738-54-6)、Pyrazolylpyrrole ERK Inhibitor(CAS 933786-58-4)、CR8,(S)-Isomer(CAS 1084893-56-0)、5-Iodotubercidin(CAS 24386-93-4)、SCH772984(CAS 942183-80-4)などの低分子化合物を挙げることができる。ERK1/2阻害薬としては、トラメチニブ、U0126、セルメチニブおよびコビメチニブから必須的になる群より選択される1以上が好ましく、トラメチニブがより好ましい。
【0018】
ERK1/2阻害薬は、ERK1/2に対する抗体や、ERK1/2 mRNAに対するsiRNA、更には、ERK1/2をリン酸化して活性化する酵素に対する抗体や、当該酵素mRNAに対するsiRNAであってもよい。
【0019】
例えば、本発明者は、後記の実施例の通り、膵癌細胞においてそのmRNAがIGF2BP3に結合して葉状仮足に運搬され、葉状仮足において翻訳されて製造されるタンパク質であるARHGEF4(Rho guanine nucleotide exchange factor,Rhoグアニンヌクレオチド交換因子)が、膵癌細胞の運動性と浸潤性に関与することを実験的に明らかにし、また、ARHGEF4がERK1/2の活性化に関与していることを実験的に明らかにした。よって、ARHGEF4に対する阻害薬は、ERK1/2阻害薬としても用い得る。
【0020】
ARHGEF4阻害薬としては、例えば、以下の塩基配列およびその相補配列を有するsiRNAを用いることができる。なお、siRNAは、標的mRNAの一部配列とその相補配列の二本鎖RNAである。下記の配列番号1~4の塩基配列は、ARHGEF4 mRNAの一部配列である。
塩基配列1: 配列番号1~4のいずれかの塩基配列;
塩基配列2: 上記塩基配列1において、1または2の塩基配列が欠失、置換および/または付加された塩基配列であり、且つ、ARHGEF4 mRNAにストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列;
塩基配列3: 上記塩基配列1に対して90%以上の配列同一性を有する塩基配列であり、且つ、ARHGEF4 mRNAにストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列。
【0021】
上記塩基配列2において、欠失、置換および付加から選択される変異の数としては、1が好ましい。また、上記塩基配列3において、配列同一性としては95%以上が好ましく、98%以上がより好ましく、99%以上または99.5%以上がより更に好ましい。
【0022】
mTOR(mechanistic target of rapamycin)は、PI3K/Aktシグナル伝達経路の中心的なシグナル因子であり、複数のタンパク質による複合体を形成し、インスリンや他の成長因子、栄養・エネルギー状態、酸化還元状態など細胞内外の環境情報を統合し、それらに応じた細胞のサイズ、分裂、生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられ、特に細胞増殖と血管新生に関与している。
【0023】
本発明者は、mTORの活性を阻害することにより、膵癌細胞の運動性と浸潤性を抑制できることを見出した。また、ERK1/2と異なり、mTORの活性を阻害することにより、膵癌細胞の増殖も抑制することができる。よって、ERK1/2阻害薬に加えてmTOR阻害薬を併用することにより、膵癌細胞の運動性と浸潤性を抑制できるのみならず、膵癌細胞の増殖も抑制することができる。
【0024】
mTORの阻害薬は、mTORの活性を阻害するものであれば特に制限されない。例えば、Merck社のK-LISA(TM) mTOR Activity Kitなど、mTORの活性を試験するキットを用い、mTOR活性阻害能を有する化合物を選択して用いればよい。
【0025】
mTOR阻害薬としては、例えば、エベロリムス(CAS 159351-69-6)、スニチニブ(CAS 557795-19-4)、ソラフェニブ(CAS 284461-73-0)、シロリムス(CAS 53123-88-9)、テムシロリムス(CAS 162635-04-3)、ゾタロリムス(CAS 221877-54-9)、AS604850(CAS 648449-76-7)、Compound 15e(CAS 371943-05-4)、KU0063794(CAS 938440-64-3)、PP242(CAS 1092351-67-1)などの低分子化合物を挙げることができる。mTOR阻害薬としては、エベロリムス、スニチニブ、シロリムスおよびテム
シロリムスから必須的になる群より選択される1以上が好ましく、エベロリムスおよびシロリムスから必須的になる群より選択される1以上がより好ましく、シロリムスがより更に好ましい。
【0026】
mTOR阻害薬は、mTORに対する抗体や、mTOR mRNAに対するsiRNA、更には、mTORをリン酸化して活性化する酵素に対する抗体や、当該酵素mRNAに対するsiRNAであってもよい。例えば、mTOR阻害薬としては、例えば、以下の塩基配列およびその相補配列を有するsiRNAを用いることができる。下記の配列番号5~8の塩基配列は、mTOR mRNAの一部配列である。
【0027】
塩基配列4: 配列番号5~8のいずれかの塩基配列;
塩基配列5: 上記塩基配列4において、1または2の塩基配列が欠失、置換および/または付加された塩基配列であり、且つ、mTOR mRNAにストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列;
塩基配列6: 上記塩基配列4に対して90%以上の配列同一性を有する塩基配列であり、且つ、mTOR mRNAにストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列。
【0028】
上記塩基配列5において、欠失、置換および付加から選択される変異の数としては、1が好ましい。また、上記塩基配列6において、配列同一性としては95%以上が好ましく、98%以上がより好ましく、99%以上または99.5%以上がより更に好ましい。
【0029】
上記塩基配列2,3,5,6における変異の位置や配列同一性は、当業者であれば配列多重アラインメント用プログラムなどを用いて容易に特定することができる。また、上記塩基配列2,3,5,6におけるストリンジェントな条件とは、標的配列とのハイブリダイゼーションとその後の洗浄を意味し、より具体的には、例えば、30~60℃で、SSC、界面活性剤、ホルムアミド、デキストラン硫酸塩、ブロッキング剤などを含む溶液中で1~24時間、標的配列とハイブリダイズさせた後、30℃の0.5×SSCと0.1%SDSを含む溶液、および30℃の0.2×SSCと0.1%SDSを含む溶液、および30℃の0.05×SSC溶液による連続した洗浄を挙げることができる。
【0030】
ERK1/2の阻害薬とmTOR阻害薬を併用する場合、ERK1/2阻害薬とmTOR阻害薬の割合は特に制限されず、適宜調整すればよい。具体的には、in vitro実験、in vivo実験、臨床試験などで、ERK1/2阻害薬とmTOR阻害薬のそれぞれの有効投与量を決定すればよい。例えば、ERK1/2阻害薬に対するmTOR阻害薬の割合を0.1質量倍以上、20質量倍以下とすることができる。
【0031】
ERK1/2阻害薬とmTOR阻害薬を併用する場合、両阻害剤は1つの製剤に含まれていてもよい。或いは、各阻害剤はそれぞれ別の製剤に含まれており、それら製剤は同時に投与されてもよいし、時間をおいて別々に投与されてもよい。
【0032】
上述した通り、本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤の有効成分であるERK1/2阻害薬およびmTOR阻害薬は、膵癌細胞の浸潤転移を効果的に抑制することができるため、膵癌の標準化学療法薬と組み合わせることにより、膵癌細胞の浸潤転移を抑制しつつ、膵癌を縮小することが可能になり得る。
【0033】
膵癌の標準化学療法薬は、国によって異なる。例えば日本ではTS-1、即ちテガフール/ギメラシル/オテラシルカリウムの併用が標準であり、米国ではゲムシタビン(GEM)が標準である。よって、膵癌の標準化学療法薬は、患者の人種に応じて選択してもよい。しかし、個人差があるため、患者の国以外の国における膵癌の標準化学療法薬を選択
してもよい。
ERK1/2阻害薬またはmTOR阻害薬と膵癌の標準化学療法薬、或いはERK1/2阻害薬とmTOR阻害薬と膵癌の標準化学療法薬を併用する場合、これら成分は1つの製剤に含まれていてもよい。或いは、各成分はそれぞれ別の製剤に含まれているか、または二成分が1つの製剤に含まれており、残りの一成分が別の製剤に含まれており、それら製剤は同時に投与されてもよいし、時間をおいて別々に投与されてもよい。膵癌の標準化学療法薬の使用量も、in vitro実験、in vivo実験、臨床試験などで決定すればよい。
【0034】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤の剤形は、所望の投与経路に応じて適宜選択すればよい。例えば、経口投与の場合には、散剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、錠剤、エキス剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、チンキ剤、シロップ剤などにすればよく、静脈注射、動脈注射、皮下注射などの場合には、溶液やエマルションとすればよいし、或いは、凍結乾燥品とし、溶液やエマルションを用事調製してもよい。
【0035】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤には、その剤形に応じた添加成分を配合してもよい。添加成分としては、例えば、有効成分であるERK1/2阻害薬および/またはmTOR阻害薬の他、その剤形などに応じて、基材、賦形剤、着色剤、滑沢剤、矯味剤、乳化剤、増粘剤、湿潤剤、安定剤、保存剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、抗酸化剤、佐薬、緩衝剤、pH調整剤、甘味料、香料などを配合することができる。
【0036】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤の投与量は、患者の重篤度、性別、年齢などに応じて適宜調整すればよい。例えば、1日あたりのERK1/2阻害薬の投与量を0.1mg以上、20mg以下程度、より好ましくは0.5mg以上、10mg以下程度、より更に好ましくは2mg以下程度となるようにすることができ、mTOR阻害薬の投与量を1mg以上、50mg以下程度、より好ましくは5mg以上、20mg以下程度、より更に好ましくは10mg以下程度となるようにすることができる。ERK1/2阻害薬とmTOR阻害薬を併用する場合には、それぞれの投与量を比較的少なく設定してもよい。また、膵癌の標準化学療法薬の投与量は、各有効成分の標準的な投与量とすることができ、或いは、少なくともERK1/2および/またはmTOR阻害薬と併用することから、標準的な投与量に比べて比較的少なくしてもよい。例えば1日あたりのTS-1は、テガフール相当量で10mg以上、200mg以下程度、より好ましくは40mg以上、150mg以下程度、より更に好ましくは80mg以上、120mg以下程度とすることができる。
【0037】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤の1日あたりの投与回数も適宜調整すればよく、例えば1日あたり1回以上、3回以下とすることができ、1回または2回が好ましい。勿論ではあるが、一人の患者に対して、症状などに応じて1日あたりの投与量や投与回数などは適宜変更してもよい。
【0038】
本発明に係る膵癌細胞の浸潤転移抑制剤の投与対象は膵癌患者であるが、膵癌の更なる浸潤転移を抑制するために、膵癌細胞がリンパ節や他の臓器に転移した患者に投与してもよい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0040】
実施例1
(1) ARHGEF4遺伝子ノックダウンにより活性が抑制されるタンパク質の特定
本発明者は、カイネシンモータータンパク質の一つであるKIF20Aが、膵癌細胞においてRNA結合タンパク質であるIGF2BP3とmRNAの複合体を内包したRNA顆粒を葉状仮足まで輸送し、膵癌細胞の浸潤転移を促進していることを明らかにしている。より詳しくは、KIF20Aにより輸送されるmRNAが葉状仮足において局所翻訳されてタンパク質が製造され、当該タンパク質のある一群は葉状仮足においてアクチン結合タンパク質と結合することによりアクチン重合を促進して葉状仮足の形成に関与し、別の一群は様々なシグナル伝達経路に作用して膵癌細胞の浸潤転移を活発化させる。
本実験では、膵癌細胞において葉状仮足に運搬されるmRNAをRNA干渉法によりノックダウンし、かかるノックダウンにより膵癌細胞の葉状仮足の形成が抑制されるmRNAを特定した。IGF2BP3と結合するARHGEF4 mRNAをノックダウンした膵癌細胞とノックダウンしない膵癌細胞において、リン酸化タンパク質アレイを用いて、リン酸化の程度が異なるタンパク質を網羅的に検出した。具体的には、スクランブルドコントロールsiRNAトランスフェクトS2-013細胞およびARHGEF4-siRNAトランスフェクトS2-013細胞における38の選択されたタンパク質の相対的なタンパク質リン酸化レベルを、Proteome Profilerヒトホスホキナーゼアレイキット(「ARY003」R&D Systems社製)を用いて、46の特異的リン酸化部位をプロファイリングすることによって得た。ARHGEF4-siRNAとしては、配列番号1~4の塩基配列を有する4種のRNAとその相補配列RNAとの二本鎖の混合物を用いた。簡単に説明すると、各細胞をPBSですすぎ、1×10
7細胞/m
Lの溶解緩衝液を4℃で30分間振盪して可溶化し、溶解物のアリコートを-80℃で凍結保存した。キャッチャー抗体を有するメンブランを、4℃で一晩、希釈細胞溶解物と共にインキュベートした。その後、ビオチン化検出抗体のカクテルを室温で2時間添加した。西洋ワサビペルオキシダーゼ結合抗マウス/ウサギ抗体を用いてリン酸化タンパク質を
検出した。次いで、ブロットを増強化学発光溶液と共に1分間インキュベートし、露光させた。結果を
図1に示す。
図1に示す結果の通り、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした細胞では、ERK1/2のリン酸化の程度が低下していた。この結果から、ARHGEF4はERK1/2のリン酸化に関与していることが明らかとなった。
【0041】
(2) 上記(1)の実験結果の確認
上記実施例1の結果を確認するために、コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞を用いて、ウエスタンブロットを行った。具体的には、スクランブルドコントロールsiRNAトランスフェクトS2-013細胞およびARHGEF4-siRNAトランスフェクトS2-013細胞から得られた細胞ペレットを、20mM Hepes(pH7.4)、100mM KCl、2mM MgCl
2、0.5%
Triton X-100、プロテアーゼ阻害剤カクテル錠剤(Roche社製)およびホスファターゼ阻害剤カクテル(Nacalai社製)中に再懸濁した。ARHGEF4-siRNAとしては、上記実施例1(1)と同じものを用いた。各溶解物中のタンパク質濃度を、ビシンコニン酸(BCA)アッセイで測定した。次いで、各溶解物のアリコートをサンプル緩衝液(50mMトリス,2%SDS,0.1%ブロモフェノールブルー,10%グリセロール)で最終濃度が1~2μg/μLになるように希釈し、抗ARHGEF抗体と抗リン酸化ERK1/2抗体を用い、SDS-PAGEおよびウェスタンブロッティングによって分析した。結果を
図2Aに示す。
図2Aに示す結果の通り、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞では、ERK1/2のリン酸化の程度が抑制されていることを確認できた。
【0042】
(3) 上記(1)の実験結果の確認
次に、ERK1/2の阻害作用を示すMEK阻害剤U0126を培養液に添加して培養
した膵癌細胞の細胞ライセートについて、ウエスタンブロットを行った。具体的には、ヒト膵癌細胞であるS2-013株を、30μM U0126(Sigma-Aldrich社製)を含む培養液中、24時間インキュベートし、上記(2)と同様にしてウェスタンブロッティングにより分析した。結果を
図2Bに示す。
図2Bに示す結果の通り、U0126によるERK1/2の阻害は、ERK1/2のリン酸化の抑制によるものであることを確認できた。
【0043】
(4)U0126による膵癌細胞の浸潤転移抑制作用
(4-1)トランス-ウェル運動性アッセイ
ヒト膵癌細胞であるS2-013株とPANC-1株を、30μMのU0126を含む培地中、24時間インキュベートした。3.0×10
4の各細胞を、BD BioCoa
t Control Culture Inserts(24ウェルプレート,孔径:8μm,Becton Dickinson社製)の上部チャンバーに播種した。無血清培地を各上部チャンバーに添加し、5%FCSを含む培地を下部チャンバーに添加した。各細胞を膜上で12時間インキュベートした。12時間のインキュベーション後、顕微鏡観察を用い、独立した4視野を調べ、下部チャンバーに移動した細胞を計数した。結果を
図3に示す。なお、
図3中の「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
【0044】
(4-2)マトリゲル浸潤性アッセイ
マトリゲル細胞外マトリックスタンパク質の層で被覆された孔径8μmの膜と24ウェルプレートを用いた二室浸潤アッセイにより、膵癌細胞の浸潤性を評価した。4.0×10
4の上記各細胞を上部チャンバーに播種し、下部チャンバー内の5%FCS化学誘引物
質に向かって浸潤させた。20時間のインキュベーション後、顕微鏡観察を用い、独立した4視野を調べ、下部チャンバーに移動した細胞を計数した。結果を
図3に示す。なお、
図3中の「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図3に示す結果の通り、ERK1/2に対する阻害作用を示すU0126により、膵癌細胞の運動性の浸潤性が有意に抑制されることが明らかとなった。
【0045】
実施例2
(1) ARHGEF4の機能の確認
コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞を用いた以外は上記実施例1(4)と同様にして、膵癌細胞の運動性と浸潤性を試験した。結果を
図4A~Dに示す。
図4Aは、コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞の細胞運動アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。ヒト膵癌細胞株であるS2-013とPANC-1のいずれにおいても、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした場合には、膵癌細胞の運動性と浸潤性が顕著に低下することが明らかとなった。
図4Bは、コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞のマトリゲル浸潤アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。当該実験でも、ヒト膵癌細胞株であるS2-013とPANC-1のいずれにおいても、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした場合には、膵癌細胞の運動性と浸潤性が顕著に低下することが明らかとなった。
図4Cは、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを、コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞に導入した後、細胞運動アッセイを行い、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細
胞の数を示すグラフである。「*」は、モックベクターをトランスフェクションした細胞に対して、mycタグARHGEF4回復コンストラクトをトランスフェクションした細胞の数が、t-テストにおいてp<0.05で有意に多いことを示す。
図4Cの結果の通り、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞の運動性と浸潤性は低下したが、ARHGEF4の回復により膵癌細胞の運動性と浸潤性も回復することが明らかとなった。
図4Dは、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを、コントロール膵癌細胞とARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞に導入した後、マトリゲル浸潤アッセイを行い、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、モックベクターをトランスフェクションした細胞に対して、mycタグARHGEF4回復コンストラクトをトランスフェクションした細胞の数が、t-テストにおいてp<0.05で有意に多いことを示す。当該実験でも、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞の運動性と浸潤性は低下したが、ARHGEF4の回復により膵癌細胞の運動性と浸潤性も回復することが明らかとなった。
以上の実験結果より、ARHGEF4は膵癌細胞の運動性と浸潤性に関与することが明らかとなった。
【0046】
(2) siRNAによる膵癌細胞の浸潤転移抑制作用
6週齢のヌードマウス(「BALB/cABomCr-nu/nu」日本SLCより入手)にイソフルランを用いた吸入麻酔により迅速な麻酔導入を行った後、開腹して膵臓を露出した。1×106のS2-013株細胞を0.1mLのPBSに懸濁してマウスの膵
臓内にインシュリン皮下注射用注射器を用いて移植し、移植後は縫合を行った。この方法により移植を行ったマウスを膵癌浸潤転移モデルとした。また、ARHGEF4 mRNAに対してRNA干渉を起こすsiRNA(配列番号1)を合成し、リガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子を付加した。第1日目に移植手術を1回行い、PBSに溶解した6mg/mLのリガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子付加siRNA溶液(400μL)を尾静脈から投与した。以降、リガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子付加siRNA溶液を1回/週の頻度で計5回静注投与した。また、コントロールとして、siRNA溶液の代わりにリガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子を付加したscrambled control siRNA溶液、PBSのみ、およびリガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子分散液を投与した3群を設定した。6週目にマウスを屠殺し、腹膜播種、肝臓と肺への遠隔転移の有無を病理組織学的に検討した。結果を表1に示す。「*」は、コントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
【0047】
【0048】
表1に示す結果の通り、ARHGEF4に対するsiRNAを投与したマウスでは、膵癌細胞の腹膜播種、後腹膜浸潤および肺転移が抑制された。
【0049】
(3) ERK1/2とARHGEF4との関係
ARHGEF4レスキューコンストラクトを、スクランブルドコントロールsiRNAトランスフェクトS2-013細胞およびARHGEF4-siRNAトランスフェクト
S2-013細胞にトランスフェクトした。ARHGEF4-siRNAとしては、上記実施例1(1)と同じものを用いた。24時間後、これらの細胞を30μMのU0126と共に24時間インキュベートした。次いで、上記実施例1(4)と同様にして各細胞の運動性と浸潤性を評価した。結果を
図5A~Bに示す。
図5Aは、mycタグARHGEF4回復コンストラクトまたはモックコントロールベクターを、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした膵癌細胞株S2-013に導入した後、細胞運動アッセイとマトリゲル浸潤アッセイを行い、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。
図5Bは、膵癌細胞としてS2-013の代わりにPANC-1を用いた同様の実験の結果を示すグラフである。
ヒト膵癌細胞株であるS2-013とPANC-1のいずれにおいても、ARHGEF4遺伝子をノックダウンした場合には、膵癌細胞の運動性と浸潤性が顕著に低下するが、ARHGEF4遺伝子の発現をレスキューすることにより有意に回復した。しかし培地にERK1/2の阻害作用を有するU0126を添加すると、ARHGEF4遺伝子の発現をレスキューしても膵癌細胞の運動性と浸潤性の程度は抑制されたままであり、全く回復しなかった。この様に、リン酸化された活性型ERK1/2は、ARHGEF4が関与する膵癌細胞の浸潤転移機構において重要な因子であることが証明された。
【0050】
実施例3
(1) トラメチニブのERK1/2不活性化作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、500nMのトラメチニブ(MedChem Express社製)を含む培地中、16時間インキュベートした。次いで、抗リン酸化ERK1/2抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。結果を
図6に示す。
図6に示す結果の通り、培養液にトラメチニブを添加することにより、ヒト膵癌細胞株S2-013において、リン酸化された活性型ERK1/2は低減され、ERK1/2の活性は明らかに低下することが分かった。
【0051】
(2) トラメチニブの膵癌細胞増殖作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、500nMのトラメチニブを含む培地中、16時間インキュベートした。次いで、3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド(MTT)アッセイによって、細胞の生存率を評価した。具体的には、各ウェルに細胞計数キット-8溶液を1/10容量になるように加え、プレートを37℃で更に3時間インキュベートした。次に、Microplate Reader 550(Bio-Rad社製)を用いて、490nmおよび630nmでの吸光度を測定した。結果を
図7に示す。
図7に示す結果の通り、悪性黒色腫の治療薬として使用されているトラメチニブは、膵癌細胞に対しては増殖抑制作用を全く示さないことが明らかとなった。
【0052】
(3) トラメチニブの膵癌細胞の運動性と浸潤性の抑制作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、500nMのトラメチニブを含む培地中、16時間インキュベートした。次いで、上記実施例1(4)と同様にして、細胞の運動性と浸潤性を試験した。結果を
図8A~Bに示す。
図8Aは、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にトラメチニブを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。
図8Bは、膵癌細胞株としてS2-013の代わりにPANC-1を用いた同様の実験の結果を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図8A~Bに示す結果の通り、ERK1/2阻害薬であるトラメチニブは、膵癌細胞の運動性と浸潤性を有意に阻害することが証明された。
【0053】
実施例4
(1) mTORと膵癌細胞の運動性および浸潤性との関係
IGF2BP3と結合して膵癌細胞の葉状仮足に運搬されるmRNAの一つに、mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質) mRNAがある。PI3K/Aktシグナル伝達経路の中心的なシグナル因子であるmTORは、細胞増殖と血管新生に関与している。そこで、mTORと膵癌細胞の運動性および浸潤性との関係につき試験した。
スクランブルドコントロールsiRNAでトランスフェクトしたヒト膵癌細胞S2-013細胞株、およびmTOR-siRNAでトランスフェクトしたS2-013細胞の運動性と浸潤性を、上記実施例1(4)と同様にして評価した。mTOR-siRNAとしては、配列番号5~8の塩基配列を有する4種のRNAとその相補配列RNAとの二本鎖の混合物を用いた。結果を
図9A~Bに示す。
図9Aは、コントロール膵癌細胞とmTOR遺伝子をノックダウンした膵癌細胞株S2-013の細胞運動アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図9Bは、コントロール膵癌細胞とmTOR遺伝子をノックダウンした膵癌細胞株S2-013のマトリゲル浸潤アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図9A~Bに示す結果の通り、mTORは膵癌細胞の運動性と浸潤性に関与することが明らかとなった。
【0054】
(2) mTOR mRNAに対するsiRNAによる膵癌細胞の浸潤転移抑制作用
mTOR mRNAに対してRNA干渉を起こすsiRNA(配列番号5)を合成し、リガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子を付加した。上記実施例2(2)と同様にしてS2-013株細胞を移植した膵癌浸潤転移モデルマウスに移植を行った週から、PBSに溶解した6mg/mLのリガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子付加siRNA溶液(400μL)を尾静脈から投与した。以降、リガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子付加siRNA溶液を1回/週の頻度で計5回静注投与した。また、コントロールとして、リガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子を付加したscrambled control siRNA溶液、PBSのみ、およびリガンド付きキトサンオリゴ糖ナノ粒子のみを投与した3群を設定した。6週目にマウスを屠殺し、腹膜播種、肝臓と肺への遠隔転移の有無を病理組織学的に検討した。結果を表2に示す。「*」は、コントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
【0055】
【0056】
表2に示す結果の通り、mTORに対するsiRNAを投与したマウスでは、膵癌細胞の腹膜播種、後腹膜浸潤および肺転移が抑制された。
【0057】
(3) mTOR mRNAに対するsiRNAによる予後の改善作用
上記実施例4(2)と同様にしてマウスに膵癌細胞を移植した後、移植から8週目における生存数を確認した。コントロール群には、mTOR mRNAに対するsiRNAの代わりにscrambled control siRNAを用いた。結果を表3に示す
。
【0058】
【0059】
表3に示す結果の通り、mTOR mRNAに対するsiRNAの投与により、膵癌細胞移植後の予後が明らかに改善された。
【0060】
(4) エベロリムスによるmTORの活性抑制作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、10μMのエベロリムス(和光純薬工業社製)を含む培地中、48時間インキュベートした。次いで、抗リン酸化mTOR抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。結果を
図10に示す。
図10に示される結果の通り、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にエベロリムスを添加した場合にはmTORのリン酸化が明らかに抑制され、活性化が抑制されていることが分かった。
【0061】
(5) エベロリムスによる膵癌細胞の増殖抑制作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、10μMのエベロリムス(和光純薬工業社製)と50μMのTS-1を含む培地中、72時間インキュベートした。次いで、実施例3(2)と同様にして、MTTアッセイにより細胞の生存率を評価した。結果を
図11に示す。
図11に示される結果の通り、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)を添加した場合には膵癌細胞の増殖は有意には低下しなかったのに対して、エベロリムスを添加した場合には膵癌細胞の増殖は有意に低下した。
【0062】
(6) エベロリムスによる膵癌細胞の運動性と浸潤性の抑制作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、10μMのエベロリムス(和光純薬工業社製)を含む培地中、48時間インキュベートした。次いで、細胞の運動性と浸潤性を、上記実施例1(4)と同様にして評価した。結果を
図12A~Bに示す。
図12Aは、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にエベロリムスを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。
図12Bは、膵癌細胞株としてS2-013の代わりにPANC-1を用いた同様の実験の結果を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図12A~Bに示す結果の通り、mTOR阻害薬であるエベロリムスは、膵癌細胞の運動性と浸潤性を有意に阻害することが証明された。
【0063】
(7) トラメチニブとエベロリムスによる膵癌細胞の運動性と浸潤性の抑制作用
ヒト膵癌細胞株S2-013を、500μMのトラメチニブを含む培地中で16時間インキュベートするか、10μMのエベロリムスまたはトラメチニブを含む培地中で48時間インキュベートするか、或いは500μMのトラメチニブまたは10μMのエベロリムストラメチニブを含む培地中で16時間インキュベートした。次いで、細胞の運動性と浸潤性を、上記実施例1(4)と同様にして評価した。結果を
図13A~Bに示す。
図13Aは、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にトラメチニブおよび/またはエベロリムスを添加した場合としない場合の細胞運動アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおい
てコントロール、トラメチニブ単独、エベロリムス単独に対してp<0.05で有意差があることを示す。
図13Bは、ヒト膵癌細胞株S2-013の培養液中にトラメチニブおよび/またはエベロリムスを添加した場合としない場合のマトリゲル浸潤アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示すグラフである。「*」は、t-テストにおいてコントロール、トラメチニブ単独、エベロリムス単独に対してp<0.05で有意差があることを示す。
図13A~Bに示される結果の通り、トラメチニブとエベロリムスを併用した場合には、いずれか単独の場合に比べ、膵癌細胞の運動性と浸潤性を有意に抑制することができた。また、トラメチニブは膵癌細胞の増殖抑制作用を示さないのに対してエベロリムスは膵癌細胞に対して増殖抑制作用を示すことから、トラメチニブとエベロリムスの併用は、膵癌に対するより一層有効な治療手段となり得ることが実証された。
【0064】
実施例5
(1)mTOR阻害剤による膵癌組織の増大抑制効果の確認試験
ヒト膵癌細胞株S2-013由来の膵癌組織をマウス脇腹の皮下に移植した。マウスを3群に分け、移植の翌週から、6匹に対してmTOR阻害剤であるシロリムス(8mg/
kg)を5日/週の頻度で経口投与し、5匹に対して膵癌の標準化学療法薬であるTS-1(10mg/kg)を5日/週の頻度で経口投与した。4週間の薬剤投与後、2週間休
薬し、再び2週間投与した。また、コントロール群として6匹には薬剤を投与せず観察のみした。移植の2週間後から毎週、膵癌組織の腫瘍径の計測と写真撮影を行った。移植から8週間後における各マウスの写真を
図14に、各群マウスの腫瘍径の経時的変化を
図15に示す。
図15中、「*」はt-テストにおいてシロリムス投与群に対してp<0.05で有意差があることを示す。
図14および
図15に示された結果の通り、シロリムスを投与したマウス群の皮下に形成された膵癌腫瘍の体積は、コントロール群およびTS-1投与群に比較して有意に抑制された。
【0065】
(2)移植膵癌組織の拡大染色観察
ヒト膵癌細胞株S2-013の移植後8週目に各マウスを解剖して、マウス脇腹に形成されたS2-013由来のヒト膵癌組織をホルマリン固定し、ヘマトキシリン-エオシン染色を行った。移植ヒト膵癌組織の拡大染色写真を
図16に示す。
図16に示された結果の通り、コントロール群では、膵癌細胞は皮下組織と筋組織に強く浸潤していた。また、TS-1投与群では、膵癌組織の先進部の皮下組織に顕著なリンパ球の浸潤が認められた。
それに対して、シロリムス投与群の皮下に形成された膵癌細胞は、皮下および筋肉への浸潤が抑制されており、シロリムス投与群での筋組織への浸潤の程度はより一層軽度であった。
【配列表】