(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-12
(45)【発行日】2024-06-20
(54)【発明の名称】真空成膜装置用の部品
(51)【国際特許分類】
C23C 14/24 20060101AFI20240613BHJP
H10K 50/10 20230101ALI20240613BHJP
H05B 33/10 20060101ALI20240613BHJP
【FI】
C23C14/24 T
H05B33/14 A
H05B33/10
(21)【出願番号】P 2020036472
(22)【出願日】2020-03-04
【審査請求日】2023-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】山本 晃平
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-521216(JP,A)
【文献】特表2018-530664(JP,A)
【文献】特開2015-021170(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
H10K 50/10
H05B 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空雰囲気の真空チャンバ内で蒸着源から有機材料を気化または昇華させ、この気化または昇華した有機分子を成膜対象物表面に付着、堆積させて有機膜を成膜する際に、真空チャンバ内で蒸着源の周囲に配置されて、蒸着源より放出された前記有機分子がその表面に直接付着、堆積して有機膜が成長する真空成膜装置用の部品であって、
母材と、有機分子が付着する母材表面に
所定の膜厚で形成され
るAgまたはAuからなる分子配向制御膜とを
有し、分子配向制御膜表面に広がるd電子雲またはπ電子雲と分子配向制御膜に付着する有機分子のπ電子雲との相互作用により、有機分子の分子配向方位を接線方向に向けて有機膜を接線方向に成長させるように構成したことを特徴とする真空成膜装置用の部品。
【請求項2】
前記分子配向制御膜は、Ag、Au、グラファイト及びグラフェンの中から選択されたものであることを特徴とする請求項1記載の真空成膜装置用の部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空雰囲気の真空チャンバ内で有機材料を気化または昇華させ、この気化または昇華した有機分子を成膜対象物表面に付着、堆積させて有機膜を成膜する際に、真空チャンバ内に存してその表面に有機分子が付着、堆積して有機膜が成膜される真空成膜装置用の部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、所定の輪郭を持つガラス基板やシート状の樹脂製基板といった成膜対象物(以下、「基板」という)に対し真空蒸着法により有機膜を成膜するための真空成膜装置は例えば特許文献1で知られている。このものは、真空チャンバを備え、真空チャンバの底部には、成膜しようとする有機膜に応じて適宜選択される有機材料を収容する坩堝が配置されている。そして、真空チャンバ内を真空雰囲気とし、坩堝内の有機材料を加熱して気化または昇華させ、坩堝の放出開口から所定の余弦則に従い飛散される有機分子を基板表面に付着、堆積させ、所定の膜厚の有機膜が成膜される。このとき、例えば真空チャンバ内壁への着膜を防止する防着板や、真空チャンバ内に配置されて基板に対する有機材料の飛散範囲を規制する規制板(遮蔽手段)といった各種の部品表面にも、気化または昇華した有機分子が付着、堆積して有機膜が成膜される。防着板や規制板といった部品は、一般に、ステンレスやアルミニウムといった金属材料で製作されている。
【0003】
ここで、上記のようにして有機膜を成膜する際、有機材料(即ち、有機材料の坩堝からの飛散分布)によっては、部品表面の特定箇所に有機材料が付着、堆積して有機膜が局所的に成長(より詳しくは、部品表面に直交する方向に凸状にのびるように成長)する場合があることが判明した。特に、坩堝の放出開口近傍に位置する部品表面にて有機膜が局所的に成長し、この成長した有機膜により坩堝の放出開口から所定の余弦則に従い飛散される有機分子の飛散経路が遮られると、成膜レートや膜厚分布の低下を招くという問題が生じる。このような場合、上記部品を頻繁に交換すればよいが、これでは、真空成膜装置を長時間に亘って連続稼働させることができない。
【0004】
そこで、本願発明者は、鋭意研究を重ね、次のことを知見するのに至った。即ち、上記有機膜の成膜に利用される有機材料の中には、気化または昇華した有機分子が部品表面に付着したとき、有機分子の分子配向方位が部品表面と直交する方向(法線方向)となるものが多く、このような有機分子の場合には、比較的短時間で有機膜が法線方向に凸状にのびるように成長し易いことを知見するのに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の点に鑑み、長時間に亘って連続稼働が可能な真空成膜装置用の部品を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、真空雰囲気の真空チャンバ内で蒸着源から有機材料を気化または昇華させ、この気化または昇華した有機分子を成膜対象物表面に付着、堆積させて有機膜を成膜する際に、真空チャンバ内で蒸着源の周囲に配置されて、蒸着源より放出された前記有機分子がその表面に直接付着、堆積して有機膜が成長する本発明の真空成膜装置用の部品は、母材と、有機分子が付着する母材表面に所定の膜厚で形成されるAgまたはAuからなる分子配向制御膜とを有し、分子配向制御膜表面に広がるd電子雲またはπ電子雲と分子配向制御膜に付着する有機分子のπ電子雲との相互作用により、有機分子の分子配向方位を接線方向に向けて有機膜を接線方向に成長させるように構成したことを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、有機膜が成膜される部品表面に分子配向制御膜が形成されていないもの(従来品)と比較して、部品表面に成膜される有機膜の凸状にのびるような成長が抑制され、倍以上の時間、真空成膜装置を連続稼働できることが確認された。これは、本来、気化または昇華した有機分子が部品表面に付着したとき、有機分子の分子配向方位が法線方向となるものであっても、母材表面(即ち、有機膜が成膜される面)にAg、Au、グラファイトまたはグラフェンといった分子配向制御膜が存在すると、分子配向制御膜表面に広がるd電子雲またはπ電子雲と、その表面に付着する有機分子のπ電子雲との相互作用により、有機分子の分子配向方位が接線方向となり、これにより、有機膜が接線方向へと成長し易くなって、法線方向への有機膜の成長が抑制されることに起因すると考えられる。また、分子配向制御膜表面に成膜された有機膜は、従来品と比較して高密度となっているため、部品表面の有機膜からのパーティクルの発生もより抑制でき、連続稼働をより一層長くすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(a)は、本実施形態の真空蒸着装置の構成を説明する、一部を断面視とした部分斜視図、(b)は、真空蒸着装置を正面側からみた部分断面図。
【
図2】
図1(b)の一点鎖線で囲う符号IIの部分を拡大して示す断面及び、部品表面を更に拡大した拡大模式図であり、(a)は、母材表面に分子が法線方向に垂直配向した状態、(b)は、分子配向制御膜表面に分子が接線方向に垂直配向した状態、(c)は、分子配向制御膜表面に分子が接線方向に水平配向した状態を模式的に示す。
【
図3】本発明の効果を示す実験で成膜された有機膜のX線回折スペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して、真空成膜装置を真空蒸着装置Dmとし、また、真空チャンバ内に存してその表面にも有機分子が付着、堆積して有機膜が成膜される本発明の真空成膜装置用の部品を真空チャンバ内に配置される防着板MPとし、その実施形態を説明する。以下においては、「上」、「下」といった方向を示す用語は
図1を基準として説明する。
【0011】
図1(a)及び(b)を参照して、Dmは、本実施形態の防着板MPを備える真空蒸着装置である。真空蒸着装置Dmは、ガラス基板などの成膜対象物(以下「基板Sw」という)表面に対して真空蒸着法により有機膜を成膜するものであり、真空チャンバ1を備える。真空チャンバ1には、特に図示して説明しないが、排気管を介して真空ポンプが接続され、真空チャンバ1内を所定圧力(真空度)に真空排気して保持できるようになっている。また、真空チャンバ1の上部には、基板搬送装置2が設けられている。基板搬送装置2は、蒸着面としての下面を開放した状態で基板Swを保持するキャリア21を有し、図外の駆動装置によってキャリア21、ひいては基板Swが真空チャンバ1内の一方向に所定速度で移動できるようになっている。基板搬送装置2としては、公知のものを利用できるため、これ以上の説明は省略する。また、以下においては、後述の蒸着源5に対する基板Swの相対移動方向をX軸方向、X軸方向に直交する基板Swの幅方向をY軸方向とする。
【0012】
基板搬送装置2によって搬送される基板Swと後述の蒸着源5との間には、板状のマスクプレート3が設けられている。本実施形態では、マスクプレート3は、基板Swと一体に取り付けられて基板Swと共に基板搬送装置2によって搬送されるようになっている。なお、マスクプレート3は、真空チャンバ1に予め固定配置しておくこともできる。マスクプレート3には、板厚方向に貫通する複数の開口31が形成され、これら開口31がない位置にて蒸着材料の基板Swに対する付着範囲が制限されることで、所定のパターンで基板Swに蒸着されるようになっている。マスクプレート3としては、インバー、アルミ、アルミナやステンレス等の金属製のものの他、ポリイミド等の樹脂製のものが用いられる。
【0013】
また、真空チャンバ1内には、真空チャンバ1内壁への着膜を防止する板状の防着版MPが配置され、本実施形態の真空蒸着装置Dm用の部品を構成する。防着版MPとしては、ステンレスやアルミニウムなどの金属製のものが用いられ、後述の蒸着源5のY軸方向両端を覆うように真空チャンバ1の底面に配置されている。そして、真空チャンバ1の底面には、基板Swに対向させて蒸着源5が設けられている。
【0014】
蒸着源5は、蒸着物質としての有機材料6を収容する収容箱51を有する。有機材料6としては、基板Swに成膜しようとする有機膜に応じて適宜選択され、顆粒状またはタブレット状のものが利用される。収容箱51内には、金属製の坩堝52が設けられ、坩堝52内に有機材料6が充填されるようになっている。坩堝52と収容箱51の底壁との間には、坩堝52の外壁面をその全体に亘って覆うようにシースヒータ等の加熱手段53が設けられている。収容箱51の上面(基板Swとの対向面)51aには、所定高さの筒体で構成される放出開口54がY軸方向に所定の間隔で複数本(本実施形態では、6本)列設され、各放出開口54から、気化または昇華した有機材料(以下、これを「有機分子61」という)が所定の余弦則に従い放出されるようになっている。
【0015】
上記真空蒸着装置Dmにより基板Swの下面に所定の有機膜を蒸着するのに際しては、真空チャンバ1内の大気雰囲気中にて坩堝52に固体の有機材料6をその底面から所定高さ位置まで充填した後、図外の真空ポンプにより所定圧力まで真空排気する。次に、加熱手段53を作動させて有機材料6を加熱すると、有機材料6が気化または昇華して収容箱51内に気化雰囲気または昇華雰囲気が形成され、真空チャンバ1内との圧力差で各放出開口54から有機分子61が所定の余弦則に従い放出される。これに併せて、基板搬送装置2によって基板SwがX軸方向に搬送される。これにより、収容箱51に対してX軸方向に相対移動する基板Swの下面に、各放出開口54から所定の余弦則に従い放出された有機分子61が付着、堆積して所定の有機膜が蒸着される。
【0016】
上記のようにして有機膜を成膜する際、放出開口54からみて所定の余弦則による直接の有機分子61の付着(入射)を受ける防着板MP表面にも、気化または昇華した有機分子61が付着、堆積して、有機膜62が成膜される。ここで、
図2(a)に示すように、防着版MPを構成するステンレスやアルミニウムなどの母材(金属)Bm表面に付着した有機分子61の分子配向方位が、防着板MP表面と直交する方向(法線方向)であると、有機膜62は法線方向に凸状にのびるように成長していく。そして、成長した有機膜62により収容箱51の放出開口54から飛散される有機分子61の飛散経路が遮られると、成膜レートや膜厚分布の低下を招く。
【0017】
本実施形態では、少なくとも放出開口54からみて所定の余弦則による直接の有機分子61の付着(入射)を受ける母材(金属)Bmとしての防着板MPの表面に、分子配向制御膜Cmを形成することとした。分子配向制御膜Cmとしては、例えば、Ag、Au、グラファイト及びグラフェンの中から選択したものが用いられる。この場合、分子配向制御膜Cmの形成方法としては、メッキ法、真空蒸着法やスパッタリング法といった物理的成膜法や、インクを用いる塗布法などを利用でき、また、分子配向制御膜Cmの膜厚は、所謂連続膜となっていれば、特に制限されるものではない。
【0018】
これにより、Ag、Au、グラファイトまたはグラフェンといった分子配向制御膜Cmが存在すると、分子配向制御膜Cm表面に広がるd電子雲またはπ電子雲と、その表面に付着する有機分子61のπ電子雲との相互作用により、
図2(b)または
図2(b)に示すように、有機分子61の分子配向方位が接線方向となり、これにより、分子配向制御膜Cm表面に成膜される有機膜62が接線方向へと成長し易くなって、法線方向への有機膜62の成長が抑制される。その結果、有機膜62が成膜される防着板MP表面に分子配向制御膜Cmが形成されていないもの(即ち、
図2(a)に示す有機分子61の分子配向方位が法線方向となるもの)と比較して、防着板MP表面に成膜される有機膜62の凸状にのびるような成長が抑制されるため、倍以上の時間、真空蒸着装置Dmを連続稼働することができる。また、分子配向制御膜Cm表面に成膜された有機膜62は、分子配向制御膜Cmが形成されていないものと比較して高密度となるため、防着板MP表面の有機膜62からのパーティクルの発生もより抑制でき、連続稼働をより一層長くすることができる。
【0019】
次に、上記真空蒸着装置Dmを用いて次の評価を行った。即ち、有機材料6としてアミン誘導体を用い、真空チャンバ1内を所定圧力(10-5Pa)まで真空排気した後、加熱手段53を稼働させて有機材料6を昇華させ、50時間、連続成膜した。このとき、放出開口54の近傍に位置し、放出開口54からみて所定の余弦則による直接の有機分子61の付着(入射)を受ける防着板MPの表面に2枚のシリコンウエハ(試料1、試料2)を貼付しておいた。そして、一方の試料2には、シリコンウエハ表面に10nmの膜厚で分子配向制御膜Cmとして金膜を真空蒸着法により予め形成しておいた。
【0020】
図3には、試料1,2に成膜された有機膜62をX線回折分析(XRD)により評価した結果が示されている。これによれば、分子配向制御膜Cmに対応するピーク、有機分子61の分子配向方位が接線方向である有機膜62に対応するピークが観察され、有機分子61の分子配向方位が
図2(C)に示す接線方向となっていることが確認された。また、試料1,2に成膜された有機膜62の膜厚を測定したところ、試料1と比較して試料2は半分程度の膜厚であり、試料2の膜密度は試料1と比較して2倍程向上したことが確認された。
【0021】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記に限定されるものではない。上記実施形態においては、真空成膜装置として真空蒸着装置Dmを例に説明したが、これに限定されるものではなく、スパッタリング法、プラズマ重合法、蒸着重合法等の有機膜を成膜する方法により、基板Swに有機膜を成膜する際に、チャンバ内に存して有機分子が着膜する部品にも本発明を適用することができる。また、上記実施形態では、真空成膜装置Dm用の部品として防着板MPを例に説明したが、真空チャンバ1内に存して有機分子61が着膜される部品であれば、マスクプレートや規制板等にも本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0022】
Dm…真空蒸着装置、Sw…基板(成膜対象物)、MP…防着板(部品)、Bm…母材金属、Cm…分子配向制御膜、1…真空チャンバ、6…有機材料、61…有機分子、62…有機膜。