(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-12
(45)【発行日】2024-06-20
(54)【発明の名称】真空蒸着装置用の蒸着源
(51)【国際特許分類】
C23C 14/24 20060101AFI20240613BHJP
【FI】
C23C14/24 A
(21)【出願番号】P 2023502102
(86)(22)【出願日】2021-12-21
(86)【国際出願番号】 JP2021047233
(87)【国際公開番号】W WO2022181012
(87)【国際公開日】2022-09-01
【審査請求日】2023-02-13
(31)【優先権主張番号】P 2021027979
(32)【優先日】2021-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】梅原 政司
(72)【発明者】
【氏名】若松 宏典
(72)【発明者】
【氏名】中村 寿充
(72)【発明者】
【氏名】柳堀 文嗣
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-501406(JP,A)
【文献】特開2011-017059(JP,A)
【文献】特開2008-024998(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に配置されて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源であって、
蒸着物質が充填される坩堝と、坩堝の上面開口を塞ぐキャップ体と、坩堝とキャップ体との周囲に配置される誘導加熱コイルとを備え、キャップ体に加熱により気化または昇華した蒸着物質の通過を許容する放出部が設けられるものにおいて、
前記キャップ体は、前記放出部が設けられる蓋板部とこの蓋板部の外縁から下方に向けて立設した周壁部とを備え、周壁部の下端が前記坩堝の上端に着脱自在に嵌着され、周壁部の外表面に、上下方向または周方向にのびるように角部を持つ突条が
複数本設けられることを特徴とする真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項2】
前記キャップ体の周囲に位置する前記誘導加熱コイルの巻きピッチを前記坩堝の周囲に位置するものより小さく設定することを特徴とする請求項
1記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバ内に配置されて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源に関し、より詳しくは、誘導加熱方式で坩堝内の蒸着物質を加熱するものに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の真空蒸着装置用の蒸着源は例えば特許文献1で知られている。このものは、蒸着物質が充填される坩堝と、坩堝の上面開口を塞ぐと共に加熱により気化または昇華した蒸着物質の通過を許容する放出ノズル(放出部)が設けられたキャップ体と、坩堝とキャップ体との周囲に配置される誘導加熱コイルとを備える。そして、真空雰囲気の真空チャンバ内で誘導加熱コイルに交流電流を通電すると、坩堝やキャップ体に誘導電流(渦電流)が流れるときの抵抗損失により発生するジュール熱で、坩堝やキャップ体が加熱され、坩堝の壁部からの伝熱やキャップ体からの輻射熱で坩堝内の蒸着物質が加熱される。
【0003】
ここで、坩堝内の蒸着物質を加熱したとき、坩堝内の蒸着物質は、放出ノズルを臨むその上層部分からしか気化または昇華しない。このため、キャップ体を含む坩堝の加熱時には、蒸着物質の上層部分のみを効率よく加熱しながら、坩堝内の下層部分に存する蒸着物質に過剰な熱負荷が加わって蒸着物質が熱劣化(有機材料の場合、熱分解や熱変性等)しないように、キャップ体の温度が高く、坩堝の下端に向かうに従い温度が低くなる温度勾配を持つことが望ましい(所謂トップヒート状態)。このような場合、シースヒータなどを利用した抵抗加熱方式のものでは、トップヒート状態を作り出し易いものの、誘導加熱方式のものでは、抵抗損失が誘導加熱コイルとの対向面積に応じて発生する。このため、対向面積が比較的大きい坩堝が優先的に加熱されることで、上層部分の蒸着物質が気化または昇華する温度に達するように坩堝全体を加熱すると、坩堝下部が過加熱状態(所謂ボトムヒート状態)となってしまうという問題がある。
【0004】
誘導加熱方式のものは、抵抗加熱式のものと比較して加熱の応答性がよく、しかも、蒸着終了後には短時間で放熱できるといった利点を有する。このため、キャップ体を含む坩堝をトップヒート状態にすることができる誘導加熱方式の蒸着源の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の点に鑑み、蒸着物質を充填した坩堝を誘導加熱方式で加熱すると、キャップ体を含む坩堝全体がトップヒート状態になる真空蒸着装置用の蒸着源を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、真空チャンバ内に配置されて被蒸着物に対して蒸着するための本発明の真空蒸着装置用の蒸着源は、蒸着物質が充填される坩堝と、坩堝の上面開口を塞ぐキャップ体と、坩堝とキャップ体との周囲に配置される誘導加熱コイルとを備え、キャップ体に加熱により気化または昇華した蒸着物質の通過を許容する放出部が設けられ、前記キャップ体は、前記放出部が設けられる蓋板部とこの蓋板部の外縁から下方に向けて立設した周壁部とを備え、周壁部の下端が前記坩堝の上端に着脱自在に嵌着され、周壁部の外表面に、上下方向または周方向にのびるように角部を持つ突条が複数本設けられることを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、真空雰囲気中の真空チャンバ内で誘導加熱コイルに交流電流を通電すると、坩堝やキャップ体に誘導電流(渦電流)が流れる。このとき、キャップ体の外面に角部を持つ突条を設けたことで、突条の角部(エッジ部)において抵抗損失が増大する。言い換えると、キャップ体に作用する磁束密度とキャップ体の材質とを同一したときの発熱量が、突条を設けない場合と比較して向上する。その結果、キャップ体を優先的に発熱させて、キャップ体を含む坩堝全体をトップヒート状態にすることができる。なお、本発明において、突条の「角部」といった場合、例えば、坩堝の長手方向に沿う突条の断面形状にて、突条が矩形の輪郭を持つ場合の他、抵抗損失を増加できる程度に丸みを帯びている(例えば、長円状の輪郭を持つ)ような場合も含む。
【0009】
また、本発明によれば、周壁部の外表面が凹凸を繰り返す形状になって渦電流が流れる距離が長くなることで抵抗損失がより一層増大され、キャップ体の発熱量を更に増大させてキャップ体を含む坩堝全体を確実にトップヒート状態にすることができる。
【0010】
ところで、キャップ体に突条を設けない場合に、キャップ体を含む坩堝をトップヒート状態とするため、キャップ体の周囲に位置する誘導加熱コイルの巻きピッチを前記坩堝の周囲に位置するものより小さく設定して、磁束密度に粗密を作り出すことが考えられるが、これでも、誘導加熱コイルに対向するキャップ体の対向面積が結局小さいため、トップヒート状態を作り出すまでには至らない。それに対して、本発明では、前記キャップ体の周囲に位置する前記誘導加熱コイルの巻きピッチを前記坩堝の周囲に位置するものより小さく設定しておけば、坩堝を流れる渦電流が小さくなるため、坩堝が加熱されることが抑制され、キャップ体を含む坩堝全体をより確実にトップヒート状態にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本実施形態の真空蒸着装置の構成を説明する部分斜視図。
【
図2】本発明の第1実施形態の蒸着源の拡大断面図。
【
図3】本発明の第1実施形態の変形例の部分拡大断面図。
【
図4】本発明の第2実施形態の蒸着源の拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、被蒸着物を矩形の輪郭を持つ所定厚さのガラス基板(以下、「基板Sw」という)とし、基板Swの片面に蒸着して所定の薄膜を成膜する場合を例に本発明の蒸着装置用の蒸着源DSを説明する。以下においては、「上」、「下」といった方向を示す用語は
図1を基準として説明する。
【0013】
図1を参照して、Dmは、本発明の第1実施形態の蒸着源DS
1を備える真空蒸着装置である。真空蒸着装置Dmは、真空チャンバ1を備え、真空チャンバ1には、特に図示して説明しないが、排気管を介して真空ポンプが接続され、真空チャンバ1内を所定圧力(真空度)に真空排気して保持できるようになっている。また、真空チャンバ1の上部には、基板搬送装置2が設けられている。基板搬送装置2は、成膜面としての下面を開放した状態で基板Swを保持するキャリア21を有し、図外の駆動装置によってキャリア21、ひいては基板Swを真空チャンバ1内の一方向に所定速度で移動するようになっている。基板搬送装置2としては、公知のものを利用できるため、これ以上の説明は省略する。そして、真空チャンバ1の底面に、第1実施形態の蒸着源DS
1が基板Swの移動方向に間隔で複数個並設されている。
【0014】
図2も参照して、各蒸着源DS
1は、同一の構造を有し、開口3aを上方に向けた姿勢で真空チャンバ1の底面に設置される有底円筒状の格納容器3を備える。そして、格納容器3内に坩堝4が格納されていると共に、格納容器3と坩堝4との間には誘導加熱コイル6が配置されている。
【0015】
坩堝4は、有底円筒状の形状を有し、格納容器3の下面に設置される。また、坩堝4には、その上面開口4aを塞ぐように、キャップ体5が着脱自在に設けられる。キャップ体5は、複数の開口51a(放出部51a)が開設される蓋板部51と、蓋板部51の外縁から下方に向けて立設した周壁部52とを備える。周壁部52の下端には、上方に凹む凹部52aが形成され、この凹部52aに坩堝4の上端が嵌合することで、キャップ体5が坩堝4に着脱自在に嵌着されるようになっている(
図2中、一点鎖線で囲う部分参照)。この場合、特に図示して説明しないが、坩堝4の上端には凸部が周方向に間隔を置いて設けられ、各凸部でキャップ体5の凹部52aに点接触するようになっている。坩堝4とキャップ体5とは、カーボン、グラファイト、チタン、SUS、ボロンナイトライド(BN)等の導電性を有する材料や、ボロンナイトライド等のセラミックス材料の表面に金属膜やグラファイト膜を処理したもので構成される。
【0016】
また、
図2中、一点鎖線で囲う部分はキャップ体5の周壁部52を拡大したものであり、キャップ体5の周壁部52の外表面には、突条52bが上下方向に等間隔で複数個形成され、凹凸を繰り返す形状としている。各突条52bは、例えば、周壁部52に対するザグリ加工によって断面矩形の輪郭を有するように形成され、その周面全長に亘って連続するようにしている。この場合、突条52bの数、突条52bの周壁部52の外表面からの高さhと上下方向の幅wは、蒸着物質Vmを加熱するときの温度、周壁部52の面積
、誘導
加熱コイル6との間の距離(
誘導
加熱コイル6に接触させない)や、加工性等を考慮して適宜設定され、例えば、高さhは100μm以上、幅wは0.1~10mmの範囲に設定される。
【0017】
坩堝4内には、内坩堝部41が格納されている。内坩堝部41は、耐熱性を有し且つ比較的熱伝導率が小さい材料、例えば、セラミックス、チタン、SUS製である。そして、内坩堝部41に蒸着物質Vmが充填される。蒸着物質Vmとしては、基板Swに成膜しようとする薄膜に応じて有機材料が適宜選択され、顆粒状またはタブレット状のものが利用される。なお、本実施形態では、内坩堝部41を備え、内坩堝部41に蒸着物質Vmを充填するものを例に説明するが、坩堝4内に内坩堝部41を設けず、坩堝4に蒸着物質Vmを充填するようにしてもよい。
【0018】
坩堝4とキャップ体5との周方向全体に亘って覆うように所定の巻きピッチで巻回された誘導加熱コイル6は、図外の交流電源に電気的に接続されている。そして、交流電源により真空雰囲気の真空チャンバ1内で誘導加熱コイル6に交流電流を通電すると、坩堝4やキャップ体5に誘導電流(渦電流)が流れるときの抵抗損失により発生するジュール熱で、坩堝4やキャップ体5が加熱される。本実施形態では、誘導加熱コイル6の巻きピッチは、キャップ体5の周囲に位置するものPh1が、坩堝4の周囲に位置するものPh2より小さく設定される。
【0019】
以上によれば、上記真空蒸着装置Dmにより基板Swの下面に所定の有機膜を蒸着する場合、真空雰囲気中の真空チャンバ1内で誘導加熱コイル6に交流電源を通電すると、坩堝4及びキャップ体5に誘導電流(渦電流)が流れる。このとき、キャップ体5の外面に角部を持つ突条52bを設けたことで、突条52bの角部(エッジ部)において抵抗損失が増大し、キャップ体5に作用する磁束密度とキャップ体5の材質とを同一したときの発熱量が、突条52bを設けない場合と比較して向上する。その結果、キャップ体5を優先的に発熱させて、キャップ体5を含む坩堝全体をトップヒート状態にすることができる。
【0020】
また、本発明によれば、キャップ体5の周壁部52の外表面に、周方向にのびる複数本の突条52bを設けたことで、渦電流が流れる距離が長くなることで抵抗損失がより一層増大され、キャップ体5の発熱量を更に増大させてキャップ体5を含む坩堝全体を確実にトップヒート状態にすることができる。しかも、キャップ体5の周囲に位置する誘導加熱コイル6の巻きピッチPh1を坩堝4の周囲に位置するものPh2より小さく設定したことで、坩堝4を流れる渦電流が小さくなるため、坩堝4が加熱されることが抑制され、キャップ体5を含む坩堝全体をより確実にトップヒート状態にすることができる。
【0021】
上記効果を確認するため、上記蒸着源DS1を用いて次の評価を行った。即ち、坩堝4及びキャップ体5としてチタン製のものを用いて、キャップ体5の周壁部52に、周壁部52の外表面からの高さhが100μm、上下方向の幅wが2.0mmの突条52bを、周方向全体に亘って複数本の突条を設けて、坩堝4及びキャップ体5の抵抗損失を評価した。このとき、キャップ体5の周囲に位置する誘導加熱コイル6の巻きピッチPh1を10mm、坩堝4の周囲に位置する誘導加熱コイル6の巻きピッチPh2を30mmに設定し、200kHzの周波数で20Aを通電した。なお、比較実験として、キャップ体5の周壁部に突条を設けないものを用いて、坩堝4及びキャップ体5の抵抗損失を評価した。
【0022】
比較実験では、坩堝4の抵抗損失が8.4W/m3、キャップ体5の抵抗損失が4.2W/m3であり、キャップ体5の抵抗損失が坩堝4の抵抗損失よりも小さい。それに対し、発明実験では、坩堝4の抵抗損失が3.2W/m3、キャップ体5の抵抗損失が8.6W/m3であり、キャップ体5の抵抗損失が坩堝4の抵抗損失よりも大きくなり、トップヒート状態となることが確認された。
【0023】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記第1実施形態の蒸着源DS1では、周壁部52の外表面に、上下方向(坩堝4の長手方向)に沿う突条52bの断面形状にて、矩形の輪郭を持つと共に周方向にのびる突条52bを複数個設けたものを例に説明したが、突条52bを設ける位置は、これに限定されるものではなく、例えば、突条を蓋板部51の外表面に設けることもできる。また、突条の形状は、誘導電流(渦電流)が流れるときの抵抗損失を増大させることができると共に、一定以上長さを有していれば、これに限定されるものではなく、例えば、突条52bの形状を、抵抗損失を増加できる程度に丸みを帯びている断面形状としてもよい。
【0024】
即ち、同一の部材または要素につき同一の符号を付した
図3(a)及び(b)に示すように、変形例に係る蒸着源では、突条の断面形状が、抵抗損失を増加させる程度に丸みを帯びた長円形状(
図3(a)中の突条52c)や、面取り面を有する断面略五角形状(
図3(b)中の突条52d)であってもよい。これらの角部の形状でも、周壁部52の外表面が凹凸を繰り返す形状になり、渦電流が流れる距離が長くなることで抵抗損失が増大され、キャップ体5の発熱量を増大させることができる。
【0025】
また、上記第1実施形態の蒸着源DS
1では、周壁部52の周方向に複数の突条52bがのびるものを例に説明したが、突条のパターンはこれに限定されない。同一の部材または要素につき同一の符号を付した
図4を参照して、第2実施形態に係る蒸着源DS
2では、周壁部52の上下方向に各突条52eがのびるパターンで複数の突条を設けた。なお、
図4中、一点鎖線で囲う部分はキャップ体5の周壁部52を上方から見た拡大図である。また、周方向にのびる各突
条52bと上下方向にのびる各突
条52eとが交差する格子状のパターンや、周壁部52の母線回りに螺旋状のパターンで設けることもできる。
【0026】
また、上記第1実施形態では、誘導加熱コイル6の巻きピッチを、キャップ体5の周囲に位置するものPh1を坩堝4の周囲に位置するものPh2より小さく設定したものを例に説明したが、これに限定されず、誘導加熱コイル6の巻きピッチを、キャップ体5の周囲に位置するものと坩堝4の周囲に位置するものとで同じ巻きピッチで設定してもよい。
【符号の説明】
【0027】
Dm…真空蒸着装置、DS1,DS2…蒸着源、Sw…基板(被蒸着物)、Vm…蒸着物質、1…真空チャンバ、4…坩堝、4a…上面開口、5…キャップ体、51…蓋板部、51a…放出部、52…周壁部、52b~52e…突条、6…誘導加熱コイル、Ph1…キャップ体の周囲に位置する誘導加熱コイルの巻きピッチ、Ph2…坩堝の周囲に位置する誘導加熱コイルの巻きピッチ。