(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを用いた有用物質の製造法とこの製造法により製造される有用物質
(51)【国際特許分類】
C12P 7/10 20060101AFI20240617BHJP
C12P 19/14 20060101ALI20240617BHJP
B09B 3/30 20220101ALI20240617BHJP
B09B 3/40 20220101ALI20240617BHJP
【FI】
C12P7/10
C12P19/14 A
B09B3/30 ZAB
B09B3/40
(21)【出願番号】P 2020076774
(22)【出願日】2020-04-23
【審査請求日】2023-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】徳安 健
(72)【発明者】
【氏名】山岸 賢治
(72)【発明者】
【氏名】池 正和
(72)【発明者】
【氏名】田中 章浩
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-099191(JP,A)
【文献】特開2011-078870(JP,A)
【文献】特開2011-246289(JP,A)
【文献】特開2005-126252(JP,A)
【文献】特開2011-004730(JP,A)
【文献】YAMAGISHI, K., et al.,"The RURAL (reciprocal upgrading for recycling of ash and lignocellulosics) process: A simple conversion of agricultural resources to strategic primary products for the rural bioeconomy.",BIORESOURCE TECHNOLOGY REPORTS,2020年10月08日,Vol.12,100574 (9 pages),DOI: 10.1016/j.biteb.2020.100574
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、
混合物を加熱する工程、又は、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、混合物を加熱せずに1日以上保持する工程と、
前記工程後の混合物に加水し、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分と、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分と、を固-固分離する工程と、
を含む、有用物質の製造法
であって、
前記植物バイオマスが、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス、ソルガムバガス、エリアンサス、ミスカンサス、ジャイアントミスカンサス、スイッチグラス、ネピアグラス、ススキ、葦、竹から選ばれるイネ科の植物バイオマス;ブナ、カシ、ナラ、カバ、ケヤキ、ヤナギ、ポプラ、スギ、ヒノキ、マツから選ばれる木材;から選ばれる1以上の植物バイオマスの裁断物であり、
前記有用物質が、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分に含まれるリン供給源、および前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分に含まれる糖化原料又は繊維質である、有用物質の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを用いた有用物質の製造法とこの製造法により製造される有用物質とに関し、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとから有用物質を製造する技術に関する。
さらに詳しくは、本発明の技術は、鶏糞、豚糞、牛糞等の家畜糞バイオマスの減量処理(兼エネルギー回収)後に得られる副産物としての家畜糞燃焼灰に対して、その主成分であるリンの改質・純度向上及びカルシウムの高度利用に関する。また、本発明の技術は、稲わら等の農業残渣やセルロース系資源作物を中心とした植物バイオマスの用途拡大を目的とした湿式貯蔵・前処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
鶏、豚、牛などに由来する家畜糞は、放置すると窒素源の変質等による悪臭及び一酸化二窒素等の温室効果ガス発生の原因となり、また、飼育時に日常的に排出されるために廃棄物が大量となってしまうことから、悪臭抑制と減量も兼ねて、必要に応じて炭酸カルシウムや木質等を混合した上で、燃焼による熱エネルギー等の生産に供されるケースが増えつつある。
この処理によって得られる家畜糞燃焼灰は、カリウム、カルシウム及びリンを豊富に含むことから、肥料価値や飼料価値が期待される。
特に、糞尿中のリンのリサイクルは、資源循環上の重要なプロセスとして注目されており、得られる家畜糞燃焼灰からの効果的なリンのリサイクル技術に関する開発が進められている。
その際には、灰中におけるカリウムの共存が、リンの肥効を安定化させる際の問題となる(非特許文献1参照)。そして、灰に存在するリンを回収する際には、酸処理によって溶解することが一般的であるが、灰中に共存するカルシウム塩が酸を浪費する。
【0003】
その一方で、家畜糞燃焼灰は、アルカリ性を示すことから、直接、肥料利用する際の環境影響が懸念される。このアルカリ性は、主に存在量の多いカルシウムに起因するものと考えられている。
このため、炭酸カルシウムから酸化カルシウムへの変化を抑制することでアルカリ度の向上を抑えるような、比較的低温での家畜糞燃焼工程が提案されている(特許文献1参照)。
さらに、地域での高度な資源循環に貢献するような、本アルカリの利用技術が求められている。
【0004】
一方、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス等の農産廃棄物・食品製造副産物として得られる植物バイオマスに関しては、有機資源として、肥料、飼料用途以外の高度利用が求められている。特に、化石資源への依存度を低減するため、バイオ燃料またはプラスチック代替素材への変換に期待が寄せられている。21世紀初頭には、第二世代の燃料用エタノール製造原料としても注目され、各国で技術開発競争が繰り広げられた。
このような植物バイオマスは、繊維性多糖としてセルロース等の多糖を含む。
そこで、これらを低分子化することで得られる水溶性のオリゴ糖や単糖を回収してエタノールや乳酸などの有価物に変換するための取組がなされている。
【0005】
植物バイオマスは、リグニンを含む強固な細胞壁から成り、細胞壁中に存在する多糖を低分子化するためには、酸、アルカリ、高温水処理等による前処理が必要となる。
それに加えて、収穫期に一度に生産されるような農産廃棄物の場合、変換システムを効率的に稼働させるためには、原料貯蔵・周年供給が必要となる。天日乾燥又は強制乾燥が困難な地域で、湿潤状態で得られる原料を貯蔵するためには、簡素な湿式貯蔵技術の導入が重要となる。
易分解性糖質を多く含む植物バイオマスの場合、乳酸発酵によってpH低下を誘導するサイレージ技術を用いた湿式貯蔵が行われているが、易分解性糖質を多く含まないような原料に対しても適用可能な、簡素な湿式貯蔵技術の開発が求められている。
【0006】
さらに、植物バイオマスは、わら半紙などで知られるような稲わら、麦わら、バガス、竹などがパルプとして、そして、麻は繊維として古くから利用されてきた。近年、セルロースナノファイバー等の高機能繊維素材が注目されている。
現在、我が国を中心として、セルロースナノファイバーの用途開発が精力的に進められていることから、各地域における多様な植物バイオマスを個性的な繊維原料として用いることができるよう、その供給範囲を拡大することが重要となる。
【0007】
ところで家畜糞燃焼灰からリンを回収するために、燃焼灰と硫酸水溶液とを反応させることで、リン酸を可溶化させると共にカルシウムを石膏として十分に洗浄除去した上で、水酸化カルシウムを添加して再度沈殿させる方法が開発されている(例えば、特許文献2、3参照)。
また、鶏糞等の燃焼灰を塩酸と反応させた溶液に対して、ジルコニウム化合物で架橋したポリビニルアルコールをビニロン製不織布に塗布したリン酸捕集材に接触させてリンを吸着・回収する方法が提案されている(特許文献4参照)。
【0008】
一方、植物バイオマスに関しては、古くは、コウゾ、ミツマタなどの原料からパルプを製造する際に、木灰で煮る工程が採用されていたが、家畜糞燃焼灰のパルプ製造工程については検討されていない。
また、植物バイオマスの糖化性を向上するための前処理の一つである、水酸化カルシウム前処理は、水酸化カルシウムが水酸化ナトリウムやアンモニアと比べて廉価で、取扱いが容易であることが利点となる。
特に、植物バイオマスと水酸化カルシウムとを混合し、密封後に常温で貯蔵することで、高いpHによって腐敗が抑制されて湿潤状態での貯蔵が可能となるとともに、その構造を変質させることができる。例えば、特許文献5に示すように、pH調整後の酵素糖化効率が向上することが知られている。
【0009】
これらのリン回収方法は、家畜糞燃焼灰中の全てのアルカリを硫酸又は塩酸で中和した上で、リン酸を溶出して再沈殿又は吸着を通じて回収するが、その際には、家畜糞燃焼灰中で炭酸カルシウム又は酸化カルシウムの様態を示すと考えられる大量のカルシウム塩も酸と反応することとなる。
この反応後には、硫酸カルシウムは水不溶の石膏になり、塩化カルシウムは電解質となり可溶化するが、リン回収に係る上記の先行技術の中では、これらの生成物の高度利用技術には言及されていないことから、他の産業技術と同様に、高度利用されずに廃棄されることになるものと考えられる。
【0010】
このように、上記の先行技術では、家畜糞燃焼灰中のリン酸を溶解する前に、大量に含まれるカルシウム塩を中和するために、その量に合わせた大量の酸を投入する必要があるだけなく、中和物に含まれる石膏や塩化カルシウムなどの塩のもつ産業利用価値が低いことが問題となる。
家畜糞燃焼灰中のカルシウム塩としては、主にリン酸と結合したカルシウム、炭酸カルシウム及び酸化カルシウムが存在するものと考えられる。
【0011】
この家畜糞燃焼灰を水に懸濁すると、カリウム塩の多くは溶解することから、家畜糞燃焼灰を肥料として使う際に、カリウムとリンの二種類の肥料の混在により総施肥量の調整が必要となる問題は、家畜糞燃焼灰を水に懸濁した後に不溶性画分をリン酸に富む画分として改善され(例えば特許文献6参照)、また、水溶液画分をカリウムに富む画分として回収することで改善される(例えば特許文献7参照)。
その一方で、カルシウム塩は、炭酸塩も水酸化物も水溶性が極めて低いことから、水懸濁及び洗浄工程によるカルシウム/リン比の大幅な低減は極めて困難である。
【0012】
家畜糞燃焼灰の示す強いアルカリ度を低減しつつ、効果的に肥料価値を持たせるための家畜糞燃焼灰の処理方法として、リン酸又はケイ酸を添加する方法が提案されている(例えば特許文献8、9参照)。
しかしながら、これらの方法では、肥料調製時に外部から酸を持ち込む必要があり、生成物の成分特性及び用途が限定される。家畜糞燃焼灰の産生地域でフレキシブルにリン酸を使用するためには、アルカリ度を低減した上で、酸抽出などの既往の方法によるリン酸精製工程における適用性を向上する必要がある。
【0013】
また、水酸化カルシウムを用いた植物バイオマスの湿式貯蔵・前処理技術(前記特許文献5参照)では、両者の混合物を密封した状態で長期間静置することとなる。
大規模な変換プロセスを想定した場合には、原料貯蔵設備を建設して、空気中の二酸化炭素を遮断した条件で貯蔵することができる。
それに対して、屋外での簡易な密封貯蔵を行う場合には、サイレージ製造と同様に、サイロの中に詰め込んで圧密する方法、積み上げ後にバンカーサイロ用のシートで覆う方法、或いはラッピサイロ状の可搬性が高いもの等による方法、を採用することになる。
【0014】
しかしながら、これらの被覆・梱包素材は、二酸化炭素の遮断性が高くない。そして、空気中の二酸化炭素と水酸化カルシウムが徐々に反応することで、pHは迅速に中性付近まで低下し、カビの繁殖を招く原因となる。また、被覆・梱包時の隙間部分からも空気の交換が起こり、同様の問題が懸念される。
【0015】
このような中で、貯蔵時におけるアルカリ度の低下リスクを低減できる湿式貯蔵・前処理技術が求められている。
また、工業的に化石資源から合成されている水酸化カルシウムは、製造時の環境負荷が大きく、これを継続的に運搬調達・使用する際に、製品の環境価値を高める上での支障となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開2012-92270号公報
【文献】特開2014-117241号公報
【文献】特開2012-201722号公報
【文献】特開2011-78870号公報
【文献】特開2011-4730号公報
【文献】特開2005-126252号公報
【文献】特開2019-147717号公報
【文献】特開2013-253000号公報
【文献】特開2010-202491号公報
【非特許文献】
【0017】
【文献】千葉行雄ら著、「鶏糞焼却灰の利用」、東北農業研究、39、139-140(1986).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとから、有用物質を製造する方法を提供することを目的とするものである。
また、本発明は、前記方法により製造される有用物質を提供することを目的とするものである。
換言すると、本発明は、家畜糞燃焼灰について、その主成分であるリンの改質・純度向上及びカルシウムを高度利用した技術を提供することを目的とするものである。
また、本発明の技術は、稲わら等の農業残渣やセルロース系資源作物を中心とした植物バイオマスの用途拡大を目的とした湿式貯蔵・前処理技術を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を進めた結果、水への溶解度が低い家畜糞燃焼灰中のカルシウムが、植物バイオマスの共存下で、その植物バイオマス又は溶液中に移行する現象を確認した。
そして、(1)この処理後の、家畜糞燃焼灰由来の成分を主成分とする画分の回収・乾燥後に、元の家畜糞燃焼灰と比較してカルシウム/リン比及びカリウム/リン比が低下し、それに伴いアルカリ度が低下すること、及び、(2)この処理後の植物バイオマス由来の成分を主成分とする画分の回収・pH調整後に、元の植物バイオマスと比較してその酵素糖化効率及び繊維の解離性が高くなることを確認することで、一つの移行現象によって、灰と植物バイオマスの改質が起こることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0020】
即ち、本発明は、次の(1)から(14)に関する。
(1)家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、反応させることを特徴とする、有用物質の製造法に関する。
(2)前記反応を、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスと水との混合物を加熱する方法、又は前記混合物を加熱せずに1日以上保持する方法のうち、少なくとも一つの方法によって行う、前記(1)に記載の有用物質の製造法に関する。
(3)前記反応により得られる反応物中から有用物質を回収する工程を含む、前記(1)又は前記(2)に記載の有用物質の製造法に関する。
(4)有用物質を回収する工程が、前記反応後に加水し、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分と、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分とを固-固分離する工程を含む、前記(3)に記載の有用物質の製造法に関する。
(5)前記有用物質が、前記反応後に生じた、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分である、前記(1)乃至前記(4)のいずれかに記載の有用物質の製造法に関する。
(6)前記有用物質が、前記反応後に生じた、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分である、前記(1)乃至前記(4)のいずれかに記載の有用物質の製造法に関する。
(7)前記(1)乃至前記(6)のいずれかに記載の有用物質の製造法により製造される有用物質に関する。
(8)前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物が、反応前の家畜糞燃焼灰の値と比較して、低いカルシウム/リン比を示す、前記(7)に記載の有用物質に関する。
(9)前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物が、反応前の家畜糞燃焼灰の値と比較して、低いカリウム含有率を示す、前記(7)又は前記(8)に記載の有用物質に関する。
(10)前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物が、それを水に懸濁して酸を添加した際に、同じリン量をもつ、反応前の家畜糞燃焼灰での値と比較して、より少量の酸添加量でリンを溶解する特性を示す、前記(7)乃至前記(9)のいずれかに記載の有用物質に関する。
(11)前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物が、それを水に懸濁して酸を添加した際に、同じリン量をもつ、反応前の家畜糞燃焼灰での値と比較して、より高いpHでリンを溶解する特性を示す、前記(7)乃至前記(10)のいずれかに記載の有用物質に関する。
(12)前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分又はその乾燥物が、リン供給源として用いられる、前記(7)に記載の有用物質に関する。
(13)前記有用物質のうちの前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分又はその乾燥物が、反応前の植物バイオマスの値と比較して、pH調整後の細胞壁多糖の酵素糖化効率が向上している、前記(7)に記載の有用物質に関する。
(14)前記有用物質のうちの前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分又はその乾燥物が、反応前の植物バイオマスと比較して、植物組織を構成する繊維質の解離性が向上している、前記(7)又は前記(13)に記載の有用物質に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとから、有用物質を得ることができる。
即ち、本発明によれば、鶏糞、豚糞、牛糞等の家畜糞バイオマスの減量処理(兼エネルギー回収)後に得られる副産物としての家畜糞燃焼灰に対して、その主成分であるリンの改質・純度向上を図ることができ、また、カルシウムを高度に利用することができる。
また、本発明によれば、稲わら等の農業残渣やセルロース系資源作物を中心とした植物バイオマスについて、湿式貯蔵・前処理技術を提供し、その用途拡大を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】試験例4において、鶏糞燃焼灰と稲わら粉末との反応時における熱処理前のアルカリ濃度と反応後に生成する稲わら処理物の酵素糖化収率との関係を示すグラフである。
【
図2】実施例4において、各条件下で鶏糞燃焼灰により処理を行った後に回収した稲わらを用いた酵素糖化試験(48 h)結果を示すグラフである。
【
図3】実施例5において、鶏糞燃焼灰A(PA)又は処理灰A(PTA)の懸濁液への塩酸添加時におけるリン酸可溶化率(
図3A)及び各処理条件における懸濁液のpH実測値とリン酸可溶化率との関係(
図3B)をそれぞれ示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
第1の実施形態は、有用物質の製造法に関する。
第1の実施形態に係る有用物質の製造法は、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、反応させることを特徴とするものである。
第1の実施形態に係る有用物質の製造法によれば、家畜糞燃焼灰が改質されると共に植物バイオマスも改質される。
【0024】
ここで家畜糞燃焼灰の原料となる家畜糞は、鶏、豚、牛、羊及び馬由来の糞が好ましいが、これらに限定されない。
家畜糞としては、燃焼特性の向上、貯蔵等を目的として、必要に応じて、天日乾燥、強制乾燥、発酵処理等を経て含水率を低減し減容化しておいたものを用いることができる。
家畜糞は、天日乾燥、発酵及び堆肥化が進むことで一酸化二窒素等の温室効果ガスを発生するため、燃焼させて熱エネルギーとし、更に家畜糞燃焼灰を利活用することにより、環境負荷を低減させることができる。
また、家畜糞燃焼灰には、必要に応じて、燃焼開始時、水分・燃焼特性調整のため等の目的で、おがくず等の木質等の成分を加えたり、燃焼特性調整のため炭酸カルシウム等の調整剤を加えたり、複数種類の家畜糞を混合したりすることができる。
このように、家畜糞の燃焼時に望ましい燃焼特性を確保するために添加する物質に由来する灰分や、それらの不完全燃焼に伴い混入する可能性がある炭化物などを含む灰についても、第1の実施形態における家畜糞燃焼灰に含まれる。
【0025】
そして、複数種類の家畜糞燃焼灰を混合した灰(例えば、鶏糞燃焼灰と牛糞燃焼灰といったように異なる家畜の糞の燃焼灰を二種以上混合したものや、鶏糞燃焼灰でも、鶏の種類が異なるものの燃焼灰を二種以上混合したものなど)も用いることができる。
なお、この本明細書中に示すカリウム、カルシウム、リン等の元素に関する記述については、これらがイオン状態または塩としての形態のものも含める。
【0026】
家畜糞燃焼灰の製造に用いられる装置としては、ロータリーキルン炉、流動床炉、ストーカ炉、旋回式焼却炉、固定床炉などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
家畜糞燃焼灰の製造に用いられる装置は、有機物の炭化を抑制するために、理論空気量の1.0倍以上の空気を材料に供給し、完全燃焼させることが好ましい。
また、家畜糞燃焼灰の製造に用いられる装置は、大気汚染防止法、場合によっては廃棄物処理法などの規制基準や構造条件などを満たす必要がある。
特に、ダイオキシン類の発生を抑制するために、燃焼ガス温度800℃以上で燃焼する必要があり、産廃物焼却炉扱いになった場合には助燃装置を有する炉としなければならない。
また、家畜糞燃焼灰の製造に用いられる装置については、燃焼時の熱エネルギーを回収し、暖房、乾燥等に利用するためのシステム、さらに熱エネルギーを電気エネルギーに変換するためのシステムを併設することができる。
【0027】
このように、家畜糞は、800℃以上、望ましくは900℃以上の条件で燃焼することで、炭酸カルシウムの大部分を酸化カルシウムに変換することが望ましい。
但し、家畜糞燃焼灰を900℃での燃焼によって調製しても、温度ムラなどの反応条件の不均一性により炭酸カルシウムが完全には分解しない可能性を考慮する必要がある。
【0028】
また、家畜糞燃焼灰を長期保存し、水や二酸化炭素を吸収するうちに、酸化カルシウムの力価が下がる可能性がある。
従って、得られた家畜糞燃焼灰は、その少量を蒸発皿に取り、900℃で1時間加熱した後の重量減少が10%以下となることが望ましく、それ以上の値となった場合には、再度加熱処理することで、水や二酸化炭素などを除去し、再加熱試験での重量減少を10%以下に低減することが望ましい。炭酸塩を除去して酸化物の比率を上げることで、家畜糞燃焼灰から除去可能なカルシウム量が増すことになる。
【0029】
第1の実施形態では、このような家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で(好ましくは水中で)混合し反応させることを特徴としており、家畜糞燃焼灰を植物バイオマスと水を含む混合物で反応させることで、カルシウムを家畜糞燃焼灰内から、植物バイオマス又は溶液中に移行させている。
【0030】
次に、第1の実施形態で用いる植物バイオマスとしては、
農産廃棄物である稲わら、麦わら、コーンストーバー(トウモロコシ茎葉部)、ソバ茎葉部、野菜茎葉部等;
食品等の一次加工残渣であるサトウキビバガス、ソルガムバガス、テンサイ絞りかす、ミカン絞りかす、もみ殻、フスマ等;
食品等の製造残渣である茶殻、コーヒーかす、おから、焼酎残渣等;
資源作物であるエリアンサス、ミスカンサス、ジャイアントミスカンサス(オギススキ)、スイッチグラス、ネピアグラス等;
その他の草本系残渣としての、雑草、芝草、河川脇、道路横、荒地等に植えられているススキ、葦、竹等;
ブナ、カシ、ナラ、カバ、ケヤキ、ヤナギ、ポプラ等の広葉樹由来の材、樹皮、枝葉;
スギ、ヒノキ、マツ等の針葉樹由来の材、樹皮、茎葉;
ホンダワラ、コンブ、ワカメ、テングサ、アオサ、カサノリ等の藻類;
さらに水草、微細藻類;
など広く用いることができる。
【0031】
特に第1の実施形態で用いる植物バイオマスとしては、イネ科の植物バイオマス、具体的には例えば、稲、麦、トウモロコシ等のイネ科作物の植物体地上部全体、又は、その可食部となる子実部を回収した後の、農産廃棄物としての茎葉部が挙げられる。また、イネ科植物であるサトウキビ植物体全体、収穫時に切除される茎上部、葉部、製糖工場に運ばれている茎部、搾汁後のバガスを原料として挙げられる。さらに、イネ科のセルロース系資源作物であるエリアンサス、ミスカンサス、ジャイアントミスカンサス、ネピアグラス、スイッチグラスの茎葉部を用いることができる。そして、河川脇、道路横、荒地等に栽培されているか自生しているススキ、葦、竹などのイネ科植物茎葉等を用いることが望ましい。この他、おがくず、木チップ等を用いることが好ましい。
【0032】
第1の実施形態で用いる植物バイオマスとしては、細胞壁にカルシウムを含む成分が十分に浸透・反応するように、長さ数センチメートル程度に裁断してあるものが望ましい。
また、その際には、植物バイオマスをすり潰して組織に裂け目を導入するなどの方法により、内部への液の浸透や内外の液の交換の能力を高めることが望ましい。例えば、この能力を高めるため、植物バイオマスを裁断後に、ディスクリファイナー状の装置を通過させたり、突起物に接触させたり、植物バイオマスの裁断物と上記した家畜糞燃焼灰とを、必要に応じて乾燥し過ぎによる不都合を防ぐ観点から水を加えた上で、家畜糞燃焼灰を研磨剤のように使用し、植物バイオマスを磨砕したりすることができる。
その一方で、細かく粉砕しすぎると、処理後の灰と植物バイオマスとを両者の形状の違いによって、篩などを活用した固-固分離により別々に回収することが困難となるため、注意を要する。
【0033】
家畜糞燃焼灰と植物バイオマスを水の存在下で混合することで、家畜糞燃焼灰由来の成分、特にカルシウムについて、植物バイオマスへの移行が起こるが(換言すると、家畜糞燃焼灰の中にあったカルシウムが植物バイオマスの方に移動してこれに吸着されることが起こるが)、この際には、ただ混合するだけでなく、混合後に熱処理又は長期間の静置処理によって移行及び反応を促進することが望ましい。
この処理は、原料特性に応じた好ましい条件、例えば、草本系の農産廃棄物の一つ、稲わらでは、95℃で10分以上の熱処理を行うことで、又は加熱せずに外気温で1日以上、より好ましくは一週間以上の静置を行うことで、植物バイオマスへの家畜糞燃焼灰由来の成分の移行、そして植物バイオマスの変質(改質)を伴う化学反応が進むが、この反応条件は、原料品質、アルカリ力価、製造物に求められる品質によって異なるため、加熱と非加熱静置の組み合わせを含めて、任意の条件を採用することができる。
加熱を行わない場合には、混合物が外気中の二酸化炭素と反応し、アルカリ力価が低下する現象を抑制するため、外気と遮断するためにポリオレフィン系シート等のシートで覆う、混合物を十分に圧密して空気の流通を最小限に抑える、等の措置を講じることが望ましい。
従って、第1の実施形態では、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で(好ましくは水中で)混合し反応させるが、前記(2)に記載したように、この反応を、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスと水との混合物を加熱する方法、又は前記混合物を加熱せずに1日以上保持する方法のうち、少なくとも一つの方法によって行うことが好ましい。
【0034】
これらの条件で起こる反応に関しては、植物バイオマスからのエタノール製造工程における水酸化カルシウム前処理条件と同様の反応条件を含み、アルカリの消費に伴い、液相pHの低下が起こることが反応の目安となる。
その際には、植物バイオマスの変質が起こっていることから、反応後に植物バイオマスを主成分とする画分を回収し、pH調整後にセルラーゼ及びキシラナーゼを含む酵素製剤を用いて酵素糖化することで、その糖化性向上が確認できる。
この点に関し、pHの低下を特徴とするようなアルカリの消費は、酵素糖化効率の向上が見られなくなるような高濃度のアルカリ条件下での反応後にも起こる(後記試験例2参照)ことから、両者は似ているように思われるが、前処理とカルシウム吸着とは別の最適点をもつ、全く別の現象である。
【0035】
植物バイオマスとの反応が可能なカルシウムの量は、植物バイオマスの化学構造、反応可能な表面積等に依存する。
家畜糞燃焼灰に含まれる水酸化カルシウム当量は、家畜糞の種類、助燃剤、調整剤等の添加量、燃焼条件などに依存する。
カルシウム元素の一部は、リン酸との塩となっている可能性があり、酸可溶性のカルシウム元素として評価される量の一部のみが、水酸化カルシウムと同様のアルカリとして反応する。
水酸化カルシウムとしての力価は、水懸濁物の上澄部のもつアルカリ力価を、水酸化カルシウムに由来する力価と仮定して換算することができるが、共存する水酸化カリウム、その他のカリウム塩は、水溶液中で高いアルカリ性を示すことから注意が必要となる。
【0036】
家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとの反応時における家畜糞燃焼灰の投入量としては、植物バイオマスの乾燥重量に対して、0.1~8重量、望ましくは0.15~4重量である。
家畜糞燃焼灰の投入量が少なすぎると、pHの向上が不十分となるため反応が非効率となると共に、熱処理を行わずに常温処理する場合には、反応が進むにつれてpHが低下する結果、微生物が増殖しやすいpHにまで低下することで、植物バイオマスの生物学的反応による変敗が進むリスクが向上する。
逆に、家畜糞燃焼灰の投入量が多すぎると、残存する水酸化カルシウムの量が増し、処理後の灰におけるカルシウム/リン比の低減効果が鈍くなる。
【0037】
また、この反応の際に加えるべき水の量は、家畜糞燃焼灰の中のアルカリが移行するために十分な量であれば良いが、アルカリ濃度が高い方が、植物バイオマスとの反応が進行する点で望ましい。
具体的には、この反応の際に加えるべき水の量は、植物バイオマスの乾燥重量に対して、約三分の一以上100倍以下、望ましくは等量以上10倍以下である。
【0038】
この反応の際に加える水としては、蒸留水、イオン交換水、水道水、再処理水、雨水等が利用可能で、好ましくは中性からアルカリ性(pH6以上)の範囲のものを使用する。
但し、第1の実施形態では、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、反応させればよいことから、一般的には水を添加するが、水分含量の高いバイオマスを使用する場合には水の存在下となることから、水を添加しない場合もある。また、反応後の固形物の洗浄及び固-固分離の際に生じるアルカリ性の水を植物バイオマスに添加した上で、必要に応じて余分な水を除去することで、植物バイオマスへの水添加を行いつつ、植物バイオマスの洗浄、アルカリ性の水のアルカリ力価の低減及び水使用量の節減を図ることができる。
そして、水存在下でのアルカリの移行を促すため、攪拌、圧密、圧密・圧力解放の繰り返しなどの操作を行うことが望ましい。
【0039】
反応後には、これらの混合物から、反応後の家畜糞燃焼灰(以下、「処理灰」ということがある。)を、反応後の植物バイオマス及び水溶液から固―固分離することで、処理灰を回収し、そのカルシウム/リン比を測定することで、カルシウムの溶出除去、換言すれば植物バイオマス中へのカルシウム移行を確認することができる。
この処理灰の回収時には、反応後の植物バイオマスとの比重差(沈降速度の差)による分離又は粒度差による分離の少なくとも一つの分離法を使うことができる。
その際には、必要に応じて加水し、攪拌、衝撃等の方法によって、処理灰と反応後の植物バイオマスの両方が水相中で分散し、篩別や分別沈降等のうちから適切な操作を行うことが望ましい。
浮遊性が高い処理灰画分が共存する際には、沈降槽内での自然沈降物、或いは凝集剤を加えて強制的に沈殿として回収できる。
また、遠心分離法によって回収を促進することもできる。
その逆に、乾燥工程の導入が可能な場合には、完全に乾燥するか又は部分的に乾燥し、家畜糞燃焼灰由来の成分と植物バイオマス由来の成分のそれぞれを固形物として、必要に応じて振動、衝撃等の方法で双方の分離を促しつつ、気相中で分散させ、風力選別により分離することが可能となる。
【0040】
得られた処理灰は、少量の植物バイオマス由来の繊維質などを含むことがある。
処理灰から植物バイオマス由来の有機物を除く必要がある場合には、有機物の燃焼分解、乾燥粉砕後の再度の固-固分離による繊維質の除去等の方法が適用できる。
【0041】
第1の実施形態では、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で(好ましくは水中で)混合し反応させるが、前記(3)に記載したように、前記反応により得られる反応物中から有用物質を回収する工程を含む。
ここで有用物質を回収する工程としては、前記(4)に記載したように、前記反応後に加水し、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分と、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分とを固-固分離する工程を含む。
【0042】
このようにして得られた処理灰は、湿潤状態で保存し、散布性や混合性に優れるスラリーの状態で使用することができるが、析出した粒子が共存する場合には、特性均質化のため、適宜、それらの粒子を粉砕することが望ましい。
また、部分的又は完全に脱水することで、重量を低減させ、取扱性を向上させることが可能である。但し、脱水物が凝集して塊状になることがあるので、これを再度粉砕することで、散布性、混合・成形性や化学的加工性を向上させることができる。
さらに、粉末状の処理灰のハンドリング性を向上させるため、湿潤状態又は乾燥状態の処理灰に対して、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、澱粉、リグノスルホン酸塩、糖蜜などのバインダーを添加し成形することができ、これにより粒としての安定性が向上する。
【0043】
家畜糞燃焼灰の主成分であるカルシウムは、水酸化カルシウムの状態での水溶性が低いが、植物バイオマスに移行して反応することで吸着し、処理灰中のカルシウム量が減少する。
また、カリウムの一部は水溶性を示すことから、処理灰中のカリウム量も減少する。
このように、カリウム/リン比が低下することで、肥料化した際の施肥設計が容易になる。
それに対して、大部分のリンは、リン酸カルシウム等のアルカリ不溶性の状態となっていると考えられることから、家畜糞燃焼灰から移行しにくい。
【0044】
このことから、処理灰では、カルシウム/リン比が低くなり、元の家畜糞燃焼灰と比較して、水懸濁時のアルカリ度が低くなる。
従って、リン給源として処理灰を使う場合には、元の家畜糞燃焼灰と比較して、アルカリの環境影響が低減して、作業安全性が高まる。
また、アルカリ度が低くなることに伴い、少量の酸添加でもリン酸の遊離が起こるようになり、リン酸の抽出が容易である。
そして、より高pHでのリン溶出が観察される。この現象が起こる原因は不明であるが、鶏糞燃焼灰よりも処理灰でカルシウム/リン比が低いことにより、酸添加に伴う遊離カルシウム濃度の上昇が穏やかになり、リン酸カルシウムの溶解性が増すことが関係している可能性がある。
【0045】
このように、カルシウム/リン比の低下に伴い機能性が向上した家畜糞燃焼灰(処理灰)は、化石資源であるリン鉱石から得られたリン肥料と比較して、低環境負荷の新規素材として、リン酸回収・精製用原料、カルシウムの残存性が低いリン肥料又はその給源としての価値を有する。
【0046】
一方、家畜糞燃焼灰から移行したカルシウム等の成分と反応した植物バイオマスは、その細胞壁構造が変質することで、回収後に新たな価値が付与される。
反応・回収後の植物バイオマスは、繊維の解離性が増し、繊維質原料としての価値を有することに加えて、pH調整後の酵素糖化性が向上し、堆肥原料、飼料、酵素糖化原料、キノコ培地等への適用性が向上する。
また、植物バイオマスのアルカリ処理に伴い、フェルラ酸、p-クマル酸等の有機酸が水中に遊離することが知られている(例えば、特開2013-220067号公報参照)。
家畜糞燃焼灰由来のアルカリが植物バイオマスと反応することで、この先行技術と同様に、これらの有機酸などの有価物が水中に抽出される。
【0047】
前記した特許文献9(特開2010-202491号公報)の例に示すような、水酸化カルシウムによる常温での植物バイオマス貯蔵・前処理技術と比較して、第1の実施形態に係る方法は、空気中の二酸化炭素によるpH低減が、水酸化カルシウムによる処理と比較して遅く、pH低下度も小さくなっている点が優位性となる。
このことにより、二酸化炭素の遮断性が極めて高い、アルミニウムバッグ等の特殊な被覆材料を用いたり、脱二酸化炭素処理した空気で置換したりせずに、ポリオレフィン系シートやラッピサイロなどを用いても、水酸化カルシウム処理法と比較して、pH低下による腐敗のリスクを低減でき、簡素な湿式貯蔵技術として一層高度な役割を果たすことができるものと期待される。
このような簡易型の植物バイオマス貯蔵システムでは、そのカバーする表面に近い部分で、空気中の二酸化炭素が接することで、pHが低下してしまい、その部分の植物バイオマスに対する貯蔵品質低下が避けられない。しかしながら、その内側の、直接空気が流通しない部分は、高いpHが維持されるものと期待される。貯蔵物のpH低下が緩やかとなることで、表面に近い部分の品質低下が抑制されるとともに、その内側に対する影響も抑制されるものと期待される。
【0048】
植物バイオマスの多くは、繊維質を主成分としており、その繊維質を分散状態にして、パルプ又は繊維として活用することができる。
それに加えて、例えばセルロースナノファイバーのような特性をもつ繊維に加工することで、付加価値を一層向上することができる。
植物バイオマスをグラインダーやリファイナーなどによる機械的解離方法を用いて解離し、砕木パルプを製造する工程では、亜硫酸ソーダ・炭酸ソーダ処理によって効率化する。
このようにして製造されたパルプは、薬品処理砕木パルプ、セミケミカルパルプ、ケミカルメカニカルパルプ等と呼ばれる[例えば、紙パルプ製造技術シリーズ(2)「メカニカルパルプ」(1997年初版発行、紙パルプ技術協会編、新日本印刷株式会社)参照]。
【0049】
第1の実施形態に係る方法で得られる、処理後の植物バイオマスは、このようなアルカリ処理と同様の効果をもち、繊維への解離を容易に行うことが可能な繊維質素材として、有価性をもつ。この繊維質素材は、機械的繊維化によるメカニカルパルプ化、また、アルカリ、酸化剤等での処理によるケミカルパルプ化などの方法によってパルプとした後、機械的方法、化学的方法等によるさらなる繊維の破壊を経て紙、不織布、セルロースナノファイバー等の有用物質に加工することができる。
【0050】
従って、第1の実施形態に係る方法で得られる有用物質は、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、反応させることによって、前記反応後に生じた、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分であり、また、前記反応後に生じた、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分であり、これを回収すればよい。
【0051】
次に、第2の実施形態は、前記(7)に記載したように、前記(1)乃至前記(6)のいずれかに記載の有用物質の製造法により製造される有用物質に関する。
【0052】
第2の実施形態に係る有用物質は、いわゆるプロダクトバイプロセス(PBP)クレームについてのものである。
第2の実施形態において、有用物質について、PBPクレームで規定したのは、例えば、家畜糞の種類(鶏糞、牛糞など;家畜の年齢;性別など)、燃焼条件、燃焼施設などによって、燃焼灰の組成が異なっていることから、有用物質について、一義的に組成などによって規定することが困難であるばかりか、その測定のために、考え得る全ての家畜糞燃焼灰を作成し、それらについて調べる作業を、出願前に行うことは、不可能かつ非現実的であると考えられるからである。
また、例えば処理灰に含まれる有用物質自体、少量の植物バイオマス由来の繊維質などを含むことがある。
さらに、有用物質は、上記したように処理後の植物バイオマスにも存在している。
してみれば、有用物質について、一義的に組成などによって規定することが困難であるばかりか、その測定のために、それらについて調べる作業を、出願前に行うことは、不可能かつ非現実的であると考えられることから、いわゆるプロダクトバイプロセス(PBP)クレームとしたものである。
【0053】
ここで有用物質とは、基本的に、反応後の処理灰に主に含まれるものと、反応後の植物バイオマスに主に含まれるものとがある。
従って、第2の実施形態における有用物質は、前記第1の実施形態で示したような、家畜糞燃焼灰と植物バイオマスとを水の存在下で混合し、反応させることによって、前記反応後に生じた、前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分であり、また、前記反応後に生じた、前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分である。
それ故、これらの内容については、前記第1の実施形態における説明がそのまま引用される。
【0054】
そして、前記第1の実施形態において説明し、前記(8)に記載したように、前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物は、反応前の家畜糞燃焼灰の値と比較して、低いカルシウム/リン比を示している。
【0055】
次に、前記第1の実施形態において説明し、前記(9)に記載したように、前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物は、反応前の家畜糞燃焼灰の値と比較して、低いカリウム含有率を示している。
【0056】
また、前記第1の実施形態において説明し、前記(10)に記載したように、前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物は、それを水に懸濁して酸を添加した際に、同じリン量をもつ、反応前の家畜糞燃焼灰での値と比較して、より少量の酸添加量でリンを溶解する特性を示している。
【0057】
さらに、前記第1の実施形態において説明し、前記(11)に記載したように、前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分の乾燥物は、それを水に懸濁して、酸、とりわけ塩酸を添加した際に、同じリン量をもつ、反応前の家畜糞燃焼灰での値と比較して、より高いpHでリンを溶解する特性を示している。
【0058】
そして、前記第1の実施形態において説明し、前記(12)に記載したように、前記有用物質のうちの前記家畜糞燃焼灰由来の水不溶性無機物を主成分とする画分又はその乾燥物は、リン供給源として用いられる。
【0059】
前記第1の実施形態において説明したように、家畜糞燃焼灰の主成分であるカルシウムは、水酸化カルシウムの状態での水溶性が低いが、植物バイオマスに移行して反応することで吸着し、処理灰中のカルシウム量が減少する。
また、カリウムの一部は水溶性を示すことから、処理灰中のカリウム量も減少する。
それに対して、大部分のリンは、リン酸カルシウム等のアルカリ不溶性の状態となっていると考えられることから、家畜糞燃焼灰から移行しにくい。
このことから、処理灰では、カルシウム/リン比が低くなり、元の家畜糞燃焼灰と比較して、水懸濁時のアルカリ度が低くなる。
従って、リン給源として処理灰を使う場合には、元の家畜糞燃焼灰と比較して、アルカリの環境影響が低減して、作業安全性が高まる。
また、アルカリ度が低くなることに伴い、少量の酸添加でもリン酸の遊離が起こるようになり、リン酸の抽出が容易である。
そして、より高pHでのリン溶出が観察される。
このように、カルシウム/リン比の低下に伴い機能性が向上した家畜糞燃焼灰(処理灰)は、新規素材として、リン酸回収・精製用原料、カルシウムの残存性が低いリン肥料又はその給源としての価値を有し、低環境負荷資材として、肥料、化学工業分野などにおいて有効に用いることができる。
【0060】
また、前記第1の実施形態において説明し、前記(13)に記載したように、前記有用物質のうちの前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分又はその乾燥物は、反応前の植物バイオマスの値と比較して、pH調整後の細胞壁多糖の酵素糖化効率が向上しているものである。
【0061】
即ち、家畜糞燃焼灰から移行した成分と反応した植物バイオマスは、その細胞壁構造が変質することで、回収後に新たな価値が付与される。
反応・回収後の植物バイオマスは、繊維の解離性が増し、繊維質原料としての価値を有することに加えて、pH調整後の酵素糖化性が向上し、堆肥原料、飼料、酵素糖化原料、キノコ培地等への適用性が向上する。
また、植物バイオマスのアルカリ処理に伴い、フェルラ酸、p-クマル酸等の有機酸が水中に遊離することが知られているが、家畜糞燃焼灰由来のアルカリが植物バイオマスと反応することで、この先行技術と同様に、これらの有機酸などの有価物が水中に抽出される。
【0062】
前記第1の実施形態において説明したように、水酸化カルシウムによる常温での植物バイオマス貯蔵・前処理技術と比較して、第1の実施形態に係る方法は、空気中の二酸化炭素によるpH低減が、水酸化カルシウムによる処理と比較して遅く、pH低下度も小さくなっている点が優位性となる。
このことにより、二酸化炭素の遮断性が極めて高い、アルミニウムバッグ等の特殊な被覆材料を用いたり、脱二酸化炭素処理した空気で置換したりせずに、ポリオレフィン系シートやラッピサイロなどを用いても、水酸化カルシウム処理法と比較して、pH低下による腐敗のリスクを低減でき、簡素な湿式貯蔵技術として一層高度な役割を果たすことができるものと期待される。
【0063】
植物バイオマスの多くは、繊維質を主成分としており、その繊維質を分散状態にして、パルプ又は繊維として活用することができる。
それに加えて、例えばセルロースナノファイバーのような特性をもつ繊維に加工することで、付加価値を一層向上することができる。
植物バイオマスをグラインダーやリファイナーなどによる機械的解離方法を用いて解離し、砕木パルプを製造する工程では、亜硫酸ソーダ・炭酸ソーダ処理によって効率化する。
【0064】
さらに、前記第1の実施形態において説明し、前記(14)に記載したように、前記有用物質のうちの前記植物バイオマス由来の水不溶性成分を主成分とする画分又はその乾燥物は、反応前の植物バイオマスと比較して、植物組織を構成する繊維質の解離性が向上しており、アルカリ処理と同様の効果をもつことから、繊維への解離を容易に行うことが可能な繊維質素材としての価値をもつ。
【0065】
本発明は、上記したとおりのものである。
上記した如き本発明の効果としては、地域での小規模な新産業創出の加速、そして農畜連携を通じた資源循環の高度化が見込まれる。
本発明における移行技術を活用することで、アルカリ供与・反応後の家畜糞燃焼灰を主成分とした画分を、新たなリン給源として供給することが可能となる。
そして、反応後に生成する、アルカリ受容後の植物バイオマスを主成分とした画分を、糖化効率または解繊性が向上した素材として供給することが可能となる。
このような、地域での取り組みは、家畜糞の堆肥化や乾燥工程におけるメタンや一酸化二窒素などの温室効果ガスの発生抑制及び再生可能エネルギー製造のための家畜糞燃焼への取組を加速し、農産廃棄物のすき込みによる温室効果ガス発生を抑制するための圃場からの持ち出しを促すのみならず、バイオ燃料やプラスチック代替品などの化石資源代替物の製造への取組、リン鉱石の輸入・加工による環境負荷の高いリン肥料の代替品製造への取組、環境負荷が高い石灰の代替への取組などを通じて、地域からの多様な環境価値創出に道を拓くものである。
【実施例】
【0066】
以下に実施例、及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
[試験例1:家畜糞燃焼灰の製造]
(1)鶏糞燃焼灰の製造
1週間風を当てて乾燥させた後の採卵鶏糞(含水率10.7%、高位発熱量12.78 MJ/kg)を、ロータリーキルン炉(型式:Joule-R、エム・アイ・エス社製)に供することで鶏糞燃焼灰を得た。
即ち、ロータリーキルン炉では、木質(3.6 kg)で着火及び燃焼炉の加温を行った後に、原料投入速度9 kg/h、燃焼温度807℃、1次空気67 m3/h、2次空気30 m3/hの条件で、鶏糞の燃焼を処理時間4.85 h行い、得られた鶏糞燃焼灰は空冷して常温保存した。投入鶏糞量43.7 kg、木質投入量3.6 kgに対して、鶏糞燃焼灰10.3 kgを得た。
【0068】
(2)牛糞燃焼灰の製造
肉牛ふん堆肥、オガクズ、溶融防止のための炭酸カルシウムを乾物重量比で5:5:1の割合で混合し、直径8 mm、長さ10 mmのペレットに加工したもの(含水率9.4%、高位発熱量14.52 MJ/kg)を固形燃料として、ロータリーキルン炉(型式:Joule-R、エム・アイ・エス社製)に供することで牛糞燃焼灰を得た。
即ち、ロータリーキルン炉では、木質(32.6 kg)で着火後に燃焼炉を十分加温し、1次空気71m3/h、2次空気25 m3/h、原料投入速度8.0~13.3 kg/hの条件で、処理時間7.53 h、牛糞の燃焼を行った結果、燃焼ガス温度は864~916℃であった。
得られた牛糞燃焼灰は空冷後常温保存した。投入牛糞固形燃料量43.9 kg、木質投入量32.6 kgに対して牛糞燃焼灰5.1 kgを得た。
そのカルシウム元素含有率(Ca含有率:%)、リン元素含有率(P含有率:%)、Ca/P(重量比)を表1に示す。
表1に示すように、そのカルシウム元素含有率は26.0%であり、リン元素含有率は4.48%であった。
【0069】
[試験例2:二度焼き灰(鶏糞燃焼灰A、鶏糞燃焼灰B、及び鶏糞燃焼灰C)の製造]
鶏糞燃焼灰は、場所によって不均質であったり、保存中に水やCO2を吸収してアルカリ力価などの特性が変わることから、使用前に(もう一度)加熱(燃焼)処理して、水や炭酸ガスを抜く操作を行い、二度焼き灰を製造した。
即ち、試験例1で得られた鶏糞燃焼灰を100 g取り、蒸発皿に載せて、小型プログラム電気炉(MMF-1、アズワン社製)中で900℃、2時間の加熱処理を行い、二度焼き灰を製造した。
その後、デシケータ内で静置・冷却し、室温で重量減少を測定した。
その結果、20%以上の重量減が観察された。
また、この二度焼き灰を再度、900℃、1時間の加熱処理を行ったが、重量減は5%以下 であった。
この方法により、別々に用時調製した、二度焼きの鶏糞燃焼灰3種(鶏糞燃焼灰A、鶏糞燃焼灰B、及び鶏糞燃焼灰C)について、それぞれカルシウム元素含有率(Ca含有率:%)、リン元素含有率(P含有率:%)、Ca/P(重量比)、カリウム元素含有率(K含有率:%)、K/P比(重量比)を調べた結果を表1に示す。
【0070】
【0071】
なお、固体試料中の塩酸可溶性のリンについては、リン酸(H3PO4)を標準物質としてマラカイトグリーン-モリブデン酸-オルトリン酸の複合体形成による発色に基づく定量キット(Malachite Green Phosphate Assay Kit, Sigma Aldrich社)を用いて分析した。
また、塩酸水溶液に対して可溶性を示すカルシウムは、塩化カルシウムを標準物質として、Chlorophosphonazo-IIIとカルシウムとのキレート錯体形成による可視部の発色に基づく定量キット(メタロアッセイ カルシウム測定 LS, Metallogenics社)を用いて分析した。
さらに、水溶性のカリウムは、塩化カリウムを標準物質として、カリウム電極(型式6582、堀場製作所製)を付けたpH/イオンメーター(F-53、堀場製作所製)を用いて分析した。
【0072】
[試験例3:家畜糞燃焼灰からのアルカリ移行試験]
植物バイオマスとして、稲わら[コシヒカリ乾燥物。乾燥物中のグルカン、キシラン含量は各31.9 %、14.1 %であった。この含量は、「Shiroma R. et al., Bioresour. Technol. 102, 2943-2949 (2011)」に記載の分析方法に基づくものである。]をウィレーミル(型式MF-10、IKA社)、及びボールミル(型式MM301、レッチェ社)で粉砕した。
【0073】
それとは別に、水13.5 mL及び試験例1で得た鶏糞燃焼灰(二度目の加熱処理の前の試料)を0.15 gから6.0 gの範囲で一定量を投入し、攪拌後pHを測定した(稲わら添加前の濃度)。
その後、これに上記の稲わら粉末を1.5 g投入して室温で攪拌後、pHを測定した(稲わら添加後の濃度)。
さらに、この混合物を95℃で1時間加熱し室温に放冷した後、pHを測定した(熱処理後の濃度)。
これらの結果を水酸化物イオン濃度として表2に示す。
【0074】
【0075】
表2の結果からは、灰の懸濁物が示すアルカリ度は、稲わらの添加により低減し、さらに、熱処理を施すことで一層低減することが確認された。
そして、熱処理を施した後のアルカリ度の低減は、試験した濃度範囲内の全ての濃度条件下で起こり、その差は添加アルカリ濃度の増加に伴い増大した。
【0076】
[試験例4:灰からのアルカリ試験後に生成する植物バイオマスの酵素糖化性]
試験例2において加熱処理した後の試料に対して、5規定塩酸を加えて灰を溶解し、沈殿部に存在する固形物を水で洗浄した後、酢酸ナトリウム緩衝液 (最終濃度 50 mM)を加えてpHを5.0に調整した。
その後、酵素液[製品名Cellic CTec2, ノボザイム・ジャパン社(6 FPU(濾紙分解活性)/g-固形物(乾燥重量))及びNovozyme 188 [ノボザイム・ジャパン社、12 CbU(セロビアーゼ活性)/g-固形物(乾燥重量))]を加えて50℃で48時間振盪することで酵素糖化を行った。
その後、上澄み液を取り、Ike M. et al., J. Appl. Glycosci. 60, 177-185 (2013)の方法にならい、グルカンの遊離率[水相から回収されるグルコース残基量を稲わら処理物中に含まれていたグルコース残基量で割ったもの]又はキシランの遊離率[水相から回収されるキシロース残基量を稲わら処理物中に含まれていたキシロース残基量で割ったもの]をそれぞれ測定した。
【0077】
その結果を、熱処理前のアルカリ濃度(表2参照)を横軸にしてプロットしたものを
図1に示す。なお、アルカリ濃度は、表2では「μM」にて示したが、
図1では、作図上から「M」にて示した。
即ち、
図1は、試験例4において、鶏糞燃焼灰と稲わら粉末との反応時における熱処理前のアルカリ濃度と反応後に生成する稲わら処理物の酵素糖化収率との関係を示すグラフである。
図1によれば、このように、鶏糞燃焼灰を用いて稲わらを熱処理することで、稲わらの酵素糖化性が向上することが明らかとなった。
さらに、
図1で遊離率がプラトーに近くなる、熱処理前(表2では「稲わら添加後」と表記)のアルカリ濃度(0.158 M及び0.251 M)においても、熱処理後にアルカリが減少(表2、それぞれ減少濃度が0.133 M及び0.172 M)したことから、鶏糞燃焼灰から稲わらへのアルカリの移行については、糖遊離率の変化とは同一の傾向は示していないことが示唆された。
【0078】
[試験例5:家畜糞燃焼灰を用いた植物バイオマス貯蔵時におけるpH低下挙動]
植物バイオマスとして、稲わら(コシヒカリ)を長軸方向に対して長さ4 cmに切断したもの320 g(乾物重量相当)に対して、水614 mLと鶏糞燃焼灰B 89.0 g(反応性カルシウム量が消石灰換算で32グラム。)とアルミバッグ中で混合し、密封後に95℃で1時間の加熱処理を行った(鶏糞燃焼灰処理試料)。
対照区として、稲わら320 gに対して水528 mLと消石灰32.0 gとを混合し、上記と同じ加熱処理を行った(消石灰処理試料)。
反応後に室内で常温に戻した後に開封し、ガラス広口瓶6本(直径85 mm、高さ100 mm)に各々乾重量12.5 g相当(湿重量31.3 g)の上記試料をそれぞれ入れ、直径18 mmの通気孔を持つ蓋を被せた。通気孔には通気性を持つタイペスト紙を貼付して乾燥を防止した。湿度を保つため、水を貯めた大皿を入れたインキュベーター(25℃)に静置し、静置直後(0日)、7日、14日後に瓶内の試料を取り出し、不織布で包んだ後、プレス機で搾汁して浸出液5~10 mLを回収後、pHを測定した。
その結果、0日目には、鶏糞燃焼灰処理試料及び消石灰処理試料において、それぞれpH12.1及びpH11.4であったのに対して、7日目には、それぞれpH11.0及びpH9.6、14日目には、それぞれpH9.6及びpH8.2となった。
このように、密閉貯蔵時に外気との接触が起こることで試料のpHが低下したが、鶏糞燃焼灰処理試料でのpHの低下がより緩やかであった。
この結果から、鶏糞燃焼灰を用いた試料の方が、カビの生育pH域の上限とされるpH 8.5にまで低下するために長時間を要し、カビ汚染に対する耐性が高いことが示唆される(文部科学省のホームページ参照;https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/sonota/003/houkoku/08111918/002.htm)。
【0079】
[実施例1]
稲わら(コシヒカリ)を長軸方向に対して長さ4 cmに切断したもの40.7 g(乾物重量相当)に対して、水79.4 mLと鶏糞燃焼灰A12.2 gとをアルミバッグ中で混合し、密封後に95℃で1時間の加熱処理を行った。
これを空冷後に開封し、2.1 Lの水に懸濁しつつ、目開き約5 mmのステンレスメッシュ3枚を用いて処理後の稲わらを洗浄・濾別し回収した。メッシュ通過画分は、水中の灰を十分に沈殿させた後、デカンテーションにより上澄みを除き、さらに水画分の遠心分離(8,000 x g、5分)後の沈殿部分を回収し、合わせて沈殿物としてアルミ皿に回収して105℃で恒量になるまで乾燥した。
乾燥物(処理灰A)の重量を秤り、粉砕した後に、100 mgに10 mLの1 N塩酸を添加した際に遊離するカルシウムイオン及びリン酸イオンの量を全カルシウム量・全リン量と定義して定量し、試験例1と同様にして分析した、カルシウム元素含有率(Ca含有率:%)、リン元素含有率(P含有率:%)、Ca/P(重量比)、カリウム元素含有率(K含有率:%)、K/P比(重量比)を表3に示す。
また、灰/稲わら(重量比)とP回収率(%)を表3に示す。
ここで灰/稲わら(重量比)は、処理時における比率を示している。また、P回収率(%)は、投入した鶏糞燃焼灰中のP量に対する処理物として回収した画分中のP量の比を示している。
なお、表3中、「/」は、「該当せず」、或いは「計測せず」の意味である。
また、表3には、前記した表1の結果も併せて示した。
【0080】
その結果、表3に示すとおり、添加した鶏糞燃焼灰A中のリン元素は、植物バイオマスとの反応後に回収した沈殿物(処理灰A)中にその75.5%が回収された。鶏糞燃焼灰Aのカルシウム/リンの重量比(Ca元素の重量/P元素の重量)は、6.00であったのに対して、処理灰Aでは2.82に大幅に低下した。
また、鶏糞燃焼灰(1)を重量比10倍量の水に懸濁した際の上澄部のpHが13.3であったのに対して、処理灰A-3でのpHは11.0となり、見かけ上のアルカリ濃度が1/200に低下した。
さらに、鶏糞燃焼灰Aのカリウム/リンの重量比(K元素の重量/P元素の重量)は、0.926であったのに対して、処理灰Aでは0.494に低下した。
【0081】
[実施例2]
実施例1と同様の方法で調製した稲わらの裁断物56 g(乾物重量相当)に鶏糞燃焼灰B16.8 gと水を加え、最終含水率を60%に調整した。
本混合物をアルミバッグ内で密封して25℃で10日間静置後、これを開封し、実施例1の方法にならいメッシュで分離して稲わらと沈殿物(処理灰B)と洗浄液に分離した。
処理灰Bは、実施例1の方法にならい乾燥後に粉砕して、カルシウム量及びリン量を測定した。
【0082】
その結果、表3に示すとおり、鶏糞燃焼灰Bに存在するリンの88.6%を処理灰B中に回収した。鶏糞燃焼灰Bのカルシウム/リンの重量比は、5.18であったのに対して、処理灰Bでは2.05に低下した。
【0083】
[実施例3]
ポプラ由来の木チップ50 g(乾燥物相当)に対して、水97.5 mLと鶏糞燃焼灰Cを15.0 gとをアルミバッグ中で混合し、密封後に95℃で1時間の加熱処理を行った。
これを空冷後に開封し、その一部(乾燥物重量46.0 g相当量)を1.6 Lの水に懸濁しつつ、目開き約5 mmのステンレスメッシュ1枚、及び目開き2 mmのステンレスメッシュ2枚を用いて処理後の木チップを洗浄、濾別によって回収した。
メッシュ通過画分は、水中の灰を主成分とする不溶物を十分に沈殿させた後、デカンテーションによって上澄部を除き、さらに、上澄部については遠心分離(8,000 × g、5分)を行うことで沈殿部分を回収し、灰を主成分とする不溶物と合わせて沈殿物としてアルミ皿に回収し、105℃で恒量になるまで乾燥した。
この乾燥物(処理灰C)中のカルシウム量及びリン量を実施例1と同様にして測定した。
【0084】
その結果、表3に示すとおり、カルシウム/リンの重量比は、それぞれ元の鶏糞燃焼灰Cの値である5.63から3.22に低下し、処理灰Cへのリンの回収率は96.1%となった。
【0085】
【0086】
[実施例4]
実施例1で処理灰と分離された稲わら処理物(95℃で1時間の加熱処理を行ったもの)、実施例2で処理灰と分離された稲わら処理物(25℃で10日間静置後したもの)、並びに実施例2の条件で鶏糞燃焼灰を加えずに水と混合して4℃で10日間保存後に回収した稲わら(無処理)について、それぞれ乾燥重量換算して5 g相当量を用い、これらにそれぞれ水25 mL、含有カルシウム元素の二倍モル当量の塩酸を添加し、pHが4-5の範囲内で安定したことを確認後、酢酸ナトリウム緩衝液(最終濃度 50 mM)、アジ化ナトリウム 0.05%(最終濃度)、クロラムフェニコール50 μg/mL (最終濃度))酵素製剤[Cellic CTec2(6 FPU/g-稲わら処理物(乾燥重量))及びNovozyme 188[12 CbU/g-稲わら処理物(乾燥重量)]、いずれもノボザイム・ジャパン社)を添加した。
その後、それぞれ総重量が50 gになるよう加水し、基質(稲わら処理物)濃度を10%(w/w)とした。
50℃、48時間振盪後、グルカンの遊離率[水相から回収されるグルコース残基量を稲わら処理物中に含まれていたグルコース残基量で割ったもの]又はキシランの遊離率[水相から回収されるキシロース残基量を稲わら処理物中に含まれていたキシロース残基量で割ったもの]を測定した。
【0087】
結果を
図2に示す。
図2は、実施例4において、上記各条件下で鶏糞燃焼灰により処理を行った後に回収した稲わらを用いた酵素糖化試験(48 h)結果を示すグラフである。
即ち、
図2では、繊維質グルカン及びキシランのうち、酵素糖化後に可溶化物として回収されたグルコース・キシロース当量を、基質中のグルコース・キシロース含量に対する比として示した。
【0088】
その結果、
図2に示すとおり、無処理の稲わらと比較して、鶏糞燃焼灰を用いた処理によって、鶏糞燃焼灰による処理後に稲わらの酵素糖化性が向上することを確認した。
【0089】
[実施例5]
実施例1で用いた鶏糞燃焼灰A(850 mg、リン元素54.0 mg相当)及び処理灰A(686 mg、リン元素48.2 mg相当)を秤量して100 mL容ビーカーに入れ、水50 mLを加えた。
これをマグネチックスターラーで3分間攪拌後、0.5 mLを取り出してpH及びリン濃度を測定した。
その後、5 N塩酸水溶液を用いて、塩酸濃度0.05 Mとなるように添加し、3分間攪拌後に同様にサンプリングを行い、pH及びリン濃度の測定を行った。
順次同様に、塩酸濃度が0.1 M、0.15 M、0.2 M、0.3M、0.4 M、0.5 Mとなるように操作を繰り返した。
【0090】
結果を
図3(
図3Aと
図3B)に示す。
図3Aは、実施例5において、鶏糞燃焼灰A(図では「PA」と表記した。)又は処理灰A(図では「PTA」と表記した。)の懸濁液への塩酸添加時におけるリン酸可溶化率を示すグラフである。
また、
図3Bは、同じく鶏糞燃焼灰Aと処理灰Aとについて、懸濁液のpH実測値とリン酸可溶化率との関係を示すグラフである。
【0091】
その結果、
図3Aに示すとおり、鶏糞燃焼灰Aと比べて処理灰Aでは、低い塩酸濃度下でリンを遊離したことが分かる。
また、
図3Bに示すとおり、各段階でのpH実測値とリン遊離率との関係を見ると、処理灰A(PTA)の方が鶏糞燃焼灰A(PA)と比較して高いpH条件下でリンの遊離が起こっていることが示された。
【0092】
[実施例6:反応後の植物バイオマスの繊維解離性の検討]
植物バイオマスとして、稲わら(コシヒカリ)を長軸方向に対して長さ4 cmに切断したもの492 g(乾物重量相当)に対して、水960 mLと鶏糞燃焼灰B 148 gとをアルミバッグ中で混合し(含水率60%)、密封後に95℃で1時間の加熱処理を行った。
これを空冷後に開封し、その一部(乾物重量50 g相当)を2.0 Lの水に懸濁しつつ、目開き約5 mmのステンレスメッシュ1枚、目開き約2 mmのステンレスメッシュ2枚を用いて処理後の稲わらを洗浄・濾別し回収した(鶏糞燃焼灰処理後稲わら)。
対照区として、同じ稲わらの切断物320 g(乾物重量相当)に対して水320 mLを混合し(含水率50 %)、上記と同じ加熱処理を行った(対照稲わら)。
鶏糞燃焼灰処理後稲わら及び対照稲わらを各5 g(乾物重量相当)取り、それぞれ250 mLの水に懸濁してミキサー(日立、VA-G15)を用いて15秒×4回解繊処理を行った。
解繊物を3 Lの水に再懸濁し、目開き2.36 mm、直径 20 cmのふるい(野中理化器製作所)を通過させた。通過液を全量回収し、再度同一のふるいを通過させ、ふるい上にトラップされた試料を回収後、105℃の乾燥オーブンで重量が一定になるまで乾燥させた。
【0093】
この乾燥物を、試験例2で用いたウィレーミル、及びボールミルによって粉砕し、Ike M. et al., J. Appl. Glycosci. 60, 177-185 (2013)の方法にならい、試料中全グルカン含量を測定した(A)。
同様に、鶏糞燃焼灰処理後稲わら及び対照稲わら5 g(乾物重量相当)中に含まれる全グルカン重量(B)をそれぞれ測定し、ふるい上にトラップされた試料中に含まれる全グルカン重量を差し引いた値(B-A)を、解繊が進んだ通過画分のグルカン重量の全グルカン量として、全量に対する比率((B-A)/B×100(%))を短繊維回収率とした。
【0094】
その結果、鶏糞燃焼灰処理後稲わらの解繊物、そして対照稲わらの解繊物は、短繊維回収率がそれぞれ41.3%及び17.9%となった。
この結果から、本発明による鶏糞燃焼灰処理後稲わらは、解繊を容易に行うことができたことが分かる。
【0095】
以上、本発明の実施形態及び実施例を詳述してきたが、上記実施形態及び実施例は本発明の例示にしか過ぎないものであり、本発明は上記実施形態及び実施例の構成にのみ限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても、本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明は、家畜糞燃焼灰に含まれる元素及びその移行性に注目し、利用価値を向上したリン含有物を製造するとともに、カルシウム元素等の作用によって植物バイオマスの特性を改変して糖化原料または繊維質として供給することで、地域資源循環の高度化及び新産業創出に貢献する。また、本発明における反応は、熱処理を必要としない条件下で放置するだけでも有効性を発揮することから、湿潤状態での植物バイオマスの腐敗を抑制するための貯蔵技術としての役割も果たすことができる。