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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-14
(45)【発行日】2024-06-24
(54)【発明の名称】熱負荷評価方法及び熱負荷評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 25/18 20060101AFI20240617BHJP
   G01K 17/08 20060101ALI20240617BHJP
【FI】
G01N25/18 D
G01K17/08
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024067314
(22)【出願日】2024-04-18
【審査請求日】2024-04-18
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長壁 正樹
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-227366(JP,A)
【文献】特開2021-009056(JP,A)
【文献】特開昭59-058800(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N25/00-25/72
G01K 1/00-19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷を評価するための熱負荷計測方法であって、
前記熱負荷の第1時点から当該第1時点よりも後の第2時点までの推定値を設定する第1ステップと、
前記推定値に基づいて、前記物体表面から所定距離離れた位置における前記第2時点の第1温度を算出する第2ステップと、
前記位置に配置された温度計測素子によって計測された、前記位置における前記第2時点の第2温度を取得する第3ステップと、
前記第1温度と前記第2温度との差分に基づいて、前記第1時点と前記第2時点との間の第3時点の前記推定値を補正する第4ステップと
を具備する熱負荷評価方法。
【請求項2】
前記第3時点は、前記第2時点から、前記物体表面に与えられた熱負荷が前記位置における温度に影響する時間だけ前の時点である
請求項1記載の熱負荷評価方法。
【請求項3】
前記第1時点から前記第3時点までの前記推定値を記憶部に記憶する第5ステップをさらに具備し、
前記第3時点を前記第1時点、前記第2時点よりも後の第4時点を前記第2時点として、前記第1~第5ステップの処理を繰り返し、
前記第1~第5ステップの処理が繰り返される場合における前記第1時点から前記第2時点までの前記推定値は、前記記憶部に記憶された前記推定値に基づいて設定される
請求項1記載の熱負荷評価方法。
【請求項4】
前記記憶部に記憶された前記推定値を、前記熱負荷の時間変化として表示する第6ステップを更に具備する
請求項3記載の熱負荷評価方法。
【請求項5】
前記第2ステップにおいて、前記物体表面からの距離をx、時点をt、前記物体の熱伝導率をκ、前記物体の定圧熱容量をC、前記物体の密度をρとしたときの、前記熱負荷の時間変化qguess(x,t)と前記物体の温度の時間変化Tguess(x,t)との関係を表す
【数1】

に基づいて、前記第1温度を算出する
請求項1記載の熱負荷評価方法。
【請求項6】
前記第4ステップにおいて、前記物体の定圧熱容量をC、前記物体の密度をρ、ステップ時間をΔt、ステップ長をΔx、比例係数をα、前記第2時点の前記第1温度と前記第2時点の前記第2温度との差分をδT(t)として、補正項δq(t)を
【数2】

の式により算出し、
前記補正項δq(t)を用いて、前記第3時点の前記推定値を補正する
請求項1記載の熱負荷評価方法。
【請求項7】
時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷を評価するための熱負荷評価装置であって、
前記熱負荷の第1時点から当該第1時点よりも後の第2時点までの推定値を設定する設定手段と、
前記推定値に基づいて、前記物体表面から所定距離離れた位置における前記第2時点の第1温度を算出する算出手段と、
前記位置に配置された温度計測素子によって計測された、前記位置における前記第2時点の第2温度を取得する取得手段と、
前記第1温度と前記第2温度との差分に基づいて、前記第1時点と前記第2時点との間の第3時点の前記推定値を補正する補正手段と
を具備する熱負荷評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、熱負荷評価方法及び熱負荷評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高熱にさらされる物体表面の熱負荷の時間変化を評価することは、種々の分野で求められている。物体表面の熱負荷は、当該物体表面の温度に基づいて計測することができる。
【0003】
しかしながら、上記したように物体表面が高熱にさらされるような状況下では、物体表面の温度を計測するための温度計測素子(例えば、熱電対)を当該物体表面に長時間設置すると、当該温度計測素子が故障する可能性がある。また、赤外線カメラ等を用いて物体表面から離れた位置で温度を計測する方法も考えられるが、物体の周辺構造により物体表面を観察することができる位置に赤外線カメラを設置することができない場合には、当該赤外線カメラでは表面温度を直接計測できない可能性もある。このため、物体表面の温度を計測せずに、時間の経過に応じて変化する同表面の熱負荷を評価することができる手法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-227366号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷を評価するための熱負荷評価方法及び熱負荷評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態によれば、時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷を評価するための熱負荷評価方法が提供される。前記熱負荷評価方法は、第1~第4ステップを具備する。前記第1ステップは、前記熱負荷の第1時点から当該第1時点よりも後の第2時点までの推定値を設定する。前記第2ステップは、前記推定値に基づいて、前記物体表面から所定距離離れた位置における前記第2時点の第1温度を算出する。前記第3ステップは、前記位置に配置された温度計測素子によって計測された、前記位置における前記第2時点の第2温度を取得する。第4ステップは、前記第1温度と前記第2温度との差分に基づいて、前記第1時点と前記第2時点との間の第3時点の前記推定値を補正する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本実施形態の比較例を説明するための図。
図2】本実施形態の比較例の計算原理を説明するための図。
図3】本実施形態の比較例における熱負荷をシミュレートした結果について説明するための図。
図4】本実施形態の比較例における熱負荷をシミュレートした結果について説明するための図。
図5】本実施形態を説明するための図。
図6】本実施形態に係る熱負荷評価装置の機能構成を示す図。
図7】本実施形態に係る熱負荷評価装置のハードウェア構成を示す図。
図8】本実施形態に係る熱負荷評価装置による処理の流れを示すフローチャート。
図9】本実施形態に係る熱負荷評価処理の具体例を示す図。
図10】本実施形態及び本実施形態の比較例における熱負荷の時間変化のシミュレーション結果を示す図。
図11】本実施形態及び本実施形態の比較例における熱負荷の時間変化のシミュレーション結果を示す図。
図12A】本実施形態に係る熱負荷評価装置を用いて評価される熱負荷の精度について説明するための図。
図12B】本実施形態に係る熱負荷評価装置を用いて評価される熱負荷の精度について説明するための図。
図13A】本実施形態に係る熱負荷評価装置を用いて評価される熱負荷の精度について説明するための図。
図13B】本実施形態に係る熱負荷評価装置を用いて評価される熱負荷の精度について説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図面を参照して、実施形態について説明する。
なお、開示はあくまで一例にすぎず、以下の実施形態に記載した内容により発明が限定されるものではない。当業者が容易に相当し得る変形は、当然に開示の範囲に含まれる。説明をより明確にするため、図面において、各部分のサイズ、形状等を実際の実施形態に対して変更して模式的に表す場合もある。複数の図面において、対応する要素には同じ参照数字を付して、詳細な説明を省略する場合もある。
【0009】
本実施形態においては、時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷(つまり、物体表面の熱負荷の時間変化)を評価するために用いられる評価装置について説明する。具体的には、例えばプラズマの発生を維持するために、中性粒子ビームでプラズマを連続して照射する場合を想定する。このように連続して照射するプラズマを透過した中性粒子ビームパワーが本実施形態において評価される熱負荷に相当する。
【0010】
まず、図1を参照して、本実施形態の比較例について説明する。本実施形態の比較例においては、図1に示すように、矢印で示すようにプラズマを透過した中性粒子ビームが表面にのみ入射するように構成された円板状のビームリミッター1がプラズマの近くに配置される。このビームリミッター1の中心には、中性粒子ビームの流れる(つまり、熱が伝わる)方向に延びた円形の透孔が形成されている。
【0011】
更に、本実施形態の比較例においては、ビームリミッター1に形成されている透孔内に計測チップ2が配置される。計測チップ2は、当該計測チップ2の表面がビームリミッター1の表面と同一平面となるように透孔内に埋め込まれている。この計測チップ2は、例えば銅のような熱伝導度の大きい金属により形成された円筒体と、この円筒体内に互いに軸方向に離間して配設された2つの温度計測素子3及び4を有する。
【0012】
ここで、計測チップ2の表面(以下、受熱面と表記)2aが上記した中性粒子ビームパワーに応じた熱負荷が与えられる面であると考えると、温度計測素子3は、例えば、当該受熱面2aから1mmの位置(以下、位置Aと表記)に設置されている。また、温度計測素子4は、例えば、受熱面2aから3mmの位置(以下、位置Bと表記)に設置されている。温度計測素子3及び4は、位置A及びBにおける、受熱面2aに与えられる熱負荷に起因する温度変化(時間の経過に応じて変化する温度)を計測する。すなわち、2つの温度計測素子3及び4は、中性粒子ビームの流れる方向での2点の温度を計測可能となっている。
【0013】
これら温度計測素子3及び4としては、例えばType-T(銅-コンスタンタン)の熱電対が用いられるが、所定位置の温度変化を連続して計測し、その計測信号を連続して出力できるものであれば、どのようなものでも良い。
【0014】
これら温度計測素子3及び4によって計測された温度変化は、計測チップ2の受熱面2aでの熱負荷の時間変化を後述する原理に基づいて計算する計算装置に相当する熱負荷計算回路(例えば、ADCとパソコンと専用ソフトとの組み合わせ)に出力される。
【0015】
次に、図2を参照して、本実施形態の比較例における熱負荷の計算原理について説明する。計測チップ2の受熱面2aから受けた熱は、位置Aと位置Bとに順次伝達される。
【0016】
図2においては、距離x、x及び距離xroiと、熱負荷qin及びqoutとが示されている。距離xは位置Aと受熱面2aとの間の距離であり、距離xは位置Bと受熱面2aとの間の距離である。また、距離xroiは、位置Aと位置Bとの間の所定の位置2cと受熱面2aとの間の距離である。更に、熱負荷qinは、受熱面2aにおける熱負荷であり、熱負荷qoutは所定の位置2cでの熱負荷である。
【0017】
熱伝達に関する単位時間当たりの熱流qは、次式(1)及び(2)で表される。
【数1】
【0018】
ここで、上記した式(1)及び(2)中のκは物体(ここでは、計測チップ2を形成する物質)の熱伝導率、Cは物体の定圧熱容量、ρは物体の密度、xは位置(ここでは、受熱面2aからの距離)、tは時点(時間)、Tは物体内の温度を示す。かくして、計測チップ2の受熱面2aでの熱負荷qinは、次式(3)で表すことができる。
【数2】
【0019】
位置Aと位置Bとを適切に選ぶことによって、式(3)の右辺第1項は、次式(4)で近似することができる。また、式(3)の右辺第2項は、次式(5)で近似することができる。
【数3】
【0020】
ここで、T(t)は位置Aにおける時点tの計測温度、T(t)は位置Bにおける時点tの計測温度を示す。すなわち、受熱面2aにおける時点tの熱負荷qinは、次式(6)のように表すことができる。
【数4】
【0021】
温度計測素子3及び4の各々で計測した温度を式(6)のT(t)及びT(t)にリアルタイムに代入していくことにより、受熱面2aが受ける熱負荷を連続して計測することができる。
【0022】
ここで、本実施形態の比較例における熱負荷をシミュレートした結果について説明する。図3は、本シミュレーションにおいて受熱面2aに与える熱負荷(縦軸)と時間(横軸)との関係(すなわち、本シミュレーションにおいて受熱面2aに与える熱負荷の時間変化)を示したグラフである。本シミュレーションでは、計測開始から1秒後に受熱面2aに熱負荷を与え始め、3秒後に停止する場合が想定されている。
【0023】
図4は、受熱面2aに図3に示す熱負荷を与えたときの、本実施形態の比較例における熱負荷を示す。破線は、位置A及び位置Bで計測された温度を、式(6)の右辺第1項にリアルタイムに代入した結果を示す。一点鎖線は、位置A及び位置Bで計測された温度を、式(6)の右辺第2項にリアルタイムに代入した結果を示す。式(6)の第1項及び第2項を加算すると、受熱面2aの熱負荷として、実線で示すような結果を得ることができる。
【0024】
実際に受熱面2aに与えた熱負荷(図3)と、比較例における熱負荷(図4)とを比較すると、熱負荷を与えた開始時点(1秒後)付近、及び熱負荷を停止した時点(3秒後)付近において、値のずれが生じている(いわゆるオーバーシュート、アンダーシュート)。本実施形態は、上記値のずれを抑えることを目的の一つとしている。
【0025】
次に、本実施形態について説明する。本実施形態においては、図5に示すようなビームリミッター1がプラズマの近くに配置される。ビームリミッター1の透孔内には、計測チップ5が埋め込まれている。
【0026】
本実施形態に係る計測チップ5は、1つの温度計測素子6を有する。温度計測素子6は、受熱面5aから距離xだけ離れた位置に設置され、設置位置における受熱面5aの熱負荷に起因する温度変化を計測する。温度計測素子6は、計測した温度変化を、熱負荷評価装置に出力する。
【0027】
図6は、熱負荷評価装置20の機能構成を示す図である。熱負荷評価装置20は、設定部21、算出部22、取得部23、補正部24、表示部25、及び記憶部26を有する。なお、各部の処理について詳しくは図7のフローチャートにて後述し、ここでは簡単に説明する。
【0028】
設定部21は、イニシャルゲスを設定する。イニシャルゲスは、受熱面5aに与えられる熱負荷の時間変化の推定値である。イニシャルゲスの初期値は、任意の値(例えば0)に設定される。また、設定部21は、補正部24によって補正された値に基づいて、イニシャルゲスを再設定する処理を行う。
【0029】
算出部22は、イニシャルゲスを用いて熱輸送方程式(熱伝導方程式とも称される)を解くことで、受熱面5aから距離xだけ離れた位置における温度を算出する。以下、算出部22によって算出された温度を「推定温度」と表記する。
【0030】
取得部23は、温度計測素子6から、受熱面5aから距離xだけ離れた位置における温度を取得する。以下、取得部23によって取得された温度を「計測温度」と表記する。
【0031】
補正部24は、推定温度と計測温度との差分に基づいて、予め定められた時点のイニシャルゲスの値を補正する。
【0032】
表示部25は、記憶部26に記憶されたイニシャルゲスを、受熱面5aの熱負荷の時間変化として、例えばディスプレイ34(図7参照)に表示する。熱負荷の時間変化は、例えば、横軸を時間、縦軸を熱負荷とするグラフ(図10参照)として表示される。
【0033】
記憶部26は、熱負荷を評価するために用いる各種情報を記憶する。各種情報には、後述する各式(7)~式(11)に用いられる定数、及び補正部24によって補正されたイニシャルゲスが含まれる。
【0034】
図7は、熱負荷評価装置20のハードウェア構成を示す図である。熱負荷評価装置20は、例えばパーソナルコンピュータ(PC)等によって実現される情報処理装置(電子機器)であり、CPU31、RAM32、不揮発性メモリ33、及びディスプレイ34等を備える。
【0035】
CPU31は熱負荷評価装置20内の様々なコンポーネントの動作を制御するためのプロセッサである。CPU31は、単一のプロセッサであってもよいし、複数のプロセッサで構成されていてもよい。CPU31は、不揮発性メモリ33からRAM32にロードされる様々なプログラムを実行する。これらプログラムは、オペレーティングシステム(OS)及び様々なアプリケーションプログラムを含む。
【0036】
不揮発性メモリ33は、補助記憶装置として用いられる記憶媒体である。RAM32は、主記憶装置として用いられる記憶媒体である。図7においては、不揮発性メモリ33及びRAM32のみが示されているが、熱負荷評価装置20は、例えばHDD(Hard Disk Drive)及びSSD(Solid State Drive)等の他の記憶装置を備えていてもよい。
【0037】
なお、本実施形態において図6に示す設定部21、算出部22、取得部23、補正部24、及び表示部25の一部又は全ては、CPU31に所定のプログラムを実行させること、すなわち、ソフトウェアによって実現されてもよいし、専用のハードウェア等によって実現されてもよいし、ソフトウェア及びハードウェアの組み合わせによって実現されてもよい。記憶部26は、例えば不揮発性メモリ33又は他の記憶装置等によって実現される。
【0038】
また、熱負荷評価装置20の各機能構成及びハードウェア構成の一部又はすべては、計測チップ5内に組み込まれる形態であってもよい。
【0039】
次に、熱負荷評価装置20の処理の流れについて説明する。図8は、熱負荷評価装置20による処理の流れを示すフローチャートである。なお、以下の説明では、処理の開始時点(繰り返しの開始時点)を時点tと表記する。
【0040】
設定部21は、第1時点から時点tまでの熱負荷のイニシャルゲスを設定する(ステップS10)。なお、第1時点は、時点tから後述する時点tから所定時間tdelayより前の時点である。第1時点から現時点tまでのイニシャルゲスは、所定の値(例えば、0)に設定される。
【0041】
算出部22は、イニシャルゲスに基づいて熱輸送方程式を解くことによって、受熱面5aから距離xだけ離れた位置における時点tの推定温度を算出する(ステップS11)。具体的には、物体(ここでは、計測チップ5を形成する物質)内の熱負荷の時間変化qguess(x,t)と、当該物体内の温度の時間変化Tguess(x,t)との関係を表す次式(7)及び次式(8)
【数5】

に基づいて、受熱面5aから距離xだけ離れた位置における温度を算出する。ここで、xは位置(受熱面5aからの距離)、tは時点、κは物体の熱伝導率、Cは当該物体の定圧熱容量、ρは当該物体の密度とする。
【0042】
すなわち、上記熱負荷の時間変化qguess(x,t)に、イニシャルゲス(すなわち、qguess(0,t))を当てはめたときに、式(7)及び式(8)が成り立つような物体内の温度の時間変化を算出する。なお、式(7)及び式(8)に示す熱輸送方程式を解く(物体内の温度の時間変化を算出する)際には、例えば所定のステップ時間及びステップ長を用いる差分法が用いられる。本実施形態では、このように算出した物体内の温度の時間変化のうち、受熱面5aから距離xだけ離れた位置における時点tの温度を、推定温度として用いる。
【0043】
なお、本実施形態では、式(7)及び式(8)に示すように、1次元体系における関係式を用いている。計算資源を節約するためには、上記したような1次元体系で計算できる手法であることが望ましいが、同様の計算は2次元もしくは3次元体系においても可能である。また、熱輸送方程式を解く際には、上述した差分法以外の方法(例えば有限要素法等)が用いられてもよい。
【0044】
一方、取得部23は、温度計測素子6から受熱面5aから距離xだけ離れた位置における時点tの計測温度を取得する(ステップS12)。
【0045】
受熱面5aに実際に与えられた時点tの熱負荷と時点tのイニシャルゲスとが異なる場合、ステップS11において算出された推定温度とステップS12において取得された計測温度とには差分が発生する。補正部24は、推定温度と計測温度との差分に基づいて、イニシャルゲスを補正する。
【0046】
具体的には、補正部24は、時点tの推定温度と時点tの計測温度との差分δT(t)に対して式(9)に示すような関係にある補正項δq(t)を、比例係数αを用いた式(10)によって算出する(ステップS13)。
【数6】
【0047】
ここで、Δtは熱輸送方程式(式(7)及び式(8))を差分法で計算する際のステップ時間、Δxは熱輸送方程式を差分法で計算する際のステップ長である。比例係数αは、計測チップ5に用いられる物質等に応じて、予め決定される。
なお、上述した補正項δq(t)の算出方法は一例であり、上述した式(9)及び式(10)に限らない。例えば、ステップS11において物体内の温度の時間変化を算出する際、差分法以外の方法(例えば、有限要素法)で熱輸送方程式を解いた場合には、当該方法に応じた補正項δq(t)が用いられる。
【0048】
この補正項δq(t)を用いて、イニシャルゲスの値が補正される。ここで、受熱面5aに熱負荷が与えられてから、当該熱負荷が受熱面5aから距離xだけ離れた位置の温度に影響を与えるまでには、時間差(時間遅れ)があると考えられる。そこで、補正部24は、時点tから所定時間tdelayだけ前の時点t-tdelayにおけるイニシャルゲスの値(熱負荷)を、補正項δq(t)を用いて補正する(ステップS14)。所定時間tdelayは、受熱面5aに与えられた熱負荷が受熱面5aから距離xだけ離れた位置における温度に影響を与えるまでの時間であり、計測チップ5に用いられる物質(材料)等に応じて予め設定されている。
【0049】
補正部24によるステップS14の処理は、時点tから所定時間tdelayだけ前のイニシャルゲスの値をqin guess1(t-tdelay)、補正後のイニシャルゲスの値をqin guess2(t-tdelay)とすると、次式(11)のように表すことができる。
【数7】
【0050】
上記した式(11)によれば、ステップS14の処理によって、時点t-tdelayにおけるイニシャルゲス(qin guess1(t-tdelay))の値が補正項δq(t)だけ増加することとなる。
【0051】
記憶部26は、第1時点からステップS14において補正された時点t-tdelayまでのイニシャルゲス(熱負荷)を記憶する(ステップS15)。
【0052】
熱負荷評価装置20は、終了条件を満たしているか否かを判定する(ステップS16)。終了条件としては、時点t又は時点t-tdelayが予めユーザによって定められた終了時点である場合、ステップS14による補正処理が所定の回数行われた場合、補正項算出の際に式(7)及び式(8)を用いて計算された温度計測点における推定温度と計測温度との差が予め設定した温度差以内である場合、及び図示せぬ入力部からユーザによる終了指示があった場合等が挙げられる。
【0053】
終了条件を満たしていない場合(ステップS16のNO)、設定部21は、補正した熱負荷に基づいて、時点t-tdelay~時点ti+1までのイニシャルゲスを設定する(ステップS17)。ステップS17で設定されるイニシャルゲスは、補正した熱負荷に基づいて設定された値であれば、任意の値でよい。なお、時点ti+1とは、時点tからあらかじめ定められた一定時間Δt後の時点(すなわち、ti+1=t+Δt)を意味する。
【0054】
その後、時点t-tdelayを第1時点、時点ti+1を時点tとして(ステップS18)、ステップS17で設定されたイニシャルゲスを用いて、上記終了条件を満たすまで処理が繰り返される。
【0055】
ステップS16において終了条件を満たした場合(ステップS16のYES)、表示部25は、記憶部26に記憶されているイニシャルゲスを、時間の経過に応じて変化する受熱面5aの熱負荷(熱負荷の時間変化)としてディスプレイ34に表示する(ステップS19)。
【0056】
次に、本実施形態の熱負荷評価装置20の処理の流れについて、図9の具体例を用いて説明する。図9の上図の破線は、横軸を時間、縦軸を熱負荷とした場合のイニシャルゲス(qin guess1(t))を示す。なお、時点ti-1は、繰り返し処理の開始時点tから一定時間Δtだけ前の時点(すなわち、ti-1=t-Δt)であり、前回の繰り返し処理の開始時点を意味する。
【0057】
図9の下図の実線は、横軸を時間、縦軸を温度とした場合における、受熱面5aから距離xだけ離れた位置の計測温度を示す。図9の下図の破線は、横軸を時間、縦軸を温度とした場合における、算出部22による熱輸送方程式により算出された推定温度を示す。
【0058】
図9の例では、時点tまでのイニシャルゲスが設定されている(ステップS100)。この場合、イニシャルゲスに基づいて、受熱面5aから距離xだけ離れた位置の推定温度が算出される(ステップS101)。次いで、受熱面5aから距離xだけ離れた位置の計測温度が取得される(ステップS102)。その後、時点tの推定温度と時点tの計測温度との差分が算出され(ステップS103)、この差分に基づいて、時点tから所定時間tdelayだけ前の値が補正される(ステップS104~S105)。なお、図9に示すように、時点tから所定時間tdelayだけ前の時点t-tdelayは、時点ti-1-tdelay(第1時点)と時点tとの間である。
【0059】
このようなステップS101~S106が繰り返されることにより、図9の上図の実線に示すような熱負荷の時間変化(qin guess2(t))を評価することができる。
【0060】
図10は、図3と同様の熱負荷を与えた場合における、本実施形態及び本実施形態の比較例における熱負荷の時間変化のシミュレーション結果を示す。図10の横軸は時間、縦軸は熱負荷を示す。実線は本実施形態を用いて評価される時間変化を示し、一点鎖線は比較例における熱負荷の時間変化を示す。
【0061】
本実施形態を用いて評価された熱負荷と比較例における熱負荷とを比較すると、本実施形態によって評価された熱負荷は、比較例よりも、実際に与えられた熱負荷(図3)に対する値のずれ(オーバーシュート及びアンダーシュート)が発生していないことがわかる。
【0062】
図11は、図10に示す1秒付近の時間tを、時間方向に拡大した図である。なお、破線は実際に与えた熱負荷の時間変化(すなわち、図3に示す熱負荷の時間変化)を示す。本実施形態によって評価された熱負荷の立ち上がりタイミング(熱負荷の値が高くなるタイミング)は、実際に与えた熱負荷よりも時間tdelay分だけ早い。一方、本実施形態を用いて評価された熱負荷の立ち上がり時間(立ち上がりタイミングから熱負荷の時間変化と実際に与えた熱負荷の時間変化とが略同一となるまでの時間)は比較例と同程度である。図11の例では、熱負荷の値の立ち上がりタイミングから立ち上がり切る時間までの時間は概ね2tdelay(2tdelay=tdelay×2)であり、この2tdelayは、実質的な時間分解能に相当しているといえる。
【0063】
図12A図12B図13A、及び図13Bは、熱負荷評価装置20を用いて評価される熱負荷の精度について説明するための図である。図12A図12B図13A、及び図13Bの横軸は時間、縦軸は温度を示す。図12Aは、図3に示す熱負荷を実際に受熱面5aに与えた場合に、温度計測素子6によって計測された温度の時間変化を示す。図12Bは、図3に示す熱負荷を受熱面5aに与えたときに熱負荷評価装置20を用いて評価された熱負荷(すなわち、図10の実線で示される熱負荷)を実際に受熱面5aに与えた場合に、温度計測素子6の地点において熱輸送方程式を解くことで計算された温度の時間変化である。図12A及び図12Bに示すように、2つの温度の時間変化は概ね同じである。
【0064】
また、図13Aは、図12Aの1秒付近の時間tを、時間方向に拡大した図である。図13Bは、図12Bの1秒付近の時間tを、時間方向に拡大した図である。図13A及び図13Bを比較しても、2つの温度の時間変化は概ね同じである。すなわち、実際に受熱面5aに与えられた熱負荷と、熱負荷評価装置20を用いて評価された熱負荷とに大きな差が無い(受熱面5aの熱負荷の時間変化が熱負荷評価装置20によって精度よく計測されている)ということがわかる。
【0065】
上記したように本実施形態においては、熱負荷評価装置20は、受熱面5aから距離xだけ離れた位置(温度計測点)における温度変化を再現するような熱負荷を、熱輸送方程式を数値的に解くことによって評価(計測)することができる。具体的には、熱負荷評価装置20は、熱負荷の第1時点から当該第1時点よりも後の時点t(第2時点)までのイニシャルゲス(推定値)を設定し、当該推定値に基づいて、受熱面5a(物体表面)から距離xだけ離れた位置における時点tの推定温度(第1温度)を算出する。熱負荷評価装置20は、この推定温度と、受熱面5aから距離xだけ離れた位置に配置された温度計測素子6によって計測された時点tの計測温度(第2温度)との差分に基づいて、第1時点と時点tとの間の時点t-tdelay(第3時点)のイニシャルゲスを補正する。この補正されたイニシャルゲスが、時間の経過に応じて変化する受熱面5aの熱負荷(熱負荷の時間変化)とされる。
【0066】
このような方法により、比較例にみられたオーバーシュートやアンダーシュートは緩和され、より信頼性の高い結果を得ることができる。
【0067】
また、比較例では、物体内の2つの位置(位置A及び位置B)の温度変化を計測する必要があった。本実施形態によれば、物体内の1つの位置における温度変化を計測すればよいため、温度計測素子の設置コストを抑えることができる。また、計算に使用するデータ量を削減することができる。
【0068】
さらに、物体内に1つ以上の温度計測素子を配置し、そのうち1つの温度計測素子を用いて熱負荷の時間変化を評価できるようにしてもよい。この場合、他の位置における温度計測素子によって計測される温度変化を用いて、熱負荷の時間変化を補正することができる。例えば、1つの温度計測素子を用いて計測された熱負荷の時間変化と、他の温度計測素子を用いて計測された熱負荷の時間変化との差が小さくなるように補正することによって、より精度の高い熱負荷の時間変化を評価することができる。
【0069】
また、本実施形態によれば、中性粒子ビームに起因する熱負荷だけではなく、その他の状況で生じる熱負荷も評価可能である。例えば、加速器の使用や核融合で生じるエネルギーによって壁面が受ける熱負荷や、半導体又は鉄鋼の製造に用いられる高温の炉内の物体が受ける熱負荷も、同様に評価することができる。
【0070】
本願発明は、上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組合せにより種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。更に、異なる実施形態に亘る構成要素を適宜組合せてもよい。
【符号の説明】
【0071】
1…ビームリミッター、2,5…計測チップ、2a,5a…受熱面、2b…側面、3,4,6…温度計測素子、20…熱負荷評価装置、21…設定部、22…算出部、23…取得部、24…補正部、25…表示部、26…記憶部、31…CPU、32…RAM、33…不揮発性メモリ、34…ディスプレイ。
【要約】
【課題】時間の経過に応じて変化する物体表面の熱負荷を評価するための熱負荷評価方法及び熱負荷評価装置を提供する。
【解決手段】実施形態に係る熱負荷評価方法は、第1~第4ステップを具備する。前記第1ステップは、前記熱負荷の第1時点から当該第1時点よりも後の第2時点までの推定値を設定する。前記第2ステップは、前記推定値に基づいて、前記物体表面から所定距離離れた位置における前記第2時点の第1温度を算出する。前記第3ステップは、前記位置に配置された温度計測素子によって計測された、前記位置における前記第2時点の第2温度を取得する。第4ステップは、前記第1温度と前記第2温度との差分に基づいて、前記第1時点と前記第2時点との間の第3時点の前記推定値を補正する。
【選択図】図5
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図13A
図13B