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特許7505794球面収差調整カソードレンズ、球面収差補正静電型レンズ、電子分光装置、及び光電子顕微鏡
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】球面収差調整カソードレンズ、球面収差補正静電型レンズ、電子分光装置、及び光電子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/153 20060101AFI20240618BHJP
【FI】
H01J37/153 Z
【請求項の数】 25
(21)【出願番号】P 2021565660
(86)(22)【出願日】2020-12-17
(86)【国際出願番号】 JP2020047288
(87)【国際公開番号】W WO2021125297
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2023-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2019227788
(32)【優先日】2019-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】松田 博之
(72)【発明者】
【氏名】松井 文彦
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-177843(JP,A)
【文献】特開平08-111199(JP,A)
【文献】特開2006-324119(JP,A)
【文献】米国特許第6104029(US,A)
【文献】国際公開第2006/008840(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/153
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ軸上に点源が配置される点源電極と、前記点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極とで構成されるカソードレンズにおいて、
前記引き込み電極は、レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、端部に開口面が形成された突壁部を有し、前記開口面に平面グリッド部が形成されたことを特徴とする球面収差調整カソードレンズ。
【請求項2】
前記点源電極は、
a)レンズ軸に垂直な平面状電極、又は、
b)レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し該凸部の上部中央に前記点源が配置された電極、又は、
c)先端部に前記点源が配置された軸対称又はロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの前記貫通穴の位置もしくは前記貫通穴を通った位置に前記先端部が配置された電極、
の何れかであることを特徴とする請求項1に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項3】
前記引き込み電極は、前記ベース面が対向するように配置された第1及び第2の引き込み電極であり、前記点源電極が2つの前記ベース面の間に配置されたデュアル型の請求項1に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項4】
前記点源電極は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置されたものであり、
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記穴あきプレートと前記平面グリッドは、レンズ軸上に貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面に前記ガスの流路が設けられることを特徴とする請求項1に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項5】
前記点源電極は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置されたものであり、
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記穴あきプレートと前記平面グリッドは、レンズ軸上に貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面に前記ガスの流路が設けられることを特徴とする請求項3に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項6】
前記引き込み電極は、前記突壁部の高さhと前記平面グリッド部の径Dのアスペクト比(h/D)が0.1~0.5であることを特徴とする請求項1、2、4の何れかに記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項7】
前記引き込み電極は、前記突壁部の高さhと前記平面グリッド部の径Dのアスペクト比(h/D)が0.1~0.5であることを特徴とする請求項3又は5に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項8】
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記点源電極において、前記穴あきプレート又は平面グリッドを配置する替わりに、
前記引き込み電極の印加電圧により電場を調整する電場調整手段を備え、
前記電場調整手段により、前記点源の周辺に平行電場を形成させ、一方の前記引き込み電極で負の荷電粒子を引き込み、他方の前記引き込み電極で正の荷電粒子を引き込むことを特徴とする請求項3、5、7の何れかに記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項9】
請求項1、2、4、6の何れかの球面収差調整カソードレンズと、
前記引き込み電極の前記突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、
中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極、
を備え、
前記点源から発生した荷電粒子の球面収差を補正し、収束ビームを生成することを特徴とする球面収差補正静電型レンズ。
【請求項10】
請求項3、5、7、8の何れかの球面収差調整カソードレンズと、
それぞれの前記引き込み電極において、
前記突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、
中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極、
を備え、
前記点源から発生した荷電粒子をそれぞれの前記引き込み電極で引き込み、球面収差を補正し、収束ビームを生成することを特徴とするデュアル型球面収差補正静電型レンズ。
【請求項11】
前記メッシュ電極は、前記凹面形状の深さdと開口半径Rの比(d/R)が1以下であることを特徴とする請求項9に記載の球面収差補正静電型レンズ。
【請求項12】
前記メッシュ電極は、前記凹面形状の深さdと開口半径Rの比(d/R)が1以下であることを特徴とする請求項10に記載のデュアル型球面収差補正静電型レンズ。
【請求項13】
請求項9又は11の球面収差補正静電型レンズと請求項10又は12のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、
前記減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置され前記静電型レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、
前記アパーチャを通過した荷電粒子が前記平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極、
を備えることを特徴とする電子分光装置。
【請求項14】
請求項9又は11の球面収差補正静電型レンズと請求項10又は12のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置され前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な加速レンズと、
前記加速レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、
前記加速レンズを通過した荷電粒子が前記平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極、
を備えることを特徴とする光電子顕微鏡。
【請求項15】
請求項9又は11の球面収差補正静電型レンズと請求項10又は12のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、
前記減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置される内外球からなる静電半球部、
を備えることを特徴とする電子分光装置。
【請求項16】
レンズ軸上に点源が配置される点源電極と、前記点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極とで構成されるカソードレンズにおいて、
前記引き込み電極は、レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、端部に開口面が形成された突壁部を有し、前記突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がった端部に前記開口面が形成され、
前記点源電極は、
a)レンズ軸に垂直な平面状電極、又は、
b)レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し該凸部の上部中央に前記点源が配置された電極、又は、
c)先端部に前記点源が配置された軸対称又はロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの前記貫通穴の位置もしくは前記貫通穴を通った位置に前記先端部が配置された電極、
の何れかであることを特徴とする球面収差調整カソードレンズ。
【請求項17】
前記引き込み電極は、前記ベース面が対向するように配置された第1及び第2の引き込み電極であり、前記点源電極が2つの前記ベース面の間に配置されたデュアル型の請求項16に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項18】
前記点源電極は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置されたものであり、
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記穴あきプレートと前記平面グリッドは、レンズ軸上に貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面に前記ガスの流路が設けられることを特徴とする請求項16に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項19】
前記点源電極は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置されたものであり、
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記穴あきプレートと前記平面グリッドは、レンズ軸上に貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面に前記ガスの流路が設けられることを特徴とする請求項17に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項20】
前記点源としてガス状の分子又は粒子を用い、
前記点源電極において、前記穴あきプレート又は平面グリッドを配置する替わりに、
前記引き込み電極の印加電圧により電場を調整する電場調整手段を備え、
前記電場調整手段により、前記点源の周辺に平行電場を形成させ、一方の前記引き込み電極で負の荷電粒子を引き込み、他方の前記引き込み電極で正の荷電粒子を引き込むことを特徴とする請求項17又は19に記載の球面収差調整カソードレンズ。
【請求項21】
請求項16又は18の球面収差調整カソードレンズと、
前記引き込み電極の前記突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、
中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極、
を備え、
前記点源から発生した荷電粒子の球面収差を補正し、収束ビームを生成することを特徴とする球面収差補正静電型レンズ。
【請求項22】
請求項17、19、20の何れかの球面収差調整カソードレンズと、
それぞれの前記引き込み電極において、
前記突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、
中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極、
を備え、
前記点源から発生した荷電粒子をそれぞれの前記引き込み電極で引き込み、球面収差を補正し、収束ビームを生成することを特徴とするデュアル型球面収差補正静電型レンズ。
【請求項23】
請求項21の球面収差補正静電型レンズと請求項22のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、
前記減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置され前記静電型レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、
前記アパーチャを通過した荷電粒子が前記平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極、
を備えることを特徴とする電子分光装置。
【請求項24】
請求項21の球面収差補正静電型レンズと請求項22のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置され前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な加速レンズと、
前記加速レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、
前記加速レンズを通過した荷電粒子が前記平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極、
を備えることを特徴とする光電子顕微鏡。
【請求項25】
請求項21の球面収差補正静電型レンズと請求項22のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、
前記静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、
前記減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、
前記アパーチャの出口側に配置される内外球からなる静電半球部、
を備えることを特徴とする電子分光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に紫外線やX線などの光又は電子線を照射して、表面から出てきた荷電粒子を取り込んで収束させる静電型レンズと、紫外光電子分光法(UPS:Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy)やX線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)などの光電子分光装置、オージェ電子分光装置、角度分解光電子分光装置、光電子回折装置など各種の電子分光装置、及び光電子顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子分光装置において、感度はエネルギー分解能と共に最も重要な性能の一つである。光電子又はオージェ電子の測定において、シグナルが微弱でほとんどノイズに埋もれている場合、十分なSN比(Signal to Noise ratio)を得るには溜め込み時間を大幅に増やして測定する必要がある。しかしながら、これでは測定が効率的に行えないだけでなく、放射光施設の利用時間や励起光源の持続時間といった時間的制約により連続測定時間を制限せざるを得ないことも少なくない。また、有機材料などの放射線損傷を受けやすい試料や経時変化しやすい試料においては、長時間測定が阻まれ、多くの場合、微弱なシグナルが十分捉えられていないのが実状である。
新しい半導体材料や超伝導材料の研究においては、高度なドーピング技術が用いられ、極微量のドーパントであっても材料に大きな変化をもたらし得ることが知られている。このようなドーパントからの微弱なシグナルを捉えることは、新しい材料の開発において極めて重要である。
【0003】
また、マイクロ、ナノデバイスや微小なドメインが多数形成される多結晶材料、多磁区材料等の研究においては、マイクロプローブ又は制限視野アパーチャを用いた微小領域分析が重要になる。しかし、より小さな領域を測定対象としようとするときシグナル強度の低下が避けられない。このようなことから、新たな電子分光装置の開発においては、感度の向上が一つの重要なポイントになる。
【0004】
電子分光装置では、試料から放出された電子のエネルギー分布の測定に加えて、放出角度分布の測定が可能である。エネルギー分布の測定では元素の組成の情報が得られ、放出角度分布の測定では深さ方向の組成情報や電子状態情報が得られる。また、光電子放出過程では試料面内方向の運動量が保存されるため、光電子の運動エネルギーと放出角度を測定することによって、物質中における電子の運動量の情報が得られる。紫外線やX線を試料に照射し、エネルギーを価電子帯に合わせて光電子の運動エネルギーと放出角度分布を測定することにより、物質のエネルギーバンド構造を評価し、物質の性質をほぼ決定することができる。さらに、内殻からの光電子放出では、運動エネルギーが数百eV以上になると、光電子放出原子とその周りにある散乱原子を結ぶ方向に、前方収束ピークと呼ばれる強いピークが現れる。このピークを広い角度範囲にわたって測定することによって、特定原子の周りの原子配列の様子を直接的に捉えることが可能になる。また、前方収束ピークの周りに形成される回折リングの直径から原子間距離を割り出すことも可能である。上記のように、電子分光装置による放出角度分布の測定は、他の分析手法では困難な原子レベルの詳細な情報を得ることを可能にし、新しい材料の開発や未知の物性発現機構の研究を行う上で非常に強力な手法となる。
【0005】
現在、様々な方法で放出角度分布の測定が行われているが、カイ・シーグバーンらによって“高分解能光電子分光法”が確立された1960年代から1990年頃までの黎明期においては、特定の方向の電子のみを取り込んで分析する静電半球型アナライザーが広く用いられてきた。この静電半球型アナライザーは、高エネルギー分解能を達成できる反面、放出角度分布の測定は、試料又はアナライザーを少しずつ回転しながら行われるため、広い立体角にわたるデータを取得するには膨大な時間がかかってしまい、逆格子空間の広い領域を測定対象とすることは困難であった。
【0006】
また、“角度分解光電子分光”は、1990年頃から二つの異なる考え方のアプローチで開発が進められてきた。一つは上記の“高分解能光電子分光法”の開発の流れの中で新たな技術を導入していくというものであり、もう一つは角度分布測定に焦点を合わせた新たな方法を開発するというものであった。
【0007】
図16は、前者の考え方の下で開発された角度分解電子分光装置の概略図である。角度分解電子分光装置100の基本部分は、試料101から放出された電子を取り込んで収束させるインプットレンズ102、内球と外球からなる静電半球部(CHA)103、静電半球部103の入口に設けられたスリット104、静電半球部103の出口に設けられた検出器105からなる。インプットレンズの減速比とスリット幅の両方又は何れかを変えることによってエネルギー分解能が調整される。測定には、エネルギースペクトルの位置依存性の二次元情報が一度に得られる「顕微スペクトルモード」(Transmissionモード、Spatialモードともいう)と、エネルギースペクトルの角度分布の二次元情報が一度に得られる「角度分解スペクトルモード」(Diffractionモード、Angularモードともいう)が用いられる。
【0008】
顕微スペクトルモードと角度分解スペクトルモードの切り替えはレンズ電圧によって行われる。顕微スペクトルモードでは、像面がスリット位置に、一方、角度分解スペクトルモードでは、回折面(角度分布)がスリット位置にくるようにレンズ電圧が調整される。角度分解スペクトルモードでは、静電半球部103の出口において、入口と出口を結ぶ方向にエネルギー分散が形成され、それと垂直の方向に一次元の角度分布が形成される。ここで、一度に測定できる角度範囲はインプットレンズの取り込み角に依存する。上記基本構成の電子分光装置が、幾つかのメーカーによって開発、販売され、広く利用されるに至ったが、通常のインプットレンズを用いた装置では球面収差が大きく、広い範囲の放出角度分布を一度に測定することができないという問題があった。
【0009】
一方、角度分解測定に焦点を合わせた方法として、1990年頃から二次元放出角度分布を一度に測定する電子分光装置の開発が行われてきた。図17は、大門らによって開発された二次元球面鏡分析器(DIANA:Display-type Spherical Mirror Analyzer)の概略図である(非特許文献1)。DIANA110では、放射光(SR)光源やUVランプからの光又は電子銃111からの電子線の照射によって試料112から放出された電子が、半球グリッド113とその外側のリング状電極(114,115)の間に形成される球対称電場に入射し、その中で楕円軌道を描き、180°向きを変えたところで再び半球グリッド113を通過して電場の外に出て、アパーチャ116の位置に収束する。リング状電極(114,115)には、球対称電場を形成する役目と同時にパスエネルギーより高いエネルギーの電子を阻止する役目が与えられる。パスエネルギーよりも低いエネルギーの電子は、球対称電場によって向きが反転して一部がアパーチャ116を通過する。そこで、スクリーン117手前には、パスエネルギーより低いエネルギーの電子を阻止するためのハイパスフィルターが設けられている。ハイパスフィルターは、図17に示すように、阻止電位グリッド118を含む複数のグリッドで構成されている。パスエネルギーとその近傍のエネルギーをもつ電子だけが、ハイパスフィルターを通過でき、スクリーン117にはエネルギーが選択された二次元放出角度分布が表示される。DIANAは±50°又は±60°の取り込み角を有し、その大きな立体角にわたって二次元放出角度分布を歪なく一度に測定できることが特徴である。その実力は真空紫外~軟X線の光を用いたバンド分散構造の測定(非特許文献2、3)や原子配列構造の測定(非特許文献4、5)で発揮された。ここで、設定されたパスエネルギーは、数10eVから1keVに及ぶ。この広いエネルギー範囲で±50°の放出角度分布を一度に測定できる分析器は、長い間、DIANAの他になかった。
【0010】
しかし、DIANAは、エネルギー分解能がパスエネルギーの0.5%程度とあまり良くないといった問題があった。光電子ホログラフィーや立体原子写真といった原子構造解析は、光電子の運動エネルギーを概ね500~1000eVに設定して行われるが、この場合、エネルギー分解能は数eV~5eV程度となる。数eV~5eV程度のエネルギー分解能では、化学シフトやスピン軌道分裂などエネルギーピークの近い電子状態を分離して区別することが困難である。
【0011】
そこで、新しい二次元電子分析器(DELMA:Display-type ellipsoidal mesh analyzer)の開発が行われた(非特許文献6)。図18に、二次元電子分析器(DELMA)の概略図を示す。DELMA120には、広角静電型レンズ121であるWAAEL(Wide-acceptance-angle electrostatic lens)が新たに開発され、対物レンズとして用いられている。WAAELの入口には、回転楕円面の楕円面メッシュ電極122が設けられており、これにより±45°の取り込み角が達成されている。DELMA120は、図17のDIANA110と違って、基本部分がレンズで構成されており、広角静電型レンズ121(WAAEL)の後段には複数のアインツェルレンズ123が配置されている。エネルギー分析は、広角静電型レンズ121(WAAEL)の出口位置にアパーチャ124を挿入することによって行われる。この場合の可能なエネルギー分解能は0.3%程度である。
【0012】
DELMA120では、試料の二次元実空間像を取得できる「顕微イメージングモード」と、二次元放出角度分布情報を取得できる「角度分布モード」で測定が行われ、顕微イメージングモードでは試料の拡大像が検出器129のスクリーンに投影され、角度分布モードでは±45°に及ぶ二次元放出角度分布が検出器129のスクリーンに投影される。顕微イメージングモードで試料の拡大像を観察し、調べたい領域を光軸に合わせて、視野制限を目的としてアパーチャ(124,127)を挿入し、角度分布モードに切り替えることによって、特定の微小領域からの二次元放出角度分布の測定が可能になる。図18(2)に示すように、DELMAは、図16に示した角度分解電子分光装置と同様に、静電半球部(CHA)125と組み合わされており、高エネルギー分解能の測定も可能になっている。静電半球部(CHA)125は、その試料面とDELMA120の検出器入射面128が一致するように組み合わされている。高エネルギー分解能で測定するときは、DELMAの検出器を引っ込めて、二次元放出角度分布をCHAのインプットレンズに入射させる。このとき、CHAの入口にスリット(図示せず)を入れておくことによって、CHAの出口に設けられた検出器(図示せず)には、エネルギーが分解された一次元の角度分布が得られる。DELMA120のレンズシステムには、静電型ディフレクター126が設けられており、これで二次元放出角度分布を振りながらCHAに入れて多数の一次元角度分布を取得してそれらを合成することによって、高エネルギー分解能の二次元放出角度分布を得ることが可能である。
上記のような静電型ディフレクター126を用いたスキャニングによって二次元放出角度分布を得る方法は、図16に示した角度分解電子分光装置においても導入がなされ、現在、広く用いられるようになってきている。
【0013】
図19(1)(2)は、特許文献1及び非特許文献7に記載の球面収差補正静電型レンズを示し、図20(1)(2)は、特許文献2及び非特許文献8に記載の球面収差補正減速型レンズを示している。図19(1)(2)に示す球面収差補正静電型レンズは、楕円面メッシュ電極を用いたアインツェル型レンズであり、出口では試料から出た時と同じ運動エネルギーの電子が得られる。図20(1)(2)に示す球面収差補正減速型レンズは、楕円面メッシュ電極を用いた減速型レンズであり、出口では試料から出た時の約1/5の運動エネルギーの電子が得られる。図19(2)及び図20(2)に示すように、計算では、いずれのレンズも、最大±60°の取り込み角にわたって球面収差を補正できることが示されている。楕円面メッシュ電極は、いずれも、楕円の長軸を回転軸とした回転楕円面の部分形状であって、図19(1)及び図20(1)に示すように、取り込み角が±50°の場合は、回転楕円面の約半分、図19(2)及び図20(2)に示すように、取り込み角が約±55°~±60°の場合は回転楕円面の半分以上を占める形状となる。このように入口が狭まった楕円面メッシュ電極を高精細、高透過率、かつ高精度で作製することは困難である。また、図19(1)及び図20(1)に示すように、回転楕円面の約半分をメッシュ形状とする楕円面メッシュ電極であっても、図19(3)に示すメッシュ深さdとメッシュ電極の開口半径Rとの比(d/R)が大きいメッシュを、高精細、高透過率、かつ高精度で作製することは容易ではない。図19(1)(2)及び図20(1)(2)に示すレンズでは、メッシュ深さdとメッシュ電極の開口半径Rとの比(d/R)は1.5~2.4である。
【0014】
図18に示した二次元電子分析器DELMA120には、図19に示した球面収差補正静電型レンズが用いられている。ただし、取り込み角は±45°に設定されている。取り込み角を±50°又は±60°の設計にすると、試料周辺の空間が狭くなり、試料に照射する照射ビームの入射角度が著しく制限される。照射ビームの試料面からの角度が小さい場合には、照射スポットは入射方向に長く伸びた形状になる。高いエネルギー分解能、高い感度を得るには、照射スポットはできるだけ小さいことが望ましい。DELMAでは、試料をレンズに正対させたとき、照射ビームの試料面からの角度は15°となっている。
【0015】
本発明者らは、広い取り込み角を有する平行ビーム二次元電子分析器を既に開発している(特許文献3を参照)。図21は、平行ビーム二次元電子分析器の概略図である。平行ビーム二次元電子分析器130の基本部分は、楕円面メッシュ電極132、複数の軸対称電極133a~133e、平面コリメータ電極134、検出器135から構成される。試料131から放出された電子は、分析器に取り込まれ、±60°の取り込み角にわたって平行化されて平面コリメータ電極134に入射する。平面コリメータ電極134は、無数の長孔が空いたプレート又は薄膜であり、グラファイト等の電子吸収材で孔の壁と表面をコートしておくと、パスエネルギーおよびパスエネルギー近傍の電子のみが平面コリメータ電極134を通過し、それ以外の電子は平面コリメータ電極134に衝突し電子吸収材に吸収される。これによりエネルギー分析が可能であるが、エネルギー分解能と感度は二律背反の関係にあり、平面コリメータ電極134の孔のアスペクト比を大きくして高いエネルギー分解能を得ようとすると、検出感度の著しい低下が避けられないといった問題があった。
【0016】
一方で、2000年頃から、光電子顕微鏡(PEEM:Photoemission Electron microscopy)にエネルギーフィルターを組み合わせた分析器が開発されている。図22は、PEEMとハイパスフィルターを組み合わせた分析器の概略構成図である(非特許文献9)。分析器140のスクリーン141には、レンズ電圧に応じて、試料142の拡大像又は二次元放出角度分布が投影される。ハイパスフィルターを備えたことによりフェルミ面のマッピングが行えるようになっている。さらに、PEEMのレンズ系に静電半球型アナライザーを組み合わせた分析器が開発され、ARPES(角度分解光電子分光)測定を高いエネルギー分解能で効率的に行うことが可能となっている。これら分析器、および、PEEMの技術を利用した同様の分析器においては、いずれも、正対した試料142と対物レンズ143の入口との間には数10kVの高電圧が印加され、試料から放出された電子は、放出と同時に強い加速電場で加速され対物レンズ143に取り込まれる。これにより大きな取り込み角が達成されている。具体的には、数10eV以下の低エネルギーの電子に対しては、ほぼ±90°の取り込み角が達成される。しかし、電源や耐電圧の問題により、加速電圧を数10kVから更に上げていくことは難しい。その結果、数10eV以上の電子に対しては、取り込み角は運動エネルギーが大きくなるにしたがって著しく減少するという問題があった。
【0017】
図23は、このことを説明するための簡単な計算結果である。試料面と対物レンズ入口の間に一様な加速電場をかけたときの電子軌道を示している。点線は、対物レンズ入口からとった虚像線である。図23(1)は、電荷素量eを乗じた加速電圧Uと電子の試料面での運動エネルギーEとの比(eU/E)が1000の場合、例えば、加速電圧20kVに対して、Eが20eVの場合の結果である。この場合、虚像線がほぼ一点に収束することがわかる。また、試料面での出射角が虚像面では大きく減少していることもわかる。その結果、対物レンズによる球面収差が著しく低下し、非常に大きな取り込み角が達成される。図23(2)は、比(eU/E)が10の場合、例えば、加速電圧20kVに対してEが2keVの場合の結果である。この場合、虚像面において大きな球面収差が発生する。また、図23(1)の場合と比較して対物レンズへの入射角が著しく増加していることも分かる。その結果、カソードレンズと組み合わせる対物レンズにおいても大きな球面収差が発生し、取り込み角が著しく減少することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】特許第4802340号公報
【文献】特許第4900389号公報
【文献】国際公開パンフレットWO2017/010529
【非特許文献】
【0019】
【文献】H. Daimon,“New display-type analyzer for the energy and the angular distribution of charged particles”, Rev. Sci. Instrum. 59, 545 (1988).
【文献】F. Matsui, et al., “Three-dimensional band mapping of graphite”, Appl. Phys. Lett. 81, 2556 (2002).
【文献】F. Matsui, et al., “Atomic-orbital analysis of the Cu Fermi surface by two-dimensional photoelectron spectroscopy”, Phys. Rev. B 72, 195417 (2005).
【文献】F. Matsui, T. Matsushita and H. Daimon, “Stereo atomscope and diffraction spectroscopy--Atomic site specific property analysis”, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 178-179, 221 (2010).
【文献】F. Matsui, et al., “Selective detection of angular-momentum-polarized Auger electrons by atomic stereography”, Phys. Rev. Lett. 114, 015501 (2015).
【文献】H. Matsuda, et al., ”Development of display-type ellipsoidal mesh analyzer: Computational evaluation and experimental validation”, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 195 (2014) 382.
【文献】H. Matsuda, H. Daimon, M. Kato and M. Kudo, “Approach for simultaneous measurement of two-dimensional angular distribution of charged particles: Spherical aberration correction using an ellipsoidal mesh”, Phys. Rev. E 71, 066503 (2005).
【文献】H. Matsuda and H. Daimon, “Approach for simultaneous measurement of two-dimensional angular distribution of charged particles. II. Deceleration and focusing of wide-angle beams using a curved mesh lens”, Phys. Rev. E 74, 036501 (2006).
【文献】M. Kotsugi et al., “Microspectroscopic two-dimensional Fermi surface mapping using a photoelectron emission microscope”, Rev. Sci. Instrum., 74, 2754 (2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
上述したとおり、高エネルギー分解能の角度分解電子分光装置(図16参照)は、基本部分が、試料から放出された電子を取り込んで収束させるインプットレンズ、内球と外球からなる静電半球部、静電半球部の入口に設けられたスリット、静電半球部の出口に設けられた検出器から構成され、角度分解スペクトルモードにおいて、一度に測定できる一次元の放出角度分布は、インプットレンズの取り込み角によって決定される。メッシュ電極あるいはグリッド電極を用いない従来型のインプットレンズの場合、取り込み角が±10°程度以下であるが、例えば、特許文献1,2によれば、楕円面メッシュを用いて、取り込み角は±50°又は±60°程度まで拡げることが可能であることが知られ、これまでに±45°程度の取り込み角を有する球面収差補正静電型レンズが開発されている。しかしながら、±45°程度の取り込み角では、まだ半球立体角の1/4~1/3程度の領域しか捉えることができないため、角度分解スペクトルモードでより広い角度範囲の放出角度分布を測定する上で、また、顕微スペクトルモードで電子分光装置の感度を向上する上で、更に大きな取り込み角が望まれており、究極的には±90°(全角)の取り込み角の要望がある。
【0021】
また、特許文献1,2に開示された球面収差補正レンズにおいて、楕円面メッシュのメッシュ深さdとメッシュ電極の開口半径Rとの比(d/R)が、取り込み角±50°では1.5~1.7程度必要となり、取り込み角±60°では2.0~2.4程度が必要となる。このような形状のメッシュを、高精細、高透過率、かつ、高精度に作製することは容易ではないため、このような楕円面メッシュを用いずに取り込み角を拡げる手段が求められている。
【0022】
一方、PEEMと静電半球型アナライザーを組み合わせた分析器は、試料から放出された電子を、試料と対物レンズ入り口の間に高電圧を印加して加速して取り込むことによって、大きな取り込み角を達成する。しかしながら、PEEMのように電子を加速して取り込む方法で従来のカソードレンズを用いる場合では、取り込み角はエネルギーの増加と共に著しく減少し、分析する電子の運動エネルギーEが数10eV以下の場合、ほぼ±90°の取り込み角が達成されるが、電子の運動エネルギーEが大きくなると取り込み角は著しく低下する。
このことは図24から理解される。図24(1)、(2)は図23のカソードレンズにおいて、加速電圧を20kVとし、試料面での出射電子の運動エネルギーを20eVから2keVまで変化させたときの虚像面での球面収差と出射角βの変化を示すグラフである(横軸は試料面での出射角α)。
PEEMのレンズ系と静電半球型アナライザーを組み合わせた高エネルギー分解能の分析器において、レンズの収束性能は、エネルギー分解能と取り込み角を決める重要な性能となる。カソードレンズの球面収差が比較的小さい場合でも、その後段に設ける拡大レンズ系によって収差は拡大され、またレンズ系自体の収差も加わって、レンズ系の出口では大きな収差となり得る。静電半球部の入口には高いエネルギー分解能を得るために幅が1mm程度以下のスリットが挿入される。そのため、静電半球部の入口において大きな収差が発生すると、試料面での出射角が小さい電子を除いてほとんどの電子がスリットによって阻止され、取り込み角が小さくなる。多くの場合、静電半球型アナライザーに用いられるインプットレンズの倍率は5倍程度である。また、多くのインプットレンズにおいて、球面収差を小さく抑えて収束ビームを生成できる取り込み角は±5°程度以下である。
このような考察を踏まえて図24を見ると、従来のカソードレンズを用いて高エネルギー分解能の全角取り込み光電子分析器を達成できるのは、電子の運動エネルギーがせいぜい100~200eV程度までと理解できる。また、光電子回折や光電子ホログラフィーなどの原子構造解析がよく行われる500eV~1keV程度のエネルギー領域では、取り込み角は±20°程度以下になるという問題がある。
【0023】
かかる状況に鑑みて、本発明は、深さdと開口半径Rとの比(d/R)が約1.5以上と大きいメッシュ電極を用いることなく、0~2keVに及ぶ広いエネルギー範囲において、ほぼ±90°(全角)の取り込み角または非常に大きな取り込み角を可能にするカソードレンズと球面収差補正静電型レンズ、及び、それを用いた高エネルギー分解の広角電子分析器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記課題を解決するために、本発明の球面収差調整カソードレンズは、レンズ軸上に点源が配置される点源電極と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極とで構成されるカソードレンズにおいて、点源電極は、以下の1a)~1d)の何れかの電極であり、引き込み電極は、以下の2a)、2b)の何れかの電極を用いるものである。
(点源電極)
1a)レンズ軸に垂直な平面状電極。
1b)レンズ軸に垂直な平面状電極が更にレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し、凸部の上部中央に上記点源が配置された電極。
1c)レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置された電極。
1d)先端部に点源が配置された軸対称もしくはロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置又は貫通穴を通して先端部が配置された電極。
(引き込み電極)
2a)レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、開口面に平面グリッド部が形成された電極。
2b)レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がった端部に開口面が形成された電極。
【0025】
すなわち、本発明の球面収差調整カソードレンズのバリエーションは以下の1)、2A)、2B)、3A)、3B)、4)の6通りのタイプがある。
タイプ1)点源電極:レンズ軸に垂直な平面状電極、又は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置された電極である。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、開口面に平面グリッド部が形成されている。
タイプ2A)点源電極:レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し、凸部の上部中央に点源が配置されている。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、開口面に平面グリッド部が形成されている。
タイプ2B)点源電極:先端部に点源が配置された軸対称又はロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置に、又は、貫通穴を通して先端部が配置されている。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、開口面に平面グリッド部が形成されている。
タイプ3A)点源電極:レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し、凸部の上部中央に点源が配置されている。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がった端部に上記開口面が形成されている。
タイプ3B)点源電極:先端部に点源が配置された軸対称又はロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置に、又は、貫通穴を通して先端部が配置されている。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がった端部に上記開口面が形成されている。
タイプ4)点源電極:レンズ軸に垂直な平面状電極、又は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートもしくは平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置された電極である。
引き込み電極:レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部を有し、突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がった端部に上記開口面が形成されている。
【0026】
ここで、突壁部とは、少なくとも内面形状がベース面から軸方向に向けて軸対称な突起形状を呈しているものである。
本発明の球面収差調整カソードレンズにおいて、点源としてガス状の分子又は粒子を用いる場合、穴あきプレートと平面グリッドは、レンズ軸上の貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面にガスの流路が設けられた方がよい。
本発明の球面収差調整カソードレンズにおいて、引き込み電極は、突壁部の高さhと平面グリッド部の径Dのアスペクト比(h/D)が0.1~0.5であることが好ましい。アスペクト比(h/D)が0に近づくと、球面収差が広角側で著しく増加することになり、一方、アスペクト比(h/D)が0.6程度以上になると、広角側の電子軌道の一部が突壁部の壁に引っかかって、その軌道の電子がカソードレンズを通過できなくなるからである。
【0027】
また、本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズは、レンズ軸上に点源が配置される点源電極と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極とで構成されるカソードレンズにおいて、点源電極は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレート又は平面グリッドがレンズ軸と垂直に配置され、そして、引き込み電極は、レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて内面形状が軸対称で端部に開口面が形成された突壁部を有し、当該開口面に平面グリッド部が形成され、又は、突壁部の端部から延設され外側に拡がるテーパ状突壁部と拡がった端部に開口面が形成された第1及び第2の電極を備え、第1及び第2の電極の2つのベース面が対向するように配置され、上記点源電極が2つのベース面の間に配置されている。
【0028】
本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズにおいて、点源としてガス状の分子又は粒子を用いる場合、穴あきプレートと平面グリッドは、レンズ軸上の貫通穴に対して噴射するガスを供給もしくは回収するために、内部又は表面にガスの流路が設けられた方がよい。
後述する実施例のように、穴あきプレート又は平面グリッドのレンズ軸上に薄膜試料を配置し、またはレンズ軸上の貫通穴に対して横からガスを噴射し、それに光を照射する。このときに出てくる電子やイオンを、点源の左右の第1及び第2の電極を通して、最大で4πステラジアン(全立体角)で検出することができる。
【0029】
本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズにおいて、引き込み電極は、突壁部の高さhと平面グリッド部の径Dのアスペクト比(h/D)が0.1~0.5であることが好ましい。
【0030】
本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズは、点源としてガス状の分子又は粒子を用い、点源電極において、穴あきプレート又は平面グリッドを配置する替わりに、引き込み電極の印加電圧により電場を調整する電場調整手段を備え、この電場調整手段により、点源の周辺に平行電場を形成させ、一方の引き込み電極で負の荷電粒子を引き込み、他方の引き込み電極で正の荷電粒子を引き込むことでもよい。
【0031】
本発明の球面収差補正静電型レンズは、本発明の球面収差調整カソードレンズと、引き込み電極の突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極を備え、点源から発生した荷電粒子の球面収差を補正し、収束ビームを生成する。
レンズ軸が垂線となるベース面から軸方向に向けて軸対称な突壁部を有する引き込み電極と、軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、同軸に配置された軸対称の複数のリング状電極とを組み合わせて静電型レンズを構成する。ここで、メッシュ電極は、凹面形状の深さdと開口半径Rの比(d/R)が1以下であり、電極の作製の困難性を低減できる。
【0032】
本発明のデュアル型球面収差補正静電型レンズは、本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズと、それぞれの引き込み電極において、突壁部と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、中心軸が一致するように配置された軸対称の複数のリング状電極を備え、点源から発生した荷電粒子をそれぞれの引き込み電極で引き込み、球面収差を補正し、収束ビームを生成する。メッシュ電極は、凹面形状の深さdと開口半径Rの比(d/R)が1以下であり、加工の困難性を軽減できる。
【0033】
本発明の第1の観点による電子分光装置は、本発明の球面収差補正静電型レンズと本発明のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、アパーチャの出口側に配置され静電型レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、アパーチャを通過した荷電粒子が平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極とを備える。
【0034】
本発明の光電子顕微鏡は、本発明の球面収差補正静電型レンズと本発明のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、静電型レンズの出口に配置されるアパーチャと、アパーチャの出口側に配置され静電型レンズと同軸に配置される軸対称な加速レンズと、加速レンズと共軸に配置される平面コリメータプレートと、加速レンズを通過した荷電粒子が平面コリメータプレートに対して垂直に入射するように静電型レンズと同軸に配置される軸対称なメッシュ電極及びリング状電極とを備える。
【0035】
本発明の第2の観点による電子分光装置は、本発明の球面収差補正静電型レンズと本発明のデュアル型球面収差補正静電型レンズの何れかの静電型レンズと、静電型レンズと同軸に配置される軸対称な減速レンズと、減速レンズの出口に配置されるアパーチャと、アパーチャの出口側に配置される内外球からなる静電半球部を備える。
【発明の効果】
【0036】
本発明のカソードレンズ及びそれを用いた球面収差補正静電型レンズによれば、メッシュ電極の深さdと開口半径Rとの比(d/R)が大きく高精細・高透過率・高精度作製が困難な楕円面メッシュを用いることなく、±90°または非常に大きな取り込み角を達成でき、かつ、分析する電子の運動エネルギーが光電子ホログラフィーなどの原子構造解析に適した数百eV程度以上の大きなエネルギーであっても、±90°または非常に大きな取り込み角を達成できるといった効果がある。
【0037】
PEEMに用いられている従来の広角取り込みレンズにおいて、±90°の取り込み角が達成できるのは電子の運動エネルギーが数10eV以下の場合に限られるが、本発明の球面収差補正静電型レンズでは、少なくとも2keV程度まで±90°の取り込み角を達成できる。試料から放出された全方位(±90°)の電子を本発明の球面収差補正静電型レンズで取り込み、全角にわたって球面収差を補正し、開き角が±10°程度以下の収束ビームを生成することができる。また本発明の球面収差補正静電型レンズは、従来の角度分解電子分光装置の静電半球部(静電半球型アナライザー)と容易に組み合わせることができ、広いエネルギー領域で全角取り込みの高エネルギー分解能電子分光装置が実現できるといった効果がある。これにより、角度分布モードでは、光電子回折や光電子ホログラフィーの測定でよく用いられる500~1000eV程度の比較的高いエネルギー領域においても、全角(±90°)にわたる放出角度分布を一度に測定できる。ただし、静電半球部の出口に検出器を設けた場合、一度に測定できる角度範囲は一次元となるので、上記検出器の代わりに投影レンズ系を置き、その後段に検出器を配置し、さらに静電半球部の出口にスリットまたはアパーチャを挿入することによって、エネルギーが選択された±90°の二次元放出角度分布を一度に測定することも可能になる。広いエネルギー範囲において±90°の取り込み角が達成されると、光電子のもつバンド分散構造や原子配列構造の情報を余すことなく引き出すことが可能になる。また、感度は概ね取り込み立体角に比例することから、スペクトル測定モードでは感度が大幅に向上する。
【0038】
また、本発明の球面収差補正静電型レンズで用いられるメッシュ電極は、従来の球面収差補正静電型レンズで用いられるメッシュ電極と比較して、メッシュ深さdと開口半径Rの比(d/R)をかなり小さくすることができる。具体的には、比(d/R)は1.0以下に小さくできる。これによってメッシュ電極の加工の難しさが大幅に軽減され、高精細、高透過率、かつ高精度なメッシュ電極を作製することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】本発明の球面収差補正静電型レンズの概略図(実施例1)
図2】球面収差補正静電型レンズの説明図
図3】カソードレンズの説明図
図4】本発明の球面収差補正静電型レンズの概略図(実施例2)
図5】本発明の球面収差補正静電型レンズの概略図(実施例3)
図6】本発明の球面収差補正静電型レンズの概略図(実施例4)
図7】各種パラメータの説明図
図8】パラメータに応じて変動する取り込み角の特性説明図(1)
図9】パラメータに応じて変動する取り込み角の特性説明図(2)
図10】パラメータに応じて変動する取り込み角の特性説明図(3)
図11】点源電極における凸部上部中央の点源の配置の仕方の説明図
図12】本発明の球面収差補正静電型レンズと平行ビーム発生装置を組み合わせた電子分光装置の第1の実施形態の概略図
図13】本発明の球面収差補正静電型レンズと静電半球型アナライザーを組み合わせた電子分光装置の第2の実施形態の概略図
図14】本発明の球面収差補正静電型レンズと静電半球型アナライザーを組み合わせた電子分光装置の第3の実施形態の概略図
図15】本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズの説明図
図16】従来技術の角度分解電子分光装置の概略図
図17】従来技術の二次元表示型球面鏡分析器DIANAの概略図
図18】従来技術の二次元表示型楕円面メッシュ分析器DELMAの概略図
図19】従来技術の球面収差補正静電型レンズの概略図
図20】従来技術の球面収差補正減速型レンズの概略図
図21】従来技術の平行ビーム二次元光電子分析器の概略図
図22】従来技術のエネルギーフィルターを備えた光電子顕微鏡PEEMの概略図
図23】従来技術のPEEMに用いられる従来のカソードレンズの特徴の説明図
図24】従来技術のPEEMに用いられる従来のカソードレンズの問題点の説明図
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0041】
図1は、本発明の球面収差補正静電型レンズの第1の実施形態の概略図を示している。実施例1の球面収差補正静電型レンズ1は、前述のタイプ1に相当するものであり、レンズ軸上に点源11が配置される点源電極12と、点源11から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極13と、引き込み電極13と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極14と、中心軸が一致するように配置された軸対称の4つのリング状電極15a(EL1~EL4)と1つの円筒状電極15b(EL5)を備える。ここで、“軸対称”は内面形状が軸対称であることを意味する。点源電極12と引き込み電極13でカソードレンズ19が構成されている。
カソードレンズ19の点源電極12は、レンズ軸に垂直な平面状電極であり、引き込み電極13は、レンズ軸が垂線となるベース面13aから軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、端部に開口面が形成された突壁部13bを有し、突壁部13bの開口面に、平面グリッド部16が形成されている。球面収差補正静電型レンズでは、カソードレンズ19を示す点線枠内の拡大図に示すように、試料に紫外線やX線などの光を照射17して、試料表面から出てきた電子を取り込んでアパーチャ18の位置に収束させる。光を照射する替わりに試料に電子線を照射することも可能である。ただし、電子線は、光の照射17のように照射しようとしても電場の作用を受けて曲がるため、光とは別の方法で照射することが望ましい。例えば、レンズ軸上に穴が開けられた点源電極の穴の位置に薄膜試料を貼り付けて、図の左側から電子線を照射し、右側に出てきた電子を球面収差補正静電型レンズで取り込む方法が有効である。ここで、平面グリッドを点源電極とし、レンズ軸上に薄膜試料を貼り付けてもよい。また、薄膜試料の替わりに、ガス状の分子または粒子を試料として用いることができる。ガス状の分子などの試料を用いる場合には、貫通穴が開けられた点源電極の穴の位置にガス状の分子などを噴射する。または、ガス状の分子などを平面グリッドのレンズ軸上に噴射してもよい。
【0042】
図1に示すグラフは、球面収差補正静電型レンズにおいて、点源からの出射角α(-90°~90°)に対する球面収差SA(Spherical Aberration)を示している。上記の構成の点源電極12と引き込み電極13とで構成されるカソードレンズ19を備える球面収差補正静電型レンズ1によれば、メッシュ電極の深さdと開口半径Rとの比(d/R)が大きいメッシュ(具体的にはd/Rが1.5程度以上のメッシュ)を用いることなく、±90°の取り込み角を達成できていることがわかる。図1の球面収差補正静電型レンズにおいて、d/Rは、約0.90である。
【0043】
図2および図3を参照して、点源電極12と引き込み電極13とで構成されるカソードレンズ19について説明する。引き込み電極13は、突壁部13bの高さhと平面グリッド部16の直径Dとのアスペクト比(h/D)で特徴づけられる。高さhは、平面状の点源電極12に対向する引き込み電極13のベース面13aから軸方向に向けて突出した突壁部13bの高さ、すなわち、ベース面13aからの平面グリッド部の高さである。なお、引き込み電極は、図2に示したような凸型形状でなくても、内面形状が軸対称な突起形状を有していればよい。
【0044】
図2および図3に示すように、点源11となる試料を取り付けた平面状の点源電極12を、突壁部を有し該突壁部の開口面に平面グリッド部が形成された引き込み電極13の内面の凹側に、引き込み電極13から一定の距離を隔てて対向するように配置する。点源電極12と引き込み電極13との間に高電圧を印加して、試料から放出された電子を取り込む設定において、各電極の形状、配置、印加電圧を調整することにより、±90°の取り込み角にわたって、虚像における球面収差を小さな値に調整し、カソードレンズの後段に配置されるレンズにおいて収束ビームを生成することが可能になる。
なお、図3(2)に示すように、点源11となる試料を取り付けた平面状の点源電極12に対向する引き込み電極に突壁部がなく、平面グリッド部16だけで構成される場合には、虚像において大きな球面収差となってしまう。図3(1)(2)は、いずれも、点源11での電子の運動エネルギーを1keV、点源電極12と平面グリッド部16間の電圧を20kVとした場合の結果である。
【0045】
ここで、図1に示した球面収差補正静電型レンズの計算条件をまとめる。出射電子の運動エネルギーは1keV、平面状の点源電極12はグラウンド電位に設定され、引き込み電極13は20kV、4つのリング状電極15a(EL1~EL4)と円筒状電極15b(EL5)には、それぞれ、20kV,10.9kV,8.2kV,7.2kV,0Vの電位が与えられている。引き込み電極13とメッシュ電極14およびリング状電極EL1は同電位である。なお、点源電極12はグラウンド電位ではなく任意の電位Vsに設定されてもよい。この場合、各電極には上記電位にVsを加算した電位が与えられる。
平面状の点源電極12と引き込み電極13の距離は10mm、引き込み電極13の内面凸部のアスペクト比h/D(図2参照)は0.3に設定されている。直径Dは20mmである。原点Oからメッシュの任意の点Mまでの距離をρ、直線OMとレンズ軸Zのなす角度をαとすると、メッシュ電極の形状は下記の式によって与えられている。
【0046】
【数1】
【0047】
ここで、bはρ0-ρ、ρは(LM+R)の平方根、αmaxはarctan(R/LM)、a+a+・・・+a=1、LMは原点Oからメッシュ電極までの距離、Rはメッシュ電極の開口半径、ρ0は原点Oからメッシュの頂点Tまでの距離である。図1の静電レンズにおいては、n=3に設定され、各パラメータは、LM=37.0mm、R=20.0mm、ρ0=55.18mm、a=0.96、a=0.03、a=0.01で与えられている。
【0048】
図1の球面収差補正静電型レンズにおいて、各電極に印加する電圧を1keVの運動エネルギーに対してのみ示したが、1keV以外の運動エネルギーに対応するには、各電極に印加する電圧を運動エネルギーに比例して変化させればよい。1keVよりもずっと高い運動エネルギーに対しては、かなりの高電圧が必要となるが、2keV程度であれば、印加電圧は最大40kV程度で済むため、十分対応可能である。また、2keVより高いエネルギー領域においても、相応の高圧電源を用意し、十分な耐電圧性をもった設計とすることで対応できる可能性がある。
一方、低エネルギー側への対応は、印加電圧を運動エネルギーに比例して変える方法で、特に問題ないと考える。ただし、運動エネルギーがほぼゼロまたは非常に小さい場合、電極部材の表面ポテンシャルの乱れや地磁気などの影響により電子軌道が乱れることを避けるために、点源での運動エネルギーよりも大きな運動エネルギーをもってアパーチャ位置に収束するように、各電極に印加する電圧を調整することが望ましい。
上記の方法により、少なくとも、0~2keV程度の広いエネルギー範囲において、±90°の取り込み角を有する収束レンズを提供することが可能である。また、2keVより高いエネルギー領域においても、電源と耐電圧性が許せば、±90°の取り込み角を有する収束レンズを提供することが可能である。さらに、電源または耐電圧性に制限がある場合でも、各電極の形状、配置、印加電圧を最適化することにより、±90°または非常に大きな取り込み角を有する収束レンズを提供できる可能性がある。
【0049】
また、球面収差補正静電型レンズの透過率と収束性能は、メッシュ電極14と平面グリッド部16のパフォーマンスに依存する。まず、平面グリッド部16は高い透過率と高い形状精度を比較的容易に達成することができ、透過率は80~90%程度に設定することが可能である。一方、メッシュ電極14の透過率は、現状の技術では、60~70%程度が限界である。その結果、平面グリッド部16とメッシュ電極14を合わせた全体の透過率は50~60%程度が現状で可能な値である。メッシュ電極14のメッシュ形状については、図1に示した球面収差補正静電型レンズの場合、メッシュの深さdと開口半径Rの比(d/R)が1以下の約0.9となっている。なお、二次元電子分析器(DELMA)に用いられている球面収差補正静電型レンズの場合、楕円面メッシュ電極のメッシュの深さdと開口半径Rの比(d/R)は約1.7、特許文献1及び非特許文献7に記載の球面収差補正静電型レンズ、特許文献2及び非特許文献8に記載の球面収差補正減速型レンズの場合、d/Rは1.5~2.4であり、図1の静電型レンズにおけるd/Rはこれらと比較してかなり小さな値となっている。図1の静電型レンズの場合には、メッシュ電極の加工の難易度が大幅に軽減され、より高精度のメッシュ電極を作製することが可能である。
【0050】
本実施例の球面収差補正静電型レンズの引き込み電極13のアスペクト比(h/D)を0(ゼロ)に設定すると、引き込み電極13の平面グリッド部16とベース面13aが面一になる。これにより、試料が取り付けられた平面状の点源電極12と引き込み電極13の間には一様な電場が形成される。一様な電場が形成される場合には、球面収差は、図1に示すグラフと比較して、広角側で著しく増加することになる。このため、高い収束性能を得るには、アスペクト比を調整することが望ましい。ただし、アスペクト比を0に設定すると、軸が傾いていなければ多少の軸ズレは許容されるというメリットが生じる。
【0051】
図1に示す本実施例の球面収差補正静電型レンズでは、メッシュ電極14が取り付けられたリング状電極EL1の後段に3つのリング状電極(EL2~EL4)とさらにその後段に1つの円筒状電極15b(EL5)が組み合わされているが、組み合わせる電極の数はこれに限定されるものではない。
本発明の球面収差補正静電型レンズは、前述のとおり、少なくとも、0~2keVのエネルギー範囲において、±90°の取り込み角を有する“全角取り込み球面収差補正静電型レンズ”として設計できる。しかし、設計によっては、あるいは、エネルギーによっては、全角取り込みとならない場合もある。したがって、本発明の球面収差補正静電型レンズは、特に明記しない限り、全角または非常に大きな取り込み角を有する静電型レンズを表すものとする。
【実施例2】
【0052】
図4は、本発明の球面収差補正静電型レンズの第2の実施形態の概略図を示している。第2の実施形態の球面収差補正静電型レンズ2は、前述のタイプ2Aに相当するものであり、レンズ軸上に点源が配置される点源電極22と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極13と、引き込み電極13と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極14と、中心軸が一致するように配置された軸対称の4つのリング状電極(EL1~EL4)と1つの円筒状電極(EL5)を備える。
【0053】
図4に示すように、カソードレンズ29は、レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し、凸部の上部中央に点源が配置された点源電極22と、図1で示した球面収差補正静電型レンズ1と同様、レンズ軸が垂線となるベース面13aから軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部13bを有し、突壁部13bの開口面に平面グリッド部16が形成された引き込み電極13とで構成される。そして、点源電極22を、引き込み電極13の内面の凹側に、引き込み電極から一定の距離を隔てて対向するように配置させて、点源電極22と引き込み電極との間に高電圧を印加して、試料から放出された電子を取り込む。球面収差補正静電型レンズ2では、各電極の形状、配置、印加電圧を調整することにより、試料に紫外線やX線などの光を照射することで試料表面から出てきた電子を±90°の取り込み角にわたって取り込み、小さな球面収差に補正して、アパーチャ18の位置に収束ビームを生成する。
なお、点源電極は、先端部に点源が配置された軸対称の電極、又は、先端部に点源が配置されたロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置に、又は、貫通穴を通して先端部が配置されていてもよい。これにより点源のレンズ軸方向の位置が微調整できるようになる。これは前述のタイプ2Bに相当するものである。ここで、先端部に点源が配置された軸対称な電極とレンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートは、必ずしも同電位である必要はない。例えば、絶縁体の試料の場合、帯電によって試料表面の電場が不均一になり測定結果に大きな影響を及ぼすことがあるが、試料にバイアス電圧を印加することによって、これを解消することができる。また、ロッド状の電極は、軸対称ではない細いストレート形状の電極も許容される。
【0054】
図4に示すグラフは、球面収差補正静電型レンズ2において、点源からの出射角α(-90°~90°)に対する球面収差SAを示している。上記の構成の点源電極22と引き込み電極13とで構成されるカソードレンズ29を備える球面収差補正静電型レンズ2によれば、メッシュ電極の深さdと開口半径Rとの比(d/R)が大きいメッシュを用いることなく、±90°の取り込み角を達成できていることがわかる。球面収差補正静電型レンズ2において、d/Rは、約0.96である。球面収差補正静電型レンズ2によって、入射角±90°にわたって球面収差をほぼゼロにすることが可能である。
【実施例3】
【0055】
図5は、本発明の球面収差補正静電型レンズの第3の実施形態の概略図を示している。第3の実施形態の球面収差補正静電型レンズ3は、前述のタイプ3Aに相当するものであり、レンズ軸上に点源が配置される点源電極22と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極33と、引き込み電極33と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極14と、中心軸が一致するように配置された軸対称の4つのリング状電極(EL1~EL4)と1つの円筒状電極(EL5)を備える。
【0056】
カソードレンズ39は、レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し凸部の上部中央に点源が配置された点源電極22と、レンズ軸が垂線となるベース面33aから軸方向に向けて軸対称に内面形状が形成され、かつ、端部に開口面が形成された突壁部33bを有し、突壁部33bの端部から延設され外側に拡がる(突壁部の内面形状が外側にテーパ状に拡がる)テーパ状突壁部33cが形成された引き込み電極33とで構成される。そして、点源電極22を、引き込み電極33の内面の凹側に、引き込み電極から一定の距離を隔てて対向するように配置させて、点源電極22と引き込み電極との間に高電圧を印加して、試料から放出された電子を取り込む。球面収差補正静電型レンズ3では、各電極の形状、配置、印加電圧を調整することにより、試料に紫外線やX線などの光を照射することで試料表面から出てきた電子を±90°の取り込み角にわたって取り込み、小さな球面収差に補正して、アパーチャ18の位置に収束ビームを生成する。
なお、点源電極は、先端部に点源が配置された軸対称又はロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置に、又は、貫通穴を通して先端部が配置されていてもよい。これにより点源のレンズ軸方向の位置が微調整できるようになる。これは前述のタイプ3Bに相当するものである。ここで、タイプ2Bの場合と同様、先端部に点源が配置された軸対称な電極とレンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートは、必ずしも同電位である必要はない。また、先端部に点源が配置されたロッド状の電極は、軸対称ではない細いストレート形状の電極も許容される。
【0057】
図5に示すグラフは、球面収差補正静電型レンズ3において、点源からの出射角α(-90°~90°)に対する球面収差SAを示している。上記の構成の点源電極22と引き込み電極33とで構成されるカソードレンズ39を備える球面収差補正静電型レンズ3によれば、メッシュ電極の深さdと開口半径Rとの比(d/R)が大きいメッシュを用いることなく、±90°の取り込み角を達成できていることがわかる。球面収差補正静電型レンズ3において、d/Rは、約0.98である。球面収差補正静電型レンズ3によって、入射角±80°にわたって球面収差をほぼゼロにすることが可能である。
【実施例4】
【0058】
図6は、本発明の球面収差補正静電型レンズの第4の実施形態の概略図を示している。第4の実施形態の球面収差補正静電型レンズ4は、前述のタイプ4に相当するものであり、レンズ軸上に点源が配置される点源電極12と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための引き込み電極33と、引き込み電極33と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極14と、中心軸が一致するように配置された軸対称の4つのリング状電極(EL1~EL4)と1つの円筒状電極(EL5)を備える。
【0059】
カソードレンズ49は、レンズ軸に垂直な平面状電極である点源電極12と、レンズ軸が垂線となるベース面33aから軸方向に向けて軸対称な突壁部33bを有し、突壁部33bの開口面から外側に拡がるテーパ状突壁部33cが形成された引き込み電極33とで構成される。そして、点源電極12を、引き込み電極33の内面の凹側に、引き込み電極から一定の距離を隔てて対向するように配置させて、点源電極12と引き込み電極との間に高電圧を印加して、試料から放出された電子を取り込む。球面収差補正静電型レンズ4では、各電極の形状、配置、印加電圧を調整することにより、試料に紫外線やX線などの光を照射することで試料表面から出てきた電子を±90°の取り込み角にわたって取り込み、小さな球面収差に補正して、アパーチャ18の位置に収束ビームを生成する。
【0060】
図6に示すグラフは、球面収差補正静電型レンズ4において、点源からの出射α(-90°~90°)に対する球面収差SAを示している。上記の構成の点源電極12と引き込み電極33とで構成されるカソードレンズ49を備える球面収差補正静電型レンズ4によれば、メッシュ電極の深さdと開口半径Rとの比(d/R)が大きいメッシュを用いることなく、非常に大きな取り込み角を達成できていることがわかる。球面収差補正静電型レンズ4において、d/Rは、約0.92である。但し、球面収差補正静電型レンズ4の場合、取り込み角が±70°程度以上になると大きな球面収差が発生するという課題は残る。
【実施例5】
【0061】
実施例1~4の球面収差補正静電型レンズのカソードレンズ(19,29,39,49)において、図7に示す各種パラメータ(点源電極と引き込み電極のベース面との距離L、点源電極の凸部の高さa、点源電極の凸部の半径r、引き込み電極の突壁部の高さh、引き込み電極の突壁部の直径D)がどのような効果をもつかシミュレーションした結果を以下に示す。
【0062】
図8~10は、それぞれ上記のパラメータの変化によって、虚像における球面収差がどのように変化するかを示したものである。それぞれの図の(2)に、点源からの出射角α(0°~90°)に対する球面収差SA(mm)を示している。
図8は、図7(1)のカソードレンズにおいて、突壁部のアスペクト比(h/D)の変化を考慮している。この図より、アスペクト比(h/D)が0から0.5と増加するにしたがって球面収差SAが減少することが分かる。図8(2)の一点鎖線は、グリッドを用いない図7(2)のカソードレンズのh/D=0.4の場合の結果である。グリッドを用いない場合でも、平行電場の場合(図7(1)のカソードレンズのh/D=0の場合)と比較すると球面収差は小さくなっているが、グリッドを用いた図7(1)のカソードレンズの方がアスペクト比(h/D)の調整によって球面収差をより小さくすることができる。なお、アスペクト比(h/D)の上限は約0.6である。これは、アスペクト比(h/D)が0.6程度以上になると、広角側の電子軌道の一部が突壁部の壁に引っかかって、その軌道の電子がカソードレンズを通過できなくなるためである。
なお、図1に示した球面収差補正静電型レンズにおいて、アスペクト比(h/D)は0.3である。これは、カソードレンズの後段に配置されるメッシュ電極、リング状電極、円筒状電極の各種パラメータの調整とともにアスペクト比(h/D)の最適化を行った結果である。また、図6に示した球面収差補正静電型レンズにおいて、アスペクト比(h/D)は0.4である。ただし、カソードレンズと組み合わせるメッシュ電極、リング状電極、円筒状電極の設計によっては、本発明の球面収差補正静電型レンズにおける最適なアスペクト比(h/D)は、0.1~0.5の範囲で変化し得る。また、点源と引き込み電極のベース面との距離Lに対する直径Dの大きさは球面収差補正静電型レンズの最適化の計算において決定される。実施例1~4の球面収差補正静電型レンズにおいて、D/Lは2.0程度となる。
図9は、レンズ軸方向に軸対称な凸部を有する点源電極の凸部のパラメータの効果を考慮したものである。ここで、パラメータは、図7(3)に示した凸部の高さaと半径rである。高さaを大きくすると球面収差は減少し、また、半径rを小さくしても球面収差は減少する。その結果、凸部を細長い円柱形状にすることにより球面収差を大幅に減少させることができる。しかし、この場合、試料は円柱上面の狭い領域に固定することになり、実用性に難が生じる。
そこで、図10では、レンズ軸方向に軸対称な凸部を有する点源電極の凸部のパラメータと引き込み電極の突壁部のパラメータ(アスペクト比(h/D))の組み合わせを考慮している(図7(4)、(5)に対応)。図9(2)と図10(2)において、実線曲線は、いずれも、点源電極の凸部の高さaと半径rを、点源と引き込み電極のベース面との距離Lに対する相対値として、a/L=0.6とr/L=0.4で与えた場合の結果である。このときの電子軌道(虚像)をそれぞれ図9(1)、図10(1)の左側に示している。これら電子軌道の比較、または、図9(2)と図10(2)の実線曲線の比較から分かるように、レンズ軸方向に軸対称な凸部を有する点源電極に軸対称な突壁部を有する引き込み電極を組み合わせることにより、球面収差を大幅に減少させることができる。また、点源電極の凸部の半径rを小さくすることによって、球面収差はさらに減少させることができ、図10(2)の一点鎖線で示すように、負の球面収差を発生させることも可能である。図8に示したように、引き込み電極の突壁部のアスペクト比(h/D)だけでも球面収差をかなり調整することができるが、点源電極に凸部形状を与え、高さaと半径rのパラメータを加えることにより球面収差をかなり有効に調整することが可能になる。
なお、図7(7)、(8)は、それぞれ、前述のタイプ2B、3Bに相当するものであり、図7(6)は、前述のタイプ2Bのアスペクト比(h/D)が0の場合に相当するものである。前述のタイプ2B、3Bでは、点源の高さaを微調整して球面収差を有効に調整することができる。
【実施例6】
【0063】
上述の実施例2,3の球面収差補正静電型レンズにおける点源電極のように、レンズ軸に垂直な平面状電極であってレンズ軸方向に軸対称な凸部を有し、凸部の上部中央に点源が配置されている場合に、凸部の上部中央に点源を配置させるやり方について、図11を参照して説明する。
点源は、図11(a)のように凸部12aの上部中央に点源11が配置されるという配置だけでなく、図11(b)又は図11(c)のように、点源支持移動装置12bを介して凸部12aの上部中央に配置することも可能である。点源支持移動装置12bは、先端部に点源11が配置された軸対称もしくはロッド状の電極であって、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレートの貫通穴の位置もしくは貫通穴を通った位置に先端部が配置されたものである。図11(b)と図11(c)では、点源支持移動装置12bを用いて試料を操作し、試料上の点源11の位置を微調整12cすることができる。
【実施例7】
【0064】
図12は、本発明の電子分析器の第1の実施形態の概略図である。本実施例の電子分析器は、従来の平行ビーム二次元電子分析器の前段に、上述した実施例1の球面収差補正静電型レンズと複数の軸対称電極からなる「加速/減速レンズ」を設けたものである。ここで、加速/減速レンズは、電圧の切り替えにより減速レンズ又は加速レンズになるレンズとして定義する。図12に示す電子分析器では、本発明の球面収差補正静電型レンズ61によって全角(±90°)にわたり放出電子を取り込んで収束させ、平行ビーム二次元電子分析器63によってエネルギーが分析された二次元放出角度分布を全角にわたって一度に測定することができる。加速/減速レンズ62は、後述するように、この電子分析器に特有の効果を与える。なお、球面収差補正静電型レンズ61は、実施例1~4で示した球面収差補正静電型レンズの何れを用いてもよい。
【0065】
まず、図12(1)では、角度分布モードで用いる構成を示す。角度分布モードにおいては、加速/減速レンズは「減速レンズ」として用いられる。この減速レンズは、電子が平行ビーム二次元電子分析器63の平面コリメータ電極64に入る前に運動エネルギーを下げて、エネルギー分解能を向上するために用いられる。また、加速/減速レンズ62の出口には直径の異なる孔がいくつか開けられた挿入式のアパーチャプレート又はアイリス式のアパーチャ65が設けられる。このアパーチャ65と減速レンズによってエネルギー分解能向上と感度が調整される。減速することによって電子軌道の角度の広がりが大きくなるが、これは平行ビーム二次元電子分析器63にとっては好都合である。その理由は、入射角が大きいほどエネルギー分解能が高くなるためである。
【0066】
次に、図12(2)は、イメージングモードで用いる構成を示している。イメージングモードにおいては、試料の拡大像を観察して、調べたい領域を光軸上に合わせる光電子顕微鏡として利用することができる。ここで、加速/減速レンズ62は「加速レンズ」として用いられる。加速レンズにするのは、平面コリメータ電極64には角度分布モードにおいて平行ビームからずれた電子を阻止するために電子吸収材がコートされているためである。角度分布モードでは、低エネルギーの電子が平面コリメータ電極64を通過し、平行からずれた電子は電子吸収材に吸収されるが、一方、イメージングモードでは平行に近いビームは得られるが、角度分布モードのような平行ビームにはならないため、エネルギーが低い電子は、ほとんど電子吸収材に吸収されてしまい、像を得るのが困難である。
そこで、電子を加速して結像することにより、電子が平面コリメータ電極64を通過できるようにしている。イメージングモードで拡大像を観察し、調べたい領域を光軸上に合わせた後、制限視野のためにアパーチャ65を球面収差補正静電型レンズ61の出口に挿入することにより、調べたい微小領域を分析領域として選択する。なお、この状態で、角度分布モードにすることにより、調べたい微小領域の二次元放出角度分布を全角にわたって一度に取得することが可能となる。また、この分析器はコンパクトに設計することができ、他の分析装置と組み合わせることも容易なため、様々な変化、応用が期待できる。
【実施例8】
【0067】
図13は、本発明の電子分析器の第2の実施形態の概略図である。図13に示すように、電子分析器の基本部分は、インプットレンズ102、内球と外球からなる静電半球部(CHA)103、静電半球部103の出口に設けられた検出器105からなる。本実施例の電子分析器では、電子分析器の静電半球部の前段に配置されるインプットレンズの更に前段に、実施例1の球面収差補正静電型レンズ1を用いる。本実施例の電子分析器においては、球面収差補正静電型レンズの収束角が重要になる。この収束角がインプットレンズの取り込み角よりも大きい場合、せっかく全角で取り込んでも、インプットレンズで取りこぼしが生じる。基礎研究や応用研究で広く用いられている商用の角度分解電子分光装置は、取り込み角が、概ね±6°~±15°となっている。図1に示した実施例1の球面収差補正静電型レンズは、収束角が±10°の設計になっているが、収束角を±6°に設定して設計することもできる。これにより取りこぼしの問題は解消されるが、収束角が小さい設計にするとレンズの長さが長くなる。逆に、収束角が大きくても問題ない場合は、レンズの長さは短くて済む。
【0068】
したがって、コンパクトな電子分析器の開発においては、組み合わせる分析器の取り込み角に応じて、球面収差補正静電型レンズを設計すればよい。スペクトルモードでの感度は概ね取り込み立体角に比例し、取り込み立体角は、取り込み角を±θで表すとき、1-cos(θ)に比例する。そのため、取り込み角が±6°の電子分光装置において、収束角が±6°に設定された全角取り込み球面収差補正静電型レンズを組み合わせることにより、取り込み立体角は、(1-cos(90°)/(1-cos(6°))=183倍に拡大され、感度は、球面収差補正静電型レンズの透過率の見込み値0.5~0.6を乗じて、91~110倍となる。
【0069】
同様に、取り込み角が±15°の電子分光装置に、本実施例の球面収差補正静電型レンズを組み合わせると15~18倍の感度の向上が期待できる。また、角度分布モードでは、全範囲(±90°)の一次元の放出角度分布とエネルギー分散を同時に測定することができる。全角にわたる二次元放出角度分布の測定には前述した静電型ディフレクターによるスキャンニングの方法を用いることができ、これにより、高エネルギー分解能の全角二次元放出角度分布を広いエネルギー範囲で測定することが可能となる。なお、実施例1の球面収差補正静電型レンズを用いるのではなく、実施例2~4の何れかの球面収差補正静電型レンズを用いても構わない。
【実施例9】
【0070】
図14は、本発明の電子分析器の第3の実施形態の概略図である。図14に示すように、電子分析器は、図13に示す第2の実施形態の電子分析器と同様に、内球と外球からなる静電半球部の前段のインプットレンズ102の更に前段に実施例1の球面収差補正静電型レンズ1を用いる。第3の実施形態の電子分析器は、図13に示す第2の実施形態の電子分析器と異なり、静電半球部(CHA)103の出口にエネルギー選択用のスリットまたはアパーチャ104が設けられ、その後段に投影レンズ106と検出器105が設けられる。これにより、広いエネルギー範囲において、高分解能でエネルギー分解された二次元放出角度分布を全角にわたって一度に測定できる。
【実施例10】
【0071】
図15は、本発明のデュアル型の球面収差調整カソードレンズの概略図である。第1の実施形態のデュアル型の球面収差調整カソードレンズは、図15(1)に示すように、レンズ軸上に点源が配置される点源電極52と、点源から発生した荷電粒子を引き込むための2つの引き込み電極(53a,53b)とで構成されるカソードレンズである。点源電極52として、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレート51がレンズ軸と垂直に配置されている。また、引き込み電極(53a,53b)は、レンズ軸が垂線となるベース面(54a,54b)から軸方向に向けて軸対称な突壁部(55a,55b)を有し、突壁部55の開口面に、平面グリッド部(56a,56b)が形成される第1及び第2の2つの電極(53a,53b)を左右に備え、点源電極52が2つのベース面(54a,54b)の間に配置される。
また、第2の実施形態のデュアル型の球面収差調整カソードレンズは、図15(2)に示すように、点源電極52は、レンズ軸上に貫通穴を有する穴あきプレート51がレンズ軸と垂直に配置され、引き込み電極(53a,53b)は、レンズ軸が垂線となるベース面(54a,54b)から軸方向に向けて軸対称な突壁部(55a,55b)を有し、突壁部(55a,55b)の開口面から外側に拡がるテーパ状突壁部(57a,57b)が形成される第1及び第2の2つの電極(53a,53b)を左右に備え、点源電極52が2つのベース面(54a,54b)の間に配置される。
【0072】
ここで、図15(3)に示すように、穴あきプレート51は、レンズ軸上に位置する中央部に貫通穴51aが開いており、グラフェンのような薄い試料を貼り付け、あるいは、レンズ軸上の貫通穴51aにガスを噴射し、それに光を照射する。穴あきプレート51は、噴射するガスを供給もしくは回収するために、プレート内部にガス流路51bが設けられている。光の照射によって出てくる電子やイオンを左右の電極を通して、最大で4πステラジアン(全立体角)で検出する。中央の電極によって、左右対称な電位分布が形成でき、両側で電子または同種の荷電粒子を検出することができる。電圧のかけ方を変えれば、左右で正と負の荷電粒子のコインシデンス(coincidence)測定も可能である。なお、穴あきプレート51は、ガス流路51bとは別に電子を通すパス(図示せず)を内部に設けることによって、上記の光の替わりに電子を照射することも可能である。
なお、引き込み電極(53a,53b)の平面グリッド部(56a,56b)とベース面(54a,54b)の距離や電極の形状は、左右対称である必要は特になく、非対称であっても構わない。また、点源電極52には、レンズ軸上に穴あきプレート51を用いたが、穴あきプレート51の替わりに平面グリッドを用いてもよい。さらに、穴あきプレート51の内部にガス流路を設けるのではなく、プレート表面にガス流路を設けてもよい。
【0073】
点源としてガス状の分子又は粒子を用いる場合、デュアル型の球面収差調整カソードレンズは、図15のように穴あきプレート(または平面グリッド)を配置する替わりに、引き込み電極の印加電圧により電場を調整する電場調整手段によって点源の周辺に平行電場を形成させ、一方の引き込み電極で負の荷電粒子を引き込み、他方の引き込み電極で正の荷電粒子を引き込む設計とすることもできる。ここで、電場調整手段として、対向する2つの引き込み電極の間に1つまたは複数のリング状電極を配置して、2つの引き込み電極およびリング状電極に印加する電圧を調整することによって、平行電場を形成し易くすることができる。
【0074】
上述のデュアル型の球面収差調整カソードレンズにおいて、それぞれの引き込み電極の後段に、図1に示した球面収差補正静電型レンズのように、引き込み電極と対向する軸対称な凹面形状を有するメッシュ電極と、中心軸が一致するように配置された複数のリング状電極と1つまたは複数の円筒状電極を備えて、点源から発生した荷電粒子をそれぞれの引き込み電極で引き込み、球面収差を補正し、収束ビームを生成するデュアル型球面収差補正静電型レンズを提供することができる。
【0075】
また、上述のデュアル型球面収差補正静電型レンズのそれぞれの静電型レンズの後段に、図12のように、複数の軸対称電極からなる「加速/減速レンズ」と平行ビーム二次元電子分析器を配置して電子分析器を設計することができる。この電子分析器によって、4πステラジアン(全立体角)にわたって放出された荷電粒子を2つの静電型レンズで取り込んで分析することが可能になる。
【0076】
また、上述のデュアル型球面収差補正静電型レンズのそれぞれの静電型レンズの後段に、図13のように、インプットレンズ、内球と外球からなる静電半球部、その出口に検出器を配置して電子分析器を設計することができる。さらに、それぞれの静電半球部の出口に検出器を配置する替わりに、エネルギー選択用のスリットまたはアパーチャ、その後段に投影レンズと検出器を設ける設計とすることもできる。これにより、広いエネルギー範囲において、4πステラジアン(全立体角)にわたって放出された荷電粒子をそれぞれの静電型レンズで取り込んで、全立体角にわたる二次元放出角度分布を高エネルギー分解能で一度に測定する電子分析器を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、静電型レンズ、電子分光装置、および光電子顕微鏡に有用である。
【符号の説明】
【0078】
1~4,61 球面収差補正静電型レンズ
11 点源
12,22,52 点源電極
12a 凸部
12b 点源支持移動装置
13,33,50,53a,53b 引き込み電極
13a,33a,54a,54b ベース面
13b,33b,55a,55b 突壁部
33c,57a,57b テーパ状突壁部
14 メッシュ電極
15a リング状電極
15b 円筒状電極
16,56a,56b 平面グリッド部
18,65,116,124,127 アパーチャ
19,29,39,49 カソードレンズ
51 穴あきプレート
51a 貫通穴
51b ガス流路
62 加速/減速レンズ
63 平行ビーム二次元電子分析器
64 平面コリメータ電極
100 電子分光装置
101,112,131,142 試料
102 インプットレンズ
103 静電半球部(CHA)
104 スリットまたはアパーチャ
105,135 検出器
106 投影レンズ
110 DIANA
111 電子銃
113 半球グリッド
114,115 リング状電極
117,141 スクリーン
118 阻止電位グリッド
120 DELMA
121 広角静電型レンズ
122,132 楕円面メッシュ電極
123 アインツェルレンズ
125 静電半球部(CHA)
126 静電型ディフレクター
129 検出器
130 平行ビーム二次元電子分析器
133a~133e 軸対称電極
134 平面コリメータ電極
140 分析器
143 対物レンズ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24