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特許7505925油脂中の3-MCPD含有量を低減させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】油脂中の3-MCPD含有量を低減させる方法
(51)【国際特許分類】
   C11B 3/00 20060101AFI20240618BHJP
   A23D 9/02 20060101ALI20240618BHJP
【FI】
C11B3/00
A23D9/02
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020103716
(22)【出願日】2020-06-16
(65)【公開番号】P2021195471
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【弁理士】
【氏名又は名称】寺地 拓己
(74)【代理人】
【識別番号】100188374
【弁理士】
【氏名又は名称】一宮 維幸
(72)【発明者】
【氏名】池本 英生
(72)【発明者】
【氏名】降旗 清代美
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-073980(JP,A)
【文献】特開2018-082676(JP,A)
【文献】特表2014-501808(JP,A)
【文献】国際公開第2010/126136(WO,A1)
【文献】特開2016-185998(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/00-15/00
C11C 1/00- 5/02
A23D 7/00- 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリグリセリドを含有する組成物の製造方法であって、
(1)トリグリセリドを含有する原料油に、水の存在下で部分グリセリドリパーゼを反応させ、原料油中の3-MCPD脂肪酸エステル類を3-MCPDと脂肪酸とに加水分解する工程、および
(2)工程(1)の後、水層を除去する工程、
を含み、
原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.3ppm以上であり、
工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、原料油について得られる数値よりも低く、
該組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合が、90.0~99.9面積%であり、
トリグリセリドを含有する原料油が、加熱油であり、
トリグリセリドを含有する原料油が、魚油である、前記方法。
【請求項2】
工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、原料油について得られる数値よりも10%以上低い、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
部分グリセリドリパーゼが、ペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程(1)における部分グリセリドリパーゼの使用量が、原料油1gに対して、200~1,600ユニットである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
工程(1)の加水分解反応を10~50℃で行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(1)の加水分解反応の反応系に加える水の量が、原料油1gに対し、0.10~2.5gである、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
トリグリセリドを主成分として含有する組成物であって、
該組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合が、90.0~99.9面積%であり、
アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm~2.80ppmであり、
コレステロールエステルの濃度が、0.030~0.20重量%であり、かつ
加熱魚油である、前記組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリグリセリドを含有する組成物およびその製造方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
油脂中の脂肪酸の機能について、食品、医薬品などの分野において多数の研究がなされている。例えば、魚油の構成成分であるエイコサペンタエン酸(C20:5、EPA)、ドコサヘキサエン酸(C22:6、DHA)について、抗動脈硬化作用、脳機能改善作用、視覚機能改善作用、抗腫瘍作用、抗炎症作用等が報告されている。魚油はEPAおよびDHAを豊富に含む油脂であり、その摂取が広く推奨されている。
【0003】
クロロプロパノール類の一種である3-クロロプロパン-1,2-ジオール(3-MCPD)は発がん性が疑われている化合物である。1または2個の脂肪酸がエステル結合した3-MCPD脂肪酸エステル(3-MCPDE)が、精製食用油に微量に存在していることが見出されている。3-MCPDEは、食用油の精製工程において高温処理する過程で脂質と塩化物イオンから生成すると考えられている。クロロプロパノール類およびその脂肪酸エステル類は、パーム系油脂に比較的多く含有されることが知られている。
【0004】
EU等の各国で、3-MCPDの食品中の含有量について規制が設けられている。油脂においては、ジアシルグリセロール(DAG)やモノアシルグリセロール(MAG)が基質となって、3-MCPDEが生成することが知られている(非特許文献1)。パーム系油脂などのDAGが豊富な油脂について3-MCPDおよびその脂肪酸エステルの存在が指摘されて以降、様々な方法で油脂中の含有量低減が試みられてきた。欧州の植物油の事業者団体(FEDIOL)は、油脂を製造する過程において3-MCPDEの低減のために使用され得る技術およびその特徴を一覧にまとめて公表している(非特許文献2)。その中で、吸着剤処理、脱臭温度の低下、高温での処理時間の短縮などにより、油脂中の3-MCPDEの濃度を低減させ得ることが開示されている。
【0005】
油脂中の3-MCPDおよびその脂肪酸エステルの含有量を低減させる方法としては、それらの生成を抑制する方法と、油脂の製造過程において生成した3-MCPDおよびその脂肪酸エステルを除去する方法とが知られている。前者としては、アルカリ処理、白土処理、および脱臭処理の組み合わせにより魚油中の3-MCPDEの生成を抑制する方法(特許文献1)、油脂の脱臭工程を190~230℃の温度範囲で行うことを特徴とする、3-MCPDを生成する物質が低減化された食用油脂を製造する方法(特許文献2)、グリセリド油脂が100℃以上に加熱される処理以前に吸着剤処理および/またはアルカリ処理することを特徴とする、グリセリド油脂中のクロロプロパノール類等の生成を抑制する方法(特許文献3)などが知られている。後者としては、脱臭工程を経た精製油脂に吸着剤を加えて処理した後、ろ過することを特徴とする、3-MCPDを生成する物質を低減させた食用油脂の製造方法(特許文献4)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-105354
【文献】特開2011-147436
【文献】国際公開2010/126136
【文献】特開2011-147435
【非特許文献】
【0007】
【文献】Eur. J. Lipid Sci. Technol. 114, 1268-1273 (2012)
【文献】Review of mitigation measures for 3-MCPD esters and Glycidyl esters, FEDIOL, Ref. 15SAF108, 24 June 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
魚油などの生物由来の油は、通常、原油(粗油)から環境汚染物質、コレステロール、遊離脂肪酸、着色またはにおいの原因となる低分子などを除去し、所定の規格を達成することによって初めて、食品、医薬品、化粧品等のための製品として提供される。その過程において100℃を超える温度での加熱処理などがなされた結果、3-MCPDEが生成する。遊離の3-MCPDは、水洗により比較的容易にトリグリセリドから分離することができるのに対し、魚油などから製造された精製油中に一旦生成した3-MCPDEは水溶性が低いため、水洗で除去することは困難である。また3-MCPDEは、3-MCPDの水酸基が脂肪酸と結合しているという構造から、水洗以外の一般的な油の精製工程においても容易に除去することができない。本発明は、一旦生成した3-MCPDEを油から除去する手段、およびそれにより3-MCPDEの含有量が十分に低減された、トリグリセリドを主成分として含有する組成物の製造方法などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、加熱処理を受けた油を部分グリセリドリパーゼで処理することにより、3-MCPDEが水溶性の3-MCPDと脂肪酸とに加水分解され、その後の水洗いにより3-MCPDを除去できることを見出した。またこの処理では、油に含まれるグリセリド中のトリグリセリドの割合の低下も見られなかった。
本発明者らは、かかる知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
【0010】
[1]トリグリセリドを含有する組成物の製造方法であって、
(1)トリグリセリドを含有する原料油に、水の存在下で部分グリセリドリパーゼを反応させ、原料油中の3-MCPD脂肪酸エステル類を3-MCPDと脂肪酸とに加水分解する工程、および
(2)工程(1)の後、水層を除去する工程、
を含み、
原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.3ppm以上であり、
工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、原料油について得られる数値よりも低い、前記方法。
[2]トリグリセリドを含有する原料油が、加熱油である、[1]に記載の方法。
[3]トリグリセリドを含有する原料油が、魚油である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、原料油について得られる数値よりも10%以上低い、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]部分グリセリドリパーゼが、ペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼである、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]工程(1)における部分グリセリドリパーゼの使用量が、原料油1gに対して、200~1,600ユニットである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]工程(1)の加水分解反応を10~50℃で行う、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]工程(1)の加水分解反応の反応系に加える水の量が、原料油1gに対し、0.10~2.5gである、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]トリグリセリドを主成分として含有する組成物であって、
該組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合が、90.0~99.9面積%であり、
アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm~2.80ppmであり、かつ
以下のa~eの少なくとも1つを満たす、前記組成物:
a)該組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.50ppm以下である、
b)コレステロールエステルの濃度が、0.030~0.20重量%である、
c)ジ-(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)の濃度が、14.20~15.60ppbである、
d)ジイソノニルフタレート(DINP)の濃度が、9.7ppb~11.7ppbである、および
e)酸価(AV)が、1.5~37.2である。
[10]加熱油である、[9]に記載の組成物。
[11]加熱魚油である、[10]に記載の組成物。
[12]トリグリセリドを該組成物の総重量の50重量%以上、60重量%以上、70重量%以上、80重量%以上、90重量%以上、または95重量%以上含有する、[9]~[11]のいずれかに記載の組成物。
[13]該組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合が、95.0~99.9面積%、96.0~99.9面積%、97.0~面積%、または99.0~99.9面積%である、[9]~[12]のいずれかに記載の組成物。
[14]アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.16~0.30ppm、1.17~2.10ppm、1.69~2.74ppm、または1.72~2.21ppmである、[9]~[13]のいずれかに記載の組成物。
[15]アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.50ppm以下、0.40ppm以下、0.36ppm以下、0.27ppm以下、0.10ppm(定量下限値)未満である、[9]~[14]のいずれかに記載の組成物。
[16]アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm(定量下限値)以上、0.15ppm以上、0.17ppm以上、0.19ppm以上、または0.21ppm以上である、[9]~[14]のいずれかに記載の組成物。
[17]アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm~0.50ppm、0.10ppm~0.50ppm、0.10~0.27ppm、0.19~0.50ppm、または0.21~0.36ppmである、[9]~[14]のいずれかに記載の組成物。
[18]コレステロールエステルの濃度が、0.030~0.20重量%、0.030~0.15重量%、0.030~0.070重量%、または0.030~0.050重量%である、[9]~[17]のいずれかに記載の組成物。
[19]ジ-(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)の濃度が、14.20~15.60ppbである、[9]~[18]のいずれかに記載の組成物。
[20]ジイソノニルフタレート(DINP)の濃度が、9.7ppb~11.7ppbである、[9]~[19]のいずれかに記載の組成物。
[21]酸価が、1.5~37.2、2.0~37.2、2.5~37.2、3.0~37.2、3.5~37.2、4.0~37.2、4.5~37.2、5.0~37.2、5.5~37.2、10~37.2、または20~37.2である、[9]~[20]のいずれかに記載の組成物。
[22]構成脂肪酸中に高度不飽和脂肪酸を10面積%以上、15面積%以上、20面積%以上、25面積%以上、または30面積%以上含む、[9]~[21]のいずれかに記載の組成物。
[23]食用油である、[9]~[22]のいずれかに記載の組成物。
[24]食品、サプリメント、医薬品、または化粧品の原料である、[9]~[22]のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、油に含まれるグリセリド中のトリグリセリドの割合を低下させることなく、油の加熱処理で生成した3-MCPDEの含有量を低減させることができ、より安全な食用油等を安定的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書中、脂肪酸を表記する際に、炭素数、二重結合の数、および二重結合の位置を、数字およびアルファベットを組み合わせて簡略的に表した数値表現を用いることがある。例えば、炭素数20の飽和脂肪酸は「C20:0」と表記され、炭素数18の一価不飽和脂肪酸は「C18:1」と表記され、エイコサペンタエン酸は「C20:5 n-3」等と表記され得る。「n-」は、脂肪酸のメチル末端から数えて最初の二重結合の位置を示し、例えば「n-3」であれば、脂肪酸のメチル末端から数えて最初の二重結合の位置が、3番目の炭素原子と4番目の炭素原子の間であることを示す。この方法は当業者には周知であり、この方法に従って表記された脂肪酸については、当業者であれば容易に特定することができる。
【0013】
本明細書中、「高度不飽和脂肪酸」とは、炭素数18以上、二重結合数3以上の脂肪酸を意味する。高度不飽和脂肪酸は、例えば炭素数20以上、二重結合数3以上または4以上の脂肪酸、炭素数20以上、二重結合数5以上の脂肪酸であり得る。高度不飽和脂肪酸としては、例えばα-リノレン酸(18:3 n-3)、γ-リノレン酸(18:3 n-6)、ジホモ-γ-リノレン酸(20:3 n-6)、アラキドン酸(20:4 n-6)、エイコサペンタエン酸(20:5 n-3)、ドコサペンタエン酸(22:5 n-6)、およびドコサヘキサエン酸(22:6 n-3)が挙げられる。
【0014】
本明細書中、「粗油」とは、脂質の混合物であって、生物から抽出された状態の油を意味し、原油という場合もある。本明細書中、「精製油」とは、粗油に対して、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程、及び脱臭工程からなる群より選択される少なくとも1つの油脂の精製工程を行い、リン脂質及びステロールなどの目的物以外の物質を除去する粗油精製処理を行った油を意味する。当業者は、通常の分析により精製油と粗油を区別することができる。
【0015】
本明細書中、総称(例えば高度不飽和脂肪酸など)は、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、複数の構成要素が存在する可能性を排除しない。したがって、総称は通常少なくとも1つの構成要素が存在することを意味する。
【0016】
<トリグリセリドを含有する組成物の製造方法>
本発明は、トリグリセリドを含有する組成物の製造方法であって、
(1)トリグリセリドを含有する原料油に、水の存在下で部分グリセリドリパーゼを反応させ、原料油中の3-MCPD脂肪酸エステル類を3-MCPDと脂肪酸とに加水分解する工程、および
(2)工程(1)の後、水層を除去する工程、
を含み、
原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.3ppm以上であり、
工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、原料油について得られる数値よりも低い、前記方法に関する(以下、本発明の方法とも称する。)。
【0017】
本発明の方法における原料油は、トリグリセリドを主成分として含有する油であれば特に限定されず、例えば、水産動物油、微生物油、または植物油であり得る。本明細書中、トリグリセリドを主成分として含有するとは、原料油中のトリグリセリドの含有量が、原料油の総重量の50重量%以上、例えば60重量%以上、70重量%以上、80重量%以上、90重量%以上、または95重量%以上であることをいう。原料油の具体例としては、イワシ油、マグロ油、カツオ油、メンヘイデン油、タラ肝油、ニシン油、カペリン油、およびサーモン油などの魚油、オキアミなどの甲殻類由来の海産動物油、エゴマ、アマ、大豆、菜種など由来の植物油、ヤロウィア(Yarrowia)属などの酵母、モルティエレラ(Mortierella)属、ペニシリューム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、フザリューム(Fusarium)属などに属する糸状菌類、ユーグレナ属等の藻類、ストラメノパイルなどの、脂質を産生する微生物由来の油などが挙げられる。原料油は、遺伝子改変された変異Δ9エロンガーゼ遺伝子等の遺伝子が導入された遺伝子組換え微生物由来の油であってもよい。また、変異Δ9エロンガーゼ遺伝子等の遺伝子が組み換え技術により導入された、アブラナ属種、ヒマワリ、トウモロコシ、綿、亜麻、ベニバナ等の油料種子植物による遺伝子組換え植物由来の油も、原料油として使用できる。遺伝子組換え植物油及び遺伝子組換え微生物油等については、例えば、WO2012/027698、WO2010/033753等に記載のものを例示することができる。構成脂肪酸中に高度不飽和脂肪酸を一定量以上含む原料油を選択するのが好ましく、10面積%以上、15面積%以上、20面積%以上、25面積%以上、または30面積%以上含むものを選択し得る。一実施形態において、本発明の方法における原料油は、魚油であり、好ましくはマグロ油またはカツオ油であり得る。
【0018】
原料油は、3-MCPD形成物質を含む。本明細書中、3-MCPD形成物質とは、遊離の3-MCPDおよびその脂肪酸エステル(3-MCPDE)を意味し、試料中のその含有量は、アメリカ油化学会公定法(AOCS official method)Cd29b-13 assay Aにより3-MCPDの濃度として得られる数値で表される。原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、0.3ppm以上であり、例えば0.31ppm以上、0.32ppm以上、0.33ppm以上、0.34ppm以上、0.35ppm以上、0.4ppm以上、0.45ppm以上、0.5ppm以上、1ppm以上、1.5ppm以上、2ppm以上、2.5ppm以上、または3ppm以上であり得る。
【0019】
本明細書中、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aによる分析は、当業者によく知られている以下の手順により行う。
試料100mgを3-MCPD-d5-ジパルミチン酸エステル標準溶液(5ppm 3-MCPD-d5となるようにトルエンで希釈)100μL、ジエチルエーテル600μLを加えて完全に溶解するまで攪拌、混合した後に-22℃~-25℃にて約15分冷却する。その後、水酸化ナトリウム-メタノール溶液(水酸化ナトリウム0.25gをメタノール100mLに溶解)350μLを加えてよく攪拌した後に-22℃~-25℃にて16時間以上反応させる。同じ温度で酸性臭化ナトリウム溶液(臭化ナトリウム600gを精製水1Lに溶解し、85%リン酸を3mL添加)600μLを加えて反応を止めた後、二層分離した有機層が100μL程度になるまで窒素を吹き付けて濃縮する。その後、ヘキサン600μLを加えて激しく攪拌し、5分から10分間静置して有機層を除去することを2回行う。残った水層にジエチルエーテル:酢酸エチル混合液(3:2、V/V)600μLを加えて激しく攪拌し、有機層を回収することを3回繰り返す。回収した3回の有機層を合わせて無水硫酸ナトリウムで脱水する。脱水後の有機層を窒素を吹き付けて200μLまで濃縮し、飽和フェニルボロン酸-ジエチルエーテル溶液20μLを加えて10秒間激しく攪拌した後、窒素を吹き付けて溶媒を完全に除去する。ここにイソオクタン200μLを加えて10秒間激しく攪拌し、得られた溶液をGC-MS試料とする。
3-MCPD定量のための検量線は、3-MCPD-ジパルミチン酸エステルを3-MCPD濃度が0ppm、0.5ppm、1ppm、5ppmとなるようにトルエンに溶解した3-MCPD標準溶液を、上述の試料と同様に分析して作成する。
GC-MSの分析条件は以下のとおりである。
GC-MS条件
GC: GC-2010およびGCMS-QP2010 (島津製作所)
カラム:DB-5ms (Agilent Technologies)
30 m x 0.25 mm ID, 0.25 μm film thickness
キャリアガス:ヘリウム, 1.2 mL/min
注入口:250℃, 1 μL, スプリットレス サンプリング時間1分
カラム温度:85℃、0.5分保持→6℃/分→150℃、5分保持→12℃/分→180℃→25℃/分→280℃、7分保持
イオン化温度:200℃
インターフェイス温度:200℃
イオン化方法:EI、SIMモニタリングするm/zは以下の通り
3-MCPD-d5:m/z=149、150、201、203
3-MCPD: m/z=146、147、196、198
なお、定量には3-MCPD-d5のm/z=150、3-MCPDのm/z=147を用い、その他は目的物質の確認に用いる。
【0020】
上記分析法では、試料中の3-MCPDの遊離体およびエステル体のいずれもが、3-MCPDとして区別されることなく検出される。したがって、上記分析法の測定値は、試料中にもともと存在する3-MCPDの遊離体と、エステル体から形成され得る3-MCPDの遊離体との合計の含有量(ppm(mg/kg))を表す。
【0021】
本発明の方法における原料油は、粗油であっても精製油であってもよい。3-MCPDまたは3-MCPDEは、通常、粗油にはわずかに含まれるのみであるか、またはほとんど含まれず、精製の過程で3-MCPDEが生成する。したがって、好ましい実施形態において、本発明の方法における原料油は、精製油であり得る。
【0022】
あるいは、本発明の方法における原料油が粗油である場合、工程(1)の前に、粗油を精製する工程を含み得る。精製工程は、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程、及び脱臭工程からなる群より選択される少なくとも1つであり得る。これらの各工程は、当該技術分野において知られた方法により行うことができる。
【0023】
3-MCPDEは、100℃を超える温度での加熱処理によって生成し得る。本明細書中、100℃を超える温度、例えば110℃以上、120℃以上、130℃以上、140℃以上、160℃以上、180℃以上、または200℃以上での加熱処理を受けた油を、加熱油という。本発明の方法における原料油は、トリグリセリドを含有する加熱油であり得、例えば、160℃以上の温度で15分間以上の加熱処理を受けた油または120℃以上の温度で5時間以上の加熱処理を受けた油であり得る。加熱処理としては、例えば、短行程蒸留、分子蒸留、水蒸気蒸留などの蒸留が挙げられる。一実施形態において、原料油は、蒸留後の油であり得る。
【0024】
あるいは、本発明の方法における原料油が加熱油でない場合、工程(1)の前に、トリグリセリドを含有する原料油を100℃以上、例えば110℃以上、120℃以上、130℃以上、140℃以上、160℃以上、180℃以上、または200℃以上に加熱する工程をさらに含み得る。加熱時間は、15分以上、例えば30分以上、45分以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、または5時間以上であり得る。
【0025】
本発明の方法において、部分グリセリドリパーゼとは、トリグリセリドと比較して、モノグリセリドおよび/またはジグリセリドにより高い基質選択性を有するリパーゼをいう。部分グリセリドリパーゼとしては、ラット小腸、ブタ脂肪組織等の動物臓器由来のモノグリセリドリパーゼまたはジグリセリドリパーゼ、バチルススピーシーズ(Bacillus sp.)H-257由来モノグリセリドリパーゼ(J. Biochem., 127, 419-425, 2000)、シュードモナススピーシーズ(Pseudomonas sp.)LP7315由来モノグリセリドリパーゼ(J. Biosci. Bioeng., 91(1), 27-32, 2001)、ペニシリウム サイロピウム(Penicillium cyclopium)由来リパーゼ(J. Biochem., 87(1), 205-211, 1980)、ペニシリウム カメンベルティ(Penicillium camemberti)U-150由来リパーゼ(J. Ferment. Bioeng., 72(3), 162-167, 1991)などが挙げられる。一実施形態において、本発明における部分グリセリドリパーゼは、ペニシリウム属微生物由来のリパーゼであり、好ましくはペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼであり、より好ましくはリパーゼ GS「アマノ」250G(天野エンザイム株式会社製)またはリパーゼGアマノ50(天野エンザイム株式会社製)である。
【0026】
部分グリセリドリパーゼの使用量は、特に限定されないが、原料油1 gに対して10 unit(すなわち10 unit/g油)以上、反応速度を考えた実用性を考えると30 unit/g油以上を反応系に添加するのが好ましく、例えば50 unit/g油以上、100 unit/g油以上、200 unit/g油以上、400 unit/g油以上、800 unit/g油以上、または1,600 unit/g油以上を反応系に添加することができる。例えば、リパーゼの使用量は、10~2,000 unit/g油、50~1,600 unit/g油、100~1,600 unit/g油、200~1,600unit/g油、または200~800 unit/g油であり得る。固定化リパーゼについては、繰り返し使用できるものなので、固定化しないリパーゼのように必要量を添加するのではなく、過剰量の固定化リパーゼを反応系に添加し、反応後に回収して繰り返し使用することができる。したがって、少なくとも上記の原料油1 gに対する使用量を反応系に添加してもよく、さらにバッチ処理で使うか、カラム処理で使うか、何回繰り返して使うかなどに応じて、合理的な量に変更してもよい。例えば、原料油に対して3~30%(w/w)、4~25%(w/w)、さらに好ましくは、5~20%(w/w)の固定化リパーゼを用いることができる。
【0027】
ここで部分グリセリドリパーゼの1ユニットは、LV乳化法によって測定され、1分間に1マイクロモルの脂肪酸の増加をもたらす酵素量を1単位(ユニット)とする。LV乳化法とは、ラウリン酸ビニルの乳化液にリパーゼを作用させ、エタノール/アセトン混合溶媒で反応を停止し、水酸化ナトリウムで生成脂肪酸を中和後、残存する水酸化ナトリウムを塩酸で滴定することで、生成脂肪酸を定量してユニット数を求める方法である。
【0028】
本発明の方法の工程(1)では、トリグリセリドを含有する原料油に、水の存在下で部分グリセリドリパーゼを反応させる。リパーゼによる加水分解反応は、リパーゼの加水分解活性が発現するのに十分な量の水の存在下に行う必要がある。水の添加量としては、例えば、原料油1 gに対して0.10~2.5 g、0.15~2.5 g、0.15~2.0 g、または0.15~1.5 gであり、好ましくは0.15~0.70 gである。
【0029】
加水分解は、脂肪酸の劣化、リパーゼの失活などを抑制するため、乾燥窒素等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。また、原料油にトコフェロール、アスコルビン酸、t-ブチルハイドロキノンなどの抗酸化剤が含まれていてもよい。
【0030】
加水分解における反応温度は、リパーゼが活性を示す温度であれば特に限定されず、例えば10~50℃、20~50℃であり得、20℃~40℃程度が好ましい。10℃以下ではリパーゼ反応の速度自体が遅くなりすぎる点や油脂の粘度が高くなる点を考慮すると、反応温度は30℃±5℃程度が最も好ましい。大量反応の場合、反応槽内の温度を平均10~50℃になるよう設定し、反応温度の変化を±5℃程度の範囲に保持しながら反応を行えばよい。加水分解反応は、機械的撹拌や不活性ガス等の吹込による流動状態下で行うことができる。
【0031】
加水分解は、3-MCPDEの加水分解が所望の程度まで進むまで行う。反応条件は原料油、酵素量などにより異なり得る。例えば、部分グリセリドリパーゼの使用量が多い場合には、反応時間を短くしてもよく、また部分グリセリドリパーゼの使用量が少ない場合には、反応時間を長くしてもよい。一実施形態において、反応時間は、例えば、5時間以上、10時間以上、15時間以上、または20時間以上、48時間以下、36時間以下、または24時間以下であり得る。
【0032】
工程(2)では、工程(1)の反応液の水層を除去する。工程(1)で生成した3-MCPDは水層に含まれるため、工程(2)により、3-MCPD形成物質の含有量が低減された、トリグリセリドを主成分として含有する組成物が油層として得られる。水層の除去は、公知の方法により行うことができる。例えば、加水分解反応時間終了後、熱処理によりリパーゼを失活させ、遠心分離により水層と油層とを分離させ、水層を除去することができる。
【0033】
水層を除去した後、さらに1回以上の水洗を行ってもよい。水洗は、公知の方法により行うことができる。例えば、油層に蒸留水を加えて振盪した後、遠心分離により水層と油層とを分離させ、水層を除去する。
【0034】
得られた油層について、さらに脱水処理を行ってもよい。脱水処理は、公知の方法により行うことができる。例えば、エタノールなどの共沸剤を油層に添加し、減圧蒸留などの蒸留を行うことにより、脱水することができる。
【0035】
工程(2)後の油層における3-MCPD形成物質の含有量は、原料油における含有量よりも低くなる。好ましい態様において、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、原料油について得られる数値よりも10%以上、例えば、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、または50%以上低い。
【0036】
工程(2)後の油層における3-MCPD形成物質の含有量は、原料油中の3-MCPD形成物質の含有量によって変わり得る。例えば、原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が3.2ppm程度である場合、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、2.9ppm以下、例えば、2.7ppm以下、2.6ppm以下、2.5ppm以下、2.4ppm以下、2.3ppm以下、2.2ppm以下、2.1ppm以下、2.0ppm以下、1.9ppm以下、1.8ppm以下、または1.7ppm以下であり得る。原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が2.4ppm程度である場合、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、2.1ppm以下、例えば、2.0ppm以下、1.9ppm以下、1.8ppm以下、1.7ppm以下、1.6ppm以下、1.5ppm以下、1.4ppm以下、1.3ppm以下、1.2ppm以下、または1.1ppm以下であり得る。原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が0.34ppm程度である場合、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、0.31ppm以下、例えば、0.30ppm以下、0.29ppm以下、0.27ppm以下、0.25ppm以下、0.23ppm以下、0.21ppm以下、0.19ppm以下、0.17ppm以下、または0.16ppm以下であり得る。
【0037】
一態様において、本発明の方法は、さらに原料油中の2-MCPD形成物質の含有量を低減させ得る。本明細書中、2-MCPD形成物質とは、遊離の2-MCPDおよびその脂肪酸エステル(2-MCPDE)を意味し、その含有量は、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより2-MCPDの濃度として得られる数値で表される。アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aによる分析は、当業者によく知られている以下の手順により行う。
試料100mgを2-MCPD-d5-ジパルミチン酸エステル標準溶液(5ppm 2-MCPD-d5となるようにトルエンで希釈)100μL、ジエチルエーテル600μLを加えて完全に溶解するまで攪拌、混合した後に-22℃~-25℃にて約15分冷却する。その後、水酸化ナトリウム-メタノール溶液(水酸化ナトリウム0.25gをメタノール100mLに溶解)350μLを加えてよく攪拌した後に-22℃~-25℃にて16時間以上反応させる。同じ温度で酸性臭化ナトリウム溶液(臭化ナトリウム600gを精製水1Lに溶解し、85%リン酸を3mL添加)600μLを加えて反応を止めた後、二層分離した有機層が100μL程度になるまで窒素を吹き付けて濃縮する。その後、ヘキサン600μLを加えて激しく攪拌し、5分から10分間静置して有機層を除去することを2回行う。残った水層にジエチルエーテル:酢酸エチル混合液(3:2、V/V)600μLを加えて激しく攪拌し、有機層を回収することを3回繰り返す。回収した3回の有機層を合わせて無水硫酸ナトリウムで脱水する。脱水後の有機層を窒素を吹き付けて200μLまで濃縮し、飽和フェニルボロン酸-ジエチルエーテル溶液20μLを加えて10秒間激しく攪拌した後、窒素を吹き付けて溶媒を完全に除去する。ここにイソオクタン200μLを加えて10秒間激しく攪拌し、得られた溶液をGC-MS試料とする。
2-MCPD定量のための検量線は、2-MCPD-ジパルミチン酸エステルを2-MCPD濃度が0ppm、0.5ppm、1ppm、5ppmとなるようにトルエンに溶解した2-MCPD標準溶液を、上述の試料と同様に分析して作成する。
GC-MSの分析条件は以下のとおりである。
GC-MS条件
GC: GC-2010およびGCMS-QP2010 (島津製作所)
カラム:DB-5ms (Agilent Technologies)
30 m x 0.25 mm ID, 0.25 μm film thickness
キャリアガス:ヘリウム, 1.2 mL/min
注入口:250℃, 1 μL, スプリットレス サンプリング時間1分
カラム温度:85℃、0.5分保持→6℃/分→150℃、5分保持→12℃/分→180℃→25℃/分→280℃、7分保持
イオン化温度:200℃
インターフェイス温度:200℃
イオン化方法:EI、SIM;モニタリングするm/zは以下の通り
2-MCPD-d5:m/z=201、203
2-MCPD: m/z=196、198
なお、定量には2-MCPD-d5のm/z=201、3-MCPDのm/z=196を用い、その他は目的物質の確認に用いる。
【0038】
上記分析法では、試料中の2-MCPDの遊離体およびエステル体のいずれもが、2-MCPDとして区別されることなく検出される。したがって、上記分析法の測定値は、試料中にもともと存在する2-MCPDの遊離体と、エステル体から形成され得る2-MCPDの遊離体との合計の含有量(ppm(mg/kg))を表す。
【0039】
工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値は、原料油について得られる数値よりも低くなり得る。好ましい態様において、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値は、原料油について得られる数値よりも10%以上、例えば、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、50%以上、55%以上、または60%以上低い。
【0040】
工程(2)後の油層における2-MCPD形成物質の含有量は、原料油中の2-MCPD形成物質の含有量によって変わり得る。例えば、原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値が0.3ppm程度である場合、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値は、0.27ppm以下、例えば、0.24ppm以下、0.21ppm以下、0.18ppm以下、0.16ppm以下、0.14ppm以下、0.12ppm以下、または0.10ppm以下であり得る。原料油についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値が0.6ppm程度である場合、工程(2)後の油層についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる2-MCPDの濃度として得られる数値は、0.54ppm以下、例えば、0.48ppm以下、0.42ppm以下、0.38ppm以下、0.30ppm以下、0.24ppm以下、または0.20ppm以下であり得る。
【0041】
魚油や微生物油などの生物由来の油には、トリグリセリド以外にコレステロールも含まれている。コレステロールを含有する油に対して部分グリセリドリパーゼ処理または水洗を行っても、コレステロールが完全に除去されることはない。したがって、本明細書中の特定の実施形態において、本発明の方法により製造される組成物は、コレステロールを含有する。組成物中のコレステロール濃度は、原料油における濃度と同程度である。
【0042】
コレステロールは、分子式C2746Oで表されるステロイド骨格を有する化合物であり、天然物中では、フリー体またはエステル体として存在している。エステル体とは、ヒドロキシ基(OH基)の部分に脂肪酸が結合したアシルコレステロールである。本発明において、総コレステロール含量(または総コレステロールの濃度)は、フリー体およびエステル体の合計含有量を意味する。総コレステロール含量は、以下の方法により測定される。
試料約0.1gに内標として1mLの0.1g/L 5α-コレスタン/エタノール溶液を加え、2mol/L 水酸化カリウム/含水エタノール溶液を1mL加えてから100℃で10分間加熱する。冷却後、石油エーテル3mL、飽和硫酸アンモニウム3mLを加え、攪拌、静置後に上層を回収して、ガスクロマトグラフィーにより下記測定条件で測定する。5α-コレスタンとコレステロールの相対感度を求めるために、5α-コレスタンが0.25mg/L、コレステロールが0.25mg/Lであるヘキサン溶液をガスクロマトグラフィーにて分析する。試料量と各面積値より総コレステロール含量を算出する。
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6890 GC system (Agilent社)
カラム:DB-1 J&W 123-1012
カラム温度:270℃
注入温度:300℃
注入方法:スプリット
スプリット比:50:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム(39.3kPa、コンスタントプレッシャ)
【0043】
遊離コレステロールおよびコレステロールエステル量は、以下の方法により測定される。
試料約1 gをヘキサンで10 mLにメスアップし、0.5 mLをサンプリングする。これをシリカゲルカートリッジ(Waters社、Sep-pack(登録商標) Plus Silica Cartridge 55-105 μm)にチャージし、ヘキサン:ジエチルエーテル=9:1(v/v) 5 mLを流し、溶出液をコレステロールエステル画分とする。さらにジエチルエーテル 5 mLを流し、溶出液をコレステロール画分とする。窒素気流下で溶媒を蒸発させた後、総コレステロール含量測定と同様の操作を行い、サンプル量と面積値よりコレステロールエステル量および遊離コレステロール含量を算出する。
【0044】
本発明の方法で製造される組成物中の遊離コレステロールの濃度、コレステロールエステルの濃度、および総コレステロールの濃度は、いずれも原料油と同程度である。原料油中の遊離コレステロールの濃度および総コレステロールの濃度は、前処理(例えば、脱ガム処理、脱酸処理、脱色処理、及び脱臭処理)によって変わり得るが、コレステロールエステルの濃度は比較的変動が少ない。本発明の組成物の製造においては、コレステロールエステルの濃度の変動が少なくなるような反応条件を選択してもよい。コレステロールエステルの加水分解を触媒しない部分グリセリドリパーゼを用いることで、原料油に部分グリセリドリパーゼを反応させてもコレステロールエステルの濃度を大きく変動しないように調整することができる。一実施形態において、原料油が魚油である場合、本発明の方法で製造される組成物中のコレステロールエステルの濃度は、魚種によって変わり得るが、0.030~0.20重量%、例えば0.030~0.15重量%、0.030~0.070重量%、または0.030~0.050重量%であり得る。
【0045】
本明細書中の特定の実施形態において、本発明の方法により製造される組成物は、フタル酸エステル類を含む。フタル酸エステル類は、ポリ塩化ビニルなどのプラスチック製品の可塑剤として広く使用されている化学物質であり、内分泌かく乱作用などを有することが疑われている。フタル酸エステル類は油に溶けやすく、本発明の方法における原料油にも含まれ得る。フタル酸エステル類は、試料をジクロロメタンに溶解し、内部標準と混合したのち、液体クロマトグラフィーでフタル酸エステル類を脂肪/油から分離し、GC-MS/MSにより分析することにより、定量される。本発明の方法で製造される組成物中のフタル酸エステル類の濃度は、ジ-(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)およびジイソノニルフタレート(DINP)を除き、原料油と同程度である。本発明の方法で製造される組成物中のDEHPの濃度は、原料油中の濃度よりも低く、例えば原料油が魚油である場合、14.20~15.60ppbであり得る。本発明の方法で製造される組成物中のDINPの濃度は、原料油中の濃度よりも低く、例えば原料油が魚油である場合、9.7ppb~11.7ppbであり得る。
【0046】
本発明の方法により製造される組成物の酸価(AV)は、原料油の酸価によって変わり得るが、例えば1.5~37.2であり得る。例えば、原料油の酸価が0.08程度である場合、工程(2)後の油層における酸価は、2.0以上、例えば3.0以上、5.0以上、10以上、または20以上であり得る。原料油の酸価が0.20程度である場合、工程(2)後の油層における酸価は、1.8以上、例えば2.0以上、2.4以上、3.0以上、4.0以上、または5.0以上であり得る。原料油の酸価が0.34程度である場合、工程(2)後の油層における酸価は、2.0以上、例えば2.5以上、3.0以上、3.5以上、4.0以上、4.5以上、5.0以上、または5.5以上であり得る。
【0047】
本発明の方法は、リパーゼ反応の前後で脂肪酸組成を変動させるような分解を生じさせないため、原料油の脂肪酸組成を大きく変化させることはない。本発明の方法で製造される組成物の脂肪酸組成は、構成脂肪酸中に高度不飽和脂肪酸を一定量以上、例えば、10面積%以上、15面積%以上、20面積%以上、25面積%以上、または30面積%以上含み得る。本明細書中、脂肪酸組成の測定は、以下の方法により行う。
試料40μLに1Nナトリウムエチラート/エタノール溶液1mLを加え、約30秒間攪拌後2分放置する。その後、1N塩酸を1mL加えて中和し、ヘキサン2mL、飽和硫酸アンモニア水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、上層をガスクロマトグラフィーに供して測定する。脂肪酸組成の値は、面積%で示す。ガスクロマトグラフィーの分析条件は以下のとおりである。
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6850 GC system (Agilent社)
カラム :DB-WAX J&W 123-7032
カラム温度:200℃
注入温度:300℃
注入方法:スプリット
スプリット比:30:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (3.5mL/min、コンスタントフロー)
【0048】
<トリグリセリドを主成分として含有する組成物>
本発明は、トリグリセリドを主成分として含有する組成物であって、
該組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合が、90.0~99.9面積%であり、
アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm~2.80ppmであり、かつ
以下のa~eの少なくとも1つを満たす、前記組成物:
a)該組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.50ppm以下である、
b)コレステロールエステルの濃度が、0.030~0.20重量%である、
c)ジ-(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)の濃度が、14.20~15.60ppbである、
d)ジイソノニルフタレート(DINP)の濃度が、9.7ppb~11.7ppbである、および
e)酸価(AV)が、1.5~37.2である
に関する(以下、本発明の組成物とも称する。)。
【0049】
本発明の組成物は、本発明の方法によって製造することができる。
【0050】
本発明の組成物において、トリグリセリドを主成分として含有するとは、トリグリセリドを本発明の組成物の総重量の50重量%以上、例えば60重量%以上、70重量%以上、80重量%以上、90重量%以上、または95重量%以上含有することをいう。
【0051】
本発明の組成物中のグリセリド画分中のトリグリセリドの割合は、90.0~99.9面積%であり、例えば95.0~99.9面積%、96.0~99.9面積%、97.0~面積%、または99.0~99.9面積%であり得る。
グリセリド組成(すなわち、試料に含まれるグリセリド中のモノグリセリド、ジグリセリド、およびトリグリセリドの割合)の測定は、TLC/FID法により以下の手順で行う。
試料40μLをヘキサン1mLに溶解し、棒状薄層に0.4μLまたは0.6μLを負荷する。クロロホルム、メタノールの混合溶媒(クロロホルム:メタノール=95:5(容積比))を展開溶媒として2分間展開し、棒状薄層を乾燥後、ヘキサン、ジエチルエーテル、酢酸の混合溶液(ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=70:30:0.1(容積比))を展開溶媒として35分間展開する。これを薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器にて分析する。分析結果から遊離脂肪酸由来のピークを除いた上で、各グリセリドの割合を面積%で示す。
【0052】
本発明の組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値は、0.10ppm~2.80ppm、例えば0.16~0.30ppm、1.17~2.10ppm、1.69~2.74ppm、または1.72~2.21ppmであり得る。かかる特徴は、原料油を部分グリセリドリパーゼで処理することによってもたらされ得る。
【0053】
本発明の組成物は、上記a~eの少なくとも1つ、例えばいずれか1つ(すなわち、a;b;c;d;またはe)、いずれか2つ(すなわち、aおよびb;aおよびc;aおよびd;aおよびe;bおよびc;bおよびd;bおよびe;cおよびd;cおよびe;またはdおよびe)、いずれか3つ(すなわち、a、b、およびc;a、b、およびd;a、b、およびe;a、c、およびd;a、c、およびe;a、d、およびe;b、c、およびd;b、c、およびe;b、d、およびe;またはc、d、およびe)、またはいずれか4つ(すなわち、a、b、c、およびd;a、b、c、およびe;a、b、d、およびe;a、c、d、およびe;またはb、c、d、およびe)を満たし、好ましくは上記a~eのすべてを満たす。これらの特徴はそれぞれ、原料油を部分グリセリドリパーゼで処理することによってもたらされ得る。
【0054】
aに関する一態様において、本発明の組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値は、0.50ppm以下、例えば0.40ppm以下、0.36ppm以下、0.27ppm以下、0.10ppm(定量下限値)未満であり得る。また本発明の組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値は、0.10ppm(定量下限値)以上、例えば、0.15ppm以上、0.17ppm以上、0.19ppm以上、または0.21ppm以上であり得る。本発明の組成物についてアメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値は、0.10ppm~0.50ppm、0.10ppm~0.50ppm、0.10~0.27ppm、0.19~0.50ppm、または0.21~0.36ppmであり得る。
【0055】
bに関する一態様において、本発明の組成物中の遊離コレステロールの濃度、コレステロールエステルの濃度、および総コレステロールの濃度は、原料油と同程度であり得る。本発明の組成物中のコレステロールエステルの濃度は、原料油の種類によって変わり得るが、0.030~0.20重量%、例えば0.030~0.15重量%、0.030~0.070重量%、または0.030~0.050重量%であり得る。
【0056】
cに関する一態様において、本発明の組成物は、ジ-(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)およびジイソノニルフタレート(DINP)を除き、原料油と同程度のフタル酸エステル類を含み得る。本発明の組成物中のDEHPの濃度は、原料油中の濃度よりも低く、例えば14.20~15.60ppbであり得る。
【0057】
dに関する一態様において、本発明の組成物中のDINPの濃度は、原料油中の濃度よりも低く、例えば9.7ppb~11.7ppbであり得る。
【0058】
eに関する一態様において、本発明の組成物の酸価(AV)は、1.5~37.2であり得る。本発明の組成物の酸価は、原料油の酸価よりも高く、例えば1.5以上、2.0以上、2.5以上、3.0以上、3.5以上、4.0以上、4.5以上、5.0以上、5.5以上、10以上、または20以上であり得る。本発明の組成物の酸価は、2.0~37.2、2.5~37.2、3.0~37.2、3.5~37.2、4.0~37.2、4.5~37.2、5.0~37.2、5.5~37.2、10~37.2、または20~37.2であり得る。
【0059】
特定の実施形態において、本発明の組成物は、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、1.17~2.10ppmであり、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10~0.27ppmであり、酸価が、1.8~5.8である。
【0060】
特定の実施形態において、本発明の組成物は、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、0.16~0.30ppmであり、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.10ppm未満(定量下限値未満)であり、酸価が、2.0~30である。
【0061】
特定の実施形態において、本発明の組成物は、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、1.69~2.74ppmであり、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.19~0.50ppmであり、酸価が、2.3~5.7である。
【0062】
特定の実施形態において、本発明の組成物は、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が、1.72~2.21ppmであり、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aの方法により2-MCPDの濃度として得られる数値が、0.21~0.36ppmであり、酸価が、2.6~5.1である。
【0063】
本発明の組成物は、構成脂肪酸中に高度不飽和脂肪酸を一定量以上、例えば、10面積%以上、15面積%以上、20面積%以上、25面積%以上、または30面積%以上含み得る。
【0064】
一実施形態において、本発明の組成物は、加熱油であり得る。油を100℃を超える温度で加熱処理することによって3-MCPDEが生成し得る。したがって、加熱油には通常3-MCPDEが含まれるが、本発明の方法によりこれを効率よく除去することができるため、本発明の組成物では、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が原料油について得られる数値と比較して低減されている。
【0065】
好ましい実施形態において、本発明の組成物は、加熱魚油であり得る。魚油について粗油から精製油を調製する場合、脱酸工程、脱臭工程などで100℃を超える温度での加熱処理が必要となる。そのため、加熱魚油には通常3-MCPDEが含まれるが、本発明の方法によりこれを効率よく除去することができるため、本発明の組成物では、アメリカ油化学会公定法Cd29b-13 assay Aにより分析した場合に生じる3-MCPDの濃度として得られる数値が原料油について得られる数値と比較して低減されている。
【0066】
本発明の組成物は、食用油として、あるいは食品、サプリメント、医薬品、化粧品等の原料として有用である。
【0067】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
なお実施例中、ppmおよびppbは、特記なければ、それぞれ重量ppm(すなわちmg/kg)および重量ppb(すなわちμg/kg)である。
実施例中、脂肪酸組成およびグリセリド組成についての%は、面積%である。ここで面積%とは、各成分の混合物をガスクロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID)を用いて分析したチャートにおける、各成分のピーク面積の全ピーク面積に対する割合であり、各成分の含有比率を示すものである。脂肪酸組成については、実施例に示す方法によるガスクロマトグラフィーにより分析した結果から算出し、グリセリド組成については、TLC/FIDを用いて分析した結果から算出した。
実施例中、コレステロール含量についての%は、重量%である。
実施例中、3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの測定値は、アメリカ油化学会公定法(AOCS official method)Cd29b-13 assay Aによる測定値を意味する。
【実施例
【0068】
<脂肪酸組成の測定>
脂肪酸組成は、油をエチルエステル化してガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、油40μLに1Nナトリウムエチラート/エタノール溶液1mLを加え、約30秒間攪拌後2分放置した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和し、ヘキサン2mL、飽和硫酸アンモニア水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、上層をガスクロマトグラフィーに供して測定した。脂肪酸組成の値は、面積%で示した。
【0069】
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6850 GC system (Agilent社)
カラム :DB-WAX J&W 123-7032
カラム温度:200℃
注入温度:300℃
注入方法:スプリット
スプリット比:30:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (3.5mL/min、コンスタントフロー)
【0070】
<グリセリド組成の測定>
グリセリド組成の測定は、薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID,イアトロスキャン、三菱化学ヤトロン株式会社)にて行った。油40μLをヘキサン1mLに溶解し、クロマロッド(登録商標)に0.4μLまたは0.6μLを負荷した。クロロホルム、メタノールの混合溶媒(クロロホルム:メタノール=95:5(容積比))を展開溶媒として2分間展開し、ロッドを乾燥後、ヘキサン、ジエチルエーテル、酢酸の混合溶液(ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=70:30:0.1(容積比))を展開溶媒として35分間展開した。これをイアトロスキャンにて分析した。分析結果から遊離脂肪酸由来のピークを除いた上で、各グリセリドの割合を面積%で示した。
【0071】
<3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの分析>
3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの分析は、SGS Germany GmbHに委託した。分析は、AOCS Cd 29b-13に従って行われた。
【0072】
<フタル酸エステル類の分析>
フタル酸エステル類の分析は、SGS Germany GmbHに委託した。試料をジクロロメタンに溶解し、内部標準と混合したのち、LC-GC-MS/MSにより分析した。LCでは、サイズ排除クロマトグラフィーによりフタル酸エステル類から脂肪/油を分離し、GC-MS/MSでフタル酸エステル類を分析し定量した。
【0073】
<酸価(AV)の測定>
酸価は、以下の方法で測定した。エタノール、ジエチルエーテル混合溶媒(1:1、v/v)を調製し、フェノールフタレインを数滴加えた後、発色するまで0.1 N水酸化ナトリウム/エタノール溶液を加えた。ガラス容器にサンプル油約1 gを精密に量りとり、混合溶媒30~40 mLを加えて溶解させた。これに0.1 N水酸化ナトリウム/エタノール溶液を滴下して中和滴定を行い、サンプル油重量および発色するまでに使用した0.1 N水酸化ナトリウム/エタノール溶液の容量より下式により算出した。
AV=滴定量(mL)×5.611/サンプル重量(g)
【0074】
<総コレステロール含量、遊離コレステロール含量、およびコレステロールエステル含量の測定>
油の総コレステロール含量、遊離コレステロール含量、およびコレステロールエステル含量は、ガスクロマトグラフィーにて測定した。
総コレステロール含量は、以下の方法で測定した。
油約0.1 gに内標として1 mLの0.1 g/L 5α-コレスタン/エタノール溶液を加え、2 mol/L 水酸化カリウム/含水エタノール溶液を1 mL加えてから100℃で10分間加熱した。冷却後、石油エーテル 3 mL、飽和硫酸アンモニウム 3 mLを加えて振盪し、静置した後、上層を回収してガスクロマトグラフィーにて分析した。5α-コレスタンとコレステロールの相対感度を求めるために、5α-コレスタンが0.25 g/L、コレステロールが0.25 g/Lであるヘキサン溶液をガスクロマトグラフィーにて分析した。サンプル量とそれぞれの面積値より総コレステロール含量を算出した。
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6890 GC system (Agilent社)
カラム:DB-1 J&W 123-1012
カラム温度:270℃
注入温度:300℃
注入方法:スプリット
スプリット比:50:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム(39.3kPa、コンスタントプレッシャ)
【0075】
遊離コレステロールおよびコレステロールエステル量は、以下の方法で測定した。
油約1 gをヘキサンで10 mLにメスアップし、0.5 mLをサンプリングした。これをシリカゲルカートリッジ(Waters社、Sep-pack(登録商標) Plus Silica Cartridge 55-105 μm)にチャージし、ヘキサン:ジエチルエーテル=9:1(v/v) 5 mLを流し、溶出液をコレステロールエステル画分とした。さらにジエチルエーテル 5 mLを流し、溶出液をコレステロール画分とした。窒素気流下で溶媒を蒸発させた後、総コレステロール含量測定と同様の操作を行い、サンプル量と面積値より遊離コレステロール含量およびコレステロールエステル含量を算出した。
【0076】
<実施例1>加熱処理による3-MCPD脂肪酸エステルの生成
魚油の精製工程には、短行程蒸留(SPD)、ウィンタリング、脱色、脱臭などが含まれ、そこでは100℃を超える温度での加熱処理がなされる。本実施例では、魚油の加熱処理による3-MCPD脂肪酸エステルの生成挙動を調査した。
【0077】
(1)方法
イワシ原油(粗魚油;3-MCPD測定値:0.20 ppm)を、真空下、120~230℃で15分または5時間加熱したのち、3-MCPDを測定した。
【0078】
(2)結果
3-MCPDの測定結果を表1に示す。いずれの加熱時間でも、3-MCPDの測定値は、温度依存的に上昇した。3-MCPD脂肪酸エステルは、温度が高いほど生成しやすいと言うことができる。
【0079】
【表1】
【0080】
<実施例2>精製工程で生成した3-MCPD脂肪酸エステルの低減
[試験1]
魚油1(蒸留脱酸マグロ油, 日本水産株式会社, AV 0.20)について、以下の方法によりリパーゼ GS処理および水洗を行った後、3-MCPD等を測定した。
魚油1は、マグロ原油を85℃の温水で洗い、脱水した後、短行程蒸留装置(SPD)KD450(UIC GmbH社製、蒸留面4.5m)を用いて短行程蒸留を行うことにより調製した。短行程蒸留は、本体装置温度262℃で行った。
50 mLガラス容器に、魚油1を15 g、蒸留水を10 mL、リパーゼGS「アマノ」250G(274000 unit/g, アマノエンザイム株式会社)を50 unit/g油(2.7 mg)、100 unit/g油(5.5 mg)、200 unit/g油(11.0 mg)、400 unit/g油(21.9 mg)、または800 unit/g油(43.8 mg)加え、20℃にてスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。得られた上層に蒸留水 10 mLを加えて激しく振盪した後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水した。以上の操作を2回行い、得られた2回分の試料を合わせて、3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの分析、酸価の分析、脂肪酸組成の分析、ならびにグリセリド組成の分析に供した。なお、実施例中、「3-MCPDs低減率」は、リパーゼ処理前の魚油の3-MCPD測定値を基準として、リパーゼ処理後の魚油の3-MCPD測定値の低下した割合を百分率で示したものである。
【0081】
結果を表2および3に示す。リパーゼ GSによる処理および水洗により、3-MCPD測定値は低下した。50~800 unit/g油のいずれのリパーゼ GS濃度でも、3-MCPD測定値は、魚油1よりも10%以上低下した。またリパーゼ GSの添加量の増加に伴い、3-MCPD測定値の低減率は上昇した。またリパーゼ GSで処理した油に含まれるグリセリド中のトリグリセリドの割合について、魚油1と比較して低下は見られなかった。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3】
【0084】
[試験2]
魚油5(精製カツオ油, 日本水産株式会社, AV 0.08)について、以下の方法により異なる濃度のリパーゼ GSでの処理および水洗を行った後、3-MCPD等を測定した。
魚油5は、以下の方法により調製した。カツオ原油についてアルカリ脱酸を行った。その後、カラムにて脱色し、溶剤を除去した後、水蒸気蒸留を行った。さらに短行程蒸留を行い、再度水蒸気蒸留を行った後、抗酸化剤を添加した。
50 mLガラス容器に魚油5を15 g、蒸留水を10 mL、リパーゼGS「アマノ」250G(274000 unit/g, アマノエンザイム株式会社)を100 unit/g油(5.5 mg)、200 unit/g油(11.0 mg)、400 unit/g油(21.9 mg)、800 unit/g油(43.8 mg)、または1600 unit/g油(87.6 mg)加え、30℃にてスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。得られた上層に蒸留水 10 mLを加えて激しく振盪した後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水した。以上の操作を2回行い、得られた2回分の試料を合わせて、3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの分析、酸価の分析、脂肪酸組成の分析、ならびにグリセリド組成の分析に供した。
【0085】
結果を表4および5に示す。試験1の魚油よりも3-MCPD測定値の低い魚油についても、リパーゼ GSによる処理および水洗により、3-MCPD測定値は低下した。またリパーゼ GSの添加量の増加に伴い、3-MCPD測定値の低減率は上昇した。またリパーゼ GSで処理した油に含まれるグリセリド中のトリグリセリドの割合について、魚油5と比較して低下は見られなかった。
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
[試験3]
魚油2(蒸留脱酸マグロ油, 日本水産株式会社, AV 0.34)について、以下の方法により異なる温度でのリパーゼ GS処理および水洗を行った後、3-MCPD等を測定した。
魚油2は、魚油1と同様の方法で調製した。
50 mLガラス容器に魚油2を15 g、蒸留水を10 mL、リパーゼGS「アマノ」250G(274000 unit/g)を400 unit/g油(21.9 mg)加え、20℃、30℃、40℃、または50℃にてスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。得られた上層に蒸留水 10 mLを加えて激しく振盪した後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水した。以上の操作を2回行い、得られた2回分の試料を合わせて、3-MCPD、2-MCPD、およびグリシドールの分析、酸価の分析、脂肪酸組成の分析、ならびにグリセリド組成の分析に供した。
【0089】
結果を表6および7に示す。リパーゼ GSを用いた場合、20℃~50℃のいずれの温度においても、3-MCPD測定値は低下した。3-MCPD測定値の低減率は、30℃において最も高く、30℃までは上昇傾向、30℃を超えると下降傾向が見られた。
【0090】
【表6】
【0091】
【表7】
【0092】
[試験4]
魚油2について、以下の方法により異なる蒸留水添加量でのリパーゼ GS処理および水洗を行った後、3-MCPD等を測定した。
50 mL ガラス容器に魚油2を15 g、蒸留水を2.5 mL、5 mL、10 mL、20 mL、リパーゼ GS「アマノ」250Gを400 unit/g油(21.9 mg)を加え、30℃にてマグネチックスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。得られた上層に蒸留水 10 mLを加えて激しく振盪した後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水した。以上を繰り返し、2回分のサンプル油を合計して分析に供した。
【0093】
結果を表8および9に示す。原料油15gに対して蒸留水を2.5~20mL添加したいずれの条件においても、3-MCPD測定値は低下した。3-MCPD測定値の低減率は、原料油15gに対して蒸留水を10mL添加した条件において最も高く、10mLまでは上昇傾向、10mLを超えると下降傾向が見られた。
【0094】
【表8】
【0095】
【表9】
【0096】
[試験5]
魚油2および魚油3(水洗マグロ油, 日本水産株式会社, AV 1.26)について、以下の方法によりリパーゼ処理および水洗を行った後、コレステロール含量等の分析を行った。
魚油3は、マグロ原油を85℃の温水で洗い、その後脱水することにより調製した。
50 mL ガラス容器に魚油2または魚油3を6 g、蒸留水を4 mL、リパーゼ GS「アマノ」250Gを400 unit/g油(8.8 mg)またはリパーゼOF360(384000 unit/g, 名糖産業株式会社)を400 unit/g油(6.3 mg)加え、30℃にてマグネチックスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水し、コレステロール含量の分析、酸価の分析、脂肪酸組成の分析、およびグリセリド組成の分析に供した。
【0097】
結果を表10~13に示す。コレステロール含量およびグリセリド組成については、リパーゼGS処理後の油と原料油との間で大きな変化は見られなかった。
【0098】
【表10】
【0099】
【表11】
【0100】
【表12】
【0101】
【表13】
【0102】
[試験6]
魚油4(溶媒脱酸カツオ油, 日本水産株式会社, AV 0.35)について、以下の方法によりリパーゼ処理および水洗を行った後、フタル酸エステル類等の分析を行った。
魚油4は、以下の方法により調製した。カツオ原油を95℃に加熱した後、カツオ原油に対して10%容量の50%NaOHを添加し攪拌した。遠心分離し、水層を除去した後、85℃の温水を添加し攪拌した。再度遠心分離し、水層を除去した。油層に対して2%容量のシリカを加え、攪拌したのち脱水し、フィルターによりシリカを除去した。
50 mL ガラス容器に魚油4(溶媒脱酸カツオ油, 日本水産株式会社, AV 0.35)を15 g、蒸留水 10 mL、リパーゼGS「アマノ」250Gを400 unit/g油(21.9 mg)またはリパーゼOF360(384000 unit/g, 名糖産業株式会社)を400 unit/g油(15.6 mg)加え、30℃にてマグネチックスターラーで20時間攪拌した。反応終了後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。得られた上層に蒸留水 10 mLを加えて激しく振盪した後、90℃の恒温槽で10分加熱し、遠心分離(1900 g, 10分)して上層を回収した。共沸溶媒としてエタノールを加えて、減圧蒸留により脱水した。以上の操作を2回行い、得られた2回分の試料を合わせて、フタル酸エステル類の分析、酸価の分析、脂肪酸組成の分析、ならびにグリセリド組成の分析に供した。
【0103】
結果を表14および15に示す。フタル酸エステル類の含有量については、リパーゼ GS処理後の油と原料油との間で大きな変化は見られなかった。
【0104】
【表14】
【0105】
【表15】
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明により、油に含まれるグリセリド中のトリグリセリドの割合を低下させることなく、油の加熱処理で生成した3-MCPDEの含有量を低減させることができ、より安全な食用油等を安定的に製造することができる。