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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-17
(45)【発行日】2024-06-25
(54)【発明の名称】積層シートとその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 27/30 20060101AFI20240618BHJP
   B32B 27/08 20060101ALI20240618BHJP
   B29C 48/21 20190101ALI20240618BHJP
   B29C 48/305 20190101ALI20240618BHJP
【FI】
B32B27/30 A
B32B27/30 B
B32B27/08
B29C48/21
B29C48/305
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022063802
(22)【出願日】2022-04-07
(65)【公開番号】P2023154486
(43)【公開日】2023-10-20
【審査請求日】2023-12-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】山野 正晴
(72)【発明者】
【氏名】高橋 活栄
【審査官】加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-151108(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 27/30
B32B 27/08
B29C 48/21
B29C 48/305
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクリル系重合体を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む表層とを有する積層シートであって、
前記スチレン系共重合体は、アクリロニトリル・スチレン共重合体を含み、
下記式(11)~(14)を充足し、
インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シート。
(11)0.60≦Cst1≦0.95
(12)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(13)0≦Cst2≦0.015
(14)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、表層の厚みである。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【請求項2】
0.012≦C st2 ≦0.015を充足する、請求項1に記載の積層シート。
【請求項3】
245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2000Pa・sである、請求項1に記載の積層シート。
【請求項4】
メタクリル系重合体を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む第1の表層と、前記主層の他方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む第2の表層とを有する積層シートであって、
前記第1の表層および前記第2の表層に含まれる前記スチレン系共重合体アクリロニトリル・スチレン共重合体を含み、
下記式(21)~(24)を充足し、
インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シート。
(21)0.60≦Cst1≦0.95
(22)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(23)0≦Cst2≦0.015
(24)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、第1の表層または第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、第1の表層または第2の表層の厚みである。
第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうち厚みが大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが同一であり、第1の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率と第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率とが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうちスチレン系単量体単位の質量分率が大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【請求項5】
0.012≦C st2 ≦0.015を充足する、請求項4に記載の積層シート。
【請求項6】
245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値、および、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2000Pa・sである、請求項4に記載の積層シート。
【請求項7】
共押出成形シートである、請求項1またはに記載の積層シート。
【請求項8】
キーホルダー用である、請求項1またはに記載の積層シート。
【請求項9】
前記主層と前記表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有し、
前記Tダイの温度が190~280℃であり、
前記Tダイの温度条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が0~2600Pa・sである、請求項1に記載の積層シートの製造方法。
【請求項10】
前記第1の表層と前記主層と前記第2の表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有し、
前記Tダイの温度が190~280℃であり、
前記Tダイの温度条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値、および、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2600Pa・sである、請求項に記載の積層シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、積層シートとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタル画像をコンピュータ処理して印刷媒体に記録することができるインクジェット(IJ)印刷は、印刷可能な媒体の種類も増え、利用範囲が拡がっている。例えば、印刷、広告、サイン・ディスプレイ、イベント、アミューズメント、建築、およびインテリア等の種々の分野に広く利用されるようになっている。紙以外の印刷媒体として、樹脂シートが挙げられる(特許文献1)。樹脂シートは、紙と異なり耐水性および耐久性に優れ、透明化も可能である。
【0003】
IJ印刷用樹脂シートは、IJ印刷を施した後、必要に応じてレーザーおよびNCルーター等を用いて切削加工して、所望の形状に成形することができる。このようにして得られる成形品は、キーホルダー等の雑貨および什器等に好ましく用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-155207号公報(特許第3709935号公報)
【文献】特開2018-94843号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
キーホルダー等の雑貨および什器等の用途において、IJ印刷用樹脂シートの基材樹脂としては、透明性およびインク発色性等の観点から、メタクリル系樹脂が好ましく用いられる。IJ印刷用インクとしては、紫外線(UV)硬化性インク等が好ましく用いられる。しかしながら、メタクリル系樹脂は、UV硬化性インク等のIJ印刷用インクの密着性があまり良くない傾向がある。
UV硬化性インク等のIJ印刷用インクの密着性が良好な成分としては、スチレン系共重合体が挙げられる。例えば、特許文献1には、ポリオレフィン系樹脂とスチレン系共重合樹脂とを含有するフィルム層を含むシート状基材と、中間処理層と、インク受容層とを有するIJ印刷用ポリオレフィン系樹脂シートが開示されている(請求項1)。
【0006】
一般的に、レーザー切削加工において、被加工材の材質によっては、レーザー光照射により被加工材が溶融蒸発した際に、蒸発ガスによる異臭または発煙が生じる場合がある。また、レーザー切削加工が終了した後、溶融部分が冷えて再び固化する際に蒸発ガスが切削面に付着し、切削面の外観不良が生じる場合がある。
メタクリル系樹脂は、蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)が生じがたく、レーザー切削加工性が良い傾向がある。これに対して、分子内に芳香環構造を有するスチレン系共重合体は、蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)が生じやすく、レーザー切削加工性があまり良くない傾向がある。
【0007】
本出願人は、特許文献2において、インク密着性およびレーザー切削加工性が良好な積層シートとして、スチレン系共重合体を含み表層を構成する第1の樹脂層とメタクリル系重合体を含む第2の樹脂層とを有し、第1の樹脂層中のスチレン系単量体単位の質量分率、第1の樹脂層の厚み、第2の樹脂層の厚み、およびシート全体の厚みの関係を好適化した積層シートを開示している(請求項1)。
本発明者らは、特許文献2に記載の技術を改良し、良好なレーザー切削加工性を得ながら、インク密着性をより向上させた積層シートを発明した。
【0008】
本開示は上記課題に鑑みてなされたものであり、インク密着性およびレーザー切削加工性が良好な積層シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、以下の[1]~[8]の積層シートとその製造方法を提供する。
[1] メタクリル系重合体を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む表層とを有する積層シートであって、
下記式(11)~(14)を充足し、
インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シート。
(11)0.60≦Cst1≦0.95
(12)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(13)0≦Cst2≦0.015
(14)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、表層の厚みである。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【0010】
[2] 245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2000Pa・sである、[1]の積層シート。
【0011】
[3] メタクリル系重合体を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む第1の表層と、前記主層の他方の表面側にあり、スチレン系共重合体を含む第2の表層とを有する積層シートであって、
下記式(21)~(24)を充足し、
インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シート。
(21)0.60≦Cst1≦0.95
(22)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(23)0≦Cst2≦0.015
(24)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、第1の表層または第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、第1の表層または第2の表層の厚みである。
第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうち厚みが大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが同一であり、第1の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率と第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率とが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうちスチレン系単量体単位の質量分率が大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【0012】
[4] 245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値、および、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2000Pa・sである、[3]の積層シート。
【0013】
[5] 共押出成形シートである、[1]または[3]の積層シート。
[6] キーホルダー用である、[1]または[3]の積層シート。
【0014】
[7] 前記主層と前記表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有し、
前記Tダイの温度が190~280℃であり、
前記Tダイの温度条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が0~2600Pa・sである、[1]の積層シートの製造方法。
【0015】
[8] 前記第1の表層と前記主層と前記第2の表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有し、
前記Tダイの温度が190~280℃であり、
前記Tダイの温度条件における、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値、および、前記主層の構成樹脂の溶融粘度と前記第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値が、0~2600Pa・sである、[3]の積層シートの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、インク密着性およびレーザー切削加工性が良好な積層シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る第1実施形態の積層シートの模式断面図である。
図2】本発明に係る第2実施形態の積層シートの模式断面図である。
図3】本発明に係る一実施形態の積層シートの製造装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[積層シート]
本開示の第1の積層シートは、メタクリル系重合体(B)を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体(A)を含む表層とを有し、下記式(11)~(14)を充足し、インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シートである。
(11)0.60≦Cst1≦0.95
(12)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(13)0≦Cst2≦0.015
(14)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、表層の厚みである。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【0019】
本開示の第1の積層シートの積層構造としては、図1に示す第1実施形態の主層の片面に表層を有する2層構造が挙げられる。図中、符号16Xは積層シート、符号21は表層、符号31は主層である。なお、各層の厚みは、式(11)~(14)を充足するように設計される。
本開示の第1の積層シートは必要に応じて、表層および主層以外の他の任意の層を含むことができる。ただし、表層21の主層と反対側の表面21Sは、その上に他の層を有さず、露出面である。この露出面は、印刷が施される印刷面であることができる。
【0020】
本開示の第2の積層シートは、メタクリル系重合体(B)を含む主層と、前記主層の一方の表面側にあり、スチレン系共重合体(A)を含む第1の表層と、前記主層の他方の表面側にあり、スチレン系共重合体(A)を含む第2の表層とを有し、下記式(21)~(24)を充足し、インクジェット印刷およびレーザー切削加工用である、積層シートである。
(21)0.60≦Cst1≦0.95
(22)1.67×10―2≦z/Z≦1.67×10―1
(23)0≦Cst2≦0.015
(24)0.02≦Cst3≦0.10
上記式中の各略号は、以下のパラメータを示す。
st1は、表層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st2は、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
st3は、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の質量分率である。
は、第1の表層または第2の表層の厚みである。
第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとは、同一でも非同一でもよい。
第1の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率と第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率とは、同一でも非同一でもよい。
第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうち厚みが大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。第1の表層の厚みと第2の表層の厚みとが同一であり、第1の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率と第2の表層中のスチレン系単量体単位の質量分率とが非同一である場合、zおよびCst1の値として、第1の表層と第2の表層のうちスチレン系単量体単位の質量分率が大きい方の表層のzおよびCst1の値を採用する。
Zは、積層シート全体の厚みである。
【0021】
本開示の第2の積層シートにおいて、「第1の表層または第2の表層」は、単に「表層」と略記する場合がある。本開示の第2の積層シートの説明において、「表層のCst1」は、式(21)に採用される表層のCst1であり、「表層のz」は、式(22)に採用される表層のzである。
【0022】
本開示の第2の積層シートの積層構造としては、図2に示す第2実施形態の主層の両面に表層を有する3層構造が挙げられる。図中、符号16Yは積層シート、符合22は第1の表層、符合23は第2の表層、符号31は主層である。なお、各層の厚みは、式(21)~(24)を充足するように設計される。
本開示の第2の積層シートは必要に応じて、表層および主層以外の他の任意の層を含むことができる。
ただし、第1の表層22の主層と反対側の表面22S、および/または、第2の表層23の主層と反対側の表面23Sは、その上に他の層を有さず、露出面である。この露出面は、印刷が施される印刷面であることができる。
【0023】
上記式(12)および(22)において、zおよびZの単位は同じであり、これらの単位は相殺される。zおよびZの単位は、例えば、mmまたはμmであることができる。本明細書において、「スチレン系単量体単位の質量分率」は、最小値が0で最大値が1となる質量割合を意味する。
【0024】
本開示の第1、第2の積層シートは、インクジェット(IJ)印刷用樹脂シートとして好ましく用いることができる。IJ印刷方式としては、静電吸引方式、ピエゾ素子等の圧電素子を用いてインクに機械的振動または変位を与える方式、インクを加熱して発泡させ、その圧力を利用する方式、および紫外線(UV)硬化性インクを使用する方式等が挙げられる。
本開示の第1、第2の積層シートは、スチレン系共重合体(A)を含む表層に対してIJ印刷を施すことができる。本開示の第1、第2の積層シートはまた、IJ印刷を施した後、必要に応じてレーザーおよびNCルーター等を用いて切削加工して、所望の形状に成形することができる。このようにして得られる成形品は、キーホルダー等の雑貨および什器等に好ましく用いることができる。かかる用途において、IJ印刷用インクとしては、UV硬化性インク等が好ましく用いられる。
【0025】
一般的に、分子内に芳香環構造を有するスチレン系共重合体(A)は、UV硬化性インク等のIJ印刷用インクの浸透性が良好で、IJ印刷用インクの密着性が良好である。ただし、芳香環構造を有するスチレン系共重合体(A)はレーザー切削加工性があまり良くなく、レーザー光照射により樹脂が溶融蒸発した際に、蒸発ガスによる異臭または発煙が生じる場合がある。また、レーザー切削加工が終了した後、溶融部分が冷えて再び固化する際に蒸発ガスが切削面に付着し、切削面の外観不良が生じる場合がある。
一般的に、メタクリル系樹脂は、蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)が軽減され、レーザー切削加工性が良好である。ただし、UV硬化性インク等のIJ印刷用インクの浸透性があまり良くなく、IJ印刷用インクの密着性があまり良くない傾向がある。
【0026】
本開示の第1、第2の積層シートは、分子内に芳香環構造を有するスチレン系共重合体(A)を含む表層を有するため、UV硬化性インク等のIJ印刷用インクの浸透性が良好で、IJ印刷用インクの密着性が良好である。
本開示の第1、第2の積層シートは、Cst1が0.60~0.95を充足する。本開示では、特許文献2より、スチレン系共重合体(A)を含む表層中のスチレン系単量体単位の質量分率を高く規定しているので、特許文献2よりIJ印刷用インクの密着性を高められる。
st1が上記上限値超では、表層と主層との間の層間接着力が不充分となり、層間剥離が生じる恐れがある。Cst1は、より好ましくは0.70~0.85である。
【0027】
本開示では、特許文献2より、スチレン系共重合体(A)を含む表層中のスチレン系単量体単位の質量分率を高く規定しているが、Cst3を0.02~0.10の範囲内に制限している。積層シート全体におけるスチレン系単量体単位の割合を制限することで、蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)を軽減し、良好なレーザー切削加工性を実現できる。
st3が上記下限値以上であれば、IJ印刷用インクの密着性を効果的に高められる。Cst3が上記上限値超では、積層シートにおいてスチレン系単量体単位の占める割合が多くなり、レーザー切削加工時に蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)が生じる恐れがある。Cst3は、より好ましくは0.023~0.095、特に好ましくは0.026~0.092である。
【0028】
本開示の第1、第2の積層シートは、積層シート全体の厚み(Z)に対する表層の厚み(z)の比(z/Z)が1.67×10―2~1.67×10―1である。z/Zが上記下限値未満では、共押出成形においてスチレン系共重合体(A)を含む表層の材料の押出機内の滞留時間が長くなり、スチレン系共重合体(A)を含む表層の材料中で発泡が生じ、積層シートの外観が悪化する恐れがある。z/Zが上記上限値超では、積層シートにおいてスチレン系単量体単位の占める割合が多くなり、レーザー切削加工時に蒸発ガスによる上記問題(蒸発ガスによる異臭または発煙、および蒸発ガスの付着による切削面の外観不良)が生じる恐れがある。また積層シートにおいてスチレン系単量体単位の占める割合が多くなり、樹脂間の溶融粘度差が大きくなって層間剥離が生じる恐れがある。
【0029】
本開示の第1、第2の積層シートにおいて、IJ印刷性およびレーザー切削加工性が良好となることから、積層シート全体の厚み(Z)は、好ましくは1~5mmである。例えば積層シート全体の厚み(Z)が3mmの場合、スチレン系共重合体(A)を含む表層の厚み(z)は、好ましくは50~200μm、主層の厚み(z)は、好ましくは2.4~2.9mmである。
【0030】
本開示の第1、第2の積層シートにおいて、主層は、スチレン系共重合体(A)を含んでもよい。ただし、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率(Cst2)は0~0.015とする。換言すれば、本開示の第1、第2の積層シートは、主層中にスチレン系単量体単位を1.5質量%まで含むことができる。なお、主層中のスチレン系共重合体(A)は、表層中のスチレン系共重合体(A)と同一でも非同一でもよい。
主層がスチレン系単量体単位を含む場合、高湿環境に静置した後の積層シートの反り変化量を効果的に低減できる。主層中のスチレン系単量体単位の質量分率(Cst2)が上記上限値超の場合、主層の材料においてメタクリル系樹脂とスチレン系樹脂との相溶性が低下して、主層が白濁し、積層シートの透明性が低下する恐れがある。Cst2限値は、より好ましくは0.012である。
【0031】
(表層)
表層は、1種以上のスチレン系共重合体(A)を含む。スチレン系共重合体(A)としては、スチレン、α-メチルスチレン、o-、m-またはp-メチルスチレン等のスチレン系単量体を含む複数種の単量体を共重合したものであれば特に制限されず、公知のものを使用することができる。具体的には、メタクリル酸メチル・スチレン共重合体(MS樹脂)、スチレン・無水マレイン酸共重合体(SMA樹脂)、アクリロニトリル・スチレン共重合体(AS樹脂)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS樹脂)、メタクリル酸メチル・ブタジエン・スチレン共重合体(MBS樹脂)、およびブタジエンをグラフト共重合した耐衝撃性ポリスチレン(HIPS樹脂)等が挙げられ、MS樹脂等が好ましい。
【0032】
スチレン系共重合体(A)は、スチレン系ブロック共重合体であってもよい。スチレン系ブロック共重合体としては、スチレン重合体ブロック(X)とブタジエン重合体ブロックまたはイソプレン重合体ブロック(Y)とからなるX-Y-X型トリブロック共重合体、およびX-Y型ジブロック共重合体;並びに前記ブロック共重合体中の不飽和結合に対し水素添加を施して得られた水素添加スチレン系ブロック共重合体等が挙げられる。
表層は必要に応じて、スチレン系共重合体(A)と合わせて、スチレン単独重合体を含むことができる。
表層は必要に応じて、メタクリル系重合体(B)等の他の任意成分を含むことができる。
なお、図2に示す実施形態の3層構造の積層シートにおいて、2つの表層の組成は同一でも非同一でもよい。
【0033】
表層の構成樹脂のガラス転移温度(Tg)は特に制限されず、好ましくは80~160℃、より好ましくは100~110℃である。
【0034】
(主層)
主層は、1種以上のメタクリル系重合体(B)を含む。
メタクリル系重合体(B)は、分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体でもよいし、分子内に芳香環構造を有するメタクリル系重合体でもよい。
1種以上のメタクリル系重合体(B)は、分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体を含むことが好ましい。
【0035】
メタクリル系重合体(B)としては、メタクリル酸メチル(MMA)の単独重合体およびMMAと他の1種以上の単量体との共重合体が挙げられる。MMA以外の単量体としては、アクリル酸メチルおよびアクリル酸エチル等のアクリル酸エステル;MMA以外のメタクリル酸エステル;不飽和カルボン酸;オレフィン;共役ジエン等が挙げられる。メタクリル系重合体(B)としては、MMA100~90質量%および必要に応じて炭素数4~5のアクリル酸アルキルエステル0~10質量%を(共)重合したメタクリル酸メチル(共)重合体が好ましい。メタクリル系重合体(B)の立体規則性は通常アタクチックであるが、シンジオタクチック等の他の立体規則性でもよい。
【0036】
主層は必要に応じて、他の任意成分を含むことができる。
主層は例えば、スチレン系共重合体(A)を含むことができる。なお、主層中のスチレン系共重合体(A)は、表層中のスチレン系共重合体(A)と同一でも非同一でもよい。
上記したように、本開示の第1、第2の積層シートは、主層中にスチレン系単量体単位を1.5質量%まで含むことができる。
【0037】
上記したように、主層がスチレン系単量体単位を含む場合、高湿環境に静置した後の積層シートの反り変化量を効果的に低減できる。
また、一般的に、共押出成形による積層シートの製造においては、欠点および異物の検査で製品規格を満たさないと判断された不良品、および、シートの両端部を切り落とすことによって発生する端材が存在する。近年、持続可能(サスティナブル)な社会に向けた取組みが進められており、上記の不良品および端材は、廃棄せずに再利用(マテリアルリサイクルまたはケミカルリサイクル)して有効活用することが好ましい。
主層は、上記の不良品および/または端材から得られた再生スチレン系共重合体を含むことができる。この場合でも、主層に含まれるスチレン系単量体単位の含有量を1.5質量%以下に制限することで、メタクリル系樹脂とスチレン系樹脂との相溶性が良好となり、積層シートは、充分な透明性を維持できる。積層シートの透明性を維持しながら、主層がスチレン系共重合体(A)を含むことができることは、不良品および端材の再利用(マテリアルリサイクルまたはケミカルリサイクル)の観点から、好ましい。
【0038】
主層の構成樹脂のガラス転移温度(Tg)は特に制限されず、好ましくは100~140℃、より好ましくは105~135℃、特に好ましくは105~125℃である。
【0039】
[積層シートの製造方法]
本開示の第1、第2の積層シートは、公知のシート成形法により製造でき、生産効率および層間接着性の観点から、押出成形法等が好ましい。押出成形法の場合、異なる押出機を用いて溶融混練されたスチレン系共重合体(A)を含む表層の材料とメタクリル系重合体(B)を含む主層の材料とを異なる押出ダイ(Tダイ等)からそれぞれシート状に押出した後に積層してもよいし、異なる押出機を用いて溶融混練されたスチレン系共重合体(A)を含む表層の材料とメタクリル系重合体(B)を含む主層の材料とを共通の押出ダイから共押出してもよい。共押出ダイの方式としては、マルチマニホールドダイ方式およびフィールドブロック方式等が挙げられる。
【0040】
本開示の第1、第2の積層シートは、共押出成形シートであることが好ましい。共押出ダイの方式としては、マルチマニホールドダイ方式およびフィールドブロック方式等が挙げられる。
フィードブロック方式では、スチレン系共重合体(A)を含む溶融状態の表層の材料とメタクリル系重合体(B)を含む溶融状態の主層の材料とがフィードブロック内で積層された後、Tダイ等に導かれてシート状に成形され共押出される。マルチマニホールドダイ方式では、スチレン系共重合体(A)を含む溶融状態の表層の材料とメタクリル系重合体(B)を含む溶融状態の主層の材料とがTダイ等に導かれシート状に成形された後、積層されて共押出される。いずれの方式でも、Tダイ等から押出された溶融状態の熱可塑性樹脂積層体は、少なくとも一対の冷却用加圧ロールの間隙を通過することで冷却された後、一対の引取りロールに引き取られる。以上の共押出、冷却、および引取りの工程は、連続的に実施される。なお、本明細書では、主に加熱溶融状態のものを「熱可塑性樹脂積層体」と表現し、固化したものを「積層シート」と表現しているが、両者の間に明確な境界はない。
【0041】
図3に、一実施形態として、Tダイ11、第1~第3冷却ロール12~14、および一対の引取りロール15を含む製造装置の模式図を示す。Tダイ11から共押出された熱可塑性樹脂積層体は第1~第3冷却ロール12~14を用いて冷却され、得られた積層シート16が一対の引取りロール15により引き取られる。製造装置の構成は、適宜設計変更が可能である。
【0042】
本開示の第1、第2の積層シートでは、積層シート全体の厚み(Z)に対する表層の厚み(z)の比(z/Z)が1.67×10―1以下であり、主層に対して表層がかなり薄く設計される。この場合、マルチマニホールドダイ方式が好ましい。
本開示の第1、第2の積層シートの共押出成形(好ましくはマルチマニホールドダイ方式の共押出成形)において、Tダイ温度(Td)は、好ましくは190~280℃である。Tdが190℃未満では、スチレン系共重合体(A)およびメタクリル系重合体(B)の溶融粘度が高くなりすぎて、これらの樹脂を良好に押出成形することができない恐れがある。Tdが280℃超では、高温によってスチレン系共重合体(A)が分解する恐れがある。Tdは、より好ましくは210~270℃、特に好ましくは230~260℃以下である。
Tダイのリップ厚は、所望の積層シート全体の厚み(Z)(好ましくは1~5mm)に応じて設計される。
【0043】
本開示の第1の積層シートにおいて、245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)が、0~2000Pa・sであることが好ましい。
本開示の第1の積層シートの製造方法は、主層と表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有することができる。この工程では、Tダイの温度が190~280℃であり、Tダイの温度および各層の厚みに応じた剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)が0~2600Pa・sであることが好ましい。
【0044】
本開示の第2の積層シートにおいて、245℃の温度かつ24.3s-1の剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)、および、主層の構成樹脂の溶融粘度と第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)がどちらも、0~2000Pa・sであることが好ましい。
本開示の第2の積層シートの製造方法は、第1の表層と主層と第2の表層とを有する熱可塑性樹脂積層体を溶融状態でTダイから共押出する工程を有することができる。この工程では、Tダイの温度が190~280℃であり、Tダイの温度および各層の厚みに応じた剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と第1の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)、および、主層の構成樹脂の溶融粘度と第2の表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)がどちらも、0~2600Pa・sであることが好ましい。
【0045】
なお、本開示の第1、第2の積層シートにおいて、主層が2種以上の樹脂を含む場合、「主層の構成樹脂の溶融粘度」は、主層を構成する2種以上の樹脂の混合物の溶融粘度である。表層についても、同様である。
【0046】
共押出成形工程において、Tダイから吐出される時点における、表層の構成樹脂の溶融粘度と主層の構成樹脂の溶融粘度との差(Δη)が大きいと、主層と表層との間の層間接着力が不充分となり、層間にスジ(剥離スジとも言う。)が発生する、または、層間剥離が生じる恐れがある。Tダイの温度が190~280℃であり、Tダイの温度および各層の厚みに応じた剪断速度の条件におけるΔηが2600Pa・s以下であれば、主層と表層との間の層間接着力が良好となり、層間のスジの発生および層間剥離が効果的に抑制できる。
【0047】
一対の引取りロールによる積層シートの引取速度(V)は特に制限されず、好ましくは0.5~2.0m/minである。
【0048】
[印刷物、成形品]
本開示の第1、第2の積層シートは、IJ印刷用樹脂シートとして好ましく用いることができる。本開示の第1、第2の積層シートに含まれるスチレン系共重合体(A)を含む表層に対してIJ印刷を施すことで、印刷物を提供することができる。本開示の第1、第2の積層シートはまた、IJ印刷を施した後、必要に応じてレーザーおよびNCルーター等を用いて切削加工して、所望の形状に成形することができる。
本開示の第1、第2の積層シートはレーザー切削加工性が良好であるため、微細な切削加工が可能である。例えば、半径0.5~2mmの曲線切削部を有する成形品を形状精度良く製造することができる。
本開示の第1、第2の積層シートはレーザー切削加工性が良好であるため、高出力のレーザー加工機を用い、高速で生産性良く切削加工することができる。例えば、本開示の第1、第2の積層シートを、出力100W以上のレーザー加工機にて350cm/min以上の速度で切削加工して、成形品を製造することができる。
【0049】
[用途]
本開示の第1、第2の積層シートおよび成形品は、印刷、広告、サイン・ディスプレイ、イベント、アミューズメント、建築、およびインテリア等の種々の分野に用いることができる。
本開示の第1、第2の積層シートおよび成形品は、キーホルダー等の雑貨および什器等に好ましく用いることができる。
【0050】
以上説明したように、本開示によれば、インク密着性およびレーザー切削加工性が良好な積層シートを提供することができる。
【実施例
【0051】
以下、本発明に係る実施例および比較例について、説明する。
[評価項目および評価方法]
(外観)
押出成形した積層または単層の樹脂シートに対して、外観の評価を実施した。樹脂シートから、長辺297mm、短辺130mmの長方形状の試験片を切り出した。なお、長辺方向は押出方向に対して平行方向、短辺方向は押出方向に対して垂直方向(幅方向)とした。目視観察にて、スジと発泡の有無を確認した。評価基準は以下の通りである。
<スジの有無>
◎(優良):スジが全く見られなかった。
〇(良):スジの発生はわずかであり、許容範囲内であった。
×(不良):明確なスジが見られた。
<発泡の有無>
◎(優良):発泡が全く見られなかった。
〇(良):一部の領域に発泡が見られたが、許容範囲内であった。
×(不良):半分以上の領域に発泡が見られた。
【0052】
(インク密着性)
IJ印刷を施した積層または単層の樹脂シートに対して、インク密着性の評価を実施した。白および黒のUV硬化性インクの硬化物からなる印刷層において10mm四方の評価領域を縦横1mm間隔で100マス(縦10マス×横10マス)にクロスカットした。この評価領域上に全体的にセロハンテープを貼り付け、その上から消しゴムでこすってセロハンテープを印刷面に充分に密着させた後、セロハンテープを90°方向に剥離させた。目視にて評価対象の100マスのうちインクが樹脂シートから剥離したマスの数を求めた。この試験を3回実施した。評価基準は以下の通りである。
◎(優良):すべての回の試験において、すべてのマスにインク剥離が見られなかった。
○(良):1回以上の試験において、1以上10未満のマスにインク剥離が見られた。
△(可):1回以上の試験において、10以上50未満のマスにインク剥離が見られた。
×(不良):1回以上の試験において、50以上のマスにインク剥離が見られた。
【0053】
(レーザー切削加工性)
IJ印刷を施した積層または単層の樹脂シートに対して、レーザー切削加工性の評価を実施した。
<切削面の外観>
レーザー切削加工後に得られた10個の成形品サンプルについて、30cm直線切削部の切削面の欠点の有無を光学顕微鏡観察および指触検査により評価した。主な欠点は以下の通りである。
荒れ:切削面が全体的に一様でなく、触るとざらつきがあった。
角荒れ:切削面の角部に部分的に荒れがあり、触るとざらつきがあった。
樹脂溜り:切削面の一部に溶融した樹脂溜りが見られた。
異物:切削面に有色異物が見られた。
評価基準は以下の通りである。
◎(優良):0~1個の成形品サンプルに欠点が見られた。
○(良):2~4個の成形品サンプルに欠点が見られた。
△(可):5~7個の成形品サンプルに欠点が見られた。
×(不良):8~10個の成形品サンプルに欠点が見られた。
【0054】
<発煙または臭気発生の有無>
レーザー切削加工時の発煙または臭気発生の有無を官能評価した。評価基準は以下の通りである。
◎(優良):発煙および臭気がなかった。
○(良):発煙または臭気が少しあった。
△(可):○と×との中間。
×(不良):発煙または臭気が顕著にあった。
【0055】
(透明性)
押出成形した積層または単層の樹脂シートに対して、透明性の評価を実施した。樹脂シートから30mm×30mmの試験片を3個切り出し、村上色彩技術研究所製「HM-150」を用いて、各試験片の全光線透過率を測定した。評価基準は以下の通りである。
○(良):3個の試験片の全光線透過率がいずれも90%以上であった。
×(不良):1個以上の試験片の全光線透過率が90%未満であった。
【0056】
(高湿環境に曝された後の反り変化量)
押出成形した積層または単層の樹脂シートから、長辺200mm、短辺130mmの長方形状の試験片を切り出した。なお、長辺方向は押出方向に対して平行方向、短辺方向は押出方向に対して垂直方向(幅方向)とした。得られた試験片を、ガラス定盤上に、押出成形における上面が最上面となるよう載置し、温度23℃/相対湿度50%の環境下で24時間放置した。その後、隙間ゲージを用いて試験片と定盤との隙間の最大値を測定し、この値を初期反り量とした。次いで、環境試験機内において、試験片をガラス定盤上に押出成形における上面が最上面となるよう載置し、温度23℃/相対湿度85%の環境下で72時間放置した後、温度23℃/相対湿度50%の環境下で24時間放置した。その後、初期と同様に反り量の測定を行い、初期からの反り変化量を求めた。以下の基準にて評価した。
◎(優良):初期からの反り変化量が0.75mm以下であった。
〇(良):初期からの反り変化量が0.75mm超1.0mm以下であった。
×(不良):初期からの反り変化量が1.0mm超であった。
【0057】
[材料]
<MS樹脂>
(A1)東洋スチレン社製のメタクリル酸メチル・スチレン共重合体「エスチレンMS-200」、スチレン系単量体単位の質量分率=0.80、Tg=103℃、
(A2)東洋スチレン社製のメタクリル酸メチル・スチレン共重合体「エスチレンMS-600」、スチレン系単量体単位の質量分率=0.40、Tg=104℃。
【0058】
<メタクリル系樹脂>
(B1)メタクリル酸メチルとアクリル酸メチルとの共重合体、クラレ社製「パラペット EH-S」、Tg=110℃、
(B2)メタクリル酸メチルとアクリル酸メチルとの共重合体、クラレ社製「パラペット HR-S」、Tg=119℃。
<メタクリル系樹脂シート>
(B3)クラレ社製「コモグラスCG」(3mm厚)。
【0059】
<メタクリル系樹脂組成物>
メタクリル系樹脂(B1)または(B2)とMS樹脂(A2)とを下記質量比で混合して、以下のメタクリル系樹脂組成物を用意した。
(MR1-1)(B1)/(A2)=97/3、
(MR1-2)(B2)/(A2)=97/3、
(MR2-1)(B1)/(A2)=94/6、
(MR2-2)(B2)/(A2)=94/6、
(MR3-1)(B1)/(A2)=82/18、
(MR3-2)(B2)/(A2)=82/18。
【0060】
[実施例1]
(積層シートの製造)
<実施例1-1(実施例1の第1の例)>
第1の表層および第2の表層の材料として、MS樹脂(A1)を東芝機械社製の65mmφ単軸押出機を用いて溶融した。主層の材料として、メタクリル系樹脂(B1)を東芝機械社製の150mmφ単軸押出機を用いて溶融した。マルチマニホールド型ダイスを用いて溶融状態のMS樹脂(A1)と溶融状態のメタクリル系樹脂(B1)と溶融状態のMS樹脂(A1)とをこの順で積層し、245℃に設定したTダイから押出し、隣接した4個の冷却ロールを用いて冷却し、1.6m/minの速さで、一対の引取りロールで引き取った。以上の共押出成形により、MS樹脂(A1)(第1の表層、0.075mm厚)/メタクリル系樹脂(B1)(主層、2.85mm厚)/MS樹脂(A1)(第2の表層、0.075mm厚)の2種3層の積層シートを製造した。第1の表層と第2の表層は、組成と厚みを同一条件とした。主な製造条件と各種パラメータ値を表1に示す。表1および表2において、表に不記載の条件は共通条件とした。
なお、各層の構成樹脂の溶融粘度は、キャピラリーレオメーター(東洋精機製作所社製「キャピログラフ1D」)を用いて、以下の方法にて測定した。
直径1mmφ、長さ40mmのキャピラリーより、245℃、ピストンスピード2mm/分の速度(せん断速度は24.3s -1 )の条件で、樹脂を押出し、その際に生じるせん断応力から溶融粘度を求めた。
【0061】
<実施例1-2(実施例1の第2の例)>
メタクリル系樹脂(B1)の代わりにメタクリル系樹脂(B2)を用いた以外は実施例1-1と同様にして、MS樹脂(A1)(第1の表層、0.075mm厚)/メタクリル系樹脂(B2)(主層、2.85mm厚)/MS樹脂(A1)(第2の表層、0.075mm厚)の2種3層の積層シートを製造した。主な製造条件と各種パラメータ値を表1に示す。
【0062】
(IJ印刷)
実施例1-1および実施例1-2の各例で得られた積層シートの一方の表層の表面に対して以下の条件でIJ印刷を実施し、上記のインク密着性の評価を実施した。印刷パターンは、短径1.8cm×長径2.8cmの略楕円形ベタ印刷とした。
装置:ローランド ディー.ジー.社製「LEF-300」、
温度:室温(20~25℃)、
UV硬化性インク(白):ローランド ディー.ジー.社製「EUV-BK」、
UV硬化性インク(黒):ローランド ディー.ジー.社製「EUV-WH」。
【0063】
(レーザー切削加工)
上記IJ印刷後の積層シートに対して以下の条件でレーザー切削加工を実施して、サイズが短径20mm×長径30mmであり、半径1mmの曲線切削部を有するテレビアニメのキャラクター形状の成形品を得た。
装置:SEI社製「MERCURY609」、
温度:室温(20~30℃)、
レーザー種別:炭酸ガスレーザー、
レーザー出力:200W、
切削速度:350~400cm/min。
【0064】
[実施例2~3、比較例1~5]
各層の厚みを表1および表2に示す条件に変更した以外は実施例1と同様にして、MS樹脂(第1の表層)/メタクリル系樹脂(主層)/MS樹脂(第2の表層)の2種3層の積層シートを製造した。得られた積層シートに対して実施例1と同様に、IJ印刷およびレーザー切削加工を実施した。
各例において、実施例1と同様、メタクリル系樹脂(B1)を用いた第1の例と、メタクリル系樹脂(B2)を用いた第2の例とを実施した。実施例2において、メタクリル系樹脂(B1)を用いた第1の例は実施例2-1とし、メタクリル系樹脂(B2)を用いた第2の例は実施例2-2とした。他の実施例および比較例においても、同様である。いずれの例においても、第1の表層と第2の表層は、組成と厚みを同一条件とした。主な製造条件と各種パラメータ値を表1および表2に示す。
【0065】
[実施例4、比較例6]
MS樹脂(表層)/メタクリル系樹脂(主層)の2層構造に変更し、表層の厚みを変更した以外は実施例1と同様にして、2種2層の積層シートを製造した。得られた積層シートに対して実施例1と同様に、IJ印刷およびレーザー切削加工を実施した。
各例において、実施例1と同様、メタクリル系樹脂(B1)を用いた第1の例と、メタクリル系樹脂(B2)を用いた第2の例とを実施した。主な製造条件と各種パラメータ値を表1および表2に示す。
【0066】
[実施例5、比較例7、8]
主層の材料として、メタクリル系樹脂とMS樹脂とからなるメタクリル系樹脂組成物を用いた以外は実施例1と同様にして、MS樹脂(第1の表層)/メタクリル系樹脂組成物(メタクリル系樹脂+MS樹脂)(主層)/MS樹脂(第2の表層)の2種3層の積層シートを製造した。得られた積層シートに対して実施例1と同様に、IJ印刷およびレーザー切削加工を実施した。各例において、実施例1と同様、メタクリル系樹脂(B1)を用いた第1の例と、メタクリル系樹脂(B2)を用いた第2の例とを実施した。主な製造条件と各種パラメータ値を表1および表2に示す。
【0067】
[比較例11、12]
MS樹脂(A1)または(A2)を単層押出成形した以外は実施例1と同様にして、単層構造の樹脂シートを製造し、実施例1と同様に、IJ印刷およびレーザー切削加工を実施した。主な製造条件と各種パラメータ値を表2に示す。
【0068】
[比較例11、13]
メタクリル系樹脂シート(B3)を用意し、実施例1と同様に、IJ印刷およびレーザー切削加工を実施した。主な製造条件と各種パラメータ値を表2に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
[評価結果]
評価結果を表3および表4に示す。
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
実施例1~4では、分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体からなる主層の少なくとも一方の表面上にスチレン系共重合体からなる表層を有する、2層構造または3層構造の積層シートを製造した。2層構造では式(11)~(14)を充足し、3層構造では式(21)~(24)を充足するように、積層シートの各層の組成および厚みを設計した。実施例1~4では、Tダイの温度を245℃に設定した。これら実施例では、245℃の温度および各層の厚みでの剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)が2600Pa・s以下となるように、各層の組成を設計した。
【0074】
実施例1~4で得られた積層シートはいずれも、分子内に芳香環構造を有するスチレン系単量体単位の割合が比較的多いMS樹脂からなる表層を有することから、インク浸透性が良好で、インク密着性が良好であった。
実施例1~4で得られた積層シートはいずれも、積層シート全体におけるスチレン系単量体単位の占める割合が制限されているため、レーザー切削加工性が良好であった。
実施例1~4で得られた積層シートはいずれも、層間接着性が良好で剥離スジが見られなかった。また、共押出成形時に発泡も生じなかった。
実施例1~4で得られた積層シートはいずれも、透明性が良好で、高湿環境に曝された後の反り変化量が小さかった。
【0075】
実施例5では、メタクリル系重合体とスチレン系共重合体とからなる主層の両方の表面上にスチレン系共重合体からなる表層を有する、3層構造の積層シートを製造した。式(21)~(24)を充足するように、積層シートの各層の組成および厚みを設計した。Tダイの温度を245℃に設定した。245℃の温度および各層の厚みでの剪断速度の条件における、主層の構成樹脂の溶融粘度と表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)が2600Pa・s以下となるように、各層の組成を設計した。
【0076】
実施例5で得られた積層シートは、分子内に芳香環構造を有するスチレン系単量体単位の割合が比較的多いMS樹脂からなる表層を有することから、インク浸透性が良好で、インク密着性が良好であった。
実施例5で得られた積層シートは、積層シート全体におけるスチレン系単量体単位の占める割合が制限されているため、レーザー切削加工性が良好であった。
実施例5で得られた積層シートは、層間接着性が良好で剥離スジが見られなかった。また、共押出成形時に発泡も生じなかった。
実施例5で得られた積層シートは、主層に少量のスチレン系共重合体を添加したため、実施例1に対して、高湿環境に曝された後の反り変化量をより小さくできた。
実施例5では、主層にスチレン系共重合体を添加したが、その添加量を制限したため、主層の材料において、メタクリル系重合体とスチレン系共重合体との相溶性が良好であった。そのため、得られた積層シートは、透明性が良好であった。
【0077】
比較例1~6では、分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体からなる主層の少なくとも一方の表面上にスチレン系共重合体からなる表層を有する、2層構造または3層構造の積層シートを製造した。
【0078】
比較例1~3、6で得られた積層シートは、式(11)または(21)を充足せず、表層中のスチレン系単量体単位の割合が少ないため、インク密着性が不良であった。
【0079】
比較例4で得られた積層シートは、式(24)を充足せず、積層シート全体中のスチレン系単量体単位の割合が好適な範囲より大きかったため、レーザー切削加工時にスチレン臭気が発生した。
比較例4で得られた積層シートはまた、式(22)を充足せず、表層の厚みの割合が好適な範囲より大きかった。この例では、Tダイから吐出される際に表層にかかる剪断速度が増加した。また、主層の構成樹脂の溶融粘度と表層の構成樹脂の溶融粘度との差の絶対値(Δη)が好適な範囲より大きかった。そのため、層間接着性が不良となり、層間に剥離スジが発生した。
【0080】
比較例5では、式(22)を充足せず、表層の厚みの割合が好適な範囲より小さかった。この例では、表層の材料の押出量の低下により、表層の材料の押出機内における滞留時間が長くなり、表層に発泡が見られた。
【0081】
比較例7、8では、分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体とスチレン系共重合体とからなる主層の両方の表面上にスチレン系共重合体からなる表層を有する、3層構造の積層シートを製造した。
これら比較例で得られた積層シートは、式(23)を充足せず、主層中のスチレン系単量体単位の質量分率が好適な範囲より大きかった。比較例8で得られた積層シートは、レーザー切削加工性が不良であった。比較例7、8では、実施例1に対して、高湿環境に曝された後の反り変化量をより小さくできた。しかしながら、主層の材料において、メタクリル系重合体とスチレン系共重合体との相溶性が不良であったため、得られた積層シートは透明性が不良であった。
【0082】
比較例11、12のスチレン系共重合体からなる単層シートは、インク密着性は良好であったが、レーザー切削加工性が不良であった。
比較例13の分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体からなる単層シートは、レーザー切削加工性は良好であったが、インク密着性が不良であった。分子内に芳香環構造を有さないメタクリル系重合体は、分子内に芳香環構造を有するスチレン系共重合体に対して、インク浸透性が低く、インク密着性が劣ると考えられる。
【0083】
本発明は上記実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、適宜設計変更が可能である。
【符号の説明】
【0084】
11 Tダイ
16X、16Y 積層シート
21、22、23 表層
31 主層
図1
図2
図3