(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-19
(45)【発行日】2024-06-27
(54)【発明の名称】胃がんマーカー、及びこれを用いた検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20240620BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240620BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
G01N33/574 A
G01N27/62 V
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2021544042
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033551
(87)【国際公開番号】W WO2021045180
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-08-14
(31)【優先権主張番号】P 2019161687
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】植田 幸嗣
(72)【発明者】
【氏名】大西 なおみ
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0154692(US,A1)
【文献】国際公開第2018/234463(WO,A1)
【文献】LU, Ying et al.,Overexpression of Arginine Transporter CAT-1 Is Associated with Accumulation of L-Arginine and Cell Growth in Human Colorectal Cancer Tissue,PLOS ONE,2013年,8(9),e73866(1-8),https://doi:10.1371/journal.pone.0073866
【文献】ABRAMOWICZ, Agata et al.,Identification of serum proteome signatures of locally advanced and metastatic gastric cancer: a pilot study,Journal of Translational Medicine,2015年09月17日,13(304),1-11
【文献】CHONG, Poh-Kuan et al.,Upregulation of plasma C9 protein in gastric cancer patients,Proteomics,2010年07月,10(18),3210-3221
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
G01N 33/68
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のエクソソームに内包されるcarbonic anhydrase-1(CA1)の発現を検査することを特徴とする胃がんの検査方法。
【請求項2】
前記CA1発現
を検査することは、
血液試料中のエクソソームに内包されるタンパク質量を検出するものである請求項1記載の胃がんの検査方法。
【請求項3】
前記血液試料が血清、又は血漿であることを特徴とする請求項2記載の胃がんの検査方法。
【請求項4】
前記CA1の検出は、
質量分析によって行う請求項1~3いずれか1項記載の胃がんの検査方法。
【請求項5】
前記CA1の検出は、
抗体を用いて行う請求項1~3いずれか1項記載の胃がんの検査方法。
【請求項6】
前記CA1の検出は組織染色によって行う請求項1記載の胃がんの検査方法。
【請求項7】
アポトーシス、又はアノイキス抵抗性を検査する請求項1~6いずれか1項記載の胃がんの検査方法。
【請求項8】
エクソソームに含まれるCA1からなる胃がんを検出するためのバイオマーカー。
【請求項9】
前記エクソソームが、血液、組織、又は細胞に由来する試料
中のものであることを特徴とする請求項8記載のバイオマーカー。
【請求項10】
前記血液に由来する試料が血清、又は血漿であることを特徴とする請求項9記載のバイオマーカー。
【請求項11】
前記バイオマーカーが、
アポトーシス、又はアノイキス抵抗性を検査するためのものである請求項9、又は10記載のバイオマーカー。
【請求項12】
前記試料が細胞に由来するものであり、
請求項9記載のバイオマーカーによって、
前記試料が胃がん由来の細胞株であることを検査する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エクソソームに含まれる胃がんマーカー、及びこれを用いた検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本邦では、高齢化が進んだこともあり、生涯でがんに罹患する確率は二人に一人と言われている。中でも胃がんの罹患者数は依然と高く、部位別予測がん罹患数は男性では87,800人と胃が一番多く、女性では40,900人と乳房、大腸に次いで3番目に罹患数が多い(公益財団法人 がん研究振興財団、がんの統計’18)。
【0003】
検診による胃がんの早期発見、治療が進んだことにより、本邦での胃がんによる死亡者数は年々減少する傾向にあるものの、罹患者数が多いことから、再発、転移など、経過を観察する必要のある患者数は多数に登っている。再発など、すでに原発がんで摘出を行っている場合には、再度疾患部位を採取し、検査することは通常行われない。また、早期に転移を検出するためには、血液などの体液中に存在するバイオマーカーを定期的に検査することが有効であると考えられている。
【0004】
現在バイオマーカーとして使用されているのは、血清中に含まれるCEA(carcinoembrionic antigen、がん胎児性抗原)である。CEAは代表的な腫瘍マーカーであり、種々のがんで発現増強が認められ、胃がんに特異的なマーカーではない。また、個人差が大きく、腫瘍が認められたすべての患者で、発現増強が認められるわけではない。
【0005】
細胞外小胞、とりわけエクソソームは近年精力的に研究され、機能の解明が進んでいる。エクソソームは、40-100nmの脂質二重膜小胞であり、血液、尿などの体液中に安定に存在する。エクソソームは、ほとんどの細胞から分泌され、内包されているタンパク質、miRNA、mRNAなどは、由来する細胞の性質を反映すると言われている。そのため、がんなどの疾患細胞から分泌されたエクソソームには疾患特異的なマーカーが含有されている。したがって、エクソソーム解析は、疾患、特にがんの診断には有用である。
【0006】
がん細胞から分泌されたエクソソームは、がん発症に関与する分子が内包されているだけではなく、がんの浸潤、転移、免疫抑制、血管新生などを介在することが知られている。すなわち、エクソソームは、分泌した細胞と取り込んだ細胞との間のコミュニケーションツールとしても機能している。
【0007】
また、上述のように、エクソソームは血液、尿などの体液に含まれていることから、低侵襲的、非侵襲的に調製し、診断を行うことができる。これは、手術後、定期的に検査が必要な場合、あるいは疾患部位の採取が困難な場合など、組織生検の代替になり得ることから患者にとって大きいメリットとなる。また、早期がんであっても、がん細胞は特徴的なエクソソームを分泌していると考えられることから、エクソソームは早期がん診断のための有用なリソースとなる可能性がある。そのため、体液中のエクソソームをがんなどの疾患のバイオマーカーとして利用することが検討されている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2016-520803号公報
【文献】特表2017-526916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、血清などタンパク質が多量に含まれている体液からエクソソームを分離し解析する際に、血清タンパク質などの混入が問題となる。体液中に含まれているエクソソームは微量であり、さらに内包されているタンパク質量は非常に少ないことから、血清タンパク質の混入により、エクソソームに内包されているタンパク質の検出が困難となる。また、ほぼ全ての細胞からエクソソームが分泌されていることから、疾患細胞に比べて圧倒的に多い正常細胞から分泌されるエクソソームの方が量が多いと考えられる。そのため、検出精度を高める必要があるなど、実際に臨床現場でマーカーとして使用されるにはいたっていない。
【0010】
本発明は、良いマーカーのない胃がんの新規マーカーを提供することを課題とする。また、このマーカーを用いて、胃がんを検査することを課題とする。さらに、血清等の体液から簡便に、かつ再現性良くエクソソームを精製し、精製したエクソソームを用いて、マーカーを探索する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、胃がんを検出するためのマーカー、検査方法、及び血液中のエクソソームから新規マーカーを探索する方法に関する。
(1)表1に記載の少なくとも1つのタンパク質の発現を検査することを特徴とする胃がんの検査方法。
(2)前記タンパク質発現は、血液試料中のエクソソームに内包されるタンパク質量を検出するものである(1)記載の胃がんの検査方法。
(3)前記血液試料が血清、又は血漿であることを特徴とする(2)記載の胃がんの検査方法。
(4)前記タンパク質の検出は、質量分析によって行う(1)~(3)いずれか1つ記載の胃がんの検査方法。
(5)前記タンパク質の検出は、抗体を用いて行う(1)~(3)いずれか1つ記載の胃がんの検査方法。
(6)前記タンパク質の検出は組織染色によって行う(1)記載の胃がんの検査方法。
(7)前記タンパク質がcarbonic anhydrase-1(CA1)である(1)~(6)いずれか1つ記載の胃がんの検査方法。
(8)疾患マーカーの探索方法であって、特定の疾患に罹患している患者と、健常者の血液試料からサイズ排除クロマトグラフィーによってそれぞれエクソソームを単離し、質量分析によって前記患者と前記健常者において発現に差が認められるタンパク質を同定し、新規疾患マーカーを探索する方法。
(9)表1に記載の胃がんを検出するためのバイオマーカー。
(10)エクソソームに含まれることを特徴とする(9)記載のバイオマーカー。
(11)前記エクソソームが、血液に由来する試料であることを特徴とする(10)記載のバイオマーカー。
(12)前記血液に由来する試料が血清、又は血漿であることを特徴とする(11)記載のバイオマーカー。
(13)前記エクソソームはサイズ排除クロマトグラフィーによって精製されるものであることを特徴とする(10)~(12)いずれか1つ記載のバイオマーカー。
(14)前記バイオマーカーが、CA1である(9)~(13)いずれか1つ記載のバイオマーカー。
(15)前記バイオマーカーが、アポトーシス、又はアノイキス抵抗性に関与することを示す(14)記載のバイオマーカー。
(16)対象から血液を採取し、表1記載のバイオマーカーを少なくとも1つ検出し、バイオマーカーの量を定量することによって、胃がんを検出することを特徴とする胃がんの診断方法。
(17)前記バイオマーカーがCA1であることを特徴とする(16)記載の胃がんの診断方法。
(18)前記バイオマーカーの検出が、質量分析、又は抗体による免疫学的な検出方法であることを特徴とする(16)、又は(17)記載の胃がんの診断方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1a】サイズ排除クロマトグラフィーによりエクソソームが精製されていることを示す。ELISAによる解析結果を示す図。
【
図1b】サイズ排除クロマトグラフィーによりエクソソームが精製されていることを示す。ウェスタンブロッティングによる解析結果を示す図。
【
図2a】胃がん患者、健常者で差が見られたエクソソームタンパク質のvolcano plotを示す図。胃がん患者、健常者間で最も発現に差が認められたCA1を矢印で示している。
【
図2b】胃がん患者、健常者間で発現量に差が認められた44種のタンパク質を部分的最小二乗回帰法により分析した図。
【
図2c】健常者、及び患者のエクソソームの絶対的定量を示す図。
【
図2d】血清エクソソーム中のCA1量を健常者と胃がん患者で比較した図。
【
図2e】健常者、ステージごとの胃がん患者のCA1量の定量結果を示す図。
【
図2f】CA1の感度、及び特異度を示すROC曲線を示す図。
【
図2g】胃がん患者、健常者のエクソソームをサイズ排除クロマトグラフィーで精製し、各分画中のCA1をウェスタンブロッティングにより解析した結果を示す図。
【
図3b】抗CA1抗体による染色強度をスコア化し、正常粘膜組織、腺がん、未分化がん、印環細胞がんでの染色強度を示す図。
【
図4a】胃がん細胞株でのCA1発現を解析した図。
【
図4b】CA1を発現していないSNU-1細胞にCA1を強制的に発現させ、アポトーシス誘導に対する抵抗性を解析した図。
【
図4c】CA1の発現量が少ないMKN7細胞の培養液にCA1を内包するエクソソームを添加し、アポトーシス誘導に対する抵抗性を解析した図。
【
図4d】単層、あるいは懸濁条件でMKN7、CA1を強制的に発現させたMKN7を培養し、アノイキス誘導に対する効果を解析した図。
【
図4e】単層、あるいは懸濁条件で、MKN7、CA1を内包するエクソソームを培養液に添加してMKN7を培養し、アノイキス誘導に対する効果を解析した図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[新規マーカーの探索]
新規マーカーの探索方法について説明する。48名の胃がん患者、10名の健常者から常法にしたがって静脈血を採取し、4℃、3,000gで5分間遠心を行い血清を得た。血清は使用時まで-80℃で保存した。各100μlの血清をサイズ排除クロマトグラフィー、EVSecondカラム(ジーエルサイエンス株式会社)を用いて精製した。
【0014】
サイズ排除クロマトグラフィーから溶出される分画100μlずつを採取し、各分画のエクソソームと、血清タンパク質量を定量した(
図1a)。エクソソームは、CD9/CD9サンドイッチELISAにより検出し、血清タンパク質は、Bradford法によるタンパク定量により行った。その結果、分画4~7は、総タンパク量が低いのにもかかわらず、エクソソームが濃縮されていることが示された。
【0015】
さらに、エクソソームマーカーであるCD9、CD63、CD81、及び代表的な血清タンパク質のマーカーであるハプトグロビンをウェスタンブロッティングによって解析した。分画4~7にこれらのエクソソームマーカーが検出されるのに対し、ハプトグロビンは分画8以降で検出される。したがって、EVSecondカラムによって、エクソソームは血清タンパク質と分離精製されたことが示された。なお、用いた抗体は下記のとおりである。抗CD9抗体:モノクローナル抗体(12A12、シオノギ製薬)、抗CD63抗体:モノクローナル抗体(8A12、シオノギ製薬)、抗CD81抗体:モノクローナル抗体(12C4、シオノギ製薬)、抗ハプトグロビン抗体:ポリクローナル抗体(A0030、DAKO)
【0016】
精製したエクソソームを用いて、質量分析により新規マーカーの探索を行った。エクソソームは変性溶液(HEPES-NaOH、pH8.0、12mM Sodium deoxycholate、12mM Sodium N-lauroylsarcosinate)に溶解し、20mMになるようにDTTを添加し、100℃で10分間加熱した後、50mMになるようにヨードアセトアミドを添加し、室温で45分間アルキル化を行った。得られたエクソソーム由来のタンパク質は、固相化したトリプシン(Thermo Scinentific)を用い、37℃で一晩、振盪しながら消化した。酢酸エチルで、Sodium deoxycholateとSodium N-lauroylsarcosinateを除去後、得られたペプチドをOasis HLB μ-elution plate(Waters)によって脱塩し質量分析を行った。
【0017】
質量分析は0.075×150mmのC18 tip-column(Nikkyo Technos)を備えたUltiMate 3000 RLSC nano-flow HPLC(Thermo Scientific)を接続したLTQ-Orbitrap-Veros質量分析計(Thermo Scientific)によって行った。分析条件は以下のとおりである。
【0018】
250nl/minで0.1%ギ酸入りアセトニトリル濃度2~35% 95分間、35~95% 15分間からなる2ステップグラジェントを使用してペプチドの分離を行った。HPLC溶出液を2kVのスプレー電圧でイオン化し、350~1500m/z範囲のスペクトルをフルMSイオンスキャンモードにより分解能60,000で解析した。CID MS/MSスキャンは、Dynamic exclusion機能を有効にしたData dependent acquisition (DDA)モードで取得した。
【0019】
タンパク質の同定および定量は、Proteome Discoverer 2.2ソフトウェア(Thermo Scinentific)を用いて実施した。MS/MSデータをSEQUEST(Thermo Scinentific)検索エンジンで解析し、ペプチド同定閾値としてFalse Discovery Rate 1%未満と設定した。タンパク質の定量およびデータの標準化には、Proteome Discoverer 2.2ソフトウェアのデフォルトパラメータを用い、プロセシングワークフローではMinora Feature Detectorノード、コンセンサス・ワークフローではPrecursor Ions Quantifierノードの後にFeature Mapperノードを使用した。
【0020】
また、ここでは、胃がんの新規マーカーの探索例を示しているが、本実施例で示した方法によれば、少量の血液試料からエクソソームを簡便に精製し、解析することができる。したがって、胃がんに限らず、どのような疾患であっても、同様の方法でマーカーの探索を行うことができる。組織サンプルを得ることが困難である疾患であっても、血液サンプル中のバイオマーカーを探索し、検査に用いることができるため、血液中に含まれる新規マーカーを探索する有用な方法となり得る。
【0021】
胃がん患者48名、健常者10名に由来する血清エクソソームに対する質量分析の結果1281タンパク質が同定され、そのうち816のタンパク質をエクソソーム内タンパク質として抽出した。胃がん患者と健常者の血清中のエクソソームから検出されたエクソソームタンパク質を比較したVolcano plotを
図2aに示す(p<0.05、Effect size>2.0、有効値>50%)。816のエクソソームタンパク質のうち、40のタンパク質が胃がん患者から得られたエクソソーム試料で有意に発現増強が認められ、4つのタンパク質に発現減少が認められた(表1)。胃がん患者、健常者間で有意な差が認められた44のタンパク質を部分的最小二乗回帰法により分析した(
図2b)。その結果、これらのタンパク質は胃がん患者群と健常者群を明瞭に区別できることが明らかとなった。
【0022】
【0023】
表1に胃がん患者と健常者で有意な差が認められたタンパク質を示す。胃がん患者において発現増強が認められたタンパク質は40種、発現減少が認められたタンパク質は4種であった。したがって、いずれのエクソソームタンパク質を解析することによっても、胃がん患者をスクリーニングすることができる。
【0024】
これら44のタンパク質のうち、炭酸脱水素酵素1(carbonic anhydrase-1、以下、CA1と記載する。)は、胃がん患者群、健常者群から得られたエクソソームで最も差が認められたバイオマーカーである(
図2a、表1)。エクソソームに含まれるCA1量は、p=6.34×10
-7、fold change=10.68と有意に胃がん患者、健常者間で差が認められた(
図2d)。そこで、胃がんを検出するマーカー、CA1の有用性の検討を行った。
【0025】
[新規胃がんバイオマーカー、CA1の有用性]
CA1の定量的な解析を行うために、多重反応モニタリング(multiple reaction monitoring、MRM)によって解析を行った。健常者25名、胃がんステージ分類I~IV(ステージI:67名、II:18名、III:13名、IV:27名)の患者の血清エクソソーム中に含まれるCA1量の絶対的定量を行った(
図2c、e)。エクソソームCA1レベルは、早期胃がんであるステージIであっても健常者群と比較して有意に高い値を示しており、さらに病期が進行するにしたがって、高い値を示している。したがって、血液試料中のエクソソームのCA1を定量することによって、胃がんを検査することができる。
【0026】
次に、CA1による胃がん検出の感度、特異度をROC(Reciever operating characteristic)曲線によって検討した(
図2f)。エクソソームCA1による胃がん検出の感度は57.6%、特異度は88.0%、AUC(area under cureve)は0.761であった。既存のマーカーであるCEAのAUCは0.595であり、エクソソームCA1は、既存のマーカーであるCEAと比較して胃がん検出能力に優れたマーカーであることが示された。
【0027】
エクソソームCA1が、がん患者血清中で特異的に検出可能であることを確認するために、ウェスタンブロッティングにより解析を行った。エクソソームはEVSecondカラムを用いて精製し、各分画にCA1、エクソソームマーカーであるCD9、血清タンパク質マーカーであるハプトグロビンが存在するか解析を行った(
図2g)。なお、血清試料は、6名のがん患者の血清、あるいは14名の健常者血清を混合して用いた。なお、CA1の検出には、抗CA1モノクローナル抗体(ab108367、Abcam)を用いた。
【0028】
ウェスタンブロッティングによる解析では、CA1は胃がん患者血清試料では検出されたが、健常者血清試料では検出されなかった。また、CA1は、エクソソームマーカーであるCD9が検出される画分、すなわちエクソソーム画分で検出されるが、血清タンパク質であるハプトグロビンが検出される画分では検出されなかった。すなわち、CA1はエクソソームに含まれる胃がんマーカーとして特異的なマーカーであることが示された。精製したエクソソーム分画中で抗体を用いて検出されたことから、ELISAなど臨床で従来から用いられている方法でも検出できることが示唆される。また、ここでは血清を用いているが血漿を用いることができることは自明である。
【0029】
[胃がん組織におけるCA1の検出]
胃がん組織においてCA1発現を特異的に検出することができれば、バイオマーカーとしてさらに有用である。そこで、胃がん組織において、CA1発現が検出できるか検討を行った(
図3)。
【0030】
胃がん組織マイクロアレイ(US Biomax)を用いて、304の試料についてCA1抗体により組織染色を行い、CA1発現を検討した。試料の組織分類は以下のとおりである。
腺がん:172症例、未分化がん:5症例、印環細胞がん:80症例、粘液性腺がん:12症例、悪性間質腫瘍:9症例、カルチノイド:3症例、扁平上皮がん:1症例
また、正常胃組織16例をコントロールとして用いた。切片は脱パラフィンを行い、一次抗体として抗CA1抗体(LifeSpan BioSience、Inc.)を用い、EnVisionTM+ System(DAKO)を用いて検出を行った。
【0031】
染色を行うことのできなかった症例を除き、281症例で染色を行うことができた。172症例の胃腺がんのうち、130症例(75.6%)、5症例の未分化がんのうち5症例(100.0%)、85症例の印環細胞がんのうち72症例(84.7%)でCA1の発現が認められた。これに対し、正常粘膜ではCA1の発現は全く検出が認められないか、低レベルの検出が認められるに過ぎなかった(
図3a)。
【0032】
さらに、組織染色において染色強度を0~3までの4段階に分類し、腺がん、未分化がん、印環細胞がん、及び正常組織で染色強度の検討を行った(
図3b)。正常粘膜と比べ、腺がん、未分化がん、印環細胞がんでは、いずれも有意にCA1の染色強度が高いことが示された。胃がん組織においてCA1が染色されることは、血液中を循環しているエクソソームに内包されているCA1は胃がん組織から分泌されていることを示唆している。また、組織染色においても胃がん組織でCA1発現が認められることは、病理診断においてもCA1をマーカーとして使用できることを示している。
【0033】
[細胞株を用いた検討]
CA1の発現をヒト胃がん細胞株を用いて検討した。ヒト胃がん細胞株のCA1発現を細胞溶解液(total cell lysate、TCL)を用いてウェスタンブロッティングにより解析した(
図4a、TCL)。用いた胃がん細胞株の組織型は、分化腺がん(MKN7、AGS)、低分化腺がん(MKN45)、転移性胃がん(SNU-1、SNU-16)、スキルス胃がん(OCUM-1)の6株である。SNU-16、OCUM-1、AGSでは29kDaの位置にCA1が検出された。さらに、MKN7、MKN45では低レベルのCA1発現が観察されたが、SNU-1では発現が観察されなかった。
【0034】
さらに、胃がん細胞株の培養上清から超遠心法によってエクソソームを得て、ウェスタンブロッティングによりCA1発現の解析を行った(
図4a、Exosomes)。CA1を内在的に発現している細胞株から得られたエクソソームには、CA1が含まれていることが認められた。この結果は、CA1を発現している細胞から、CA1を内包するエクソソームが分泌されていることを示している。なお、CD9、CD63、CD81はエクソソームマーカーである。
【0035】
[CA1の機能解析]
CA1を発現していなかったSNU-1細胞に、3’末端にFLAGタグを融合したCA1、3’-FLAG-tagged CA1を発現させた細胞を用い解析を行った。キナーゼ阻害剤であるスタウロスポリン(STS)を1.0μMで上記細胞に添加し、アポトーシスを誘導した(
図4b)。アポトーシスは、Annexin V、7AADキット(BD Bioscience)によって染色を行い、フローサイトメトリー、BD FACSCalibur(BD Bioscience)によって解析した。
【0036】
CA1を発現していないSNU-1細胞では、19.3%がスタウロスポリン処理開始後、3時間以内にアポトーシスが誘導されている。しかしながら、CA1を強制発現させた細胞では、アポトーシスが誘導される細胞が6.1%と有意に減少している。CA1を発現することによって、アポトーシスに対する抵抗性が獲得されることが示された。
【0037】
3’-FLAG-tagged CA1を強制発現させたSNU-1細胞から、エクソソームを単離し、MKN7の培養液に添加し、上記と同様にしてスタウロスポリンによりアポトーシスを誘導し、CA1を含むエクソソームの添加による効果を解析した(
図4c)。その結果、エクソソームを添加した細胞では、アポトーシスが誘導される細胞の割合が大きく減少していることが明らかとなった。したがって、CA1を内包したエクソソームによっても、アポトーシス抵抗性を獲得することが明らかとなった。
【0038】
次に、CA1のアノイキスに対する効果を解析した。アノイキスは、アポトーシスの中でも、細胞外マトリクスに接着することができず、あるいは不適切な接着により生じる足場依存に由来するアポトーシスを指す。腫瘍においては、アノイキス抵抗性は、がん細胞の浸潤、転移に深く関わる性質であると考えられている。
【0039】
MKN7細胞、又は3’-FLAG-tagged CA1によりCA1を強制発現させたMKN7細胞を単層培養、あるいは懸濁培養の条件で培養を行い、アノイキスが誘導される細胞の割合を、Annexin V、7AAD染色を行い解析した(
図4d)。CA1発現により懸濁培養では有意にアノイキスが誘導される細胞の割合が減少した。
【0040】
次に、MKN7細胞の培養上清に、CA1を内包するエクソソームを添加し、同様に単層培養で、あるいは懸濁培養の条件で培養を行い、アノイキスが誘導される細胞の割合を解析した(
図4e)。CA1を含むエクソソームを培養液に添加することにより、懸濁培養ではアノイキスが誘導される細胞の割合が有意に減少することが示された。以上の結果から、CA1はアノイキスに対する抵抗性にも関与することが示された。
【0041】
以上示したように、新規胃がんマーカーCA1は、胃がんを感度、特異度よく検出することができる。また、転移に関わるアポトーシス、アノイキス抵抗性とも深く関わりのあるマーカーである。血液試料を用いて検査を行うことができることから、特に、胃がんの再発、転移などを検査するマーカーとして有用なマーカーとなる。
【0042】
ここでは、CA1について、その機能も含めて詳細に解析を行ったが、表1に示した胃がん患者、健常者間で発現に有意な差が認められたタンパク質は、いずれを用いても胃がんを検出することが可能である。特に、胃がん患者で発現増強が認められた40種のタンパク質は、胃がんを検出する良いマーカーとなり得る。また、表1に示したマーカーを複数用いて検出すれば、より精度良く胃がんの検出を行うことができる。本実施例で示したように、血液を用いる低侵襲な方法で感度良く胃がんの検出を行うことが可能となる。