(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-21
(45)【発行日】2024-07-01
(54)【発明の名称】ヒト35型アデノウイルスを基盤とした腫瘍溶解性ウイルス
(51)【国際特許分類】
C12N 15/861 20060101AFI20240624BHJP
C12N 7/01 20060101ALI20240624BHJP
A61K 35/761 20150101ALI20240624BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240624BHJP
A61P 15/14 20060101ALI20240624BHJP
C12N 15/34 20060101ALN20240624BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240624BHJP
【FI】
C12N15/861 Z ZNA
C12N7/01
A61K35/761
A61P35/00
A61P15/14
C12N15/34
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2020572359
(86)(22)【出願日】2020-02-12
(86)【国際出願番号】 JP2020006383
(87)【国際公開番号】W WO2020166727
(87)【国際公開日】2020-08-20
【審査請求日】2023-02-10
(32)【優先日】2019-02-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【氏名又は名称】岩田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】水口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 文教
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-501349(JP,A)
【文献】国際公開第2005/115476(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/025940(WO,A1)
【文献】特開2004-008047(JP,A)
【文献】SAKURAI, F., et al.,Adenovirus serotype 35 vector-induced innate immune responses in dendritic cells derived from wild-t,Journal of Controlled Release,2010年,Vol.148, No.2,pp.212-218
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、及びE1遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
【請求項2】
hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、及びE1A遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
【請求項3】
hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、E1A遺伝子、E1Bプロモーター及びE1B遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
【請求項4】
E1A遺伝子が変異型のものである、請求項2又は3に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
【請求項5】
細胞死誘導関連タンパク質又は免疫賦活関連タンパク質をコードする遺伝子をさらに含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスを含む、医薬組成物。
【請求項7】
癌の治療用のものである、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
癌が乳癌である、請求項7に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト35型アデノウイルスを基盤とした腫瘍溶解性ウイルス、及び当該ウイルスを含む医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍溶解性ウイルスは、がん細胞特異的に感染増殖し、がん細胞を死滅させることから、新規抗癌剤として期待されている。これまで10種以上の様々なウイルスからなる腫瘍溶解性ウイルスが開発されているが、腫瘍溶解性アデノウイルス(Ad)は最も臨床開発が進んでいる腫瘍溶解性ウイルスの一つである。一方で、Adはヒト由来のものだけでも67種類の血清型が存在し、ヒト以外の様々な動物種由来のAdも同定されているが、腫瘍溶解性Adとして開発が進んでいるのはほとんどがヒト5型Ad由来のものである。増殖能を欠損させたAdベクター(主に感染症に対するワクチンベクターと使用されている)の場合には、ヒト5型Ad以外のベクター化も進んでいるが、腫瘍溶解性ウイルスとしての利用はほぼヒト5型Adに限られている。
【0003】
遺伝子治療の進展につれて、各種遺伝子治療用ベクターの改良と共に、その特性・機能がより明確になってきた。そして最近では、疾病や投与法、投与部位(標的細胞)に応じて各ベクターの使い分けが進んできた。Adは、現在では免疫反応を伴うことを逆に利用して、HIV(Human Immunodeficiency Virus)やエボラ出血熱、高病原性インフルエンザなどの新興・再興感染症に対するワクチンベクターとして、あるいは癌細胞特異的にウイルス増幅することで癌細胞を死滅させる腫瘍溶解性ウイルスとして盛んに非臨床・臨床試験が進んでいる。
【0004】
腫瘍溶解性ウイルスについては、GM-CSF遺伝子を搭載したヘルペスウイルスIMLYGICTM(Talimogene Laherparepvec)が2015年にメラノーマに対する治療薬として米国FDAに承認されたが、Adを基盤とした腫瘍溶解性ウイルスも、活発な開発が進められてきた。当初は、p53を欠損した細胞(多くの癌細胞)で特異的に複製し細胞を殺傷するように、E1Bによってコードされる55kDaのタンパク質を欠損させたウイルスONYX-015(dl1520)が注目されたが、米国において承認には至らなかった。ちなみに、中国では2006年にONYX-015とほぼ同等のウイルス製剤であるOncorine H101が医薬品として承認された。現在は、腫瘍特異的なプロモーターでAdの複製に必須のE1A(とE1B)遺伝子を発現させることで、腫瘍特異的にウイルス複製を生じさせ、細胞を死滅させるアプローチが多く用いられている。腫瘍溶解性Adによる抗腫瘍効果は、ウイルス複製に伴う直接的な殺細胞効果だけでなく、癌細胞死滅に伴うDAMPs(damage-associated molecular patterns)による刺激や抗ウイルス免疫等の免疫系の惹起による寄与も大きいと考えられており、効率良く抗腫瘍免疫を活性化させるという観点から、免疫系を活性化する様々なサイトカインや免疫関連遺伝子などを腫瘍溶解性Adに搭載させることも試みられている。
【0005】
しかしながら、これまで開発された腫瘍溶解性Adは、ヒト5型Adを基本骨格としたものがほとんどである。感染域を変更し、より癌細胞への感染能を向上させるために、細胞への感染に重要な役割を果たすファイバー領域に外来ペプチドを挿入した腫瘍溶解性Adや、他の血清型のAd由来ファイバーに置換した腫瘍溶解性Adも開発されているが、基本骨格はヒト5型Ad由来である。基本構造をヒト5型Ad以外のもので腫瘍溶解性Adを作製した例は極めて限られており、例えばPsiOxus Therapeutics社は、ヒト3型と11型Adからなるキメラウイルス(Enadenotucirev;ColoAd1)の臨床試験を進めている。
【0006】
一方で、特に感染症に対するAdワクチンベクター(増殖不能Adベクター)の場合には、ヒト5型Ad以外の他の種や血清型由来のAdベクターを用いた研究も活発に行われている。その中でも、サブグループC群に属するヒト5型Adとは異なったサブグループB群に属するヒト35型Adは、ヒトにおける既存抗体保持率が極めて低く、感染受容体としてヒトにおいては赤血球を除く全ての細胞で発現し、特に癌細胞で高発現しているCD46を受容体とするといった特徴を有しており、感染症に対するワクチンベクターとしても有望と考えられた。しかしながら、ヒト35型Adベクターは、従来のヒト5型Adベクターに比べ自然免疫誘導能が高いことが明らかになり(非特許文献1:J.Virol.,88,10354,2014)、このために抗原遺伝子の発現期間が短期化し、ワクチン効果が減弱することが明らかとなった。
先行技術文献
非特許文献1:J.Virol.,88,10354,2014
【発明の概要】
【0007】
本発明においては、ヒト35型Adによる、癌治療を目的とした腫瘍溶解性ウイルスが望まれていた。
【0008】
そこで本発明者らは、ヒト35型Adを基本骨格とした腫瘍溶解性ウイルス製剤の開発に成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、及びE1遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
(2)hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、及びE1A遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
(3)hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター、E1A遺伝子、E1Bプロモーター及びE1B遺伝子が35型アデノウイルスゲノムに組み込まれた、組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
(4)E1A遺伝子が変異型のものである(2)又は(3)に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
(5)細胞死誘導関連タンパク質又は免疫賦活関連タンパク質をコードする遺伝子をさらに含む、(1)~(4)のいずれか1項に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス。
(6)(1)~(5)のいずれか1項に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスを含む医薬組成物。ここで、当該医薬組成物としては、例えば癌治療用のものが挙げられ、癌としては、例えば乳癌が挙げられる。
(7)(1)~(5)のいずれか1項に記載の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス、又は(6)6に記載の医薬組成物を癌患者に投与することを特徴とする癌の治療方法。
(8)癌患者が乳癌患者である(7)に記載の治療方法。
発明の効果
【0009】
ヒト35型Adによる高い自然免疫誘導能は、癌治療を目的とした腫瘍溶解性ウイルスの場合には逆に抗腫瘍免疫の増強につながり、極めて大きな長所になると期待される。
【0010】
本発明者らは、ヒト35型Adを基本骨格とした腫瘍溶解性ウイルス製剤の開発に着手し、その開発に成功した(
図1)。本発明では、これまでの研究で明らかとなった腫瘍溶解性ウイルスに適した各ウイルス遺伝子の改変を加え、癌治療のために最適な腫瘍溶解性Adの基本ウイルスの作製を行った。なお、
図1において、▲3▼shDicerカセットの付与、及び▲4▼mutant E1aの利用は、必要に応じて選択することができるものであり、必ずしも必須の構成ではない。本発明では、例えば抗腫瘍効果を増強するshDicerカセットを挿入することもできる(
図2)。但し、挿入する遺伝子はshDicerカセットに限定されるものではなく、細胞死誘導関連タンパク質や免疫賦活関連タンパク質をコードする遺伝子を挿入することもできる。shDicerカセット、細胞死誘導関連タンパク質をコードする遺伝子、及び免疫賦活関連タンパク質をコードする遺伝子は、それぞれ単独で挿入してもよく、適宜組み合わせて挿入してもよい。
ここで細胞死誘導関連タンパク質をコードする遺伝子としては、例えばp53をコードする遺伝子、p38をコードする遺伝子、SAPKをコードする遺伝子などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
また、免疫賦活関連タンパク質をコードする遺伝子としては、例えばPD-1をコードする遺伝子、LAG-3をコードする遺伝子などが挙げられる。
【0011】
さらに、本発明の一態様において、免疫チェックポイント阻害剤や放射線治療を併用することができる。これまでに、Ad由来のE1B 55kDaタンパク質が、放射線によるがん細胞の二重鎖DNA障害により誘導されるMre11/Rad50/NBS1(MRN)タンパク質複合体を分解することでDNA修復を阻害し、放射線感受性を飛躍的に増強することが証明されている(
図3)。また、本発明者らは世界に先駆けて35型Adベクターを開発した実績を持ち(特許第4237449号;Gene Ther.,10,1041,2003)、国内外随一のAd改変に関する技術と知識を有している。
【0012】
本発明では、ヒト35型Adを基本骨格とした腫瘍溶解性ウイルスを作製し、さらにウイルス複製や抗腫瘍効果に影響を与えるウイルス遺伝子(プロモーター、変異E1a遺伝子の利用等)を改変し、外来遺伝子を挿入することで、最適化する。種々の改変ヒト35型Adについて、ウイルス複製能や抗腫瘍効果、自然免疫および抗腫瘍免疫活性化能についてin vitro、in vivoの両条件化で検討し、ヒト5型Adに代わる新しい腫瘍溶解性Adの有用性を明らかにする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の腫瘍溶解性35型アデノウイルス(Ad)の一例の概要図である。
【
図2】Dicer発現のノックダウンによるAd複製能向上のメカニズムを示す図である。
【
図3】腫瘍溶解性Adと放射線との相乗効果のメカニズムを示す図である。A:腫瘍溶解性Adが感染していない通常のがん細胞に放射線を照射した場合、DNA損傷の修復機構が働く。B:腫瘍溶解性Adが感染している通常のがん細胞に放射線を照射した場合は、Ad由来のE1B 55kDaタンパク質が、放射線によるがん細胞の二重鎖DNA障害により誘導されるMre11/Rad50/NBS1(MRN)タンパク質複合体を分解することでDNA修復を阻害し、放射線感受性を飛躍的に増強する。
【
図4】腫瘍溶解性35型Ad(OAd35)構築のためのストラテジーを示す図である。
【
図5】ヒト癌細胞におけるCAR及びCD46発現のフローサイトメトリー分析の結果を示す図である。細胞は抗CAR(RmcB)抗体または抗CD46(M177)抗体とともにインキュベートした。細胞を洗浄後、細胞をPE結合ヤギ抗マウスIg二次抗体とともにインキュベートした後、FCM分析を行った。灰色のヒストグラムはアイソタイプコントロール抗体を、赤いヒストグラムは抗CAR(RmcB)抗体または抗CD46(M177)抗体を示す。
【
図6A】OAd5及びOAd35の癌細胞溶解活性を示す図である。OAd5及びOAd35を図中に示すVP(vector particle)/細胞でヒト癌細胞株に感染させた。5日間のインキュベーション後、クリスタルバイオレット試薬で細胞を染色した。
【
図6B】腫瘍溶解性5型Ad(OAd5)及び腫瘍溶解性35型Ad(OAd35)を300VP/細胞でヒト癌細胞株に感染させた結果を示す図である。図中に示す各時点においてWST-8アッセイにより細胞生存率を決定した。データは模擬感染グループのデータにより正規化した。
【
図6C】OAd5及びOAd35を図中に示すVP/細胞で正常なヒト細胞に感染させた結果を示す図である。5日間インキュベーションした後、クリスタルバイオレット試薬で細胞を染色した。
【
図6D】OAd5及びOAd35の癌細胞溶解活性を示す図である。
【
図6E】OAd5及びOAd35の癌細胞溶解活性を示す図である。
【
図7】癌細胞表面へのOAdの接着の結果を示す図である。OAd5及びOAd35を100VP/細胞でヒト癌細胞株に感染させ、4℃でインキュベートした。1.5時間インキュベーションした後、リアルタイムPCR分析により、OAdのウイルスゲノムのコピー数を決定した。
【
図8】腫瘍溶解性Ad(OAd)感染後の癌細胞中のAdゲノムコピー数を示す図である。OAd5及びOAd35を100VP/細胞でヒト癌細胞株に感染させた。図中に示す各時点で、リアルタイムPCR分析によりOAdのウイルスゲノムのコピー数を決定した。
【
図9】抗Ad5血清存在下におけるOAdの癌細胞溶解活性を示す図である。OAdをマウス抗Ad5血清存在下でHepG2細胞(A)及びT24細胞(B)に感染させた。5日間インキュベーションした後、WST-8アッセイにより細胞生存率を決定した。データは模擬感染グループのデータによって正規化した。
【
図10】OAd35の腫瘍内投与後の腫瘍体積の測定結果を示す図である。OAdを2.4x10
9VP/マウスの用量で腫瘍内に注射した。矢印はウイルス注入後の日数(0日目と3日目)を示す。腫瘍体積は、平均腫瘍体積±S.E。として表される。
*p<0.05(vs.PBS)。(n=5)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。なお、本明細書は、本願優先権主張の基礎となる米国仮出願第62/804,334号明細書(2019年2月12日出願)の全体を包含する。また、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0015】
本発明では、従来の腫瘍溶解性ヒト5型Adに代わる新しい腫瘍溶解性ウイルスとして、腫瘍溶解性ヒト35型Adを開発し、およびその有用性評価を行った。腫瘍溶解性ヒト35型Adは、従来の腫瘍溶解性ヒト5型Adと比べ、ヒトにおける抗体保持率が極めて低いことから既存抗体による影響の排除、感染受容体として広範なヒト細胞で発現し特にがん細胞で発現亢進しているCD46を利用することによる感染増強等が示された。また、ヒト35型Adによる高い自然免疫誘導能は、癌治療を目的とした腫瘍溶解性ウイルスの場合には逆に抗腫瘍免疫の増強につながり、極めて大きな長所になると期待される(表1)。
【表1】
【0016】
本発明においては、まずヒト35型Adの全ゲノムを有したプラスミドを作製し、プラスミドの簡便な組換えで種々の改変腫瘍溶解性ヒト35型Adゲノムが作製できるシステムを開発した。このプラスミドは、ウイルスゲノム両末端に存在するユニークな制限酵素部位で切断することで線状化し、任意の細胞(例えばHEK293細胞)にトランスフェクションすると目的のウイルスを作製できる。
【0017】
さらに、本発明者らは、これまでにDicerをノックダウンすることでAd複製が亢進されることを明らかにしている(WO2015/25940号;Mol.Cancer Ther.,16,251,2017等)。そこで、本発明においてはshDicerカセットを付与することができ、これにより殺細胞効果の増強を図ることが可能となる(
図2)。また本発明においては、ウイルス増殖に必須のE1a遺伝子の自然免疫の活性化を回避する配列に変異を付与することもでき、これにより、腫瘍特異的プロモーターの最適化(SurvivinやhTERTプロモーターの利用)、ADP(adenovirus death protein)遺伝子の保持等の機能を付与し、より優れた腫瘍溶解性ヒト35型Adを得ることができる。
【0018】
また、本発明においては、各種腫瘍溶解性ヒト35型Adのウイルス複製能や細胞障害活性等のウイルス特性を解析する。また、本発明のウイルスは、自然免疫活性化効果及び抗腫瘍免疫誘導効果や、免疫チェックポイント阻害剤との併用による腫瘍の増殖抑制効果などが期待される。
一方、Ad由来のE1B 55kDaタンパク質は、放射線によるがん細胞の二重鎖DNA障害により誘導されるMre11/Rad50/NBS1(MRN)タンパク質複合体を分解することでDNA修復を阻害し、放射線感受性を飛躍的に増強することが証明されている(Cancer Res.,70,9339,2010)。そこで本発明においては、腫瘍溶解性Adと放射線療法とを組み合わせることができ、これにより、相乗的な抗腫瘍効果が期待できる(
図3)。
【0019】
腫瘍溶解性ウイルスは、癌細胞特異的に感染増殖し、癌細胞を死滅させることから、新規抗癌剤として期待されている。これまで10種以上のウイルスを基盤とした腫瘍溶解性ウイルスが開発されているが、腫瘍溶解性アデノウイルス(Ad)は、最も臨床開発が進んでいる腫瘍溶解性ウイルスの一つである。これまで開発されてきた腫瘍溶解性Adは、サブグループC群に属する5型Ad(Ad5)を基盤としたものがほとんどであるが、近年、(i)Ad5は、Ad5感染受容体であるCoxsackievirus and adenovirus receptor(CAR)陰性細胞に対して感染が困難なことや、(ii)多くの成人が、Ad5に対する中和抗体を保持していることなどの問題が明らかとなってきた。一方で、サブグループB群に属する35型Ad(Ad35)は、赤血球を除く全てのヒト細胞に発現するCD46を感染受容体としていることや、成人における抗体保持率が低いことが特徴として挙げられる。このことから、Ad35を基盤とした腫瘍溶解性Adは、CAR陰性細胞を含む幅広い癌細胞に感染可能であるとともに、抗Ad5抗体の影響を回避できることが期待される。
【0020】
本発明の一態様では、Adの自己増殖に必須であるE1遺伝子(E1A遺伝子とE1B遺伝子に分かれる)を腫瘍特異的プロモーター下流に搭載することで、癌細胞特異的に増殖するように腫瘍溶解性Adを設計する。腫瘍特異的プロモーターとしては多くのヒト癌細胞において活性が高いhuman Telomerase Reverse Transcriptase(hTERT)プロモーターなどが用いられる。またプロモーターとしては、Survivinプロモーターを用いることもできる
プロモーター下流にE1A遺伝子を挿入するとともに、ウイルス本来のプロモーターよりE1B遺伝子を発現するように設計したE1遺伝子発現カセットを、5型ならびに35型AdゲノムのE1欠損領域に挿入した。腫瘍溶解性Ad5(OAd5)においてはOAd5のE1A遺伝子及びE1B遺伝子を、腫瘍溶解性Ad35(OAd35)においてはOAd35のE1A遺伝子及びE1B遺伝子をそれぞれ使用している。E1遺伝子発現カセットを挿入したAdゲノムをコードしたプラスミドを制限酵素処理して線状化した後、パッケージング細胞に遺伝子導入することで各OAdを回収した。パッケージング細胞としては、OAd5に関してはH1299細胞、OAd35に関してはHEK293細胞を用いた。これらのOAdを種々の培養細胞に作用させ、殺細胞効果やAdゲノム量の測定を行った。
【0021】
作製した各OAdの癌細胞に対する殺細胞効果を検討するため、CAR陽性ヒト癌細胞(HepG2細胞、A549細胞、H1299細胞)、およびCAR陰性ヒト癌細胞(T24細胞、MCF-7細胞)に、作製した腫瘍溶解性Ad5(OAd5)ならびに腫瘍溶解性Ad35(OAd35)を作用させ、ウイルス作用5日後の細胞生存率を評価した。その結果、両OAdともにCAR陽性細胞に対しては高い殺細胞効果を示した。一方、CAR陰性細胞に対しては、OAd5が全てのウイルス用量で有意な殺細胞効果を示さなかったのに対し、OAd35は、T24細胞では300VP/cell以上で、MCF-7細胞では10VP/cell以上でほぼ全ての細胞を死滅させた。
【0022】
また、各OAdとも、各種ヒト正常細胞に対しては顕著な殺細胞効果を示さなかった。次に、各OAdを上記の癌細胞株に作用させ、ウイルス粒子の細胞表面への結合量を検討したところ、各OAdともにCAR陽性細胞に対しては効率よく結合する一方で、CAR陰性細胞に対してはOAd35のみが高い結合能を示した。さらに、抗Ad5血清と各OAdを30分間インキュベートした後、各種癌細胞に作用させたところ、OAd5は、抗Ad5抗体により殺細胞効果が著しく減弱したのに対し、OAd35では抗Ad5血清による阻害は受けず、高い殺細胞効果を示した。
【0023】
本発明において開発したOAd35は、従来型のOAd5と比べ、ヒト癌細胞に対しCARの発現に関わらず高い殺細胞効果を示した。また、抗Ad5抗体存在下においても高い殺細胞効果を示した。以上のことから、OAd35は、OAd5が持つ問題点を克服可能であることが示された。
【0024】
<治療方法及び医薬組成物>
本発明は、前記組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスを含む医薬組成物を提供する。また本発明は、前記組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルス、又は前記医薬組成物を癌患者に投与することを特徴とする癌の治療方法を提供する。
治療の対象となる腫瘍(癌)の種類は、限定されるものではなく、例えば、脳腫瘍、頭頸部癌、胃癌、大腸癌、肺癌、肝癌、前立腺癌、膵癌、食道癌、膀胱癌、胆嚢癌、胆管癌、乳癌、子宮癌、甲状腺癌、卵巣癌、白血病、リンパ腫、肉腫、間葉系腫瘍等が挙げられ、乳癌が好ましい。
【0025】
本発明の医薬組成物は、そのまま患部に適用することもできるし、あらゆる公知の方法、例えば、腫瘍内、静脈、筋肉、腹腔内又は皮下等の注射、あるいは鼻腔、口腔又は肺からの吸入、経口投与、カテーテルなどを用いた血管内投与等により生体(対象となる細胞や臓器)に導入することもできる。
【0026】
また、本発明の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスは、そのまま用いてもよく、あるいは賦形剤、増量剤、結合剤、滑沢剤等公知の薬学的に許容される担体、公知の添加剤(緩衝剤、等張化剤、キレート剤、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等が含まれる。)などと混合することができる。
【0027】
本発明の医薬組成物は、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、シロップ剤等の経口投与剤、注射剤、外用剤、坐剤、点眼剤等の非経口投与剤などの形態に応じて、経口投与又は非経口投与することができる。好ましくは、腫瘍内、筋肉、腹腔等への局部注射、静脈への注射等が例示される。
【0028】
組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスの投与量は、有効成分の種類、投与経路、投与対象、患者の年齢、体重、性別、症状その他の条件により適宜選択されるが、一日投与量としては、106~1011PFU程度、好ましくは109~1011PFU程度とするのがよく、1日1回投与することもでき、数回に分けて投与することもできる。
なお、本発明の組換え腫瘍溶解性35型アデノウイルスは、公知の抗癌剤や放射線などとの併用を妨げるものではない。
【0029】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
1.実験材料
細胞
HEK293細胞はDULBECCO’S MODIFIED EAGLE’S MEDIUM(DMEM)(10% Fetal Bovine Serum(FBS)、100U/mLペニシリン、1mM L-glutamine含有)、A549細胞、HepG2細胞、T24細胞、NHLF細胞、MRC-5細胞はDMEM(10% FBS、100μg/mLストレプトマイシン、および100U/mLペニシリン含有)、H1299及びMCF-7細胞はRPMI1640 MEDIUM(10% FBS、100μg/mLストレプトマイシン、および100U/mLペニシリン含有)を用いて、37℃、飽和蒸気圧、5%CO2存在下で培養した。なお、本実施例において使用したFBSは、すべて56℃、30分間の非働化処理を行った後に使用した。
【0031】
プラスミド
Ad5を基盤とした腫瘍溶解性Ad、OAd5作製用プラスミドであるpAdHM3-hmE1は以下のように作製した。
【0032】
まず初めに、BGH poly(A)配列フラグメントとhTERT promoter(配列番号11)を含む領域を、pHMTERT-L(hTERT promoterの下流にルシフェラーゼ遺伝子が挿入されたプラスミド)を鋳型DNAとしてPCR法によりそれぞれ増幅することで、BGH poly(A)配列フラグメントとhTERT promoterフラグメントを得た。次に、pHM15(シャトルプラスミド;Hum Gene Ther.2003 Sep1;14(13):1265-77.)をEcoRI/ApaI処理したフラグメントと上記のBGH poly(A)配列フラグメントをライゲーションし、pHM15-BGHを得た。次に、pHM15-BGHをBamHI/PstI処理したフラグメントと、PCRにより増幅し得たhTERT promoterフラグメントをライゲーションし、hTERT promoter下流にBGH poly(A)配列を搭載したpHM15-hTERTを得た。
【0033】
次に、pHM15-hTERTをEcoRI/BamHI処理したフラグメントと、EcoRI-EcoRV-BamHI認識配列をコードした合成オリゴDNAをライゲーションし、pHM15-hTERT-EEBを得た。次に、Adゲノムの全長を持つpTG3602を鋳型DNAとして、PCR法によりE1遺伝子を増幅してE1遺伝子フラグメントを得た。次に、p3xFLAG-CMV-10(マルチクローニングサイトを有するクローニング用のプラスミド;参照URL:
https://www.sigmaaldrich.com/catalog/product/sigma/e7658?lang=ja&region=JP)をEcoRV処理したフラグメントと、E1遺伝子フラグメントをライゲーションし、p3xFLAG-CMV-E1を得た。次に、pHM15-hTERT-EEBとp3xFLAG-CMV-E1をそれぞれEcoRI/BamHI処理したフラグメントをライゲーションし、hTERT promoter下流にE1遺伝子を搭載したプラスミド、pHM15-hTERT-E1を得た。
【0034】
pHM15-hTERT-E1上のXbaIサイトを欠失させるため、Quick Change Lightning Mutagenesis kitとプライマーを用いて、pHM15-hTERT-E1-ΔXbaIを得た。また、p3xFLAG-CMV-E1をSacI処理したフラグメントをセルフライゲーションし、p3xFLAG-CMV-E1Δssを得た。そして、p3xFLAG-CMV-E1ΔssをXbaI処理した後、Klenow処理で平滑化、セルフライゲーションすることで、p3xFLAG-CMV-E1ΔssΔXbaIを得た。次に、pHM15-hTERT-E1-ΔXbaIとp3xFLAG-CMV-E1ΔssΔXbaIをそれぞれBamHI/SacI処理したフラグメントをライゲーションし、pHM15-hTERT-E1-2ΔXbaIを得た。次に、AdのE1遺伝子のLTCHEモチーフをVTSHDモチーフに置換した配列を人工合成して購入したプラスミドであるpE1-BS(FASMAC)とpHM15-hTERT-E1-2ΔXbaIをそれぞれSacI/BspEI処理したフラグメントをライゲーションし、pHM15-hTERT-mE1-2ΔXbaIを得た。
【0035】
そして、pHM15-hTERT-mE1-2ΔXbaIをSpeI処理したフラグメントと、pHM3(シャトルプラスミド;Hum Gene Ther.1998Nov 20;9(17):2577-83)をXbaI処理したフラグメントをライゲーションし、pHM3-hmE1を得た。次に、pHM3-hmE1とpHM5をそれぞれI-CeuI/PI-SceI処理したフラグメントをライゲーションし、hTERT promoter制御下でAd5のE1遺伝子を発現するカセットを搭載したプラスミドであるpHM5-hmE1を得た。最後に、E1遺伝子を欠損したAd5のゲノムを搭載したプラスミドであるpAdHM3とpHM5-hmE1をそれぞれI-CeuI/PI-SceI処理したフラグメントをライゲーションすることで、pAdHM3-hmE1を得た。
【0036】
Ad35を基盤とした腫瘍溶解性AdであるOAd35作製用プラスミドであるpAdMS2-hTERT-mE1は以下のように作製した。まず、Ad35の5’ITR、survivin promoter下流にE1遺伝子中の途中(Ad35 2804 MfeI)までを搭載したプラスミドであるpAd35-mE1-1と、Ad35のE1遺伝子途中からpIX遺伝子の途中まで(Ad35 2804~4603bp)の配列を搭載したプラスミドであるpAd35-mE1-2を人工合成した(Genewiz社に外注)。
【0037】
これらのプラスミドをMfeI/SpeI処理したフラグメトをライゲーションし、pAd35-surv-mE1を得た。次に、E1遺伝子を欠損したAd35のゲノムを搭載したプラスミドであるpAdMS2をSwaI処理したフラグメントとpAd35-surv-mE1をSalI処理したフラグメントをE.coli BJ5183(recBC and sbcBC)に同時に形質転換し、相同組換えを誘発することにより、survivin promoter制御下においてAd35のE1遺伝子を発現するカセットをE1欠損領域に搭載したpAdMS2-surv-mE1を得た。
【0038】
最後に、pHMTERT-Lを鋳型DNAとして、以下のプライマーをそれぞれ用いてPCR法により遺伝子を増幅して得たhTERT promoterフラグメント2とpAdMS2-surv-mE1をPmeI処理したフラグメントをIn-Fusion反応を行うことで、pAdMS2-hTERT-mE1を作製した。
【0039】
腫瘍溶解性Ad(OAd)
pAdHM3-hmE1およびpAdMS2-hTERT-mE1を、それぞれPacIおよびSbfI処理し線状にしたプラスミドDNAを、Lipofectamine2000(Invitrogen)を用いてHEK293細胞にトランスフェクションすることで、それぞれOAd-tANB(OAd5)とOAd35-tANB(OAd35)を得た。その後、OAd-tANBはH1299細胞に、OAd35はHEK293細胞に3-4次感染させることで大量調製した。得られた各Adを塩化セシウムの密度勾配遠心にて精製し、10mM Tris(pH7.5)、1mM MgCl2、10% glycerolからなる溶液で透析した。OAd35-sANBは、pAdMS2-surv-mE1をSbfIで処理したのち、HEK293細胞にTransfectionすることで得た。pAdMS2-hTERT-mE1およびpAdMS2-surv-mE1のE1B発現カセットの下流にshDicer発現カセットを挿入し、pAdMS2-hTERT-mE1-shDicer,pAdMS2-surv-mE1-shDicerを得た。これらのプラスミドをSbfIで処理した後、HEK293細胞にTransfectionすることで、OAd35-tANB-shDicer及びOAd35-sANB-shDicerを得た。
各Adの物理学的タイター(Virus Particle:VP)はMaizelらの方法により測定した。
【0040】
2.評価方法
フローサイトメトリー分析
各細胞5×105cellsを3%FBS含有PBS100μLに懸濁し、Mouse anti-CAR monoclonal antibody(RmcB)、Mouse anti-CD46 monoclonal antibody(M177)もしくはPurified Mouse IgG1,κIsotype Controlを1μL加え、1時間氷上、遮光で反応させた。2%FBS含有PBS4mLで洗浄後、1500rpm、5分間遠心し上清を吸引除去した。
【0041】
細胞を再び2%FBS含有PBS100μLに懸濁し、PE標識Goat Anti-Mouse Igを1μL加え、30分間氷上、遮光で反応させた。2%FBS含有PBS4mLで洗浄後、1500rpm、5分間遠心し上清を吸引除去し、2%FBS含有PBS500μLに懸濁し、フローサイトメーター(MACS Quant Analyzer;Miltenyi Biotec)を用いて発現を解析した。データは、FCSマルチカラーデータ解析ソフトウェア(Flojo)により解析した。
【0042】
Adゲノムコピー数の決定
各細胞を回収後、DNeasy Blood & Tissue Kit(QIAGEN)を用いてTotal DNAを抽出し、Adゲノムコピー数をTHUDERBIRD SYBR qPCR Mix(TOYOBO)および以下のプライマーを用いて定量的PCRを行った。測定にはStepOnePlus real-time PCR systems(Applied Biosystems)を用いた。
【0043】
【0044】
クリスタルバイオレットアッセイ
各細胞に腫瘍溶解性Adを100~1000VP/cellで作用させ、5日後にクリスタルバイオレットにより生細胞を染色した。
【0045】
細胞生存率アッセイ
各細胞に腫瘍溶解性Adを300VP/cellで作用させ、細胞生存率をCell Counting Kit-8(同仁化学研究所)を用いて測定した。
【0046】
Ad5ベクターによる免疫
C57BL/6マウスにE1欠損Ad5ベクターを1×1010VP/mouseで尾静脈内投与することにより、抗Ad5免疫を誘導した。Ad5ベクター投与19日後に眼窩採血により血液を回収し、37℃で1時間静置して完全に血液凝固をさせた後、4℃で一晩静置した。翌日遠心操作(3,000rpm、5分)を行い、上清を抗Ad5血清として回収した。
【0047】
抗Ad5血清存在下での各OAdの癌細胞溶解活性
E1欠損Ad5ベクターで免疫を行ったマウスより採取した抗血清と各腫瘍溶解性Adを、FBSを含まない培地で希釈し混合した。なお、マウス抗血清は最終希釈倍率が1/400から1/1600になるように2倍希釈ごとに段階希釈し、腫瘍溶解性Adは300VP/cellとなるように調製した(total 50mL)。調製した溶液を30分間インキュベートした後、細胞に作用させた。1.5時間後、20%FBSを含む培地を等量加えて、5日後に細胞生存率をCell Counting Kit-8(同仁化学研究所)を用いて測定した。
【0048】
Mouse xenographt modelへの腫瘍内投与
H1299細胞(マウスあたり3x106細胞)を、50%マトリゲル(Corning、Corning、NY)を含む5週齢の雌BALB/c nu/nuマウス(日本SLC、浜松、日本)の右脇腹に皮下注射した。腫瘍が直径約5~6mmに成長した後、マウスをランダムに3つのグループに割り当てた。PBS、OAd5、およびOAd35を各群に2.4×109VP/マウスの用量で腫瘍内注射し、3日後に再注射した。腫瘍の大きさを3日ごとに測定した。腫瘍体積は次の式で計算した。
腫瘍体積(mm3)=1/2×a×b2 (aは最長寸法(長径)、bは最短寸法(短径)を示す)。
【0049】
3.結果
腫瘍溶解性Ad35(OAd35)の作製方法
本実施例では、Adの自己増殖に必須であるE1遺伝子(E1A遺伝子とE1B遺伝子に分かれる)を腫瘍特異的プロモーター下流に搭載することで、癌細胞特異的に増殖するように腫瘍溶解性Adを設計した。腫瘍特異的プロモーターとしては多くのヒト癌細胞において活性が高いhuman Telomerase Reverse Transcriptase(hTERT)プロモーター(配列番号11)、又はSurvivinプロモーターを用いた。まず、腫瘍溶解性35型Ad(OAd35)の作製においては、Ad35の遺伝子配列情報(配列番号5)を参考に、E1A遺伝子(569~1441bp(配列番号6))を、癌細胞特異的プロモーターであるhTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター下流に挿入するとともに、ウイルス本来のプロモーターよりAd35のE1B遺伝子を発現するようにE1遺伝子発現カセットを作製した(
図4)。ここで、E1A遺伝子としては、上記の野生型のE1A遺伝子(配列番号6)に代えて、変異型のE1A遺伝子(配列番号7)も用いた。当該変異は、ウイルス増殖に必須のE1A遺伝子の自然免疫の活性化を回避する塩基配列に変異を付与したものであり、具体的には、配列番号6の塩基配列中の第343番目のT(チミン)がG(グリシン)に、第350番目のGがC(シトシン)に、第357番目のA(アデニン)がTに、それぞれ置換されたもの(要するに、配列番号6の塩基配列中の第343~357番目の塩基「TTGCACTGCTATGAA」が「GTGCACTCCTATGAT」に置換されたもの)である。当該変異は、周知の遺伝子組換え技術を用いて適宜行うことができる。
【0050】
Ad35のE1B遺伝子のプロモーター領域およびE1B遺伝子領域としては、Ad35の遺伝子配列情報(配列番号5)を参考に、1442~3400bp(配列番号8)をE1A発現カセットの下流に挿入した。ここで、E1B遺伝子のプロモーター領域は、1442~1610bp(配列番号9)と推定され、また、E1B遺伝子領域は、1611~3400bp(配列番号10)である。
このように、E1遺伝子発現カセットとしては、「野生型E1A遺伝子+E1B遺伝子プロモーター領域+E1B遺伝子」(配列番号12)、及び「変異型E1A遺伝子+E1B遺伝子プロモーター領域+E1B遺伝子」(配列番号13)を用いた。
さらに、そのE1遺伝子発現カセットの両側にAd35のE1欠損領域の上流側約450bp(1~455bp)と下流側約1200bp(3401~4634bp)をホモロジーアームとして付加したドナープラスミドを作製した。
【0051】
ドナープラスミドとAd35のゲノムをコードしたプラスミドを制限酵素素処理により線状化し、E.coliBJ5183(recBC and sbcBC)に同時に形質転換し、相同組換えを誘発することにより、Ad35ゲノムのE1欠損領域にE1遺伝子発現カセットを挿入した(
図4)。腫瘍溶解性5型Ad(OAd5)についても、同様に、hTERTプロモーター下流にAd5のE1A遺伝子を挿入するとともに、ウイルス本来のプロモーターよりAd5のE1B遺伝子を発現するように設計したE1遺伝子発現カセットを、5型AdゲノムのE1欠損領域に挿入した。
【0052】
E1遺伝子発現カセットを挿入したAdゲノムをコードしたプラスミドを制限酵素処理して線状化した後、パッケージング細胞であるHEK293細胞に遺伝子導入することでOAd5およびOAd35を回収した。その後、OAd5に関してはH1299細胞に、OAd35に関してはHEK293細胞に4次感染させて大量調製した。HEK293細胞は、そのゲノム内にAd5のE1遺伝子を有しているため、HEK293細胞でOAd5を増幅させると、OAd5ゲノム中のE1遺伝子発現カセットと、細胞中のE1遺伝子領域が相同組換えを起こし、野生型のAd5が混入してしまう恐れがあるため、OAd5の増幅には、E1遺伝子を有してしないH1299細胞を用いた。
【0053】
各OAdを大量調製した後、塩化セシウムの密度勾配遠心にて精製した。また各OAdの物理学的タイターであるVirus Particle(VP)/cellを測定した結果、OAd35については、OAd5と比較すると約10倍低いタイターを得た。また、OAd35の物理的力価はOAd5の物理的力価よりも約10倍低かった。OAd35の物理的力価と生物学的力価の比は1:8.5で、これはOAd5の力価と同等であった(表3)。
【表3】
【0054】
ヒト癌細胞株におけるAd感染受容体の発現
今回作製したOAdの基盤となるAd5、Ad35は、それぞれCAR、CD46を感染受容体としている。そこで、5種類のヒト癌細胞株(HepG2細胞;ヒト肝癌由来、A549細胞;ヒト肺癌由来、H1299細胞;ヒト肺癌由来、T24細胞;ヒト膀胱癌由来、MCF-7細胞;ヒト乳癌由来)における各受容体の発現量をフローサイトメトリーにより測定した(
図5)。
【0055】
その結果、HepG2細胞、A549細胞、H1299細胞では、CAR、CD46ともに高発現していた。一方、MCF-7細胞ではCD46は高発現していたが、CARはわずかしか発現していなかった。また、T24細胞ではCARは全く発現していなかったが、CD46は高発現していた。これらの結果から、以降はHepG2細胞、A549細胞、H1299細胞はCAR陽性細胞、T24細胞、MCF-7細胞についてはCAR陰性細胞として用いることとした。
【0056】
ヒト培養細胞における各OAdの殺細胞効果
次に、今回作製した各OAdのヒト癌細胞株における殺細胞効果を検討するため、各種ヒト癌細胞株に各OAdを作用させ、ウイルス作用5日後にクリスタルバイオレット染色を行い、細胞生存率を測定した(
図6A)。クリスタルバイオレット染色では生細胞のみが青紫色に染色される。
【0057】
その結果、CAR陽性細胞であるHepG2細胞では両OAd作用群ともに高い殺細胞効果を示し、全てのウイルス用量でほぼ全ての細胞が死滅していた。また、A549細胞では十分にCARが発現しているのに関わらず、OAd5作用群では十分な殺細胞効果は見られず、OAd35作用群で高い殺細胞効果を示した。H1299細胞は、HepG2細胞及びA549細胞と同様にCAR及びCD46が発現しているにも関わらず、OAd5作用群の方がOAd35作用群に比べて殺細胞効果が高かった。
【0058】
一方、CAR陰性細胞であるT24細胞では、OAd5作用群の全てのウイルス用量で殺細胞効果を示さなかったのに対し、OAd35作用群では300VP/cellにおいてほぼ全ての細胞が死滅していた。また、MCF-7細胞では、OAd5作用群で300VP/cell、OAd35作用群で10VP/cellで、ほぼ全ての細胞が死滅していた。これは、MCF-7細胞でわずかにCARの発現が見られたことにより、OAd5が感染できたためと考えられる。なお、全ての細胞株のなかで乳癌細胞であるMCF-7に対するAd35の殺傷効果が最も高かった。この現象は、CARやCD45などの受容体の発現だけでは説明することができず、まだ知られていない生活環の違いなど(感染経路、脱殻、核内移行、転写翻訳、ウイルス粒子形成等)が原因として考えられる。したがって本発明のウイルスは特に乳癌の治療に有用であると考えられる。
【0059】
さらに、各OAdによる殺細胞効果を定量的に測定するため、WST-8試薬を用いて、細胞生存率を経時的に測定した(
図6B)。その結果、クリスタルバイオレット染色の結果と相関した結果が得られた。具体的には、HepG2細胞では両OAd作用群とも高い殺細胞効果を示したが、A549細胞、T24細胞、H1299細胞、MCF-7細胞ではOAd5作用群と比べOAd35作用群で有意に高い殺細胞効果を示した。
【0060】
次に、ヒト正常細胞に対する各OAdの安全性を検討するため、各種ヒト正常細胞(MRC-5細胞;ヒト胎児由来肺線維芽細胞、NHLF;成人由来肺繊維芽細胞、HUVEC;ヒト臍帯静脈内皮細胞)に各OAdを作用させ、上記と同様にクリスタルバイオレット染色を行い、細胞生存率を測定した(
図6C)。その結果、各OAd作用群ともに顕著な殺細胞効果を示さなかった。全てのヒト正常細胞において、OAd35作用群では高ウイルス用量(300、1000VP/cell)で細胞死が観察された。これは、生体内投与において想定される用量と比べ極めて高い用量でウイルスが感染したために、細胞にダメージを与えてしまい、細胞死が観察されたと考えられる。
さらに、各OAdを用いて、各種癌細胞に対する殺細胞効果を検討した(
図6D、
図6E)。
以上の結果、今回新たに作製したOAd35は癌細胞特異的に殺細胞効果を示すことが明らかとなった。
【0061】
各OAdの細胞表面への結合能
次に、各OAdの各ヒト癌細胞株への結合能を検討するため、各OAdを4℃で1.5時間作用させ、細胞表面に結合したOAdのゲノム量を定量的PCR法により測定した(
図7)。その結果、CAR陽性細胞に対してはOAd5、OAd35ともに同程度のAdゲノム量を示したことから、CAR陽性細胞に対しては両OAdともに効率よく結合できることが示唆された。一方、CAR陰性細胞では、OAd5と比べ、OAd35作用群で高いAdゲノム量を示した。この結果より、OAd5はCAR陰性細胞に対しては結合しにくいが、OAd35は標的細胞のCARの発現に関わらず、高い結合能を有することが示唆された。
【0062】
各種ヒト癌細胞における各OAdの感染増殖能
次に、
図6A,6B,6D,6Eで示した各OAd作用によるヒト癌細胞での細胞死が、Ad増殖によるものであるかを検討するため、各種ヒト癌細胞に各OAdを作用し、ウイルス作用24時間、72時間後のAdゲノム量を測定した(
図8)。その結果、各種ヒト癌細胞において、両OAdともに24時間後から72時間後にかけてAdゲノム量が増加していた。特に、CAR陰性細胞において、OAd35作用群では、OAd5作用群と比べ、Adゲノムが大きく増加していた。以上の結果より、OAd35はCAR陽性細胞のみならず、CAR陰性細胞に対しても効率よく感染増殖できることが示された。
【0063】
抗Ad5血清存在下における各OAdの殺細胞効果
最後に、今回作製したOAd35が、Ad5に対する抗体存在下でも標的細胞に感染し、殺細胞効果を示すのかを検討するため、1/400希釈から1/1600希釈まで2倍ずつ段階希釈した抗Ad5血清と各OAdを30分間インキュベートした後、各種ヒト癌細胞に作用し、ウイルス作用5日後における殺細胞効果を測定した。
【0064】
抗Ad5血清は、C57BL/6マウスにE1欠損Ad5ベクターを1×10
10VP/mouseで尾静脈内投与し、抗Ad5免疫を誘導することで取得した。その結果、HepG2細胞において、抗Ad5血清存在下では、OAd5作用群での細胞死が抑制されたのに対し、OAd35作用群では抑制されなかった(
図9A)。また、T24細胞においても、抗Ad5血清存在下でもOAd35による細胞死は抑制されなかった(
図9B)。以上の結果より、OAd35は、抗Ad5抗体存在下でも標的細胞に感染可能であることが示唆された。
【0065】
OAd35のin vivoでの抗腫瘍効果を調べるために、H1299細胞によりマウスの皮下に腫瘍を形成させたxenograft modelに対し、OAdを腫瘍内投与した(
図10)。OAd5およびOAd35の腫瘍内投与後、腫瘍の成長は有意に抑制した。H1299細胞に対するin vitro癌細胞溶解活性はOAd5の方がOAd35よりも高かったが(
図6A)、in vivoにおける腫瘍成長抑制効果ではOAd5とOAd35との間で有意な差はなかった。これらの結果から、OAd35がin vivoにおいて十分な抗腫瘍効果があることが示された。
【0066】
4.考察
本実施例では、Ad35を基盤とした新規腫瘍溶解性Adの開発に取り組み、ヒト培養細胞株における殺細胞効果などのOAd35の特性について検討した。今回開発したOAd35は、hTERTプロモーター又はSurvivinプロモーター下流にE1A遺伝子を挿入し、E1B遺伝子本来のプロモーターよりE1B遺伝子が発現するように設計した(
図4)。
【0067】
E1遺伝子発現カセットはAdの増殖を司る重要なファクターであり、様々な設計がなされているが、本実施例ではhTERTプロモーターを用いた。hTERTプロモーターは、80%以上の癌細胞において高い活性を示すと報告されており、多くの癌細胞に適用可能である点から、有用であると考えられる。本実施例において作製したOAd35のゲノムをコードしたプラスミドは、E1遺伝子発現カセットのhTERTプロモーター領域の両側に制限酵素サイトを挿入しているので、腫瘍特異性を失わず、hTERTよりも活性が高い優れた腫瘍特異的プロモーターが開発された場合や、特定の組織の癌細胞を標的とする場合には、プロモーターを簡便に交換可能になっている。
【0068】
ヒト癌細胞におけるOAd35の殺細胞効果をクリスタルバイオレット染色、WST-8試薬を用いて測定したところ、OAd35はCAR陽性細胞、CAR陰性細胞どちらにも効率よく感染し、高い殺細胞効果を示した(
図6A,
図6B)。Ad35のFiberはAd5感染受容体CARには結合しないが、Ad35感染受容体であるCD46と結合するため、OAd35はCAR陽性および陰性細胞の両者に効率よく感染できたものと考えられる。
【0069】
癌の悪性度が上がるとともに、CARの発現が減少するという報告もあることから、OAd35は悪性度が高く、CARの発現が減少、もしくは消失した癌細胞に対しても高効率に感染することが期待される。また、A549細胞はCAR、CD46ともに90%以上発現していたににも関わらず、OAd5による殺細胞効果は低く、OAd35により高い殺細胞効果が観察された。
【0070】
一方、他のヒト肺癌細胞株であるH1299細胞に対しては、OAd5がより高い殺細胞効果を示したことから、OAd5がA549細胞に対して低い殺細胞効果しか示さなかったのは、肺癌細胞特異的な現象ではなく、Ad5とAd35の生活環の違い(感染経路、脱殻、核内移行、転写翻訳、ウイルス粒子形成等)が原因として考えられる。
【0071】
OAd35と各種ヒト癌細胞表面への結合についての検討を行ったが、CAR陽性細胞では両OAdとも同程度の結合能を示した一方で、CAR陰性細胞ではOAd35が顕著に高い結合能を示した(
図7)。
OAd5とOAd35の各種ヒト癌細胞における感染増殖能を検討したが、各種ヒト癌細胞において両OAdとも24時間から72時間後にかけて高い感染増殖能を示した(
図8)。興味深いことに、CAR陰性細胞においてもOAd5のゲノム増幅が見られたが、Ad5はCAR依存的な感染経路だけでなく、細胞表面のαVインテグリン依存的な感染や血液凝固第X因子(FX)依存的な感染においても細胞に感染可能であるので、それらの経路を介してOAd5が感染したと考えられる。
【0072】
80%以上の成人は、自然暴露により抗Ad5抗体を有していることが報告されており、腫瘍溶解性Adを用いた癌治療において大きな問題となっている。今回、抗Ad5抗体存在下におけるOAd35の殺細胞効果について検討したが、OAd5は抗Ad5抗体存在下において殺細胞効果が抑制されたのに対し、OAd35では抑制されなかった(
図9)。これにより、たとえ抗Ad5抗体を有する実験動物やヒトに対してもOAd35は抗腫瘍効果を発揮することが期待される。
【0073】
現状、OAdを用いた癌治療では、腫瘍内投与のプロトコルが最も用いられている。腫瘍内投与の場合、抗Ad5抗体が存在すると、血中に漏出した腫瘍溶解性Adは直ちに抗体にトラップされ、転移巣に対して治療効果を発揮することは困難である。一方で、Ad35は抗体保持率が低く、特定の組織に集積しないという特徴を持つ。本実施例でOAd35は抗Ad5抗体の影響を受けないことが示されたので、in vivoや臨床での投与においても、OAd35の腫瘍内投与の抗腫瘍効果だけでなく、静脈内投与後の転移癌に対する治療効果も期待できる
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明における、ヒト35型Adによる高い自然免疫誘導能は、癌治療を目的とした腫瘍溶解性ウイルスの場合には逆に抗腫瘍免疫の増強につながり得る点で、極めて有用なものである。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
配列番号1~4:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号13:合成DNA
[配列表]