(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】分泌型IgA放出促進剤
(51)【国際特許分類】
A23L 33/135 20160101AFI20240625BHJP
A61K 35/742 20150101ALI20240625BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240625BHJP
A61P 1/14 20060101ALI20240625BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20240625BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20240625BHJP
【FI】
A23L33/135
A61K35/742
A61P43/00 111
A61P1/14
A61P37/04
A23K10/16
(21)【出願番号】P 2020035366
(22)【出願日】2020-02-13
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000210067
【氏名又は名称】池田食研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(72)【発明者】
【氏名】松原 主典
(72)【発明者】
【氏名】中村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】虫明 優一
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-147469(JP,A)
【文献】国際公開第2011/111783(WO,A1)
【文献】特開2011-177155(JP,A)
【文献】特開2013-252069(JP,A)
【文献】特開2003-201239(JP,A)
【文献】国際公開第2010/001509(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第114134167(CN,A)
【文献】Marie Lefevre et. al.,Probiotic strain Bacillus subtilis CU1 stimulates immune system of elderly during common infectious disease period: a randomized, double-blind placebo-controlled study,Immunity & Ageing,2015年,Vol. 12,Article number 24,DOI: 10.1186/s12979-015-0051-y
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
C12N 1/20
A61K 35/66
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌
の死菌体を有効成分とする、分泌型IgA放出促進剤。
【請求項2】
枯草菌が芽胞形成能欠損株である、請求項
1記載の分泌型IgA放出促進剤。
【請求項3】
老化に伴う糞便中への分泌型IgA放出能低下改善用である、請求項1
又は2記載の分泌型IgA放出促進剤。
【請求項4】
請求項1~
3の何れか1項に記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、
分泌型IgA放出促進用飲食品、医薬品又は飼料。
【請求項5】
請求項1~
3の何れか1項に記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸内細菌調整剤。
【請求項6】
請求項1~
3の何れか1項に記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸管免疫機能維持改善剤。
【請求項7】
請求項1~
3の何れか1項に記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸内環境維持改善剤。
【請求項8】
請求項
5~
7の何れか1項に記載の腸内細菌調整剤、腸管免疫機能維持改善剤又は腸内環境維持改善剤を含む、
腸内細菌調整用、腸管免疫機能維持改善用又は腸内環境維持改善用の飲食品、医薬品又は飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分泌型IgA放出促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
IgA(免疫グロブリンA)は、口腔、鼻腔、呼吸器官、消化管等の粘膜や粘液に存在し、微生物やアレルゲン等の侵入を遮断する生体バリア機能において重要な役割を果たしている。粘膜面で働くIgAは二量体として産生され、通常、多量体免疫グロブリンレセプター(pIgR)と結合し、上皮細胞内を輸送された後、pIgRの細胞外領域が切断され、SC(secretory component)を含む分泌型IgAとして細胞外に分泌される。分泌型IgAは、酵素による分解に抵抗性が強く、腸管内でも分解されず、細胞表面で細菌やウイルス、アレルゲン等の抗原に反応して結合することによって、抗原の体内への侵入を阻止する他、糞便中にも存在し、腸内細菌と結合することで腸内細菌の制御にも関わっている。
【0003】
これまでに、フラクトオリゴ糖を有効成分とする粘膜免疫賦活組成物が腸管粘膜における抗原特異的分泌型IgA産生増強作用を有すること(特許文献1)が報告されている。また、腸内細菌に対するIgAの反応性と加齢に伴う腸内菌叢の変動との関係が明らかにされ、健常高齢者で占有率の高かったClostridiaceaeとEnterobacteriaceaeに対するIgAの反応性指標は、健常成人と比較して健常高齢者で有意に低い値を示し、その結果それらの細菌がIgAにより制御されずに増殖しやすい状況である可能性が示されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【0005】
【文献】Front.Microbiol.,8:1757,12,2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、天然物由来の分泌型IgA放出促進剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、枯草菌に分泌型IgAの腸管から糞便中への放出を促進する効果があることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[9]の態様に関する。
[1]枯草菌を有効成分とする、分泌型IgA放出促進剤。
[2]死菌体を有効成分とする、[1]記載の分泌型IgA放出促進剤。
[3]枯草菌が芽胞形成能欠損株である、[1]又は[2]記載の分泌型IgA放出促進剤。
[4]老化に伴う糞便中への分泌型IgA放出能低下改善用である、[1]~[3]の何れかに記載の分泌型IgA放出促進剤。
[5][1]~[4]の何れかに記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、飲食品、医薬品又は飼料。
[6][1]~[4]の何れかに記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸内細菌調整剤。
[7][1]~[4]の何れかに記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸管免疫機能維持改善剤。
[8][1]~[4]の何れかに記載の分泌型IgA放出促進剤を含む、腸内環境維持改善剤。
[9][6]~[8]の何れかに記載の腸内細菌調整剤、腸管免疫機能維持改善剤又は腸内環境維持改善剤を含む、飲食品、医薬品又は飼料。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、天然物由来の分泌型IgA放出促進剤を提供でき、糞便中の分泌型IgA濃度を高めることで、腸内細菌を調整することができ、健全な腸管免疫機能や腸内環境の維持、及び低下した腸管免疫機能や腸内環境の改善を図ることができる。また、殺菌後の死菌において分泌型IgA放出促進効果が認められることから、枯草菌の死菌体を使用することで、製造設備の衛生管理や製品の品質管理が容易になり、分泌型IgA放出促進剤を効率的に製造できる。また、有効成分が化学合成品ではなく、食経験のある菌のため、継続した長期的な摂取が望ましい分泌型IgA放出促進剤として最適である。さらに、芽胞形成能欠損株を使用すれば、一般的な微生物と同様に100℃以下の穏和な条件で殺菌を行うことができ、芽胞菌で問題となる殺菌不足による製造設備の汚染を防ぐことができるため、各種食品への添加や製剤化が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】対照群及び枯草菌投与群における、各31週齢マウスの糞便中のIgA濃度を示す。
【
図2】対照群及び枯草菌投与群における、各34週齢マウスの空腸、回腸及び結腸のIgA濃度を示す。
【
図3】対照群及び枯草菌投与群における、各34週齢マウスの体重を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の分泌型IgA放出促進剤は、枯草菌を有効成分とするものであり、摂取により、分泌型IgAの糞便中への放出促進効果を有し、糞便中への分泌型IgA放出能を高めることで、腸内細菌を調整することができ、健全な腸管免疫機能や腸内環境の維持、及び低下した腸管免疫機能や腸内環境の改善を図ることができる。また、老化に伴う分泌型IgAの放出能低下を改善できることが好ましく、老化に伴うIgAの腸内細菌への反応性低下を改善し、老化に伴う腸内細菌の変動、腸管免疫機能の低下及び腸内環境悪化の改善効果が期待できる。
【0012】
本発明に記載の枯草菌は、分泌型IgA放出促進剤の有効成分となる枯草菌(Bacillus subtilis)であれば、生菌でも死菌でもよく、特に限定されないが、バチルス・サブチリス・サブスピーシーズ・サブチリス(B.subtilis.subsp.subtilis)が好ましく、バチルス・サブチリスNBRC3009、バチルス・サブチリスNBRC3013、バチルス・サブチリスNBRC3335、バチルス・サブチリスNBRC13169等の枯草菌がより好ましく、独立行政法人製品評価技術基盤機構等から入手することができる。死菌でも分泌型IgA放出促進効果があるため、枯草菌の死菌体を使用することで、製造設備の衛生管理や製品の品質管理が容易になり、分泌型IgA放出促進剤を効率的に製造できる。また、芽胞形成能欠損株を使用すれば、100℃以下の穏和な殺菌条件で死菌体を調製することができるため、芽胞菌で問題となる殺菌不足による製造設備の汚染を防ぐことができ、各種食品への添加や製剤化が容易となる。
【0013】
本発明で使用される枯草菌は、特に限定されないが、芽胞形成能欠損株が好ましく、芽胞形成能欠損株の取得方法としては、遺伝子組換えによる方法、突然変異による方法等が例示できるが、自然突然変異による方法が好ましい。自然突然変異による芽胞形成能欠損株の取得方法は、特に限定されず、高温培養法や、野生株と欠損株のコロニーのメラニン色素の着色により識別するランダム法、異化代謝産物抑制(Catabolite repression)様現象を利用した方法(J.F.Michel,B.Cami,P.Schaeffer:Ann.Inst.Pasteur,114,11;21(1968))が例示できるが、異化代謝産物抑制様現象を利用した方法が好ましい。異化代謝産物抑制様現象を利用する方法により得られる芽胞形成能欠損株は、芽胞形成能と供にリゾチーム活性及び形質転換能が欠損しているため、溶菌による問題がなく継代することができ、芽胞形成能欠損という形質を維持することができる。
【0014】
枯草菌の培養には、通常の細菌培養用培地が使用でき、炭素源、窒素源、無機物、その他枯草菌が必要とする微量栄養素等を含有するものであれば、合成培地、天然培地の何れでも使用可能である。炭素源としては、グルコース、シュクロース、デキストリン、澱粉、グリセリン、糖蜜等が使用できる。窒素源としては、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機塩類、DL-アラニン、L-グルタミン酸等のアミノ酸類、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、麦芽エキス、コーンスティープリカー等の窒素含有天然物が使用できる。無機物としては、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化第二鉄等が使用できる。
【0015】
枯草菌の培養条件は、適宜設定できるが、通気、振盪、攪拌等により好気的に液体培養するのが好ましく、培養温度は例えば20~50℃が例示でき、30~45℃が好ましく、培養時間は例えば2~72時間が例示でき、4~48時間が好ましく、6~36時間がより好ましく、培地のpHは例えば5.0~9.0が例示でき、5.5~8.5が好ましい。
【0016】
枯草菌は培養後に殺菌してもよく、殺菌条件は一般的な方法であれば特に限定されないが、例えば加熱温度は、70~150℃であり、加熱時間は、温度に応じて決定すればよいが、通常1~60分である。また本発明に記載の芽胞形成能欠損株は、芽胞を形成しないため、100℃以下の穏和な条件で殺菌を行うことができ、例えば70~100℃、5~20分間の加熱が例示できる。菌体の回収は、遠心分離機等で培地を除去した後、緩衝液、生理食塩水、滅菌水等で菌体を洗浄し、遠心分離機等により固液分離して集菌できる。さらに、エアードライ、スプレードライ、真空及び/又は凍結乾燥等を行って粉末化してもよい。
【0017】
本発明の分泌型IgA放出促進剤の摂取方法として、本菌株を含む製剤等を経口投与することが好ましく、分泌型IgA放出促進効果が認められる投与量であれば特に限定されないが、ヒトに対しては体重1kgあたり、菌体重量で5mg/日以上の投与が好ましく、安全性の面で問題はないため、上限は特に限定されないが、通常6~200mg/日程度の投与が好ましく、8~150mg/日程度の投与が適当である。該投与量を菌体重量として含む製剤を1日1回又は数回に分けて摂取すればよい。
【0018】
本発明の分泌型IgA放出促進剤はその有効成分が天然物由来であり、かつ、製造が容易なため、広く利用でき、各種製品に添加が可能で、液状で添加してもよく、冷蔵、冷凍又は乾燥状態で添加してもよく、分泌型IgA放出促進効果を有する飲食品、医薬品、飼料等を調製することができる。各種製品中の枯草菌含有量は、摂取により分泌型IgA放出促進効果が認められる量であれば特に限定されないが、0.01~20重量%が好ましく、0.02~10重量%がより好ましく、0.05~5重量%がさらに好ましい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。尚、本発明において、%は別記がない限り全て重量%である。
【実施例1】
【0020】
(1.枯草菌菌体の調製)
異化代謝産物抑制様現象を利用した自然突然変異により、枯草菌の一種であるバチルス・サブチリスNBRC13169から、芽胞形成能を欠損した、芽胞形成能欠損株:バ
利用した自然突然変異は、特許第6019528号公報の実施例に記載の方法で行い、該公報に記載の方法で芽胞形成能が欠損した株であることを確認した。
【0021】
前記枯草菌を、液体培地(酵母エキス:2%、グルコース:5%、水道水:93%)に接種して37℃で24時間通気攪拌培養した後、90℃で10分間加熱殺菌処理した。次いで、遠心分離機を用いて培地を除去し、回収した菌体を水道水で洗浄した後、さらに遠心分離機で固液分離することで、菌体を回収した。回収した菌体をスプレードライヤーで乾燥し、枯草菌の死菌体粉末(菌体数:6.4×1011個/g、生菌数:100cfu/g未満)を調製した。
【0022】
(2.マウスにおける枯草菌投与効果の確認)
9週齢の老化促進マウス(SAMP8)を3群に分け、対照群(10匹)にはMF飼料(オリエンタル酵母工業製)を、0.1%枯草菌投与群(8匹)には前記1で得られた菌体粉末を0.1%配合したMF飼料を、1.0%枯草菌投与群(8匹)には前記1で得られた菌体粉末を1%配合したMF飼料をそれぞれ与えて34週齢となるまで飼育した。試験期間中、飼料および水は自由摂取させた。
31週齢時に各マウスの糞便を採取し、Mouse IgA ELISA Quantitation Set(Bethyl Laboratories, Inc.社製)を使用して、糞便中のIgA濃度(ELISA法)を測定した。結果を表1及び
図1に示した。
また、34週齢時に各マウスの体重を測定した後、解剖して空腸、回腸及び結腸を採取し、各腸を1cm程切り出し、切り開いてからリン酸緩衝液に入れ、ゆっくり振盪した後、遠心し、上清のIgA濃度について、前述の方法(ELISA法)で測定した。結果を表2に示し、
図2に各IgA濃度を、
図3に体重を示した。
【0023】
【0024】
【0025】
表1及び
図1より、31週齢のマウスの糞便中IgA濃度は、対照群に比べて枯草菌投与群で高く、特に1%枯草菌投与群で対照群に比べて有意(p<0.05)に高かった。一方、表2及び
図2より、34週齢のマウスの空腸、回腸及び結腸に含まれるIgA濃度は、対照群に比べて枯草菌投与群で低く、特に空腸に含まれるIgA濃度は1%枯草菌投与群で対照群に比べて有意(p<0.05)に低かった。
また、表2及び
図3より、34週齢のマウスの体重は、対照群に比べて枯草菌投与群で重く、特に1%枯草菌投与群では対照群に比べて有意(p<0.05)に重かった。
【0026】
通常、対照群と投与群とのIgA濃度の差は、糞便中と、小腸(空腸、回腸)及び大腸(結腸)とで同じ傾向がみられる(特開2003-201239号公報参照)が、本発明では、糞便中と、小腸(空腸、回腸)及び大腸(結腸)とで、逆の結果がみられたことは驚くべきことだった。本発明において、枯草菌投与群では、細胞表面に分泌されたIgAが、即座に糞便中へ放出されることで、糞便中のIgA濃度が対照群に比べて高くなると共に、空腸、回腸及び結腸ではIgA濃度が低くなったと考えられる。つまり、対照群と枯草菌投与群とで、IgAの産生量に大きな差は無く、その後の糞便中への放出能に差が生じたと考えられ、枯草菌の経口摂取によって、IgAの糞便中への放出を促進できると思われた。一方、対照群では、老化に伴い、IgAの糞便中への放出能が低下し、分泌されたIgAが細胞面で停滞していたとも考えられ、枯草菌の経口摂取によって、老化に伴うIgA放出能の低下を改善できるとも考えられた。特に、老化によるIgAの一部の腸内細菌への反応性低下が知られている中、本発明では、枯草菌投与により、分泌型IgAの糞便中への放出促進がみられると共に、投与群で優位に体重増加がみられたことから、本発明では、老化により低下したIgAの腸内細菌への反応性が改善され、腸内細菌叢を維持又は改善できる腸内細菌調整効果によって、腸内環境が改善されたことが示唆される。