(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】水溶性金属加工油組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 135/26 20060101AFI20240625BHJP
C10M 135/36 20060101ALI20240625BHJP
C10M 173/02 20060101ALI20240625BHJP
C10N 30/04 20060101ALN20240625BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20240625BHJP
C10N 40/20 20060101ALN20240625BHJP
【FI】
C10M135/26
C10M135/36
C10M173/02
C10N30:04
C10N30:06
C10N40:20
(21)【出願番号】P 2020135689
(22)【出願日】2020-08-11
【審査請求日】2023-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177471
【氏名又は名称】小川 眞治
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【氏名又は名称】大野 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】坂田 浩
【審査官】中田 光祐
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-291686(JP,A)
【文献】特開平07-157793(JP,A)
【文献】特開平11-269474(JP,A)
【文献】特開2016-204427(JP,A)
【文献】特開平06-328122(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108929764(CN,A)
【文献】特開平01-051495(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0289529(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される分岐型脂肪酸エステル硫化物と、
下記式(2)で示される脂肪酸硫化物
と、
アルカノールアミン類とを含有することを特徴とする水溶性金属加工油組成物。
【化1】
(ただし、R
1、R
2は、C
6~C
22の炭化水素、R
3、R
4は、C
1~C
16の炭化水素、X
1~X
3は、2つ以上はC
1~C
8の炭化水素
であってC
1
~C
8
の炭化水素ではないX
1
~X
3
は水素原子であり、S
xは、硫黄の連続した鎖状構造を示し、
Xは硫黄数を示し、1~8である。)
【請求項2】
水溶性金属加工油組成物において、質量比で、
前記式(1)で示される分岐型脂肪酸エステル硫化物が0.05~1.5質量%、
前記式(2)で示される脂肪酸硫化物が1.0~3.0質量%を、
含有する請求項1記載の水溶性金属加工油組成物。
【請求項3】
さらにチアジアゾール塩を含有することを特徴とする請求項1または2記載の水溶性金属加工油組成物。
【請求項4】
前記アルカノールアミン類がトリエタノールアミンである請求項1記載の水溶性金属加工油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性金属加工油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
切削加工や研削加工などの金属加工分野では、加工効率の向上、被加工材と被加工材を加工する工具との摩擦抑制、工具の寿命延長効果、切り屑の除去などを目的として金属加工油が使用される。金属加工油には、鉱物油、動植物油、合成油などの油分を主成分したものと、油分に界面活性を持つ化合物を配合して水溶性を付与したものとがある。近年では、安全性などの理由から、水溶性を付与した水溶性金属加工油が多く用いられるようになってきている。
【0003】
水溶性金属加工剤に求められる条件としては、加工性に寄与する耐荷重性能、工具摩耗防止性に寄与する耐摩耗性などが必要であり、さらに加工剤を希釈した場合、使用前後において、加工剤に浮遊物などが発生せず繰返し使用できる(分散安定性)などである。
【0004】
なかでも、加工性に寄与する潤滑性能に関しては、ステアリン酸、オレイン酸などの炭素鎖長が比較的長い脂肪酸の塩による性能向上が図られている。
【0005】
そこで、不活性硫黄系極圧剤と、活性硫黄系極圧剤および/または有接燐含有化合物とを含有する難削材に適した水溶性の切削・研削油剤が提案されている(引用文献1)。
【0006】
また、硫黄含有多価カルボン酸とポリアルキレングリコールが配合された金属加工油が水で希釈して金属加工用クーラントとしたときに、低面圧下だけでなく、高面圧下においても良好な潤滑性を示し、研削焼けや砥石寿命の低下を十分に抑制できるとされている(引用文献2)。
【0007】
さらに、鉱物油、合成油、油脂、不飽和脂肪酸、硫黄極圧剤、アミン化合物を含有する水溶性金属加工油組成物が、工具の摩擦を抑制することができ、液安定性に優れることが提案されている(引用文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭60-141795号広報
【文献】特開2014-172949号公報
【文献】特開2016-145293号公報
【0009】
しかし、上記の先行技術では、耐荷重の充分な性能向上効果を得るためには脂肪酸を5%以上の高添加量が必要であった。そのため、耐摩耗性や分散安定性が悪化する課題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、水溶性加工油として、耐荷重性、耐摩耗性に優れるだけでなく、さらに分散安定性の優れた水溶性金属加工油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記実状に鑑みて鋭意検討した結果、少量の特定の分岐型脂肪酸エステル硫化物と、脂肪酸硫化物を含有することで、硫黄系添加剤の添加量を抑えても耐荷重性能、耐摩耗性に優れ、さらに、分散安定性も同時に向上できる水溶性金属加工油組成物を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち本発明は、
1.
下記式(1)で示される分岐型脂肪酸エステル硫化物と、
下記式(2)で示される脂肪酸硫化物を、
含有することを特徴とする水溶性金属加工油組成物。
【0013】
【0014】
【化2】
(2)
(ただし、R
1、R
2は、C
6~C
22の炭化水素、R
3、R
4は、C
1~C
16の炭化水素、X
1~X
3は、2つ以上はC
1~C
8の炭化水素、Sxは、硫黄の連続した鎖状構造を示し、
Xは硫黄数を示し、1~8である。)
2.
水溶性金属加工油組成物において、質量比で、
前記式(1)で示される分岐型脂肪酸エステル硫化物が0.05~1.5質量%、
前記式(2)で示される脂肪酸硫化物が1.0~3.0質量%を、
含有する1記載の水溶性金属加工油組成物。
3.
さらにチアジアゾール塩を含有することを特徴とする1または2記載の水溶性金属加工油組成物に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の分岐型脂肪酸エステル硫化物と、脂肪酸硫化物を含有する水溶性金属加工油組成物は、耐荷重性能、耐摩耗性に優れ、さらに、使用前後の分散安定性も同時に改善することができる水溶性金属加工油組成物を見出し、本発明を完成するに至った。
硫黄系極圧剤を水溶性金属加工油に配合するためには、一般に脂肪酸硫化物をトリエタノールアミン等で中和する方法がとられるが、中和により脂肪酸の吸着力が低下する。これにより金属近傍での硫黄濃度が下がると推定している。これに対し硫化エステルは中和による吸着性低下がないため、安定的な吸着状態を維持できる。このため、硫化エステルと併用することで耐荷重性能を上げられる。これにより、硫黄系添加剤の配合量をおさえられるため、耐摩耗性や分散安定性も高い水準で維持できる。
特に本発明のエステル部分に分岐を持つ分岐型脂肪酸エステル硫化物は高い耐荷重性能向上効果に加え、水中での分散安定性に優れる点で特に優位である。
また、これらの化合物は一般的に硫黄含有量が10%と低いため、硫黄による耐荷重性能向上効果を得るために硫黄含有量の高いチアジアゾール塩を併用するとさらに耐荷重性能を上げることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、分岐型脂肪酸エステル硫化物と、脂肪酸硫化物を、含有する水溶性金属加工油組成物である。
【0017】
さらに、チアジアゾール塩を含有する水溶性金属加工油組成物である。
【0018】
<分岐型脂肪酸エステル硫化物>
本発明の水溶性金属加工油組成物に含有する分岐型脂肪酸エステル硫化物は、前記一般式(1)で表わされる分岐型脂肪酸エステル硫化物である。一般式(1)において、R1、R2は、C6~C22の炭化水素、X1~X3は、2つ以上はC1~C8の炭化水素、Sxは、硫黄の連続した鎖状構造を示し、Xは硫黄数を示し、1~8である。好ましくは、R1、R2は、C6~C14であり、X1~X3はC1~C6であり、Sxのxは、1~4である。
【0019】
本発明で使用される分岐型脂肪酸エステル硫化物は、水溶性金属加工油組成物において、質量比で、0.05~1.5質量%と少量の含有する量で耐荷重性能を高めることが可能である。0.1~1.0質量%の含有量であれば、更に好ましい。
【0020】
本発明で使用される分岐型脂肪酸エステル硫化物は、アルコールの末端が分岐型であることが最大の特徴であり、末端が分岐していることにより、少量で耐荷重性能、耐摩耗性能を高めることが可能であり、更に水中での分散安定性に非常に優れていることを見出したものである。
【0021】
分岐型脂肪酸エステル硫化物は、分岐型脂肪酸エステルを硫化することで得られる。分岐型脂肪酸はヨウ素価が50-150、好ましくは60-120のものを用い、オレイン酸含有量が20-100質量%、好ましくは30-90質量%のものが、常温での流動性確保の点から好ましい。この分岐型脂肪酸を硫化する方法は公知慣用の方法で構わないが、硫化水素と硫黄を用いた加圧反応にて硫化する方法が得られた硫化物が淡色、低臭気となる点から好ましい。
【0022】
<脂肪酸硫化物>
本発明の水溶性金属加工油組成物に含有する脂肪酸硫化物は、脂肪酸の硫化物である。脂肪酸硫化物を含ませることによって、金属相互間の極圧効果が生じる。脂肪酸硫化物としては、一般的に炭素数6~22の脂肪酸の硫化物が挙げられる。脂肪酸硫化物の具体例としては、硫化ペラルゴン酸、硫化ラウリン酸、硫化パルミチン酸、硫化オレイン酸、硫化ステアリン酸、硫化ノナデカン酸、硫化リノレン酸、硫化リノール酸、硫化ウンデセン酸、硫化菜種油脂肪酸、硫化トール油脂肪酸、硫化米油脂肪酸等が挙げられる。場合によっては、2種以上の脂肪酸硫化物が用いられてもよい。
【0023】
本発明の実施形態では、前記一般式(2)で表される脂肪酸硫化物である。一般式(2)におて、 R3、R4は、C1~C16の炭化水素、Sxは、硫黄の連続した鎖状構造を示し、Xは硫黄数を示し、1~8である。好ましくは、R3、R4は、C1~C12であり、Sxのxは、1~4である。
【0024】
本発明の実施例形態における脂肪酸硫化物は、水溶性金属加工油組成物の全質量に対して、1.0~3.0質量%であり、好ましくは0.5~2.0質量%含まれる。含有量が少なすぎると、脂肪酸硫化物による効果が十分に発現しない虞がある。含有量が多すぎると、例えば歯車部品の表面に潤滑皮膜を形成する際に、膜厚が厚くなりすぎ、過剰皮膜が脱落または可溶化する虞がある。なお、2種以上の脂肪酸硫化物が用いられる場合には、それらの含有量の合計が上記範囲内であればよい。これらの脂肪酸硫化物は公知慣用の塩基性化合物で中和分散して使用される。塩基性化合物としてはアルカノールアミン類が好ましく、アルカノールアミン類としては、特に制限はなく、一級、二級、および三級アミンを組み合わせて使用することができる。
【0025】
<チアゾール塩>
本発明の実施形態におけるチアジアゾール塩は、いかなるチアジアゾール塩でも使用することが可能であり、1,2.3-チアジアゾール類、1,3,4-チアジアゾール類のいずれでもよい。中でも、4-メチルー1,2,3チアジアゾール-2-カルボン酸、2-メルカプト-5-メチルチオ-1,3,4-チアジアゾール、5-メチル-1,3,4-チアジアゾール-2-チオール、2,5-ジメルカプト1,3-チアジアゾール、2-メルカプト-5-オクチルチオ-1,3,4-チアジアゾール、2-メルカプト-5-ノニルチオ-1,3,4-チアジアゾールが、水への溶解性が高いことから好ましく、さらに、2,5-ジメルカプト1,3-チアジアゾールが硫黄含有量が高くできる点から好ましい。これらのチアジアゾール類は事前にナトリウム、カリウム等のアルカリ金属水酸化物水溶液と中和させてアルカリ金属塩水溶液として使用してもよい。また硫化脂肪酸中和に使用する塩基性化合物を用いて同時に中和溶解させてもよい。
【0026】
本発明の実施形態におけるチアジアゾール塩の添加量としては、水溶性金属加工油組成物において、質量比で0.1~5.0質量%であり、好ましくは0.2~3.0質量%であるチアジアゾール塩を5.0%以上使用すると経時でチアジアゾール化合物の分解物が不溶物として沈殿することにより保存安定性が低下する。
【0027】
<その他添加剤>
その他添加剤としては、本発明の目的を損なわない限り、必要に応じて例えば、油性剤、界面活性剤、金属系清浄剤、無灰型分散剤、酸化防止剤、耐摩耗剤、極圧剤、防錆剤、粘度指数向上剤、金属不活性化剤、消泡剤、固体潤滑剤、流動点降下剤、腐食防止剤、抗乳化剤、固体潤滑剤等を適宜添加することができ、いずれか1種又は2種以上を添加してもよい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、もとより本発明はこれら実施例の範囲に限定されるものではない。尚、特に断りのない限り、「部」及び「%」はいずれも重量基準である。また、本発明の範囲は、下記実施例により何等限定されるものではない。
【0029】
<耐荷重性能測定方法>
耐荷重性能は、高速4球EP試験機を用い、ASTM D2783に基づき、室温、1770rpm、10秒条件で融着荷重を測定した。
【0030】
<耐摩耗性能測定方法>
耐摩耗性は、高速4球EP試験機を用い、ASTM D4172に基づき、荷重40kg、室温、1500rpm、60分条件での摩耗痕径(mm)が0.50mm未満を〇、0.50mm以上を×とした。
【0031】
<分散安定性試験方法>
試料を60℃恒温槽で10日間保管後、外観で2層分離や沈殿物の有無を確認、保管試験前の結果と比較した。問題ない場合を〇、2層分離や沈殿物が認められた場合は×とした。
【0032】
(実施例1)
脂肪酸硫化物2g、菜種脂肪酸イソブチルエステル硫化物1gを市水100gに分散し、トリエタノールアミン17gを加え良く振り混ぜた。得られた乳褐色液体を上記の試験方法により試験を行った。
【0033】
(実施例2)
脂肪酸硫化物2g、菜種油脂肪酸イソブチルエステル硫化物1g、2,5-ジメルカプト1,3-チアジアゾール2.5gを市水100gに分散し、トリエタノールアミン17gを加え良く振り混ぜた。得られた乳褐色液体を上記の試験方法により試験を行った。
【0034】
[比較例1]
脂肪酸硫化物8gを市水100gに分散し、トリエタノールアミン17gを加え良く振り混ぜた。得られた乳褐色液体を上記の試験方法により試験を行った。
【0035】
[比較例2]
脂肪酸硫化物2g、菜種油脂肪酸硫化物メチルエステル硫化物1g、2,5-ジメルカプト1,3-チアジアゾール2.5gを市水100gに分散し、トリエタノールアミン17gを加え良く振り混ぜた。得られた乳褐色液体を上記の試験方法により試験を行った。
【0036】
実施例1,2および比較例1,2の試験結果を表1にまとめた。
【0037】
【0038】
表1から分かるように、分岐型脂肪酸エステル硫化物と硫化脂肪酸エステルを組み合わせることにより、耐荷重性、耐摩耗性、分散安定性とも高い水溶性金属加工油組成物が得られた。さらにこれにチアジアゾール化合物を追加することで他特性を悪化させることなく、耐荷重性能を向上できた。一方、分岐型脂肪酸エステル硫化物を使用しない場合は、著しく耐荷重性能、耐摩耗性が低下し、分岐型脂肪酸エステル硫化物を脂肪酸メチルエステル硫化物に変更した場合は耐荷重性、耐摩耗性が分岐型脂肪酸エステル硫化物を使用した場合より低下したうえ、保管試験後に二層分離が確認されるなど分散安定性に問題があった。