(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】脱亜鉛処理方法、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法
(51)【国際特許分類】
C22B 3/44 20060101AFI20240625BHJP
C22B 3/08 20060101ALI20240625BHJP
【FI】
C22B3/44 101B
C22B3/08
(21)【出願番号】P 2020163373
(22)【出願日】2020-09-29
【審査請求日】2023-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勝輝
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-059167(JP,A)
【文献】特開2020-114936(JP,A)
【文献】特開2019-137903(JP,A)
【文献】特開2010-037626(JP,A)
【文献】特開2018-090889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル酸化鉱石のスラリーに酸浸出処理を施すことにより得られるニッケル及びコバルトを含む浸出液に対して中和処理を施して不純物を除去した後に得られる、ニッケル、コバルト、亜鉛、及び鉄を含む溶液を始液とし、該始液に対して硫化剤を添加して硫化処理を施すことによって、亜鉛硫化物を含む残渣と、ニッケル及びコバルトを含む溶液とを得る脱亜鉛処理方法であって、
前記酸浸出処理に供する前記ニッケル酸化鉱石のスラリーの炭素品位を0.15質量%以上に調整し、前記酸浸出処理における酸化還元電位を480mV~520mVの範囲に制御することによって、前記亜鉛に対する前記鉄の重量濃度比を12以上に調整した前記始液を用い、該始液に対して前記硫化剤を添加して処理を施す、
脱亜鉛処理方法。
【請求項2】
ニッケル酸化鉱石のスラリーに酸浸出処理を施してニッケル及びコバルトを含む浸出液を得る浸出工程と、得られた浸出液に対して中和処理を施して不純物を除去する中和工程と、中和処理後の中和終液を脱亜鉛始液として硫化剤の添加により硫化処理を施すことで該中和終液に含まれる亜鉛の硫化物を生成して分離する脱亜鉛工程と、脱亜鉛終液に硫化剤を添加することでニッケル及びコバルトの混合硫化物を生成して回収するニッケル回収工程と、を有するニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法であって、
前記脱亜鉛始液には、ニッケル、コバルト、亜鉛、及び鉄が含まれており、
前記脱亜鉛工程では、
前記酸浸出処理に供する前記ニッケル酸化鉱石のスラリーの炭素品位を0.15質量%以上に調整し、前記酸浸出処理における酸化還元電位を480mV~520mVの範囲に制御することによって、前記亜鉛に対する前記鉄の重量濃度比を12以上に調整した前記脱亜鉛始液を用い、該脱亜鉛始液に対して硫化剤を添加して処理を施す、
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱亜鉛処理方法、並びにその脱亜鉛処理方法を脱亜鉛工程での処理に適用したニッケル酸化鉱の湿式製錬方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法として、硫酸を用いた高圧酸浸出法がある。この方法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱石の製錬方法である乾式製錬法と異なり、還元及び乾燥工程を含まず一貫した湿式工程からなるため、エネルギー的及びコスト的に有利である。また、ニッケル品位を50質量%~60質量%まで高純度化したニッケル及びコバルトを含む硫化物(以下、「ニッケルコバルト混合硫化物」ともいう)を得ることができるという利点を有している。
【0003】
具体的に、高圧酸浸出法においては、例えば下記の工程を含む。
(a)ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出し、得られた浸出スラリーを多段洗浄しながら残渣を分離し、ニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を得る浸出工程
(b)得られた浸出液のpHを調整し、生成する不純物元素を含む中和澱物を分離して、ニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程
(c)ニッケル及びコバルトを含む中和終液に硫化水素ガス等の硫化剤を添加することにより硫化反応を生じさせて亜鉛及び銅を含む硫化物(以下、「脱亜鉛残渣」ともいう)を形成して分離する脱亜鉛工程
(d)脱亜鉛終液に、硫化水素ガス等の硫化剤を添加することによりニッケルコバルト混合硫化物を形成し、回収するニッケル回収工程
【0004】
さて、上述した高圧酸浸出法に基づく湿式製錬プロセスにおいて、脱亜鉛工程での処理の目的は、ニッケル回収工程に供する溶液(中和終液)中の亜鉛及び銅の濃度を低下させることで、ニッケルコバルト混合硫化物中の亜鉛及び銅濃度を低下させることである。このような脱亜鉛処理において、硫化反応により生成した脱亜鉛残渣を含むスラリーを濾過装置に通液するとき、液中に残存する亜鉛は、脱亜鉛残渣に含まれる硫化鉄(II)とのイオン交換反応により硫化亜鉛として沈殿する。そのため通常は、濾過装置通液後の液中の亜鉛濃度は低下する。
【0005】
ここで、濾過装置への通液前後での液中の亜鉛濃度が低下する割合を「亜鉛除去率」として定義する。
【0006】
しかしながら、脱亜鉛残渣には水酸化鉄(III)も含まれ、その水酸化鉄(III)の含有量が増加すると、生成した硫化亜鉛が水酸化鉄(III)との反応により亜鉛イオンとして液中に溶解して、亜鉛除去率が急激に低下することがある。すると、脱亜鉛処理を経て得られる終液(脱亜鉛終液)中における亜鉛濃度が上昇し、それに伴い次工程のニッケル回収工程を経て得られるニッケルコバルト混合硫化物中の亜鉛濃度が上昇する。
【0007】
また、亜鉛除去率が低下すると、ニッケルコバルト混合硫化物中の亜鉛濃度を、例えば250ppm以下程度にまで低減させるためには、濾過装置への通液前の段階で亜鉛濃度を通常時よりも低下させる必要がある。ところが、そのためには、脱亜鉛処理にて添加する硫化剤(硫化水素ガス等)の量を増加させることが必要となる。硫化剤添加量の増加は、薬剤コストの増加だけでなく、脱亜鉛残渣へのニッケルの共沈によるロス量の増大を招くため、経済的に効率的な操業を妨げる原因となる。
【0008】
このような事情から、脱亜鉛工程での処理において、亜鉛除去率を高く維持する方法が求められている。
【0009】
例えば、特許文献1には、硫化処理後の溶液を濾過装置に通液させて亜鉛を含む残渣を回収するとともに、回収した残渣の一部を、始液を収容した反応容器に繰り返し添加する方法が開示されている。その際、反応容器に繰り返す残渣を含むスラリー流量中の固体量が、反応容器に供給される始液1m3に対して1g以上10g以下の範囲となるようにすることで、亜鉛除去率を向上させることが知られている。
【0010】
しかしながら、特許文献1に示される亜鉛除去方法においては、硫化鉄(II)とのイオン交換反応により溶液中の亜鉛イオンを硫化亜鉛として沈殿させる際に必要な硫化鉄(II)の量については言及されていない。すなわち、連続する脱亜鉛反応においては、上述のとおり、脱亜鉛反応後のスラリーが濾過され、そのうちの一部の残渣は繰り返されるが、大部分は廃棄される。そのため、硫化鉄(II)は前段の中和工程より一定量供給され続けなければ、脱亜鉛反応系内からは除去されることになる。硫化鉄(II)の脱亜鉛反応系内での保有量が低下することで、硫化鉄(II)とのイオン交換反応により溶液中の亜鉛イオンが硫化亜鉛として沈殿する量が減少し、亜鉛除去率が低下することに関しては言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2019-137903号公報
【文献】特開2010-37626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、例えばニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程での処理(脱亜鉛処理)において、亜鉛除去率の低下を防ぎ、安定的に亜鉛を除去することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、脱亜鉛処理に供する脱亜鉛始液として、亜鉛に対する鉄の重量濃度比を特定の範囲に調整した溶液を用いることで、亜鉛除去率の低下を効果的に防ぐことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
(1)本発明の第1の発明は、ニッケル、コバルト、亜鉛、及び鉄を含む溶液を始液とし、該始液に対して硫化剤を添加して硫化処理を施すことによって、亜鉛硫化物を含む残渣と、ニッケル及びコバルトを含む溶液とを得る脱亜鉛処理方法であって、前記亜鉛に対する前記鉄の重量濃度比を12以上に調整した前記始液を用い、該始液に対して前記硫化剤を添加して処理を施す、脱亜鉛処理方法である。
【0015】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記始液は、ニッケル酸化鉱石のスラリーに酸浸出処理を施すことにより得られるニッケル及びコバルトを含む浸出液を含む、脱亜鉛処理方法である。
【0016】
(3)本発明の第3の発明は、第2の発明において、前記酸浸出処理に供する前記ニッケル酸化鉱石のスラリーの炭素品位を調整し、該酸浸出処理における酸化還元電位を制御することによって、前記始液中における前記亜鉛に対する前記鉄の重量濃度比を12以上とする、脱亜鉛処理方法である。
【0017】
(4)本発明の第4の発明は、ニッケル酸化鉱石のスラリーに酸浸出処理を施してニッケル及びコバルトを含む浸出液を得る浸出工程と、得られた浸出液に対して中和処理を施して不純物を除去する中和工程と、中和処理後の中和終液を脱亜鉛始液として硫化剤の添加により硫化処理を施すことで該中和終液に含まれる亜鉛の硫化物を生成して分離する脱亜鉛工程と、脱亜鉛終液に硫化剤を添加することでニッケル及びコバルトの混合硫化物を生成して回収するニッケル回収工程と、を有するニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法であって、前記脱亜鉛始液には、ニッケル、コバルト、亜鉛、及び鉄が含まれており、前記脱亜鉛工程では、前記亜鉛に対する前記鉄の重量濃度比を12以上に調整した前記脱亜鉛始液を用い、該脱亜鉛始液に対して硫化剤を添加して処理を施す、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、例えばニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程での処理(脱亜鉛処理)において、亜鉛除去率の低下を防ぎ、安定的に亜鉛を除去することができる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】脱亜鉛始液(中和終液)中の亜鉛に対する鉄の重量濃度比と、濾過前後の亜鉛除去率との関係を示すグラフ図である。
【
図2】脱亜鉛始液(中和終液)中の亜鉛に対する鉄の重量濃度比と、濾過前後の亜鉛除去率との関係を示すグラフ図である。
【
図3】浸出工程での酸浸出処理に供する鉱石スラリー中の炭素品位(質量%)と、浸出液の酸化還元電位との関係を示すグラフ図である。
【
図4】鉱石スラリー中の炭素品位(質量%)と、脱亜鉛始液(中和終液)中の重量濃度比Fe/Znとの関係を示すグラフ図である。
【
図5】ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスの流れの一例を示す工程図である。
【
図6】脱亜鉛処理が行われる処理設備の構成と処理の流れを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。なお、本明細書にて、「X~Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」の意味である。
【0021】
≪1.脱亜鉛処理方法≫
本実施の形態に係る脱亜鉛処理方法は、ニッケル、コバルト、亜鉛、及び鉄を含む溶液を始液(脱亜鉛始液)とし、その始液に対して硫化水素ガス等の硫化剤を添加して硫化処理を施すことによって、亜鉛を含む残渣(以下、「脱亜鉛残渣」ともいう)と、ニッケル及びコバルトを含む溶液とを得る脱亜鉛の処理方法である。
【0022】
脱亜鉛処理方法は、詳しくは後述するが、例えばニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程での処理に適用することができる。その場合、脱亜鉛始液は、ニッケル酸化鉱石のスラリーに酸浸出処理を施すことにより得られるニッケル及びコバルトを含む浸出液となる。なお、このときの「浸出液」とは、酸浸出処理に得られた浸出液に対して中和処理を施して不純物を除去した溶液である中和終液も概念として含むものである。
【0023】
具体的に、本実施の形態に係る脱亜鉛処理方法においては、含有される亜鉛に対する鉄の重量濃度比(Fe/Zn)(以下では単に「重量濃度比Fe/Zn」ともいう)を12以上に調整した脱亜鉛始液を用い、その脱亜鉛始液に対して硫化剤を添加して処理を施すことを特徴としている。
【0024】
上述したように脱亜鉛処理方法は、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程での処理に適用することができるが、その場合、脱亜鉛処理を経て濾過装置から回収される脱亜鉛残渣には、主に、Fe(OH)3、ZnS及びFeSが含まれる。脱亜鉛残渣に含まれることになるFe(OH)3の沈澱物は、脱亜鉛工程の前工程である浸出工程及び中和工程からの持ち込みに由来し、ZnS及びFeSの沈澱物は、脱亜鉛工程での硫化処理により生成する沈澱物に由来する。
【0025】
このことから、脱亜鉛工程での処理時におけるスラリー中のZn2+及びZnSと、濾過に際して用いる濾布上の残渣に含まれるFe(OH)3及びFeSとの間では、以下の2つの反応が生じている。
2Fe(OH)3+ZnS+6H+ = 2Fe2++Zn2++SO+6H2O
・・・[式1]
Zn2++FeS = Fe2++ZnS ・・・[式2]
【0026】
還元雰囲気にて処理が行われる脱亜鉛工程では、上記[式1]の反応が上記[式2]の反応よりも速く進む。そして、通常は、前工程から持ち込まれる水酸化鉄(III)の量及び亜鉛残渣として濾過装置で回収される水酸化鉄(III)の量は少量であるため、反応量としては上記[式2]の反応が上記[式1]の反応を上回り、濾過装置通液前後で亜鉛濃度は低下すると考えられる。
【0027】
ところが、脱亜鉛始液(中和終液)中におけるFe/Znが低下すると、沈澱物とするべき亜鉛(Zn)量に対するFeSの生成量が減少し、そのため上記[式2]の反応量が減少することとなり、濾過装置への通液前後での亜鉛除去率が低下することがわかった。
【0028】
このような知見に基づいて本発明者により諸検討が行われた結果、
図1、2に示すように、脱亜鉛処理に供される脱亜鉛始液(中和終液)中の重量濃度比Fe/Znを特定の範囲に調整することで、濾過装置通液後の亜鉛除去率が負の値になることが無くなり、亜鉛除去率が安定して高く維持できることを見出した。具体的には、重量濃度比Fe/Znが12以上となるように調整した脱亜鉛始液を用いる。
【0029】
つまり、脱亜鉛始液中のFe/Znを12以上に調整し維持して、その脱亜鉛始液に対して硫化処理(脱亜鉛処理)を施すことで、脱亜鉛残渣を濾過した後の濾液中の亜鉛除去率が低下することを防ぎ、濾液中の亜鉛濃度の上昇を抑えることができる。これにより、亜鉛濃度を有効に低減した溶液(ニッケル回収用母液)を得ることができ、ニッケル回収工程にて生成するニッケルコバルト混合硫化物中の亜鉛濃度の増加を抑えることが可能となり、高品質を維持することができる。
【0030】
また、亜鉛除去率の低下を防ぐことができることにより、脱亜鉛工程やニッケル回収工程で使用する硫化水素ガス等の硫化剤の使用量増加を防ぎ、それに伴って脱亜鉛残渣にニッケルが含まれてニッケルロスが生じることを防いで、経済的な操業が可能となる。
【0031】
ここで、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12以上に調整する方法としては、特に限定されないが、例えばニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける浸出工程での処理(酸浸出処理)において、処理に供するニッケル酸化鉱石のスラリー(鉱石スラリー)の炭素品位を調整し、酸浸出処理での酸化還元電位(ORP)を制御することで行うことができる。
【0032】
図3は、浸出工程での酸浸出処理に供する鉱石スラリー中の炭素品位(質量%)に対する浸出液の酸化還元電位の関係を示すグラフ図である。また、
図4は、鉱石スラリー中の炭素品位(質量%)に対する脱亜鉛始液(中和終液)中の重量濃度比Fe/Znの関係を示すグラフ図である。
図3、
図4に示されるように、酸浸出処理に供する鉱石スラリー中の炭素品位を調整することで、その酸浸出処理により得られる浸出液の酸化還元電位を適切に制御でき、それに伴って、その後中和工程での処理を経て得られる脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを所定の範囲に調整できることが分かる。
【0033】
より詳しくは、鉱石スラリー中の炭素品位を調整したうえで、酸浸出処理における浸出液の酸化還元電位を調整することで、Feイオンの酸化を抑制することができ、得られる浸出液中のFe濃度の低下を防止することができる。酸浸出処理で酸化されなかったFeイオンは、浸出液中にFe(III)イオンとFe(II)イオンとの状態で残存する。Fe(III)イオンについては次の中和工程にてその大部分が中和されて水酸化鉄(III)となるが、Fe(II)イオンについては中和されずに中和終液に含まれる要素として脱亜鉛工程に持ち込まれることとなり、亜鉛イオンとイオン交換する硫化鉄(II)となる。
【0034】
具体的には、鉱石スラリーの炭素品位を0.15質量%以上、好ましくは0.17質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上に調整することで、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12以上に調整できることが分かる。
【0035】
なお、鉱石スラリーの炭素品位の調整においては、例えば、鉱石に付着している植物等の有機物成分の含有量を調整することで行うことができる。また、炭素質還元剤等を添加するようにしてもよい。
【0036】
以下では、この脱亜鉛処理方法をニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程に適用した場合を例に挙げてより具体的に説明する。
【0037】
≪2.ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法≫
<2-1.湿式製錬プロセスについて>
まず、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスについて説明する。
図5は、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスの流れの一例を示す工程図である。なお、ニッケル酸化鉱石のスラリーを高温高圧下で硫酸により浸出する高圧酸浸出法(HPAL法)を用いたプロセスについて例示する。
【0038】
図5に示すように、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスは、原料のニッケル酸化鉱石のスラリー(鉱石スラリー)に硫酸を添加して高温加圧下で浸出処理を施し浸出スラリーを得る浸出工程S1と、浸出スラリーから浸出残渣を分離してニッケル及びコバルトを含む浸出液を得る固液分離工程S2と、浸出液のpHを調整して不純物元素を中和澱物スラリーとして分離する中和工程S3と、中和終液を始液として硫化剤を添加することで亜鉛の硫化物を生成させて分離除去し、ニッケル及びコバルトを含むニッケル回収用母液を得る脱亜鉛工程S4と、ニッケル回収用母液に硫化剤を添加することでニッケル及びコバルトの混合硫化物を得るニッケル回収工程S5と、を有する。
【0039】
[浸出工程]
浸出工程S1では、原料のニッケル酸化鉱石を解砕分級して得られた鉱石スラリーに高温加圧下で硫酸を添加し、鉱石中のニッケル等の有価金属を浸出させる。具体的に、浸出工程S1では、オートクレーブを用い、鉱石スラリーに硫酸を添加して、温度220℃~280℃程度、圧力3MPa~5MPa程度の条件下で撹拌し、浸出液と浸出残渣とからなる浸出スラリーを生成させる。
【0040】
原料のニッケル酸化鉱石としては、主としてリモナイト鉱及びサプロライト鉱等のいわゆるラテライト鉱が挙げられる。ラテライト鉱のニッケル含有量は、通常、0.8重量%~2.5重量%であり、水酸化物又はケイ酸マグネシウム鉱物として含有される。また、鉄の含有量は10重量%~50重量%であり、主として3価の水酸化物の形態であるが、一部2価の鉄がケイ苦土鉱物に含有される。
【0041】
浸出工程S1における浸出処理では、浸出反応と高温加水分解反応とが生じ、ニッケル、コバルト等の硫酸塩としての浸出と、浸出された硫酸鉄のヘマタイトとしての固定化が行われる。ただし、鉄イオンの固定化は完全には進行しないため、通常、得られる浸出スラリーの液部分には、ニッケル、コバルト等の他に2価と3価の鉄イオンが含まれる。
【0042】
[固液分離工程]
固液分離工程S2では、浸出工程S1で生成した浸出スラリーを多段洗浄して、ニッケルやコバルト等の有価金属を含む浸出液と浸出残渣とを分離する。
【0043】
固液分離工程S2では、例えば、浸出スラリーを洗浄液と混合した後、シックナー等の固液分離装置を用いて固液分離処理を施す。具体的には、先ず、浸出スラリーが洗浄液により希釈され、次に、浸出スラリー中の浸出残渣がシックナーの沈降物として濃縮される。これにより、浸出残渣に付着するニッケル分をその希釈度合に応じて減少させることができる。また、このようにシックナーを多段に連結して用いて多段洗浄しながら固液分離することにより、洗浄液、すなわち浸出液へのニッケル及びコバルトの回収率の向上を図ることができる。
【0044】
固液分離処理における多段洗浄方法として、ニッケルを含まない洗浄液で向流に接触させる連続向流洗浄法(CCD法)を用いる。これにより、系内に新たに導入する洗浄液を削減できるとともに、ニッケル及びコバルトの回収率を高めることができる。なお、洗浄液としては、ニッケルを含まず、工程に影響を及ぼさないものを用いることができる。その中でも、pHが1~3の水溶液を用いることが好ましい。
【0045】
[中和工程]
中和工程S3では、分離された浸出液の酸化を抑制しながら、得られる中和終液のpHが4以下、好ましくは3.0~3.5、より好ましくは3.1~3.2になるように、その浸出液に炭酸カルシウム等の中和剤を添加し、ニッケル回収用の母液の元となる中和終液と、不純物元素として3価の鉄を含む中和澱物スラリーとを生成させる。
【0046】
なお、中和工程S3における処理では、中和処理対象である浸出液に、固液分離工程S2にて分離された浸出残渣の一部を添加してもよい。これにより、浸出されずに浸出残渣中に移行したニッケルやコバルトの回収ロスを抑制することができる。
【0047】
中和工程S3では、このように浸出液に対し中和処理(浄液処理)を施すことで、溶液中に残留する3価の鉄イオンやアルミニウムイオン等の不純物を中和澱物として分離除去する。水酸化鉄等を含む中和澱物の分離においは、シックナー等の沈降分離装置を用いて行うことができ、沈降速度の促進の観点から、凝集剤や凝結剤を添加することができる。
【0048】
中和終液は、硫酸による浸出処理(浸出工程S1)を施して得られた浸出液に基づく溶液であって、ニッケル及びコバルトを含む硫酸酸性溶液である。この中和終液は、後述する脱亜鉛工程S4、ニッケル回収工程S5における硫化反応の反応始液となるものであり、ニッケル濃度及びコバルト濃度の合計濃度としては、例えば2g/L~6g/Lの範囲である。また、この中和終液には、除去されずに残存した3価の鉄イオンに由来する水酸化鉄(III)が含まれていることがある。
【0049】
[脱亜鉛工程]
脱亜鉛工程S4では、中和工程S3を経て得られた中和終液を始液(脱亜鉛始液)として、硫化水素ガス等の硫化剤を添加することで硫化処理を施し、その溶液中に含まれる亜鉛を硫化物の形態として分離除去する。以下、この処理を「脱亜鉛処理」ともいう。
【0050】
中和工程S3を経て得られた中和終液には、上述のように、回収対象であるニッケル及びコバルトを含むとともに、不純物成分として亜鉛が含まれている。脱亜鉛工程S4では、中和終液からニッケル及びコバルトを回収するに先立ち、所定の条件で硫化反応を生じさせることで亜鉛の硫化物を生成させ、それを分離除去することによりニッケル及びコバルトを含むニッケル回収用母液を得る。
【0051】
具体的に、脱亜鉛工程S4では、例えば、加圧された反応容器(硫化反応槽)内にニッケル、コバルト、及び亜鉛を含む中和終液を供給し、反応容器の気相中へ硫化水素ガス等を吹き込むことによって、亜鉛をニッケル及びコバルトに対して選択的に硫化し、亜鉛硫化物とニッケル回収用母液とを生成させる。そして、硫化反応後に得られたスラリーを固液分離することにより、亜鉛を分離したニッケル回収用母液を得る。
【0052】
なお、次工程のニッケル回収工程S5においても、硫化水素ガス等の硫化剤を添加して硫化反応を生じさせることによってニッケル及びコバルトの混合硫化物を生成させるが、そのニッケル等の硫化処理に先立って行う脱亜鉛工程S4における処理では、硫化反応の条件として、ニッケルに対する硫化反応条件よりも緩和させた条件で行う。
【0053】
ここで、脱亜鉛始液には、上述のように、ニッケル、コバルト、及び亜鉛が含まれているが、そのほか、中和工程S3から持ち込まれた鉄が含まれている。本実施の形態では、脱亜鉛工程S4において、脱亜鉛処理に供する脱亜鉛始液として亜鉛に対する鉄の重量濃度比(Fe/Zn)を12以上に調整した溶液を用い、その脱亜鉛始液に対して硫化剤を添加することによって硫化反応を生じさせることを特徴としている。詳しくは後述する。
【0054】
[ニッケル回収工程]
ニッケル回収工程S5では、脱亜鉛工程S4を経て得られたニッケル回収用母液を始液として、その始液に対して硫化水素ガス等の硫化剤を吹き込むことにより硫化反応を生じさせ、不純物成分の少ないニッケル及びコバルトの硫化物(ニッケルコバルト混合硫化物)と、ニッケルやコバルトの濃度を低い水準で安定させた貧液(硫化終液)とを生成させる。なお、ニッケル回収用母液は、ニッケル及びコバルトを含む硫酸水溶液である。
【0055】
ニッケル回収工程S5における硫化処理は、脱亜鉛工程S4における処理のように硫化反応槽等を用いて行うことができ、所定の圧力に調整された硫化反応槽内の始液に対して、その反応槽内の気相部分に硫化水素ガス等を吹き込み、溶液中にその硫化水素ガスを溶解させることで硫化反応を生じさせる。この硫化処理により、始液中に含まれるニッケル及びコバルトを硫化物として固定化して回収する。
【0056】
なお、硫化反応の終了後においては、得られたニッケルコバルト混合硫化物を含むスラリーをシックナー等の沈降分離装置に装入して沈降分離処理を施し、その硫化物のみをシックナーの底部より分離回収する。一方で、水溶液成分は、シックナーの上部からオーバーフローさせて貧液として回収する。
【0057】
<2-2.脱亜鉛工程における処理(脱亜鉛処理)について>
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける脱亜鉛工程S4では、上述のように、中和工程S3を経て得られた中和終液を始液(脱亜鉛始液)として、その脱亜鉛始液に硫化水素ガス等の硫化剤を添加して硫化処理を施すことで、亜鉛を含む残渣(脱亜鉛残渣)と、ニッケル及びコバルトを含む溶液(ニッケル回収用母液)とを得る。より具体的には、例えば、加圧された反応容器(硫化反応槽)内に、ニッケル、コバルト、及び亜鉛を少なくとも含む中和終液を供給し、その反応容器の気相中に硫化水素ガスを吹き込むことで、亜鉛をニッケルやコバルトに対して選択的に硫化し、亜鉛硫化物を含む残渣とニッケル回収用母液とを生成する。
【0058】
図6は、脱亜鉛処理が行われる処理設備の構成と処理の流れを示す図である。脱亜鉛処理設備1においては、中和工程S3を経て移送された中和終液(脱亜鉛始液)が硫化反応槽11に供給されたのち、その反応槽11の気相部に硫化水素ガスが吹き込まれることによって硫化反応が生じ、溶液中に含まれていた亜鉛硫化物が生成する。続いて、亜鉛硫化物を含むスラリー(硫化反応スラリー)が中継層12に移送され一時的に貯留される。その後、硫化反応スラリーがポリッシングフィルタ等の濾過装置13に供給され、濾過処理が行われる。濾過装置13では、スラリー中に含まれていた亜鉛硫化物を含む残渣(脱亜鉛残渣)とニッケル回収用母液とを分離する。
【0059】
ここで、上述のように、脱亜鉛処理においては、処理対象の脱亜鉛始液として亜鉛に対する鉄の重量濃度比(Fe/Zn)を12以上に調整した溶液を用い、その脱亜鉛始液に対して硫化剤を添加して処理を施す。このように、重量濃度比Fe/Znが12以上の脱亜鉛始液を用いることで、処理により生成した脱亜鉛残渣を濾過装置13により濾過除去した後の濾液中の亜鉛濃度の上昇を防ぐことができる。すなわち、亜鉛除去率が低下することを防ぐことができる。
【0060】
これにより、亜鉛濃度を有効に低減した溶液(ニッケル回収用母液)を得ることができ、次工程のニッケル回収工程にて生成するニッケルコバルト混合硫化物中の亜鉛濃度の増加を抑えることが可能となり、高品質を維持することができる。
【0061】
また、亜鉛除去率の低下を防ぐことができることにより、脱亜鉛工程やニッケル回収工程で使用する硫化水素ガス等の硫化剤の使用量増加を防ぎ、それに伴って脱亜鉛残渣にニッケルが含まれてニッケルロスが生じることを防ぐこともでき、経済的な操業が可能となる。この方法は、経済的な操業に大きく寄与するものであり、その工業的価値はきわめて高い。
【0062】
脱亜鉛処理に供する脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znの調製方法としては、特に限定されず、上述したように、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおける浸出工程S1での処理(酸浸出処理)において、処理に供するニッケル酸化鉱石のスラリー(鉱石スラリー)の炭素品位を調整し、酸浸出処理での酸化還元電位(ORP)を制御することで行うことができる。
図3、
図4にて説明したように、酸浸出処理に供する鉱石スラリー中の炭素品位を調整することで、その酸浸出処理により得られる浸出液の酸化還元電位を適切に制御でき、それに伴って、その後中和工程での処理を経て得られる脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを所定の範囲に調整できることが分かる。
【0063】
具体的には、鉱石スラリーの炭素品位を0.15質量%以上、好ましくは0.17質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上に調整することで、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12以上に調整できることが分かる。
【実施例】
【0064】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0065】
[実施例]
図5に示すフロー図によりニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスを実行した。脱亜鉛工程S4では、中和工程S3を経て得られた中和終液を始液(脱亜鉛始液)として硫化反応容器(反応槽)に供給し、その容器内圧を0.02MPaに保持するように硫化剤として硫化水素ガスを気相部に吹き込み、亜鉛硫化物の含む残渣(脱亜鉛残渣)を生成させた。なお、脱亜鉛始液の液温を55℃に保持し、反応槽に連続的に供給して反応させた。
【0066】
このとき、脱亜鉛始液としては、亜鉛に対する鉄の重量濃度比(Fe/Zn)が12以上に調整したものを用い、その始液を反応槽に供給して処理した。ここで、脱亜鉛始液(中和終液)中の重量濃度比Fe/Znの調整については、湿式製錬プロセスの処理対象である鉱石のスラリーに含まれる還元物質である炭素品位を上昇させ、浸出工程での酸浸出処理における酸化還元電位(ORP)を制御することで行った。
【0067】
具体的に、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12以上14未満に調整した実施例群1と、重量濃度比Fe/Znを14以上に調整した実施例群2とで、脱亜鉛処理を行った。
【0068】
なお、このようにORPを調整することで、Feイオンの酸化を抑制して、得られる浸出液中のFe濃度の低下を防止することを目的とした。なお、浸出工程での酸浸出処理で酸化されなかったFeイオンは、浸出液中にFe(III)イオンとFe(II)イオンとの状態で残存し、Fe(III)イオンについては中和工程にて大部分が中和されて水酸化鉄(III)となるが、Fe(II)イオンについては中和されずに脱亜鉛始液中に含まれることとなり、亜鉛イオンとイオン交換する硫化鉄(II)となる。
【0069】
次に、脱亜鉛処理における硫化反応により得られた脱亜鉛残渣を含む溶液(スラリー)を濾過装置であるポリッシングフィルタに移送し、脱亜鉛残渣と濾液とを得た。
【0070】
[比較例]
比較例では、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12未満とした。具体的には、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを8未満とした比較例群1と、重量濃度比Fe/Znを8以上10未満とした比較例群2と、重量濃度比Fe/Znを10以上12未満とした比較例群3とで、脱亜鉛処理を行った。
【0071】
なお、そのこと以外は実施例と同様にして処理した。
【0072】
[結果]
下記表1に、実施例(各実施例群)と比較例(各比較例群)とにおける亜鉛除去率の結果を示す。なお、表1において、結果の数字は毎時測定の結果の数字であり、重量濃度比Fe/Znに対する亜鉛除去率の分布を示す。表1に示す結果をグラフ化したものが、
図1、
図2のグラフ図である。
【0073】
ここで、「亜鉛除去率(%)」とは、濾過装置への通液前後で溶液中の亜鉛濃度が低下する割合をいい、濾過装置通液前の溶液中の亜鉛量に対する濾過装置にて除去された亜鉛量の百分率である。
【0074】
【0075】
表1に示すように、実施例(実施例群1、実施例群2)では、脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znを12以上に調整して処理したことから、濾過前後での亜鉛除去率が0%を下回ることなく、安定的に亜鉛が除去された。
【0076】
一方で、比較例(比較例群1~比較例3)では、濾過前後での亜鉛除去率が0%を下回る確率が50.6%にも及び、安定的に亜鉛を除去することができないという結果となった。このことは、脱亜鉛処理対象の脱亜鉛始液中の重量濃度比Fe/Znが12未満であったためと考えられる。なお、
図1、
図2のグラフ図からもわかるように、重量濃度比Fe/Znが12未満であると、亜鉛除去率がー100%を下回る結果も数多くあった。